厩 −詞
和訳「ラ'ノタヴィスタラ(改訂版)」 (第15章)
外薗幸一
まえがき
本稿は前号(鹿児島国際大学『国際文化学部論集』第20巻2号)に掲載した和訳「ラリタヴィス タラ(改訂版)」 (第13 14章)」に引き続くものである。 「第19巻1号」 (本シリーズ冒頭の号)所 載の和訳「ラリタヴイスタラ(改訂版) (第1〜3章)」の「まえがき」に記載したように,筆者は,
すでにラリタヴイスタラ全27章の初訳を一応完了しているのであるが, もう少し読み易い和訳にす ることを目標に「改訂版」を作成することにした。そして, これまでに第1章から第14章までを発 表したので,今回はそれに続く形で,第15章を掲載する。なお,第15 21章は,拙著「ラリタヴイ スタラの研究中巻」の「第三部」に掲載したので, これらの章は『中巻』を底本とすることにな
る。
略号
方広=『方廣大荘厳経j (大正新脩大蔵経187). ChineseTranslationoftheLalitavistara 普曜=『普曜経』 (大正新脩大蔵経186). AChineseTranslationofthe(old)Lalitavistara.
「佛教大辞典』 = 「望月佛教大辞典(増訂版)」 (昭和32年増訂版,世界聖典刊行協会)
「梵和大辞典j=荻原雲来編『漢訳対照梵和大辞典」 (昭和53年,講談社)
『佛教語大辞典』 =中村元「佛教語大辞典j (昭和56年,東京書籍)
「上巻」 =外薗幸一「ラリタヴイスタラの研究上巻」 (平成6年,大東出版社)
「中巻』 =外薗幸一「ラリタヴイスタラの研究中巻』 (2019年,大東出版社)
BHSG=B"dd〃ぶHy6γ趣W"sたγ〃G"〃〃αγα"dac"0"α7fyVol. I :Grammar,byF.Edgerton, NewHaven,1953.
BHSD=Ditto,Vol.II:Dictionary.
括弧符号の使い分け
和訳の文章中において用いる括弧は,原則として,次のように区別する。
l. 「 」は,会話文を示すために用いる。
2. ( )は,直前の言葉を,別の言葉で言い換えるために用いる。
3. [ ]は,訳文を補充して,意味をはっきりさせるために用いる。
4. 〈 〉は,特殊な複合語や,重要な熟語を示すために用いる。
5. 《 》は,東大主要写本に原文が欠落しているが,挿入すべきである部分の訳文に用いる。
6. 〔 〕は,東大主要写本に原文が挿入されているが,削除すべきである部分の訳文に用いる。
7. 【 】は,諸写本に混乱があり,削除すべきか挿入すべきか確定しがたい部分の訳文に用いる。
※なお,第15章から第21章までの訳文の左端に付した数字(40〜446)は, 「中巻」第二部(本文校 訂)における梵語原文のページ数を示すものである。
キーワード:ラリタヴイスタラ,仏伝文学,大乗仏教,混清梵語,仏教思想
『ラリタヴイスタラ』 (大遊戯経)
第15章(出家品)↑
40 さて, その時,比丘らよ 菩薩にかくの如き思念が生じたり。 「われ, もしシュドーダナ王に知 らせることなくして出家するならば, それは, われにふさわしからず,忘恩の行為となるべし」
しんしん お せいでん
[と]。彼(菩薩)は,深々たる夜半に, 自らの宮殿より降り, シュドーダナ王の正殿に来たりて,
立てり。しかもまた2,菩薩がそこに立つや否や,かの3正殿は, あまねく光明に照らされたり。そ
じしん たず
の時王は目覚めて,その光明を見たり。更にまた, [それを]見るや,直ちに,急ぎ侍臣に訊ね
じしや
