1.は じ め に
本研究の目的は,技術強制型規制に直面した企業のプロジェクト・マネ ジメントについて,不確実性への対処という観点から考察することにあ る。
1992年にリオ宣言が出され,国境を越えて地球環境問題に取り組むため の行動計画「アジェンダ21」が採択された。こうした国際的な動きを受け て,自主的に環境・エネルギー技術の開発・事業化を行う企業が増えてい る一方で,政策的なアプローチを受けて環境・エネルギー技術の開発・事
487 商学論纂(中央大学)第59巻第5・6号(2018年3月)
技術強制型規制と不確実性のマネジメント
──環境規制に直面した企業のプロジェクト・
マネジメント事例を通して──
三 木 朋 乃
目 次 1.は じ め に
2.既存研究および仮説導出
2‑1.「求められる技術レベル」の対処方法 2‑2.「技術開発に与えられた時間」の対処方法 3.事 例 分 析
3‑1.事 例 概 要 3‑2.技術開発のプロセス 3‑3.不確実性の対処方法 4.考察と課題
4‑1.考 察 4‑2.課 題
業化に取り組む企業もいる(Wesseling, Falra and Hekkert, 2015)。政策的アプ ローチは,技術強制型規制(technology-forcing regulation)としての役割を 果たし,企業の技術開発を強制的に促進する(McGarity, 1994 ; Kemp, 1997)。 環境・エネルギー技術の開発・事業化は,手がけた企業が必ずしも十分な 恩恵を得られるとは限らない(Rennings, 2000 ; Van den Bergh et al., 2011 ;
Geels, 2011)。そのため,社会全体から見れば,政策的アプローチの存在
は,企業の環境・エネルギー技術開発への取り組みを促進させる意味をも つ。
しかしながら,技術強制型規制に対応した企業のプロジェクトの成否 に,どのようなマネジメントが影響を与えるのかについては,まだ十分に 研究が行われていない。技術強制型規制の場合,企業はかつてない不確実 性にさらされる。環境規制に対処するために,個別企業レベルにおいてど のような反応をし,どのようにマネジメントすれば最終的に開発・事業化 につながるのか,どのような要因が開発・事業化を阻害するのか,明らか にしていく必要がある。
そこで,本研究では,技術強制型規制に直面した企業がどのように不確 実性に対処すれば,プロジェクト・マネジメントがうまくいくのか,その プロセスについて考察する。はじめに,技術強制型規制に直面した企業の 不確実性対処に関する既存研究をとりまとめる。その上で,環境規制に直 面した企業のプロジェクト事例を取り上げて,予備的分析を行う。
2.既存研究および仮説導出
技術強制型規制の場合,企業はかつてない不確実性にさらされる。なぜ なら,既存技術よりも求められる技術的レベルは高くなるとともに,技術 開発のタイムスケジュールも決まっていることが多いためである(朱,
2008)。そのため,①求められる技術レベルが高ければ高いほど,かつ
②規制開始までに技術開発に与えられた時間が短いほど,企業が直面す る不確実性は高まることになる(図1)。不確実性を削減するためには,
この2軸に対して対処すれば良いわけである。では具体的にどのような対 処方法があるだろうか。
2‑1.「求められる技術レベル」の対処方法
技術に関する不確実性削減の対処方法を考える上では,情報という観点 から考えてみたい。Galbraith(1973)によれば,不確実性とは,問題解決 のために最終的に必要となる情報量と,すでに組織が持てる情報量に差が あるために生じると考えられている。つまり,両者のギャップが大きいほ ど不確実性が高まるので,「情報」をコントロールすることで不確実性を 削減することが可能になるのである。
情報という観点から考えた場合,不確実性に対処するために企業がとれ 図 1 技術強制型規制と不確実性
②︵規制開始までに︶ 技術開発に与えられた時間 不確実性が
高まる
①求められる技術レベル
高 低
短
長
る対処方法は2つある。「最終的に必要となる情報量を削減する方法」と,
「保有する情報量を増加させる方法」である。それぞれについて見ていく。
2‑1‑1.必要となる情報量の削減
最終的に必要となる情報量を削減する方法はいくつか考えられる。例え ば,技術強制型規制の策定段階から関わることである。どのような規制が 策定されるかあらかじめコントロールすることができれば,企業が保有し ない資源に関する規制が制定されず,必要となる情報量を削減することが できる。そうすることで,求められる技術レベルが自社にとっては高くな く,かつ事前に技術開発に着手できるようになる。
法規制に準ずる国際規格や標準に関する研究においては,規格の策定段 階からかかわることで企業の競争優位につながることが議論されている
