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調理実習の歴史的変遷 における実用性

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埼 玉大学紀要 教育学 部,57(1):99‑107 (2008)

調理実習の歴史的変遷 における実用性

一戟前の高等女学校家事科教育 を対象 として‑

河村 美穂 *

キ ー ワ ー ド :家事 科 教 育 、調理実 習 、高等 女学校

は じめに

調理実習は、家庭科教育の中で長年 にわたっ て取 り組 まれて きた実践的、体験的な学習形態 である 一般 には、調理実習 を通 して、調理技 能や調理 に関わる知識 を習得す ることが 目ざさ れる さらに調理 とい う総合的 な営み を通 して、

食べ ることや栄養 について考 える機会 として、

昨今話題の食青において もその可能性が期待 さ れている 一方で、調理実習の グループ学習 と しての教育的効果 については広 く家庭科教師に 認知 され、数多 くの実践が行われて きている1

この、調理実習 とい う特殊 な学習形態 は、そ の起源 を高等女学校の家事科教育の中に見出す ことがで きる。家事科 は、明治以降第二次世界 大戦直後 まで、女子の中等教育おいて裁縫科 と 並ぶ良妻賢母養成のための教科 、すなわち、女 子教育の主要教科 とみなされていた。その学習 内容 は1

9 03

年の教授要 目に「衣食住 (衣服 ・食物 ・ 住居

) 」

養老及育児 (養老 ・育児 ・看病、伝染 病 の予 防 ・整理及経済)

」 2

と示.され、この中で 調理 は、食物の一領域 として実習 を伴 う学習 と 規定 されていた。 しか し、縫 う技 能の習得 とい 標 を明確 に位置づけた裁縫科 に対 して、家 事科で扱 う調理実習は、その 目標が必ず しも明 確で はなかった と言 われている3。 この ように

* 埼 玉大学教育学部家 政教 育講座

学校教育の中で、連綿 と続 け られて きた調理実 習について、その歴史的変遷 を明 らか にするこ

とは、今後の調理実習の方向性 を考 えるうえで、

多 くの示唆 を得 るもの と考 えられる。

家事科教育 については、すでに、常見によっ てその変遷が明 らか に されている4。 また、野 田によって、小学校 における家事科 とい う教科 の成立 にいたる過程が明 らか にされた5。 また 調理 に関す る教育 に関 しては、江原が当時の資 料や聞取 りをもとに調理実習の様子 を詳述 し、

学習内容の変遷 を家庭 における食の状況 とあわ せて明 らかに している6。 さらに家事科教育の 背景 となる研究 として、小 山は女子教育が どの ような社会情勢の もとに行われたかを、 とくに 大正か ら昭和 の社 会事 象 とともに明示 してお 7、調理実習 につ いて も江原の研究 とともに 示唆 を得 る点が多い。

そ こで、本稿 は、 まず家事科教育の歴史的変 遷 について調理実習の観点か ら時代区分 を試み た上で、以上の先行研究 を参考 として、女子中 等教育の中核であった高等女学校 において、調 理実習が どの ように行われたか概観す ることを 的 とす る。調理実習 は、実技 を伴 う学習であ るがゆえに、学習内容の有用性 、す なわち 日常 生活 における実用性が問われることが多い。そ のため、本稿では 「実用性」が どの ように位置 づけ られたか とい う観点か ら調理実習の変遷 を た どることとす る なお、家事科教育の初期 に

(2)

おいては、実技 を伴わない調理 に関す る教育 も 行われたが、本稿では、 これ らも調理実習の起 源 と考 え、調理実習 として扱 うこととす る。

家事科教育 における調理 実習の歴 史的 変遷

高等女学校 は、1

891

年の中学校令 中改正 にお いて、女子 の中等教育機関 として位置づ け られ た。 さ らに1

89 9

年の高等女学校令 において、教 授要が明確 にされ、現在の家庭科の前 身 とい

われている家事科 と裁縫科が設定 された8。

一方、小学校高等科 において も1

911

年 に理科 の一領域 として女子 に教 える教科 「理科家事」

が設定 され、引 き続いて1

91 9

年 に家事科 として 独立 した教科 になった。ただ し、 これ までの研 究か ら小学校家事科 における調理実習 は充分 に 行われ なか った こ とが明 らか に されている9。

