トはかなり分かりやすいものなのだが、このパーシー家の人々を軸としつつ も総勢65 人もの人物が登場し(Ó Gallchoir 108)、ともすれば主筋を忘れそう になるほどありとあらゆる話題が展開されていく。その中でも、一つの眼目 となっているのが、男子の職業訓練の問題だといえるだろう。 この小説の中には多種多様な職業の男性が描かれる――法曹界、軍、医学、 聖職、政治、商人そして地主。女性であるエッジワースがこれほどまでに男 性の「公」の世界に踏み込んで書いたことは、この小説に対する評価を低く する一因ではあったようだ。実際、医学および法律問題でエッジワースは誤 謬を犯したようで、特に法律関係に関する誤りは後年改訂の際にその前後の 筋を変える必要が生じるまでのものであった(Butler, “Introductory Note” xxii)。4 巻にわたって読者をつなぎとめるだけの作話術がないこと、そして イングランドの上流階級という自分がよく知らない世界を描いているために、 最大の強みである写実性が損なわれているというものが主だった評価とみて いいだろう(Rev. of Patronage, The Quarterly Review 10.20: 308-9)。また、「公 的」な世界を描いたことで彼女の父親の影響力がわけても取り沙汰され、父
親への反感から酷評を受けた面もあった4。
実際、エッジワースの父リチャード・ラヴェル(Richard Lovell)は 1809 年 に『職業教育論』(Essays on Professional Education)を発表しており、エッジワー
第七章 政治家の教育について 第八章 君主の教育について パーシー家の長男ゴッドフリー(Godfrey)は、陸軍に入ることになる――父親 が「このような時代に、必要とあらば自国の防衛に進んで身をささげるべく、 数年は軍役に従事することはすべての跡取り息子の義務である」と考えるか らだ(NSW6 6: 55)。二男アルフレッド(Alfred)は法廷弁護士として、そして三 男エラスムス(Erasmus)は医者として成功する。これに対して、ファルコナー 家は、コネを頼りに息子たちを職業に就かせ、失敗する――長男は聖職で、二 男・三男はそれぞれ外交官として、軍人として。『職業教育論』で取り上げる には一風変わった「地方紳士」「君主」という項目についても、農村で静かで 家 庭 的 な 生 活 を 送 る パ ー シ ー 氏 そ し て 、 ア ル テ ン ベ ル ク 伯 爵 (Count Altenberg)が仕えるドイツのある大公の物語という形で『パトロネッジ』は それぞれを取り上げている。 『職業教育論』は、以前にエッジワースが父親と共著で出版した『実用的 教育論』(Essays on Practical Education, 1798)という児童教育の指南書同様、基
実力ではなく贔屓によって与えられるとしたら――国家の信用と威厳に かかわる職位が、策謀や賄賂によって得られるとしたら――分け隔てのな い競争は終わりを告げ、結果、それぞれの努力も終わりを告げるのです。 栄光という報酬を失うことで、才能も清廉さも士気を失い、存在しなく なることが多い。 寵 遇パトロネッジの産物である腐敗した愚鈍な輩によって、この 国の政務が指導され、この国の戦いが指揮されるとしたら、どんなこと になるだろう?どんな戦いになるだろう?――そのような指導者や防衛 者を頼みとする国は呪われる!――イングランドがそのような運命に陥 ることがないように!――そして、そうならないためにも、誠意ある独立 したイングランド人一人ひとりが、この卑しい破滅的な制度に、顔を、 手を、心を背けなければなりません――私もその一人としてそうします。」 (NSW 6: 108-9、下線筆者) この引用に見られる実力主義的な価値観は、この時代の気分を反映したもの といえるかもしれない。『パトロネッジ』と同年に出版されたジェイン・オー
らなかったときに、これらの広範な科学的素養を身に着けていたことが、小 規模な地所の経営者としてどれほど役に立ったかを説明する。 使用人たちの手助けで一家はこの新しい狭苦しい住居に気持ち良く落 ち着くことができたが、パーシー氏自身の職人としての技能も素晴らし く役立った。地方地主は工学と農学の原理を知っているべきだ、という のが彼の常日頃からの考えであった。それでこそ、少なくとも雇った職 人たちに指示が出せるというものだからだ。[…] 新しい家に落ち着くと、パーシー氏は自分の農学の技能を生かせる、 改良可能な土地を見て回った。[…]彼は、本当に地方地主の暮らしをし てきたことを喜んだ。彼は農家の仕事を理解していたし、農業経営の詳 細については有能な使用人たちの助力を得ることもできた。その使用人 たちはパーシー氏が豊かであった時代に彼を慕っていた者たちである。 (NSW 6: 105-6) 専門的知識を身に付けた土地経営者という地方地主像には、実際にアイルラ ン ド の ロ ン グ フ ォ ー ド 州 エ ッ ジ ワ ー ス タ ウ ン (Edgeworthstown, Co. Longford)でリチャード・ラヴェル・エッジワースが実践していた地主として の生き方が反映されている。エラスムス・ダーウィン(Erasmus Darwin)をは じめとするイングランド中部の科学者や産業資本家の集まりであるルナー協 会(Lunar Society)のメンバーでもあったエッジワースの父親は、積極的に土 地改革を行い、農耕機械を作成したし、地方判事またアイルランド議会の議 員を務めもした。父親の死後、エッジワースが完成させた父親の回想録が示 すように、エッジワースは父親の啓蒙思想に基づく土地経営を理想とし、そ の理念を職業人としての地方地主という形で提示していったのだ。 このような観点からすれば、パーシー家の男性たちを通して職業人として の成長物語を描く『パトロネッジ』には、エッジワースが1800 年代、10 年 代に発表したアイルランド小説と通底するものがあるのも不思議ではない。 『倦怠』(Ennui, 1809)、『不在地主』(The Absentee, 1812)、『オーモンド』(Ormond,
その敬愛を勝ち得たいと望む人々すべてから、愛し、尊ばれ、敬われる ことが出来る。そして日々を無為に過ごしていないことを自覚し、神に 自らが享受している幸福を感謝するのだ。(Professional Education 279、下 線筆者) 『パトロネッジ』において、イギリス政府の重鎮であるオゥルドバラ卿は ドイツ人アルテンベルク伯爵に、「教養ある、独り立ちした地方紳士とその家
ス人が好むいわく言い難い「社 交 的 成 功スュクセ・ド・ソシエテ」というもの、安全な自己肯定、 そして落ち着いた長続きする家庭生活の幸福を、公の世界でのあてにな らない、人工的な、幻惑された生き方と取り違えてしまうそれとは無縁 であった。ドイツのロマンスが思いつく限りの繊細さと豊かさを備えた 感受性を持ちながら、大げさな表現や途方もない振る舞いに陥ることな く、そのような心をよしとする男ひとの幸せのために、抑制され、心に秘め られている――そのような女性にアルテンベルク伯爵はイングランドで 会う定めだったのだ。あらゆる狭量な偏見とは無縁の「高邁な哲学精神」 によって育てられながらも正当で適切な宗教観を持った、慎み深く、穏 やかでありながら、しっかりした女性にアルテンベルク伯爵はイングラ ンドで出会う定めだったのだ。アルテンベルク伯爵の豊かな想像力が思 い描き、その冷静な判断力が認め、その見果てぬ夢として望んでいた妻 そのもののような女性に彼はイングランドで巡り会う定めだったのだ。 (NSW 7: 52、下線筆者) わざわざ指摘するまでもないだろうが、この長い引用の中で「アルテンベルク
ルフレッドは東インド会社にかかわる訴訟を引き受ける。パーシー家の友人 ハンガーフォード大佐(Colonel Hungerford)はヨーロッパ大陸の軍事作戦に 参加したのち、インドに派遣される。また、ファルコナー家の三男はインド で財をなした提督の娘と結婚し、イングランドの結婚市場で失敗した妹娘は インドに行って結婚相手を探すことになる。かつてFranco Moretti が警告し たように、ポスト・コロニアリズムの視点から西インド諸島やインドに過度 の歴史的意味合いを読み込むことは危険であろう12。Moretti が指摘するよう に、この時代の小説において海外植民地は「神出鬼没(ubiquitous)な存在」で 「リアル」な場所ではない。『パトロネッジ』においてもこれらの海外植民地 は、言及はされても描写はされない、小説作法上「都合のいい場所」になっ ていると言える。しかし、ヨーロッパ情勢と対になることで、『パトロネッジ』 のインドや西インド諸島は対ヨーロッパ諸国軍事作戦の一環としての側面を 帯び、ここにイギリスという国家の地勢図があらわれてくる。あくまでもイ ングランドで展開する「教養ある、独り立ちした地方紳士とその家族」の物 語は、それを取り巻くヨーロッパ、そして海外植民地という小説地図の広が りを意識して初めて成立するものなのだ。 ここで、18 世紀から 19 世紀への転換期、ロマン主義の台頭に伴って、ナ ショナル・キャラクターという概念への関心が増していたことを想起するべ きであろう。1807 年、スタール夫人(Mme de Staël)は『コリンナ――美しきイ タリアの物語』(Corrine ou l’Italie)を上梓している。この中で、スタール夫人 は女主人公をスコットランド人男性(そして、ある程度は彼の友人であるフ ランス人男性)と対比させることで、イタリアのナショナル・キャラクター を論じようとする。その3 年後、彼女はドイツの様々な側面を論じた大部『ド イツ論』(De l’Allemagne, 1810)を発表している。ブリテン諸島に目を向ければ、 「ナショナル・テイル」と銘打った最初の小説、シドニー・オウエンソン (Sydney Owenson)の『奔放なアイルランド娘』(The Wild Irish Girl)が出版さ れたのは1806 年であった。以来、1810 年代のアイルランド小説は、多かれ
