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プロイセン普通由法における親権の特質  

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(1)

本稿の目的はプロイセン普通国法︵A−官m2in2Slandrech−f告di2Pr2亡SSisc訂nStaa−eデー謡A.以下ALRと  

.へ1︶ 略す︶における親権の特質を解明することにある︒しかしこの課題をとりあげた意味と課題への接近の方法につい  

て若干の説明嘉えておく必要がある︒親権に関してほ︑従来より現行法の解釈理論とともに発展史差ほ進化史 ︵ 

2︶   にも少なからぬ興味ぶ示されてきた︒をれというのもまず古代から現代への親権の発展過程がわれわれの歴史   的な関心を誘うからであそ蒜的な発展図式によれば︑親権の歴史ほ大凡次の通りである︒すなわち古代家族の や   ような大家族的な家族構成の下では︑′家父長権が支配し︑大家族が解体して小家族になると︑家父長権が分解し親  

権︵父権︶と夫権が家族秩序を統制する︒そして近代的小家族でほ︑権力としての親権も夫権も消滅し︑親の保護  

義務が前面に出る︒いわゆる﹁家のための親権﹂←﹁親のための親権﹂1﹁子のための親権﹂という標語はこのよ  

︵3︶ ぅな親子関係の支配関係から保護関係への転化宗実に表現している︒したがって近代的な意味の親権と掌の人  

格的尊重の思想を基盤とす喜の保護のための権利義務である︒とくに戦後新しい憲法と民法は震制度を廃止   

第三十二巻 第三・四・五号 

プロイセン普通由法における親権の特質  

− ヴオルフの自然法理論との関連において  

一序  説  

部  

︵六四八︶四〇八  

(2)

し︑家族生活について個人の自由と平等の原則を導入した︒そこで親権鋲の近代化の問題もまた脚光を浴び︑新な  

﹁4︶  

研究の対象となった︒われわれの関心もての題代的親権の構造とその展開の社会的政治的思想的条件の解明に向け   られる︒しかし︑われわれほわが国の親権法と此較の意味で︑ヨーロッパの親権法に眼を向けよ・うと冬っ︒こゝで  

ALRの親権をとりあげたのはヨーロッパの近代的家族法の一断面としてそれを考察せんがためである︒   

だがALRはヨーロッパ近代法の生成過程においてどのような位置を占めるのであろうか︒仙般的にいって︑近  

︵5こ 代的市民秩序の形成ほ︑ヨーロッパでほ十久世紀の啓蒙およびその自然法理論の思想的影響によって著しく促進さ  

れた︒啓撃﹂そ当時ようやくにして拾頭しっ1あっ︑たブルジョア汐−の政治的社会的要求の精神的表現に他ならな  

︵6︶ かった︒そして本来西ヨ一口ッ︒八産のその思想ほ十八世紀には全ヨーロッパ的規模で展開した︒しかし全ヨーロッ  

パ的な啓蒙 

治的担い手であるブルジョア汐−の成熟度の如何・によって︑絶対主義権ガに対し︑批判者として︑あるいほ協力者  

として異なった姿勢をとるのである︒ドイツでほ帝国の政治的分裂︑封建的土地領有の並つよさ︑それに照応する  自生的ブルジョア化の微弱︑すなわち全体としてのブルジョアジーの未成熟という条件に規定され︑フランスのよ  

ぅに既存の絶対主義的秩序の変革を市民の立場から二般的に現実化しうる客観的条件を欠いていた︒したがってド  

イツにおける啓蒙の現実化ほ︑領邦の絶対主義の内外の情勢に応ずる﹁改革﹂の形をとって︑い1かえれば絶対主  

義による後見的性格をもって遂行されたのであり︑これに応じ七啓蒙思想疫︑かような開明的絶対主義権力の協力  

︵−︶ 者として現われるという特殊性格窒何ったのである︒   

ドイツ︵とくにプロイセン︶の絶対主義の使命ほいうまでもなく対外的にほ軍事的にヨーロッパ列強に伍してゆ  

くことであり︑対内的には等族の勢力を打破し︑/中央集権的体制を確立することであった︒この国家目的のために  

プロイセン普通国法紅おける親権の特質  ︵声四九︶四〇九   

(3)

第三十二巻 第三・四・五骨  

︵六五〇︶四一〇  

身分秩序︑全社会的構成は奉仕しなければならなかった︒プロイセン国家は通常﹁諸身分間の政治的経済的分業﹂  

に基づいているといわれる︒貴族は常備軍の将校に任じられ︑騎士領を保有し︑農民は兵士となり︑租税を拠出  

する︒それゆえ農地の取上げほ禁ぜられ︑農民保護政策が考慮された︒都市市民にほ専ら商工菜が委ねられ︑それ  

ほ間接税の源泉とせられた︒地方での競争ほ許されず︑あらゆる商工業は都市に鮒限された︒国家におけるすべて  

のことは哲学体系の如く厳密に関連し︑国家の利益という窮極目的に対し手段として奉仕すべきであった︒これこ  

︵8︶ ぞ合理主義の精神であり︑こ︑の精神がプロイセン国家のすべてに渉透した︒しかしプロイセン国家の新しい建設計  

画の原動力となったのほ︑ドイツ啓蒙の影轡をうけた合理主義的権力政治的パトス.ばかりでほない︒宗教的倫理的  

パトスの力も忘れてほならない︒君主におけるカルダィン主義倫理︑臣民におけるルタr主義倫理がドイツ啓蒙の  

心情的基礎で点り︑それがフリードり/ッヒ大王へのフランス︑ドイツ理神論の影響によりはじめて世俗化されたの  

である︒プロイセンでも全ヨーロッパと変りなく︑反宗教改革との闘争の終結後ほカルダーン主義の反抗精神に続  

いて︑中庸︑平静を旨とする理性倫理がやってきた︒そしてこの心情は理性的義務理論のなかに上からの生活秩序  

︵9︶ の改革の最も強力な思想的協力者を見出したのである︒とくにプロイセンでほ敬虔主義の精神に発するハレ大学の  

設立以来絶対君主と啓蒙との同盟が締結された︒この同盟はトマ汐クス↓FOmaSiusとフリードリッヒ●ヴイルヘ  

ルム山世買edrichWi−邑m−との関係︑フリードリッヒ大王FriedricbderGrOSSeに対する百科全書学派の  

︵10︶  影響︑とくに彼の官僚層に対するヴオルフ′CFWO≡︵−笥¢⊥謡eの影響とともに永く続くのである︒   

グオルフの啓蒙哲学はフリードリッヒ大王の時代以来のプ豆イセンの国家観に対し根づよい影響を及ぼしたが︑  

この影響ほALRに定着されたプロイセンの法秩序へと凝結した︒AIRほ確かにドイツ啓蒙の︑とくにヴオルフ学  

派の自然法理論に負うところが大きい︒ヴオルクの自然法理論によるALRの特殊的形態はディルタイW=Di−they   

(4)

