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密教研究 Vol. 1922 No. 10 001森田 龍僊「覺海大徳の教相 P5-28」

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覺 海 大 徳 の 教 相 森 田 龍 僊 小 叙 凡 そ 高 祖 大 師 御 相 傳 の 宗 義 を 體 得 し て 、 古 義 眞 言 た る 東 寺 、 南 山 の 教 相 を 鬱 興 せ し め た り し 先 覺 者 中 、 覺 海 大 徳 め 如 き は 特 筆 大 書 し て そ の 恩 徳 を 千 歳 の 後 に 傳 ふ べ き 唯 一 人 者 で あ る 。 殊 に 宗 義 の 純 粹 な る も の と し て 吾 等 末 徒 が 伏 膺 借 く べ か ら ざ る 、 應 永 の 亘 擘 た る 南 山 宥 快 法 印 の 手 に 依 つ て 大 成 せ ら れ た る 宗 義 の 如 き は 、 皆 此 の 覺 海 大 徳 の 教 相 に 本 源 を 有 す る も の で あ る 。 こ の 故 に 若 し 大 徳 な か り せ ば 大 成 の 宗 義 な る も の が 見 ら る ゝ こ と 出 來 す 、 大 成 の 宗 義 な る も の が 見 ら る ゝ こ と 出 來 な け れ ば 、 眞 言 教 の 生 命 を 捉 ふ る こ と 至 難 の 違 命 に 坐 せ ざ る を 得 ぬ 。 是 れ そ の 大 徳 の 功 績 を 千 歳 の 後 に 傳 へ て 永 へ に 威 謝 す べ き 所 以 で あ る 。 然 る に 彼 の 栂 尾 山 の 明 惠 上 人 が 最 も 傑 出 せ る 當 代 の 學 者 で あ り な が ら 、 そ の 志 の 存 す る 所 、 眞 の 佛 道 修 行 の 一 大 事 に あ り し ゆ ゑ に 、 著 書 が 比 較 的 に 少 か り し が 如 く 、 大 徳 も 亦 同 じ く 透 徹 の 學 識 を 有 し な が ら 、 そ の 志 專 ら 如 實 修 行 悉 地 成 就 に あ り し ゆ ゑ に 、 著 書 皆 無 な る こ 明 惠 上 人 の 比 で な い . 然 ら ば そ の 教 相 は 如 何 に し て 知 る べ き や と い ふ に い 是 れ 即 ち 大 徳 の 親 し き 斷 片 的 口 訣 及 び 門 人 の 著 書 を 通 じ て 、 僅 か 畳 濾 大 徳 の 数 相 五

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覺 海 大 徳 の 教 相 六 に そ の 一 端 を 推 想 す る 以 外 全 く 他 に 途 が な い 。 是 れ 洵 に 遺 憾 で あ る が 己 む を 得 ぬ こ と で あ る 。 大 徳 は そ の 深 遠 な る 教 相 を ば 、 如 何 な る 師 に 就 い て 如 何 ん な 方 法 に 依 つ て 自 得 さ れ た る か は 、 唯 だ 僅 か に 大 樂 院 寛 秀 に 師 事 し て 教 相 を 學 ぶ と あ る の み の 、 簡 單 な 傳 記 に 示 さ れ し 一 節 を 除 い て 未 だ 具 さ な 記 録 を 見 當 ら な い 。 然 る に 傳 録 の 示 す 所 は 、 そ の 門 下 は 相 當 に 之 れ 多 く し て 、 就 中 、 法 性 、 道 範 、 尚 祚 、 眞 辨 の 四 師 を 四 哲 と 稱 し て 大 徳 の 學 豚 繼 紹 者 と さ れ て あ る 。 此 の 四 哲 の 中 、 道 範 師 が 著 書 に 富 め る 外 他 は 皆 甚 だ 乏 し い 。 大 徳 教 相 の 眞 髓 を 得 、 之 れ を 祖 述 し て 眞 言 教 の 生 命 を 發 揮 さ れ た る は 、 法 性 、 道 範 の 二 師 與 か つ て 大 に そ の 力 が あ る 。 妙 瑞 師 の 恒 説 義 上 齢 九 に 、 四 家 の 同 異 に 對 す る 阿 宥 鈔 上 卷 の 文 を 引 か れ て あ る 。 或 人 云 法 性 唯 集 記 覺 海 所 演 深 秘 義 成 立 宗 義 眞 辨 唯 集 取 浅 略 法 門 以 述 宗 教 道 範 並 集 覺 海 所 講 浅 深 二 種 嶺 教 記 以 貽 之 故 視 範 書 必 可 用 捨 前 に い つ た 斷 片 的 の 口 訣 と は 、 三 輪 の 蓮 道 上 人 が 大 徳 及 び 五 智 房 融 源 二 師 の 口 訣 を 筆 録 せ る 覺 源 抄 五 卷 の こ と で 、 以 下 單 に ﹃ 抄 に 云 く ﹄ と し て 引 く も の 之 で あ る 。 以 上 の 方 法 に 依 つ て 一 両 部 教 主 觀 、 二 六 大 法 界 觀 、 三 両 部 曼 荼 觀 、 四 雜 部 密 教 觀 、 五 眞 言 安 心 觀 の 五 章 を 設 け て 略 し て 要 を 述 べ て 見 や う と 思 ふ 。

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吾 宗 の 佛 身 觀 は 、 顯 密 對 辯 門 の 立 場 よ り す る と 自 宗 不 共 門 の 立 場 よ り す る と に 依 つ て 、 そ の 觀 察 が や ゝ 複 雜 な も の と な る こ と を 冤 れ ぬ 。 そ の 建 立 の 類 別 に は 、 二 身 建 立 、 三 身 建 立 、 四 身 建 立 、 五 身 建 立 な る 四 種 あ る 。 此 の 中 、 第 一 の 二 身 建 立 に 唯 密 及 び 顯 密 合 論 の 二 義 が あ る 。 唯 密 と は 両 部 理 智 二 法 身 の こ と で 、 そ の 本 説 は 付 法 傳 の 法 身 智 身 の 二 種 の 色 相 は 有 情 非 情 界 に 遍 滿 し て 常 恒 に 如 義 語 、 曼 荼 羅 法 教 を 説 く の 釋 之 で あ る 。 顯 密 合 論 と は 生 身 法 身 の 二 種 で 次 の 如 く 顯 密 二 教 の 教 主 と す る 、 是 れ は 智 論 第 九 の 父 母 生 身 及 び 法 性 身 の 釋 に 基 い た も の で あ る 。 第 二 の 三 身 建 立 に は 、 古 來 . 二 教 論 最 初 の ﹃ 佛 有 三 身 ﹄ の 文 に 就 い て 五 義 を 開 く の で あ る 。 所 謂 そ の 一 は 唯 顯 、 是 れ は 顯 教 に 於 て 處 々 に 廣 く 釋 尊 所 具 の 法 、 報 、 應 の 三 身 の 相 を 説 け る を い ふ の で 、 報 、 應 二 身 は 次 の 如 く 十 地 、 地 前 の 菩 薩 の 能 化 、 法 身 は 眞 如 無 相 の 理 と す る も の 之 で あ る 。 そ の 二 は 唯 密 、 是 れ は 前 に 反 し て 大 日 尊 所 具 の 三 身 で あ り 共 に 眞 言 教 主 と す る 。 大 日 經 第 五 轉 字 輸 曼 茶 羅 行 品 の 所 説 之 で あ る 。 そ の 三 は 顯 密 合 論 、 是 れ は 法 身 は 即 眞 言 教 主 、 報 、 應 二 身 は 即 顯 教 々 主 と す る も の で 、 そ の 本 脱 は 分 別 聖 位 經 に 存 す る 。 そ の 四 は 複 數 、 是 れ は 前 の 一 と 二 と を 一 往 名 義 相 通 の 邊 に 約 し て 組 合 せ た も の で あ る が 、 そ の 本 説 何 れ に あ る か は 追 つ て 零 ぬ べ き で あ る 。 そ の 五 は 惣 相 、 是 れ は 前 の 四 種 を 含 ん で 何 れ に も 偏 せ ざ る 説 き 方 で 、 彼 の 二 教 論 最 初 に 顯 密 未 分 の 位 よ り 立 論 せ む と し て の ﹁ 佛 有 三 身 ﹂ の 釋 が 正 し く 之 で あ る 。 覺 海 大 徳 の 教 相 七