(例えば,小川,2009;新宅・江藤,2008)。例えば,自社が得意とする領域を 標準にし,コンソーシアムで標準化を認めてもらい,その後,国際規格と する流れも近年見られる。こうすれば,自身の有利なルールが制定される ために,実装段階で追加的に必要となる情報が少なく,他社よりも有利な 状況となり,競争優位構築に役立つことが知られている。
2‑1‑2.保有する情報量の増加
企業が保有する情報量を増やす方法としては,企業内外とのコミュニケ ーションを活発化させることが考えられる。例えば,コミュニケーション ウェブアプローチによる研究によれば,企業はR&D活動を成功させるた めに,企業内外とのコミュニケーションを活発にすることが知られてい る。(Allen, 1977)
Allen(1977)の研究によれば,R&D活動のどの段階かによって好まし いコミュニケーションのあり方が異なることが明らかになっている。基礎 研究に近いアイディア創出段階では,社外とのコミュニケーションが有効 であるという。これは,アイディア創出段階では,社内に持てる情報では
対処できないために,社外に情報を求めるためである。一方で,製品開発 のような組織内の問題解決段階においては,外部とのコミュニケーション はむしろノイズとなることが知られる。製品開発の段階では,研究開発組 織内のコミュニケーションを活発にしたほうが成果につながりやすいこと が明らかになっている。さらに,事業化段階では,研究開発組織と他部門 とのコミュニケーションを活発にしたほうが成果につながることが明らか になっている。
法規制にさらされ,不確実性が高まっている組織にとって,社内外のコ ミュニケーションをより活発にすることによって情報量を増やすことは有 効であろう。求められる技術レベルが高ければ高いほど,社内にある資源 では対応できないために,社外とのコミュニケーション活発化が望まれ る。また,製品化,事業化の段階では社内の問題解決をスムーズに進める ために,より企業内のコミュニケーションを活発にすることが有効である と考えられる。
よって,次のような仮説が導出される。
仮説 1‑a (規制策定にかかわって自社に有利な規制を作ることで)必要となる 情報量を削減できるほど,求められる技術レベルが低下し,不 確実性を削減することが可能になる。
仮説 1‑b (社内外のコミュニケーションを活発にすることで)保有する情報量 を増加することができるほど,求められる技術レベルに達しや すくなり,不確実性の削減が可能になる。
2‑2.「技術開発に与えられた時間」の対処方法
技術開発に与えられた時間はどのようにコントロールできるだろうか。
技術開発の期間が長いほど,所与の問題を解決するために費やせる資源も
増えるので,不確実性を削減できる。これはつまり,2‑1で取り上げた技 術レベルの問題とも関係し,技術開発に与えられた時間が長いほど,高い レベルの技術開発を達成するための情報量を得ることが可能になるといえ る。
よって,ここでは規制開始までの時間をいかに確保できるかが焦点とな る。その対処方法は,規制の策定に関わることがあげられる。規制策定プ ロセスに関与することで,規制がいつ施行されるのか影響を及ぼすことが 可能な場合もあるだろう。あるいは,策定に関わったり,あるいは情報収 集に励んで市場動向や社会情勢を抑えておけば,どのような規制がいつ作 られるのか予測することもできるようになるだろう。
よって,次のような仮説が導出される。
仮説2:(規制開始のタイミングに影響を与えたり,あるいは規制を予測すること によって),技術開発に与えられる時間が増えるほど,不確実性の 削減が可能になる。
このように,技術強制型規制に直面したプロジェクト・マネジメントを 成功させる上では,いかに不確実性に対処するかが重要であり,不確実性 を構成する二軸に基づいて具体的な対処方法が導出された。以下ではこう した仮説を検証するために,環境規制にさられたプロジェクト・マネジメ ントの事例を取り上げ,考察を行っていく。
3.事 例 分 析
3‑1.事 例 概 要
本研究で取り上げるのは,サルファーフリーというガソリンの硫黄分に 関する規制と,それを受けて技術開発に取り組んだJXTGエネルギー株式
会社1)(以下,JXTG)の事例である。
2005年1月より,石油連盟に属する日本の石油会社は,2005年1月から サルファーフリーガソリンの全国供給を開始した。これは世界でもっとも 早いサルファーフリーガソリンの全国供給であった。「サルファーフリー」
