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英語スピーチ・コミュニケーションの展開(その2)

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(1)

英語スピーチ・コミュニケーションの展開(その2)

    オーラル・インタープリテーションとスピーチの訓練

   長澤 邦紘*

(1988年9月12日受理)

       Developing Teaching Strategies for

Speech Communication Activities in the Classroom(Part 2):

   Designing a Course in Oral Interpretation and Public Speaking        in the Teacher Training Curriculum

      Kunihiro NAGAsAwA*

       (Received September 12,1988)

Abstract

     In this second instalment of a five−part serial of papers, the present writer proposes a programme for oral interpretation and public speaking as an advanced course in pronunciation training in the teacher training curriculum. The aim and significance of oral interpretation and public speak−

i。g i・discussed and th・i・p・a・tice in th・university・1ass i・d・・c・ib・d・

Materials for discussion are a passage from a Ted Hughes story, an Edgar Allan Poe poem, and a speech by a university student.

は じ め に

 本稿は本シリーズ「英語スピーチ・コミュニケーションの展開」の第2回目として,英語発音訓 練の上級の段階を扱う。本シリーズの第1回目(長澤 1986)では,日本の英語授業におけるスピー チ・コミュニケーション活動の不活発さの原因として次の理由が確認された。

1 授業時間数が不足している。

*茨城大学教育学部英文研究室(Department of English, Faculty of Education, Ibaraki University,

Mito, Ibaraki 310 Japan).

(2)

教師が自分の英語に対して自信をもっていない。

教師の英語教育目的論の中に「コミュニケーション」の概念が欠落している。

教師がスピーチ・コミュニケーション活動をおこなうための方法論をもっていない。

スピーチ・コミュニケーション活動は「受験英語」にとって無用であると考えられている。

そして,これらの問題の中で教員養成学部のカリキュラムが対応すべき(つまり,本シリーズがと り扱うべき)問題として2,3,4が選択された。本シリーズの目的はこれら3つの問題領域に対 して回答となる授業プログラムを提示することである。問題2に対しては,教室英語の基盤となる 発音技能開発のためのプログラム(本稿扱い)と英語の運用力開発のためのプログラム(次稿扱い)

が示される。問題3と4に対しては,本シリーズの4回目以降,外国語教育におけるスピーチ・コ ミュニケーションの意義を原理的,歴史的に考察し,近年発展してきたコミュニケーションのため の言語教育の方法論を実際の教室での応用の立場から検討することになる。

 前稿(長澤 1986)では,問題2にかかわる英語発音訓練のうち基礎的訓練のためのシラバスが 示された。本稿ではそれを引き継ぐ上級の発音訓練を扱う。すなわち,その内容はオーラル・イン タープリテーションとスピーチ(public speaking)である。オーラル・インタープリテーション は前稿の基礎的発音訓練のシラバスにも含められた項目であるが,本稿ではより高度のオーラル・

インタープリテーションを扱う。前稿で扱ったオーラル・インタープリテーションの題材は対話文,

説明文,詩,物語,英語ニュースなどであった。しかし,前稿では発音訓練のためのシラバスを書 くことに力点がおかれたため,オーラル・インタープリテーションの実際面についてはくわしくふ れることはできなかった1)。本稿における実際的分析を参考にしていただければ幸いである。

 前稿で扱った英語発音訓練のたあのシラバスが英語教師の自主サークル・ACROSS(旧発音 研究会)のそれに触発して書かれたことは前稿の「序論」でも述べたとおりである。本稿で扱うオー

ラル・インタープリテーションとスピーチの訓練の内容・方法についても同サークルの実践から大 きな示唆をうけていることを記さなければならない2)。

1 オーラル・インタープリデーション

1 オーラル・インタープリテーションの意義と目的

 前稿で英語発音訓練のシラバスを示したとき,われわれはその中に基礎的なオーラル・インター プリテーションも含めた。しかし,そこで意図されていたのはきわめて初歩的な対話文,説明文,

