1)新村出/編:『広辞苑』第5版,岩波書店,1998年,1303頁.なお、「生涯教育」については、次のように説明され ている。「生涯教育」(lifelong education)生涯を通じて教育の機会を保障すべきであるとする教育観に基づいて行われ る成人教育。1920年代にイギリスなどで提起され、60年代半ばにユネスコの提唱を契機に各国で普及。
2)熊谷愼之輔(2012)は、「子どもに対して学校で行われる学習も、それ以外の社会のなかで行われる学習も含んだ、
人々の学びの総体が生涯学習なのである」と説明している。熊谷愼之輔:「社会教育計画の意味と課題」,鈴木眞理 他/編『新版社会教育計画の基礎』,学文社,2012年,7頁.
第1節 生涯学習社会における博物館の重要性と幼児期 の美術館利用
Ⅰ.生涯学習社会における幼児期の博物館利用
本論文は、生涯学習社会において人々が美術館を有効に活用しながら学び続けるために、
幼児期に美術館で鑑賞する意義と、幼児期の子どもが美術館で鑑賞する際の望ましい援助 について論述するものである。
1965(昭和 40)年にパリで開催されたユネスコの成人教育推進国際会議で、ラングラン(P.
Lengrand)により提唱された生涯教育(lifelong Education)の概念は、現在では学習者を主体
に据えた生涯学習(lifelong Learning)として普及している。生涯学習とは、自己の充実・啓 発や生活の向上のために生涯を通じて主体的に学習することであり 1)、家庭教育、学校教 育、社会教育を含む学びの総体である 2)。その推進は、行政はもとより学校やNPO(非営
利団体)を始めとする民間団体など、様々な組織機関によってなされている。そうした中、地域の学びの拠点である公民館を始め、図書館や美術館を含む博物館などの社会教育機関 が果たす役割は大きい。
近代社会の中で、美術館を含む博物館は市民に開放され、人々は自由に博物館資料に接 し、見たり、資料によっては触るなど体験して、学び、楽しむことができるようになった。
日本では、特に
1980
年代以降、それまでの展示を中心とする教育活動に加え、ワークショッ プや鑑賞プログラムなど、より積極的な教育普及活動を、多くの博物館が行っている。学校教育においても、授業での博物館の利用は、
1989(平成元)年改訂の『学習指導要領』
以降、段階的に記されていたが、2008(平成
20)年の改定で、より明確に位置付けられた。
3)文部科学省:『幼稚園教育要領』,2008年.
4)国際博物館会議(ICOM:International Council of Museum)では、以下ように定義されている。"A museum is a non-profit making, permanent institution, in the service of society and of its development, and open to the public, which acquires, conserves, researches, communicates and exhibits, for purposes of study, education and enjoyment, material evidence of people and their environment."
博物館は、2002(平成
14)年の学校週5日制の導入以来、地域の教育力を支える機関とし
て期待されてきたが、学校と連携協働し学校教育を補完する役割がさらに期待されている。しかし、一般的な利用者に目を向けると、博物館を積極的に利用する人々がいる一方で、
身近に博物館などがありながらも活用することができず、自らの学びの機会を逃している 人々がいる。また、学ぶことそのものに関心を持てない人々もいる。
「幼児期における教育は、生涯にわたる人格形成の基礎を培う重要なもの」3)であり、
幼稚園・保育所(以下、保育施設)では、幼児の健全な発達のために様々な配慮のもと保育 がなされている。幼児は、心身の成長に伴い、保育施設で経験した具体的な活動内容の多 くを忘れてしまうが、それらの活動を通じて培われたものが基礎となり、生涯にわたる発 達を支える。生涯学習においても、幼児期に味わった学びの喜びが、生涯にわたり主体的 に学び続けることの喜びの基礎となると考えることができる。幼児期に、学びの喜びを存 分に味わうと同時に、美術館を含む博物館を利用する機会を得て、博物館資料や博物館で 学ぶことの面白さに触れることは、生涯にわたり博物館などの社会教育機関を有効に活用 しながら学び続けることへの端緒となるのではないか。本論文は、以上のような問題意識 から始まる。
Ⅱ.生涯学習社会における博物館の役割
1.博物館の定義と教育活動
博物館は、社会教育法に基づき定められた博物館法により、次のように定義される 4)。 (第1章第2条)この法律において「博物館」とは、歴史、芸術、民俗、産業、自然科 学等に関する資料を収集し、保管(育成を含む。以下同じ)し、展示して教育的配慮の 下に一般公衆の利用に供し、その教養、調査研究、レクリエーション等に資するため に必要な事業を行い、あわせてこれらの資料に関する調査研究をすることを目的とす
る機関(中略)をいう。 (下線は筆者による)
5)「収集・保管」「展示」「教育普及」「調査研究」の4機能とする説もある。例えば、日比野秀男/編著:『美術館と 語る』,ぺりかん社,1999年,155頁.