たり。 「おお,侍者よ,太陽が昇りたるや。そのために.かくの如き光明の輝けるや」 [と]・侍臣 は答えたり。 「王よ,今なお,夜の半分も経過せず。しかもまた,王よ,
1. [日中には]太陽の光によって樹木や壁の影が生じ4,
また, [太陽の光は]身体を焼き,熱を生ぜしむ。
夜明けには,ハンサ5 (鴬鳥)やマユーラ(孔雀)やシュカ (鶏鵡)や,
コーキラ (郭公)やチャクラヴァー力 (養養)等が各々の鳴声を発する。
2. されど,王よ, この光明は, 人に安らけく,快適にして,
清凉ならしめ,愉悦を与え,熱悩を生ずることなし。
また,壁も樹木も突き抜けて,影は全く存在せず。
必ずや[誰か]功徳を有する者が,今, ここに到来せり」 [と]。
3.かの王は,不安げに,十方を観察したり。
まな二
かくて,蓮華の眼を有する,かの清浄衆生(菩薩)を見たり。
た な え
42 彼(王)は寝台より起たんと欲したれども,為し得ざりき。
心意清浄にして高貴なる者ア (菩薩)は.父への敬意を穂きたり。
4.彼(菩薩)は,王の前に立って,告げたり。
しようなん な しのうのう
「もはや障難を為すことなく, また,愁悩したまうことなかれ。
王よ, われの出家すべき時機が到来せり8°されば,王よ,
親族・国民もろともに, [わが出家を]忍受されたし」 [と]。
5.王は目に涙をためて,彼(菩薩)に言えり9.
いんとん いか
「汝の隠遁(出家生活)には,如何なる目的のあらんや。
1
方広も「出家品」と訳している。
チベット訳には「しかもまた」 (capunar)に相当する訳語がない。
チベット訳には「かの」 (asau)に相当する訳語がない。
チベット訳は「太陽の光は樹木や壁の影を作り」という意味の訳文になっている。
hamsaは「インド文学において最も親しまれた脇で,古くは白鳥と訳されたが,鴬 粥の一種である」 (中村元編著『図説 佛教語大辞典」 140頁参照)。
cakravakaは「赤き驚烏[夫婦愛の典型として考えらる。この鳥の雄雌は夜を別れて過しその間悲しく鳴き叫ぶと云はる]
(「梵和大辞典」参照)」。 「中巻」には「鴬′13」と袖i沢したが「鴛繕」と訂正する。
チベット訳は「厳も心意清浄なる者」という愈味の訳文になっている。なお, 「中巻」には「心意清浄なる,高貴なる者」
と訳したが. 「心意清浄にして尚黄なる者」と訂正する。
チベット訳は「出家すべき時の到来を迎えたり」という意味の訳文になっている
「彼に言えり」は, チベット訳には「かくの如く誘えI)」という意味の訳文になっている。
34P⑩
6
』
89
われに如何なる所願を乞わんとするや。告げよ,何なりと与えん。
われと,王室と, この王国とを継承せよ」 [と]・
みみよう ご人おん
6. その時,菩薩は美妙なる言音を以て語りき。
「王よ, わが欲する四つの所願あり。それをわれに与えたまえ。
も かな
若し御身にその能力があって, われに与えること叶わぱ,
いざ'o, [われは]常に家の中に居住して, 出家せざるくし。
ろう そんもう
7.王よ,われは老のために損耗せられることなく,
しんしさびれい せいしゅん
永遠に,身色美麗にして,青春に住せんことを。
むびょう びょうげん ひつのう
また,無病たることを得て,病患に逼悩せられることなく,
また,寿命は無量にして,死することなからんことを欲す。
【また,広大なる繁栄より衰亡の生ずることなからんことを''】」 [と]・
いた
8.王は[この]言葉を聞くや,甚<苦悶して[言えり],
「王子よ, [汝は]不可能なることを願えり'2。われにその能力なし。
老・病・死の危難から, また.衰亡からは.
