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改正男女雇用機会均等法の憲法学的検討

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(1)

改正男女雇用機会均等法の憲法学的検討 : いわゆ るポジティブ・アクション規定を中心に

その他のタイトル On the Constitutionality of the amended Equal Employment Opportunity Law

著者 君塚 正臣

雑誌名 關西大學法學論集

巻 49

号 4

ページ 454‑493

発行年 1999‑10‑30

URL http://hdl.handle.net/10112/00024467

(2)

改正男女雇用機会均等法の憲法学的検討

一旧均等法の問題点と改正経過

二改正均等法の意義と課題

一九九九年四月に︑改正された男女雇用機会均等法が施行された︒改正前の同法については種々の問題が指摘され︑

様々な批判があった︒改正はそれらの批判を踏まえてなされたものと考えられる︒しかし労使双方の妥協の産物とい

う性格もあって︑それがなおも未解決の問題を抱えているのも事実のようである︒施行前からその点を指摘する意見

は様々ある︒新しい均等法は労働法学界で既に多くの論議を生み︑そして生んでいくことであろう︒

I

(3)

ところでこの改正法は憲法上問題を抱えていないのであろうか︒常に法律以下の国内法は憲法に適合しなければな

らないものであるが︑そのような検証を我々は忘れがちである︒本稿は︑改正を機に男女雇用機会均等法を︑主にい

わゆるポジティヴ・アクション規定を中心に︑憲法学の視点から︑特に平等権の問題として見直し︑適切な運用と更

なる改正への示唆をすることを目的とする︒他方で法改正や新たな法規の誕生は︑憲法学に何らかのインパクトを与

える可能性もある︒本稿では併せて︑均等法改正までの道のりを振り返り︑憲法学に示唆を与えることも目的とした

い︒なお︑本稿では概念がなおも錯綜していることに鑑み︑原則として﹁ポジティヴ・アクション﹂﹁アファーマ

ティヴ・アクション﹂﹁積極的差別是正策﹂などの語は互換的に用いることにする︒

労働基準法はその四条で︑賃金における性差別を禁じている︒しかし︑同一二条の均等待遇原則の対象から性別は外

れたため︑採用・配置・昇進・教育訓練などの違いに伴う賃金の差別はこれらに抵触しない︒このため戦後長く︑賃

金以外の性差別を禁じる明文の規定は労働法にはなかったと言える︒直罰方式を採用する労働基準法は︑賃金以外の

性差別に罰則を課すべく解釈されてはならないと解され︑賃金以外の性差別は︑罰則を背景に行政が権限を行使する

分野外に置かれることとなったのである︒しかも日本の複雑な賃金体系は賃金格差が男女差別によるものか否かの立

( 2 )  

証を困難にし︑労働基準法四条の訴訟すら少ない状況を醸し出してきたのであった︒

( 3 )  

そこで︑女性に対する種々の差別的慣行が男性正社員のための長期雇用システムの中で放置されていった︒裁判所

( 4 )  

は一九六0年代後半から公序法理を発展させ︑結婚退職制や女子若年定年制などを無効とし︑いわば労基法三条と四

(4)

規定の見直しが指摘されると共に︑性差別が存在することを認め︑性差別を禁じその行政救済を行なう法整備が提言

(9 ) 

一九七七年には︑男女平等問題専門家会議が︑雇用における男女平等の判断基準として生理的差異を考慮し

た実質的平等を目指すべきことと︑現在の慣行等を考慮した男女異なる取扱いも経過的にはやむを得ないこと︑を挙

( 1 0 )  

げていた︒事態はまだあまり進まなかったのである︒

そのような中︑国連総会で︑

( 1 1 )  

女子差別撤廃条約︶が採択され︑日本も一九八0年にそれに署名した︒女子差別撤廃条約については日本は一九八五年

( 5)  

条の隙間を埋めていったのである︒この法理は現在でも補充的機能を果たしていると言われている︒しかしこの方法

も︑差別行為が法律行為であるときにほぼ限定され︑民事訴訟の時間的・金銭的過重負担は著しく︑集団的特質を有

( 6 )  

する問題である性差別是正には限界がある︑などの難点がある︒

0年代には第三次産業が発達し︑また機械化やオートメーション化により︑女性が就労不可能と思われてき

( 7 )  

た職種が減少してきた︒女性労働者の雇用数は著しい増大を示し︑男性労働者の三分の一に達すると共に︑各種の産

業・職業・職種部門への女性の進出がみられた︒女子の高等教育の普及に伴う自律意識の高まり︑平均勤続年数の伸

びもあって︑女性労働者の生涯的労働継続意欲が際だち始めてきた︒しかし︑日本の男性正社員中心の雇用慣行がな

おも継続し︑労働に関する性差別禁止の条文も上記の通り貧弱であったため︑各地で女性労働者の抵抗が始まり︑そ

( 8 )  

の一部が法廷の場に持ち込まれたというわけである︒

一九六九年に労働大臣の私的諮問機関として設立された労働基準法研究会において︑女性労働者の保護規定の撤廃

第四九巻第四号

0

0日に﹁婦人労働法制の課題と方向﹂という報告書にまとめられた︒ここでは保護

一九七九年︱二月に﹁女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約﹂︵以下︑

(5)

六月二四日の国会承認を経て翌日に批准書を寄託し︑七月二五日に効力発生を迎えた︒この間︑国会審議は衆議院外

( 1 2 )  

務委員会で三回︑外務委員会文教委員会連合審査会で一回︑参議院外務委員会四回を数えた︒性差別の禁止は日本国

憲法で謳われたものであるが︑実際問題としては種々の差別があり︑国際的約束ということで国内の男女平等に寄与

することや︑母性保護というものを制限的に解する条約が国内法の再検討を求めている趣旨のことが政府委員から説

( 1 3 )  

