• 検索結果がありません。

労働組合法

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "労働組合法"

Copied!
17
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

1

労働組合法14条は、「労働協約の効力の発生」という見出しの下、次のように規定してい る。「労働組合と使用者又はその団体との間の労働条件その他に関する労働協約は、書面に 作成し、両当事者が署名し、又は記名押印することによってその効力を生ずる」、と。同条 を文理的に反対解釈すれば、「労働協約は、書面に作成し、両当事者が署名し、又は記名押 印することによらなければ、その効力を生じない」、と帰結されるかもしれない。しかしな がら、このような明文の規定は存在しないため、そのように解釈しなければならないわけで はない。すなわち、「労働協約は、書面に作成し、両当事者が署名し、又は記名押印するこ とによらずとも、その効力を生じる」、と解する余地が残されている。しかも、裁判例には、

労働組合と使用者間の合意が書面に作成されない事件も、少なからず存在する。それゆえ、

労使間の合意は、書面に作成し、かつ、労使が署名し、または記名押印しない場合、労働協 約の効力を生じるか、という問題が生起されるのである。

この問題をめぐっては、一般に、大きく三つの学説が対立している。その第1は、書面に 作成されず、署名または記名押印されていない労使間の合意にも、労働協約が有する規範的 効力を認める学説である。第2説は、それを否定するが、当該合意に民法上の契約としての 効力を認める見解である。これらとは反対に、第3説は、一切の法的効力認めない考え方で ある。このように、従来の学説においても議論はなされているが、いまだ意見の一致をみて いない。

他方、判例は、「書面に作成され、かつ、両当事者がこれに署名し又は記名押印しない限 り、仮に、労働組合と使用者との間に合意が成立したとしても、これに労働協約としての規 範的効力を付与することはできないと解すべきである」、と述べている。判例が、書面に作 成されず、署名または記名押印されていない労使間の合意に、労働協約の規範的効力を認め ない立場であることは、明らかである。しかし、判例は、そのような合意に一切の法的効力 が認められない、とまでは明言していない。

当該問題についての先行研究としては、萱谷一郎「『書面に作成されない労働協約の効力 論』契機」姫路工業大学一般教育部研究報告第7号(1996年)23頁がある。同論文の内容 は、次のように要約することができる。

成文化されていない労働協約は、法律上無効であるだけでなく、認識論上も無であり、存 在しない。労働協約は、法規範であればあるほど、明快な文章で、誰にでも認識できる状態 で存在しなければならない。書面にせずして、どうして組合員は、労働協約を認識可能なの か。具体的に認識できるからこそ、規範であるという意識が形成されてくるのである。労働 協約を法規範と解するなら、成文化は不可欠だと判断する。労働協約の現象形態から、労組 法14条は、当然のことを規定しており、強行規定であると解さざるをえない。労働協約は 契約の一類型である、と把握した場合、「契約自由の原則」の帰結としての「方式の自由」

があり、文書化の必要はない、という結論になりそうである。確かに、そのような場合があ ることは、認めねばならない。しかし、労働協約について実体法を創る場合には、それが訴 訟で問題になるときのことを考えて、手続きをも含めた総体としてのシステムとして考え

(2)

2

ておかねばならない。たとえば、一定の約束は、書面によらなければ実体法上効力がないも のとして、立証の問題を回避する。労働協約が、そのような場合に該当する。加えて、労働 協約の締結後に加入する者もいるのであるから、これらの者に共通の理解をもたせるため には、文書化が最低限の要件である。成文化されていない労働協約が無効であるのは、決し て労働協約の法的性質の問題ではない。成文化の要請は、労働協約というものの属性である。

書面に作成されない労働協約の効力如何の問題は、まったく労働協約の法的性質と関係が ない。

同論文は、書面に作成されない労使間合意の法的効力を論じる際、労働協約の法的性質は 無関係であることを強調する。すなわち、労働協約を法規範と解した場合でも、それを契約 と解した場合でも、書面に作成されない労使間の合意は、無効と帰結される、というのであ る。しかしながら、前者の立場では、労使間の合意を書面に作成しなければ、組合員に規範 意識が形成されず、法規範である労使合意そのものが存在しない、と解されるのに対し、後 者の立場では、労使間の合意が不存在であるとまでは解されない。とすれば、書面に作成さ れない労使間合意の法的効力如何の問題は、労働協約の法的性質と関係があるのではない か。のみならず、書面に作成されない労使間の合意が無効と帰結される場合、その無効とは、

どのような内容を有するのか。同論文が述べる、当該無効を不存在と同義に解する主張の理 由、および「絶対的無効」か、それとも、特定の者には主張できない、あるいは特定の者の みが主張できるという「相対的無効」かについては、言及されていない。

その他、書面に作成されない労使間合意の法的効力に関する外国法の研究として、平野義 太郎「勞働協約に關する獨逸の立法」法學協會雑誌40巻1号(1922年)85頁がある。同 論文は、1918年労働協約令(Tarifvertragsordnung,TVO(RGBl.1918,S.1456))の解説で あり、次のように述べている。労使間の合意が「若し口頭で合意されたときは如何なる効力 を發生するであろうか。固よりこの法令に所謂勞働協約と称することを得ないけれども、書 面に基づく協約を締結することを約する豫約と解すべきか、或いは法令第一條の効力無き 労働協約が設定せられ得るかに付き説が岐れてゐる」。同論文からは、TVO下でのドイツの 学説が、労働協約の予約と解する説、および規範的効力を有しない労働協約と解する説に二 分していることを知りうるが、その詳細については、不明である。

以上のように、書面に作成されない労働組合と使用者間の合意の法的効力をめぐる問題 状況は、混迷している。すなわち、従来の学説は対立し、その再検討を要するような新たな 判例も登場しているが、判例の立場には不明な部分がある。しかも、この問題についての先 行研究や外国法の研究は、少ない。当該問題に関する現在の状況を紹介したドイツ法の研究 も、存在していない。そこで、本稿は、書面に作成されず、署名または記名押印されていな い労働組合と使用者間の合意が、いかなる法的効力を有するか、についての解明を課題とす る(以下、「本課題」という)。上で紹介した萱谷論文による研究があるにもかかわらず、再 び当該問題をとりあげるのは、そこには、上述したように、労働協約の法的性質論とは関連 がないと帰結していることや、当該合意の無効の内容が明らかにされていない、という問題

(3)

3

が存在するからである。それに応じて、この問題も再検討する余地があるのではないか。さ らに、本課題を遂行するため、本稿では、ドイツ法を素材として検討を加えることにしたい。

なぜなら、わが国の労働協約制度は、それを支える基礎として、労働協約の不可変的効力が 規定されているように、ドイツの労働協約制度から相当強い影響を受けているからである。