いつこう
一劫もの[永き]間生存する仙人たちですら,決して解放されることなし」 [と]。
〔王子は言えり。'3)
9. 「老・病・死の危難と,衰亡のなからんことをとの,
ほどこ
[これら]四つの所願を,王よ, もし今ld10施し得ざるとすれば,
せめて15,王よ.別の,一つの所願を間きたまえ。
みようじゆう
[すなわち]われ16, ここより命終して,再び生を受けることなからんことを」と。
に人ち◎う
10.人中の牡牛(菩薩)の,かくの如き言葉を聞くや,
かつあい びはく あいじゃく だん
[王は自らの]渇愛を微薄ならしめて,息子への愛著を断じたり。
「福利を与える者よ, [汝が]衆生を度脱せしめることを, われは随喜す。
いがん
汝の意向のままにl7,汝の意願を成就されたし。
44
その時また,比丘らよ 菩薩は戻りて, 自らの宮殿に登り,寝台に横たわれり。されど,彼が外 出せることも, また帰来せることをも,誰も気づくことなかりき。
かくして,実に比丘らよ シュドーダナ王は,その夜が明けるや,全てのシヤーキヤ族(釈迦族)
'o「いざ」は,幾つかの写本によれば「その場合」と読むことが可能である。
'! 【 】内の一行については.論写本の間に混乱が見られる。元来の原文は4行より成るもので,老・病・死・衰亡の各々 に一行を配当するものであったに速いないが, 後に.死と衰亡とを同一視して。いずれかを削除する写本が現れてきたも のと思われる。それは老に関する文を2行に増やしたことと関係があったかもしれない。チベット訳では.第4行が衰亡 に関するものとなっており,死に関する文はなく.第5行に当たる訳文は見当たらない。
1ユチベット訳は「願うが故に」という意味の訳文になっている。
!:;レフマン校訂本には. ここに「これなる父の言葉を聞いて.王子は告げたり」という文を挿入しているが. この挿入文は 東大主要写本にはなく.チベット訳にも相当訳文がないので.削除すべきである。
'! 「今」の原文daniは.チベット訳[jdidag]によればtani (これらの) と読むべきであるが.写本の支持がない。
'5「せめて」の原文hantall(?)は不明である。ここではhantaに│司意と見て「せめて」と訳したが, チベット訳にはgsol gyis (乞うが故に) と訳されており.梵文と合わない。
'{;チベット訳には「われ」 (me)に当たる訳語がない。
'7チベツト訳には「汝の懲向のままに」 (yanmatamte)に机当する訳語がない。
てんまつ いか な
衆を召集して.この事の顛末を語りき。「王子は出家せんとす。されば,われらは如何に為すべきか」
[と]・シャーキヤ族の者たちは言えり。 「王よ,われらは警護すべきなり。それは何ゆえか'8.これ
おおぜい ひとり
らシャーキヤ族の衆は大勢にして,彼(王子)はただ一人なり。されば,力づくにて(強引に)出 家する,如何なる能力が彼にあらんや'9」 [と]。
そこにおいて,彼ら, シャーキヤ族衆とシュドーダナ王とは, シャーキヤ族の王子にして,武芸
ひい
46に秀で,実践の訓練を積み鋤, 弓術に熟達し,大力士の如き力を具足せる者五百名を,菩薩を警護
ごひや〈じよう
するために,東の城門に配置せり。また,それぞれのシャーキヤ族の王子には五百乗の戦車が随伴 し, さらに,それぞれの戦車には五百名の随兵が,菩薩を警護するために配置せられたり。同じく,
南と西と北との城門にも,それぞれ.武芸に秀で,実践の訓練を積み,弓術に熟達し,大力士の如 き力を具足せる, シヤーキヤの王子五百名が, また, それぞれのシヤーキヤ族の王子に五百乗の戦 車の随伴と, さらに,それぞれの戦車に五百名の随兵とが,菩薩を警護するために配置せられたり。
また, シヤーキヤ族の[男女の]長老たちも,全ての十字路・交差路・岐路2'に,見張りのために
ひき いによう
