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I 国際公共財論1.公共財

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(1)

国際公共財について

津曲俊英

Abstract

The theme of this paper is how to deal with the provision of interna- tional public goods (IPG), while IPG as well as public goods has been defined by its nature in consumption. By considering the theory that could explain the process and apparatus to provide public goods in the state under the control of the government, we may approach the IPG which is provided in the international society without government.

Along the logic, the discussion will introduce the examples, taxonomy, the mode of provision, provider (individual state or international organi- zation) and problems such as free rider and prisoner's dilemma concern- ing IPG. As a natural consequence I arrive at concluding to attach im- portance to the international organization and institutions.

Keywords: international public goods, mode of provision, international organization

国際公共財,供給主体,国際機構

I 国際公共財論 1.公共財

(1)消費面

公共財は,消費において共同消費が行われ排除性と競合性を欠く財である

といわれる。従って,これらの属性を持てば公共財であることになるので実

に多種多様なものが含まれることになり,公共財を一般的に一括りで議論す

(2)

るには勇気が必要である1)。また,消費面に着目して定義される以上,供給 面からの定義は必要ないことになる。従って,供給者が政府部門であろうと なかろうと,そのような消費上の属性を持てば,公共財ということになる。

また,政府部門によって供給されているからといって,それが公共財である ということにもならない。

両特性を有することから公共財は分割性がないことになり,また,排除性 や競合性を欠く理由が何であろうとは関係ないということになる。即ち,事 実上排除可能であるにもかかわらず排除費用が著しく高いことによって排除 しない場合であっても公共財となり,排除・競合することが望ましくない場 合に(市場供給が望ましくない場合)排除・競合しないように制度設計され た場合においてもそれは公共財であることになる。逆に,本来非排除性又は 非競合性を有する場合であっても排除性を人為的に持たせた場合には公共財 ではないことになる。

公共財は非排除性と非競合性を持つがゆえに,市場における取引対象とは なりにくく,市場メカニズムにおいては供給されることは期待し得ない。結 局,公共財とは,特定の個人の消費の効用を高めるものではなくて,国や地 域や人々全体の生活水準や効用を高めるものであるとも言えよう。

なお,非排除性とは,ある財を取引する時にその財への対価を支払うこと なく入手できるという性質(受益と対価の l対 lの対応関係がない)である。

私的財の場合には対価支払いを要件とすることによってそれ以外の者を排除 できる。公共財の場合はそのような排除は行われない。例えば,治安を例に とると,治安安定という状態を入手するために個々の国民はそのために費用 を支払う必要はない。勿論,税という一般的負担は行っているが,サービス に対する個別の負担ではない。

)マーシャルは,

I

公共財すなわち私有されていない財である」と述べている。マーシャ

ル著

馬場啓之助訳『経済学原理

1

~,東洋経済新報社,

1 9 6 5

, 

p 5 9

(3)

非競合性とは,ある人々の財消費によってそれら以外の人々の消費を減じ ることがないという性質である。やはり治安を例にとると,人々が治安の安 定を享受している時にそのことで他の人々の治安に対する消費を妨げること はなく,他の人々と消費は競合しない。

ここでは,非排除性と非競合性の関係,および「且つ」なのか「又は」な のかについては別途議論がありうるので触れないが,利潤動機を勘案すれば 非排除性が中心となると考えられる。ただ,排除性又は競合性のいずれかが 欠けることにより,市場を通ずる供給に任せることが不適当であれば,それ は公共財と考えることができょう。単に二つの属性がともにそろった場合に は純粋公共財ということになるだけのことと考えればよい。

( 2 )   供給面

上記説明でも明らかであるが,公共財は,消費面の属性の共通性で定義さ れるのであって,供給面におけるで何らかの共通性に関しては何も言ってい ない。ただ,その消費上の特性である,排除性がない,競合性がないという ことで市場メカニスムによる供給が期待できないということにはなる。即ち,

an i n v i s i b l e  hand には期待できないことになる。その場合には,経済的合理 性を持たない人間か 2 ) ,政府部門による供給か,もしくは外部効果による供 給ということになる。故に,多くの場合,公共財は公共部門が供給すること になる。

一旦供給してしまうと,排除もできない,競合もしないような財を供給す ることは利潤動機にもとづく経済的合理性を有する人間には到底できるもの

)マーシャルは,

I

彼ら(人間)は,その実業的生活においては非常に強い利己的な動機 によって大いに影響され,虚栄心や冷酷さをもってはいる。けれども,その反面,その 仕事を立派に成し遂げることあるいはその家族・隣人ない始祖国のために自己を犠牲に することに喜びを感じないこともないし,また有徳な生活それ自体として追求できない わけではない…」と述べている。『経済学原理 I~ ,

p27  (脚注 1

。)

(4)

ではなかろう。むしろそのような人間は,排除性を政策的に付与することを 望むであろう。たとえば,発明・発見は,その本来の性質として公共財であ るが,知的所有権制度の仕組みとして排除性を人為的に付与したものである。

( 3 )   公共財と外部性

外部性とは,市場を経由することなく資源が直接配分される(又は他の主 体の効用や生産の水準に影響を及ぼす)場合を言うとされ,その結果「対価 を支払わずに追加的な便益を受け(たり),自ら引き起こした追加的費用を 支払ったり負担したりしない人がいる」場合があることになる 3 )。その外部 性の効果は非排除性と非競合性とを有することが多いので,公共財との関連 が極めて密接になる。特に,純粋公共財は,外部性の特別の例であると考え られている。外部経済(不経済)と公共財は重畳的に存在することが多い。

この両者の関係についての理解の仕方としては,以下のように考えることが できる。

①  外部経済は,その前提として財に関する経済活動があって,その私的経 済活動において目的・認知の外に便益が生じたり,追加的費用が払われてい る場合を言う。そこで生じた便益や不経済という効用が,非排除的にまたは 非競合的に供給されることがある。ただそれらの外部経済が非排除的または 非競合的であるとは限らない。例えば,河川の水質改善に関する上流・下流 の関係など。

そのような外部性が発生している時に,それがプラスの効用をもたらして いる時に,その受益者は必ず対価を払う必要があるのかというと必ずしもそ うではなかろう。供給者は,対価を求めないことが多いであろう。であるが ゆえに,その効用の供給が止まったときには,受益者は供給者に対して従前

)スティグリッツ著 薮下史郎他訳『スティグリッツミクロ経済学~,東洋経済新報社,

1 9 9 5 ,  p643 。

(5)

と同様に外部経済的に供給を求めることはできず(行政法的に言えば「反射 的利益」であって,訴えの利益が認められないことになる),供給を求め続 けるとすれば何らかの対価を提供する必要があることになろう。他方,その 外部性が,マイナスの効用をもたらしている場合(または認知されていない 未払いのコストがある場合)には,その費用負担は当然に当該供給者によっ て負担されるべきであろうが,実際には負担されない場合が多いであろう。

勿論,その態様についてはさまざまな議論がなされることになる。

②  公共財(特に政府部門により供給されるもの)は非排除的または非競合 的な財の供給が直接的な目的とされる場合が多く 4) ,外部性をもたらすこと を意図して公共財は供給されるのである。この場合は全体としての対価は認 識された上で、税といった形で支払われるとうことになる。通常の外部性の場 合にはそのような効用と費用は認識されないことが多い。なお,公共財の供 給においても認知される以外の何らかの効用や不経済が生じることもありう