加えて、前掲の平野論文で紹介されているように、ドイツ法では、書面に作成されない労使 間の合意を「労働協約の予約」と解する議論の蓄積があり、従来、わが国では、そのような 方向での議論も見られない。ドイツ法の検討を通じて、従来とは異なった新たな展望が開け る可能性がある。

したがって、以下、本課題に関するドイツの学説・判例法理を分析し、次に、その背後で 関連していると目される、ドイツにおける労働協約の法的性質論を分析して、さらに、その 基礎となっているドイツの民法学上の議論を整理する。その後、わが国における本課題に関 する裁判例を分析し、本課題に向けられた従来の議論を整理して、最後に、以上の検討を踏 まえ、本課題に関し獲得された知見と、その課題を明らかにする。なお本稿は、書面性を欠 く労使間合意の法的効力の再検討を目的とするものであるから、書面に作成されたが、署名 または記名押印を欠く合意については、直接の検討対象とはしない。

まず、ドイツにおいて、書面性を欠く労使間の合意はいかなる効力を有するか、という問 題に関するTVO下の法的状況は、次のようにまとめることができる。

通説は、書面によらない労使間の合意も労働協約として有効であるが、労働協約のすべて の効力を有するのではなく、債務的効力のみを有すると解している。ニッパーダイによる反 対説は、ドイツ民法典(Bürgerliches Gesetzbuch,BGB(RGBl.S.195))125条(方式の欠 缺による無効)にもとづき、書面性を欠く労使間合意を無効と解さなければならず、ただ

BGB140条(無効行為の転換)にもとづき、労働協約の予約に転換しうる余地があることを

指摘する。他方、ライヒ労働裁判所(Reichsarbeitsgericht,RAG)の判例は、学説における 無効説と同じく、書面性を欠く労使間の合意を法的に無効と解しているが、ニッパーダイの ように、無効な労使間合意が労働協約の予約に転換しうるか否かについては、言及していな い。これは、おそらく、労働協約の書面性の目的に関する、ニッパーダイと判例の理解の相 違が影響していると考えられる。すなわち、ニッパーダイは、書面性の目的が協約内容の明 確性にある、と考えているのに対し、判例は、それのみではなく、当事者が性急に労働協約 を締結しないよう防止する目的も含まれる、と解していることに、その要因があると解され る。なぜなら、BGBの通説に従えば、性急な締結の防止という目的を含む契約の方式は、

その予約においても当該方式を必要とするが、それ以外の目的を達成するための契約の方 式であれば、その予約には当該方式を要しない、と帰結されるからである。

このように、TVO下の学説においては、書面性は労働協約の規範的効力および一般的拘 束力の要件にすぎず、書面性を欠いても労働協約の債務的効力は有する、という見解が多数 であった。しかし、書面性を労働協約の要式と解し、BGB125条にもとづく無効、および同 140条にもとづく予約としての効力を有する余地を主張する説も、有力に存在した。他方、

(4)

4

判例は、無効説に立つが、労働協約の書面性には当事者の性急な締結を防止する目的も含ま れる、と解することから、予約への転換の可能性については言及してない、と解される立場 を示している。

1949年ドイツ労働協約法(Tarifvertragsgesetz,TVG(WiGBl.S.55))制定以後の学説で は、TVGが明文で労働協約の書面性を要件と定めたことにより、TVO下の無効説が支配的 となっている。すなわち、支配的見解によれば、労働協約の書面性は、当事者が性急に労働 協約を締結しないよう防止する目的を含まず、協約関係者のために労働協約の内容を明確 にする趣旨である。したがって、性急な契約締結の防止という目的を含まない本契約の方式 性は、その予約に際しては不必要である、というドイツ民法学の見解にもとづき、労働協約 の予約には書面性が不要、と解される。それゆえ、個々の事情の下では、BGB140条にもと づき、書面性の欠缺により無効な労使間の合意も、労働協約の締結へ向けた口頭による予約 と解される余地がある、と帰結されている。

支配的見解と同様に、ドイツ連邦労働裁判所(Bundesarbeitsgericht,BAG)の判例も、

書面性を欠く労使間合意が予約と解される場合を認める立場である。ただし、判例は、無効 行為の転換法理を用いていない。労使間合意の法的性質は、当事者の意思解釈の問題に帰着 し、民法の一般原則に従って解釈される。また、判例は、学説とは異なり、明確機能という、

労働協約の書面性の目的を協約被適用者のためにある、と狭く解釈している。さらに、判例 は、書面性の有無についても厳格に解している。判例において説かれる予約の概念は、将来 の本契約締結を当事者の一方だけでなく双方に義務づける、というものである。

しかし、近年、労働協約の予約も広義の労働協約といえ、また、書面性の明確機能は協約 当事者にも寄与することから、労働協約の予約にも書面性が必要であるとして、書面性を欠 く労使間合意は労働協約の口頭による予約に転換することはできない、と説く有力な反対 説も主張されている。また、近年のBAG判決には、従来の学説・判例が説得力のあるもの ではないことを指摘し、協約締結請求権の発生という、予約の法的効力に相当する書面性が 必要である旨を述べたものもある。

要するに、本課題に関するドイツ法の議論は、①方式を欠く法律行為を当然に無効とする

BGB125条、および無効行為の転換を認める同140条の規定が存することや、②労働協約

の書面性の目的に対するドイツ法独自の解釈、③予約に関する民法学上の解釈の労働法学 への援用に、その中心があると解される。

ドイツにおいて、このような議論が展開されている背景には、労働協約の法的性質論があ ると目される。これに関しては、TVG制定以前から、ヤコビに代表される、法律行為にも とづく労働協約の規範的部分の解釈が存在していたが、それを説得的に再構成した法律行 為説が1960年代に登場する。この学説は、ラムの主張する純粋な私法上の見解と、ベッテ ィヒャーの主張する私法上の形成権にもとづく見解に代表される。まず、ラムは、労働協約 の当事者を労働者側と使用者側で区別して考えるという、彼独自の区分理論を前提に、労働 者側の協約当事者を労働組合と考え(団体理論)、労働組合を社会法の理論にもとづく組合

(5)

5

員の後見人とみなす。この社会的後見とは、民法上の代理の改造であり、それゆえ、労働組 合は、組合員の代理人となって、労働協約により労働契約を締結するため、組合員は、これ を拒否することができない。このようにして、組合員に対する労働協約の規範的効力が生じ、