一九七二年制定の﹁勤労婦人福祉 この女子差別撤廃条約発効に対応して国内法を整備する必要が生じ︑その一っとして一九八五年に男女雇用機会均

( 1 4 )  

等法が制定され︑労働基準法が改正された︒ここでいう男女雇用機会均等法とは︑

法﹂を改正して生まれた﹁雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等女子労働者の福祉の増進に関する

法律﹂︵以下︑旧均等法︶のことである︒同法一条は﹁法の下の平等を保障する日本国憲法の理念にのつとり雇用の分

野における﹂性差別を排除すること等を目的として掲げてはいるが︑制定の動機は女子差別撤廃条約発効に際しての

国内法整備であったと言ってよかろう︒このように旧均等法制定の動機は国際的圧力によるものであり︑大衆的な抗

( 1 5 )  

議行動によるものとは言えなかった︒またそれは実際のところ︑憲法的要請によるものでもなかった︒

国会ではまず一九七九年当時の野党側や日弁連が雇用平等立法要求を続けた︒それらは︑差別行為を広汎に禁止す

るものであり︑女子に対するいわゆる母性保護を継続するものであり︑行政的救済制度を設け︑救済命令の実効性を

確保する工夫をしたものであるという共通点を持っていた︒しかし経営側は︑労働法の女性労働者保護規定の見直し

( 1 6 )  

を迫る︑俗に言う﹁過保護﹂キャンペーンを張って対抗した︒また男女雇用均等はなおも社会的コンセンサスを得た

( 1 7 )  

とは言えず︑女性運動の側も労働基準法の保護の廃止を巡って分裂して︑強い指導力を発揮できなかった︒婦人少年

(6)

す立法として旧均等法は誕生したのである︒

第四九巻第四号

問題審議会婦人労働部会での審議でも労使対立が続いた︒そのような中︑

たが︑そこでは募集・採用での男女平等の実現が事業主の努力義務となり︑しかも労働省はこの案を理想主義的過ぎ

ると評価していた︒結局労働大臣は︑更に採用後の配置・昇進をも事業主の努力義務とする法案要綱を同審議会に諮

問した︒審議会は労使対立意見を添えて諮問通りの答申を行ない︑将来の法改正を含む見直しを講ずべきことを補足

( 1 8 )  

したにとどまった︒禁止規定になったのは︑教育訓練と福利厚生︑それに定年・退職・解雇に関する性差別だけで

あった︒結局︑審議段階での経営側の抵抗が強力であったため︑旧均等法はその成立が遅れた上に妥協的なものとな

( 1 9 )  

り︑相互矛盾的な条文を抱えることとなったのである︒それでもなお︑賃金以外の労働における性差別を撤廃を目指

一言で言えば雇用における男女の平等を漸進的・実際的に実現しようとするものであっ

た︒当時の長期雇用システムの中で男女の勤続傾向に大きな差異が存在し︑家事責任重視の女性が多かったため女性

( 2 0 )  

保護規定を撤廃できなかったことなどがその理由であろう︒これは結果の平等や実質的平等を意図したものではない︒

旧均等法は性差別の規制を﹁努力義務﹂を用いたものにとどめると共に︑差別についても包括的に規制するというも

( 2 1 )  

のでもなく︑女性労働者のために片面的に差別を規制し︑就業を促進する法律として制定されたのである︒そして

﹁努力義務﹂となったものの具体化のため︑﹁事業主が講ずるように努めるべき措置についての指針﹂が一九八六年︑

( 2 2 )  

労働省から示された︒

旧均等法については一面で︑雇用管理の建前を性中立的方向にしたことなどの評価もある︒法の基本理念が示され

( 2 3 )  

た効果は大きかった︒まず均等法施行を契機に﹁男子のみ﹂の求人広告が激減した︒旧均等法施行一年強にして企業 関法

一九八四年に公益委員による原案が出され

(7)

( 2 4 )  

の約九割が募集・採用を男女同一にしようとしていた︒これは労働省による広告業界に対する働きかけによるものに

過ぎなかったが︑業界の積極的対応により大きな成果をあげた︒少なくとも初任給を男女同一化する動きは顕著と

なった︒また大卒女子への門戸解放が旧法施行一年で大きく進んだ︒これらに併せて就業規則を改訂する傾向が各企

( 2 5 )  

業に現われた︒加えてこれをきっかけに︑労働基準法四条の男女同一賃金の解釈も︑賃金に関する制度やその内容に

( 2 6 )  

合理的な理由なしに男女差を設けることは許されない︑という方向に転換することになった︒その結果か︑女性の雇

( 2 7 )  

用者数は伸び︑しかも勤続年数も伸びたのである︒

( 2 8 )  

しかし︑他面では旧均等法は条約批准をぎりぎり満たすぐらいの立法だという厳しい評価もある︒﹁努力義務﹂に

過ぎなかった配置・昇進・昇格・賃金体系など︑キャリア形成過程での処遇については制度改革は緒についたばかり

( 2 9 )  

であったし︑大卒女子に門戸解放がなされたと言っても現実の採用側の意識が変わらず︑採用増につながらなかった

( 3 0 )

3 1

)  

という問題もあった︒不況が進行すると管理職への昇進は鈍ってきた︒女性の就職先がサービス業︑卸売・小売業︑

飲食店︑製造業に集中するという状況には変化がなかったし︑女性労働者の保守的意識を変えるに至らなかったとい

( 3 2 )  

う指摘もある︒女子のみの募集は許されたため︑﹁男女正社員・女子パート募集﹂﹁女性事務職募集﹂のような募集広

( 3 3 )  

告が許されてしまった︒それは従来の性役割分業を延命させる結果となった︒そして男女の賃金格差もさして縮まら

( 3 4 )  

ず︑旧均等法は企業の雇用慣行を大きく変化させるには至らなかったのである︒

特に施行後直ちにいわゆるコース別雇用制が増加したが︑その実態は執拗な説得を背景とした︑総合職は男性︑

( 3 5 )  

