2011 年東日本大震災による津波が福島県の海浜植 物に与えた影響について (2013 年 植物地理・分類 学会 学会賞受賞記念論文)
著者 湯澤 陽一
著者別表示 Yuzawa Yoichi
雑誌名 植物地理・分類研究
巻 61
号 1
ページ 1‑14
発行年 2013‑12‑01
URL http://doi.org/10.24517/00053548
Creative Commons : 表示 ‑ 非営利 ‑ 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by‑nc‑nd/3.0/deed.ja
2013 年 植物地理・分類学会 学会賞受賞記念論文
湯澤陽一:2011 年東日本大震災による津波が福島県の海浜植物に与えた 影響について
〒970―1153 福島県いわき市好間町上好間字道成川原15―20 感謝の郷
はじめに
2011年3月11日の東日本大震災に伴う津波は,
南三陸市,釜石市,石巻市など,東北地方太平洋沿 岸の住宅地や田畑に甚大な被害をもたらした。この 津波は物質的および人的被害のみならず,海浜植物 にも大きな被害を与えた。福島県でも,相馬市松川 浦,相馬市磯部,南相馬市原町区,いわき市平豊間 などの海岸では,津波による海食崖の崩落や砂浜の 浸食などによって,絶滅危惧種を含む海岸植物は 少なからず被害を受けている(江田2011;根本他 2013)。
本稿では,福島県の太平洋沿岸地域において(現 在も放射線量が高く立ち入りが規制されている市町 村を除く),海岸樹林や砂丘植物群落の被害状況,
地盤沈下地帯における植生の変化,およびレッド データブック福島①(福島県生活環境部環境政策課
編 2002)で選定された絶滅危惧種の現在の生育量,
などについて調査した結果を報告する。
なお,松川浦中州の調査では,相馬市史編纂室と 相馬市松川浦漁協のお世話になった。また,海浜植 物群落の調査では福島県植物研究会浜支部会員の 方々の協力を得た。ご協力頂いた方々に深く感謝申 し上げる。
調査地と調査方法
海食崖の調査は,相馬市松川浦,いわき市久之浜 町金ケ沢,三崎公園,小浜町で,砂丘植物群落の調 査は,2011年以前に調査された地点(いわき市史
Yoichi Yuzawa: Assessment of damages on coastal and seashore plants in Fukushima Prefecture caused by Japan Tsunami following the Great East Japan Earthquake on 2011.
Kansha-no-sato, Doujougawara 15-20, Kamiyoshima, Yoshima-machi, Iwaki-shi, Fukushima Prefecture, Japan.
Abstract
Coastal and seashore plant communities in Fukushima Prefecture are assessed to know the damage caused by Japan Tsunami which followed the Great East Japan Earthquake on 2011. Most trees of Pinus thunber- gii, which constituted coastal forests, were swept away by the tsunami or perished after the tsunami. Annual plants on the coastal forest floor also disappeared after the tsunami and naturalized plants invaded the forest floor, instead. On the other hand, Machilus thunbergii, which is also a major component of coastal arboreal vegetation, could withstand the force of the tsunami and seems to be resistant to the subsequent salt damage.
Majority of the seashore plants were washed out by the tsunami, but some plants endured the tsunami dam- age. In general, annual or biennial plants with upright stem and fibrous roots were sensitive to the tsunami, while perennial plants with creeping rhizomes were resistant to the tsunami. Ground subsidence associated with the quake forms new fresh or salt marshes which are inhabited by Suaeda maritima, Atriplex patens, Limonium tetragonum, Monochoria korsakowii, Phragmites australis, etc. The tsunami forced most endangered coastal and seashore plants to decline and a few plants seem to have vanished from the Fukushima Prefec- ture, such as Psilotum nudum, Ophioglossum thermale var. thermale, Epipactis papillosa var. sayekiana.