物語詩などの読みかたの訓練であった。それは,言ってみれば,英語発音の技術を身につけた者 が意味表現の手段として英語音声を使ってみる最初の試みであった。しかし,英語の発音法を知っ ていることがそのまま英語をことばとして話せることにつながらないのは言うまでもない。学生の 多くはそれまでに英語をことばとして使った経験があまりないので,ふつうの対話をするときでも,

発音は申し分ないが,棒読み調の英語になってしまうことが多い。英語を自然なイントネーション

で話せるようになるにはさらに多くの訓練を経なければならない。発音訓練2年目のための本プロ

グラムの目的は,1年目の訓練で英語発音の一定水準の技能を獲得した者に,与えられたテキスト

文の意味を有効に音声表現できる技能を獲得させることである。オーラル・インタープリテーショ

(3)

ンでは音声表現の対象となることばそのものはテキスト文としてあらかじめ与えられているので,

        

        朗読者は何を言うかについては心をわずらわす必要はなく,それをどのように表現すればよいかと いうことだけを考えればよい。ここにオーラル・インタープリテーションが発音訓練として扱われ る理由がある。

 ここで,教師のスピーチ・コミュニケーション能力を開発する手段としてオーラル・インタープ リテーションを用いるのは不適当だとする意見がおこるかもしれない。教師に求められるのはふつ うの話しことばとしての英語の運用力であり,発音もその目的が達せられる程度のものでよい。オー ラル・インタープリテーションにしばしば見受けられるやや芝居がかった朗唱法などは不要ではな いか,とする意見である。このような意見に対して,オーラル・インタープリテーションを発音訓 練の手段として用いる理由を,以下,3つの観点から述べてみる。

 まず第一に,長澤(1986:66)でも規定したように,スピーチ・コミュニケーションというもの を「教室でおこりうるあらゆる種類の英語の言語事象のうち,伝達を目的として話されたもの」と 考えれば,教師がテキスト本文を表現読みするような行為もスピーチ・コミュニケーション活動の 一種と考えられる。そして,教師のこのような活動は実際の授業の中では避けて通ることのできな いものである。教師は教科書にある物語や詩などをオーラル・インタープリテーションの素材とし てこなさなければならない。このように,オーラル・インタープリテーションが授業の一要素とし て避けがたく存在するのであれば,教師によるオーラル・インタープリテーションは生徒にとって のモデルにならなければならない。この場合の教師の発音が「会話でなんとか意味が通じる」程度 のものでは充分とはいえない。一般の会話では発音が相当くずれても意味の疎通には支障をきたさ ないものである。しかし,そのような発音は現実のコミュニケーション場面で,意味の伝達を優先 させ,時間にせきたてられてしゃべることの結果なのであり,それがオーラル・インタープリテー ションのようなややあらたまった表現形態の場で許されると考えてはならない。生徒のモデルとし て聞くに耐える水準をもったオーラル・インタープリテーションが教師には求められるのである。

 次に,オーラル・インタープリテーションが効果的な発音練習の一方法であることを指摘したい。

話しことばとしての英語の特徴を身につけるには2つのアプローチが考えられる。ひとつは,実際         のコミュニケーション場面で英語を聞き,話す経験をつみながら自然に身につけていく方法である。

(英会話の授業とかそれに似たプログラムもこの方法に入れてよい。)この方法は具体的な場面 の中で英語の音声的特徴を身につけていけるという利点をもっている。もうひとつは,オーラル・

        インタープリテーションの訓練の中で意識的に英語の音声的特徴を身につけてゆく方法である。こ れは第一の方法とちがって,フィードバックできる点が有利である。実際的なコミュニケーション 場面では,ふつう,発話(聞きとり)は1回限りの体験で,話者(聞き手)は自分(相手)の音声

