の法則に関わる身体運動による
距離手がかりの意味
顔、 身体、 及び運動の方向
渡 辺 功・山 口 真由子
要旨
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キーワード:
人は、 自らの置かれた心理的環境を行動決定要因の1つとする。 心理的環境とは、 視覚であれば網 膜、 聴覚であればコルチ器といったように、 各感覚様相ごとに感覚受容器を通じて獲得される物理的 環境についての情報等に基づいて脳で作り出された外部世界についての理解である。 心理学が人間の 行動を研究対象とするため、 人に捕らえられる心理的環境がどのようであるのか、 また、 それがどの ように作られるのかについての法則を知覚に関わる研究を通じて明らかにする必要がある。
さて知覚の研究者達は、 人が外部世界を知覚することは、 外部世界に起因する近刺激となる網膜像 の情報に基づいて脳が外界に実在するものを復元することであると考えている。 大きさの知覚につい て考えるとき、 単一の網膜像が様々な距離に位置する外部世界の無限の対象に対応することが可能で ある。 従って、 網膜像に基づいて外界を理解するための元となる対象を復元・知覚するとき、 一つの 網膜像はごく近くにある小さな対象、 少し離れた中位の大きさの対象、 遠くにある大きな対象といっ
た具合に外部世界の無限の数の対象群に対応することになる。 しかし、 人はその対象群の中からたっ た一つを対象として選択し復元・知覚することができる。
一つの網膜像から対象の見えの大きさを復元する作業に関わるものに の法則がある。 この 法則によると、 網膜像上に刺激の残像を作るとき、 網膜像上の残像の大きさは一定であっても、 その 残像の見えの大きさは、 投射面までの見えの距離に比例するという。 言い換えれば、 同一残像であっ ても、 その残像を作り出した外界の対象までの距離が小さいとみなせば、 その対象の見えの大きさは 小さく、 その距離が大きいとみなせば、 その対象の見えの大きさは大きく見える ( 1942;大 山・今井・和気, 1996;田崎・大山・樋渡, 1979; 梅津・相良・宮城・依田新, 1988)。 元来、 この 法則は網膜像の見えの大きさの知覚と視覚的な距離手がかりの間で成立するものと考えられて来たが、
(2000) は、 他の感覚様相からの距離手がかりを用いてもこの法則が成り立つ可能性を示した。
すなわち、 彼は暗室でフラッシュを発光させて被験者の網膜上に立方体のルービックキューブの残像 を作り、 このルービックキューブを腕の上で触覚的に移動させることにより得られる距離手がかりを 変化させた。 その結果によると、 被験者の腕の上でキューブを被験者の身体から大きく離れた位置ま で移動させ、 被験者とキューブの触覚的な距離を大きくしたときにはその残像も大きく拡大して見え た。 逆にキューブを被験者の身体の近くまで移動させ、 距離を小さくするときには残像は縮小して見 えた。 この結果から (2000) は、 大きさが一定の残像の見えの大きさの知覚に際して、 触覚的 な距離手がかりが の法則に適用できると結論した。 更に (2000) は自ら、 触覚的な距離 手がかりを用いてもこの法則が成り立つことを実験的に証明するとともに、 運動により作られる距離 手がかりによっても の法則が成り立つ可能性を示唆した。
渡辺・斎藤 (2005) は、 足の伸縮運動をすることによって作り出される身体的運動の距離手がかり を用いても の法則が成り立つことを実験的に証明した。 彼らは暗室でストロボを発光させて 正方形の検査刺激 ( 、 以下 と略す) の残像を網膜上に作らせた後、 被験者に以下のい ずれかの動作を求め、 最後に残像の見えの大きさの評価を求めた。 すなわち、 静止したまま、 あるい は同じ位置で足踏みする、 に向かって前進する、 から後退する、 のいずれかの身体運動を求め た。 そして、 の残像の見えの大きさの評価値は、 までの身体運動による距離手がかりの増減の ない静止条件、 足踏み条件では等しいこと、 また、 身体運動による手がかりの小さくなる前進条件で 低く、 逆に手がかりの大きくなる後退条件で高くなる結果を得た。
渡辺・斎藤 (2005) は身体運動によって作られる距離の手がかりが の法則に適用できるこ とを実証したが、 身体運動によって作られる距離手がかりを の法則に適用するに際しては、
