る商店街の捉え方
著者 上田 誠
雑誌名 同志社政策科学研究
巻 7
号 1
ページ 83‑103
発行年 2005‑12‑10
権利 同志社大学大学院総合政策科学会
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000010401
あらまし
本稿は、わが国の商業政策における振興政策 として、長年にわたりその主軸を担ってきた商 店街を対象とする政策に関する研究である。
商店街を対象とする政策は、1998 年に、大規 模小売店舗立地法、中心市街地活性化法、改正都 市計画法の、いわゆる「まちづくり3法」が成立 し、大店法を中心とした調整政策が大きく政策 転換した後も、引き続き国や自治体の小売商業 振興政策において重要なポジションを占めてい る。しかしながら、一方では、「商店街の疲弊や 衰退に歯止めがかかっていないのではないか?」
あるいは、「商店街政策や施策が機能していない のではないか?」 との指摘がなされているのも 事実である。
本研究では、商店街の捉え方と本質把握の重 要性を指摘することを目的に、3つの考察を 行った。1点目は、商店街の概念の考察である。
商店街には、空間的概念と組織的概念が存在し,
この2つの概念の混同とズレから生ずる問題点 を指摘する。2点目は、組織としての商店街の意 思決定に関する考察である。商店街組合が戦略 的な行動を選択しにくいメカニズムを説明する。
3点目は、商店街の3段階の形成と、特に政策形 成関係者としての位置付けの考察である。第1 次百貨店法、第2次百貨店法、大店法の3つの法 律の制定局面における政治的動きの特徴を説明 する。
最後に結論として、商店街の多面性を理解し、
本質を把握することが、商店街を対象とする政 策を進めていく上で極めて重要であるというこ とを指摘するとともに、合わせて商店街研究の 多様性、学際性を示している。
1.はじめに
商店街の衰退や疲弊が指摘されて久しい。そ れは、日常の買物行動で体感する印象はもちろ ん、統計数値1や、全国の商店街を対象とするア ンケート調査2などを眺めても、今日の社会的
「問題」のひとつとして確認することに異論はな いと思われる。しかしながら、その「問題」は、
「誰にとっての問題か?」と問われれば、答えは 簡単ではない。商店街を構成する商業者、近隣の 買い物客、出入りの卸売業者、商品を運搬する物 流業者、土地所有者、商店街に人を運ぶ交通機 関、取引金融機関、周辺の住民など、関係者をい ろいろと挙げる事はできるものの、同じく商品 供給機能を担う商業施設や商業集積(競合施設)
が周辺に数多くある中で、商店街の衰退や疲弊 は、商店街を構成している商業者以外にとって は、それほど大きな関心事であるとは思えない。
また、「問題」を生み出している原因や、商店街 に対する関係者のニーズや意向などを調査・分 析しても、流通構造に関する一般的な環境変化 要因の羅列と、漠然とした「あるべき姿像」は語 れるものの、そこから問題の本質に迫る事は容 易ではない。それは、なぜだろうか? もちろ
商店街に関する政策科学的考察
―商業政策における商店街の捉え方―
上 田 誠
1 経済産業省が実施している平成 14 年商業統計では、平成9年調査と比べて 85.1%の商店街が年間商品販売額を減少させている。
2 平成15 年度商店街実態調査報告書(全国商店街振興組合連合会実施)では、最近の景況として43.2%の商店街が「衰退している」、 53.4%が「停滞している」と回答。更に、今後の予測としては、58.3%が「衰退する」と回答。特に商圏の狭い商店街ほど悲観的 な予測が高い。
3 問題の設定、分析、住民ニーズなど、一連の問題解決手法については、真山達志『政策形成の本質』成文堂 2002 年 130 − 142 ページの政策型問題解決方法を参照している。
4 『ベーシック流通と商業』有斐閣アルマ,21 ページ。
5 『商業集積の戦略と診断』同友館,262 ページ。
6 『商店街経営の研究』中央経済社,4ページ。
ん、問題の本質に迫れない以上、政策が的確に機 能することは困難である。こうした点は何が原 因なのだろうか。3
今回の研究では、こうした商店街が抱える問 題から課題を抽出し、解決手段を講じていく過 程、すなわち商店街問題に関する政策形成過程 において、政策対象としての商店街を捉える考 え方や方法に何らかの問題が内在しているので はないかという問いを設定した。
その上で、商店街の本質を把握するために、以 下の3つの考察を試みる。
① 商店街に関する2つの概念の混同とズレ の考察
② 商店街組合の意思決定の特徴についての 考察
③ 商店街の形成の歴史的な概観。特に町内 会から派生した商店街が、組織化され、政 治的力を有するようになってきた流れを 見ることによる現在の商店街像の考察 もとより、これらの3つ考察は、あくまでも商 店街研究の1つの側面であるとともに、相互関 連性は有しているものの基本的には独立してい る。したがって本稿は、全体をとおして1つの論 理を構成しているというものではなく、むしろ、
筆者が関心を有している3つの考察によって商 店街の姿を顕在化させようとするものである。
商店街の振興は、課題を見つけるのは簡単だ が、対策を見つけるのは困難だと言われている。
それはなぜなのか。本稿が、そのことを紐解く一 助になれば幸いである。
2.商店街の概念 2.1 2つの概念
国や自治体では、長年にわたり「商店街の活性 化」を目的とした、様々な政策や施策が講じられ ているが、政策や施策の対象となる「商店街」と は一体何のことを指すのであろうか。
「商店街」という言葉は、多くの人がおおよそ
合致したイメージを有しているにもかかわらず、
その定義については行政機関や研究分野におい てでさえ曖昧に、そして混乱して使われている ように感じられる。
一般的に使われている「商店街」という言葉の 概念を整理すると、①空間的概念、②組織的概 念、の2つに分けることができる。「①空間的概 念」とは、「商店が連担して地理的に集積してい る通り(street)又は地域(area)」を意味する概 念であり、例えば「消費者が商店街に買い物に行 く。」、「商店街が疲弊する。」という使い方に表さ れる。一方で、「②組織的概念」とは「商業者に よって人為的に組織される商店街組合」を意味 する概念であり、例えば「市内、あるいは県内に 商店街はいくつあるのか?」「商店街が活性化事 業に取り組んでいる。」という使い方に表され る。
この2つの概念について考えていく上で、ま ず商店街の定義を追っていく。
商店街の定義について、空間的概念、組織的概 念、空間的概念と組織的概念の両方を意味して いるものを以下に記載する。
【空間的概念】
〇 原田英生 2002 年4
「商店街とは、多くは道路沿いに立ち並 ぶようにして店舗が集まった地区」
〇 望月照彦、毒島龍一 1994 年5
商店街を「都市や地域のある一定地区 に複数の独立店舗が集積をし、最寄品や 買回品のほか様々な商品やサービスを提 供する商業集積の一形態のことで、中小 店が多くを占める。」と定義。
【組織的概念】
〇 田中道雄 1995 年6
