r
新古今集』の 慈円の歌にみえる 「野寺の鐘 」につ い て (鈴木佐 内) 『新
古
今
集
』の
慈
円
の
歌
に
み
え
る
「野
寺
の
鐘
」に
つ
い
て
鈴
木
佐
内
〔 論 文 要 旨 〕 『 新 古 今 集 』 の 、 慈 円 の 一 首 「 有 明 の 月 の ゆ く へ を な が め て ぞ 野 寺 の 鐘 は 聞 く べ か り け る 」 の 「 野 寺 」 に つ い て、 北 村 季 吟 は 『 新 古 今 集 口 訣 追 加 』 で 、 「 野 寺 と い ふ は お ほ ぞ ら の 野 べ の 寺 に あ ら ず 、 江 州 鏡 の 宿 に 近 き 所 に あ り 。 」 と し て 、 特 定 の 寺 ( 蒲 生 郡 苗 村 の 雪 野 寺 か 。 ) を 想 定 す る 説 を 伝 え て い る 。 後 人 は こ の 説 に 対 し て 否 定 的 で あ る が 、 「 鏡 の 宿 に 近 き 所 」 の 寺 と い う の は 問 題 が あ る と し て も 、 特 定 の 寺 を 念 頭 に お い て の 発 想 で あ る と す る 点 で は 注 意 さ れ る 。 こ の 論 は 、 季 吟 の 伝 え る 上 述 の 発 想 に そ っ て す す め た も の で あ り 、 「 野 寺 」 に 、 今 は 廃 寺 と な っ て し ま っ た 山 城、 西 山 の 常 住 寺 を 想 定 し よ う と す る も の で あ る 。 ま た あ わ せ て 、 「 野 寺 の 鐘 」 は 慈 円 に お い て 歌 語 と な り 、 歌 枕 と な っ た と す る も の で あ る 。 『 新 古 今和
歌集
』 に 「有
明 の 月 の ゆ く へ を な が め て ぞ 野寺
の 鐘 は 聞 く べ か り け る 」 ( 巻 第 十 六雑 歌 上 ) と い う 慈 円 の 一 首 が あ る 。 こ の 歌 の 「 野
寺
」 に つ い て 、 北村
季 吟 は 『 新 古 今 集 口 訣 迫 加 』 で 、 「 野 寺 と い ふ は お ほ ぞ ら の 野 べ の寺
に あ らず
。 江洲
鏡 の 宿 に 近 き 所 に あ り 。 」 と し て 、 特 定 の寺
を 想 定 す る 説 を 伝 え て い る 。 古 注 釈 、 例 え ば 「新
古 今 略註
』 に は 、 「 こ の音
の 心 は 野 寺 訪 γ僧
帰 帯 γ 月 」 と あ り 、 『 和 漢 朗詠
集 』僧
に み え る 鮑 溶 の 「 贈 東郊
」 の佳
句 を引
い て 説 明 し て い る よ う に 、 も と も と 、 「 野寺
」 を特
定 の寺
と す る 考 え は な か っ た よ う であ
る 。 季 吟 の 『 新 古 今集
口訣
追 加 』 に い う 、 こ の 野 寺 は 、近
江 の 蒲 生 郡 苗 村 の 、安
吉
山 龍 王 寺 ( ま た、雪
野寺
と も ) を い う も の で あ り、 満 行 寺 と 同 様 、鐘
の名
所 と し て知
ら れ た寺
であ
る 。 『新
古
今
集
口 訣追
加 』 は 、 「 鏡 の宿
に 近き
所 」 の 寺 を 想定
す る に 当 一 149 一智山学 報 第四十〜輯 た っ て 、
慈
円 と 野 寺 雪 野寺
と の か か わ り を 「 ( こ の 寺 は )伝
教
大 師 の 開 基 に て 、 鶏 門 の 末 寺 な れ ば 、慈
円 僧 正 も 、 此 の 寺 に お は し け ん 比 よ ま せ給
へ る な る べ し 。 余 情 一 入 な る う た 也 。 」 と し て い る 。 慈 円 の歌
の 「 野妻
」 を 「鏡
の 宿 に 近 き 所 」 即 ち 、雪
野 寺 と す る こ の 説 は 、後
人 、 殆 ど 注 目 し て お らず
、 野寺
と い う の は特
定
の寺
を い う の で は な く 、 一 般 に 野 中 の 寺 と い う 意味
で使
用 し た の で あ る と い う こ と で 、 否 定的
で あ る 。 し か し 、 こ の 説 、 雪野
寺 を さす
と い う の は 問題
が あ る と し て も 、 特定
の寺
を 指 す と い う点
で は 再 考 の余
地 淋 あ る と考
え ら れ る 。 野 寺 と い え ば 、道
興
の 『 廻 国 雑 記 』 に 、 「 又 野寺
と い へ る所
、 爰 に も侍
り 、 こ れ も 鐘 の 名 所 な り と い ふ 。 こ の鐘
は 、 古 へ 国 の 乱 れ に よ り て 、 土 の 底 に 埋 み け る と な ん 。 そ の ま 玉 掘 出 さ ざ り け れ ば、 音 に き く 野 寺 を と へ ぽ 跡 ふ り て こ た ふ る鐘
も なき
夕
哉 」 と い う 一節
が あ る 。 道 興 の い う 野 寺 は 、武
蔵 国新
座 郡栗
原 の 八 幡 山 満 行寺
の こ と で あ る 。 満行
寺 が 、俗
に 野寺
と 称 さ れ 、 し か も鐘
の 名 所 と し て 知 ら れ て い た こ と が わ か る が 、 今 一 つ 、 「 こ こ に も 侍 り 」 と い う 書葉
か ら 、鐘
の名
所 と し て 「 野寺
