• 検索結果がありません。

瀬戸大橋と明石大橋についての事例研究

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "瀬戸大橋と明石大橋についての事例研究"

Copied!
26
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

ノll 人 :ネ}ζこ礼 日ネlllり[究Jyiイ1報   算膓2 り  2000: ll7∨lgl2

[本四架橋」の地域経済に及ぼす影響に

関する実証的研究(1)*

瀬戸大橋と明石大橋についての事例研究

卜H   l|   [E   L」t**

1 はじめに一課題と視点

 高度経済成長期以降,わが国は列島全域を高速交通網で結び,地域間の有機的連関を強化す る政策を選択し,大規模生産拠点の造成・整備につとめる一方,高速交通網の整備に総力を傾 けてきた LI本列島をユつの巨人都rliとして位置づけ,全国に散在する産業資源や社会資源を 高度経済成長の実現に動員するため,大規模生産拠点を全国各地で開発・整備し,そのうえ で,点在する大規模な生産・経済機能を効率的に結合・調整しようとする論理が,この背景に ある 列島内のL地・労働力・用水など産業資源を有機的・効率的に動員しつつ高度経済成長 を実現するには,新産都市や工業整備牛9別地域に指定した地方の拠点都巾,全国総合開発計 画 や 新全国総合開発計画 が拠点開発やL{大開発の対象地域にf・9Eした地方の人規模生産 拠点と,大都巾圏の中枢管理機能(本社・本店)を高速交通丁段で結びつけようとする資本の 論理か,この時期の高速交通政策には見え隠れしている

 そのじつ 全国総合開発計画 (以ド,一全総Dは新産都市や工業整備特別地域などで 拠 点開発一を計画・展開する一方,地方の産業都市など生産拠点と人都riiueσ)あいだ,地方の牛 産拠点間の有機的連関を図るため,高速交通網を整備する必要があるとする見地を示し,全国

を高速交通網で結ぶ計画を策定し,これらの事業に公共的資金を投資し,国家プロンェクト・

公共事業として着]二してきた 高速交通機関の象徴的存在である新幹線は 一全総、のもとで 東海道新幹線としてまず着[1し完成し,岡山,広島へと延伸し,山陽新幹線として福岡・博多

まで延伸している 新幹線計画は[新全国総合開発計画 (以卜,新全総)以降に継承され,

東北新幹線やL越新幹線を完成し,第4次全国総合開発計画 のもとで長野新幹線を完成し,

長野オリンピックを目前に開業にこぎ着けている.高速交通機関の基軸の1つとして,高度経

*An Analysis of the Regional Economies Effects of the Seto Ohashi Bridge and the Akashi Ohashi  Bridge.

**Masami TAGUCHI

キーワード:本四架橋,国家プロジェクト,社会経済的効果,大規模開発訓画,高速交通網       117

(2)

立正大学社会福祉研究所年報 第2号(2000)

済成長期以降わが国の物流と人流を担ってきた高速道路は,1956年の「日本道路公団法」や

「道路整備特別措置法」の制定,1957年の「国土開発縦貫自動車道建設法」や「高速自動車国 道法1の制定,1960年の「東海道幹線自動車国道建設法.1,1963年の「関越自動車道建設法L 1964年の「東海北陸自動車道建設法」,1965年の「九州横断自動車道建設法」や「中国横断自動 車道建設法」などの制定を背景に最優先的政策課題として急ピッチで建設・強行されてきた。

1963年の名神高速道の栗東〜尼崎間の開通を皮切りに,1965年の名神高速道全線開通,1969年 の東名高速道全線開通,1983年の中国自動車道全線開通,1985年の関越自動車道全線開通など を経て,現在,高速道路網は全国各地に延伸,計画中である。この間に空港建設も全国各地で 計画され,急ピヅチで建設・開港にこぎ着け,現在,各県1空港(関東を除く)のペースで計 画・建設され,すでに空路は過密を呈している。自衛隊(丘珠空港・小松空港・徳島空港)や 米軍(三沢空港)との共用空港を含めると,1995年12月現在,空港は第一種空港(国際空港)

の4施設(東京国際空港,新東京国際空港,大阪国際空港,関西国際空港)以外は地方空港で ある。第二種空港の27施設(北海道6,東北3,中部2,近畿1,中国3,四国3,九州8,

沖縄1),第三種空港の27施設(北海道6,東北4,関東5,中部5,近畿1,中国4,九州 2)を含め,58空港が完成・使用中である。大館能代空港(秋田県)などのその後の開業が示 すように,空港建設は現在も空白県を中心に計画・建設中である。現時点,神戸空港,中部空 港,びわこ空港,静岡空港などを公共事業として建設する計画が急浮上,かつ現実化してい

る(注D。このほか全国各地に農用空港がある。

 高速交通網の整備は新幹線,高速道路,空港の延伸や新設・拡充にとどまらない。この間,

わが国は本州・四国間を鉄道や高速道路で結ぶ架橋(本四架橋)計画を策定・決定してきた。

その一方,東京湾の対岸(神奈川県と千葉県)を高速道で結ぶ架橋計画(東京湾横断道)など も策定・決定し,これら大型架橋計画に相つぎ着工し,すでに開通にこぎ着けている(注2)。国 家プロジェクトとして「本四架橋」3本(瀬戸大橋,明石大橋,西瀬戸大橋)を建設すること を決定したのは1969年,「新全総」においてである。同じく「東京湾横断道」の建設計画が国家 プロジェクトとして具体的に浮上したのは1961年,建設省が構想を発表してからである。構想 が浮上し,計画が具体化して以来,「本四架橋」計画や「東京湾横断道」計画について架橋に伴

う社会経済的効果を強調する調査報告書が関係機関や団体によりくり返し提出され,事業計画 を合理化するキャンペンがはられてきた。そしていずれも計画が具体化してから30年,世紀末 を目前に「本四架橋」と「東京湾横断道」は相つぎ完成・開通した。1988年には瀬戸大橋(岡 山県児島町〜香川県坂出市)がまず開通し,10年後の1998年には明石大橋(兵庫県明石市〜徳 島県鳴門市)が開通し,1年後の1999年には西瀬戸大橋(広島県尾道市〜愛媛県今治市)が開 通にこぎ着けている。一方,「本四架橋」と同じく20世紀最後の大規模国家プロジェクトとして 計画され,着工した「東京湾横断道」(神奈川県川崎市〜千葉県木更津市)も1997年末には完成

開通している。巨大架橋を相つぎ完成させた建設省などは省益の確保策としてさらに大規模 な架橋計画を構想している。「第5次全国総合開発計画」や「道路整備5力年計画」,「海峡横断        一118 一

(3)

本四架橋 の地域経済に及ほす影響に関する実、i]e的仙究」 、川ll

道路フP!シ」、クト技術,VJd査委員会 、建設省\などを通{ て,現在,建設省なと:、川1軽海峡,1・

北Y島側13キ「・,津軽 r島側19キ・ゴ,東Jk E日,15 :1 Ll,伊勢湾川 20−!T!  ,紀淡励峡 qlキロ,徳島県・兵庫県べ不11歌山県),巴予海峡d4キP,愛媛県N人分県), lll崎瀬戸、5 キロ,長崎県べ熊本り,∪,長島海峡:2キロ,熊本県〜鹿児島県 などにさらに人規模な架橋を 建設する川画を練・)ているi  /i