Key words:Coastal and seashore plants, Fukushima Prefecture, Great East Japan Earthquake, Japan Tsunami
©The Society for the Study of Phytogeography and Taxonomy 2013
編纂委員会 1973;菅野他 2009)で行った。
砂丘植物群落については,防潮堤から高潮線ま で,1 m x 1 mの方形区を連続的に設定して帯状 調査を行った。地盤沈下の影響は,相馬市和田の水 田,相馬市松川浦の中洲,双葉郡楢葉町字前原の水 田,いわき市四倉町の海水浴場で調査した。絶滅危 惧種については,各調査地点で,種ごとの被害状況 と現在の生育量を調べた。生育量は,個体数を数え られる場合は個体数を,群生して個体数を数えるの が困難な場合は生育範囲の面積(幅×長さ)を記 録した。また,種組成の評価は,Braun-Blanquet
(1964)の方法に従った。
結果と考察 1. 森林群落への影響
(1)相馬市松川浦のクロマツ林の被害
第3回 自 然 環 境 保 全 基 礎 調 査 現 存 図( 環 境 庁 1988)によれば,大洲,中洲と鵜ノ尾岬の台地 にクロマツPinus thunbergii Parl. 林があった。
2011年の津波の後,大洲のクロマツ林は松川浦に 突き出ている部分を除き,すべて流され(図1A),
一部に残されたクロマツもすべて枯死した。中洲の クロマツ林も多くは流されたが,林の一部が枯死し た状態で残されている(図1B;ただし,2013年時 点で,中洲中央部に2本のクロマツの生存が確認さ れた)。鵜ノ尾岬先端部の台地のクロマツ林では多 数の個体が枯死した。
(2)いわき市新舞子浜のクロマツ林の被害
松川浦よりも南に位置する通称「新舞子浜」と 呼ばれる海岸に(いわき市四倉町から平沼ノ内に
至る約10 kmの範囲),植林されたクロマツ林があ
る。津波の破壊力は南にある地点ほど弱かったよ うで,ここのクロマツは流失を免れた。しかし,海
側から幅5―10 mにわたり,枯死した個体が帯状
に分布する。林床にあったハマエンドウ Lathyrus japonicus Willd.,ハ マ ニ ガ ナ Ixeris repens(L.)
A.Gray, ウ ン ラ ン Linaria japonica Miq., コ ウ ボウシバ Carex pumila Thunb. などの砂丘植物の 多くは流出し,砂丘植物で残っているのはハマニン ニク Leymus mollis(Trin. ex Spreng.)Pilg. とマ ルバアサガオ Ipomoea purpurea(L.)Roth だけで ある。一方,林床には,オオアレチノギク Conyza sumatrensis(Retz.)E.Walker, コ マ ツ ヨ イ グ サ Oenothera laciniata Hill,ナガバギシギシ Rumex crispus L., ア メ リ カ ヤ マ ゴ ボ ウ Phytolacca americana L., ネ ズ ミ ム ギ Lolium multiflorum
Lam. などの帰化植物が侵入している。
クロマツ林における林床植物の流出は夏井川河口 付近で特に著しい。調査区1~3ではすべての林床
植物が流出し,すべてのクロマツ個体が枯死した
(図1C)。夏井川周辺での枯死クロマツ林の組成を 表1に示す。
(3)タブノキ林への影響
タブノキMachilus thunbergii Siebold et Zucc.
林は相馬市磯部の寄木神社境内林,楢葉町山田浜,
広野町夕筋,いわき市夏井川河口,いわき市江名字 走出(同市指定天然記念物)などに残されている。
それらの多くは海岸台地上に成立するため津波の影 響は小さかったが,山田浜と夏井川河口のタブノキ 林は低地のため津波の影響を受けた。しかし,津波 で流出・消滅したタブノキ林はない。また,津波直 後のタブノキは一見すると枯れたようだったが,翌 年には枝の途中から新しい芽を出した(図1D)。災 害復旧計画の中に,新しい防潮堤と防潮緑地帯の設 置が盛り込まれているが,タブノキはクロマツより も津波被害からの回復力が強く,流出への耐性もあ るため,緑地帯に植林すべき有力な候補樹種であろ う。
2. 海食崖の被害状況
(1)相馬市松川浦鵜ノ尾のコハマギク
津波被害を受ける前,この場所はコハマギク Chrysanthemum yezoense Maek. の群生地として 知られていた。コハマギクは,約130 m x 35 mの 範囲に自生し,生育密度も高かった(図1E)。津波 により,東南斜面に生育していた植物の多くが流さ れ,自生地の広がりは120 m x 15 mにまで縮小し た(図1F)。
(2)いわき市久之浜町金ケ沢のハマナデシコ
『ふくしまの滅び行く植物たち』(いわき自然 塾 2006) に よ れ ば, ハ マ ナ デ シ コ Dianthus japonicus Thunb. は 相 馬 市 松 川 浦, 小 高 町( 現 南相馬市小高区),富岡町,広野町,いわき市に分 布する。また,同書には久之浜町金ケ沢の海食崖で 撮影されたハマナデシコの写真が掲載されている
(図2A)。そこには生育量の記載がないが,この写 真が撮影された当時,海食崖の下部に200~250株 ほどのハマナデシコが確認できた。
津波後,金ケ沢の海食崖は大きく崩れ,その下部 に生育していたハマナデシコは崖錐に埋もれてし まった(図2B)。しかし,最近,崩落した土砂の上 などに20~25株の生育が確認できた。また,津波 被害を免れた周辺の台地に,約150株の生育が確認 された。
(3)いわき市小浜町の海食崖のヒメオニヤブソテツ 津波前,小浜町の海食崖に2株のヒメオニヤブソ テ ツ Cyrtomium falcatum(L.f.)C. Presl subsp.