るので,それは当該公共財供給に外部性が付随していることになる。

2 . 国際公共財

これまでは一国内の公共財を念頭においたが, I 国際公共財」と言う形で 国際社会に拡張してみて(単純拡張することの可否という問題は別として) 考えてみるとどのようになるであろうか。

( 1  )  まず,定義に関しては,石教授は国際公共財の概念について「その基盤 はまだ固まっていない」とされながらも, I 国際公共財はその便益が広く世 界中に拡散され,且つ誰でもが利用しうるものということになろう J 5) と ,

4)  r

外部性は,…純粋公共財と同様に,非競合性や非排除性の特徴を備えている。ただ公 共財の場合には,消費によって間接的に外部性の利益を受けると考えるのと違って,直 接的に利益が供給側の政府から需要側である国民に与えられると考える点で両者に相違 がある。」と説明されている。橋本徹他『基本財政学

j

(第

3

版),有斐閣,

1 9 9 4

, 

p74

)石弘光他編『グローパル化と財政

j

,有斐閣,

1 9 9 0

, 

p 8

(6)

また,井堀教授は「国際的な関係の中である国の支出が世界全体の国々の共 通の財産となるようなものである

j

6) と書いておられる。他に, types of  a c t i v i t i e s  or products whose b e n e f i t s  s p i l l  over ,  wholly or p a r t l y ,  a c r o s s  two  or more c o u n t r i e s "   7  )とする定義も見られる。ここでは国境を越えて他の国

々や地域更には地球全体の人々の効用を高めるような財であって,国境に関 係なく消費の非排除性又は非競合性を有するような財を「国際公共財」とい

うことにし f こい。

勿論,取引手段,交通,情報通信手段の急激な発達によって国境の厚さが 薄くなり,国内,国外の敷居が低下している中で,公共財についても国内公 共財,国際公共財の区別がどこまで、意味を持つのか不明であるが,施政権 (主権)が各国家間で分断されている状況における供給形態は依然として重 要問題である。

なお,地球公共財という言葉が用いられることがあるが,それは便益が普 遍性(複数の国家や人間集団,更には複数世代の便益にかなう)を有する場 合を言っており 8) ,国際公共財の一類型と考えてよいと思われる。一般用語 しての国際公共財には,地域的公共財や地球公共財なども含まれると考えらねる。

( 2 )   では,具体的には,公共財,国際公共財とはどのようなものがそれに当 たると考えられているのか,いくつかの例を拾ってみた。

①  1 9 9 5 年から 2 0 0 0 年までの日本経済新聞に見られる例

1 1 国際公共財」としての海の環境を守るため… J , 1 原子力発電はもはや 国際的な公共財

j

, 1 地球環境という国際公共財の保全のために

j

, 1 関係者に

)井堀利宏「国際公共財の負担問題

J

(やさしい経済学),日本経済新聞,

1 9 9 0

2

2 2

日。

7 )   R a v i  Kanbur a n d  Todd S a n d l e r

The F u t u r e  o f  D e v e l o p m e n t  A s s i s t a n c e ;  Common 

P o o l s  a n d  I n t e r n a t i o n a l  P u b l i c  G o o d s "

, 

O v e r s e a s  D e v e l o p m e n t  C o u n c i l

, 

1 9 9 9

, 

p 6 9 .   8 

)インゲ・カール他編

FASID

国際開発研究センター訳『地球公共財J],日本経済新聞

社 , 1 9 9 9 。

(7)

はコンピューターネットを世界の公共財として捉える考え方が根強い

j

,r日 米同盟は…域内全体に利益をもたらす国際公共財ともいえる

j

, r 国際公共財

として機能するに至ったパクスアメリカーナと言われる世界秩序の形成…

j

「自由貿易システム,国際通貨制度,安全保障体制,国際機関一一これらは 西側陣営の国に恩恵が及ぶ「国際公共財」だった

j

, r 公共財としての金融シ ステム

j

,r 安全保障や海外開発協力,文化,環境などを「新国際公共財」と

して定義し‑一

j

, r 環境や労働などの国際公共財…」

②  2 0 0 0 年沖縄九州サミット G7 首脳声明

「われわれは,国際金融機関が,特に HIV/ エイズを含む感染症及び環境 の悪化に対処するために緊急に必要とされている措置をはじめとする国際公 共財 ( g l o b a lp u b l i c  g o o d s ) の供給を… J 9) 

①  K i n d l e  b e r g e r は,第一に平和を挙げ,経済面においては公海の自由を 含む開放的貿易システム,よく定義された財産権,国際通貨や固定相場制を 含む標準的な度量衡,更には国際金融,国際資本移動,首尾一貫したマクロ 経済政策,危機管理などをあげている。なお, i n t e r n a t i o n a l  p u b l i c  g o o d s ,  c o s m o p o l i t a n  g o o d s  i n  t h e  wo r 1 d  economy という言葉も使っている 1 0 ) 。

④  S t i g l i t z は,国際経済の安定・安全保障・政治的安定,国際的人道・開 発援助,研究開発,国際的な環境を例としてあげている 1 1 ) 。

これら以外にも,多くの例は挙げられようが,上記( 1 )による定義がそのま ま当てはまるものもあれば,首を傾げたくなるような例もある。ただ,国際 公共財の階層的構造にも関連することであるが,国際公共財の供給・消費と いっても,実は人類・人間活動がその供給を行うことなく消費のみを行って

9 )   2 0 0 0 年 G7

首脳声明パラグラフ

1 1

1 0 ) I n t e r n a t i o n a l  P u b l i c  G o o d s  w i t h o u t  I n t e r n a t i o n a l  G o v e r n m e n t "   American Economic  R e v i e w ,  March 1 9 8 6 .  

1 1 ) The t h e o r y  o f  i n t e r n a t i o n a l  p u b l i c  g o o d s  a n d  t h e  a r c h i t e c t u r e  o f  i n t e r n a t i o n a l  o r g a n i z a ‑

t i o n s " ,  UnitedNationsBackgroundPaterNo.7 ,  1 9 9 5 .  

(8)

いるような財もある。特に,地球環境や自然資源を検討対象とする時に如実 に出てくる。大気,水,自然景観,熱帯雨林, g l o  b a l  commons という言い 方もされるが,これらは人為的供給がほとんど行われず,人為的な消費のみ が行われる。これらに固有の価値を見出すときに,本来の国際公共財はこれ ら自然客体であり,それらを保全・保護するための制度は第二次的な公共財 に過ぎないことになる。ここで,このような自然客体も国際公共財の分類に 入れるとすると["""供給」ということに関して人為性を伴うことなく供給さ れる財・サービスも含められることになる。とすると,人間活動によっては 供給されない財に関して,われわれ人聞が対処できることは,それらの消費を 以下に最適化するかということになり,自然客体の再生産力の s u s t a i n a b i l i t y

という考え方が登場することになる。

3 . 国際公共財の分類

( 1 )   これまで国際公共財の一般的な定義に関し議論してきたが,国際公共財 と呼ばれるものにはさまざまな分野のものが含まれており,それらを一つの ものとして扱うには多岐にわたりすぎているように思える。財・サービスだ けではなくて,ブキャナンが挙げたように,制度や秩序・体制といったもの も含まれる。ここでは,単に二つの属性に着目しただけの定義ではなく,何 らかの基準に基づく分類をすることが有用だと思われる。例えば,階層性,