 そ1/ではこのlkb期,何が 本四架橋 や 東京湾横断道 のllh川1・建設を促[たのか 何か 省庁に来るべき21世紀の国家プvジェクトとして 6海峡道路 建設。1 lihlを構想させたのか 人規模生産拠点の開発・整備,これに並行して高速交通網整備の必要性を,」ばた  ・全総 以 来の,とくに 新全総 以来の数次にわたる 全国総合開発phlir1や,高度経済成長101以1降,

都道府県や市町村か 長期構想・計画 や 基本構想・訓画 なとを通じこ小した最人の論川

視点は,人規模生産拠点や巨人架橋の建設などの人規模開発には,膨人な経済効果や財政効 果か期待てきるとする論理・視点である 架橋には地域経済の活性化が期約できる1,活帽ヒ

した地域経済や架橋を契機に進出する企業なとから,都道府県や巾田」相L法人ll民税や償却資 産税など税収が期待できる,とする経済効果・財政効果1倫である 開発には経済効果や財政効 果が期待できるとする,いわゆる 経済効果の視点 や 財政効果の視点 は高度経済成長期 以降,わか国が国家プロジェクトとして。1画・展開してきた 新此都巾構想 や 1:業整併{1特 別地域構想,拠点開発構想 や 人規模プロジェクト構想 に貫通する開発の論HR・視点で あった 新幹線,高速道路,空港などの国家プロジェクトはこうした論理・視点のもとに構想

・計画され,着1:されてきた

 問題は経済効果や財政効果が期待できるとして構想□ih由|・着[し,完成・開通にこぎ着け た 本四架橋 や 東京湾横断道 が,期待通りの経済効果や財政効果を地域経済や自治体に

もたらしてきたかである ここでは1:に 本四架橋 を事例に,架橋建設「開発)の論翼1い期 待と,開通後に地域〔住民)が直向した現実・実態について調査し,よって川画じ体ぺ)串業1 体なとが期待した経済効果や財政効果と,開発後の現実とのかい離について検証する

2,大規模開発の社会経済的影響一大規模生産拠点の開発と高速道路網の整備について  わか国は戦後,製造業のいくつかの業種を経済の高度成長実現のための戦略業稀に指定L,

国家財政や都道府県なとの一一般財源を戦略業種部門の基盤強化に屯点的に充 1牡てきた そ0)

一一環として,わが国は戦略業種など素材供給型・「百厚長人卑」亟化学L業の人規模川産拠,1∴句ピ全 国各地で新たに開発するため,都道府県や1}∫町村と連携し,人規模開発を国家フllン・クトと

して構想・計画してきた 人規模生産拠点をつくる訓画もその1つてある 人都市圏を除く地 力に人規模生産拠点を新規に造成・整備するため,国は法律を制定し,。i画を策定してきた

1961年に 低開発地域Il業開発促進法,1962年に 新産業都ll∫建設促進法,1964年に L業 整備特別地域整備促進法 を制定する一一方,1962年には 全国総台開デ蚤d画,1969年には 穎〒

全国総合開発。1幽,1977年には 第1次全国総合りll発1;h由1似卜, 1全総、を策定Lてい       119

(4)

立正大学社会福祉研究所年報 第2号(2000)

る。

 国はこれらの法律や計画を制定・策定するのに先立って,周到に調査し,省庁間などの調整 を行っている。経済審議庁計画部は1954年に「総合開発構想」,建設省は1956年に「産業都市圏 法案」や「一全総]を周到に用意している。国土総合開発審議会は1957年に全国開発部会を設 置し,建設省や通産省や運輸省は1958年には臨海工業地帯開発公団の設置を検討している。

1959年には「一全総」の策定を視野に「全国総合開発計画一中間報告」を発表している(非公 表)。さらに1960年には自治省が「地方開発基幹都市構想」,建設省が「広域都市建設構想」,通 産省が[工業地帯開発構想」を発表し,[新産業都市建設促進法」と一工業整備特別地域整備促 進法」の制定および「一全総」の策定に備えている。わが国が1950年代末に大規模生産拠点の 開発に本格的に動き出す背景には,戦略業種などの生産規模を政策的に拡大し,輸出を増大 し,高度経済成長に大きく舵を切ろうとする戦略的意図があった。この選択を象徴的に示すの が1957年の[新長期経済計画」の決定と,1960年の「国民所得倍増計画」(以下,:所得倍増計 画」)の策定である。

 「新長期経済計画」(1958〜1962年)は「経済自立5か年計画」(1956〜1960年)につぐ,わ が国の2つめの経済計画である。この計画で,わが国は輸出の拡大,資本蓄積の増大,基礎部 門の拡充,産業構造の高度化C脱第1次産業化1「工業化」),農業の近代化を通じて高度経済 成長を実現する,いわゆる高度経済成長政策を選択している。この計画を実現するには産業構 造を第1次産業中心から第2次産業中心に,重化学工業中心の産業構造に大胆に転換する必要 がある。このためには戦略業種など重化学工業の生産規模の拡大に必要な大規模生産拠点を国 家プロジェクトとして造成・確保することが不可欠である。それでは大規模生産拠点をどこに どう造成するのか。[新長期経済計画」は公的資金を充当し(「公共投資」),「公共事業」として 大規模生産拠点を造成する戦略を示唆している。こうした政策意図や視点を大胆かつ直裁的に 示したのが高度経済成長政策のバイブルと評価される「所得倍増計画」である。その内容は

「新長期経済計画1以上に,高度経済成長実現のため大規模生産拠点を主に地方で開発する開 発重視の経済計画で彩られている。わが国が1960年代早々に 新産業都市建設促進法」と「工 業整備特別地域整備促進法1を制定し,並行して「一全総」や「新全総」を策定したのも,「新 長期経済計画」や「所得倍増計画」が定めた新規の大規模生産拠点を開発するためであり,重 化学工業の生産規模を計画的かつ迅速に拡大するためであった。

 「新産業都市建設促進法」では北海道の道央地区,東北の八戸地区,仙台湾地区,常磐郡山 地区,秋田湾地区,中部の新潟地区,富山高岡地区,松本諏訪地区,中国の岡山県南地区,中 海地区,四国の徳島地区,東予地区,九州の大分地区,日向延岡地区,不知火有明大牟田地区 を新産都市に指定し,これらの地区・都市に重化学工業などが必要としている大規模生産拠点 を造成・整備しようとした。「工業整備特別地域整備促進法」では鹿島地区(現在の茨城県鹿嶋 市),東駿河地区,東三河地区,岡山東南地区,備後地区,周南地区を工業整備特別地域に指定 し,同じく重化学工業を中心とする大規模生産拠点を造成・整備しようとした。大都市圏や既        一120一

(5)

「本四架橋」の地域経済に及ぼす影響に関する実証的研究(1)(田口)

