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種子をめぐる市民組織・農民組織の国際的状況に関する考察 ―

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研究ノート

種子をめぐる市民組織・農民組織の国際的状況に関する考察

―食料及び農業のための植物遺伝資源に関する国際条約第7回締約国会議参加を通じて―

西 川 芳 昭 ・ 浜 口 真理子

《要 約》

 作物の遺伝資源の保全と利用の促進を図る国際的枠組みである食料及び農業のための植物遺伝資源 に関する国際条約(ITPGR-FA)は,農業や農の営みにとって不可欠な投入物である種子に関して,

農場が自ら保存した種子及び繁殖性の材料を保存・利用・交換及び販売する一切の権利を「農民の権利」

として明示している。日本でも,このような自家採種に関する運動が,①ある時は海外の動向と連携 や情報交換をしながら,②ある時は独自の流れの中で盛んになってきている。しかしながら,海外の 動向と日本の動向の間には必ずしも共通点ばかりではなく,日本独自の取り組みが見られることも報 告されている。

 そこで筆者たちは,2017年10月29日から11月 3 日までルワンダ・キガリ市において開催された条約 第 7 回締約国会議出席を通じて収集した情報を整理し,暫定的な分析を行った。

① 農民による品種育成・種子生産が権利の問題であり,多国籍企業によるその侵害を食い止める ような国際会議等のアリーナで研究者や外交官がもっぱら行っている議論の重要性は否定でき ないこと

② 農民はそのような議論が始まるはるか昔から,農を継続する当たり前の営みとして品種育成・

種子生産を行っている事実の重さを関係者は厳粛に受け止める必要があること

③ 種子を政治経済学の枠組み,特に経済的効率,食料増産や技術的安全性の枠組みで議論する限り,

農民による品種育成・種子生産を本当の意味で捉えることは困難であり,農家・農民が自らの 評価基準に根ざして継続的に自分たちに必要な品種・種子を利用,財やサービスを取りだして いく多様かつ多層性を持つシステムの発展が期待されること

   が暫定的に明らかになった。

キーワード <作物遺伝資源・食料及び農業のための植物遺伝資源に関する国際条約・農民参加 型品種育成・農民(農業者)の権利>

1.はじめに

 種子は耕種農業にとって重要な生産のための投入物であり,農民は自らが育てる作物の種子を安定的 に入手することに様々な努力を払ってきた。歴史的には,農民は種子を自分自身で採り,自分の農地に

(2)

もっとも適した形質をもつ系統・自分の栽培したい(または食べたい)形質をもつ系統を選抜してきた。

この行為が,作物種内の多様性が作り出され保全されてきた主要な要因の一つであった。しかしながら,

現代農業においては,商業的生産を目的とした農業のみならず自給用作物栽培(趣味の園芸や家庭菜園 を含む)においても種子は購入されることが多くなっている。そのような流れの中で,種子を市場で購 入するのではなく,自家採種や他の農家との交換などを通じて,企業が供給する種子とは異なる特性を 持つ種子を入手しようとする運動が世界中で行われている。このような運動は,一般に「農民の権利」

を守る運動,または行使する運動として行われることが多い。日本においても,自家採種は有機農業者 や趣味の園芸を楽しむ人々,種子を継いでいくこと(シードセイビング)に興味を持つ人たちの間で広 がっている。

 最初にも述べた通り,種子は農業や農の営みにとって不可欠な投入物であるため,また生命を継いで いく象徴であるため,多くのアクターによって,自家採種を中心とした圃場で作物を作り続けることを 通じた種子の生産と保存が注目されている。ある時は海外の動向と連携や情報交換をしながら,ある時 は独自の流れの中で,このような運動は日本でも盛んになってきている。しかしながら,海外の動向と 日本の動向の間には共通点ばかりではなく,日本独自の取り組みが見られることも報告されている。

 そこで,本研究ノートでは,作物の種子の保全と利用に関する国際的取り決めとして140か国以上が 加盟している「食料及び農業のための植物遺伝資源に関する国際条約」(以下ITPGR-FA)の締約国会 議における公式の議場での議論,サイドイベント,議場外での市民団体・農民組織参加者の語りに関 する情報を整理し,日本の取り組みが国際的な流れの中で連携していく方向性について議論する基礎資 料を提供することを目的とする。具体的には,種子システムの研究者である西川と実際に自家採種を通 じて種子を継いでいる浜口が連携しながら,2017年10月29日から11月3日までルワンダ・キガリ市にお いて開催された第7回締約国会議出席を通じて収集した情報を整理し,暫定的な分析を行う。本節の導 入に続いて,第2節では,自家採種についての公式の議論の歴史を「農民の権利」の概念を中心に整 理する。第3節では,国際的な市民運動・農民運動についての小規模農民・市民組織の運動を先導す るヴィア・カンペシーナ(La Via Campesina)を中心に説明したうえで,今回の会議の公式場面で の「農民の権利」に関する議論の動向を,筆者ら自身の観察と国際環境会議の動向をとりまとめ発信し ているカナダの

NGO

である持続可能な開発国際研究所(

International

 

Institute

 

of

 

Sustainable

 

Development:IISD)のwebsite 情報を基に整理する。第4節では,会議場の内外で出会った各国の市

民組織・農民組織の参加者から聞き取った内容を整理する。第5節では,会議中のサイドイベントで行 われたコミュニティ・シードバンク(地域住民が運営する種子保全・循環を担う組織・制度・施設の総 体)に関する情報交換のまとめと,そこで報告した日本事例を紹介する。このような議論を踏まえて,

(3)

最後の第6節で今後の議論の可能性・方向性について,特に日本における文脈の中で,まとめたい。な お,補足資料として,今回の会議の最終日に発表された市民組織による総括全文を英語による原文と合 わせて文末に記録した。

 

2.これまでの国際的な公けの場での種子に関する議論の概要

 国連食糧農業機関は1996年に公表した世界遺伝資源報告書の中で,「土壌,水,そして遺伝資源は農 業と世界の食料安全保障の基盤をなしている。これらのうち最も理解されず,かつ最も低く評価されて いるのが植物遺伝資源である。」と述べている(FAO 1996)。ここで遺伝資源と言われているものは,