分野,地理的範囲,世代間,人為性, g o o d s / b a d s 等多くの基準が考えられ ょう。

はじめに,分類に関しては,公共財と同様に様々な分類が可能であろう が,その及ぶ範囲(溢出範囲 s p i l 1 0 v e rr a n g e ) ,公共財としての純度,世代 聞か世代内か等に着目した分類を ToddS a n d l e r 達が行ったものがあるので,

これを紹介したい(表 1 ,表 2) 

0

ここでの用語定義として, p u r e  p u b l i c  

g o o d s とは b o t hc o m p l e t e l y  n o n r i v a l  a n d  n o n e x c l u d a b l e ,  i m p u r e  p u b l i c  

g o o d s とは p a r t i a l l yr i v a l  /  o r  p a r t i a l l y  n o  e x c l u d a b l e ,  c l u b  g o o d s   は i m p u r e

(9)

public goods の sub c 1 ass のーっとして possesspartially rival befits that can  b e   ex c 1 ude と言うものであるとされる 1 2 ) 。

PublicGoods Classified by Type 

S p i l l o v e r   Pure  Impure  Joint  Range  P u b l i c   P u b l i c   Club 

Products  Nationa1  ‑groundwater  ‑waterways  ‑communication  ‑ c i v i 1  

p u r i f i c a t i o n   networks  s e r v l c e s  

‑defense  ‑transporation  ‑ i r r i g a t i o n   ‑education  g r i d s   systems 

Regiona1  ‑ma1aria cure  ‑lmmunization  ‑co ロ

1釘lO

n ‑peacekeeping  programs  markets 

‑pest  ‑ a c i d  r a i n   ‑extens

lO

n  ‑deansing a  1 a k e   e r a d i c a t i o n   reduction  s e r v l c e s  

G1oba1  ‑ g l o b a 1   ‑curbing  ‑ e c o t o u r i s t  s l t e s   ‑labor  warmmg  organized crime  standards 

‑ f i n a n c i a 1   ‑contro l 1 i ng  ‑INTELSAT  ‑ f o r e s t   prac

tJ

ces  disease  protection  (出所:脚注7)

表 Taxonomyof p u b l i c  goods based on good's c h a r a c t e r i s t i c s  

P u r e  p u b l i c   I m p u r e  p u b l i c   C l u b   J o i n t  p r o d u c t s   I n t r a g e n e r a ‑ R e g i o n a l   ・ F o r e s tf i r e  s u p p r e s s i o n  Waterways • Common m a r k e t s   • P e a c e k e e p i n g  

t i o n a l   . G r o u n d w a t e r  p o l l u t i o n   ・ R i v e r s . C r i s i s  management  ・ M i l i t a r yf o r c e s   c l e a n u p   .Highways  f o r c e s   . M e d i c a l  a i d  

• A n i m a l  d i s e a s e  c o n t r o l   ・ L o c a lp a r k s   • E l e c t r i c  g r i d   . T e c n i c a l  a s s i s t a n c e  

• F l o o d  c o n t r o l   . I n f o r m a t i o n  n e t w o r k s   G l o b a l   .Ocean p o l l u t i o n  c l e a n u p   ・ E l e c t r o m a g n e t i c . C a n a l s   • F o r e i g n  a i d  

.Weather f o r e c a s t s   s p e c t r u m  a l l o c a t i o n   ・ A i rc o r r i d o r s   • D i s a s t e r  r e l i e f  

• M o n i t o r i n g  s t a t i o n s   • S a t e l l i t e  t r a n s m i s s i o n s   ・ I n t e r n e t • D r u g  i n t e r d i c t i o n   . W o r l d  C o u r t   • P o s t a l  s e r v i c e   • S h i p p i n g  l a n e s  

• D i s e a s e  c o n t r o l  

I n t e r g e n e r a ‑ R e g i o n a l   ・ W e t l n a dp r e s e r v a t i o n   ・ A c i dr a i n  r e d u c t i o n   • N a t i o n a l  p a r k s   • P e a c e k e e p i n g   t i o n a l  

G l o b a l  

(出所:脚注 1 2 )

• L a k e  c l e a n s i n g   • F i s h e r i e s  p r o t e c t i o n ・ I r r i g a t i o ns y s t e m s   • F l o o d  c o n t r o l   . T o x i c  w a s t e  c l e a n u p   • H u n t i n g  g r o u n d s   . L a k e s   . N o r t h  A t l a n t i c  T r e a t y  

• L e a d  e m i s s i o n s  r e d u c t i o n   p r o t e c t i o n   . C i t i e s   O r g a n i z a t i o n  

• VOC e m i s s i o n s  r e d u c t i o n   . C u l t u r a l  norms  .Ozone s h i e l d  p r o t e c t i o n   ・ O v e r u s eo f  a n t i b i o t i c s ・ T r a n s n a t i o n a lp a r k s   ・ T r o p i c a lf o r e s t   . G l o b a l  w a r m i n g  p r e v e n t i o n   ・ Oceanf i s h e r i e s   ・ G e o s t a t i o n a r yo r b i t s   p r e s e r v a t i o n  

• D i s e a s e  e r a d i c a t i o n   ・ A n t a r c t i c ap r o t e c t i o n ・ P o l a ro r b i t s  

• Knowledge c r e a t i o n   ・ R e v o l u t i o nm a k i n g   ・ B a r r i e rr e e f s  

• Space c o l o n i e s   . U n i t e d  N a t i o n s  

• P o v e r t y  a l l e v i a t i o n  

(10)

また例えば,国連を中心とする集団安全保障体制を一つの国際公共財とし て考えた場合,実は真に価値のあるものは「世界平和 J であり,集団安全保 障体制は「世界平和」を担保するための一つの手段である。とすると,ここ に第一次的な国際公共財と,第二次的な国際公共財とが存在する。概念的に は,第二次的なものを保全するための制度や秩序といったものも想定できる わけで,それは第三次的な国際公共財となり,さらに第四次的,第五次的…

という階層的構造(目的と手段,その手段を目的とする手段,更にその手段 を目的とする手段と言う関係か)が存在している。

例えば,

第一次公共財・・・・...平和と言う事実状態

第二次 ………平和を基本的価値と考える共通認識 第二次 …………一国際連合・集団的安全保障体制 第三次 ………・…ー核不拡散,軍備管理の協定など 第四次 ………各国による拠出や分担金,等など このような階層性に着目した分類を行うことによって,基本的な共通利益 が見えてくるのではなかろうか。

( 2 )   さらに,分類上注意すべきは, p u b l i c  g o o d s としての国際公共財だけで はなくて, p u b l i c  b a d s として存在するものである。 p u b l i cb a d s を公共財と して捉えるのかについては,議論が必要であろう。特に,供給面での問題が あり,外部性ということで議論するほうがいし、かもしれないが,階層的な構 造を念頭におくと, p u b l i c  b a d s への対処が国際公共財となりうることを考

えれば,一応一つの分類として入れておいたほうがよさそうである。

p u b l i c  g o o d s は後に述べるように f r e er i d e r やゲームの理論の応用から分 かるように過少供給となりやく,かつ,政府(公共部門)が供給者となるこ

1 2 )

脚注7)及び

ToddS a n d l e r ,  " I n t e r g e n e r a t i o n a l  P u b l i c  G o o d s " ,  i n  G l o b a l  P u b l i c  G o o d s , 

e d .  by I n g e  K a u l  e t  a   , . l O x f o r d  U n i v e r s i t y  P r e s s ,  1 9 9 9 ,  p 2 4 .  