成工業地帯で拡張困難な工場や事業所を地方に移す意味でも,地方で大規模生産拠点を造成・

整備する必要がある,戦略業種など重化学工業の生産規模を拡大し,競争力を強化するために も,「規模の経済」が追求可能な大規模生産拠点を確保する必要がある,とする政治的な判断 が,当時の政府や産業界にはあった。「一全総」(1960〜1970年)は新産都市や工業整備特別整 備地域に指定された21地区・都市など地方都市に大規模生産拠点をつくる計画を立て,これを 国家プロジェクトとして追認し建設しようとした。一方,「新全総」(1965〜1985年)では「拠 点開発」の計画・期待と現実・実態のかい離や,開発を通じて表面化した構造的な諸矛盾をカ モフラージュする必要性と,産業界などから「拠点開発」を上回る大規模生産拠点の造成・整 備を求める要請が出ていることなどを理由に,北海道については「将来のわが国工業の大規模 化に伴う巨大工業の立地の必要性にこたえるため,広大な未利用地または低位利用地を有する 太平洋岸の適地に,基礎資源型工業の大規模コンビナートを中軸とする巨大工業地帯の建設を 図る」拠点として「苫小牧東部地域」,東北地方については「小川原工業港の建設等の総合的な 産業基盤の整備により,陸奥湾,小川原湖周辺ならびに八戸,久慈一帯に巨大臨海コンビナー トの形成を図る」拠点として「むつ小川原地域」,「日本海沿岸に天然ガス供給基地を建設し,

これと東北の主要工業拠点を結ぶパイプラインを建設するとともに,日本海大陸棚における地 下資源開発を含む大規模海洋開発を図る」拠点として「秋田湾地域」,九州地方については「西 瀬戸内広域経済圏の一環として,福岡,大分の瀬戸内臨海地域の開発を進め,周防灘周辺地域 に基礎資源型工業を中核とする大規模な工業基地の建設」を期待して「周防灘地域」,「志布志 湾地区を外洋性工業基地として形成し,基礎資源型工業の導入を図る」拠点として「志布志湾 地域」を,それぞれ大都市圏から遠隔の地に大規模重化学コンビナートを建設する予定地に定 め,これを「公共・民間の混合方式」による国家プロジェクト(「大規模プロジェクト構想」)

として開発しようとした(注4)。

 新産都市や工業整備特別整備地域,「拠点開発」や「大規模プロジェクト構想」を通じて大規 模生産拠点を主に地方・遠隔地で開発しようとした「新産業都市建設促進法」や「一全総」以 来の「全国総合開発計画」の開発計画には,分析・検証が必要な2つの課題がある。

 1つは,大規模生産拠点の開発など高度経済成長期に計画・実施された,いわゆる大規模開 発が自治体行財政や地域経済などにどのような影響を及ぼしてきたか,計画・期待と開発後の 現実・実態のかい離についての分析・検証の必要性である。新産都市などに地方の都市が名乗 りをあげ,すさまじい指定競争を展開したあげく指定の栄誉にあずかり,あるいは国家プロ ジェクトに組み込まれ,これを地方都市が「基本構想・計画」や「総合計画」「事業計画」など で追認・オーソライズし,地方税など一般財源を重点的に投資し,「公共事業1として大規模生 産拠点の開発に狂奔した結果,自治体行財政や地域経済がどのような影響を具体的にこうむっ たのか。地域社会や自治体がどういう問題状況に直面することになったか,「拠点開発」や「大 規模プロジェクト構想」に取り込まれた苫小牧東部,むつ小川原,秋田湾,周防灘,志布志湾 などはどのような社会経済的影響や環境影響をこうむったのか,大盤振舞の公共投資のあと,

       −121 一

(6)

11/li 人1/イl ki]II}《ll fV[イヒ}リiイ{ 報  Z膓2 :」 〆2000.

とのような開発後遺lliに日悩L、つつ現在にいたったか,総介的な分析・検証か必要である  2つは, 才総 や 新全総 なと 全国総で㌃開発ni画 は人都市圏以外の地方や遠隔地に

uit業界なとソ)要pl▲汁二応えるぺく国策として人規模生産拠点を造成・整備する人規模開発計画を 軸に策定さノド⊂いる そしてこの間,国は都道府県や市川」村の協力を得つつ全国各地で人規模 ノぽ拠点をつくってきた その一方,全国総合開発計lllllは地力や遠隔地につくる生産拠点

・人Ki:ilfy.gに本社をおく企業の出先の ll業所)を人都市圏の中枢管理機能(本社・本店)と有 機的・効率的に結びつけるためや,生ル拠点間の人流や物流の円滑化を図る必要などを理由に 高速交通網を整備する。h由|を01小している つまり,高速交通網の整備を前提にした地方や遠 隔地ての人規模牛痒拠点づくりである その意味でも 全国総合開発計画 は.二重の人規模開 発t{1画からなっている 新産業都市建設促進法 や 1:業整備特別整備地域促進法,全国総 合聞発ld画 は人規↓莫4産拠点を造成・整備する法律・計画にとどまらず,高速交通ネット ワー一クを整備するための戦略的な人規模開発計1由iでもあった そして実際,建設省や運輸省

1あるいは農水省)はこ]ル・の法律・訓画を根拠に新幹線,高速道路,地力空港,本四架橋 や東京湾横断道, .河湾人橋,若戸人橋,琵琶湖大橋などの人型架橋を相つぎ構想・計画し,

着L・完成にこぎ着けてきた 高速交通網整備のための]1業を 公共性 の高い計【由1・事業と して。、1/ll舶,この種の 1喋に都道府県や巾町村}ま税等や地方債を積極的に投人してきた こう

〔た背景には都道府県などか高速交通網の整備にかかわる1]}業に 公共性 を認めたこともあ るが.それ以Pに空港,新幹線,高速道路,大型架橋など人規模開発計画に経済的効果を期待 1たこと,税収増など財政効果を期待し、た 封情かある いわゆる 開発神話 が決定的に影響 1ている そこで,都道府県や巾田/ tl・tか高速交通網整備虫業にどのような開発メリットを期待 しCきたか,新幹線,空港,高速道路,架橋など高速交通網の整備事業が地域経済の活性化に とう寄り・し,都道府県や市町‡寸の税収増にどの秤度寄与してきたか検証する必要がある

3.大規模開発の論理と現実一 「行政の不良債権」の背景について

 ところで,バブル崩壊後に急浮1した引会的問題の1つに行政の不良債権,いわゆる国や 都道府県や巾町亦寸が公共1]渓などを通じてつくった事業所川地や施設,取得した1.,地や有価証 券などが不良債権化する問題がある ] 高度経済成長期以降,全国総合開発計画 や都道府 県などの 長期構想  ,i i−1[klや 実施計画 」t業訓}Ill,市町村の 基本構想・計画 や 総 合計画  ]ぱ。D}1[などを通じて,この間に国や都道府県や|胆∫村が、川由い造成建設してきた 事業所川地や新幹線,高速道路,港湾,空港などの産業基盤の・部,あるいは公共施設として 建設・整備した人規模レジ1・一施設などが未利川地や遊休施設として放置され,あるいは経営 破綻し閉鎖に追い込まれ,投資した公金か川収できず,不良債権化する問題である いわゆる  自治体破産  行政破産 である i 6

  行政の不良債権 はバブル崩壊後に全面化・全国化したが,その背景には不況の長期化が ある 根底には生産人国化・経済大国1ヒを国是として選択し,行政が産業界や企業の要請に応       122

(7)

本四架橋 の地域経済に及ほす影響に関する」こ、1!的{り『究IP・川日

えるべく大規模生産拠点や高速交通網の開発・整備を 公ノい1櫟 とじ㍍h由い展開すk:)戦後 の,とくに高度経済成長期以降に定着した都道府県やrh町村の[1目発中:視の行政運営があイ:, い わゆる 開発行政 化, L建行政 化がある

