招待論文
端末アンテナシステム技術: 30 年にわたる研究開発の足跡
小川 晃一
†a)Mobile Antenna System Technologies: The Trajectory of 30-Year R&D Activities Koichi OGAWA†a)
あらまし 本論文の目的は,ダイバーシチからアダプティブアレー,そしてMIMOアレーアンテナと進化し続 けてきた端末アンテナシステム技術の30年にわたる進化の足跡を,筆者が携わってきた研究開発を中心にまと
め,第5世代以降(B5G: Beyond 5G)の移動体通信に向けた技術開発に対する教書的役割を担うことである.すな
わち,第2世代以前の一見古典的と見える研究成果を現在の応用技術と結びつけることによって,その研究当時 とは全く異なった温故知新的発想が従来研究に新しい価値を吹き込み,新規性のある研究を生む原動力になり得 ることを説く.更に,現在実施している飛翔車両(空飛ぶ車)向け高速通信アンテナに関する研究開発プロジェ クトを通して,新たな利用技術が要求するキー技術と解決策の関係を考察し,拡大し続ける端末アンテナシステ ム技術を未来に向けて展望する.
キーワード 端末アンテナ,移動体通信,ダイバーシチ,アダプティブ,MIMO
1.
ま え が き本論文の論点である端末アンテナシステムとは,移 動体通信の移動局側アンテナに関し,ダイバーシチ,
アダプティブアレー,あるいは
MIMO
アレーアンテ ナのようにアンテナと回路が一体としてシステム的に 統合され,アレー素子の送受信信号に複素重み付けを 施すことによって,アンテナと相互影響する外部環境 下において最適な通信性能が得られるように適応的に 信号処理・合成・制御するアンテナのことを言う.筆者の端末アンテナシステムに関する研究開発は,
その端緒がおよそ
30
年前の1990
年代に遡り,大型 の自動車電話[1]
〜[5]
から人がもち運びできる手のひ らサイズの携帯端末への転換点となった第1
世代アナ ログFM
変調方式携帯端末の小型化競争[6], [7]
の勃 発がきっかけであった.当時の我が国の携帯電話方式 は,加入者の増大とサービスエリアの拡大を目的に,世界に先駆けて端末側にダイバーシチ受信方式を採用 していた.この先進ダイバーシチ方式は,第
2
世代デ ジタル携帯端末[8], [9]
に引き継がれ,デジタル携帯†富山大学,富山市
Toyama University, 3190 Gohuku Toyama-shi, 930–8555 Japan a) E-mail: [email protected]
DOI:10.14923/transcomj.2020API0002
電話方式における高い周波数利用効率を達成するとと もに,ダイバーシチ受信の高感度化によって利用者の
『繋がる携帯電話』の要求を満たすことで,携帯電話を 信頼性の高い通信インフラとして社会に定着させ,そ の後の移動体通信ビジネスの爆発的な拡大を支え続け た
[10]
.これらアナログ及びデジタル携帯電話に関して,そ のダイバーシチ方式の実現に向けて実施した多様で 広範囲におよぶ数々の研究開発成果
[11]
〜[17]
は,今 日の第4
世代及び第5
世代移動体通信(4th and 5th Generation Mobile Communications)
を支えているアダ プティブやMIMO (Multiple-Input Multiple-Output)
ア レーなど適応信号処理アンテナの技術的な基盤となっ ている.これが本論文の主要な論点の一つである.端末アンテナ(注1)の特徴は,その性能が無線機きょ う体,無線回路,人体及び電波伝搬などの外部環境に 強く依存していることである
[18], [19]
.更に,現在急 速に開発が進んでいるIoT (Internet of Things)
やBAN (Body Area Network)
,更に常時インターネット接続す る機能を具備した自動車(Connected Car)
では,端末 アンテナは,搭載対象物固有の動的特性によって,従(注1):本論文では,“端末アンテナ”の用語を,携帯電話のように使用 者に近接して使用される無線機のアンテナ(携帯端末アンテナ)とIoT など機器に装着される無線機のアンテナの総称として用いる.
来の携帯端末アンテナとは異なったアンテナ
—
外部環 境間の電磁相互影響を受けることになる.このように端末アンテナでは,アンテナと外部環境 の相互影響を統合して考える必要があるため,問題を 極めて複雑にしている.文献
[19]
では,この問題の複 雑さを自由度の増加として捕らえ,問題解決(性能向 上)のための手段として用いることを論じている.す なわち,端末アンテナをシステム的に取り扱うことに よって,アンテナ単体のみでは解決が困難な課題を克 服できる可能性が見えてくる.例えば,体温や脈拍などの生体情報を常時モニタリ ングすることによって,医療や介護分野における省力 化を図り,効率的なサービス提供を目的とした人体装 着小型
BAN
無線機では,無線機が腕や脚に取り付けら れた場合,使用者の歩行動作など複雑でかつ個人固有 の動的変動特性に応じてアンテナの偏波が激しく変化 する[20], [21]
.更に,病院内や家庭内など使用者が異 なった電波伝搬環境で無線機を使用した場合,電波伝 搬上の偏波特性であるXPR (Cross Polarization Power Ratio) [22]
〜[24]
が大きく変化する[25]
.上述した使用者の動きと電波伝搬に起因した偏波特 性の変動は受信レベルの低下を招き,医療
ICT (Infor- mation and Communication Technology)
無線応用の高 信頼性要求を大きく損なう.この課題に対して,空間 的に直交配列したアンテナと無線回路を組み合わせ,受信した偏波信号を適応的に信号合成することが試み られており,信号強度の大幅な増大を図ることに成功 している
[26], [27]
.更に,
BAN
応用に対する上述した課題は,Connected Car
などの自動車に対する無線応用に関しても,右折左 折時の車両方向の変化や道路傾斜による傾き,更には 道路沿い伝搬[28], [29]
やスモールセル構造[30], [31]
など都市構造及び基地局配置に起因する伝搬環境によ る偏波特性の変動が,
BAN
応用と同様に受信レベルの 変動要因になる.すなわち,アンテナと無線回路,更 に信号合成技術を統合したシステム的アプローチは,今後移動体通信が向かうべき未来志向の研究開発に対 して一般性を有した波及効果の高い解決策を与えるこ とができる.
