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旧高齢者向け優良賃貸住宅制度が介護保険に与える影響について
まちづくりプログラム MJU11016 田中 英明
1 はじめに
高優賃は、高齢者が安全に安心して居住できるよう 60 歳以上の単身・夫婦世帯を入居対象とし,バリアフリー 化され緊急時対応サービスの利用が可能な共同賃貸住宅 の供給を促進するために住宅の整備費用の補助や家賃減 額費用の補助を行ったものである.これらの供給増施策 については,バリアフリー化された安全な共同住宅に高 齢者が集住することにより,怪我の機会が減尐するなど 寝たきりにつながる事故が防止されることや在宅介護サ ービスの移動時間短縮などが期待されることから介護保 険事業や医療保険事業等の社会保障制度の効率的な運営 が可能になることを目的の一つとし補助を行っているも のと考えられる.
よって,本稿では介護給付費へ高優賃整備戸数が与え た効果及びバリアフリー化や集住が与えた効果について 実証分析を行う.
2 高優賃と介護保険事業の概要 2.1 高優賃の概要と問題点
民間事業者等が供給計画を作成し都道府県知事等に認 定された場合や独立行政法人都市再生機構が既存住宅を 改良し高優賃として運用する場合には,整備に要する費 用の補助,家賃の減額に要する費用の補助,税制・融資 の優遇など各種の助成が行われる .
問題点としては,整備費の高騰とそれによる家賃の高 額を抑え切れていない事,市町村による補助のため市町 村の財政事情に左右されるなど制度の利用が促進されて いない事や空き家が発生しており高齢者のニーズとの整 合が疑われる事などがあげられる.
2.2 介護保険事業の概要
介護保険事業は,図1のような仕組みで行われている.
40 歳以上の被保険者から集めた保険料と税金を原資とし て保険者である市町村が実際の介護サービス費用である 介護報酬の9 割をサービス事業者へ直接支払うことによ り,自己負担1割で様々な介護サービスを受けられると した制度である.
図1 介護保険制度の仕組み
(厚生労働省 HP より)
本稿では,保険者(市町村)から介護サービス事業者へ 支払われる介護給付費に着目し,介護保険事業への影響 を推定することとした.
3 高優賃の介護保険事業への影響の理論分析
高齢者用バリアフリー共同住宅に係る市場の失敗は正 の外部性及び情報の非対称性に伴うモラルハザードが考 えられる.
高齢者の共同住宅への集住は移動費の節約等,より効 率的な介護事業運営を可能とすると考えられる.また,
介護事業者が頻繁に出入りをしている状況は他の介護を 必要とする高齢者に安心感を与えるといった効果もある だろう.よって,各高齢者がそれぞれ意思決定を行う場 合,これら便益を勘案しないで意思決定を行ってしまう ため,共同住宅の供給は過尐となってしまう可能性があ る.したがって,共同住宅への補助に伴う高齢者の集住 は正の外部性を内部化する施策と言えるかもしれない.
さらに,高齢者がバリアフリー住宅に居住することに より,段差につまづき骨折するなどの怪我の機会を減尐 させる効果があると考えられる.もちろん,高齢者は怪 我をすることの危険性を勘案して居住の意思決定をして いるものと考えられるが,現状の日本の制度では,医療 費や介護事業費等は全額自己負担ではないために怪我の 機会減尐の努力を怠る可能性がある.よって,バリアフ リー住宅への補助は高齢者に存在しうるモラルハザード
2 を改善する可能性がある.
図2 高優賃補助制度
バリアフリー化された共同住宅は,正の外部性の内部 化,またモラルハザードの問題の解消に寄与しうる.図2 は横軸に高齢者用バリアフリー共同住宅量,縦軸に価格 を取った図である.需要者・供給者の両方に補助をする ことによってその供給量を増加させていると考えられる.
図3 怪我の機会が減尐した場合の介護保険事業への影響
さらに,バリアフリー化された住宅の効果を怪我の機 会減尐による介護保険事業への影響で考えた場合,図3 のように本人の介護サービス利用機会の減尐等介護需要 の減尐に伴う介護量・介護費用の低下で現れると考えら れる.
集住による社会保障費減尐の効果を介護保険事業で考 えた場合は,介護給付費がサービス内容の単価で決めら れている現状においては,介護価格を直接的に減尐させ
る効果は限定されるが,供給者の供給の効率化につなが るため図4のように供給量を増加させることから,供給 曲線のシフトという形で現れると考えられる.
4 高優賃・バリアフリー・集住の介護保険事業への影響 の実証分析
以上の分析から,検証する仮説を次の 2 点に整理し,
以下において検証を行う.
1 高優賃の整備は社会保障費の減尐につながる.
2住宅のバリアフリー化推進は介護需要の減尐につなが る.