商店街を「街路を中心に、一定の地域に 限って、主体的に組織化された中小小売 商の集団」と定義。
(同時に、田中は、現象面での商店街の 存在と、それを動かしている基礎として の商店街組織とを峻別しなければならな いことも指摘)。
7 1981 年『新しい商店街の魅力づくり(中小企業庁監修、全国商店街振興組合連合会編集)』4ページ。
8 同書,4ページ。
9 平成 15 年度商店街実態調査は、中小企業庁の委託調査事業として全国商店街振興組合連合会が実施し、平成 16 年3月に発表さ れた。
10 1934 年に平井泰太郎が神戸市と姫路市で実施した商店街調査。1935 年商工省委嘱による商店街調査、1936 年に谷口吉彦による
『配給組織論』。いずれも鈴木安昭『昭和初期の小売商問題』日本経済新聞社 参照。
11 戸所隆の『商業近代化と都市』古今書院 1991 年において、地理学の視点で研究を進める上で、広義の商店街を「商業地」と「商 店街」に分け、前者を都市空間としての位置付けとし、後者を組織的に構成されたものとして記述している。
【空間的概念と組織的概念】
〇 鈴木安昭(1981 年)7
商店街の3つの側面として、「①商店街 は、商品の流通経路に存在し営利経路の 末端にある小売業の経営の場である小売 店の集団である。②商店街は消費者とし ての市民の買い物の場であり、さらに広 く市民の生活の中心としての役割を果た すべき場である。③都市には道路があり、
広場があり、市役所があり、駅がある。そ れらと同様に、商店街も都市施設の一部 である。」と定義。
(鈴木は、以上の3つの側面を指摘する 一方で、あくまでも「中心は、共同活動を 推進する母体となるような組織された中 小小売商の集団としての商店街」と捉え ている8。)
〇 平成 15 年度に実施された商店街実態調査9
(中小企業庁委託調査)
商店街を「①小売業、サービス業を営む 者の店舗等が主体となって街区を形成し、
②これらが何らかの組織(例えば○○商 店街振興組合、○○商店会等で法人格の 有無及びその種類を問わない)を形成し ているものをいう」としている。
以上、3タイプの定義を記載したが、これはあ くまでも今回引用した研究論文や調査におけ る定義であり、同一の研究者でも研究論文の内 容によっては違った概念を採られているものも ある。また、【組織的概念】と【空間的概念と組 織的概念】の定義については、組織的概念自体が 空間的概念の商店街の形成を前提とすることか ら、基本的には同一的意味合いを有するものと 考えられる。したがって、商店街の定義を大別す ると、「空間的概念によるもの」、「空間的概念に 加えて組織的概念を要件とするもの」の2通り が存在することになる。
なお、昭和初期の商店街組合の概念が薄かっ た頃の商店街は、ほとんどが空間的概念で捉え
られている10。また、最近の研究では、戸所隆11 などの地理学や都市計画からのアプローチは空 間的概念が強く、経営学からのアプローチは組 織的概念が強い傾向にある。
この「商店街」に関する2つの概念を意識して 切り分け、それぞれを認識することが、商店街の 本質を理解し、有効な政策や施策に繋がるので はないかと考え、更に「空間的な概念」の商店街、
「組織的な概念」の商店街について個別に検討し ていく。
2.2 空間的概念の商店街
空間的概念の商店街とは、「商店が連担して地 理的に集積している通り(s t r e e t )又は地域
(area)」であり、消費者・来街者から見た商店街 というのは正にこの概念であろう。一般的にい う「繁華街」あるいは「商業地」と同意である。
この概念の商店街には、賑わいを創出する 個々の商店の連続性が前提となるが、商店を 束ねる商店街組織・組合は必要な構成要素では ない。一般的によく言われる「県内に商店街はい くつあるのか?」という設問に対して、この概念 では答えることは困難である。なぜなら、この概 念の商店街には明確な区域設定や地域指定がな いためである。
また、この概念の商店街は、時代の変化に合わ せて範囲を変え、移動するという可変的性格を 有している。これは、商業(特に小売商業)の成 否は、周辺の交通機関や集客施設などによる人 の流れに大きく影響を受けるため、こうした商 店街周辺の環境変化の中で、商店街が反射的嗅 覚でもって形を変えているのである。そこには、
各商店の意思、すなわち「出店する」「閉店する」
「移転する」などの個別行動は存在するが、商店 街としての意思は存在しない。まさに「神の見え ざる手」によって商店街は動いているのである。
具体的には、例えば商店街のすぐ横に新しく地
下鉄の駅ができれば、駅周辺に新しい商店が出 店しはじめ、結果として商店街は何年かかかっ て地下鉄駅まで伸びることになる。他方で、地下 鉄の駅ができたことにより商店街の人の流れが 変わり、場合によっては人通りが途絶えて商店 が閉店していく地域・ブロックも出てくる。
更に、この概念の商店街には、商店街内に立地 する大規模小売店舗12も当然に含まれる。そこに は中小商店と大規模小売店舗が対立する関係で はなく、競争、共生、補完の関係で成り立ってい る。消費者・来街者が「商店街に行く」というこ とは、商店街内の大規模小売店舗に行くという ことも指している。
また、特に都市の中心商店街にあっては、路面 部分のみを平面的に捉えるのではなく、建物の 上階の利用や地下街など、立体的・垂直的に眺め る必要が生じてくる13。
2.3 組織的概念の商店街
組織的概念の商店街とは、「商業者によって人 為的に組織される商店街組合」であり、行政をは じめ、商店街との組織的コミュニケーションを 図る必然性が高い人達がイメージする概念であ る。前提には、空間的概念の商店街、すなわち 個々のお店が集積しているという実態があると いうことはいうまでもない。歴史的には商業組 合法(1932年)、中小企業等協同組合法(1949年)、 商店街振興組合法(1962 年)という法律に基づ いて法人格を取得してきたが、もちろん未法人
(任意団体)の商店街組合も存在する。
この組織的概念の商店街は、商店主によって 人為的に組織化されているという性格上、基本 的には区域設定が明確に線引きされている。し たがって、この商店街が区域を変更するために は、商店街自らの意思決定が必要である14。
また、商店街振興組合法においては、大規模小 売店舗、チェーン店などでも商店街の組合員に 加入できるにも関わらず、多くのケースでは、加 入していない、あるいは加入していても賛助会 員、特別会員などの位置付けがなされている。こ れは、組合加入のメリットが見えにくいという 商店街組合の構造的問題15に加えて、商店街組合 と大規模小売店舗が利益相反関係にあった大店 法16時代における調整政策の名残であると考えら れる17。
平成16年版全国商店街名鑑には、全国で13,095 の商店街組合が記載されており、最多は、東京都 の 2,156、次いで大阪府の 933 である。また、最 少は鳥取県の 18、次いで高知県の 23 であるが、
これらは、組織的概念の商店街である。このよう に「市内、あるいは県内に商店街はいくつあるの か?」という設問に対しては、この組織的概念の 商店街においては一定地域内における商店街組 合の数をカウントすることで回答することは可 能である18。