また、 この ように教科 としての位置づ けが明確 でない時期が長 く続いたことか らも、高等女学 校 における家事科教育 とは分けて検討する必要 がある と考え られ る。

1 戦前家事科の歴史的区分 (調理実習を中心として)

区分

MTS

高等女学校 小学校 .高等小学校

1 8 8 6 M1 9

第一次小学校令(食物.一部理科の読本の中で)

調

1 8 91 M2 4

中学校令中改正(高等女学校.中学校の一つと位置づけ)

1 8 9 4 M2 7

日活戦争

1 8 9 5 M2 8

高等女学校規程

1 8 9 9 M3 2

高等女学校令 中学校令

1 9 01 M3 4

高女令施行規則

1 9 0 2 M3 5

検討高女取調委員2

0

名教授要目再 宮 川 ス ミ イギリス派遣

1 9 0 3 M3 6

高等女学校教授要 目 設定

1 9 0 4 M3 7

日露戦争

1 9 0 5 M3 8

槙山栄次 ドイツアメリカ派遣

1 9 0 8 M4 1

高等女学校令施行規則中改正(地方の情況による選択裁量の拡大)

1 9 0 9 M4 2

棚橋源太郎 ドイツイギリス派遣

調

iL

1 9 1 0 M4 3

高等女学校令中改正(実科高女の設置) 小学校令施行規則 改訂

1 9 1 1 M4 4

高等女学校及実科高等女学校教授要 設定 高等小学校理科「家事の大要

1 9 1 5 T4

高等女学校 「

3

4

年で各

4

家事」

6

時間

1 91 5 T4

高等女学校 「裁縫

1 6 ‑2 0

時間

1 9 1 8 T7

女子教育に関する件」(臨時教育会議)

1 9 1 9 T8

高等小学校.

設科目 「家事」

1 9 2 0 T9

高等女学校令改正 「

3、4

年で各6時間 裁縫1家事

6

時間

1 9 2 6 T1 5

高等小学校 「家事

必修

戦時

体制期

1 1 9 9 3 4 8 S1 3 S1 3 8

中等学校令

(3)

そのため、本稿では、

1 8 9 1

年以降、一貫 して

‑科 目として設定 されて きた高等女学校の家事 科教育における調理実習の変遷 について検討 を 行 うこととす る ただ し、必要 に応 じて同時期 の小学校 における家事科教育の扱 いについて も 参照す る。

1

高等女学校家事科 における時代区分 まず、高等女学校 における家事科の調理実習 の変遷 をた どるために、

1 8 9 1

年以降

1 9 4 5

年 まで を表

1

に示 したように

3

つの時期

( 1 8 9 1 ‑1 9 0 9

1 91 0 ‑1 9 3 7

1 9 3 8‑1 9 4 5 )

に区分する この う ち、

1 9 1 0

年は高等女学校 に加 えて、女子中等教 育機関 として、特 に裁縫科 を多 く学ぶ実科高等 女学校が設置 されたことか ら、高等女学校の家 事科の教授要 目も変化 したため に時代区分の区 切 りとした。つ ま り、高等女学校の量的拡大 と い う点か ら一つの ターニ ングポイン トと考えた のである また、

1 9 3 8

年以降は、戦時体制 に入 り、激 しい社会変化のなかで、学校教育におい て も多 くの制限のあった時期であることか ら、

それ以降を一つの区分 とみな した。

なお、戦前の家事科教育 は

1 9 4 3

年の中学校令 において大改訂 された。

1 9 4 3

年 における中等教 育の改革は、戦後教育の基盤 となった とも言 わ れ るほ ど大 きな変革であ り10、教科 の設定お よ び教授要 目の大がか りな変更 をともなっていた が、調理に関す る学習内容 は大 きな変化 をみな い ことや、戦時下における物資の不足 などか ら、

実際には充分に授業が行われなかったこともあ り、改革後の詳細 な検討 は省略す る

以下に、各時代区分 における家事科教育の 目 標 と調理実習の状況 について概観す る。

2 各時代区分 における調理実習

(1

)調理実習萌芽期 (

1 8 9 1 ‑1 9 0 9 )