4.1高優賃整備戸数の介護給付額への影響の分析(分析1) 高優賃の全国的な効果について実証分析を行うために,
全国の政令市・中核市におけるパネルデータを用いて推 定を行う.各市においては,観測不可能な固有の要素が 存在することが考えられることから,固定効果モデル (Fixed Effect Model 以下,「FE」と呼ぶ)により推定を行 う.市町村の財政力指数・財政力指数の二乗値を操作変 数とし,さらに、地域ダミー・年ダミーを入れて固定効 果を除去した二段階最小二乗法(Two-stage least squares 以下,「2SLS」と呼ぶ)による推定も行う.
(a) lnY=α₁+β₁ELDERit+β₂Xit+δ₁i+ε₁it 被説明変数lnYは,各市の65歳以上人口一人当たり介 護給付額の対数値とし, ELDERは、高優賃管理戸数、
Xはコントロール変数であり,介護事業に影響を与え各 市における特徴を示すものを採用した.
推定結果の抜粋は表1のとおりである.
表1 モデル(a)の推定結果(抜粋)
当該年度の高優賃管理戸数を説明変数としたFEの結 果では、高優賃管理戸数の係数の符号は,予想に反し正 であった.ただし,統計的に有意ではない.過去の管理 戸数によるFEや2SLSでの推定の結果でも有意になら なかった.予想と異なった理由については,管理戸数が
被説明変数
説明変数 係数 t値 標準誤差 推計方法
0.000211 1.27 0.000167 2SLS 1.18E-05 0.66 1.79E-05 1年前高優賃管理開始戸数 -5.6E-06 -0.27 2.07E-05 2年前高優賃管理開始戸数 -6E-06 -0.25 2.44E-05 3年前高優賃管理開始戸数 -7.9E-06 -0.26 3.06E-05 4年前高優賃管理開始戸数 2.86E-07 0.01 2.56E-05 5年前高優賃管理開始戸数 -9.7E-06 -0.36 2.73E-05 高優賃管理開始戸数
ln(介護給付額/65歳以上人口)
FE
(注)その他のコントロール変数の数値は省略 図 4 集住の効果の介護保険事業への影響
3 全体の住宅数と比して尐ない,介護が必要になった場合 には施設に転出する等終の棲家となっていないことなど が原因と考えられる.
この結果から,高優賃の整備は介護事業費の減尐への 有意な影響がみられず,理論上考えられている正の外部 性を補足するための補助としての効果は実証できず,補 助金が有効に活用されているとは言い難い結果となった.
4.2 バリアフリー化,集住の介護給付額への影響の 分析(分析2)
高齢者の住まいの状況について詳細に実証分析を行う ために,東京都・埼玉県・千葉県・神奈川県の一都三県 における2003年と2008年の市区町データを用いてOLS を行い,内生性の問題に対処するために5年前のバリア フリー化率,市区町の財政力指数及び財政力指数の二乗 値を操作変数とした2SLSによる推定も行う.
(b) Y=α₂+β₃BARRIERit+β₄GHit+β₅Xit+δ₂i
+ε₂it
被説明変数Yは,各市区町の65歳以上人口一人当たり 介護給付額を用い,BARRIERは,各市区町におけるバ リアフリー化率を用いる.GHは,各市区町における介 護認定者集住度を用いる.Xはコントロール変数であり,
介護事業に影響を与え各市区町における特徴を示すもの を採用した.
推定結果のうちOLSの結果は表2のとおりである.
表2 モデル(b)の推定結果1(OLS)
高齢者の住む住宅のバリアフリー化率の係数の符号は,
10%の水準で統計的に有意に負であり,予想通りの結果 が得られた.2SLSで推定した場合にも符号は5%の水準 で統計的に有意に負であった.
高齢者の住む持ち家のバリアフリー化率の係数の符号は,
1%の水準で統計的に有意に負であり,予想通りの結果が 得られた.2SLSで推定した場合にも符号は10%の水準 で統計的に有意に負であった.
高齢者の住む借家のバリアフリー化率の係数の符号は,
予想に反し正であった.ただし,統計的に有意ではない.
2SLSで推定した場合には,符号は負であったがこちらも 統計的に有意ではない.予想と異なった理由については,
今回使用した一都三県の市区町のデータでは借家居住者 は高齢者全体の 22.16%に過ぎないことや比較的低所得 者が借家に居住する傾向から介護の使用頻度が元々低い ことなどが原因と考えられる.
介護認定者集住度の係数の符号は,住宅数の推定では負 であり,持ち家・借家数の推定では正であった.ただし,
どちらも予想通り統計的に有意ではなかった.2SLSで推 定した場合にも同様の結果であり,どちらも統計的に有 意ではなかった.
