三重 大 学 法経 論 叢 第2 6巻 第1 号 1 3‑3 5 2 0 0 8年1 0 月
第
一 次 E E C加
盟申請
の失敗
とイ ギ リス の 対 ヨ ー ロ ッ パ 政策
再検
討 過 程‑ マク ミラ ン保守党政権の対応, 1 9 6 3 年(3)
益 田
目 次
は じ め に 第一 次 加 盟 申 請 失 敗 後の政 策 再 編 過 程: イ ギ リス の ヨ ー ロッパ統合 政 策 史 研 究に おける空 自
第1章 危 機の予 感, 6 2年1 2 月‑6 3 年1月
第2 章 ドゴ ー ル の記 者 会見か ら交 渉 中 断ま で, 63 年1 月14 日 ‑ 1月2 9 日 (以 上, 法 経 論 叢 第2 5巻1号 掲 載)
第3章 交 渉 決 裂か ら, ポスト・ ブ リュ ッセル委 員 会に よ る閣 僚レ ベ
ルでの基 本方 針の確 定ま で,6 3 年1 月 末か ら 3月下旬 (以 上, 法 経 論 叢 第2 5巻2 号掲 載)
第4 章 基 本 方針 合 意後の対E E C 政 策の遂 行, 63 年3 月下旬か ら 7 月 中旬ま で (以 上, 本号 掲 載)
第5 章 W E U 閣 僚理事 会 開 催に向 けて, 6 3年7 月下旬か ら 1 0月 中 旬 ま で
むすび ダ グ ラス ‑ ヒュ ‑ ム政 権の誕 生 と その当 初の対E E C 政 策
第4 章 基本 方 針 合意後の対E E C 政 策の遂行, 6 3 年3 月 下旬か ら 7 月中旬まで
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3 月1 5 日の シュ レ ー ダ ー に よ る W E U 閣 僚 理事会 正 式 召 集 後, 2 0 日の N A T O 理事会 まではフラン ス か ら正 式 回答は得ら れ ない で あろうこと は英 独 両 政 府とも 容 認 していた。 21 日 駐 仏 大 使デイク ソ ンが仏 外 相ク ー ブ と
会 談し, N A T O 理 事 会で の ヒ ュ ‑ ム演 説の 意 図は大 西 洋 同盟 内 部での ヨ ー ロ ッパ の地 位
の強化にある と説 明し, W E U で の閣 僚 対 話 を 呼び かけた。 これ に対し て ク ー ブ は, ヨ ‑
ロ ツパ の地 位 強化に は賛 成 する が, 手 段につ
いて英 仏 間に はなお相 違があ りブ リ ュ ッセル
交 渉 失 敗 も そ れ が 要 因で ある と応 えた。
W E U 閣僚 会 合 そのものに は反 対しない が時 期 尚早である というのが ク ー ブの 「個 人 的 意 見」 であ り, む しろ英 仏二国 間対 話が必 要で はないかと 彼は述べていた。 この会 話 を 報 告 し た デイクソ ンは, ク ー ブの発 言は W EU で
の孤 立 を 回 避 する陽 動 戟 術で はないかと 指 摘 し ていた(1)。
3 月20 日パ リ でフ ツ ド と会 談し た独 外 務 省 幹 部は, 仏 外 務 省 幹 部は非 公 式に年4 回の W E U 会 合に は同 意し た がフラン ス政 府の正 式 な 姿 勢は不 明であ り, ヨ ー ロ ッパ問 題が議
諭 されないという 前 提でのみフラン ス は 3 月 末の会 合に参 加 する であろうと述べて いた。
翌2 1 日のロ バ ー ツか らの報 告で は, 依 然 回 答は得ら れ ていないが おそらくフラン スは会 合 参 加 を 拒 否 する であろうというドイツ政 府
の認 識が伝 え られ た。 フラン ス の参 加 を 確 保 する た め にヨ ー ロ ッパ問 題 を 議 題か ら排 除し たい, あるい は 6 カ国で事前 協 議 をおこなっ た 上 で W E U 会 合に臨み た いという ドイツか ら示 され た妥 協 案に対し て はヒ ー スが これを 拒 否し た。 仮にフラン スが官僚レベ ルでし か 参 加しないと し ても 早 期に 6 カ国と協 議の場 を 持 ち, 何 らかの形でヨ ー ロ ッパ問 題につ い て継 続 的に協議 する枠 組みを構 築 し なくて は ならないというのがヒ ー ス の姿 勢であっ た。
しかしドイツ国 内で は, フラン ス はヨ ー ロ ッ パ問題の協 議が 一 切 なさ れないとの保 証 な し
では参 加しないとの報 道 も なさ れ ていた( 2'。