  「行政の不良債権 が社会的問題として浮} するのはバブル崩壊後であるが,ほかならぬ  行政の不良債権、の原因をつくったのは人規模開発亟視の行政運営である 具体的には高度 経済成長期以降,新産都llJ構想や |:業整備特別整備地域構想, 一全総や 新全総な ど 全国総合開発計画 を通じて国や産業界が都道府県やil∫田」村に 行政V)n〈良イit権 の原囚 となる大規模開発や施設づくりを誘導してきたことである その意味でも 行政の不良債権 問題は「新産都市構想 以来,都道府県や市町村が選択した開発【F:視の矛盾の表出であり,開 発行政の破綻である 宮本憲一は30年前に 拠点開発 や 人規模プPジーTクト構想 が そJ 政の不良債権 を醸成する,il能性をP見していた ti 7 拠点開発 の論eg ・期約と現実・実態

(幻想)のかい離を通じて,宮本は 行政の不良債権 を予見したが,行政の不良債楕 化に つながる 拠点開発、破綻のシナリオこそは,新産都市やIl業整備特り1]整備地域の多くが最終 的にたどった期待と現実のかい離であり,新全総や 二全総が政策選択した 人規模プロ ジェクト構想 破綻のシナリオであった そのじつ 大規模フμジrクト構想 の指定を受け た1ド;小牧東部,むつ小川原,秋田湾,志布志湾などは造成した大規模事業所川地などが開発後 に未利用地やIl事中断のまま放置され,不良債権の温床と要囚をつくってきた

 開発の規模には違いはあるが,新産業都rl∫建設促進法 が新産都市, 1^業整備時別地域整 備促進法 が|1業整備特別整備地域,.一全総.が 拠点開発,新全総 などが「人規模プV

ジェクト構想 として日:示した大規模生産拠点開発のための国家プロジ.Tクトに自発的あるい は外発的にくわわった地区や地方都市は,人規模生産拠点の開発事業に何を期待してきたのか

(開発や企業誘致の論理・期待),開発後や企業進出後にどのような影響を受け,かつ現実や実 態に直面してきたのか,開発や企業進出などにより地域がどう構造変化を遂げてきたのか,税 等や地方債などを投資したあと都道府県や市田J村がどういう行財政的構造変化を遂げたのか,

いわゆる開発後の地域経済や自治体行財政の現実・実態について分析・検証する必要がある  ちなみに,.新産都市構想 以降,全国的に展開された人規模生産拠点開発の論理・期待と開 発後の現実・実態については,宮本憲一の以ドの見事な図式的整理があり,地域経済学や地域 社会学などの研究者の共感を得ている一宮本は著書1地域開発はこれでよいか (岩波新、1},

1972年)で,大規模生産拠点など大規模開発を計画・推進する国・都道府県・llj町村などF}喋 セ体の論理・期待と,開発の過秒あるいは開発後の現実・実態のあいだには,以ドのかい離や 矛盾が存在するとの認識・評価を示している

 1)事業主体の大規模開発の論理・期待

 新産都市などの指定を受け,あるいは「拠点開発 などの対象地域になり,大規模開発を計 画し,事業に着手することにより,都道府県や市町村など(第:セクターなどの事業形態を含       123

(8)

㌔㌦ ll ノ\ t}〆引 会W日i(llイV[究りτイド報   fギ}2 >」  〈2000/

む1は以トの開発メ[〕ッ1・ (開発波及効果)か期待できるとするシナリオである そのシナ リオ.は以トからなる

 川 地1メ・地力都ilie /. iftl化学L業なとが期待する1,場川地や川水・道路・港湾・橋梁など産    業八盤を 公共事業 を通じて造成・整備する ・ 産業基盤の公共投資集中  12}固定資産税減免}1午置や整備された[1場川地を格安で分譲するなどの優遇措置を企業に示    し,進出を期待する爪化学il業部門の1:に人企業を積極的に誘致する ・歴化学に業    の誘致

 i3)人企業なとの誘致や進出に成功すれぱ,関連してト請企業や孫受企業なども誘致・進出    する 企業進出に伴って就業者や人日などか急増する それに伴う波及効果は農業や商    業なと地域経済全体に及ぶ  ・関連産業の発展1

 ゆ 都巾型産業などの進出や非農林漁業就業者・家族などの急増に伴って 都市的ライフス    タイル や 使い捨てライフスタイル も普及し,商品消費も普及・拡人する ・都    市化・食牛活の変化 米食中心から肉・乳製品など多様な食生活

 研 都市化や食牛汀の変化は地域農業の構造改善を促す、 ・周辺農村の農業改善 米作か    ら多角経営へ

 C6)地域商業の活W化や地域農業の発展などに伴う地域経済の発展は,地域の経済力をアッ    プ1,所得水準を人幅に押し1一げる ・:地域全体の所得水準の上昇1

 の 企業が進出し,地域経済か活性化し,非農林漁業者が急増することに伴って固定資産税    (E地や償却資産)や市民税〔法人・個人)などが増大する 一・財政収人の増大  t8>都道府県や巾町村は増大・拡人した歳人と財政規模を通じて,教育施設や福祉 保育,

   i 水道,ド水道,公園など地域住民が期待する生活基盤を整備・充実する  ・生活基    盤への公共投資・社会政策による住民福祉の向}

 加間姉やピ業整備牛与別整備地域に指定され,拠点開発 の対象地域に指定された富山・

高岡地区や鹿島地区など全国21の地区や地ノ∫都市が,指名に名乗りをあげ,指名獲得に陳情合 戦を展開したのも,そのじつ 開発波及効果 を期待したからにほかならない 問題は都道府 県や[b町村など}こ期待通りの 開発波及効果 をもたらすかである、大規模開発が地方都Giな

どに期待通り 開発波及効果 をもたらす保証はない 開発が市町村などの期待に反した展開 をすることは実際多く,期待と現実がかい離をすることは,宮本の分析でも明らかである、実 際,開発の多くは以ドの経緯をたどってきた

 2)大規模開発の現実・実態一地域が直面する多様な問題状況

 つまり,実際の大規模開発はつぎのような経過をたどるという、重化学Il業の主に大企業を 誘致すべく,都道府県や市町村はまず,

 (1)税等や地方債など一般財源を投じて,.公共事業 として1:場用地や用水・港湾・道路    ・橋梁などを造成・整備するtt→|産業基盤の公共投資集中一

      ・124 ・

(9)

本四架橋 の地域経済に及ほす影響に関する実∴脚勺釧究ゆ川|[1

 ② 優遇措置を示し,人都市圏に本社機能がある人企業を積極的に誘致する  ・In化学1.