1 8 9 1

年の中学校令中改正、

1 8 9 5

年の高等女学 校規程、

1 8 9 9

年の高等女学校令 によって、名実

ともに女子中等教育が推進 されることになった。

これ以前の調理の教育 としては、小学校 におい

て読物のなかで食物 ・割烹に関す る書物が扱わ れることがあった11。 また、女子師範学校では、

寄宿舎の食事 を生徒が準備す ることによって調 理実習に近い教育がなされていた事例 も数多 く ある12。 この食事準備 は 日常的に必要 とされる

ものであったことか ら、調理す ることが実用性 と密接 に結 びついていた と考え られるが、実用 性が よ り重視 され、教育 として体系化 された も のではなかったために、次第に教育の場 として 考えられに くくなった といわれている この寄 宿舎での食事準備 は、一部の高等女学校で も実 施 されたが、高等女学校 においては寄宿舎 を利 用する者が

3‑4

割であったことか ら教育的効 果は充分でない と考え られるようになった13。

家事科教育で行われていた調理実習 は、当初 は、主 に食物 に関する知識 を教授 し、限 られた 施設設備のなかで可能 な範囲の実技があわせて 行われる とい う不充分 な ものであった。符 に、

調理 に関す る事柄 は、 日常的であるがゆえに、

また食物 を扱 うことが卑近なもので、学校教育 で扱 うもの としてみなされに くかったことか ら、

実習 とい う形態の学習 は重視 されなかったので ある14。 また、調理 とい う家庭 内労働が 日本の 家庭 においては座 って作業す るものであったこ とか ら、学校教育の授業 とい う形態の中で教 え るべ き施設設備 を考 え られに くかった15。

この ような状況 にあって、

1 9 0 1

年の高等女学 校令施行規則 をへて

1 9 0 3

年に設定 された高等女 学校教授要 目において、学習内容がは じめて詳 細 に規定 された。 この教授要 目では、「割烹の実 習は第

3

学年 に於いて凡そ十回之 を課するを常 例 とす

。 」 1 6

と示 され食物教育 における調理実習 の位置づけが明示 された。

同時期、

1 9 0 0

年以降に宮川ス ミ、槙 山栄次、

棚橋源太郎 らが海外 に派遣 され、主 に ドイツと イギ リスの家事科教育の視察 を行って きたこと によって、 ヨーロッパ における実習室の様子が 広 く伝 え られ、実習室の整備が認識 されるよう になった17。 なかで も割烹実習室 (調理実習室) の整備 は緊急課題 とみなされた。

1 9 0 6

年以降に

(4)

は高等女学校 を中心 に普及 しは じめ、昭和に入 るころまでにほほほ整備 された。

この時期 に高等女学校で行われた調理実習は、

西洋料理お よび響応食な ど、 日常性か らかけ離 れてい る ものであ った。それ は、 日常 的な食 事 に関す る内容 を教 えることが学校教育のなか では位置づ けに くかったことが大 きな要因 と考 え られている。 とくに高等女学校 に通 うとい う ことが ステー タスであった時代 に、一般 には珍 しい西洋料理や響応食の作 り方 を知 っているこ とその ものがステー タス となる とい う意味か ら、

家事科教育 における調理の学習 を特徴付 けるこ とが可能 となったのである。 この ように、西洋 か らの新 しい料理 を普及 させ る担い手 としてこ れ ら教育が果た した役割は大 きい と言われてい 19。 しか し、調理 に関す る知識 ・技 能 を学ぶ という点か らは、著 しくかけ離れていた と言っ て よい。実際にこの ような 日常性の低い調理実 習 は、高等女学校の卒業生が主婦 としての能力 に欠ける、つ ま り技能の習得が不十分であると い う批判 を生み出す ことになった。つ ま り、 こ の時期の調理に関す る学習は生活技能 を習得す る とい うことは目ざされてお らず、実用性 も顧 慮 されていなかった ということになる。

(2

)調理実習確立期

( 1 91 0‑1 9 3 7 )