その規範的部分は、法規範ではなく、代理という法律行為である、と説明する。後者のベッ ティヒャーは、BGB317条(第三者による給付の確定)の規定を援用し、労働組合が、当該 規定の第三者となって、組合員の労働契約内容を決定することにより、労働協約の規範的効 力を説明することもできる、と立論する。ただし、TVGが制定されたことにより、このよ うな説明は不要になる旨が述べられ、TVGが規定する労働協約の法規範性については、否 定されていない。これら法律行為説の最大の欠点は、TVGが労働協約を「法規範」と規定 していることとの矛盾を解消できない点にある。

これに対し、労働協約の規範的効力の根拠は、私的自治にあり、憲法を頂点とする法秩序 への統合説と、団体構成員の委任にもとづき、その委任を団体への加入であると解する是認 説も唱えられている。これらの見解は、法律行為説が試みた、団体構成員の意思に労働協約 の規範的効力の根拠を求める、という視座を継承するも、労働協約の規範的効力を、代理や 第三者による給付の確定といった、法律行為的に労働協約の規範的効力を説明するのでは なく、協約当事者の私的自治である、と説明する。すなわち、構成員の私的自治が、委任と みなされる団体加入行為により、団体へと移行し、労働協約の規範的効力は、団体自体の私 的自治として現れるという。その主張の通時的な経緯としては、まず、ガルペリンが、団体 の私的自治構成による労働協約の法規範性の根拠を、憲法にもとづかせる説明を試み、それ をビーデンコプフが、憲法を頂点とする秩序と、その価値基準の下に位置づけ、最後に、こ の説の提唱者であり、当初、協約自治という概念の多義性を指摘して、法秩序における労働 協約の規範的部分の定位を試みるも、明確な結論をえられなかったツェルナーが、そこで獲 得された服従の概念を用いて、のちに是認説を総括する、という展開をたどった。加えて、

リヒャルディも、ベッティヒャーの見解の内に、私的自治にもとづく労働協約の法規範性の 端緒を見出し、労働協約の規範的効力を私法上の形成権力であると解しつつも、労働協約は、

法規範であるがゆえに、私法上の裁可にもとづかなければならないことを説いた。この是認 説は、次の授権説とともに併存しうる理論と評価されている。

これら私的自治説とは異なり、支配的見解は、労働組合が国家から立法権を恢復したこと、

つまり、労働協約という法規範が自治により設定されてきた歴史を把握するのではなく、労 働協約の規範的効力が法律によらなければ認めることができなかったという、理論史的な 事実を踏まえ、労働協約の規範的効力が国家の授権にもとづくと解する授権説を展開して いる。この説は、授権が私法的なものか、それとも公法的なものかという点で、さらに分か れており、前者が通説と位置づけられている。通説の代表的主張者は、ニッパーダイである。

彼は、労働協約が全体として私法的なものであることを次の三つの点から理由づけた。①私 法上の当事者が、②私法上の形態により、③私法上の内容を形成するという点である。また、

彼は、労働協約の規範的部分が規範設定契約であり、かつ実質的な意味において国家の法律

(6)

6

でもあると主張する。その理由としては、国家による立法権の授与を挙げている。後者の公 法上の授権説は、ニキシュにより主張されている。彼は、法規範の設定権限が国家から授け られたと解するなら、労働協約の規範的部分を公法的なものと解さなければならず、それゆ え、労働協約を、全体として私法的なものではなく、公法と私法の複合したものと解した。

しかし、授権説に対しては、TVG が、ドイツ連邦共和国基本法(Grundgesetz für die Bundesrepublik Deutschland,GG(BGBl.S.1))80条(法規命令)の規定する授権の前提 である、法定立権限の目的や内容、範囲等の明確な定めを欠いており、とりわけ労働協約が、

授権者である国家による監督に服していない、という点が反論として指摘されている。この 点に関し、最も詳細な批評を展開している代表的な論者が、ヴァルターマンである。彼は、

GG9 条(結社の自由)3 項による労働条件等の規制という国家の任務が、労働協約の当事 者に配分されている、換言すれば、当該領域については、国家が規制を断念したと理解し、

国家による授権が、そもそも存在しないことを論証した。さらに彼は、自由主義・民主主義 国家においては、多様な社会の法が自由で自主的に創造できるという、法の多元論も許容さ れ、それゆえ、国家が法の定立を独占するのではなく、国家には、国家以外が設定した規範 の「法としての有効性」を決定する権限があるにすぎない、と説く。

学説は、一般的に以上の三説に大別されるが、これら以外の少数説も見られる。それは、

ショルツの参照理論とレルヒェの見解である。前者は、労働協約の規範的効力がTVGの規 定自体から導出されることを主張し、後者は、労働協約自体が法定立という国家の責務を継 承したため、その規範的効力が生じる、と解する説である。しかし、これら少数説は、労働 協約の規範的効力が当事者の意思にもとづくか、それとも国家の授権にもとづくか、という 論争の解決には寄与しない。

他方、判例は、学説の支配的見解である授権説に従っている。すなわち、労働協約の規範 的効力は、GG9条3項が団結権を手段の点についても保障していることに根拠を有するが、

より具体的には、GGの施行法であるTVGの規定から読み取れる、国家の授権にもとづく、

という立場である。

要するに、ドイツにおける労働協約の法的性質をめぐる議論は、①労働協約が法律の明文 で「法規範」と規定されるに至った歴史的経緯、②労働協約が、規範設定契約(規範的部分)

と債権法上の契約(債務的部分)により構成される複合体という理解、③労働協約の規範的 部分が国家の制定法と同視されていること、④法哲学的議論と結びついた、労働協約による

「自治」(協約自治)概念の多様な理解に、その中心があると解される。

ひるがえって、ドイツ民法学においては、法定方式の欠缺による無効(BGB125条1項、) は、原則として、厳格に解さなければならず、信義誠実の原則(BGB242条)によっても有 効と解することはできない、と説かれる。その理由としては、①法秩序自体が、方式を欠い た法律行為を有効と認める意思を有していないこと、②無効という法的効果が、方式を遵守 させる唯一の手段であること、③無効と解さなければ、法律の定める方式には、単に方式を 推奨する意味しか残らないこと、④方式についての法的安定性を損なうことが挙げられて

(7)

7

いる。この方式欠缺による無効(以下、「方式無効」という)は、裁判官が職権上考慮でき、

当事者の意思には左右されない。

しかしながら、判例は、契約当事者の一方に「まったく耐えられない結果」がもたらされ るなら、信義誠実の原則にもとづき、例外的に方式無効を否定している。具体的には、①方 式無効を認めることにより、契約当事者の一方の生活基盤が危険にさらされる場合、②契約 当事者の一方が、他方に対して、とりわけ重大な誠実義務違反を犯した場合である。ただし、

