序 説
︵1︶ H 資本制社会の発展を基盤として︑責任保険を中核とする保険制度と民事貴任との密接な関連に阻題意識を抱い
︵りこ ︵$︶ た責任保険研究ほ︑わが国でも最近殊紅本格的関心が集まりつつある︒
︵4︶︵5︶ 従来のわが国責任保険の未発達およぴそれに対応した研究の乏しさ紅は相応の理由が考えられるが︑商法典も成
立当時の社会地盤を反映してか︑火災保険の款に設けられた﹁他人の物の保管者の責任保険﹂に関する現行第六六
七条が責任保険に対する唯一の規定となっている︒今世紀に入り各国が制定した保険契約法が山応それぞれ安住保
︵S︶ 険を正面から取上げているの紅比べれは︑わが貴任保険法の立遅れが目立つ︒しかしわが国における責任保険の需
︵6︶ 要の低さにこそ問題があろう︒
しかしながら︑近代化の徹底と福祉国家化という一応異次元の二要請を果して行かねばならないわが国において
︵6biS︶ 自動車損害賠償責任保険の強制化を機縁として︑責任保険はその社会的機能故に一大飛躍を予想される︒
ヽヽヽ それ故わが商法上責任保険に関する唯一の規定ながら︑責任保険の﹁かなめ﹂といえる﹁被害者の保険金直接請
フランスにおける責任保険成立過程および被嘗者の直接請求権 ○こ仙○劇
フランスにおける責任保険成立過程および 被害者の直接請求権 ︵こ
岩 崎
よ 遮
第三十一巻 第ご号 ︵山〇二︶ 仙〇二
求権﹂・を立法例中最も早く明定した第六六七条の構造を解明し︑同条の歴史的・社会的意義を認識することにより
︵7︶ 責任保険の現代的機能に応わしい同条解釈およびそれを槙杵とする責任保険法理論を確立しなけれほならない︒
本稿は右の任務に対する準備的操作として︑責任保険史上最も遺産豊かなフランスにおける責任保険成立過程と
被害者の保険金直接請求権を対象とする︒
︵8︶ この問題ほ既に約二十年前わが国フランス法研究の第一人者野田教授が包括的な研究を遂げられており︑かつそ
の後フランスで格別の理論的進展がみられない故に︑本稿は所詮新味乏しいものになろうが︑できるだけ重複々避
け︑私なりの問題意識に立った論を進めたい︒
口 重任保険成立過程の仙般的背景を鮮明ならし填るため︑フランス山九世紀社会史のレジュメを初めに述べてお
こう針 †九世紀フランス資本制社会史はい♭ぼ自己の﹁敵の敵﹂と戦わされた小市民︑労働者とブルジョアジーと
︵9︶ 金融貴族化した旧支配階級との三者間の力関係の歴史であった︒それほ︑大革命の成果に基いて市民社会の典型を
︵10︶ 打出したナポレオン法典から出発し︑小八三〇年七月革命から二八四八年二月革命迄のルイ・フィリップ時代に金
融資本が基礎を据え︑二月革命直後の六月暴動に ﹁赤い幽霊﹂をみたプル汐ヨアジト全体が結束して逃げこんだボ
ナパルチズムの下で産業資本が急速な発展をみせた︒一八四八年の国民議会で保険国有を主張したルイ・プランに
その一例がみられるブルードン主義が一八四八年六月敗北の結果として労働者間に圧倒的勢力を占めた︒周知のよ
うに︑資本制社会における貧困の原因を交換関係に見たブルードンほ交換関係における諸々の改良主義的施設が資
本主義の害悪を取除けると考えていた︒この小市民的社会主義が︑僅かな物質的譲歩で労働者の闘争を放棄させよ
ぅとする二億の﹁層察社会主義﹂ノ︑陀他ならぬボナパルナ嵐ムめ雰囲気碁絨び付く時期に︑責任保険成立過程上最強
力な推進役を果す雇主労災責任保険が登場するのは示唆深い︒
OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ
臼=⁝八五︑六〇年代のめざましい工業発展と共に︑フランスの学説・判例が資本制経済の加速的高次化に伴う階
級問題・社会の深刻化に対応した民事責任理論を自覚的紅推進してきた点に﹁責任理論はフランス民法の華﹂と謳
われる所以が存する︒殊にL﹁第三共和制の確立ととも蔽二八八〇年代紅は労働者階級が政治貯鵬大勢力となるのと S
︵10bj︶ も対応して︑この問題︵大工場内の労働災厄︶は重大な社会的関心を呼び起すこととなった﹂︒
後述のようにフランス︵陸上︶責任保険の最初の形態である賃借危険︵および隣人求償︶保険ほ大革命前夜から ︵肌︶ ︵ほ︶ 存在し︑しかもその成立当初からその合法性を凝われなかったのは︑この南保険が火災保険に附随していた故その
′ ︵13︶ 独立性を十分認識されなかった点に理由があろう︒︵また当時の基本課題だった所有権保護に役立てた点もー因で
あろうと推測される︶︒ともあれ︑その場合の被害者︵所有者・隣人︶ の利益保護のため﹁被害者の保険に対する
権利﹂論がフランスに現われだした頃︑ベルギーほその論議紅示唆されて仙歩先んじて山八七四年六月十両日法を ヽヽ ∴制定した︒同法三八条一項に定められた﹁所有者への賃借保険金帰属︵d3︑○−已iOn︶﹂の意味は争われており︑べ
︵14︶ ルギー判例ほ今日に至るもこの規定が所有者に直接訴権を付与したと解することを否認するけれども︑わが旧商法
ロエスレル氏草案第七二二条理由書に参照されているのはこの条文に他ならない︒
たとえこの参照が継受とはいえぬ偶然的なものにすぎないどしても︑完世紀半ばすぎ当周の代表的責任保険に
設けられた原則に倣った商法欝六六七条をその規定の位置故に今日なお火災保険限りの特別と解するわが国多数説
ほ︑さりとてこれを特則たらしめる責任保険仙般規定をわが商法が何ら認識していないことを考え合せれば︑その
へ15︶ 実質的根拠を疑われている︒本稿がこの間題の意義を引立たせるのたも役立てば幸いである︒
㈲ 本稿はまず第仙部において︑問題の背景を鮮明ならしめるため冗長を恐れず十九世紀フランスにおける安倍
保険成立過程を述べ︑次紅第二部において本稿の主眼とする﹁被害者の直接請求権﹂を論じる︒
フランスにおける責任保険成立過程および被害者の直接請求権 ︵一〇三︶ 小〇三
︵6四︶二∪四
第三十義弟一号
︵1︶姦近殆どの不法行為論および保険法の著書が指摘する所で臥り︑左に先駆的或いほ代表的文献のみ掲げる︒
末弘・民法雑記帳︵下︶・﹁無過失賠償茸任と責任分散制度﹂一四四貰以下︑我翠・同校﹁無過失損害賠磯云任論﹂新版序
文︑小町谷・保険制度が民事責任に及ぼす影響︵田中論集所収完五貢以下︶︑野田・後掲元日以下︑大森・保険契約の
法的構造二〇六京︑最近かつ最も詳細なのは加藤・不法行為法四〇貰以下︒
参照できたフランスの文献でこの点に触れたもの左の通りである︒
H.etL.Ma記a阜丁邑t:F晋−que2︷pra−首ede−arespOnSab賢かc茎ede−ic−鼓訂etcOnt琵t邑12こ・芦︷itre
戸c首.−︸琵●戸p・慧−−∽NNこぃMiつFe−︐EssaiきnelF賢蒜2監ra訂suニ︑assuranc?諾pOnSabil示Paris・
−芝古ap.目p.串・軍M・Picarde−A・謬ssOn・→rai−かg監−al desassuranc2S t2rr2Str2Sen drO蒜fran首su