littorale S. Matsumoto nom. nud. が 確 認 さ れ て
いた(図2C)。しかし,津波により海食崖が大きく 崩れ,この場所からは消滅した(図2D)。福島県で 津波後に生育が確認できた産地は,根本他(2013) による平沼ノ内の海食崖1カ所だけである。
3. 砂丘植物群落への影響
津波以前の砂丘植物群落に関する記録として,湯 澤他(2009)による相馬市松川浦,相馬市古磯部,
南相馬市シーサイドパークの調査報告がある。ま
た,いわき市では,いわき市史編さん委員会(1973) によって平藤間の新舞子浜の砂丘植物群落が,菅野 他(2009)によって久之浜海岸,小浜海岸,須賀 海岸および勿来海岸の砂丘植物群落が,それぞれ報 告された。今回,これらの過去に調査が行われた地 点で再度調査を行うことで,津波被害の状況を評価 した。
(1)相馬市松川浦
湯 澤 他(2009) は, 中 洲 北 側 の 外 洋 側 に 位 置
図1.A. 相馬市松川浦大洲の津波で消滅したクロマツ林跡(2012年11月15日撮影)。B. 相馬市松川浦中洲の津波で被 害を受けたクロマツ林(2013年5月8日撮影)。C. いわき市夏井川河口の津波後に枯死したクロマツ林(2012年7月 24日撮影)。D. いわき市夏井川河口周辺における津波被害を受けたタブノキの回復状況(2012年7月24日撮影)。E.
松川浦鵜ノ尾岬における津波前のコハマギクの自生状況。自生地の広がりは約130 m x 35 m。松川浦ものがたり刊 行委員会(2001)より再掲。F. 津波後の松川浦鵜ノ尾岬の東南斜面。コハマギクの自生地は120 m x 15 mの範囲 に縮小した。
する大洲海岸において帯状調査を行った。その 当時,防潮堤から高潮線に向かい25 mの距離ま で砂丘植物群落があった(図3C)。そこでは,ハ マエンドウが優占し,ハマヒルガオがそれに次 ぎ,ハマニンニク,テリハノイバラ Rosa luciae Rochebr. et Franch. ex Crép., コ ウ ボ ウ シ バ,
シ ロ ヨ モ ギ Artemisia stelleriana Besser, コ ウ ボ ウ ム ギ Carex kobomugi Ohwi, ハ マ ボ ウ フ ウ Glehnia littoralis F.Schmidt ex Miq., ハ マ ニ ガ ナが混生した。砂の移動が少ない安定帯にはカモ ガヤ Dactylis glomerata L.,クロマツ,ハマハタ ザ オ Arabis stelleri DC. var. japonica(A.Gray)
F.Schmidt が生育し,砂の移動が激しい不安定
帯から半安定帯にかけてはハマニガナが見られ た(図3A)。調査区以外では,オニハマダイコン Cakile edentula(Bigelow)Hook., ハ チ ジ ョ ウ ナ Sonchus brachyotus DC.,コマツヨイグサなども 生育した。
この場所における津波被害は甚大で,ほとんどの 砂丘植物群落は消失してしまった(図3D)。しかし,
湯澤他(2009)の調査区の近傍に,砂丘植物群落 がわずかに残されていたので,帯状調査を行った。
その結果,ハマエンドウ,ハマニンニク,カモガ ヤ,テリハノイバラ,コウボウシバ,クロマツ,シ ロヨモギ,ハマハタザオ,ハマボウフウ,ハマニガ ナが消失し,ハマヒルガオとコウボウムギだけが残 されたことが分かった。また,新たにオニハマダイ コンとヨシ Phragmites australis(Cav.)Trin. ex
Steud. が出現した(図2B)。つまり生活型(浅野・
桑原 1990)でいえば,休眠型Th(夏型1年草)や
Th(w)(越年草・冬型1年草)などで,かつ地下
器官型がR3-R5(地下の連絡体が比較的発達しない もの)の種の多くが津波に弱かったと推定される。
一方,オニハマダイコンとヨシは津波後に砂浜に侵 入したのだろう。
(2)相馬市古磯部
この場所は相馬市磯部の茶屋ケ岬の南側に位置 し, 3―10 mm程度の砂礫からなる海岸である。ま た,この海岸では,防潮堤から高潮線までの距離が
約17 mと狭い。ここには津波前,優占するハマエ