日常の耕種農業においては種子として認識されているものである。メンデルの法則の再発見以来,作物 の品種改良の素材として多様な種子が利用されるようになり,種子が資源として認識されるようになっ た。そのような多様な遺伝資源の創出および保全に世界中の農民が関わってきたことは,後に述べる国 連における議論でも認識されているが,具体的な内容については関係者間の合意が得られているとはい い難い状況が存在している(西川 

2016

。実際に,現代社会においては,作物の品種育成は主に国ま たは国の機関と企業によって行われている。育成された品種は,種子の増殖が行われ,国の普及組織や 企業の代理店等を通じて農民に供給される。一般にこの過程に農民が積極的に参画することは少ない。

 作物の遺伝資源の保全と利用の促進を図る国際的枠組みであるITPGR-FA(2004年発効,日本は

2013

10

月加盟)は,農場が自ら保存した種子及び繁殖性の材料を保存・利用・交換及び販売する一切 の権利を「農民の権利」(原文英語“Farmers’

Rights”外務省公式訳では「農業者の権利」: 筆者らは

産業セクターとしての農業に従事する人を表す色彩が強い「農業者」という言葉ではなく,農の営みを 行うものという意味を意識して,日本加盟前に使用されていた仮訳の用語「農民」を通常使用する。 として明示している。「農民の権利」は,工業化社会の進展に従って品種開発者・技術提供者の権利で ある「育種家の権利」が認識されるようになったことを踏まえて,育種素材の提供者である農家の貢献 を国際社会として認知したものと言える。自らの圃場に使用する種子を自家採種する権利も同じ条約に 明示されており(「農民の特権」ITPGR-FA9条3項),これは種子や繁殖材料を農家やコミュニティ が保存,利用,交換,共有,販売する農民が古来行ってきた農の営みを担保しようとするものである。

このように,農民や市民組織による品種育成・種子管理(採種・保存・交換など)に関する権利は,国 際条約等で法的概念としては存在するにもかかわらず,実際には,多くの国で,知的財産権に関する法 令(特許法と「育種家の権利」)によって制限されている。そのため,農民による品種育成・種子管理 の議論では,この「農民(農業者)の権利」の実現を目標に議論されることが多い。

(4)

 「種子」という用語は,一般に高等植物の生物学的なサイクルの中でもっとも活性が低くまた嵩が比 較的小さいステージを表しており,英語では

SEED

と表される。先にも述べた通り,土地・水とならん で農業・食料生産に不可欠な要素であるが,必ずしも農学研究分野で常に重視されてきたわけではない。

また,「種子」という用語はおもに自然科学分野や政策用語として使われ,農家は種子ということばを 使うことは少なく,自分たちが田畑に蒔く種を「たね」と呼ぶことが多い。このような用語の違いから も,農業政策や農業研究と農家・農民の認識との間の距離が存在することがわかる。(本研究ノートに おいても,第4節では「たねとり」を実践する観点およびその営みに寄り添う市民運動の語りを描写す るため「たね」「たねとり」の言葉を用い,全体は「種子」「採種」の用語を用いている。

 「農民の権利」という概念が国際的な場で公に議論されはじめたのは,1986年のFAOであるとされて いる。この時「農民の権利」は「育種家の権利」(註:「農民の権利」の対極概念)を認識することに加 えて,育種素材の原産地である農民の権利について言及することが必要であるという文脈で述べられて いる(CPGR/87/3,

Oct1986)

。その後,

1989年のFAO総会では,

「育種家の権利」と「農民の権利」を「技 術の提供者」と「遺伝的素材の提供者」のそれぞれの権利であることと,その両方を認識しその貢献に 対して補償を行う必要が認められた(

Resolution

 

4/89

5/89

。この時点でも,遺伝資源は人類共通 の遺産でありすべての人がアクセスできることを前提に,途上国住民の改良品種へのアクセスの保証も 提言している。それぞれの国や地域の人々が何を作り食べるかを自分たちで決める権利は「食料主権」

と呼ばれ,量的な食料の供給確保を主とする「食料安全保障」とは異なる概念である。この権利は,普 遍的な法規範として国連でも認知されている「食料への権利」と密接につながる(久野 

2011

3.種子に関する国際的市民運動及び第7回締約国会議全体会議における「農民の 権利」議論の概要

 食料主権運動を推進している農民組織ヴィア・カンペシーナ(La Via Campesina)は,食料主権 を「人々が自分たちの食料・農業を定義する権利であり,持続可能な開発を実現するために国内(地域 内=domestic)の農業生産及び貿易をよい状態にすること,どの程度の自律を保つかを決定すること,

市場に生産物を投入することを制限することを含む」としている 

Nyeleni 2007

。食料の確保を量だ けではなく質の問題と考え,また国家の責任や国レベルの問題だけではなく,地域の農家や消費者自身 の問題・基本的権利の問題としてとらえ,行動に繋げていくときに、作物遺伝資源の持続的利用に関す る「農民の権利」は中心的課題となり,食料主権が食料安全保障に代わる持続性の概念となると考えら れる。

(5)

 多くの農民組織や CSO・NGO からは,各国の法制度や施策の中で行われている「農民の権利」の制 限は,農民が種子を自由に保全・利用・交換・販売する慣行上の権利を侵害するとして否定的に捉えら れている。異なる意見の調整を図る手段として,保護品種の農場での保全種子を農民が保全・利用・交 換することは許可するが販売は許可しない国(ノルウェ-)や,保護品種を元の銘柄でない名前でなら 農民に販売を許可する国(インド)もある。

 

2014

年は国連家族農業年であったが,世界中の小規模農家の生産活動にとっての,農民が育成し保全 する種子の重要性が指摘されるとともに,生物多様性の保全においてこれらの農民が果たしている役割 が認識されなければならないことが議論された。「農民の権利」の実現への最大の問題は,農民を含め た政策等の意思決定者の認識の欠如であることも指摘されている。そうした法令が制限的になるにつれ て,作物の遺伝的な多様性を圃場で保全し持続可能なやり方で利用する農民の能力を一層制限すること になるからである。

