高度成長期の生活文化イメージ
一愛知淑徳大学学生調査より一
谷 沢 明
1.高度成長期を象徴するキーワードは
高度成長期,それは筆者(昭和25年生まれ)にとって,青少年期をすごした時代であった.
高度成長は,わが国の生活文化に多大な影響を及ぼし,この時期を境に伝統的な暮らしや地域 社会の姿は大きく変容した,と言って過言でない.
いま教壇に立ち大学生を教えているが,彼ら彼女らにとって高度成長期は,すでに「教科書 でならう時代」となってしまった.高度成長を体験していない学生たちは,はたして高度成長 というものをいかに捕えているのであろうか.そのイメージを探ることは,生活文化研究の上 で重要なことの一つと思われる.
本稿は,愛知淑徳大学で社会調査論及び民俗学を履修する学生478名を対象に行なった,「高 度成長期の生活文化に関する調査」結果の概要報告である.
調査は,質問紙を用いた集合調査の方法で,平成9年7月10日,7月14日に実施した.対象 者の属性は,〈表1>のとおりである.なお調査項目については,巻末の質問紙を参照されたい.
〈表1>「高度成長期の生活文化に関する調査」対象者の属性
性別 男性 97
Q0.3
女性 381
V9.7
計 478
P00.0
学部 現代社会学部 264
T5.2
文学部 214
S4.8
計 478
P00.0
教科 社会調査論 242T0.6
民俗学 236
S9.4
計 478
P00.0
高度成長の時代のイメージとして,その時期を色にたとえてみたい.学生たちに「高度成長 期を色にたとえるとしたら何色でしょうか」と質問したところ,〈表2>の結果があらわれた.
最も多いのが赤で,次いで灰色・黄色・青となった.
〈表2>高度成長期を色にたとえると何色?
赤 青 黄
灰色 その他 有効回答 193
S0.9
50
P0.6
74
P5.7
123
Q6.1
32
U.8
472
P00.1
赤と答えた人が理由として上げたもので最も多いのは,「燃えていた時代」から連想すると いう回答である.これに次ぐ理由として上位から示すと,パワーがある・活気がある・頑張っ ている・勢いがある・エネルギッシュ・激しさを感じる・情熱的・目標に向かっている・やる 気がある・危険・激動の時代・生き生きしている・突き進んだ時代・急いでいた時代,とさま
ざまな答えが寄せられている.
灰色と答えた人が理由として上げたもので最も多いのは,「煙の色」から連想するという回 答である.これに次ぐ理由として上位から示すと,工場の色・混ざりあった時代・公害・環境 破壊・暗い印象・働きすぎ・無機質・空の色などの答えが寄せられている.灰色の理由の多く は,高度成長が生みだしたマイナス面をあらわす色として上げられている.
黄色と答えた人が理由として上げたもので最も多いのは,「要注意の信号の色」から連想す るという回答である.これに次ぐ理由として明るさ・元気のよさなどが上げられている.青と 答えた人が理由として上げたもので最も多いのは,「進めの信号の色」から連想するという回 答である.これに次ぐ理由として空のイメージ・さわやかなどが上げられている.空のイメー ジとして灰色が公害の空をあらわすのに対し,青は青空の下で人々が頑張っている,といった 印象も一方では持たれていることがわかる.これらの色のイメージに寄せる言葉は,学生たち が高度成長をどのように見ているかの一端をあらわすものであろう.
高度成長期は,さまざまな出来事が起こり,新たな耐久消費財などが一般家庭の中に入り込 んでいった時代である.「高度成長期を象徴するキーワードを3つ上げてください」と質問し たところ,〈表3>の結果があらわれた.公害・環境破壊といった高度成長の結果引き起こされ た社会問題をはじめ,テレビ・クーラー・電気冷蔵庫・電気洗濯機などの電化製品や,車など の「三種の神器」「新三種の神器」といった高度成長期に一般家庭に入り込み生活文化に大き な影響を与えた耐久消費財が上げられている.また,東京オリンピック・万博(大阪)と国を あげて行なった二大イベントや,仕事・所得倍増・消費社会・お金・豊かさ・経済大国といっ た経済を象徴する言葉も見あたる.さらに,新幹線・工業化・日本列島改造などの高度経済成 長期の地域開発などもその時代を象徴するキーワードとして選ばれている.
〈表3>高度成長期を象徴するキーワードは
順位 キーワード 度数 順位 キーワード 度数
1
公害 106 12 消費社会 322
テレビ 85 13 電化製品 293
東京オリンピック 78 14 お金 214 車 67 15 工業化 21
5
仕事 58 16 日本列島改造 186
三種の神器 54 17 クーラー 157
新幹線 43 18 豊かさ 148 環境破壊 37 19 新三種の神器 13
9
オイルショック 35 20 電気冷蔵庫 1210 万博(大阪) 34 21 経済大国 12
11 所得倍増 34 22 電気洗濯機 10
*有効回答:437(3つの複数回答).ただし10件未満は省略.
2.学生たちがみた生活文化の諸相
高度成長期は,言うまでもなく,昭和30年の神武景気ではじまり,昭和48年の第4次中東戦 争勃発の影響による石油危機までの時期を指している.昭和30年は,「家庭電化時代」の到来 の年でもあり,とりわけ,生活文化の諸相が様変りを始める時代でもあった.ここでは,三種 の神器・新三種の神器・東京オリンピックと万博(大阪)の二大イベント・新幹線と高速道路 の交通・食生活・衣生活のファッション・住まい・テレビ・音楽について,「高度成長期の生 活文化に関する調査」結果を紹介したい.なお,ここで示すデータは,以下の表に示す設問に 対して5段階評価を行なった回答結果と,自由記述意見の一部である.
