遡及保険と推定危険保険の異同 : イタリア学説に そって
その他のタイトル Sulla differenza tra l'assicurazione
retroattiva e quella del rischio putativo
著者 栗田 和彦
雑誌名 關西大學法學論集
巻 48
号 3‑4
ページ 873‑910
発行年 1998‑12‑25
URL http://hdl.handle.net/10112/00024497
遡及保険と推定危険保険の異同
ー ー ー イ タ リ ア 学 説 に そ っ て
1
栗 田 和 彦
目 次 一 は じ め に 二遡及保険と推定危険保険の理論的差異 ニー︱一九四二年以前 ニーニ︱九四二年︵現行︶民法第一八九五条 三航行法第五一四条にいう推定危険保険 四むすびにかえて
じる意義は︑失われていない︑といいうる︒ 保険期間の始期を契約締結時に先立つ時点に置く︑いわゆる遡及保険は︑かつて︑通信手段が発達していなかった時代において︑海上保険の分野において︑誕生し︑重要視されていた︒そして︑陸上保険の分野に普及していったこ
(1 )
とは︑周知の事実である︒
しかし、通信手段の発達にともない、遡及保険の必要性は、減少していった。論者によれば、ー—lあるいは、
的認識の域に至っているかもしれないが│ー'とりわけ︑陸上保険の分野においては︑その必要性は︑ほとんど認めら
(2 )
れなくなってしまった︑と評価されるほどである︒
そのような状況において︑遡及保険について論じる意義は︑
及保険の必要性がまったくなくなってしまったわけではない︒これからも︑特定の分野においては︑存続するであろ
( 3)
うし︑それに対する新たな需要の可能性が指摘されてもいる︒その意味では︑実務上も︑なお︑遡及保険について論
(4 )
他方︑その理論的意義は︑いっこうに失われていないばかりか︑以前にも増して︑より大きなものになった︑と
いっても過言ではない︒少し以前のことになるが︑わが国の保険法の大家からなる損害保険法制研究会が︑
年に︑﹁損害保険契約法改正試案・傷害保険契約法︵新設︶試案理由書(‑九九五年確定版︶﹂を刊行した︒損害保険
契約法改正試案︵以下︑改正試案︶第六四二条は︑現行商法第六四二条を大きく改正するものである︒先に一点のみ
を指摘すれば︑現行商法第六四二条は︑遡及保険にのみ適用されることを明示的に規定していない︒同条については︑
遡及
保険
と推
定危
険保
険の
異同
は じ め に
三九
九
︵八 七五
︶
一九
九五
一見少ないように思われるかもしれない︒しかし︑遡
一般
(1)窪田宏「遡及保険について」神戸法学雑誌一巻三号五五六頁注一が遡及保険の生成•発展に詳しい。
(2 )
大森
忠夫
﹁保
険法
︵補
訂版
︶﹂
平成
三年
六二
頁︒
(3 )
いわゆるプロフェッショナルライアビリティあるいはプロダクトライアビリティをカヴァーする保険である︒窪田・前掲
五五
三頁
︒
Gi an gu id S c o a l f i ,
I
c on t r at t d i i a s s ic u r az i o ne . L ' a ss i c ur a z io n e d a n ni , o T ri no
1
99 1, p a g .
171 e
s e g . P a ; o lo e f is i o C or r i as , S u l le p ec u l ia r i ta d el l a d i s ci p l in a d e
! r i s ch i o n e l le a ss i c ur a z io n i marittime,
i r D i tt o d e i t r a sp o r ti , 1 99 5, pag.
