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南アジア研究 第27号 007書評・三輪 博樹「近藤則夫『現代インド政治―多様性の中の民主主義―』」

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Academic year: 2021

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全文

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本書では、独立後から現在に至るインドの民主主義体制について分 析されている。分析の手法は、膨大な文献と現地調査にもとづいてイ ンドの民主主義体制の特徴とその変化を記述し、それを選挙の集計 データ、社会経済的データ、世論調査データなどを用いた統計的な分 析によって裏付けるというものである。著者の近藤氏は1990年代以降、 このような手法による研究成果を多数発表しており、また、本書の第 4章から第8章までの5つの章は、2000年代以降に同氏が発表した書籍 や論文がもとになっている。その意味で本書は、著者のこれまでの研 究成果の現時点での集大成と言えるものである。 本書は序章と終章を除いて3編から構成されているが、各章の内容に もとづけば、インドの民主主義体制の「変化」を主に論じた前半部分 (第5章まで)と、民主主義体制の「頑健性」を主に論じた後半部分 (第6章以降)に分けられる。第1章から第3章までの各章では、独立後 のインドにおける政党政治の変化と、それにともなう中央政府の経済 開発戦略の変化、そうした変化をもたらした社会経済的要因などが記 述的に分析されている。 第1章~第3章の内容をまとめると以下のようになる。インド国民会 議派(以下、「会議派」と略)による一党優位体制モデルは、農村に おいて急進的な改革を行えないという制約や、会議派内部の様々な勢 力の均衡を維持するという制約の組み合わせの中で機能したモデルで あった。この状況は政党システムに安定性を与えたが、その一方で、強 い権力を用いて急進的な政策を行うことは困難であった。歴代の会議 派政権による経済開発は失敗に終わり、また、農村部の中間的諸階層 の台頭が見られた。その結果、1967年から非常事態体制が終わるまで の10年間、インドは経済的・政治的な危機に見舞われた。この「危機 の10年間」に人々の政治意識は流動化し、会議派に対抗するための野 党の戦略的結集などによって政治競争が激化した。それによって会議

近藤則夫『現代インド政治─多様性の中の民

主主義─』

名古屋:名古屋大学出版会、2015年、ix+596頁、7200円+税、 ISBN978-4-8158-0794-8

三輪博樹

書 評

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派の支持基盤は大きく揺り動かされ、それまでは抑え込まれていた 様々な争点が政治の中心に持ち込まれることになった。 そうした争点の中でもっとも重要となったのは、経済の構造改革で あった。1980年代から自由化の動きが徐々に開始され、経済危機や国 際機関の圧力を引き金として、1991年から本格的な構造改革が実施さ れた。構造改革の重要性は会議派を含む各政党の間で共有されるよう になったが、その一方で、2004年に政権に復帰した会議派のもとでは、 同党の支持基盤である貧困大衆に向けた「競合的ポピュリズム」の動 きも目立った。他方、経済の構造改革とともに重要な争点となったの は、「その他の後進階級(

OBCs

)」への留保問題やヒンドゥー・ナショ ナリズムなど、アイデンティティ政治の顕在化であった。そして、これ ら2つの争点をめぐる政治は会議派の支持基盤をさらに縮小させ、イン ドの政党システムの変動を加速していった。 続いて第4章と第5章では、選挙の集計データと社会経済的データを 組み合わせた統計的な分析によって、第1章~第3章の議論が補強され ている。第4章では、連邦下院選挙の投票率とその決定要因が分析され ている。分析の結果、識字率や農業生産性などの社会経済発展が投票 率に対して及ぼす影響は1990年代以降小さくなり、それに代わって、 各州に固有の要因が及ぼす影響が徐々に大きくなっていることが示さ れた。この結果をふまえて著者は、投票率に関するこのような長期的 傾向が、1990年代以降の中央における政治的断片化と流動化の背景に あると主張している。 第5章では、連邦下院選挙における会議派の得票率とその決定要因が 分析されている。分析の結果、経済政策の失敗やコミュナル暴動によっ て会議派の支持基盤が揺り動かされ、人々の期待に沿えなかった会議 派に対する支持が縮小していく過程が見られた。それによって政党シ ステムは断片化し、イスラーム教徒などの宗教的少数派が政治的な重 要性を高めることとなった。そして著者は、第4章と第5章の分析結果 をふまえて、有権者の政治認識が社会経済構造という要因によって影 響を受けることが少なくなり、代わって、州レベルの政治的な動きな ど、より政治的なものの影響が大きくなってきたと主張している。 このように、独立後のインドの民主主義体制は大きな構造変化を経 験してきたわけであるが、そうした変化の中にあってもなお、ジャン

