埼玉大学紀要 教育学部 (教育科学
m)
第4 0
巻第1号( 1 9 9 1 )7 9‑9 0
頁国際化初期の柔道 と現代柔道 との比較
野瀬 清書*・木村 昌彦* *
Ⅰ
は じ め に嘉納治五郎師範は,明治
1 5
年に柔道 を研究, 指導するために,9
名の門下生 とともに東京下 谷北稲荷町の永昌寺に道場 を新設 し,講道館 と 命名 した。今 日,柔道 として世界各国で行われ ているものは,すべて講道館柔道である。柔道 の持つ教育性,競技性,武道性 は,時代の推移 による新 しい指導理念で意味づけられ,技術の 構造化がなされ,そ して大正か ら昭和へ と年代 を重ねる毎に普及,発展 し伝統 を生か しなが ら 近代化が進め られていった。これ らの経緯のなかで,特筆で きることは, 柔道の急激な近代競技化である。 日本の柔道か ら世界の柔道へ という嘉納師範の宿願は,昭和 30年代 に達成 された。国際柔道連盟 (肝 )の結 成,世界柔道選手権大会の開催,オリンピック 大会への参加 によ り,柔道は世界のスポーツと なったのである。
このような現状 において現代柔道 は,試合審 判規定の厳格化,細分化が進め られ,勝利至上 主義の傾向が, ます ます強 くなって きている。
そ して,柔道が有する武道 としての特性か ら離 れ,スポーツ化,競技化への道 を進んでいるの ではないか という声 も聞かれ,これか らの発展 の方向さえをも危ぶまれている。
近年, このような柔道の変貌のなかで,柔道 の本質論,嘉納師範の柔道観 に関する研究が数 多 く行 われて きている。例 えば,富木22)は,
*埼玉大学教育学部保健体育学科
**横浜国立大学教育学部
柔道の本質を究明する研究 を行い,柔道 とは勝 敗 に主眼 をお くのではな く,勝敗の理 を討究す ることによって,原理 を発見 し人間形成に寄与 す る ものである と述べ てい る。藤堂21)は,義 納師範の柔道観 について研究 し,柔道の 目的は 勝負法,体育法,修身法であ り,勝負だけでな く体育で もあ り,精神修養で もあると指摘 して いる。 また,横 山 ら29)は,講道館柔道試合審 判規定か らみた柔道の武道性 について研究 し, 規定 には歴史的に一貫 して武道性が強 く打ち出 された条文が見 られるが,世界的に発展 してい く中で競技的な側面が強調 されて きてお り,運 動文化財 としての柔道の歴史性 と固有性 をいか に存続 させ るかが大 きな課題であると述べてい る。 さらに,金本 ら7)は,精力善用 ・自他共栄 の社会的意味についての研究 を行い,柔道の真 の 目的は,エー トスによって人間社会の平和 と 繁栄 を目指す ことであると述べている。 このよ うに,柔道の本質や嘉納師範の柔道観 に関する 研究は数多 く行われてお り,柔道が国際化 して い くとともに,嘉納師範が 目指 した柔道か ら離 れ,その本質 も変容 しつつあると指摘 している。
しか しなが ら,国際化以前の柔道 と現在の柔道 を比較 した論文は,ほとんど見 られなかった。
そこで,本研究では,柔道が国際競技 として発 展 し始めた昭和30年代の柔道に注 目し,当時の 時代背景や審判規定 を考察 し,現代柔道 との比 較 を行 うことにより,柔道競技の本質を解明 し
ようとするものである。
Ⅱ
方 法昭和30年代の全 日本柔道選手権大会,東京オ
‑ 7 9‑
リンピ ック柔道競技 ,世界柔道選手権大会 にお ける試合審判規定,審判心得 ,観戟記,大会 の
予 想 , 当時 の映 像 資 料 を調 査 分析 し, 試 令 内 容 ・
試合態度,審判方法, 身体 的特徴 の各項 目 か ら
現代 柔道 との比較 を行 った。 また,嘉納 師 範 の
柔道論 ,講道館柔道試合審判規定 と国際柔 道連
盟試合審判規定 の違 い を明 らか に し考察 を 加 えた。対象 とした資料 は,表1の通 りであ る。
Ⅲ 結 果 と 考 察1. 嘉納 師範の柔道観 と現
1) 乱取 りと姿勢 につ いて代柔道
嘉納 師範が創始 した講道館柔道 は,投 げ技, 固め披 ,
当て身技 に よ り成 り立 っていた。当初 の柔道で
は,修行 はほ とん ど 「形」 のみであ っ た もの を
, 「精 力 善用 ・自他 共 栄」 を 目的 と し て乱取 りを取 り入 れた。乱取 り
で は,危 険で あ る とい
う理 由か ら当て身技 と肘 関節以外 の関節 技 は除かれ, これ らは 「形」
の 中で修行 す る も の とされた。嘉納 師範 は,
乱取 りが盛 ん にな っ てい く経緯 を 「形 はあ らか じ
め順序 が決 まって い るか ら,身体 的 に も精神 的 に も臨機
応変 の働 きを為 き しむ る ように練習す るこ とがで きぬ。
また 身体 の鍛 練 にお い て も,運 動 の種 類 が 決 まってい るか ら,所有種類筋 を働 かせ る機会
が ない。それゆ えに,形 ばか りの修行 で は本 当
に 強 い人 は出来難 い。」8)と述べ てい る。 さ らに,
表
1
参考資料名考 察 項 目 参 考 文 献
名
F嘉納師範の柔道論』 (② 嘉納治五郎の柔道》 嘉納治五郎著作集 第二巻 嘉納治五郎 著 観 (その 1) 藤堂 良明 (9 嘉納治五郎 「