」 と 称 さ れ る寺
が 、満
行寺
の他
に もあ
っ た と い う こ と が わ か る 。 上 述 の 近 江 の 雪 野 寺 も そ の う ち の 一 ケ 寺 で あ る と い う こ と に な ろ う 。 さ て先
にあ
げ た 『新
古今
集 』 の 一 首 の外
に 、 慈 円 に は 、 「 野寺
の 鐘 」 を詠
ん だ 歌 が あ る 。春
ふ か き の て ら た ち こ む る ゆ ふ 霞 つ つ み の こ ぜ る鐘
の音
か な 『 拾 玉 集 』 詠 茸首
倭
歌 法 楽 貝告
社
『 風
雅
和
歌 集 』 巻第
三春
歌 下 に も 、 「 日 吉社
に た て ま つ り け る 百 首 歌 に 」 と し て み え る 。後
出 『 拾 玉 集 』略
秘
贈答
和 歌 百 首 に は 、初
句 「春
の 臼 の 」 と あ る 。鹿
の音
に 野寺
の か ね を う ち そ へ て あ る か 心 の 秋 の ゆ ふ暮
『 拾 玉 集 』
鹿
五 十 首 あ す を秋
と ま ち つ る こ よ ひ ま と ろ ま て 野寺
の か ね を 風 に き く哉
『 拾 玉 集 』
詠
百 首 和歌
秋 二 十 首春
の 日 の 野 寺 た ち こ む る ゆ ふ 霞 か す み ( つ エ み 本 ) の こ せ る か ね の を と 哉『 拾 玉
集
』略
秘
贈
答 和 歌 百 首前
出
『 拾 玉集
』 法 楽 日吉
社
お よ び 『 風雅
和 歌 集 』 巻 三春
歌 下 に は初
句 「春
ふ か き 」 と あ る 。 一 150 一『新古 今集 』の慈 円の歌にみえる 「野 寺の鐘」につ いて (鈴木 佐内) し め お
き
し 野寺
の か き は く ち は て て の こ る 柳 を た の む 計 そ『 拾 玉
集
』 柳為
寺牆
萩 に鹿
か や に 鳴 く む し 心 せ よ 野 寺 の か ね の秋
の ゆ ふ く れ『 拾 玉
集
』 詠 百 首和
歌暮
『
夫
木
和 歌抄
』 巻 第 三 十 二 雑 部 十 四鐘
百 首 御 歌 く れ て な を 跡 な き 雪 を
分
け わ ひ ぬ 野寺
の か ね よ音
は い つ く そ『 拾 玉 集 』 百 首
題
雪
聞 人 の 心 は空
に な り ぬ な り の て ら の か ね の お と そ か し こ き『 源
家
長 日 記 』 な ど が そ れ で あ る 。慈
円 以外
の 「 野寺
の 鐘 」 を詠
ん だ う た は 、螢
藤 原 顕
仲
雨 風 にあ
れ の み ま さ る 野 寺 に は 灯 が ほ に 螢 と び か ふ「 院 御
時
百 首 和 歌 」夏
暁郭
公
藤 原 為 忠
郭
公 い つ か た と た に 聞 わ かす
の て ら の と ら の か ひ の ま き れ に「
木
工権
頭
為
忠朝
臣 家 百 首 』 の 二 首 は 慈 円 以前
の 時 代 の も の と い う べ く 、霞
隔
古寺
と い ふ こ と を よ め る藤
原
敦
仲
な が め や る 霞 の う ち に む か し み し 野寺
の か ね の声
ひ び く な り『 月 詣 和 歌
集
』 ( 正 月附
賀 )後
鳥
羽院
涙 そ ふ か へ さ や空
も く も り け ( る ら イ ) ん の て ら の か ね の暁
の 夢『 源 家 長 日 記 』
喜
多 院 入 道 二 品 親 王家
五 十 首皇 太 后 宮 大 夫
俊
成 け ふ よ り は 秋 の こ ゑ ぞ と き かす
な り 野寺
の か ね の あ か つ き の 空『 夫 木 和
歌
抄 』 ( 巻第
十秋 部 一 ) 冬 日
詠
百首
応製
和 歌 鹽藤 原
雅
経 一 151 一智山学 報第四十一輯
お ぼ え
ず
よ野
で ら や ち かき
い 櫞 り さ す あ た りも
し ら ぬ 入相
の 鐘「 正 治
後
度 百 首 」 (雑
暮
)『 明
段 香 井
和
歌
集 』 ( 雑 暮 )詠
百首
和
歌
散
位 隆 実ふ か き 世 に た れ 又 か か る ね
覚
し て 野 寺 の か ね に袖
ぬ ら す ら ん「 正 治 後
度
百 首 」 ( 雑暁 )
藤
原 家 隆鐘
の こ ゑ鴫
の 羽音
もあ
は れ な り 野 寺 の 霧 の 弱 方 の空
『 壬 二 集 』 秋 二 十 五 首
「
前
摂 政家 歌 合 」 ( 嘉 吉 三
年
) 三 十 七 番 判 詞中
に の の 字 の 六 か さ な り の 例 歌 と し て引
用
。 以 上 は 、 慈 円 と 同 時 代 の 歌 人 の作
品 で あ る 。 こ れ 以 外 の 作 品 で は 、題 し ら ず
津 守 鬮
冬
夜 さ む な る 野 寺 の 鐘 は 音 つ れ て あ さ ち が 霜 と す め る 月 か げ
『 新
後
拾
遺
和
歌 集 臨 巻第
五秋
歌
下 「
嘉
元 百 首 」暁
更
鐘
と い ふ こ と を内
大
臣き
き な る る野
寺
の か ね の声
ま で も あ は れ に た へ ぬ秋
の旅
人 『新
後
拾 遺和
歌
集 』巻
第
十 六雑
歌 上
羈
中幽
情
と い ふ こ と を永 陽
門
院
左京
大 夫ほ の か な る 野
寺
の か ね の声
ま で も あ は れ に た へ ぬ 秋 の旅
人 『 新 続 古今