t.苧titre戸c富・−﹀SeC・戸p・∽亭∽NN這・Sp彗ein■1e c邑−at d︑assuranc2d2r2SpOnSabi−諾ciきParis・
−浩戸p.甲声G●Riper−トer蚤m2dかmOCrat書2e−訂drOi−ci墓mO賢n2︸N早−慧声n−00冨ts・も・岩岳Nい
G.R首t︸Aspec−sjuridlqu2Sduc世−a=smemOde−n2︸N芦﹂宣こp・N−Oe−2盲邑12r︶R宣esg監邑︒Sde
laresp.c茎e這eヂCri−・去声p・藍2−s・いSa邑i2ru看s−as旨a−isa−iOnde︼aresp・e−d2Srisqu2Sindi邑邑2旬﹀
D㌢−思N.cFrOniqueuワ冨ts.りペールの根本的立場は回顧的小市民性濃厚でいただけないが︑彼の前著ほ彼のレアリス
ト的洞察力が叙事詩的見事さで資本制社会における私法の機能と発展を具体的な鵬苗場で描きだす点で示唆に富む︒
︵2︶本稿全体にわたって参照する番目を便宜上左堅持して掲げ︑以後は著者名めみで引用する︒
p.Biney−LぎtiOndirec−ed2−aまc−im2dごndOmmageCOn−re−ぎs誓2声護良−P旨s⁝Hen−−BOudiPL訂surance
de respOnSabilitか2−訂drOitdes−i2rSこFかs2p・d・こ讐⁝CO−in2t Cap仙−a阜 COurS監menta−rededrOitci昌
francaisこ.戸−○芦−琵いH・e−1・MaNea阜→ra諾−h賢iquee−p−a−iq完de−arespOn邑i−itかci鼓2d2−ictu2u2
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OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ
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Traitかpratiq亡ededrOitc鼓=⊇岩ais:.声﹁ecOntratdぎsu−anCe︸parA・謬ss呂∴ニチ﹂軍だ由・Sp彗ein︸
Le cOntrat電ass已旨ce derespOn∽abi−i芯ci星−Pa︻is︶−豊舎C・宅e2n∽−L打suranc2dec訂○詔S・COntratdぎd2mnitか﹀
Sirey﹀−¢NごHam呂﹀HisIOir2gかnかra−de︼︸as芸ranCe2n句ranceet少−蜜ra点er︸−涙声
︵3︶中西正明・五任保険における﹁第三者﹂の地位︵香大経済論章二九巻四号︶︒同・フレヒ†ハイムの責任保険請求砕論︵同
三〇巻四・五芝︒西島・被害者の直接請求権H︵熊本大法文論叢九号︶︒伊沢教授の﹁責任保険における保険事故﹂ ︵佐藤
教授適職記念論集所改︶を始めとした積各の一連の研究︒
︵4︶ 戦前責任保険の今日的意義に留意した不法行為論が乏しかったことほ︑野田・後掲・山○頁参照︒
︵5︶ 第側に天皇制下の上からの近代化に由る権利感情の稀薄さ︵加藤前掲蕃要一責以下参照︶および封建的地主制を土台に過
早な独占集中的発展をとげた企業の合理性不足紅基く責任保険の未発達︒資任保険史の比較的検討から得られる結論として
責任保険発展の第一の担い手となった労災責任保険が労働運動抑圧のため正当な展開を示さなかったこと︵明治四四年工場
法および昭和六年労働災害扶助法と労働者災害扶助費任保険法の性格については︑風早八十二・一日本社会政策史東二言四
五頁以下および軍七葦滞五節三一九貢以下参照︶︒︵法の上部構造性が容易に無意識的にも受入れられる商法学で︑右のよ
うな常識的究極原因論は実りなき機械主義でほあるが︑やだ工応ほ出発点で確認しておくべきであろう︶︒第二に民事資
任論の歴史的構造を踏んまえた上で︑責任保倹と民事責任の内在的絡み合いを︑資本主義経済史蔑見言しつつかつ社会政 ヽヽヽヽヽ 策の歴史性を視野軋入れつつ︑摘示しなければならないという研究対象の膨大さ︒第三に︑貴任保険自体の歴史的忘義にま
つわる宿命として︑階級問題又は社会問題的見地から責任保険の尖兵たる発達をみせた労働災害責任保険および中堅的発達
をみせつつある自動車責任保険が︑その存在を明確にするや否や私法領域から社会法的領域に組入れられやすいため︑保険
︵一〇五︶一〇五 フランスにおける責任保険成立過程および被害者の直接請求権 快適
削臥せ.く
法理論内部での成熟した検討を受ける余裕に乏しいこと︒以上三点がひとまず考えられる◇
︵5︶ドイツ完〇八年五月二言保険契約法︵妄元年十方七日法と妄元年十二月一九旦法により修正︶第二章第六
感︿・一四九I⊥五八条︶︒スイス完〇八年四月二日保険契約法︵五九・六〇両条︶︒フランス完三〇年七月音保険
契約法第二章罪四節︵五〇−五三条︶︒
︵6︶この点欧米で不法公務執行や医師の誤診などの職業危険簑するものを始めとして様々の責任保険がかなり普及している
事実と対照的である︿アメリカの諸保険濱の責任保険に関する分類説明およびP・Sumjen㍉raitepra.ettFぎdesass宇
ancesterrest蒜S2tde−=訂suranc2・慧dト§も・NO002−s・参帽︶︒
︵6響この点本年二月より雲海上社が取扱な始めた︵是最初讐般的な責任保険といえる︶賠償責任保険の成行が注目さ
れる︒
︵7︶この点の精到な二蓮の研究ほ︑′中西・前掲二論文である︒なお伊沢・保険法︵昭聖四〇九頁︑大森・保険法二二頁
参照︶︒
︵8︶野田艮之・フランス茸任保険法・法協五六璧・二・三・四号︒
︵9︶簡要なフラン孟法史として︑G・Ripe諷A登−首ridiq邑⁝pi−a−isme壱︒derヨeら芦−芦chap●盲p.ア巴参
照遠済史誓いてほ︑H・Sダ12SO−igin2SducapitaH賀2mOde言︵C声A・CO−in︶﹂畢chap●声p.−∽∽ets∴
J・岩鼻n星2らindust誅dufelen⁚France︵C芦A・衰in︶こ男C貫首am∵ゴ訂ecOロOmlcde星Op3entin句rance
andGermany︵−警⊥冨︶∵Cam冨g⁚琵参照︒・セーの書から若干の統計をぬきだしておく︒
云元年から囲七年恐慌迄の問に︑蒸気機関総数二︑五四〇から四︑芙三に︑使用男望万三千馬力から六万二千馬
力に︑石炭需要百八十万トンから五百万トンに曙加したが︑まだ人口の七五%が農民だった︵英国竺三%︶︒
十八五二年から一八六毒り間に︑石炭年産高は四九〇ガトンから萱三方トンに︑鋳鉄ほ五二万トンから仙〇九万トン
第三十一巻 第ご号 ︵叫〇六︶一〇六OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ
へと激増︒蒸気機関をもっ企業数は一八四〇年の三二〇〇から山八五二年の六五〇〇︑さらに山八六二年の一万五千に発展
し︑鉄道延長は鵬八四〇年の一八三二桁から二八六〇年の九四三〇粁に急増した︒
