日本のエコミュージアムと山梨
十 菱 駿 武
私は遺跡・文化遺産の保存活用、文化財科学、博物館学に関心を持ってきた。1 9 9 3 年の文化財保存全国協議会佐賀大会で「遺産・史跡の保存と活用」の報告をし、1 9 9 4 年におおいた文化財フォーラムで「博物館と文化財を生かしたまちづくり」の講演を した。この間、東京都あきる野市横沢入の近世石切り場遺跡と里山の自然文化財保 存運動に取り組んで、住友財団の1 9 9 6年度環境研究「秋川流域エコミュージアム」助 成を受け、日本各地の里山保全事例とヨーロッパ各国の博物館とエコミュージアムの 現地巡検調査を重ねた。2 0 0 0年に横沢入の里山保全が決まり、運動は成功し、里山保 全の具体的構想を現実にする必要に迫られて、伊奈石の会の現地調査と研究会をもっ ている。また山梨では生涯学習事業、県立博物館建設、湯之奥金山博物館講座、山梨 の歴史文化公園連絡協議会で「エコミュージアムと歴史文化公園」 (1 9 9 8年5月の講 演)などでエコミュージアムの効用を論議している。さらに、岩手・宮城・埼玉・千 葉・神奈川・滋賀・島根・徳島・佐賀・大分県などの実地を巡検した。この報告では 国内の実地調査できたエコミュージアム事例を紹介するとともに、山梨でのエコ ミュージアム構想実現の提案をしたい。
1.エコミュージアムとは
エコミュージアム ecomuseum とは、生態学 ecology と博物館 museum の合成語 で、 「生活・環境博物館」と日本エコミュージアム研究会により訳されている。
フランスの博物館学者ジョルジュ―アンリ―リヴェールらは、フランスの地方分権と 地方自然公園整備計画の中で、野外博物館を人間と環境の関わりを扱う「家の博物 館」概念として、 「エコミュゼ ecomusee」という用語を1
`9 7 1年から使い出した。1 9 6 7 年グランドランド・エコミュゼで農村型エコミュージアム、1 9 7 1年クルゾー・モン ソー・エコミュゼで都市型エコミュージアムが誕生し、各地の新しい博物館が創設さ
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れた。その後、リヴェールはフランス民族誌博物館長や国際博物館会議 ICOM の会 長ともなり、 『博物館 La Museologie』1 9 8 9年刊で、エコミュゼの理念・事例を大成 した。
フランス文化省の「エコミュージアム憲章」1 9 8 0年では、エコミュージアムとは、
ある一定の地域において住民の参加により、研究、保存、展示、伝承されてきた生活 環境、生活様式の代表的な文化と自然の調和を図り活用することを、永久的な方法で 行う文化機構であると定義している。
そして、活動は a)ミュージアムの自然遺産・文化財のリスト作成、b)地域の収 蔵品・資料の保存・展示、c)展覧会の企画、普及活動、d)購入、遺贈、募金の実 施、遺産の所有者との契約、e)文化遺産、景勝地の自然遺産の調査・研究、f)自然 遺産の保護の方法の提案、g)教育研究機関との協力で調査・研究の実践、住民指導、
h)専門家(館長・学芸員・教員・技術者)の養成、i)調査データの保管と報告、j)
学校の協力による普及活動の実行、k)テリトリー地域の教育的紹介、である。
エコミュージアムの管轄は、地域団体、公共機関、合同組合、協会、財団が行い、
学術委員会、利用者委員会、管理委員会を組織し、活動を検討する。
エコミュージアムの基本要素は、①地域:一定の文化圏を形成し、自然と遺産を現 地で保護・育成できるテリトリー。②遺産:展示・収集資料、地域の産業、伝統的建 造物、天然記念物、動植物、無形遺産など広い概念で捉える。③住民:行政と住民が 一体でつくり、住民が企画に参加し、遺産を保護し未来に継承する重役を果たす。④ 教育:地域の理解のために、地質学・地理学・経済学・生態学・生物学・考古学・農 学・民族学・歴史学・社会学・建築学などの総合的教育と、地域の発展に寄与する研 究。⑤民主的運営:エコミュージアムは利用者委員会、学術委員会、管理者委員会の 3つで運営され、相互に還元させる。