とは,ガソリンや軽油に含まれる硫黄分を10ppm以下まで低減すること を意味する。ガソリン・軽油をサルファーフリーにすることによって,自 動車排ガスのクリーン化と燃費の向上につなげることができる。日本で は,自動車の排出ガスによる大気環境への影響,とりわけ自動車から排出 されるCO2削減を目的として,1990年代後半から,自動車業界と石油業 界が協力して研究を行ってきた。CO2削減方法としては,自動車の開発を 進める方法と,ガソリンや軽油の開発を進める方法があったが,ガソリン の硫黄分を減らしてCO2を削減しようとする動きが欧米で加速していく。
ガソリンの硫黄分をめぐる規制が世界的に厳格化されていく様子は,図2 に示される通りである。欧州では,2005年からサルファーフリー燃料を段 階的に導入し,2009年よりEU全域でサルファーフリーに規制することが 決まった。米国では2005年から,ガソリンの硫黄分が30ppm以下に規制 された。これを受けて,日本でもガソリンの硫黄分を減らしてCO2削減 に対応する方針が決められ,2008年よりサルファーフリーガソリンの規制 が制定されることになった。
これを受けて日本石油連盟に所属する石油会社は,冒頭に述べたように 2005年から全国供給を実現したのであった。自主的に規制よりも前倒しし て供給を開始したのであった。いかにしてこの技術は可能であったのだろ うか。以下ではJXTGのプロジェクト事例を取り上げて分析を行うことと する。
1) JXエネルギー株式会社が東燃ゼネラル石油株式会社を合併し,2017年4 月よりJXTGエネルギー株式会社となった。
3‑2.技術開発のプロセス 2)
結論を先取りするとJXTGが成功できた一番の要因は,規制の予測をし ていたことであった。ガソリン自動車におけるCO2削減を達成するには,
乗用車の設備による方法と,燃料中の硫黄分を減少させる方法があった。
しかし,乗用車に搭載されている設備だけでは,CO2削減に限界があった ことから,サルファーフリー燃料が必要になることが予測されたのであっ た。
JXTGは,JXエネルギー株式会社と東燃ゼネラル石油株式会社が合併し てできた会社であるが,JXエネルギー株式会社の母体は新日本石油とジ ャパンエナジーである。サルファーフリーガソリンの基礎研究が行われて いたのは,新日本石油の前身となる三菱石油株式会社(以下,三菱石油)
で,1994〜1996年に行われていた。1994年から始まった基礎研究は容易で はなかった。ガソリンは,改質ガソリンとFCCガソリンからなる(図3 参照)。改質ガソリンの硫黄分は1ppm未満であるものの,残油や重油分 をFCC装置で分解したFCCガソリンは100ppmもの硫黄分が残っている。
10ppm以下のサルファーフリーガソリンにするということは,このFCC 2) 高・三木(2012)参照。
図2 ガソリンの硫黄分をめぐる規制(日・米・欧)
西暦 2000〜
2003 2004 2005 2006・
2007 2008 2009 2010〜 2012
2013〜 2020 日本 100ppm以下 50ppm以下 10ppm以下
米国
連邦 1000ppm以下 30ppm以下 2020年 までに 10ppm 以下 加州 30ppm
以下 15ppm以下
EU 150ppm以下 50ppm以下 10ppm以下
ガソリンの硫黄分を取り除くことが必要であった。
FCCガソリンの硫黄分を下げる技術としては,水素と化学反応させて 硫黄分を取り除く「水素化脱硫」法があった。しかし,この旧来技術で は,オクタン価の高いオレフィンが消失してしまい,オクタン価の低下が 起きるという問題が生じる。オクタン価が低いと自動車はノッキングを起 こしてしまう。そのため,JIS規格でレギュラーガソリンのオクタン価は 89以上と決められているのだが,旧来技術ではオクタン価を維持すること が難しかった。そのため,硫黄分を下げつつオクタン価を維持するための 新しい技術が必要となった。そこで,三菱石油が開発したのは触媒であっ た。コバルトとモリブデンからなる触媒を開発することで,オクタン価の 低下を抑制し,硫黄分を下げることを実現した。こうした基礎研究ができ 上がったのは1995年のことであったという。
この頃,自動車業界と石油業界はJCAP(Japan Clean Air Program)という 組織を作り,通商産業省の補助金54億円を受けて大気汚染改善のための共 同研究を行っていた。JCAPは二期間に分けて共同研究が行われ,JCAP
Ⅰは1997〜2001年度,JCAPⅡは2002〜2006年度に行われた。JCAPⅠの 研究成果としては,自動車技術開発および燃料技術開発ともにメリット・
デメリットがあるため,両業界ともにCO2削減に取り組む必要性が提示 された。しかしながら,図2でも示したように,世界の趨勢としてはガソ
改質ガソリン
(1ppm 未満)
FCC ガソリン
(100ppm 以下)
レギュラーガソリン 図 3 レギュラーガソリンの原料構成