(1)三種の神器
高度成長期が始まる前年の昭和29年には,電気洗濯機・電気冷蔵庫・電気掃除機が「三種の 神器」と呼ばれた(掃除機に代わってテレビを入れる場合もある).今はあって当然とされる これら三種の耐久消費財についての設問と結果は,〈表4>のとおりである.生活を豊かにした かについての肯定的回答(そう思う・やや思う)は,電気洗濯機が95.2%・電気冷蔵庫が 86.6%・電気掃除機が78.8%といずれも高い数値を示す.一方,これらが出現した結果,主婦 がなまけるようになったかについては,否定的回答(そう思わない・さほど思わない)が55.3%
と半数強を占める.三種の神器は生活文化を大きく変えたかには,肯定的回答が96.4%あり,
その影響の大きさが意識されている.
三種の神器に関する自由記述意見をいくつか紹介すると,「この三つを買うために国民は一 生懸命に働いた」「三つの電化製品を持つことが夢だった」「日本の家庭生活を大きく変えた」
「生活に時間の余裕ができた」「女性の家事が減り社会進出の第一歩となった」などが上げら れている.
〈表4>三種の神器 回答 ン問
そう思う やや思う どちらとも
セえない
さほど思わ
ネい
そう思わな
「
有効回答
電気冷蔵庫は生活を豊かにした
349
V3.0
106 Q2.2
18 R.8
3 O.6
2
O.4
478 P00.0
洗濯機は生活を豊かにした251
T2.6
162 R4.0
47 X.9
14
Q.9
3 O.6
477 P00.0
掃除機は生活を豊かにした201
S2.1
175 R6.7
62 P3.0
35
V.3
4 O.8
477 X9.9
三種の神器で主婦はなまけるよ
、になった
19 S.0
74 P5.5
120 Q5.2
133 Q7.9
130 Q7.3
476 X9.9
三種の神器は生活文化を大きく マえた
353 V4.2
106 Q2.3
13
Q.7
3
O.6
1
O.2
476 P00.0
(2)新三種の神器
高度経長期が始まって10余年後の昭和41年,自家用車・カラーテレビ・クーラーが「新三種
の神器」としてもてはやされた.これらの耐久消費財は,頭文字をとって3Cとも呼ばれた.
新しい三つの耐久消費財についての設問と結果は,〈表5>のとおりである.生活を豊かにした についての肯定的回答は,自家用車が90.6%・カラーテレビが83.0%・クーラーが77.8%と「三 種の神器」と同様にいずれも高い数値を示す.とりわけ自家用車については「そう思う」の回 答が63.8%を占めており,他の二つと比べて評価数値が高い.また,新三種の神器は生活文化
を大きく変えたには,肯定的回答が92.6%あり,三種の神器と同様にその影響の大きさが意識 されている.
新三種の神器に関する自由記述意見をいくつか紹介すると,「これによって生活様式が変わっ た」「とりわけ車が一家に一台普及したことは生活に大きな変化をもたらした」「これにより生 活を楽しみ快適にするという考え方が生まれた」などが上げられている.
〈表5>新三種の神器 回答 ン問
そう思う やや思う どちらとも
セえない
さほど思わ
ネい
そう思わな
「
有効回答
自家用車は生活を豊かにした
305
U3.8
128 Q6.8
37
V.7
6
P.3
2
O.4
478 P00.0
カラーテレビは生活を豊かにしス
237 S9.7
159 R3.3
59 P2.4
14 Q.9
8
P.7
477 P00.0
クーラーは生活を豊かにした206
S3.2
165 R4.6
69 P4.5
26
T.5
11 Q.3
477 P00.1
新三種の神器は生活文化を大き ュ変えた
310 U5.1
131 Q7.5
25
T.3
8
P.7
2
O.4
476 P00.0
(3}イベント
昭和39年に開催された東京オリンピックと,昭和45年開催の万博(大阪)は,高度経済成長 期の二大イベントと言って過言でない.94力国が参加した東京オリンピックでは,日本は金16・
銀5・銅8のメダルを獲得し,この年日本はOECDに加盟し,先進資本主義国の一員として国 民が大いに自信を持った時期でもあった.また,77力国が参加して開催された万博(大阪)に は,レジャーブームの波にのって183日間で6,420万人が入場するという人々の大移動が見られ
た.
これら二大イベントについての設問と結果は,〈表6>のとおりである.象徴的出来事とする 肯定的回答は,東京オリンピックが74.9%・万博(大阪)が61.9%で,東京オリンピックがよ
り象徴的な出来事として意識されている.また,開催は意味があったとする肯定的回答は,象 徴的出来事とする回答よりやや低くなるが,東京オリンピックが66.3%・万博(大阪)が51.8%
で,やはり東京オリンピックがより開催に意味があったとしそ意識されている.
イベントに関する自由記述意見をいくつか紹介すると,東京オリンピックは「敗戦からこれ だけ復興したんだぞ!とアピールした」「華やかな日本・成長した日本の世界に対する象徴」
「世界に日本をアピールし経済効果も大きかった」「復興と発展の象徴で国民に自信を与えた」
「高速道路や新幹線などの交通網が整えられた」「これにより都市化が進んだ」,万博(大阪)
は「国民のすべてが楽しもうとした」「日本全体が盛り上がった」「高度成長の集大成」などが 上げられている.
〈表6>イベント
回答
ン問
そう思う やや思う どちらとも
セえない
さほど思わ
ネい
そう思わな
「
有効回答
東京オリンピックは高度成長の ロ徴的出来事
184 R8.7
172 R6.2
82 P7.3
27
T.7
10 Q.1
475 P00.0
東京オリンピック開催は意味が?チた
149 R1.4
166 R4.9
125 Q6.3
24
T.1
11 Q.3
475 P00.0
万博(大阪)は高度成長の象徴I出来事
129 Q7.3
164 R4.7
132 Q7.9
34
V.2
14 R.0
473 P00.1
万博(大阪)開催は意味があっ
ス
75 P5.9
170 R5.9
181 R8.3
36
V.6
ll Q.3
473 P00.0
(4)交通
東京オリンピック開催の昭和39年には,東海道新幹線が開業し,東京・大阪間を4時間で結 び,従来の6時間50分を大幅に短縮した.また,昭和44年には東名高速道路が全通し,名神高 速道路と結ばれた.高度経済成長期に新たに生まれた交通機関についての設問と結果は,〈表7>
のとおりである.これらの交通機関が生活を豊かにしたとする肯定的回答は,新幹線が84.7%・
高速道路が76.1%で,いずれも高い数値を示し,とりわけ新幹線についての評価数値が高い.