6)次の文献を参考とした。①椎名仙卓:『日本博物館発達史』,雄山閣,1998 年.②椎名仙卓:『日本博物館成立史―
博覧会から博物館へ』,雄山閣,2005 年.③桐原直子:「東京帝室博物館における講演会活動開始についての試論」,
筑波大学芸術学研究科/編『芸術学研究』,2010 年.④大髙幸:「博物館教育の歴史と今日における意義」,寺島洋子 他/編『博物館教育論』,財団法人放送大学教育振興会,2012年.⑤佐藤優香:「日本の博物館教育史」,小笠原喜康 他/編『博物館教育論―新しい博物館教育を描き出す』,ぎょうせい,2012年.
7)古くは、正倉院なども、収集、保存という機能から博物館の一種と見なすことができるが、収蔵品を市民に開放 する機能はなかった。
博物館の機能は、歴史博物館、美術館、民俗博物館、動物園、水族館など、各々が専門と する分野に応じた多様な資料を、(1)収集(2)保管(3)展示(による教育)(4)調査研究するこ とである 5)が、近年はこれらに加えて教育機能が重視されている。もとより「展示して教 育的配慮の下に一般公衆の利用に供し」とされており、教育機能は明示されていたが、展 示すなわち教育であると考えられていたため、展示以外の活動を積極的に行うことはな かった。しかし、1980 年代から、資料や博物館そのものと来館者を繋ぐ教育普及活動が 重視されるようになった。日本における近年の博物館教育の動向を、美術館を中心に概観 しよう6)。
2.日本における美術館教育の変遷
美術館の教育活動として、古くから講演会が実施されてきた。近代日本で最初に成立し た博物館は、東京帝室博物館(現東京国立博物館)と東京教育博物館(現国立科学博物館)で あり、いずれも
1872(明治5)年のことである
7)。東京帝室博物館では、1923(大正12)年
以降、講演会を中心とする教育普及活動を行った。また、東京教育博物館においても、大 正初期から、棚橋源太郎の主導の下、講演会の開催や実物標本の展示、映画の活用などの 教育活動が行われていた。以来、一般的に講演会を中心とする活動が、博物館の教育普及 活動と見なされる傾向があった。美術館では、その他に展示室やロビーなどを使ったコン サート、油彩画や版画などの技術を講習する美術教室などが行われてきたが、いずれも一 方的に知識や技術を伝達することを主眼にした講座と言えよう。1980
年代後半から、多様な活動が展開されるようになる。佐藤優香(2012)は、その背 景に、「利用者の博物館における学びに目を向ければ学習観の変化があり、社会の様相と しては生涯学習時代の到来があり、教育政策としては学校週5日制や「総合的な学習の時 間」の導入があり、博物館学からの醸成としては利用者研究等があげられる。いずれも欧8)佐藤,同掲著6)-⑤,13頁.
