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学問へのレクイエム

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学問へのレクイエム

笠 原 俊 彦

Abstract

Whatistheworthofstudyinuniversity?Theideatodayseemsin themainunconsciouslyheldandsotobepossibleforusonlytopresume oratbestinferfrom thescarcefragmentsobservedhereandtherein theattitudesofprofessorsandstudents;theyseemtofindtheworthes peciallyofsocialscienceinitspracticalutility.

Practicalutilityheredoesnotmeanofcoursethatofimprovingsocie tysupposedlybasedonthepursuitoftmth,butthatofmanaginglifefor one'sownoccupationalpromotion.

TheacademicviewofstudyoncedominantinJapan,whichascribed valueofsciencetoitssearchingtruthandassistingsocialprogress,was proclaimedloudlybyMarxisttobetheattributesolelyofMarxism,and thenexperienceduttermostdeclinewiththesuddencollapseofthedoc trineasifitwerethegenuinepartofthis;itsplaceistakennowbythe utilityviewinthevulgarmeaningobservedabove.

Theprocessofthistransition,infact,neededhalfacentury.Asfaras theperiodofPostWorldWarⅡconcerns,itbeganeminentlywiththe amazlnglnCreaSeinnumberofuniversitystudents,inaccordancewith therapideconomicdevelopmentsincethedeclarationoDoubleln‑

comePolicy'bylkedaCabinet.Moststudentsthusincreaseddidnot wantedstudyfortruthandcontributiontosocialprogress,butthatfor theirownpromotionintheircareer.Tothem thepermissiontoenter universitywas(andismuchmorenow)thecertificatetoshareinthe higherandprofitablepositionsinsociety,thoughatthesametimethey stillconsiouslyorunconscirslyretainedinthem apartofthatstudy

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view oftruthandsocialdevelopmentwithconsiderable,atthesame timediminishing,respetforprofessorsassertingthis.

However,'UniversityTumult',thelastflameofthePostWarStu‑

dents'MovementinJapan,madethem despisethe ̀incompetent'(in themeaningofcourseofviolence)professorsandsotheviewofsearch‑

ingtruthandassistingsocialprogress.Afterthat,theirevaluationof universitiesexpressedandformulatedsimplyinsocalled ̀difficulty grade'ofentranceexamination,anditbegantoinfluencedirectlythe qualityofuniversitystudentssothatprofessorswerenecessitatedto takeaccountofitasfarastheywantedtosecurethequalityoftheir universitystudents.

Andtheexpansionofthecandidatesforcedtheexaminationtochange fromthatsuitedtoinvestigatetheabilityenoughforstudyinuniversity, whichdemanded,ontheonehand,ofthem todevelopthieremotional andintellectualfaculty,Ontheother,ofprofessorstospendtoomuch timeandtoil,tothatsuitedonlytoseethememorlZlngandcalculating ability,whichaskedthecandidatestobeaccustomcdtouseonlya peculiarpieceoftheirabilityandtheprofessorslittletimeand endurnce;theeffectisthatsubstantiallackofthefacultyontheside students,whichcouldsustainthestudyfortruthandsocialimprove mentTheFirstStageEntranceExaminationinCommon'authorized thisdecidedly.

Someofthestudentsthuseducatedbecameprofessorsandsome, whoexperiencedU.S.educationofgraduateschool,importeddirectly thepragmatism ofrecentyearsandmadethisprevailhereinJapanap‑

preciatingvariouspleCeSOfsocialtechnologleSandtheseapplicationsas thebestofthestudyinuniversity.Thisviewhasswelledoverandswal lowedalltheuniverstiesinJapan,

Thestateasthishasmanycauses,andoneofthem,seateddeeply andaffectedconsiderablyothers,maybetheevergrowlnginfluenceof thebusinessworldtowardsuniverstiy.Today,universitylookslikea servantofthebusiness:intheeducationalsphereamereorganforsup‑

plyinghumanresourcestothis;intherescarchsphereabusinessitself findinganddeveloplngSeedsforprofit.