般職は女性︑という従来の性差別の制度化であるという批判も多かった︒コース別雇用制は︑商社を皮切りに︑主に

( 3 6 )  

大手の銀行︑生命保険会社︑損害保険会社︑証券会社︑ゼネコン︑流通業界で旧均等法施行直前から導入が始まった︒

(8)

第四九巻第四号

一般女子保護規定における規制は緩

労働省は一九八六年に通達を出し︑﹁会社説明会や入社試験の場所や実施日が異なる等の手続の相違については︑そ れが女子に実質的に不利益をもたらすものでない限り︑﹂均等法﹁第七条に反するとは言えない﹂とした︒しかし︑

( 3 7 )  

実際には女子が最初の面接を行なっている頃男子は最終面接段階であるとか︑面接段階で様々な差別的発言を浴びせ

( 3 8 )  

られるとか︑女子にだけ総合職採用にあたって格別の能力を要求することは違法ではないか︑などのことが数多く指

( 3 9 )

4 0 )

 

摘されていた︒労働相談窓口での相談でも︑男女差別賃金の問題や︑判断の難しい問題が噴出してきていたのである︒

このほか︑女子の募集・採用は自宅通勤者に限る企業が三割あること︑育児休業や女子の再雇用制度についての改善 が全くというほど進まないこと︑男女別定年制を存続させた企業もある上︑それ以外でも自発的意思による退職を偽 装した解雇も頻発する危険が大きかったこと︑女子の労働時間規制の緩和が女子労働者のパートタイム・派遣労働者

( 4 1 )  

化を生む危険があることなどの指摘もあった︒

このような問題が発生したのは︑やはり旧均等法が募集・採用・配置・昇進について事業主の努力義務にとどめて いたこと︑労働者の採用については使用者に広汎な選択の自由があると考えられていたことなどが原因だという声が

( 4 2 )  

改めて強まった︒そもそも性差別の禁止が﹁公序﹂に反するというのであれば︑それが努力義務に過ぎないというの

( 4 3 )  

は根本的な矛盾であった︒また片面的性格を有する旧法の規定は︑女性を有利に取り扱うことを禁じるものではな

( 4 4 )  

かったが︑それは旧均等法の正式名称が示すように︑女性を母親又は家庭人として見ていたためでもあった︒そのこ とは﹁保護﹂か﹁平等﹂かの議論を生んだが︑それは男女の社会的役割の違いが初めから存することを前提とする議

論でもあった︒旧均等法の施行と同時になされた労働基準法の改正においては︑

( 4 5 )  

和される一方︑他方で種々の母性保護規定の充実を図るという対応が採られた︒ 関法

(9)

そしてまた現実に問題が発生したときに︑救済が十分ではないという指摘もあった︒紛争処理手続としては事業場

毎の苦情処理機関での自主的処理︑各都道府県婦人少年室長による助言・指導・勧告︑各都道府県に設置される機会

均等調停委員会による調停があった︒しかし第一のものは言うに及ばず︑第二︑第三のものも簡易で強制力を伴うも

( 4 6 )  

のではなく︑雇用における男女の均等化を図るべく行政がサービスする制度であると言えた︒改革は司法ではなく行

( 4 7 )  

政主導で進行するという評価もあったが︑労使の同意がなければ調停手続に入れない以上︑解決がこれでなされるか

( 4 8 )  

﹁はなはだ﹃心もとない﹄ことであった﹂︒一九九四年に住友金属に勤める女性労働者が申請した調停を最終的に企

( 4 9 )  

業側が受諾せず︑旧法下では本制度での紛争解決が一件もなかったことは︑この制度の無力さをよく示していた︒婦

人少年室の相談についても︑女性の利用が少ないこと︑特に女子学生に対する就職差別に関して効果は疑問という声

( 5 0 )  

もある︒また︑企業がコース別雇用制の下で現実に性差別的な昇進慣行を維持していたとき︑裁判所は同一労働同一

賃金原則に反する賃金差別を無効にした上で︑労働基準法一三条後段を適用して差額の賃金だけは救済を行なってき

( 5 1 )  

た︒しかし︑それはごく一部の不平等なら是正する方法はあるが︑全体的な不平等は如何ともし難かった︒そしてこ

れを労働関係における性差別問題全般に及ぼしても状況は同様であり︑裁判による救済は時間的金銭的負担が大きく︑

( 5 2 )  

判決による履行が確保される範囲が狭いという問題があった︒

確かに︑雇用分野での性差別撤廃は一片の法律によって達成できるものではなく︑それは社会のあらゆる分野にお

ける性別分業固定化の反映であると言える︒そのため︑性別分業の見直しは総合的・体系的に継続的になされる必要

( 5 3 )  

があったとも言えよう︒旧均等法は個人の救済というより均等という概念を社会に定着させるために働いたとも言え

( 5 4 )  

た︒それは規範というより主に教育的訓示だったのかも知れない︒労働基準監督署が行政指導などを通じて使用者に

(10)

とあり︑再検討は明文の約束であったからである︒ 第四九巻第四号

一方で多様化する女子労働者に 性差別的取扱いを是正するよう迫ることも少なかったし︑労働組合もまた男性社会であることを反映してこのような

( 5 5 )  

問題に冷淡であったことは否めない︒だとすれば︑私法的効力を持たない努力義務規定のような︑極めて日本的な立

( 5 6 )  

法は︑いつか禁止規定に一本化されるべき運命にあったと言えよう︒この間に性役割に関する意識が変化したことも

また確かである︒このため︑漸進的な法律がそこから生じた結果を踏まえて︑更にそれを改善すべきという議論にな

ることは︑そもそも旧均等法に内在していたようにも思える︒旧均等法の付則二0条には﹁規定の状況を勘案し︑必

要があると認めたときは︑これらの規定について検討を加え︑その結果に基づいて必要の措置を講ずるものとする﹂

そのような中で︑加えて積極的差別是正措置を採るべきこと︑セクシャル・ハラスメント禁止の規定を置くべきこ

( 5 7 )  