9)1988(昭和63)年竣工、1989(平成元)年開館。
10)対話型鑑賞は、1990年からニューヨーク近代美術館(MoMA)の教育部長を務めたヤノウィン(P. Yanowin)と、鑑
賞の発達段階を研究した発達心理学者ハウゼン(A. Hauzen)により開発された、ビジュアル・シンキング・ストラテ ジー(Visual Thinking Strategies)がもとになっている。日本の美術館では、1990年初頭から導入され始め、普及した。
ヤノウィンのみならず、ニューヨーク近代美術館教育部の一員であったアレナス(A. Arenas)の影響が大きい。なお、
日本への導入当初は、ビジュアル・シンキング・カリキュラム(Visual Thinking Curriculum)と称されていた。
11)ファシリテーター(facilitator)の名称を多くの実施者が使っているが、対話型鑑賞における固有のものではない。
米では日本より早い時期から議論されてきており、それらの受容と日本独自の発展の両者 によって今日的な博物館教育事情を作り出している」と指摘している。そして、現在の博 物館教育の最大の特徴を、「利用者を情報の受け手から、自ら学びを作り出す探求者とし て位置付けるようになったこと」としている8)。
具体的には、ワークショップと呼ばれる制作を伴う活動が、主に子どもを対象にして開 催されるようになった。横浜美術館や世田谷美術館などがその先進的な役割を果たした。
横浜美術館では、建設当初 9)から広い制作室が設けられ、大型の紙に全身を使って絵を描 くなど学校や一般的な絵画教室では実施できない大胆な制作活動を行っている。
鑑賞を支援する道具やプログラムの開発も進められた。セルフガイドやワークシートな ど印刷物を通して解説や発問をすることにより鑑賞を支援するもの、国立西洋美術館の「び じゅつーる」のように、カードや人形など具体的な道具に触れ、操作することを通して能 動的に鑑賞することを支援するものなど多様である。
教育普及担当者や学芸員によるギャラリーツアー(ギャラリートーク)も、従来の一方的 な知識伝達型のものに加え、対話型鑑賞と呼ばれる双方向型のものが行われるようになっ た 10)。対話型鑑賞は、ファシリテーターと呼ばれる進行役 11)が、「これは何だろう」「(絵 の中で)何が起こっているのかな」などと問いかけながら、鑑賞者の気付きや考えを引き 出し、鑑賞者相互の関わりや意見を尊重しながら、協同的に鑑賞を進める方法である。鑑 賞者から、より能動的な学びを引き出す手法と言える。
ファシリテーター役を、研修を受けたボランティアが担う場合も多い。多くの美術館が、
ボランティアの導入を行っており、ボランティア活動を通じ美術館や美術またそれに付随 する様々な事項を学びつつ、学びの成果を地域に還元する動きも出ている。
また、既に述べた通り、「総合的な学習の時間」の導入により、学校教育における美術 館の利用も促進され、それに応える活動も積極的に行われている。2008(平成
20)年改訂
12)博物館をめぐる法改正等は、博物館法施行規則改正(2009)、「博物館の設置及び運営上の望ましい基準」告示 (2011)と続いており、その動向には注目すべきである。
の『学習指導要領』では、博物館の積極的な利用が位置付けられ、美術館と学校との連携 はますます要請される。授業での来館を受け入れることはもとより、教員向け研修の提供 や、教員向け利用案内・鑑賞ガイドの作成なども行われている。職場体験やインターンシッ プなどのキャリア教育にも活用されており、学校教育を補完する役割が期待されている。
3.各種答申等に見る博物館への期待
生涯学習社会の中で、博物館にはどのような役割が期待されているのか、近年の法改正 や答申などから動向を概観しよう。
2006(平成 18)年に教育基本法が改正され、社会教育について次の条文が加わった。「国
及び地方公共団体は、図書館、博物館、公民館その他の社会教育施設の設置、学校の施設 の利用、学習の機会及び情報の提供その他の適当な方法によって社会教育の振興に努めな ければならない」これを受け、2007(平成
19)年、「これからの博物館の在り方に関する検
討協力者会議報告」が、「新しい時代の博物館制度の在り方について」を提言した。主た る提言は、「博物館登録制度」や「学芸員制度」の在り方についてであるが、その前提と して、博物館に求められる役割を「集めて、伝える」博物館の基本的な活動に加えて、市 民とともに「資料を探求」し、知の楽しみを「分かちあう」博物館文化を創造することと している。さらに、2008(平成
20)年2月に中央教育審議会が「新しい時代を切り拓く生涯学習の
振興方策について―知の循環型社会の構築を目指して」を答申した。この中で、「地域の 教育力向上のための社会教育施設の活用」「社会教育を推進する地域の拠点施設の在り方」「生涯学習・社会教育の推進を支える人材の在り方」が提言された。
それを受け、同年6月、博物館法が改正された。この中で、「博物館は、運営状況に関 する評価及び改善並びに地域住民等に対する情報提供に努めること」や学芸員研修や学芸 員資格取得に関わる内容が追加されたが、加えて、博物館が行う事業に「学習の成果を活 用して行う教育活動の機会を提供する事業」が追加されたことも、注目に値する12)。
以上から、地域社会の中で博物館に求められる役割が、大きく変化していることが分か る。かねてより「開かれた博物館(美術館)」といった言葉が聞かれていたが、単に市民の
13)Maggie Moore and Barrie Wade:Bookstart: the first five years, Book trust, 1998.