2.4 2つの概念の混同とズレ
次に、これまで見てきた商店街に関する2つ の概念の混同とズレについて、政策あるいは施 策段階での具体的事例を交えて考えてみる。
表1で2つの概念の商店街について、その特 徴点をまとめてみた。
まずは、混同である。表1のとおり、本来、明 確である商店街に関する2つの概念が、曖昧に 受け止められ、理解されているというところに 問題がある。国や自治体が関心を持っている「商 店街の活性化」とは、空間的概念の商店街の活性 化を目指すべきなのか? あるいは組織的概念 の商店街の活性化を目指すべきなのか?その目 標設定によって、具体的な政策や施策は大きく
12 現在の大規模小売店舗立地法における大規模小売店舗は、店舗面積が 1000 ㎡超の商業施設を指す。
13 戸所隆『商業近代化と都市』古今書院,1991 年,20 ページ 参照。
14 商店街振興組合の場合、区域は定款記載事項であり、変更する場合は総会の議決が必要。
15 商店ごとの価値観が多様化する中で、地理的に近接しているということが主たる拠り所となっている商店街組合の共通メリット は見つけ出しにくい傾向にある。なお世田谷区では、2004年4月に世田谷区産業振興基本条例を改正し、①商店会への加入等、② 応分の負担、に関する努力を明文化した。
16 正式には「大規模小売店舗における小売業の事業活動の調整に関する法律」。
17 大店法下における商業調整スキームでは、大規模小売店舗の新規出店の可否及び規模の適否について、周辺の商店街の発言が大 きく影響していたため、双方が利益相反関係にあったと言える。
18 本文のとおり、理論的にはカウントすることができるが、現実的には,法人組織は行政庁の認可で把握できるが,任意組織につ いては商店街自らの自己申告がなければ実態把握が困難な側面がある。
19 計画的なショッピングセンターの場合は,空間的概念と組織的概念の商店街が,同時に形成されることがある。
20 空き店舗対策とは、商店街内の店舗の退店により生じた空きスペース(店舗)を商店街組合が借り受け,あるいは購入して商店 街の賑わいに資する有効的な利用を図る取組み。
21 テナントミックス事業とは、商業集積や商店街内の店舗を効果的に配置することにより,集客力などにおいてできるだけ相乗効 果を高めようとする取組み。ショッピングセンターなどの商業施設で導入されている手法。
22 所定の手続きを経て、商店街組合の範囲を変更する事も可能であるが、既存の商店街組合が組合加入のメリットを明確に示さな い限り、現実的には新たに形成された商業集積を商店街組合に取り込むことは困難である。
23 木地節郎『商業集積の立地』啓文社,1988 年,153 ページほか 参照。
24 社会的要因とは、人口の増減や分布状況、交通機関の状況、公共施設の状況など。また経済的要因とは、商業以外の商業の状況、
住民の所得状況などである。
変わってくる。明確な目標が定まれば、目標を達 成するためのプレーヤー、すなわち商店街組合、
独立した商店、近隣の大規模模小売店舗の取組 や、地域住民の担うべき役割が明らかになる。ま た、同時に、住民ニーズとの合致性や、目標を実 現する公共性や価値などについても議論してい く事が可能となる。例えば、商店街の空き店舗対 策事業20やテナントミックス事業21などのよう に、組織的概念の商店街が、商店街空間の効果的 な連続性の維持、あるいは発展を目的とした振 興事業に取り組む場合、商店街組合の共同販売 事業のように組織的概念の商店街が自らの構成 員のために実施する取組と比べると、実施の困 難性、短期的成果の見えにくさなどは容易に想 定できる。2つの概念を混同することは、政策学 の立場から常々指摘されているとおり、「間違っ た問題を正しく解く」というような危険性をは らんでいる。
次に、2つの概念に起因するズレである。この 場合、2つのケースが考えられる。すなわち、① 周辺環境の変化の中で空間的概念の商店街の区 域、範囲が移動し、結果として商店街組合の範囲 と徐々にズレが生じているケース、②地理的、空 間的に見ると1つの商業地、商業集積であるに もかかわらず、組織的には2つあるいは3つの
商店街組合に分かれているケース、である。
①のケースは、空間的概念の商店街が商店街 の位置や長さにおいて可変的であるのに対して、
組織的概念の商店街は商店主が人為的に組織化 しているという性格上、基本的には区域を明確 に設定されていることに起因する。商店街組合 設立当初は両者がほぼ同じ範囲であったとして も、周辺環境の変化の中で徐々にズレが生じて いるケースが出てくる。つまり、周辺環境の変化 により商業集積が移動しているにもかかわらず、
商店街組合を構成する店舗が従前と同じ場所に 立地し店舗を開いている場合である22。
木地節郎23は、空間的概念の商店街を「商業地」
とした上で、「商業地は一定の範囲に商業施設が 集積している地域であり、このなかには商店街 を構成していない店舗及びその集団も含まれる から商業地の範囲と商店街の範囲は一致しない 事もある。」とし、更に以前は一致していたとし ても商業立地論の立場から店舗が所在する場所 の条件(立地条件)が社会的、経済的要因24によ り悪化した場合、商業地の位置や形態が変化し、
結果として範囲のズレが生じることを指摘して いる。この範囲のズレは、組織的概念の商店街が 実施する振興事業の実効性の低下を及ぼし、更 に、商店街組合の区域・範囲を超えた地域におけ 空 間 的 概 念 組 織 的 概 念
定義 商店が連担して地理的に集積し ている通り又は地域
商業者で人為的に組織される商店街組 合
存在形態 通り又は地域 商店街組合
構成要素 商店(大規模小売店舗を含む) 商業者
構成形態 集積 集合
参加方法 地域内の商店は自然的に参加 自由(任意参加)
区域境界 流動的 固定的
区域変更 自然的 人為的(商店街組合の意思決定が必要)
形成順序 先行 空間的概念が前提19
表1 商店街の空間的概念と組織的概念の対比表
25 一例を挙げれば、商店街振興組合の場合、組合員以外が商店街事業に参画することについて、一定の制限がかけられている(商 店街振興組合法第 13 条第 3 項)。また、アーケードなどの施設整備を実施する場合、施設設置場所が商店街組合の街区内か否か、
ということが大きな支援可否判断の要素となる。
26 商店街振興組合の場合は、商店街振興組合法第 47 条、第 62 条などを参照。
27 田中道雄『商店街経営の研究』中央経済社,1995 年,6ページ 参照。
る商店街組合事業の実施に際して、行政の支援 や資金調達などにおいて多くの困難を伴うこと になる25。
②のケースについては、地域コミュニティ事 情(町内会や小学校区で分断など)、歴史的事情
(過去の揉め事など)、共同施設の維持管理事情
(アーケードやカラー舗装の有無など)などに起 因して、1つの空間的概念の商店街内に複数の 組織的概念の商店街が組織化されているケース である。消費者の立場から見ると1つの商店街 に見えるが、組織的な概念で捉えると複数の商 店街で構成されている。この、商店街の範囲に関 する消費者との認識の乖離は、例えば、商店街組 合単位で実施される証紙事業(一定金額の買物 により証紙が付与され、累積した証紙が商店街 内で金券として利用できる事業)などにおいて、