︵11︶  をし七ALRにおけるプロイセソ的自然法︵Preussis旨esNaturrecht︶ を語ちしめる契機となった︒ALRの立法  

者であるスアレツCム.Suare叉−・ぷ仇−−遥の︶はフランクフルトFrankfurtaト〇・の大学時代にグオルフ学派の  

理論の信奉者となった︒フクンクフルトではグールェスJ・G・Darj2SこごA−︼遥︼︶ がグォルフの自然法を講じ  

︵は︶  ︵12︶  て︑いたのである︒鹿近の研究では立法者に対するフランス啓蒙の姦響を重視しょうとする傾向がみられる︒しかし  

立法者の思想の形式的側面はともかくとしても︑その実質的側面ほなおドイツ啓蒙の特殊性︑すなわち啓蒙的絶対  

主義への奉仕者としての性格に根づよく規定されていることは見逃せない︒したがってArRはなお封建的身分的  

秩序を維持しっ\国家権力自らが権力維持のために近代化を遂行せんとするあの十八世紀の絶対主義国家の精神  

を反映しているといえる︒そしてその精神ほ啓蒙期の自然法理論︑とくにグォルフのそれのなかに概念的な方式を  

見出し︑自然法学の媒介によってほしめて立法にまで結実したのである︒それゆえALRの歴史的理解のために最  

も重要な鍵はヴォルフの自然浅学に求めるのが適当であると考えられる︒   

このような視角から︑課題に接近していくとすれば︑プロイセンの啓蒙的絶対主義とALR親権の構造の対応関  

︵14︶  係が問題となるであろう︒従来よりALRの評語として﹁ヤヌスの頭﹂という言葉が用いられるβすなわちALR  

ほ前方ほ近代を︑後方ほなお中世をみている︒このような過渡期の法として︑あるいほ下からの近代化に対するに  

上からの近代化の法としてA卜Rほどのように親権を規制しているか︒われわれはALRの親権の特質を解明するこ  

とを課題とする︒しかしその際ALRの思想的輪郭を明らかにする必要があ 

の親権論を参考までにみておこうと思う︒  

︵l︶ ALRの親権についてはすでに乾昭三﹁プロイセソ一般国法蔽おける監護教育権﹂ ︵立命館法学四︑五号二四頁以下︶   

があり︑本稿もそれより多大の示唆をえた︒  

プロイセソ普通国辞における親権の特質  ︵六五二︶四一一   

(5)

六2︶ 童なものとして末川博﹁ドイツ監ける親窒化の史的概観﹂︵法学論警竺六九頁以下︑完六貢以下︶︑中川蕃  

之助﹁親権法転形の要望﹂︵民商法雑誌三巻六号二三〇貰以下︶︑同﹁註釈親族法下彗︒  

/ ̄\   (  / ヽ 入  

6  

\J  

5 4 3       \J  \、ノ   )  

︵7︶   第三十二巻 東三・四・五号  

中川前掲﹁註釈親族法下巻﹂四頁以下︒  

とくに川島武宜﹁イデオロギーとしての家族制度﹂︵とくに﹁孝誓いて﹂︶︑﹁親子家族問題と家族法Ⅳ﹂︒  

磯村哲﹁啓蒙期自然法墟論の現代的敢義﹂︵法律時報二八巻四号八頁以下︶︑矢崎光囲﹁自然法﹂︵法学理論篇︶︑﹁近世  

ドイツの自然法思想﹂ ︵法哲学講座三巻七貝以下︶︒  

↓Fieme﹀DasNaturr2CF−unddieeur怠isc訂2ri蔓ech富escFich−eに挿入されている白然法学者の交渉図を参  

照せよ︒ぎscha訂r・Eur︒paunddasR旨−SCheRec貫S.N芦  

磯村哲︑前掲論竺諒︒T已−scFAufs聖首eNurG2邑esg2SCh−Ch−2undR2−igiOnSSO星阜e︵Gesamme−teScFri一  

ft2n﹀BP JOS・冨ff∴Wieack2r−2きa−rech−sgeschicb−ed2r芽u邑tu S.−∽↓u S.−00叫.  

Hint覚ナのelstundEpOC訂nderpre宏SischenGeschich−e六His−Ori邑e邑20−itiscFeAufs翌22HS.Np︶  

Wieacker﹀S・−00言iき睾A昏meineslandrech−︵Gesamm話Sc琵−2n曽−S岳f・随所にプロイセン国家の  

宗教的倫理的基礎を指摘する︒  

Wi2aCker㍍・−∽ゴE・宅景GrOSS2R2Ch−sd2mk2rdeニeutscF2nGeistesgescFicFte︸S.缶芦  

Diきey−S・−鴇托・グォルフの自然法体系と啓蒙的絶対主義との田還的対応にかんしてはぎ蔓ni.Dienaturrec宇  

ic訂nLeどボ甲声dieR2fOrmendes−=aFrhunderts這N・Bd・ヒ試S・琵f・きau2ndlenst−Chri各an空きーsSta・  

at00denkerV His−OriscFe Studien冒eft−ヨ.  

St望諾︼︼CaユGO−−−iebSuareNu S.のNff.  

TFieme白epr2邑邑eぎdiflka−iOn﹀NRG・Germ・Ab−・声S・∽声S・当〇・いわゆるプロイセン的自然法がどのよ    ︵六五二︶四山二  

(6)

うにして形成されたか︑法理論紅よってどのように準備されたかにつき︑グォルフ学派よりもむしろフラソス啓蒙の影響  

を強調する︒とくにモソテスキふー以来の歴史的経験的思考方法に基づき抽象的演繹的自然法から相対的自然法への転  

化が行われ︑自然法は特定国家の具体的な法規準として法典の編賽紅役立つよう紅なった︒TFieme∴雇eZeitdessp挙  

eロNaturrecht∽﹀ZRG● Germ●Abt−∽の.S●NONff● 立法者スアレツの経験的方法につきSt望Ne一−S.−宍︶紅あげられてい  

るスアレツの竃簡を参照︒   

︵14︶ Mitteiめ−DeutscFes Pri遥treCht﹀ S﹂∽・  

二 啓蒙期自然法学の親権論  

トとくにヴォルフをヰ心に  

︵1︶   ヴォルフはドイツにおける伝統的自然法理論より周家状態に先行する自然状態の観念を継承している︒自然状態  

では人間は孤立した個人として単独の生活を送っているが︑グォルフの自然状態ほ決して敵対敵の闘争状態でほな  

ぐ︑一の調和的秩序と想定されているのである︒そこにほ人間に内在する神の微光たる理性に固有な最高の自然法  

削が支配し︑人間はそれに従って行為する︒この人間の間に妥当する客観的法の諸原則を含むグォルフの自然法ほ  へ∩こ  古いカト=ノックのトマス主義の系譜︑をひくものである︒グォルフはこの月然法より出発し2慧2mrerumの概念  

を媒介とすることにより︑形而上学七倫理学と政治学の不可分的統刷を 

学の上に道徳と法と政治を休系的に構築しようとしたものに他ならない︒それによればjusはfacu許∽牒邑is  

ag2ndi と規定される︒このような法と道徳との関連から必然的に彼の法理論の根本命題が帰結される︒あらゆ  

︵4︶  る権利ほ義務に基づく︵Jusロaturaeこ∵讐器︶︒それがグォルフの第仙の命題である︒すなわち権利ほ義務を履行  

するための手段であり︑権利は義務の履行に必要な範囲で与えられるにすぎない︒このような理性的義務理論ほ︑   

プロイセソ普通国法匿おける親権の特貿  ︵六五三︶四エ   

(7)

第三十二巻 第一子四・五号  ︵六五四︶四一四  

グォルフの国家論の中で支配権力の道徳的正当化と︑同時にその道徳的制限を導き出すという重要な機能を営む︒  

後に述べるように国家権力ほ公共の福祉の配慮という国家目的を実現する手段として与えられ︑それほまた同じ目  

︵5︶  的によって制限を加えられる︒嘗ってプロ 

九ほ所有でほなく︑義務の履行の要件であるという思想が生きていた︒権利と義務が結合するのほ官職である︒こ  

の官職概念が今や宗教から解放されて︑普遍的な理性から導出されるという点に重要な意味が求められるのであ  

︵¢︶  る︒しかもこの思想は公的権力ばかりでなく︑あらゆる私的権力についてむ妥当するのであるから︑われわれが権  

力としての親権の義務性乃至ほ道徳他について考える場合にも︑グォルフの義務理論を理論的な出発点としなけれ 

ばならない︒   

ところでヴォルフの自然法の最高原則ほ﹁汝および汝の状態を完全ならしめることをなせ︑汝および汝の状態を  

不完全ならしめることをなすな﹂︵M針a−︸讐匝︶ということである︒そしてこゝから他人の完成への権利を侵害せ  

ず︑また自己の完成の義務を妨げないかぎりで︑他人の幸福を配慮するもう一つの義務が生れてくる︒このような  

義務がグォルフの実践哲学の端緒に存するのである︒ヴォルフはまた自然的義務によって自然権を基礎づけてい  

る︒人間の完全性を達成する自然的義務に対応して認められた自然権は︑人間から切離すことができず︑したがっ  

て奪われることができない権利である︒自然権には平等︑自由︑安全を要求する権利︑愛による奉仕を要求する権  

利が含まれている︒このようにして導かれた不可侵的な自然権は︑後にほ結局福祉国家の理念により著しい制ぬを  

蒙ることになる︒しかしヴォルフの自然法理論においてすでに封建的身分礼会の伝統的法秩序と矛盾し︑一般的国  

︵7︶  家市民権を普遍化すべき自然権の契機が見出せる点は確かに注目すべきであろう︒だからといってグォルフの理論  

が直ちに社会の身分的編成と対立するわけではない︒自然状態に対立する社会状態でほ伝来的権利の妥当が容認さ   

(8)