(3)

ムー&カシミール州や北東部地域の一部を除いたインドの「主要部」で は、民主主義体制は柔軟かつ頑健であり、十分に機能していると著者 は主張する。第7章で議論されているように、民主主義体制を脅かす可 能性を持ったものとして、ヒンドゥー・ナショナリズムによる「多数 派の専制」が考えられる。しかしこれも州レベルの様々な制約や反作 用に直面しているため、多数派の支配としてのヒンドゥー・ナショナ リズムは全インド的な影響力を持つことができず、民主主義体制の機 能を決定的に損ねてはいないという。 そして、民主主義体制に対して「柔軟性」や「頑健性」をもたらす 要因として分析されているのが、有権者のトラスト(信頼)(第6章) と協調的連邦制(第8章)である。第6章では世論調査のデータを用い て、インドの民主主義体制における有権者のトラストが分析されてい る。分析の結果、インドの人々の認識構造においては、「社会的トラス ト」や「社会不安感」など社会に対する認識と、「政治体制へのトラ スト」など政治体制に対する認識が分離されていることが示された。そ のため、政権の不安定や政府の政策的失敗によって政府への不信感が 増大しても自動的には社会不安にはつながらず、逆に、社会不安が増 大しても自動的には政治不信にはつながらない。著者は、人々の認識 構造におけるこのような分離状況を「層化」と呼び、これによってイ ンドの民主主義体制の安定性がもたらされていると主張する。 中央‐州関係について論じた第8章では、インドの「主要部」では 社会的亀裂にもとづいて州内が分裂した状態にあることと、第6章で明 らかにされた人々の政治社会意識の「層化」によって、州全体をまと める地域的・民族的アイデンティティが先鋭化しにくいことが指摘され ている。それに加えてインドでは、中央‐州関係の議論を通じた主要 政党間の政治的交渉と妥協のプロセスによって、「慣習」としての協調 的連邦制が作り上げられている。これら2つの要因によってインドで は、複数の民族が各々のアイデンティティを失うことなく共存できる 「ステート・ネーションズ」が成立しており、少なくともインドの「主 要部」では、民主主義が柔軟性と頑健性を備えていると考えられる。 独立後のインドが比較的安定した民主主義体制を維持していること は、現在ではわが国でも広く知られるようになった。インドの民主主 義や政党政治、選挙政治などに対する関心も徐々に高まり、インド政

(4)

治について解説した日本語の文献も以前に比べれば多く見られるよう になっている。しかし、独立後のインドの民主主義体制の変化や現在 の状況について、詳細に論じた日本語文献は非常に少ない。 これに対して本書は、独立直後から2000年代までという長期間にわ たるインドの民主主義体制の構造変化を詳細に論じており、他に類を 見ないものである。「政党システムの変容」と題されている第

I

編(第 1章~第3章)を通読するだけでも、独立後のインド政治に関して深い 知見を得ることができるだろう。また、本書全体の内容を理解すれば、 インドの民主主義体制がどのような過程を経て現在の安定的な状態に 至ったのか、その安定性が維持されているのはなぜなのかといった点を 理解することができる。 本書に関してもうひとつ特筆すべき点は、各種の数量データを用い た統計的な分析が効果的に用いられ、著者の議論が補強されているこ とである。使われている分析モデルや分析手法には高度なものも含ま れているが、なぜそのようなモデルや手法を用いるのかが丁寧に説明さ れ、また、簡単な分析から複雑なモデル構築へと至る分析過程が順を 追って説明されているため、統計学に関する知識が乏しくても内容を 理解することは容易である。また、これらの分析では「州ダミー変数」 (第4章)や「選挙時ダミー変数」(第5章)が効果的に用いられ、そ れらに対して説得力のある説明がなされている。 「州ダミー変数」とは、各州独自の要因を表す変数、「選挙時ダミー変 数」とは、各回の選挙における固有の要因を表す変数である。著者の これまでの研究において、これらのダミー変数は、社会経済的な指標 では説明しきれない「その他の要因」として扱われることが多く、こ の点が評者にとっては常に不満であった。しかし本書では、たとえば 第4章の分析において、「州政治の特殊性に分け入るのには限界がある」 (277頁)としつつも、州ダミー変数から導かれる値の変化を解釈する ことによって、各州に固有の要因が有権者の投票率に及ぼした影響に ついて、ある程度説得力をもった説明がなされている。 こうしたダミー変数の内実を説明するためには、当然ながら統計学 の知識だけでは不十分であり、調査対象となる国や地域に関する深い 知識を有していることが不可欠となる。本書では、膨大な文献と現地 調査にもとづいた著者自身の研究の蓄積によってこれが可能となって