和
歌
集 』巻
第十
羈旅
歌 一
152
一一『新古今集』の 慈円の歌に み え る 「野寺の鐘」につ い て (鈴木佐 内) 以 上 三
首
は鎌
倉 末期
の 作 品 で あ る 。 こ の よ う に み て く る と 「 野寺
の 鐘 」 は 慈 円 の 時 代 に 多 く 、 ま た 、 慈 円 に お い て 圧 倒的
に 多 い と い う こ と に注
目 さ れ よ う 。 と こ ろ で 、 野寺
と い う寺
名 を称
す る寺
は 、 先 に あ げ た 武蔵
の 満行
寺 、 近 江 の 雪 野寺
の 他 に も 全 国 に い く つ か あ る 。 い ず れ も 野 中 の寺
の イ メ : ジ を背
負
っ て い る も の で あ る が 、 こ の な か に 、 慈 円 以 前 か ら 野 寺 の 別 称 を 持 ち 、 し か も 慈 円 と の幾
分
か の か か わ り を 持 つ 寺 と い う 条 件 で 浮 か び 上 が っ て く る の が 、 山 城 葛 野 郡 の 常 住 寺 で あ る 。 こ の 寺 は 、 平 安 遷 都 の お り に 南 京 よ り 移 渡 さ れ た と 伝 え ら れ る 。 ま ず 、古
く は 『 延喜
式 』 に 「 七蓄
鏨
供
養
料 。糶
篩
黠
夢
襯警
寺 別 餅菜
料 。 米耳
四 合 。 糯 米 二 斗 。竈
杵
米 二 升畧
。 〜 明櫃
二 合 。缶
七 口 。 瓰 廿 一 口 。 右 大 蔵 省 預 設 幄 於 職 内 。 辨史
各 一 人 。 史 生 二 人 。 専 当 其 事 辨 備 。 生 料 毎 寺 差 大 舎 人 。充
使 供 送 之 。 」 (巻
三 十 三大
膳 下 ) 「 凡毎
月 十 五 日 遣 内 舎 人 。 労 問 常 住 寺 十禅
師
。兼
奏
修法
行 事 。 」 ( 巻 十 二中
務
省 ) 「 天台
宗
僧 及 四天
王 。梵
釈 。常
住 等 寺 。 十禅
師 各 一 人亦
預 之 。 」 ( 巻 二 十 一 玄蕃
寮
) 「 凡 四天
王 。梵
釈
。 常 住 。仁
和 等 寺 三綱
。各
以 十僧
内補
之 。 」 (巻
二 十 一玄 蕃
寮
) と あ る 。 こ れ に よ っ て 、 既 に常
住 寺 と い う 名 称 の 他 に 野 寺 と い う 俗称
が 合 わ せ 用 い ら れ て 著 名 で あ っ た こ と が わ か る 。 以 下 、 時代
を 追 っ て 記 す と 、 『 日 本 紀 略 』 に は 「〇
十 日 丙 子 。 野 寺 四 王 院火
。 」 ( 天 慶 三 年 三 月 十 日 の 条 ) 、 『伊
呂波
字類
抄
』 に は 「 常 住寺
本 尊
薬
師
仏件
寺桓
武 天 皇 遷 都 之 時南
京 令 移 渡 此京
云 々本 御 持 仏 也
於
件
寺毎
夜 聖 朝 安穏
増
長 福 寿 正 唱声
有
之 天 皇 聞 召 之 内 豎 慥 何 人 之 云 フ ト 見参
ト テ令
遣 内 豎 尋 行 之 処 件 野寺
中 有 一人
僧
唱 一153
一智山 学報 第四十一輯 之 礼 拝 云 々
件 寺 頻 頭 盧 変 現 云 々
仍
内 供奉
一 人 于 今被
宛 之 件 頻 頭盧
久 寿 之 頃 失 了 盗 隠 歉 格 云件
寺 逧 近 皇 城男
女 多 濫仍
天平
年
中時
繭謂
大 寺 請 如置
十禅
師 云 々 」 、 『 拾芥
抄 』諸
寺
部 第 九 に は 、 一、 瓜隆
寺
上 出
寺
常 住 寺
珍 皇
寺
〜 L ( 廿 一寺
公 家 恒 例
被
行御
誦 経 の項
) 、 「 野 寺 常 住 寺薬
師 柏 原 」 ( 諸寺
の 項 ) と あ る 。 ま た 、 『 玉 蘂 』 に は 「 〜 常 住 寺参
議 藤 原 朝 臣信
成 〜 承 久 二 年 三 月 二 十 五 日 左 大 弁 藤 原 朝 臣 家 宣 伝 宣 、 左 大 臣 宣 、奉
勅
、 件 等 人 宜為
諸 司 所 々 諸 寺 検 校 捌 当者
、 承 久 二年
三 月 二 十 五 日左 大
史
兼 主 殿 頭 小槻
宿 禰 国 宗奉
」 ( 承 久 二年
三 月 二 十 五 日 の条
) 『 阿婆
縛
抄 』 に は 「 野 寺者
。 本 名 常 住 寺 。桓
武 天 皇 御 字 。 延 暦 五 年 移建
常 住寺
。 野 寺 也 。 遷都
之 時 。 自 南 京 移渡
於 此 京 。 帝御
本
尊 也 。仏
一 丈 二 尺薬
師
。 八 尺 陰光
月 光 四 天 也 。件
ノ寺
毎 夜 唱 爨 軸 安穏
増 畏福
寿之
声
有 之 。 天 蠱閣
食
之 。 召 内 豎 慥見
何 人 之 唱 可 参 之 由仰
上 。 尋 行 之 処 。 件 ノ 野寺
中
有
一 入僧
唱之
礼
拝 。以
此 旨 返 奏 。仍
可 令 給 内 供 奉被
下 宣 旨 之 処 。 件 ノ 僧 不 請 取 逃 隠 。彼
寺 賓 頭盧
ノ変
現 。 云 ≧ 仍 内 供 奉 十 人 内 一 人者
。 件 ノ 賓頭
盧
于 今 被 充 之 。彼
ノ 額突
石 颪弘
一 尺余
讎
叢 四 寸 許 。 四 輪如
鏡 尚在
之 。於
賓
頭
盧 者 。 久 寿之
比
失⊥
團−
人 盗 取蠍
。 」 ( 「 諸寿
略
配
上 )
住 了 歟 と あ り 、 『
覚
禅 抄 』 に は 「 野寺
忠 尹圀
之流
伝 也 。 出 伝 集第