また,環境に悪影響を与えたとする肯定的回答は,新幹線が53.1%・高速道路が68.5%で,高 速道路がより環境に悪影響を与えたとして意識されている.
交通に関する自由記述意見をいくつか紹介すると,高速道路は「国土を開発し車が増えて日 本が狭くなった」,新幹線は「日本の技術水準が高くなったことの象徴」「驚くほどの時間短縮 がなされ時間が有効に使えるようになった」などが上げられている.
〈表7>交通
回答 ン問
そう思う やや思う どちらとも
セえない
さほど思わ
ネい
そう思わな
「
有効回答
新幹線は生活を豊かにした
237
S9.7
167 R5.0
60 P2.6
12 Q.5
1
O.2
477 P00.0
新幹線は環境に悪影響を与えた82
P7.3
170 R5.8
157 R3.1
51 P0.7
15
R.2
475 P00.1
高速道路は生活を豊かにした
179
R7.8
181 R8.3
94 P9.9
17 R.6
2
O.4
473 P00.0
高速道路は環境に悪影響を与えス
143 R0.2
181 R8.3
107 Q2.6
32 U.8
10
Q.1
473 P00.0
(5)食生活
高度成長を国家の政策として本格的に推進する所得倍増計画が決定された昭和35年,インス タントラーメンやインスタントコーヒーが登場した.この「インスタント」は,時の流行語と さえなった.昭和43年にはレトルト食品の始まりとされる「ボンカレー」も発売された.また,
昭和46年には日本マクドナルドがハンバーガーレストランの1号店を銀座三越内に開店し,ハ ンバーガーが普及する.昭和40年代初頭には,食品の冷凍輸送が開始され,冷凍食品が家庭に 出回り,それまでの食文化の在り方が大きく変わっていった.
高度成長期に登場した食品や食文化についての設問と結果は,〈表8>のとおりである.こ れらの食品が生活を豊かにしたとする肯定的回答は,インスタントラーメンが25.4%・インス タントコーヒーが25.6%・レトルト食品が38.8%・冷凍食品が43.9%・ハンバーガーが23.4%
で,いずれも低い数値を示し,とりわけハンバーガー・インスタントラーメン・インスタント コーヒーについての評価数値が低い.一方,高度成長は食文化を向上させたとする肯定的回答 は56.5%を占めており,高度成長期に登場した食品個別の評価が低いことに対して,食文化全 般については肯定的な意見がみられる傾向がある.
食生活に関する自由記述意見をいくつか紹介すると,「インスタント食品は便利さが追及さ れたが質的に悪い」「ファーストフードは食生活に大きな影響を与えた」「レトルト食品は主婦 が外へ出ていくようになった象徴」などが上げられている.
〈表8>食生活
回答
ン問
そう思う やや思う どちらとも
セえない
さほど思わ
ネい
そう思わな
「
有効回答
インスタントラーメンは生活を Lかにした
30 U.3
91 P9.1
177 R7.1
127 Q6.6・
52 P0.9
477 P00.0
インスタントコーヒーは生活をLかにした
28
T.9
94 P9.7
187 R9.2
119 Q4.9
49 P0.3
477 P00.0
レトルト食品は生活を豊かにしス
47
X.9
138 Q8.9
149,
R1.2
103 Q1.6
40
W.4
477 P00.0
冷凍食品は生活を豊かにした52
P1.0
156 R2.9
148 R1.2
96 Q0.3
22 S.6
474 P00.0
ハンバーガーは生活を豊かにしス
26
T.5
85 P7.9
193 S0.6
130 Q7.4
41 W.6
475 P00.0
高度成長は食文化を向上させた129
Q7.1
140 Q9.4
122 Q5.6
64 P3.4
21 S.4
476 X9.9
(6)ファッション
昭和42年,イギリスのモデル・ッイギーの来日と前後して,ミニスカートが流行する.昭和 46年には,Tシャッとジーンズが流行り,若者ファッションとして定着していく.また,高度 成長期のやや後の現象ではあるが,ブランド品がファッションの中に取り入れられて一つの流 行となっていく.ファッションについての設問と結果は,〈表9>のとおりである.これらの
ファッションが生活を楽しくしたとする肯定的回答は,ミニスカートが37.4%・Tシャツが 54.3%・ジーンズが62.1%・ブランド品が28.0%で,ジーンズとTシャツが他の二つと比べて 高い数値を示す.
s
ファッションに関する自由記述意見をいくつか紹介すると,「ファッションは豊かさの象徴」
「ファッションは人々の生活に余裕が出てきたことをあらわしている」「昔あ古い思考がファッ ションを通じて変わった」「ミニスカートは女性進出の象徴」などが上げられている.
〈表9>ファッション 回答
ン問
そう思う やや思う どちらとも
セえない
さほど思わ
ネい
そう思わな
「
有効回答
ミニスカートは生活を楽しくし
ス
73 P5.3
105 Q2.1
180 R7.8
87 P8.3
31 U.5
476 P00.0
Tシャツは生活を楽しくした 99Q0.8
159 R3.5
157 R3.1
46
X.7
14 Q.9
475 P00.0
ジーンズは生活を楽しくした111
Q3.4
184 R8.7
132 Q7.8
33 U.9
15 R.2
475 P00.0
ブランド品は生活を楽しくした
51 P0.7
82 P7.3
175 R6.8
102 Q1.5
65 P3.7
475 P00.0
(7)住まい
衣食住において,食べ物と衣服は高度成長を機に急激に変化したものが多いのに対し,住ま いについては,その変化の時期が必ずしも一様ではなく,都市・農村部において変わっていく 時期がそれぞれ異なっている.しかし,大づかみに見ると,やはり住まいにおいても,高度成 長を境に,それまでの伝統的な様式が,新たなスタイルに変わっていったものが少なくない.