立てり。また, シュドーダナ王は五百名のシャーキヤ族の王子を率い, [彼らに]囲続せられ随従
おこた
せられて, 自らの宮殿の門において,馬や象にまたがり,警備を怠らざりき。
また,マハープラジャーパティー・ガウタミーは, 自分の侍女衆に告げたり。
とうか ほうじ、
ll. 「明浄なる燈火を燃やし,全ての宝珠を旗の先端に付けよ。
ようらく た か
諸々の理路を垂れ懸け, この宮殿を. くまなく光明あらしめよ。
ぎがく こよい
12.伎楽を演奏し,今宵怠ることなく警備せよ。
知らぬ間に,王子が去り行くことのなきように. よく見張るべし。
やづつ と
48 13. [汝らは]武装して,手に矢筒を執り,剣や弓矢や槍や識塑を持ち。
ふんれい
愛する息子(王子)を守護するために,みな,大いに奮励せよ。
かんやく
14.剛強なる関鋪を以て厳重に[門扉を]固め,全ての門を閉鎖せよ。23
時至らずして[門を]開くことなかれ。この最勝衆生(菩薩)を去らしめることなかれ。
もろもろほうじゆようらく はなかんざし よんげつほう ‐
15.諸の宝珠理路,真珠理路,花答24や半月宝2.,獅子.ターラ樹葉の[図案の]宝飾を,
金帯や指環や耳飾りを26, [また]諸の足環を,美麗に装着せよ。
にんてん りやくしや
16.人天の利益者幻(菩薩)が,狂象の如<に駆け回り, たとえ突然に出走せんとするとも,
l8チベット訳は「それは何故かといえば」 (decihisladdushena) と訳している。
l9チベット訳は「彼は. ただ一人なるが故に,力づくで出家する能力は.彼にはなければなり」という意味の訳文になって いる。
動)原文krtayogyaは辞諜に見当たらず,意味不明であるが.Faucauxの仏訳(1884) "soldatsaguerrig(p.176)を参考に「実 践の訓練を祇み」と訳す。チベット訳にはhossugyurpaと訳されている。
z'pUgarathyaは「多くの大道の集まるところ」の意であるが, ここでは「岐路」と訳す。チベット訳にはlampocheman pOと訳されている。
22「矛戟」 (tomara)は「ほこ」の意である。 「矛」も「戦」も「ほこ」であるが, 「戟」は「二つの枝のあるほこ」である(「新 漢語林」参照)(
2:}この一行のチベット訳は「全ての門を閉ざし,厳戒に鍵をかけ.剛強なる枢木の関鋪を[扉の]中央に差し込み」という 意味の訳文になっている。
2;「花群」 (mukhapuStaka)についてはBHSDを参照。方広は「花擶」と訳している。
錫「半月宝」 (ardhacandra)についてはBHSDを参照・方広は「半月垂」と訳している。
鋤チベット訳は「金帯や指環や耳飾I)を結び留めて」という意味の訳文になっており, 「結び留めて」 (chinsSinthogs)が 挿入されている。
幻「人天の利益者」とは「人間や天神に利益を与える細の意である。
こうむ
[彼が]傷害を被ることのなきように, [汝らは]いよいよ, ますます奮励努力せよ。
17.槍を[手に]持てる女人たちが,無垢なる者(菩薩)の寝台を囲続せよ。
しゆうば<
睡魔に囚縛せられることなく28,戯[の眼]の如き眼を以て見張りせよ。
,8.王子を警護するために, この宮殿を宝石の羅網を以て誌潅せよ鋤。 らもう じ人く
また,笛の音を吹き鳴らし割),今宵 塵垢なき者(菩薩)を監視せよ。
19.互いに目を覚まし合い,眠ることなく、 この夜を徹して警戒せよ。
[王子が]王位も王国も振り捨てて, 出家することの断じてなからんことを31o 20.彼(王子)が去りゆかば, この王宮の一切は楽しからず。
久しく存続せる王家の家系も,ついに断絶すべし」 [と]。
50
やしゃたいしよう
さて,その時比丘らよ パーンチカ32(股遮迦)夜叉大将を筆頭とする,二十八《大郷》夜叉将軍と,
五百名のハーリーテイー鋤(鬼子母)の息子たちとは,一処に集会して,かくの如く談義をなせり。