 そもそもの問題は,このような国際的なアリーナにおける利益配分や農民の権利の議論は,知的財産 権を基本的前提とした,ともすれば工業社会の論理を背景としているように見受けられ,農家と作物の 関係性を基にしたそれぞれの地域における営みから離れている。「生業としての農業」「生活としての 農業」の中では自家採種を中心として比較的小さな地域の中で遺伝資源が循環している状況が存在して おり,そのような地域での循環や種子の持続性の担保には,ジーンバンクのような静的な保全の研究機 関等だけではなく,また一部の西欧を中心とした市民運動組織だけではなく,多様な思想に基づいて種 子に関わる個人や組織の視点が必要であると考えられる。ここでは,今回の条約締約国会議で公けに「農 民の権利」問題がどのように議論されたかを整理したい。

 「農民の権利」の問題は,これまでに開催されたいずれの締約国会議でも議題の一つとして大きく取 り上げられてきたが,今回第7回においては,主に途上国の代表者を通じて市民団体・農民団体がすべ ての議題を「農民の権利」につなげていくという戦略を取ったこともあり,全体会議において時間的に も内容的にも多くの時間が割かれるとともに,「農民の権利」の実質化に向けて,締約国会議で具体的 議論を行う枠組み作りが進められた。具体的には,全体会議で10月30日及び11月3日,さらに「議長の 友」グループで10月31日,コンタクトグループで11月 1 日から 3 日にかけて議論が行われた。

 アメリカ,カナダ,オーストラリアは,条約9条による「農民の権利」の行使はあくまでも各国の判 断にゆだねられることを主張した。ウルグアイは,小規模農民が遺伝資源の管理者としての役割を担っ ていることを踏まえて権利を支援するべきであると発言し,ジンバブエ代表は紛争解決メカニズムの構 築と関係する他の条約との整合性確保が重要であることを主張した。ホンジュラスは,農民が国によっ て管理,認証されている高品質種子にアクセスできるように支援することを呼びかけた。ペルーは伝

(6)

統的知識の利用については事前に説明された承認が必要であることを確認した。European Regulation

Group

ERG

)は,「農民の権利」に関係する各国の制度の評価と修正の必要性を示唆した。インドは,

農民の品種について品種育成者として,耕作者として種子を保存・利用するものとして,保護者として 地方品種の使用に関する保証を受けとるものとしての権利を国の政策に取り入れることに注意を喚起し た。アフリカ種苗協会(African Seed Association)は知的財産権で新品種を保護する必要性と共に,

農家には改良された新品種から高品質の種子を入手する権利も必要であると主張した。

 スイスは,国際的な議論のプロセスとして,他の条約すなわち,植物の新品種の保護に関する条約

(the International Union for the Protection of New Varieties of Plants(UPOV),国際知的財産 機関(World Intellectual Property Organization (WIPO))との関係を明らかにする必要性を訴えた。

UPOV

は,

2016

年に開催された

UPOV

ITPGR-FA

の関係のあり方の可能性についての会議について 報告した (会議文書 IT/GB-7/17/Inf.14)。UPOVが公表している,二つの条約の関係に関するよく ある質問の内容を見直す決定についても報告した。欧州種苗協会(European Seed Association)は

UPOVとの協働を歓迎しつつ,協議に参加出来ていないことに遺憾の意を表明した。ボリビアは,国

連人権委員会との関係について確認する必要を示唆した。

 前回の締約国会議からの進捗について,インドネシア代表はノルウェー代表とともに2016年にインド ネシアで開催された世界協議(the Global Consultation on Farmers’

Rights

(IT/GB-7/17/Circ.1) の成果について報告し,その中には作業部会の設立が提言されたことが含まれていた。アフリカを代表 してガーナ,ラテンアメリカ・カリブ地域(

GRULAC

Group of Latin America and the Caribbean

を代表してアルゼンチン,近東を代表してスーダン,ノルウェー,IPC,ヴィア・カンペシーナが作業部 会設立支持を表明した。オーストラリア,アメリカ,カナダがこれに反対した。アフリカは,作業部会 は,他の案件の中でも,種子を共有する習慣と農民の種子システムを支援する政策,条約加盟国が選択 できる農民の権利実施の方法,参加型で決定する仕組みが含まれることを主張した。スイスは,締約国 会議の間に実施されるプロセスは加盟国のイニシアティブによって推進されるべきであり,ベストプラ クティスと得られた知見に関する調査結果,各国における農民の権利実施のガイダンス作成の内容と手 順,農民の権利実施が各国の自発的選択であることを含めるべきであると発言した。国際農業研究協議 グループ(

CGIAR

)は,農民の権利実施に関する自発的ガイドライン作成にコミットすることを表明 した。 農民自身が農民の権利問題の中心であることを踏まえて,農民団体・社会運動・NGOの代表が 作業部会に含まれるべきであると表明し,塩基配列情報の農民の権利に対する影響の検討も作業部会の 課題に含めるように呼びかけた。以上の発言をした主な国(団体)の立場は仮に以下の表のようにまと められる。

(7)

OECD諸国 開発途上国

農民の権利を強く主張 ペルー・ホンジュラス・ボリビア

農民の権利に強い理解 を示す

ノルウェー インド・アフリカ種苗協会・イン ドネシア

農民の権利を制限的に 理解

アメリカ・カナダ・オースト ラリア・日本・スイス

 11月2日木曜日のコンタクトグループでは,各国が作業部会および技術支援グループまたはアドバイ ザー委員会への業務付託事項を協議した。農民の権利実施のために各国で採用されうる施策・方法,ベ ストプラクティス,得られた知見の一覧を作成するかどうか,特定の地域グループによるガイドライン を処方箋的なものにすべきではないとの発言も受けて,そして包括的・参加型で国レベルの農民の権利 実現のためのガイドラインを開発すべきかどうかが話し合われた。農民の権利の実現を奨励し推進する 形で利用できる一覧表を開発することがガイドライン作成よりも望ましいという参加者もいた。長時間 にわたる議論の結果,参加者は,作業部会は各地域から5か国までの代表,農民代表3名,その他の関 係者代表3名からなることに合意した。