ここでlil,昭和50年代生まれの学生があまり経験したことがないと思われる伝統的な住まいの 様式について質問をすることにした.
設問と結果は,〈表10>のとおりである.これらの住まいに関する設問の肯定的回答は,「囲 炉裏よりリビングでのだんらんの方が良い」が38.2%・「竈よりダイニングキッチンでの炊事 の方が良い」が63.9%・「鍵のかかる個室は必要である」が42.6%で,「ダイニングキッチン が良い」が他の二つに比べて高い数値を示す.また,1週間くらいしてみたい生活としての肯 定的回答は,「電灯のないランプの生活」が28.7%・「水道のない井戸水の生活」が21.8%・「ガ スのない薪の生活」が23.7%で,総じて低い数値を示す.
住まいに関する自由記述意見は少数であるがいくつか紹介すると,「団地がたくさんできた 時代」「日本人の住まいはうさぎ小屋」「両親とも働きづめでカギっ子が増えた」「核家族化が 急速に進み古くからの知恵がきえた」などが上げられている.
〈表10>住まい
回答
ン問
そう思う やや思う どちらとも
セえない
さほど思わ
ネい
そう思わな
「
有効回答
囲炉裏端よりリビングでのだん 轤 の方が良い
67 P4.0
115
Q41
229 S8.0
48 P0」
18 R.8
477 P00.0
竈よりダイニングキッチンでの?魔フ方が良い
140 Q9.4
165 R4.6
143 R0.0
25
T.2
4 O.8
477 P00.0
鍵のかかる個室は必要である101
Q1.2
102 Q1.4
117 Q4.5
98
Q0.5
59 P2.4
477 P00.0
電灯のないランプの生活を1週ヤ位してみたい
54 P1.3
83 P7.4
78 P6.4
117 Q4.5
145 R0.4
477 P00.0
水道のない井戸水の生活を1週ヤ位してみたい
41
W.6
63 P3.2
64 P3.4
125 Q6.2
184 R8.6
477 P00.0
ガスのない薪の生活を1週間位オてみたい
37
V.8
76 P5.9
71 P4.9
123 Q5.8
170 R5.6
477
P00.0
(8)テレビ
テレビの本放送が開始されたのは昭和28年であるが,昭和34年の皇太子殿下御成婚の中継を 機にテレビはすさまじい勢いで各家庭に普及をみせた.翌昭和35年にはカラー本放送が開始さ れ,昭和39年の東京オリンピックの中継などによりカラーテレビが家庭に普及し,昭和47年に はカラーテレビの受信契約数が白黒を上回った.昭和31年,テレビの普及による社会への影響 が問題視され,大宅荘一は「一億総白痴化」なる造語を生みだした.白黒テレビが出始めたこ ろ,床の間に置かれた一台のテレビに,隣近所の人々が見入るといった光景も,今は,想像し 難い時代の一こまではないか.
テレビに関する設問と結果は,〈表11>のとおりである.テレビというメディアの性格に関 する設問の肯定的回答は,「情報を得るために不可欠」が86.6%・「娯楽のために不可欠」が 78.0%で,情報を得て・楽しむという要素にいずれも高い数値が示されている.また,「『一億 総白痴化』は今でもあてはまる言葉」の設問は,肯定的回答は27.9%と低く,「どちらとも言 えない」が54.8%の過半数を示している.なお,この設問に対しては「質問の意味が分からな い」というコメントもいくつか見られ,「一億総白痴化」という造語そのものが現在「死語」
に近づいていることを思わせる.さらに,「近所で集まって1台のテレビを観てみたい」の肯 定的回答は9.9%ときわめて低い.テレビの評価に関する設問の肯定的回答は,「テレビは家族 だんらんにマイナス」が19.3%・「テレビのない生活をしてみたい」が14.8%・「テレビの普 及は文化を向上させた」が69.6%となっており,テレビの普及が肯定的に受け取られている様 子がうかがえる.
テレビに関する自由記述意見をいくつか紹介すると,「いちばん身近にあるスゴイもの」「家 庭に入った強力なメディア」「テレビの普及によりいろいろな情報を知ることができるように
なった」「人々に娯楽をもたらしたいちばん大きなもの」「これによって人との接触が減った」
などが上げられている.
〈表11>テレビ
回答
ン問
そう思う やや思う どちらとも
セえない
さほど思わ
ネい
そう思わな
「
有効回答
テレビは情報を得るために不可
№フメディア
265 T5.6
148 R1.0
39 W.2
14 Q.9
11 Q.3
477 P00.0
テレビは娯楽のために不可欠な<fィア
219 S5.9
153 R2.1
71 P4.9
21 S.4
13 Q.7
477 P00.0
「一億総白痴化」は今でもあて ヘまる言葉
41
W.7
90
P9.2
257 T4.8
46
X.8
35
V.5
469 P00.0
近所で集まって1台のテレビをマてみたい
17 R.6
30
U.3
53 P1.1
133 Q7.9
244 T1.2
477 P00.1
テレビは家族だんらんにマイナX
20 S.2
72
P5.1
146 R0.6
142 Q9.8
97 Q0.3
477 P00.0
テレビのない生活をしてみたい34
V.2
36 V.6
91 P9.2
119 Q5.1
195 S1.1
475 P00.2
テレビの普及は文化を向上させス
146 R0.8
184 R8.8
116 Q4.5
18 R.8
10
Q.1
474
P00.0
(9)音楽
昭和41年,ビートルズが来日して日本武道館で公演をする.エレキギターブームもその前年 くらいからおこり,キャンパスや街角ではギター片手にフォークソングも歌われ始めた.今か ら30年前に流行ったこれらの音楽のいくつかはスタンダードナンバーになり,あるいは「懐メ ロ」として,今も歌い継がれているものが少なくない.これら音楽についての設問と結果は,
〈表12>のとおりである.新しい音楽をつくったとする肯定的回答は,ビートルズが70.0%・
エレキギターが64.2%・フォークソングが54.8%で,総じて高い数値を示すが,とりわけビー トルズの評価が高い.