とが提唱されるようになってきた︒前者では︑あくまでも機会均等の確保のため︑定期的に企業内部の部局毎などの

( 5 8 )  

男女比を調査・公開して︑改善努力を企業に要請することなどが構想された︒また︑

対応するため画一的な女子保護規定を緩和することを求められながら︑他方最低限の母性保護規定が守られるべきこ

( 5 9 )  

とも指摘された︒男性労働者に対する性差別禁止規定︑性別以外の差別の禁止規定などを盛り込むべきとする主張も

( 6 0 )

6 1

)  

あった︒様々な罰則規定を設けるべきという意見もあった︒そして︑行政機関の調査権限の強化︑或いは独立行政機

関の設置︑そこへの労働者の申立権の確立︑行政機関の救済命令権限の付与︑行政委員会の新設など︑救済手続の確

( 6 2 )  

保が必要であるという主張も強かった︒

これに対して経営側は︑労働力不足対策の観点から︑法規制が女性の職域拡大の弊害となっており︑意欲ある女性

( 6 3 )  

労働者の多くが﹁保護﹂撤廃を望んでいる旨の主張を行なった︒固定的な労働費用の多い業種︑非定型的で高度な熟 関法

八︵四六

(11)

定などの速やかな是正が提言された︒政府の各種報告書・勧告も︑規制緩和や

ILo

条約を追い風に︑また女子の深

( 6 5 )  

夜業の禁止が女性の職業を狭めている点などから均等法の改正の必要性を指摘していた︒

この間にも労働環境の質的変化は進行していた︒いわゆる﹁日本的経営﹂は根本的に見直しの時期に差しかかって

( 6 6 )  

いた︒自由競争化は企業内競争から労働市場全体での競争への移行を生み︑若い労働力を囲い込むことは企業にとっ

て有利なことでなくなってきた︒仕事の質が個人主義化し︑労働者本人の技量がますます求められるようになった︒

そして高度な専門化が進行していた︒このような変化の中で︑企業をサポートし︑行政が秩序を整える仕組みを持つ

( 6 7 )  

旧均等法の限界は明らかになってきた︒大企業と公務部門の少数の男性正社員も巻き込んで︑雇用が複線化・多様

( 6 8 )  

化・流動化していくこともそれは暗示していた︒財界にはこの際︑正社員の削減︑雇用の弾力化︑総人件費の縮減を

( 6 9 )  

図るため︑能力主義や競争原理の徹底を求めたいという事情もあったのである︒

そこで法施行後一0年前後経過して︑過渡的な法律を本格的な男女雇用平等法に向けて見直すべきだという気運が

( 7 0 )  

高まった︒既に男女の雇用平等が原理的に正しく︑その推進が望ましいという価値判断は社会に浸透しており︑この

( 7 1 )  

点から議論する必要はなくなっていた︒均等法に合わせて登場したコース別雇用制の中の﹁総合職﹂は︑家庭責任を

負ってきた女距に参入が困難なほどの企業戦士ぶりを要求するものとなり︑ちょうど過労死問題がクローズアップさ

増大につながるという結論を導いていよう︒

練や判断が要求される職種では︑女子保護規定がある以上︑企業が女子の採用を望まないことは経済合理的な行動で

あったかも知れない︒また︑賃金の弾力性が大きくなると各労働者の労働時間より労働者の数を増やす方がよいため︑

( 6 4 )  

女子保護規定がなくなっても時間外労働はさほど増えないという指摘もある︒この主張は﹁保護﹂撤廃が女性の雇用

一九九一年には労働問題研究会報告が出され︑女子の深夜業原則禁止規

(12)

第四九巻第四号

( 7 3 )  

れてきた時期とも重なって︑男女共﹁人間らしい労働と生活を﹂という点でも問題となってきていた︒旧均等法の下

では︑企業は母を妻代わりにして男性のように働く女性のみを総合職にすると考えるようになっただけとの批判もあ

( 7 4 )

7 5 )

 

る︒日本的な長時間労働︑サービス残業は既に男性総合職だけの問題ではなくなりつつあった︒他方︑不況下で一般

( 7 6 )

7 7 )

 

職は厳しいリストラの対象となった︒その結果︑大卒女子の就職先が減ってしまったという皮肉な結果も招いていた︒

賃金などの男女格差が広がる傾向にある中で多様化が進んでおり︑それはつまりは下方拡大による多様化︑差別の重

( 7 8 )  

層化ではないかとの指摘もある︒このような中で︑経営側の言うように﹁平等﹂と引き換えに﹁保護﹂を撤廃するこ

( 7 9 )  

とは危険であり︑寧ろ現在の女性﹁保護﹂規定を男性にも及ぼすべき旨の主張が急速に強まった︒このほか︑差別禁

止規定を募集から定年まで全体に及ぼすこと︑間接差別を明文で禁止すること︑クオータ︵割当制︶には至らない積

( 8 0 )  

極的差別是正策の導入などが主張されてきた︒間接差別とは︑意図的ではない中立な制度や基準であっても︑その適

( 8 1 )  

用が人種や性別間に著しい不均衡をもたらす場合︑違法な差別となり得るという法概念である︒この概念が導入され

れば︑﹁世帯主条項﹂や﹁転勤可能性﹂を理由とする措置が差別となり得るほか︑コース制︑男性正社員・女性パー

( 8 2 )  

トの区別などは適法性が問題となると言われていた︒日弁連や労働組合などがそれぞれの立場から︑このようなもの

( 8 3 )  