ンドウとハマヒルガオの2種に,コウボウムギとハ マニンニクが混じるという単調な植物群落があっ た(図3E)。調査区以外では,ハマゼリ Cnidium japonicum Miq., ハ マ ツ メ ク サ Sagina maxima
調査区番号1) 1 2 3 4 5
標高(m) 2.5 2.5 3 3 3
高木層の樹高(m) - 8 8 8 8
高木層の植被率(%) 0 80 80 80 80
亜高木層の樹高(m) 5 - 5 - 5
亜高木層の植被率(%) 80 0 20 0 10
低木層の樹高(m) - - 3 3 3
低木層の植被率(%) 0 0 10 10 0
草本層の植被率(%) 0 0 10 60 90 常在度階級 被覆指数 植栽樹種
クロマツ T1 2)- ×5・5 3) ×5・5 ×5・5 ×5・5 VI 7,000
T2 ×5・5 - ×1・1 - - IV 1,850
海岸砂丘および草原の種
テリハノイバラ S - - - 1・1 2・2 IV 450
ハマニンニク H - - - 1・1 2・2 IV 450
シロザ H - - - 1・2 2・2 IV 450
マルバアカザ H - - - 1・2 2・2 IV 350
アオカモジグサ H - - - 2・2 + IV 350
ハルノノゲシ H - - - 2・3 - III 350
外来種
ニセアカシア T1 - - ×1・1 - ×1・1 IV 200
オオアレチノギク H - - - 1・2 5・5 IV 1,850
コマツヨイグサ H - - - - 3・4 III 750
ナガバギシギシ H - - - 1・1 1・1 IV 200
アメリカヤマゴボウ H - - - 1・1 + IV 102
ネズミムギ H - - - - 1・1 III 100
1)調査番号1,2は夏井川河口近く,3~5は防潮林の一部。
2)階層を示す。T1 高木層,T2 亜高木層,S 低木層,H 草本層。
3)被度・群度で示す。数値の前の×は枯死した集団を示す。
表1.いわき市夏井川河口付近の津波後に枯死したクロマツ林の組成表.
A.Gray,コウボウシバ,ハマボッス Lysimachia mauritiana Lam.,テリハノイバラ,オニノゲシ Sonchus asper(L.)Hillの生育が認められた。
津波後の調査では,すべての植物が消失していた
(図3F)。砂礫からなる海岸は植物を保持する力が 弱く,流出は生活型によらずすべての植物に起きた ようだ。
(3)南相馬市市原町区原町シーサイドパーク 南相馬市市原町区北泉にある原町シーサイドパー クは,海岸の娯楽利用のために整備された公園で ある。その北側には原町火力発電所の防波堤が沖 に向かって伸びているため,海岸への砂の堆積が著 しく,砂浜は防潮堤から高潮線まで約160 mの幅 がある。ここでは,清掃や除草などの人為的作用に
図2.A. 津波前のいわき市久之浜町金ケ沢の海食崖.いわき自然塾(2006)より再掲.B. 津波後(2012年11月10日)
のいわき市久之浜町金ケ沢の海食崖.C. いわき市小浜町の海食崖に生育していたヒメオニヤブソテツ(2009年撮影).
D. 津波後のいわき市小浜町の海食崖(2011年).
図3. A. 津波前の松川浦大洲海岸における帯状調査結果(湯澤他 2009).B. 津波後(2012年11月15日)の松川浦大洲 海岸における帯状調査結果.C. 津波前(2009年5月11日)の相馬市松川浦大洲の状況.D. 津波後(2012年11月15日)
の相馬市松川浦大洲の状況.E. 津波前の相馬市古磯部における砂礫植物群落の帯状調査結果(湯澤他 2009).F. 津 波後(2012年11月15日)の古磯部海岸の現状.
図4.A. 津波前の南相馬市市原町シーサイドパークにおける砂丘植物群落の帯状調査結果(湯澤他 2009)。B. 津波後
(2012年11月15日)の南相馬市市原町シーサイドパークにおける砂丘植物群落の帯状調査結果。C. 津波前のいわき 市新舞子浜における帯状調査結果(いわき市史編さん委員会 1973)。D. 津波後(2013年5月15日)のいわき市新舞 子浜における帯状調査結果。E. 津波後(2012年11月15日)の南相馬市市原町シーサイドパークの砂丘植物群落。F.