音楽に関する自由記述意見は少数であるがいくつか紹介すると,「ビートルズは新しい挑戦 をした人たちで現在のロックの基礎を築いた」「フォークソングはなんとなくこの時代の音楽 というイメージ」などが上げられている.なお,高度成長のキーワードとして歌謡曲の「高校 三年生」を上げて「団塊の世代の心の歌」と記した学生もいた.
〈表12>音楽
回答 ン問
そう思う やや思う どちらとも
セえない
さほど思わ
ネい
そう思わな
「
有効回答
ビートルズは新しい音楽をつ ュった
184 R8.6
150 R1.4
119 Q4.9
18 R.8
6
P.3
477 P00.0
エレキギターは新しい音楽をつュった
151 R1.7
155 R2.5
142 Q9.8
24 T.0
5
P.0
477 P00.0
フォークソングは新しい音楽をツくった
115 Q4.2
146 R0.7
171 R5.9
33 U.9
11 Q.3
476 P00.0
3.学生たちがみた社会の姿
朝鮮戦争による特需に支えられて工業生産は高まり,高度成長期には,工業生産は飛躍的な 発展を遂げ,日本は世界有数の工業国の地位を占めるにいたった.高度成長は,消費社会を成 立させ,昭和41年から45年まで続いた「いざなぎ景気」を背景に,著しい消費生活の向上がみ られた.一方,高度成長下の農村においては,農業労働力の工業への大量流出,食糧自給率の 低下など多くの問題が生じた.昭和43年,GNPは世界第2位となり,「経済大国日本」が築か れる.高度成長期には国土の開発が盛んに行なわれ,地域社会の姿が変容を遂げた時期でもあっ た.ここでは,工業の発展・消費社会・高度成長下の農村・経済大国・国土の開発について,
引き続き「高度成長期の生活文化に関する調査」結果を紹介したい.なお,ここで示すデータ もやはり,以下の表に示す設問に対して5段階評価を行なった回答結果と,自由記述意見の一 部である.
(1}工業の発展
昭和25年勃発の朝鮮戦争によるアメリカ軍の特需に支えられて工業生産は高まり,昭和26年 には戦前の水準を回復した.工業生産は,高度成長期には機械・金属・化学などを中心に飛躍 的な発展を遂げ,日本は世界有数の工業国の地位を占めるにいたった.昭和34年,三菱油化四
日市工場第一期工事が完成するが,これが石油コンビナートの始まりとされる.昭和40年代に 入ると,原油を輸送する「巨大タンカー時代」となり,工業は著しい発展をみせる.一方,窒 素工場排水中の有機水銀が原因の水俣病,阿賀野川流域の有機水銀中毒患者の発生,三井金属 神岡鉱業所の排水が原因の「イタイイタイ病」,石油コンビナートによる大気汚染公害の「四
日市ぜんそく」など,工業の発展の陰には,公害問題が生じた現実も見落とせない.
これら工業の発展についての設問と結果は,〈表13>のとおりである.工業の発展について の肯定的回答(そう思う・やや思う)は,生活を豊かにしたが89.7%・幸せをもたらしたが 39.2%となり,工業の発展は生活を豊かにしたが幸せをもたらしたとは言い難い,と意識され ている.また,工業化はやむをえないと肯定する意見として,環境を悪化させたを上げる者が 21.8%,公害をもたらしたことを上げる者が14.0%みられるが,いずれも低い数値である.さ
らに,「工業の発展が止まっても公害のない方を選ぶ」については,肯定的回答が37.9%,「ど ちらとも言えない」が47.8%で,否定的回答は14.3%の低い数値になっている.建て前と,現 実問題となった場合の意見に大きな開きが出ているのが回答結果の特徴といえよう.
工業の発展に関する自由記述意見をいくつか紹介すると,「第一次産業から第二次産業へ変 わった節目」「農耕民族から工業立国へと変化した起点」「新しい技術により新しいモノがたく さん生まれた時代」などが上げられている.また,工業の発展と関連して公害についての意見 が多くみられ,「公害こそ工業・産業発展の象徴で,汚点でもある」「日本が大きくなった代償 、 ではあるが,高すぎるツケ」「モノの豊かさを最優先にしたがための失敗」「利益のみを追及し た結果が公害」などが上げられている.
〈表13>工業の発展 回答 ン問
そう思う やや思う どちらとも
セえない
さほど思わ
ネい
そう思わな
「
有効回答
工業の発展は生活を豊かにした
251
T2.5
178 R7.2
36
V.5
9
P.9
4 O.8
478
X9.9
工業の発展は幸せをもたらした
64 P3.4
123 Q5.8
215 S5.1
61 P2.8
14 Q.9
477 P00.0
工業化は環境を悪化させたがや゙をえない
23 S.8
81 P7.0
120 Q5.2
129 Q7.0
124 Q6.0
477 P00.0
工業化は公害をもたらしたがや゙をえない
16 R.4
51 P0.7
94 P9.7
141 Q9.6
175 R6.7
477 P00.1
工業の発展が止まっても公害のネい方を選ぶ
81 P7.0
100 Q1.0
228 S7.8
47
X.9
21 S.4
477 P00.1
(2)消費社会
昭和30年代半ば以降の高度成長期は,いわゆる「消費社会」を成立させた.昭和41年には景 気が立ち直り,45年まで「いざなぎ景気」が続く.この年,史上最高のボーナスが出て,デパー トの売り上げは1日40億円と史上最高を記録した.「新三種の神器」がもてはやされたのも,こ の時期のことである.昭和43年,GNPは西ドイツを抜いてアメリカに次いで世界第二位となっ
た.この時期,「昭和元禄」と謳われ,「消費は美徳」なる言葉が生まれ,「使い捨て」の社会 風潮が浸透したのも,「消費社会」の一面であった.