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Doesthedominationofthestudyview ofpragmatism asscuhmean theelimination,becauseoftheerrorandincompetence,ofthatoftruth andbetteringsociety?No./Itisnotso.Thepresentsituationisnot theresultofthecriticism oftheoldviewbutratheroftheevergrowing egotismofbusinessandofthepoliticalpressureofAmericanismnamed

̀Globalism'・Toprovethevalidityandfertilityoftheviewshouldbe ourduty,

Keywords:Thepragmaticviewofstudy, Theacademicviewofstudy,

From seekingtruthtomakingtechnology, Rebirthoftheacademicview,

実用主義的学問観 , 学問主義的学問観 ,

真理の探求か ら技術の形成へ, 学問主義の再生

1

.学問観の現状

今 日のわが国において学問には どの ような価値 がある と考 え られているの であろうか。 この ように問 うとき,われわれは, この意味での学問観 につい て語 られることが近年 では著 しく少な くなっていることに,気づかざるをえ ない。学問が,そ して学問の府 としての大学が,社会 に とって,そ して 自ら に とって, どの ような意味をもつかを語 ることは,近年では,大学人につい てさえ,あま り見 られな くなっている。 ましてや学生 についていえば, 自ら の これからの人生において学問がいかなる意味を もつかを論議す ること,あ るいはそもそ も考 えることが,ほ とん どな くなっているようにさえ見 えるの である。

それにもかかわ らず,われわれは,上記の意味での学問観が消失 して しま

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った と速断 してはな らない。それは,た しかに声高に論 じられることはない し,体系的に示 されることもない。だが,それは,大学の運営 と改革に関す る大学人の 日々の行動 ,なかで も教育 と研究 (今 日では研究 と教育ではな ./)とについてのかれ らの言動の うちに,そ して これに対応す る学生の態 度の うちに,断片的にではあれ,表明されている。

今 日では,大学人においてさえ,学問観はその大部分が無意識の うちに形 成 され,そのままに保持 されているように見 える。それゆえにこそ,それは, せいぜい断片的に しか語 られることがないのだ と思われる。 この ような大学 人の学問観,そ して学生の学問観を,われわれは推測する他はないのである。

そ して,われわれが注 目しなければな らないのは,学問 と大学 とについて の この断片が,かつての,大学がいまださほ ど大衆化 していなかった頃まで の学問観 と大学観 か ら著 しく異なるあ る特徴 を,われわれに明示 しているよ うに思われることである。 この ことは,実に印象的である。そ こに推測 され

●●●●●●●●●●●

うる学問観 とは,学問を実践の役に立 つがゆえに価値あ りとする思惟,いわ ば実用主義的学問観に他な らない。

この ような思惟ない し学問観は,社会科学 において も,近年,急速 に広ま って きた ように見 える。しか も,ここでは,実践への役立ちは,社会の進歩 ・ 発展に対する役立ち,あるいは社会の改良に対する役立ち, といった もので はない。

社会の進歩 ・発展 に対する貢献 とい う思惟は, 日本では,かつて, とりわ けマル クス主義者 によって主張 されたのであるが, しか し, もともと,マル クス主義のみが有 しうるものではなかった。それに もかかわ らず,それは と

りわけマル クス主義者 によって声高に主張 されたのであ り,しかもその場合,

●●

マル クス主義者は,マルクス主義のみが真 に社会の進歩 に貢献 しうると主張 した。そのため もあって,それは,マル クス主義の凋落 とともに,あたかも これ と一体であったかの ように鳴 りをひそめ,人 々の関心を引かな くなった ように見 えるのである。そ して,それに代 って人 々の関心を占めるようにな

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●●●●● ●●●●●●

った ものは,卑近 な意味での実践への役立ち,端的 にいえば処世 への役立

ち, これであった。 かつてK.R.ポパーがマル クス主義 に見 られ る全体論 (holism)に対す る批判 として主張 した漸次的社会工学 (piecemealsocial engineering)は,今 日では,提唱者であるポパーの意図 とは別 に,まさに

●●●●

処世の術 として理解 されて,隆盛を極めているように見 える。

この ように して,社会科学は,いまや,人 々の職業 において役立つ雑多な 技術的知識の寄せ集めの観を呈することとなって しまった。そ して,多 くの 大学人は, この ような社会科学観を 自明の前提 とし,それゆえに こそ, これ について語 ることも,まして考 えることもほ とん どな く,行動 しているよう に見 えるのである。この ことが近年 における大学の一つの特徴であ ることを, われわれは否定す ることがで きないであろう。