48
no ta 4 3・
(4 )
現行商法第六四二条については︑理論的に多くの議論がなされている︒詳細は︑窪田・前掲五四0頁以下︑鈴木辰紀﹁商
法六四二条について﹂保険学雑誌四五0
号︱
二頁
以下
︑田
辺康
平﹁
保険
事故
の主
観的
偶然
生﹂
現代
商法
学の
課題
︵上
︶昭
和五
0年
五二
三頁
以下
など
を参
照の
こと
︒ (5 )
現行商法第六四二条は︑一個の文章からなっており︑改正試案第六四二条は︑三項からなっている︑という形式面におけ
る改正も︑もちろん大きいが︑理論的側面における改正は︑さらに大きい︑というべきである︒(6)この議論の対立状況については、鈴木•前掲一四頁、田辺•前掲五二三頁注一などを参照のこと。なお、窪田・前掲五五 でもいうべきものである︒ 遡及保険にだけではなく将来保険にも適用される︑とする説が︑成立しうる︒むしろ︑その説の支持者が︑遡及保険
(6 )
にのみ適用される︑とする説の支持者を上回るかもしれない︒改正試案第六四二条は︑遡及保険にのみ適用され︑将
改正試案第六四二条は︑遡及保険に本質的転換を求めるものかもしれない︒この改正をいかに評価・受容するかは︑
( 7)
保険の本質の理解にかかわる問題︑と思われる︒その意味で︑遡及保険について論じる理論的意義は︑以前にも増し
て︑より大きなものになった︑といったわけである︒ただし︑本小稿は︑とうてい︑遡及保険の在るべき姿ないし保
険の本質に迫りうるものではない︒視座をイタリア法に求めて行った遡及保険︵推定危険保険︶研究の中間報告︑と 来保険には適用されないのである︒ 関法第四八巻第三•四合併号四
0 0
(八
七六
︶
八頁注一は︑解釈論としては︑将来保険にも適用される︑とする説を支持しながらも︑立法論としては︑遡及保険にのみ局
限されるべき︑とされ︑鈴木・前掲同所以下は︑いずれの説を採るぺきかを留保されるなど︑議論の複雑性をうかがわせている。同様のことは、田辺•前掲五二九頁・五三七頁についても、現れている。(7)大森•前掲六三頁注四は、かつて、つぎのようにのぺられた。「損害保険契約の「損害填補』契約性の問題や、被保険利益存在の要請の問題について︑⁝⁝いわゆる絶対主義ないし客観主義的見解をとるときは︑この種の法則︵遡及保険のこと
ー筆者注︶は全く理論に反した変則といわざるをえないが⁝⁝︑いわゆる相対主義ないし主観主義的見解からすれば︑合理性をもった実際上の必要がある限り︑この種の法則がみとめられることも必ずしも理論に反するものとするに足りない
⁝⁝
﹂と
︒ 遡 及 保 険 と 推 定 危 険 保 険 の 理 論 的 差 異
四〇
( 1)
遡及保険と推定危険保険は︑従来︑同一の保険を示すものとして理解されてきたようである︒しばらくのあいだ︑
本稿においても︑その理解にしたがっておくことにしよう︒
改正試案理由書は︑遡及保険に関する立法例を︑大きくふたつに分けている︒すなわち︑ひとつは︑ドイツ保険契
約法第二条のタイプのものである︒﹁客観的に事故の発生またはその不発生が確定していても︑契約をすべて無効と
(2 )
する必要はなく︑当事者および被保険者の知・不知を考慮して︑遡及保険の効果を定めている﹂ものであり︑改正試
案第六四二条は︑それにしたがっている︒このタイプは︑保険事故・損害の発生・不発生に関する契約当事者および
被保険者の知・不知を考慮して︑遡及保険の有効性を認める︑という意味において︑主観主義的立法と性格づけるこ
とができる︒なお︑改正試案理由書によると︑改正試案第六四二条と現行商法第六四二条は︑同じ立法例に属する︑
( 3)
と考えられている︒主観主義的立法例に属する︑という意味では︑改正試案理由書のいうとおりであるが︑はしがき
遡及保険と推定危険保険の異同
︵八
七七
︶
第四八巻第三•四合併号
において若干指摘したように︑両者のあだには︑理論的に大きなへだたりがあるのかもしれない︒
他のタイプは︑スイス保険契約法第九条︑
ついても︑若干の紹介をしておいたほうが︑同条を理解するうえで︑適切であろう︒
︵八
七八
︶
フランス保険法典
L
・ニニー一五条およびイタリア民法第一八九五条
である︒すなわち︑﹁当事者の知・不知を問わず︑客観的に事故の発生またはその不発生が確定しているときは︑契