私の生涯と柔道」 大滝 忠夫 編
『審判規定』
(》 「柔道」 Vo
1 . 2 6‑3 6
講道館 (診 柔道試合審判規定‑講道館 .警察規定の変遷史‑ 村山 輝志 著
③ 柔道必携 審判の巻 工藤 一三 著
④ 講道館柔道試合審判規定 講道館,仝
柔連
(9 国際柔道連盟試合審判規定 国際柔
道連盟
『審判方法j ① 嘉納
治五郎著作集 第二巻 嘉納治五郎 著
② 「柔道」 Vo
1 . 2 6‑3 6
講道館③ 柔道試合審判規定
‑講道館 .警察規定の変遷史‑ 村山 輝志 著 (参 柔道必
携 審判の巻 工藤 ‑三 者
⑤ 講道館柔道試
合審判規定 講道館,仝柔道
(昏 国際柔道
連盟試合審判規定 国際柔道連盟
『身体的特徴』 ① 「柔道」 Vo
l . 2 6‑3 6
講道館②
講道館 における乱取 りでは,「双方 とも当身技 その他相手に怪我 をさせ るような技 を施 しては ならぬことはもちろんであるが, さらばといっ て,双方 とも当身を当て られるような姿勢な り 態度があってはならぬ。」9)との指導 も行 ってい る。このように,柔道の乱取 りは,当て身技 を 施 された場合で も,かわす,捌 くなどの対処が 素早 くで きる自然体で行 うことが基本 とされて いた。 しか し,柔道の急速な普及 と,それに伴 う指導者の不足か ら,このような指導 も薄れ, ただ投げ られないことを目的 とした不 自然な姿 勢の乱取 りが多 くなっていった。乱取 りを自然 体で行 うことは,現在で も理想の姿 とされてい るが,当て身技 に対する防御 という意識 は全 く 見 られな くなった。このことは,指導者や修行 者が,嘉納師範の自然体の理 を十分に理解せず, ただ試合で負 けないための乱取 りを行 っている ためであると考えられる。
2) 乱取 りと形 について
嘉納師範が修行 した柔術 は,柔術のなかで も 乱取 りに重 きを置 く流派であったが,今 日のよ うにす ぐ乱取 りを始めるとい うものではなかっ た。最初 は形の稽古 をし,後に乱取 りの練習 を 行 うのが常であった。 しか し,師範が講道館 を 開いたときの教授法は,自分の習 ったときとは 違い,乱取 りか ら始めるものであった。教授法 の経緯 について師範 は,「その乱取 りの教 えは 今のように必要なる説明 も加えず,ただ投げた り投げ られた りするのではな く,こうすればこ うなる,ああすればああなると形 を教 えなが ら 乱取 を教 えたのである。あたか も文章 を教 える 場合 に,文法の講釈 しなが らそれを教 えるの と 同様 の方法 を用 いたのである。」10)と述べてい る。 しか しなが ら,修行者の急増 とそれに伴 う 指導者の不足 により,このような指導が困難に なった。そこで嘉納師範 は,「柔道 の修行者 に は形の修行 を怠 ってはならぬ とい う注意 を与 え る必要 を認 めた。」11)と述懐 してい るが,師範 のこの考え方は現代 にほとんど残 されていない。
その理由は,全ての形 を会得 した指導者がほと んどいないこと,会得 していた として も,実際 の練習場面 に生かす ような指導が行われていな
いことがあげ られる。
3 )
乱取 りの 目的 と効果的な行い方について 嘉納師範 は, 乱取 りによって得 られる利益 とその 目的について次 の ように述べ てい る。「乱取の練習 によって得 られる もっとも大 きな る利益 は,肉体上 にも精神上にも臨機応変の力 を養 う, とい うことである。」12)「乱取 りを体育 という方面か ら考えると,右利 きの ものは右の み,左 ききの ものは左 のみ とい うふ うに,偏 し た身体の使い方 を戒めなければならぬのみなら ず, また積極的に身体の各部 をなるべ く普遍的 に働かす よう技の選択 にも注意 しなければなら ぬ。」12)さらに師範 は,乱取 りの 目的 を達す る ための効果的な行い方 として,次のように列記 している。①基本の姿勢は自然体でなければな らぬ。(診投げ勝負 に重 きをお くべ きである。③ 乱取 は体育であると同時に勝負の方法の練習で あることを忘れてはならぬ13)。 また,柔道着の 握 り方 について も,次 の ように述べ てい る。
「稽古着 は強 く握 るのではな く,指で軽 く掴 む のである。稽古着 を軽 く持 っていては,強い相 手 を引 きつけた り,ゆすった りすることが出来
ない という考えは,おおいに誤 った考えである。
相手 を引いた りゆす った りするに大なる力 を要 すると思 うのは,相手の力に反抗 して行動する 場合 においての話 しであるか ら,相手 を誘い出 し,出て きた力 をさらに引 き出す とか,退 こう とする力 をさらに退かせ ようとするには決 して 大 なる力 のいる もので はない。 ここの呼吸が よ く分か らぬ と本当の技 は掛 か る もので はな い。」14)以上の嘉納 師範の考 え方 と現代柔道 を 比較 してみると,現在の柔道は,姿勢が悪 く, 左右いずれかの技 しか用いない,相手の後ろ襟 を持 ち力 をいれて引 きつ けるな ど,師範が タ ブーとしていたことが多 く行われている。
2 .