れるので︑歴史の過程において成立した身分的諸特権はなお廃棄されず︑それと結びついた身分的秩序が維持され  

︵8︶  

る余地が充分残されている︒   

ヴォルフにおいても自然状態から社会状態への移行という構想は契約のカテゴリーを媒介として展開される︒あ  

らゆる前国家的な社会も国家も契約の所産である︒すなわち社会ほそこにおいて利益を協力によって増進せんとす  

る若干の人ノ々の契約に他ならない人20−i−ik﹀ 呵N︶︒こ1・では社会はもほや宗教的理由づけを必要としない︒それは  

構成員の自由意思の所産であり︑人為的なM2Cbanismusなのである︒  

■他方︑契約の主観的内容は自然法の客観的規範によって基礎づけられる︒社会形成の目的は賠局ほ自戒法の実現  

であり︑人間ほ社会生活において自然法を一層よく実現しうることを認識し︑それ一に基づ︑いて社会を形成してい  

く︒人間は自然状態より社会状態における方が自己および他人の完全性を実現する可能性を多くもつている︒とい  

︵9︶ うのもそこでほもはや自然的義務の履行や権利の行使を妨げられる贋れが少いからである︒   

こうして形成される社会のながで親と子め結合は夫と妻︑主人と僕稗の結合と蛍んで最も基本的な関係とせられ  

る︒ヴォルフほ自然人を構成員とする社会を単純社会とよぶが︑これら三つの単純社会は高次の社会︑︵小複合社会  

︵10︶ としての家︑大複合社会としての国家︶の基礎をなしている︒ヴォルフがその首長の名をとってsOCietaspaterna  

とよんでいる親子の社会ほ子の教育という自然的目的をもっている︒﹁子は生まれ出たときにほまだ自己の維持に必  

要なことにつき自ら配慮し︑自己の行為を自然法に従って決定し︑あるいは独力で人間としての生活を送る能力を  

もっていない︒人間ほ自己の種を維持すべきであるから︑子孫を産む者は子孫にも人間としての生活を独力で営む  

能力を与えねぼならない︒それが行われる努力は教育であるから︑子孫を産む者は子孫をも教育しなければならな  

プロイセン普通国法における親権の特質  

︵11︶  い♪教育には父と母の世話と熱心が必要であるから︑双方とも子孫の教育に献身すべきである︒﹂ ︵Hn註tutiOneS﹀  

︵六五五︶\四一.瓢   

(9)

滞三十二巻 滞三・四・五号  ︵六五六︶四二ハ  

肋00㌫︶ 子の教育についての東の義務を強調する見解ほすでに十七世紀の自然法理論にみられ︑ヴォルフもその伝  

︵12︶  統に忠実なのである︒   

次に契約カテゴリーが徹底的に用いられる結果︑親子関係も主観的に自由な意思の合致に準じて把握される︒あ  

らゆる人間関係が自由な契約関係とみられることほそれらの諸関係の世俗化が行われ︑教会の影響力がそごから排  

除されることを意味する︒しかし︑それと同時に仙切の服従関係が服従せんとする者自身の自由な意思に基いての  

み成立することをも意味する︒契約は国家の支配権力を君主に移転する服従契約と同様親子関係における支配権の  

設定をも説明するのに役立つのである︒ヴォルフは社会一般について認めた契約的構成を岩Cietas paternaにも  

貫徹しょうとした︒しかし親の意思奉不に対するに子の同志はその行為無能力のゆえに明示的に滝黙示的にも行わ  

れえない︒ただそれを推定するのみである︒ヴォルフほそこでquasi pactum の概念を用いた︵Jus naturae一肋  

の監︶用因みにプープエンドルフは子の黙示の同意を認めている︵De OfficiO FOminis et ciまs︸≦︶C崗−㈱N︶︒   

し転がってグォルフほ自然法と準契約に親権の基礎を求めるが︑自然法上の義務と契約上の義務ほ︑それぞれ不  

完全義務と完全義務に対応し︑強制の有無に差違があるのであろうか︒親の権利ほ教育義務より抽出される︒それ  

ほ教育義務を履行する手段であり︑その義務の履行に必要な範囲で与えられる︒既に述べたグォルフの義務理論ほ  

親権の基礎づけにおいて具体的な用例の一を見出したのである︒   

この見解はまた次のような主張を導き出す可能性をもっている︒まず交・母に共通に帰属する親権の思想である︒  

子の教育闇父母に共通の自然的義務であるならば︑それより生ずる権利も父母に共通に帰属するのが当然である︒  

自然法理論は自然状態における父母の平等を前提することにより父権より親権の転化を促す契機をつくった︒これ  

︵13︶  は十七世紀の自然法理論と同様︑ヴォルフについてもあてはまる︵Instituti昌eSu ∽0000∞︶︒しかし父母に平等に権利   

(10)

が帰属するとすれば︑親の意見が異なる場合に子ほ服従義務の衝突に陥ることがある︒それゆえヴォルフは両親の  

問でいかなる場合に父またほ母のいずれが決定権な行使すべきか契約によって確定篭るべきだという態度をとって  

いる ︵PO−itik︶ ∽−琶︶︒当時の意識としては母が主として決定権を有することは考えられなかったであろうから︑  

契約によってほ勢い父の権利行使が肯認ぶれざるをえない︒親権ほ観念的にはともかく実際にほなお父権的構成を  

根づよく維持していたといえるのである︒   

親の教育義務か首親の権利を導く見解については︑つぎに親権内容の制限の思想に注目しなければならない︒教  

育義務によって基礎づけられた親の権利ほ同じ義務によって制限を課せられる︒手段は目的によって正当化される  

が︑それと同時にその日的によって制限される︒伝統的な自然法理論は親権の内容を子の養育に限つたが︑ヴォル  

フもまたそれに倣う︵InstitutiOneSJ 冨∞の︶︒この立場からすればローマ法のpatriaノpOteStaSに攻撃の鉾先が向け  

られる︒それに含まれる子の殺害権や遺棄権ほ子の人格尊重と相容れないからである︒親は懲戒権をもつが︑それ  

は子の改善を目的とするものであるから︑懲戒行為ほ教育の範囲を逸脱することがあってはならない︒しかも自然法  

に反して命令する者に対して子は服従義務を負わない︵InstitutiOneSけ ∽∞雷︶︒ヴォルフは別の箇所 でほ子ほ何が自   プロイセン普通同法における親権の特贋   然法に合致するかを知っていないので︑親がそれを指導しなけれ嘩ならないといっており︵PO−itik﹀ 讐Nご︑子の  理悼な無条件に倍頗しているわけでほないと思われる︒それでも子の理性的判断に基き漑の命令が自然法に違反し  ているとみられる場合にほ子ほ服従拒否をなしうる︑▲Lいうのほ当時としてかなり大胆な主張というべきである︒   

ヴヵルフの目然法面論において家またほ家の父の力ほきわめて重要な意味をもっている︒家ほ大複合社会として  

の国家とともに小複合社会として諸種の社会的機能を営むからである︒まず家ほ契約を媒介として展開される国民  

国家の構想の下で国家契約の当事者としての役割を果す︵PO−itik﹀ 冨−○︶︒その意味でほ家こそ国家秩序の最も基  

︵六五七︶四山七    l︑︐  

(11)