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覺 海 大 徳 の 教 相 八 第 三 の 四 身 建 立 に は 、 大 別 二 義 と な り 細 分 五 義 と な る の で あ る 。 大 別 の 二 義 と は そ の 一 両 部 各 立 、 そ の 二 両 部 合 論 之 で あ る 。 そ の 一 、 両 部 各 立 と は 胎 藏 理 界 は 胎 藏 理 界 と し て の 、 自 性 、 受 用 、 變 化 、 等 流 の 四 種 注 身 を 立 て 、 金 剛 智 界 は 金 剛 智 界 と し て の 前 記 四 身 を 立 で ゝ 互 い に 混 亂 せ し め な い 。 そ の 本 説 は 理 界 の 四 身 は 大 日 經 で あ り 智 界 の 四 身 は 瑜 祗 經 で あ る 。 而 し て 此 の 両 部 の 四 身 を 義 別 せ ば 、 両 部 共 に 三 義 に 分 れ る 、 所 謂 毘 盧 遮 那 具 體 、 自 性 會 場 、 本 影 合 論 之 で あ る 。 本 影 合 論 と は 自 性 身 は 能 現 本 質 の 大 日 尊 、 受 用 以 下 の 餘 三 身 は そ の 所 現 影 像 の 佛 身 で 、 是 れ 即 ち 大 日 は 自 性 會 場 に 於 け る 三 世 常 恒 の 教 主 で あ り 、 餘 三 身 は 大 日 の 神 變 加 持 力 所 現 の 十 方 世 界 に 於 け る 無 量 の 教 主 で あ る 。 自 性 會 場 の 四 身 と は 自 性 會 場 に 於 い て 大 日 そ の 主 と な り 餘 三 身 そ の 伴 と な り て 曼 荼 海 會 を な し 、 以 て 自 受 法 樂 の 説 法 が 行 は れ て 居 る 位 で あ る 。 毘 盧 遮 那 具 體 の 四 身 と は 、 未 だ 現 じ て 自 性 會 場 を 莊 嚴 す る 四 身 と な ら ざ る そ の 本 源 の 位 を い ふ の で あ る 。 且 ら く 大 日 經 具 縁 品 に 依 ら ば 、 大 日 法 身 の 腰 下 、 臍 輪 、 心 胸 、 頭 面 な る 四 處 の 支 分 よ り し て 、 大 悲 胎 藏 四 重 圓 壇 の 諸 尊 を 現 ず る 、 現 ず る 所 の 諸 尊 又 本 の 各 支 分 に 還 入 し 了 は つ て 唯 一 毘 盧 遮 那 の 全 體 と な る と の 、 所 謂 支 分 生 の 曼 茶 羅 を 説 い て あ る 。 前 の 自 性 會 場 の 四 身 は 支 分 生 の 位 に 當 り 、 此 の 且 薩 の 四 身 は 還 入 し て 一 體 と な る 位 に 當 る の で あ る 。 所 詮 此 の 三 重 は 大 日 尊 所 具 の 萬 徳 を ば 内 よ り 外 に 細 よ り 麁 に 至 つ て 觀 察 し た も の に 外 な ら 兎 か ら 、 、具 體 の 四 身 に 即 し て 自 性 會 場 の 四 身 を 見 ね ば な ら ず 、 自 性 會 場 の 四 身 に 即 し て 本 影 合 論 の 四 身 を 見 ね ば な ら ぬ 。 か く て 三 重 は 全 く 一 體 め 上 の 三 相 な る こ と 明

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か で あ る 。 そ の 二 、 両 部 合 論 と は 、 両 部 曼 荼 の 全 體 を ば 總 じ て 四 身 と 見 る 場 合 に 名 け た も の で あ る 。 此 の 時 は 第 一 の 自 性 身 が 大 日 經 教 主 た る 理 法 身 で あ る 。 第 二 の 受 用 身 に は 自 ら 自 受 用 と 他 受 用 と の 二 つ に 分 れ る が 、 此 の 中 、 自 受 用 身 は 即 ち 金 剛 頂 教 經 教 主 た る 智 法 身 で あ り 、 他 受 用 以 下 の 三 身 は 應 に 隨 つ て 大 日 以 外 の 一 切 諸 尊 を 攝 し 盡 く す も の で あ る 。 第 四 の 五 身 建 立 と は 、 鑁 上 人 の 創 見 に な れ る も の で 、 そ の 本 説 は 聖 位 經 の ﹃ 佛 徳 三 十 六 皆 同 自 性 身 ﹄ の 文 及 び 金 剛 界 禮 懴 經 の 四 身 の 外 に 清 淨 法 界 身 毘 盧 遮 那 佛 を 立 つ る 等 の 所 説 が そ れ で あ る 。 是 れ も 亦 委 曲 に 分 別 せ ば 、 前 の 四 身 建 立 の 大 別 二 義 細 別 五 義 の 法 相 に 依 る べ き で あ る 。 五 身 と は 常 に い ふ 四 身 に 法 界 身 を 加 ふ る も の で あ る が 、 前 の 四 身 と 對 比 せ ば 、 此 の 法 界 身 は 彼 の 両 部 各 立 の 時 の 二 種 の 自 性 身 及 び 両 部 合 論 の 時 の 自 性 と 自 受 用 と 全 同 で あ る が 、 此 の 自 性 以 下 の 四 身 は 彼 の 他 受 用 以 下 の 三 身 と 全 同 で 彼 此 の 自 性 の 名 同 義 別 な る 事 に 注 意 を 要 す る 。 是 の 故 に 三 大 の 法 相 に 當 て 篏 め る と 、 法 界 身 は 六 大 體 大 の 位 で あ り 餘 の 四 身 は 相 用 二 大 の 位 で あ る 。 以 上 略 し て 自 宗 佛 身 建 立 の 大 綱 を 示 し た が 、 今 覺 海 大 徳 の 両 部 教 主 觀 に 論 及 せ む と す る に 先 だ つ て 豫 め そ の 分 齊 を 定 め 置 く こ と を 要 す る 。 そ の 二 身 建 立 の 二 義 の 中 、 顯 密 合 論 の 時 の 法 身 、 そ れ が 直 ち に 唯 密 の 時 の 法 身 智 身 で あ る 。 そ の 三 身 建 立 の 五 義 の 中 、 唯 密 の 法 身 と 顯 密 合 論 の 時 の 法 身 及 び 複 數 の 時 の 覺 海 大 徳 の 教 相 九

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覺 海 大 徳 の 教 相 一 〇 密 の 法 身 が 直 ち に 理 智 二 法 身 で あ る 。 そ の 四 身 建 立 の 大 別 二 義 の 中 、 両 部 各 立 の 自 性 身 及 び 両 部 合 論 の 自 性 、 自 受 用 そ れ が 直 ち に 理 智 二 法 身 で め る 。 そ の 五 身 建 立 の 法 界 身 も 亦 同 様 で あ る 。 是 等 の 理 智 二 法 身 即 ち 法 界 身 に 對 す る 覺 海 大 徳 の 所 見 は 果 し て 如 何 で あ る か 。 ( ろ ) 性 範 二 家 の 教 主 論 両 部 大 經 の 中 、 大 日 經 教 主 の 分 齊 如 何 に 就 い て 、 古 來 異 説 多 く し て 最 も 有 名 な る 問 題 な る こ と 常 の 通 り で 今 絮 説 す べ き 必 要 が な い か ら 、 單 に 性 、 範 二 家 の 所 傳 に 就 い て 述 ぶ る こ と ゝ す る 。 二 家 の 共 通 點 に 大 い に 三 つ あ る 。 一 に は そ の 所 論 の 範 園 が 單 に 大 日 經 教 主 に 限 ぎ ら れ て 、 金 剛 頂 經 教 主 に 觸 れ て 居 な い 。 二 に は 大 日 經 教 主 は 經 疏 は 本 よ り の こ と 高 祖 諸 處 の 剣 釋 よ り 推 す に 、 隨 縁 現 象 界 た る 四 曼 、 三 密 相 用 二 大 の 位 に 於 い て そ の 分 齊 を 定 む べ き も の に 非 ず 、 必 ず 法 爾 の 本 體 た る 六 大 一 實 の 源 底 に 於 い て 之 を 定 む べ し と 見 る こ と で あ る 。 三 に は 六 大 一 實 の 源 底 は 種 、 三 、 尊 一 體 な る が 故 に 、 直 ち に 色 相 具 足 の 佛 體 と し て 言 語 説 法 の 義 あ る こ と 勿 論 な り と す る 。 此 の 中 、 第 一 の 共 通 點 に 就 い て は 、 金 剛 頂 經 教 主 は 經 軌 の 表 て 、 そ の 分 齊 智 法 身 即 自 受 用 身 な る こ と 比 較 的 明 瞭 な れ ど も 、 大 日 經 に 至 つ て は 何 れ に 依 る も そ の 實 模 糊 と し て 見 や う に 依 つ て は 如 何 様 に も 見 ら れ る 點 が あ る の と 、 そ れ か ら 両 部 の 法 門 は 不 離 の 關 係 を 有 す る か ら 隨 っ て 教 主 に 於 い て も 亦 同 様 で あ つ て い づ れ か 一 方 の 教 主 の 分 齊 が 明 瞭 と な ら ば 、 他 方 の 教 主 は そ の 分 齊 同 時 に 明 瞭 と な る 。 此 の 二 義 を 有 す る こ と が そ の 原 因 を な し て 居 る 。 そ れ 故 に 二 家 所 論