三 大 谷 」 ( 北斗
法 の項
) 作 霜 と あ り 、 ま た 、 『 元 亨 釈 書 』 に は 「 又 詔 道証
。 守 遵 。 修 円 。 勤 操 。慈
蘊 。 慈 覚等
碩 師 。 於 野寺
天
台 院 、 令 受 学 新 写 天 台教
文 」 ( 巻 第 廟釈
最 澄 ) と あ る ◎ こ れ ら 諸 書 の 記 す 所 に よ っ て 、 常 住寺
が、 慈 円 以 前 の 時 代 に 、 古 く か ら 、 別 に 野寺
の 俗 称 を も っ て い た こ と が あ き 一154
一『新古今集』の慈 円の歌にみ え る 「野寺の鐘」につ い て (鈴木佐内) ら か と な る 。
幾
度
か の 火災
に あ っ て 、 伽 藍 の 焼 失 があ
っ た も の の 、 修 復 再建
が あ っ て中
世
末 期 こ ろ ま で 存 在 し て い た も の と お も わ れ る 。 こ の 野寺
常 住寺
の 所 在 で あ る が 、 『 山城
名 勝 志 』 は 「 葛 野 郡 」 四 ( 巻 第 十 ) の 章 で 「 下 葉室
浄
住寺
常 住 寺
真
如
院 」 の 項 の順
で 説 明 し て お り 、 『大
日 本 地 名 辞書
』 は浄
住 寺 の 項 に 「按
ず る に 浄住
寺
は 古 の柏
原常
住 寺 の 廃嘘
に就
き 造 立 し 其 の 名 を 改 め た る 者 な り 、 」 と葉
室 の 浄 住寺
の 地 ( 葉 室 は松
尾村
下 山 田 の 旧 名 な り 、桂
村 の 西 に 接 し 衣 笠 山 東麓
な り 。 ) と し て い る 。 ま た 同 項 で は二
説 に 野 寺 は 大 原 野 ( 乙 訓 郡 勝 持寺
) か と 云 う 、 」 と あ る 。 浄 住寺
( 現 西 京 区 山 田 開 キ 町 ) 、勝
持 寺 ( 現西
京
区 大 原 野 南 春 日 町 ) を あ て る に つ い て は 、各
々 の寺
の 縁 起 な ど か ら考
え て賛
同 し が た い が 、 廃寺
と な っ て し ま っ た 常 住 寺 の 所 在 に つ い て は 、 細部
に つ い て は異
同 が あ る も の の、 諸 書多
く は 、 西 山 の 地 を あ て て い る 。 『和
訓 栞 』 (谷
川 士 清 ) も 「 の で ら野 寺 の
義
山 寺 と い ふ が如
し 西 ノ 京 に 野 寺 町 あ り○
拾 芥 抄 に 野 寺 ハ 常 住 寺 也柏
原 にあ
り と み ゆ 樫 原 の 辺 な る べ し 、 」 と し 、 野 寺 町 の 地 名 の あ る こ と を 紹 介 し て い る が 、 『 拾 芥 抄 』 の い う と こ ろ もあ
げ て い る か ら 、 こ れ も 西 山 の 地 を あ て て い る と み て よ い 。 な お 、樫
原 で は 西 京 区 樫 原 内 垣 外 町 か ら 、 昭 和 四 十 二 年廃
寺跡
が発
掘 さ れ て い る 。 た だ 、 『 京都
事 典 』 ( 村 井康
彦
編東
京 堂 出 版 ) で は 、 こ れ を 「 平安
京 大 内 裏 の 西北
、 北 野 神 社 の 西 に あ っ た 。 」 と し 「 寺 址 か ら 白 鳳 時 代 の古
瓦 な ど が 出 土 す る と こ ろ か ら 、 こ の 地 に は 、 も と 古 い寺
院
が あ り 、 そ の 寺 址 を利
用
し て建
立 さ れ た と考
え ら れ て い る 。 」 と す る が 、 常 住 寺 の 所在
地 に つ い て は 、 確 定 し に く い と い う の が 現状
で あ ろ う 。 常 住 寺 の 地 と し て柏
原 の 地 名 が 見 え る が 、 「 深 草 村 の 東 、谷
口 よ り 山 科 に 通 ず る 路 辺 ( 鉄 道 此 を通
ず ) 即古
の 柏 原 な り 。 」 ( 「大
日 本 地 名辞
書
」 山 城 ) と す る 紀 伊 郡 の 柏 原 と は 考 え ら れ な い 。 や は り葛
野 郡 内 の 地 を い う の で あ る か ら 、 西 山 の 地 に あ っ た も の と 考 え て お き た い 。 そ こ で 季 吟 に 倣 っ て 、 慈 円 の 歌 に 多 く 用 い ら れ た 野寺
を、 ど こ か 特 定 す る と す れ ぱ 、 そ れ は 近 江 の 野 寺 よ り も 山 城 西 山 の 野 寺 の 方 が適
当 す る の で は あ る ま い か 。 野寺
の 鐘 は、 こ の 常 住 寺 の 鐘 の こ と で は あ る ま い か 。 多 賀 宗 隼 氏 一155
一智山学報第四十一輯 は 、 『 拾 玉 集 』 の 歌 は 、
花
鳥
風 月 で は な く 、 生活
と 心事
と の 忠奚
に し て薀
接
の感
懐
で あ り 、 慈 円 の 一 大 畠 叙 債 と も言
う べ き姿
を 示 し て い る 。 L と し て い る 。観
念
的
と い ら よ り 写 実的
で あ り 、 行 住 座 臥 の 記 録 と い う 盤 格 を 持 っ て い る 。 こ の こ と か ら し て 、 慈 円 に お い て は 、 「 野寺
の 鐘 」 は実