柔道試合審判規定からの比較昭和
3 0
年代 に使用 されていた試合審判規定で は,試合態度に関する規定の比重が非常 に大 き く,現在使用 されている規定 とは,全 く異なる 性格の条項が数々含 まれていた。そのような条 項 をあげると以下の通 りである。‑ 81‑
1) 「技 あ りを とって も, そ の試 合 が見苦 し い試合 を した ときは,必ず しも優 勢勝 ち とはな
らない」 につ いて。
現行 の審判規定 で は,技 の効果 と反則 の程度 が等式化 されてお り, この ような裁定 はあ りえ ない。 しか し,当時 は,技 あ りを取 った選手 が 守勢 に回 り,引 き分 け とな ったケースは幾度 も 見 られた ようで あ る。 この条項 か ら, 当時 の試 合 は,ポ イ ン トの有無 に とらわれず ,最後 まで 正 々堂 々 と した態度 で一本勝 を 目指す こ とが重 要 な課題 で あ った と言 える。
2) 「第三種禁止事項 (袖 口を絞 る,片襟 を持 ち続 け る,場外 に出 る等) につ いて は,二 回注 意 を受 けた ら 「技 あ りに近 い技 」 と同等 , 四回 で反則負 け となる」 につ いて。
現行 の規定 で は,故意 に
2
回場外 に出れば反則負 け とな り,現在 に比べ る とかな り緩 やか な 基準 とな ってい る。 これ は, 当時の試合 が,皮 則 の有無 よ りも技 の効果 ,試合 態度 を重視 して いたためであ る。 また,選手 に も反則 に よって 勝敗 を決定 す るので はな く,試合場 中央 で戦 う
とい う姿勢 が見 られたためで あ ろ う。
3) 禁止事項 の細分化 が見 られ ない こ と。
審判規定 の 中の禁止事項 の項 目を示 した もの が,表
2
で あ る。大正 時代5項 目,昭和20年代20項 目,昭和30 年代23項 目,平成元年 で は31項 目と柔道 の普及, 大会 数の増加 に と もない禁止事項 は増 えて きて い る。審判規定 が細分化 され,禁止事項 の増加 が進 む と,試合者へ の働 きか けが 同一化 し,読 合 の中断が多 くなるので決 して望 ま しい こ とで はない。 また,現在行 われてい る30秒 間攻撃動 表
2
禁止事項の変遷 (その 1)大正14年8月 (5項 目) 昭和26年3月 (20項 目) (1) 頚関節および脊柱に故障を及ぼす技
はこれを用ふることを許さず。
( 2 )
絞め技中胴絞め並びに肘関節以外の 関節技はこれを用ふることを許さず。(3)体 を地に着け居る対手を引 き上げ又 は釣 り上げたる場合,急にこれを突 き 当てまたは落とすことを許さず。
(4)一方が立ち又は脆 き居て仰むき居る 射手を釣 り上げ得る姿勢にある場合下 に居る者は脚にて頭を挟み又は頭 と脇 下を袈裟に挟み肘関節を掛 くることを 許さず。
(5)上衣の袖口及び下ばきの裾口に指を 入れて握ることを許さず。
(1) 絞め技の中で胴絞め及び頚又は頭を直接脚に挟んで絞める こと。
(2)肘関節以外の関節技をとること。
(3)初めから寝技に引き込むこと。
(4)寝技に移るために立ったままの姿勢から相手の足をとるこ と。
(5)背を畳につけている相手を引 き上げたとき,これを突 き落 とすこと。
(6)一方が立ち又は脆ずいて仰向けになっている相手を引 き上 げられる姿勢の時,下に居る者が脚で相手の頚 と脇下を袈裟 に挟んで頚を絞めた り又は関節技を施すこと。
(7) 試合者の一方が後ろからからみついた時これを利用 しなが ら故意に同体 となって後方に倒れること。
(8)相手の袖口や裾ロに指を入れて握ること。
(9)帯の端や上衣の裾で相手を巻 きつけて技 を施すこと。
(10 固め技のとき相手の帯や襟に足 をかけること,また相手の 指を逆さして引 き離すこと。
(川 その他相手の体に危険を及ぼすようなこと。
829 立ったままで試合者が互いに両手の指を組み合わせ姿勢を 続けること。
43 負けまいとして見苦 しい姿勢をとること。
84)相手の顔面に直接手や足をかけること。
45)頚の関節及び脊柱に故障を及ぼすような動作をとることo AQ 故意に場外へ出ることや意味なく相手を場外へ押 し出すこ
と。
87) 相手の片襟や片袖をとったままの姿勢又は帯を握って突っ 張る姿勢を続けること。
佃 審判員の許可を得ず勝手に帯を締め直すことo
Ag 試合中に無意味な発声や相手の人格を無視するような言動 をなすこと。
CZO その他,柔道の精神に反すること。
‑ 82‑
表
2
禁止事項の数の変遷 (その2)
昭和
31
年5
月( 2 3
項 目) 平成元年5
月( 31
項 目) (1) 払い腰などを掛けられたとき相手の支えている足 を内側か ら払 うこと。
(2)河津掛けで投げること。
(3)紋め技の中で胴絞め及び頚又は頭 を 直接脚で挟んで絞めること。
(4)肘関節以外の関節 をとること。
(5)頚の関節及び脊柱に故障を及ぼす よ うな動作 をとること。
(6)背 を畳につけている相手 を引 き上げ たときこれを突 き落 とすこと。
(7) 試合者の一方が後ろからからみつい た時,これを制 しなが ら故意に同体 と なって倒れること。
(8)柔道衣 を持 った相手の手 を膝や足で 蹴 り離す こと。
(9)故意に相手 と取 り組 まず勝負 を決 し ようとしないこと。
(1(身 故意に場外に出ることや意味な く相 手 を場外に押 し出すこと。
81) 負けまいとして見苦 しい姿勢 をとる こと。
uオ 相手の同側の襟や袖をとったままの 姿勢や帯 を握 ったままの姿勢 を長 く続 けること。
伯 相手の袖口や裾口指 を入れて握 るこ と。
44) 立ったままで試合者が互いに両手の 指 を組み合わす姿勢を続けること。
89 審判員の許可を得ないで,勝手に帯 等 を締め直すこと。
48 初めか ら寝技 に引 き込む0 87) 寝技 に移るために立ったままの姿勢
か ら相手の足 をとること。
α⑳ 帯の端や上衣の裾 を,相手に巻 きつ けて技 を施すこと。
0.9 柔道衣 をくわえた り,相手の顔面に 直接手や足 をかけること。
位0 固め技のとき相手の帯や襟に足 をか けること, また相手の指 を逆に して引
き離すこと。
¢1) 下から両脚で相手の霧 と脇下を袈裟 に挟んで頚 を絞めた り関節技 を施 した 場合,相手が立ち又はひざまずいて引 き上げられる姿勢になったとき,両脚 の凍みを解かぬこと。
6229 試合中に無意味な発声や相手の人格 を無視するような言動 をすること。
餌 その他,相手の体に危害 を及ぼ した り,柔道精神に反するようなこと。
(1) 積極的戦意に欠け,攻撃 しないこと。
( 2 )
故意に相手 と取 り組 まず,勝負 を決 しようとしないこと。(3)立ち勝負のとき,見苦 しい姿勢 をとること。 (6秒以上) (4) 立ち勝負のとき相手の同 じ側の襟や袖を握 ったままの姿勢
又は帯や裾等 を握 ったままの姿勢 を続けること
。( 6
秒以上)( 5 )
相手の袖口や裾口に指 を入れて握ること。および立ち勝負のとき相手の袖口を直接ね じって握ること,又は絞って握る こと。
(6)立 ったままで試合者が互いの手の指 を組み合わす姿勢を続 けること。 (6秒以上)
(7) 服装 を乱すこと及び審判の許可を得ないで勝手に帯等 を締 め直すこと。
(8)防御又は寝技に移るために立ち姿勢又は寝姿勢か ら,立ち 姿勢の相手の足 (脚)を手で とること。但 し,巧みに相手 を倒 す場合 を除 く。
(9)帯の端や上衣の裾 を相手の腕に巻 きつけること。
(lq 柔道衣 をくわえた り,相手の顔面に直接手 (腕)や足 (脚)杏 かけること。又は相手の髪 をつかむこと。
(川 下から両脚で相手の頚 と脇下を袈裟に挟んで頚 を絞めた り 関節 を施 した場合,相手が立ち又はひざまづいて引 き上げら れる姿勢になったとき,両足の挟みを解かぬこと。
吐オ 無意味な発声 をすること.