津波後(2013年5月15日)のいわき市新舞子浜における砂丘植物群落の回復状況。
よって植生が攪乱され,不安定帯,半安定帯,安定 帯の区分が不明瞭だったが,全体にコウボウムギが 優占し,ハマニンニク,コウボウシバ,メマツヨイ グサ Oenothera biennis L.,ハマヒルガオ,オニ ハマダイコンが混生した(図4A;湯澤他 2009)。
津波によって砂丘植物群は大きな被害を受け,津 波直後の砂浜には瓦礫が散乱していた。しかし,
2012年秋には瓦礫の多くが撤去され,砂浜の植生 も少し回復してきた(図4E)。例えば,ハマヒルガ オ,コウボウムギ,コウボウシバが復活し,オニ ハマダイコンも高潮線に近い所に確認できた(図 4B)。前3種は生活型(浅野・桑原 1990)で分類 すると,休眠型がH(半地中植物)やCh(地表植物)
型で,地下器官型は地下茎が地中を横走するR2型 になる。従って,この生活型を持つ植物は,津波で 流されにくいか,津波による攪乱からの回復が早い と推定される。オニハマダイコンは種子が軽く海流 散布するため,津波後に漂着したのだろう。
(4)いわき市平藤間新舞子浜
いわき市史編さん委員会(1973)によれば,こ の海岸の不安定帯には,ハマボウフウ,ハマニ ガナ,コウボウムギ,半安定帯にはハマヒルガ オ,ハマニガナ,ハマボウフウ,安定帯にはケカ モ ノ ハ シIschaemum anthephoroides(Steud.) Miq., ハ マ ゴ ウ Vitex rotundifolia L.f., ハ マ エ ンドウが生育していた。また,クロマツ林の林床 に は, マ ル バ ア カ ザ Chenopodium acuminatum Willd.,ハマアオスゲ Carex fibrillosa Franch. et Sav.,カワラナデシコ Dianthus superbus L. var.
longicalycinus(Maxim.)F.N.Williams が見られ,
蘚類のハイゴケも生育していた(図4C)。特筆す べきことに,ハマゴウを骨子とする舌状丘が砂浜 にあった。いわき市史編さん委員会(1973)の調 査区には出現しなかったが,砂丘の安定帯とクロ マツ林の堺にはハマハタザオが生育し(福島県生 活環境部環境政策課 2002),ハマアカザ Atriplex subcordata Kitag. が四倉海岸(新舞子浜の一部)
から報告されていた(福島植物誌編さん委員会 1987)。
新舞子浜では,渚に海水プールが建設され,防潮 堤も改修されていた。そのため,津波による砂の流 出が抑えられ,津波後も砂浜が残された。砂浜には,
ハマエンドウ,ハマヒルガオ,ハマニガナ,コウボ ウムギが復活し,オニシバ Zoysia macrostachya Franch. et Sav. が高潮線近くまで見られるように なった(図4D, F)。これらの種のように,多年草 で地下茎を地中に展開する種は,津波後早い回復 を見せた。しかし,1年草や越年草で根が浅く茎が 直立する種は津波に対する抵抗力が弱かったようで
(例,ハマアカザ,ハマハタザオ),未だに回復は見 られない。
(5)いわき市小浜海岸
津波前の小浜海岸では浜全体にハマヒルガオが 優占し,菅野他(2009)の帯状調査ではすべての 方形区において頻度2–5の割合でハマヒルガオ出現 が記録されている(図5A)。そのため,この場所は ハマヒルガオの名所として知られていた(図5D)。
また,堤防近くの比較的砂の移動が少ないところ には,オカヒジキ Salsola komarovii Iljin,コマ ツヨイグサ,ヒゲナガスズメノチャヒキ Bromus diandrus Roth が 見 ら れ, 全 般 的 に コ ウ ボ ウ シ バとハマニガナが混生していた(図5A;菅野他 2009)。
いわき市の他の海岸において砂が流出したのとは 逆に,小浜海岸では津波により砂の堆積が起き,砂
丘が10 mほど伸長した(図5E)。津波後,オカヒ
ジキ,コマツヨイグサ,コウボウシバ,ヒゲナガス ズメノチャヒキ,ハマニガナなどが消失し,菅野他
(2009)で記録された種の中ではハマヒルガオだけ が残った(図5B)。防潮堤近くにオニハマダイコン が見られたが,他の海岸と同様に,津波後に侵入し たものだろう。
(6)いわき市須賀海岸
津波前,いわき市錦町の鮫川河口の南側にある須 賀海岸には,防潮堤から高潮線までの幅が約45 m の砂浜があった。防潮堤近くの砂の移動が少ないと ころではハマエンドウが優占し,ハマヒルガオ,ハ マニンニク,ヒゲナガスズメノチャヒキ,コウボ ウムギが混生した。防潮堤より6―18 mまでの間を 占める半安定帯ではハマニガナが多く,コウボウム ギ,ハマボウフウ,オニハマダイコンが混生したが,
防潮堤より18―43 mの部分では砂丘植物の生育は 認められていなかった(図5C;菅野他 2009)。こ の海岸は遊泳禁止になっているものの,周辺住民が 海岸を行事等に頻繁に利用するため,人間活動の影 響を受けて植物が生育できなかったのかもしれな い。津波後,この海岸の砂のほとんどが流出し,砂 丘植物群落も消滅した(図6A)。
4. 地盤沈下地帯の植生
国土地理院「平成23年東北地方太平洋沖地震に 伴う地盤沈下調査結果について」(http://www.gsi.