エコミュージアムの全体は、地域の生活環境をテーマに、地域の空間に分散した自 然・文化・歴史・産業・人間を現地で公開する施設=サテライトミュージアムと、地 域の成り立ち、地域の失われた記憶を再現する「時間の博物館」の機能を持つ中核施 設=コアミュージアム、そしてコアとサテライトをつなぎ自然・文化・歴史の発見の 径=ディスカバリートレイル、3種で構成される。それぞれのネットワーク化によっ てより大きな力を発揮する。
フランスから始まったエコミュージアムは、カナダや野外博物館本家の北欧、スペ
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イン、ポルトガルにもひろがり、ナショナルトラスト方式で自然・文化遺産を保護し てきたイギリスにも同じ考えのミュージアムがあり、日本にも1 9 9 1年から朝日町エコ ミュージアムはじめ広がり、日本エコミュージアム研究会ができている。
世界のエコミュージアム(日本エコミュージアム研究会 1 9 9 7に追加)
フランス 7 0 ポルトガル 4 スペイン 3 イタリア 3 ベルギー 3 ギリシャ 2 スイス 1 ドイツ 2 イギリス 6 ノルウェー 6 スウェーデン 3 デンマーク 4 ロシア 1 カナダ 1 5 アメリカ 2 ブラジル 2 メキシコ 1 ベネズエラ 1 インド 3 ネパール 1 日本 7 5(構想計画中を含む)
図1 エコミュージアムの概念図 (丹青 1 9 9 6)
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2.日本のエコミュージアム
日本のエコミュージアムについては、1 9 9 5年からの日本エコミュージアム研究会 で、フランスのエコミュゼ憲章に倣って日本型エコミュージアムの定義と組織原則を 作ることになり、2 0 0 1年の大会で採択された。 「日本エコミュージアム憲章2 0 0 1」で は次のように規定している。
「 〈定義〉エコミュージアムは、環境と人間との関わりを探る博物館システムであ る。それは、ある一定の地域において、住民の参加により、研究・保存・展示を行う 常設の組織であり、地域社会の持続的な発展に寄与するものである。 〈対象〉エコ ミュージアムは、ある一定の地域の多様な自然環境とそこにおいて成立した有形無形 の生活・文化・産業の遺産や記憶・様式等を、過去・現在・未来を通じて、総合的・
統合的に対象とする。 〈組織〉エコミュージアムは、住民と行政が協働し、住民の 参画のもと、広義の非営利組織がおこなう。推進にあたっては、各分野からの参加に よる企画運営の委員会、専門家との連携による学術的研究の委員会、利用者の委員会 をそれぞれ組織する。 〈学校〉エコミュージアムは、地域を学び知り、地域をつく る担い手を育む住民の学校として、展示、教育、普及活動をおこなう。 〈研究所〉
エコミュージアムは、地域のための研究所として、専門家と共に科学性をふまえ学際 的な調査・研究をおこなう。 〈保存機関〉エコミュージアムは、地域環境の多様な 遺産や生活文化の保存機関として、記憶の収集および保全をおこなう。 」
日本型のエコミュージアムでは、行政機関・NPO 法人・研究会・民間任意団体が 組織主体となり、多様な方式で対象となる遺産等を守り育てる実践が行なわれてい る。フランスの方式に比べると、地域づくり・観光振興の面が多く、ことに1 9 9 0年代 後半以降の長期不況経済のもとで、地方自治体財政が圧縮され、大きな財政的負担な しに進めうる地域振興計画として、また地方分権・市町村合併を追い風として2 0 0 0年 以降各地の取り組みが増えてきている感がある。
エコミュージアムは、その目的から、地域づくり系、自然公園系、観光振興系、文 化遺産系、里山保全系などに分類できる。私が提案しているのは文化財保存活動の中 で、文化遺産系の野外博物館(フィールドミュージアム)や地域まるごと博物館や里 山エコミュージアムとして、地域のまちづくりを構築し、地域の記憶を保存継承して
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いきたいと思うからである。以下、分類別に現地調査してきた事例を紹介し、所見を 述べる。