を含む提言・意見・案を提示した︒

そこで一九九三年から婦人少年問題審議会婦人部会で︑均等法などの女子保護規定の見直し作業が開始された︒同

部会は一九九四年一月には中間報告をまとめ︑女子学生への不利益な取扱い等の問題に対処するため︑均等法の指針

を早急に改正することなどを提言︑審議会での審議の上で告示又は公布された︒ここでは︑女性の募集・採用人数に

制限を設けないこと︑採用試験の実施について女性に不利な扱いをしないこと︑既婚・有子・年齢などを理由に女性

(13)

( 8 4 )  

を差別しないことなどが定められた︒翌年には就職差別の是正を訴える緊急アピールが労働省から出された︒

そして一九九五年一0月に婦人少年問題審議会は均等法︑労基法についての見直し審議を始めた︒

月に同審議会は建議を行なった︒翌年︑均等法改正法案要綱が同審議会に諮問され︑関係審議会の﹁妥当﹂との答申︑

( 8 6 )  

法案作成を経て︑均等法は一九九七年に﹁雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律﹂

( 8 7 )  

一九九九年四月に施行されることとなったのである︒同時に︑労働基準法と育

児休業法などが改正され︑そこには多胎妊娠女性の産前休暇期間の延長︑満一八歳以上の女性の時間外・休日・深夜

( 8 8 )  

労働規制の全廃︑養育者・介護者である男女の勤務時間の短縮が盛り込まれた︒しかし︑女性﹁保護﹂規定を撤廃す

るのは︑依然として女性が重い家庭責任を負っている現状では︑男性同様の厳しい長時間・過密・変則労働に女性を

( 8 9 )  

駆り立てることになるとする批判もやはり多かった︒

改正均等法は︑募集・採用での均等が努力義務から強行規定になり︑配置・昇進差別が禁止規定となったこと︑教

育訓練における差別が限定的禁止から禁止になったことなどを特徴としている︒また︑法の実効性確保という点では︑

機会均等調停委員会による調停を当事者一方の申請でも開始できるようにし︑悪質な違反については労働大臣が企業

名を公表できるようにした︒但し︑女性少年室長の調停必要性の判断があって初めて調停が開始される点は変わって

( 9 0 )  

いない︒旧法では規定がなかったセクシャル・ハラスメントの規定が盛り込まれたことは特筆してよいであろう︒そ

していわゆるポジティプ・アクションの規定も登場し︑これまで許容されてきた女性のみ募集・優遇は原則として明

( 9 1 )  

文で禁じられることとなった︒女性を性別によって︑或いは女性の一般的傾向を理由に差別できない︑男性について

もまたそうであるという点が﹁改正のポイン

﹂であった︒改正は︑少なくともその方向性については概ね好意的に

' z

(14)

均等法改正までの経緯は︑同法の一定の社会的意味と規範性・救済力の希薄さ︑そして立法過程での憲法一四条に 関するその両方をも︑感じさせるものであった︒しかし法制定や改正が遅れても︑平等志向は避け難くなったと言え よう︒寧ろその遅れによって︑日本の性役割社会の抱える問題が皮肉にも鮮明になったと言えなくもなかった︒

均等法はこのような経過で改正されたものであるが︑利害調整の産物であることもあり︑問題点を一掃したものと なったわけでもない︒改正は︑均等法が最初に設定した枠組︑技法の中での政府と利害関係者の網引きに終始し︑枠

( 9 4 )  

組を超えて全体を見直すものではなかったことも事実であろう︒また改正均等法は︑包括的でないこと︑即ち性差別 禁止法とまでは言えないことや︑間接差別禁止規定がないこと︑同一価値労働同一賃金原則の明文規定の挿入がなさ

( 9 5 )  

れていないことなどが当初から批判されている︒このうち間接差別については︑将来の検討が衆参両院で附帯決議さ れた︒しかしながら改正均等法の解釈から︑十分に差別意図が推測できる場合にはそれもまた均等法の規制範囲に含

( 9 6 )  

まれるとの主張もある︒積極的な意図はなかったとしても結果を予想するだけの注意を怠ったという責任まで考えれ

ば︑解釈上︑間接差別禁止に近い結果になる可能性もあろう︒

改正均等法は新たに違反事実の公表を二六条で規定し︑﹁努力義務﹂を禁止規定とするなどの改善を行なったが︑

事業主の妨害や不服従に備える制度的手当ては何も行なっていない︒違法行為の救済制度の不備は︑憲法上も疑義が

( 9 7 )  

あるかも知れない︒また差別訴訟に関しても既に性を理由とする差別的取扱いが公序に反するという判例は確立して

第四九巻第四号

( 9 3 )  

受け止められたのである︒ 関法四二︵四六六︶

(15)

四三︵四六七︶

( 9 8 )  

おり︑均等法改正のインパクトはないとの主張もある︒とは言え︑公序概念には裁判官の価値観が大きく入り込む余

( 9 9 )  

地があるため︑明文化は意味のないことではないようにも思える︒もはや﹁当時の時代背景﹂を理由に裁判上差別が

( 1 0 0 )  

許容される可能性は低まった︒関連して︑男女別の三六協定等が公序に反し無効であるとの見解が早くも登場してい

( 1 0 1 )  

ることは︑注目できる点である︒

( 1 0 2 )  

改正均等法の大きな特徴は︑いわゆるポジティヴ・アクションを導入したことである︒改正案の準備・作成・審議

の過程で︑これらの条文は女性差別の残存効果を是正するための女性優遇措置と理解されてきたものである︒その点

︵ 旧

では﹁女子に対して男子と均等な﹂機会と取扱いを求める片面的な法律の下での措置であると言えた︒

改正均等法九条は︑募集・採用︑配置・昇進・教育訓練︑福利厚生︑定年・退職・解雇に関して﹁事業主が︑雇用

の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保の支障となつている事情を改善することを目的として女性労働者に