本論文の目的は,ダイバーシチからアダプティブア レー,そして
MIMO
アレーアンテナと進化し続けてき た端末アンテナシステム技術の30
年にわたる進化の 足跡を,筆者が携わってきた研究開発を中心にまとめ,第
5
世代以降(B5G: Beyond 5G)
の移動体通信に向けた技術開発に対する教書的役割を担うことである.す なわち,第
2
世代以前の一見古典的と見える研究成果 を現在の応用技術と結びつけることによって,その研 究当時とは全く異なった温故知新的発想が従来研究に 新しい価値を吹き込み,新規性のある研究を生む原動 力になり得ることを説く.更に,現在実施している飛 翔車両(空飛ぶ車)向け高速通信アンテナに関する研 究開発プロジェクトを通して,新たな利用技術が要求 するキー技術と解決策の関係を考察し,拡大し続ける 端末アンテナシステム技術を未来に向けて展望する.2.
システム性能を決定する影響因子と性能 向上策及び評価方法端末アンテナの研究開発は,応用分野
(Application)
の拡大とともに進化してきた[18], [19]
.新しい応用分 野は,システムの性能を決定する主要影響因子(Key Parameter)
を伴い,研究者はその影響因子を最適に制 御することによって性能の最大化を図るための新しい 解決策(Solution)
とその性能を正しくかつ効率的に評 価するための計算及び測定方法(Evaluation)
を与え続 けてきた.図1
は筆者が30
年にわたって関与してき た研究開発の歴史である.図中の(*)
と[*]
は対応す る章番号及び文献番号である.図
1
に示すように,応用対象が変わると影響因子が 変化し,異なる解決策が求められる.例えば,携帯端末
(Handset)
では人体影響が最大の影響因子であり,人体影響を考慮したダイバーシチアンテナの設計と評 価方法が主要な研究対象であった.それに対して,そ の後の医療応用
(Medical ICT)
では,アンテナと伝搬図1 端末アンテナの応用分野・影響因子・解決策・評価 方法
Fig. 1 Historical summary of application, key parameter, solution, and evaluation in mobile antennas.
に関係する偏波が影響因子であり,その影響下で性能 向上が図れるアレーアンテナの研究に推移している.
それに対応して,実使用状態における偏波の変化を正 しく再現し,測定評価することを目的に歩行動作を模 擬する動的ファントムを研究対象としている.
以降の章では,図
1
で示した端末アンテナの研究要 素を四つの応用分野の順に具体的に解説する.3.
携帯端末ダイバーシチアンテナの研究1.
のまえがきで述べたように第1
及び第2
世代携帯 電話システムの最大の特徴はダイバーシチ受信方式で あった.1990
年代初頭の携帯端末アンテナの研究で は,自由空間及び人体近接時のブランチ間相関及び実 効利得特性を解明することに注力した[32]
.携帯電話用ダイバーシチアンテナの構造パラメータ の最適化を議論するためには,これら相関及び実効利 得特性の結果としてもたらされるダイバーシチ効果 について考察する必要がある.しかし,携帯端末ダイ バーシチアンテナでは,アンテナ間隔が狭いことによ る放射効率の低下,あるいは人為的な偏波面の傾きや 人体との電磁相互干渉の影響によって相関係数がたと え小さい状態であっても実効利得が大きく劣化する場 合があり,相関係数あるいはダイバーシチ利得のみで はダイバーシチアンテナの有効性を正しく評価するこ とが困難であった
[15], [16]
.そこで文献
[32]
では,ブランチ間相関及び実効利得 特性を用いてシステムに与える定量的な効果を算出し ている.具体的には,アンテナ間相関及び実効利得を,π/4
シフトQPSK
信号のダイバーシチ受信における相 関係数及び平均ブランチ電力として使用し,ダイバー シチアンテナの性能を所望の平均伝送誤り率特性を実 現するのに必要な平均到来波電力により評価している.これにより,アンテナ特性が影響するシステム利得を 直接評価する指標を新たに導入し,この性能評価指数 をダイバーシチアンテナ利得
(DAG: Diversity Antenna Gain)
と定義した.DAG
を用いることによって,異なった実効利得及び 相関特性を有するダイバーシチアンテナの性能を,直 接的に比較することが可能となる.すなわちDAG
に より,外部環境及びアンテナ構成パラメータが変化し た場合のダイバーシチアンテナの実効性能を調べるこ とができ,高いアンテナ性能を得るための条件を具体 的に知ることができる.以下では,DAG
の概要を解説 する.3. 1
伝送信号誤り率に基づくダイバーシチ利得 通常,ダイバーシチ利得は信号強度の累積確率分布 に基づいて定義される[33]
.しかしながら,デジタル 無線システムの回線設計では伝送信号誤り率を保証す ることが重要であるため,伝送信号誤り率に基づくダ イバーシチ利得を求める必要がある.第
2
世代携帯電話のように低速移動で伝送速度が比 較的遅い場合を考察する.また,伝搬路上での信号ひ ずみ(ランダムFM
及び遅延ひずみ)は考慮しないも のとする.更に,受信機の波形整形フィルタは理想的 なナイキスト特性を有し,符号間干渉は生じないとす る.したがって,このような仮定のもとでは,振幅成 分のランダムな変動による乗法的雑音のために検波器 では伝送符号の判定誤りが生じることになる.包絡線フェードによるダイバーシチ受信時の平均誤 り率
P
eは,レイリーフェージング時において瞬時の 検波器入力搬送波対雑音電力比(瞬時CNR
)がγ
で あるときの条件付誤り率p
e(γ)
を用いて,次式により 求めることができる[4]
.P
e=
∫
∞ 0p
e(γ) p(γ) dγ (1)
ただし,
p(γ)
は合成後の瞬時CNR γ
の確率密度関数(pdf)
である.式
(1)
に基づき選択合成及び最大比合成における平 均符号誤り率を求め[32]
,不等レベル比をパラメータ として各平均誤り率における相関係数とダイバーシチ 利得の関係を求めた結果を図2
に示す.平均誤り率に 基づくダイバーシチ利得G
divは次式で定義した.G
div= Γ
divΓ
sngl(2)
図2 π/4シフトQPSKの誤り率特性 Fig. 2 BER performance ofπ/4-shift QPSK.