これら消費社会についての設問と結果は,<表14>のとおりである.消費社会についての肯 定的回答は,生活を豊かにしたが60.0%・幸せをもたらしたが35.0%となり,工業の発展と同 様に,消費社会は生活を豊かにしたが幸せをもたらしたとは言い難い,と意識されている.ま た,「消費は美徳」であるの肯定的回答は13.0%の低い数値である.さらに,消費社会などに ついてやむをえないと肯定する意見として,消費社会は使い捨てを生んだを上げる者が15.3%,
使い捨ては環境問題を生んだを上げる者が9.7%みられるが,いずれも低い数値である.「使い 捨てよりリサイクルを選ぶ」については,肯定的回答が75.3%の高い数値を占めている.
消費社会に関する自由記述意見をいくつか紹介すると,「モノを消費することで成り立って いた時代」「モノが豊かになってモノを大切にする心がなくなってしまった時代」「モノがあふ れていてもすぐに新しいモノを取り入れていた時代」「消費は美徳はモノに対する考え方が変 わったことを象徴する言葉」などが上げられている.
〈表14>消費社会
回答
ン問
そう思う やや思う どちらとも
セえない
さほど思わ
ネい
そう思わな
「
有効回答
消費社会は生活を豊かにした
107
Q2.4
180 R7.7
143 Q9.9
33
U.9
15
R.1
478 P00.0
消費社会は幸せをもたらした49
P0.3
118 Q4.7
214 S4.9
70 P4.7
26
T.5
477 P00.1
「消費は美徳」である 16
R.4
46
X.7
166 R4.9
152 R1.9
96 Q0.2
476 P00.1
消費社会は使い捨てを生んだが 竄゙をえない
13 Q.7
60 P2.6
121 Q5.4
168 R5.3
114 Q3.9
476 X9.9
使い捨ては環境問題を生んだが 竄゙をえない
7
P.5
39 W.2
79 P6.6
178 R7.5
172 R6.2
475 P00.0
使い捨てよりリサイクルを選ぶ177
R7.1
182 R8.2
99
Q0.8
14
Q.9
5
P.0
477 P00.0
(3)高度成長下の農村
昭和36年,農業と他産業の格差是正のため,生産の選択的拡大・構造改善・自立経営農家の 育成などを目的に農業基本法が公布された.しかし,農業労働力の工業への大量流出,食糧自 給率の低下は進む一方であった.昭和38年には兼業農家が40%を越え,「三ちゃん農業」とい われる農業経営の時代を迎える.そして,昭和42年には農業就業人口が全就業者の20%を割っ た.昭和45年,政府は米の減産などの総合農政の基本方針を決定して減反政策が始まると,草 に埋もれた田んぼが目立ち,勤労意欲を失う農民も生じた.高度成長は,このように農村や農 民の姿を大きく変容させた時代でもあった.
これら高度成長下の農村についての設問と結果は,〈表15>のとおりである.高度成長と農村・
農民の関係ついての肯定的回答は,農村を豊かにしたが16.5%・農民に幸せをもたらしたが
9.4%の低い数値を示す.また,やむをえないと肯定する意見として,農村からの人口流出を を上げる者が39.4%,農村の近隣関係の崩壊を上げる者が18.0%,農村の伝統文化の変容を上 げる者が22.6%みられ,農村からの人口流出をやむをえないとする意見が他の二つに比べて高 い数値を示す.
高度成長下の農村に関する自由記述意見は少数であるがいくつか紹介すると,「農村と都市 の格差がひらいた時代」「農村の過疎化と都市の過密に支えられて成った高度成長」「兼業化に よる三ちゃん農業はこの時代を象徴する言葉」などが上げられている.
〈表15>高度成長下の農村
e
回答
ン問
そう思う やや思う どちらとも
セえない
さほど思わ
ネい
そう思わな
「
有効回答
高度成長は農村を豊かにした
21
S.4
58 P2.1
151 R1.6
163 R4.1
85 P7.8
478 P00.0
高度成長は農民に幸せをもたらオた
11 Q.3
34
V.1
159 R3.3
182 R8.2
91 P9.1
477 P00.0
農村からの人口流出はやむをえネい
33 U.9
155 R2.5
144 R0.2
104
QL8
41 W.6
477 P00.0
農村の近隣関係が崩壊したのは竄゙をえない
24
T.0
62 P3.0
158 R3.1
154 R2.3
79 P6.6
477 P00.0
農村の伝統文化が変容したのは竄゙をえない
26
T.5
82 P7.2
135 Q8.3
128 Q6.8
106
Q22
477 P00.0
(4)経済大国ニッポン
昭和41年から45年にいたる「いざなぎ景気」は,財政支出と輸出主導による高度成長を実現 させた時期であった.GNP世界第2位の我が国は,まさに「経済大国日本」であった.昭和 43年には対米貿易収支が黒字で,日米経済摩擦も生じた.
これら経済大国についての設問と結果は,〈表16>のとおりである.経済大国についての肯 定的回答は,国民を豊かにしたが70.9%・国民に幸せをもたらしたが39.0%となり,工業の発 展・消費社会と同様に,経済大国は国民を豊かにしたが幸せをもたらしたとは言い難い,と意 識されている.また,経済大国日本が築かれる背景となった「所得倍増の社会目標は妥当であっ た」についての肯定的回答は41.9%・否定的回答は14.3%,「経済大国を築いた世代の生き方 は評価できる」についての肯定的回答は49.1%・否定的回答は13.2%で,肯定的回答が否定的 回答に比べて多くを占めている.