 金曜朝の全体会議では,コンタクトグループの共同議長であるノルウェーのレギーナ・アンダーセン が,条約9条に規定されている農民の権利に関して採択されうる国家レベルの施策,ベストプラクティ スと得られた知見の一覧と農民の権利実現を助長,ガイド,推進する選択肢を提示することを目的とす る臨時技術専門家グループ(ad-hoc technical expert group)を設立することに合意したことを報告し た。参加各国は国レベルの実施のための一覧作成に必要な各国の施策に関する事例提示としての各国の 経験やベストプラクティスの提出方法について議論した。締約国は,施策に関する法規定等を電子デー タで提出することを排除することに合意し,条約事務局に対して農民の権利実施から得られた知見に関 する調査を行うように要望した。専門家グループの財政についても議論され,アメリカは条約のコアファ ンドからの支出をすべきでないと主張した。午後のコンタクトグループでのUPOVとの関係や国連人 権委員会の小農の権利宣言との関係に関する議論を踏まえ,全体会議は最終日3日夕方本課題について の決議を了承した。

(8)

今回の締約国会議で合意された提言の内容(

IT/GB-7/17/L12 Rev.1

締約国会議は加盟国に対して以下のことを行うように要請する:

農民の権利実施の行動計画作成を検討する

品種のリリースと種子の配布を特に考慮して,農民の権利実現に影響する国レベルの諸規定を評

価し,必要であれば改定を検討する

農民グループや農民の権利実現に関係するその他の関係者が議論に参加する

持続可能な生物多様性に富んだ生産システムを推進し,コミュニティ・シードバンクやコミュニ

ティ多様性登録システム,参加型品種育成,シードフェアなどを促進する  加えて,締約国会議は

締約国および特に農民グループ等の関係者に農民の権利実施のための可能性のある選択肢の事例

として見解,経験,ベストプラクティスを提供することを要請する;

事務局に関係者の能力構築プログラムの実施,UPOVとの関係の継続,WIPOとの相互関係の可

能性検討を包括的参加型で行うことを要望する。

事務局にFAOの内外で農民の権利に関連する様々なプロセスを追跡することを要望する。

人権委員会の小農の権利に関する宣言の可能性を記録する。

決議は,農民の権利に関する臨時技術専門家グループの付託事項に関する付属書を含み,2016年に バリで開催された世界協議の成果を他の関連する協議と同様に充分に検討するとともに,

採択されるであろう各国の施策,ベストプラクティス,得られた知見のリストを作成し,

農民の権利の実現を助長・先導し,推進する選択肢を開発し,

各地域最大5か国,農民組織の代表3名,種子セクターを含むその他の利害関係者3名からなり,

結果を第8回締約国会議に報告する。

(この節:出典 IISD環境国際会議記録ウェブサイト 参照  http://enb.iisd.org/vol09/enb09691e.html )

4.締約国会議議場内外で出会った市民組織,農民組織関係者への聞き取り結果

 ITPGR-FAの締約国会議においても,多くの国際会議と同様にNGO連携や協議の場所が設置され ており,また国連経済社会委員会登録団体のみならず,個別に条約事務局の許可を得て参加している

(9)

NGO・CSOも多く存在した。日本からは,第6回締約国会議に引き続き,市民組織CSOピースシード

から著者の一人浜口が,シードセイバーおよび種子団体運営者としての立場からオブザーバーとして出 席した。会議期間を通じて,各国からの小規模農家や種子関係団体からの参加者と行動を共にし,「農 民の権利」をめぐる各国での市民の意識,作物多様性に関する事業の具体的な手法と課題,各国で共有 する課題と固有の課題,(発表と実体の差異など)公的セクターでは語られない事情,各国の背景など について情報収集・聞き取りを行った。また,今後の国内の「農民の権利」の周知にあたり,国内外の 関係者とのネットワーキングも重要な目的のひとつであった。その中から特に印象的だった6名を紹介 したい。

1

)参加者

A

氏:(フィリピン共和国)小規模農家

[所属]

農民組織・市民組織事務局長

[会議での立ち位置]

農民運動の若手リーダー

/有機農業指導者

[たねとの関係]

有機農業や自然農の普及を行ないながら,自家採種を実践している。国内での農民運

動に熱心に関わっている。

[活動]

A 氏は有機農業への情熱から多くのトレーニングを受け,セミナーやワークショップに参加し知識と

経験を深め,数々の国際会議に参加してきた。自らの自然農法を創出している現在は,農と統合された ホリスティックな暮らし方を発信する若手リーダーになった。フィリピン政府農業省からの依頼も受け,

講師として国内外の農業教習に派遣されている。

A氏の4人の娘たちにちなんで名付けられた農場は,フィリピン・Z島にある湖の近くの風光明媚な場

所にある。そこには心地よい木陰を与えてくれる様々な果樹があり,農場前の家の周りでは花々や薬草 も栽培している。それによって,周囲一帯の景観を美しく有用で多様性に富んだ楽しい場所にしている。

稲作や野菜の栽培の他に,鶏と豚を飼育している。田んぼの近くに建てた手作り小屋は,地域の農業を 手伝ってくれる仲間たちが集う拠点になっている。

[

会議での交流

]

A氏は,会議で特定の議題を追っている様子ではないが,後方の席で傾聴していた。英語を話すが市民

セクターの定例会議で特に強い発言をすることはなかった。

A氏には,

過去に参加した国際会議で出会っ た日本の友人たちがいるという。筆者の組織が行ったプロジェクトの動画を見せた際は,目を輝かせな がらも「どうやって資金を調達するのか」という問いを真っ先に発した。その動画自体はプロボノによっ

(10)

て無料で製作されたこと,筆者や組織の共同創設者の経歴の関係で,クリエイターやメディア関係者が プロジェクトに参加し,支援してくれたこと,日本は海外の組織などには多くの資金を拠出しているが,

国内の組織は資金調達で苦労していることを伝えた。私たち自身も組織運営に苦労があり,形態として はA氏が所属する組織のような規模ではないことを説明すると,A氏は質問を繰り返しながら強い関心 を示した。

また,日本で

10

月に行われた「農民の権利」に関するシンポジウム(上記レギーナ・アンダーセン氏講演)

においてフィリピンの事例が取り上げられたため,フィリピンの人々に「農民の権利」をどのように広 めたか,また,たねに関する運動の様子などについて質問した。するとA氏は,数本のyoutubeビデオ を示し,ココナッツ税(Coco Problem)をめぐる問題の際に,農民が大規模な行進を行ない政府と闘っ たこと,そこで活躍した弁護士が上院議員になり,現在副大統領(レニー・ロブレド氏)になったこと などを熱く語り出した。そこには,海外の活動家やオピニオンリーダーは登場しなかった。現在の農民 運動は,フィリピンの農民自ら闘い勝ち取った経験が土台にあること,大変な努力を重ねて,徐々に政 府,特に農業省との関係を築いたこと話してくれた。その様子は誇りに溢れていた。