伯 絞め技の中で頚部以外 を絞ること.頚部であって も帯又は 上衣の裾 を利用 して絞め,拳又は指で直接絞め, もしくは直 接両脚で挟んで絞めること。
44) 固め技のとき相手の帯や襟に足 (脚)をかけることO 的 相手の指 を逆にして引 き離すことo
AQ 寝技に引 き込むこと.
87) 相手の握 りを切 るために,相手の手又は腕 を,膝や足 (脚) で蹴 り離すこと。
胸 立ち勝負のとき場外に出ることO但 し,相手の技又は動作 により出る場合 を除 く。
89 故意に場外に出ることや相手 を出す こと.
CZC? 払い腰等 を掛けられたとき,相手の支えている脚 を内側か ら刈 り又は払 うこと。
el )
河津掛けで投げること。e2) 関節技の中で肘関節以外の関節 をとること。
約 頚の関節及び脊柱 に故障を及ぼすような動作 をとることO 糾 背 を畳につけている相手 を引 き上げ又は抱え上げたときこ
れを,突 き落 とすこと。
陶 試合者の一方が後ろか らからみついたとき,これを刺 しな が ら,故意に同体 となって後方に倒れること。
C2◎ 立ち姿勢から一挙に体 を捨てて脇固めを施すこと。
e7) 場外で技 を施すこと。
掬 審判月の制止に従わないこと。
eg 相手の人格 を無視するような言動 をすること。
捌 相手の体に危害を及ぼ した り,柔道精神に反するようなこ と。
81) 内股,跳腰,払い腰等の技 を掛けなが ら身体 を前方に低 く 曲げ,頭から畳に突っ込むこと。
‑ 8 3‑
作 を取 らか 、場合の反則などは,柔道の醍醐味 である,相手の動 きを利用 して技 を施す攻防の 機会 を減少 させている。
3 .
審判方法からの比較昭和
3 0
年代 における審判の行い方 には,現在 と大 きな違いが見 られる。当時の審判の第一人 者であった工藤 は,審判の立場か ら見た理想的 な柔道試合の条件 として,①勝負がはっきりつ くこと,②試合 は公正に行われなければならぬ こと,③試合 はスピーデ ィーに行われなければ ならないこと,④試合は面白 くなければならな いことの4項 目を上げている15)。 さらに,工藤 は 「私は審判員は試合 を或 る程度 まで指導 して い くべ きだと考えている。 したがって私 は試合 者 とともに動 きなが ら,チ ョイチ ョイと指導 し ている。たとえば,審判規定の禁止事項,稽古 着の袖口に指 を入れているとそれはいけないと 小声で注意す る。 (中略)道場の端のほ うにば か り行 きたがる, こんな時には場外へ出ないよ うにと繰 り返 して警告 を与える。又,場外へ出 るような態勢になると試合場の真ん中で試合す るといってやる。このように,試合者が反則 を した り,禁止事項 を犯 した りしないよう,試合 者 に先ん じて注意 を与 えて指導 してい くことは, 試合がスピーデ ィー,且つ公正 に進行 してい く のに欠 くことがで きないことである。審判は一 本 とか技あ り等 と試合の結果 を判定 さえすれば それで良い というものではない。ここまで行か な くてはいけない と考える。このようにすれば, どんな試合で も,相当高段者の試合で も誰が見 て もスピーデ ィーで,公正に,且つ面白い立派 な試合が行われることは, うけあいである。」16)と述べている。 このように,審判が試合者 と共 に,理想の試合 を実現 しようという姿勢 は,国 際化の波によってな くなっていった。その理由 は, 日本的武道精神が諸外国に理解 されなかっ たこと,言語の違いによる障害,大会数の増加 による審判員の質の低下などが上げ られる。
2) 審判規定の取扱い事項について
昭和
3 0
年代の審判規定取扱い事項にも,現在 の審判規定 と全 く異なる性格の ものがい くつか見 られる。以下に,それを列記 してみた。
① 一方が技あ りをとり,他方が技あ りに近 い技 を二,三本 とった場合 は相殺 してよい
(診 技 をかけてはいるが,少 しも効いていな い場合は,優勢 とするわけにはいかない
③ 動作 に関す る反則の場合は,その都度小 声で簡明に注意 を与 え,試合が きれいにスピー デ ィーに行われるように指導する
(参 反則の数がだいたい同 じぐらいの ときは 相殺 される。一,二度の回数の違いは,無理 に
問題 にするに及ばない
これ らの4項 目は現行の審判規定では,以下 のように取 り扱われる。
① 技あ りに近い技である有効 は,何本 とっ て も技あ りに及ばない
② 積極的に攻撃 していれば,技の効果はな くて も優勢勝ちとなる
③ 規定に定め られた宣告以外は,なるべ く 行 わず,反則があった ときには厳格 にペ ナル ティーをあたえる
④ 反則 は,技の効果 と同等 に扱い,累積 さ れる
このように,大 きな観点の相違が見 られるが, この
4
項 目はすべて柔道の本質 と深 く関わる事 項であ り,昭和3 0
年代 と現在では,試合の理念 さえも違 って きている。これ らの取扱い事項の 変化 は, まさに国際化 による合理精神の影響が, 柔道 をスポーツに変えさせていった ものである。4 .