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の 表 て が 大 日 經 教 主 に 限 ぎ ら れ て ゐ る 様 な る も 、 そ の 本 旨 は 両 部 教 主 に 存 す る も の で あ る 。 以 下 そ の 本 旨 を 酌 む で 両 部 教 主 に 論 及 し や う 。 法 性 阿 闍 梨 の 意 の 云 く 、 六 大 即 ち 色 心 、 理 智 の 二 法 に 而 二 、 不 二 、 差 別 、 平 等 の 二 義 あ る 中 、 そ の 而 二 、 差 別 の 義 が 根 本 で あ る 。 そ の 散 は 六 大 は 無 碍 常 瑜 伽 の 體 な る ゆ ゑ に 色 心 本 來 不 二 圓 融 す る こ と 勿 論 な る も 、 而 も そ の 色 心 の 自 體 は 各 々 自 建 立 、 各 々 守 自 性 の も の で 法 性 の 源 底 に 於 い て 、 法 爾 と し て 畤 立 せ る も の で あ る 。 そ の 不 二 圓 融 な る 義 は 必 ず 而 二 差 別 の 體 性 な る も の が あ つ て 、 而 し て 後 始 め て 成 立 し 得 べ き も の で あ る か ら 、 而 二 は 寧 ろ そ の 本 體 で あ り 不 二 は そ の 義 用 と 見 る べ き で あ る 。 こ の 故 に 色 心 、 理 智 の 二 法 各 々 獨 一 無 比 の 法 界 體 で 、 色 理 よ り し て い は ゞ 心 智 は そ の 所 具 の 徳 相 若 し く は そ の 義 用 で あ り 、 反 對 に 心 智 よ り し て い は ゞ 色 理 は そ の 所 具 の 徳 相 若 し く は そ の 義 用 で あ る 。 而 し て 理 智 各 々 種 、 三 尊 を 具 す る ゆ ゑ 直 ち に 理 智 二 法 身 で あ つ て 、 次 の 如 く 胎 、 金 両 部 の 教 主 で あ る 。 三 種 悉 地 軌 に 云 く 、 智 法 身 佛 住 實 相 理 爲 自 他 受 用 現 三 十 七 尊 令 一 切 衆 生 入 不 二 道 理 法 身 佛 住 如 々 寂 照 法 然 常 住 不 動 而 動 現 於 八 葉 爲 自 受 用 示 三 重 曼 茶 羅 こ の 經 説 に 依 つ て 案 す る に 、 智 身 は 常 に 理 身 に 住 し 、 理 身 は 常 に 智 身 に 住 す る 。 但 し そ の 能 住 者 は 正 報 の 佛 身 で あ り 所 住 は 依 報 の 國 土 た る こ と は 勿 論 で あ る 。 か く て 能 所 住 共 に 六 大 一 實 の 境 地 で 曾 て 相 用 二 大 に 下 ら ぬ 。 啻 に 能 所 住 の 依 正 二 報 が 六 大 本 地 の 位 な る の み な ら ず 、 四 重 圓 壇 、 九 會 曼 茶 の 諸 尊 も 亦 覺 海 大 徳 の 教 相 一 一

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覺 海 大 徳 の 教 相 一 二 悉 く 一 相 一 味 に し て 六 大 本 地 の 境 に 住 す る 。 両 部 教 主 の 唯 理 、 唯 智 の 自 性 本 地 身 の 義 當 さ に 此 の 如 く 知 る べ き で あ る 。 道 範 闍 梨 の 意 の 云 く 、 六 大 は そ の 本 性 不 二 一 如 に し て 而 二 差 別 の も の で は な い 、 渾 融 せ る 統 一 體 で あ つ て 分 離 せ る 對 立 性 の も の で は な い 。 既 に 渾 融 體 で あ る か ら そ の 内 容 に 於 い て 互 い に 差 別 す る 性 質 即 ち 六 大 を 有 し て 、 最 初 よ り 何 等 差 別 の 内 容 な き 一 相 一 寂 の 眞 如 の 如 き も の ゝ 比 で な い こ と 勿 論 で あ る 。 内 容 既 に 互 い に 差 別 し て 居 る か ら 、 分 離 性 即 ち 而 二 が そ の 本 性 な る や う に 思 は る れ ど も . 更 に そ の 分 離 性 な る も の ゝ 内 容 を 考 ふ る に 、 決 し て 互 い に 衝 突 し た り 孤 立 し た り す る や う な 隔 歴 不 融 の も の で な く 、 所 謂 渉 入 無 碍 し て 分 割 す る こ と 能 は ざ る も の で あ る か ら 、 統 一 に 即 す る 分 離 で あ り 不 二 が そ の 本 性 で あ ら ね ば な ら ぬ 。 既 に 一 味 渾 融 の 不 二 が そ の 本 性 た る 以 上 、 此 の 不 可 分 割 の も の を 張 い て 分 割 し て 色 心 、 理 智 と な し た 場 合 に 於 け る そ の 而 二 で あ る 色 心 、 理 智 な る も の は 、 全 く そ の 義 用 と 見 る べ き で あ る 。 不 二 な る 本 性 の 上 に こ そ 六 大 の 眞 生 命 は 見 ら れ 得 る も 、 假 定 的 而 二 の 義 用 の 前 に は 最 早 や 之 を 見 る こ と が 出 來 ぬ 。 何 散 な れ ば 義 用 の 前 に は 單 に 對 立 す る 種 子 若 し く は 三 形 の み が 存 し て 人 體 で あ る 尊 形 が 見 ら れ な く 、種 、 三 、 尊 一 體 圖 融 の 實 義 は 必 ず 本 性 の 上 に 始 め て 成 立 す べ き も の な る か ら で あ る 。 以 上 の 見 地 に 立 つ て 大 日 經 教 主 の 分 齊 を 考 ふ る に 、 六 大 不 二 の 本 地 法 身 な る こ と 明 か で あ る 。 そ の 所

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住 の 國 土 に 至 つ て は 、 常 の 如 く 隨 縁 所 成 の 依 報 、 即 ち 三 摩 耶 曼 茶 羅 で あ る 。 然 る に 疏 家 は 之 を 加 持 身 又 は 受 用 身 と 名 け て 釋 せ ら れ た る が 如 き は 殆 ん ど 佛 身 の や う に 聞 え 、 即 ち 佛 身 が 佛 身 に 住 す る や う に 思 は る ゝ 。 さ れ ど 之 は 自 宗 の ﹃ 四 種 曼 茶 即 是 眞 佛 ﹄ の 義 か ら か く 釋 し た ま で ゞ 、 四 曼 の 當 相 を 動 ぜ ず し て 眞 佛 と 見 る の で あ る か ら 、 今 亦 三 摩 耶 曼 荼 羅 と し て の 眞 佛 で 少 し も 怪 し い 點 が な い 。 而 し て 是 れ 六 大 不 二 の 本 地 身 加 持 力 所 現 の 國 土 で 四 曼 相 大 の 分 齊 で あ る 。 本 地 身 加 持 力 所 現 の 四 重 圓 壇 の 自 眷 屬 も 亦 同 様 に 四 曼 相 大 の 分 齊 と 見 る べ き で あ る 。 大 日 經 の 教 士 六 、 住 處 、 ・眷 厩 に 准 じ て 金 剛 頂 經 の そ れ 尊 も 亦 知 る べ き で あ る 。 所 詮 両 部 共 に そ の 教 主 は 六 大 不 二 の 分 齊 で あ る も 、 住 處 、 眷 屬 は 四 曼 相 大 の 分 齊 で あ る 。 六 大 不 二 の 位 は 法 爾 の 因 縁 和 合 を 意 味 し 、 四 曼 相 大 の 位 は 隨 縁 の 因 縁 和 合 を 意 味 す る 。 散 に 因 縁 和 合 と い ふ 義 邊 よ わ い は ゞ 體 大 も 相 大 も 皆 四 曼 の 外 に な い か ら 、 六 ハ 大 も 亦 四 曼 と 名 け て よ い 、 さ れ ど 注 爾 の 位 で あ る か ら 相 の 四 曼 に 對 す べ き 性 の 四 曼 で あ る 。 試 み に 道 範 闍 梨 に 間 ふ 。 両 部 の 教 主 共 に 六 大 不 二 の 本 地 身 な り と せ ば そ の 區 別 果 し て 如 何 、 若 し 同 な り と せ ば 高 祖 處 々 の 理 智 二 法 身 分 別 の 御 釋 は 無 論 、 上 に 引 い た 三 種 悉 地 軌 の 二 身 各 別 の 文 に 相 蓮 す る 事 と な る 。 若 し 異 な り と せ ば 共 に 六 大 不 二 に 非 ず や 。 闍 梨 の 著 書 中 、 こ の 疑 問 を 分 明 に 解 釋 し た る 所 あ り や 否 や は 未 だ 之 を 斷 定 し 能 は ざ る も 、 恐 ら く ば 闍 梨 の 意 は 、 六 大 不 二 の 位 に 同 時 に 本 有 、 修 生 の 二 義 が あ つ て 、 そ の 本 有 の 義 邊 を 理 自 性 身 と 名 け そ の 修 生 の 義 邊 を 智 自 性 又 は 自 受 用 身 と 名 く る の で あ る か 覺 海 大 徳 の 教 相 一 三