2.真理の探求か ら処世の術へ

‑ 学生における学問観の変化 一

学問をこれが処世の術 としての技術の追求をなすがゆえに価値 あ りとする 学問観は,学問をこれが真理の探求をなすがゆえに価値あ りとする思惟 と対 立する。

後者の思惟 は,社会科学 においては,かつて, しば しば,社会の進歩 ・発 展への学問の貢献 とい う思惟 と密接 に結びついていた。そ こでは,例 えばマ ル クス主義 についていえば,経済学は人間社会の発展の法則 としての歴史法 則 とい う真理 を明 らかにし, これに もとづ く社会の発展のための実践 に貢献 するがゆえに価値があ る, と考 えられていた し,マル クス主義以外 において も,真理の発見 とこれにもとづ く社会改良のための実践への貢献ゆえに,学 問には価値があるとす る考 えは,決 して稀ではなかったのであ る。

●●●●

だが,今 日では,学問に真理の探究な くしてただ実利への役立ちを求め, この ことゆえに学問に価値 を認め ようとする考 えが圧倒的 となって しまって

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いるかに見 える。 これがアメリカの実用主義の現代的形態の作用 を大 きく受 けているこ とはい うまで もない。最近 におけ る地球主義 (globalism)とい

う名のア メ リカ主義の影響は,ここにもみ られ るのである。

近年の 日本の大学 におけるこの ような学問観は, もちろん,一朝一夕に形 成 された ものではない。それが大学 において今 日の位置を占めるようになる ためには,少な くとも半世紀に近い年月を要 したのである。

それは,一つには,何 よりも経済の高度成長 と歩調 を合わせたかの ような,

●●

大学への進学率の上昇によって,準備 された とみることがで きるであろう。

なぜな ら,進学率の上昇は,少な くともある程度は,そ もそも学問研究を求 めて大学 に進学す る学生達ではな く,む しろ,ただ, より高い職業的地位を 求めて大学 に進学する学生達の割合 を増大 させて きたか らである。

この場合

,

学問研究を求めて大学 に進学する学生達」 という句 によって, わた くLは

,

「学者ない し研究者 になろ うとする学生達」を意味 しているわ けではない。 この句を用 いる ときにわた くLが念頭 に置 いているのは

,

問研究に高い価値 を認め,これが人間社会の発展 に とって必要であ ると考 え, このために こそ学問研究の一端 に触 れ ようとして大学 に進学す る学生達」, これであ る。 この ような学生達は,実際 にはその大部分が,各種の産業分野 に職 を得 ることになったのであるが,その際,学問 と学問の府 としての大学 に対する社会の信頼 と尊敬のゆえに,かれ らは社会 において高 く評価 され 各種 の産業分野 において高い地位 に就 くことがで きる と考 え られたのであ

る。

だが,大学卒業者に対するこの ようや社会的評価 は,他方で, この評価ゆ えにこそ大学 に進学 し,社会において高い地位 に就 こうと考 える者を,生み 出すであろう。 この考 えは大学卒業 に一 つの権益をみる考 え方であ り,この ような考 え方 をもつ者が増加するとき,大学への入学 と卒業は,一種の社会 的権益ない し利権 としての色彩を強めてい く。そ して, この ことは, とりわ け経済の高度成長以降,確実に生 じた ことであった。大学入学試験は,この

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社会的権益 に与 るための一つの許可証 としての性格を もったのであ り,それ ゆえにこそ,それは,世間一般の関心事 とな り,進学率の増加を もた らした のである。そ して, この ような傾向に与 した人 々の内面 には,真理の探求 と

これにもとづ く社会改良への学問の役立ちへの期待 よりも,む しろ実利 に対 する学問の役立ちへの期待があったのであ り,この期待 自体 も次第 に成長 し ていったのである。