全 日本柔道選手の身体的特徴からの比較1 )
身長,体重の平均値 と最大値 ・最小値の比較
昭和
3 1
年か ら平成元年度 までの各年度の全 日 本柔道選手権大会出場者の身長,体重の平均値, 最大値,最小値 を表3
に表 し,それ らの平均値 の年度推移 を,図1
および図2
に示 した。身長 は,最大1 9 0c m
前後,最小1 7 0c m
余 りと各年 代 における大 きな差 は見 られなかった。身長の 平均値の推移 を見 ると,グラフか らも分かるよ うに,昭和3 1
年 は1 7 3c m
であった ものが,平 成元年には1 8 1c m
とほぼ順調 に増加 している。体重は,昭和
3 0
年代 は最大値が1 1 0k g
か ら1 2 0
‑ 8 4
‑表
3
各年代における身長 ・体重の推移 身長( c m)
体重( k g
)
年度 平均値 最大値 最小値 平均値最大値 最小値
31 1 7 3 1 9 5
1 6 2 8 7 1 0 8 71 3 2 1 7 3 1 91 1 6 2 8 5 9 8 7 3 3 3 1 7 5 1 9 4 1 6 4 8 6 1
0 5 6 8 3 4 1 7 4 1 9 2 1 6 4
8 6 1 2 8 6 9 3 5 1 7 5 1 9 2
1 6 4 8 8 1 2 4 6 8 3 6 1 7 5. 7
1 9 2 1 6 4 8 7. 5 1 2 0 6 8 3 7 1 7 6. 9 1 9 6 1 6 4 8 7. 6 1 2 0 6
8 3 8 1 7 6. 4 1 9 4 1 6 2 8 8. 4
1 1 0 6 7 3 9 1 7 4. 8 1 9 4 1 6 5
8 7 ̲ 5 1 1 6 6 5 4 0 1 7 7. 6 1
9 4 1 6 4 8 9. 8 1 0 8 7 5 41 1 7 5. 5 1 9 4 1 6 5 8 8. 7 1 1 0 7 0 4 2 1 7 6. 7 1 8 6 1 6 5 9 0. 9 1
1 0 7 0 4 3 1 7 6. 1 1 9 0 1 6 5
8 9. 3 1 0 8 7 0 4 4 1 7 6. 4 1 9 3
1 6 0 9 3, 2 1 7 0 7 0 4 5 1 7 6. 5 1 8 9 1 6 9 9 0. 8 1 1 0 7 3 4 6 1
77. 6 1 9 3 1 6 3 9 3. 9 1
1 5 7 4 4 7 1 7 7. 4 1 9 0 1 6 4
9 8. 2 1 2 0 7 6 4 8 1 7 7. 4 1 8
9 1 6 5 9 5. 8 1 1 8 7 6 4 9 1 7 7. 1 1 8 9 1 6 5 9 5. 2 1 3 5 7 7 5 0 1 7 7. 1 1 9 0 1 6 2 9 6. 2 1 2 3
6 3 51 1 7 7. 6 1 9 0 1 6 5 9 9.
7 1 4 5 7 8 5 2 1 7 7. 4 1 8 9 1 6
4 1 0 0 1 4 8 7 8 5 3 1 7 8. 4 1 9
3 1 6 2 9 7. 7 1 4 5 6 4 5 4 1 7 8. 3 1 9 0 1 6 7 1 02. 6 1 5 0 7 8 5 5 1 7 8. 8 1 9 0 1 6 9 1 0 3. 5 1 5
0 7 8 5 6 1 7 8. 2 1 8 5 1 6 9 1 0
4. 4 1 5 5 7 6 5 7 1 7 8. 8 1 9 2 1 6 8 1 0 2. 8 1 5 0 71 5 8 1 7 9. 1 1 9 2 1 7 0 1
0 2. 7 1 5 0 71 5 9 1 7 9. 5 1 9 2 1 7 1 1 0 2. 6 1 6 0 7
1 6 0 1 8 0. 2 1 9 2 1 7 1
1 0 9. 9 1 6 5 7 8 61 1 8 0. 1 1 9 2 1 6 8 1 0 9. 3 1 6
2 71 6 2 1 7 8. 5 1 9 0 1 7 0
1 0 6. 3 1 4 8 7 8 6 3 1 8 0 1 9 3 1 71 1 1 0 1 4 8 8
0 1 1 81 1 9 3 1 7 0 1
1 3 1 5 0 7 4 kg
で あったの に対し,現代 で は
1 50kg
か ら1 60kg
と非常 に大型化 している。最小値 は,
70 kg
か ら80kg
と各年代 に大 きな差 は見 られな かった。体重の平均値の推移 を見ると,昭和 年 は
87kg
あった ものが,平成元年 には1 31
1 3kg
と大 きな増加が見 られた。最近の学校調査 (文部省)30)によると
,1 7
歳男子では昭和保健統計585CU5Eg.IIES)nU99111
一l平均止堕重kg
あり,当時のルールが,必ずしも体重の重い者
に 有利ではなかったと言えるであろう。
2)大型重量選手に対する評価について現在の全日本選手権のように,大型重量級選手が多い大会とは違い,昭和
30
年代の大会においては, 120kg
を越える大型選手は少なかった。また,出場した大型重量選手に対しての評価も
低かった。その理由を上げると,第1は,試合 時間の長さである。当時の試合時間は,10分から
20
分と非常に長く,勝負が決まらない場合は,明らかなポイン トがあげられるまで
5
分間の延 長戦 をくり返す場合が多かった。そこで,比較 的持久力に
欠ける重量選手 は,試合後半になる
と動 きが緩慢 にな り,敗れさるケースが多かっ たと思われる
。第
2
は,力で相手 を制圧する柔 道は邪道 とされたことである。強引な巻 き込み 技や,無理 に
相手 を引 きつけて技 を施す ことは, 高い評価 を
受けなかった。軽快 な体 さばきで左 右の技 を施
す ことこそ柔道の真髄 と考えられ, 腰が回らず動 きの悪い重量選手
には,厳 しい 日 が向けられた。 このようなこと
か ら,当時の柔 道選手は,大会 を迎えるに当た
って,十分に持 久力 を養い,体重 を減量する努
力 をしていた も のと考 えられる。しか し,現在では,テ レ
も勝敗が重視 され,勝利 を得 るために強引な技 をかけることも容認 されるようになった。 この ようなことか ら現代柔道では,大型重量選手が 有利 に試合 を展開するようになった と考えられ
る。
5 .