(4 )
約を無効とする﹂タイプのものである︒これは︑客観主義的立法と性格づけることができる︒とりわけ︑イタリア民
法第一八九五条は︑﹁陸上保険については遡及保険を全面的に認めない﹂立法︑と理解されている︒この理解は︑イ
(7 )
タリアにおける判例および多数説の支持するところ︑といいうる︒
しかし︑近年︑イタリア民法第一八九五条によっても︑遡及保険を認めうる︑とする説が︑新たにいくつか登場し
ている︒これらの論説は︑われわれにも︑遡及保険を考えるうえでの新たな視点を与えてくれるもの︑と思われる︒
本稿は︑当然︑これらの論説を紹介しなければならないが︑そのまえに︑イタリア民法第一八九五条の以前の状況に
(1 )
わが国の遡及保険に関する論説は︑おそらく例外なく︑遡及保険と推定危険保険を同一のものとしている︒しかし︑近年︑
イタ
リア
にお
いて
︑そ
の理
論的
差異
を指
摘す
る論
説が
いく
つか
登場
して
いる
︒
( 2 )
改正
試案
理由
書・
ニ三
頁︒
(3 )
改正試案理由書・同所︒﹁当事者および被保険者の知・不知を考慮して︑遡及保険の効果を定めている︵遡及保険の有効
性を
認め
る︶
﹂と
いう
意味
にお
いて
は︑
同じ
立法
例に
属す
る︑
とい
いう
る︒
(4 )
改正
試案
理由
書・
同所
︒ (5)鈴木・前掲―一頁。その他、大森•前掲六四頁注五など。
(6 )
イタ
リア
民法
第一
八九
五条
の試
訳は
︑ニ
ーニ
にお
いて
︑掲
げる
︒ (7 )
破棄
院一
九五
八年
一
0月
三
0日判決・三五六四番︒本判決については︑ニーニ
( B I ‑
︶注
(1 )に
簡単
な紹
介あ
り︒
関法
四〇
て︑陸上保険の章︵第一編商行為第一四章︶に置かれている︒一八八二年商法の立法者は︑海上保険においてだけで 不備かもしれない︒しかし︑ここは︑ 周知のように︑遡及保険ないし推定危険保険は︑イタリアにおいては︑﹁報知の吉凶を問わず
( s u bu on e o c a t t i v e
(1 )
notizie)
」条項をもって、古くより、海上保険において、行われてきた。同条項の生成•発展については、保険史家一八八二年商法第四三
0
条に関連した議論を︑若千︑紹介しうる﹁保険者および被保険者または保険に付させた者が︑危険の欠如もしくは消滅または損害の発生を知っていた
(2 )
ときは︑保険は無効である︒
保険者のみが危険の欠如または消滅を知っていたときは︑被保険者は︑保険料を支払う義務を負わない5保険
に付させた者が損害がすでに生じたことを知っていたときは︑保険者は︑契約の履行につき責に任じないが︑保
険料
請求
権を
有す
る︒
﹂
ここにいう被保険者
( a s s i c u r a t o )
および保険に付させた者
(p er so na ch e h a f a t t o as s i c u r a r e )
の意
義に
つい
ては
︑
当然に疑問がありえよう︒また︑第二項において︑被保険者の了知のケースについて規定がなされていない点などが
がいかなる立法主義に立つものか︑そして︑遡及保険をいかなる分野で承認するものかを知るだけで足りる︒同条
︵第一項︶は︑明らかに︑主観主義的立法と性格づけることができる︒そして︑同条は︑保険に関する一般規定とし
はなく︑保険の全分野において︑遡及保険を容認していたのである︒
遡及
保険
と推
定危
険保
険の
異同
一八八二年商法第四三
0
条の立法の不備・疑問点を検討する場ではない︒同条四0 1
︱ ︱
︵ 八
七 九
︶
にと
どま
る︒
一八八二年商法第四三
0
条は︑つぎのような規定であった︒ に委ねるしかない︒本小稿においては︑せい
ぜい
︑
ニ ー
一九四二年以前
法 ︑
一八六五年商法典を所持
こと
︶
につ
いて
も︑
批判
的で
ある
︒﹁
第四
一︱
1 0
条によると︑契約当事者の頭のなかにだけ存在している架空の危険の
保険は︑有効であるが︑現行法がもう存在しない危険を填補するこの契約の安定性を強化したのであるから︑むしろ︑
契約当事者の悪意が証明されるまで︑彼らが危険の存在を信じていた︑と推定されるべきである︒事実︑付保物件の