しか しなが ら, この ような期待を心の うちに有 しやがて これを成長 させて

●●●

いった学生達 を受け入れた大学人 自身は,当初は,そ してまだ しば らくの間 は,真理の探求 とこれにもとづ く社会の発展への貢献 に学問の価値 を認める 思惟 を維持 していた。 この ことは,大学人が学生の大学 に対する意向にまっ た く気づいていなかった ことを意味するものではない。だが,大学人には, 利権 としての大学進学 とこれに対応する実利のための技術 としての学問 とい う思惟 は,必ず しも讃 同で きるものではなかった。 この ような思惟は,大学 人にはむ しろ好 まし くない ものであ り,学生 におけるこの ような思惟の増大 は,せいぜい,困った ことだが仕方のない もの として耐 え られなければな ら ないものであった。

この ような情況において,やがて,大学紛争が起 った。 これは,戦後の左 翼的学生運動が,いわゆる60年安保闘争後 に一般学生か ら遊離 して先鋭化 し, 内部分裂を極めてい く過程で生 じた事件であ り,顧みれば,それは,学生運 動の壮大な死に花 ともいわれるべ きものであった。大学紛争の指導者達は, ヴ ェ トナム反戦運動 ,文化大革命等の影響を受け,既成の権威 をかれ らのい う社会発展すなわち革命に対 して無力,無能 さらには障害 として否定 したの であ り,Lこの際の既成の権威 とは,実に大学 と学問研究その ものであった。

この紛争 において,かれ らは,文化大革命 にな らって,大集団の熱狂 と暴 力によって大学の機能 を停止 させ大学人を糾弾 したのであ り,このや り方は, 思索における試行錯誤の積み重ねにおいてのみ成 り立ち うる学問研究に携わ

り冷静な言説 と議論 によって しか戦 うことので きない大学人を誹誘 し定める

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ためには,著 しく効果的であった。そ して, この ような大学紛争 には,必ず しも左翼的ではない,多数の学生達が参加 しあるいは付和雷同したのである。

これ らの学生たちが大学紛争 に参加 しあるいは付和雷同 した理 由は,必ず しも明確ではない。 この理 由は,おそ らく,かれ ら自身にも明 らかではなか ったであろう。何 らかの運動 とりわけ熱狂的な大衆的運動 においては,人間

●●●●●●●

は理性 によって行動するよりも,む しろ,まさに熱 に浮かされて行動するか らである。

もっ とも, この場合,ある人 々が熱 に浮 かされるには,そのための要因が おそ らくはかわ らの心の うちに存在 したであろう。 この要因は,心理的要因 であ り,おそ らくはかわ らによってさえ,当の要因であるとは認識されない 要因である。 この ような要田の一つ として,われわれには,大学人の学問観

とこれ ら学生の大学 と学問に対する意 向 との間に形成 される異和感 とで もい うべ きものが存在 していた,と考 えることがで きるように思われるのである。

3

.真理の探求から処世の術へ

ー 大学人における学問観の変化 一

大学紛争は,大学人に精神的外傷を与 えた。それは,真理の探究 とこれに もとづ く社会の発展への貢献に学問の価値 を認めることを とりわけ強 く意識 し信 じていた人 々に対 して,大 き く深 い精神的外傷 を与えたであろう。なぜ な ら, この ような人 々は,かれ らに とって最 も大切な ものに対す る攻撃を受 けたのであ り, しか も,その攻撃は,かれ らのいかなる抗弁 をも考慮するこ とな く,かれ らの学問観 とこれにもとづ くかれ らの人生の仕事を,ただ,全 面的に否定 し破壊することを要求 し, これを圧倒的な暴力によって強制する

ものだったか らである。

しか しなが ら, この ような精神的外傷を与 えたにもかかわ らず,大学紛争 は,大学人の学問観 を変 えることはなかった。大学紛争は,その暴力的側面

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を別 とすれば,結局は,価値 に対する価値の闘争,いわゆる神 々の闘争であ り, しかもそれは,一方による他方の変革の要求をもこのための何 らかの手 掛 りをも与 えるものではな く,ただ この破壊 と死滅を要求するものであった だけに,この ような要求を受けた大学人は,かれが生 き延び うる限 り,自ら の価値 を維持するしかなかったのである。

