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副詞「ちゃんと」の意味記述

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(1)

副詞「ちゃんと」の意味記述

一話し手による事柄への意味づけということ-

今西利之 要

本稿では副詞「ちゃんと」を考察の対象とし、その中にいわゆる様態の副詞とは 異なる意味・用法を持つものがあることを指摘した。そして、いわゆる様態の副詞 とは異なる意味・用法を持つものと考えられる副詞「ちゃんと」を「話し手による 事柄への意味づけ」という概念を用いることによって説明し、事柄のあり方を特徴 づけてはいるものの、その事柄のあり方は事柄の内側に客観的に存在しているもの ではなく、話し手が事柄の外側からさまざまな背景知識をもとにつくり出したもの であるとの見解を示した。更に「命題の中で、命題内容に関する付加的な情報を非 限定的に追加する」という働きを持つ副詞があるのではないかとの見通しを課題と して述べた。

1.はじめに

愼稿では副詞「ちゃんと」を考察の対象とし、その意味・用法の中にいわ ゆる様態の副詞とは異なる意味・用法を持つものがあることを指摘する。そ して、特に意味論的な側面からいわゆる様態の副詞とは異なる副詞「ちゃん と」を分析し、「話し手による事柄への意味づけ」という概念を導入するこ とによって、事柄のあり方を特徴づけてはいるものの特徴付けのプロセスが いわゆる様態の副詞とは異なるのではないかとの見解を示す。更に、副詞全 体の体系の中にどのように位置づけていくのかについての見通しを、課題と

して述べる。

2.様態の副詞としての「ちゃんと」

次の用例を見てみよう。

(1)勉強なんかどうでもいいから、もっとランプそうじをちゃんとおや り。おまえのシノンの切り方は、いつだってでこぼこだよ。

(山本有三「路傍の石』)

-1-

(2)

この用例における副詞「ちゃんと」は、動詞(句)「(ランプそうじを)やる」

の語彙的な意味が表す動き(事態)の成立に付随する諸側面のうちの一つで ある[ランプそうじのやり方]についての言及であると考えられる。このこ とは、波線部が[ランプそうじのやり方]のうちの一つである[ランプのシ ンの切り方]に関する話し手の聞き手に対する不満を述べた文であることか らもわかる。同様の例を次の(2)(3)で示す。

(2)「はい、どうもご苦労さんでした。僕もすぐ手伝いに行きます」と 言いながら、太郎がl運を踏みつぶしたままの運動靴をつっかけて駆け 出そうとすると、後ろから母の声が飛んで来た。「太郎!軒上をちやん

、〆、ハジ、ソ、ゾ、ソーグベジ、ソ、/

とおはきなさい。事故の!()とよ」(曽野綾子「太郎物語」)

(3)腸結核をわずらって、やっと接見室まで出て来た夏の日、重吉は、

椅子にちゃんとかけている体の力さえまだ無かった。ねまきを着て、

ずり落ちたように椅子にもたれこんでいる重吉の髪がすっかり脱けお ちて、テーブル一つをへだてたひろ子のところから見ると、生え際が ボーとすいて見えた。(宮本百合子『播州平野

(2)の副詞「ちゃんと」は、動詞「はく」の語彙的な意味が表す動き(事態)

の成立に付随する諸側面のうちの一つである[はき方]についての言及であ ると考えられる。このことは、波線部で太郎が踵の部分を踏んだ状態で靴を はいていることが描かれていることからもわかる。また(3)でも波線部で重吉 の椅子へのすわり方が描かれていることから、副詞「ちゃんと」が重吉の椅 子へのすわり方への言及であることがわかる。仁田(2002:PE77)では、

「事態の内側から、さらに言えば、事態の展開過程や実現の局面に存在した り伴ったりしている諸側面を取り上げ、そのありように言及することによっ て、事態の実現・成立のあり方を特徴づけたもの」を様態の副詞としている が、(1)から(3)の副詞「ちゃんと」はこの定義に合致する。また、飛田・浅 田(2002:Pn277-278)には副詞「ちゃんと」(「ちゃん」が見出し語になっ ている)の意味について「理想や規範の状態に完全に合致して模範的である 様子を表す。」という解説がある。このことから、(1)から(3)の副詞「ちゃん と」は、動詞の語彙的な意味が表す動き(事態)の展開過程や実現の局面に 付随する諸側面のうちの一つを取り上げ、それが理想や規範の状態に完全に 合致して模範的である様子を表す様態の副詞であると考えることができる。