︵六五八︶四血八  第三十二巻 第三・四・五号  

本的な要素に他ならない︒家単位で孤立していてほ︑自然法を実現する可能が乏しいので︑家同志が国家契約を締  

結して国家形成の途を選ぶ︒その際人民が定立する国家の目的ほ自然法に即した公共の福祉︑いゝかえれば社会と  

個人の完全性の実現である︒公共の福祉‖=‖万人の完全性の実現が今や国家め配慮の倫理的基準となり・︑国家の強制  

権力の行使は︑その基準に服するかぎりで︑正当とみなされるのである︒   

われわれほヴォルフの国家論のなかに近代的民主主義国家像の展開を示唆するようないくつかの契機が存在する  

︻‖︶  ことを看過しえない︒たとえば公共の福祉の保障を要求するーeH fundament註s ほ人民の同意に服する ︵lus  

ロaturae二岳∽ヨf︶︒最高権力ほ原初的には人民に存する︵lus naturae∵貞∴讐タ 誓う︒自然的に自由である人民  

ほ国家契約の締結にあたりなお自然的自由の仙部を留保しうる︵Jus naturae︸ ≦﹇ 讐芯﹀ 肋無︶︒そして支配権力の  

移転の期限や条件︑支配者の員数については人民自らが決定しうる︵Jus naturae.喜 ∽00空︒しかし︑このような  

人民主権国家への契機にも拘らず︑グォルフほ絶対主義の正当性を主張したのである︒彼ほそれが主権者たる人民  

の自由意思︑すなわち服従契約によって成立したことを強調し︑また服従契約の締結を促すものほ自然法11理性の  

要求に他ならないことを力説する︵Jus naturaeこ貞肋∽∽の﹀ 諾Y 澄.霊﹀忘J 声 害し︒こうして擁立された絶対  

君主は臣民の一切の批判から遠ざけられる︒ヴォルフは善悪にかんする判断は相異なるという観察より出発して︑  

人民は善政の場合にほ服従するが︑藩政の場合にほ反抗して支配者を罰するというような条件の下に支配権力の移  

転を行うべせでほないと説く︵In註tutiOn2S一芸登︒したがって人民にほ君主に対する絶対的服従が要求され︑人  

民の積極的反抗権は否定される︒ただ政府の命令が自然法に反すること明白であり︑臣民の服従拒否がそれ以外の  

場合より大なる不幸を招かないときにかぎり︑消極的反抗権としての服従拒否が許されるにすぎない︵institutiOn・  

es−卸∽−○遥−iO∞−︶︒   

(12)

ヴガルフほ契約によって絶対主義国家に形式的な正当性を︑自然法によって実質的な正当性を賦与した︒ところ  

で彼の絶対主義国家論にほ二般に説かれるような家族主義的構成ほみられないのであろうか︒ヴォルフにおいても  

家族と国家の類比は理論を彩る主要なトーンである︒彼ほ儒教主義より修身斉家治国平天下の思想を籍り︑国家は大  /  家族︑国王ほ家長またほ父に等しいと論じ︵De r2g2﹀ 肋の︶︑さらに父が家族を配慮し︑家族が父に服従しなけれ  

ほならないように︑LandesくaterほLand2Skind2rを配慮しなければならないと説いている︵PO︼itiku ∽裟監f.︶︒  

しかしそこらから直ちにヴォルフの国家が十六・十七世紀的な家父長制的小国家の理論的表現とみるのは誤って  

いよう︒すでに自由な個人より合理的な契約を介して国家が構成されるのであるから︑そこには近代的な機械論的  

︵柑︶  原子論的国家観が前提されているととを忘れてはならない︒プロイセンではまずルター主義が↑andes表ter と  

Landeskinderの家父長主義的概念によって支配者の福祉国家政策と臣民の受動的な服従の教説をといた︒ところ  

が今や人民の人権から国民国家が導き出される︒しかし絶対主義の承認は人権を幻想的なものにせざるをえない︒  

無制約的な支配権力と人権との対立を調和させるものほヴォルフでは自然法的な公共の福祉の理念である︒支配者  

ほ公共の福祉の育成老として自己の支配な正当化し︑臣民は公共の福祉のゆえに人権を犠牲に偵するのである︒こ  

の自然法を背景とする社会的調和の理念が家族的な詞和の申に具象化されているのである︒   

グォルフが国家権力の基礎として定立した公共の福祉ほきわめて広汎なかつ弾力的な概念である︒山般的にそれ  

は﹁公共の利益の妨げられることなき前進﹂とか﹁完全性へ進歩﹂とか定義されるのであるが︵PO−itik′∵師竃−㌘淫  

ひ︶︑実際ほもっと現実的な手近な事柄を意味するのであり︑衣食住や人間が世俗的幸福を事有するに必要なだけ  

の便益が含まれるのである ︵PO−itik一間∽巴〇一監真二Y また物質的福祉ばかりでなく︑精神的福祉もこれに属し︑  

︵16︶  健康︑男働︑教育︑宗教および法・のあらゆる領域が国家の配慮の対象となる︒国家はその生活の外面吋内面的完成   

プロイセン普通国法における親権の特懲  ︵六五九︶四二九   

(13)

︵六六〇︶四二〇  第三十二巻 男三・四・五号  

という目的の下︑個人を援助し︑個人の活動を国家の活動によって補足する︒ここにすべてを配慮し︑すべてに干  

渉する替察国家の表現がある︒従来ブリードリッヒ・グイルヘルムー世とフリードリッヒ大王の国家はど国家権力  

が拡張されたことは少かった︒国家は富国強兵を標模してらねに全力を緊張させねばならなかっノたからである︒ヴ  

ォルフは正にプロイセンの啓蒙的絶対主義の理論的代弁者としての役割を演じ︑貯といわねばならないであろう︒   

われわれほ今やALRの実定的法規定を問題とする場面に到達した︒その場合つねにグォルフの自然法理論に現  

われた諸々の理念の閑適を考厳に入れておかねばならない︒それらが絶対主義体制下の現実の私法秩序のなかにど  

のように表現されるに至ったかが次の問題である︒   

︵1︶ Frauendienst︸S・讐f・   

︵2︶・Sauter﹀Die Phi−OSOpFi父旨en Grund−agen des2aturrechts一S・−遥・   

︵3︶ Sauter︸ S・−00〇・   

︵4︶ノSa已er﹀S・−00○い句rauendienst−S・岸Landsberg㍍・NO−いB−仁ntSCFli︶GescFic芝edes A的eヨeinenStaatsrechts亡・  

der PO≡ik紹it dem−の.1hdt.bis z彗Gegenwart︸ S●N琶●  

 ̄ヽ     ̄\   (ヽ 7  6  5   

)   \−ノ    )  

ている︒﹁本当の事情ほヴォルフがプープェシドルフやトマ汐クスの絶対主義的国家論を破嘩し︑支配権力を倫理的社  

会的義務の上覧ぼいたということだ︒四八年の嘩命からげ年前にヴォルフほ支配者に自由︑平等が個人の不可譲の権利  

であることを想起させたのだ﹂  

︵8︶ COnrad︸ Indi5d仁∈m仁nd Gemeinschaft旨der PriくatreChtsOrdnun叫de00ー∞・戸 beg−nnend2n−¢・Jhdt●S−∽・    国家の道徳的基礎についてDi−they︸ S●−∽巴f●  Dilthe㌣S.−誤.  Sauter﹀S.−芝.Anmt∽は国家の道徳的基礎づけお︑よび自然権紅かんするグォルフの理論を高く評価し︑次の如く述べ  

(14)

三 ALRにおける親権  

甜 身 上 親 権   

ALRの体系にもわれわれほヴオルフの自然法体系の影響を看取しうる︒すなわち自然法体系ほ個人人格の法か  

らしだいに大きな統一体へと上昇する徹底した配列原理にしたがっている︒つまり哲学的序論の後に︑まず個人の  

法を︑そしてこの範囲内で財産法を取扱い︑つぎに高次の統一体として家族の法︑国家の法を︑最後に国際法をと  

順次叙述する︒したが︑つて家族の法ほ個人の法と国家の法の中間にある︒家族の法ほさらに婚姻洩︑親子法および   

︵1︶  僕解法に分れる︒ALRほこのような体潔に忠実に従っている︒それによれば親権法は共同体の法︵第二部︶家族  

︵2︶︵3︶ の法\︵第早〜第五薯︶親子法︵第二章︶系列の山部にその位置を占めること 

スアレツが契約をすべての社会関係の前提とみていたことほ確かである︒ALR貯よれほ婚姻も仙走の目的のた   

プロイセン普通国法払おける親権の特質  ︵六六こ四二山   

′(ヽ    (     ( 1110 9  

\、−/  \、_一/ \、.ノ  

 ̄■ヽ    ̄ヽ  へ.    ̄ヽ 15 14 13 12  

\、ノ′    )      )      )  

ヴォルフ理論紅おける脚般的権利能力論とALRの規定との関連に触れている︒  

Sauter︶ S﹂りN⁝Frauendien裟一S.や∽f.   