消費者に混乱を及ぼし、結果的に商店街不信に つながるケースも想定される。専門的に見れば、
同一の商業集積内であっても、アーケードや街 路灯のデザインの相違、歩道の舗装の違いなど で商店街組合の違いは認識する事は可能である が、消費者にそのことを求めるのは困難である。
以上、2つの概念に関する混同とズレについ て考えてきた。筆者は、こうした「商店街」とい う言葉の曖昧な使われ方、受けとめられ方が、商 店街振興を難しくしている原因の一つではない かと考えている。
なお、次の3以下では、意識的に2つの概念を 分けて考える必要がある場合、空間的概念の商 店街を「商業集積」、組織的概念の商店街を「商 店街組合」とし、2つの概念を概括的に捉える場 合については「商店街」という表現を用いてい る。
3.商店街組合の意思決定 3.1 はじめに
ここでは、商店街組合の意思決定についての 特徴や限界について考えていくことにするが、
背景には、筆者自身の「商店街に過度な期待を持 ちすぎていないか?」という問題意識が有る。こ れは、決して商店街組合を批判しているのでは ない。「商店街の衰退を商店街組合あるいは個々 の商業者の努力不足」と片付けるのは簡単であ るが、本当にそうなのか?この事を考えるきっ かけとして、商店街組合の意思決定メカニズム に着目して検討していきたい。
なお、商店街組合の意思決定は、通常、毎事業 年度の収支予算や定款変更を組合総会で決議し、
また具体的な業務の執行を総会で選ばれた役員
(法人の場合は理事)で構成する役員会(理事会)
に諮ることになる26。しかし本稿では、こうした 形式的なところから論点を見つけ出すのではな く、商店街組合と個々の商業者の2層に分かれ た関係性や外部要因から論点を導き出している。
以下で、意思決定の特徴として、①2層の意思 決定、②合意形成、③外部要因の影響、という3 点について検討していく。
3.2 意思決定の特徴 3.2.1 2層の意思決定
商店街組合は、個々の商業者の集合体である。
もちろん個々の商業者とは、大企業、中小企業、
生業、家業など様々な形態が含まれる。したがっ て、商店街組合の意思決定は、白石善章や田中道 雄が指摘するように、①商店街組合を構成する 個々の商業者の意思決定、②集合体である商店 街組合の意思決定、の2層で構成されることに なる27。この2層の意思決定について、理論上は、
第1段階目に個々の商業者の意思決定があり、
2段階目で、個々の商業者の意思決定の総意と しての商店街組合の意思決定があると考えられ る。ただし、この場合、個々の商業者の目的と、
商店街組合の目的が合致し、それぞれが合理的 な意思決定をするということ、更に商店街組合 が組織的な階層性(ヒエラルヒー)を形成してい ることが前提となる。
28 田中道雄『商店街経営の研究』中央経済社,1995 年,6ページ 参照。
29 同書,55 ページ参照(石原武政著「地域小売商業政策の課題」『日本商業学会年報』1972 年に掲載)
30 商店街振興組合法第4条第 1 項第3号、第 21 条第1項。
31 同法第4条第 1 項第2号、第 28 条第 1 項。
しかしながら、現実は、必ずしもそのような意 思決定に係る合理性と段層的組織形態を形成し ているとは限らない。例えば、商店街組合の賦課 金の設定、決算の承認、役員の選任など、組織維 持のための取り決めに関する事項は、商店街組 合と組合を構成する個々の商業者において、そ の事項を決定しなければならないという目的意 識においてほぼ合致しており、比較的2段階の 意思決定がなされやすいとみることができる。
しかしながら、他の商業集積地との競争などの 戦略的事項は、一般的に個々の商業者レベルに おける店舗戦略の相違や、商店街を取り巻く問 題に対する実感や認知度に格差があるため、必 ずしも2段階の意思決定、すなわち個々の商業 者の意思決定を基に、商店街組合の意思決定が なされるということにはならないのである。場 合によっては、商店街組合の意思が先に確認(決 定)され、その後に個々の商業者が組合で確認
(決定)した内容で内部的に追認を図ろうとする ケースや、商店街組合の意思決定と個々の商業 者の意思決定が同時に行われるケースもある。こ うした背景には、田中道雄も指摘するように28、 個々の商業者の意思決定を主とし、商店街組合 の意思決定を従とする傾向が強いことが大きく 影響している。例え定められた手順どおり商店 街組合の意思決定を経ても、後の個々の商業者 の反発・反対で白紙に戻されるケースは多々あ る。更に、商店街組合の意思決定については、
個々の商業者、とりわけ企業形態をなしていな い生業や家業における形式的意思決定者(例え ば経営主、世帯主など)と実質的意思決定者(例 えば後継ぎ、親など先代、嫁など)の相違につい ても注意を払う必要がある。個々の商業者にお ける実質的意思決定者の意向を無視しては、商 店街組合の意思決定は成り立たない。そういう 意味で、決定事項に関する個々の商店への影響 の濃淡にもよるが、商店街組合の意思決定の効 力が、個々の商業者に及ぼす拘束力は実質的に はそれほど強くないという側面がある。ここに、
商店街組合が戦略的事項を意思決定し実施して いくことの困難性、更に商店街活動の限界があ る。
3.2.2 合意形成
商店街組合における意思決定の特徴の2点目 は、石原武政29も指摘する「合意形成」である。
この特徴は、商店街組合の「平等性」と「任意性」
という2つの性格に大きく関連している。
まず、「平等性」であるが、商店街組合は、個々 の商業者の出資金の多寡に関わらず、平等の議 決権及び役員の選挙権を有している30。このこと は、物的結合体であり、経営参加権や配当を得る ために出資する株式会社とは根本的に違う性格 であると言える。
この「平等性」は、組合員の協力や協調を基に、
個々に不足する経営資源の相互補完を目的とす る中小企業組合共通の形態であり、組合員相互 の共同経済事業や福利厚生事業などを企画・実 施する際の合意形成には適しているといえる。
しかしながら、一方では迅速な意思決定、更には 戦略的な意思決定という視点からは不充分な側 面がある。例えば、収益を上げるためのリスク負 担行為の適否判断や、費用対効果の見極め判断 などについては、平等性を原則とする商店街組 合において組織的な決定をすることには大きな 困難を伴う。
次に、「任意性」である。商店街組合は、個々 の商店の自発的な参加により、相互に協力し 合って一定の目的を達成しようとする組織であ り、地域内の商業者が強制的に加入しなければ ならないというような性格のものではない31。商 店街組合の構成員は、自らの主張が組織内で採 用されなかった場合、商店街組合を自由に脱退 することができる。そしてそのことは、商業集積 地における商店街組合への加入率の低下、すな わち商店街組合の組織の弱体化を意味する。商 店街組合からの組合員の脱退が、結果的に他の 組合員の不利益に直結することから、商店街組 合の意思決定は、必然的に脱退者を生まないよ うなリスク回避型の保守的なものになり、結果 として最低ラインの合意形成を目指すようにな るのである。