-2-

(3)

3.様態の副詞らしからぬ「ちゃんと」

第2節で見たように、副詞「ちゃんと」の中には動詞の語彙的な意味が表 す動き(事態)の展開過程や実現の局面に付随する諸側面のうちの一つを取 り上げ、それが理想や規範の状態に完全に合致して模範的である様子を表す 様態の副詞であると考えることができるものがある。この点をふまえた上で、

副詞「ちゃんと」を含む次の(4)について考えてみよう。

(4)(筆者注:ヌードスタジオでのインタビュー)一○列ほど並んだ縁 台の最前列に座り、舞台にメモ帳を置いて“踊り子さん',と話した。

パフォーマンス中ではないから、ちゃんと服は着ている。

(松平維秋『松平維秋の仕事 オフイシヤル版〉j)

(4)の副詞「ちゃんと」が動詞「着る」の語彙的な意味が表す動き(事態)

の展開過程や実現の局面に付随する諸側面のうちの一つを取り上げvそれが 理想や規範の状態に完全に合致して模範的である様子を表しているとすれば、

この副詞は踊り子さんの服の着方、服の着こなしについての言及ということ になるのだが、はたしてそうだろうか。筆者には(4)は「服の着方、、服の着こ なし」ではなく「服を着ているかどうか」を話題にしている文であると感じ られる。同様の例を次の(5)(6)に示す

(5)津田はお延の指を眺めた。そこには自分の買ってやった宝石がちゃ んと光っていた。(夏目漱石「明暗j)

(6)腕をのばし洗面器をひき寄せると、その中にころがっているのは彼 の愛飲するボルドーのびんであった。ボルドー酒ならぬ単に赤く色の ついたサイダーなのである。ちゃんと栓抜きとコップもはいっている。

(北杜夫『楡家の人びと』)

(5)は「宝石の光り方」ではなく、「お廷の指で宝石が光っているかどうか」

を話題としている文、(6)は「洗面器の中での栓抜きとコップのたたずまい」

ではなく、「洗面器の中に栓抜きとコップが入っているかどうか」を話題にし ている文であると筆者には感じられる。更に次の(7)(8)を比較してみよう。

(7)(歯を)ちゃんと磨きなさい。

-3-

(4)

(8)ちゃんと歯を磨きなきい。

(7)は望ましい歯の磨き方をしていない聞き手に対して話し手が歯の磨き方 の改善を求めている文であるとの解釈が優勢であり、このような解釈をした 場合の副詞「ちゃんと」は様態の副詞であると考えられる。一方、(8)は歯 を磨こうとしない聞き手に対して話し手が歯を磨くことを促している文であ り、「歯を磨くか磨かないか」を話題にしている文であるとの解釈が可能であ ると考えられる。(1)(4)(5)(6)及び(8)に対する筆者の解釈が妥当なものであ るなら、これらの文の副詞「ちゃんと」は動詞の語彙的な意味が表す動き (事態)の展開過程や実現の局面に付随する諸側面のうちの一つを取り上げ、

それが理想や規範の状態に完全に合致して模範的である様子を表していると することはできない。すなわち様態の副詞とは異なる副詞であるということ になる。そこでこの点を裏付ける現象を二つ見ていこう。様態の副詞が否定 文で用いられた場合、次の(9)で示すように様態の副詞は否定のスコープの 中に入り、様態の副詞が否定の焦点となる。

(9)彼はゆっくりとは歩いていない。

(9)では動詞「歩く」の語彙的な意味が表す動きは否定されておらず、副詞

「ゆっくりと(は)」が表す動きの様態が否定されている。(2)ところが、次の (10)(11)で示すように、副詞「ちゃんと」が否定文で用いられた場合に、副 詞「ちゃんと」が否定のスコープの中に含まれていないことがある

(10)しかし、この時代にこれだけの絵画理論を結晶させて見せただけで も、ピカソだよ。しかも、あの網目の直線と柱の交錯を見なさい。そ れに一寸、松の枝ぶりの柔い線を配してある格好なんて、ちゃんと伝 統も失っちゃいない。これが活眼というものだよ。

(横光利一「旅愁』)

(11)えらい子だわ。それに母親にもちゃんと言わないでおくなんて。

(ラテイガンテレンス「シルヴイアって誰』)