14)国際図書館連盟児童・ヤングアダルト図書館分科会/編,社団法人日本図書館協会児童青少年委員会/訳:『IFLA 乳幼児への図書館サービスガイドライン』,社団法人日本図書館協会,2009年,7頁.(International Federation of Library Association and Institutions:Guidelines for Library Services to Babies and Toddlers.)
来館を促すばかりでなく、市民が博物館を拠点に学び、交流し、さらに自らの学びを社会 に還元できる場として期待されている。生涯学習社会を支える地域の学びの拠点としての 役割が、以前にも増して大きくなっている。こうした期待に応えるべく、美術館を含む博 物館は、設立趣旨や所蔵資料、地域性など各々が持つ特性に応じた事業を展開すべきであ り、そこに市民が積極的に参画でき、成果を共有できる環境を創出すべきである。
Ⅲ.幼児期における社会教育機関の利用という実体験
人々が、学びの拠点として博物館を活用し、その成果を共有していくためには、幼児期 からその存在を知り、初歩的な利用をしてみることが重要なのではないだろうか。博物館 と同じく社会教育機関である図書館の利用を伴うブックスタートを例に、考察してみよう。
ブックスタートは、家庭における親子での読書(絵本)体験を促進する活動である。1992 (平成4)年に英国で始まり、日本でも多くの地方自治体が図書館との連携により行ってい る。乳児検診などの機会を利用し、訪れた親子に、絵本とガイドブックなどを入れたブッ クスタートバックを手渡す。その際、ボランティアらが読み聞かせを行い、絵本の楽しみ を体験する機会も提供する。英国ではその効果も既に検証され、ブックスタートに参加し た家庭は、家庭の中で本を読む機会が増えたり、図書館を利用する割合が高いことが報告 されている13)。このように、乳幼児期から、博物館に置き換えれば博物館資料と言える書 籍(絵本)に触れる機会を作ることにより、読書や社会教育機関である図書館の利用の促進 に繋がっていると言える。あらゆる情報へのアクセスを可能にする図書館の活用は、生涯 学習において重要なものと言える。
日本図書館協会が発行する「乳幼児への図書館サービスガイドライン」においても、「幼 い頃から図書館になれ親しめば、図書館が居心地のよいところであって、手助けを求める ことができ、情報資源や技術について学べる場所であるとわかる」14)とし、「図書館を利 用する人々の一員になることは、好奇心や想像力に刺激を受ける初めての社会経験となる。
知育玩具、パズル、楽しさ溢れる本などにより「子どもとその保護者」の間に理解が生ま
15)国際図書館連盟,前掲著14),9頁.