   業誘致

 (3)地方の事業所や[場があけた収益の人部分は進出企業の本Nか川∫反する ・富の中火    集中,富の人都市集積

 (4)進出企業の生産活動か本格化するのに伴って人気汚染,水質汚濁,地卜水汚染,地卜水    枯渇,振動,騒音などが多発する ・災害・公害の増人

 (5)公害や災害が発生するなど環境悪化や危険が増大するのに伴一、て,地域住民の一一部が流    出するし,オイルショック後に顕在化したように,企業は不況の乗り切り策として,1    場の縮小や生産規模の縮小,あるいは[:場の撤退や閉鎖,従業員の配置転換などリスト    ラを選択する. ・流民の増大 や 人日流出,それに伴う 地場産業の崩壊

 〔6)都道府県や市田」村の財政構造(とくに歳入構造)が進出企業に依存する弊害として,自    治体の行財政が急速に脆弱化し,衰退化をたどる、企業都巾 化1た地方都巾において    もっとも深刻である. ・財政のゆがみ [行政の不良債権

 (7)最終的には地方自治が行政と財政の両面から危機に直面する  ・地力自治の危機  大規模開発に伴う 地方自治の危機 にいたるシナリオは以トにとどまらない 前掲のシナ

リオは,都道府県や市町村が造成したIl業団地などに企業か進出した場合の地力自治危機のシ ナリオであるが,さらに深刻な地方自治危機のシナリオも考えられる それは以トのシナリオ

である.

 q!税等や地方債を投じて産業基盤を整備する ・産業基盤の公共投資集中

 ② 重化学il業や人企業の誘致・進出に失敗する ・企業誘致の失敗. 1:業化の失敗i  ③ 重化学[1業用や人企業用に造成・整備した産業基盤か未利川地などとして放置され,不    良債権化する  ・行政の不良債権 1自治体の財政危機

 ④ その結果,最終的に都道府県や市町村は 地力n治の危機 に直面する

  大規模プロジェクト構想 のβ:小牧東部,むつ小川原,秋田湾など後者の破綻のシプリオ をたどった事例も少なくない 宮本は高度経済成長期以降,全国3,200のll∫町村と47都道府県 が開発重視の 長期構想・計画 や:基本構想・計画 などを策定し,大規模開発を競・)て〔i i 画・実施してきたという意味では,人規模開発の論理・期待と開発後や開発過程の現実・実態 のかい離や矛盾は一種の社会的現象であったと分析している

 地域経済学や地域社会学,財政学など地域経済,地方行政,地方財政,都市や農村などを研 究する研究者は,これまで新産都rfiや[二業整備特別整備地域,拠点開発 や 人規模プロシュ クト構想 の対象地域について総合的・学際的に調査研究し,大規模開発の論理・期待と開発 後・開発過程の現実・実態のかい離現象に関する研究成果を数多く発表してきた「新産都市で あり「拠点開発 の舞台であった富山・高岡地区については北日本新聞編集局編.幻の繁栄一一 新産都市20年の決算. (頸草書房,1984年),松本・諏訪地区については村田喜代治編1地域開 発における新産業都市一松本諏訪地区の研究.](東洋経済新報社,1969年),[:業整備特別整備       125

(10)

、り Ii ノ\・ }fT!l会ii 1,kjlイリFづヒ∫りiイト幸艮  万〕2 レ; r2000)

地域と 拠点閉発 の鹿島地区については茨城人学地域総合研究所編 鹿島開発1(占今書店,

1974年、,水島地1メについては布施鉄治編 倉敷・水島 日本資本1 義0)展開と都市社会 (東

(、  i tllc;, i 992イ中や岡川り,し編;水島0)あゆみ ll業開発とその進展を中心に (岡山県,1971 イい,沼川・ 島地区などについては福武il 1:編i地域開発0)構想と現実 (東人出版会,1965 イい,拠点開発 や 大規模プロジーTクト構想 のIIIIi小牧東部地区については元島邦夫・庄司 輿Ill編 地域開発と社会構造 (東人出版会,1980年),むつ小川原については船橋晴俊・長谷 川公 ・飯島仲∫・編.lr人地域開発の構想と帰結1(東人出版会1998年)などの分析・検証があ

 以1の拘列は国家プi・ジェクトとして計画・実施された人規模開発の一例にほかならない か,このほか高度経済成長期以降に計画・実施された大規模開発には,企業が大規模最先端ll 場を新設する必要から独自に人規模r場用地を開発・造成し,最新鋭施設を建設する場合や,

企業集団が都道府県などと連携して人規模生産拠点を開発・造成し,系列企業などに用地を割 譲し,企業進出を促す場合などがある 前者は新日本製鉄が最先端のllYJ−[:場を建設する必要 から,川津巾と木更津巾の周辺で大規模1場川地を開発・造成し,進出した Sl例に代表され る 後者は川不動産を中心に:井企業集団が千葉県企業月二と連携し,千葉県市原市先の東京 湾を人規模に坤め立て,3つの石油化学コンビナートの建設を討画し,わが国有数のコンビ

j−一トを形成した事例に代表さわる

 ところで,丁葉県は戦後,県是として 第1次産業県からの脱却 を選択し,市川地先から

「菓地先にいたる東京湾を人規模に埋め、㌦1てる由業を計画し,着Lし,完成にこぎ着け,わが 川有数の京葉[lk:地帯を形成している 京葉L業地帯の形成に伴う丁葉県の構造変化について は東京人学社会科学{り[究所が企画した学際的な研究成果G京葉Il業地帯におけるE業化と都 iiifヒ 東大出版会,1965イ1 )があるし,千葉経済短期人学付属都ll∫llll題研究所も成果([京葉1:

業地帯v)研究 同研うど所,1980年)を発表している 新日本製鉄が君津市に進出したことに伴 う地域経済や自治体行財政に及ほす影響調査については明治学院大学社会学{りF究所の研究成果

、舘逸雄編 巨人企業の進出と住民ノ1・活 東人出版会,1981年)かある 第1次産業県からの 脱却 をめざし,臨海部を舞台に大規模開発を推進してきた丁菓県の[業化や都市化と,rii原 市の 企業都市 形成に伴う構造変化については,筆者も最近,研究成果を発刊してい

るils

 新産都市や 拠点開発 や 人規模プロジェクト構想 など高度経済成長期に国家プロジェ クト、あるいは都道府県や地方中核都11∫が総力を傾注し展開した大規模開発に都道府県や都市 が何を期待し、開発事業等に税等や地方債をどの程度投資し,その結果,期待通りの投資効果 をあげることができたか,開発の論理・期待と開発後や開発過程の現実・実態のあいだにどの ようなかい離があったかなどについて,以ヒの研究成果はかい離の大きさを検証する見事な分 析をしている このことは新産都市以来の人規模開発の論理・期待と現実・実態のかい離や矛 盾は,宮本が示した作業仮説のiEしさを改めて証明している 開発の論理・期待と開発後や開        ・.−126一

(11)

本四架橋 の地域経済に及はす影響に関する実i 間酬究i,]1川川

発過干初現実・実態のか噺1や矛盾ピ北昧新断嚇集局は富山品剛也)・la噺酬泥的

について 幻の繁栄 と表現Lたし,富川新聞祁ま開発の後遺ililを 公害のっ馳ノ・一一ト tいう ショッキングな表現で小そうとした(1{t

 ところで,人規模開発の論理・期待と開発後や開発過利の現実・実態のかい離や矛盾につい て宮本が示した作業仮説は,新産都市以来の人規模生産拠点開発のみに当てはわ1,にととまら ない 一一全総 以来,人規模生産拠点を地方や遠隔地に移すへく開発をi1 hl ki・実施{,こ〕已 並行して人都市圏の中枢管理機能と地力や遠隔地の現場機能を有機的・効率的に結びつけるう えで高速交通網の整備が/9 M∫欠であるとして,人都巾圏と地力のノけ『拠点,地力の4産拠点間 を新幹線高速道路,衛∫機など高速交通機関で結ぶ高速交通網を整備する構想・。1剛を・J、1 ている新幹線を延伸し新幹線・噺線を計画し.高速道路麺伸しさらに新別}業を,剛