滅失または無事到着が報知されえたはずの場合︑すなわち︑通知が契約当事者の所在地に契約の署名前に到達してい
た場合︑旧法︵第四七九条︶は︑契約当事者の悪意を推定している︒推定は︑充分に論理にかなっていた︒何故なら︑
(5 )
一般的に︑その不幸を知る最初の人は︑それに利害関係のある人だからである︒﹂と︒
われわれは︑ここにおいて︑
V i
v a
n t
e が興味深い指摘をしていることを見逃してはならない︒すなわち︑当時の旧
一八六五年商法第四七九条が論理にかなった規定であった︑との指摘である︒筆者は︑
していないが︑同第四七九条および第四八
0
条を引用した文献を知っている︒その文献の引用にしたがって︑二つのそし
て︑ 関
法
第四八巻第三•四合併号
︵あるいは︑主観主義に片寄っている
︵八 八
0)
これらの点について︑当時の人々がどのように考えていたのか︑詳細に知ることはできないが︑
V i v a
n t e
は︑批判
的であった︒まず︑危険が消滅したことを契約当事者が知らない場合︑危険の存在が推定される︑とする法律の擬制
は︑あくまでも︑例外に属する︑との立場から︑つぎのようにのべている︒﹁この例外は︑今日も︑海上商業におい
ては︑船舶が滅失したまたは無事到着した正確な時点を知りそして証明することの困難さによって︑正当化される︒
(3 )
しかし︑それを陸上保険に拡大することの適切さについては︑大いに疑問視されうる⁝⁝﹂と︒その理由のひとつと
して︑陸上保険においては︑被保険者が契約締結の時に︑保険事故が発生したか否かを知らない︑ということは︑ま
(4 )
ずありえないことをあげている︒
一八八二年商法第四三
0
条自体が主観主義的立法によっていること 四0
四法に属する︑といいうる︒ を︑ほとんど剥奪してしまっている︒その意味では︑
つぎ
に︑
われわれは︑このふたつの規定を一瞥して︑ 対する反対の証明は認められる︒﹂ 規定の和訳を試みてみよう︒
四0五 第四七九条﹁契約の署名の以前に︑被保険者が付保された客体の滅失について知りえていた︑または︑保険者が付保された客体の到着について知りえていた︑との推定が存在する場合︑付保された客体の滅失または到着の
第四八
0
条﹁公けの報道があるとき︑または︑船舶の到着もしくは滅失の場所からまたは最初の通知が発せられた場所から︑最初の通知が契約の場所にその締結の以前に到達しえていたとき︑推定は存在する︒この推定に
一八六五年商法の二つの規定は︑第二編︵海商︶第八章︵保険︶に置かれている︒すなわち︑海上保険に関する特別
規定と位置づけられているのである︒類似の規定は︑陸上保険に関する一般規定のなかには︑設けられていなかった
ようである︒一八六五年商法の立法者は︑陸上保険においては︑遡及保険ないし推定危険保険の必要性を認めていな
(7 )
かっ
たの
であ
る︒
一八六五年商法のふたつの規定は︑事故の知らせがあった場合に︑契約当事者の悪意を推定している︒推
定であるから︑契約当事者には︑反証によって︑自己の善意を立証しうる余地が残されている︒しかし︑その余地は︑
あくまでも︑理論的なものでしかない︒とりわけ︑第四八
0
条の存在が︑遡及保険ないし推定危険保険の成立可能性遡及
保険
と推
定危
険保
険の
異同
のちに締結された保険は︑無効である︒﹂
一八八二年商法第四三
0
条とのいくつかのちがいに︑気がつく︒まず︑一八六五年商法のふたつの規定は︑実質的には︑客観主義的立
︵八 八一
︶
くの立法例が存在することを知っているが︑推定危険保険の拡大がもたらす効果が充分に考慮されなかったのでは︑
としている︒いずれにせよ︑わずか十数年の隔たりしか有しないふたつの立法でありながら︑推定危険保険に対する
( 10 )
基本的発想は︑大きく異なっている︒
(1 )
窪田
・前
掲五
五七
頁注
一︒
ただ
し︑
An to ni oB r u ne t t i, D i r i t t o m ar i t ti m o p r i va t o i t a l i a n o , V ol . I I I ,
2, T or in
o 1
93 8, p a g .