︵10︶ T訂cOde冨p︒−e︒n and t訂c呂m亭︼aw w◇ュded・by汐mard SchwaりN N・Y・U・㌘essL誤の中の TheCOde
a已PrOpeユy by C︼aude L曾y︵p.−のN・−謡︶参始︒
︵10biS︶野田・フランス民法におけるfauteの概念︵我妻記念論集︵上︶所収=二三貢︒
︵11︶ ︸訂mOn前出p・缶〜会所収の山七八六年保険証券参昭︒
︵12︶ 判例による合法性確認ほReq・こごuiet−00∽ベリやー00∽↓・−・会−︒
︵13︶ H=Mic−邑u p・設Picardet謬ssOn−p・N00P
︵14︶ ベルギーの多数鋭・判例は先取特権付与と解する︒しかしそう解しつつも判例ほ同法制定当時より劇駁して被害者の直接
請求権を石窟する︒同国一九三七年五月二四日法が傷害事故被害者に責任保険金上の先攻特樅を明文で付与した後も︑判例
はいぜん直接請求権を認めない︵ベルギー破棄劫九四五年十月十八日付の二判決︶︒P︼an邑etRipert−Ma詔aud その
他の資料を勘合すれほ︑Picard et B2∽∽On p・ひい¢一nOte小がこの三八条は特別的にこの両保険における被害者に直接訴権
を付与したと述べているのは誤解と考ゝ‰られる︒
︵15︶ 中西・前掲第二論文︑伊沢・前出︑参照︒
第一部 フランス蜃任保険成立史
︵ .
との間に存する緊密な関係を実証するこどほ責任保険研究の意義を明らかにする上に不可欠の前提を成す故︑本節
〇七︶一〇七 フランスにおける責任保険成立過程および被害者の直接請求権
第三十一巻 第二了 ︵困〇八︶一〇八
と次節においてフランス責任保険成立史をはぼ年代記的に眺めかつ補註でドイツのそれも簡単に対比することにす
︵2︶ る︒民事昔任論自体の発展は︑紙幅の点からもまた未だその学説史的整序を私が了えていない点からも︑殆ど割愛
するしかないこと︑および社会経済史的基盤の考察もなお目下の私の能力外の事とするしかないことほ本節の存在
理由を薄くするけれども︑研究の順序として敢て述べておく︒
︵3︶ ︵二︶海上保険紅古くから責任保険が二次的かつ付属的に含まれていた証跡は十分見出されるが︑制定としての責
任保険の発展とは断絶しているので特に取上げる迄もない︒ただこの場合も自己固有の責任︵−a牒p烏rS昌ne−−e
ヽヽ の保険は︑全くの過失保険︵ass●des faロteS︶ として ︵二ハ八㌦年海事条令二七条︶︑良俗・公序の名により原則︶
︵dこ 上禁止されていたのが注意される︒
︵5扉 フランスにおける他の陸上保険諸部門は他国に比べ成立がやや遅かったが︑責任保険のみは火災保険と殆ど同時
︵6︶ ︵7︶ に出現した︒それは火災保険紅付随する賃借危険および隣人求償保険である︒これが火災保険と混同されながらも
その存在を確立していたことは︑山八四一年セーヌ商事裁が馬・車事故責任保険の合法性の判断を求められた事件 ヽ︑1ヽヽ1ヽヽ ︵8︶ に際して︑﹁この保険ほ賃借危険妃劣らず適法である﹂と答えていることや︑また後述パルドレユ意見畜に引用さ
︵9︶ れた判決理由に窺える︒さらにこの意見書二九頁は﹁判例ほ賃借人が民疲二七三三条と山七三四条により所有者転 ︵10J 対して負わされる責任を合法的に付保できることを承認している︒かつしかもこの責任は賃借人が反証できないか
ぎり彼を火災の原因とみなす法の意思に基くものである︒そして保険が結局この付保老へ人的に法上帰責されうる
過失の結果に対して付保されていることが判る﹂と述べる︒
それ故︑賃借危険保険は少くとも既に姉妹保険たる馬・皐事故に由る責任追及保険がそれに自己の拠り所を求め
る時期に・は判例中に確固とした地位を占めてい隠ことが理解される︒
OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ
ただし賃借危険保険も当初から攻撃を受けずにすんだ訳ではなく︑後に馬・革事故に由る安任追及保険が受けさ
︵11︶ ︵ほ︶ ら.に順次あらゆる他の保険分野に浴せられたのと同じ試煉を経てきたのだった︒
︵18︶ 以上のように賃借危険保険はブランスの責任保険最初の表われであった︒
︵三︶一九世紀初来の交通の限りない激化による交通事故危険の増大に対処するため︑パリ警視庁は山八二脚年八
月二三日付命令で辻馬車業者堅雇われている御者舎只が各自の給料から毎日二〇サンチームずつ積立てて各自六D
フランを下廻らぬ二樺の準備基金を設定する義務を負わせ︑その基金を各御者が第三者紅与えうぺき事故に由り彼
らに宣告される科料および損害賠償の支払に特別充当させることにした︒この命令の内容は︑付保者所有の馬・車
が第三者に加えた損害の責任追及に対する保険の潮芽を示していた︒ ヽヽヽ この命令ほ果して責任保険に開かれた新分野を実業界に意識させずにはおかなかった︒そしてここに独立の責任
保険の最初の形態が成立することになり︑劇八二五年以降多くの馬・卓事故保険 ︵ass・COntre−es accidents de
へ‖︶ c訂畠仁舛et de召itures︶会社が出現した︒
︵16︶ 山八三六年に諸地方裁は既にこの馬・車事故保険に関する事件を取扱っていたが︑一入四一年この保険の適法性
︵16︶ を争う事件を持ちこまれたセーヌ商事裁はその適法有効を承認した︒山八四三年の判決でも同裁ほこの態度を持続
︵17︶ したが︑一年後同裁ほ豹変して︑﹁付保者叉ほその雇人が犯しうぺき準不法行為を認めることは公序に反する︒か
︵18︶ かる保険は不注意の助成となるから﹂この保険を不法原周上の債静を約する故に無効と判決した︒
この判決は約二〇年間この保険を営んできた各社の全契約を無効たらしめること紅なり︑従って各社の営業が完
全紅壊滅する羽目になるから︑即刻−︑AutOm註On杜は当時の最も高名な法学者の協力を得てこの判決を控訴し
︵19︶ た︒
フランス紅おける責任保険成立過程および被害者の直接請求権 二〇九︶ 山〇九
第三十一巻 恩讐号 ︵一叫○︶ 二〇
︵20︶ この協力の成果が責任保険史上菖蛮な理論的礎石の㌻を成す前述したPardessus の作成した意見書であり︑一
入四四年セーヌ商事裁判決を痛烈に反論した︒そしてパリ控訴裁はその有名な山八四五年七月仙日付判決でこの原
︵幻︶ 判決を破棄した︒尤もセーヌ商事裁自身もパリ控裁の取消判決︵−︑arrかtinfirmatif︶を待つまでもなく︑既に一八
︵22︶ 四四年仙二月山八日に元の立場に復し︑この保険を有効と判決していた︒
かくして山八四五年以後ほもはや茸任保険の原則が争われることはなくなったが︑責任保険のめざましい発展が
始まるのは山九世紀末︑つまり個別資本と対比した概念切総資本の利益という考え方が一般の意識に上る独占資本
主義段階の開始を待たねばならなかった︒しかし産業資本の加速的な発展が始まる一八五︑六〇年代から︑他の諸
国同様フランスでも︑責任保険の生成から発展への高次化を担うことになる労働災害責任保険が登場する︒
︵1︶ H=Mic訂︼﹀p.∽−.