(11)

とが多い。

他方, p u b l i c  b a d s の供給は,逆に過大供給となりやすしかっ誰でもど の国でも供給者たりうるものである。 p u b l i cb a d s の例としては,地球環境 の悪化,国際テロ,海賊行為,ジェノサイド,それらを肯認する考え,核保 有そのものを含んだ核拡散, IT 化に伴う悪性情報の垂れ流しなどがあろう。

自然客体としても,太陽活動による電波障害,火山の大規模爆発,大地震,

台風等の自然災害も当たるであろう。

以上を考えると,我々として検討対象とすべきは「人為的な対応」の範囲 に限る考え方もありえよう。自然客体による事象は,認識はできるとしても,

それ自体を人為的に管理できるものではないからである。即ち,自然的事象 が生じた後の,対応の有り方,制度,仕組みといったものを公共財として観 念することが適当かもしれない。

なお,競合性に関連して,ここで,自由財 ( f r e eg o o d s ) について触れて おきたい。自由財とは r 空気のように殆ど無限に存在していて通常人聞が これを占有や売買の対象にしないもの」で r 生産要素の中に加えられな い J13) ものであるが,この自由財であっても,人間活動の急拡大や科学技術 の影響力の増大によって国際公共財の問題として取り扱う必要が出てくる。

大気や海洋の水などは,人類の活動では到底供給できるものではなくて,地 球に所与のもとして存在している。地球系が生産しているのであって,消費 の特性から見る公共財としても,特別な配慮が必要になろう。先にも述べた ように,これらに関しては,大気,水を第一次的公共財,保全枠組みを第二 次的公共財云々として取り扱う(捉え方にもよるが,大気や海洋を自由財と

して扱うことをやめる時期に至っているように思える。) 1 4 ) 。

1 3 )   W

岩波経済学小辞典.J],

p 9 3 及び 1 2 2

1 4 )

宇沢教授は「大気をはじめとする自然環境という大切な社会共通資本を,資本主義の 国では,価格のつかない自由財として,自由に利用し,広範にわたって汚染しつづけて きた。また,社会主義の国々でも,独裁的な政治権力のもとで,徹底的に汚染し,破壊 しつづけてきたのである。」と書いておられる。『社会的共通資本.J],岩波新書,

2 0 0 0

, 

p 8

(12)

以上を踏まえてみると,市場による供給を期待し得ない国際公共財はいか なる主体によってどのように供給されるのか,またはされるようになったの か,という点について考える必要が生じてくる。以下では,それに沿って,

国際公共財供給のための組織化と過少供給問題を取り上げる。

E  国際公共財の供給主体論

4 . 国内公共財と国家の形成

公共財は,以上で述べたように,消費において非排除性又は非競合性を有 する財・サービスであり,一般的には,市場による価格メカニズムの需給調 整が行われないものである。例えば,防衛,警察,通貨,一般国道等の多く の公共財が政府部門によって供給され,国民によって消費されている。

( 1 )   非排除性と非競合性の性質を有する公共財は,公共部門によって供給さ れるがゆえに["""公共財」といわれる訳ではなく,私人や企業等によって自 発的に供給されることもあるが,実際には多くの公共財は政府部門によって 供給されている.何故そうなるのかというと,最小費用で最大の効用を求め る経済合理的人聞を前提とすると,非排除性と非競合性を具えた財サービス の需要供給の最適化問題は a ni n v i s i b l e  hand よっては解決できないからであ る。これまでも公共財の供給問題は,ボーエン・サミュエルソン条件,ナッ シュ均衡,交渉によるメカニズム,リンタールメカニズム,クラーク・グロー プスメカニズム等,多くの説明や学説も出され,様々な工夫が考えられてき たが,真の選好が顕示されないという理由からそれは解かれていない。すな わち,各国の政治制度に基づく政治過程によりいろいろな形態で供給されて いるのが実情である。人々が経済的に合理的な行動をとろうとすることを前 提にすると,また,きわめて多数の人間により構成される社会を前にしては,

どのような経済理論も実際には無力である。それは, an i n v i s i b l e  hand によ

っても最適供給が実現されることもない。結局は,統治権力と能力をもった

(13)

統治体,即ち国家だけがその供給形態と供給量を決定できるのである。それ はなぜか?

非常に逆説的な言い方になるが,それは,公共財を供給するために国民が 設立した装置が国家であるからである。従って,最適性は担保されずとも,

その実効的な供給を確保するために,公共財供給装置を作りその分担ルール を決めることとしたものが,現在の国家制度であり政府部円であると言える であろう。公共財供給装置である国家が存在しない状態、を想像してみた場合,

この社会はどのような社会であろうか。勿論, a n a r c h y  C 無政府状態〕にも いろいろな態様があろう。例えば道徳・倫理をまったく弁えないホップス流 の a n a r c h y から,人々が概ね諸道徳的制約を守り行動すべき形で概して行 動しているような「最善の無政府状態、」まで想定できょうが,どちらにして も,人々に害悪をもたらし,より良く生存することを妨げるものは自然災害,

外国からの侵入,同じ社会において必ず発生する悪人の行為等がある訳で,

それはいかに「最善の無政府状態」であってもそれらの害悪や必要性は必ず 生ずる。とすると,それらに対しては,共同対処という形での公共財供給が 必要であるのである。その供給装置の具体化が国家である 1 5 ) 。そして,今で は数多くの国家が地球上に存在している。 RobertNozick は Anarchy , S t a t e ,  and U t o p i a " の中で i ft h e  s t a t e  d i d  n o t  e x i s t ,  would i t   be n e c e s s a r y   t o  i n v e n t  i t γ ' という質問を出しているが 1 6 ) ,人間は t h es t a t e を i n v e n t した のである。少なくとも,アダムスミスが指摘した公共財,安全保障,法と その執行,最小限の公共事業等がほとんどの国で政府により供給されてい る 。

多くの場合,国家は,強い共通利益を有する人々から構成されており,そ

1 5 )

勿論,私は国家以外の供給装置を否定しているのではなく,最も代表的なものとして 国家を挙げている具体的な公共財の性質や及ぶ範囲によって供給主体は様々なものがあ ることは言うまでもない。

1 6 )   R .  Nozick

Anarchy

, 

S t a t e

, 

and U t o p i a "

, 

B a s i l   B l a c k w e l l

, 

1 9 7 4 .  

(14)

れゆえの連帯感が存在すると考えられるが,そこに存在する国益は,通常,

一定領域の中で当該国民の選好によるものであり,その領域と国民を前提と して公共財を供給しようとして設立されている。それゆえに,一つの国家の 中では,国民が必要とすれば,その必要とされる公共財は供給されるのであ る。そのために,各国は,憲法を定め,その枠組みのなかで財産権の制約や 諸々の義務を負っており,同時に基本的人権の保護といった権利も保障され ている。

( 2 )   ここで,最も基本的な公共財の一つである安全保障を取ってみよう。人 聞を社会的動物であるならば,はじめを一人一人の人間ではなくて,最小単 位を家族(一族としても良い)としてみると17),その家族の安全を守ること が単一家族によって実現することができれば(この場合には,安全保障の アウタルキー)問題は生じないであろうが,現実的にはそのようなことは 期待し得ない。そこから最初は征服といった形であったかもしれないが,