ここで
Γ
snglは,規定する平均誤り率において,両ブ ランチのうち平均CNR
が大きい方のブランチで単一 ブランチを構成した場合の平均CNR
,Γ
divはダイバー シチ受信適用時の平均CNR
である.図
2
において,ρ
eは相関係数であり,r
は不等レベ ル比を示す.また,Non-div.
は完全相関(ρ
e= 1
)の 場合の誤り率特性である.P
e= 10
−3 におけるダイバーシチ利得を図2
か ら読み取ると無相関,等平均電力の状態で選択合成(SC)
では11.8dB
,最大比合成(MRC)
では12.9dB
で ある.なお最大比合成では,いずれかのブランチの 受信波がなくならない限り合成後のCNR
は単一ブラ ンチ受信の場合よりも高くなるので,完全に相関が 生じている場合(ρ
e= 1)
でも,ダイバーシチ利得は10 log
10{( Γ
1+ Γ
2)/ Γ
1} (dB)
だけ改善される.ここで,Γ
1及びΓ
2は,ブランチ1
及び2
における単一ブラン チのCNR
である.なお,式(2)
のダイバーシチ利得 はシステム要件(誤り率)に対応して定義されており,累積確率分布に基づくダイバーシチ利得
[33]
とは異 なった量である.すなわち,デジタル無線システムの 回線設計では式(2)
の平均誤り率に基づいたダイバー シチ利得が用いられる.3. 2
ダイバーシチアンテナ利得これまでの議論から相関係数
ρ
e及び不等レベル比r
から平均誤り率が式(1)
に基づいて与えられ,それ よりダイバーシチ利得G
divを式(2)
より求めること ができる.これに対し,平均実効利得(MEG: Mean Effective Gain
)[22]
,不等レベル比,相関係数の効果を 全て含んだシステムの性能評価指数F
divを次式で定 義する.F
div= G
1· G
div( r
m≤ 1 )
= G
2· G
div(r
m> 1) (3)
ここで,G
1,G
2はそれぞれブランチ1
及びブランチ2
のMEG
である.r
mはそれぞれのMEG
の相対比を 表し,r
m= G
2/G
1によって定義される.この評価指数を用いて表
1
に示す異なった相関特性表1 相関及びMEG特性 Table 1 Correlation and MEG characteristics.
を有する二つのダイバーシチアンテナを比較してみる.
表
1
のダイバーシチアンテナA
は低相関,低利得でブ ランチ間のレベル差が大きい.これに対して,ダイバー シチアンテナB
は高相関,高利得,等レベルであり,それぞれのダイバーシチアンテナがシステム上どのよ うな性能を有するのか,あるいはいずれのダイバーシ チアンテナが優れた性能を有するかは一見したところ 明らかでない.なお,表
1
は,PIFA (Planar Inverted-F
Antenna)
とモノポールアンテナによって構成されたダイバーシチアンテナにおいて,ダイバーシチアンテナ
A
はモノポールアンテナの長さがL
w= λ/ 4
の場合の 特性を,ダイバーシチアンテナB
はL
w= λ/ 2
の場合 の特性を表している[11], [12], [32]
.今,ダイバーシチアンテナ
A
のブランチ1
のみで 受信することを考え,平均誤り率が10
−3となるとき のアンテナの平均受信電力をP
r ecとする.このとき,ブランチ
1
のMEG
をG
eとすると,アンテナが置 かれている空間における平均到来波電力の総和P
0はP
0= P
r ec/G
eとなる[22]
.任意の平均到来波電力P
t をこのP
0で規格化し,選択合成の場合に,表1
のダ イバーシチアンテナA
及びB
の平均誤り率と相対平 均到来波電力P
t/ P
0の関係を描くと,図3
のように なる.図において,横軸P
t/P
0は各ブランチの雑音電 力を一定と仮定すれば平均CNR
に比例する量である.なお,ここでは到来波電力が変化しても到来波の空間 的な分布(すなわち,到来波仰角,標準偏差及び
XPR
) は不変であるとしている.これは,例えば,基地局送 信電力を変化することで実現できる.図
3
において,Non-div.
と記した2
本の曲線はダイ バーシチアンテナA
あるいはB
のブランチ1
のみで図3 ダイバーシチアンテナの比較 Fig. 3 Comparison of the diversity antennas with selection
combining.
受信したときの特性を示しており,表
1
に示すように ダイバーシチアンテナB
ではダイバーシチアンテナA
よりブランチ1
のMEG
が2dB
だけ大きいから,平均 到来波電力で考えればダイバーシチアンテナA
と比較 して2dB
だけ低い平均到来波電力で所望誤り率を得る ことができる(このとき平均CNR
は両ダイバーシチ アンテナとも同じである).なお,図2
ではNon-div.
を完全相関の場合の誤り率特性としたが,図
3
ではNon-div.
を単一ブランチの場合の誤り率特性として定義した.上述のように横軸として伝搬環境における到 来波電力の指標をとることによって,アンテナ利得を 含めた誤り率特性の議論が容易になる.