以下の新しい問題が発生する。 同一感覚様相内においてこの法則を適用する、 つまり1つの網膜像の 元となる対象の見えの大きさを判断する場合には、 網膜像の方向つまり顔の方向と、 網膜像の元とな る対象の視覚的な距離の手がかりの方向は常に一致している。 しかしながら、 顔の方向と身体運動に よって得られる距離の手がかりの方向は必ずしも一致するとは限らない。 渡辺・斎藤 (2005) の実験 においては に対する顔の方向、 身体の方向及び身体運動の方向がすべて一致していたが、 身体の 運動方向は に向かうが顔あるいは身体は向かわない場合、 逆に、 身体の運動方向は に向かわな いが顔あるいは身体は に向かう場合等が考えられる。 このように、 視覚様相と身体運動による距 離の手がかり間にズレがあるときには の法則はどのように適用できるのだろうか。
そこで本研究では、 に対する顔の方向、 身体の方向、 身体運動の方向を変化させることによっ
て、 身体運動をすることによって得られる奥行きの手がかりが見えの大きさにどのような効果を及ぼ すのかを、 渡辺・斎藤 (2005) と同様のやり方で検討する。 実験1では、 に対する実験観察者の 身体運動の方向は一定にしたまま、 顔の方向と身体の方向の組み合わせを変化させた条件の下で の見えの大きさの評定値を反応指標とした実験を行う。 実験2では に対する実験観察者の身体の 方向を一定にしたまま、 に対する顔の方向と身体運動の方向を変化させた条件の下で の見えの 大きさの評定値を反応指標とした実験を行う。 いずれの実験においても、 残像を作った後その位置か ら移動せず身体運動による手がかりを生起しない静止条件をコントロール条件として設定した。
もし、 身体運動による距離の手がかりが の法則に適用できるならば、 対象との距離の変化 しない静止条件に比べて、 身体運動することにより との距離手がかりが短くなるどの条件におい ても の見かけの大きさの評定値は低くなるであろう。 もし に対する顔の方向及び身体の方向が までの距離の知覚に無関係であるなら、 評定値は静止条件を除く条件の間に違いが見られないで あろう。 しかし、 に対する顔の方向及び身体の方向が までの距離の知覚に影響するならば、 影 響の度合いに応じて評定値も変化するであろう。
に対する実験観察者の身体運動の方向は一定にしたまま、 に対する顔の方向と身体の方向の 組み合わせを変化させた4条件及び、 静止条件の下で見えの大きさの評定値を反応指標とした実験を 行う。 これにより、 身体と顔の方向が、 の法則に及ぼす身体運動による距離手がかりの効果 に対してどのように影響するのかを検討する。
裸眼視力あるいは矯正視力が正常で本実験に関して未経験な男5名、 女8名、 合計13 名の大学生であった。
出発地点から123㎝離れた一面黒色のラシャ紙を貼った壁に、 残像を作るための として一 辺が視角4.03°の白色の正方形を、 その中心が床から150㎝の高さとなるように貼り付けた。 正方形の 中心には凝視点として一辺が視角0.07°の正方形の蓄光シールを貼っていた。 また、 一辺が視角4.03°
の正方形を100%とし、 5%刻みで20%から180%まで大きさを変化させた33個の黒色の正方形を1か ら33まで番号を付け順に並べたものを比較刺激としてホワイトボード上に貼り付けた。
ストロボを発光させて残像を作る操作に実験参加者を事前に慣れさせ、 続く約3分間の暗 順応の後実験を開始した。
に対する身体の方向 (前あるいは右) 及び、 に対する顔の方向 (前あるいは右) の組み合わ せによってできる4条件に静止条件を加えた合計5条件を用意し、 方向の実験変数とした。 実験参加 者は を貼った壁から123㎝離れた実験開始位置に立った状態でストロボを自身の左手で持ち、 左側 頭部に構え、 凝視点を見つめたまま発光させ の残像を作り眼を閉じた。 引き続き、 実験条件によ り に対する身体の方向と顔の方向を以下のように変化させた動作を行った。 実験参加者の身体の 運動はすべて に近づく動きとした。 運動距離は100㎝であった。
に、 静止条件を除く4つの条件を図示する。 静止 ( ) 条件では、 実験参加者は身体も 顔も に向けた状態で残像を作り、 その大きさを記憶し静止した。 ( )
条件では、 身体も顔も に向けた状態でストロボを発光させ、 はっきりとした正方形の の残像が できたら直ちに眼を閉じ、 足がストッパーに当たるまで前進し、 その時の残像の大きさを記憶した。
( ) 条件では、 身体、 顔とも に向けた状態でストロボを発光させ、
残像ができたら直ちに眼を閉じ、 顔のみ に対して90゜右方向に向けたまま足がストッパーに当たる まで前進し、 その時の残像の大きさを記憶した。 ( ) 条件では、 身体 は に対して90゜右方向に向け、 顔のみ に向けた状態でストロボを発光させ、 残像ができたら直ち に眼を閉じ、 足がストッパーに当たるまで横歩きで の方へ進み、 その時の残像の大きさを記憶し た。 ( ) 条件では、 身体を の方向に対して90゜右方向に向け、 顔は に向けた状態でストロボを発光させ、 残像ができたら直ちに眼を閉じ、 顔も に対して90゜右方向に 向けた状態で足がストッパーに当たるまで横歩きで の方へ進み、 その時の残像の大きさを記憶し た。
