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本書は、J・M・クッツェーの評論集のうち、Inner Workings: Literary Essays 2000-2005(2007)およびLate Essays: 2006-2017(2017)の二作品から訳者が 評論を独自に選択し、編集したものである。評論は論じられている作者の生年 順に配列されている。末尾の訳者解説にはクッツェーの著書と各評論で論じら れている作品との関連が、クッツェーの小説および批評の研究で知られる訳者 によって加えられており、クッツェーの小説作品に対する理解を深めることも できる。本書はクッツェーによる世界文学読解の論集であると同時に、クッ ツェー作品読解の案内書としても機能し得るだろう。
本書評では、翻訳という問題に焦点を置いて『続・世界文学論集』の読み方 を提示してみたい。ひとつには、訳者自身が訳者解説で述べているように、クッ ツェーは「翻訳にはとことんこだわる」(243)人物だからであり、もうひとつ には、本書そのものが一冊の翻訳書だからである。
本書で取り上げられる第一の作品は、ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲー テ(1749-1832)の『若きヴェルターの悩み』である。この論考は、1779 年に 出版されたダニエル・マルサスによる最初の英訳における「情熱」という言葉 に翻訳を通じて生じる違いを取り上げ、原文と翻訳との関係を探究している。
ヴェルターの前の女友達であるレオノーレに生じた恋愛感情は、原文では「情
町 田 彩 貴
J・M・クッツェー著 田尻芳樹訳
『続・世界文学論集』
(みすず書房、2019 年)
〈書評〉
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熱」という語を用いて表現されるが、マルサス訳および彼が参考にした仏訳版 では「優しさ」という、より控えめな表現に変化しているのである。クッツェー はこの変更をマルサスの誤訳ではなく、故意に選択された結果であると推測す る。というのも、この訳語選択は、読者にとってほとんど知られていない若い 女性の心に生じる感情はより従順で恒常的なものであることが望ましいという 当時のイギリスにおける文化的規範と不可分であるからだ。このように、マル サスはただ言語を翻訳しただけでなく、翻訳先の国家の文化に合わせたものに 翻訳していると著者は指摘する。そして、この論考では翻訳は時代的・文化的 規範による制約から逃れ得ないという結論に至る。翻訳書である本書の冒頭で このような結論の評論が取り扱われることは興味深い。一作品目から読み進め るであろう一般的な読者は、最初から翻訳の限界という問題を意識させられる。
翻訳であることを意識させない「読みやすさ」が翻訳の第一のセールスポイン トとなった感がある現在の日本の読書界において、翻訳にかけられた文化的制 約を否応なく意識させられながら翻訳書を読むという体験は貴重なものではな いだろうか。
翻訳の問題は、イタロ・ズヴェーヴォ(1862-1926)論でも取り扱われてい る。この評論はイタリアの小説家イタロ・ズヴェーヴォの生涯や主要作品およ び時代背景や思想的背景を紹介し、ズヴェーヴォの母語と言語の問題を考察し ている。ズヴェーヴォの母語はトリエステ方言であり、彼のイタリア語には規 範文法的な観点から誤りが指摘されたものの、修正は完全には行われなかった とクッツェーは述べ、翻訳者はその「誤り」を訳文作成時に修正すべきか否か、
修正しないのであればズヴェーヴォの文体的特質としてどのように再現すべき かという問題が発生すると指摘する。また、ズヴェーヴォ自身、思考に用いた トリエステ方言を執筆言語であるトスカーナ方言に翻訳することを裏切りであ るとみなしており、「トリエステ方言においてのみ彼は真実を語ることができ た」(75)という点をクッツェーは指摘している。ここで前景化されるのは「イ タリア語で書いては決して伝えられないとズヴェーヴォが感じたトリエステ方 言の真実があったかどうか」(75)という問題である。この問題は、『ヴェルター の悩み』論で明らかにされた翻訳における文化間の差異という問題と照らし合 わせれば、地理的に距離があり歴史的にも異なる道をたどってきたイタリア北 東部のトリエステと中部のトスカーナの間に統一後のイタリアにおいて決定的 な文化的差異が存在したかどうか、あるいは人がそのような差異を認識するか どうかという政治と文化の関わりに帰着するのではないだろうか。この問題に
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関してクッツェーは明確な結論を出していないが、ズヴェーヴォ自身がこの二 つの言語に明確な差異を見出していたことは確かである。
また、ズヴェーヴォの著作『ゼーノ』におけるmalato immaginarioとい う言葉をめぐる議論では、翻訳における文学史的素養の必要性が示される。
ウィリアム・ウィーヴァーによる英訳でmalato immaginarioは「想像上の病 人imaginary sick man」と訳されるが、厳密には、ここでのimmaginarioは
imaginaryではなく「自ら想像したself-imaginedly」と訳されるべきであり、
malato immaginarioとは「自らを病気だと想像する者」を示すと指摘する(84)。
ここでクッツェーは明らかにモリエールの喜劇malade imaginaireが念頭に置 かれていると述べ、malato immaginarioを無理に英訳せずmalade imaginaire というフランス語を引用的に用いたベリル・デ・ゾートによる英訳を評価して いる。デ・ゾートにこのような翻訳を可能にしたのは世界文学に対する知識で あり、ウィーヴァーにはそれが欠けていたのだろう。しかし、デ・ゾートは確 かにズヴェーヴォが念頭に置いているであろうmalade imaginaireをフランス 語のまま引用することで文化的な文脈をウィーヴァー版より高度に再現する英 訳を実現したが、ズヴェーヴォがあえてフランス語のまま引用せずイタリア語
訳したmalato immaginarioを用いたという点は、この操作では再現できてい
ないのではないか。文学作品を翻訳することの難しさが改めて強く感じられる。
このように瞥見しただけでも、クッツェーの翻訳に対する関心の強さが窺え るのではないだろうか。それを熟知した上で翻訳作業を行った訳者の「悩み」
─あるいは「情熱」─の大きさが思われる。