1 91 0

年 に実科高等女子高等学校が設置 され、

1 91 1

年 には高等女学校及実科高等女学校教授要 目が規定 された。 この実科高等女学校の設置に ついては、女子教育の質的変容 とい う意味か ら 重要であるため、その議論の中心 となった裁縫 科教育について解説 した上で、高等女学校 にお ける調理実習の状況 を概観す る。

1)裁縫科 教育 の変容

実科高等女学校 は、裁縫科 の授業 を多 く実施 す る学校であった。 この時期、女子中等教育の 頂点 にたつ高等女学校 においては、一般教養学 校 の性格がつ よく打 ち出された ことか ら20裁縫 科の時間が多いことが問題にされ、実科 を重視 す る学校が必要 とされた。一方で高等女学校へ の進学率が高 くな りその受け皿 として必要 とさ

れた という状況 もあった。 ここで時間数が議論 の的になった とい うことは、実用性 を目標 とす ることが教科 としての存在意義 を危 うくす るこ とになった とみ ることがで きる。

当時の裁縫科 は

5

年間の週当た りの時数で

1 6

‑2 0

時 間が割 り当て られていた21 これ は裁縫 科が もともと学制発布直後 に小学校女子の低い 就学率 に対す る解決策 として設 け られ、女子の 中等教育において も衣服の縫製がで きることを 目ざした実用性 の高い教科 として位置づけ られ ていたことによる ものである。 当時、 自分で着 るものを縫 うとい う技能は、常生活において 必須の技能であ り、縫製の技能があるとい うこ とが一人前の女性 としての資質 とみ なされてい 22。 また、批判 された授業時 間数 は、縫 製の 技能が、身体的に習得す るとい う側面が強 く認 識 されその習熟 に多 くの時間を要す ると考 え ら れて設定 された ものであった。実際 に裁縫科の 学習は、簡単 な ものか ら、高度な もの まで、繰 り返 し時間をかけて縫 うという気の遠 くなるよ うな習得のプロセスをへて行われていた。

この ような裁縫科の授業時間数の問題が指摘 される中で、先 に示 されていた1

9 08

年の高等女 学校令施行規則中改正 において地方の状況 によ る選択裁量が拡大 され、裁縫の時間設定が 自由 化 されたことによ り、学校 レベルでの検討が行 われる ようになったのであ る23。そ こでは、裁 縫科の教育的意義が検討 され、手のみの教育 と いう批判 も行われた。その結果、裁縫科 は 「 徳の滴養」 をその教育標 として強調す る必要 に迫 られた。つ ま り、実用のための教育 として 良妻賢母主義教育 を担 って きた裁縫科が24、「 徳の滴養」 とい う精神主義的な目標 を強 く打 ち 出す ことでその存在意義 を示す ことになったの である。

2)高等女学校における調理実習の科学化 この時期の高等女学校 における調理実習 は と いうと、相変わ らず西洋料理、響応食などを中 心 に常性の低 い題材 を扱 っていた. この よう な 「日常 に役 に立たない ものを学校 で教わって

(5)

くる」 とい うことに対す る批判 は、社会におい て広 く喧伝 され25ていたが、 日常 的 な実用性 を 重視 した技能習得 は、ほ とん ど行われず、あえ て 日常性 を加 えない ところに特徴があった とも 言 われている26。 ただ し、なか には技 能の習得

を重視 した 「個別学習の試み も行われてお り27 イギ リスへの海外派遣 において実習設備の必要 性 を痛感 していた宮川 (大江) ス ミは、知 ・技 ・ 徳の統合 を目指 した家政教育 を推進す る立場か

ら、一人一台の コンロを設置 した実習 を実施す るな ど、技能の習得 を重視 した実践 を行 った28。

しか し、 この ように技能の習得 を重視 した個別 学習は一部の試み に とどま り、多 くの調理実習 は、新 しい都市の文化 を地域 に もた らす媒介の 役割 を担 うことの方 に、 よ り高い価値 を見出 し ていた と考 え られている29。

また、学習内容が地方の実態 にそ ぐわない と い う批判か ら、その地域 の実情 に合 わせ た地方 化、実際化 した実践 も試行錯誤 されたが30、学 習者の生活 に根 ざした実用性 に視点 をお く生活 技能の習得は具体 的な方法論 を模索す る段 階で、