在 の 「 野 寺 」 と 、 そ の 「鐘
の 声 」 を 踏 ま え て の も の と い う 可 能性
が強
い の で あ る 。 野 導 が 、 西 山 に あ っ た と す れ ば 、慈
円 と 西 山 と の 関 係 は よ り 深 い こ と に な る 。兼
奚 の 『 玉 葉 鯒 に は 慈 円 の 西 山 へ の 出 入 参 が 記 さ れ て い る 。 い ま 『 玉葉
』 の 記録
を た ど れ ぽ 、 寿永
元年
九 月 、慈
円 は 、観
性 の 如法
経
に 結 縁 の た め 、 兼実
、 藤 原雅
頼
と と も に 西 山 に 赴 い て い る 。 元 暦 二年
六 月 八 日 、 西 山 を 出 る 。 同 じ く 七 月 九 日 、 西 由 に 帰 っ て い る 。 同 じ く 七 月 十 二 日 西 山 を出
て い る 。文
治 二年
三 月 十 三 §、 西 山 に 帰 る 等 々 で あ る 。 ま た 、 慈 円 の失
意
時 代 と い わ れ る建
久 八年
か ら 正 治 元 年 に 至 る あ た う は 、 専 ら 西 出 に 隠 棲 し て い た 。 ま た 、 承 元 三 年 か ら建
暦
元年
に か け て も 、 西 山 へ の 出 入 り は頻
繁 に 記 録 に 現 れ て い る 。 西 山 へ の 串 入 り は 、 西 山 法橋
観
性 (美
作 守 藤 原 顕能
の 子 。 西 山 に 住 し 西 山 法橋
と 呼 ぼ れ て い た 。 ) の縁
で あ る 。 慈 円 の 西 山 の 住 ま い は 、 一 つ は 善峰
寺 で あ る 。 寛 弘 二 年 源 算 の創
建
に な る こ の寺
は 、中
世
に 入 る と 慈 円 が 止 住 し 、 以後
は 道覚
(後
鳥
羽 院 皇 子 ) 、慈
道
(亀
山 天 皇皇
子 ) が 入 り 、 西 山御
所 と称
さ れ た 。 兼実
の 大 炊 御 門邸
、 九 条 邸 か ら の 帰 途 は桂
州 を渡
っ て 西 由 の麓
を 通 る の で 、 野 毒 の 名 は耳
に す る と こ ろ で あ っ た と 考 え ら れ る 。 九 条 家 の 所 領 は 西 山 小 塩 に あ っ た の で 、 も と も と 西 山 は 慈 円 に と っ て は 縁 の 深 か っ た 地 で あ る 。善
峰寺
の外
に は、 ど こ に 庵 が あ っ た か は 明 確 で は な い が 、 西 山 で あ れ ば 野寺
を 耳 に し な い と い う こ と は な い 。慈
円
の 場 合 は 、 こ の よ う に 西 山 へ の 出 入 り が あ る と 譽 う こ と で 、 特 に 常住
寺
の こ と は 印象
の 強 い も の で あ っ た と鬣
う こ と が で き よ う 。 た と え常
住 寺 が 衣 笠 山 の 菓南
、 北 野神
社 の 北 西 の 地 にあ
っ た と し て も 、 慈 円 の 「 野 寺 の鐘
」 の語
の 多 用 は 「 野寺
常 住 寺 」 の知
識 と イ メ ー ジ と を契
機
と す る も の で は な か ろ う か 。 先 に あ げ た、 慈 円 と 同 時 代 の敦
仲
、 俊 成 、 雅 経 、 家隆
の 場 合 も 常 住 寺 の イ メ ー ジ に よ っ て 成 立 し た も の と考
え て 支障
は な い 。 「 野寺
」 と 言 う の が 一156
一『新古今集 』の慈 円の歌に みえる 「野寺の鐘」につ い て (鈴木佐 内) 既 に
あ
っ た の であ
る か ら 、 「 野寺
」 の 「 鐘 」 が 歌 に詠
ま れ る の は 不 思 議 で は な い 。 野 寺 の 鐘 が歌
語 と し て 定着
し 売 の は 、 慈 円 の 歌 に よ る も の と 思 わ れ る 。 慈 円 と 野寺
の鐘
の 密 接 さ は 、 『 源 家 長 日 記 』 の記
す 、 慈 円 と 後鳥
羽 院 と の 贈答
歌 に よ っ て も 伺 う こ と が でき
よ う 。 又 僧 正 御 坊 の 御 許 よ り 煙 た つ た き エ も 今 は つ き ぬ と て か へ れ は鐘
の こ ゑ ぞ か な し き 御 か へ し 涙 そ ふ か へ さ や 空 も く も り け ( る ら イ ) ん の て ら の か ね の暁
の夢
こ の 記 事 は 、 良 経 の 火葬
の 日 の こ と で あ る 。贈
答 歌 に お い て は 、 贈 歌 の 題 材 を と り こ ん で 返 歌 を す る と い う の が 約 束 事 で あ る 。 こ の 場 合鐘
の 音 と い う こ と に な る が、後
鳥
羽 院 が 、 こ れ を 「 野寺
の 」 と 特 定 し た こ と は 、 時 に 慈 円 の 住 居 が 西 山 に あ り 、 慈 円 が 好 ん だ 歌 語 で あ る こ と を 承知
し て の も の で あ る と 思 わ れ る 。 ま た 、 『 閑居
友
』 に 「 野寺
の 鐘 」 の 語 句 が 使 用 さ れ て い る こ と に よ っ て 、 こ れ を 遡 源 的 に証
し う る こ と と な る 。 『 閑 居 友 』 の な か に 、 野寺
の鐘
の表