(補佐説明)ココナッツ税とは

マルコス政権が1973-1982年の9年間にわたってココナッツ農家に課たした税金の総称。

ココナッツ農家の利益と発展,貧困対策という名目だったが,税金は関係のない事業に投資されるな ど適切に運用されなかった。

2012

年に

40

年近い法的な争いを経て,ココナッツ産業投資基金の一部

(US$1.6-billion)はココナッツ農家の利益と産業の発展のみに利用されるべき公的基金とされたが,実 際には適切に扱われなかった。そのため,2014年に農民たちが政府に対し,適切な政策の実現や農地改 革への支援を求めて1700キロの行進を行った。

(註:本説明はネット上での情報で確認したものであり,政府等の公式文書での確認はできていない。

(2)B氏(フィリピン共和国)

[所属] 市民組織・代表

[

会議での立ち位置

]

市民セクターのリーダー的存在の一人。

[会議での交流]

市民社会セクターのキーパーソンの一人として多忙なB氏とは,他の参加者に誘われた夕食の席で話す 機会があった。フィリピンの市民組織のテーブルに,後から同国政府代表団が合流し食事を共にしてい た。そのことについて

B

氏は,「みんな一緒よ,みんな仲が良いのよ。」と,会議で見せる面持ちとは別

(11)

の柔和な様子で言った。

市民セクターの朝の定例会議において,

Farmers ’ Rights

」と「

Rights of Peasants

」という二つの 概念が重層的に存在していた。農民団体に所属しているか否か,Farmer か Peasant かそれ以外か。筆 者の主観となるが,そこには Farmer/peasant 概念をめぐる軋轢の兆候を感じた。ファシリテーター は「市民社会組織側にもFarmerもPeasantもいる」と明言し,会議を先に進めた。その状況への関心 もあり,長年「農民の権利」議論の経緯を見てきた

B

氏にとって「

Farmer

」とは誰か,と質問をする と「たねを蒔く全ての人が farmer。 商業でも自給でも,規模に関係なく,みな farmer。私はそう思っ ている。」という答えが返ってきた。

B氏とは,

「農民の権利」やたねの運動について,欧州とは異なるアジア的な観点を持った連携について,

今後話し合うことを共有した。

(3)C氏 (フィリピン共和国)

[所属] 市民組織・運営委員(と考えられる)

[

活動

]

弁護士

CBD

8条

J

項の作業部会や

CBD

SBSTTA

にフィリピン政府代表として参加。

[会議での立ち位置] 政府代表団メンバー(未確認)

[会議での交流]

会議終了後の夕食の席で,「farmerとは誰ですか?」という質問に対し,「繊細で難しい問題。あまり突っ 込んではいけない。」と笑いながら話していた。

(4)D氏 (インドネシア共和国)

小規模農家 [所属] La Via Campesina・国内農業組織

[

たねとの関係

]

自家採種を実践,

GMO

のリスク啓発を行なっている。

[活動] インドネシアにおいて,農家が情報不足によって知らぬ間に犯罪者になる状況から自らを守る

ために,GMOとは何か,それを自家採種することの影響,食料主権や農民の権利について農家に情報 提供を行っている。

[

会議での立ち位置

]

食料主権と農民の権利,

GMO

を含むあらゆる種類のたねの自家採種を行う権利 を求めていた。SEARICE(Southeast Asia Regional Initiatives for Community Empowerment)な どのアジアの組織と親しくしていた。

(2016年 9 月 に イ ン ド ネ シ ア の バ リ 島 で 開 催 さ れ た 世 界 協 議(Global Consultation on Farmers’

Rights

)の参加者と思われるが未確認)

(12)

[会議での交流]

朝食の席で

SEARICE

関係者から紹介された。帰国時の空港で再会し,短い時間話すことができた。

「最近開催された基本的人権に関する国際会議では(2017年 2 月の第34回国連人権理事会と思われる)

「農民の権利」は人権ではないと否決された。(国連人権委員会の小農の権利宣言だと思われる)」と言 いながら,自家採種を行った農民が罪に問われている現状について,いくつかのサイトを見せてくれた。

GMO

も含めてたねをとる権利を求めるインドネシアの状況を聞かせてほしい。」と質問した。

D氏によると,インドネシアでは遺伝子組み換え作物のたねを企業や地方政府が無料で配布することが

あり,農民たちが遺伝子組み換えについて知識がないために品種を切り替え,それまでの習慣同様に 自家採種を行なう。その結果として逮捕されることがあるという。「もしも知識があれば,採種しない だろう。」だから

D

氏や農業団体などが

GMO

について知らせるために配布物を制作し,学習会やワーク ショップを行う。そこに参加した農民たちは,遺伝子組み換え作物がもたらす問題を理解し,「育てた くない」と言うそうだ。それでも,

D氏は

「 すべての人々に教えることは不可能だと諦めている。」と 言い切る。 なぜならインドネシアは 1 万4000もの島がある世界一の島国であるからだと言う。 努力は しているが,すべての農民に周知することはどうやっても無理なのだと。それゆえに,

D

氏は強い動機 と信念を持って,すべてのたねの自家採種が許されるように「農民の権利」を求めて活動している。

また,D氏は,ヴィア・カンペシーナから小農として参加していたが,peasantよりも,farmerという 言葉を多用していた。

交雑防止の技術について話した際には,数多くの島があるので遠隔状態を作りやすいから,(日本の様 な交雑防止の努力を行わなくても)自家採種をしやすいという。交雑について懸念するという視点はそ れほどないようだった。しかしながら,ジーンバンク運営にせよ,作物多様性保全の鍵となるのは「技 術がある信頼できるシードセイバーを探すこと」につきるという点では,深く共感し合った。

補足になるが,私的な場で,農民が自家採種によって逮捕されたという海外のニュースについて話した 際に,ある公的ジーンバンクの関係者から「途上国の場合は,法律そのものではなく,法律の運用や現 場の対応に問題があることもあり,それはまた別のことである。」という見解を聞いた。

5

E

(ルーマニア)

小規模農家(未確認)

[所属]

市民組織・La Via Campesina にも所属

[会議での立ち位置]