リンのサルファーフリー化によってCO2削減しようとする動きが一般的 であったのであり,日本も2008年からサルファーフリーのガソリン規制が 敷かれることが,2003年に発表された。
JXTGでサルファーフリーガソリンの基礎技術が再び注目されたのは,
ちょうどこの頃であった。サルファーフリーガソリン精製用商業プラント 建設のためのプロジェクトが立ち上げられ,基礎研究をもとにガソリンの 脱硫装置の作成に取り組んだ。この装置作成も簡単ではなかった。大きく 2つの問題があった。第一に,製油所に持ち込まれる原油の成分は毎回異
なるため,適切な触媒の量や反応条件がその都度異なることであった。こ の問題を解決するために,大学と協力して反応モデルを作り上げ,一定し た品質の製品を作るための反応シミュレーション技術を開発した。第二 に,触媒の量産化に付随する問題が生じたのであった。実証プラントで使 う量の触媒を作ってもらったところ,研究所と同様の結果が得られなかっ たのである。これについては,触媒の調合を変えることで対応できたとい う。こうした新たに開発された触媒と,シミュレーション技術を用いて作 られた脱硫プロセスは「ROK-Finer」と名付けられ,国内外において特許 出願されている。この特許は欧米メジャーの石油会社にもライセンスされ るなど,世界各国のサルファーフリー化に寄与している。
3‑3.不確実性の対処方法
上記ではJXTGにおけるサルファーフリーガソリン開発プロジェクトの プロセスを見てきたが,続いて,この開発プロセスを不確実性への対処と いう観点から分析していく。不確実性は,①求められる技術レベル ②開 発スケジュールの2軸からなるため,この2軸に沿って見ていくこととす る。
3‑3‑1.求められる技術レベルとその対処方法
事例で取り上げたプロジェクトにおいて,求められる技術レベルはどの くらい不確実性が高かったのだろうか。脱硫の既存技術はあったが,既存 技術では10ppmを満たすように硫黄分を取り除くと,オクタン価が上が ってしまうという問題を抱えていた。これまで100ppmや50ppmを達成し ていた技術では,10ppmを達成することは簡単ではなかったのである。
またJXTGが結果として開発したROK-Finerの脱硫プロセスの技術は,
国外の石油メジャーが採用していることを考えると,本事例において求め られる技術レベルは高かったと判断できるだろう。よって,不確実性が高 まる要因が1つ揃っていたということになる。
では,JXTGは求められている高い技術レベルを達成するためにどのよ うな対処方法をとったのだろうか。事例からは,規制の策定プロセスから 関わる様子は見受けられなかった。つまり,どのような技術レベルが必要 とされるかは,JXTGにとってはコントロール不能であり,仮説1‑aの「必 要とされる情報量を削減する」方法は確認できなかった。一方で,仮説 1‑bの「保有する情報量の増加」には積極的に取り組んでいた。基本的に は自前主義で技術開発に取り組んでいた。基礎研究から事業化に至るまで 社内資源を活用し,新技術の開発に取り組んでいた。社外知識の利用に関 しては,1997年からは石油会社と石油連盟とで取り組んだCO2削減に関 する共同研究があり,ここで情報交換が行われ,保有する情報量が増大し ていた可能性もある。しかしながら,1995年までに三菱石油において新し い脱硫方法技術の基礎研究が終わっていたこと,また事業化に関しても社 内の人材のみで装置開発に取り組んでいたことから,共同研究が技術レベ ルの向上に役立ったとは考えにくい。よって,求められる技術レベルを達 成するために取られた方法は,社内のコミュニケーションを活発にするこ とで情報量を増大させるやり方であったと言えよう。
以上をまとめると,仮説1‑aについては本事例からは確認することがで きなかったが,仮説1‑bについては確認することができた。
3‑3‑2.技術開発に与えられた時間とその対処方法
続いて,事例において規制開始までに与えられたプロジェクトの技術開 発の時間は長かったのだろうか,短かったのだろうか。2008年に10ppm 以下のガソリン規制を施行することが決まったのは,2003年のことであっ た。JXTGのみならず,日本のすべての石油会社にとって技術開発に与え られた時間は5年間であったことが分かる。さらに,日本石油連盟に属し ている企業はすべて2005年からサルファーフリーガソリンを供給開始した ことから,実際にはわずか2年で技術開発を達成したことになる。
規制のタイミングについてはJXTGが直接関与した事実は見当たらず,
規制に対してJXTGは受け身であった。伴となるのは,規制が作られる10 年も前の1994年から基礎研究に取り組み,1995年には基礎研究が終了して いたことである。これを可能にしたのは,JXTGではいずれ10ppm以下の 規制が敷かれることを,これまでの市場動向や世界情勢から予測できたた めであった。こうした早くから基礎研究に取り組むことができたのであ る。