(10)(11)ではそれぞれ副詞「ちゃんと」が否定の焦点になっておらず、動詞

「失う」「言う」の語彙的な意味が表す動きが否定されている。 の現象から、

-4-

(5)

(10)(11)の副詞「ちゃんと」が(9)の様態の副詞「ゆっくりと(は)」とは異な る働きを文中で行っていることがわかる。次に、(12)(13)で示すように、副 詞「ちゃんと」の中には用例数は少ないものの名詞(述語)と共起しているも のがある。

(12)海老原さんは二十年ほど前、袋井市の秋祭りでレモンの苗木を目に して、自宅でレモンを作って紅茶を飲もうと思い、購入。しかし、植 えた木にはまん丸の大きな実がつき始め、「植木屋ざんにだまされた と思った」ほど。実は秋から色づき始め、今では枝が実の重さに絶え きれなくなる前に切り取り、近所や知り合いに配って歩いているとい う。海老原さんは「色と味はちゃんとレモンです。マーマレードや化 粧品、お風呂に入れてもいいですよ」と話していた。

(読売新聞2004年1月29日朝刊(東京)33面)

(13)「やっぱりおれのいったとおり、ちゃんと男の子だ」

(海野十三『海野十三敗戦日記』)

そもそも様態の副詞は動詞の語彙的な意味が表す動き(事態)の展開過程や実 現の局面に付随する諸側面のうちの一つを取り上げているわけであるから、

動詞とのみ文法的な関係を築くはずであるd従って、名詞(述語)と共起して いる(12)(13)の副詞「ちゃんと」を様態の副詞と見なすことはできない。で は、これまで見てきた様態の副詞とは異なる副詞「ちゃんと」はどのような 働きを文の中で行っているのだろうか。次節ではこの点に関する考察を行う。

4.話し手の知識と副詞「ちゃんと」

様態の副詞とは異なる副詞「ちゃんと」の文中での働きを考察するにあたっ て、まず、次の(14)(15)の直感的な違いを考えてみよう。

(14)雨が降り出した。

(15)ちゃんと雨が降り出した。

(14)は「降雨現象の開始」を現実世界の客観的な事柄として描いている文で ある。話し手は何の背景知識を持っていなくてもこの文を産出することがで きるし、聞き手も何の背景知識がなくてもこの文の意味を理解することがで

-5-

(6)

きる。一方、(15)が(14)と同様に「降雨現象の開始」を現実世界の客観的な 事柄として描いている文であることは確かであるが、同時に話し手は(15)の 文を産出する以前に、例えば「天気予報で雨が予想されている」といったこ とを知っていなければならないだろうし、聞き手も話し手と同様のことを知っ ていなければ(15)の文の意味を理解することはできない。もし「天気予報で 雨が予想されている」ことを知らない聞き手が(15)を耳にしたら、(16)のよ

うな会話になることが予想される。

(16)A:ほら、

B:えっ、

ちゃんと雨が降り出したよ。

今日は雨の予報だったの?

このことから、なんらかの背景知識の存在が副詞「ちゃんと」の使用及び文 中での働きにかかわっていることがわかる。ではどのような背景知識が必要 なのだろうか。

我々は、文化的・社会的な知識や個人の経験・信条などに基づくさまざま な知識を有している。その中の一つに、どのような事柄が理想的・模範的で あるかということに関する知識があると仮定してみよう。(3)この知識は当然 文化や社会によって、また個人によって異なる場合もあるが、次に示すよう な知識は大多数の人が理想的・模範的であると認めているような事柄であろ う。

*予想通りに事態が推移するコト

このことをふまえた上で、先の(15)についてもう一度考えてみよう。話し手 は「天気予報で雨が予想きれている」ことをうけて「予想通りに事態が推移 するコト」が理想的・模範的であるとの知識を活性化させている。「降雨現象 の開始」という事柄は活性化ざれたこの知識と完全に一致するものである。

つまり話し手は「予想通りに事態が推移するコト」が理想的・模範的である との知識を背景として「雨が降り出した」という事柄を捉え、背景知識と当 該の事柄が一致していることを副詞「ちゃんと」を使うことによって表し、

そのことを通じて当該の事柄を意味づけていると考えるのである。副詞「ちゃ んと」の使用によって、背景知識である「予想通りに事態が推移するコト」

との一致という観点から当該の事柄が意味づけられていると考えられる実例

-6-

(7)