商店街組合の組合員の多くは、零細企業や従
業員を雇用しない生業で構成されているが、彼 らは、経営規模の零細性、後継者不足、情報分析 不足などを背景として、消極経営やリスク回避 指向をもたらす傾向がある32。そして、商店街組 合の多くを構成するこうした個々の商業者の傾 向が、先ほど述べた商店街組合の平等性や任意 性と相俟って、意識レベルとしては最下位層に 照準を合わした合意形成へと商店街を導くので ある。
3.2.3 外部要因の影響
商店街組合における意思決定の3つ目の特徴 は、「外部要因の影響」である。ここでは、①国 及び自治体、②同質・同規模の商店街組合、の2 点を挙げる。
まず1点目は、国及び自治体である。
1990 年の日米構造問題協議を発端とする大店 法の規制緩和と連動する形で、国や自治体では 商店街組合に対する手厚い振興政策が講じられ るようになった。これは、大規模小売店舗の出店 により大きな影響を受ける商店街組合が、環境 変化に対応し、地域に支持される商業施設とし て発展していくために、まちづくりの視点から きめ細かく応援しようとするものであり、特に アーケードやカラー舗装などの大規模な商店街 共同施設の建設や、都道府県を単位とした活性 化基金の運用益による商店街組合が実施するソ フト事業への補助金交付などへと支援メニュー を拡充した。こうした、国や自治体の支援メ ニューの充実により、以降、多くの商店街組合で はこうした支援事業に採択され、補助金の交付 を受けられるような商店街事業を計画し、実施 に移してきた。この傾向は、ややもすると商店街 組合にとって、国や自治体の支援メニューに沿 う事が正しい問題解決手段であるとの錯覚に陥 る危険性をはらんでいる。商店街組合自らの合 理的な意思決定ではなく、国や自治体が定めた 基準、すなわち補助金等の制度や支援メニュー に規範性を求めるのである。こうした現象は、一 方では国や自治体が、商店街組合の独自性を尊 重 す る の で は な く 、 行 政 側 の 支 援 事 業 を メ
ニュー化するという、いわばファミリーレスト ランのような形式で振興政策を提示してきた仕 組みにも問題があると言える。結果的に、商店街 組合にとっては、「『国や自治体の補助金が受け られる事業』イコール『実施すべき最善の事業』」 であるという方程式ができあがってしまった。
このように、とりわけ振興政策に関する商店街組 合の意思決定には、国及び自治体の及ぼす影響、
特に支援メニューの有無による影響は大きい。
2点目は、同質・同規模の商店街組合からの影 響である。
自治体の政策形成において、政策決定者が不 確実性の高い環境に向き合う上で、他の自治体 の動向は意思決定を行う際のよりどころとなる ことが指摘されており、同種の政策を多くの自 治体が採用し、全国に広がる現象を「政策波及」
と呼ぶ33。商店街組合においても先駆的な取組に ついては、一定期間内に全国的に波及していく という同様の傾向があることを指摘することが できる。もちろん、そこには自治体の支援メ ニュー自体が政策波及することによる影響もあ るが、必ずしもその事だけが原因ではない。全国 的に組織ネットワークを有している商店街連合 組織(全国商店街振興組合連合会及びその傘下 の都道府県商店街振興組合連合会など)の情報 収集能力と伝達力、メディアを媒介した情報の 伝達、コンサルタントを介した情報伝達、などが 影響を及ぼしていると考えられる。そして、商店 街組合自身も、結果の不確実性を低減させるた めに、全国における同質34で同規模の商店街組合 の取組に常に関心を払い、場合によっては、商店 街組合としてこうした先進商店街を積極的に視 察する。そして、事業として採用して実施する。
一方では、先行する商店街組合も、後続の商店街 組合が追従することで自らの取組の正当性を証 明でき、場合によっては国への支援制度等の更 なる要求にもつながる可能性があるため、積極 的に視察を受け入れ、自らの取組状況を開示す る。こうして、商店街組合の事業が全国的に波及 していく。ただし、小売商業が一定地域内の可処 分所得を奪い合うという性格を有していること から、競争関係にある近接した商店街組合間に おいては、どんなに画期的な取組であっても波
32 高嶋克義『現代商業学』㈱有斐閣,2002 年,261 ページ 参照。
33 伊藤修一郎『自治体政策過程の動態』慶應義塾大学出版会,2002 年 参照。
34 存在する都市規模、都市における当該商店街の格、商店街のタイプ(広域、地域、身近など)、など総合的に見た同質性。
35 ミニチャレンジショップは、商店街の空き店舗を借り上げ、 それを小売店の開業意欲あふれる方々に安いテナント料で賃貸し、商 売のノウハウを取得してもらうことにより、創業者の育成を図り、街のにぎわいを創出する事業。全国で 40 ケ所以上の取組が進 んでいる。
36 エコステーションとは、商店街の空き店鋪等のスペースに、空き缶やペットボトル回収機、生ゴミ処理機、発泡スチロール処理 機などリサイクル機器を置いて、商店街が中心となって作る地域のリサイクル拠点。エコステーションには、ラッキーチケット 回収機というゲーム付きの空き缶やペットボトル回収機が設置されており、空き缶やペットボトルを投入すると、ゲームが始まり、
当たるとラッキーチケット(商店街や地域のお店の割引券やサービス券)が出てくる。波及商店街数は同商店会の HP 参照。
37 消費者が、あらかじめ商品情報を把握し、特定目的のために、特定のお店に買い物に行く消費行動形態。「ついでに買う」あるい は「たまたま気に入ったので買う」という行動とは対極の行動。
及していくことが困難な側面があることには留 意しておく必要がある。
具体的な波及事例としては、1997 年に富山県 富山市の中央通り商店街が、空き店舗を活用し て新規開業を目指す商業者にスペース貸しを 行ったフリークポケット(Freak Pocket)が、ミ ニチャレンジショップとして全国的に広がった 事例が挙げられる35。
また、1998 年に東京都の早稲田商店会が空き 缶回収機やペットボトル回収機によるリサイク ル拠点として開設したエコステーションは、同年 に滋賀県彦根市の登り町グリーン商店街、1999 年に熊本県熊本市の城見通り商店街で開設され るなど、2001 年時点で北海道から沖縄まで全国 で 70 商店街を超える勢いで波及していった36。 このように、商店街組合では、特に結果の見通 しの立ちにくい振興事業において、同質、同規模 の商店街組合の取組事例からの影響を受けやす い傾向にある。
3.3 3のまとめ
以上、商店街組合の意思決定の特徴について 考えてみた。これまでの考察で分かるように、商 店街組合は株式会社とは本質的に違い、迅速で、
戦略的で、先駆的で、能動的な意思決定が必ずし も得意でないことは説明できたと思う。商店街 組合の役割は、基本的には構成する個々の店舗 ではできないこと、あるいは個々の店舗で実施 するよりも共同で実施する方が効果が上がるも
のを共同事業として実施することにある。また、
