研
究
動
向
イン ドにお ける
「
危機言語」に関する研究
奈良 毅
「危機 言 語 」 とは英 語 のEndangered Languageの 訳語 であ るが 、 この 術 語が ユ ネス コ によ って使 用 された 当初 は、 「絶滅 が危 惧 され る言語 」 と か 「消 滅 の危機 に瀕 してい る言語 」 な ど と訳 され てい た。 しか し、 こ う し た呼称 は少 し長 す ぎて不便 なの で、 もう少 し簡 潔 な訳語 は ない ものか と 日 本 言語 学会 の 中に新 た に設置 された専 門小 委員 会 で検 討 した結果 、 この略 称 が 採択 され た、 とい う経 緯 が ある。 近年 、動物 や植 物 の 中のあ る種 が絶滅 危惧 種 と認 定 され、 それ をマ ス コ ミが取 り上 げて報 道 す るや否 や、世 の多 くの人 々がす ぐさま敏 感 に反応 し、 そ の種 の保護 を声 高 に叫 ぶ傾 向が あ るが、 人 間 自身 の話 す特 定言語 が この 地球 上 か ら消 滅 しそ うで あ る、あ るい は消滅 して しまった とい う事 実 が判 明 して も、一般 の人 は もち ろんの こと、マ ス コ ミ関係 者 です ら危機 意識 を 持 ち積極 的 に記録 ・保 存 ・再生 を世 に訴 える こ とはあ ま りなか った。 さら に深 刻 なの は、 当該言 語 を使用 す る人 たち 自身が 自分 の言 語 の消滅 に対 し て危 機感 を もたず 、保 存 しよ うとい う意 欲 もない こ とで あ り、そ うした実 情 を知 る立場 にあ る言 語 の専 門家達 さえ も、ほ んの一 握 りの研 究者 を除 け ば 、「危 機 言語 」 の保存 ・再生 の 必要 性 を世 間 に訴 え 自 ら一肌 脱 こ う とい う言 語学 者が 、残 念 なが らい なか った こ とであ る。 あ る言語 が消 滅 して しま う理 由 と して は、(1)そ の言 語 の使 用者(部 族/民 族)が 自然 災害 や疫 病や 戦争 な どに よっ て絶滅 して しま うか、(2) 政治 ・社会 ・経済 的 な圧 力 に よっ てその 言語 の使用 者 自 らが母語 の使 用 を 止 め、他 の言語 を使 用 し始 め る、 とい う二つ の場合 が考 え られ る。特 に後 者 の理 由、つ ま り当該言 語 の使用 者 は人 間 と して は存続 す る ものの 、彼 ら の話す 言語 は他 の有 力言 語 に置 き換 え られ、使 用 され な くな り、遂 に は消 滅 して しま う とい う過程 を辿 り得 る し、 それが 動植 物 の絶滅 危惧 種 の場合と異 な る点で もあ ろ う。
1992年 、Michael Kraussと い う言語 学者 が 自著 のThe Worid's Languages in Crisisにお い て 「地 球上 におい て、現 時 点で は、約6∼7千 の言語 が 話 され てい るが 、今世 紀 末 まで には、 その ほ ぼ半数 の言語 が 、最 悪の場 合 に は95%に の ぼ る言 語 が消 滅 す る か も しれ ない 」 とい う警 告 を発 した と こ ろ、 そ れ を重 く受 け止 め た国連 のユ ネ ス コ機 関 は、加 盟各 国 の政府 に対 し、 そ うした 「危 機言 語」 の実態 に関す る情 報 の提 供 と、 そ れ らを人類 文化 と して保存 再生 させ るため の対策 を講 ず る よ う呼 びか けた。 それ に応 ず る形 で 日本 政 府 は、 まず1994年 東 京大 学 文 学部 東 洋諸 民 族 言語 文化 部 門内 に 「危 機 言語Clearing House」 を設置 し、 世界 中の 「危 機 言語 」 に関す る情 報 を集 め始 め、 翌1995年 に は 「危 機 言語 」 を研 究 し て い る世 界 中の大 学 や研 究機 関 に所 属 す る言 語学 者 ない し民 間の 言語研 究 者達 を招 聘 し、 「危機 言語 」 問題 に関す る国際 セ ミナー を開催 した。 