を次の(17)(18)に示す。

(17)直返事を出してくれれば、もう届く時分であるのにまだ来ない。今 夜あたりは殊によると来ているかも知れぬ位に考えて、下宿へ帰って みると、果して、母の手蹟で書いた封筒がちゃんと机の上に乗ってい る。(夏目漱石「三四郎』)

(18)部屋は奇妙にしんとしていた。まるで音抜きをされたような具合だっ たが、咳払いをしてみるとちゃんと咳払いの音がした。ナイフの刃を 出して、背中の部分でテーブルを叩いてみたが、これもちゃんとコン コンという音がした。

(村上春樹『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』)

(17)は「今夜は(手紙が)来ているだろう」との予想、(18)は「音を立てれば それに見合う音が聞こえる」との予想のもと、「予想通りに事態が推移する コト」が理想的・模範的な事柄であると考えられる。そして、これら知識を 背景とし、それぞれ「(手紙が)机の上に乗っている」「咳払いの音がする」

「コンコンと音がする」ことを捉え、背景知識と当該の事柄との一致してい ることを副詞「ちゃんと」が表し、そのことを通じて当該の事柄を意味づけ ている。

理想的・模範的な事柄にはさまざまなものが考えられるが、話し手はその 時々に応じて理想的・模範的な事柄についての知識を活性化させ、副詞「ちゃ んと」を用いて当該の事柄を活性化された背景知識との一致という観点から 意味づける。例えば次の(19)では「TPOにあわせて行動するコト」、(20)で は「捕虜には監視役がつくコト」、(21)では「季節の変化には、その兆しがあ るコト」がそれぞれ理想的・模範的な事柄に関する知識として活`性化きれて おり、iこれらの背景知識との一致という観点から当該の事柄が意味づけられ ていると考えられる。

(19)あのいつも煙突から這いだしてきたような爺さんが、今日はどうだ ろう、-体どこから借りてきたのだろう、かなりよれよれで変色して いたとはいえ、ちゃんと羽織袴に居ずまいを正しているのだ。

(北杜夫『楡家の人びと』)

20)そこで、彼等は私の手足の綱を解いてくれました。それでも、まだ

-7-

(8)

片足だけは鎖でベッドにしばりつけて、しかも、戸口には弾丸をこめ た鉄砲を持って、ちゃんと番兵が立っていました。

(ジョナサン・スイフト「ガリバー旅行記』)

(21)夏の中に、秋がこっそり隠れて、もはや来ているのであるが、人は、

炎熱にだまされて、それを見破ることが出来ぬ。耳を澄まして注意を していると、夏になると同時に、虫が鳴いているのだし、庭に気をく ばって見ていると、桔梗の花も、夏になるとすぐ咲いているのを発見

式るし、蜻蛉だって、もともと夏の虫なんだし、柿も夏のうちにちゃ

んと実を結んでいるのだ 『ア、秋』)

これまでの考察から、副詞 ちゃんと」の中には「話し手の持つ理想的・

模範的な事柄に関する知識を背景として、ある事柄をこれら知識との一致と いう観点から意味づける」という働きをしているものがあることがわかった。

このような見方をすることによって、副詞「ちゃんと」が否定のスコープの 中に入っていない文や名詞(述語)と共起している文について説明を与えるこ とができる。つまり、理想的・模範的な事柄は肯定文によって表される事柄 である必要もなければ、動詞文で表される事柄である必要もない。(10)では

「伝統は失われるべきではない」、(12)では「食べ物はそれぞれ固有の味を持っ ている」という理想的・模範的な事柄に関する知識を背景として、それぞれ

「伝統を失っていないコト」「味と色がレモンであるコト」をこれら背景知識 と一致しているという観点から意味づけていると考えれば、副詞「ちゃんと」

が否定のスコープの中に入っていないとしても名詞(述語)と共起していたと しても不思議ではない。また採集した用例の中には副詞「ちゃんと」が形容 詞(述語)と共起している例も少数ではあるが存在した。

(22)ミニバンの運転手など、一見ぶっきらぼうで、本当に降りるとこで 教えてくれるのかなと思うていると、ちゃんと「何本目の道を曲がっ て」という風に親切 田勇造「歌旅日記一ジャマイカ編」)

(22)では「運転手はお客に対して親切であるべきだ」という理想的・模範的 な事柄に関する知識を背景として運転手の対応を意味づけていると考えられ る。

-8-

(9)