Nams−au一R讐Ftfertigung des St山ateS be−Cbr.WO−ff﹀ S.∽¢.  

以下ヴヵルフの親権論ほHnstitutiOneS j亡ris nat亡ra−et gentium﹀ くu pa↓S巨﹀Sectis iいCaput葛.De sOCietate  

paterna詳pOteState patriaに拠った︒  

Eユeリ Das珂FerecFt im−↓● Jhdt・.S・−∽−︵P已endOrf︶﹀ S●N∽¢︵ThOmaSiuひ︶ 

S.−∽︼J S・N∽ゆ.   Er訂﹀  

Sa已er.S.−¢∽い句raueビdienst.S.岩−fh  

Frauendienstu S.め∽・ヴ∵サルフにおける国家活動の詳細につき句rauendienst−S.Nl00ff⁝く0芹elini︸S.謡ff▲  

(15)

︵六六二︶四二二  第三十二巻 第三・四・五号  

めに締結された契約とされている︒契約が奉仕する目的ほこの場合子の出産と教育である︵脚︑−肖−︶︒この規定は  

︵4︶  当時Ⅵ自然法理論の一般的見解であり︑ヴガルフの婚姻の定義にも照応している︒このような婚姻観はその当時婚  

﹁・J﹀  姻が︑そこに含まれている自然的要素の面から︑人間増殖のための警察的制度と把握されていたことを物語る︒親  

は婚姻の目的に対応して身分に応じた子の扶養と教育を配慮する義務を負う︵芸︻巳︶︒啓蒙的絶対主義の下でほ  

臣民の教育は国家最大の関心事であった︒国家ほ冨国強兵をめざして国民の物質的精神的福祉を増進する政策をと  

ったから︑その一環として臣民の白立と奉仕の精神をできるかぎり育てる必要があった︒全臣民の精神的向上を通  

じて国家が委託した事務を迅速に処理できるような高度の能力を臣民が獲得できるようにするのが国家の意思であ  

った︒それゆえ国家ほ臣民の精神的育成と啓蒙とを︑あらゆる制度を整備して組織的かつ徹底的に実現すべき課題  

であると考えた︒したがってALRにもーの明白な関連が現われる︒第一にこの課題を実行すべき国家制度として  

の学校制度︑第二に同仰の目的のために行使される国家の教会高梅︑第三にこれと結びつく刑事立法︒これら.の三  

要素ほALRの最も進歩的独自的な部分としてともに働いている︒をうして国家自身が積極的に臣民を苗民的義務  

︵6︶  と職業のために教育する任務を引きうけるのである︒この点にまたALRの親権法が手の教育をとくに重視する理  

由があるとみられる︒まず親は︑身分と環境に応じて子を将来国家の有用な成員たらしめるため教育する義務を負  

う︒このような性格の教育権が身上親権の中核にあって︑それがさらに学校教育権と宗教教育権に分れる︒そして  

懲戒権がこれに結びつぺ︒こうした構成は全く国家の教育政策に対応するといえよう︒   

ところで国家が 

承認した点にALRの別の覿機が現われている︒国家ほ子の人格的独立を両親に対抗して主張した︒しかし国家が  

その成員の個別的権利な公共の福祉を増進する権利義務に服せしめたことから︑グヵルフの自然法に照応して普遍 

(16)

的人権が制限され︑しかも福祉概念の弾力性によって必要以上に制限される結果になった︒したがってこの場合蓮  

要なのは子の人格的独立それ自体を承認することよりも︑国家にとって教育︑啓蒙が有用であるということをはっ  

きり認めたことである︒   

瀬の教育義務には子の服従義務が対応する︒すなわち子は親に対じ︑て畏敬と服従の義務を負う︵言−思︶︒絶対  

主義国家の基礎が父と子の権威恭順関係にあること︑したかって君主と臣民の関係がLand2S畠t2r↑andeskinder  

として説かれたということはすでに述べたが︑か1る家父長主義国家観を代表するルター主義がプロイセン国家の  

臣民のなかにほ深く根を下していた︒ルター主義における民衆教育のための要嶺︑D2りk−eine只atechismusに  

は︑権力者と両親に対して賢明な統治と児童の学校数宵の責任が指摘されるとともに︑子に対してほ﹁汝は汝の父  

︵7︶ と汝の母を敬うべし﹂の教訓が協調眉れている︒A㌣沖自体も臣民の道義心を滴奏し︑したがって強制が可能でなく  

とも︑外面ばかりでなく内面宜も干渉しようとする点ではルターのそれに比すべき礼節ある行為の只ate︒hismus  

プロイセン普通国法における観梅の特質   というぺきである︒ただそれが宗教的教訓書でなく︑実ほ合理主義的立法であるということに重要な意味をみるこ  とができる︒   

ALRほこのような家父長主義なたんに親子関係ばかりではなく︑父母関係にも買いた︒クラインによれは︑  

法律の規定のためには婚姻宜−契約論が用いられ︑立法者の意思ほ国民の慣行によって規定された︑人民のより良き  

部分の意思の正しい解釈にすぎず︑もし理性的な夫婦ならほこれを考えた場合にどのようなことを約苧レただろ㌢  

かを正確を告げるものにすぎない︒それに従えば法律は主として夫の利益と山致するようにしなければならない︒  

︵8︶  けだし婚姻数の多少ほ婚姻せんとする夫の決心によるからである︒ALRほ﹁子は主として父権に服する﹂と規定  

している ︵芸N思︶︒これが子の財産上の管理用益権が父のみに帰属することを意味することについては疑な  

︵六六三︶四二三   

(17)

第三十二巻 第三・四・五号  

/   

︵六六四︶四二四  

い︒問題ほ子の易上監護にかんする母の権利についてである︒本来夫婦は協力して子の扶養と教育につき配慮する  

義務を負うが︑子を教育すべき方法の決定ほ主として父に属する︵誓芯H芯︶︒子の身体⊥の監護ほ子が必要とする  

かぎり母自ら︑またほ母の監督の下で行われねぼならない︵芸の声り︶︒健康な母ほ自ら子を哺育する義務を負う  

︵芸:lN︶︒だがその場合でも母が子に授乳すべき期間ほ父の決定による︵芸00巳︶◇ そのはか子の居所指定権︑宗  

教教育権および職業選択権㌫−○¢≡︶ほ父の独占するところとなる︒離婚後の教育権の配分は聖月の離婚当事省に  

教育権を移転するのむ原則とする︵冨N巳︶︒ただし四才未満の子の監誕ほ子の性別に拘りなく有責の母にも属  

す︵冨料已︶︒他方父ほ有責であっても︑その離婚原因が子に悪影響を及ぼす腐れがないかぎり︑男子の教育五日  

己に委ねるよう請求しうる︵冨∽已︶︒夫婦双方が無芸であるとき︑四才未満の子ほ母︑四才以上子ほ父によって  

教育される︵冨∽巳︶︒ただその子が女子であるときだけ裁判官ほ事情によって子の教育を母に委託することがで  

ある二芯成一芯︶︒父の死亡後母ほ教育権だけ保持することができ︑ 

もちろん母も後見人に選任されうるが︑父ほ過言によって他人を後見人に指定し︑死後もなお母の権利を制限する  

ことができる︒そしてその後見入は子の財産の管理権をひきうけるほかりでなく︑︑教育問題に一っいても母を監督†  

に置くのである︵冨−∽巳∞︶︒かくてALRほ父母関係になお強度の家父長主義的構成を維持した︒母にほ教育権  

が認められるが︑きわめて限られた範囲にすぎない︒その父権性の厳しさほフランス法やオーストリヤ法よりほほ  

るかに強い︒むしろそこに普通法の影響を指摘しうるのであ︑る︒  

仙 監護教育権  

︶  ね 監護教育費の負担  

監護教習由謀教育方法の決定権が父に帰属した代り∵に父が負担しなければならない ︵芸∽巳︶︒離婚後も父が支   

(18)