16)例えば、中教審答申「新しい時代を切り拓く生涯学習の振興方策について」(2008)において、青少年に対する施 策は、中教審スポーツ・青少年分科会が審議を行い、2007(平成 19)年に答申した「次代を担う自立した青少年の育 成に向けて」を踏まえつつ、推進されるべきとされている。そこでは、調査等から青少年の現状と課題を明らかに し提言を行っているが、課題の中に「直接体験の少なさ」が挙げられている。「直接体験の少なさ」への対応として 推奨される体験活動の事例として多く挙げられているのが、青少年自然の家などを活用した自然体験である。また、
文化芸術体験として挙げられている事例は、地域に伝わる歌舞伎などの伝統文化を体験する活動のみである。この ような体験も、日本の伝統文化を知り、地域の文化に誇りを持ち、文化を継承することの意義を理解し、ひいては 次代の文化の担い手としての自覚を得るために有効である。しかし、こうした事例に博物館などの活用が挙げられ ないのは、博物館へ行くことが「体験」と捉えられ難いからではないかと考えられる。
れ、それが後には「子どもと本」との関係を育てることにつながっていく。(中略)人生の 早い時点で前向きな体験をすることは、生涯にわたる読書への関心を芽生えさせ」ると、
生涯学習の観点から、乳幼児期から図書館を利用することの意義を述べている15)。
ブックスタートが、読書習慣形成や図書館の利用促進に繋がるのは、乳幼児期に読書や 図書館利用の「実体験」を持つことによるだろう。実際に絵本を手にしたり、信頼できる 大人に読み聞かせてもらうなどし、安心感と共に読書(絵本)の楽しさを味わう。また、図 書館へ出かけ、その雰囲気を味わうと同時に、好みの絵本を選び出し借用手続きをすると いう一連の作業から、図書館の機能を知るという体験である。幼児期に、社会にこのよう な役割を果たす機関あることを知り、その機能を体験しておくことが、生涯にわたる利用 に繋がると言えよう。
子どもの実体験について検討する時、我々は自然体験や非日常的な体験を想定しがちで ある 16)。しかし、子どもひいては我々大人の身近にある社会教育機関を利用し、その機能 を知り、活用することによって得られる楽しさや喜びを味わうことも、重要な実体験であ ると認識すべきであろう。
Ⅳ.幼児期の美術館利用に関する諸問題
それでは、実際には、子どもの美術館利用はどのような状況なのであろうか。
1.家庭からの美術館利用
第一生命経済研究所「地域社会における教育施設等の利用状況に関する調査」(2010)に
17)的場靖子:「地域社会における子育て・教育環境―小学生母子の地域とのかかわりと教育に関するアンケート調 査より」,第一生命経済研究所,2010年.
18)福井晴子:「幼児の描画活動を援助する家庭造形環境の実態」,『美術教育』第 285 号,日本美術教育学会,2002
年,22頁.
19)半直哉:「造形の鑑賞に関する幼稚園教諭の意識」,『山陽学園短期大学紀要』第37巻,2006年,75-89頁.
よると17)、地域の教育施設である図書館、児童館、スポーツ施設、公民館、博物館・郷土 資料館、美術館それぞれの小学生の利用頻度は、美術館が最も低く、「月に1回以上」が
1.3
%、「年に数回」が
30.9
%、「利用したことがない」が65.3
%に上っている。博物館・郷 土資料館についても、同じ傾向であり、上記項目順に、2.6 %、45.3 %、49.5 %と、美術 館よりわずかに利用頻度が上がるものの、最も利用される図書館の、59.0%、32.4%、5.8%に大きな開きを持つ。回答した小学生の保護者に利用意向を尋ねているが、その結果は、
美術館の利用については、「近くにあれば利用したい」が
34.7
%、「そのようなサービス があれば利用したい」が13.7
%、博物館・郷土資料館の利用については、同項目順に、33.1
%、13.3 %と、いずれも高い利用意向を持っていることが分かる。しかし、「そのような 施設・サービスがあるか分からない」という回答が、美術館では
10.5
%、博物館・郷土 資料館では7.4
%と、図書館の0.3
%に対して非常に高い結果となっている。ここから、美術館や博物館等を利用したいと思っている一方で、利用を促進できる情報が届きにくく、
保護者らの介在がなければ利用に結びつきにくい子どもによる美術館・博物館等の利用 が、結果的に低迷していると言えよう。
以上は、小学生の利用についてであったが、幼児ではどうだろうか。福井晴子(2002)は、
岡山県倉敷市の幼稚園児を持つ保護者を対象にした家庭における造形教育についての質問 紙調査により、「子どもを連れて美術館へ行くよう心がけている」母親は、有効回答
1489
件のうち7.8
%であるという結果を得ている 18)。幼児期においても、同様の傾向があるこ とが理解できよう。2.保育施設からの美術館利用
半直哉(2006)は、岡山市・倉敷市の公私立幼稚園と岡山県郡部の幼稚園に対し、幼稚園 における鑑賞についての質問紙調査を行っている19)。それによると、幼稚園で行われてい る鑑賞活動は、「幼児同士の作品を見せ合う(90.6%)」「身近な物を見て楽しむ(76.3%)」
「見立てて楽しむ(58.6 %)」が上位となり、「歴史的な美術作品の鑑賞(3.9 %)」「美術館
20)半直哉:「美術館における教育現場との連携に関する意識」,『山陽学園短期大学紀要』第 38 巻,2007 年,59-67 頁.