1 地域づくり系エコミュージアム 朝日町エコミュージアム(図2)
山形県朝日町は朝日連峰の中山間地域で、町全体2 0 0平方㎞を対象にした日本最初 のエコミュージアムである。フランスのエコミュゼを見学した民間の「朝日町エコ ミュージアム研究会」の自然観察会・郷土学習活動の蓄積、環境保全のモニュメント としてブナ林のなかに鏡をおく、空気神社建立の運動などにより、町政理念を自然と 人間の共生「楽しい生活環境観」とした。町と研究会の共同により「朝日町エコミュー ジアム基本構想」が1 9 9 1年策定された。サテライトとして、朝日連峰ブナ林・最上川 渓谷・大沼の浮島・佐竹家住宅・高田集落・ワイン工場・りんご資料館・りんご温 泉・ビーズファーム・果実流通センター・朝日自然観・のんぽかの森ができている。
図2 朝日町エコミュージアムのサテライト分布 (日本エコ研 1 9 9 7)
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文化遺産、自然遺産をつなぐ発見の径もでき、看板とサインポストで案内している。
コア施設については2 0 0 0年にエコミュージアムセンターを生涯学習センターを兼ねて 設置した。住民の文化遺産・生活環境に対する理解を深めながら、住民が楽しく誇り をもって生活できる町を目指している。 (朝日町 1 9 9 1、日本エコ研 1 9 9 7)
全体の実現には2 0年かかる長期の構想であり、新たな発想を採りこんだ町行政の先 見性はすばらしく、住民の活動も実績を蓄積している。1 9 9 5年には町で「日本型エコ ミュージアムのあり方を探る」国際シンポジウムを催すなど、理念の啓発と研究がさ れている。
イーハトーブ・エコミュージアム(図3)
岩手県東和町は花巻市と遠野市に隣接する中山間地域である。花巻市で生誕した宮 沢賢治は農村の地学者・教育者として、童話作家として著名だが、賢治が目ざした田 園理想郷が「イーハトーブ」岩手県であった。1 9 9 0年にふるさと創生事業の一環でで きた民間 NPO 法人・空山川総合研究所がエコミュージアム理念を知り、 「東和町の まちづくりとエコミュージアム」研究学習を重ねた。町のグリーンツーリズムや生涯 学習構想の策定に参画するなかで、1 9 9 3年から「イーハトーブ・エコミュージアム」
の策定と実践に入った。 「イーハトーブ・エコミュージアム」は東和町を主なテリト リーとして、将来は岩手県全域を目標にしている。町総合情報センターにエコミュー ジアムセンター(空山川研究所)をおき、萬鉄五郎美術館、毘沙門堂、成島和紙工芸 館、町歴史民俗資料館、安俵遺跡、早池峰神楽、南部曲家、田崎湖、霊湯東和温泉、
東和ふるさと村、フォルクローロ東和、街並み、農園、社会福祉施設などの自然資源・
歴史・文化資源をサテライトにしている。活動は、イーハトーブ文化圏の資源調査、
イーハトーブ自然体験の場づくり、こどもエコクラブ、姫神縄文合唱団、地区ごとの コミュニティプランづくり、農村型生涯学習システムづくりなどを通して、魅力ある 自然・文化遺産・産業のまちづくりをめざしている。
2 0 0 1年には日本エコミュージアム研究会東和大会が開かれ、私はシンポジウムや資 源の巡検に参加した。温泉は良質でゆったりと田園の心地良さを味わったし、無農薬 で農園を経営している百姓家族と交流し、遺跡や資料館を歩いた。まほろばの郷、賢 治の描いた田園理想郷をめざす町民、エコミュージアムセンター職員の意欲には感動 したが、まだ町内のネットワークが充分でなく、また花巻市にある宮沢賢治童話村や 宮沢賢治記念館への集客力と比べると、見劣りがして、花巻市や周辺地域自治体をま
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きこんで初めて「イーハトーブ・エコミュージアム」が完成するという感を強くし た。
大滝村エコミュージアム(図4)