「諸君今日,菩薩は出家したまうべし。汝らは彼(菩薩)を供養せんとの願望を起こすべきなり」
[と]。
また 四大天王(護世四天王)はアダカヴアテイー鰯なる[夜叉の]王都に入りて,彼ら36,夜叉 の大衆に呼びかけたり。 「諸君,今日,菩薩は出家したまうべし。汝らは彼の37乗馬の脚を持ち上 げて銘, 出城せしめよ」 [と]。 【しかし39】かの40夜叉衆は答えたり。
けんご ふえ ナーラーヤナ
21. 「その身たるや,金剛の如く堅固,不壊にして,那羅延神41にも似て重厚なる,
かの,一切衆生中の最尊者(菩薩)は,精進力を具足して,不動なり。
52 巨大なる山王メール42を引き抜いて,空中に持ち上げることは, よしんばかなうとも,
あチベット訳は「睡魔に囚縛せられることのなきように」という意味の訳文になっている。
麺「掩覆」とは「おおいつつむ」ことである。 「中巻」には「この宮殿に.宝石の羅網を掩覆せよ」と訳したが,文法的に適 切でないと思われるので訂正する。
釦チベット訳は「諸の笛をみやびに吹き鳴らせ」という意味の訳文になっている。
3!チベット訳は「[王子を]家より出離せしめることなかれ」という意味の訳文になっている。
32paricikaは「yakSa (夜叉;薬叉)の首領の名」である。 「二十八大薬叉」とは「十方国土を守護する鬼神で,上下.四方 にそれぞれ四神あり, これに四維の四神を加えた二‑'一八である」 (「佛教語大辞典」 1046頁参照)。
33「大」 (maha)は東大主要写本には欠けているが.チベット訳によれば, これを挿入すべきである。
31日本で安産の女神とされるhariti (鬼子母神)は「訶利底」と音写される。 「繋悪であり,他人の幼児を食らう夜叉女で.
後に仏の教化を受けて仏法および幼児養育の神となった」「もと鬼神の妻で五百の子を生む。前身が邪悪で.王舍城に来 て幼児を取って食べていた。仏はこれを戒めるために,その一子を隠すと.悲嘆痛傷してかぎりがなかった。そこで仏は 説いて. 「五百人の子の中の一子すら汝はこのように悲しむ。汝に食われる親の胸中はどうか」とさとしたので.身につ まされて納得し、以後は仏教に帰依し、蒋願を立てて安産と幼児保護の神となった」という。 「佛教語大辞典」207頁参照。
35adakavatiは. a!akavati(=a1akavati).alakavatiとも呼ばれる。ここでは「夜叉の王都の名」とされている。cfBHSD,
adakavati.
郡チベット訳には「彼ら」 (tam)に当たる訳諦がない。
37チベッ卜訳には「彼の」 (sa)に当たる訳語がない。
錦チベット訳は「脚を手で持ち上げて」という意味の訳文になっており. 「手で」 (lagnas)が挿入されている。
「しかし」 (ca)は東大主要写本に欠けており.チベット訳にも相当訳語が見当たらないので.削除すべきかもしれない。
4Oチベット訳には「かの」 (sa)に当たる訳語がない。
41narayapa (那羅延)は. ヒンドゥー教ではヴイシユヌ神やクリシュナ神の異名とされるが. 「仏典一般では金剛力士.堅 固力士, あるいは力士ともいい.大力を有する神の意。天上界の力士」 (「佛教語大辞典」 1029頁) と説明される。cf BHSD,Narayapa.
12
meruは「猟弥山」 (Sumeru)に同じ。 「仏教宇宙観で,宇宙の中心をなす巨大な山」である。愈訳して「妙高山」とも
いう。中村元他編「岩波仏教辞典」413頁参照。
勝者(仏陀)の功徳ありて.幾多のメール山を絶して重き43,
え じ
福徳と智に依止せる者(菩薩)を, いずこへなりと運ぶことは不可能なり」 [と]。
ヴァイシュラマナ
毘沙門天↓'は言えり。
22. 「高慢にして尊大なる人々,その者たちに大師(菩薩)は重く,
さようあん
絶えず愛念と敬意を払う者たちには.軽安に感ぜられるべし。
ちゅうし人
衷心より尊重心を以て精励するならば.