424
n ot a 10条にいう推定危険保険とは︑一八八二年商法第四三
bs u uo ne o c a t t i v e n o t i z i e 条
項を
もっ
てす
る保
険の
同一
性に
つい
て︑
疑問
を呈
して
いる
︒ (2 )
木村栄一﹁イタリア海上保険法﹂損害保険研究一八巻四号三九頁は︑﹁保険者及び被保険者又は保険契約を締結した者が
危険
の欠
訣又
は消
滅あ
るい
は損
害の
発生
を知
って
いた
とき
は︑
保険
は無
効で
ある
﹂と
訳し
てお
られ
る︒
(3 ) Ce sa re Vi v a nt e T r , a tt a t o d i d i r i t t o c o m me r c ia l e ,
5 e d
. , V ol . I V , i M la no
1
92 9, p a g .
42 9.
(4 ) V iv a n te , o p . i t . c l o , c o c i t .
e s e
g .
同様
の指
摘は
︑ N ic o l a G a s pe r o ni , s s A i cu r a zi o n e ( i n g e n e r a l e ) , i A s n s ic u r az i o ni p r i v a t e , Pa do va
1
97 2, p a g .
66 e
s e g .
i
にみら
れる
︒ (5 ) V iv a n te , o p . c i t . , p a
g .
43 0.
と ︑ Vi va nt eは ︑
認したのである︒この点について︑
Vi va nt
eが批判的であったことは︑先に紹介したとおりであるが︑少し付言する
一八
八二
年商
法第
四一
︱
1 0
条のような︑陸上保険の分野において推定危険保険の有効性を承認する多 そして︑先にもふれたとおり︑ る
場合
︑
つねに︑その了知が推定されるべき︑とすると︑とりわけ︑陸上保険においては︑電信によって︑事故とほ
とんど同時に︑それを知りうることになるから︑推定危険保険は︑ほとんどつねに︑無効になってしまう︑と考えた
(8 )
からである︑という︒
Vi va nt eに
よる
と︑
関法第四八巻第三•四合併号
︵八
八二
︶
一八八二年商法の立法者が推定規定を設けなかったのは︑事故の発生または無事到着を知りう
一八
八二
年商
法第
四一
︱
1 0
条は︑保険の全分野において︑推定危険保険の必要性を承 四
0
六J
現行イタリア民法典は︑民・商法統一法典として︑(6 ) Gi us ep pe Gr e c hi , r B ev i c o ns i d er a z io n i s u l ncettoco
i d r is c h io n el l e a s s ic u r az i o ni m ar i t ti m e , D i ri t t o e p ra t a i c n el l ' as s i cu r , a zi o n e,
19 62 , p a g .
187 nota
1 0 .
(7 )筆者
は︑
一八
六五
年商
法典
の立
法当
時に
おけ
るイ
タリ
アの
通信
事情
を知
らな
い︒
しか
し︑
一八
八二
年商
法典
の立
法当
時よ
りも
さら
に︑
通信
は︑
未発
達だ
った
はず
であ
る︒
(8 ) Vi va nt e,
0
p . c i t . , lo co c i t . (9 ) Vi va nt e, op . i t . c l o, c o c i t . , n ot a
12 8.