他方,学生の学問に対する態度は, これを全体 としてみるとき,着実に変 化 していった。大学紛争は,教授たちの大学観 したがってその学問に対する 学生の蔑視 となって現れ,また,大学に対する社会の敬意の喪失 となって現 れた。そして,その後は,大学人の学問観,大学観 と学生達そ してかわ らの 背後 に存在する世間の学問観,大学観 との乗離は,ますます増大 していった。

学生達 と世間 との大学観は社会的に高い地位に就 くための条件 としての大学 とこの手段 としての学問 という思惟 に急速に傾いていったのである。

そ して,世間の大学に対する評価が, もっぱ らこの評価を基礎 とする入学 試験の競争倍率 と難易度に表 され この ような評価を大学人 自身が意識せざ るをえな くなるにつれて,やがて大学人の大学観 もまた次第に変わることに なった。入学試験の競争倍率 と難易度 とは,大学 に入学 して くる若者たちの 質を左右することとなったのであ り,質の高い学生を求めようとする限 り, 大学人は,入学試験の競争倍率 と難易度すなわち当該大学へ入学 したい とい う受験生の願望 とそ してその基底にある大学観 と学問観 とに無関心であるこ とはで きず,む しろこれを許容 し,やがてこれに作用 されざるをえなかった か らである。

しか もこの場合,われわれは,入学試験 に関 して,大学人 自身が,直接的 には学生の,そ して間接的には大学人 自身の学問観に影響を与 えることとな った行動を とったこと (ある程度は とらざるをえなかったこと)を見過 して はな らない。それは,入学試験問題の内容 と様式 を,大学において教育を受 ける資格を試すに適 した ものか ら次第に乗離 させていったこと,これである。

進学率が低 く受験生が少ない時代には,入学試験問題は,当時においてさ

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えすでに 「マンモス」 と呼ばれた一部の私立大学のそれを別 として,概ね, 大学において学問に従事するための資格を試す ものであった。そ こでは,学 問の粋を集めた教養的素材について記述を求める問題が数多 く出されたので あ り,このため学生は,入学試験の準備 として書物 を読む必要に迫 られたの である。 この ことは,試験の主要科 目であった英語 と国語 とについて とりわ け顕著であった。顧みれば,われわれは受験生 として,豊かな情操を青みか つ深い思考を求める人間文化の一端に触れ,これに対応するよう求め られて いたのである。 もちろん,この ような事情には大学 によって差異が存在 した のであ り,この差異が,受験生に とっては大学の個性を現す ものの一つとし て志望大学を選定する際の重要な要因の一つ となったのである。

だが,大学入学志願者の増加は,この ような事態を変えて しまった。 とり わけ,1960年池田内閣の 「所得倍増計画論」以降,東京オ リンピ ックまでの わずか4年の歳月は,新幹線,高速道路の開通な ど目に見える生活環境の激 変を伴 う経済の高成長 とともに,大学入学志願者のそ して大学入学者の急増 をもた らし,この間,大学入学試験問題の内容 と様式 もまた著 しく変化 した。

試験問題の内容が,その質において高度で難解なものから,低度で容易なも のへ と変化 し,設問の様式 も,読解力すなわち思考力 と情緒的能力を試す少 数の記述式を中心 とするものから,単に記憶力 と計算力を試す多数の記号式

あるいはいわゆる

×式へ と変わっていったのである。

このような変化は,問題内容の質の低下 と容易化 についていえば,受験生 と入学者 との急激な増加に伴 うその学力の低下に対応 して大学側が試験問題 の質を下げざるをえなかったこと (下げなければ少数の成績優秀者 と多数の 成績不良者 とに受験生がいわば二極分化 して しまい,多数の成績不良者を合 格者 と不合格者 とに区別することが著 しく困難になる)を,記述式からいわ ゆる

×式への問題様式の変化についていえば,膨大 となった答案数からし て,記述式の解答を読み これを公平に採点することが,人間の能力の限界を 超 えるもの となった ことを,それぞれ示 している。