試合内容 ・試合態度に関する比較 1) 柔道試合の意義 について昭和
3 0
年代 における柔道試合の意義について は,以下の ような記述が残 されていた。「単 な る目前の勝負だけが,その 日的ではない。 もち ろん,勝負 を争 う以上は勝つ ことを目標 とする のは当然であるが,道にしたが って堂々と勝 ち を制することであって,あ くまで も公正でなけ ればな らない。」17)この ように,当時 において は,試合 をあ くまで も修行の一つ として とらえ てお り,勝敗のみにこだわらず正々堂々とした 試合 を行 うという意識が強かった。しか し,現在では,勝者 に対する評価のみが 高 くなったことか ら,競技者のみでな く指導者 にも勝利至上主義の傾向が見 られる。このよう な傾 向について佐藤 は,「時代 は違 って も柔道 の試合等 は本質的に何等変わるものではないは ずである。 しか し最近の判定基準の細分化によ る影響 もあって,いわゆるポイン トかせ ぎの試 合形態 となっていることも事実である。 もっと オーソ ドックスな修行 こそ今後の課題である。
現在の修行者,指導者 はもう一度柔道の真価 と 本質を見直 し,体力,腕力に頼 る柔道でな く, 心技体一致の正 しい柔道の普及 と発展 こそ当面 の目標である。」19)と提言 している。
2) 姿勢,態度に対する評価 について 昭和
3 0
年代の柔道試合 は,細かい駆 け引 きを 行わず,試合場の中央で堂々とした姿勢,態度 で行 うことが理想であった。 このような試合 を 展開すれば,例 え敗者 となって も高い評価 を受 けた。「試合場の真 ん中で全力 を尽 くして試合 をしてこそ,真実の修行者 とい うべ きで,この ような試合 をした上は,たとえ敗れて もまた, なんら悔い も残 さないのみでな く,立派に負け た ものと言えよう。立派に負けることがで きて, はじめて立派に勝つ こともで きるといわれるのであ る。」18)この ような記述が残 されているよ うに,当時は,柔道に武道精神が強 く受け継が れていた。 しか し,現在の試合 は,相手に十分 に組 ませず, 自分の形 になったときのみ技 をか ける,引 き手 を持たず攻撃する,腰 をひいて防 御姿勢 をとるなど,勝利 を得 ることを目的とし た戦法のみが多 く見受 けられる。
3) 場内外の段差について
昭和
3 0
年代 の試合場 は,「試合場 は,原則 と して,場内を五間( 9. 0 9
メー トル)四方 とし, これに畳5 0
枚 を敷 き,場外 を五寸( 0 . 1 5
メー ト ル)低 くしてこれに危険を防 ぐため巾約一間以 上にマ ットまたは畳 を敷 きつめ,これを適宜の 高 さの台上に施設する。 (規定第一条)」 と規定 されてお り,試合場 の内外 は,1 5 c m(畳3
枚
を重ねた位の高 さ)の段差で区切 られていた。
この高 さについては,「場内外 の区別 を判然 と させ るための ものであるが, また,試合者に視 覚 ・触覚 による場内外の区別 を明 らかに し,高 さによって敢闘意欲 を奮い起 こさせ る。更に場 内外付近 における審判員の判定に確かな日産 を 与え,観 る者 にも便 となること等か ら定め られ た ものであろ う。」26)とい う記述が残 されてい る。 さらに,当時の審判規定の第
1 4
条 には,「投技の効果があった場合,技 を施 した ものが その瞬間場内にあって他の一方の体が半身以上 場内に残 った ときはその技 を有効 とす る。」の 規定があ り,その取扱い事項 として,「場内か ら場外へ投げた技 はいかに見事 に掛かって も無 効であ り,原則 として判定の材料 に もな らな い。」 と定めている。これ らのことか ら当時は, 試合場内外 は,断崖絶壁でその外側へ出ること は死 を意味す るといった発想が伺 える。現行の 規定で,場内か ら場外へ投げ出す技 は,有効 と され一本 となることも多い。 また場内外の段差 もな く安全であるため,常 に場外線 を背負 って 戦 う選手 も見受けられる。 この状況 を山本は,
「いまや審判が選手 に牛耳 られているような も のであ り,選手は思 うが ままに場外線 を利用 し て休憩 している。試合が始 まると,手の取 り合 いをしなが ら場外近 くまで行 く。技 を一度かけ た ら場外 である。 中には偽装場外 と言 った も
‑ 8 7‑
のがある。 審判 は待 て,始 めの繰 り返 しであ る。」28)と厳 しく指摘 している。
4 )
柔道試合者の心得 について昭和
3 0
年代 においては,柔道試合者の心得 に ついて も成文化 された記述が残 されている。以 下に,それを列記 してみる。① 心の平静 を保て。心の動揺 を感ず るよう な場合は,正座 して深 く静かに呼吸 をし,あせ らずお もむろに時 を待つ ようにするが よい。
② 方針 を立て,攻勢に出よ。試合前にあ ら か じめ対策 を練 ることは必要であ り, また有効 なことである。
③ 全力 を尽 くす こと。常に正 しく勝 とうと して全力 をそそ ぐときは,ひきょうな振 るまい や,へつ らうような態度はで きないわけである。
(彰 明朗 に して礼儀正 しく.明朗 な態度で礼 儀正 しく規定 を守るのは,殺ばつに見える勝負
に格別なお くゆか しさを与えるものである。