相互の安全保障(尤も当初は戦争のやり方に関するルールだったかもしれな いが)という秩序を実現するための様々な工夫が始まり,共同体を作ってき た 。

このような原初状態から現代に至る歴史に中で,部族社会から,古代王制,

専制体制,封建体制,等多くの政治体制が数多くの熱い戦争と冷たい戦争を 繰り返しながら変遷してきて,現在の主権平等の国家群が生じてきたもので ある。勿論,歴史的実体から見れば社会契約論的事実はないのであるが,現 在の国家を論ずるときにはこの社会契約的考え方は極めて理解し易いので,

擬制的にそれに沿うことは許されよう。

いくつかの独立した最小単位が並存する時には,それらは相互の安全保障

1 7 )

個人個人を単位としても良いのであるが,家族の形成・維持は親子関係等といったそ もそも「合理性」を前提することができない要素があるので,ここでは最小単位として 家族を用いていることとした。

(15)

を確立するために(おそらく歴史的には,強力な軍事力と実力を持った最小 単位が中心となって国家という権力単位を形成したのであろうが),自らの 力でその基本価値を実現し,自ら救済し,自ら執行するというおそらく自然 の本来の権利を委譲することによって共同体(国家)という人為的装置を作 り上げて,共同体による公共財供給体制を築き上げてきたのである。ここで は,安全保障だけを取り上げたが,治山治水等多くの例を挙げて説明するこ

とができょう。

( 3 )   重要なポイントは,共通利益である相互の安全保障という公共財を供給 するために,自らの本源的権利を段階的に共同体,国家に委譲し,現在では 極めて限定された範囲内のみでしか自己防衛,報復が認められなくなってき たということである。勿論,それは無条件の委譲ではなく,参政権,抵抗権 という条件付きである。共通利益を実現し,公共財を供給する装置を形成し,

十分に機能させるにはいくつかの条件が必要であると考えられる。それらは,

①  共通利益の内容を理解する

②  その優先度が極めて高いことを認識する

③  自力救済・自力執行という本源的権限を共同体に委譲する

④  そのための装置(共同体)を作り上げる

⑤  その装置が効果的に機能するだけの強力で実効的なものとする

⑤  機能させるルールを作る(代表性等)

⑦  そのための分担を行う(費用等)

③  結果が自らの意向に沿わぬ場合であっても受忍する(又は受忍させ る仕組みを作る)

①  場合によっては,脱退ルールを作る 等があげられよう。

5 . 国際公共財,共通利益と国際組織

以上において,一国家内における「共通利益」という言葉を何らの説明,

(16)

定義もなしに使ってきたが 1 8 ) , 4 で述べた内容を国際関係にまで敷街しよう とする時には若干の説明が必要であろう。

( 1 )   国際法の世界においてもいろいろ議論されているが,そこでは今日の国 際社会を「国際利益共同社会」としてとらえ, i 共通利益」とは国際社会の 一般利益であって,個々の国家の追求する個別利益(ナショナルインタレス ト)の概念と相対するものである。それが国際法によって保護されることに なり,国際法の種類とともに多種多様である。そして,共通利益は,その利 益の帰属状況に応じて「特定国へと配分可能な利益」と「特定の国へ配分不 可能な利益」とに分けられる(脚注 1 7 ) 。前者は個別の国家が介在する個別 利益(国益)の延長上にあるもので,後者はむしろ人類社会の構成員である 個人に直接かかわるものである 1 9 ) 2 0 ) 。

他方,国際公共財とは,前記 2 で論じたようなものである。例えば,

t y p e s  o f  a c t i v i t i e s  o r  p r o d u c t s  whose b e n e f i t s  s p i l l  o v e r ,  w h o l l y  o r  p a r t 1 y ,  a c r o s s  two o r  more c o u n t r i e s " と言われ,また「ある国の支出がその国のみ ならず他の国にとっても直接便益を高める方向で働く J ようなものであると される。

これらのことから r 国際社会の共通利益」と「国際公共財」とは定義の 仕方は異なる 2 1)が,国際法学と経済学とが深く接触する概念で,そのコアの 部分は重なるものであることが分かる。総論的に論じるよりもそれぞれに関

1 8 )

最上教授は,

r r

共通利益」という言葉は,一見自明なようでありながら,実は超歴史 的でも非政府的でもなく,不断に定義され再定義されねばならない事柄なのである」と 指摘されておられる。最上敏樹『国際機構論~,東京大学出版会,

1 9 9 6

, 

p 5 1  

~52o

1 9 )

山本草二『国際法(新版)j,有斐閣,

1 9 9 7

, p24~27o

20) 大谷良雄編『共通利益と国際法~,国際書院,

1 9 9 3

, p12~27 , 72~73。

2

1)横田教授は「加盟国間の共通利益」と「国際公共利益(国際公益,国際公共財)

j

とを 概念的に区別する必要を指摘されており,

r

し、ずれも特定の国家の利益を離れたより広い 利益を指すものであると言う共通性はあるが

j

r

国際公共利益は,…国際社会(地球社 会,人類共同体)全体の共通利益

(commoni n t e r e s t )

を意味するのに対して

j

,前者は

「国際社会全体の利益よりは狭い一部分の利益を意味する」と,端的に述べられる(横 田洋三編『国際組織法~,有斐閣,

1 9 9 9

, 

P 7 )

(17)

する著作物で挙げられている具体例を見ることでよりはっきりするであろ う。例えば,

~共通利益概念と国際法~

(脚注 2 0 ) では基本的利益(死活的利 益)として人道と地球環境の保護,平和の維持等, TheF u t u r e  o f  D e v e l o p ‑ m e n t  A s s i s t a n c e ;  Common P o o l s  a n d  I n t e r n a t i o n a l  P u b l i c  G o o d s "   (脚注 7 ) では g l o b a lw a r m i n g ,  f i n a n c i a l  p r a c t i c e s ,  c u r b i n g  o r g a n i z e d  c r i m e 等が挙げ られている。片や法的に,片や経済学的に対応しようとしているのである。

( 2 )   国際関係においては国家はあたかも一私人のように振舞うと言われる が,人間の最小単位から公共財供給装置としての国家の形成に至るまでの過 程を,国家を基本単位として成立している現在の国際社会がその共通利益を 実現するための国際公共財供給装置を作り上げるまでの過程と比較すること は試されて良いことと思う。現在の国際社会は,いまだに基本的には,

a n a r c h y の世界であり,その基本的構成単位はそれぞれが独立した主権国家 であり,原則的には当該国家の意思以外には誰にも強制されることなく行動 できることとされている。これらの主権国家は,当該国民への公共財供給装 置であって,当該国以外の人々への公共財提供のためには設計されておらず,

運営もされていない。中には当該国による国際公共財の供給が為されている 場合があるとしてもそれでさえも基本的にはその国民のために供給されてい

るのである。

その場合のポイントも上記① ①の条件をクリアーすることであろう。特

に,平等主権国家並立と言う状況のもとで圏内体制の異質性を当然の前提と

しながら,複数国に共通する専門的な利害関係・行政事項ごとに機能別に分

化し多元化した国際制度が設立され,それによって各締約国の政策・国内法

制と国家機関の行為について,その裁量権の範囲を制限したり客観的に規制

することによって対応している状況から,今後,かつて個人や最小単位が行

った本源的権限の委譲を国家が行っていくのかが最大の問題であると考えら

れる。

(18)