している 地方空港の開設を計画し,高速交通網整備の一環とLて本州・四国間,本州・九州 間,湾口や湾内などに大型連絡橋を架橋する訓画を具体的に小Lている [かもこれら高速交 通網を整備する計画・事業を大規模生産拠点開発と同じく国家プロジJTクト・公共 1煤と1て 計画し,着1.してきた それではこ2iら高速交通網整備に伴う人規模開発 1}業にはどのような 開発メリットが期待できるのか,半面,どのような開発リスクがr・想さAlるのか,以卜,高速 交通網整備にかかわる開発の論丑P・期待と開発後や開発避IIの現実・実態について, ,1 1一画決定 から30年,[:事.着Ilから25年を経て1999年5月に全面開通した 本四架橋 を]}例に検討・検 証する

4.「本四架橋」の計画と期待一高速交通網整備計画の政治経済学

 1999年5月に最後に残った西瀬戸人橋(尾道〜今治,59.4knl)が開通した 本四架橋 の全 面閉通である 今iW.紀最後の巨大国家プロジ.クト,本四架橋 の完成である 1969年5月に 策定された 新全総 が国家プロジェクトとして3本の 本四架橋 (瀬戸人橋,明石人橋,内 瀬戸人橋)を決定してから,30年後の全向開通である 1973年1りJのLll部[:から全[nl開通ま で四 1!・}Yf:XLiを要している 瀬戸人橋OEd島〜坂lil,37.3km)は1988年4月に開通し,明イ1人橋

(神戸〜鳴門,89.Okm)が開通したのは]0年後の1998年4Jj,西瀬戸人橋はそれから1年後に 開通した・難産の末の全面開通である(図D 決定直後にはオイルショ、.クか勃発い総㍑要 抑制策の影響でIl事は一時凍結されている 不況対策を日実に1977年に瀬戸人橋σ)「事の凍糸}、

を解除し,]985年には不況対策やPJ高対策(内需拡人策)を理由に明イ1大橋のlllliの凍結を解 除している 1980年代 il・ば以降はバブル経済に突人し,さらに 四全総 の 多極分散型国1 交流軸ネットワーク構想 と内需拡人の国際公約(10年間に430兆円を公共投資する国際公約)

を追い風にIII *iの凍結も全面的に解除され,工事は急ピソチに進捗した その結果,瀬戸人橋 は]988年に開通している.1998年にはり」石大橋,最後に残った西瀬戸大橋く、1999年に開通にこ ぎ着け,世紀末ユ年余前に 本四架橋 は全面開通した

 前述のように,本四架橋,の建設計画を国家プr」ジェクトの1つとして止式に決定したの

127

(12)

v il人/イ{ゴ怖1イrl捌グヒ1晒報 第2り 2000

図1 本四架橋,3ルートと周辺高速道路 川・k 松本典

は1969η5月策江の 新介総 てある 中PLI国地力開発の基本構想 の1つとして,3本の  本PL1架橋 を認江しているか,11人火江にいたるまてには新幹線や尚速日動中道o)。1画決江 や延仲火定なとと同し、く長いβ,渋の歴史かある 木四架橋 か国家プロノ丁クトとして急浮

{[ ,1画として現実味を粥ぴるのは1959イ1(ある 建設省か本匹随絡橋につい⊂調査0)必要 を。忍め,明イ1\鳴門, j 野N同松,日比\品松,児札∨坂川,尾道〜今治の5ルートの調Wを 始めてかbてある 本}へ旅ウつ香川県民に」・)て,濃霧,強風のたひに連絡航路の欠航に愛 いかある瀬川内tiu,ここに橋を架けたいという願いは, L{Jくは明治期にすてにその萌身か見ら れるか,そ才{か今を去ること20/i余前の昭和30{1における川鉄連絡船紫雲丸11故の発ノ1にk

り, 挙に貝体的政策課題とLて県政場神に登場4一ることとなった 爾)k,県民挙けてのたゆ まむ熱口と努力により,昭和45{1には待望の 本州四国座絡橋公団仏 か成ウし公団か設、ソさ れるとともに現地には調W事務所か置かれ 瀬戸人橋についての本格的な調査か開始され た tt IL 瀬戸人橋」i某化の思いと背景か綴られている

 以卜1 1  四架橋の構想から決定にいたる1な動きてある 瀬戸人橋の場合は,発端1よ1889{t の香川県知]tの 本四架橋 の提唱にあK) 1955イ1にぱ紫雲丸 h故(5月)を契機に香川県議 会か国に 宇高連絡欽道促進に関する意見}llを提出し 1958イ「には香川県か尚松・v  野間の 調査に着TLている 明イ1人橋の場合は,1904イ1に中川虎之助か帝国議会予算委員会て 鳴門 架橋に関する建議案 を提案したことから表面化した 1939イtには当時の水田鉄道相か 明 イ1〜鳴門tlff峡鉄道トン不ル の調査を指小し,194041には内務省神戸1木出張所長か 関門海 峡架橋 {画 を発表 1943{iには徳晶県選出国会議員なとか 鳴門・明イ1道期成「 d盟会 を紀        128

(13)

本四架橋 の地域経済に及ほす影響に関する実g ll的仙知1い川lr

成,1955年には 本ii淡路四国直通鉄道促進期成1・1盟会 を約」竃,1956年には神戸11」が明イ1淘 峡について調査している1958年には徳島県が人鳴門橋・・建設を1〕幌(こ1齢に栢いさらに 同年には 四国本ト連絡鳴門欽道並びに人鳴門鉄橋架設促進期成同盟会 を発足させている 1959年には建設省が本VL|架橋5ルー1・を調侃,徳島り1〔は人SR:;門橋に着Llているd961 年開通) 1960年には 木{淡路四国連絡橋架設促進協議会,1961年には 本{連絡架橋徳島 県促進臓会を約丸1962イトには 」術の河野建設相が明イ鵡門架橋を優先す/,,と発、ギ,

高知県も 明石鳴門架橋促進高知県協議会 を約』《している 瀬戸人橋と明ム人橋は以1 の経 緯を経て・新全総が川舵して最終的に決定し,4イト後の1973イ川川こ[1 lliに,i・ii 111てい

 それでは何が 本四架橋 を必要としたのか 新全総 は 本四架橋 の必要Wについてつ ぎのように記している 中国および四国地方は,瀬戸内海をはさんて相対し隣接する近畿圏 および九州地力とも相ゲに密}妾な関連を保ちつつ,それぞオ/個別のゾllックと1て開発が進め ら九特色ある発展を小してきた 現状においては,中国と四国か海を隔てており,かつ,中 国山脈や四国川脈によって円滑な地域交流が妨げられている等の地形的障害に加えて,域内お

よび域外を結ぶ交通網の整備の遅れ等が制約条件 になっており,この状況を打開するために も 瀬戸内地域においては,本州・四国連絡橋を含め,近畿,中卜L四国および九州を結ぶ1.