個々の商店の存立目的を実現するために、その 手段のひとつとして商店街組合の活動があるの であり、商店街組合の活動目的は常に個々の商 業者側に置かなければならないということも指 摘しておかなければならない。
右肩上がりの高度成長期には、こうした商店 街組合の役割に関する問題が大きく取り上げら れることは少なかった。これは、基本的に組合員 の経営が順調であったことや、大量生産大量消 費の中で、商店街組合が人を集め、それを組合員 の店舗が収益につなげるという役割分担がそれ なりに機能していたのである。しかしながら、我 が国の経済が拡大基調から安定基調に推移する 中で、業種業態を超えた可処分所得の奪い合い が進み、また消費者ニーズの多様化、個性化、更 にストレートショッパー37と呼ばれる消費者行動 が台頭するなかで、商業集積における個々の商 業者の経営は一層厳しくなってきている。だか らといって、そのことを打破するために商店街 組合の活動をより一層活発化させるというシナ リオには無理があると言わざるを得ない。商店 街組合の事業をとおして、商売を取り巻く環境 変化への対応を図ることは不可能ではないが、
あくまでも主役は個々のお店であるということ を忘れてはいけない。商店街組合への過度の期 待は、一方では商店街組合の役員へのプレッ シャーとなり、引いては役員のなり手不足、組合 員の減少、結果として商店街組合の弱体化につ ながる(図1の組織弱体化フロー参照)。 したがって、「商店街に過度な期待を持ちすぎ
多くの組合員が役 員の就任を固辞
組合員数の減少
商店街組合 の弱体化 事業を執行する役員
へのプレッシャー 商店街に「結果」を求
める過度な期待
図1 組織弱体化フロー
てはいけない」というのがこの3の筆者の結論 である。そして、商店街組合は、予算規模、事業 内容などにおいて身の丈に合った取組を心がけ、
一方で行政機関や商業コンサルタントなどの外 部関係者は、商店街組合の実態をきちんと見定 め、お互いが齟齬のない形で向き合う事が、結果 的には商店街組合の能力を最大限に引き出すこ とにつながるのである。
同時に、商店街組合の意思決定に影響を与え る国や自治体の支援施策についても、これまで のような画一的な規範性を想起させるメニュー 方式ではなく、商店街組合の自発性や創意工夫 を促すものに変化していくことが求められる。
4.商店街の形成 4.1 はじめに
商店街には、1で述べたように、空間的概念と 組織的概念がある。そして、一般的に商店街は、
空間的概念の商店街、すなわち自然発生的な商 業集積がまず形成され、その後、その商業集積を 構成する商業者の有志により商店街組合が結成 される。更に商店街組合は、組合員の総意により 商店街振興組合や協同組合という法人組織を結 成することもある。
こうして道程を経て形成された商店街には、
2つの性格がある。正確に言うと、それは、商店 街の「組合」に備わっている性格かもしれない。
共同事業を実施する非営利組合としての性格と、
政治的に影響を与える政策形成関係者としての 性格である。
商店街を対象とする政策は、国や自治体の商 業政策において長年にわたり重要な位置を占め てきた。そのことを解明する手掛かりとして、こ の4では、商店街形成の3段階というモデル(図 2)を提示し、各段階ごとの商店街の形成を考察 していく。
まず、今日の商店街組合が形成されてきた発 展過程を、「第一の形成:自然発生的形成(空間 的概念の商店街形成)」、「第二の形成:組織体と しての形成(組織的概念の商店街形成)」、「第三 の形成:政策形成関係者としての発展」とする。
第一の形成は、街道や寺社仏閣の門前に自然発 生的に商店が集積していた時期である。第二の 形成は、自然発生的に商店が集積していた地域 に、組織化の萌芽が育まれてきた時期である。第 三の形成は、第一の形成と第二の形成に加えて、
百貨店法や大店法の制定など商店街が政策形成 関係者として発展してきた流れである。
こうした考察を通じて、商店街と、同じく地域 性に依拠している町内会や自治連合会との違い、
同じく非営利法人である事業協同組合や企業組 合との違いを明確にし、その内包されている本 質を確認していくことにする。
図2 商店街の形成の3段階 第一の形成:自然発生的形成
第二の形成:組織体としての形成
第三の形成:政策形成関係者としての発展
38 川嶋将生「町と座」(京都市編「京都 歴史と文化1【政治・商業】」平凡社,1994 年,195 ページ)参照。
39 田島義博『流通の進化』日経事業出版センター,2004 年,241 − 243 ページ 参照。
40 木地節郎『商業集積の立地』啓文社,1988 年 参照。
41 鈴木安昭・関根孝・矢作敏行『マテリアル流通と商業』有斐閣,1998 年,120 ページ 参照。
42 商店街の商業組合は、1934 年3月末で全国 16 組合、1939 年 12 月末で 156 組合となっていた。
4.2 第一の形成(自然発生的形成)
歴史的に見て、最初に道路に小売店並び出し たのは平安時代であると言われている38。 平安時代、京都に住む人々の生活は、七条大路 に設けられた官設の市場、東市と西市の2つに よって維持されていた。その後、右京における都 市機能の衰退などの要素が絡み合って、市を中 心とした商品供給形態に大きな変化が見られる ようになってきた。それは、2つの市場内に設け られた店舗だけでなく、自由に又は自然発生的 にできあがった店舗が、京都中に数多く出現す るようになってきたからである。これは、平安京 の道路が単に区画を行うためのものから、商取 引の上でも活用しうる道路へと運用の幅を広げ ていったためである。これが商店街形成のス タートであると考えられる。
以降、後白河院の命により常盤光長らが描い た「年中行事絵巻」巻 16 では、道路に面した窓 に見世棚が設けられ、そこに商品が並べられた 絵が描かれている。見世棚は道路に突き出て、道 路側の棚の端は、2本の細い棒によって支えら れている。この2本の棒をとれば、棚は閉じるこ とができる。また、16 世紀の洛中洛外図屏風で も当時の商いの光景が描かれている。初期の小 売商業は、神社仏閣の門前、宿場、街道沿いなど、
人の集まる所に集積をしている。
江戸時代には、流通の自由化、貨幣制度の整 備、街道や水上交通の整備などにより、小売業、
問屋(卸売業)などの機能分化が進むとともに、
現代流通の原型となる流通網が形成された39。こ うして発展した近代以降の商業における自然的 な小売商業集積の形成について、木地節郎は、集 積が形成されはじめてから、集積が形成されても 集積規模が小さい初期の段階の集積を「1次的 集積」、1次的集積の集積効果から更に新規の追 加集積がなされる段階を「2次的集積」とした40。 これは、交通至便地や人の集まる場所に商店が 立地し、やがて店舗数が増加して集積が形成さ れる。そしてその集積の利益を求めて人は更に
集中し、より一層店舗数の増加によって集積が 拡大して、人の集中と店舗の集積が相互に影響 し合うというメカニズムを示している。また、木 地は、自然的な商業集積の発展過程について、1 次的集積を基盤として2次的集積が発生し、2 次的集積の中で個々の商店の経営が質的に向上 することにより「高度化された集積」に発展する というモデルを示している(1次的集積→2次 的集積→高度化された集積)。とりわけ、集積の 中で各商店が競い合う事により地域の投資が進 み、結果として更に魅力あふれる商業集積が実 現するというステージが重要であるという指摘 である。