払う︒しかし離婚につき有責とせられた母ほその財産またほ営業からの収入に応じて必要要用の㍉までを請求され  

ることがある ︵ご○鼻声N︶︒そして母が四才未満の子の教育を引うけたとき︑単独で教育費用を支払わねばならな  

い︒父が教育費用の全部またほ山部を支給する能力をもたないとき︑子ほ無素の母に対しでも費用請求権をもつ  

㌫亡扉 て毛︶︒A㍗Rは親の扶養義務−教育費用の負担の問題として処理されるが!を親権から独立させていない︒  

︵9︶  したがってそれは血族関係に基づく義務というよりも︑親権の流出物として把握される︒なおこの扶養義務は子の  

取得の山部に対する︵火の用益権と所有権に対応するが︑このネうな実質的な権利義務の存在服親権の扶養主義的傾  

向を示すものである︒   

り 事実上の監護  

︵   四才未満の子に対する母の監護権についてほすでに述べた︒それは母の意思に反して奪われることほできない  

︵脚ヨHN︶︒もちろん母に権利の前提となる義務を履行する能力がなく︑・意思がないときは別である︵ゆご琵︶︒そ  

れにつき夫婦間に争いがある場合︑後見裁判所が干渉する ︵脚↓N巳︶︒そのほか授乳義務の法定︑授乳期間の決定  

権やそれに争いある場合の鑑定の規定の如く︑ 

︵川︶  より1 道徳的訓誠によってほじめて効果が期待できるような点まで.数々の規制を行っている︒臣民の外面的内面的  

生活のすみずみまで国家権力の支配下に置こうとしている︒ArRほこの意味では家父長主義的立法の仰の標本で  

ある︒  

臣民の啓蒙と精神的育成ほプロイセン国家の最も蚤要な任務であった︒そのための政策ほフリードリソヒ︒ゲィ  

ルヘルム仙世の治世に遡ぼり︑たとえその実瞭的な成果が現在では疑問とされているにしても︑彼のGenera−edikt  

プロイセン普通国法監おける親権の特質   ︶  

C  

︵  

学 校 数 背  

︵六六五︶四二五   

(19)

第一一卜十二巻 第三・四・五官  ︵六六六︶四二六  

へ︶  言m琵.宍.−ご可が近代史ではじめて国民学校教育の原則を謳ったものであることほ否定できない︒この近代国家  

最初の創造物は等族国家の地盤に立脚し︑国家を農民から国王に至るすべての職業が神から委任された官職である  

職業秩序として把握するドイツ的プロテスタント的観念に担われていたが︑次第に個人人格発展の権利とともに自  

己を実現した︒啓蒙はあらゆる面で個人人格発展の権利せ主張するのであり︑グオルフはそれを自然法を実現する  

義務に基礎づけた︒しかも国家目的が公共の福祉であり︑その永続的手段が教育啓蒙であるとすれば︑教育制度の  

確立が国家必須の課題となるのは当然であろう︒こうしてプロイセンの実際に適合する国家的教育制度の理論が創  ≠  造された︒ALRほ既存の教育制度に基き︑そこに含まれている権利義務からプロイセン教育制度の新しい法を膨成  

した︒家族哲㌦のような教育制度に参与する重要な要素である︒家族と並んではかに教会︑国家および自治体がこ  

れに加わる︒したがって学校法の主要な内容ほこれら諸要素の権利義務の調節にあるが︑そこで重要なことは教会  

︵12︶  の影響が国家の権力と人格的独立の自然法的要求の背後に後退しでいることである︒学枚および大学ほ青年に有用  

な知識学問を教育することを目的とする国家の施設である︒しかし国家ほなお身分的編成を国政の基礎としてい材  

ので︑学校も身分的に差別が設けられ︑教育の理念と方法はそれぞれ異なっていた︒とほいうものの将来有用な国  

家の成員を育成するという目的ではいずれも共通していた︒身分と環境に応じて子の教育を配慮するのほ親の任務  

でもある︒五才以上の子ほ公立学校にせよ︑国濠の継続的監督に服する私立学校にせよ学校に︑就学せしめる義務を  

負う︒︵ごびff●声−N︶家庭における子の私的教育ほ親の自由に委ねられるが︑それほ法律で定められた年令で始めね  

ばならないのであり︑その合目的性は国家の審査に服する︵て二忌日−N︶︒このような国家の要求に対して反抗す︒  

る親にほ国家は強制手段を行使することができるぺ   

㈹ 宗 教 教 育   

(20)

ヽ  

プロテスタソトの発展ほキリスト教の道徳的責任の要素を最高の力に高め︑それを国家に渉透させた︒啓蒙期の  

自然法における道徳的義務の観念はキリスト教から汲みとられた︒したがって国家が臣民の道徳的教育のためにキ  

リスト教を利用しないわけほないであろう︒︑しかし他方でほ経済的政治的動機に基き分裂したキリスト教会に対し  

てできるかぎり中立性を維持することが必要である︒教会を国家の高権に服せしめると同時に宗教的自由を貫徹す  

︵柑︶ ること︒これが啓蒙的絶対主義がとった途である︒ALRは国家の住民のすべてに良心と信仰の自由を保障した  

︵誉・昌ご︶︒子についても十四才以上になればその宗教的確信に保護を与える︒すなわち従来親の宗教で教育され  

セきた子ほ爾後いかなる宗派を信仰するかにつき自由な選択権を認められる︵竃か虻こ︒また公立学校への入学は  

何人にも信仰の相違のゆえに拒否されることほない︒公立学校で教えられる宗教と・ほ別の宗教による教育をうけた  

子がその学校の宗教教育をうけるよう要求される乙ともない︒国家自身宗教教育に影響を与えることを差控えるの  

である︒一八〇三年の勅令以前ほ宗教教育に・つき夫婦が信仰を異にする場合一四才未満の男子は父の宗教で︑女子  

は母の信仰で教育されねばならなかった︵ての記︶︒そして夫婦の宗教が異なる場合子の宗教教育にかんする法律  

の規定に反する内容をもった契約ほ無効とされ︑カトリック教会の影響力に制限が課せられていオ︵竃昌︒し  

かし子に法律の規定と異なる宗教を与えることに両親の意見が一致しているとき︑まず親の教育計画が尊重されね  

︵14︶  

ばならない︒ただ第三者が職権的干渉や宗教的狂信からその計画を覆し︑婚姻の平和を乱すことがないように第三  

者の異議権が否認された︵て00声N︶︒また宗教団体が法律の規定に従い現に子が所属している宗派とは別の宗派に  

子を引入れたり︑公に信仰せしめることも禁℃られている︵冨∽巳︶︒要するに国家が教会に対抗してできるかぎ  

り世俗的観点を貫き︑個人には宗教的自由を確保しょうとすること︑これがALRの態度であった︒   

何 職業選択権  

プロイセン普通国法における親権の特質  ︵六六七︶四二七   

(21)