判例は、当事者の双方が方式の必要性を承知している場合には、原則として、方式無効を否 定しない。もっとも、再三にわたり、方式を欠いていても契約の履行を遵守する旨の発言が なされたケースにおいて、両当事者が方式の必要性を承知していたにもかかわらず、当該発 言をした当事者からの方式無効の主張を「許されていない権利行使」にあたると判断し、方 式無効を否定した判決も存在する。

他方、ドイツの民法学説においては、判例が用いる「まったく耐えられない結果」の要件 には、方式無効の遵守という、裁判官に対する警告機能があると評価されているが、その当 否を決定づける事情については何も述べておらず、種々の見解を成り立たせるゆえ、実体の ない内容空虚な常套句に堕している、と批判されている。そこで、通説は、方式無効の例外 を理由づける事実について、次のように類型化する。①契約当事者の一方による、方式遵守 についての悪意の欺罔、または故意の妨害の場合、および②自己背反行為の場合である。な ぜなら、何人も自己の悪意的行動から法的利益を得てはならない、という法原則が上位する からである。ただし、この通説とは異なり、方式無効と信義誠実の原則が相互補完的に影響 しあうという認識から、方式に違反してなされた法律行為を有効と解しうる場合の事情と、

それ以外の場合の事情を比較・検討すべきことを主張する有力説もある。

もとより、BGBの起草者は、方式無効が上位であり、方式規定に対する信義誠実の原則 の主張を許さない見解であった、と解されている。しかし、BGB起草者の見解に対しては、

時代錯誤の見解であるとの指摘がなされている。すなわち、方式無効と信義誠実の原則は、

相互に等価値であり、その管轄の範囲は、双方から離れて画さなければならない、と。

信義誠実の原則の法的効果については、方式違反の契約を有効な契約と解する立場が通 説である。しかし、法律上・非契約上の責任としての「履行責任」を説く見解もある。また、

これらの学説に対し異議を唱える有力説として、ヘーゼマイアーとゲルンフーバーの見解 も挙げることができる。へーゼマイアーは、方式欠缺の法律行為を無効と解することが、法 律行為と方式の一体化につながるという理解から、方式無効の例外を否定している。ゲルン フーバーは、信義誠実の原則の適用を否定する。その理由として、信義誠実の原則は、現に 存在する法を弱め、または否定する効果を有するのであり、存在してもいない権利を生じさ せる効果まではないことを説く。ただし、彼も、当事者の一方の過失が、他方のそれより重 い場合には、他方当事者に履行請求権を認める。しかし、このゲルンフーバーの見解に対し ては、当該契約が無効と解されるなら、履行請求権を理由づける規範が足りない、という批 判がなされている。もっとも、通説も、方式無効を承知していながら契約を締結した場合に

(8)

8

は、自己背反行為の原則を適用することはできず、かつ、法的に有効であることの信頼も生 じないため、当事者の態度にもとづく信頼責任の余地はない、と解している。つまり、両当 事者は、法秩序が当該取り決めを正当と認めないこと、および履行請求権が付与されないこ とを承知していたのであり、この認識ある過失にもとづき、危険を負担する。ゲルンフーバ ーによれば、法秩序には自尊の原理があり、およそ故意に法秩序に違反する者は、みずから 危険を負担して契約しなければならない。同様に、当事者の一方が、初めから実行する意思 を有していなかった場合にも、契約は有効と解されない。なぜなら、他方の当事者は、法秩 序にもとづき、当該契約が正当と認められないことを承知しているからである。加えて、信 義誠実の原則は、契約締結上の過失等にもとづく損害賠償請求権、または不当利得請求権を 用いた適切な解決が不十分である場合にのみ、適用される。

この方式無効の例外が認められる一般的な理由として挙げられているのは、方式の目的 である。それは、次の八つに大別される。すなわち、①契約の締結を明確にするため、②契 約の内容を明確にするため、③証拠として残すため、④当事者が軽率に行動しないようにす るため、⑤第三者へ情報を提供するため、⑥専門家の助言を得る契機とするため、⑦社会の 利益を実現する観点から監督するため、⑧社会の利益を実現する観点から当該契約を阻止 するため、である。とりわけ、書面方式については、必ずしも契約の内容が明確になるとは かぎらないことが、指摘されている。なぜなら、その方式を熟知している者は少なく、また、

当事者が、書面に彼らの意思を正確に記さないかもしれないからである。このように、書面 方式には、不慣れな者が損害を被るという短所があり、ことさら、その長所を強調する必要 はない、といわれている。また、方式を欠いた法律行為も有効と解するが、訴訟の際、人証 の提出を制限する、という考え方も妥当でないことが説かれる。というのは、裁判官の真実 追求を制限することにつながるからである。それゆえ、故意に方式の欠缺をもたらした当事 者が、他方の当事者をも保護している方式について、その欠缺による無効を主張することは できないが、契約は、信義誠実の原則等を介して、例外的に有効と解される。つまり、当該 契約の他方当事者には、結果的に、不当利得返還請求権の制限、および損害賠償請求権の制 限が帰結される。

このようなドイツ民法の法的状況に対し、ドイツ労働法学においては、民法上の個別契約 について示された法定方式に関する判例は、労働協約などの集団協定には妥当しない、と解 されている。とりわけ、これは、信義誠実の原則にもとづく書面性要件の制限について、主 張されている。なぜなら、TVG1条2項の書面性は公益を目的としているため、信義誠実の 原則による空洞化が許されないからである。BAG判例も、信義誠実の原則にもとづき、書 面性を欠く労使間合意を労働協約として有効と解することはできない、という立場である。

つまり、労働協約の書面性における法的安定性および法的明確性という、公益が考慮されて いる。ただし、ニッパーダイは、信義誠実の原則にもとづき、労働協約の方式無効の主張が 不適法となりうる余地を説く。また、BAG判例では、労使慣行にもとづき、労働協約の書 面に記されていない請求をなすことも、不可能であることが示されている。

(9)

9

上記「方式無効の法律行為」の法的効果は、①履行請求権、②不当利得返還請求権、③損 害賠償請求権の発生である。契約当事者の一方が、故意・過失により、法定方式欠缺の原因 を生じさせた場合には、契約締結上の過失にもとづき、履行請求権または損害賠償としての 履行利益が、他方当事者に生じる。したがって、当該契約が、信義誠実の原則により有効と 解される場合には、損害が発生していないため、損害賠償請求権は生じない。ただし、この ような通説に対しては、私的自治・契約自由の原則を無視している、との批判もある。すな わち、履行請求権を認める通説とは異なり、契約の有効性に対する相手方の信用にもとづく 履行「利益」請求権(金銭請求権)が説かれる。もっとも、契約当事者の双方が、方式の必 要性を承知していた場合には、予約にもとづく本契約類似の責任を求める意思が存在しな いため、そのような責任を認める必要はない。