での鑑賞(10.0%)」は低い数値となっていると指摘している。
半直哉(2007)は、全国の美術館
478
館へも質問紙調査を行い、保育施設や学校からの来 館について調査している20)。それによると、小学校・中学校からの来館が「よくある」「た まにある」と回答している美術館は、「小学校から」では86.0
%、「中学校から」では77.2
%あるのに対し、保育施設からの来館が「よくある」と回答した美術館は
9.1
%に留まり、「たまにある(49.5%)」と合わせても
58.6
%と6割に満たない。また、「全くない」が41.1
%に上る結果になっており、小学校の「全くない(13.4 %)」中学校の「同(22.1%)」を大 きく上回っている。「(保育施設は)もっと美術館を利用して鑑賞の授業(保育)をするべき」
と考える美術館は、「とてもそう思う(21.8%)」「そう思う(51.5%)」と、7割を超える。
小学校が両回答を合わせて
93.8
%、中学校が96.1
%であることには及ばないが、合わせ て73.3
%という数値は、保育施設からの利用実績に比して、より高い期待を持っている と推測することができる。ところが、保育施設からの来館が少ない理由については、「展 示物が園児には難しいと思われるから(48.4 %)」「先生方(保育者)が美術作品の鑑賞に積 極的でないと思われるから(22.2 %)」と考えている。自由記述回答には、「園児と一般客 との両立が難しい」「園児には、見づらい高さに展示してある」との意見も見られる。以上を総合すると、保育施設(幼稚園)も美術館も共に、鑑賞について高い意識を持って いるが、保育者は、日常の保育の中で友達の制作物を見たり、身の回りにある物や自然物 などを鑑賞することを活動の中心に捉え、保育課程の中に明確に鑑賞を位置付けた上で、
美術館を利用するには至らないのではないかと考えられる。一方、美術館も意識は持って いながら、実際には展示作品は幼児には理解できないと考えており、美術館の利用を保育 者の積極性に任せ、幼児の来館を促進する手立てを特に講じていない傾向にあることが分 かる。しかし、両者が幼児の鑑賞の重要性を認識しているのであれば、保育施設は地域の 美術館を保育の中で積極的に利用することを視野に入れるべきであり、美術館も手立てを 考えるべきであろう。
ブルデュー(P. Bourdieu)他(1969)は、フランスを始めスペイン、ギリシア、イタリアな どの欧州各国の美術館で来館者調査を行い、来館者の来館経験等と学歴や階級の相関を報
21)Pierre Bourdieu et Alain Darbal avec Dominique Schnapper: L'amour de l'art―les musees d'art europeens et leur public, deuxieme edition revue et augmentee, les editions de minuit, 1969. (山下雅之/訳:『美術愛好―ヨーロッパの美術館と観 衆』,木鐸社,2004年.)
22)教育課程審議会:「時代の変化に対応した今後の幼稚園教育の在り方について(最終報告)」,1997年.
23)吉村真理子:『4~5歳児の保育手帳』,あゆみ出版,1981年,133頁.