go.jp/sokuchikijun/sokuchikijun40003.html)によ れば,相馬市で23―29cm,東京電力福島第一・第 二原発周辺地域で50―65 cmの地盤沈下が測定され ている。また,いわき市上荒川や双葉郡楢葉町字前 原においても,道路のマンホールが25―30cmほど 路面から飛び出していた。従って,福島県浜通り地
図5. A. 津波前のいわき市小浜海岸における帯状調査結果(菅野他 2009)。B. 津波後(2013年5月19日)のいわき市 小浜海岸における帯状調査結果。C. いわき市須賀海岸における帯状調査結果(菅野他 2009)。D. 津波前のいわき市 小浜海岸の砂丘植物群落(菅野他 2009)。E. 津波後(2013年5月19日)のいわき市小浜海岸の砂丘植物群落。
調査区番号 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
標高(m) 0.1 0.2 0.2 0.2 0.2 0.2 0.2 0.2 0.1 0.1 草本層植被率(%) 50 70 50 30 30 50 40 30 60 60 草本層の草丈(cm)50 30 50 50 50 30 30 50 30 50 草本層の種
ハママツナ 2・1 4・3 3・2 - - 2・1 2・1 - 2・2 1・1 ハマサジ 1・1 - 1・1 1・1 1・1 2・2 - 1・1 - - ヨシ 2・2 - 1・1 2・2 1・1 - + 1・1 - 2・2 シバナ 2・2 - - - - - - - 2・2 2・2
*各種の生育状況を「被度・群度」で表す。-は不在,+は若干の生育を示す。
表2.相馬市松川浦中洲の地盤沈下地帯におけるハママツナ―ハマサジ群落の組成(2013年5月8日調査).
方では概して23―65cmの地盤沈下が起きたと思わ れる。
(1)松川浦中洲
相馬市松川浦におけるクロマツ林や砂丘植物群 落の被害については既に述べたが,松川浦中洲で は同時に地盤沈下が起こり(図6B),海側に塩性 湿地ができた。そこでは,かつて生育していた砂 丘植物は姿を消し,ハママツナ Suaeda maritima
(L.)Dumort., ハ マ サ ジ Limonium tetragonum
(Thunb.)A.A.Bullock,シバナ Triglochin asiatica
(Kitag.)A. et D.Löveなどから成る塩性湿地の植物 群落ができつつある(表2)。
(2)相馬市和田字前和田の水田
原口・岩松(2011)によれば,津波は海岸から 約4 km内陸の相馬市南飯淵周辺まで遡上し,多く の水田が海水で冠水した。内陸に浸水した海水は松 川浦に向かってすぐに引いて行ったが,相馬市和田 字前和田にある水田の一部には引き続き海水が残 り,塩水プールができた。これは,これらの水田が 2本の道路と堤防で囲まれた三角形の窪地にあった ためだろう。
結果として,これらの水田には塩性湿地に見ら れる植物群落が現れた(図6C)。そこではハママ ツナが優占し,ホソバハマアカザ Atriplex patens
(Litv.)Iljin や タ チ ド ジ ョ ウ ツ ナ ギ Puccinellia nipponica Ohwi が混生する。また,付近の畦には
マルバアカザやシバナの生育も確認できた(表3)。
(3)双葉郡楢葉町前原字宿田の水田
この地域では地盤沈下により水田の排水が悪く なり,水田の多くがしばらく冠水したままになっ た。それらの水田では,ミズアオイ Monochoria korsakowii Regel et Maackの群落が出現した(根 本他 2013)。津波により土壌が攪乱された結果,
埋土種子が一斉に発芽したものと思われる。しか し,現地はすぐに瓦礫等の中間貯蔵場所となり,盛 土され,コンクリートで覆われてしまった。
(4)いわき市四倉町海水浴場
津波後,砂浜が20―30 cmほど地盤沈下し,淡水 の浅い池ができた。池の中には,ヨシやコウボウシ バを主とした群落が出現した(表4,図6D)。この 池は晴天が続くと干上がり,雨が振るとまた池にな る。そのためヨシだけでなくコウボウシバも生育で きるのだと思われる。
5. 絶滅危惧植物への影響
『レッドデータブックふくしま① 福島県の絶滅 のおそれのある野生生物』(福島県生活環境部環境 政策課 2002)に掲載されている絶滅危惧植物のう ち,津波の被害を受けた植物を以下に列記する。
(1)津波により絶滅したと思われる絶滅危惧種
①ハマハナヤスリ Ophioglossum thermale Kom.