関して行う措置を講じることを妨げるものではない﹂としている︒この規定はいわゆるポジティヴ・アクションを適

( I I U )  

法としたものと解された︒許容されるポジティヴ・アクションは指針において示され︑一九九八年指針の実質的重要

( 1 0 5 )

︵ 墜

性は極めて大きいとされる︒改正均等法に関する指針は︑﹁雇用管理区分﹂毎に比較して︑女性労働者が相当程度少

ない職務・役職への配置・昇進に関して︑その受験を女性労働者にのみ奨励することや︑条件を充たす労働者のうち

女性労働者を優先して配置・昇進させること︑教育訓練の対象を女性のみにすること︑女性労働者に有利な条件を付

すことなどを定めている︒例えば︑合格水準に達した男女の中から女性を優遇して採用したり︑管理職に就けたりす

( 1 0 7 )  

ることは違法とはしないという趣旨である︒

なお﹁雇用管理区分﹂とは︑指針によれば﹁職種︑資格︑雇用形態︑就労形態等の区分であって当該区分に属して

(16)

第四九巻第四号

いる労働者と異なる雇用管理を行うことを予定して設定しているもの﹂であり︑労働省通達によれば﹁区分により制

( 1 0 0 )  

度的に異なる雇用管理を行うことを予定して設定しているものをいう﹂︒ここで区分の細分化に際しての差別の有無

を判断することは難しい︒﹁相当程度﹂とは女性が全体の﹁四割未満﹂であるという解釈がなされ︑そのときは女性

に対して応募を奨励するとか︑丁寧な求人情報を送るなどの措置︑極端なときには例外的に女性のみ募集することも

( l l l )  

違法ではないとされ酎︒特にこれは教育訓練の場で活用されることが期待されている︒但し︑そもそも九条が義務規

( 1 1 2 )  

定ではなく︑指針は行政指導において重点的に改善を求める内容を規定したという意味では活用されるが︑裁判所が

指針に拘束されることはないという限界はあろう︒その意味では旧均等法の努力規定の問題点と同様の問題が発生す

( 1 1 4 )  

る可能性は内包されていよう︒既にコース制は労働者の能力差を考えるとますます存在価値を増すはずだという見解

( 1 1 5 )

1 1 6 )

 

もあり︑採用は最後は数値に表われない経験と勘であるという指摘と併せて注意を要しよう︒

また均等法二0条において︑事業主が状況分析を行ない︑国は事業主に相談その他それについて援助をすることに

なった︒諸外国では国が報告を義務づけたり︑強制力を持つ命令を出す場合もあるが︑二0条のポジティヴ・アク

ションについても自発的にそれを行なう事業主を国が援助するものにとどまり︑義務化されたわけではない︒形式的

( 1 1 7 )  

に差別を撤廃するだけではなく︑実質的に昇進等の機会を確保すべく取り組むことが企業に期待されている︒

しかし︑これらの規定は文言の曖昧さ︑用語・文章のルーズさ︑無限定さなどの故に実効性の点で疑問があるとい

( 1 1 8 )  

う指摘も早くからある︒それら指摘は︑厳格な差別概念の定立もないまま外見を整えるだけのような導入は有害であ

( 1 1 9 )  

りさえするというのである︒そしてそもそも﹁雇用管理区分﹂を決定する際の基準の中立性や客観性などについて疑

( 1 2 0 )  

問を向ける見解もあるのである︒しかし九条のポジティヴ・アクションについては︑﹁許されない女性優遇﹂と﹁許 関法四四︵四六八︶

(17)

される女性優遇﹂を分離したもので︑後者も暫定的であり︑資格を満たさない女性の特別扱い︑数合わせは意図して

いない︒また︑現在ある﹁雇用管理区分﹂毎の不均衡を直ちに是正すべきことを求めるものでもなく︑男女均衡の仕

( 1 2 1 )

m )  

組みの確立が本来の狙いであろう︒このため﹁男女差別に関する適切な整理だと評価﹂したり﹁やり方によっては案

( 1 2 3 )  

外効果的であるかもしれない﹂としたりする声が大きい︒国会審議中から太田芳枝労働省婦人局長も︑九条が﹁均等

の実現に支障とならない女子のみの措置は均等法違反にはならないという旨を明らかに﹂したので﹁逆から見れば︑

( 1 2 4 )  

均等の実現に支障となる女子のみの措置は均等法違反となる﹂とその意義を強調していた︒

0条では︑実際どの程度のことをすればよいかを示すことが国の任務となり︑国は言わば知恵は出すが金は出さ

( 1 2 5 )  

ないこととなった︒また︑事業主の﹁積極的措置﹂に期待する制度であることから︑調停制度には馴染まないとされ︑

( 1 2 6 )  

この問題での解決の可能性を狭めたという批判もある︒これは︑障害者雇用促進法が︑目標を達成しない事業主に納

付金の支払を義務づけていることと比べても︑事業主の自由に配慮した︑即ち結果として差別を許容した立法になっ

( I Z l )  

ていると言えよう︒但しこれにより︑企業の男女比を部門︑職種︑職域毎に時系列毎に把握できるようになり︑隠れ

( 1 2 8 )  

た採用差別などが初めて顕在化するという指摘もある︒訴訟が提起されたとき︑差別の故意が含まれているかなどの

( 1 2 9 )  

有無の判断材料になろう︒結果の平等は問われないものの︑採用数全体が﹁雇用管理区分﹂毎にあまりにも大きな男

( 1 3 0 )  

女差を有するときは︑企業が合理的な説明を行なう必要が生じていこう︒それは昇進︑昇格についても同様であり︑

( 1 3 1 )  

男女の人数の差は重要視され︑立証責任が企業側に転換されることも生じてくる︒加えて採用選考などの内容や実施

( 1 3 2 )  