様 々な困難 を伴 っていた もの と考 え られる

この ような中にあって、 この時期の高等女学 校の調理実習において注 目すべ きは、近藤排蔵 や石洋書麿 らによる調理の科学化である。近藤 は料理用計器 を使 って技 能 の習得 を 目ざ し31 目分量主義ではな く、正確 に計量す ることか ら 上達 を促す とい う科学的合理主義 に もとづいた 考 えを示 した。す なわち、それ までの勘や コツ に頼 っていた調理技能の習得 に科学的な視点 を 取 り入れた とい う点で注 目すべ きもの と考 え ら れる。 また、石樺 は、調理の過程 を重視 し、栄 養の損失 を減少 させ ること、消化率や ビタミン の効果 をよ くす ること、燃料 を節約す ることな どに注意 し、過程 と結果 を相互 に関連 させて考 えなが ら行 うようにと、考察 しなが ら実習 を行 うことの意義 を説いている32。

この調理の科学化 においては、生活 をす る う えで当た り前 とみな して きたこ とを、科学の対 象 と して追求 しよ う と した点 が、調理実 習 に

とって大 きな変化 をもた らした と考 え られる

つ ま り、調理 を科学化す る とい う試み は、それ までの経験 を重視 した調理 を、最新の研究知見 を参考 に体系化 し一般化す る とい う学問体系 を 構築す る試みであった と言 える そ してこの調 理の科学化 とい う考 え方は戟後の調理科学の発 展の基盤 となっていった。 なかで も、計量 を重 視す る調理指導 は、戦後 も一貫 して進め られる こととなった。 この調理指導法 は、

1 9 3 0

年代の 高等女学校で、調理技 能の習熟 を助 ける科学的 方法 と して一般 的 になっていた ものである33。

この ような調理の科学的指導 は、教 えやす く学 びやすい とい う観点か ら実用性 を作 り出 した営 み とも考 え られる。

3)生活の科学化 と合理化

以上の ような生活事象 を科学的に とらえると い う傾向は、調理だけの潮流ではなか った。た とえば、高等小学校 における 「理科家事

」 ( 1 91 1

午)、「家事科

」 ( 1 91 9

年)の設置 は、家事科 にお ける科学化 として認識 されている34。 これは、

女子 に対 しては、生活の中の科学的事象 を学 ば せ ることによって理科教育 を行 うという考 え方 による ものであった。言い換 えれば、女子 に対 す る理科教育は、家事 を題材 にすれば充分であ るとい うことになる 新 中間層の子女の多 くが 高等女学校 に進学す る ようになった この時期35 高等小学校 は中流 よ りも下層の子女 にとっての 最終の教育機関であった。高等小学校 における 理科家事 の設定 を推進 した棚橋源太郎 は、労働 者階級 の貧困の救済 を 目的 としたイギ リスの家 事科教育 を理念上のモデルに していた と言われ てい る36。 この こ とか らも、 この家事科教育の 科学化 は、特別 な意味が付与 されていた と考え て よいであろう

つ ま り、国力 を高め るためには生活改善 を行 う必要があ り、生活改善のためには、一般民衆 の子女が通 う高等小学校 において科学的、つ ま り合理的な家事の学習が必要だったのである。

この生活改善 を目ざ した理科家事の設定は、理 科 を台所 中心 に とい う女子の役割 を家庭 に限定

(6)

していることが特徴37と言 われているが、生活 改善 とい う一見実用性の高い 目標が、国家 とい う視点か らなされたことにも注 目す る必要があ る。実際 に、生活改善は、生活 を科学化 ・合理 化することによって、生活 を豊かに し国家を豊 かにす ることになると説明 された。 このことは 実 は、家事労働 にかかる時間を節約 して主婦 を 労働力 として使い、物資を節約 して物資が不足 す る事態 に備 えるという国家の視点か ら進め ら れた ものであった。 また、実用性 とい う点か ら 考 えると、裁縫科 における技能の習得 は、学習 者側に とって認識 されやすい実用性 であったが、