ダイバーシチアンテナ
A
あるいはB
でダイバーシ チ受信したとき,平均誤り率10
−3におけるダイバー シチ利得は,図3
に示すように,それぞれ9.3dB
及 び9.9dB
であり,これよりF
divは6.3dBi
及び8.9dBi
と計算される.このことは,到来波の受信電界がダイ バーシチアンテナB
ではダイバーシチアンテナA
よ りも2.6dB
低い場所において10
−3の平均誤り率が得 られることを意味している.この低減量は,また,規 定誤り率(10
−3)を得るための基地局送信電力あるい は基地局アンテナ利得の低減量に等しい.F
divは,このように多重波中におけるダイバーシチ アンテナの実効的な性能(ダイバーシチ効果+
アンテ ナ利得)を反映した評価指数であり,これをダイバー シチアンテナ利得(DAG: Diversity Antenna Gain)
と呼 ぶ.すなわち,ダイバーシチアンテナ利得により,従 来個別の特性からは把握が困難であった異なった相 関,実効利得特性を有する複数のダイバーシチアンテ ナの性能を直接的に比較することができ,アンテナ設 計の立場から有用な指標である.なお,上記では平均 誤り率10
−3の場合を例にとって説明したが,他の誤 り率に対しても同様にしてDAG
を求め,ダイバーシ チアンテナの実効性能を評価することができる[32]
. また,偏波不整合や人体による損失を考慮するとDAG
が負の値をとることもあり得る.上記の例では
DAG
を携帯端末ダイバーシチアンテ ナに適用した場合を解説したが,他の応用分野に対し ても適用可能である.例えば,無線による家電連携を 目的としたIoT
分野のダイバーシチアンテナでは,ア ンテナが機器に内蔵されることで,各ブランチが周辺 回路や金属きょう体から異なった電磁相互影響を受け ることによって,不等中央値の状態が発生する.この 状態におけるアンテナの性能評価及び性能最大化のためにも
DAG
は有用である.4.
医療応用BAN
アンテナの研究図
4
に提案アンテナのコンセプトを示す[26]
.図中 の四角の破線はN
個のMIMO
アンテナを示し,それ ぞれのユニットは直交ダイポールアンテナで構成さ れる.二つのアンテナの受信信号はキーパラメータである 平均交差偏波電力比
X PR
とアンテナ傾き角α
を変数 とする重み関数W
VとW
Hによって制御されている.したがって,送受信側双方において学習信号(予備知 識:
Prior Information
)を用いて直交固有ビームを形成 してMIMO
伝送容量の増加を図っているMIMO
固有 モード通信システム[34]
とは違い,提案アンテナは学 習信号を用いずに重み関数を最適化することによってMIMO
伝送容量を増加することができる.図
5
に偏波制御ウェアラブルMIMO
アンテナの構 成を示す.提案アンテナは直交する3
本の半波長ダイ ポールアンテナ(A
x,A
y,A
z)によって構成される.アンテナ傾き角
α
はz
軸からx
軸への角度で定義さ れる.提案アンテナが使用者によって回転させられた とき,二つのスイッチ(SW
1,SW
2)によって3
本の図4 偏波制御ウェアラブルMIMOアンテナのコンセプト Fig. 4 Concept of the weighted polarization wearable MIMO
antenna.
図5 偏波制御ウェアラブルMIMOアンテナの構成 Fig. 5 Structure of the weighted polarization wearable MIMO
antenna.
アンテナから
2
本のアンテナを選択する.選択された アンテナは様々な伝搬環境において垂直偏波と水平偏 波を受信する.ここで注意すべきことは,図5
はあく まで電磁気的なモデルを示しており,ダイポールアン テナでなくても空間的に直交する電流が形成されれば 提案アンテナは正常に動作することである.2
本の選 択されたアンテナの受信信号(垂直偏波成分S
Vと水 平偏波成分S
H)はX PR
とアンテナ傾き角α
の変化 に基づいて作られる重み関数を使って合成される.4. 1
伝搬環境の変化に対応する重み関数提案アンテナが傾いていないときの重み関数を導出 する.図
5
に示したように,提案アンテナが傾いてい ないとき,受信信号(S
VとS
H)は重み関数(W
VとW
H)によって乗算される.ここで,重み関数W
VとW
Hはそれぞれ垂直偏波と水平偏波成分の受信信号に 対応する.したがって,提案アンテナの出力端の信号a
は次式によって表される.a = W
Vs
V+ W
Hs
H(4)
ここで,重み関数(
W
VとW
H)はX PR
によって重み 付けした信号配分となるように次式により与える.W
V=
√ X PR
1 + X PR (5)
W
H=
√ 1
1 + X PR (6)
式
(4)
,(5)
,(6)
からわかるように,重み付け関数(5)
,(6)
により,対象とする受信環境において優勢な到来 波偏波を選択的に抽出して合成しているので,提案方 法によって,X PR
の大きな屋外伝搬環境及びX PR
の 小さな屋内伝搬環境のいずれの受信環境においても最 適な受信波が得られることが期待できる.4. 2
アンテナ傾き角の変化に対応する重み関数 提案アンテナは腕時計型のようなウェアラブル端末 への搭載を想定している.腕時計型端末のユースシー ンには二つが考えられる.一つは両腕を振って歩く歩 行状態であり,あと一つは使用者が端末の画面を見る ブラウジング姿勢である.今,図
6
のようにアンテナA
xとA
zを腕表面に対し て平行に,アンテナA
yを腕表面に対して垂直に装着 する.このとき,アンテナA
x,A
y,A
zの方向と図6
に示す座標軸x
,y
,z
の関係は,図6
の二つのユース シーン(a)
,(b)
によって変化する.そこで,腕の回転 運動に伴うアンテナと腕の位置関係の相対的な変化を図6 腕時計型端末のユースシーン Fig. 6 Use scenarios of watch-type wireless terminals.