こ う した動 きに呼 応 して 日本 言 語 学会 も、 そ の組 織 内 に 「危 機 言語 小 委 員会 」 を新 設 し、1998年 には東 京 で、1999年 に は大 阪 で公 開 シ ンポ ジ ウム を開催 し、 この問題 に関す るマ ス コ ミ関係 者 と一般 市民 の 関心 を高 め、 世 論 の喚起 に努 め たの であ る。 一方、 当時北 太平 洋地 域 に住 む少数 民族 の言 語 を調査研 究 す る プロ ジェ ク トを進 めて いた京 都大 学 言語学 科 の宮 岡伯 人教授 は、太平 洋沿 岸 部全域 に わた る大 が か りな 「危 機 言語 」調査 研 究 プロ ジェ ク トを構 想 し、 日本 言 語 学会 に よる強力 な支持 の もと、文部 科学 省 に科学 研 究補助 金 の交付 を 申 請 した 。や が て それ が認 め られ、1999年 か ら2003年 にい た る まで の4年 間 にわた り、国 内外 の研 究 者約200人 が 、それ ぞれ の専 門地域 にお ける 「危 機 言語 」 の調査 研 究、録 音録 画 を含 む記 録保存 と、再 生の た めの教科 書 づ くりに励 み、 約130冊 にの ぼ る資料 集 を これ まで に刊行 してい る。 この 巨大 プロ ジ ェク トへ の参加 者 は、 もっぱ ら 「危 機言 語」 の調査 と記 録 に重点 を置 くA班 と、理 論構 築 と情 報 処理 に重 点 を置 くB班 に、 まず 大 別 され 、 さ らにA班 は南 太 平洋 沿岸 地帯 、北 太 平洋 沿岸 地 帯、 東 ・東南 ・ 南 ア ジア地 帯 、 日本 国 内の 四つ の サ ブグ ルー プ に、 ま たB班 は、 「危 機 言 語」 の記録 方 法 、言語 消失 と存 続 の原動 力、 言語 資料 や 情報 の電算 処理 化 、 に 関す る研 究 を行 な う三つ のサ ブ グル ープ に分 け られ た。 筆者(奈 良)は 、 A班 の東 ・東南 ・南 ア ジ ア グル ー プ に入 り、東 京外 国語 大 学 ア ジア ・ア
フ リカ言 語文 化研 究所 のPeri Bhaskararao博 士 と と もに、 南 イ ン ドにあ る タ ミル ナー ド州 のニ ルギ リ山岳 地帯 に住 む トダ族 の 言語 を、 またマハ ー ラー シ ュ トラ州 の北 部 でマ ッデ ャ ・プ ラデー シ ュ州の州 境 に接 す る地帯 に 住 むナハ ル族 の言 語 を、 デ ッカ ン大学 言 語学 科 所属 のK.S.Nagaraja博 士 と共 同 で調査研 究 を行 なった。 トダ族 の人 口 は、現在800人 程 度 といわ れて い るが、野 菜 と水 牛 の乳 を 主 な栄養 源 とす る厳格 な菜食 主義 者 たち であ る。水 牛1頭1頭 に は固有 の 名前 が 付 け られ 、神 聖 なる動物 として扱 われ、 聖域 の 中で飼 育 され る。 ト ダ族 の 人 間が死亡 した場合 は、そ の故 人が あの 世で 生活 す るの に不 自由が ない よ うに との 配慮 か ら、数頭 の水 牛 が犠牲 に され 、特別 の儀 式 に よっ て 故 人の魂 と ともにあ の世 に送 り込 まれ る。葬 られた水 牛 の肉 は、菜 食 主義 者 であ る トダの人 々に よって食 され るこ とは な く、近 隣 に住 む コ タ族 やバ ダガ族 な ど他 の部 族 に引 き渡 され、 そ れ と交 換 に鍋や 壷 な どの生活 用 品や 穀物 な どが彼 等か ら提 供 され る。 