に分析的に耳をかたむけながら話す(聞く)ことはあまりない。他方,オーラル・インタープリテー ションでは,与えられたテキスト文を音声化するというやや不自然な状況のもとではあるが,音声 を意識的,分析的に学ぶことができる。まず,学習者はテキスト文に対する自分の解釈が妥当な音 声で表現できるようになるまで繰りかえし練習できる。必要があればテープ録音して聞きかえし,

問題点の検討をすることもできる。そして,練習の結果,満足のいく音声に到達したら,今度はそ

れを繰りかえしおこない,その自分の「最良の音声」が無意識的に出せるようになるまで反復練習

をするのである。実際問題としては,第一の方法と第二の方法は平行しておこなわれるのがよい。

(4)

第一の方法に偏すると,話しことばの自然な感じは身につくが,発音の細部において不明瞭になる。

第二の方法に偏りすぎると,発音は明瞭だが話しことばの自然さのない人工的な音声になる危険が あるからである。従って,記述の順序として,本稿では第一の方法をとりあげ,第二の方法は次稿 で扱うことになるが,授業プログラムとしては同時平行でおこなうのがよい。

 最後に,オーラル・インタープリテーションの技能を身につけておけば,将来教師になったとき,

それを教育上の有効な手段として用いることができる。過度に認知的な文法面の学習だけでなく,

学習者の感性をも要求するオーラル・インタープリテーションを教室で実践すれば,その教師はよ り豊かな英語学習の機会と可能性を生徒に提供することになる。われわれは数多くの「表現読み」,

「群読」,「ドラマ」,「スピーチ」等の指導の実践を知っており,これらの領域における指導の 教育的意義は一般に認められていることだと思う3)。これらの可能性を開拓する上でも教師のオー

ラル・インタープリテーションの素養は大きな武器になるものと思われる。

 以上,発音訓練としてのオーラル・インタープリテーションの意義と目的について述べたが,次 に,授業における実際の扱いについて述べることにする。

2 オーラル・インタープリテーションの訓練過程

 オーラル・インタープリテーションは別名 interpretive reading と呼ばれるぐらいで,テキ スト文の音声表現をおこなう前に,まず,そのテキスト文の充分な意味解釈をおこなう必要がある。

それはことばのいわゆる知的意味の解釈だけではなく,ことばの感情的な意味合いまで含めた解釈 である。そして,その解釈全体を音声化して聞き手に伝えるというのがオーラル・インタープリテー

ションなのである。

 授業の形態としては,学生にテキストを配布したら,まず1回か2回分の授業を費やして作品の 解釈・分析をおこなう。そして,その過程で必要があれば,その解釈を生かすにはどのような音声 表現にすればよいかを学生に考えさせたり,実演させたり,またはこちらが実演してみせたりする。

そして,最終的には,集団として到達した解釈を前提とした表現読みを課すのである。もちろん,

この「集団的解釈」は絶対的なものではなく,ひとつの目安にすぎない。実際には,表現読みの過 程でこの「標準解釈」とはちがう,しかもあながちしりぞけられない読みがおこなわれたり,「標 準解釈」をくつがえすような読みがおこなわれたりすることもある。次節「オーラル・インタープ リテーションの実際」で述べるような解釈は授業では音声表現に先だっておこなわれるものである。

 オーラル・インタープリテーションの訓練過程も基礎的発音訓練の場合と基本的には同じである。

受講者ひとりひとりにテキストを読ませ,その音声上の問題点をふつう3点ぐらいにしぼってコメ ントする。たいていはその問題点の解決法も示唆する。この問題点を自宅にもち帰り,次の授業ま で1週間かけて矯正のための練習をする。ある程度練習した結果を必ずテープ録音し,それを自分 の耳で聞く。聞いてみて,問題点が解決されたかどうかを自分で判断する。(この時期になれば,