こうし て当 面 閣僚 会 合 開催の可 能 性は低い との 認 識はイ ギリス政 府 内にも 浸 透 しつ つ あっ た が, それ でも 外 務 省 と 大 蔵 省で は開 催 さ れた場 合に備 えて, 具体的 な 政 治 協 議 取 り 決め につ い て準備が おこなわ れ て いた。 その
内容は, 政 治 協 議 提 案は オ ランダまた はイタ リ ア外 相よりおこな う, 会 合 後の共 同声 明に W E U 強 化と協 力 拡 大の意 思 を 示 す 文 言 を 盛 り 込 む, 年四回の外 相 定 期 会 合 開 催 を取 り 決 め るt 現 在の W E U 大 使 級 定 期 会 合に各国 外 務 省 高 官が参 加 する可 能 性 も 検 討 する, 軍 事 協 力の可 能 性と し て は合 同 参 謀 会 議 ・ 共 同 訓 練 ・ 人 員 交 換 ・ 共 同 装 備 生 産 など がある が今 回は協 議しない, 核 問 題と通 常 兵 力 統 合は W E U で は議 論しない, その他 欧 州 審 議 会 活 性 化の た めの協 議 ・ 低 開発 国 向 け援 助と情 報 共 有の た めのプロジェ クト ・ 宇 宙 開発 などの
共 同 研 究・ W E U 総 会と理 事 会の関 係 改 善 策
の検 討 とい っ たものであっ た(3 '。
3 月2 2 日夜, 駐 独フラン ス大 使からシュ
レ ー ダー に対し て, フラン ス政 府は W E U 閣 僚 会 合 開催 を 時 期 尚早 と 考 えるとの正 式 通 告 がな され た。 その理 由とさ れたの は, 英 仏 関 係は沈 静 化しつ つ ある が W E U の場で他の参 加 国 がフラン スを 批 判 する可 能性があるとい
う 指 摘であっ た( 4)。 こ の通 告 を 受 けシュ レ ー ダ ー は W E U 閣 僚 会 合 開 催 を 正 式に断 念し た。 ロバ ー ツ はドイツ外 務 省に対し, ドイツ が他の W E U 諸 国の意 向 を 無 視 して再 度フラ
ン ス の拒 否に屈 したこと に より, イ ギリスが 6 カ 国と効 果 的 接 触 を 保つ こと は より 困 難に なっ たと 失 望の意 を伝 えた。 発 表さ れ たイギ リス政 府の公 式 姿 勢は, ド イツ の決 定 を 「遺 憾の意 を 持っ て受 け 止め」 る と ともに, 6 カ
国とイ ギリス の政 策 対 立 を 回 避 する た め早 期
の W E U 閣僚 会 合 開催 を 期 待 する という もの であっ た(5'。
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W E U 閣 僚 会 合 開 催が不 可 能 と なっ た 3 月 末か ら 5 月 中 旬 までの間イ ギリス政 府は, 実 務 的 政 策 調 整 とブ リ ュ ッセル駐 在 代表部に よ る接 触という二つの方 向か ら, 共 同 体との協 議 体 制 構 築 を 追 求して い っ た。 W E U 閣 僚 会 合 開 催 を 引 き 続 き 求め る姿 勢は 3 月 末 以 降
ヒ ー スから も 対 外 的に示さ れ て いた が, 当面 は 6 カ国 側のイニ シ アチ ブを 待たねばならな
いと考 え られ た(6'。
3 月 末か ら 4 月 初め に かけ 大 蔵 省と外 務 省 に より6 カ国との実 務 協 議の 内容 と 手 続 きに
つ いて検 討が お こなわ れて い っ た。 4 月 初め
の E E R 委 員 会に おい て各省 庁が合 意 した手
第 一次E E C 加 盟 申 請の失敗と イ ギ リス の対ヨ ー ロッパ政 策 再検 討 過 程 専 続 きは, ブ リ ュ ッセ ル駐 在 代表部が共 同体 内
部での検討 課 題につ いて二週 間毎に報 告 を 送 る, 特 定の問 題についてイ ギリスが検討 すべ きか否か は担 当省 庁 及び外 務 ・ 大 蔵 両 省が判 断 する, 検 討 すべきであると判 断 さ れれば各 省 庁が ブ リ ュ ッセ ル常 駐 代表用ブ リ ー フを 作 成し外 務 省か ら伝 達 する, 共 同 体 との共 通 政 策が 形 成 可 能 な分 野の検討は機 会 が 生じ る毎