(5)

おり、その意味で本書は、叙述的な分析と統計的な分析を組み合わせ た研究の成功例と見なしてよいものである。 その一方で、本書に関してはいくつかの不満もある。ここでは2点指 摘しておきたい。第1に、第1章から第3章までの記述について、中央 政府および与党の動きに関する内容が中心となっており、野党各党の 動きに関する分析が非常に少ないことが挙げられる。野党の動きにつ いて言及されている箇所についても、政府や与党の動きに対して野党 がどのような対応をとったのか、という観点からの記述が目立つという 印象である。会議派中心の政党システムを揺るがした構造的変動のひ とつとされる農村部の中間的諸階層の台頭や、1990年代以降、経済の 構造改革の重要性が各政党の間で共通の認識となった理由、2004年以 降の会議派主導の連立政権のもとで競合的ポピュリズムの動きが目 立った理由などを十分に理解するためには、政府や与党の動きだけで なく、それぞれの時期の野党各党の主体的な行動についても検討する 必要があるのではないだろうか。 第2に、第4章から第6章までの統計的な分析に関して、各章で示さ れている結論自体に異論はないものの、第4章と第5章で用いられてい るデータに関しては疑問が残る。本書の284

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286頁で詳しく説明されて いるように、インドでは県の境界と連邦下院選挙区の境界が一致せず、 そうした中で選挙の集計データと社会経済的データを組み合わせた分 析を行うために、本書の分析で用いられている投票率や会議派得票率 のデータは、県の境界に合わせて作り直された「仮想的」なものとなっ ている。これは以前にも指摘したことであるが1、選挙データを県の境 界に合わせて再編することによって、各候補者の特徴、候補者の数や 対立関係、過去の選挙結果といった、個々の選挙区における有権者の 投票行動の「文脈」に関わる情報が失われてしまうのではないかと考 えられる。 したがって、選挙区ごとのデータを再編することなく、各県の社会 経済的なデータを各選挙区に対応させられれば理想的ではあるが、こ れまでは「無い物ねだり」という感も強かった。しかし最近では、イ ンドの農村調査などにおいて地理情報システム(

GIS

)の導入が試みら れており、選挙分析においても、各選挙区と各県それぞれの位置情報 にもとづいて、社会経済的なデータを各選挙区に対応させるといった

(6)

やり方が可能かもしれない。 最後に、これは本書に対する批判ではないのだが、本書の出版時期 によるものか、2014年の第16回連邦下院選挙以降の動きが分析に反映 されておらず、いくつかの注の中で言及されているだけに留まっている のは残念である。インド人民党(

BJP

)が連邦政権を奪回し、ナレンド ラ・モディが首相に就任して以降、インド国内では、イスラーム教徒 に対する襲撃事件など「宗教的不寛容」の動きが問題となっている。こ れはインドの民主主義体制に悪影響を及ぼす可能性を有していると思 われるが、その一方で、2015年10

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11月のビハール州議会選挙におけ る

BJP

の敗北は、インドの民主主義体制の柔軟性と頑健性を示している ようにも思われる。最近のインド国内の政治動向をふまえた、著者の 次の研究が待ち遠しいところである。

1 Norio Kondo, Indian Parliamentary Elections after Independence: Social Changes and Electoral

Participation (Institute of Developing Economies, JETRO, 2003)に対する書評(『国際政治』第 140号、2005年)を参照。

参照

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