彼 らの話す トダ語 には、 文字 が な く、音 声 に よ ってのみ彼 ら相 互 間 の意 志 や 情報 の伝達 が行 われ てい るが、 さま ざまな物語 や 、儀礼 ・祈 祷 の唱 句 や、薬 草 に関す る情 報 や、複 数 の男性 ない し女 性 が二 つの グ ルー プに分 か れ、掛 け合 い の形式 で物 語 を歌 い上 げて い くな ど、豊富 な口承 文学 が存在 す る。 さ らに ドラヴ ィダ語族 に属 す る他 の諸言 語 と比較 して、 この トダ語 は最 も複雑 で珍 しい音韻 組織 と形 態素 を有 してお り、世 界 的 に著 名 な米 国 の音声 学者P.Ladefoged教 授 が 世界 中 のい か な る言 語 に もな い特 殊 な発 音 を録 音す るため に、 わ ざわ ざ二 度 も トダ語 の音声 の録 音 に訪 れて い るほ どで ある。 とこ ろで、 この トダ族 の言語 が 「危 機 言語 」 であ る理 由 は、 い まだ800 人 ほ どの使用 人 口 を抱 えて はい る もの の、 若年層 が学 校教 育 を受 け る こ と に よって州 の公用 語 であ る タ ミル語 を習 得 し、家 庭以 外 の場 で は、 トダ語 で は な くタ ミル語 を もっぱ ら使 う ように なって い るため であ る。 また成人 や 高齢者 た ちで さ え も、家 を一 歩 出れ ば トダ族以 外 の人 とは タ ミル語 で話 し、 自分 の名 前 も トダ語 の本名 以外 に必 ず タ ミル語 の名前 も併 せ持 ち、公 的 な書類 はす べ て タ ミル語 で書 か ざ るを得 な くな ってい る、 とい うの が現 状 であ る。 幸 い な こ と に 今 か ら約50年 前 、 著 名 な ア メ リ カ の 言 語 学 者M.B. Emeneau教 授 が この地 にや って きて、 トダ語 を調 査 記録 し、膨 大 な量 の
研 究 報告 書 を作成 してい るが 、そ の当 時 は まだ簡 便 な録 音機 が なか ったた め 、同教 授 が もっ ぱ ら自分 の 耳で聴 き取 った音 を 国際 音声 字 母(IPA)で 記述 した もの しか残 って い ない。 そ こで我 々 と して は、 トダ語 の語 彙、 文 法、 歌謡 につ い て調査 した もの を、 すべ て録 音録 画 し、報 告書 の 中 に も文 字で 記述 したデ ー タ と同時 に録 音CDも 添 付 し、ELPRシ リーズ にお い て公刊 してい る。 文 部省 特定 領域 研 究(A):環 太 平 洋 の 「消 滅 に瀕 した言 語 」 にか ん す る緊急 調査研 究
(Endangered Languages of the Pacific Rim) ― 東 ・東 南 ・南 ア ジ ア班 ―
(1) 2001 A3 - 002 Tsuyoshi NARA & Peri Bhaskararao (eds),
Toda Vocabulary
- A Preliminary
List, - ELPR 2001, 2008 pages
(2) 2002 A3 - 005 Tsuyoshi NARA & Peri Bhaskararao (eds),
Toda Texts,
ELPR 2002, 94 pages + CD-ROM (1 sound file)
(3) 2003 A3 - 011 Tsuyoshi NARA & Peri Bhaskararao (eds),
Songs
of the Toda - Text, Translation
& Sound
Files, ELPR 2003, 91 pages
+ CD-ROM (3 sound files)