経済大国に関する自由記述意見をいくつか紹介すると,「とにかくお金を稼ぎお金を使うこ とが目的であった時代」「お金のために働いていた時代」「何よりもお金にありがたみを感じて いた時代」「お金がないと不幸になりそうという幻想が生まれた時代」などが上げられている.
また,仕事についての意見が多くみられ,「生活を豊かにするために働きすぎていた時代」「家 庭よりも仕事優先の時代」「経済大国日本が形成されたのは会社人間がいたから」「忠誠心をもっ て働く人々」「過労死なども高度成長を象徴する言葉」などが上げられている.
〈表16>経済大国ニッポン 回答 ン問
そう思う やや思う どちらとも
セえない
さほど思わ
ネい
そう思わな
「
有効回答
経済大国は国民を豊かにした
163
R4.1
176 R6.8
97
Q0.3
33 U.9
9
P.9
478 P00.0
経済大国は国民に幸せをもたら オた
55 P1.5
131 Q7.5
181 R7.9
88 P8.4
22 S.6
477 X9.9
所得倍増の社会目標は妥当で
?チた
53 P1.1
147 R0.8
209 S3.8
53 P1.1
15
R.1
477 X9.9
経済大国を築いた世代の生き方 ヘ評価できる
71 P4.9
163 R4.2
180 R7.7
47 X.9
16 R.4
477 P00.1
(5)国土の開発
昭和25年制定の国土総合開発法に基づき,政府は,新産業都市を開発拠点として地域格差の 解消をねらう全国総合開発計画を昭和37年に決定した.あわせて,新産業都市建設促進法が公 布され,臨海コンビナートが次々に形成されていく.国土の開発にともない,大都市圏への人 口集中がすすみ,過密の弊害がおこり,地方では過疎現象があらわれてきた.また,公害問題 が生じたことも,見落とせない.昭和44年には新全国総合開発計画が決定されたが,これは高 度成長の終焉で机上プランに終わった.昭和47年,田中角栄が『日本列島改造論』を発表する と,全国的な土地投機ブームがおこり,地価暴騰の引き金となった.急激な国土開発は,地域 の経済や生活に大きな変化をもたらし,地場産業の衰退や住民生活の破壊をもたらすという一 面を持っていた.
これら国土の開発についての設問と結果は〈表17>のとおりである.急激な国土開発につい ての肯定的回答は,国民を豊かにしたが40.0%・国民に幸せをもたらしたが20.2%となり,工 業の発展・消費社会・経済大国と同様に,急激な国土開発は国民を豊かにしたが幸せをもたら したとは言い難い,と意識されている.また,急激な国土開発に関して,「地域活性化のため に不可欠」とする肯定的回答は29.4%・否定的回答は30.3%とほぼ二分されるが,「環境保全 上の問題を残した」とする意見は84.5%の高い数値を占める.さらに,優先されるべきものを 尋ねると,「自然環境の保全より開発」についての肯定的回答が8.4%・否定的回答は74.2%,
「伝統文化の継承より開発」についての肯定的回答が9.2%・否定的回答は67.7%となり,開 発に対して自然環境の保全や伝統文化の継承が優先される,と意識されている.
国土の開発に関する自由記述意見は自然破壊などの環境問題が多くみられるが,これをいく つか紹介すると,「モノが増える一方,自然が減っていった」「生活が豊かになった分,自然は 破壊されていった」「自分たちの発展しか考えていなかった結果が自然破壊」などが上げられ
ている.
〈表17>国土の開発 回答 ン問
そう思う やや思う どちらとも
セえない
さほど思わ
ネい
そう思わな
「
有効回答
急激な国土開発は国民を豊かに オた
45
X.4
146 R0.5
176 R6.8
83 P7.4
28
T.9
478 P00.0
急激な国土開発は国民に幸せを烽スらした
26
T.5
70 P4.7
213 S4.7
129 Q7.1
38 W.0
476 P00.0
急激な国土開発は地域活性化のスめに不可欠
23 S.8
117 Q4.6
192 S0.3
111 Q3.3
33
U.9
476
X9.9
急激な国土開発は環境保全上の 竭閧 残した
243 T1.1
159 R3.4
53 P1.1
9
P.9
12 Q.5
476 P00.0
自然環境の保全より開発が優先ウれる
10
Q.1
30
U.3
83 P7.4
174 R6.5
180 R7.7
477 P00.0
伝統文化の継承より開発が優先ウれる
11 Q.3
33
U.9
110 Q3.1
161 R3.8
162 R4.0
477 P00.1
4.高度成長期とはどのような時代であったのか
ところで,高度成長期とはどのような時代であったか,と学生たちは意識しているのであろ うか.総合的な設問を10ほどしてみた結果は,〈表18>のとおりである.90%台の肯定的回答(そ う思う・やや思う)が寄せられたものに,「モノが豊かになった時代」(92.7%)と,「モノに 対する価値観を変えた時代」(91.6%)がある.すなわち,「モノが豊かになると同時に,モノ に対する価値観を変えた時代」がまさに高度成長期であったと意識されているといえよう.
次いで,80%台の肯定的回答が寄せられたものに,「働きづめの時代」(87.4%)と,「パワー のあった時代」(86.2%)が上げられている.また,60〜70%台の肯定的回答として「人々に
目標があった時代」(78、7%)と,「やりがいのあった時代」(68.0%)がみられる.これらは,
いずれも高度成長期を築いた人々に関するイメージといえる.言葉を換えれば,高度成長期と は「人々が目標を持ち,やりがいを感じ,パワフルに猛烈に働いた時代」であったと意識され ているともいえよう.