よほど微妙な問題でない限り,この種の判断力はついているのがふつうである。)結果が不満足な らば,また練習をやり直す。このことの繰りかえしである。そして,次の授業のときは,自分で満 足のいった形を発表する。まだ不満足な者はどこが不満足かを言ってから発表する。無反省にただ

「繰りかえし練習しました」という種類の「努力」は認めない。ましてや,自宅で上のような練習

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の過程を経ずに,いきなり授業を練習の場に使おうとする者は授業への参加資格も認めない。

 授業では,ふつう,受講生(15〜20人)は「ロ」の字形か円形にすわり,私は必要に応じてその 陣形の中にはいったり,そこから離れて教室の端までいって「声のターゲットをこの辺におくよう に」などと指示したりする。学生の発表がある程度まとまった音声になってきたら,この座席はや め,発表者は教壇に立って,広い教室の最後方にすわった聴衆に向かって発表する。声の届きを重 視する段階になっているからである。「ロ」の字形あるいは円形の座席をとるねらいは,発表者の 顔,とりわけその口を他の者によく見せるという点にある。また,この真近の聴衆の前での発表は 発表者にとっては,教壇での場合とはちがった緊張を与えるようである。学生は将来どのみち教師 になる者ばかりなので,この種の緊張になれておくことも必要なのである。日本人の音声表現のま ずさの大きな原因のひとつは,この人前でのプレッシャーに負けるということにあると思われる。

 学生のオーラル・インタープリテーションの力量に差があり,授業の形態が上記のようであれば,

テキストの進度に個人差が出てくるのは当然である。大学生ぐらいになると,発音の技術というの は短期間で向上するものではないので,同じ問題で何回も足踏みすることがおこる。このような授 業を繰りかえしていると,受講生ひとりひとりがどんな問題点をかかえているか,すぐ全員にわかっ てしまう。

 受講生はひとりひとり「コメント・ノート」というものをもっている。私から受けたコメントを 書き入れるものである。それにはコメントの内容だけでなく,いつそれを言われ,またその問題が

いつ解決されたかの日付けも書き入れるのである。

3 オーラル・インタープリテーションの実際

 本節では筆者がこれまで授業で扱ったオーラル・インタープリテーションの教材の中から2つを とりあげ,オーラル・インタープリテーションの実際について述べてみたい。作品のジャンルは物 語と詩である。

(1)物語一The lronル1∂n

 物語は中学校,高等学校ともに教科書を占める重要な題材である。そして多くの場合,中学校,

高等学校の生徒は物語教材が好きである。その物語教材の読みを一層深め,たのしいものにするた めにも,教師のオーラル・インタープリテーションの素養は必須のものとなる。

 ここでとりあげるのはTed Hughes作The lron Manの冒頭の数節である。以下,取 り扱いの便宜上,原作にはない段落番号を付けて引用する。なお,この段落は原著のパラグラフと は一致しない。

①The lron Man came to the top of the cliff.

   How far had he walked?Nobody knows. Where had he come from?Nobody knows.

 How was he made? Nobody knows.

②Taller than a house, the Iron Man stood at the top of the cliff, on the very

(6)

  brink, in the darkness.

     The wind sang through his iron fingers. His great iron head, shaped like a   dustbin but as big as a bedroom, slowly tur ned to the right, slowly turned to the left.

  His iron ears turned, this way, that way. He was hearing the sea. His eyes, like   headlamps, glowed white, then red, then infra−red, searching the sea. Never before   had the Iron Man seen the sea.

③He swayed in the strong wind that pressed against his back. He swayed forward,

  on the brink of the high cliff.

     And his right foot, his enormous iron right foot, lifted  up, out, into space,

  and. the Iron Man stepped forward, off the cliff, into nothingness.

④CRRRAAAASSSSSSH!

     Down the cliff the Iron Man came topPling, head over heels.

     CRASH!

     CRASH!

     CRASH!

     From rock to rock, snag to snag, tumbling slowly. And as he crashed and crashed   and crashed

     His iron legs fell off.