小農の立場から,特に食料主権と小農の権利について意見を表明していた。市民社会の定例会議でも積 極的に強い意見を持って参加していた。また,非英語圏からのヴィア・カンペシーナ関係者という背景

(13)

からか,会話では Farmer ではなく Peasant という言葉が多用されており,自らのアイデンティティー も,

Peasant

であった。

[活動]

国際会議に参加。共産主義体制の欧州の農業大国における課題や資本主義の影響という視点を

持って行動している。

[会議での交流]

E

氏とは会議開催中には交流がなかったが,帰国時の空港の待ち時間に話す機会があった。

「GB 7 での成果,印象的だったことは何か?」という質問に対し,「農民の権利」に関する作業部会が ようやく出来たこと,と答えた。続けて「でも,わたしは全然幸せではない。米国がとても意地悪な態 度で足を引っ張るようだった。何から何まで感じが悪かった。」と厳しい口調で語った。また,「何が一 番嫌だったか?」という質問には,すかさず「日本!」と言い放ち,「あなたが日本人で良かった。少 なくとも一人は日本(の政府代表団)がどれほどひどかったか知っているから。日本にも,少なくとも 一人はたねを採っている人がいることがわかったから。」と続けた。

6

F

(オランダ)

[所属]

市民組織 役職 部門長・研究者

[会議での立ち位置] Bioversity international

等が主催したサイドイベント“Implementing Treaty

Provisional Use, Conservation and Access to Diversity in Local Farmer Seed Systems” の話者とし

て招聘された。市民セクターの定例会議にも参加していたが,やや距離を持っているように見えた。

[たねとの関係]飢餓と貧困の低減のための作物多様性保全という背景から,たねを活動の中心に据えて

いる。

[活動]

Protected Seed Commons

Open source seed system

構築および運営責任者として世界各地で事業に 関わっている。F氏は飢餓と貧困の低減のために,栽培品種の持続可能な利用と生物多様性保全が必要 である,という信念に立脚し,食料システムに違いを生み出すことを目的として活動する研究者および,

緑の起業家である。 1992年にブラジルで開催された「 環境と開発に関する国際連合会議 」の準備や政 策に深く関わった。

2000

年からはオランダを起点とする

NGO

で活動し,

2016

年からオープンソース・

シードシステムの構築に携わり,事業を運営している。

[会議での交流]

会議場へ向かうバスの後部座席から,たねの美しさや自家採種の大切さ,各国でのプロジェクト事例 を,歓喜と共に語る声が聞こえてきた。それが

F

氏だった。その日のサイドイベントで発表を聞き,声

(14)

をかけた。F氏は活動家というよりは,“喜び”など,たねと関わることのポジティブな側面を大切に して事業を主導しているという。

F

氏のサイドイベントの発表の後,「なぜオープンシードと呼ぶのか?」

という問いがあった。それに対し「その質問は繰り返されていますが」と前置きをしつつ,「オープン ソースというのは魅力的に響くから。自由なオープンソース・ソフトウェアの運動が独占所有権のある ソフトウェアへの代替となった。そのことにインスパイアされたからです。と答えていた。それに対し,

たねの私有化に対して闘う

NGO

の活動家でもある質問者が,「バイオパイラシーのリスクをどう回避す るのか?」など,否定的なコメントを浴びせるように見えるやりとりがあった。そのことについてF氏 に「何が起きていたのか」と尋ねると,「気づいたの?」と言いながら,過去のプレゼンテーションに おいても,同じ人物から繰り返し同じ質問を受けていると答えた。

F

氏に誘われてキガリ虐殺記念館(

Kigali Genocide Memorial

)を訪れることになった。感情的に強い 影響を受ける場での対話を通し,F氏とたねの関わりの源泉を垣間見た。国際会議場で大手団体や国際 組織が主催するサイドイベントでの短い発表は,話者の想いの深さや誠実さを伝える手段とはならない。

「対立を前提にした場で時間とエネルギーを費やすよりも,創造的で具体的な事業を行いたい。

F氏の

子供時代からの地球規模課題への気づき,子育てや日々の暮らしからの学びなどの話の展開からは,一 貫したヴィジョンが伝わってきた。「このような会議に来ることはあまりないと思う。参加することに 関心がない。」とF氏は言う。F氏が運営する事業には,現在,さまざまな国から自家採種実践者(シー ドセイバー)が参加し,ゆっくりと発展している。

(補足説明)Open Source Seed System オープンソース・シードシステムとは

オープンソース・シードシステムの事業の目的は,農場での作物の多様性を豊かにする仕組みを生 み出すことである。たねが特許から解放され,自由に使える状態であり続ける手段のひとつとして,

Protected Seed Commons

”という考え方を推進している。それは,宣誓やライセンス,その他の一

般的なビジネスの契約条件を定義するような契約形態を通し,たねを登録し,共有する。それらは,必 要とされる規範や倫理,法的保護をもたらすため,大切なツールだという。そしてこの仕組みは,一定 の条件下で研究者や農民,園芸家に利用されることで,現在も,これからも遺伝子プールを拡大させて いくと考えている。

たねへの自由なアクセスという保障無くして,農民たちは気候変動に備えて品種を適応させ,生活者の 好みを考え品種を変えていくことが出来ない。作物の多様性は,多様な食料生産に必要不可欠だからで ある。

(15)

5.「コミュニティ・シードバンク」に関するサイドイベントの概要と日本におけ る種子に関する運動の紹介

 今回の締約国会議では,「農民の権利」に関連した数多くのサイドイベントが開催された。筆者の一 人西川はその中で,「コミュニティ・シードバンク 南と北の経験を共有する」に参加するとともに,

日本の事例について報告を行った。コミュニティ・シードバンクに明確な定義があるわけではなく,そ のことも以下に紹介するプロジェクトがEUにおけるコミュニティ・シードバンクの実態調査を行って いる背景にあると考えられる。筆者らは,国際研究機関や各国政府が運営管理するジーンバンクに対し て,地域住民や