G) 摂生 を守れO単 に試合前 といわず,平素 より体の鍛練 に務めることが大切である。 この ような平素細心の注意があってこそ,はじめて 試合 は真 に意義 をもつ ものである18)0
このような形で試合のマナーや,試合の行い 方 を試合者 に知 らしめることは,現在では,あ まり行われていない。そのため,試合場での最 低限度のマナーは守れるが,試合場 を出てか ら の節度ある態度が十分ではな くなっている。
5) 試合 における組み方について
昭和
3 0
年代では,技の効果 と試合態度か ら勝 敗 を判定 していたため,正 しい姿勢で組み合 っ て試合 を行 うのが常であった。 したが って,棉 手の組み手はあまり気 にせず, 自分が最 も力 を 発揮で きる組み方で,機 をうかがって攻めると いうパ ターンが多かった。 また,当時の選手 は, 左右の技 を掛 けることがで きたため防御 も体 さばきが中心であった。 しか し,現在では,組み 手で相手の技 を封 じなが ら,効果のある技 を施 そうとするため,組み方に対する研究 も進み, 相手の袖 口を絞 って持ち釣手の動 きを制限 した り,後ろ襟 を持ち相手 を前屈 させ るようにして 自分に有利な体勢 を作 るなど, さまざまな組み 手が行われている。これ らのことか ら,現在の
試合では,両試合者が組み合 っている時間が非 常に短 くな り,技 も決 まりに くくなっている。
6) 試合運 びについて
現行の試合審判規定第
3 5
条には,禁止事項 と して 「積極的戦意 に欠け,攻撃 しないこと (読 合者の一方, または双方が,一般に約3 0
秒間, 攻撃動作 を全 く取 らない場合 を指す)
」の規定 があ り, これ を くり返す と 「指導」「注意」 と 順 をおって大 きなペナルテ ィーポイン トとなっ てい く。この規定により,現在の試合者は,棉 手の動 きや状態に関係 な く,3 0
秒間に一度は攻 撃 を行わなければならない。 しか し,昭和3 0
年 代 は,このような規定はな く,東京 オリンピッ ク等の映像資料 を見て も,組み合 ってか ら3 0
秒 の間に技が施 されていることはまれであった。試合の観戦記 において も,「お互いに見 るべ き 技 な く
5
分が経過」「互い慎重 なまま,大 きな 動 きな く延長戦へ」などの記述が多 く見 られる ように,当時は,お互いの動 きをうかがいなが ら,勝機 をね らって攻撃に出るという試合運び が主流であった。7)
立ち際の技 について現在の審判規定の32条で;次のような場合 は, 待て と宣告 し試合 を停止することになっている。
「寝技の とき,試合者の一方が他方 に背後か ら か らみつかれ,立ち姿勢に移 ったとき (6項)」
「試合者の一方が立ち姿勢 を取 り,あるいは寝 姿勢か ら立ち姿勢に移 り,畳に背 をついている 相手 を引 き上げた とき
(7
項)」昭和
3 0
年代 においては,このような規定は見 られず,寝技か ら立ち上がろうとする瞬間は, 投げ技の大 きなチ ャンスとされていた。映像資 料の中にも,寝技か ら立ち上がる瞬間をね らっ た技が,数多 く見 られた。 このような,臨機応 変の技が,柔道試合 をます ます興味深 くしてい た もの と思われる。8) 猪熊功選手について
昭和
3 4
年( 1 9 5 9 )
の全 日本柔道選手権大会に 初出場 した猪熊功選手は,史上最年少で大学生 としては初めての選手権者に輝いた。猪熊選手 の戟法は,それまでの じっくり構 えて勝機 を待 つ というものではな く,相手 より先に組み,技‑ 88‑
を施す という先制攻撃型の柔道であった。猪熊 選手は,自己の身体が決 して大 きくないなどの 理由か ら,相手 には十分組 ませず, 自己は常に 有利 な組み手で試合 を展 開す る とい う方法 を とった。 また,柔道の練習にウェイ トトレーニ ングを導入 し,大 きな相手 にも組み負けするこ とな く,終始堂々と前 に出て戦 ったのである。
猪熊選手 は相手 を担いで投げることを得意 とし てお り,なかで も一本背負い投げは有名であっ た。阿部1)の研究 によると,「襟一本背負 い投 げ」は襟や脇 を引 き手 とするため,他の背負い 投げよりも相手 を崩 しやす く,体の密着度 も高 いため,背負い投げのなかで も最 も有効かつ理 想的な姿であると指摘 している。猪熊選手の柔 道は,現代柔道に非常に近い形であ り,猪熊選 手の活躍が少なか らず,当時の柔道に影響 を与
えていった もの と考えられる。
Ⅳ
要 約柔道の国際化 にともない,現代柔道がその本 質か ら離れスポーツ化,競技化の道 を歩んでい
るという声が高 くなっている。
そこで本研究は,柔道の国際大会が開催 され 始めた昭和
3 0
年代 と現代柔道 との比較 を行い, 柔道がその本質を取 り戻 し,発展 してい くため の手がか りを得 ようとするものである。本研究で得 られた結果 は,以下のように要約 で きる。
1. 嘉納師範は,当て身技等の危険な技 を排 除 し,投げ技 と固め技 による乱取 りを創始 した が,当て身技 にも対応で きる自然体での乱取 り を奨励 した。 しか し,現在では,当て身技 に対 する防御の意識がな くな り,ただ投げられまい とする不 自然な姿勢での乱取 りが多 くなった。
2.