わたげ
彼の肉体を,空中に舞う綿毛の如く軽きものと知覚すべし。
23. われは,先に立って[先導して]行かん。汝らは馬を運ばれたし。
菩薩が出家したまう時に, [汝らは]多大なる功徳を獲得されよ」 [と]。
てんしゆたいしゃ< とうりてん
その時. また比丘らよ 天主帝釈(帝釈天)は三十三天( │刀利天)の天神たちに呼びかけたり。 「諸 君,今日,菩薩は出家したまうべし。汝らは.みな,彼を供養せんとの願望を起こすべきなり」[と]。
そこにおいて. シヤーンタマテイ15 (寂意) と名づける天子あり,彼は,かくの如く言えり。 「わ
こんすい
れは. まず16,大都城カピラヴアスツの,全ての女.男.童児・童女をして,昏睡せしむくし」 [と]・
ラリタヴユーハ47 (遊戯荘厳) と名づける天子あり,彼は,かくの如く言えり。 「われもまた,全
ろば らくだ いんぼっ
ての'8馬・象・離馬・酪駝・牛.水牛.女.男.童児・童女の,音声を隠没せしむくし」 [と]・
ヴユーハマテイ19 (厳慧) と名づける天子あり.彼は,かくの如く言えり。 「われは.天空上に
七台分の戦車の広さを有し30.宝石の欄干に囲まれ、に熊若副の珠宝の光明に輝き,傘蓋・旗幟・嘘
幡が掲げられ,種々の花が散り敷かれ,種々の香炉より芳香の焚かれたる,荘厳なる道を造作すべ し。その道によって,菩薩は出城したまうべし」 [と]。
アイラーヴアナ52と名づける象王あり、彼は53,かくの如く言えり。「われもまた 自分の鼻の上に,
ゆじゆん ぞうりゅう
の三十二由旬の大きさの54重閣を造立すべし その上に, アプサラス(天女)たちを載せ 楽器や伎
けいが
楽の音を響かせ,大いなる歌詠と器楽とを以て菩薩を慶賀し,供養をなしつつ進行すべし」 [と]・
てんしゆたいしゃ〈
また.天主帝釈は自らかくの如く言えり。 「われは[城]門を開かん。また,道を指し示すべし」
[と]・
ほうぎよう ‐‐
ダルマチャーリン(法行)天子"は言えI)。 「われは中宮採女衆の醜態を示現すべし」 [と]・
た まつ
サンチョーダカ (勧発)天子論は言えり 「われは菩薩を寝台より起たせ奉るべし」 [と]。
54
':;チベット訳は「勝者の功徳あるメール山(菩薩)は聴く」という意味の訳文になっている。
'$vaiSramana (毘沙門)は「北方の世界を守渡する神」であI).四大天王の頭目に位置づけられる。
InSantamatiは.方広には「静慧」と訳され.藩I服には「寂意」と訳されている。
'1;チベット訳には「まず」 (tavat)に当たる訳語がない。
'7 1alitavyuhaは,方広には「荘厳遊戯」と訳され, :WfIIM!には「光音」と訳されている。
1脚チベット訳には「また,全ての」 (apisarva)に柵'iする訳語がない。
'()vynhamatiは,方広には「厳慧」と訳され・ :淵珊には「ii'i浄」と訳されている。
剛!チベット訳は「七台の大戦車の」という意味の訳文になっており. 「広さ」に当たる訳語がない。
副「日災石」 (snryakanta)は「日水晶」とも訳される。 「太陽の愛人」の意であり, 「日光に照らされると熱を放出するとい う榔話的特性をもつ水晶の一種」 (「梵和大辞典」参照)である。
32ai,・avanaは.方広には「伊鉢羅王」と訳され,WIlll!には「伊羅末龍王」と訳きれている。
3:'チベット訳には「彼は」 (sa)に当たる訳語がない
5'チベット訳には「大きさの」 (pramapam)に当たる訳語がない。
、E'dharmaCaridevaputraは方広には「法行天子」と沢されているが.普曜には「法行菩薩」と訳されている。
samcodakodevaputraは方広には「開発天子」と訳されている。普曜にはこれに当たる訳語がない。
詞)