︵2︶本節の材料は
p.巴びet s.に拠った︒
︵3︶ 副六八一年海事条令二八粂を鞘生した商法典三五三条ほ船主が明文の特約によって彼の船長又は船員の fautesを付保す
ることを許している︵︼abarateried仁patrOn︶︒これは本質上他人︵受任者︶の行為に由る自己︵委任者︶ の責任保険とい
える︒
十四世紀来海上保険者ほ通常の直接保険のみならず︑付保船舶が第三者紅惹起した損害紅由り第三者から行使されうぺき
求償紅対し船主を填補していた︵現行フランス海保約款三︑四︑六︑七条ほ保険者の義務のこの通常な拡張を盛っている︒
deCOurCy﹀COmmentairedespO−icesf−anCaised︑a芦maritimes﹀Citかepaニ.Micbe−.p.ぷ︒最も普通なこのケース
は付保船舶と他船との衝突であるが︑こうした贋三者の求償を保険者の負担とする旨の明文条項がない場合︑保険者はこの
求償を填補すべきであるかという論争が激しく行われていた︵LyOn・Caennt謬nauぎTraitかdedr.cOmmerCia1.骨監こ
OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ
t.≦︸−讐N︸n︒−N会b且︒本稿の趣旨と殆ど無縁なこの論争紅立入る要ほないが︑この場合の第三者の求償を保険者の負
担とする有力判例︵Ca芦N∽dぎー00∽↓︸PP∴00岸−訃浮▲㌣m牒S−00芦S.忘空.Hり酷の恵Nfぎー欝r S・−票−.
H.NヤROuen.−づ盲n.1雷−.PPり00ドN.3 − 反対MarseiueV−ごan・−00∽−⁚Paris−Nごan・−箆∽︐S・00P N・彗の︶
が︑船舶・積荷の海上危険に対する直接保険と他船に与えた損害に由る責任追求に対する責任保険とを混同していた所から
生じる帰結である︑という批判は可能であろう︒
︵4︶ ﹁付保者が作出者である減封を他人に填補させることほ許せない︵Eme恩〇〇﹀Desass亡ranCe∴∋芦cF芦sect・N・︶﹂︒ ヽヽヽ ﹁私が犯した過失をその人に負担してもらうことを誰かと契約すれば︑これは不法を誘発する契約に他ならないだろう
︵POth瞥−Traitかdu cOntratdぎs亡⊇nCeu n︒澄︶﹂︒Pardes告S︸DrOit cOm・︸戸曾芦こ00声・n︒笛Oet声n︒ヨNも
同旨︒
︵5︶ 殊に火災保険についてはPicard2t Bes岩np・ふ〜↓∴HamOnu p・た可参照︒なお保険企業史的視点から欧米諸国の文
献を網雁した米国生命保険史の好著丁訂 American Lif2 COn諾ntiOn−望岩−−誤N.A∽t亡dy iβt訂hi裟Ory Of巳e
insuranceリbyR.C.空家き︼短㍍の二i.Ⅰ﹀Part H∴.TFe労音n忌㌻ifeins焉age︸p.∽〜∽00は米国以外の諸
国についても学ぶ所多かった︒
︵6︶ フランスの火災保険は英国の句ire Officeに倣ったB亡r2an掴de00incendi訂と称されたCal訟eひderecOurS COntre
\ ncend訂の形態の下に十八世紀初めに︵各地での設立は Parisl−ご↓﹀ ゴOyelSl−謡∽ Cb巴OnS SuワMarne−−ヨ吾 SOiのSOnS−−ヨ¢︶出現したが︑これほ保険制度というよりむしろ扶助︵assistance︶だった︒︵加入者の出資の他に提供基金 および一般慈善金に依存︶︒火災リスクの填補を目的とするーaCbambre常温邑e desassura宍eSdeParis が山七五〇年 に創設され︑劃七五三年に特別法により︼aC訂mbre rOya︼2desassurancesとなった︒この会社ほ火災および落雷に因り 建物に生じた一切の損害を填補した︒一七八六年に新しい火災保険会社二杜が認可され︑その一つは仙七八七年匿−a
︵山 二︶ 叫 二 フランスにおける京任保険成立過程および被害者の直接請求権
第三十山巻 第ご号 ︵一一二︶一一二
COmpagn訂rOya−2dぎsu−anC2Sとなりまた生命保険営兼の特許も受け︑翌年生保部門と火保部門とに分れた︒革命後︑国
民協議会劇七九三年八月二四日デクレほすべての生保会社およびすべての株式会社を靡止したが︑山九世紀初めに火災保険
は正確な技術的基礎なしに相互会社の形態で再出現した︒同時に旧BureauMdes incendi訂 が形を変えた県立火災金庫も
発達した︒フランス火災保険企業の本当の発展が始まるのは王政復古期初めである︵仙八一六年訂sOC監td訂ゆ.mut諾亡e
COntre−ぎーが創られへやがて SOCiかtかd﹀ass.mutueEe immObi−i曾e de laまー訂de Pari?︼■⊥gutuee de−a≦−訂de
Parisの名で知られる−となった︒同社は付保者紅付保不動産に
険付家室︶の記号が彫印されていたので︑このイニシャルが同社のイニシャルと思われることが多かった︶︒山八山六年から
山八二〇年にかけ蓮の相互ないし株式会社︵殊紅現存する訂COmpa首edes As㌢ancegか鼠rales︸−aCmpagn−e−e
Pg已舛こaCOmpa習i2ROya−e︵︵後natiO琵−2と改む︶︶︶が出現した︒一八四二年頃から事故の披多化に因り︑多くの保険国
家独占論がもたらした仙寸した危険にもかかわらず︑火保はその後二賞して付保金額と保険料高のいずれにおいても急速な
発展を示した︵フランス火保企業による付保金額︑山八八〇年千十億︑一九〇〇年二千百倍︑山九二〇年四千八百六十倍こ
九一山八年一兆千二百億︑馴九三九年山兆六千七百七十億フラン︶︒山七八六年度火保約款紅賃借危険保険条項が含まれてい
る︒
︵7︶次のような事情をみれば賃借危険保険が夙に成立した理由の一端が鶴えよう︒
︵イ︶民法典以前フランスで行われていたローマ法に倣って︑民法一七三三条ほ︑単独賃借の場合につき三−二〇条および 劇
七三二条の雇則規定と逆に︑賃借人に過失推定を行い賃借人に無過失の挙証責任を負わす︒賃借人が免責される紅は過失不
存在の立証のみならず則七三三条所定事実﹁偶然事又は不可抗力又は建築物の畷琉又ほ隣家からの延焼﹂のいずれかに火災
原因が存することを立証しなければならない︒少くとも破毀裁は永らく一七三三条の免責事由が制限的列挙であることを認
めているから︑火災原因不明の暗も免責されない ︵Ci5−↓f晋−−浩○︶︒