嘉納師範は,乱取 りの目的を 「身体及び 精神上に臨機応変の力 を養 うために身体の徹底 的の鍛練 を行い,人間の実生活に資する」 と定 め,効果的な乱取 りの行い方 として 「自然体で 行 う」「投 げ勝負 に重 きをお く」 などをあげて いる。 しか し,現在 においては,柔道着 を強 く 握 る,不 自然な姿勢で構 える,片側の技 しかかけない,など師範が タブーとしていたことが多 く行われている。
3 .
昭和3 0
年代の審判規定には,理想的な柔 道試合 を展開させ るために多 くの教育的配慮が なされてお り,審判員 も理想の試合 を実現する 責務 を負 っていた。現在の審判規定で も,武道 的な教育性 は残 されているが,試合態度に関す る項 目の削除,禁止事項の増加 など罰則主義の 傾向が見 られる。4 .
昭和3 0
年代の審判方法は,反則 を犯 した 場合 は小声で注意 を与 える,技のポイン ト数, 反則の回数は無理 に問題にせず,試合態度など 稔合 して優劣 を決する方法が取 られていた。現 在の試合では,審判員は規定の宣告 しか行わず, 技の効果 も細分化 して掲示 され,反則 も等式化されているため,このような審判方法は見 られ な くなった。
5.
柔道の国際化が,審判規定にも大 きな影 響 を与え,西欧的な合理精神が大 きく採 り入れ られたため,判定のうえで不合理な教育的配慮 は切 り捨てられた。このことにより,柔道の競 技化,スポーツ化 は さらに拍車がかけ られて いった。6.
昭和31
年か ら平成元年 までの全 日本選手 権出場者の身長 ・体重の平均値 を年度推移で見ると,特 に,体重において急激な増大が見 られ,
3 0
年代 は,8 0k g
台であった ものが5 0
年以後は,1 0 0k g
台 とな り6 3
年 には1 1 0k g
を越 えている。これは,現代の柔道選手の肥満化 を表 している が,柔道の試合時間の短縮,延長戦の廃止,ポ イン ト制柔道が大型選手に有利であったともい える。
7.
昭和3 0
年代 には,嘉納師範か ら直接教 え を受 けた指導者 も多 く現存 し,柔道 を正 しく理 解する指導者 も多かった。そのため,試合場, 規定,組み方,試合の運び方など多方面か らの 配慮 と指導がなされ理想に近い試合 を行われる ような環境が作 り上げられていた。 しか し,現 荏では,試合場の段差,試合者に対する教育的 な指導,規定の中の武道的な項 目もな くな り, 競技スポーツとしての要素が強 くなった。8.
昭和3 4
年全 日本柔道選手権大会に登場 し‑ 8 9‑
た猪 熊 功 選 手 が , 現 代 柔 道 へ の大 きな転 機 と な った。猪 熊選 手 は,先 制攻 撃 型 の柔道 を行 い, 大 きな成 果 をあげ た。一本背負 い投 げ を駆使 し たそ の戦 法 や ウ ェイ ト トレーニ ングの導 入 は, 現代 柔道 の常 識 とな ってい る。試合 審判規 定 が 厳格化 細分 化 して い くなかで, 旺盛 な闘志 と 強敵 な体 力 で攻撃 に徹 す る猪 熊 選手 の柔 道 は, 時流 に最 も合致 して い た ため, よ り普及 し現代 柔道 の主流 にな った もの と考 え られ る。
参 考 文 献
1) 阿部徳之,「柔道試合 における背負い投げの攻 撃 に関す る研究」,埼玉大学教育学部,1
9 8 9
,p. 5 3.
2 )
伊藤四男,柔道教書,新泉社,19 5 6 . 3 )
大滝忠夫他,論説柔道,不味堂,19 8 4.
4) 大滝忠夫,嘉納治五郎,私の生涯 と柔道,新人 物往来社,1
9 7 2.
5) 大滝忠夫,柔道論考,東京教育大学体育学部,
1 9 7 2 .
6) 金丸英吾郎,講道館柔道修練法,太陽社出版,
1 9 3 5.
7)
金 本賢 治,根 上 優, 「嘉納 治五郎 の精力善 用 ・自他共栄の社会的意味 について」,武道学 研究,γo l . 2 0 ‑2 ,1 9 8 7.
8) 嘉納治五郎,嘉納治五郎著作集,第二巻,五月 書房,1
9 8 3,p. 2 4 5.
9 )
同上,pp.1 3 5‑1 3 6 . 1 0 )
同上,p.2 6 7 .
ll) 同上p. 2 6 8.
1 2 )
同上,p.2 6 9.
1 3 )
同上,pp. 2 6 9‑2 7 0 . 1 4 )
同上,pp. 2 71 ‑2 7 2 .
1 5 )
工藤一三,柔道必携,審判の巻,北辰堂,19 5 3
,p p.1 0‑1 5 . 1 6 )
同上,pp. 3 3 ‑3 4.
1 7 )
工藤一三,柔道読本,読売新 聞社,19 8 8,p.
2 3 5 . 1 8 )
同上,p.2 3 7 .
1 9 )
佐藤儀一郎,力必達,柔道,講道館,γo l . 5 6
,No. 6 ,p.2 .
2 0 )
杉崎 寛,これが講道館柔道だ‑ 名人小谷澄 之十段の柔道一代‑ ,あの人この人社,19 8 6.
21 )
藤堂良明,嘉納治五郎の柔道観 (その1
),仙 台大学紀要,19 8 6 .
2 2 )
富木謙治,「柔道の技術構成について」,武道学 研究,γo l .1 0 ,No .2 ,No . 6 ,1 9
77.
2 3 )
橋本正次郎,聖泉遺稿,著粕会,19 5 0 . 2 4 )
松本芳三,柔道,γo l . 2 6‑3 6 ,
γo l .5 7‑5 7
,請道館,1