少なかれ、1801 年の英愛合同後アイルランドの在り方をナショナル・キャラ
クター論に仮託して提示してきた。また、1814 年のウォルター・スコット
ズ・ヘンリーの扱いが実に奇妙なのだ。除隊したヘンリーはゴッドフリーら の紹介でグレシャム氏の商社に入るという経過を簡単に素描されるのみの存 在だ。ところが、この小説は、そのチャールズ・ヘンリーが実はオゥルドバ ラ卿ととあるイタリア人女性の間にできた子供であり、ハンブルクの銀行家 の紹介でアイルランド人カトリック僧がダブリンの商人に預けたものである ことが分かり、この生き別れになっていた父と子が再会して終わる。 実質的に終わっているはずの物語についているこのコーダは、『不在地主』 を別建ての物語とすることで捨象したはずのアイルランド問題の残滓ともい える。実際、チャールズ・ヘンリーの境遇は『不在地主』のグレイス・ヌー ジェント(Grace Nugent)との類似性が高い。グレイス・ヌージェントは、私 生児ではないかと疑われ、それがコランブル卿との結婚の障壁となっていた のだが、最終的にオーストリア軍に従軍していたイギリス人レイノルズ(Mr Reynolds)の正統な子供であることが分かる。ヘンリーにもグレイスにも出生 の秘密が付きまとう。また、ヘンリーがユナイティッド・アイリッシュメン の反乱者との関係がほのめかされているように15、グレイスの父がオースト
中心に地方地主を置くことで、主人公の地主としての意識の覚醒と、アイル ランドという土地への愛着と責任感の喚起という、アイルランド小説の 成 長 ビルドゥングス 物語 ・ロマン のテーマを重ね合わせるのだ。 一方で、『パトロネッジ』はその小説世界に、女性たちの風習喜劇を取り込 むことで、『ベリンダ』に始まる家庭的な女性というテーマを、より顕著な形 でイギリスの「ネイションの物語」の中に取り込む。キャロライン・パーシー に代表される、分別のある、家庭的な慎み深い女性、そしてその女性がつか さどる家庭生活こそが、イギリスの根幹である「教養ある、独り立ちした地 方紳士」を存在せしめるものだとするのだ。『パトロネッジ』はナポレオン戦 争下のヨーロッパにおける「大英帝国」という枠組みのもと、エッジワースが アイルランド小説、風俗小説という二つのタイプの小説を通して描いてきた 「ブリティッシュネス」への意識を問う作品となっているといえる。そして、 その膨大なエピソードを通して、その地理的に大きな枠組みの中でのイギリ スの中心に、「教養ある、独り立ちした地方紳士とその家族」置く「イギリス」 のナショナル・テイルとなるのだ。 註 1 本稿は、18 世紀イギリス文学・文化研究会第 14 回例会(2009 年 10 月 31 日於専修大 学)における研究発表「マライア・エッジワースのブリテン像:Patronage 読解」および International Conference: Digital Romanticism(2010 年 5 月 22-3 日於東京大学)におけ る発表原稿 “Representing British National Order: Maria Edgeworth's Patronage”をも とに、加筆訂正したものである。また、この研究は専修大学人文科学研究所の共同研 究「『長い18 世紀』のイギリスにおける帝国・身体・女性」の研究成果の一部でもあ る。共同研究員である末廣幹、石塚久郎両氏にお礼を申し上げる。
2 ジェンダー批評においては、Elizabeth Kowaleski-Wallace、Caroline Gonda らによ り実際のエッジワース父娘の関係と関連付けられながら、『ベリンダ』などの作品にみ られる家父長的価値観への同調と反発という緊張関係の問題が論じられてきた。一方、 W. J. McCormack をはじめ Julian Moynahan、Vera Kreilkamp らはイングランド系植 民者の不安を表象するアングロ・アイリッシュ文学の系譜にエッジワースのアイルラ ンド小説を位置付ける。
3 例えば、Michael Gamer や Sharon Murphy はエッジワース作品における「ロマンス」 の要素を重視し、それを広く児童向け作品から風俗小説、アイルランド小説にまで適 用している。