4.3 第二の形成(組織体としての形成)
第二の形成は、第一の形成を基盤として成り 立つものである。
商業集積における商店街組合の組織化や共同 事業の実施は、大都市において明治 30 年頃から 始まったと言われており41、当時の商店街組合は 法人組織ではなく任意団体であった。第1次世 界大戦後の慢性的な不況や 1927 年の金融恐慌を 背景に、政府は産業合理化の一環として、中小企 業の共同購入、共同購買、共同設備などを推進 し、今日に続く組織化政策を打ち出した。そし て、商店街組合が法人組織として設立されるよ うになったのは、1932 年の「商業組合法」によ る商業組合からであるが、商業組合法自体、同業 者が組織することが原則であり、但書で、特別な 事情があるときは、2種以上の商業者をもって 設立することができるとされていた。しかし、実 際には、商店街の組織化に活用されることは珍 しかった42。これは、商店街組合が法人化しても、
他の同業者組合のように営利事業で利益を上げ ることが困難なため、法人化に対するニーズが 少なかったものと伺える。
1935年に谷口吉彦は、「商業組合(商店街組合)
は、ただその成立だけでは商店街の厚生にとり 何ものをも寄与するものではない。組合への結
成は、前提的に必要ではあるが、実質上の問題は むしろ組合の事業如何に依存する」と指摘し、商 店街組合による共同事業の実施が不可欠である との認識を示している43。
当時の商店街組合は、町内会あるいはその連 合会として発展した形態が中心であり、共同事 業としては主に「共同売り出し」、「共同照明の設 置」、「共同日覆」、「会員親睦事業」、「諸車乗り入 れの禁止」、「街路舗装」、「宣伝」、「配達」、など が実施されてきた。
その後、第2次世界大戦をはさみ、商業団体の 法人形態は、商工組合、商工協同組合などを経 て、1949 年6月に制定された中小企業等協同組 合法に基づく協同組合が中心になってきた。商店 街組合については、1962 年に商店街振興組合法 が商店街に関する単独法として制定された44。商 店街振興組合法は、商店街組合の特性に鑑み、一 定地域における集積度合いや業種構成などが設 立要件として加えられていた45。現在では、主な 商店街組合の形態は、法人組織としての商店街 振興組合と協同組合、更に法人ではない任意団 体に大別される。現在、全国の商店街組合の組織 形態と構成比は表2のとおりである。
こうして、商店街における第二の形成、すなわ ち組織体としての形成が進んできた。
また、この第一の形成に第二の形成が合流す ることにより、1で説明した空間的概念の商店 街と組織的概念の商店街という2つの概念が並 存するようになった。
4.4 第三の形成(政策形成関係者
(interest group)としての発展)
商店街が、商店街と同じく地理的な広がりを 前提としている町内会や自治会と性格を異にし ている原因のひとつが、この第三の形成による ものである46。この第三の形成は、商店街が政策 形成関係者として政府の政策形成に影響を与え る歴史のはじまりであり、言いかえれば商業政 策における調整政策の歴史でもある。
小売商業による既得権保護のための政治的活 動については、中世の商人座や江戸時代の株仲 間からの流れを指摘する研究47がある。しかしな がら本稿では、商店街が政策アクターとして、国 の商業政策に影響を及ぼしはじめた時期を、① 経済の近代化が進み、②流通機構が整備され、③ 大規模小売店舗と中小小売店舗の経営摩擦が顕在 化した、という3点を基に、大正末期から昭和初 期と設定した。その上で、第1次百貨店法の制定
(1937 年)、第2次百貨店法の制定(1956 年)48、 大店法の制定(1973 年)という3つの政策転換 局面における商店街の政策形成関係者としての 行動や役割をキングダン(J. W. Kingdon)の Policy Windows Model(政策の窓モデル)を使っ て分析することにする。
Policy Windows Model(政策の窓モデル)は、
キングダンが議会職員、官僚、行政機関職員、運 動家、ジャーナリスト、研究者、コンサルタント などへの数多くのインタビューや広範なケース スタディを基に、多くの解決すべき問題の中か ら、あるひとつの案件が政府の政治日程に取り 上げられる決定的時期のことを分析した政策形 成過程に関するモデルである49。
キングダンは、1984 年に発表した
Agendas,
43 谷口吉彦『配給組織論』 参照。
44 商店街振興組合法は、伊勢湾台風(1959 年)の被害に対処するため制定された議員立法。
45 商店街振興組合法第6条 参照。
46 町内会や自治会も政策形成に影響を与える働きをすることがあるが、広義の「政策」を政策、施策、事業に細分化した場合、町 内会や自治会の働きは主に自治体の「施策」「事業」に対するものである。一方で、商店街は全国的な運動を通じて国の政策に影 響を与える事ができる点が重要である。
47 田島義博『流通の進化』日経事業出版センター,2004 年,19 ページ 参照。
48 本稿では、百貨店法について、戦前の百貨店法を第 1 次百貨店法、戦後の百貨店法を第 2 次百貨店法とする。
49 John W. Kingdon,Agendas, Alternatives, and Public Policies(second edition),Longman, 2003 及び宮川公男『政策科学の基礎』東洋経 済新報社,2001 年,194 − 204 ページ 参照。
商店街振興組合 協同組合 任意団体 合 計 商店街数 2,377 1,078 9,640 13,095
構成比 18.2 % 8.2 % 73.6% 100%
(平成16年版全国商店街名鑑)
表2 商店街の組織形態
Alternatives, and Public Policies
において、個々に 独立した①問題の認識(problems)、②政策提案(policies)、③政治の形成(politics)、という3つ の流れが交差するときに、解決すべき問題が最 も政治日程に取り上げられやすい地位に到達す るとしている。問題の発生を認識し、技術的予算 的イデオロギー的に実現可能な政策が準備され ており、そのことを政治的に取り上げる価値が 見出された時点(選挙などの政治イベントや政 権交代など)で、政府の政治日程に取り上げられ る、つまり「政策の窓」が開くというものである。
しかしながら、「政策の窓」は、ほんのしばらく しか開いておらず、タイミングを逃せば閉じて しまう。したがって、多くの問題は、この窓の開 く一瞬のタイミングを待っているが結果的にほ とんどが政治日程に取り上げられずに沈んでし まうというものである。また、このモデルでは、
特に政治の形成において政府の外に存在する政 策形成関係者の役割を見逃す事はできないとし、
その動きに注意を払っている。