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賃借人複数の場合につき民法叫七三四条の元来の規定ほ全賃借人に火災の連帯責任を負わすことにより︑賃借人中誰かの支
払不能リスクを他の賃借人に負わす格別厳しい解決をとっていた︒本条を改正した﹂八八三年馴月五日法はこの債務
︵Ob︼igatiOn︶と負債負担︵cOntributiOn妙−adette︶との区別をなぐし︑連帯讃任に代えて原則上賃借人の責任は全体的
︵cO−訂cti諾︶であるが︑もはや単なる共同かつ比例的なものにすぎないと改めた︒従って所有者はその請求を有責賃借人に
分割して行わねばならずまた故に有卦者一人の支払不能リスクを負担することなった︒しかし各賃借人は自己の賃借してい
ないかつ保管していない不動産部分についても賃任を負わされやすいから︑.賃借人の負担ほ相変らずとても重い︒この場合
の免賞事由は山七一三二条所定のものの他に︑他の賃借人の居住部分からの発火又ほ全賃借人の居住部分からの不発火︵一七
三四条︶︑︵賃借人の誰にも過失なき限り︶発火箇所が所有者の監置下風ある不動産の共通部分︵廊下︑階段︶たあること︑
のいずれかを立証することである︒
︵ロ︶ 山九世紀全体を通じて延焼被害者ほ不法行為一般原則民法一三八二条と二三八二条により失火老の過失を立証した場合
しか賠償を受けられなかった故︑隣人求償は賃借危険はど切実な問題でなかったが︑民法ニュ八四条一項を基礎とした
faitde〃/Ch︒SeS︵物の行為︶責任が発展してくる紅つれ判例は︑少くとも︑動産からの発火の場合に右条文の定めた過失推
定利用により被害者の賠償獲得を容易ならしめた︵CiゴーのnOく.−篭○﹀D.P.NP−●−声5訂肌a遥ti2r︶︒この理論の不
動産への適用が予期されるに及んで︑隣人求償を著しく容易ならしめるこの帰結︵被災物の保管者は第三者即ち隣人に生じ
た火災損害について自働力に有責となる︶な前転して︑保険会社は不安が㍉て隣人求償保険料率を目立って引上げる必要
を主張した︒こうした引上げを避けるため︑一九二二年十一月七日法は民法±ニ八四各頓に次の規定を付加した︒﹁しか
しながら︑何らかの権限で︑発火した不動産又は動産の全部又は山部を保有する者は︑火災が彼の過失又ほ彼が民事貴任を
負うべき者の過失に起因さるべきことが立証された場合にのみ︑第三者に対して︑この火災から生じた損害の芸を負う﹂︒
︵ハ︶ なお賃貸人ほ自己の過失および特別に不動産保存の畷疾かつなお特殊の工事の項症に基く責任を負うことがある︒民法
︵二三︶一一三 フランス匿おける責任保険成立過程および被害者の直接請求権
︵二四︶一一四 第三十一巻 第一号
一三八六条の原則の他に︑民法一七二一条によれば﹁賃貸人は彼が賃貸借当時それを知らなかった場合でも︑賃借物の利用
を妨げる賃借物の環状叉ほ欠陥二切について賃借人に填補しなければならない﹂︒賃借人の免責事由がそのまま賃貸人の責
任を発生させることが実際上多いので︑所有者は﹁所有者に対する賃借人の求償︑即ち︑工事塀航又は保存欠陥︵民法山七
山二条︶に因り賃借人の動産に生じた火災の物質的損害一切について所有各が負う責任の金銭的結果︵一九四一年火保模範
約款二条六号︶﹂を別箇の保険料で付保する︒
︵8︶ Trib・COm・Seine﹀ ごaOPt−00告・
︵9︶ ﹁パリジュンヌ社は保険契約者を彼又は彼の雇人の操る車が第三者虹与えた事故に対し付保したが︑同社は民事賠償しか
填補せずかつ故意の事件およぴこの事件作出者に課せられる刑事罰とはいずれも全く填補しない︒同社は雇人に対する保険
契約者の山切の権利・訴権に代位する︒・⁚⁚このようにこの契約は慎重に行為することを保険契約者に免れ篭せるものでな
かようにしてこの契約ほ賃借 く︑そしてこの結果できるだけ事故被害者がこの契約から賠償を得る確実性が生王る︒
危険について火災保険者と賃借人との間に生じる保険より危険なものではない︒そしてパリジェンヌ社・原告問に結ばれた
契約が不法原因を有するとはいえないご
︵10︶Parde∽∽亡S意見書は著者が参照したその点の原則的諸判決を指摘することを省略している︒しかしパルドンユのこの点の
断言は疑問視できない︒どの場合にも判例集ほ一八四〇年以前から︵前述のよう匹賃借危険保険そのものの適法性が争われ
た事件はReq.−ごuieニ00芦DL00当−H小会−︶︑もはや賃借危険保険の有働性の問題が争われていないことを示して
いる︵︼・Mic訂−p・芸nO旦N︶︶︒
︵11︶ たとえば生命保険についてL∵謬︼2yd野2et芦CapitantトVass已anCe岩ニaまeaβprOfitdビntiers︸dans−eLi∃e
d仁Centenaire二.H一−宍戸p.∽−?ets.参照.なお︑大森●保険契約の法的構造所収﹁被保険者の保険事故招致﹂ 山九
六頁以下参照︒
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︵12︶ この点についてパルドリユ意見書に次の記述がある︒﹁周知のよう柊︑賃借人ほ民法劇七三三二七三四両条により︑彼が
火災な生じさせること不可能だった旨立証しないかぎり︑彼が占有する家屋の所有者に対し火災の責を負わされる︒これは今
更検討する迄もない諸理由から確立された人的かつ直接の責任である︒次の二理由から賃借人はこのような見込︵c訂nce︶
を付保できないと主張されている︒つまり法律は賃借人が反証七ない限り彼を火災の直接責任者と想定していることおよび
保険によって安心させられれば賃借人の注意力が減少すること︒この反対鋭はまさしく︵後述劇八四八年八月二一日セーヌ
商事裁︶判決の理由に他ならない︒しかしこの反対鋭はこの重要問題について最初に判例を基礎づけたパリ控裁およびそれ
を肯定した破毀裁によっても受容されていない﹂︒
︵13︶ 賃借危険保険ほ十分に︵︵諾S・COntre︸aresp.desfautes︶︶であり︑ただそのフォートが推定されているにすぎない︒故 ヽヽ に︑次項に述べる一八四五年の問題の本質はもはやこ町種の雷任保険の一新応用つまりその実施分野の拡大の是非であって
そもそもの過失芸任保険の成否でほなかった︒
︵14︶一八二五年設立のー.AutOm乱On祉がこの保険部門の開拓者といわれる ︵P告dec訂sfran︵ais︐雪AのS彗anCeSこ・声