に E E R 委員 会で おこな うが, 当 面5 月 末 ま で に各省 庁か ら素 案 を 提 出するという もので あっ た。 政 策 調 整が望 まれ る分 野 と して具 体 的にあ げ られ たのは, 景 気 動 向につ いての意 見 交 換, 地 域 間題, 関 税 及び反ダンピング法 刺, 競争規 制, 標 準 化 と 消 費 者 保 護, 対 外 援 助, 社 会 保 障, 税 制, 輸 出信 用 供 与, 運 輸, 農 業 など であっ た(7 )。
4 月 中 旬か ら下 旬に は先の決 定 を 受 け, 技 術 的レベルで共 同体と協 力 可 能 な 案 件につ い て外 務 省 作 成 文 書 を 基に E E R 委 員 会で検 討 され た が, 各省 庁か ら は総 論 賛 成 ・ 各論 反 対 的 な 姿 勢が示 され た。 ヒ ー ス は早 期に行 動 を と ること を 望ん で い る と外 務 省は指 摘 した が, 各省 庁は個々 の案 件につ い て実 際上の困 難 を 指摘 した。 近い将 来に行 動 可 能 な 案 件は ほ と ん どないというのが議 論の大 勢であ り,
再 度各省 庁に持 ち 帰 り 検 討 することのみ が決 定 され た(8'。
5 月 半 ばになっ ても 共 同体との共 通 政 策 構 築 を 目 指 すべ き 案 件の選 定は,大 蔵 省を含め, ほ と ん ど進 展し ていなかっ た。 E E R 委 員 会 に提 出 され たのは わずか に特 許と社 会 的サ ー ビス分 野での協 力 可 能 性 を 検 討 する文 書 だ け
であ り, 大 蔵 省で は関係各省に督 促 文 書 を 送 ること が議 論さ れ る という 状 況であっ た。 金 融 政 策, 国際 収 支, 交 通 政 策, 労 働 力 自 由移
動, 企 業 設 立の自 由, 通 商 慣 行/ 政 策, 公 共 事業 契 約, 農 産 物 品質基 準, エネルギ ー 政 策 など協 力の余地 あ りとさ れたもの は数多く あっ た が, 実 質 的 進 展は ほ と ん ど見 られな か っ た。 僅か に成 果が得 られ る見 込みが あっ たの は水 産 政 策であっ た が, これ は ブ リュ ッ セ ル交 渉 決 裂 前か ら E F T A, E E C , その他 西 欧 諸 国 間で協 議 開 始が合 意 さ れていた事案で
あっ た( 9 )。
こ の作 業 と 並 行 して, イギ リスと6 カ 国の ブ リ ュ ッセ ル駐 在 代表に よ る協 議 体 制の構 築 が追 求さ れ た。 W E U 閣 僚 会 合が流れ る前3 月21 日時 点で ブ リ ュ ッセ ル駐 在 イギ リス代 表 部 員と会 談し たハル シ ュ タイ ンは, E E C
委員 会としても, イ ギ リス と E E C の関 係 を 強 化 する た めの新たな提 案は持 ち 合わ せ てい ないと述べ, イギ リス駐ブ リ ュ ッセ ル代表部 強 化, E E C 委員 会との接 触 増 大 を 進め るべ
きであると 述べていた(1 0 )。
4 月2 日 E E C 閣 僚 理事会に お いて シュ
レ ー ダ ー か ら, イ ギ リスとの 間で何ら かの多 国 間協 議 を 継 続 する必 要があるとの指 摘がな され,
一 案 とし て 6 カ 国とイギ リ ス の ブ リュ ッセ ル常 駐 代表を 通じ た恒 常 的 接 触 が 提 示 され た。 ク ー ブ は, イ ギリス の 問 題は E F T A 対E E C の問 題と とら えるべきであ り G A T T での E F T A ‑ E E C の接 触は望 まれ る が, E E C と イ ギリス のみ に よ る ブ リュ ッセ
ル で の協 議に は反 対 する と いう 姿 勢 を 示し
た。 し か し閣僚 理事会はル ン スに より 提 出 さ れ た, 6 カ 国 常 駐 代 表委員 会 (Co m mitte e of Pe r m a n e ntRepr e s entativ e s : C O R E P E R) に 対し てイギ リス代 表との協 議 方 法 を 検 討 させ る という 提 案 を 採 択し た(l l)。 イ ギ リス政 府は 直 ちに関 心 を 示し, フ ラン ス の反 対は予 想し
な がらも, こ の決 定 を採 用 させ るべく6 カ国 及び E E C 委員 会に働 きかけることを 決 定し た。 イ ギリス の希 望し ていたのは二週 間に 一 度 ない し月 例の定 期 協 議 をおこない, これ に 加 えて臨 時協 議 もおこなうと いう 取 り 決め で