これまでその例がない訳ではない。例えば,国際連合の安全保障理事会に よる「国際の平和と安全に関する決定」と加盟国への法的拘束力が一例とし て挙げられる。これは,第二次世界大戦という人類史上未曾有の混乱の有力 戦勝国が自ら世界秩序を管理できると言う想定のもとで,本源的権限の一部 を国際連合に委譲し,かつ他の国には委譲させたと言う事実(形式的には同 意によって)に基づくものである。ただ① ⑨の条件に当てはめてみると未 だしであることは明らかではある。と言うのも,これらの国際制度を構築し ているのが国家自身であるからである。

最近では E U と言う超国家装置の形成と言う実験が挙げられる。 E U がこ こに至るまでの背景,動因,歴史, c e  que a c q u i s 等については多くの著作 が世に出されているが,それらも① ⑨の観点で見ると私なりに納得できる ものがあるように思える。

「現在の国際社会は独立した主権国家を基本的構成単位としそれ以上の実 効的権力単位がない」と言う認識のもとに,国際公共財の供給が真に必要だ とすると,本来的に現在の主権国家を中心とする国際社会それ自体,国際公 共財を供給するための十分な構造(正統性と執行力の両面)を欠いているこ とは明らかである。ただし,ここで注意すべきは,国際公共財の供給を求め る単位が国家なのか,個々の国民なのか,を考えて見る必要がありそうであ る。国際公共財の供給装置を作り上げるには,現在の国際社会の構造そのも のを変革しなければならないということになる。それでなくとも,その供給 装置を作り上げるまでの「過渡期」における対応も検討しなくてはならない。

( 3 )   それでは,国際公共財を供給すべき t h es t a t e に当たるべきものを国際 社会において i n v e n t する必要があるのだろうか?

国際公共財の供給の可否および供給することの決定は地球政府が存在しな

い以上,当該国際公共財に対して選好を持つ特定の国家〔必ずしも国家であ

る必要はないこともあるが J ,国家群又は国際機構が供給しなければそれ以

(19)

外には供給主体は存在しない。国家自身が自らの選好にあわせて実行しなけ れば,それを制度的にかつ強制的に供給する主体は基本的には存在しない。

それまでの交渉において,何らかの妥結が見られない限り,最後には,自力 執行しかないのである。そして妥結することについて何らの制度的担保およ び義務も負っていない。とすれば供給されないこともあれば,供給される場 合でもその国家又は国家群が勝手に供給することができることになる。実際 そのような事態は多く見られる。勝手に供給する場合には,負担分担に関す る議論および供給モードに関する議論は発生しないと言うことになりそうで あるが,多くの場合実際には生じる。最も甚だしい問題は,ある国がその国 民のために供給した公共財がほかの国の国民又は公共財と相反するような場 合が生じたときである。その時には国際紛争の発生となる。その結果が「衡 平」なものであるのか,という問題はいつまでも残ることになる。何故なら,

実際には各国間に交渉力の違い実力の違いがあり,かっそれらは経済的な力 関係だけではなくて軍事力によって・政治力と言った経済外的要素が負担や 供給の責任割り当てに影響するからである。現在の国際公共財をめぐる状況 は,これらの「過渡期」的な問題への対処が現時点における国際公共財の問 題となっていると考えてよいのではないか。

(  4 )   国家形成に関しては, I 無政府状態から出発して,自発的なグループ形

成・複数の相互保護協会・分業・市場の圧力・規模の利益・合理的な私利な

どの力によって,一つの最小国家 C m i n i m a ls t a t e )又は地理的に区別された

最小諸国家による集団が生成することになる」が,国家を基本単位とする国

際社会ではどのようになるのか。基本的国際公共財の供給,その必要性はど

の国もどの地球市民も認めるであろうか?確かに「戦争の 2 0 世紀」の経験を

経てきわめて緩やかながらも,その方向の動きも見られないこともない。国

際連合をはじめとする多くの国際協力機構が創設され,協力の枠組みも増加

している。しかしながら,いくら基本的公共財の供給だけに限定するとして

(20)

も t h es t a t e を構成するには共通の価値観や文化や連帯感が不可欠である。

全地球的な連帯感,即ち,ほかの国の人々のために所得の再分配や軍事力の 行使まで行う用意があるかというと,きわめて疑問である。と言うことは,

国際公共財の供給に関して,多くの国々や人々は最も高い優先順位をつけて いないということになる。

世界の一部には,これまでの主権国家構造を変えて新しい構造を模索する 動きが既に始まっており,たとえば,欧州共同体などはその例となろう。し かし,それも,アメリカや日本への対抗を意識しての動きの延長として考え れば,基本構造を変える話ではない。

地球市民という言葉を使う人々がいる。なんとなく理解した気分にさせる 言葉はあるが,実体がわからない。共通の公共財を供給するための相互扶助,

換言すれば税の負担,所得分配,労働市場の完全開放,もし,一人一票とい う法的平等権利を相互に与えたときに生ずる状況,たとえば,仮に中国やイ ンドなどのような人口大国の人々によって圧倒的多数決により国際的所得再 分配の実施,徴兵制の導入など現実化されることを考えたときに,その仮想 的内容の地球市民という言葉はすぐに霧消してしまうであろう。

( 5 )   さりながら,基本的国際公共財の供給は必要であり,とすればどのよう に考えることができるであろうか?

非常に残念ながら,お互いに異なる主権国家の並立的〔しかしそれらの聞 には国力の大きな違いがある〕混在という現実に立脚して,その間で妥協で きる限界を模索しながら相互の供給負担を決めていくしかないのであろう。

それは当然に多くのストレスと不満を生じるが,暴力装置による解決という 最悪の事態を招かないためにはそれしか方法は今のところない。どの国の国 民も地球規模の t h es t a t e の創設を現実には望んでいないのだから。

これらへの対応として,国連の一国一票制度や,ブレトンウッヅ機関等の投

票権の傾斜配分といった工夫は為されてきてはいる。

(21)

6 . 国際社会の制度化,組織化

これまでみたように,国家や国際社会の変遷を公共財の供給装置の形成過 程(即ち,制度化,組織化)としてみると,方向として今後とも国際社会の 制度化,組織化は更に進むであろう。その時,国内的共通利益実現のための 公共財供給装置である国家は,すべてにおいて国家としてあり続けようとす ると,その構成員の利益を真に実現しつづけられなくなると言う自己矛盾を 抱えることになる。何故なら国家は限定された領域をその国独自の基本価値 に基づき統治する制度であって,これだけ人,物,サービス,資本,価値観 等が国境を越えて行き交うような時代において,もはやすべてにおいて「自 己充足的」な公共財供給装置ではありえない(国家の非自己充足性) 2 2 ) から である。国際的な問題,とりわけ地球的な問題には必ずしも適応することが 予定されていない装置として現在の統治主体は設計されていると考えられ る。先に, I 共通利益 J には「特定の国に配分可能な相互的利益 J と「配分 不可能な集合的利益」とがあると述べたが,少なくとも後者の実現のために は国家装置では限界が生じるであろう。

もしある国家が国際公共財を自発的に供給し続けるとすれば,利他主義か 慈善かという仮面をかぶった「押し付け」になる可能性がある。勿論,その 押し付けが極めて強力な実力を伴っていれば,結果的には事実上の世界公共 財供給装置となるであろう。むしろ,歴史的にみれば,平穏無事な委譲は極 めて少ないことも事実であり,その可能性のほうが高いかもしれない。

いずれにしても, I 特定の国に配分可能な相互的利益」ならば国家制度を 基本とする装置で対応可能ではあろうが, I 配分不可能な集合的利益」で国 家ではなくて個々人に直接関係するような共通利益に対応するためには,国 家を超えて対応するための正統性がなくてはならない。 E U において E U 議 会の権限拡張問題が大きくなってくるのは公共財供給装置自体の正統性,す