     His iron arms broke off, and the hands broke off the arms.

     His great iron ears fell off and his eyes fell out.

     His great iron head fell off.

     All the separate pi㏄es tumbled, scattered, crashing, bumping, clanging, down on   to the rocky beach far below.

     Afew rocks tumbled with him.

     Then      Silence.

⑤Only the sound of the sea, chewing away at the edge of the rocky beach, where the   bits and pieces of the Iron Man lay scattered far and wide, silent and unmoving.

     Only one of the iron hands, lying beside an old, sand−logged』washed−up seaman s   boot, waved its fingers for a minute, like a crab on its back. Then it lay still.

     While the stars went on wheeling through the sky and the wind went on tugging at   the grass on the cliff−top and the sea went on boiling and booming.

      一一T・dH・gh… Th・・lr・π惚4)

ここで扱うのは物語の冒頭の数節であるが,この鉄でできた巨人はその後人間と友だちにな

(7)

り,宇宙からやってきた巨竜天使( space−bat−angel−dragon )とたたかうことになる。そして結 局は彼をこらしめ,地球に永遠の平和をもたらすのである。鉄人は物語の冒頭にあらわれて,すぐ に崖から落ちてからだがバラバラになり,浜辺にちらばってしまう。このあと間もなく,からだの 各部分がひとりでに動き出してもとの場所に接着し,鉄人は生きかえるのであるが,上記引用部分 は鉄人のからだが解体する経過を描いている。

 この物語は話の内容とその語りロからいって,明らかに子ども向けのサイエンス・フィクション である。従って,この物語を表現読みする場合,まず,聞き手が子どもだという前提でおこなうの がよい。これはおとな相手の読みものの場合よりもその音声表現上多少の誇張は認められるという ことである。また,当然のことながら,話すスピードも全体的におとな相手の場合よりもおそめに

なる。

 次に,段落(番号を付けた区分)を追ってオーラル・インタープリテーションの問題を考えて

ゆく。

 第1段落 冒頭の1行はふつうの叙述の口調で読んでよいが, Iron Man ということばはや やゆっくり,特に明瞭に発音する。 lron Man ということば自体この物語では初出であり,し かもそのようなことばは一般の聞き手にとってはなじみのうすいものだからである。次に同様のパ ターンが3回出てくる。鉄人に関する問いとそれへの答え( Nobody knows )というパターンで ある。これらを3回とも同じ調子で読むとしたら全く単調な表現になってしまうだろう。そこで,

改めてテキスト文の3つの疑問文をみてみると,その問いにいわば質的なちがいがあることに気づ く。聞き手の立場から考えると,今物語に導入されたばかりの「鉄人」なるものについて知りたい ことは,それが「どれだけの道のりを歩いてきたか」(第1の問い)ということよりも,それが「ど のようにしてつくられたのか」(第3の問い)ということだと思われるのである。このようにみると,

第1の問いよりは第2の問い(「彼はどこからやってきたのか」),第2よりは第3の問いの方が聞 き手の興味を引きつけるように用意されていることがわかる。それゆえ,これらの疑問文を読む場 合,それらの問いへの語り手の思いいれは第1よりは第2,第2よりは第3の疑問文に強く出なけ ればならない。いわば,その問いに対する切迫感が次第に強まってくるのである。このような疑問 の強さは,その文の中核となる語(下の例では made )の前の弱音節(群)を1番低いピッチ(音 程)までさげ,次いで中核の語の強勢部のピッチを最高部まであげることで表現するのがふつうで あろう。

      e       .

     H・ww・・h・m鮭?