pL声n︒念∞ets⁝BOu︷and︸Des cぎse∽denOn・reSpOnSabitかetde−﹀ass彗anCede−a resp・﹂00宗をⅠ・Miche︼p・のA
ほ典拠とする︒同社保険約款はパルドン羞尽見番四六頁に収録︶︒劇八三〇年にーaSeine社が創設され︑その後岩r罫n
eニaS賢eと称し︑前者の競争者となった︵ノ諷㌢n︸p.冨ets.なおm仰meこ.害に同社保険約款収録︶︒
この保険は馬・畢の損害保険と共に出現し︑かつ営巣されたが︑両者はあくまで別簡独立のものだったことに注意︒なおマ
ーネスによれぼ︑この馬・単に関する二保険は仙八五七年紅イギリスヘ移植が試みられたが︑劇八七二年創立の Carriage
︻nsuranceCOmpanyが始めてその安定した持続的営簸に成功した︵A・まan2S∵く・・We給n・∽A暴こ戸S・−○ご︒これが
英米最初の責任保険といえよう︒
︵15︶ その内一事件でほ原告がこの保険の無効を主張して敗訴した︵パルドジュ意見苔一貫︶︒
フランスにおける賃任保険成立過程および被害者の直接請求権 ︵山一五︶ 山一五
︵一二ハ︶一一六 第三十一巻 第仙骨
︵16︶前註︵8︶参照︒この判決は賃借危険保険と馬・庫が第三者に生ぜしめた事故に由る責任保険との間の類以性を灰かした
が︑この両保険が当時存した責任保険のすぺてでありまた従って両者が同じ規制に服すべきことには思い当らず︑右の類似
性をただこの二契約の合法性および良俗性についてしか認識しなかった︵Ⅰ・Mich2−も・∽冨Ote喜︒この点に以下にみる
同裁の動揺の原因の一があろう︒
︵17︶Trib.cOm.Seine.N冨ct﹂00芦筈宏Parisこ笥ju≡eニ冨︸P−00芦N・−芦S・−00声N・念の・
︵ほ︶ Trib●COm・S2ぎe﹀N−aO芝−∞定p・−芝∽︸N・−Nの︐preCitか・
︵19こ蜜−Om賢n社の控訴理由書は次の極めて示唆深い主張を掲げた︒﹁契約自由が普通法でありかつその禁止が例外である
ことを見失ってほならない︒故に︑その禁止を判事が容認しかつ宣告するため紅は︑その禁止理由が確固とした明白な争い
えぬものでなければならない︒ところで︑本件の場合︑その禁止は存在しないどころか︑その逆の理由があらゆる注意深い
眼に映じさえする︒この判決のため破砕されようとしている契約ほ何ら違法な点をもたないのみならず︑この契約は法の健
全な活動を補佐するものでもある︒この契約ほ何ら公俗を傷つけないどころか︑この契約は温正な潔ぎよい有用なかつ公序・
公益に役立つものである︒事実︑不注撃落寧無田違および法規不遵守を抑圧する諸規定を自由に執行させかつ効果あらし
める点で︑この契約は予防および新たな効力をこれら諸規定紅付加するものである﹂︒﹁原審の謂う不道徳性なる理由ほ︑嘗
てあらゆる種類の保険に向けられた古臭い攻撃の遥かなこだまに他ならないが︑この古臭い攻撃ほずっと以前から法律家お
よび経済家の見識ある精神によってとっらめられ︑裁判所の質入による裁定および事実によって反ばくされている﹂︒﹁この
保険は従って例外的に生じうる不利益を恐れる余り不断のかつ無数の利益を無視する偏狭な先入観︑頑迷な見方に打克つで
あろう︒控訴裁は原判決を破棄することで︑閣僚の貝が︵天才の高貴な賜物﹀︶と寛讃したのも当然な︑あらゆる種類の産
米と財産に安全の恩窓を頻ら与えることを目的とも効果ともするこの契約が社会に及ぼしている利益を理解されたい︒即ら
この契約は人間が予見できない諸藩を抹殺しかつ我らの手に負えぬ将来の安全を築く慰薄かつ賠償のための発明に他ならな
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︑︑︵1︶ ︵2︶ 十九世紀後半での責任保険の展開は︑民事責任の発展および過失保険領域の拡大の二点に因り︑二重に進行した︒
︵一︶法律および判例による民事貴任の発達がまず責任保険展開の起因を成した︒その主な点を左紅例挙する︒
︵イ︶ 労働災害賠償に関する発展
;こ 十九世紀半ば迄雇主責任ほ普通法原則︵即ち道義的帰茸性を仙切の不可欠の条件とする主観的責任論︶紅よって
︵一劇七︶一一七 フランスにおける責任保険成立過程および被害者の直接請求権 いのである﹂ ︵D.P.−00㌫.N.−Nチ cit訂par1.Mic訂r p●S︶︒
︵20︶ これにほDu諾r望eru C訂aiゲd虎羊Ange:くatiきeS邑u Paietおよびロup−ロ も署名していたむなお本稿におけるこの
意見書の内容ほHaB昌およびⅠ.Mic訂lから転載したものである︒
︵21︶ この判決理由も注目すべきものである︒即ち﹁保険契約ほ民事供務として普通法上のものである︒保険契約は実際上金銭
的損害の賠償を目的とする保険が付保者に不法行為ないし準不法行為を犯すことを誘発しうる場合もあるという根拠によっ
て︑保険を禁止することはできない︒不法行為および詐欺もまた推定されてはならないし︑また契約ほ︑その評価がなお常
に裁判所軋服する例外的場合を予見することによって︑禁止できない︒不注意叉ほ不調法︵Ma仰adleS完︶による不法行為ほ
馬・車の惹起した事故に因って生じうべきリスク︑即ちオートメドン杜なる企業の目的を成すリスク︑の付保が存在するか
らとて︑格別大きな便宜を見出せない︒事実︑公共の安寧は︑常に一切の保険契約から独立に適用されるべき刑法典諸規定
において︑十分な保障を見出す︒さらに︑本件係属の保険契約は︑約款の規定により︑事故の場合付保者に何ら利得を生じ
えず︑彼が損害賠償として支払った金額の単なる償還をもたらしうるにすぎない旨明文で表示している︒以上の理由により
無効理由を言渡す根拠は何ら存しない﹂︒
︵22︶ Ⅰ・EicFei︺ p・票nOte昏・
二
ノ ヽ
︵一山八︶ 〟⁝八 第三十一巻 第仙骨
ヽヽ いたから︑就労中に事故の被害者となった労働者も賠償担得のためには彼の雇主の過失を立証しなければならなか
ヽヽ ︵1︶ ヽヽ った︒労使関係においてこの条件が示す社会的不公正さを匡正すぺく︑判例ほ過失概念の緩和およひ過失推定の活
︑︑ ︵5︶ 用を駆使した︒過失推定の実際的帰結ほ原因不明なままの事故を雇主に負担させること紅なった︒この雇主責任を
発生する機会の増大につれて出現する結合団体災害保険は次節に詳論する︒その実体ほともあれ社会的考慮と世論
︵6︶ に押されて出現した八九八年四月九日法ほrisq仁eprOfessiOnnei原則に立って︑労働者に就労中に彼に生じた