要交通幹線を建設する 必要があるとして,本四架橋 と ト要交通幹線 の建設計画を提案 しているli 11、さらに 本州・四国連絡橋として,神戸・鳴門間,児島・坂出間および尾道・

今治問の建設を図る また,冬期交通の確保に留意し,雪害防除対策を講じつf⊃,道路につい ては,中国縦貫自動車道,山陽働車道,中国横断自動随,四国縦貫自動樋おLび四国横 断自動中道を建設するとともに,基幹的な国道を計lllll的に整備 する必要があるとしてい

る川2

  新全総 が 本四架橋 を決定した背景には全国を高速道路などで結ほうとする高速交通 網整備。h両と同じく,重化学1:業など戦略業種が必要とする人規模牛産拠点を地方や遠隔地に 造成・整備する地域間分業を前提にした国卜政策や産業・経済政策がある 地力や遠隔地に造 成・整備する人規模生産拠点と人都市圏の中枢管理機能や,地方や遠隔地の生産現場問を有機 的・効率的に結びつけるために高速交通網の整備が不可欠である,とする省月や産業界の認識 があった・過衿過疎現象を基本rt{」・a・こ解?1・ L,経済社会の飛躍的発り乾図るためには,現在進 められている種種の対策の成果を踏まえっつ,国{一利川の硬直性を打破し,新し、い社会へ積極 的に対応し,新しい環境を形成する観点から,国上利用の抜本的な再編成を図る以外にない 土地利用の硬直性を打破するためには,中枢管理機能の集積と物的流通の機構とを広域的に体 系化する新ネットワークの建設により,開発可能性を日本列島全域に拡人する必要があ

る Vl,]3・ ,!tする見地,昭和30年代において,大都市圏間交通かまず高速化されたが,近年,

経済社会活動の広域化と生活水準の向liとともに,地方圏と大都市圏問の交通の高速化,人量 化の必要性が著しく高まっている「 地方圏からの生鮮食料品輸送および都市圏からレジャー一

129

(14)

㌔【ノ [1 ノご1}:引 フこWi}イll{」「VJ L JViで1 報   lcrl 2 り   2000.

需要の増人,扉業の地力圏への分散笛により,地域間交流の緊密化を図る必要があるので,先 行的に地力圏と人都巾圏とを結ぶ合理〔tlJ ts高速交通体系を確、Zし,あわせて,こkaと直結する 地力圏内の関連交通体系および地力圏相fi問の交通体系を合理的に整備する  首都東京等7 人中核都巾の整仙とあわせて,こオ1らを相ηに結ぶλ隻幹通信網および幹線航空路,新幹線鉄 道,高速道路笛の高速交通体系を中心に新高速通イ【綱弓を総合的,先行的に整備し,これを日本 列島の1軸とする  {川見地を小し,これを実現するためにも高速交通網や高速通信網の全 川的な整備が小lrl欠てあった ここには高速交通網なとの整備が地方や遠隔地を人規模生産拠 点と1て開発しようとする国や産業界の戦略的な国E政策・経済産業政策が集中的に表現され ている

  第3次全国総合開発,i画 (1977年)は「新全総 が決定した 本四架橋 計画を継承して いる この間にオイルシ1・ソクがわが国を直撃している 高度経済成長政策は破綻し,不況が 蔓延1,本四架橋 も1:]煉結に見舞わカた そのうえで, 1全総 は 本州・四国連絡 ルートについては,、【Wii,早期完成を図るルートとして児島〜坂出ルートに道路・鉄道併用橋 を建設することとし,環境影響評価等の結果を踏まえて]喋を実施する  川5とする瀬戸大 橋先行着Lに力刮を変更している

 とこ/,で,瀬戸内o)各県,とくに四国の各県は何を 本四架橋 に期待してきたのか 明治 以来,四国の各県が 本PL1架橋 を構想・計画し,事業化を迫一)てきたもの,つまり,本四架 橋 計画の裏側にはどのような政治経済的な論理や思惑があるのか こうした計画の背景につ いてはここでは省略するか,国が 本四架橋 に何を期待し,新全総か国家プロジェクトの

1つとしてf、Z iiV, 1づけ,3架橋を1 ]‖、]着Ilしようとしたかは,本四架橋訓画や高速交通網整備 川由|を産業経済政策や地域振興策として位置づけようとした 新全総 の戦略的な意図1こ端的 に小さkている 着L以来の25年「i に 本四架橋 に投入した国税や地方税,財政投融資など を原資とする投資総額は膨人であるが,これは 本四架橋 を国家プロジェクト・公共事業と

し、て位置づけたことに伴う公費負担にほかならない

 建設省は当初(1970年、3架橋の建設費として4,263億円を試算している川6 建設費はその 後,膨張び)一途をたどり,着L直前の1973η・9月策定の 基本計画 では]3,021億liJ(道路関 係費8,621億円,鉄道関係費4,400億円、に膨δ)み,1993年の 実施日 画 では31,L46億円(道 路関係費25,758億刊,鉄道関係費5,388億円)に膨張している IYI・9 f大橋の開通を目前にLた

1997年2月開催の本州yLl国連絡橋公団(本四架橋公団)経済委員会報告では,3架橋の建設 費は約4兆円に膨張している 4兆川を投じた事業であること,全面開通に四半世紀を要した などからみても,本四架橋は大規模公共事業の条件を備えている.それだけに新幹線や高速 道路など他の大規模公共事業と同じく,本四架橋 の投資効果や社会経済的影響を含む環境 影響などについて総合的な分析・検証・評価が必要である 人規模公共事業に関する研究では

事業費の大きさなどから投資効果などに関心があつまりやすいが,事業規模が大きい分だけ自 然環境や生態系がこうむる影響も重大である したがって,大規模公共事:業を環境影響の面か       130

(15)

本四架橋 川ω或約汁に及ほす影響に関一担、実 旧帥1究lIHH

ら研究・調査する必要かある さらに 本四架橋 のように,11 i}・が同 海域で長期にわたノ1,

ような場合,地域住民の暮 )Lや人問とLての発達,精神や文化ハ形成に決定的な影響を及ほ す地域の原風景や景観が, [i}:業を通じて破壊され変容する現場を日々直視させられることに伴

う精神的荒廃化などの影響にも向き合う必要がある 開発に伴う地域の原風景べつ景観の変容に 伴う地域や住民の文化的・精ネ申的・価値的・)ミ的な影響も調査研うセや評価の対象にくわえる必 要がある

 ところが,宮本憲一も指摘しているように,人規模開発を公JL, 1}・業川て1;1仙i・実施する場 合,  ]1:業じ体は開発から期待できる経済効果や財政効果,社会構造の変化を強,凋・屯視[,地 域イ眠なと がll胱後や1醗過91においてこうむる〔撚環境ぺ・・曄系・職壊一梨境変化などに伴

う原風景の喪失やアイテンティティの喪失など文化的・精神的・イ1酬1[的・)ミ的な影響,健康を 侵害する問題などについて軽視してきたし,この視点からの人規模開発や公共 1}:業についての 研究をおろそかにしてきた このことは20世紀最後の人規模国家プPジ.J クトの1つと1て構 計画・実施された 本四架橋 に対する問題意識や関心,研究についても当然のこ9なが

ら当てはまる

図2 瀬戸大橋のインパクトと地域の変化

.   ﹂.

        ︑7K.