なお、我 々に とっ て非 常 に好運 で あ ったの は、 トダ族 の族 長 の長 男 の嫁 が大学 の学 士号 を持 ち、 さ らに長女 が大学 院 の修士 号 を持 つ知識 人 で、非 常 に英 語 に堪 能で かつ言 語 学の基礎 知 識 を持 ち合 わせ てい たた め、 同行 し てい た タ ミル語 の通 訳 に頼 る必要 もな く、 さま ざま な調査 項 目につ いて直 接 質疑 応答 が で きた こ とで あ る。 また族長 の家 族 であ るた め トダ族全 員 に 関す る情 報 が非 常 に集 めやす く、研 究協 力 者 の選別 につ い て も信 頼 して任 せ られた こ とで あ る。 こ う して我 々の調 査研 究 は、Emeneau教 授 の研 究 報告 書 の確 認 を含 め か な り進 んで きて い るが、全 貌 の完全 解 明 には まだ ま だ歳 月 がか か りそ うであ る。 文部科 学省 の研 究費 補助 に よる巨大研 究 プ ロ ジェ ク トが終 了 した今 とな って は、 今後 他 の方法 で仕 事 を続 けて い くしか な く、 現在Bhaskararao博 士 が1人 で 時 々現 地 を訪 れ 、残 され た調 査 項 目につ いて、 族長 の家 族 の協 力 を得 なが ら収録 分 析 を続 けて いる ところで あ る。 さて も う一 方の調 査研 究対 象 言語 で ある ナハ ル語 に関 し、 まず何 故 この 言 語 を取 り上 げ る ことに したか と言 え ば、 この地域 に話 され てい るオ ース
トロ ・アジ ア語 族 に属す るム ンダ系諸 語 の一 つで あ る 「コル ク(な い しク ル ク)語 」と も異 な り、かつ さ らにそ の周辺 部 で広 く話 され て るイ ン ド・アー リア諸語 の西 部 ヒ ンデ ィー語 と も異 な って いて、所 属 す る言語系 統 が今 の とこ ろ不 明 であ る とい う謎 を秘 め た点 に惹か れ たか らで あ る。 この言語 の 話 し手 であ るナハ ル族 と接 触す るため幾 度 か彼 らの居 住地域 を訪 れ、苦 労 して母語 情報 提供 者(い ず れ も男性)を 選定 し調 査 に と りか か ったの だが 、 1週 間後 には出稼 ぎの仕事 が見 つ か ったか らと言 う理 由 で面接 場所 には現 れ な くな り、 また もや次 の母語 情報 提供 協力 者 を苦労 して探 し出 して調 査 を再 開 した もの の、数 日後 には再 び 同 じような理 由 で来 な くな り、約200 の基本 語彙 と動 詞 の活用 形 とナハ ル語 に よる物 語 数編 を録音 採 取 し、IPA で記録 したのみ に留 まって いる。情 報提 供 者が協 力 謝金 に多 少 の魅 力 を感 じな いわ け はない のだが 、や は り長期 に わた って収 入 を確 保 で きる出稼 ぎ の仕事 を優 先す るの は彼 等 に とって 当然 の こ とで あろ う。や は り、 あ る程 度 自分 の話 す言 葉 や文化 の保 存 に関心 を持 ち 、 しか も言 葉 その もの に対 す る知 的好奇 心 が ない と、母語 情報 提供 者 の協力 を長 期 間 にわた って保 持 す る こ とは難 しい。 次 に、ユ ネス コの要 請 に応 えて イ ン ド政 府 が どの よ う な対 応 を示 した か につ いて述べ てみ よ う。 まず イ ン ド政府 人 的資 源省 の直 轄機 関 であ るイ ン ド諸 言 語 中央研 究所(通 称CIIL)は 、2000年3月6日 か ら10日 まで の 5日 問 に わた り、マ イソ ール市 内 にあ る 同研 究所 を会 場 と し 「イ ン ドお よ び ア ジアの言 語遺 産 」 に関す る国 際会議 を開い たが、 イ ン ド国内 の大学 や 研 究 機 関 におい て少数 民族 の言 語 や文化 の研 究 を進 めて い る学 者 を は じめ 、 ユ ネ ス コ本部 で そ う した問 題 に関 わ る部 門 の職 員、 さ らには海 外 か らは、 ネパ ー ル、 イ ン ドネ シア、 ミャンマー 、 カ ンボ ジ ア、ス ペ イ ン(バ ス ク地 方 とバ ルセ ロナ 地方)、 ス リー ラ ンカの研 究専 門家 が参 加 し、 日本 か らは 筆者 が 参加 した。