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覺 海 大 徳 の 教 相 一 四 ら 、 こ の 意 味 に 於 い て 両 部 の 教 主 自 ら 區 別 せ ら れ て 混 亂 し な い と す る の で は な か ら う か 。 然 る に 若 し 果 し て そ う で あ る な ら ば 、 闍 梨 の 根 本 意 見 は 既 に 不 二 を そ の 本 性 、 而 二 を そ の 義 用 と す る 以 上 、 何 が 故 に そ の 六 大 不 二 の 位 よ り 本 修 の 二 義 を 開 か ね ば な ら ぬ で あ ら う か 、 本 修 は 又 不 可 分 割 の も の で な け れ ば な ら ず 、 強 い て 二 義 に 開 か ば 自 然 假 定 的 に な り は せ ぬ か 、 若 し 假 定 的 に な ら ば 両 部 大 日 は 又 假 定 的 で 眞 實 究 竟 の 大 日 と は 不 二 獨 尊 の 唯 一 佛 で あ る と せ ね ば な ら ぬ こ と に な つ て 、 そ の 終 局 は 台 密 相 傳 の 宗 義 と 變 は る 所 な き も の と な り は せ ぬ か 。 こ は 大 い に 考 へ て 明 辨 せ ね ば な ら ぬ 義 道 で あ る 。 両 部 教 主 の 分 齊 に 對 す る 性 範 二 家 の 所 見 大 都 前 述 の 通 り で 、 即 ち 法 性 師 は 而 二 を 以 て 法 の 本 源 と な し 、 道 範 師 は 不 二 を 以 て 法 の 本 源 と な す も の で あ る 。 一 は 差 別 爲 本 、 他 は 平 等 爲 本 で 全 然 正 反 對 に し て 一 見 そ の 調 和 が 永 久 に 堅 み な い や う で あ る が 、 實 際 は 終 に 一 致 に 歸 す べ き も の で あ る 。 詳 細 は 後 章 に 於 い て 述 ぶ る こ と ゝ す る 。 以 上 二 家 の 立 義 は 覺 海 大 徳 の 面 授 相 承 に 依 れ る も の で あ る か ら 、 之 を 逋 し て 覺 海 大 徳 の 両 部 教 主 觀 を 知 る べ き で あ る 。 妙 瑞 師 は そ の 著 恒 説 義 上 に 瑞 云 法 性 、 道 範 同 禀 覺 海 有 艶 違 何 か ゝ る 不 審 こ そ 誠 に 不 審 な る も の で あ る 。 何 故 な れ ば 、 大 徳 が 両 師 に 對 し て 而 二 不 二 の 宗 義 を 平 等 に 授 く る に 當 つ て 、 範 師 は 自 家 の 見 解 よ り し て 不 二 を そ の 根 本 義 と 信 じ 、 性 師 も 亦 自 家 の 見 解 よ り し て 而 二 を そ の 根 本 義 と 信 ず る の で あ つ て 、 そ の 源 た る 大 徳 所 示 の 宗 義 に こ の 二 つ の 傾 向 を 有 す る か ら で あ る 。

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(は ) 一 多 二 法 界 に 就 い て 一 多 二 法 界 な る 用 語 は 自 宗 先 徳 が 盛 ん に 用 ふ る 所 の も の で 、前 述 の 而 二 不 二 と 全 く 同 義 で あ る 。 法 界 と は 事 理 の 二 義 に 通 ず る も 中 に 於 い て 理 法 界 は そ の 根 本 法 界 で あ る 。 且 ら く 自 宗 の 三 大 に 就 い て 事 理 に 分 別 せ ば 、 六 大 は 即 ち 理 法 界 、 四 曼 、 三 密 は 即 ち 事 法 界 で あ る 。 こ の 事 理 の 二 法 に 通 じ て 細 觀 せ ば 一 多 の 二 義 が 重 々 に 成 り 立 つ 。 今 そ の 一 端 を 語 ら む に 、 三 密 用 大 の 位 に 於 い て 、 生 佛 の 三 密 が 阻 隔 し て 何 等 交 渉 し な い 所 が 多 法 界 で 、 加 持 感 應 し て 入 我 々 入 す る 所 が 一 法 界 で あ る 。 四 曼 相 大 の 位 に 於 い て 、 生 佛 の 四 曼 が 麁 細 相 隔 た り 淺 深 差 別 す る 所 が 多 法 界 で 、 そ の 各 不 離 の 所 が 一 ,法 界 で あ る 。六 大 體 大 の 位 に 於 い て 、 六 大 對 立 し て 各 自 の 特 性 を 失 は ざ る 所 が 多 法 界 で 、 無 礙 常 瑜 伽 な る 所 が 一 法 界 で あ る 。 又 能 所 造 相 望 し て 、 所 造 の 四 曼 、 三 密 が 十 界 に 亘 り て そ の 數 無 量 無 邊 に し て 而 も 各 々 不 同 な る が 故 に 、 推 し て 考 ふ る に 能 造 の 六 大 も 亦 そ の 數 無 量 無 邊 に し て 而 も 各 々 不 同 な り と 見 る が 多 法 界 で 、 之 に 反 し て 能 造 の 六 大 は 染 淨 等 の 種 々 の 縁 に 依 つ て 種 々 不 同 の 相 を 現 じ た ま で ゞ 、 そ の 體 性 は 唯 一 無 別 な り と 見 る が 一 法 界 で あ る 。 三 大 各 別 の 位 に 於 け る 一 多 の 二 義 畧 し て 此 の 如 く な る が 、 更 に 三 大 を 通 惣 せ る 両 部 曼 茶 に 就 い て い は ゞ 、 如 來 秘 密 即 ち 佛 果 の 境 で あ る 金 剛 界 は 九 界 差 別 の 相 を 超 絶 す る が 故 に 一 法 界 で あ り 、 衆 生 秘 密 即 ち 衆 生 本 有 の 因 徳 の 眞 相 で あ る 大 悲 胎 藏 は 、 自 か ら 十 界 多 差 別 の 曼 荼 な る が 故 に 多 法 界 で あ る . 一 多 の 義 は か く 重 々 に 分 る ゝ も 、 そ の 根 本 義 は 正 し く 六 大 體 大 の 位 で 見 ね ば な ら ぬ 。 六 大 體 大 の 位 に 覺 海 大 徳 の 教 相 一 五

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覺 海 大 徳 の 教 相 一 六 於 い て 前 述 の 如 く 、 唯 能 造 の 上 よ り す る と 能 所 造 相 望 よ り す る と の 二 通 り の 見 方 あ る が 、 就 中 唯 能 造 の 上 に て の 見 方 が 最 も 根 本 的 で あ る 。 そ の 能 所 造 相 望 の 見 方 は 前 者 の 演 繹 に 外 な ら ぬ 。 四 曼 、 三 密 の 位 及 び 三 大 通 惣 の 両 部 曼 茶 上 の 種 々 の 分 別 は 、 皆 悉 く 六 大 體 大 の 上 の 前 記 二 通 り の 見 方 が 展 轉 推 理 の 餘 に な れ る も の に 外 な ら ぬ 。 よ つ て 以 下 唯 能 造 の 上 よ り す る 最 も 根 本 的 で あ る 一 多 二 法 界 の 要 を 述 べ て 見 や う 。 能 造 の 本 體 は 自 か ら 一 味 圓 融 の 義 と 分 離 差 別 の 義 と の 両 面 を 有 す る が 、 こ の 中 前 の 一 味 の 面 が そ の 眞 相 で あ る か 、 は た そ の 後 の 分 離 の 面 が 眞 相 で あ る か 。 嘗 て い つ た 如 く 大 徳 相 傳 の 二 義 の 中 、 不 二 爲 本 の 範 師 の 説 よ り い は ゞ 前 の 一 味 の 面 が そ の 眞 相 で あ る と せ ら れ 、 而 二 爲 本 の 性 師 の 意 よ り い は ゞ 後 の 分 離 の 面 が そ の 眞 相 で あ る と せ ら れ る か ら 、 結 局 第 三 者 の 立 場 か ら で な け れ ば そ の 勝 劣 は 決 せ ら れ ぬ 。 續 決 第 三 卷 信 日 闍 梨 の 一 多 二 法 界 論 及 び 本 母 第 三 十 一 卷 頼 賢 師 の 同 論 の 如 き は 、 全 く 第 三 者 の 立 場 よ り 批 判 せ む と し た も の で あ る 。 信 日 闍 梨 論 旨 の 大 略 に 云 く 、 凡 そ 一 注 界 論 者 の 主 張 す る 理 由 の 重 な も の は 一 迷 悟 の 境 に 自 か ら 一 多 の 別 あ る こ と 。 未 だ 平 等 の 眞 理 に 逹 せ ざ る 九 界 の 迷 人 は 、 一 を 分 つ て 漏 無 漏 、 染 淨 等 の 多 差 別 の 境 を 構 成 し 、 既 に 平 等 の 眞 理 に 逹 せ る 大 覺 者 の 前 に は 、 無 量 の 諸 法 悉 く 阿 字 門 に 入 つ て 同 一 鹹 昧 と な る も の で あ る 、 知 る べ し 多 は 迷 人 の 所 見 で 一 は 悟 者 の 所 見 で あ る こ と を 。 二 二 諦 に 當 然 勝 劣 あ る べ き こ と 。 眞 俗 二 諦 を 立 っ る こ と 及 び 眞 諦 を 本 と す る こ と は 顯 密 の 通 談 で あ る 。 而 し て 眞 諦 は 常 に