とはいえ、既述のとおり、法定方式の欠缺による法律行為の無効は、BGB140条にもとづ き、他の有効な法律行為に転換することはできる。それゆえ、信義誠実の原則にもとづいて、

当該法律行為が有効と解される場合には、無効な行為が存在していないこととなり、他の法 律行為への転換はできない。当事者が方式無効を承知していた場合も、同様である。なぜな ら、このような当事者は、無効行為の転換に対する欲求がないだけでなく、保護にも値しな いため、転換をなす法秩序上の利益がないからである。反対に、法律行為の有効性が不明の 場合には、合意された行為は有効と解される。無効行為の転換は、仮定の当事者意思を必要 とする。すなわち、当事者は、無効を知っていたなら、何をするつもりであったか、という ことが探求される。その際、裁判官は、転換後の行為によって理性的な当事者の求めた経済 的成果が達成されるか否か、という考慮に左右される。双務契約に際しては、無効行為の転 換により不利となる当事者の仮定の意思が決め手となる。この仮定の当事者意思の推定に 関して、実際の当事者意思や、転換後の行為が一般的に行われているか否か、事後の事情変 化は、問題とならない。ただし、当事者自身が方式を定め、または一義的な意思を表明して いる、ならびに他の行為を行う意思を有しないなど、当事者の意思は顧慮しなければならな い。また、法律が定める方式規定の目的も害してはならない。訴訟に際しては、当事者によ る無効行為の転換の主張は不要である。事実の説明責任および立証責任は、無効行為の転換 により法的効果を導出しようとする当事者の側にある。

そこで、通説によれば、無効な労働協約も、無効行為の転換により、労働協約の予約と解 される余地がある。予約とは、当事者の双方に契約締結義務を課す契約、または一方の当事 者のみに当該義務を課す契約である。予約の根拠は、契約の自由にある。ただし、当事者の 交渉中には、予約は存在しない。ゆえに、当事者が本質的な点を書面化したが、なお副次的 な点について交渉する場合には、予約は存在しない。当事者が経済的成果を直接かつ最終的 にもたらす意思を有する際も、予約ではなく本契約が存在する。すなわち、①当事者の一方 からのみであっても、取り決めるべきだと主張された、契約上のすべての点が一致しないか ぎり疑わしく、そのときには、まだ当事者は拘束意思を有していない。反対に、②疑わしい ときでも、契約上の本質的な点が、すべて一致しているなら、最終的な契約と解することが

(10)

10

原則であり、例外的にのみ予約と解される。ただし、すべての事情から拘束意思の存在が判 明するなら、①の解釈準則の例外は認められる。また、当事者を一時的に拘束する理由があ る場合には、②の解釈準則の例外も認められる。他方、当事者の一方的な意思表示による契 約完成権を付与する契約は、予約とは異なり、完成権授与契約と呼ばれる。予約との相違は、

契約完成権が形成権であり、予約のように請求権を発生させない点にある。予約の方式につ いては、本契約に方式が必要であるなら、原則として、その予約にも本契約の方式が必要で ある。ただし、方式の目的が契約の明確性や証拠保全である場合、その目的は、本契約の際 に方式を遵守することによって達成されるため、そのような予約には本契約の方式が不要 と解されている。最後に、本契約の締結を拒む当事者に対しては、本契約の締結を求めて提 訴しうる。この判決が確定すれば、当該当事者の意思表示が擬制され、本契約は成立したも のとみなされる。これにより、当事者は、契約上の給付請求権を有する。したがって、予約 の成立前に、本契約上の義務の存在確認訴訟を提起することは、原則としてできない。ただ し、債務不履行の可能性がある場合には、本契約の成立前に、本契約上の給付を求める訴訟 を提起できる。さらに、本契約締結義務の存在・不存在確認をすることが、当事者の利益と なるなら、このような確認訴訟も許される。加えて、債務不履行に際しては、従来、①履行 遅滞にもとづく損害賠償請求、②本契約の締結を拒否し、それによる債務不履行にもとづく 損害賠償請求、③予約の解除が可能と解されてきた。

要するに、本課題に関するドイツ民法学とドイツ労働法学の交錯した議論は、①合意は遵 守されるべきであるという解決や、訴訟における人証の排除という解決では、裁判官の職権 を侵害してしまうこと、および法律行為と方式は一体であることを理由とする、方式無効の 原則、②法秩序は、法定方式を承知している当事者を救済しない、ということにもとづく、

当該場合の方式無効、③ドイツ民法上の理論の補充と解しうる、TVGにおける方式無効の 理由を労働協約の法的安定性・法的明確性に求めるドイツ労働法上の解釈、④「無効行為の 転換」の主観的要件としての当事者の仮定的意思と、予約の要件としての当事者の拘束意思 および予約内容明確性に、その中心があると解される。

これに対し、わが国の本課題に関する裁判例は25件あり、それらは次のような特徴を有 するということができる。

まず、書面性を欠く労使間合意も労働協約と解することができるか、という論点自体が争 点の中心であった裁判例は、1件のみであり、その他すべてが、請求に関連する事項として、

当該論点を判断しているにすぎない。しかも、1件を除き、すべて労働者または労働組合か らの請求事案である。この2件の例外的な事件において、前者は、労働協約の有効性の確認 を原審へ差戻し、後者は、使用者の協定書作成拒否に対する不当労働行為再審査救済命令取 消請求を認容した。その他の事件では、請求内容は多岐にわたるが、請求が認容された事件 のうち、棄却事例のない請求は、①従業員地位停止仮処分の取消申立、②解雇の効力仮停止 申請、③夏期一時金等仮払いの仮処分申請、④協定書未作成に対する不当労働行為救済命令 の取消しであり、そのすべてが仮処分申請事件または救済命令取消請求事件である。反対に、

(11)

11

請求が棄却された事件では、3件を除いて、そのすべてが賃金請求または損害賠償請求事件 である。さらに、労働組合の請求は、すべて棄却されている。したがって、金銭請求に関し ては、それを認容しない傾向が裁判例にはあり、労働組合からの請求は退けられる傾向にあ る、と解することができる。

次に、事実審がほとんどであることから、詳細に具体的な事実が検討されているが、判断 に際しての決定的な事実(判断要素)は、次のように類型化することができる。①なんらか の書面(例えば、「会社回答・妥結通告について」と題する文書や、「労働協約改訂に関する 協定書」)が存在しているか否か、②合意時の当事者の意思解釈、特に明確な最終意思の合 致の有無(例えば、当該合意と未合意事項との不可分性)、③交渉の経緯(例えば、信義誠 実の原則違反等の可能性や労使慣行)等である。