次に・ Nobody knows. と3回繰りかえされる答えの方も同じ調子で読まれるべきではないだろう。

「誰も知らない」ということへの語り手のあきらめの気持がだんだん増大してゆく様子がことばっ きにあらわれるべきである。声の調子はだんだん落ちてきた方がよい。そして,最も切迫した第3 の問いのあとの間(ま)を長めにとって緊張感を出すのだが,それに答える声は対照的に沈んでい

くのである。

 第2段落鉄人のすがた形,断崖の上に立っている様子が描かれる。 On the very brink は

at the top of the cliff を言いかえてさらに場所を限定した言いかたなので,当然,読みかた

にも強調がはいる。 その強調は cliff のあとのコンマで間(ま)をおくことでよりきわだっ

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てくる。この「崖っぷちに」ということばで声もやや切迫し,次のコンマでまた間(ま)があって,

in the darkness で声はやや弛緩し,暗くなる。

 鉄人の指の間を吹き抜ける風の音の感じはwigd, saLg, irog, fi1Lgerの鼻音をひびかせること で一層描写力が増すかもしれない。次の「頭」の描写は,まず.,   great iron head を一語一語強勢 をかけてややおそめに言い,・shaped 以下の挿入句はhig, bedroomの頭韻を充分ひびかせながら

も速めに読み,slowly, turnedなどの長母音をことさらにゆっくり発音する。この部分はslowly turned to the right and(to)the leftというように文法的な意味では経済的に書かれていなく て, slowly turned がことさらに繰りかえされている。[ou]と[e:]の長母音のくりかえし の効果を生かすべきところである。鉄人のこのゆっくりした動作は次のF耳」の描写にももちこさ れる。動きはゆっくりなのであるから, this way のあとの休止は充分とるべきである。 This

way の前のコンマは間(ま)をとってもとらなくてもよいところだろう。

  He was hearing the sea. は上の「耳」の描写と次の「目」の描写の間にはさまった,吾っ てみるなら,作者のコメントである。鉄人があんなふうに頭や耳を動かしていたのは海の音を聞い ていたからなのだ,というわけである。この部分の読みかたはいろいろ考えられるだろうが,「実 をいうと海の音を聞いていたんだ」というニュアンスで,語り手が,多少の驚きをこめて,聞き手 になにかを打ちあけるようなひびきがあってもよい。声を少しひそめるか,あるいはこの文全体を ささやき声に近い声で言うのもよいかもしれない。次の「目」の描写では,そのかがやきが白色か ら赤色,そして赤外色に変化していくさまが描かれている。 White よりは red , red より は infra−red に強勢とピッチの高まりによるアクセントをかけ,また,読むスピードも次第に速

くした方がよい。 サして, searchifig the sea という作者のコメントで,再び声を落としぎみに する。次の Never before 以下は鉄人がなぜこのように熱心に海に見入り,聞き入っているの かの理由を述べた部分で,この部分も上の He was hearing the sea. に似た,なにか秘密でも 打ちあけるようなひそめた感じの声で言った方がよい。

 第3段落 His right foot をわざわざ his enormous iron right foot と言い直してい るわけだから,当然,新しく追加された部分 enormous iron に強調がかかる。(下の文例記号表 示参照)2回目の right foot は1日情報なのでもはや強勢はもたない。 Lifted の次のダッシュ は作者が今次のことばをさがしているという表示なので, 1ifted の終わりを下降調イントネーショ

ンとせず,平行調ぐらいにしてピッチを維持しておく。 Up, out, into space の部分はごく散 文的に言うつもりならば,2つのコンマを and でおきかえてもよいところであるが,コンマで 間(ま)をとることによって一種の緊張感を生んでいる。従って,ここではやや長めの間(ま)が ほしい。 lnto space は「(こともあろうに)宙に(足を踏み出した)」という意味なので,ふ つうよりも強い強勢と高いピッチが space にかかる。

A。d hls rlght fさ匹雌盟』郵・6・・ight fδ・t,1樋一起1壱副1・t6・亟

 次の文はこの宙に浮かせた足を前に踏み出すところを描いた部分である。ここでも off the cliff と into nothingness の間に省略的なコンマが使われている。 Off the cliff の前後の