図
6
の座標に基づいて考察すると以下のようになる.図
6 (a)
の歩行動作の場合,左腕はy
軸を回転軸と して振られる.左腕の角度β
が0
度のとき,アンテナA
x,A
y,A
z(図6 (a)
の赤,黒,青のアンテナ)はそれ ぞれx
,y
,z
軸に対して平行である.ここで,スイッ チSW
1はA
zアンテナに,スイッチSW
2はA
xアンテ ナに接続される.この場合,アンテナA
y(図6 (a)
の 黒色のアンテナ)は選択されない.なぜならば,腕振 り動作はy
軸を中心にして回転するのでアンテナA
y は常に水平のままであり,常に水平偏波成分を受信す るからである.一方,図
6 (b)
のブラウジング姿勢の場合,腕時計型端末は
y
軸を中心に回転する.ここで,スイッチSW
1 はアンテナA
yに,スイッチSW
2はアンテナA
xに接 続される.この場合,アンテナA
z(図6 (b)
の青色の アンテナ)は選択されない.その理由は,腕はy
軸を 中心にして回転するのでアンテナA
zは水平のままで あり,常に水平偏波成分を受信するからである.上記のように同じ
y
軸を中心にアンテナが回転する が,腕の動きによってアンテナの置かれ方が異なるの で選択されるアンテナが変化する.このように異なる ユースシーンの人の動きに応じてスイッチSW
1,SW
2 は異なった2
本のアンテナ対を選択する.したがっ て,3
本の直交するアンテナが必要となる.なお,本論文では,伝搬モデルとして,水平面(
xy
面)において一様な到来波分布を有する伝搬環境を仮 定している(図8
参照).このような伝搬環境では,水 平偏波成分の強度は全アジマス方位で一定であるため,図
6 (a)
のアンテナA
yや図6 (b)
のアンテナA
zの積 極的な選択は必要とされない.しかしながら,不均一 な到来波分布を有する伝搬環境(クラスター環境)で図7 腕振り人体電磁ファントムを用いた解析モデル Fig. 7 Analytical model using the arm-swinging human phantom.
は,アンテナ
A
yとA
zの選択が高性能化に寄与する 可能性がある.これは今後の研究課題である.図
6
のように,アンテナ傾き角度は人の動きによっ て変化し,アンテナの偏波特性はアンテナの傾き角度 に伴って変化する.アンテナ傾き角度が変化する場合,2
本の直交アンテナによって作られる垂直と水平偏波 成分の合成信号を式(4)
のS
V とS
Hに代入すること によって,出力端の信号は次式によって表される.a = W
V′√
W
V′2+ W
H′2s
V+ W
H′√
W
V′2+ W
H′2s
He
jπ2(7)
W
V′= W
V|cos α| + W
H|sin α| (8) W
H′= W
V|sin α| + W
H|cos α| (9)
ここで,式
(7)
の最終項には,垂直と水平アンテナの 垂直及び水平偏波成分の強め合いと打ち消し合いを解 消するため,位相項π/2
を付与している.式(7)
の導 出方法は文献[26]
に詳述されている.4. 3
腕振り人体電磁ファントムを用いた検証 人の歩行動作における提案アンテナの有効性を実証 するため,歩行動作中の腕振りによるアンテナと人体 の電磁相互影響を考慮することができる人体電磁ファ ントム[35]
を用いた基礎実験を行った.図
7 (a)
はモーメント法によって放射指向性を解析する際に用いた解析モデルである.図
7 (a)
において,β
は図6 (a)
で定義したように左腕の角度(アンテナの傾き角)である.解析周波数は
2GHz
である.解析 モデルの電気特性は,2GHz
における人体の筋肉の平 均値であり,比誘電率は54.2
,導電率は1.51S/m
とし図8 空間フェージングエミュレータと腕振り人体電磁 ファントム
Fig. 8 Spatial fading emulator with the arm-swinging human phantom.
た
[36]
.図7 (b)
に提案アンテナを用いたセットアップ を示す.図7 (c)
は垂直—
水平配置アンテナ,図7 (d)
は腕時計バンドMIMO
アンテナ(Watchband MIMO Antenna)
である.腕時計バンドMIMO
アンテナは左 腕の中心に対して対称に水平アンテナを搭載している.図
7 (b)
,(c)
,(d)
のようにMIMO
アレーを構成する 二つのアンテナ素子はx
軸上に配置した.図6 (a)
か らわかるように,図7 (b)
の提案アンテナにおいてス イッチSW
1はアンテナA
Z,スイッチSW
2はアンテ ナA
Xを選択する.アンテナとファントム表面との距 離は1cm
に設定した.図
7
の解析モデルに基づき腕振り人体電磁ファント ムを用いた2 × 2 MIMO
伝送容量測定実験を行った.空間フェージングエミュレータ
[37]
〜[39]
と腕振り人 体電磁ファントムの写真を図8
に示す.図8
は2
次元OTA
装置であるが屋内等の3
次元到来波をモデル化 した3
次元OTA
装置が開発されている[40], [41]
.動的ファントムを人体の代わりに用いることによっ て高い再現性が得られる.左腕の角度
β
は−15
度か ら+ 40
度の範囲で変化させた.右腕は左腕と同期さ せて+ 40
度から− 15
度の範囲で変化させた.この角 度範囲は被験者を使った歩行動作の統計解析によって 得られた統計データの値である[42]
.図8
のように人 体ファントムの周囲には七つの散乱体が設置されてい る.散乱体によって生成される到来波は水平面におい て一様分布とした.到来波のSNR
は30dB
として解 析を行った.SNR
は等方性アンテナを移動させたとき の平均受信レベルを基準としてノイズ量を計算するこ とによって設定した.XPR
を10dB
に固定し,腕振り人体電磁ファント ムの左腕の角度を変化させたときの2 × 2 MIMO
伝図9 左腕の変化に対するMIMO伝送容量特性 Fig. 9 MIMO transmission capacity vs. angle of the left arm.