また、労働協約の書面性の趣旨についての解釈は、次のように収斂されている。①労働協 約の労使間安定機能にもとづき、労使の確定意思を直接確認できるようにするため、②労働 協約を慎重に締結させるため、③労働協約の締結・内容を明確にして、未然に紛争を防止す るためである。

最後に、本課題に対する見解は、次のように分かれている。①無効と解する裁判例が3件、

②単純な私法上の契約(書面によらない贈与)としての効力を認めた裁判例が1件、③第三 者のためにする契約としての効力を認める裁判例が 1 件、④労働協約としての効力を否定 した裁判例が8件、⑤規範的効力を否定した裁判例が4件、反対に、⑥規範的効力を認め る裁判例が2件(ただし、労働協約に準ずる効力を認めた裁判例を含む)、⑦労働協約とし ての効力を認めた裁判例が 2 件である。すなわち、法的効力を一切否定する旨明示してい る裁判例は、3件のみであり、なんらかの法的効力を是認する、換言すれば、法的効力を否 定しない傾向にあると解することができる。

このように、わが国の本課題に関する裁判例は、労働者または労働組合側からの請求がほ とんどを占め、その認容と棄却が拮抗しているが、労働組合の請求が認められた事例はなく、

そのほとんどが、傍論であることが多い。また、認容された事例のすべてが、仮処分申請ま たは不当労働行為救済取消事件であり、金銭請求に関しては、棄却が大半である。しかし、

これら少数の裁判例から、なんらかの書面の有無、当事者の意思解釈および交渉の経緯等を 判断要素としていることがうかがえ、労働協約の趣旨を①当事者意思・合意の明確性、②当 事者の性急な締結の防止および③紛争防止に求めていることが看取される。ただし、本課題 に対する見解はさまざまであるものの、法的効力を完全に否定した裁判例は、わずかである。

最高裁判所により、書面性を欠く労働協約は労働協約としての効力を認められないことが、

判例として確認されたと解されるが、既述したとおり、最高裁判所は、書面化されない労使 間合意に規範的効力が認められない旨を判示したものであり、その契約としての効力をも 否定しているわけではない、とも解釈しうる状況である。

他方、わが国の学説における労働協約の書面性についての理解は、次のように要約しうる。

まず、書面性を労働協約の効力発生要件と解しているが、同時に労働協約の成立要件と解

(12)

12

する見解も見受けられる。また、書面性を労働協約の「形式」と表現している文献と、労働 協約の「方式」と表現している文献が存在する。これらの相違は、書面性が労働協約を組成 する「本質」と理解しているか、それとも単なる「手続」にすぎないと解しているか、とい う見解の差異を背景にしていると解される。

次に、労働協約における書面性の趣旨・目的としては、①労働協約に関する無用な紛争の 防止、②労働協約の慎重な締結、③労働協約の内容の明確性、④労働協約成立の証拠、⑤当 事者の最終的な意思の確定を挙げる。

上記の理解にもとづき、わが国の学説においても、ドイツ法や判例と同じく、組法14条 の目的論的解釈論が展開されている。すなわち、書面性を欠く労使間合意の効力に関する日 本の学説は、既述のとおり、次の三つの見解に大別される。①規範的効力があると解する説、

②規範的効力はないが、一般の契約としての効力はあると解する説、③規範的効力も一般の 契約としての効力もないと解する説である。これら学説は、それぞれの論者により、説明の 仕方に微妙な差異はあるが、大きく次の二つの点で異なっている。

第1に、労働協約の規範的効力は、労組法によらずとも生じると解しうるか、という点で ある。換言すれば、規範的効力は、労働協約の本来的効力または憲法28条にもとづく効力 と解する立場か、それとも労組法16条によって創設された効力と解する立場かという相違 である。前者ならば、労組法14条の要式を欠く合意も規範的効力を有し、後者ならば規範 的効力がないと帰結される。これは、労働協約の法的性質を社会自主法説的または憲法授権 説的に解するのか、あるいは労組法16条授権説的に解するのかという問題でもある。いず れの学説も汲むべき点はあるが、社会自主法説的または憲法授権説的に解すると、労働協約 の締結方式を規定した労組法14条が無意味に帰する、という問題が残る。

第2に、労組法14条は、同条所定の書面を欠く労働組合と使用者間の合意には、法的効 力を一切認めない趣旨で規定されたのか否かという点である。つまり、書面性を規範的効力 のみ、または債務的効力も含む労働協約の効力発生要件と解するか、それとも労使間合意の 効力発生要件と解するか、という見解の相違である。これは、法が労働協約以外の労使間合 意を認めない趣旨であるのか否か、という問題でもある。この点に関し、多くの論者が、上 記四つの同条の立法趣旨を挙げてはいるが、それらの間の優先順位は明らかにされていな い。したがって、その中心が、当事者の最終的意思を確認するという趣旨にあると解すれば、

法的効力は否定されないと帰結されるが、他方、労使間の紛争予防の趣旨を重視し、口約束 の状態で法的効力を認めると、かえって労使の紛争を惹起しかねないため、一切の法的効力 を否定する意味である、と解することもできる。

ただし、学説は、書面性を労働協約の効力発生要件として柔軟に解する見解が多数を占め、

書面性を厳格に解する裁判例の傾向とは異なる。

以上、本課題に関するドイツ法と日本法の状況を分析した結果、次のことが判明した。

ドイツにおいて、書面性を欠く労働組合と使用者間の合意は、労働協約としては無効であ る。その理由としては、まず、書面性が労働協約の効力発生要件だからである。すなわち、

(13)

13

第二次世界大戦前のTVOにおいては、労働協約の定義規定に書面性の言及があるにすぎな かったため、書面性が労働協約の効力発生要件とは解されなかったが、現行のTVGにおい ては、書面性が労働協約の効力発生要件として明文で規定されていることにもとづく。第二 の理由は、BGBにおいて、法律の定める方式を欠く法律行為が無効である旨を定めた、明 文規定の存在である。

法律の定める方式を欠く法律行為を無効とする、当該規定が置かれている理由としては、

次のようなことが挙げられている。第 1 に、法自体が当該行為の有効性を認める意思がな いこと、第2に、方式を遵守させる手段としては、無効以外にないこと、第3に、無効と解 さなければ、方式規定が強行規定でなくなること、第4に、方式についての法的安定性を損 なうことである。