現 が あ る 。筆
者 が 自 か ら の 心境
を の べ て 「 無 明 の ね ぶ り ふ か く し て 、 こ の 世 を い み じ と し も お も は ね ど 、 昨 日 も い た づ ら にす
ぎ、今
日 も む な し く く れ ぬ る ぞ か し 。 た そ が れ に な り行
く 時 に こ そ 、 い か に 侍 や覧
、 お な じ 野寺
の鐘
な れ ど、 夕 は こ ゑ の か な し く て 、涙
も と 父 ま ら ず お ど ろ か れ侍
。 」 と あ る 。 『閑
居友
』 の 作 者 慶 政 は慈
円 の 兄兼
実
の 孫 に あ た る 。 慶 政 は 「 そ の時
は 、 承 久 四年
の春
、 弥 生 の 中 の こ ろ 、 西 山 の峰
の 方丈
の草
の 庵 に て 記 し を は り ぬ る 。 」 と あ る よ う に 、 こ の 作 品 を 西 山 の 庵 で か い た 。 し か も 、彼
は 「 こ の あ や し の 山 の 中 に身
を か く し て 八 と せ の 秋 を を く り ぬ 。 」 ( 上 巻 第 三話
末 尾 ) と あ る こ と に よ れ ぽ 、建
保 二 年 ( 一 二 一 四 ) の 頃 か ら 、 西 山 の 草庵
に い た こ と に な る 。慶
政 の 庵 は 、 西 山 の松
尾 神 社 や 西 芳 寺 に近
い あ た り にあ
り た と い わ れ 、 後 に こ の 地 に 法 花 山寺
峰
堂 を創
建
( 後 の 西 芳 寺 ) す る な ど 、 西 山 で の 生 活 が 長 く 、 か つ 縁 が 深 い 。 慶 政 が 「 お な じ 野 一157
一智 山学報第四十一輯 寺 の
鐘
と い う と き は 、 修 飾 上 の 問 題 だ け で な く 、 現 実 の 、 自分
の庵
に 近 い 野 寺常
住 寺 の 鐘 を 念 頭 に お い て の こ と と 理解
す
べ き で あ ろ う 。 ち な み に 、 「 お な じ 野寺
の 鐘 な れ ど、 夕 は こ ゑ の か な し く て 」 は 「 朝 夕 聞 い て い る 野 寺 (常
住寺
) の 鐘 で あ る が 、 夕 方 き く と き は殊
に 哀 し く 聞 こ え て 」 の 意 と す べ き で あ る 。 こ れ に よ っ て 区 別 、 強 調 の 助 詞 「 は 」 が 生 き る こ と に な ろ う 。 慶 政 に お い て は 、 同 じ 西 山 に 住 み 、朝
夕 に 西 山 の 常 住寺
の 鐘 は 聞 く こ と が あ っ た で あ ろ う し、 ま た な に よ り も 、 慶 政 に と っ て は 、慈
円 は 、 父 良 経 の叔
父 に あ た り 、 近 い 血筋
に あ る わ け で 、 そ の 慈 円 の 歌語
と も い う べ き 「 野 寺 の 鐘 」 は 慈 円 の 歌 を 通 じ て の 理 解 も あ っ た は ず で あ る 。 『閑
居 友 』 に 於 け る 「 野 寺 の 鐘 」 の 語 の使
用 は、 こ の 点 で 意 義 の 深 い も の と 言 わ ね ば な ら な い 。 さ て 『 閑 居友
』 を 一 依 拠 と し て 成 立 し た作
品 に 『撰
集抄
』 が あ る 。 『撰
集
抄
』 の な か に は 、 「 よ ひ あ か つ き の 心 す む 時 は 、 野 寺 の鐘
の つ く づ く と 思 ひ い だ さ れ た て ま つ り て 、 そ 黛 う に 涙 の も れ い つ る に侍
り 。 」 ( 巻 三第
八 美 濃 国 僧往
生 之 事 二 四 ) 、序
詞 的 用 法 で 「 お な じ 野 寺 の 鐘 な れ ど も 、 ゆ ふ ぺ は物
の か な し く て 、 そ 黛 う に 涙 に く ら さ れ 侍 り 。 」 ( 第 八江
口 遊 女 之 事一 一 八 ) 、 「 か く て 、 有 明 の 月 も 影 も う す く な り 、
東
も や う や く 白 み わ た り て 、 野 寺 の 鐘 も ほ の か に枕
の し た に落
ち き 。 」 ( 巻 七唐
亭
子 事六 一 ) 〔
舞
台 は唐
〕 と 野 寺 の 鐘 が 出 て く る 。 し か し 、 こ の 方 は 修辞
上 の 使 用 の み の 問 題 で あ り 、 常 住寺
と の か か わ り は 薄 い が 、 「 野寺
の 鐘 」 の 語 の使
用 は 、 『 撰 集 抄 』 と の か か わ り と み る 時 、 両書
の か か わ り の 深 さ を考
え る べ き で あ る 。 な お 、 『和
漢 朗 詠 集 』 巻 下 僧 の 、鮑
溶 の 「 野 寺 に 僧 を訪
ひ て 帰 さ に 月 を帯
び た り 、芳
林 に 客 に携
は り て酔
ひ て 花 に 眠 る 」 ( 「 贈東
郊
」 ) と い う 佳 句 に 「 野 寺 」 が で て く る 。 こ れ は 野 中 の寺
の 意 で の使
用 で あ り 、 特 定 の寺
を 指 し て の こ と と は 考 え ら れ な い 。 唯 心房
の 『法
門
百 首 』 中 に 「 此 日 巳 過 、 命 即 衰滅
け ふ すぎ
( イ く れ ) ぬ命