いたくなるのである。私どもは彼女の文体をよく知っているつもりである」と述べ、「と ある重苦しい人物が彼女の筆致を支配し」「エッジワース嬢本来の品の良さ」が出てい ないと指摘している(22.44: 433)。この書評を書いたシドニー・スミス(Sydney Smith) はエッジワースの父親を嫌っていたため、個人攻撃にも近い批評を書いたとされる (Butler, “Introductory Note” xxv)。
5 『パトロネッジ』の前身は 1787 年ころからリチャード・ラヴェル・エッジワースが 就寝前の物語として家族に語って聞かせた「フリーマン一家」(”The Freeman Family”) であるといわれている。エッジワースはそれを記録にとり、1799 年に一度劇作品とし て出版しようと考えていたといわれている(Butler, “Introductory Note” viii; Newcomer, 73)。その意味では、父親自身が寓意的物語として語っていたものを長編化したと言っ たほうが正しいのかもしれない。
6 エッジワースの主要作品からの引用は Marlilyn Butler & Mitzi Myers (eds), The
Novels and Selected Works of Maria Edgeworth in 12 vols. (London: Pickering & Chatto, 1999-2003)による。以下この著作集からの引用は NSW として示す。
7 土地所有階級と職業との関係は、Lawrence Stone & Jeane C. Fawtier Stone, An Open
Elite? England 1540-1880, abridged ed. (Oxford: Oxford UP, 1986), 145-154 ページに詳 しい。 8 Elizabeth Kowaleski-Wallace をはじめとして多くの批評家がキャロラインを姉娘と しているが、姉妹がいる場面ではロザモンドが「ミス・パーシー」と呼ばれ、キャロ ラインは「ミス・キャロライン」と呼びかけられていること、また、キャロラインがデ ビューするはずだった舞踏会を欠席したときに、ロザモンドはその会に出席している ことから、ロザモンドのほうが姉と見るのが妥当と思われる。
9 Johnson はハンナ・モア(Hannah More)の小説が抱える矛盾として、「完璧に立派な 女性
レイディ
というものは全く表象することができない。というのも、それほどまでにつつま しく控えめな女性は、目にとめられることも、耳にされることも、そのほかの方法で 非存在でなくなることもよしとするはずはないからだ」と述べている(18)。
10 拙論、“Maria Edgeworth’s Domestic Novels and National Heroines,” 17-22 ページ 参照。 11 『パトロネッジ』において、アルテンベルク伯爵の故国は、意図的にドイツのどこ に該当するのかは特定不能にしてある。Clíona Ó Gallchoir は、『パトロネッジ』をス タール夫人の『ドイツ論』との関連で論じ、ナポレオン統治下のフランスに対抗する 形でドイツそしてイギリスが描かれていると見る(113)。Marilyn Butler は、さらに、 アルテンベルクとキャロラインの結びつきに北部ヨーロッパのプロテスタント・アイ デンティティを見る(“Introductory Note” xx)。
13 「国民性や、(国家的)偏狭性そして愛国心」について問いかけるこの小説において (Ó Gallchoir 118)、イングリッシュ・クレイ(the English Clay)と呼ばれる田舎紳士が示 す偏狭な島国根性は、そのフランスかぶれの弟フレンチ・クレイ(the French Clay)と同 様に愚かしく馬鹿げた態度として断罪される。
14 このことは、エッジワースが最終的に志向するヴィジョンが「イギリス化」である こととも無縁ではないだろう。少なくとも、エッジワースは、ブリテンに先進性を認 め、アイルランドがそれを吸収することを望んでいた。したがって、『倦怠』以降のア イルランド小説は単独で発表されることはなく、『社交界の物語』(Tales of Fashionable
Life, 1st ser. 1809; 2nd ser. 1812)の一部となるなど、イギリスのほかの地域(主にイング
ランド)を舞台とする物語と組み合わせて発表されている。
15 Ó Gallchoir は、ヘンリーの育ての親を仲介する「ハンブルクの銀行家」もまたハン ブルク在住のユナイティッド・アイリッシュメンの残党を指すと主張している(128)。
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