等の運用・管理についても透明性と公平性が要求されることになっていく可能性があろう︒このことは︑間接差別禁

( 1 3 3 )  

止規定に近い効用をもたらすのではあるまいか︒更に企業イメージのため戦略的に均等を進める可能性もある︒なお︑

(18)

一九九五年に雇用衡平法を改正してその制度を強化した︒組織内外への方針表明︑

( 1 4 4 )  

統計的分析︑女性・マイノリティー活用の是正計画の策定と実行というプロセスが採られる︒北欧諸国は一般に早く から性差別禁止立法を制定してきたが︑現在でも間接差別まで厳しく対処することなどによって解決を図っている︒

( 1 4 5 )  

但し︑割当制が法的に決められているのは審議会等に限定されていることは注意を要しよう︒アメリカではアファー 平等促進措置を含むカナダでは︑ 0

条のポジティヴ・アクションは︑あくまでも九条の範囲内でしか認められず︑男女双方に行なうのが原則であっ

( 1 3 4 )  

て︑﹁女性のみ﹂﹁女性優遇﹂は九条に反しない限り許されるものである︒このため︑例えば一般職女性にだけ接遇訓

( 1 3 5 )  

練を行なうことなどはできないとされたのである︒

このように︑ポジティヴ・アクションは一方で問題を含みながら︑他方多くの期待をされてはいる︒しかし︑既に 旧均等法下で︑﹁女子のみ﹂﹁女性優遇﹂が問題点を多く含むものであったことは実証済みであろう︒それらにも良い ものと悪いものがあることは認識されている︒旧法下では︑一定の性役割観や先入観を前提にした配置や職域の限定

( 1 3 7 )  

がなされてきたのである︒そこに問題点があったからこそ各国とも一般的な性差別禁止立法制定へと向かったのであ

( 1 3 8 )  

る︒その問題点を改正均等法は抱えている︒実際に一九九三年の男女雇用機会均等問題研究会では﹁女性のみ﹂の中 で解消されるべきもの︑望ましいもの︑そもそも関与する必要のないもの︑当面は解消すべきとまでは言い難いもの︑

( 1 3 9 )  

という分類がなされていた︒一見女性優遇ととれる場合でも︑禁止されるべき差別概念を広く捉えていく必要もある

( 1 1 0 )

I l l )

 

のである︒女性の数さえ増やせばよいという安易な発想は戒められるべきであろう︒

( 1 4 2 )  

諸外国の例を見ると︑オーストラリアでは一九八六年にアファーマティヴ・アクション法が制定され︑一

00

( 1 1 3 )  

上の企業等には雇用上の差別を解消する措置を採ること︑それを報告することが義務づけられている︒憲法に積極的

関法

第四九巻第四号

0)

(19)

マティヴ・アクションは主として人種差別を是正するものとして行なわれてきたが︑連邦最高裁は割当制にまで進む

ことは違憲であるとしてきた︒近時︑連邦の行なうアファーマティヴ・アクションについても最高裁は厳しい姿勢を

採るようになり︑﹁逆差別﹂の行きすぎに対する批判も噴出しているところである︒性別に関してのそれは公民権法

第七編の下で︑或いは大統領命令によって行なわれていな︒

E

U

諸国では各国で様々なポジティヴ・アクションが行

( W )  

なわれてきたが︑近時の

E

C

裁判所判決で﹁絶対的かつ無条件﹂な優先処遇ではない限りで違法ではないとする判断

( 1 1 8 )  

が下されている︒総じて言えることは︑先進各国とも割当制は避けながら積極的差別是正を積極的に行なっているこ

とである︒このため︑これらと比較すれば︑日本で改正均等法がポジティヴ・アクション規定を置いた自体ことは普

通のことであり︑かえって弱い規定である感も否めないものである︒

さて︑このようなポジティヴ・アクション条項について︑憲法学の見地から検討せねばならない︒その際には︑ま

( 1 4 9 )  

ずこれが日本国憲法一四条に反しないかを検討することとなろう︒確かに﹁過渡的な優遇措置をとることは︑社会的

にきわめて意義のある効果をもつ︒しかし︑憲法論の見地からいえば︑それは︑﹃どこまでなら一四条に反しないか﹄

( 1 5 0 )  

という形で問題となる性質のものとなる﹂からである︒日本国憲法一四条の解釈では︑その一項後段に列記されたも

( 1 5 1 )  

のは単なる例示であり︑合理的差別であれば合憲であるというのが長く通説であった︒しかし︑近時の有力説は﹁人

種︑信条︑性別︑社会的身分又は門地﹂という列挙事項を単なる例示とは考えず︑それらの類型を用いる法令や政府

( 1 5 2 )  

の行為はに厳格度の高い審査基準の下で違憲審査がなされるべきだ︑と考えるようになってきている︒論点は︑それ

らの全てに厳格審査を及ぼすべきだと考えるか︑一部に厳格審査︑残りに中間的審査基準︵厳格な合理性の基準︶を及

( 1 5 1 )

1 5 5 )

 

ぼすべきと考えるか︑に移行しつつあると言っても過言ではあるまい︒この点では両説は拮抗していよう︒しかし︑

(20)

第四九巻第四号

( 1 5 6 )  

性差別については原則として厳格審査が妥当するとしながらその積極的差別是正については例外とする見解もある︒

一四条一項列挙事由全てに機械的に厳格審査を及ぼせない根拠として論じられる場合

も多い︒性差別に関する積極的差別是正については中間的審査の下︑合憲とする見解が総じて優勢であると言ってよ

( 1 5 1 )  