そ の会議 の議 事録 の代 わ りをなす 、参加 者 各 自の提 案や 報 告や 意見 は、O.N.Koul & L.Devaki(eds).Linguistic Heritage of India and A sia,CIIL,2000,(343 pages)の 中 に収 録 され てお り、か つ巻 末 に 「マ イ ソー ル宣 言(Mysore Document)」 が付 記 され て いて 、言 語 の消滅 を 食 い止 め 、そ うした言語 の再 生 を図 り、 ア ジアに おけ る言語 の多 様 性 を保 持 す る ため 、各 国政 府、 国 際 ・国 内NGO諸 団体 、 言語 使用 コ ミュ ニテ ィ、 個 人が なす べ き様 々 な政 策立 案や 行動 に関す る勧 告 案が 盛 られ てい る。
そ の 後 もCIILは 、2001年1月6∼7日 に 、 ハ イ デ ラ バ ー ド大 学 と 共 催 で"Language Endangerment and South Asia"と い う セ ミ ナ ー を 同 大 学 構 内 で 開 き 、 ま た2005年1月16∼20日 に 、 タ ミ ル ナ ー ド州 の ガ ン デ ィ ー グ ラ ム で 開 催 さ れ た 第33回 イ ン ド社 会 科 学 会 議 に お い て は 、CIIL のR.Elangaiyan研 究 員 が 中 心 と な っ て"Globalization and Language Endangerment"を テ ー マ とす る シ ン ポ ジ ウ ム を実 施 、 さ ら に 英 国 の 「危 機 言 語 財 団 」 と の 共 催 で"Vital Voices:Endangered Languagesand Multilingualism"と 題 す る 年 次 総 会 を2006年10月25∼27日 に 開 く な ど な ど、 「危 機 言 語 」 問 題 に 関 す る 研 究 ・啓 蒙 運 動 を 精 力 的 に 続 け て い る 。 と こ ろ で1961年 に 実 施 さ れ た 国 勢 調 査 に よ る と、 イ ン ド国 内 に は 約 200の 言 語 が 話 さ れ て お り、 系 統 別 に 見 る と(1)イ ン ド ・ヨ ー ロ ッパ 語 族 に 属 す る 言 語 が54、(2)ド ラ ヴ ィ ダ 語 族 言 語 が20、(3)オ ー ス トロ ・ ア ジ ア 語 族 言 語 が20、(4)チ ベ ッ ト ・ビ ル マ 語 族 言 語 が84、(5)外 国 語 ・ 系 統 不 明 語 が22と な っ て い る 。 使 用 者 数 に 関 し て 言 え ば 、 ヒ ン デ ィ ー 語 が2億5千 万 人 で 最 大 、 ア ン ダ マ ン語 が25人 で 最 小 と報 告 さ れ て い る 。 だ が 、 こ の 国勢 調 査 報 告 書 に 記 され た 言 語 名 や 使 用 者 数 に は 、 か な り政 治 的 な 配 慮 が 見 て 取 られ 、 必 ず し も イ ン ド国 内 に お け る言 語 の 実 態 を反 映 して い る と は 言 い 難 い 。 実 際 の 言 語 数 は少 な く見 積 もっ て も600を 下 回 る こ と は な く、 方 言 差 を も敢 え て 考 慮 せ ず 多 く見 積 も っ た 場 合 に は1652に 達 す る、 と考 え て よ さ そ うで あ る 。 