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一 如 平 等 で あ り 俗 諦 は 常 に 多 類 差 別 で あ る 。 今 自 宗 の 三 大 に 就 い て 分 別 せ ば 、六 大 は 印 ち 眞 、 四 曼 、 三 密 は 即 ち 俗 で あ る か ら 、 そ の 眞 諦 た る六 大 に 一 多 の 二 義 あ り と し て も 、 一 な る も の を 以 て そ の 眞 相 と す べ き 事 が 當 然 で あ る 。 三 即 身 成 佛 は 必 ず 無 礙 の 理 法 に 依 つ て 成 立 し 得 べ き こ と 。 若 し 生 佛 の 三 大 が 相 隔 ( た わ て 現 實 に 交 渉 し な い 間 は 成 佛 得 て 堅 む べ か ら ざ る も 、 三 密 修 行 に 依 つ て 彼 我 の 三 大 が 融 じ て 入 我 か 入 す る そ の 究 極 に 至 つ て 始 め て 之 を 實 現 し 得 べ き も の で あ る 。 然 る に 若 し そ の 本 源 た る 六 大 に 於 い て 、 そ の 眞 相 が 寧 ろ 分 離 の 多 の 面 に あ り と す る な ら ば 、 凡 夫 は あ く ま で も 凡 夫 と し て 凡 夫 の 域 を 脱 し な い 方 が 意 義 多 く 、 成 佛 な ど い ふ こ と は 意 義 の 乏 し い も の と な つ て 、 甚 だ 不 合 理 の こ と ゝ な ら ね ば な ら ぬ 。 以 上 は 一 法 界 の 重 な 理 由 で あ る 。 次 に 多 法 界 論 者 の 唱 道 す る 主 た る 理 由 は 、 一 二 教 の 宗 極 に 自 か ら 一 多 の 別 あ る べ き こ と 。 顯 教 は 總 じ て 無 相 眞 如 の 一 理 法 性 に 冥 合 す る こ と を そ の 宗 極 と す る も の で あ る 。 之 に 反 し て 密 教 は 曼 荼 海 會 の 諸 尊 を 體 驗 す る こ と を そ の 宗 極 と す る も の で あ る 。 况 既 に 彼 の 一 理 遮 情 の 眞 如 に 對 し て 、 表 徳 妙 有 の六 大 を 立 っ る 以 上 、 そ の 六 大 本 具 の 二 義 の 中 で は 多 を 以 て そ の 實 義 と す べ き が 當 然 で あ る 。 二 五 蘊 、六 大 二 種 の 建 立 に 深 旨 あ る べ き こ と 。 顯 教 所 立 の 五 蘊 門 は 開 心 合 色 の 注 相 に 依 て 居 る 。 是 れ 即 ち 無 礙 な る 心 法 を 本 と し 質 礙 の 色 法 を 末 と す る 意 で あ る 。 自 宗 所 立 の 六 大 は 之 に 反 し て 開 色 合 心 に 法 相 に 依 る も の で 、 質 礙 差 別 の 色 注 を 却 つ て そ の 本 體 と し 一 味 無 礙 の 心 注 を そ の 末 用 と ず る 意 で あ る か ら 、 之 に 准 じ て 多 の 義 が 勝 れ て 居 る こ と を 知 る べ き で あ る 。 三 自 宗 の 實 談 が 常 に 即 事 而 眞 覺 海 大 徳 の 教 相 一 七

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覺 海 大 徳 の 教 相 一 八 の 義 に 存 す る こ と 、 衆 生 色 心 の 實 相 は 常 に 是 れ 毘 盧 遮 那 平 等 智 身 な り 、 菩 提 を 得 る 後 強 ち に 諸 法 を 室 ず る に 非 ず と の 大 疏 の 釋 の 如 く 、 諸 法 の 當 相 宛 然 と し て 阿 字 本 不 生 で あ り 六 大 法 界 で あ る か ら 、 凡 身 即 佛 、 裟 婆 即 密 嚴 で あ る 。 か く の 如 き 即 事 而 眞 の 教 義 は 自 宗 不 共 の 實 談 で あ つ て 、六 大 の 多 法 界 を そ の 本 源 と し て 導 き 出 だ さ れ た も の で あ る 。 然 る に 若 し そ の 六 大 が 一 法 界 の 邊 を 眞 實 と す る な ら ば 、 か ゝ る 教 義 は そ の 影 や ゝ 薄 い も の に な つ て し ま う 。 以 上 は 多 法 界 説 の 根 本 理 由 で あ る 。 両 説 の 理 由 と す る 所 は 各 々 自 宗 一 面 の 蜜 義 で あ り 彼 れ を 褒 し 此 を 貶 す る こ と が 出 來 ぬ 。 之 を 要 す る に 、 本 體 は 一 に 即 し て 多 で あ り 多 に 即 し て 一 で あ り 、 一 多 は 遂 に 分 割 す べ か ら ざ る も の ゆ ゑ に 全 く 不 二 で あ る 。 そ れ 故 に 二 義 は 必 ず 無 勝 劣 で な け れ ば な ら ぬ 。 是 れ 即 ち 信 日 闍 梨 の 論 旨 の 大 略 で あ る 。 頼 寳 師 は 極 微 が 一 に し て 本 來 七 方 を 有 し 、 七 方 を 離 れ て 一 極 微 の 求 む べ き も の な く 、 又 一 極 微 を 離 れ て 七 方 の 求 む べ き も の が な く 、 七 即 一 、 一 即 七 の 關 係 を 有 す る か ゝ る 譬 説 を 設 け て 、 又 同 様 に 一 多 不 二 無 勝 劣 の 義 を 巧 妙 に 述 べ ら れ て あ る 。 以 上 に 依 つ て 考 ふ る に 、 性 、 範 二 家 の 教 主 論 た る 各 々 他 面 を 忘 れ ず し て そ の 一 面 を 發 揮 し た る に 外 な く 、 隨 つ て 大 徳 の 両 部 教 主 觀 は 必 す 此 の 一 多 不 二 の 公 正 の 見 地 に 立 て る 事 を 善 く 推 知 す べ き で あ る 。

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大 徳 の 六 大 法 界 觀 は 、 三 種 悉 地 軌 の ﹁ 五 輪 即 是 五 智 輪 ﹄ の 思 想 を 根 柢 と す る 。 そ の 意 の 云 く 、 前 五 大 と 第 六 識 大 と 融 通 し て 全 一 不 二 な る も 、 而 も 彼 此 の 體 性 は 各 別 で あ る 。 譬 へ ば 三 辰 の 光 り 處 室 に 渉 入 し 慮 室 も 亦 三 辰 の 光 り の 中 に 渉 入 し て 全 一 不 二 と な る も 、 室 光 の 二 つ 本 來 各 別 な る が 如 く で あ る 。 こ の 故 に 若 し 前 五 大 よ り 觀 る 時 は 之 を 離 れ て 第 六 識 大 の 求 む べ き な く 、 五 輪 重 立 の 當 相 が 直 ち に 五 智 で あ り 第 六 識 大 で あ る 。 若 し 第 六 識 大 よ り 觀 る 時 は 之 を 離 れ て 前 血 大 の 求 む べ き な く 、 五 智 の 當 相 が 直 ち に 前 五 大 で あ り 五 輪 法 界 塔 婆 で あ る 。 抄 下 本 九 左 に 云 く 五 輪 中 立 識 大 識 大 中 立 五 輪 謂 五 輪 重 立 時 識 大 者 遍 五 輪 識 大 立 時 者 一大 圓 明 之 識 大 月 輪 中 有 五 輪 六 大 無 碍 而 如 空 光 各 別 也 第 六 識 大 は 即 ち 生 命 で あ り 生 命 は 即 ち 息 で あ る 。 故 に 前 五 大 輪 圓 具 足 の 處 に 識 大 な る 生 命 が あ り 、 識 大 な る 生 命 そ れ 自 身 の 所 具 が 現 じ て 前 五 大 と な る の で あ る 。 識 大 は 無 相 な る が 故 に 一 定 の 色 形 が な い 、 し か し 無 相 な る が 故 に 五 色 五 形 を 具 し て 居 る 。 識 大 な る 命 息 の 當 面 は 、 命 息 に 自 か ら 濕 潤 の 相 を 有 し 、 物 を し て 腐 敗 せ し め ざ る 熟 焼 の 相 を 有 し 、 呼 吸 動 轉 の 相 を 有 す る か ら 、 是 れ 即 ち 次 で の 如 く 水 、 火 、 風 の 三 大 と 見 る べ き で あ る 。 更 に 考 ふ る に 命 息 に は 自 か ら 烟 り の 如 き 相 を 有 し 能 く 一 期 相 績 せ し む る 連 持 の 力 を 有 す る は 即 ち 地 大 で あ り 、 そ の 出 入 無 礙 自 在 な る は 即 ち 室 大 で あ り 、 此 の 如 く に し て 命 息 は 五 大 具 足 の 全 體 な る が 故 に 五 色 五 形 を 有 す る 。 云 く 覺 海 大 徳 の 教 相 一 九