ところで︑積極的差別是正策が合憲かについてはアメリカではかなり議論がある︒合憲論者はまず︑差別をなくす

には一時的に人種や性別に基づく優遇策が必要であると主張した︒しかし反対論は︑罪のない個人が被害者となり被

害者でない個人が受益者になり︑近代社会の原則に反するとこれを批判する︒また︑ある人種や性別集団そのものの

人権という発想の提示が︑賛成論の側からは提示される︒例えば黒人を優遇することは︑特定の黒人だけを優遇する

ことではなく︑黒人全体の権利の向上であると言う︒これに対し反対論は︑人権は個人の権利であるから︑差別是正

( 1 5 8 )  

策は常に特定個人優遇であり︑相対的には別の個人への差別で憲法違反だと言うのである︒次に︑差別されてきた側

を優遇する立法には違憲の疑いが薄いという主張が賛成論側からはなされる︒

しようとするときは有利な立法のときとは異なるというのである︒これに対して反対論は︑積極的差別是正とそうで

ないものは一見区別できないので︑人種差別ならば原則通りに厳格審査を適用すべきであると反論する︒また賛成論

は︑差別の補償は社会全体が負うべきだと主張する︒賛成派の多くは︑このような政策は共生社会に向けて必要であ

り︑多数派にとっても悪い施策ではないと論じる︒しかしこれに対して反対論は︑差別是正が完全になされることは

あり得ず︑完全に平等であるという証明は難しく︑結局永続化してしまうことになり︑かといって割当制のような急

激な是正はまさに逆差別になると批判している︒更に優遇を受けた集団には烙印が捺される︑という反対論の主張が いように思われる︒ また積極的差別是正の存在は︑ 関法

一般に多数の側が自らに不利な立法を

(21)

ように思われてならない︒

ある︒しかし︑全ての積極的差別是正策についてそう言えるかという賛成論の反撃もあろう︒

このようにアメリカでは積極的差別是正策については賛否両論︑合憲・違憲論双方がある︒この点︑他の先進諸国 で積極的差別是正策そのものの是非が議論にならなくなっていることと比べても︑アメリカは異なる状況にあると言

( 1 5 9 )  

える︒日本の学説が積極的差別是正措置そのものを肯定しながら︑その審査基準論を展開してきているのとも状況が 異なると言えよう︒確かに︑日本国憲法の﹁個人の尊重﹂原理からしても︑属性を理由に優遇することは慎重でなけ ればなるまい︒また仮に許されても︑最小限の過渡的なものでなくてはなるまい︒この点でアメリカの議論動向は参 考となろう︒だが︑条文上も︑日本国憲法一四条一項が﹁すべて国民は︑﹂﹁性別﹂﹁により︑﹂﹁社会的関係において︑

差別されない﹂とある以上︑憲法の名宛人である国が社会的性差別を是正することは許容できるようにも思える︒問 題は既に︑どのような是正策が合憲かという点に移っていよう︒憲法学説の多くはこれを判断するために︑多くの是

︵ 園

正策を許容しようとして︑審査基準そのものを動かしているかのようにさえ見える︒

しかし︑均等法改正までの道のりは︑許されない差別と許される差別是正策の区別が困難であることを示してきた

( 1 6 1 )  

一見差別是正的な制度が差別構造の固定化に巧妙に寄与していることはざらであった︒こ

れは憲法学が労働法学の成果から学ぶべき点であろう︒その区別が差別是正策の名に値するものかどうかは精密に審 査しなければ判明しないのである︒また︑アメリカの議論からすれば仮に積極的差別是正策が一般的に肯定されても︑

手段によっては違憲のものがあることになろう︒これも慎重な審査の中で判明するものと思われる︒特に各国で否定 された割当制は違憲の疑いが濃い︒だとすれば︑優遇措置・積極的差別是正策と称されるものも厳格審査によって吟

( 1 6 2 )  

味し︑必要最小限度の施策のみを合憲と考えればよいように思われる︒加えて︑差別撤廃だけを行なっても各国で職

(22)

第四九巻第四号

﹁国は﹂﹁事業主に対し︑相談その他の援助を行うことができる﹂となっているが︑

域分離や昇進の格差が残ったことは︑暫定的に繊細な優遇措置がなければ︑法が差別を温存することに荷担する結果

( 1 6 3 )  

になることを示しており︑積極的差別是正策はその限りで合憲性を認定できることを予想させる︒

以上のような議論を踏まえれば︑このような厳しい基準の下でも︑改正均等法の定めた程度の微温的なポジティ

ヴ・アクション規定自体は︑まずは合憲ということになろう︒問題はその適用である︒改正均等法二0

かったという不作為が違憲となることがあるかが問題となろう︒しかし上述のように︑積極的差別是正が憲法上︑国

の責務だとまでは読めない以上︑そのような可能性は薄いということにならざるを得ない︒もし︑それを期待するの

であれば改正均等法は改めて改正されねばならないであろう︒差別なくあまり活用されないとき︑極端に言えば全く

活用されずつまり差別的運用が起きようもないとき︑憲法解釈によってポジティヴ・アクションを拡大することは大

きな困難を伴うことになろう︒但し是正の不作為が事業主の全体的な差別意図を推測する引き金となることはあろう︒

改正均等法九条の定める﹁措置﹂や︑二0条下でなされる﹁援助﹂がクォータ︵割当制︶となることは問題になろ

う︒これまで述べたように︑そこまで属性で決定することは憲法上疑義がある︒確かに九条の﹁措置﹂を行なうのは

通常民間の企業ということになろうが︑それはまた性に関する差別として公序に反すると解されよう︒或いはこのよ

うなものを許容しないよう︑改正均等法が合憲限定解釈されるべきだという構成も可能かも知れない︒ましてや国が

そのようなことを﹁援助﹂することは直接的に違憲の疑いが濃いと考えられよう︒

関法

一定程度の資格を有する者の中で︑稀少な性別に属する者を有利に採用・昇進させることは一般的

には認められよう︒しかし︑この資格要件を高めれば限りなく一種の意図的な差別となり得︑低めすぎればクォータ 一定の場合に﹁援助﹂をしな

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