2 2 )

最上敏樹『国際機構論

j ,東京大学出版会, 1 9 9 6 ,  p 5 1 。

(22)

なわち,立法権を有する理事会の本質が加盟国の代表であって, E U 市民の 代表性を必ずしも有していないからである。委譲するか押し付けられるかど ちらにせよ,いつかの時点で,我々はある考え方を共通に持った上で,大き な跳躍をしなければならないであろう。それは平和的に行われるように仕向 けることが不可欠である。人類共通の問題,例えば,地球環境問題について 所謂「地球市民」が国際機関と手を結ぶことがあるが,これも遠い将来の一 つの前触れとも考えることができるかもしれない。それまでの道のりにおい て,国家が国家でありつづけると言う「国家(と言う制度)に共通」な利害 関係を克服すること,及び① ⑨の条件,とりわけ身につまされる問題とし て代表性と費用分担が現実的な問題として悩みの種でありつづけると考えら れる。

E  国際公共財の供給に関する問題

7 . 公共財の過少供給の理論

( 1 )   一般に公共財は,非排除性と非競合性を有するがゆえに経済合理性を前

提とすれば,供給に関する自らの負担を避けようとして,供給は過少となる

ことが知られている。 f r e er i d e r ,  p r i s o n e r  d i l e m m a と言った問題や,選好顕

示問題等が解けないからである。これまでも数多くのメカニズムや理論が考

案されてきたが,依然、として最適供給を達成する,又はされるような仕組み

は出てきていない。結果的にはナッシュ均衡理論に再び、戻るのである。従っ

て,国内的にはほとんどの場合には各国の統治体制のもとでの政治プロセス

を通して公的セクターが供給することになる。その負担は何らかの強制的な

負担を伴うことになるが,それは当該公共財の供給と直接的な関係が明らか

ではないような負担となることがある。例えば,一般財源としての税収と政

府活動。その結果については,選挙を通して国民と言う一般受益者によって

信任されることが期待されている。即ち,国内的には,最終的に何らかの強

制力を有した形での供給と負担のメカニズムによって公共財は供給される。

(23)

その供給が最適であるのか,改善であるのか,供給量が適切か過少か過大か は担保されてはいないが,正当性を持ちつつ実効的に供給するメカニズムは 用意されているわけである。もし,そのようなメカニズムがなければ,過少 供給であることは確実に推測され,また所得の再分配上の適否についても何 の判断もされることはない。前にも述べたように国家制度とはこのように公 共財を供給すべき装置として正統性と実効性を持ったものとして存在してい る 。

( 2 )   ところが,国際公共財の場合には,中央政府という統一的統治体制が存 在せずCi n t e r n a t i o n a lp u b l i c  g o o d s  w i t h o u t  g o v e r n m e n t )   ,かっ当該公共財 の消費主体が各国家なのか個々の個人なのかあるいはその他の主体なのかす らはっきりしない状況もあって,国際公共財の供給はきわめて不安的になら ざるを得ない。統一的権力制度が整っていないと言うことは,強制的な負担・

分担が伴わざるを得ないような供給や所得の再分配の問題は勿論のこと,当 該公共財を供給するか否か,供給するとしても誰が,どの程度,誰の負担で,

どのような態様でという基本的な問題も,それぞれの国家による自発的又は 任意の相互契約的な意思に基づく統ーができなければ,結局供給されないか,

過少供給しかされないことになる(一部例はある,例えば,既に枠組みがで きている場合, WTO の DSB) 。そこでは,いわゆる a n a r c h i c a l な国家間交 渉があるのみで、あって,事態が紛糾しでも最終的な解決が任される場又は制 度秩序が存在していない。これは,国際社会は,国際公共財を供給すること を目的に成立したのではないから当然のことであるが,政治体制,文化,歴 史,慣習などの面で同一性(又は少なくともそれらに対する相互理解)が見 られる国内においてすら解きえない問題や状況を,国も違えば人,言語も異 なり,中央政府もない国際場裏ではどのように国際公共財は供給されており,

又は供給されるべきなのであろうか。

但し,地球公共財といわれるものの中には地球市民が基盤となって地球的

(24)

規模での対応がぜひとも必要なものがあり,国家という制度を通すことが適 当ではないものもある。従って,そのような場合には,これまでの主権国家 による任意的対応ではなくて,まったく別の秩序を創設することを真剣に検 討すべき分野があることもここで触れておきたい。

いずれにしても,過少供給問題は,経済合理性,即ち,いかに少ない費用 分担で多くの便益を得ょうとするかという費用・効果の問題であることにな る。これに関して,ここでは, f r e e  r i d e r と p r i s o n e r 's  d i 1 emma について述 べたい。

8 .   f r e e  r i d e r 問題

( 1 )   f r e e  r i d e r 問題はなぜ生じるのか。どのような問題なのか。

① f r e e  r i d e r 問題とは?

公共財は非排除性と非競合性をその属性とし,一旦誰かによって供給され ると共同等量消費が可能となるので r 自らの負担は最小限に,得られる効 用は最大に」行動する「合理的経済人間」を前提とするとさまざまな問題が 生じる。そして,実際に発生する。国際公共財についてもそのような行動を 各国家がとるものとして,同様な問題が生じ,そのーっとして,当該国際公 共財にもっとも強い選好をもっ国が供給・負担を行って,その供給される範 囲内で他の国々は当該公共財を費用分担することなく思恵を浴びて消費する ことができる。 f r e er i d e r 問題である。このただ乗りを全国家が行うと当該 国際公共財はまったく供給される事はなくなる。また,一部の国々が供給し でも,それが最適な供給水準ではない場合が多くなる。

今日の国際公共財供給においても f r e er i d e r 問題は生じていると考えられ る。何故なら, s t a t e si n t e r n a t i o n a l l y  b e h a v e  l i k e  p r i v a t e  a c t o r s  m o t i v a t e d   by n a t i o n a l  s e l f  ‑i n t e r e s t 匂3 ) 。ただ,多くの国際公共財が供給されていると

2 3 )   I n g e  Kaul , D e f i n i n g  G l o b a l  P u b l i c  Goods ぺ i n G l o b a l  P u b l i c  G o o d s ,  e d .  by I n g e  Kaul e t   a , . l

  O x f o r d  U n i v e r s i t y  P r e s s ,  1 9 9 9 ,  p 1 5 .  

(25)

言う事実は存在しており,その状態が,経済学的にパレート最適なのか改善 なのかは誰にも検証できない。更に,そのパレート最適を判断基準とするこ と自体の妥当性も問題なのかもしれない。現在の状態に不満足な国家や国民 や市民が多く存在することはそうではないことを予想はさせるが,パレート 最適の状態が分配上最適であることも保証されないから,不満があるからと いって改善すべきかどうかも判断できない。

②  f r e e  r i d e r 問題は本当に問題とされるべきなのか?