他方、BGBには、無効行為の転換を定めた明文規定も存在している。この規定にもとづ いて、ドイツ労働法学では、労働協約として無効な「書面性を欠く労働組合と使用者間の合 意」を他の法律行為として解釈することは可能、と考えられている。つまり、当該合意を労 働協約の予約と解する余地を認める。労働協約の予約には、書面性が不要と考えられるから である。そのように考えられる所以は、労働協約の書面性が、労働協約を適用される労働者 および使用者に、その内容を周知させるためのものであり、したがって、当該合意を労働協 約の予約と解しても、予約からは、その当事者を拘束する法的効力しか発生しないため、そ の内容を労働者および使用者が承知する必要がない、という理由にもとづく。

このような法律構成の背後には、労働協約の法的性質が関連していると目される。労働協 約は、その規範的部分を法規範と解さざるをえないにせよ、全体としては、私法に属すると 解されているのである。その理由としては、次の3点が挙げられている。第1に、労働協約 の当事者は、労働組合および使用者という、私人であること、第2に、労働協約の内容は、

労働契約に定めらる労働条件や、労働組合と使用者の関係など、私法上の内容であること、

第三に、労働協約の締結は、労働組合と使用者間の合意という、私法的な形態であることを 挙げる。要するに、労働協約は、その規範的部分が規範設定契約、債務的部分が債権法上の 契約と解されている。

ただし、労働協約の規範的部分を法規範と解するかぎり、労働協約は、公法と私法の両方 に属すると解さざるをえない、という有力説もある。なぜなら、法規範とは、国家の立法の 一部であり、労働協約の当事者は、国家から労働条件等に関する立法権を授けられた、と解 する以外に説明できないからである。

これに対し、法規範の設定は、私法上も可能である旨を主張する、有力な学説もある。そ の理由は、私法が労働協約を法規範として認めた、と解すればよいからである。すなわち、

私法とは、私的関係を自己決定する「私的自治の法秩序」であり、労働協約も、労働組合と 使用者が労使関係という私的関係を自己決定する「私的自治にもとづく法規範」であるから、

その私的自治の法秩序内に労働協約を法規範として位置づけることができる。ただし、労働 協約は、「私的自治」にもとづく法規範であることから、その規範的効力の根拠は、労働者

(14)

14

と使用者が、それぞれ労働組合と使用者団体に加入することにより、労働協約に従う意思を 表明していることに求めなければならない。

これらの見解とは反対に、労働協約の規範的部分を法規範とは解さず、労働協約全体を債 権法上の契約と解する学説も存在する。しかし、TVG が、労働協約には法規範が含まれる ことを明文で規定しているため、この学説は支持されていない。

BAGの判例でも、書面性を欠く労使間の合意を労働協約の予約と解する余地があること を認めるが、その理由づけは異なっている。学説のように、無効行為の転換という法律構成 はとらず、あくまでも、当事者の意思解釈にもとづいて、その余地が認められるにすぎない。

その理由の一つとして、予約に関する民法上の議論が影響していると理解できる。つまり、

無効行為の転換には、当事者が無効を知ったならば他の法律行為をしたであろうという、仮 定の当事者意思が認められればよいが、予約には、それを締結するという、実際の当事者意 思を要する。この齟齬を回避すべく、判例は、学説とは異なり、無効行為の転換という立論 を採用していない、と解される。

他方、ドイツ民法学の議論では、法律の定める方式を欠く法律行為も、例外的に当該行為 の効力が認められる場合を許容している。それは、法律行為の無効という帰結が、当事者の 一方に「まったく耐えられない結果」をもたらす場合である。具体的には、方式の必要性に ついて、当事者の一方が他方を欺いた場合を指す。したがって、信義誠実の原則にもとづき、

「法律の定める方式を欠く法律行為は無効である」との原則を修正し、当該法律行為を有効 と解する。

ただし、当事者の双方が、法律の定める方式の必要性を知っていたならば、法律の定める 方式を欠く法律行為を有効と解することはできない。なぜなら、そのような当事者は、無効 の危険を負担すべきだからである。

しかしながら、この例外的に有効と解するドイツ民法の理論を労働協約に援用すること はできない。労働協約の書面性の目的は、上述したとおり、労働協約を適用される労働者お よび使用者が労働協約の内容を知るため、換言すれば、労働協約の当事者以外を対象とした 公益目的だからである。ドイツ民法の理論は、締結・内容の明確性や証拠目的、性急な締結 の回避など、当事者のための私益目的を考慮して形成されている。

ドイツ民法においては、法律行為が方式を欠き無効な場合でも、次のような法的効果は認 められる。当事者の一方が無効の原因を故意または過失により生じさせた場合には、契約締 結上の過失にもとづき、他方に履行請求権または履行利益の損害賠償請求権が発生する。

わが国の本課題に関する法的状況は、労働協約の書面性の趣旨を、①労働協約の当事者に 熟慮を促すこと、②労使間合意の存在と内容の明確化、③当事者の最終的意思の確認、④労 使紛争の防止に求め、かつ、これらと交錯し、規範的効力の根拠論という狭義の労働協約の 法的性質論にもとづく、上記の三説的な理解と、裁判例における、労働協約としては無効と 解する傾向である。ただし、裁判例においては、①なんらかの文書等、証拠の存在、②最終 的合意の存在にもとづき、当該合意に法的効力を認めている。

(15)

15

以上を前提とすれば、本課題に関する次のような消極的主張(批判)をすることができる。

まず、わが国の労働組合法には、TVGのような、労働協約が法規範を含むという明文規 定は存在しない。したがって、労働協約が法規範を含むゆえに、理論的には、労働協約の規 範的効力の根拠を国家からの授権に求めざるをえなかった、ドイツの通説に依拠した労働 協約の法的性質論である必然性はない。たしかに、ドイツの協約理論は、産業別協約の実態 を前提とした立論であることは否定できないが、ドイツにおける労働協約の法的性質論を 分析するかぎり、それが主な理由とは解されない。しかも、①国家から授権されたという事 実が存在しないこと、②授権の前提と解される、当該授権の内容・範囲等、詳細な法律上の 規定を欠いていること、③労働組合や使用者団体は、権利を授けられた者であるにもかかわ らず、国家から監督されていないこと、④授権を主張するならば、労働協約が公法と私法に 両属するとも解しうること、しかしながら、⑤労働協約に公法の原理を適用する解釈を展開 する学説は見受けられないことなど、授権説には欠点もあることが指摘されている。さらに、

ドイツの労働協約には、実態的に法規範的性質が内在しているとも指摘されるが、わが国と 同じく、それは労使のみに適用されているのであり、法理的には、部分社会の法であって、

社会全体に適用されているわけではなく、法哲学上の法規範の定義からは逸脱しているこ とを指摘する、わが国における授権説の根拠の一つを崩す有力な反論も主張されている。