第三十二巻 男手苧五号  ︵六六八︶四二八   

個人人格の自由な発展の権利は自由な職業選択権を要求する︒それに対して等族国家はこれを制限する方向をと  

るであろう︒自然法理論はこのような制限を超えて公共の福祉という高次の価値より国家による職業選択の規制を  

奨励する︒ALRほ十四才以上の子に職業選択の自由を認め︑父が選んだ職業を頑強に拒否するとき︑国家が子の  

権利を保護しようとする ︵てーN肖N︶︒後見裁判所が同山地域に居住する最近親族および男子の教師を参加せしめ  

て父子双方の理由を審査し︑男子の性向︑能力および父の身分︑財産を固酌して適当な職業を選択するような描置  

をとるのである︵ニー発肖貫ここでほ国家の利益に合致するかぎりで子の人権を保護せんとする国家的後見が父  

権の代りに現われるが︑かようにこまごました家庭事件に国家が干渉しようとした例ほ他にないであろう︒   

椚 懲 戒 権   

最後に子の教育遂行のための補助手段として親の懲戒権が存在する︒親ほ刑法によって規定される範囲内で子に  

対し懲戒権を行使しうるが︑この手段で不充分なとき︑父ほ後見裁判所に訴えねぼならない︒後見裁判所ほ事帖を  

審査した後︑改善のために用いられる手段の態様や期間を決定しなければならない︵冨軍出N︶︒  

惑権はあくまで子の教育の手段であることこれまで繰返した通りである︒それゆえその範囲を逸脱すれば︑親権  

の剥奪原因となるのほ当然である︒こ1で教育権の剥奪原因のみ挙げれば︑それほ子の虐待︑悪への誘惑ならびに  

子に必要な扶養を与えないことである︵冨○已︶︒   

︵1︶ Schwarz﹀NurEntsteどngde∽mOdernemPandektensyste−タZRG.Rαm.Abt.串S.告∽f.   

︵2︶︒ざndenRechtenu・Pf−icFtenderauseinerEheNuニeChtenHander語長ten只inder.筈−angedie−etztereJ  

unterくater−ic訂rGewaltste訂P芸ざnd2neigent誉已ichen宕rm厨ender只inder.︸︶および︒ぎnAufheb仁ngder  

志ter−ic訂nGewa声︶の諸節に親鹿の規定が含まれる︒   

/  

(22)

︵3︶ ALRの体系につきH2yd2mann﹀Eln−ei−ungindasSys−emdesp記uSSiscFenCi墓recFts・S・望f・パソデクテン  

法学の影響の下にあるプロイセン私法の教科書の多くほALRの本来の体系から離れて︑パンデクテン体系に従って  

再構成している︒Dernぎrg﹀Lehrbghdes Pre已SSischenPriくatreChtsの如し︒  

︵4︶ MaコanneW2b2r−Ebefra亡﹁一トコdMu−−2rわ∽岸WO声InstitutiOneS讐声J已Snat亡ra2喜ⅧN芦PO−itik誓屡  

BOrnemann.SystematischeDarsteungdespreuss−SC訂nCi邑recFtsくいS﹂↓・ALRの立法者ほHefe声juri・  

sp言dentia fOrenS−a 仰−NO00を参照したらしい︒  

︵5︶ ぎch一AngemeinesLandrecFtf旨diepreussisc訂nStaatenゆー・巳uAnm・−︸S﹂・なおグォルフの婚姻観の  

功利主義についてLandsbergリS・NO∽・  

︵6︶ Di芹hey■ S・−讐f・  

︵7︶ 石原 謙訳﹁マルチンルター信仰要義﹂二七頁︒  

︵8︶ K−ein一Systemdespreussi告gnCi墓蒜Chts肖︸SLf・  

︵9︶ 扶養義務につきぎcF脚鴛摩澄白Nもmn・心︶Na︸S・N声S・N翠後のプロイセン法の教科蓄たとえばDer︒b亡rgu  

肖〝芦S.−貰f.ほパンデクテン法学の説くところに従い親の扶養義務を血族関係に彗つくものとして取扱っている︒  

純粋権力として現われるローマ法の家父長権ほ一切の義務を含まない︒  

︵10︶ 謬rnemannJ S・N讐Anm・によれほスアレソほこのような法律上の義務を裁判官が訓識するだけで妻紅感銘を与えるで  

あろう︑法律ほ多くの場合︑たとえ妻がこの義務を継続的に拒否しても妻が留保出産をもっているならばこの財産から  

乳母の費用を支払わねばならないという位の効果をもつことができるだろうと考えていた︒この義務を母に向けられた  

一種の道徳的指針とみるWeber−ゎーど∽に対しぎch一芸↓崇N一Aロm■Aは法的強制の可能な義務とみて︑激しい非  

雉を加えているがArRの義務は必ずしも法的義務でほなく道徳的義務とみなけれぼならぬことが多い︒  

︵六六九︶四二九   プロイセン普通国法における親権の特賀  

(23)

︵12︶ Di−theyu SJbド  

︵13︶ く○君−i早S−苫・宗教的臼由の政治経済的契機としてプロイセンでほ商工業者の移住︑領土の獲得とともにルター派︑  

カルゲイン派以外の宗派にも寛容を拡大しなければならなかったことがあげられよう︒   

︵14︶ 只OChふ題目N−An声 甲   

闇 財 産 親 権   

自然法麺論の根抵にあった個人の幸福という概念ほスアレツにとって人間がそれを通じて事態となるべき生来的  

な財および能力の維持であり︑新しい財お七び能力の取得を意味した︒生来的な財と伝来的な財の双方をあわせて  

スアレツは人間のh式as Seine﹀とよび︑それに対する個人の処分権を認めた︒その場合共同市民や国家の権利も  

保障されねばならない︒人間の︿トdas Seine︶﹀とほ人間の所有に他ならない︒それは人間の幸福の結果であり︑前  

︵1︶ 提である︒この点で国家の目的と個人の目的が一致している︒自然法が展開した個人人格の独立の理念の財産法的  

反映ほ自由な︑排他的な私的所有権の確立であった︒しかしそのために必要な封建的身分的制約の撤廃ほALRで  

はまだ充分に達成されなかった︒プロイセン国家の身分的構成がその大きな障害であった︒それでも封建的制約か  

らの私的所有の解放︑商品流通の自由は十八世紀末の時代の趨勢であった︒ALRもあらゆる人に所有権を取得し︑  

移転する能力を認めている︒父権に服する子といえどもその例外ではなく︑所有権その他の権利を父の助成なしに  

自らのために取得しうるのである︒ただ父権によって子の財産の管理権用益権が父に与えられるのでいその反面と  

して子の管理行為が制限されるのである︵仰脚︼寧−∽∽肖N︶︒だが子の取得能力に一つだけ特例がある︒すなわち親  

の生計または営業の援助の際の子の取得に対する親の所有権がそれである︒▲か1る所有鮭ほ親の扶養義務と対応す    第三十二巻 第三・四・五号  ︵11︶ 句rauendien茅S.−巴.   ︵六七〇︶ 四三〇  

(24)

︵2︶ る︒.これもまた扶養主義的親権の表現である︒それ以外の子の取得は一切子の国有財産である︒子の財産ほAトR  

ではじめて不自由財産と自由財産に分けられたへごら肖N︶ごの区別は普通法のpe邑iuminmi−itareetpaganu声  

CaStr2nS2etquaSicas−r2nS2もrOfectiume−ad諾ローi−umのあの煩雑な分類を廃止し︑これを新に単純化せんと  

■3︶  

する意偶に基づくものであった︒  

︵1︶  

︶   は 不自由財産   

子の不自由財産には父纏が存続するかぎり父の管理権および用益権が存する︵仰−宗肖N︶︒   

川 管理権 ALRでは父の管理権用益権も窮極ほ子の扶養教育という目的に奉仕すべきものと把握されている︒  

そして子の保護義務の手段としての性質では父権と後見ほ厳密に区別されない︒したがって父は狭義の後見人と区  

︶ 別されるために自然的後見人とよぼれた︒ALRばかりでなく︑それに強い影響な及ぼした当時の普通法も父の管  

︵5   

︵6︶ 理梅を自然後見から導出していたようである︒しかし後の理論ほその管理権の後見的管理権に対する固有性に注  

目し︑管理権ほ用益権と併立するのでほなく︑ローマ法当初の信託的所有権の転化形態であるususfructu00の流出物  

︵7︶ であり︑それゆえ通常の用益権者の管理権よりはるかに広汎なしかも自由な管理権能を含むのだと説明する︒ALR  

の構成ほ前期の理論に対応する︒まず父は贋本を︑それに抵当権の登記があるときでも︑任意に取立て︑他に投資  

し︑自ら債務者となりうる ︵三岳二罠︶︒金銭にらいても自由処分権をもつ︒動産譲渡権はまた父権終了後父がそ  

の動産を遠遠しないとき預った時の価格で賠償する義務を負うことから推測できる ︵冨空目N︶︒しかし子の土地  

ぉよび不動産権については父の単独譲渡︑担保またほ負担の設定は許されない︒成年に達した子についてほその同  

意︑未成年の子についてほ後見裁判所の許可が必要である ︵ごぉ二忘︶︒けれども父・がその処分の子に対する必要  

性︑有益性を証明しさえすれほ︑後見裁判所といえども許可を拒みえない︵竃岩N︶︒商品流通の要求に従い普   

プロイセン普通国法における親権の特質  

︵六七こm讐三   

(25)