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入学試験の問題 内容 と設問様式 との この ような変化は,受験生の勉強の質 を変 えることになった。それは,大学入学 までのすべての学校教育がほ とん ど大学受験のための教育 と化 して しまった 日本においては,大学入学 までの 学校教育に,当然なが ら影響を与 えたか らである。 この影響 とは,それまで の大学教育の準備 として必要不可欠であった教養的素養の形成 と情操的,忠 考的能力の育成 とい う要因を含んだ教育か ら,さまざまな分野における知識

●●

を羅列 しこれを暗記 させ る教育への著 しい変化 と徹底であった。 この ように して大学人は,大学教育に適 した人材 としての若者達ではな く, この適性を 欠いた若者達を大学 に受け容れざるをえな くなった。そ して, この ような若 者達の学問観ない し大学観が,大学人のそれか ら乗離 した ものであった こと は,い うまで もない。

この ような傾向に決定的 ともい うべ き影響 を与 えこれを徹底 した ものは, 共通一次試験そ してセンター試験であった。そ こにおいて採用 されたいわゆ るマー ク ・シー ト式は,

×式の極致 ともいうべ きものである。何 しろ, こ こでは,採点は人間によってではな く機械 によって行なわれる。そ して,こ の ような採点を可能 とする問題の内容が情操的能力 と思考的能力 とを育成す る勉学 を要求するものか らますます遠い もの となっていった ことはい うまで もない。

共通一次試験 とセン ター試験は,まず国立大学 に一般的に適用 され,次に 公立,さらに私立大学へ と拡大 されたのであ り, この ことによって入学試験 の面か ら大学の個性 を奪 うこととなった。そ して, ここに現れた ものは,質 の多様性に代 る,均質 な量的等級づけ とこれによる大学の序列化であった。

大学はいまや,それぞれの大学での教育のために必要な資格 として大学人が 要求す る教養的素養 と情操的,思考的能力 とによってではな く,教養的素養 か らも情操的,思考的能力か らもますます離れ しか も大学の個性 を も捨てさ る一片の特殊な数値 に よって,世間か ら評価 され ることになったのである。

この ような評価は,まず,大学人の入学試験 に関わる思考 に作用す ること

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となった。大学人は,入学試験 に関 して,大学 と学問について考 えることを 止めるようになった。そ して,かれ らは,次第 に共通一次試験ない しセンター 試験 に迎合するようになっていったのであ る。この ことによって,大学人は,

●●●●●●

さらに,大学 における教育の質を次第 に変 えてい くことになった。それまで の大学教育 に必要であった資質を欠 いた学生を受け容れた以上,大学人は,

●●●●

これ らの学生に合わせた教育を しなければな らな くなったか らである。 この 教育が真理の探求 とこれにもとづ く社会の発展 に学問の価値 を求める思惟 に もとづいた教育か ら離れてい くものであった ことはい うまで もない。そ して, この ような教育に携わ らざるをえな くなる とき,大学人の学問観 自体 も,こ の影響を受けることとなった。教育 は研究 にもとづいてのみなされうるので あ り,教育が変わる とき,研究 も変 わ らざるをえないか らである。

やがて,上記の ような入学試験 を受け この ような試験を受けるための勉強 を した若者達が大学人 とな り, しか もかれ らが大学 における中枢的梯能を担 うようになった とき,大学人の学問観,大学観は 目に見えて変化することと なった。しかも,これ らの若者のなかには,アメ リカの大学院で教育を受け, アメ リカの現代風プラグマテ ィズムに染まって帰国 した者達, とりわけ諸種 の断片的管理技術 とこの応用 としての,あるいは一片の社会的経済的事実の 部分的調査 と分析 としての学問観を修得 した者達がお り, しか もこの者達の 割合が次第 に増加 していったのである。 この ように して,大学人の学問観, 大学観は,処世の術 としての学問 とこの ような学問を教授する大学ない しこ の意味での職業人養成のための大学 という思惟へ と大 きく傾いていったので ある。

そ して現在では,少な くとも社会科学 については,真理の探求 とこれにも とづ く社会の発展ない し改良への寄与 に学問の価値 を認め ようとする学問観 は,ほ とん ど聞かれな くなって しまった。