そ れ は さ て お き 、 上 記200の 言 語 の う ち 少 数 民 族/部 族 言 語(tribal language)と 認 定 され た 言 語 は 、 イ ン ド ・ヨ ー ロ ッパ 語 族 が1、 ド ラ ヴ ィ ダ 語 族 が9、 オ ー ス トロ ・ア ジ ア 語 族 が19、 チ ベ ッ ト ・ビ ル マ 語 族 が63、 系 統 不 明 語 が9、 の 計101言 語 に の ぼ る。 少 数 民 族 の 言 語 と い っ て も、 こ れ らす べ て が 必 ず し も 「危 機 言 語 」 とい う わ け で は な く、 使 用 人 口 が 急 速 に 減 少 し、 か つ 若 年 層 が 公 用 語 あ る い は 他 の 有 力 言 語 の 使 用 を 始 め て お り、 保 持 な い し再 生 の た め の 努 力 が 見 られ な い 真 の 「危 機 言 語 」 は 、 ほ と ん ど が 系 統 不 明 語 に 属 す る も の で あ る 。 例 え ば 、 先 述 し た イ ン ド中 西 部 で 話 さ れ て い る ナ ハ ル 語 を 始 め 、 ア ン ダ マ ン諸 島 で 話 され て い る ア ン ダ マ ン語 、 オ ンゲ 語 、 ジ ャ ラ ワ語 、 シ ョ ンペ ン語 、 セ ンテ ィ ネ リ語 な どで あ る 。 も っ と も 、 イ ン ド中 央 政 府 の 意 向 を汲 み 、 か な り以 前 か ら イ ン ド諸 語 中 央 研 究 所 は積 極 的 に こ れ ら ア ン ダ マ ン諸 島 の 諸 言 語 の 調 査 を行 い 、 デ ー ヴ ァナ ー ガ リ ー 文 字 や ロ ー マ 字 に付 加 記 号 を施 し た特 殊 文 字 で 使 い 、 次 の よ う な教
科 書 な い し 手 引 書 を ア ン ダ マ ン ・ニ コ バ ル 直 轄 領 政 府(Tribal Welfare Department, Andaman and Nicobar Administration,Port Blair)と
共 同 で 公 刊 し て い る 。
(1) M. R. Ranganatha, V. R. Rajasingh, R. Subbakrishna, Ramesh
Onge, Birogegi Onge, Chogegi Onge & Badaraju Onge, Onge-Hindi
Bilingual
Series-1<Onge
Bhärati-1> , 1993, 212 pages.
(2) M. R. Ranganatha & V. R. Rajasingh, Onge-Hindi-English
Pictorial Glossary
(ed.) by V. Gnanasundaram, 1933, 124 pages.
(3) V. R. Rajasingh, S. Manoharan, M. R. Ranganatha, Nao Sr., Nao
Jr., Llook, Andamanese-Hindi
Bilingual
Primer-1, 1994, 180pages.
(4) M. R. Ranganath & V. R. Rajasingh Andamanese-Hindi-English
Pictorial Glossary
(ed.) by V. Gnanasundaram, 1995, 94 pages.
(5) V. R. Rajasingh, R.Elangaiyan, M. R. Ranganatha, Shompen-
Hindi Bilingual
Primer-1, 1995, 192pages.
(6) V. R. Rajasingh & M. R. Ranganatha, A Handbook
ofJarawa
Language<Jarava
Bhasa —Ek
Paricay, 2000, 160 pages.