NGO

等が地域に根差した形で種子の保存や在来品種の保全,種子の貸し出しなどを行っ ている組織や施設の総称を表していると考えている。

 サイドイベントの概要は次のとおりである。世界中で急速に発展したコミュニティ・シードバンクは,

植物遺伝資源の保全と持続的な利用,すなわち植物遺伝資源条約の実施に大きく貢献していることが知 られている。コミュニティ・シードバンクは農民や園芸家による作物遺伝資源のより大きな多様性への アクセスの要求にこたえて発展してきた。このようなシードバンクは,世界中で食料主権の実現や農民 のエンパワメントなどを目的とし,作物の多様性を保全・強化する様々な活動と相まって,多様なアク ターが多様な直接的目的・運営形態をもって設立されてきた。

 サイドイベントでは,バイオバーシティ(

Bioversity

 

International

)による「コミュニティ・シー ドバンクの起源・進化と将来」およびEUの「ホライズン2020プロジェクトDiversifood」の二つの調査 結果に基づいて,先進国・途上国両方のコミュニティ・シードバンクの活動に関して,その異なるアプロー チ,方法,活動の範囲,成果について比較報告された。サイドイベントは上記に団体に加えて,ノルウェー のナンセン研究所とネパールの

Li-Bird

との共催で,約

45

人の参加者を得て実施された(

Andersen et.al. 2018)

 説明された事例は,ヨーロッパにおけるシードバンクの多様性,ウガンダ,ジンバブエ,ネパールに おけるシードバンクであった。それに対して,著者の一人西川が日本事例を,京都府立桂高校の活動を 中心に報告した。日本の事例は,特定の思想によるものではなく,また特定のモデルがあるわけでもな いことを説明し,そのような特徴が「農民の権利」の概念の強化やフィールドにおける実践の面からは 弱点となるとともに,草の根的に自発的に行われている点は国際的なムーブメントに何らかの貢献がで きる可能性があると解説した。

 食と農の問題を,作る人や食べる人の手に取り戻す観点からは,作物品種に対する過度の知的財産権

(16)

の保護は,先進国の政府や多国籍企業が,農民が守ってきた豊かな生物多様性・遺伝的多様性を収奪し,

素材に利用して生産した近代品種などの製品の製造・販売を専有することを助長するとして否定的に捉 えられている。これに対して,「農民の権利」によって守られる在来品種は,比較的狭い地域で農民に より伝統的・継続的に栽培されてきた形態学的に識別可能な栽培植物の集団であり,自家採種によって 農家またはコミュニティに維持されていることが可能であることから,農業生態系・農村社会の持続性 の観点からの優位性も指摘されている。多様な品種・種子生産手段を持つことが,たとえそれが短期的 には非効率に見えても,長期的には農の営みの持続性につながることが実証されることが期待されてい る。

 広島県農業ジーンバンクが「種子の貸し出し事業」を実施し,一度は作られなくなった野菜(太田カ ブなど)を地域の特産品として復活させている。また,長野県では伝統野菜であるカブの品種を守る活 動の中で個人や集落による種採りだけでなく,種苗会社との連携を行い,固定種として農家が自家採種 を続けてきた作物をF1化し,種子の供給が行われている。この事業に中心的に関わった農家は,「固 定種(農家の表現は在来種)は自家消費用だが,商品化にはF1品種育成を目指した。しかしF1は自 分たちが食べてきたもともとのカブとは違ったものになったという感覚がある。自分が食べるのは固定 種がいい。」と述べている。市場を利用した新しい地産地消と並行して従来からの狭い地域での地産地 消も存続していることに,品種育成・採種行為を通じて,農民・農家がその自律を実現させる一つのモ デルを見出すことができる。(本節事例 西川・根本 2010を参照)

 教育と結びつけた高等学校の活動(京野菜の桂高校,伊勢イモの相可高校など),レストラン等との 連携による在来品種の利用を通じた保全,広島ジーンバンクとも共通するタネを貸し出す民間シードバ ンクの活動(安曇野シードバンク)化学肥料の毒素を土壌から抜いていく自然農法(秀明自然農法ネッ トワーク),地域の食べる楽しみをつないでいく営み,種をあやす(鞘を抱くようにして鞘から種を落 とす)ことを通じて種の神秘性・農業の素晴らしさを感じるといわれる岩崎政利氏(種の自然農園)な どの,多様な思いに支えられた多種多様な営みが存在している。岩崎(2013)は,種を自分でとること によって人間の側が作物の個性を知り生かすことができることと,種が農園で繰り返し採られることに よってその風土に合った命豊かな姿に変わっていくことをたねとりの生み出す価値(筆者解釈)として 説明している。いずれの場合も,経済的な視点とは異なる価値を意識して自家採種が行われていること がわかる。したがって,遺伝資源の所有をもとに経済価値を取り出す論議からは,このようなたねに対 する思いは解釈が困難である。(本節事例 西川 2013)

 作物の特性は人間の口に入るところまで(種から胃袋まで)を議論して始めて完結すると提言した中 尾佐助(

1966

)以来,産業的農業が「品種-栽培技術-食物」という連鎖である生活文化の関係を絶ち

(17)

きったことを問題視し,農民の参加による伝統的作物の保全と利用が本来の農の営みの姿の一部である ことが多くの研究者によって指摘されてきた日本の状況の紹介も行った。これらの研究は,農業と人々 の生活を統合した生物と文化に関わる多様性保全として農民自身による活動を重視する運動の理論的支 柱となっていると考えられるからである。政策的には,経済的側面からの地域特産物の開発が強調され るが,農民自身や集落は誇りや伝統と結びつけることも多いといえる。

6.市民・農民による種子の管理について日本でどのような議論が可能か

 本研究ノートのここまでの議論で示唆されるように,日本では,世界的な政治経済的枠組みの中で種 子を守ろうとする運動と同時に,まったくシステムを意識しない農家が多数存在することが一つの特徴 となっている。日本の種子を巡る農民の対応の変化については,守田志郎(1978:100-125)が,近代 育種によって農業は進歩したのではなく,国家統制による品種統一の中で農家と品種の関わりが消えて いったことを指摘し,品種づくり品種選びの自由を農民・集落が取り返すことによって,田畑でたくさ んの種や品種の作物を作ることが可能となり循環型農業となると述べている。品種育成や管理に対する 自律を農民が取り戻すというパラダイムの転換の必要性が1970年代にすでに認識されていた。このよう な「農民の権利」という国際的概念も用語も全く利用しない議論が日本において幅広く行われてきたこ とをどう理解し国際的な議論の中に位置づけていくかが研究者に問いかけられている。すでに,守田は