よって,規制のタイミングはコントロールできたわけではないが,規制 を予測することで実質的な技術開発の時間は長くなり,結果的に不確実性 削減を果たしていたのであった。
以上をまとめると,事例から仮説2について確認できたといえる。
4.考察と課題
4‑1.考 察
技術強制型規制に直面したプロジェクト・マネジメントを成功させる上 では,いかに不確実性に対処するかが重要である。本研究では,不確実性
を①技術レベルおよび②技術開発に与えられた時間の2軸で測定するこ ととし,この2軸への対処方法を仮説として導出した。導出された仮説に ついては,前節においてサルファーフリーガソリンの事例を用いて分析し てきた。
事例分析を通して,サルファーフリーガソリンの事例で重要となったの は,規制を予測していたことが明らかになった。規制を予測することで,
技術開発に与えられた時間は本来5年であるところ,実質的には約10年と 2倍に増え,技術開発の期間を延ばすことができた。技術開発に与えられ
た時間が長くなればなるほど,求められる技術レベルが高くても対処しや すくなる。本事例では,求められる技術レベルは高かった。それは,
JXTGが開発した技術プロセス「ROK-Finer」を国外の石油メジャーと呼 ばれる各社が採用していることからもうかがえた。こうした高い技術,技 術開発の期間に余裕があることで,高い不確実性への対処が容易になっ た。さらに,JXTGは社内の人材を活用し,技術開発に取り組み,その結 果,事業化にまでこぎつけることができたのであった。
今回は一事例を分析したのみにとどまるが,企業のプロジェクトレベル から分析することによって,技術強制型規制に直面した企業が,具体的に どのように不確実性に対処し,規制をクリアするための技術開発・事業化 努力を行っているのか,そのプロセスを確認することができた。この点に おいて,本研究の理論的,および実務的な貢献があるといえる。
4‑2.課 題
本研究にはいくつか課題が残されている。
第一に,規制と企業行動の相互作用を十分に考慮できていない点であ る。本研究では規制を所与のものとしてとらえているが,規制は企業行動 や市場動向を踏まえて作られる側面も見逃せない(加藤,2011)。つまり,
本研究では企業を規制にさらされる主体として描いているが,その規制は 企業行動が影響を与えて作られているのである。こうした考えに基づけ ば,そもそも規制は企業が達成できないようなレベルの技術を求める技術 を作ったり,達成不可能な時期に規制開始を設定するということは考えに くく,本研究で設定した不確実性の2軸は再考が必要と思われる。
第二に,業界の特性が規制に与える影響を十分に考慮できていない点が あげられる。例えば,自動車業界では製品開発が先に行われて,その後規 制が作られるケースが多々見受けられる。例えば,近年ではZEV(Zero
Emission Vehicle)規制がアメリカのカリフォルニア州で導入され,州内で
一定台数以上の自動車を販売するメーカーが,販売台数の一定比率を ZEV,つまり排出ガスを一切出さない電気自動車や燃料電池車にすること が求められている。日本ではエコカーのイメージが強いプリウスだが,こ のZEV規制の基準に従えば,プリウスはZEV枠として考慮されないため,
規制に達しない分についてはテスラ社からクレジットを購入するという屈 辱的な事態が生じた。このように,自動車業界では,企業間競争や国際競 争を有利に進めるための方策として規制が使われる側面もあり,製品開発 後に規制が制定される場合が散見される。一方で,例えば,太陽光発電の FIT(固定価格買取制度)は太陽光発電事業を促進させたわけだが,これは 規制が企業のイノベーションを誘発した事例として考えられる。このよう に,業界ごとに規制の特性がある可能性については,今回の仮説や事例研 究において十分には考慮できておらず,今後の課題としてあげられるだろ う。
第三に,企業のプロジェクトには基礎研究・応用研究・事業化といった 各フェーズがあるにもかかわらず,各フェーズごとの規制の影響を十分に 考慮できていない点である。例えば,基礎研究の段階と事業化の段階では 規制が与える影響が異なる可能性があり,それによってプロジェクトが直
面する不確実性の度合いも異なるかもしれない。各フェーズを特定した上 で,規制がどのような不確実性を発生させ,企業がどのように対処するの か,分析をする必要があるだろう。
以上の課題を踏まえて,今後は定量的調査および定性調査を行い,さら に研究を深堀していきたい。
参 考 文 献 小川紘一(2009)『国際標準化と事業戦略』,白桃書房。
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