var. thermale (希少)(図6E) 本種はこれまで相
調査区番号 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
標高(m) 2.2 2.2 2.2 2.2 2.2 2.2 2.2 2.2 2.2 2.2 草本層植被率(%) 90 90 90 90 90 80 80 90 90 90 草本層の草丈(cm) 30 30 35 30 35 35 35 30 35 35 草本層の種
ハママツナ 5・5 5・5 5・5 5・5 5・5 4・4 4・4 5・5 5・5 5・5 ホソバハマアカザ - + 2・3 + 3・3 2・3 - 1・2 1・1 1・1 ヨシ - - - 2・3 - 1・1 1・1 1・1 1・1 -
タチドジョウツナギ 1・1 - - - - - - - - -
*各種の生育状況を「被度・群度」で表す。-は不在,+は若干の生育を示す。
表3.相馬市和田字前和田の水田におけるハママツナ―ホソバハマアカザ群落の組成(2012年11月15日調査).
表4.いわき市四倉海水浴場のヨシ―コウボウシバ群落の組成(2013年5月4日調査).
調査区番号 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
標高(m) 0.5 0.5 0.5 0.5 0.5 0.5 0.5 0.5 0.5 0.5 草本層植被率(%) 90 90 80 80 90 90 90 90 90 90 草本層の草丈(cm) 300 300 300 300 300 300 300 300 300 300 草本層の種
ヨシ 5・5 5・5 5・5 5・5 5・5 5・5 4・5 4・5 5・5 5・5
エゾノギシギシ - - - - - - - 1・1 - -
ギョウギシバ - - - - - - - - - 1・1
*各種の生育状況を「被度・群度」で表す。-は不在,+は若干の生育を示す。
馬郡新地町今神浜(湯澤他 1981),西白河郡西郷 村(倉田・中池 1990),相馬市松川浦大洲(福島 県生活環境部環境政策課 2002)から報告されてい るが,津波前に生育が確認できた産地は相馬市松川 浦大洲の草地だけであった。2006年時点において,
大洲の生育密度の高い場所では,ブラウン・ブラン ケの被度階級にして4ほどの被度が観察された。津 波により,大洲の生育地は完全に破壊されたため,
本種は福島県から絶滅したと思われる。
②マツバラン Psilotum nudum (L.) P.Beauv. (絶 滅危惧 I 類)(図6F) 堀(1992)により,いわき 市平高久の新舞子浜にあるクロマツ林の林床から,
福島県新産種として14株の自生が記録された。し かし,環境変化か園芸目的の採取が原因で,その後 個体数を減らしていた。津波後の2012,2013年に それぞれ調査を行ったが,生育を確認することがで きなかったので,絶滅したと思われる。
③ ハ マ カ キ ラ ン Epipactis papillosa Franch. et Sav. var. sayekiana (Makino) T.Koyama et Asai
(絶滅危惧 II 類)(図6G) 本種はいわき市新舞子
(福島県植物誌編さん委員会 1987;いわき自然塾 2006),双葉郡浪江町,相馬市松川浦(福島県生活 環境部 2002, 2005)から報告されている。津波後,
新舞子のクロマツ林の林床を3年間調査したが,未 だ生育を確認できていない。また,大きな津波被害 を受けた松川浦からも絶滅したと思われる。なお,
浪江町の産地は,放射線量が高く立ち入れないた め,現状を確認できていない。
(2)津波による絶滅を免れた絶滅危惧種とその現状
①ハマゴウ(絶滅危惧 I 類) 本種はかつて,相馬郡 新地町,いわき市新舞子・久之浜町・勿来町から報 告された(福島県植物誌編さん委員会 1987)。特 に新舞子浜には本種を骨子とした舌状丘が知られる など,複数の生育地が点在していた(いわき市史編 さん委員会 1973)。しかし新舞子以外の産地から,
津波前に本種は絶滅していた。津波後,新舞子浜 で5ヶ所の群落が残存したことが報告されたが(湯
澤他 2013),他にも多数あった生育地は消滅した
ようだ。現在,新舞子浜では災害復旧工事として防 風柵と防潮堤の建設が進められているが,工事にあ たっては,ハマゴウの保護への配慮が求められる。