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覺 海 大 徳 の 教 相 二 〇 若 又 云 識 大 形 時 打 任 水 火 風 三 大 形 也 所 謂 識 大 者 心 也 袤 也 命 也 故 人 息 則 水 故 水 大 也 息 者 即 風 大 也 息 即 ,嬬 故 火 大 也 五 大 具 足 時 者 急 者 如 煙 地 大 也 識 無 體 故 眞 空 也 如 託 云 五 大 具 識 大 識 大 所 具 五 大 外 顯 現 五 大 無 二 無 別 丙 外 平 等 故 即 事 而 眞 云 也 こ の 結 文 の 内 外 平 等 の 意 味 頗 る 味 ふ べ き も の が あ る 。 そ の 故 は六 大 法 界 に 對 し て 一 往 の 觀 察 を な さ 蘇 、 第 六 識 大 は 内 で あ り 前 五 大 は 外 で あ る 、 即 ち 彼 れ は 主 觀 で あ り 此 れ は 客 觀 で あ る 、 彼 れ は 統 一 す る も の で あ り 此 れ は 統 一 さ れ る も の で あ る 。 然 る に 若 し 一 多 二 法 界 不 二 の 再 往 の 觀 察 を な さ ば 、 客 觀 的 實 在 と 主 觀 的 實 在 と の 區 分 は 全 く な く な つ て 主 客 合 一 内 外 一 如 の 唯 一 實 在 あ る の み と な る か ら で あ る 。 彼 の 性 範 二 家 の 而 二 不 二 論 よ り 始 ま り 更 に 一 段 洗 錬 さ れ た る 一 多 二 法 界 論 に 見 る や う な 論 理 的 、 組 織 的 の 色 彩 は 、 こ の 素 朴 な る 口 訣 の 上 に 見 ら れ な く と も 、 翫 味 し て 見 れ ば 総 べ て 悉 く 此 處 に そ の 淵 源 を 有 せ ざ る は な い 。

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來 た も の で あ る 。 天 曼 茶 羅 は 月 輪 を 體 と し 地 曼 茶 羅 は 蓮 華 を 體 と す る 。 月 輪 は 上 天 下 地 の 中 間 に 住 す る も の で 、 是 れ 即 ち 佛 果 が 生 死 に も 佳 せ ず 涅 槃 に も 住 せ ざ る 中 道 の 徳 に 安 住 す る 義 を 顯 は し た も の で あ る 。 蓮 華 は 淤 泥 に 染 ま ず し て 自 然 に 清 淨 で あ る 。 是 れ 即 ち 衆 生 が 生 死 に 沒 在 し な が ら 、 而 も 本 來 自 性 清 淨 の 妙 體 を 失 は ざ る こ と を 表 は し た も の で あ る 。 又 因 果 は 各 々 絶 待 不 二 で あ る か ら 互 い に 融 合 し て 一 體 と な る も の で あ る 。 そ れ 故 に 月 輪 と 蓮 華 と は 同 體 で あ る 。 六 大 不 二 の 位 は 月 輪 に 即 し て 蓮 華 、 蓮 華 に 即 し て 月 輸 、 月 輪 に も 非 ず 蓮 華 に も 非 ず 、 月 輪 と も 見 ら れ 蓮 華 と も 見 ら る ゝ 。 金 界 天 曼 荼 羅 故 處 月 輪 胎 界 地 曼 荼 羅 故 坐 蓮 華 處 月 輪 表 離 二 邊 所 謂 月 輪 住 上 下 二 界 中 間 是 也 居 蓮 華 示 離 生 死 汗 染 事 上 坐 泥 中 蓮 花 又 月 輪 蓮 花 全 同 體 也 不 二 智 六 大 未 分 位 可 思 合 法 讐 甚 洙 重 々 明 師 可 尋 間 之 (抄 上 本 ハ 左 ) 胎 藏 は 世 流 布 の 曼 荼 羅 に 就 く に 、 往 々 に し て 中 臺 大 日 の 種 子 を殊 字 に 作 て あ る が 宜 し く な い 。 涅 槃 熙 等 を 付 す る は 涅 槃 を 證 せ む こ と を 豫 期 す る 義 と な つ て 、 未 だ 眞 實 に 涅 槃 常 樂 を 證 し な い こ と に な る か ら 、 須 か ら く 無 點 の 阿 字 に 作 る べ き こ と で あ る 。 元 來 胎 曼 荼 羅 は 衆 生 法 爾 自 然 に 具 す る 萬 徳 で あ る か ら 、 そ の 未 だ 修 生 に 亘 ら ざ る 無 點 の 阿 字 を 本 義 と し な け れ ば な ら ぬ 。 况 や 中 臺 毘 盧 遮 那 は 萬 徳 輪 圓 の 惣 體 で 、 そ の 修 生 に 亘 ら ざ る 本 有 本 覺 の 極 致 た る に 於 い て は 、 愈 々 以 て 無 點 の 阿 字 で な く て は な ら ぬ 。 無 點 め 阿 字 は 法 性 天 然 の 姿 た で あ り 垂 拱 無 爲 の 状 態 で あ る 。 彼 の 世 間 に 就 い て 考 ふ る に 、 種 々 の 武 器 を 身 覺 海 大 徳 の 教 相 二 一

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覺 海 大 徳 の 教 相 二 二 に 帶 し て 進 で 怨 敵 を 破 り 退 い て 己 れ を 護 ら む と す る は 武 人 の こ と で 、 萬 乘 の 君 主 は 唯 だ 垂 拱 無 爲 に し て 南 面 す る の み で あ る こ と を 思 ひ 合 す べ き で あ る 。 胎 藏 界 大 日種子無點互字可為本體 也 近 代 世流布曼荼羅書殊字是即非胎藏本意其故佛者無怨徳具足給也而至字副 涅 槃 點 不 證本 不 生 理 故 云 云 (抄 上 本 初 右 ) 又 胎 藏 は 十 界 曼 荼 羅 な る が 故 に 情 執 の 上 よ り 見 れ ば 、 高 下 淺 深 が 重 々 無 邊 に 分 る ゝ も 、 若 し そ の 實 義 よ り 觀 る 時 は 、 毘 盧 遮 那 遍 一 切 身 の 所 現 な る が 故 に 、 全 體 一 味 平 等 に し て 何 等 淺 深 が な い 、 一 門 即 普 門 の 道 理 之 に 依 つ て 成 り 立 つ も の で あ る 。 聖 者 無 漏 の 色 身 は 凡 夫 の 眼 に て は 見 ら れ な い 、 見 ら れ な い と す れ ば 有 れ ど も 畢 竟 は 無 い の と 易 は る 所 が な い 。 若 し 然 ら ば 毘 盧 遮 那 遍 一 切 身 と い ふ こ と は 有 名 無 實 と な つ て し ま う 。 吾 等 が 凡 眼 を 以 て 現 實 に 遍 一 切 身 を 見 る こ と が 出 來 る の は 、 全 く こ の 眼 前 の 六 道 四 生 の 形 質 あ る か ら で あ る 。 そ の 形 質 を 外 に し て は 遍 一 切 身 の 存 し や う が な い 。 こ の 意 味 に 於 い て 上 は 佛 菩 薩 よ り 下 は 天 龍 八 部 に 至 る ま で 通 じ て 一 味 平 等 で あ る 。 私 云 若 如 伊 候 伊 舍 那 天 眞 實 可 言 大 日 歟 覺 云 申 愚候 非 四 生色質 者 舍那 妙 體 誰 見 之 (同 三 左 )