さらに,40〜50%台の肯定的回答として「伝統文化を失わせた時代」(55.8%),「ヒトが生 き生きしていた時代」(50.6%),「人々の連帯感のあった時代」(46.4%)が上げられている.
一方,肯定的な回答が低いものとして,「とりかえしのできない失敗をした時代」(16.1%),
「人々の心が豊かになった時代」(17.8%),「世の中を悪くした時代」(21.2%)がある.「と りかえしのできない失敗をした時代」と「世の中を悪くした時代」は,逆に言えば,「失敗を していない時代」と「世の中を悪くしていない時代」ともなり,プラス・マイナスで考えると,
マイナスイメージがさほど大きくはない時代であった,とみることができる.ちなみに,「と りかえしのできない失敗をした時代」の否定的回答(そう思わない・さほど思わない)は37.9%,
「世の中を悪くした時代」の否定的回答は25.8%となっている.しかし,「人々の心が豊かになっ た時代」については,否定的回答が47.2%を占めており,高度成長期のマイナス点として意識 されていることが明らかになる.
学生たちにとって高度成長期とは,「モノが豊かになると同時に,モノに対する価値観を変 えた時代ではあったが,人々の心が豊かになった時代とは言い難い」とイメージされていると 要約できよう.
〈表18>高度成長期とはどのような時代?
回答 ン問
そう思う やや思う どちらとも
セえない
さほど思わ
ネい
そう思わな
「
有効回答
高度成長期はモノが豊かになっ ス時代
267 T6.0
175 R6.7
25
T.2
7
P.5
3
O.6
477 P00.0
高度成長期はヒトが生き生きしトいた時代
77 P6.1
165 R4.5
162 R3.9
52 P0.9
22 S.6
478 P00.0
高度成長期は人々に目標があっス時代
178 R7.2
198 S1.4
85 P7.8
10
Q.1
7
P.5
478 P00.0
高度成長期は人々の連帯感の
?チた時代
79 P6.5
143 Q9.9
187 R9.1
53 P1.1
16 R.3
478
X9.9
高度成長期はやりがいのあった
梠
120 Q5.1
205 S2.9
120 Q5.1
24
T.0
9
P.9
478 P00.0
高度成長期は働きづめの時代264
T5.3
153 R2.1
48 P0.1
10
Q.1
2
O.4
477 P00.0
高度成長期はパワーのあった時224
S7.0
187 R9.2
60 P2.6
5
P.0
1
O.2
477 P00.0
高度成長期は人々の心が豊かにネった時代
33 U.9
52 P0.9
167 R5.0
157 R2.9
68 P4.3
477 P00.0
高度成長期はモノに対する価値マを変えた時代
257 T3.9
180 R7.7
32
U.7
5
P.0
3
O.6
477 X9.9
高度成長期は伝統文化を失わせ ス時代
87 P8.2
179 R7.5
152 R1.9
50 P0.5
9
P.9
477 P00.0
高度成長期は世の中を悪くした梠
23 S.8
78 P6.4
253 T3.0
98
Q0.5
25
T.2
477 X9.9
とりかえしのできない失敗をし ス時代
23 S.8
54 P1.3
219 S5.9
104 Q1.8
77 P6.1
477 X9.9
最後に,「高度経済成長期があって良かったと思うか」,また,「高度経済成長期に生まれて みたかったか」を尋ねてみた.その回答結果を示すと,〈表19>,〈表20>のとおりである.「あっ て良かった」と思う答えが82.2%を占めるのに対して「生まれてみたかった」と思う回答は 24.1%しかないという結果があらわれた.このギャップは,ある見方をすれば,高度成長に対 する,学生たちの本音の評価として受け取ることができはしないだろうか.
〈表19>高度成長期があって良かったと思うか はい 、「いえ その他 有効回答
392
W2.2
12
Q.5
73
P5.3
477
P00.0
〈表20>高度成長期に生まれてみたかったか.
はい 、「いえ その他 有効回答
115
Q4.1
328
U8.8
34
V.1
477
P00.0
その理由についてのキーワードを紹介してみたい.「高度経済成長期があって良かったと思 うか」の設問に,「はい」と答えた人が理由として上げるものに,今がある・今の生活がある・
今の日本がある・今の豊かさがある・生活が豊かになった・豊かになった・便利になった・楽 になった・発展した・生活水準が向上したなどがみられる.逆に「いいえ」と答えた人が理由 として上げるものに,少数ではあるが,環境が悪くなった・心が貧しくなったなどがみられる.
また,「高度経済成長期に生まれてみたかったか」の設問に,「はい」と答えた人が理由とし て上げるものに,その時代を感じたい・経験したい・見たい・体験したい・知りたい・今と比 べたい,そして,その時代は活気があるから・生き生きしているから・新しいことがある・変 化がある・目標がある・やりがいがある・生き方に迷わないなどがみられる.逆に多数の「い いえ」と答えた人が理由として上げるものに,今がいいから・その時代にはついていけない・
大変そうだから・あくせくしている・せかせかしている・ゆとりがない・落ち着きがない・忙 しそう・仕事だけの人生はいや・働きづめだカ1ら・きつそう・苦労しそう・疲れそう・環境が 悪い・公害がひどい・急激な変化はいや・自分を見失いそう・心が不在などがみられる.
これらの理由をまとめると,「人々が目標を持ち,やりがいを感じ,パワフルに猛烈に働い た時代」が高度成長期で,その時代があって良かった,また,「経済大国を築いた世代の生き 方は評価できる」としつつも,その時代は「あくせく・せかせか」しており,「ゆとり・落ち 着き」がない時代は「大変そう・忙しそう・きつそう・苦労しそう・疲れそう」であり,自分 たちにとって「働きづめの時代にはついていけない」というのが,高度成長期を知らない学生 たちの高度成長に対するイメージである,と結論づけられる.