では、わが国の労働協約が法規範を含むと解釈する必然性はないとするならば、労働協約 の規範「的」効力の根拠を説明する際、授権説以外のドイツ法理論が示唆となりうる。すな わち、労働協約の規範的効力の根拠を労働者および使用者の意思、つまり労働組合および使 用者団体への加入に求める立論が示唆となりうる。しかも、労働協約の規範的部分を法規範 と解さなければ、ドイツ法の議論のような、国家からの授権や、法秩序への労働協約の定位 なども考慮せずにすむ。概観すれば、ドイツの通説が指摘するとおり、労働協約は、その当 事者が私人であり、その内容も私法的なものであり、かつ、合意という私法的な形態である ことから、私法秩序内に位置づけることはできる。加えて、労働協約の法的性質論を狭義(規 範的効力の根拠論)においても、広義(労働協約全体の法的性質論)においても、私法的に 説明しうるとすれば、労働協約には私法の原理が適用されることを、授権説よりも整合的に 説明することができる。

このように、労働組合法16条の規定や国家の授権によらずとも、換言すれば、労働者お よび使用者の意思により、労働協約の規範的効力が生じることを説明しうるならば、書面性 を欠く労使間合意の法的効力は、書面性を具備した労働協約の効力と異ならない、と帰結し うるかもしれない。しかし、そのように解することはできない。なぜなら、従来のわが国の 学説において指摘されているように、書面性を労働協約の効力発生要件として規定した、労 働組合法14条の規定を無意味にしてしまうからである。加えて、わが国の労働協約の実態 は、ドイツのような産業別協約ではないため、労働協約の書面性の趣旨・目的が、主として 労働協約を適用される労働者のためにあるとまではいえない。しかしながら、わが国におい ても、そのような趣旨があることは否定できないのであるから、書面性を欠く労使間合意は、

(16)

16

労働協約としては公益的(労働協約被適用者という不特定多数の利益のための)かつ私益的

(労働協約の当事者という特定人の利益ための)無効と解さざるをえず、そのため、一部無 効という処理も考慮に値しないと解される。

そこで、ドイツ法の議論を示唆として、書面性を欠く労使間合意は、労働協約としては無 効であるが、労働協約は、契約そのものではなにせよ、私法秩序内に定位され、私法原理が 適用されうるのであるから、当該合意には「労働協約の予約」としての効力を生じうる余地 が残される。ドイツの判例が示すとおり、最終的な合意に至る前に法的効果を認める意義は、

争議行為の回避・短縮など、労使間の安定にも資することにある。その際、ドイツの学説で 説かれる「無効行為の転換」の援用は、通常できないと解される。労使は、書面性の必要性 を承知しているからである。ただし、わが国の実態が企業別協約であることにかんがみれば、

書面性の必要性を熟知していない労使が存在することも考えられ、無効行為の転換が認め られる場合もありうる。また、わが国の裁判例も示すとおり、事実に即して、第三者のため にする契約と解される場合はありうるし、労働組合が代理人として他の契約を締結したと 解しうる場合もありうる。なぜなら、私法原理である法律行為制度は、当事者の意思をでき るかぎり実現しようという制度であり、無効説のように、労働組合と使用者の合意を「無」

にはできないと解されるからである。ドイツ法も説くように、無効は、信頼利益または履行 利益に対する損害賠償等の法的効果を生じさせるのであり、無効説は、不成立と無効を混同 しているともいえる。無効は有効の変化形態である旨を指摘する民法学説もある。また、労 働協約制度の趣旨が法律行為制度のそれと同様である旨を指摘する学説もある。

労働協約の予約とは、当事者間に労働協約締結請求権(履行請求権)を生じさせる契約の 一種である。すなわち、予約の当事者は、合意した内容による労働協約を締結する義務を負 い、民法414条2項ただし書、ないしは民事執行法174条1項本文にもとづき、合意した 内容の労働協約を締結する訴訟を提起しうる。これを認める趣旨と解される判決として、日 本鉄線事件(松江地判昭27・11・10労民集3巻6号532頁)がある。

この裁判例のように、労働協約書作成請求(履行請求)の余地もあると解されるが、その 際の要件は、予約に拘束されてもよいという当事者の拘束意思と、締結を請求しうる、ある 程度の内容の明確性である。ドイツ法が説くように、予約の境界は、草案と完成権授与契約 である。すなわち、草案は、まだ本契約の締結意思を有さない点で、完成権授与契約は、一 方当事者の意思のみにより本契約の効力を発生しうる点で、予約と異なる。したがって、当 事者に拘束意思がなければ、労働協約の草案を作成したにとどまり、なんら法的効力を生じ ないが、拘束意思が認められれば、労働協約の予約または協約完成権授与契約のいずれかと 評価されうる。ただし、完成権授与契約は、売買契約などの諾成契約を念頭に置いた制度で あり、労働協約など方式を要する場合については、原則として本来の予約と解される。

最後に、書面性を欠く労働組合と使用者間の合意に労働協約の予約としての効力を認め る帰結は、当該合意に契約としての効力を認める説と厳密には異なる。後者は、労働協約と なる労使間合意の「内容」自体についての請求権を発生させようという立場であるが、前者

(17)

17

は、労働協約の締結を請求する権利・義務関係を発生させ、訴訟を介して書面性が具備され ることにより、労働協約の効力が生じると解する立場である。ただし、予約も債権契約であ るから、この考え方を契約としての効力を認める説の一つと見ることもできる。

以上、本課題の検討を通じて、このような結論をえたが、労働協約、つまり合意の次元で 本課題を解決するのではなく、不当労働行為制度、つまり労使関係の正常化という実態次元 での解決が必要なことも、指摘されているとおりである。本課題の最終的な解決を目的に検 討してきたため、この点については検討しなかったが、今後は、当該解決についての解明に 取り組みたい。また、書面は存在するが、署名または記名押印を欠く労使間合意の法的効力 の解釈は、書面性自体を欠く場合の解釈と異なるか否かについても、残された課題である。

なお、書面性は、労働協約の解約についても要求されている。書面によって予告しない解約 の効力についての解明も、残された今後の課題であることを付記しておきたい。

参照

関連したドキュメント

労働協約は、締結後に、労働行政部門に報告 ・ 送付 しなけれ ばな らない。 労働行政部 門が労働 協約文書 を受領 した 目か ら1 5 日内に異議 を提 出 しない場合 には、労働協約

は不法行為の違法性を備える」としつつ,

労働条件を変更することができるか。

協約を締結し, 競合する団体協約の条項を排除す る例が出てきている。

第6 今後の課題

~労働契約法第 20

労働契約法 就業形態の多様化により増加する個別労働関係紛争に対

 当該労働協約はこれに関して明示の規定を有 しない。TV-L の第6条1項は平均して通常の