家事の科学化、合理化 とい う実用性 は、学習者 にとっては、必ず しも必然性 の高い ものではな かった と考え られる

本来、生活の科学化 を目ざす立場 に立てば、

生活 にお け る問題点 を探 求 し、 自 らの生活 に とっての実用性 を価値判断で きる力 を身につけ、

それに ともなって必要 とする生活技能や知識 を 習得す ることが要求 される。 しか し、実際には 国家の 目ざす方向性 によって実用性が限定 され て しまった。つ ま り、ここで 目ざされた生活技 能 ・知識の習得は学習者にとって真の実用性で はない と言 える

この ような国家の視点か らの生活改善の考え 方は、1

91 8

年の米騒動以降に、社会教育の場面 で も推進 され、地域の生活改善の担い手 として、

家事科の女子教員が従事す るに至 った38。家事 科 は生活改善 とい う大義名分の もと国家の枠 ぐ みのなかに取 り込 まれていったのである39。

ここで示 したように、生活改善にかかわる生 活の科学化 ・合理化の傾向は、先述 した調理の 科学化 とはその成 り立ちと方向性が異 なるもの である。 ただ し、生活 を合理化することが生活 を豊かにす るとい う考え方は、調理科学 と同様 に戦後の家庭科教育にも受け継がれている。

(3

)戦時体制期

( 1 9 3 8‑1 9 45)

戦時体制下においては、生活改善 による科学 化の視点が、物資の節約においてよ り強調 され た。家事科 という科 目やそれを担 う女教員が、

生活改善や物資の節約 に貢献 し、国家体制 に組 み込 まれていった ように、実用性 の視点 も戦時 にある国家のための ものであった。とくに、1

9 40

年以降は食材が限定 されていたことか ら、教科 書にも非常食、共同炊飯 などの 日常性 の高い調 理が登場 している40。 また少 ない食材 で効率 よ

く調理す るとい う方法 も示 され、その時点にお いては必然性 の高い実用性 と言 える。 この時期 に高等女学校 を卒業 した人へのア ンケー トによ れば、家事科の思い出は. 大 きく二つのことが 示 されている41。一つ は、調理実習が食べ るこ とも含めて楽 しい学びの場であったこと、 もう 一つは、イナゴのつ くだ煮等、あま りにも実用 性が高い題材 を扱 っていたことへの失望である。

後者の感想は、実用性 を目ざして行われるとし て も、限定的な状況の中で選びようのない実用 性である場合 は、学習意欲 を喚起 しないとい う ことを示唆 している。 また、 日常的に食物が不 足す るなかでの調理実習が実際には成立 しがた い厳 しい ものであったことを物語 っている。 こ のように戦時体制期における調理実習は、国家 のためにとい う大義名分 と食糧不足 という状況 において、限定 された実用性 を追求 した もので あったと言える。

調 理 実 習 に お け る実 用性 の と らえ方 と 今 日的課題

以上みて きた ように、技能の習得 を伴 う調理 実習 を学校教育の中で位置づける際 には必然性 が必要 とされる。そのなかで も理解 されやすい 必然性が 「実用性が高い」 ということである。

家庭科教育は、現在で も 「役 に立つ教科」 と認 識 されることが多 い42。 この ように、役 に立つ とい うことつ ま り実用性 に関 して学習の意義が 議論 されて きた教科は他 に例 を見 ないのではな いだろうか。

ここで 「役 に立つ

とい うことは、いま、 こ こにおいての実用性 を示 している。つ まり、遠 い将来に役立つのではな く、短期的に考えた実

(7)

用性 を冒ざす ことが多 くなる。 このす ぐに役立 つ とい う実用性 は、高等女学校 の家事科教育が 日常 と乗離 している と批判 された歴史的事実か らもあ きらかなように、学習者 または学習 を受 ける側が認識 しやすい ものである 一方で、国 家が政策 として実用性 を教育 目標 とす る場合 は、

国家の枠組みのなかでの有用性 を追求す ること になる

1 91 8

年の臨時教育会議 で 「女子教育 に 関す る件」 として家事科 ・裁縫科への社会的期 待が示 されたことがその好例である

本来、教育 とい う営みか らすれば、学習者 に とって今 ここにある問題 と将来への見通 しとを 総合的に判断 した上で、実用性 を勘案す る必要 .があろう 国家の思惑 に従属 させ られることな く、学習者 自身が必要 とす る技 能 と知識 を、先 見性 をもって習得す るためには、学習者 自身が 生 活 にお ける問題点 を探 求 し、 自 らの生活 に とっての実用性 を価値判断 し、学習内容 を選択 す ることが理想である