5.「事柄への意味づけ」ということ

第4節では、副詞「ちゃんと」の中に「話し手の持つ理想的・模範的な事 柄に関する知識を背景として<ある事柄をこれら知識との一致という観点か ら意味づける」という働きをしているものがあるという考えを示した。そこ でもう一度、この働きといわゆる様態の副詞の働きとのちがいについて検討 してみよう。様態の副詞は、現実世界の客観的な事柄(特に動的な事態)に 内属する諸側面を取りあげることを通じて、事柄(特に動的な事態)のあり 方を特徴づけたものである。(23)の副詞「しとしと」の語彙的な意味は確か に「雨の降り方」として「降雨」という動的な事態に内属する側面である。

(23)雨がしとしと降っている。

しかし次の(24)の副詞「ちゃんと」の語彙的な意味は、既に第4節で指摘し たように、「天気予報での雨の予想」と「話し手の理想的・模範的な事柄に関 する知識」という外的要因の存在なしに説明することはできない。

(24)ちゃんと雨が降っている。

そしてこの外的要因は、「降雨」という動的な事態に内属する諸側面のうち の一つであるとは考えられない。つまり、(24)の副詞「ちゃんと」の語彙的 な意味は、事柄のあり方を特徴づけてはいるものの、それは事柄の内側に客 観的に存在しているものではなく、話し手が事柄の外側からさまざまな背景 知識をもとにつくり出したものであるということである。

次に問題となるのは、このような働きを持つと考えられる副詞「ちゃんと」

を副詞全体の体系の中のどこに位置づけるかということである。いわゆる様 態の副詞とは異なるということは既に再三述べているが、同時にいわゆる陳 述の副詞や評価の副詞などとも異なるようである。というのは、次の(25)か ら(27)で示すように、文末のモグリテイ形式との共起制限が副詞「ちゃんと」

には見られないからである。(4)

(25)「ちゃんと紐を結べよ」(曽野綾子「太郎物語j

(26)さ、早くあそこの木の穴に隠れて。あの入は私が追っ払います。隠 れた後、ちゃんと板で蓋をして。ざ、早く。

-9-

(10)

(トーマス・シャドウウェル『科学者大先生』)

(27)コンピューターがどうせ溢れかえるのなら、ちゃんと全体に脈絡を (富田倫生「青空のリスタート」)

付けようよという。

この点に関しての明確な答えを示すことは今のところできないが、「命題の中 で、命題内容に関して付加的な`情報を非限定的に追加する」といった働きを

もったものを認める必要があるのではないかとの見通しを持っているbこの ような見方をすることが、第3節の(4)に対して、「服の着方、服の着こなし」

ではなく「服を着ているかどうか」を話題にしている文であると感じられた 理由を説明することになるのではないかと考えている。そしてこの「付加的 な`情報の非限定的な追加」ということに「話し手による事柄への意味づけ」

というプロセスがかかわっているのではないかと考えるのである。

6.おわりに(今後の課題)

本稿では副詞「ちゃんと」を考察の対象とし、その中に「話し手の持つ理 想的・模範的な事柄に関する知識を背景として、ある事柄をこれら知識との 一致という観点から意味づける」という働きをしているものがあるとの考え を示した。この副詞「ちゃんと」はいわゆる様態の副詞とも、また陳述の副 詞や評価の副詞とも異なるものであると考えられるので、副詞全体の体系の 中にどのように位置づけていくのかが今後の課題となるが、「命題の中で、命 題内容に関して付加的な情報を非限定的に追加する」といった働きをもった ものを認める必要があるのではないかとの見通しを示した。今後の課題とし て残しておきたい。

-10-

(11)

(1)文脈次第で(7)(8)の解釈がかわることはあり得る。

(2)(9)では「ゆっくりとは」という形になっているが、これは様態の副詞が否定の焦点

であることを明示的に示すための現象であると考えられる。

(3)杉本(1998:PP58-61)ではこのような知識のことを「ICM(理想化認知モデル)」と

呼んでいる。

(4)工藤(2000:PE179-181)を参照。

参考文献

工藤浩(2000)「副詞と文の陳述的なタイプ」『日本語の文法3モダリテイ」

杉本孝司(1998)「日英語対照による英語学演習シリーズ8意味論2-認知

(くるしお出版)

飛田良文・浅田秀子(2002)『現代擬音語擬態語用法辞典」(東京堂出版)

仁田義雄(2002)「新日本語文法選書3副詞的表現の諸相」(くるしお出版)

3モダリテイ』(岩波書店)

意味論2-認知意味論一」

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