送容量の解析及び実験結果を図
9
に示す.図9
にお いて,●印は提案アンテナ,▼印は等分配アンテナ(W
V= W
H= 1 / √
2 )
,■印は図7 (c)
に示した垂直—
水 平配置ダイポールアンテナ,▲印は図7 (d)
に示した 腕時計バンドMIMO
アンテナ(
水平—
水平配置)
の実 験結果である.4
種類のアンテナの解析結果はモンテ カルロシミュレーションによって計算した[35]
.黒色 実線が提案アンテナ,青色鎖線が等分配アンテナ,ピ ンク色点線が垂直—
水平配置ダイポールアンテナ,赤 色破線が腕時計バンドMIMO
アンテナ(
水平—
水平配 置)
の解析結果である.図
9
の解析結果より,最適な重み関数を適用した提 案アンテナを用いたとき,アンテナ傾き角の変化にか かわらず高く安定した伝送容量が観測される.等分配 アンテナの伝送容量は−15
度から+40
度の左腕の角 度範囲においては提案アンテナより小さいことがわか る.その理由は,等分配アンテナは垂直と水平偏波成 分を常に等しく合成しているため,アンテナ傾き角に 応じてそれぞれの偏波成分を最適に合成することがで きていないからである.垂直—
水平アンテナと腕時計 バンドMIMO
アンテナを用いた場合,大きな劣化が 観測できる.その理由は,交差偏波成分に対する受信 能力がないからである.以上より,提案アンテナの有 効性が確認された.なお,図
9
の実験的検証において,提案アンテナで は固定減衰器(
アッテネータ)
を用いて不等電力分配 器の実現を図っている[26]
.固定減衰器の使用は離散 的な不等電力比の設定となり,設計値からずれを生じ る.更に回路構成が複雑になり大きな残留損失が発生する.一方,等分配アンテナでは単純な構成で低損失 なウィルキンソン電力分配器を用いている.図
9
の実 験結果で等分配アンテナが優れた特性を示しているの は,電力分配器の高精度な分配比設定と低損失性に起 因していると思われる.高精度な分配比を有する低損 失な不等電力分配器の開発は今後の課題である.5.
車載向け大規模MIMO
アンテナの研究MIMO
アンテナにおける伝送容量拡大の最も直接的 な方法は素子数の増加である.近年,基地局側に100
素子以上のアレーを具備したMassive MIMO
アンテナ が盛んに研究されている[43], [44]
.しかしながら,端 末側における大規模MIMO
(Large-Scale MIMO
)アン テナの構成法に関する検討例は少ない.第5
世代以降(
B5G
:Beyond 5G
)の次世代通信の技術革新を牽引す るためには,100Gbps
を超える圧倒的な伝送容量を実 現するアンテナ技術の開発が急務である.将来の通信ビジネスの新機軸として,車両の自動運 転や車車間の自律分散高速通信環境を実現するコネ クテッドカーが注目されている
[45]
.車載アンテナで は,車両の激しい動特性環境において高い設計性能を 維持するため,通信目標である全方位すなわち360
度 にわたるアジマス方向を包含する放射特性が求めら れる.Massive MIMO
の基地局アレーではパッチアン テナを2
次元的に配列した平面アレーの開発例が多 い[46], [47]
.しかしながら,平面パッチアレーは,特 定の空間領域を照射する目的で使用され,全方位にわ たる通信性能を提供しない.全方位に対して
100Gbps
の伝送容量を実現するデ イジーチェーンMIMO
アンテナ(Daisy Chain MIMO Antenna
)が提案されている[48]
〜[50]
.提案アンテナ は,ヒナギクの花輪のようなデュアルリング構造と なっており,花びらに相当する基本単位の4 ×4 MIMO
アレーを様々な幾何学模様に配置することによって,多様な
MIMO
アレーの構成が可能であり,高次の大 規模MIMO
アンテナが容易に実現できる.上記したデイジーチェーン
MIMO
アンテナは,筆者 が航空機衝突防止装置(TCAS: Traffic alert and Collision
Avoidance System)
用に開発したアンテナ[51]
からヒ ントを得て,そのアイデアを創造している.このよう に,一見古典的と見える異分野の研究成果を現在の応 用対象と結びつけることによって,その研究当時とは 全く異なった新しい価値を吹き込み,新規性のある研 究に蘇らせることができる.図10 デイジーチェーンMIMOアンテナ Fig. 10 Daisy chain MIMO antenna.
5. 1
デイジーチェーンMIMO
アンテナ図
10
にデイジーチェーンMIMO
アンテナを示す.提案アンテナの動作原理は図
12
を用いて後述する.図
10
のそれぞれは,(a) 4 × 4 MIMO [52]
,(b) 8 × 8 MIMO [53]
,(c) 16×16 MIMO [54]
,(d) 32 ×32 MIMO [50]
,(e) 64 ×64 MIMO [49]
,(f) 128 × 128 MIMO [48]
である.図のように,
4 × 4 MIMO
を基本構造として 用い,これを様々な幾何学模様に配置することによっ て,多様なアレー構成が可能であり,高次のMIMO
を 容易に構成することができる.例えば,(e)
の64 × 64 MIMO
では,花輪を構成する周りの赤色の花びらのそ れぞれが(a)
の4 × 4 MIMO
となっており,その総和 として64 × 64 MIMO
アレーを形成している.一般に,
MIMO
アンテナの伝送容量の向上は,(1)
素 子数の増加,(2)
素子利得の向上,(3)
素子間相関の低 減,の三つの手段によって図られる.提案するデイ ジーチェーンMIMO
アンテナは,5. 2
で述べるよう に,これら三つの要件を同時に達成できることが最大 の特徴である.このアプローチの特筆すべき他の特徴 に製作の容易さがある.基本単位である4 × 4 MIMO
アレーの開発・設計・製作を実施すれば,高次MIMO
は4 × 4 MIMO
アレーを単に配列するだけで実現可能 である.図
11
は デ イ ジ ー チ ェ ー ンMIMO
ア ン テ ナ の ア レーサイズと伝送容量の関係である.図中の32 × 32 MIMO
を次章で詳述する.図の1000bits/s/Hz (
赤点線)
は100MHz
の周波数帯域幅で考えれば100Gbps
に相 当する.アレーサイズの拡張,素子利得の向上と相関 の低減によって全方位100Gbps
の実現が可能である.図11 アレーサイズと伝送容量 Fig. 11 Size of the array vs. channel capacity.