(7) Video Film Learm Onge, Audio script & design by
V. Gnanasundaram & M. R. Ranganatha, 40 minutes.
(8) Video Film Learn Andamanese,
Design by V. Gnanasundaram &
M. R. Ranganatha.
こ う した教科 書 の作 成 は、 これ ら 「危機 言語 」 を記録 保存 す る と同時 に、 言語 の話 し手 で あ る少 数 民族 に公用語 としての ヒ ンデ ィー語 を習得 させ た い、 とい うイ ン ド中央 政府 の意 向 を汲 んで の こ とで ある こ とは言 うまで も な い。 この 困難 な現 地 調査 に 当た った の は、 主 としてCIILの 研 究 所 員 で筆 者 の 親友 で もあ るラ ンガ ナー タ博 士 とラー ジ ャー シ ン博 士 の2人 で あ るが、 特 に裸 体の ま ま密 林 の中 に孤立 して生活 す る ジ ャラワ族 との接 触 に は大 変 苦心 を し、2年 近 くにわ た って も成 果 を挙 げ得 ない ま ま調 査 をあ きらめか けてい た と ころ、 この族長 の息 子 が密林 の外 にあ る商 店 に仲 間 と ともに忍 び込 も うと して怪 我 を し、仲 間 に置 き去 りに されて1人 捕 らえ られ る とい う事 件 が発 生 した。 少年 が町 の病 院 に運 ばれ て外科 手術 を受 けて約3ヶ 月 入 院す る こ ととな った時 、 この知 らせ を受 けた ラー ジ ャー シ ン博士 はただち に病 院 に 駆 け つ け 、 少 年 と同 じ病 室 に寝 泊 り し 、 看 護 を手 伝 い な が ら オ ンケ語 を介 して ジ ャ ラ ワ 語 を 学 び 、 基 本 語 彙 を 始 め 動 詞 活 用 形 や 数 多 くの 例 文 を 収 集 す る こ と に成 功 した 、 と い う逸 話 を 筆 者 に語 っ て くれ た 。 な お ア ン ダ マ ン語 使 用 者 の 急 減 の 裏 に は 、 英 国 人 が もた ら し た 病 原 菌 や 太 平 洋 戦 争 で 日本 軍 が 島 を一 時 占 領 して い た とい う事 実 と も無 関 係 で は な い こ と を認 め な い わ け に い か な い 。 最 後 に、 筆 者 と危 機 の 度 合 い に 関 す る認 識 の 違 い は あ る が 、 イ ン ド人 研 究 者 達 が 「危 機 言 語 」 と考 え て 現 在 調 査 研 究 して い る もの を 以 下 に 挙 げ て お き た い 。
(1) B.P.Mahapatra-ビ ハ ー ル 州 のMalto語 。(2)REIangaiyan -ア ル ナ チ ャ ラ ・プ ラ デ ー シ ュ 州 のIdu Mishmi語 。(3)CIIL Speech Science Research Group-ヒ マ チ ャ ー ル ・プ ラ デ ー シ ュ 州 のGahri語 、 Chinal語 、Tinani語 、Kanashi語 、Stod語 な ど。
も う 一 つ 明 る い ニ ュ ー ス と して 述 べ て お きた い の は 、CIILが 中 心 と な り新 し い 「Linguistic Survey of India(イ ン ドの 言 語 調 査)」 を 実 施 す る計 画 が イ ン ド中 央 政 府 の 人 的 資 源 省 に よ っ て 承 認 さ れ た こ とで あ る 。 も し こ れ が 実 施 さ れ る な ら ば 、 今 か ら約 百 年 前 に 英 領 イ ン ド政 府 に よ っ て 実 施 さ れGA.Griersonに よ っ て 監 修 され たLinguislic Survey of India-11 Volumesと 比 較 す る こ と に よ っ て 、 過 去 百 年 の 問 に イ ン ド諸 言 語 の 実 態 は ど う変 化 した か 、 現 在 話 さ れ て い る言 語 の 実 態 は ど う か 、 そ の 中 に 「危 機 言 語 」 は 存 在 す る の か ど う か 、 な ど を 知 る こ とが で き よ う。 も し 「危 機 言 語 」 が あ る とす れ ば 、 そ れ へ の 対 策 を 考 え る こ とが か な り容 易 に な る の で は な か ろ う か 。 そ の 実 現 の1日 も早 か ら ん こ と を祈 る の み で あ る 。