へ六七二︶姻三二一  第三十二巻 第三・四・五官  

︵8︶  適法でほローマ法の鹿渡禁止がこの規定と同じ方式ですでに緩和されて一いた︒譲渡が専ら子の利益のために行われ  

たとき︑その売得金ほ不動産かまたほ抵当権に投資するか︑父がそのために担保な設定するかしなければならな  

い︵てき二冨︶︒なお用益権者ならば所有者の許可なしに行いえないような財産の事実上の変更にも後見裁判所の許  

︵9︶  可を要する︵て3肖N︶.︒   

父の自由な管理権の一面として︑子に父の財産に対する法定特権が認/められるのを除き︵て謡肖3︑父ほ原則と  

︵10︶  G︶  して担保設定義務を負わず︵脚−謡︼忘︶︑また財産目録調製義務も計算義務もない︒後見的管理の本質的な基準であ  

るこれらの義務が欠けていることからも明らかなように父の管確権ほ後見人のそれに比L著しく自由である︒  

︵12︶   両 用益権 父の用益権は扶養教育義務とコレラートをなす︒たとえば父が破産に陥り︑その他身分に応じ′た子  

の扶養教育を行うことが不可能になったとき︑父の管理権用益砥が消滅するというのもそれを示す︵忘○の肖N︶︒し  

かし父がその義頗を履行するかぎり︑用益権の効果として子の財産の収入は全く父の自由になる︵芯○︑隕已︶.︒父の  

債桁者もこの収入から満足を求めることができる︒したがって用益権が父の利益のためにも役立つこと疑なく︑用  

益樅の存在の有無は親権の支配的自益的性格の標識といえる︒それほゲルマン法でほ後見的ゲヴエーレの形態をと  

︵柑︶  って現われた︒しかし今やダブエーレ的構成が崩れ︑観念的絶対的な私的所有権が承認されるとともに︑制限物権  

として自己な表現せざるをえないのである︒  

・匝 自 由 財 産   

自由財慶すなわち父の用益権に服さない子の財厳には次のような種類のものが属する︒﹁子が父の営業以外で勤  

勉と熟練により取得したもの全部﹂r子が武官またほ文官職に勤務し/た場合に取得したもの︑もしくぼその際に武  

装または援助として親またほ第三者から与えられたもの﹂﹁子に授与され︑または子に総手的に受領されたレーン﹂   

(26)

﹁親または第三者から与えられた子の勤勉と熟練に対する報酬﹂﹁親切や好意を施したことに対する謝礼として子に  

与えられた贈与および遺贈の全部﹂ ﹁父の家の外で生計を営むため︑またほその他の費用として父が与えたものか  

ら子が倹約した部分﹂ ﹁親︑親族またほ友人かち父の用益権に服さないことを明示して子に与えられたもの全部﹂  

︵脚て革−誤記︶︒これらの財産は普通法のpe邑iumcastrenseも牒u−iumquasica賢enseもe邑iumad完ロtitium  

irreg︒−ar︒に含まれるものを除けは︑主として子の労働取得であり︑このような取得を自由財産として︑父の用益  

︵1・l︶ 権に服さない財産範囲を拡大したことほALRの特色といえる︒自由財産にほ父はなんら橡利を有しない︒ただ辛  

が未成年その他の理由で単独に財産を管理する能力をもたないときにかぎり︑父にその財産の後見的管理権が帰属  

するのである︒父の用益権の代りに︑子の財産の収入を請求する権利が父に与えられるが︑その範囲ほあくまで監  

護教育に必要な範囲を限度とするのであり︑後見裁判所の裁蛍により決定される ︵ての一己︶︒子の財産の収入が  

監護教育に不充分であっても︑子の基本財産を侵すことはできない︒その反対に子の財産の収入が超過するとき︑  

残余ほ基本財産に帰属するもの︑とされ︑る ︵ヱのN已︶︒父の管理権は子の成年到達あるいほ管理を必要とする他の  

理由の消滅により終了する︵で変二記︶︒   

︵1︶ Suare♪J訂rtr蒜かⅠ︸的・NO∞︵Thieme−Diepreuss・SC訂只OdifikatiOn︐S.∽琴より引用︶読会罫♀∽.N屡E.宅阜  

S.N00P   

︵2︶ Lehmann・Diee−teユic訂rGewa−ニm宕rm爵ensrecFtdeshe象genEurOpa︵Ja㌢b芳herf箸dieDOgmatik︶N∽.  

S・−長f・︶によれば親権的財産法は権力主義・扶養主義・後見主義の三類型に分けられる︒A買の親権法ほこの申扶養  

主義と後見主義の混合形態である︒が︑後見主義ほ後述のよう紅名目にすぎなくなっている︒それに反し扶養主義の特  

徴ほがなり明確で子の取得の山部に対する所有権用益権が扶蕃と対応関係にあること︑静権が子の経済的独立とともに   

プロイセン普通国法におけか親権の特質  ︵六七三︶四三三   

(27)

︵3︶ 甥OCF川部・NのP  

︵4︶ ローマ法のpe旦i眉a晋en音名濫虜たるが︑Aぷほ贈与相磯遺贈によって子軋帰属したもの︑子が偶然に取得  

したもの︑子の洗礼のときの贈物︵芸−芦−∽↓墨を例示している︒なおpecu−iumprO㌢iumほ当時もほや実  

用的価値を失っていた︒ 

︵5︶ 只−ein︐S・−○㌣  

︵6︶ LeyseruMedl−●ぎー・学童eC﹂のAmed﹂⁚富r22きReくisiOnn軒1eb㌃さndens・g小Ad諾n−i−i2n︵Nei−scぎift  

f告Ciまーrecht戸 P言語SSreCht−㌘S◆N篭︶より引用︒  

︵7︶ MarezOH−S.N00芸∴只Oh訂r︾DerDispOSitiOnSniessbraucF︵JaF旨芳訂二琵die冒gmatik﹀NP S・N島ff・︶ 

︵8︺ ローマ法では父の譲渡権が著しく制限され︑ただ滅失し易い物または保管する価のないものおよび子が財産取得ととも  

紅承継した債務の弁済の場合のみ認められた︒しかし普通法実務はこれを固執しない︒商品取引の活瀞さにより実務ほ  

譲渡の必要な場合︵右の三つの場合︶ と譲瀕が有利な場合を同−祝して父の譲渡権を拡大した︒Myn宮品er・Gai−▼  

S首鼠d川LaまerbacFな鴬 只置er︸Ⅵ・N思⁝D欄n官rや 冨ひ・S七P  

︵9︶ 普通法はり制限的︒なお凍稿でほ触れるこ之ぶでき禿いがヤ九世紀中葉以降のプロイセン瀧の学説も実務も後期普通法  

の強い影響によって徴見と父権の峻別︑後見裁判所の許可を必要とする管理行為の範準管理権や瀾益権の構成など  

濫︑草月の本来の立場とは異なった解釈を示している︒その此較叔討が必要である︒  

︵10︶ 切溜Criptづヂ00V−ぷタい恨や﹈手−遥の∴P︸野﹈道悪﹁づ・習普n価︸E蒜昔Nun駕n戸Er−筈ter壱g遥d溜ALR︸眉  

S.Nの〇.   

︵11︶ 習昔ここ渾    第三十二巻 滞三・四孟号  

終了すること克ど指摘できる︒   ︵六七四︶四三四  

参照

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