〟切の災害に関する賠償請求権を与えた︒雇主ほ被害者の過失又は不注患を立証しても責任を免かれるてとができ
なくなった︵ただ労働者が故意に生ぜしめた事故について免責されるのみ︶︒本稿の目的からみて関心を唆られる
ヽヽ 躍ほ︑雇主に帰責されうる過失が全く存しない場合でも雇主が有責とされる点であり︑このような一八九八年法お
よび以後漸次同法の適用範囲を拡げて行った諸法は責任保険の裏付けあって始めて成立しかつ責任保険の存在を説
︵7︶ ′得の武器とすることによってのみ企業主側を納得させ得たのであった︒企業主に対する被害労働者の小切の求債権
を除去するため保険者が企業主蔽取って代ること ︵山八九八年法二ハ条︶および労災リスクの填補を営む保険会社
︵9︶ ︵き︶ に対する監督︵山八九八年法二七条︶ は個別資本の雇主責任を責任保険によって総資本に分配する技術的配慮の劇
証左である︒
︵ロ︶ 運送人の責任
︵10︶ 山九山一年以来旅客を健康かつ安全に目的地へ運ぶ契約上の義務を負う旅客運送人の責任が極めて重大になった
n︶ ので︑遂に一九三五年来旅客および貨物の公運送に関する強制保険が設けられた︒
︵12︶ ︵ハ︶無生物責任へresp.dufait des cFOSeS ina已m訂s︶
︵拍︶ 判例が民法二三八四条鹿二項末尾を根拠として︑或物を利用するすべての者︑殊に自動車保有者忘utOmObilistes︶
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の有責を推定することを狙いとして構成したこの理論による自然の勢いとし七︑茸任保険という対策が今や一般的
︵14︶ 慣行となっている︒
︵15︶ ︵二︶ 以上主要な主点で眺めたように︑資本主義経済の発展紅伴う事故の頻繁化と﹁無名化﹂に対応して民事貴
︐︑ ︵16︶ 任は過失概念をめぐる主観・客観両理論の対立・相互補完裡に漸次厳格化してきた︒本稿はこれ以上民事貴任の発
︵17︶ 展に触れないが︑りぺールがこの発展を︵︵De−arespOnSabi−itか抄−ar音aratiOn︶︶と越したように︑この過程ほそ
のまま責任保険成長の土台となったのである︒責任保険と民事責任との関係についての仙般的検討ほ追捕で行う︒
︑ヽ ︵沌︶ ︵三︶付保可能な過失の拡張が責任保険の発達範囲を拡げた︒
ヽヽヽ ヽヽヽヽヽヽヽヽ まず︑他人の行為の責任の領域内で︑判例は︑始め軽過失︵fautes−か乳res︶ の保険だけを認めた後︑﹁八八六
ヽヽヽ 年以降︑保険契約者が民事責任を負担する者の重過失の保険を承認した︒なお仙歩進んで︑一九三〇年保険契約法
ほ何ら留保する所なく︑他人の意識的又は詐意的過失︵即ち故意︶ についてさえ他人の行為の保険の有効性を認め
た︒
ヽヽヽ ヽヽヽ 第二に︑自身の責任の領域内で︑判例は十九世紀全体を通じて軽過失の保険しか認めず︑重過失の保険を詐欺の
保険と同一視し︑公序の名で無効とした︒︑しかし︑一八九八年法が既に暗黙に雇主の fautes ine肖uSab−e の保険
を認めていたが︑山九三〇年保険契約法仙二条紅至って︑保険契約者の故意でない山切の過失の保険が有効とされ
た︒
ヽヽ こうした付保可能な過失の範囲の拡大過程が損害保険一般についてと同じく殊に責任保険の発達を有利ならしめ
︵19︶ たことも指摘されねばならない︒﹁法が過失責任から偶然事の賠償へ進んできたのと同じく︑法ほまた偶然事の保
︵加︶ 険から過失の保険へ進んできた↑のだった︒
フランスにおける責任保険成立過程および被害者の直接請求権 ︵一山九︶一劇九
/
︵三〇︶山二〇 第三十一巻 竺号
ヽヽ ︵1︶fau−2を過失と訳すことほ不正確であるが︑這ここでは便宜←広義にそう訳しておく︒この点は︑我妻記念論集︵上︶
所収︑野田﹁フランス民法におけるfauteの概念﹂参照︒
︵2︶Picardet出ess8二・N苦
︵3︶Cha−mOnt2−A・Cha仁S男−esIn−e−pr冨sduCOd2Cl阜dans−eLi∃2ducentenaき一望﹂・Ⅰりp・−琴が﹁前
世紀フランス科学の傑作として残る﹂と讃えるA旨ye−Rau︵CO喜SdedrOi−cl墓f−anCais■骨edt・芦p・芸2tS・︶
ヽヽヽヽ からこの立場の典型を抜きだせば︑﹁損害惹起行為が不法行為を構成するのはただ次の要件の下における場合のみである﹂︒
山︑行為の不法︵≡1ci−2︶︒二︑行為がその作出者に帰京されること︑即ち作出者の自由意思決定軋由るとみなされる′こと︒
さら紅︵ibid.p.読︶﹁なお︑他人を加害しかつその作出者に帰讃しうる行為は作出者の側に積極的過失︒過怠・不注意ぁ
いずれかが存する場合に限り︑掛本掛朴掛を成立させる︵二元二二三八三両条︶﹂︒﹁その結果︑璧︒が列挙した諸事実は
被儀の負担に過失・過怠・不注意を引立たせる性質を帯びる﹂︒
︵4︶ 山切の道義的帰式性=主観的要素を排除し損害惹起行為と惹起損害との間の因果関係で十分とする客観的責任論ほ十九世
紀末なかんずく雇主責任について開拓された︵特にSa−eiHe輿−esAcc乙ent∽dut雲a加−2ニaresp・Ci皇2・−00苫が︑法
典にできるだけ密着した態度を固持する判例ほこの理論に猛烈に抗って過失の緩和に止まった︒
︵5︶過失推定の活用は璽責任のみでなく民譲二般において︑判例が民法典に密着しっつ社会的現実に対応する上の段強力な
手段となった︒
︵6︶ この原則により職業貨任を負う者として医師が特記される︒
︵7︶2仙ca乙e−汐ssOn︸p・∽声.﹁労働災害賠償責任を付保せザ紅すませる雇主は殆ど存しない︒そして山九二三年八月二日
法が労災法を召使および家事使用人に適用した際︑それ迄民法小三八四条の適用に対して伺保することに意を配らなかった
主人たちは急いで各自の雇人の災害を保険にかけ﹂ている.︵Ripert−Ler品ime・pい∽墨︒
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︵8∵仙九四〇年一月二〇日デクレ・ルワにより修正された仙九三八年六月∵四日︵保険会社監督︶法により靡止された︒
︵ヱ マルクスほ流通費の不生産的性格分析の瞭の例鋭としてでほあるが︑﹁保険会社は個別資本家の損害を資本家階級の問に
分配する︒もかしこのことはかように平均化された損害が社会的聴蟄本についてみれぼ︑依然として損害であることを妨げ