も し か と お ど ろ か す 入 相 の鐘
の 声 ぞ悲
し き 」 の文
に 「 昼 は よ の い と な み に まぎ
れ て 、 は か な く く ら す ほ ど に 、 や うく
心 し づ ま る ゆ ふ ぐ れ 、 け ふ も く れ ぬ と つ ぐ る か ね の 音 は 、 身 に し み て あ は れ な る も の ぞ か し 。都
は な れ た る 旅 の 空 に 、 一158
一一『新古今集』の慈円の歌にみ え る 「野寺の鐘」につ い て (鈴 木佐 内) 野 で ら の か ね の こ ゑ の 、 あ ら し に た ぐ ひ て 、 ほ の か に 聞 ゑ た る こ そ 、
今
少 し 心 ぼ そ さ も さ そ ふ 心 地 す れ 。 L とあ
る 。 唯 心 房 は 慈 円 と 同 時 代 に な る が 、 こ れ は 野寺
常
住 寺 の 知 識 に よ る も の で は な く 、 野 の 寺 の意
で 用 い ら れ た も の で あ る 。 『 和 漢 朗詠
集
』 は 、 唯 心房
集 今様
の 重 要 な典
拠
と な っ て い る こ と 、 ま た唯
心 房 に は 『 和 漢 朗詠
集 』 の 書写
と い う こ と も あ り 、 む し ろ 、 こ の 方 の 影響
で あ っ て 、 慈 円 の 歌 と は か か わ り な い も の と考
え る べき
で あ ろ う 。 そ こ で 「 野 寺 の鐘
」 は慈
円 の 歌語
で あ る と い う こ と が で き る の で は な か ろ う か 。 歌 語 と し て の 「 野 寺 の鐘
」 は 、 慈 円 の 歌 に よ っ て 普及
し た と い う こ と が で き る 。 慈 円 の 時 代 を 頂点
と し て 歌 語 と し て の 「 野寺
の 鐘 」 は急
速 に 減 じ て ゆ く 。 こ れ は い か な る 理 由 に よ る も の で あ ろ う か 。 『 先 達 物 語 』 ( 『 定家
卿
相 語 』 ) に は古
寺 夏草
夏 ふ か き 野 寺 に か ぜ や過
ぎ つ ら む 草葉
に な び く 入相
の 鐘鐘
の声
の草
葉 に な び き な ど し 候 事 は 、 お も し ろ き 歌 と 申 し て 、 亡 父 殊 に 違 背 の物
に候
へ ば 、 え ほ め 候 は ず 候 。 と あ る 、 「 古寺
夏草
」 の題
か ら す れ ば 、 釈 教 歌 で は な い 。 に も か か わ らず
、 釈 教 め い て く る の は 野 寺 の鐘
と い う 題 材 の 関 係 で あ ろ う か 。 「 題 の あ る べ き 様 を 心得
ぬ 歌 」 ( 『 先達
物
語 』 ) と な っ て し ま っ て い る の であ
る 。 こ の 歌 で は 「草
葉
」 を 配 し て い る の であ
る が、 俊 成 は こ の 歌 を 評価
し な か っ た と い う 。 題 材 が釈
教 め い て い る の で 、 内 容 が 限定
さ れ て し ま う の で 、歌
の 題 材 と し て は 通用
性 が な か っ た の であ
ろ う 。 「 野 寺 の鐘
」 は慈
円 が使
っ て こ そ ふ さ わ し い も の と な っ た の で あ る 。 慈 円 以 外 の 歌 人 が 用 い る こ と の 少 な か っ た 、 ま た 使 用 し な か っ た の も こ う し た 理 由 に も よ る の であ
ろ う 。鐘
の 名所
と し て の 野寺
は 慈 円 の 歌 を 通 じ て 著 名 と な り 、 さ ら に 『 閑居
友 』 か ら 『撰
集 抄 』 へ の 伝 承 を 通 じ て 、 特 に 『 撰 集抄
』 の 影 響 は強
い も の と 思 わ れ る が 、 著 名 と な り 、 こ の こ と に よ っ て 、 各 地 に 鐘 の 名 所 と し て の 「 野寺
」 一159
一智山学報第四十噌 輯 が で
き
る こ と と な っ た の で あ ろ う 。 し た が っ て 季 吟 の 、 「 野 寺 」 に 特定
の寺
を 想定
し よ う と い う 考 え 方 ほ 誤 り で は な い と 言 う こ と が で き よ う 。野
寺
自
体 が 野 の寺
と い う イ メ ー ジ の 上 に 成 立 し て い る の で あ り 、釈
教 と い う特
殊 な方
面 に し か使
い に く い 歌 語 「 野 寺 の鐘
」 が 、 寺 が廃
寺 と な っ て し ま っ た 以 上 は 、歌
語 と し て 廃 れ る の も い た し か た な い の で あ る 。鐘
の名
所
と し て の 雪 野 寺 ・満
行寺
は 常 住響
の 影 響 に よ る も の で あ る 。 他 の 野寺
、 即 ち 、播
磨
の濃
於 寺 、 三 河 の本
証寺
な ど が こ の 影 響 下 に あ る か ど う か は は っ き り し な い 。 管 見 で は 、 な い と 思 わ れ る 。 ま た 野 寺 の 地 名 が美
濃
、常
陸 、 岩 代 ( 野 田 村 字 野 寺千 寿 院 と い う 巨 刹 あ り 。 江 戸
時
代
廃
寺 あ り 。 地 名 は 莽蒼