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そ 雑 部 密 經 な る も の は 大 體 に 於 い て 釋 迦 所 説 の 百 億 契 經 中 よ り 、 そ の 所 詮 の 内 容 如 何 を 察 し て 撰 出 す べ き も の で あ る 。 既 に 百 億 部 の 所 屬 な れ ば そ の 當 面 は 顯 教 の 部 帙 な る も 、 而 も そ の 所 詮 の 内 容 が 秘 密 の 教 義 を 有 し て 居 る か ら 、 こ の 義 邊 よ り い は ゞ 顯 の 所 屬 で な く て 立 派 に 密 の 所 屬 で あ る 。 後 世 大 成 の 東 寺 及 び 南 山 の 宗 義 に 於 い て は あ ま り 多 く 沙 汰 し な い や う で あ る が 、 大 徳 當 時 の 學 者 間 に は 、 大 集 方 等 陀 羅 尼 經 、 楞 伽 經 、 守 護 經 等 の 釋 迦 所 説 の 經 に 對 七 て 顯 密 所 屬 の 論 が 相 當 に あ つ た や う で あ る 。 之 に 就 い て 大 徳 は 大 集 經 は 顯 經 、 楞 伽 、 守 護 の 二 經 は 密 經 と 定 め ら れ る 。 そ の 故 は 大 集 經 は 數 多 の 陀 羅 尼 を 説 く も 毫 も 大 日 の 内 證 法 門 に 觸 れ て 居 な い 。 然 る に 楞 伽 、 守 護 等 は 釋 迦 が 大 日 の 勅 を 受 け て そ の 内 證 法 門 を 傳 説 し 給 ひ し 證 跡 を 有 す る か ら 密 經 な る こ と 明 か で あ る 。 是 等 の 二 經 が 如 何 い ふ 點 が 秘 密 の 教 義 に 觸 れ て 居 る か と い ふ に 、 共 に 金 界 三 十 七 尊 の 縁 起 及 び 三 昧 を 説 く か ら で あ る 。 守 護 經 の 密 な る こ と は 高 祖 の 三 學 録 の 上 が 明 了 で あ る が . 楞 伽 經 ま で が 密 と す る こ と は 一 見 奇 異 に 感 せ ら る ゝ 。 今 案 ず る に 現 流 の 四 、 七 、 十 卷 の 三 通 り の 該 經 の 表 て に は こ の 義 一 向 に 見 え な い 。 然 れ ど も こ は 蓋 し 大 本 楞 伽 に 就 い て の こ と で あ ら う 。 彼 の 聖 位 經 に 大 本 楞 伽 の ﹁ 佛 徳 三 十 六 、 皆 同 自 性 身 ﹄ な る 、 三 十 七 尊 即 大 日 の 具 體 と 説 け る 文 を 引 い て あ る よ り 察 す る に 、 そ の 秘 密 教 義 に 觸 れ て あ る こ と 明 か で あ る 。 こ の 意 味 に 於 い て 心 地 觀 經 に も 亦 大 日 の 智 拳 印 を 説 い て あ る か ら 同 じ く 密 教 で あ る と い へ る 。 か く て 楞 伽 、 守 護 、 心 地 觀 經 等 が 密 經 で あ る と し て も 、 三 部 大 經 と 同 覗 す べ き も の で な い 。 何 故 な れ ば 彼 れ は 覺 海 大 徳 の 教 相 二 三

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覺 海 大 徳 の 教 相 二 四 釋 迦 變 化 法 師 の 所 説 で あ る も 此 れ は 大 日 法 身 の 所 説 で あ つ て 、 次 で の 如 く 雑 部 と 純 部 と の 別 あ る か ら で あ る 。 こ の 三 部 大 經 と は 恐 ら く ば 一 往 台 密 の 法 相 を 準 用 さ れ た も の で あ ら う 。 高 祖 に あ つ て は 両 部 大 經 と あ る の み で 、 蘇 悉 地 經 を 加 へ て 三 部 大 經 と 仰 せ ら れ て あ る 所 は 之 れ な い 。 加 之 蘇 悉 地 經 は 金 剛 手 の 所 説 で 之 れ を 雜 密 と 定 め ら れ て あ る ほ ど で あ る 。 之 を 要 す る に 、 大 徳 の 意 は 法 身 に 遮 情 と 表 徳 と の 二 義 あ り 、 そ の 遮 情 の 義 の み で 未 だ 表 徳 に 觸 れ ざ る 以 上 は 、 如 何 に 多 く の 眞 言 陀 羅 尼 が 説 い て あ つ て も そ れ は 決 し て 密 經 と は い は れ な い し 、 之 に 反 し て 設 ひ 少 々 に て も 三 十 七 尊 の 内 證 と い ふ が 如 き 、 智 拳 印 と い ふ が 如 き 、 法 身 の 表 徳 の 義 が 説 い て あ ら ば 、 最 早 や そ れ は 生 身 釋 迦 の 所 説 で な く 變 化 法 身 と し て の 所 説 で あ る か ら 、 顯 教 に 屬 す べ き も の で な い と す る の で あ る 。 次 に 大 徳 の 釋 尊 觀 に 就 い て 略 述 し や う 。 二 教 論 の ﹃ 大 旦 二 身 釋 迦 三 身 各 々 不 同 ﹄ の 文 に 對 し て の 酊 訣 の 意 は 、 凡 そ 四 十 二 字 門 と い ひ 五 十 字 門 と い ふ は 、 大 日 尊 海 印 三 昧 王 の 眞 言 な る が 故 に 惣 じ て い は ゞ 悉 く 普 門 大 日 の 三 昧 で あ る 。 こ の 中 大 日 が 若 し 第 一 の 炎 字 の 三 昧 に 住 す る と き に こ の 三 昧 よ り 大 日 の 曼 荼 た る 大 旦 二 身 を 現 ず る し 、 若 し 又 最 後 の 弓 字 の 三 昧 に 住 す る と き に こ の 一二 昧 よ り 釋 迦 の 曼 茶 た る 羅

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の 影 像 で あ る 。 釋 迦 三 身 の 影 像 が 常 途 顯 教 の 釋 迦 三 身 で あ る か ら 、 何 れ か ら 觀 る も 釋 迦 は 即 ち 大 日 の 利 生 方 便 の 姿 た で あ る 。 故 に そ の 本 地 に 歸 し て 觀 れ ば 釋 尊 の 碎 身 舍 利 は 直 ち に 大 日 法 身 の 舍 利 で あ る 。 以 上 に 依 つ て 考 ふ る に 大 徳 の 雜 部 密 經 觀 な る も の は 、 大 日 直 接 の 説 で な く 一 旦 化 他 門 爲 本 の 釋 尊 と 現 じ て 間 接 に 説 く 所 の も の 即 ち 之 で あ る と い ふ こ と に 歸 す る 、 左 の 引 文 を 宜 し く 一 讀 す べ き で あ る 。 大 集 經 楞 伽 經 守 護 經 .顯 密 二 經 諍 上 古 難 義 也 雌 爾 大 集 經 一 向 云 顯 縄 雖 説 種 々 陀 羅 尼 不 説 二 大 日 法 故 一 向 云 顕 經 楞 伽 經 守 護 二 經 三 十 七 魯 各 々 明 誂 法 由 故 云 密 經 但 教 主 初 釋 迦 也 雖 爾 後 樣 以 大 日 裝 東 演 大日 音 聲 大 集經 陀 羅 尼 大 貝 不 知 説 故 雌 同 眞 言 島 顕 (中 畧 ) 但 守 護 楞 伽 六 波 羅 密 經 取 密 經 同 三 部 大 經 不 可 云 (抄 中 六 左 ) 四 十 二 字 者 皆 大 日 三 昧 異 名 也 此 四 十 二 字 悉 無 差 別 但出 功 徳 数 一 許 也 故 大 旧 三 身 夷 字 上 胎 藏 三昧中三 身 也 釋 迦 三 身 窃 字上三昧中三身也 各 々 不同言 浅 深非云但三昧不同云 也 餘 亦 准 之 可 知 ( 同 七 右 ) 釋 迦 即 大 日 影 像 是 衆 生 利 益 之次 是 即 盡 一 期 化 縁 之 時 示 縁 謝 即 滅 之 相 即 還 金 喇 法 界 宮 之 意 也 故 習 大 日 法 身 舍 利 也 (同 十五右 )