国際政治の世界で hegemon と言われる国は,自らの重要視する価値観に 基づき,自ら望んで 2 4 ) 且つ自らの負担において当該世界秩序を提供し維持し ている(自らの負担が他者に比べて不当に大きい disproportionateshare of  the c o s t ) 訳であり 2 5 ) ,他の国は当然に当該世界秩序維持継続(其の期間の 平和) f r e e  r i d e r であることになる。ということは f r e er i d e r が生じることを hegemon は認識して,または当然、のこととして国際公共財を供給している のである。 hegemon はパワーを行使して,協力国や周辺国に負担を事実上 強制する事はできるが,自らの意思で f r e er i d e させているのである。従っ てそのような場合には負担分担問題は原則として発生しない。

それ故に i 安保問題における日本ただのり論」と言う言葉が使われる時 がある。現在では, I 思いやり予算」とか「米軍駐留費」という目に見える 形で一部対価が支払われているが,原則論に立ち戻れば,そもそも負担の偏 頗性を特徴とする日米安全保障条約において hegemon としての米国がその ような基本的枠組みを望んでいるからである。(米国の東アジア戦略を実効 的なものにするために安保条約は存在しているのであり,日本を重武装させ ないという大義のもとで中国の喉元に大軍を駐留させることができて,かっ

2 4 )   K i n d l e b e r g e r , The i n t e r n a t i o n a l  e c o n o m i c  o r d e r " ,  MIT P r e s s ,  1 9 8 8 ,  P 1 8 7 .  [ l e a d e r s   work f o r  s o m e t h i n g  c a l l e d   l e a d e r s h i p  s u r p l u s  " ] .  

2 5 ) 同 , p 1 5 3  [ p u b l i c  g o o d s  w o u l d  b e  u n d e r p r o d u c e d   ( b e c a u s e  o f  f r e e  r i d e r ) ,  u n l e s s  a  l e a d ‑

e r  a g r e e d  t o  b e a r  a  d i s p r o p o r t i o n a t e  s h a r e  o f  t h e i r  c o s t s . ]  

(26)

その費用も駐留先に持たせることができているとも見ることができる。勿論,

日本もこれを是としている。)

平和や国際秩序と言った類の国際公共財とは異なり,中には,本来は一国 内の国内的公共財であるものが国外においても外部効果的に公共財として消 費されている例もある。この場合も,一面, f r e e  r i d e とも考えられるが,

その外部性が b a d s ではなくて g o o d s の場合には,供給のための負担分担は 外国に対しては求められないであろう。何故なら,供給国は国内事情のため にその費用を負担しているのであるから。この場合,他国は,その便益が供 給国の事情で供給されなくなっても正当な補償を求めることはできないと考 えられようが,事実上は供給責任を求められることは良く見られる。あくま でも,反射的利益に過ぎないから,訴えの利益すら認められるべきではない

(例えば基軸通貨・国際通貨としてのドル)。

国際公共財も一般的には公共部門によって供給されるが,必ずしも政府部 門に限られるわけではない。例えば,インテルサット,国際標準, IATA 等 の例も多く存在する。しかし,ただ乗りが生じるからといって過少供給とな ることは必ずしも言えるわけではない。特に, b a d s   (公共悪)に近いよう なものはそうである。

( 2 )   ただ乗りがあることは当然の前提として,自らの負担で積極的に供給さ れることもある。

というのも,公共財にも多種多様なものが存在しており,また国際公共財

の場合には国によって社会・政治・信条・文化などが大きく異なるので,そ

の供給能力‑意欲には強弱‑得手不得手があるのは当然である。言い換えれ

ば,国際公共財にも国家間で比較優位が成立すると考えられる。いかに強大

な国家であろうとすべての国際公共財を供給できるわけではなく,またそれ

が最適でもなかろう。以上のことを考えると,殆どの国家は何らかの国際公

共財を供給しあって,消費しあっているのではないかと考えられる。

(27)

これを国際公共財の国際取引にも使って説明できるのではないかという指 摘をしている Boyer は t r a d ei n  p u b l i c  g o o d s " と言う言葉を用いている 2 6 ) 。 f r e e  r i d e r 問題を取り扱う時には単一の公共財を想定することが多いが,国 家間における一般財の取引に関しては,伝統的な比較優位論によって私的財 サービスの貿易を行うことが全体的な効用を高めることができることは容易 に説明できるのと同様に,国際公共財についても比較優位的な説明が可能で あるかどうかということであろう。一般的には,貿易の担い手は民間の個人 や企業が行い,その対価も通貨で支払われるが,公共財の場合には多くが国 の公共部門で行われるので,その供給のための費用負担は供給国の国民負担 で賄われている。とすると,供給側と消費側の国々,国民と国民の間での t r a d e  i n  p u b l i c  g o o d s と言う認識は生じにくいが,この点を明らかにするこ とで,後に述べる協力ゲームは成立しやすくなるものと考えられる。ただこ こで注意すべきは,

i  圏内的には基本的人権の保障のもと国民一人一人はまったくの対等で その契約には威嚇や編しがあればそのような契約は裁判に訴えても取り 消しでき,且つ投票や議会という民主的的手段によって国民の意思や選 好が何らかの形であらわれてくること,

i i

  私的材の貿易の場合には,全くの自由意志に基づいて取引が行われる こと,しかし,

i i i   a n a r c h y を基本とする国際関係では,最終的には軍事力という圧倒的 暴力装置と資本経済力という力によって一方の自由意志を押さえ込んだ 形での秩序形成・状態が存在し得ること,

i v   価格や経済的価値に換算できる財サービスだけの取引ではないこと,

に注意しなくてはならない。

2 6 )   M. A .  B o y e r I n t e r n a t i o n a l  C o o p e r a t i o n  a n d  P u b l i c  G o o d s "  J o h n s  H o p k i n s  U n i v e r s i t y  

P r e s s ,  1 9 9 3 ,  p 3 1   ~35.

(28)

この場合には,最適化された状態とはいえない状態で,片方のみがそれ を望み,もう一方はそれを望んでいない状態があり得る。

ヘゲモニー理論によれば,ある世界秩序は圧倒的なパワーを持つヘケ*モン によって創出され維持される。そのヘゲモンは当該秩序維持のために他の国 よりも大きな供給負担を負うことになる。なぜ積極的にそのような超過負担 を買って出るのかというと,国威また最重要な基本的価値を実現することが 最重要と考えて,そのための当然の負担で、あるからである(勿論,さほど重 要ではない公共財ならば,ヘゲモンは他の国に負担させるということもでき ょう。実際は i 国際協力 J と言う美名の下に強制的協力)。従って,検討対 象とする国際公共財によっては f r e er i d e r が存在する場合であってもそのこ とを問題視する必要はなさそうな場合もある。国際公共財は単一ではなく,

数多くの国家がそれぞれ比較優位を持つ公共財(だけに限られるわけではな いが)を実際には供給しあっていると考えられる 2 7 ) 。

( 3 )   f r e e  r i d e するのはなぜか?

このような設問は,経済学的には全く意味をもたない。というのも,経済 学は社会や人の動きを説明するときに,経済合理的人間を前提とするからで あり,何故そのような前提を置くかと言うと,観察と経験により人間の行動 はそのようなものであるとするからである。したがって,究極的には対価を 支払うことなくただで効用を得ることができるならば,それが最も経済合理 的な行動と言うことになるのであろう。それは,各人がそのような自己利益 を素直に追求すれば, by p u r s u i n g  h i s  own i n t e r e s t  h e  f r e q u e n t 1 y  p r o m o t e s   t h a t  o f  t h e  s o c i e t y  more e f f e c t u a l l y  t h a n  when h e  r e a l l y  i n t e n d s  t o  p r o m o t e  

2 7 )

実際的な問題としては,供給よりも負担分担の問題である。「受益者負担,応益負担」

I

応能負担,能力に応じた負担」を国際場裏でどのように実現するのかということが 最重要な現実的問題となっている。

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