告した21)。それによると、高学歴者ほど美術館を訪れるという。そして、美術への理解は、
天賦のものと多くの人が理解しているが、それは誤りであり、すべては経験によると指摘 する。つまり、高学歴や上流階級の親は、子どもを幼少期から美術館へ連れて行き、その 経験の蓄積から子どもにも美術への関心が生まれ、繰り返し美術館を訪れるようになる。
ブルデューは、「美術を理解したいという欲求は、それが満たされる人々の所にしか現れ ない」と叙述するが、そのような状況を解消する方策として、学校教育が有効ではないか と提言する。ブルデューの調査からは、幼少期の経験が重要であることが理解できる。
Ⅴ.幼児期の美術館利用を促進する大人の介在
1999(平成 11)年の『幼稚園教育要領』改訂を前に、教育課程審議会が報告した「時代
の変化に対応した今後の幼稚園教育の在り方について(最終報告)」(1997)において、「幼 児期の育ちは、生涯にわたる人間としての健全な発達や社会の変化に主体的に対応し得る 能力を培う上で基礎となるものであり、生涯学習の基礎を培う観点からも最も重要な役割 を果たしている」「本当の意味での知的発達を促す教育とは、将来にわたり学ぶ力の源泉 となり、生涯学習の基礎を形成していくものであり、それは目先の結果のみを問題にして いる早期教育とは本質的に異なるものである」として、幼児期の発達が生涯にわたる学び の基盤であると述べられている22)。生涯学習の観点からも重要な時期である幼児期に、生 涯にわたり学び続ける際に重要な役割を果たす、美術館などの社会教育機関にふれておく べきであろう。その際に、介在となるべきは、保護者を始めとする周囲の大人であり、中 でも保育者は重要な役割を果たす。
吉村真理子(1981)は、次のような幼児の姿を記している23)。
(虫を)子どもは平気でつまみあげ、箱のふたなどにのせて保育室へと急ぐ。なんとい う虫なのか図鑑で確かめたいのである。(中略)最近の子どもたちは、年長組になると たいてい字が読めるから、図鑑で絵と比べながら<引く>という作業がおもしろくて
24)梨本雄太郎:「学校教育の役割」,鈴木眞理他/編『新版生涯学習の基礎』,学文社,2011年,25頁.
たまらないのだ。(中略)こうして知らなかったものを自分で知る手だてを持った子ど もたちは、図鑑を愛用し、知る喜びに夢中になる。
ここには、まさに自ら主体的に対象と関わり、遊びすなわち学びに応じた手段を獲得し、
楽しみながら学ぶ姿がある。ここでの学習手段は図鑑である。幼児が昆虫に関心を寄せて いることから、次の展開を予測して保育者が構成した環境である。幼児は、独自では図鑑 というものの存在を知ることはできない。環境として用意され、使い方のモデルを示され ることで、学習手段として用いることができるようになる。1つの手段として獲得できれ ば、幼児はさらなる探求をすることができ、昆虫への興味関心を強め理解を深めることが できる。自ら学ぶことの喜びを味わうことができる。この点で、保育者の果たす役割は非 常に大きい。本事例では図鑑であった学習手段を、美術館を含む博物館に置き換えること ができよう。幼児自身では、博物館の存在を知ったり、利用したりすることはできない。
しかし、保育者が環境として与えることにより、その存在を知り、利用する実体験を持つ ことで、学習手段の1つとして生涯にわたり利用することができる端緒となるであろう。
学校教育においても同様のことが言える。梨本雄太郎(2011)は、生涯学習と学校教育を めぐる議論について整理し、生涯学習における学校教育の役割について、以下の3点に整 理している。「(1)生涯にわたる学習のための基礎を培う(2)児童・生徒を学校外のさまざ まな学習機会へと誘う(3)地域住民や保護者など児童・生徒以外の学習を学校が支援し、
その取り組みの成果を生かした学校教育を展開する」24)。いずれも重要な役割であるが、
特に(1)(2)の役割は、学校教育及び保育においても重要なものである。子どもにとって、
大人の介在がなければ、知り得ることのできない学習手段もある。家庭の教育力が弱まる 昨今、地域社会全体で保護者を支援し、子どもを育てる施策が積極的に進められているが、
子どもがそれらから受益できるかも周囲の大人の介在の在り方によるものであろう。
本論文では、幼児が環境としての美術館と相互に関わり合うための介在者として、保護 者を含む周囲の大人を重要と考えるが、特に、保育者と美術館職員を重視する。両者が共 に、幼児期の美術館での鑑賞体験の意義を理解すること、そして、幼児が美術館で鑑賞す る際の望ましい援助方法を理解し実践することが、生涯にわたり美術館を活用しながら学 ぶことのできる大人の育成に繋がると考える。