図12 デイジーチェーンアレー配置による32×32MIMO アンテナの構成
Fig. 12 32×32MIMO antenna using the daisy chain array structure.
5. 2
高次MIMO
アンテナの構成法デイジーチェーンアレー配置による
32 × 32 MIMO
ビ ー ム 走 査 ア レ ー ア ン テ ナ の 構 成 を 図12
に 示 す.図12 (a)
はMIMO
アンテナの全体構成を示す.図
12 (b)
は4 × 4 MIMO
アンテナであり,32 × 32
MIMO
アンテナの32
のサブアレーを構成する要素と して半径r
の円周上に45
度間隔で配置する.図
12 (a)
に示すように,開発したMIMO
アンテナ はヒナギクの花輪のようにデュアルリング構造に配置 されたアレー形状を有している.一つのリングは4 ×4 MIMO
アレーによって形成され,もう一つのリングは 半径r
の円周上に等角度間隔で配置された4×4 MIMO
アレーによって構成される.サブアレーは以下で述べ るように,二つのペア素子によって形成する.図
12 (b)
に示すように,4 ×4 MIMO
アンテナは9
個 の素子で構成され,そのうち8
個(#1-#8)
が半径a
の 円周上に45
度間隔で配置され,1
個(#9)
が中心に配 置されている.素子#1-#8
は半波長ダイポールであり,素子
#9
は無給電素子であって電磁結合を利用して利得 向上に寄与する[52]
.8
個の素子は四つのサブアレー を形成する.図において上から#2
と#3
,#1
と#4
,#5
と#8
,#6
と#7
の4
組である.アンテナ間距離d
1及 びd
2に応じて位相差を設けて合成することにより指 向性のビーム方向を制御する.これにより高SNR
を 実現できる.提案アンテナのもう一つの特徴は低相関である.
図
12 (b)
のように,図の右側から電波が到来するとき,四つのサブアレーは到来波に対して垂直に配列される.
一般にクラスター伝搬環境では到来波方向に対してア レー配列が平行な場合は受信信号の相関が高くなるの に対して,直交している場合は相関が低くなる.提案 アンテナは到来波方向に対して垂直に配列されている ため,四つの受信信号は低相関となる.
八つの素子が
45
度間隔で円形に配列されているた め,サブアレーは到来波方向に応じて45
度ごとに回転 することができる.つまり,車両が交差点で右折,左 折する際でも適切なサブアレーの組み合わせを選択で きる.この機能は32 × 32 MIMO
アンテナシステムに おいてもサブアレーを所望方向に向けるのに役立つ.上述の機能を利用するため,提案アンテナは到来波方 向推定機能を具備している.
AOA
(Angle-of-Arrival
)ア ンテナは,MIMO
アンテナの中心に配置され,図12 (b)
と同様の構造をもつ.AOA
アンテナの動作原理と基 本特性は文献[55]
に,角度推定に関する実験的検証 は[56]
に記載されている.5. 3
伝送容量の全方位変動特性図
13
は到来波角度を横軸としたときの32×32 MIMO
伝送容量の解析結果である.アンテナの電磁界解析はモーメント法によって行っ た.
MIMO
チャネル応答解析は,大規模MIMO
アン テナのために開発した散乱体ランダム配置によるモン図13 到来波角度と32×32MIMO伝送容量 Fig. 13 Angle of incident wave vs.32×32MIMO channel
capacity.
テカルロ法
[57], [58]
によって実施した.なお,図13
の伝送容量は,到来波角度を理想的に推定できている ものとして計算した結果である.解析周波数は
2GHz
である.到来波の広がり角σ
は30
度,SNR
は30dB
である.4 × 4 MIMO
アンテナ の半径a
は4.9cm
である.4 × 4 MIMO
の設置半径はr = 30cm
である.交差偏波電力比XPR
は50dB
(垂 直偏波)とした.図13
の赤破線は,素子間隔3cm
の4
素子リニアダイポールアレーを用い,8
個の4
素子 リニアアレーを図12 (a)
の4 × 4 MIMO
アンテナの座 標にy
軸に並行に設置して,32 × 32 MIMO
を構成し たときの解析結果である.図
13
に示すように,提案アンテナでは到来波角度に よらず伝送容量は一定である.これに対してダイポー ルアレーでは,到来波角度が90
度と270
度のときに伝 送容量は32bits/s/Hz
以上低下する.これは,ダイポー ルアレーの低いSNR
と高い相関に起因している.一 方,提案アンテナは到来波方向によらず220bits/s/Hz
の一定のチャネル容量を維持している.2
次元MIMO-OTA
評価装置を用いて提案アンテナの伝送容量測定を行った.測定風景を図
14
に示す.OTA
評価装置は半径1.2m
の円周上に14
本の散乱 体アンテナが等間隔で配置されている.到来波の広が り角σ = 30deg
,SNR
は30dB
及び40dB
,サンプリ ング数は5000
,移動距離は250 λ
とした.測定周波数 は2GHz
である.図
15
に到来波方向を変化させたときの伝送容量の測 定結果を示す.丸と四角の赤色のシンボル点は,OTA
装置による測定結果を示し,黒線は,モンテカルロシ ミュレーションの解析結果を示している.図15
から わるように,提案アンテナは,360
度の全アジマス方図14 OTA評価装置を用いた32×32MIMO伝送容量測定 Fig. 14 32×32MIMO channel capacity OTA measurement.