あっ た(1 2 )。
4 月1 1 日パ リ で デイ ク ソ ンと会 談 し た シュ レ ー ダ ー は, 7 カ国ブ リ ュ ッセル常 駐 代 表に よ る定 期 会 合が最 善である との姿 勢 を 繰 り 返し た が, 1 0 日の会 談で ク ー ブ か ら, 共 同 体が ジュネ ー ブの E F T A 本 部に常 駐 代表を おくと いうアイデアが提 示 され たことも 明ら か にした。 こ の時 点で は シュ レ ー ダー は楽 観 的であ り, フラン ス は C O R E P E R と 英 駐 在 代 表の 会 合に反 対しない だ ろうと述べてい た(1 3)。
同日の閣議でヒ ュ ‑ ムは, シュ レ ー ダー 提 案 を 支 持 する姿 勢 を 示しなが ら同時に, これ は W E U 閣 僚 会 合 を 補 完はする が代 替 するも
ので はないと述べ, なお W E U での協 議 追 求
の姿 勢は か わら ない ことを 示 して いた。 4 月 9 日 に はヒ ュ ‑ ムがパ リ で ク ー ブと 会 談し (後 述) こ の問題 を 話 し合っ た直 後であ り,
フラン ス は シュ レ ー ダ ー提 案に反 対しない の で はないか という 楽 観 的 観 測が外 務 省 内で は 抱か れて いた‖4'。 4 月 中旬に は外 務, 大 蔵,
商 務, 農 水 食 程 各 省 庁に より 常 駐 代 表 協 議の 審 議 項 目 を 詰め る作 業が進め ら れ, イ ング ラ ンド銀 行 とE E C 委員 会の接 触 再 開 も 検 討 さ れ は じ め た が( 1 5 ', 同 時に, ブ リ ュ ッセ ル駐 在
フラン ス代 表 部は協 議 開催に否 定 的である と の報 告 も 届 きは じ め てい た。 全 般 的 経 済 政 策 調 整は O E C D で可 能であ り, イギ リスと 6 カ
国 間で の協 議 を 必 要とする関税 差 別 問題は ケ ネディ ラ ウンド で対 応 可 能であるというのが
フラン ス代 表 部の姿 勢であっ た。 こ の情 報に 接 した外 務 省は 5 カ国駐 在 大 使に対し, イギ リスが常 駐 代 表 協 議に寄せ る強い期 待 を各国 政 府に伝 える よう指 示 を 下 した=6)。 4 月2 9 日外 務 省か ら在 外 公 館に送ら れ た対E E C 政 策 を 説 明 する訓 電でも, 現 時 点で は ブ リ ュ ッ セ ル及び 6 カ国 首 都での外 交 的接 触が最 も効 果 的 な 実 務 協 議の可 能 性 を 持つ とさ れ て い た̀ 1 7)。
し か し 4 月 末シュ レ ー ダー 提 案に対 するフ ラン ス の反 対 姿 勢はさ らに強 硬 な ものとなっ
た。 ブ リ ュ セ ル駐 在フラン ス代 表 部は, イ ギ リスあるいは他の E F T A 諸 国と 6 カ 国の 間 で定 期 的多国 間協議システムを 構 築 すること は共 同体の発 展 を 阻 害 するものであ り あ く ま でも二国 間 協 議 しか認めないという姿 勢 を 示
した( 1 8)。
5 月になっ てもイ ギ リス政 府 内で は, 英 ‑ 6 カ 国常 駐 代 表 協 議は実 現 可 能である との前 提で E F T A 諸 国 及び 5 カ国との 間で の調 整 活 動が継 続 され, 政 府 内でもブ リュ ッセ ル駐 在 代表部の 人 員 増 加 な どが検 討 され て い た(1 9)。 し か し 5 月 8 / 9 日の E E C 外 相 理 事 会でも事態は進 展せず, 外 務 省はなお ドイツ に協 議 実 現 を 働 きかけは し た が, 5 月 半 ばに は, シ ュ レ ー ダ ー 提 案は実 現 不 可 能ではない
か との観 測が生 まれ は じ め て いた。 1 5 日駐 英 ドイツ大 便 と会 談し たヒ ー ス も, 5 カ国 側 に はフラン ス に対 する交 渉 能 力はあ ま り 残 さ れ て いないので はないか と述べあ きら め に近
い状 態であっ た。 5 月 末の E E C 閣 僚 理事会 で も 事 態に進 展 は見 ら れず, 5 カ 国 及び E E C 委 員 会 側にもこ の間 題がこれ 以 上継 続 することを 嫌 う 空 気が生じ ていた。 結 局, 徳 述 する ように 7 月の E E C 閣僚 理事会でフラ