( 1 0 )
ふた
つの
立法
は︑
まっ
たく
異な
った
理念
に基
づき
制定
され
たも
ので
あろ
うが
︑そ
の理
念の
ちが
いに
つい
て︑
検討
をす
る余
裕は
ない
︒
ニ ー ニ
一九四二年︵現行︶民法第一八九五条
一八八二条から第一九三二条に設けられている︒これらの規定のなかに︑推定危険保険の有効性を一般的に承認した
一八八二年商法第四三
0
条を再現したものは存在しない︒批判の多かった同条は︑現行民法第一八九五条によって廃止され︑ただ︑同じく一九四二年より施行されている航行法の第五一四条が︑いまなお存続する実務の要請に応える
べく︑例外的に海上︵航行︶保険における推定危険保険の有効性を承認している︑と考えられている︒議論の便宜上︑
民法第一八九五条の試訳を掲げておく︒
( 2)
﹁危険がまったく存在しなかったか︑または︑契約の締結以前に存在しなくなったとき契約は無効である︒﹂
民法第一八九五条は︑みたとおり︑きわめて簡略な規定である︒ここにおいては︑契約当事者の主観的事情は︑
いっさいふれられていない︒危険の不存在・契約前の消滅が︑契約当事者の知・不知にかかわらず︑契約を無効とす
遡及
保険
と推
定危
険保
険の
異同
四0七 一九四二年より施行されている︒保険に関する一般規定が︑第
︵八
八三
︶
第四八巻第三•四合併号
︵八
八四
︶
一八
八
さらに︑同条に関する立法理由書の説明も︑同様にきわめて簡略である︒立法理由書七五二番は︑第一八九五条か
(3 )
ら第一八九八条の四ケ条について︑まとめて説明を加えているが︑第一八九五条については︑ほとんどみるぺきほど
﹁危険が契約の締結の時に存在しなければ︑保険は無効である︵第一八九五条︶︒他方︑危険が契約の締結後
に消滅すれば︑保険は失効する︵第一八九六条︶︒危険が契約の締結の時に存在しなければ︑当然︑保険料は︑
(4 )
支払われるべきではない︒⁝⁝﹂
(5 )
われわれは︑かつて︑民法第一八九五条について︑若干の検討を試みる機会をもったことがあるが︑以下において︑
その後に出版された文献も参照しながら︑少し詳しく検討を加えたい︒
(1 )
民法第一八九五条は︑﹁危険の不存在﹂との見出しのついた規定であるが︑多くの文献は︑同条の解説の場所で︑
二年
商法
第四
︱︱
1 0
条の
廃止
と航
行法
第五
一四
条に
言及
して
いる
︒ (2)栗田和彦·今井薫•岡田豊基・小桜純「イタリア保険法の逐条的研究(二)」関西大学法学論集四0巻二号一九七頁(文
責・
今井
︶の
試訳
とは
若干
異な
る︒
(3 )
第一八九五条から第一八九八条は︑危険の不存在・事前的消滅︑危険の事後的消滅︑危険の減少および危険の増加に関す
る規
定で
ある
︒ (4 )
民法第一八九五条が﹁危険が存在しなければ︑保険は存在しない﹂という原則を表した規定であることは︑だれも否定しない︒しかし︑ここにいう﹁危険﹂がなんであるかについては︑意見が分かれている︒おおよそ︑以下のようである︒保険
契約の有効性の前提
(p re su pp os to d i va l i di t
a )︑保険契約の本質的要素
(e le me nt oe s s en z i al e ) ︑保険契約のカウザ
( ca u s a)
︑
保険契約の目的
( og g e tt o
)︒その意見の対立は︑おそらくは︑保険契約の本質・機能の関する各人の理解のちがいによるも の説明をしていない︒ る客観主義的立法の典型例をなしている︒
関法
四0八
の︑
と思
われ
る
(G ae ta no Ca st el la no
e Sergio
Sc a r la t e ll a L, e a s si c u ra z i on i pr i v at e T, or in o1
98 1, p a g .
215;
C or r i as ,
0
p . c i t . , pa g.