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覺 海 大 徳 の 教 相 二 六 こ れ も 亦 須 要 に し て な く て な ら ぬ 教 義 で は あ る か 、 但 し 下 根 劣 慧 に 對 す る 教 益 甚 深 門 で あ る こ と 論 を 待 た ぬ 。 眞 言 の 本 旨 は 必 ず 隨 自 意 深 祕 の 義 で あ ら ね ば な ら ぬ か ら 、 若 し 人 に 對 し て 宗 意 安 心 を 語 ら む と す る 時 は 宜 し く 分 に 應 じ て 徹 底 的 に こ の 隨 自 意 の 義 邊 を 力 説 せ ね ば な ら ぬ 。 こ れ を 力 説 せ む に は 自 信 教 人 信 で あ る か ら 、 決 し て 自 己 を 下 根 扱 ひ に な し て 鼻 下 せ ず に 、 日 常 勉 め て こ の 安 心 に 佳 し て 修 養 す べ き こ と が 喫 緊 事 で あ る 。 こ の 種 の 安 心 は 眞 言 教 義 の 眞 相 か は 知 ら ね ど 、 言 ふ べ く し て 到 底 行 は れ ざ る 理 想 論 と し て 高 閣 に 束 ね 置 き 、 な る べ く 下 根 向 き 世 俗 受 け の よ き 、 基 督 教 の 吻 を 學 び 眞 宗 の 顰 に 倣 ひ そ の 尤 も 安 價 な る 教 義 の み を 宣 傳 し て 能 事 了 は れ り と す る が 如 き は 、 葢 し 宗 徒 と し て は 愧 づ べ き こ と 之 よ り 大 な る は な か ら う 。 今 謹 ん で 大 徳 の 安 心 を 伺 ふ に 、 宗 義 の 眞 髓 に 徹 底 し て 心 廣 體 胖 の 域 に 八 り 、 眞 に 安 心 諦 理 の 聖 者 た る 俤 が 儼 と し て 犯 す べ か ら ざ る も の が あ る 。 眞 言 教 習 普 通 人 情 同 不 同 二 義 有 之 眞 實 欣 無 上 菩 提 者 何 處 生 何 身 成 不 思 議 今 自 心 常 澄 淨 於 薩 轉 色 可 作 即 事 而 眞 觀 但 所 居 淨 土 須 彌 九 山 八 海 即 觀 密 嚴 道 場 是 也 於 色 相 佛 身 十 界 悉 曼 架 羅 聖 衆 覺 之 身 非 可 不 佛 身 只 改 心 計 云 佛 五 大 成 身 觀 熟 曼 荼 羅 聖 衆 云 不 過 自 身 佛 無 疑 者 也 九 界 佛 界 分 別 事 生 佛 二 界 分 別 情 熱 妄 敏 云 云 (抄 下 本 十 二左 ) こ の 文 中 、 眞 言 教 義 が 普 通 の 人 情 に 合 、 不 合 の 二 義 あ る と は 即 ち 、 隨 他 意 門 と 隨 自 意 門 と を 意 味 し た も の で あ り 、 而 し て 眞 の 發 菩 提 心 の 義 は 隨 自 意 門 に 依 ら す し て は 見 ら れ な い 。 そ の 眞 の 發 菩 提 心 と は 能

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く 宗 意 を 得 る こ と で あ る 。 十 界 萬 法 悉 く 毘 盧 遍 一 切 身 の 依 正 な ら ざ る は な く 、 地 獄 天 堂 之 く 所 と し て 本 覺 莊 嚴 の 床 な ら ざ る は な い 。 設 ひ 業 縁 に 牽 か れ て 龍 、 夜 又 、 乾 闥 婆 の 報 を 感 ず と も 、 或 は 又 都 率 安 養 の 赫 々 た る 妙 蓮 臺 に 生 ず と も 、 何 等 そ の 間 に 喜 憂 を 挾 む べ き 餘 地 が な い 。 鬼 畜 人 天 は 劣 れ り 佛 身 は 勝 れ た り と 思 ふ の は 、 總 べ て 毘 盧 遍 一 切 身 の 妙 體 を ば 信 解 し な い 情 執 の 沙 汰 で 、 眞 言 宗 旨 の 上 か ら は 最 も 憐 れ む べ き 迷 見 で あ る 。 成 佛 と い ふ は 生 れ な が ら の 肉 身 は そ の ま ゝ で 唯 だ 自 心 品 即 是 一 切 智 々 の 暗 黒 な る 賢 藏 に 、 如 實 知 自 心 な る 明 燈 が 點 せ ら れ た る の み で あ る 。 要 は 日 常 差 別 の 妄 心 を 平 等 の 不 二 智 へ 導 い て 湛 と し て 澄 淨 な ら し む る 工 夫 が 最 も 肝 心 で め る 。 心 澄 淨 雖 成 天 龍 八 部 等 身 不 苦 只 丙 證 堅 固 如 此 雜 類 毒 蟲 栖 不 似 我 等 住 宅 ( 同 十 三左 ) 六 大 無 碍 常 瑜 伽 之 悟 前 毘 盧 身 土 併 遍 凡 夫 依 正 故 六 道 四 生 皆 六 大 法 身 淨 土 也 胎 卵 濕 化 悉 本 覺 莊 嚴 住 處 也 豈 於 九 界 依 正 起 取 捨 分 別 之 思 (抄下八 右 ) 臨 終 の 用 心 に 就 い て は 、 事 相 門 の 各 流 に 通 じ て 深 祕 の 習 あ つ て 種 々 の 印 明 を 傳 へ て 居 る が 、 今 如 上 の 大 徳 の 安 心 よ り い は ゞ 、 固 よ り 欣 厭 の 心 が な い の で あ る か ら 故 さ ら に 臨 終 正 念 の 工 夫 を 凝 ら し て 淨 土 に 往 生 す べ き 必 要 が な い 。 四 威 儀 の 動 作 總 べ て 三 味 所 現 に 非 ざ る も の な く 、 開 口 發 聲 悉 く 眞 言 な ら ざ る も の が な い 。 故 に 臨 終 で あ れ ば と て 改 め て 何 れ の 印 何 れ の 眞 言 を 結 誦 す る に 及 ば ぬ 、 唯 だ 心 中 に 本 尊 を 召 入 し て 心 を 澄 淨 な ら し む こ と に 如 く も の が な い 。 臨 終 必 住 何 印 佳 何 念 不 思 樣 可 住 也 四 威 儀 動 作 何 非 三 昧 念 々 聲 々 悉 眞 言 觀 念 也 (中 略 ) 臨 終 不 可 用 人 教 訓 自 他 意 樂 各 別 作 親 念 亦 不 同 也 只 我 心 澄 淨 以 可 爲 善 知 識 也 (中 略 ) 若 臨 終 望 時 必 我 心 中 可 請 入 本 尊 也 (抄 下 本 十三 左 ) 覺 海 大 徳 の 教 相 二 七

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覺 徳 大 徳 の 教 相 二 八 大 徳 の 意 は 、 か く 欣 厭 を 離 れ て 裟 婆 即 密 嚴 の 安 心 に 住 す る も の は 、 所 謂 大 日 覺 王 の 遍 照 光 明 界 裡 に 起 臥 し て そ の 光 明 が 不 斷 に 吾 等 第 八 識 の 奥 深 く 透 入 し て 居 る か ら 、 よ し 過 去 の 業 縁 に 牽 か れ て 恐 趣 に 生 る ゝ と も 、 そ の 安 心 が 一 貫 し て 相 績 す べ き も の と 觀 る 。 こ は 是 非 か く 觀 な け れ ば な ら ず 又 無 執 平 等 な る が 故 に か く あ る べ き が 當 然 で あ る 。 進 ん で い は ゞ よ し 悪 趣 に 堕 す べ き 過 去 の 業 縁 あ り と す る も 、 悪 趣 を 恋 趣 と し て 厭 は ざ る 安 心 の 日 光 の 前 に は 、 衆 罪 霜 露 の 如 く 消 え て 悪 趣 に 墮 し た く も 最 早 や 堕 し や う が な い 。 若 し 堕 す こ と あ り と せ ば そ は 大 悲 利 他 の 化 現 で あ る 。 善 種 薫 成不 墮 悪 趣故( 抄 下 本 十三右 ) 安 心 と は 發 菩 提 心 の こ と で あ り 、 發 菩 提 心 と は 信 心 の こ と で あ る 。 信 心 の み で 修 行 な く ば そ の 信 心 は 影 う す く な る 。 信 心 を し て 益 々 光 輝 あ ら し む る も の は 不 退 轉 の 修 行 で あ る 。 か く て 信 心 は 修 行 を 呼 び 修 行 は 信 心 を 助 け 信 行 相 應 し て 始 め て 完 全 な も の で あ る 。 但 如 此 覺 不 行 不 修 者 即 是 慢 法 人 墮 悪 趣 執 見 者 也 淨 土 蓮 臺 眼 前 故 彌 可 修 行 得 果 也 又 住 慈 悲 利 生 之 思 先 弘 法 利 生 之 願 此 外 全 不 可 有 餘 念 餘 行 盡 (抄 中 十二左 ) 結 説 本 年 大 徳 七 百 回 の 忌 辰 に 當 り 、 そ の 海 滴 の 洪 恩 に 報 ひ ん が 爲 め に 、 聊 か 管 見 薮 測 を 試 み た 次 第 で あ る が 、 所 述 恐 ら く ば 大 徳 の 聖 慮 に 副 は ざ る 點 甚 だ 之 れ 多 き こ と な る べ し と 信 す る 。 唯 だ 願 は く ば 、 大 徳 の 普 賢 行 願 満 足 し 大 師 の 佛 法 長 へ に 瀰 漫 せ む こ と を 。 大 正 十 一 年 九 月 五 日 謹 で 草 し 終 る 、弟 子 龍 僊 四 十 五 歳 。

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