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4.レクイエム,そ して再生

真理の探求にもとづいて社会の発展 に貢献する ところに学問の価値 を認め る考 えか ら,処世の術の意味での実践への役立ちに学問の価値 を認める考 え への大学人の学問観の変化は, とりわけ社会科学 においては,経済社会の変 化, とりわけ産業界における思惟の変化 と無縁ではない。む しろ,上記の よ

うな大学人 における学問観の変化は,一つには,近年の大学 と産業界 との関 係における後者の力の圧倒的増大 とその大学観ない し学問観の変化 との大学 への作用 として理解 され うる。それは,端的にいえば,経済社会 を構成する 企業人の思惟の変化すなわち大学への態度の変化 とこの一部 としての大学観

ない し学問観の変化 との,大学への作用あるいはむ しろ大学への侵入なので ある。

今 日では,大学は,実に経済社会の下僕 と化 して しまったかに見える。そ れは,第一 に,教育の面 については,大学が経済社会への単なる人材供給機 関 と化 した ことに,第二 に,学問研究 については,大学が経済社会のための 実務的技術ない し処世 の術の形成機関 と化 した ことに,明 らかである。大学 は主要業務分野 として教育 とい う産業をすでにもち,副次的業務分野 として 技術開発 という産業を もとうとしている一つのサーヴ ィス業企業 となって し まった ように見 える。そ して, ここに求め られているものは,利潤 これであ る。われわれは, ここに,かつての学問 と大学 との鋲魂 曲を聴 く思いを抱 か ざるをえない。

だが,真理の探求に もとづ く社会の改良に学問の価値 を認めるかつての思 惟は,有効性を失 って しまったのであろうか。それは,すでに存在意義を失 ってお り,将来 において も再び復活することを必要 とされ るだけの意義 を有 しないのであろうか。

かつての大学人の学問観の凋落の原因が,真 に,その意義の消失 に求め ら れざるをえないのであれば,われわれ旧世代は,ただ黙 して,実利のための

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技術 を開発 しこれを教育 し自らも実利 を得 ようとす る世代に学問の席を開け 渡 して立ち去 らなければな らないであろう。 しか しなが ら,われわれは, こ の ように黙 して立ち去 るわけにはいかない。われわれには,かつての学問観 が意義を失 って しまい,将来において も意義を有 しない とは, とうてい思わ れないか らである。

われわれの見 るところでは,大学 における学問観の変化は,かつての学問 観の問題点が明 らかにされ, これを克服 しうるもの として新 しい学問観が形 成 された, とい う形で生 じたわけではない。大学 における学問観の変化は, 学問その ものの反省 とは別の ところに原因を有するように思われ る。 この原

●●

囲 とは,第一 に,経済社会の変化, とりわけ企業を中心 とする倫理の決定的 な変化 とこの作用であ り,第二 に, これ と関連する政治的ないし行政的圧力 である。そ して,われわれは, ここに,アメ リカ主義の作用を見 ることがで

きるのである。

大学 における学問観の変化が,学問以外の ところにその主たる原因をもつ とすれば,われわれは,かつての学問観 を,流行 に合わせて古い服を脱 ぎ捨 てるように捨て去 るわけにはいかない。われわれは,む しろ,かつての学問 観を とりわけ内在的に問い直 し, この意義を明 らかにする とともに,この再 生を意図せざるをえないであろう。そ して,そのためには,われわれの とる べ き途は,何 よ りも,かつての学問観 とこれにもとづ く研究 としての特質を 強 く有す る学説 を とりあげ, これを検討する以外にない。われわれは,この ような学説の研究内容を明 らかに し, この意義を尋ね,そ して,少な くとも 間接的に, この学説 と近年の学問観に もとづ く学説 とを対比することによっ て,前者の学問観の意義を知 ることがで きるであろう。

拙著 『企業の営利と倫理‑ M.ヴェ‑バー研究』税務経理協会,2003年の 「序文」

の末尾にわた くLは,学問研究が失われていくなかで」 と記した。これに対して, かつて一橋大学産業経営研究所長として同研究所の育成に携わられた藤津清治先生か ら,「これだけでは分からない」 というお言葉を頂いた。この拙論は,先生の御要望 にある程度お応えできたであろうか。

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