図15 32×32MIMO伝送容量の測定結果 Fig. 15 Measured results of32×32MIMO channel capacity.
向に対して
200bits/s/Hz
以上の伝送容量を達成してい る.これは100MHz
帯において20Gbps
に相当する.また,
22.5
◦と337.5
◦での測定点は,隣接するセクタ 間の境界に位置している.これらの測定結果を0
◦と360
◦の測定結果と比較すると顕著な変動が認められな い.これは提案アンテナのビーム走査機能が正常に動 作していることを意味している.以上より,提案アン テナの全アジマス方向にわたる超ギガビット伝送容量 特性が実験的に実証された.5. 4
飛翔車両向け全立体角アンテナへの展開 現在,飛翔車両(空飛ぶ車: Flying Car
)間通信の実 現に多くの関心が集まっている[59]
〜[61]
.通信を行 うターゲットが水平面に限定される従来の自動車とは 対照的に,飛翔車両は水平及び垂直方向へ自由に飛行 経路を変化させるため,全立体角に渡る放射特性を有 するアンテナが必要となる.2.
の図1
で述べたように,新しい応用分野(Applica-
tion)
は常に,システムの性能を決定する主要影響因子(Key Parameter)
を伴う.したがって,研究者の最も重 要で本質的な役割は,主要影響因子の見極めと抽出し図16 ダイオードによる地板半径切り替えモノポール アレー
Fig. 16 Variable ground plane size monopole array with diode switching.
図17 全立体角照射が可能な指向性走査アレー Fig. 17 Beam scanning array illuminating over the full solid angle.
た影響因子を最適に制御することによって,新たな利 用技術が要求する解決策
(Solution)
を与えることであ る.この方法論が端末アンテナ技術に弛まぬ進化と拡 大を未来に向けて与え続ける.図
12
の4 × 4 MIMO
システムでは,アレーを構成 する素子として半波長ダイポールアンテナを使用して いる.そのため,アンテナから放射される指向性の最 大値は水平面に存在し,全立体角を効率良く照射する ことができない.これにより高仰角の角度範囲,特に 天頂及び天底方向の角度において伝送容量の著しい低 下を招く.この問題を解決するため,図
16
に示すように,地板 に設置されたモノポールアンテナに対して,能動素子 を用いて地板半径を最適化することにより,高仰角方 向において高い伝送容量を達成するMIMO
アレーアン テナが提案されている[62]
.更に,3
次元空間全体を効 果的に照射するために,図17
に示すように,図16
の4 × 4 MIMO
アレーシステムを飛翔車両の上下にサンド イッチ状に配置する.これにより,天頂及び天底方向を 含む全立体角にわたる高速MIMO
伝送が実現できる.更に,図
16
と同じアレー構造を用いた全立体角にわた るAOA
アンテナが提案されている[63], [64]
.これらAOA
アンテナとMIMO
アンテナの協調動作によって図18 (a)ダイポールアレーと(b)モノポールアレーの全 立体角にわたる3次元伝送容量表示
Fig. 18 Three dimensional channel capacity over the full solid angle.
全立体角にわたる飛翔車両間の高速通信が可能になる.
図
18 (a)
,(b)
はダイポールアレーとモノポールア レーの伝送容量の3
次元表示である.図18 (a)
から わかるように,ダイポールアレーの伝送容量は天頂 及び天底において深いヌルが形成されている.一方,図
18 (b)
のモノポールアレーでは,伝送容量特性は等半径の球体形状を有しており,任意方向においてター ゲットに接続できる能力を有していることがわかる.
6.
む す び本論文では,ダイバーシチからアダプティブアレー,
そして
MIMO
アレーアンテナと進化し続けてきた端 末アンテナシステム技術の30
年にわたる進化の足跡 を,筆者が携わってきた研究開発を中心に解説した.2.
では,システム性能を決定する影響因子と性能向上 策及び評価方法の関係を述べた.それ以降の章では順 に,第1
,第2
世代携帯端末アンテナ,医療応用BAN
アンテナ,そして最後に車載向け大規模MIMO
アン テナの研究についてその概要を解説した.これら筆者が行ってきた一連の研究開発を通して,
一見古典的と見える異分野の研究成果を現在の応用対 象と結びつけることによって,その研究当時とは全く 異なった新しい価値を吹き込み,新規性のある研究に 蘇らせることができることを説いた.
本論文が,未来に向けて移動体通信技術を牽引する 担い手である若手研究者にとって,当該分野を進化さ せ続けるための一助になれば幸いである.
謝辞 文献
[51]
の研究開発と学会発表を通して理論 と方法論を,更には研究者とりわけ工学に携わる産業 人としての姿勢と本分を直向きに御教授頂き,社会に 出て就業間近の未熟な著者を研究,学術更に学問の道に誘って頂きました元上智大学教授の佐藤源貞先生
[65]
並びに元名古屋工業大学教授の稲垣直樹先生
[66]
に甚 大なる謝意を申しあげます.関連研究委託 本論文の
4.
の研究開発は総務省SCOPE (
受付番号145005101)
の委託を受けたもので ある.本論文の
5.
の研究開発は総務省SCOPE (
受付番号175005001)
の委託を受けたものである.文 献
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(2019年12月21日受付,2020年4月10日再受付,
7月21日早期公開)
小川 晃一 (正員)
昭56松下電器産業(株)入社.デンマー ク・オールボー大学客員教授(平17).現 在,富山大・工・教授(平22).工博(東 工大).