住宅のバリアフリー化については,介護事業費の減尐に 有意な影響を与えており,東京都・神奈川県・千葉県・
埼玉県のデータでは,他の条件を一定として各市区町に おいて専用住宅に高齢者等のための設備がある確率を 1 単位(即ち100%)上昇させると高齢者一人当たりの介護 給付額を約27,280円減尐させることを示している.つま り,1%上昇させる場合には約272円減尐させる.さらに,
持ち家については 1%上昇させると介護給付費を約 698 円減尐させることを示している.
5 分析結果を踏まえた考察
4章で行った分析の結果を考えると,全国の中核市・政 令市においては,高優賃の整備を促進することが介護給 付額の減尐に寄与しているとは証明できなかった.この 他にも医療費等その他の社会保障費の影響を考え,費用 便益分析を行った上で考える必要はあるが,自治体認定 の高優賃においては25.7%の空き家が発生し高齢者の需 要と合わないままの制度ともなっており,有効に活用さ
4 れていない現状からも高優賃の整備に補助を行うことが 効率的な方法とは考えにくい.
そして,一都三県のデータから介護給付額を減尐させ るには,住宅のバリアフリー化特に持ち家のバリアフリ ー化の向上の効果が大きいことがわかった.借家におい ては,バリアフリー化の向上が介護給付額に有意に影響 を与えなかったが,これは高優賃の整備が介護給付額に 有意に影響を与えなかったことと整合しており,同じバ リアフリーに補助を行うのであれば,借家よりも持ち家 のバリアフリー化の向上に補助を行った方が,介護保険 事業への影響は大きいと言える.
5.1 シミュレーション
推定の結果を踏まえて,一都三県の政令市・中核市を 対象に持ち家のバリアフリー化率を1%上昇させるため に補助をした場合のシミュレーションを行った.川越市 の2008年の高齢者数63,118人,高齢者一人当たり698円 の減尐効果,高齢者の住む持ち家数35,860件から考える と,持ち家のバリアフリー化率を1%上昇させると介護給
付費約4,400万円の減尐効果が認められる.その内,川越
市の市税負担分の減尐効果は,介護給付費の12.5%.よ って,約550万円の減尐効果が認められるため,持ち家1 件当たり約15,357円の補助を行ったとしても市財政への 影響は変わらないこととなる.その上,補助は1度限り だが,バリアフリー化率が向上した場合の効果は,その 後も住宅が解体されるまでは続くこととなるため,その 効果からも持ち家のバリアフリー化向上に直接補助を行 うことも検討に値すると言える.
5.2 政策提言
バリアフリー化向上の政策としては,現在介護保険制 度において,20 万円までのバリアフリー化費用について は 1 割負担で住宅改修工事を行える事業を行っている.
これは,既に介護認定を受けている高齢者に対して行わ れるものであるが,予防的な観点から考えると費用便益 分析を行った上でではあるが,介護認定されていない高 齢者の住宅をバリアフリー化する場合にも何らかの支援 を行うことも必要である.
支援の形態としては,介護保険制度のような住宅改修
費補助も考えられるが地方財政への影響などを考えた場 合,直接補助によるものでなくともバリアフリー化への インセンティブが働くものであれば様々な形態が考えら れる.
まず,バリアフリ-住宅に居住することのメリットを 正確に伝える啓蒙・教育活動はもちろん住居の新築・増 改築時に建築基準法等の規制により一定のバリアフリー 導入の義務化を行うこと.さらには,介護保険制度の中 で行うのであれば居住する住宅のバリアフリー度合いに よる高齢者の介護保険料率設定を行うことやバリアフリ ー度合いに応じた介護費負担額の設定などによることも 考えられる.
そして,限られた財源の中で支援を行うことを考える ならば,住宅の中でも持ち家のバリアフリー化に集中し て行った方がより効率的となる.
以上のように,バリアフリー化の推進に関しては,よ り効率的にバリアフリー化のインセンティブが働くよう 誘導する方法や対象を検討の上行うことを本稿の提言と する.
6 まとめと今後の課題
本稿では,高優賃制度の介護保険事業費に与える影響 に着目し,その特性であるバリアフリーと集住の効果も 合わせて実証分析した.その結果,住宅及び持ち家のバ リアフリー化率の向上は介護給付額を減尐させることが わかった.その分析の結果からの考察を踏まえて,バリ アフリー化に応じた介護保険料の設定などのインセンテ ィブの変更政策について提言した.
今後の課題としては以下の 2 点が挙げられる.第 1 に,
バリアフリー住宅の与える影響は,介護保険事業のみに とどまらず医療事業等の社会保障事業全般への影響が考 えられるため,それらへの効果も分析することが必要で ある.第 2 に,介護保険事業への影響の中でも今回の分 析では需要の推定に留まっているため供給の推定で算出 すべき集住の効果が推定できていない.集住による移動 経費の削減等の供給の効率化の効果については,実際の 事業者の費用関数の推定等の分析が必要となるが,本研 究をより発展的なものとするため,更なる分析・提言を 図りたい.