以上のいずれかの動作の完了とともに微弱な赤色光で実験者の照明した比較刺激の中から、 記憶し た残像の正方形の見えの大きさに最も近いものの番号を口頭で答えるよう実験参加者に求めた。
各条件1試行ずつの練習試行を行った後、 本試行をランダム順に各条件3試行ずつ行った。 各試行 の間には30秒間の暗順応を行った。
実験参加者ごとに各条件の3回の本試行の見えの大きさの評定値の平均をデータとして用いた。 13 名の実験参加者の各条件における見えの大きさの評定値の平均を に示す。 図より、 静止条件 の評定値が最高で、 これより 条件と 条件で等しく低く、 更にこれらより 条件と
条件で等しく低くなっていることが分かる。 運動に関して1要因の分散分析を行ったところ、 主 効果が有意であった ( (4,48)=22.88, <.01)。 続いて、 これらの条件間で 法による下位検定を 行ったところ、 と の条件対間、 と の条件対間を除くすべての条件対間で有
( ) (
) ( ) ( )
( ) . ( )
意差が見られた ( =0.7848, <.05)。
以上のように、 静止条件の評定値より他の 4条件で見えの大きさの評価値が低い結果か ら、 身体運動による手がかり、 つまり、 足を 伸縮させて前進することによって作られる距 離手がかりが の法則に適用できるも のと考えられる。 しかし、 身体の運動方向は 4つの運動条件とも同じであったにもかかわ らず、 顔の方向と身体の方向により異なった 結果が得られた。 すなわち、 に対する顔 の方向が前である 条件と 条件の 間で、 また、 顔の方向が右である 条件 と 条件の間でそれぞれ評価値が等しく なった。 この結果から、 身体を正面から に近づく場合も、 横方向から に近づく場 合も見えの身体運動による距離の手がかり形 成には無関係であると考えられる。
次に、 に対する顔の方向が前である 条件と 条件の評定値が、 顔の方向が右である 条件と 条件より低かった。 この結果から次の2通りの解釈が成り立つ。 第1に、 に対 する顔の方向が身体運動による距離手がかりの形成に影響することが考えられる。 すなわち、 に 対する顔の方向が正面である場合に比べて右方向である場合は身体運動により距離手がかりが短く判 断されるため、 評価値が低くなったと考えられる。 第2に、 に対する顔の方向ではなく、 顔の方 向と身体運動の方向が一致しているかどうかが距離手がかりの形成に影響することが考えられる。 す なわち、 身体の運動方向と顔の方向が同じである場合には身体運動による距離の手がかりが短く判断 されるのに対し、 異なる場合には距離の手がかりがそれほど短く判断されなかったと考えられる。 以 上のいずれの解釈が正しいのかを実験1の結果は明らかにできない。 そこで実験2では、 顔は に 向いているが、 視線方向と進行方向が異なる条件と、 顔は に向いていないが、 視線方向と進行方 向が同じである条件を設定した上で、 身体運動の効果を検討する。
最後に、 に対する顔の方向が右である 、 の両条件で、 残像を作った後に顔の方向を 変えている。 従って、 足の伸縮運動によってではなく顔の方向を変えることによって、 残像の大きさ が変化した可能性があるので、 これも実験2で検討する。
に対する実験観察者の身体の方向を一定にしたまま、 に対する顔の方向と身体運動の方向を 変化させた4条件及び、 静止条件の下で見えの大きさの評定値を反応指標とした実験を行う。 実験1 で得られた結果に基づいて立てた以下の2通りの解釈のいずれが正しいのかを検討する。 身体運動の 距離手がかりの効果が有効となるのは顔の方向が に向かう場合なのか、 それとも身体運動の方向
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と顔の方向が一致する場合なのか。 また、 足の伸縮運動ではなく顔の方向を変えることが、 残像の大 きさに影響する可能性も検討する。
実験1の実験参加者の内、 男性4名、 女性7名、 計11名の大学生であった。
実験1で用いたと同じものであった。
に対する顔の方向 (前あるいは右) 及び、 身体の運動の方向 (前あるいは右) の組み 合わせによってできる4条件に静止条件を加えた合計5条件を用意し、 方向の実験変数とした。 身体 も顔も に向けた状態でストロボを発光させ、 はっきりとした正方形の残像ができたら直ちに目を 閉じ、 条件によって顔の方向と運動の方向を以下のように変化させた動作を行った。 身体の方向はす べて を向いていた。 運動距離は100㎝であった。