36 e
s eg g
. )
︒
(5)栗田他•前掲同所以下。同条については、木村「イタリア保険契約法」損害保険研究一八巻三号一三頁以下にも、簡略な
解説
がな
され
てい
る︒
従来の議論
四0九 すでに少しふれたとおり︑従来︑多くのイタリア学説によっても︑推定危険保険と遡及保険は
同義のもの︑と理解されてきたので︑民法第一八九五条は陸上保険について遡及保険を全面的に認めない趣旨の規定
である︑とされてきた︒そのためであろうか︑イタリアの保険法の教科書・体系書の多くは︑その用語索引中に︑推
定危険または推定危険保険を含んでいるが︑遡及保険を含んでいない︒ひとつの典型例を
Sa nt
i に求めることができ
るが︑陸上保険における遡及保険の許容不能性を論じるにしても︑推定危険保険の許容不能性の説明によって︑代替
されている︒それも︑ごく簡単な説明によってである︒﹁当事者は︑1海上保険における場合を除きー│'契約の効
果をその締結に先立つ時点から発効させることはできないであろう︒これは︑保険に付することができない推定危険
(l )
を想定するのであろう︒﹂
しかし︑従来も︑すべての学説が︑現行イタリア民法上︑陸上保険における遡及保険の許容可能性を否定していた
わけではない︒
Do na ti
と
Sa la nd ra
が肯定論者とされている︒より明確なことばで肯定論を語っている︑とされる
Sa la nd ra
の説明を先に聞いてみることにしよう︒ただし︑第一八九五条の注釈の場において語られたことばではな
く︑保険期間に関する第一八九九条の注釈において語られたことばである︒﹁危険が契約成立に先立つある時点にお
いてすでに存在し︑そして︑その後︑契約成立以前に消滅していなければ︑当事者の明示的意思により︑契約の効果
( A
)
遡及
保険
と推
定危
険保
険の
異同
︵八
八五
︶
第四八巻第三•四合併号
(2 )
が︑契約成立に先立つある時点に︑遡及されることがありうる︒﹂
たしかに︑明確な肯定論ではあるが︑いかにも簡略である︒
S a l a
n d r a
は︑
ここ
で︑
D o
n a
t i
を引用している︒
(3 )
F a n e
l l i
によ
ると
︑
Do
na
ti
の意見は︑かならずしも︑明確なものではない︑とされている︒しかし︑のちにみるよう
(4 )
に
S c a l
f i は ︑
Do
na
ti
を肯定論として引用している︒議論を展開するうえで必要・有益︑と思われる
D o
n a
t i
の意見
( 5)
D o
n a
t i
は︑﹁危険﹂を﹁損害をもたらす事故の可能性
( p o s
s i b i
l i t a
d i u
n e
v e
n t
o d
a n
n o
s o
) ﹂と定義づけているが︑
それを分説するなかで︑推定危険保険と遡及保険が同義のものであることにふれている︒﹁たとえ︑事故が発生して
いても、それが契約の時点でなお契約当事者に知られていなければ(危険の主観的存在~いわゆる推定危険)、可能
性は存在する︑というように︑海上保険についてのみ︵航行法第五一四条︶︑可能性の主観的観念が︑客観的観念と
同等に扱われている︒その場合︑実際には︑保険は︑遡及効を有する︒事故が発生したか否かの事実に関する当事者
の不知は︑たとえ主観的なものでも︑事故の可能性を排除しないあいだは︑契約上の危険
( a l e
a c o
n t r a
t t u a
l e )
を消
滅させない︑とすると︑事故の将来的性質は失われているが︑不確実性︑危険を実体化するに足りる性質は存続して
(6 )
いる
︒﹂
通常
︑﹁
A
とB
は︑実際には︑同一のものである﹂という表現をする場合︑両者の理論的差異を言外に含ませている︒しかし︑ここにみる推定危険保険が﹁実際には﹂遡及保険である︑との
D o
n a
t i
の指摘に関しては︑両者の理論
(7 )
的同一性までも承認したもの︑と理解されているようである︒
そして︑この説明だけを聞くと︑
Do
na
ti
は︑海上保険においてのみ︑遡及保険が締結されうる︑と解しているよ を聞いてみることにしよう︒ 関法
四 一
0
︵ 八
八 六
︶