学習者 にとって、あて もな くいつか必要にな るか もしれないことを満遍 な く学ぶのではな く、

必ず将来にわたって実用性 のある知識 ・技能 を 自分 自身のために習得す る とい うことが、調理 実習 においての実用性 を考 える上で重要なので はないだろうか。そ う考 える と、学んだことが 断片的、個別的な もの として認識 され るのでは な く、転移性、応用性 のある知識 ・技能 として 習得 されること、 また習得 した知識 ・技能 どう Lが相互に関連 しあって学習者の中で総合化 さ れてい くこと、知識 ・技能の習得 とその背景 と なる理論が結びつ いて理解 され ることが 目ざさ れるべ きであろう 習得 した内容 は、今す ぐ役 に立つ もの もあれば、遠 い将来 に役立つ もの も あろうが、それ らが学習者の中で一つ になって い くことが理想である 先述 した宮川 (大江) ス ミが 目ざした調理の教育 は、知 ・技 の一体化 とい う点で43、同様の考 えを 目指 した もの と考 え られる

ただ し、残念 なが ら、戦前の高等女学校家事 科 で行われて きた調理実習 においては、学習者

本人にとっての実用性 とい う視点はほ とん ど考 慮 されなかった と考 え られる。女子中等教育の 主要教科 として家事科 を位置づ けること、 さら にその中で も調理実習 を学校教育で行 うことの 意義 を見 出すために、あえて、 日常生活 とはか け離れた特殊 な調理 を学習内容 とし、のちに科 学化の視点 を導入す ることになった。 このこと は現在の調理実習 にも少 なか らぬ影響 を及ぼ し ている。 た とえば、戦後、生活 を科学するとい う視点か ら調理の科学化 はさらに推進 される一 方で、調理実習はすべ ての調理法 を網羅す るご

とく行われた44

調理実習が数多 くの実践 を蓄積 し、多 くの児 童 ・生徒 か ら支持 されて きたことか らすれば、

その学習の効果は充分 にあった と言 うことが可 能である 実際 に学習者の実態 を把握 し、学習 にとっての実肝性を追求 した実践 もある。一方、

その場 限 りの作 って食べ るだけの調理実習 も多 く行われて きているとい う問題 もある。 さらに、

学習者 に とっての実用性 自体 も、食生活の変化 や、社会状況の変化 に よって、以前 とは違 った 様相 を見せている 調理 に関す る知識 ・技能が 必ず しも必要 とされない現代の生活 において、

学習者 に とって何 を実用性 とす るのか、調理そ の ものを生活の中で どの ように位置づ け、学校 教育で どの ように教 えてい くのかについては、

あ らためて議論が必要 とされる点であろう

おわりに

先述 した ように、家庭科教育が歴史的に実用 性 を問われ続 けて きた とい う事実は、翻って考 えるな らば、その存在意義 を常 に問い直 して き た とい うことに他 な らない。その ような問い直 しを繰 り返 してなお現在 も、調理実習 とい う学 習形態が続 け られ、その可能性 に期待 がかけ ら れているのである これ までの ように必ず しも 実用性 のみ を問 う必要 はない と考 えるが、調理 実習 とい う学習形態が、何 を目ざすのか、学習 者 にとって どの ような学 びが期待 され るのか、

(8)

絶 えず 問 い 直 し、 考 え続 け て 行 くこ と こそ が 重 要なのではないだろうか。

参考 文献 ・引用文献

l河村美穂 「家庭科 の調理実習 で なにを学 ぶ のか一 高校 での授 業実践 か ら

‑ 」 r

家庭科教 育J 家政教

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2

r

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4常 見育 男 『家庭 科教 育 史増 補 版J光 生館 、p16 1972

5野 田満智子 F日本近代学校教 育 にお け る 「家事」

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6 前掲書

3 p9 3

7ト山静子 F家庭 の生成 と女性 の国民化j勤 草書房、

1999

8前掲書3 p91

9 野 田満智子 「わが 国 におけ る家事実習 施設 の系 譜 (

3

報)‑ 近代 的家事実 習 施 設 の普 及

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0福 原美江 『家庭科 の理論 と授 業研 究光 生館、 p 31990