「育種ということばは,学問や理論のことばであって,それらが農家が作物を育てる役に立つ場合が少 なくないが,農家が扱う作物の特徴を作り上げていく作業は品種づくりと呼ぶのがふさわしい」とも主 張し,この課題への回答のヒントを提供していると考えられる。

 著者の一人シードセイバーの浜口にとって,これまでに参加した国際行事や他国のシードセイバーと の交流を通してある程度の予測はあったが,今回の締約国会議への参加を通して,日本には固有のたね の文化が育まれている可能性があることがより明らかになったと考える。また,日本の深層文化に根ざ すと思われる情緒,慣習,また構造などが要因となって,海外で成果があると報告される種子保存のた めの事業や運動が,必ずしもそのまま国内の自家採種実践者や種子保存集団に適応するとは言えないこ とを改めて認識した。国内の自家採種実践者の傾向としては,世界的な状況や課題を耳にすれば当然な がら関心を持ち,一定の理解や(静的な)共感,背景の共有化は起こる一方で,国際会議で議論されて いるようなたねの世界規模課題を自分の関係している農の営みと直接関係していると認識して動的な行 動を起こすための動機にまでは発展しない。

 締約国会議に参加した他の国の市民セクターが世界のあらゆる自家採種実践者や団体の声を代表して

(18)

いるということはできないが,日本には特有の背景があることが推量される。もしくは,日本において 特有の背景が育まれていると仮定した場合は,世界規模課題の解釈や現在の状況を転換するための対処 そのものが,今回のような締約国会議などに参集する市民セクターや農業団体,強い意見を拡散するア クティビストなどと異なっているとも考えられる。ただ,具体的にどのように異なっているかを現時点 で説明することは,国内のたねに関わるアクターの多様性が大きく,さらなる分析が必要であると考え られる。

 今回締約国会議に出席していた日本政府代表団の公式・非公式発言を聞く限り,彼らには国内にいる 自家採種実践者の存在は見えていない,あるいは存在していない(と言われる状況がある)ことを再確 認した。これは,2010年の生物多様性条約第10回締約国会議開催時の市民組織が環境省や農林水産省の 関係者と面談した際にも認められたことであったが,それから7年を経て,メディアによる種子(たね)

に関する情報の扱いが増え,品種に関する制度,地理的表示法が運用され始めたにもかかわらず,たね とり農家を中心としたたねにこだわる多様なアクターの存在や思いは,相変わらず立法府や行政府から は見えていない(と言わしめる)状況であることを再認識することができた。確証はないが,日本政府 の行政関係者の目には,日本の農業者は基本的に毎年種子を種苗会社から購入しており,条約の定義す る「農民の権利」特に「農民の特権」の考え方を適用するのは困難であるという認識がある可能性がある。

 今回,会議の中で,日本政府が強い態度で多国籍企業による知的財産権の強化・遺伝資源の囲い込み を擁護すると取られる発言をオーストラリア,アメリカやカナダ代表と連携しているかのように行い,

市民セクターの対抗勢力としての存在感を増したことによって,小規模農家や市民社会組織による日本 の立場への認知が少なからず高まる様子が散見された。

 だからこそ,日本の種子保存や市民組織の運動に関する情報を世界に発信することは意義があるので はないかと考える。さらに,日本における20年にわたる種子システム研究(西川)とシードセイバーと しての活動経験(浜口)を通して言えることは,日本の状況は固有性という側面以外に,ムーブメント のライフサイクルのステージのひとつである,ということである。今後は,「農民の権利」の議論を多 様な関係者の異なる見解を明示的に意識しながら,シードセイバーやシードバンクの歴史を調査し,さ らに時間的,空間的な要素を含めて考察を深め,現場レベルでのたねを継いでいく営みを,たねをめぐ る平和的な状態の創造を含めて考察することが重要であろう。

 そのためには,

 (1)短期的な経済効率や,国家や企業との相互補完としての農民の品種育成や種子生産の意義付けと いう思考の問題性

 

2

)農の営みの基本として人間と自然の相互関係に根ざした地域農民の組織・制度・知識の再評価

(19)

 (3)たねと日常生活を結びつける活動が,人間のライブリフッド(livelihoods:暮らし方)に不可欠 な要素(

asset

)であることの評価

 に正面から取り組む必要がある。

 農民による品種育成・種子生産を権利の問題と認識し,多国籍企業によるその侵害を食い止めること の重要性は否定しないが,そのような議論は国際会議等のアリーナで研究者や外交官がもっぱら行って おり,農民・市民はそのような議論が始まるはるか昔から農を継続する当たり前の営みとして品種育成・

種子生産を行っている事実の重さを厳粛に受け止める必要があることを繰り返し強調したい。政治経済 学の枠組み,食料生産と消費のフードシステムや技術的安全性の枠組みで議論する限り,農民や市民に よる品種育成・種子生産(たねとり)を本当の意味で捉えることは困難であろう。農家・農民・市民が 自らの評価基準に根ざして継続的に自分たちに必要な品種・種子を利用し,非使用価値を含めた財やサー ビスを取りだしている多様かつ多層性を持つシステムの研究が必要である。

(補足資料)

会議の最終日に,市民組織・農民組織の総合見解が報告されたので,その内容を以下に示す。

食料および農業のための植物遺伝資源に関する国際条約(ITPGR-FA)

第七回締約国会議 農民団体/市

民社会組織 共同最終声明文

2017

11

月3日午後6時

議長,ありがとうございます。

 私はグアテマラの小農民統一委員会(peasant unity committee)のMaria Josefaです。美しい都市 キガリでの

ITPGR-FA

第七回理事会(以下

GB 7

)に参加する,食べ物と農業の遺伝資源を保全し,精 力的に管理する農民団体と,24団体の市民社会組織を代表して話しています。私たちは主催国の皆様の おもてなしに感謝いたします。ここに参加する農民は,食料主権国際計画委員会(The International

Planning Committee for Food and Sovereignty)並びにヴィア・カンペシーナの助けによって,12カ

国,そして世界のすべての地域から来ました。

Thank You Chair

I am Maria Josefa, a peasant farmer, [and Vice-President] CUC, Guatemala speaking on behalf of

the organizations of farmers who conserve and dynamically manage PGRFA as well as about two

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