埼玉県秩父郡大滝村は、秩父地方の山村で過疎化の道をたどっている。民間の環境 教育団体であり、東京学芸大学環境教育学科を中心とする自然文化誌研究会は、大滝 村で子供のための冒険学校を実践するなかで、都市と農山村の交流をし、1 9 9 2年に大 滝村エコミュージアム研究委員会を設けた。村役場職員・青年団・民宿住民・営林 署・環境教育研究者で組織し、調査活動を始めた。大滝村中津川の旧公会堂をビジ ターセンターにし、イベント案内・展示・自然文庫・交流作業室とした。そこを起点 にして歴史・信仰・生活・産業の1 3ポイントをめぐる生活文化トレイル、樹木の観察 をしながらめぐる木のディスカバリートレイルを設け、炭焼き・植林・甘酒づくり・
図3 イーハトーブエコミュージアムの構成 (日本エコ研 1 9 9 7)
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栃餅づくり・蕎麦打ち・源流探検など体験プログラムを子供を中心に実践している。
(自然文化誌研究会1 9 9 4)
大滝村エコミュージアムでは村外の都市住民が動機づけ、住民と交流しながら農山 村エコミュージアムを構築しつつある。行政主導でなくとも比較的狭い地域の資源を ネットワークする発想の転換と環境教育者の実践力で、住民のエネルギーをひきだせ ば大滝村の伝統的な生活を継承できるようになる。このことは民間団体主導で進めて いる横沢入のエコミュージアム活動にも到達可能な先進例と言えるだろう。但し、大 滝村現地には草の根の動きが少なく、住民には根付いてない嫌いがあり、大滝村自治 体の改善が望まれる。
2 観光振興系エコミュージアム 富浦エコミューゼ(図5)
千葉県南房総の富浦町が先導して進めている。リゾート開発がバブル経済崩壊で撤 退して、町は県のアグリリゾートの指定を受けた。アグリリゾートをエコミュージア ムの手法でつくるために「富浦エコミューゼ研究会」を発足させ、歴史遺産・産業遺 産・行事・アイデアを探し、富浦ウォッチングをした。1 9 9 3年に町全額出資の株式会 社を設け、コア施設である「枇杷倶楽部」を建設した。サテライトは大房岬・陸軍砲 台遺跡、里見氏の岡本城跡、花摘み園、イチゴ摘み園、房州うちわ工場、唐棧織工場 などを整備した。農業体験型観光で年間4 0万人の客が増え、農地荒廃に歯止めがか
図4 大滝エコミュージアムの中津川山村トレイル (日本エコ研 1 9 9 7)
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かった。富浦エコミューゼは経済活性化とともに、人形劇フェスティバル、サロン、
細密画教室、伝統工芸実演など文化活動も行っている。富浦エコミューゼは首都圏の 集客力を利用しながら行政主導で成功した例である。サテライトはまだ整備が十分で なく、大房岬の戦争遺跡は町文化財として指定され、地下の探照灯や弾薬庫など戦争 遺跡をふくむエコミュージアムとして先進例である。しかし歴史・自然系の町立博物 館はまだできていない。観光課が主体となっているだけに、生涯学習の面では不足が 目立つ。私が訪れた早春の時期には南房総の花摘みの観光客が必ず訪れる観光地とし て、枇杷倶楽部はにぎわっていた。観光振興の面では大成功であるが、文化遺産の保 存活用では歴史の散歩道を設けるとか、ガイド案内人やパンフレットを充実するな ど、課題が多いと感じた。
あさんライブミュージアム(図6)
徳島県の阿讃山脈山麓から吉野川流域の土成町・上板町・板野町が連携して、生き た広域青空博物館にしようとする、あさんライブミュージアムは3町の行政と住民代 表が1 9 9 4年に運営協議会を組織し、行政先導の地域活性化策がスタートした。地域の
図5 富浦エコミューゼの枇杷倶楽部 (枇杷倶楽部パンフ)
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テーマを「彩・技・餐」とし、テーマセンターは板野町歴史文化公園に歴史史跡を展 示する「彩りの館」 、朱工房・古代復元建物がある。上板町の「技の館」では藍染・
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