1t前掲書4 p128

12野 田満智子 「わが 国 におけ る家事 実習 施設 の系 譜 (

1

報)一 源 流 と して の伝 統 的家 事 実 習施 設

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321987

13野 田満智子 「わが 国 における家事 実習施設 の系 譜 (

2

報)‑ 欧 米留学 者達 に よる近代 的家事実習 施 設導 入 へ の模 索‑」FH本 家庭 科教 育学 会誌J 34巻 第2号 、p91991

14前掲書4 p16

.5前掲 書13 p12‑13

J6P高等 女学 校資料 集 成』第‑ 巻 法令 篇 大空社 、 p731990

17前掲書13 pl0‑12

前掲書3 p141

19江原絢子 「調理教 育 と家庭 の食味の素文化セ ン ター 「食 と文化p120‑1392000

20深谷 昌志 『教育名著選集② 良妻 賢母主義 の教育j 黍明書房、p246‑2481998

21前掲書3 p93‑94

22小 野 貞子 「家庭科 教育 の歴 史 ・初等教育岡村 喜 美、宮 川満 、米 川五郎編 『家庭科教育 の研 究 芸 図書 、p471978

23永 野み ど り 「家事科 ・裁縫科 の諸 問題 にみ る女子 教 育一 明治 か ら昭和初期 にか けて‑」筑波社 会 科研 究J7号 、p48‑501998

24同前

25前掲書3 pllO .

26前掲 書3 p157

27前掲書

9

p5

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28東京家政学 院光塩 会編 、大演徹也 『大江 ス ミ先 生

p2151978

29前掲書3 p157

30前掲書23 p47‑48

31前掲書3 p132‑133

32石 洋 書 麿 r家 事 教 材 及 指 導 法 の研 究席 文 堂 書 店、p301‑3021924

33前掲 書3 p213‑215

34前掲 書3 p210

35高等女学校研 究会 F高等女学 校の研 究J大空社 、 p1391990

36野 田満智子 「小 学校 F理科家事

の成立 をめ ぐる 欧 米家事科 教 育情 報『日本 家庭科 教 育学 会 誌 』 29巻 第2号 、p8‑101986

37同前

38小 山静子 r家庭 の生成 と女性 の国民化 』勤草書房 、 p951999

39同前 plO1‑103

10前掲 書3 p213‑215

11高等女学校研 究 会 プ ロジェク トチ ー ム 「戦前 の女 子 中等 教育 の研 究一 高 等 女 学校 卒 業 生 に対 す る ア ンケ ー ト 調 査 資 料NO2.(自由記 述 の 分)

1988

42ベ ネ ッセ教育研 究所 「モ ノグラフ高校 生 ・教科 意

54巻 、1998

13前掲 書28 pl15p215‑216

44河村 美穂 「学 習指 導要領 にお ける調理学習 の位 置 づ け とその変遷年報 ・家庭科教育研 究 第29集 、 pl1‑122006

(2007928日提 出) (20071019日受理)

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A Look at Historical Changes of Utility in Cooking Classes - In Home Economics Education of the Prewar Girls' High School-

Miho

KAWAMURA

Keywords: Home economics education, cooking classes, girls' high school

This paper reviewed the cooking classes in home economics education of prewar girls' high schools through the point of view of utility. Home economics was the main subject for girls before World War II along with Sewing classes.

Especially in sewing classes, the most important purpose was that girls acquired high skills in making clothes, and a long time was spent on this. In the process of acquiring skills, girls' psychological maturity was also stressed in education.

On the other hand, cooking skills are necessary for everyday life but are not important for girls in schooL Good reasons for learning cooking skills in school were necessary.

In the Meiji Era, and the beginning of the Taisho Era girls learned how to make European dishes and]apanese ceremonial dishes apart from foods for daily life. After that, girls' high schools became so popular that cooking classes in girls' high schools needed to be very practicaL However these cooking classes were not practical, but were necessary for the Nation and the War.

The skills learned in school will be useful for students in the future. Cooking classes need to be

well planed to insure their usefulness for students in their every day lives.

参照

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