②ハマナス Rosa rugosa Thunb. (絶滅危惧 II 類)
20世紀初頭,福島県浜通り地方の海岸には本種の 生育地が数多く見られたが(小此木他 1920),海 岸開発や園芸目的の採取の影響が重なり,自生地は 急減してきた。その後,福島県植物誌編さん委員会
(1987)は相馬市松川浦,いわき市久之浜町・新舞 子から本種を報告した。もっとも最近では,いわき 自然塾(2006)によって,相馬市松川浦大洲,鹿
島町(現 南相馬市鹿島区),原町市(現 南相馬 市原町区),双葉郡楢葉町,いわき市久之浜町・小 名浜神白・植田町から本種が報告された(ただし,
久之浜町の産地では津波前に本種が絶滅した)。津 波後の調査では,松川浦,鹿島町,原町市,楢葉町 の産地が消失したことが明らかとなった。一方,小 名浜神白では8 m x 10 mの範囲に,新舞子浜の四 倉海岸では8 m x 15 mの範囲に,同じく新舞子浜 の夏井川河口では10 m x 18 mの範囲に,本種の 生育が確認された。なお,いわき市平豊間や平薄磯 など各地の被災住宅跡地にもハマナスが見られる が,これらは植栽された可能性がある。
③ハマアカザ(準絶滅危惧) 津波前,福島県植物 誌編さん委員会(1987)によっていわき市四倉町 から本種が報告されたが,この産地は津波で消失し た。津波後,江田(2011)は相馬市松川浦のクロ マツ林跡地で本種の生育を確認した。著者は今回の 津波後の調査で,いわき市久之浜町金ケ沢の殿上岬 北側の砂浜に10―15株の生育を確認した。
④ハマハタザオ(準絶滅危惧種) 本種の生育地と して,福島県植物誌編さん委員会(1987)は相馬 郡新地町,相馬市松川浦,いわき市新舞子・藤間・
塩屋崎を記録した。また,福島県生活環境部自然 保護グループ(2005)は,相馬市松川浦の草地で 本種数株の生育を確認した。津波後,著者らは松 川浦大洲のコンクリート岸壁の隙間に2株,根本他
(2013)はいわき市久之浜町末続海岸で1株の生育 を確認した。
⑤ エ ゾ ノ レ ン リ ソ ウ Lathyrus palustris L. var.
pilosus (Cham.) Ledeb. (準絶滅危惧) 津波前,
本種は相馬市松川浦中洲,いわき市新舞子・平・小 名浜の4ヶ所で確認されていた(湯澤他 未発表)。
津波後の調査では,いわき市平藤間の新舞子浜にあ るクロマツ林の林床に80―100株,小名浜三崎に10
m x 10 mの範囲で生育することが確認された。ま
た,根本他(2013)は夏井川河口のヨシ原から3株 の生育を報告した。しかし,松川浦中洲では津波後 に本種の生育を確認できなかった。
⑥ エ ゾ オ オ バ コ Plantago camtschatica Cham.
ex Link (準絶滅危惧) 福島県生活環境部政策課
(2002)は,相馬郡新地町,相馬市松川浦,鹿島 町,原町市で本種の生育を確認している。原町市史 編纂委員会は原町市雫(現 南相馬市原町区雫)か ら,鹿島町史編纂委員会(2001)は鹿島町南海老
(現 南相馬市鹿島区南海老)から本種を報告して いる。津波後に行った今回の調査では,既知の産地 において本種の生育を確認できなかった。一方,い わき市久之浜町関ノ上で4株,久之浜町末続海岸で 5株,久之浜町江之網で21株,平合磯で1株の生育
が確認された。
⑦ハマナデシコ(準絶滅危惧) 本種の生育地と して,福島県植物誌編さん委員会(1987)は相馬 市松川浦,双葉郡富岡町を記録し,いわき自然塾
(2006)はこれらに,相馬郡小高町,双葉郡広野
町,いわき市を追加した。このうち,相馬市松川浦 といわき市久之浜町金ケ沢には本種の大きな群落が あり,福島県生活環境部自然保護グループ(2005) は前者の湖岸2ヶ所に多数の株を確認したと記して いる。津波後の調査では,松川浦中洲に1株,久之
図6.A. 図21.津波後(2012年11月15日)のいわき市須賀海岸の“砂丘植物群落”。B. 相馬市松川浦中洲の地盤沈下 地帯(2013年5月8日撮影)。C. 相馬市和田字前和田の水田におけるハママツナ―ホソバハマアカザ群落(2012年10 月12日伊賀和子氏撮影)。D. いわき市四倉海水浴場のヨシ―コウボウシバ群落(2013年5月4日撮影)。E. ハマハ ナヤスリ(相馬市松川浦,2006年撮影)。F. マツバラン(いわき市新舞子浜,堀富雄氏 1992年撮影)。G. ハマカ キラン(いわき市新舞子浜;いわき自然塾 2006)。