野 中 に 巨 刹 あ る に よ る 。 ) な ど に の こ る が 、 こ れ ら は 春 院 に 由 来 す る も の で あ る が 、 そ の寺
が鐘
の 名 所 であ
っ た か ど う か は 、 は っ ぎ り し な い 。 注 『 摂 政 太 政 大 臣 、 大 将 に 侍 り し 時 、 歌 五 十 欝 よ ま せ 侍 り け る に 」 と い ら 謁 書 を 持 つ 。 『 拾 玉 集 』 ( 花 月 百 首 ) 、 『 玄 蓋 和 歌 集 』 巻 第 三 天 地 歌 下 に も み え る o 『 新 古 今 集 口 訣 追 加 』 は 、 『 入 代 集 口 訣 』 の 「 新 古 今 集 口 訣 追 加 」 の 条 を い う 。 『 新 古 今 略 註 隔 永 青 文 庫 蔵 細 川 幽 斎 筆 荒 * 尚 編 笠 間 書 院 「 増 補 大 日 本 地 名 辞 書 」 上 方 第 二 巻 蒲 生 郡 雪 野 寺 の 項 「 国 文 東 方 仏 教 叢 書 」 ( 紀 行 ) 瑛 収 に よ る 。 『 鬆 編 武 蔵 風 土 記 稿 』 巻 之 百 三 十 新 座 郡 之 二 野 寺 村 の 項 に 満 行 寺 に つ い て の 記 載 が あ る 。 「 鐘 桜 」 の 項 に は 「 是 も 同 所 に あ り 、 盛 寺 は 鐘 の 名 斯 に し て 、 賓 代 に も 、 其 名 高 か り し と 、 寺 伝 に 云 へ り 。 」 と あ る 。 山 崎 葵 成 『 轍 事 欝 談 幽 ( 天 保 十 四 年 耗 ) に も 、 こ の 野 寺 の こ と が 記 さ れ て い る 。 『 拾 玉 集 』 は 『 校 本 拾 玉 集 』 ( 多 賀 宗 隼 吉 川 弘 文 館 ) に よ る 。 古 典 文 庫 『 源 家 長 欝 記 』 ( 石 腿 吉 貞 校 ) に よ る 。 以 下 の 圍 讐 の 引 用 こ れ に 同 じ 。 群 書 類 従 第 十 一 輯 所 堰 に よ ゐ 。 一160
一『新古今集 』の慈 円の歌にみ え る 「野寺の鐘」につ い て (鈴 木佐 内) 群 書 類 従 第 十 一 輯 所 収 に よ る 。 『 月 詣 和 歌 集 』 、 「 新 編 国 歌 大 観 」 に よ る 。 以 下 『 夫 木 和 歌 抄 』 、 「 正 治 後 度 百 首 」 『 明 日 香 井 和 歌 集 』 、 『 壬 二 集 』 、 『 新 後 拾 遺 和 歌 集 』 、 『 新 続 古 今 和 歌 集 』 よ り の 引 用 の 和 歌 は 「 新 編 国 歌 大 観 」 に よ る 。 「 薪 訂 増 補 国 史 大 系 」 に よ る 。 そ の 他 、 「 凡 常 住 寺 十 禅 師 井 従 沙 弥 。 童 子 等 供 養 者 。 威 儀 師 一 人 専 当 其 事 。 各 令 本 寺 毎 月 運 送 。 」 ( 巻 二 十 一 玄 蕃 寮 ) 「 聖 神 寺 季 料 常 住 寺 」 ( 巻 三 十 三 大 膳 下 ) 「 聖 神 寺 季 料 常 住 寺 」 ( 巻 三 十 五 大 炊 寮 七 寺 盂 蘭 瓮 料 の 項 ) 「 常 住 寺 季 料 。 三 斗 五 准 此 准 此 升 二 合 。 」 ( 巻 三 十 六 主 殿 寮 諸 寺 年 料 油 の 項 ) 「 常 住 寺 仏 聖 二 座 季 料 米 。 井 正 月 十 五 日 七 種 粥 。 一 同 聖 神 寺 。 」 ( 巻 四 十 主 水 司 の 項 ) 等 と 各 所 に み え る 。 『 日 本 紀 略 』 「 新 訂 増 補 国 史 大 系 」 に よ る 。 『 伊 呂 波 字 類 抄 』 正 宗 敦 夫 編 ( 風 間 書 房 ) 「 ユ メ 、 ミ シ 九 」 の 章 に よ る 。 こ れ は 十 巻 本 で あ る 。 『 拾 芥 抄 』 新 訂 増 補 故 実 叢 書 『 玉 蘂 』 今 井 文 雄 校 訂 ( 思 文 閣 ) 「 大 日 本 仏 教 全 書 」 ( 第 四 十 一 冊 ) 所 収 に よ る 。 「 大 日 本 仏 教 全 書 」 ( 第 五 十 冊 ) 「 北 斗 法 一 巻 」 の 項 「 大 日 本 仏 教 全 書 」 ( 第 一 百 一 冊 ) 所 収 に よ る 。 『 三 代 実 録 』 ( 「 新 訂 増 補 国 史 大 系 」 ) に 「 〇 十 五 日 丙 子 。 夜 大 雷 雨 。 震 常 住 寺 塔 。 火 自 第 五 層 起 。 延 焼 講 堂 。 金 堂 。 鐘 楼 。 経 蔵 。 歩 廊 。 中 門 。 一 時 蕩 尽 。 」 ( 元 慶 八 年 三 月 十 五 日 の 項 ) と あ る な ど 。 人 物 叢 書 『 慈 円 』 多 賀 宗 隼 ( 吉 川 弘 文 館 ) に よ る 。 国 書 双 書 刊 行 会 編 『 玉 葉 』 に よ る 。 美 濃 部 重 克 校 注 『 閑 居 友 』 ( 三 弥 井 書 店 ) に よ る 。 岩 波 文 庫 『 撰 集 抄 』 西 尾 光 一 校 注 に よ る 。 岩 波 古 典 文 学 大 系 『 和 漢 朗 詠 集 』 に よ る 。 『 先 達 物 語 』 は 『 定 家 卿 相 語 』 と も 。 日 本 歌 学 大 系 第 三 巻 所 収 に よ る 。 「 増 補 大 日 本 地 名 辞 書 」 奥 羽 第 七 巻 一