に、 静止条件を除く4つの条件を図示する。 静止条件は実験1と同様であった。
( ) 条件では、 身体も顔も に向けた状態でストロボを発光させ、 はっ きりとした正方形の の残像ができたら眼を閉じたまま、 足がストッパーに当たるまで に向かっ て前進し、 その時の残像の大きさを記憶した。 ( ) 条件では、
身体も顔も に向けた状態でストロボを発光させ、 残像ができたら眼を閉じたまま、 顔のみ に対 して90゜右方向に向けたまま足がストッパーに当たるまで に向かって前進し、 その時の残像の大き さを記憶した。 ( ) 条件では、 身体も顔も に向けた状態で ストロボを発光させ、 残像ができたら眼を閉じたまま、 に対して90゜右方向に足がストッパーに当 たるまで横歩きで進み、 その時の残像の大きさを記憶した。 ( ) 条件では、 身体も顔も に向けた状態でストロボを発光させ、 残像ができたら眼を閉じたまま、 顔 のみ に対して90゜右方向に向け90゜右方向に足がストッパーに当たるまで横歩きで進み、 その時の 残像の大きさを記憶した。
以上のいずれかの動作の完了とともに微弱な赤色光で実験者の照明した比較刺激の中から、 記憶し た残像の正方形の見えの大きさに最も近いものの番号を口頭で答えるよう実験参加者に求めた。
( )
( ) ( )
( )
以上の他の手続きは実験1と同様であった。
実験参加者ごとに各条件の3回の本試行の見えの大きさの評定値の平均を求め、 データとして用い た。 11名の実験参加者の各条件における見えの大きさの評定値の平均を に示す。 図より、 静 止条件と 条件間で評定値に差はないこと、 顔の方向と運動の方向が一致する 条件と
条件の評定値がほぼ等しく低いこと、 また、 条件の評定値はそれらの中間であることが分 かる。
運動に関して1要因の分散分析を行ったところ、 主効果が有意であった ( (4, 40) =15.27, <.01)。
続いて、 これらの条件間で 法による下位検定を行ったところ、 静止と の条件対間、
と の条件対間を除くすべての条件対間で有意差が見られた ( =0.8239, <.05)。
静止条件に比べて、 条件の評価値が 条件と等しく低くなった結果から、 に対する 顔の方向とは無関係に、 顔の方向と身体運
動の方向が一致していれば の法則 が適用されると考えられる。 また、
条件の評定値が静止条件と等しい結果から、
顔が の方向を向いていても、 視線方向 と進行方向が一致しない場合には の法則が適用できないことが明らかになっ た。
次に、 顔の方向と身体運動の方向が異な る 条件と 条件の間に差が見 られた。 残像を作った後顔の方向を変えな かった 条件より、 顔の方向を変え た 条件の評価が低い結果から、 顔 の方向を変えることが残像の見えの大きさ を小さくするものと考えられる。 それでは、
実験1の 条件と 条件では残像 を作った後顔の方向を変化させているが、
両条件において見られた残像の見えの大きさの変化は顔の方向を変えることだけで生起したものと説 明できるのだろうか。
実験2の 条件と 条件の結果に基づいて検討しよう。 これら両条件とも残像を作った 後顔の方向を変えている点で同じであるが、 顔の方向と身体運動の一致している 条件の評価 値が 条件より低くなっている。 この結果から、 見えの大きさの減少が顔の方向を変化させる ことだけによってでなく の法則にしたがって生起したと考えられる。
本研究で行った2つの実験の結果は、 足踏みする身体運動によって得られる距離の手がかりが の法則に適用できるとする (2000) の主張を実証するとともに、 渡辺・斎藤 (2001) の 実験的検証を再確認した。 更に、 身体運動の方向と顔の方向が一致した場合に限って身体運動によっ て作られた距離手がかりが の見かけの大きさ判断に影響することを実証した。 視覚と身体感覚間
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における以上の発見は、 (2000) の検討した視覚と触覚間で の法則を適用する際にも成 り立つものと予測する。
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大山正・今井省吾・和気典二 (編)(1996). 新編 感覚・知覚心理学ハンドブック 誠信書房.
梅津八三・相良守次・宮城音弥・依田新 (監修) (1988). 新版 心理学辞典 平凡社.
渡辺 功・斎藤成敏(2005). 身体運動による距離手がかりが見えの大きさの知覚に及ぼす効果 の法則の検討 文学部論叢 (熊本大学文学部研究紀要、 総合人間学科編), 92, 39-51.
田崎京二・大山正・樋渡涓二 (編) (1979). 視覚情報処理 朝倉書店.