筆者は、商店街の第三の形成を分析するに当 たり、この Policy Windows Model(政策の窓モデ ル)を活用することとしたが、これは第1次百貨 店法、第2次百貨店法、大店法という商業調整政 策として重要な3つの法律が政治日程に取り上 げられた背景を、①問題の認識、②政策提案、③ 政治の形成、という3つの流れに分けて整理・分 析することにより、とりわけ政治に影響を与え る政策形成関係者としての商店街の動きや役割 を明確化させることができると考えたからであ る50。
以下で、商店街における第三の形成、すなわち 政策形成関係者としての商店街の形成を考察し ていく。3つの法律が制定された背景は、表3、
表4、表5という形で、それぞれ一覧表にまとめ て記述しており、詳細な説明は省略する。ただ し、特に政策形成において重要な事項、並びに政 策形成関係者としての商店街の動きについては 各表の後で説明を加えていくことにする。
4.4.1 百貨店誕生から第1次百貨店法 の制定へ
表3で示したとおり、百貨店の台頭と、それに よって影響をうける中小小売商との経営摩擦問 題については、1920 〜 1930 年代に社会問題とな り、2.26事件などの政情不安を背景として政府の 政治日程に取り上げられ、第1次百貨店法とい う形で政策出力されることになった。
この第1次百貨店法が制定された背景をPolicy Windows Model(政策の窓モデル)に基づいて整 理すると、「①問題の認識」に関しては、小売業 が製造業で吸収できなかった潜在的失業者の就 業先として見られていたことから、中小小売業 の経営悪化を単にひとつの産業問題として片付 けることはできなかった点が重要である。「②政 策提案」については、世界恐慌を背景に先進世界 各国において大規模小売業者を規制する法律が 制定されてきた時期であったことに加え、いち 早く商工省内に百貨店委員会が設置され、具体 的に百貨店法の原案が作られていた。こうした 中で、商店街をはじめとする中小商業者による 反対運動が激化し政治的色合いも濃くなってき た事から、戦時体制下における政情不安を抑止 し、国内対立を和らげ結束を強める必要性が高 まり、「③政治の形成」として、百貨店と中小小 売業の経営摩擦が政府の解決を図るべき政策課 題として取り上げられることになった。その結 果、第1次百貨店法が小売商業問題に対する1 つの政策的対応の成果という形で政策出力され ることになったのである。
この第1次百貨店法の成立に当たっての商店 街をはじめとする中小小売商の運動の詳細は表 3でまとめているが、重要な点は以下の3点で ある。
(1)明治期から萌芽的に行われてきた商店街自 体における組織化や共同事業が、百貨店に 対抗する中小小売商の反対運動の基盤と
50 本稿では、ポスト大店法として、1998 年に成立した大規模小売店舗立地法を分析対象としていない。
これは、大規模小売店舗立地法が①規制緩和の推進をはじめとする行政改革の流れ、②WTOの需給調整禁止規定への抵触の回避、
などを背景に、大規模小売店舗の出店自由を原則として制定されたものであり、本稿で取り上げた3つの法律とは違い商店街を はじめとする中小商業者の積極的な関与は見受けられないためである。むしろ商店街は、大店法廃止あるいは長年続いた商業調 整政策の終焉に反対する立場を取っていた。したがって、本稿における商店街の政策形成関係者としての動きを見る上では、大 規模小売店舗立地法の制定を取り上げる必要がないと判断した。
(大規模小売店舗立地法制定の背景については、平成 9 年 12 月 24 日 産業構造審議会流通部会・中小企業政策審議会流通小委員 会合同会議における中間答申参照)
なっていたこと。
(2)商店街などの百貨店反対運動が全国レベル の連合会組織で取り扱われたこと。そして 反対運動が全国各地の都市で起こってきた こと(東京都、京都市、大阪市、静岡市、仙 台市、札幌市、高松市、金沢市など51)。
(3)政治組織の立ち上げなど、政治的要素の強 い運動を展開したが、必ずしも反体制的な
姿勢ではなく、当時の二大政党(政友会、民 政党)にも影響を与える内容であったこと。
最後に、百貨店側の動きを補足しておくと、
1924年に日本百貨店協会が設立52され、小売商の 反対運動に対抗するとともに、1932 年に百貨店 内部でも過度な出店やサービスに対する自制協 定が結ばれたが、実効性は低かった。また、1936 年に日本百貨店商業組合が「百貨店法反対声明 表3
【経過】
1904年 ・三井呉服店が近代的デパートメントストアを宣言
1907年〜 ・松坂屋、白木屋、松屋、高島屋、大丸などが経営形態を株式会社又は合資会社に改組 し、営業形態を百貨店方式に転換
第 1 次世界大戦後 ・地方に百貨店が展開(岡山:天満屋、佐世保:玉屋、札幌:今井など)
・百貨店間において廉売、出張販売、無料配達など、営業やサービスの競争が激化 ・百貨店が大衆路線に転換
時 期 ①問題の認識 ②政策提案 ③政治の形成 中小小売商(商店街組合な ど)の役割
1920 年代 1929 年以 降
〇世界恐慌を背景とする 深刻な不況
・失業者の増加
・生業的零細小売業者の 激増
・購買力の減少
・百貨店間の経営悪化 ⇒百貨店間競争の激化
〇百貨店と中小商店の軋 轢が顕在化
(特に買回型商店街(中心 商店街)における織物・
被服類、建具・家具類、
小間物用品類、玩具・運 道具類などへの影響が大)
〇先進各国で大 規模小売業者 を規制する立 法が制定
・ドイツ (1932 、1933)
・オーストリア (1933)
・フランス (1933 、1936)
・イタリア (1927)
・ベルギー (1937)
・アメリカ (1936)
〇商工省内に大 臣を会長とす る「百貨店委 員会」がつく られ、政策案 策定 (1932)
〇5.15 事件によ る社会不安
(1932)
〇過剰人口吸収 産業としての 小売業の問題 を社会的問 題、政治的問 題として認識
〇2.26 事件によ る社会不安
(1936)
〇百貨店反対運動
・東京松坂屋の特売に対す る地元商店街の反対運動 (1924)
・東京全市主要商店街約 40 が百貨店反対のための連 合会を結成(1928)
・全国小売業代表者大会で 百貨店に対する強硬な決 議を実施(1932)
・百貨店の出張販売に対す る全国各地での反対運動 (投石、営業妨害など)
〇政治的活動
・浅草方面の小売商で共私 一新党結成(1931)
・大阪で全日本商工党結成 (1932)
・東京で中堅建設同盟結成 (1932)
〇百貨店に対する全国規 模での反対運動激化
1937 年 第 1 次百貨店法制定
・ 営業許可制、営業拡張許可制、出張販売許可制も許可制(主務大臣)
・ 閉店時刻、休日日数の規制
・ 許可事項の諮問機関として百貨店委員会設置 など 政策出力
・ 建物単位で一定規模以上を百貨店と規定
51 鈴木安昭『昭和初期の小売商問題』日本経済新聞社,1980 年,296―300 ページ 参照。
52 1924 年に設立された日本百貨店協会は、1933 年の日本百貨店商業組合の設立により、実質的に同組合に組織を引き継いだ。現在 の日本百貨店協会は、戦後、1948 年に再び組織されたもの(日本百貨店協会に確認)。