                                            

l

 .瀬戸大橋の架橋一

 \//

道路

高速道誇.幹腺道誇 市街道路 鉄道 南6戸大橋線の開通 梅線・電化、「葛架化 膓亀

 ...」  ,.一

:学術・技術.1青報 開発1斉報 鰭済.清報なピ.

変 化    ごノ 通輸送体系の \︑/x

      ロ      マ      ト

r二:一」L二三三コこ一一二〉。

7       『 蓼璽一一三惣;璽 1.。 麟姦緬

1 裟欝;:裟難  .・蓮㌫墓鍵藷鴛翻  ,.

;.晶蒜霧墓成  L、/逐塞㌔:驚㌘繊 ・/..

う|竃艦㌫㌘歯㌧㌔1瑠㌫大 

け   1..    ,  一 .      .    .  T       

    一.一・\∠/ .一.    .    ..\/

        ぽちつくりの始動、社会・生活・文化の見直し1

三:重鋸送楢の増メ\

時間短絹         ,.1 交通訂送の安定イじ・ ㍉を!  コ

;。ルー,紺。。ぺ/ぐ.

         i !l:

         .元.

         雲          花

/域内 leJ.外ズ

鹸光客の大壕兇入 ilこ域鼎光聞の形成 柄光・リソー一ト開発(1)屠開

盲貝 hiWl吏産肇r7戊}慧 }計

初上・航欲↑自.:.ξの 9化

鉄道輯 ハ送の槽大

生9,f fl料・真品r/・:・1.肇界の,:lt.Mi 4勿∫皐品・ 士産弓勿の黄三上〕曽加

方湧挙、.」場の:鮭出 野周辺及リト「幣 SI;:再開登

コンヘンン・]ンーンny−.夕一・フL」ン.

トの整1紬

大掌cr」,tC出、 文化施診整備

)正亀勤・通学・買物蜴ゾ)抵大 夕化・情報のi;.lfttK h〔噛

    \       ノ,ee,f,ノ〉禽叫ハ.の鼻品

       /      出所: 瀬戸人橋の架橋と香川県経済の変化 1昭和63年度版.香川県の経済1

 ここではまず瀬戸人橋から検討する 図2には瀬戸大橋の四国側の着地,・1工である香川県の瀬 戸人橋の開通に対する期待が示さ〕!ている 香川県が期待した影響と効果は以ドの4点であ

る 1],]T

 1つは,画期的な交通アクセスである瀬戸人橋の開通には,架橋に直結する四国地方の高速 交通体系の整備を可能にする効果が期待できる.そしてこの人橋の開通に伴う交通輸送体系の 変化が香川県の交通の変革を促し,県内く四国)の観光,物流,運輸等の各業界に人きな影響       131

(16)

ノrl ノ\ ト/辛1フごtt 111(ll{りl viV.けl fl 報   ff}2 り   2000.

ん㌦え,都巾開発,川用発,都巾圏やノ}活圏の拡人・一一体化を促す

 2つは,高速交通休系なとの整備か香川県(四{トDO)受け旧[を整備するなど架橋対応の推進 につなかる 観光,物流,都巾機能等の整備から架橋対1厄、として各種イベントによる地域起こ

{化とも期イ』てきる 貝体的にはテクノポリスの建設,物流基地の整備,L業団地の造成,新 都巾の建設,博覧会の開催やイベントなどの企画も日J能である

 3っは, 交」ロノ占盤ゾ)整W{∫, 交通斬)送イ本系の変fヒ,・受(ナIIILの整力16 (産:業・}支祢∫の振9與,企業の

誘致1なとを通じて,地域経済0)活性化(巾場の拡人,第3次産業化σ)進展),都巾機能の整備 川}開発,商圏核の形成),利会と生活の変化(都市圏の一体化,生活行動圏の拡大)など地域 の構造変化を促す

 4つは,観光客の人吊:流人,広域観光圏の形成,観光やリゾート開発の展開,観光産業の展

[ji−」 ,  汀ぴ  }  一 茄t空}輸送a)変fヒ,  鉄道輸送0)月曽人,  ノ} ‖!羊f主半こ} ◆ 食t㌧【「r力|i I_業界e)?舌 卜|.fヒ,  流通業や  [:

場の進出,駅周辺及び商店街の再開発,コンヘンションやウォーターフロントの整備,大学の 進出や文化施設の整備,通勤通学圏の拡人や買物圏の拡人,文化や情報の交流増加など,人,

物,情報の流れを変える効果である

 開通直前に香川県が示1た以1の影響・期特は,県か架橋の必要性についてパフa一マンス を盛んに演じていた1968年に香川県が財団法人・日本経済研究所に委嘱しまとめた報ftbiYの内 容と八本的に変わっていない さらに10年後の1977年に香川県がlifJじく財団法人・日本経済研 究所に委託いEとめた報告揖(瀬戸大橋経済調査報告書 瀬戸大橋架橋0)香川県経済にゲえ る影響とその対応)でもすでに示している 1977年の報告、}}は瀬戸人橋架橋の意義と効果に

f)し・て, 1 /ドのよう1こLl己してし・るbl8

 ド1白:接効果とLての輸送の改善として,以ドの3点をあげている

 [つは,淘1:悪天候(風波・濃霧等)による交通障害が解消する もちろん,橋上交通につ いても悪人候による交通障害はありうるが,それは現在の海t:交通のみの場合に比すれば遥か 1こ小さいものになる

 2つは,旅客交通については,現在の,列車と連絡船との乗り換えの際の呂:痛と待時問とが 解消し,貨物輸送については,現在の,貨車航送がなくなって直行特急便が運行されることに なる この,国鉄連絡船力式から,架橋による直行方式への転換の効果は絶人である 四国

(県ドのド要都市、発,人阪ないし東京への直行列車が運有される効果は人きいか,とくに時 間短縮の効果は貨物の場合絶大である 例えば,現在の貨車航送方式による場合,高松 岡山 間は約6時間利度を要しているが,架橋後は瀬戸人橋経由で約1時間程度に短縮されるであろ

 3つは,架橋の効果としての本四間の交通時間短縮効果ik.,極めて直接的な効果として注 目される として,短縮の程度を以ドのように試算し,総合的効果として,輸送力は拡大さ れ,輸送1旅行交通 の安定性と快適性が最高水準0)ものに改善 される

  (A)道路交通(自動車)

       132

参照

関連したドキュメント

④都市再生緊急整備地域等に係る課税の特例措置の延長 [延長] <税目>(国 税)法人税、所得税、登録免許税

土地区 整理 業 よる公共施設 整備 多摩都市ペノヤヴャ高朊駅 開設等 環境整備 合わ 各地区 誘導機 能 集積を図る 良好 都市環境ン景観 快適 都市空間を創出 る

 埼玉県内の生産緑地地区指定の対象区域 は、首都圏整備法で規定する既成市街地及

近年の都市社会学では、知識生産が都市成長の原動力となるという認識のもと、先

 とりわけ都市・地域の問題としては、土地需要

おわりに

内陸部工業生産額の増加と大規模な振興工業都市 の建設によって,都市人口の急激な増加をもたら した。表 1 に示しているように,第一次五ヶ年計 画期において,都市人口は,1953

7 飼料基盤を ○ 草 地 の 整 備 《一般予算 (公共) 》 整備し、自給 等を行いたい