るものでない︵岩波文庫﹁資本論︵五︶三〇貞︶﹂と損害保険の本質を描破している︒この見方は責任保険についても妥当
する︒しかし賓任保険の必要性ほ︑それが企業保険的なものに関する場合か香か.を問わず︑まず総資本的立場から意識され
た所鱒責任保険の歴史的意義が存する︒
︵10︶ ㌘ヂN−n芦−讐−いS.−讐NL詔もOteLy︒n・CaeP﹁運送契約の履行は実際上旅客を健全かつ安全に目的地に遊ぶ義
従って運送契約履行上生じうぺき諸問題を審理するため︑旅客覧父付された乗船券に記載された一 務を内容とする︒
約款軋よって裁判管轄を指定された商事裁は︑運送中琴何の釣合猥賦︵arriヨaged聖2Ctueu舛des巳rCbandiseヱから生じ
た事故の被害者となった一乗客が提起した対船主指害粋償訴訟の裁判管轄を有する﹂︒
右の判決ほ則八五五年来の有力学鋭と判例七の対立が前者の勝利を以て終ったことを示す︒列車事故で負傷した旅客が鉄道
ヽヽヽ 会社に損害賠償を請求した場合︑客観責任論は当然に︵de plan︒︶運送人を有責とするが︑もっと穏和な学説ほ次のように ヽヽ 問題を立てる︒即ち︑被害者がその事故は不法行為規定により会社の過失から生じたことを立証すべきか︑それとも逆に運
送契約により被害者が民法仙七八四条︵少くとも貨物運送に関する限り運送人 ︵︵ヨ仙tur瞥︶︶にその事故が彼に帰式不能な
ヽヽ ことの立証義務を負わせる︶による過失推定を利凧する権利をもつか︒この立証問題ほ非常に重大な実際的帰結を有する︒
即ち被害者ほ通常事故の真因を知ることおよびなお少くともそれを立証すること不可能である︒従って民法ニュ八二条以下
ヽヽ ヽヽ の不法行為上の過失体制でほ被害者の請求が却下される羽目になる︒逆に民法一七八四条の契約上過失体制紅よってほ新し
い危険理論に拠るのと殆ゼ同一の実際的結果が得られる︒判例︒学説問の対立を明るみに出したのは山八八四年劇 劇月山○
日破毀裁民事部判決︵D●IPりー0000ひ﹀ H・缶∽eニaロOte COntraire de M−Sar2t⁚S−−00∞∽◆ H● ︼NP ea nOte en Seま
︵山二ニー二一 フランス紅おける責任保険成立過程および被害者の直接請求権
第三十一巻 第仙骨
二二二=二二︒邑邑redeM・Ly︒n・Caen︶であり︑この判決は事故被害者となった旅客に対する運送人の損害賠償義務は不法行為的性
質を有するとした︵同旨Req・−かdぎー苫Nら●P﹂警ひL.∽−たS.−宍道﹂.N言︒契約責任の理論ほ既に若干の下級審およ
び控訴審の帰依をかち得ていたが︑遂か二九一山年にほ破毀裁をもなびかせるに至ったという訳である︒東竺歩進めて一
九一三年四月三日破毀裁民事部は︑事故で旅客乾生じた損害の賠償義務は運送契約に由来するものであるが︑会社は自己
に何らの過失を帰着されえないことの立証義務を負うという結論をひきだした︒この結果が去任保険に刺戟を与える点ほ︑
被害者側は自己の損害が運送中に生じかつ鉄道事故の結果であることを立証するだけで十分となることである︒もちろんこ
の判例とても過失の主観的要素をなお前提した上でそれを推定している点で客観昔任琴論にほ程遠いが︑実際的見地からす
ればこの差異は外見程大きくない︒それ故︑労災事故紅ついてほ不法行為上過失と契約上過失との区別に基礎をおく右のよ
ぅな理論がフランス破毀裁でもほや通用しなくなって二十五年以上経ってから︑その同じ理論が運送についてはやっと判例
上成功を収めた訳である︒この点でのかかる判例の抵抗を生ぜしめた原因になったとみられるのほ次の事情であった︒﹁受
動的かつ抗らわない小荷物には運送人が支配権を行使するから︑それが紛失すれば︑反証なき限りその物についての不保管
ないし環疏ある管理が存したからである︒逆に︑旅客が自己固有の不注意又は自己の意思によって運送人の注意に反き得た
場合︑旅客は有責な存在である ︵T巨ざTraitか監me旨irededr︒昔c︒mmerC阜官芦こ¢芦p.詔書n︒−−∽望︒
ともあれ︑以上の判例の実際的結果が運送人の責任を非常に加重したことほ確かである︒
︵11︶D打邑de00N=箪eニごuiH・−讃■帖=ぎー冨et忘jan・−箪浩てなおPjca−d2−謬ssOn■n︒NS∽こー罠参照︒
︵望 これについては野田教授の周到な労作が存するから︑本稿でほこの理論を特に取上げることはしない︒
参照︑野田﹁自動車事故に関するフランスの民事責任法﹂ ︵法協五七聾者−由号︶︒
この間題の詳細な今日的検討はSuニapre芸mpti︒〇deresp㌢禁亘itかd仁fait des cFOSeSiコ旨mかes ︵S軒fOrCe et
∽an︒t︒︻e︶−p︒rR︒nかR島野e da宏Le D邑tP︻i息句ra月計Au Milieロdu・国璽Si訂−e ︵Etudes OffertesPJI G.
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Ripert︶t.戸 pp●−0000〜NO↓︼参照︒ ヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽ ︵ほ︶ ﹁自己の保管下に在る物の行為によって生じた損害についても薯な負うものとする﹂︒
︵14︶ Pica乙et B2SSOヨーn︒−合一p・∽Cの参照︒
︵誓Ripert.Ler蚤meら∽○↓︒これは野田﹁フランス民法におけるfauteの概念﹂︵我妻記論集︵上︶︶⊥二五貫註︵四︶ /
に収載されているから︑本稿でほ省略する︒
︵16︶ 野田・右掲些二頁註︵八︶参贈︒
︵17︶ Ripertu Le r訝−me■ p・∽○∽∵
︵18︶PicardetBessOnこ占n︒NN︸N∽e−軍−.声n︒−∽A︸p・N軍伊沢﹁責任保険の発展と過失の付保﹂法学二〇巻四
号参照︒ ヽヽ ︵19︶ ﹁責任保険はまず帝劇竺箇の法的難点を克服しなければならなかりた︒民法典が設け空般原則は過失行為寅任原則で
ある︒自己の過失の結果を付保することは合法であるか︒この難点は長い間かかって解決された︒叫八七六年以後︑破毀裁
ほ重過失・軽過失の区射を療用した︒それから破毀裁は保険排除を本人自身の重過失に限定して雇人の重過失の填補を許
した︒﹂ ︵Ripert︸ Le rかgimeリ n︒−怒一p・望望
︵20︶ Riper■︸Le r厨i冒e一p・∽筈・
フランヌ匿おける受任保険成立過程および被害者の直接請求権 二三︶ 山二三