コンマの部分は多少の緊迫感をもって読まれるべきである。特に off the cliff のあとでは,声

をやや宙づりにして止め,そのあとの into nothingness で巨体がまっさかさまに落ちる感じを

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出す。 Nothingness の最初の[n]の音をややオーバーに強く長く発音して,あとは一気に下 降調イントネーションにのせて声を引きさげるのである。

 第4段階 最初の℃RRRAAAASSSSSSH! は crash を擬i音語ふつうに読めという指示である。

すべて大文字で表記されているのは音声の大きさを示しているしJt ッじ文字が重ねられているのは それらのあらわす音が極端に引きのばされて発音されることを示している。次に℃RASH!CRASH!

CRASH! と反復されているのは,鉄人のからだが落ちながら崖のそこごこにぶつかるさま を描いているからである。これをすべて

       e      UtR]AsH!

       L

という下降調の読みかたでくりかえすのは単調にすぎるだろう。これら3つの擬音は,切れ目はあ るであろうが,ひと続きの音と考えるべきで,そのためには,はじめの2つの℃RASH! は 下降調にせず・ピッチを中程度に保持しておいて,3つ目の・CRASH!,ではじめて思いきって 下げるというのがよいと思われる。

       e       e       e

     CR緬  i5iRIAsH! (}RAsH !

     r−一一一■       L____●

      一

音の強さのバランスは℃RRRAAAASSSSSSH! のフォルテシシモに対して,ここの℃RASH!・

はフォルテシモ,そして次の as he crashed and crashed and crashed の オルテといったところである。

 鉄人のからだがバラバラになっていく過程を描いた次の部分は「からだの各部の名称+述語動詞」

という同様のパターンでできている。しかも,似たような意味の述語動詞が用いられているため,

ややもすると読みかたが単調になりやすいところである。 1行目は特別どこにも強調のない読みかた      郵・6・i99i・!lllljxgLtf・

でよいが,2行目は1行目の述語動詞 fell off に対して broke off をやや対照的に読む。

同じ行にもう一度  broke off があらわれるが,これは既出であるからあまり目立たせず,その かわり hands を強調する。腕から離れる「手」に焦点が当てられることになる。次の行も,既出 の動詞 fell off とそれに似た意味の fell out はおさえて, iron ears や eyes に焦点 を当てる。そして最後は既出の great iron と fell off をおさえて hand を強調する。こ うすれば,一本調子ではない変化のある読みかたができるものと思われる。

 次の短いパラグラフはこれら鉄人のからだの各部のできごとをまとめて,鉄人の墜落の全体像 を示している。

       eresc 

All th・・ep・・at・pieces t・mbl・d・墜tt・・ed・塑i・g,塑i・9,

・langi・幽d・w・・n t・th。,。,ky b。a,h f。, b。1。w.

ここでは鉄人のからだが示す動き(とその音)が tumbled 以下5つの動詞によって描かれている。

ここで最も効果的と思われる読みかたは,これらの動詞を音楽でいうクレッシェンド(creSC.で表

記)の効果をもたせて,しかも加速度的に読むことだろう。そのような読みかたの中でこれらの動

(10)

詞のもつ[skne−],[kree∫],[bAmp],[kl鯛功](下線部)などの音がより一層擬音的な効

、果をあげるものと思われる。そして,続く down on to the rocky beach...tは逆にデクレッ シェンド的に読んで対照の効果を出すのである。(引用文中dim.で表示したところはクレッシェ ンドが終結し,デクレッシェンドが開始する箇所) Afew rocks tumbled with him!ではまだ 崖をころがり落ちる岩の音は聞こえているが,やがて静寂がやってくる。  Then のあとは句読 なしで, Silence は改行して書かれている。 Then と Silence の間にはひと呼吸ぐらいの 間(ま)があってよい。そして Silence はほとんどささやき声に近いひそめいた声で言うのが 効果的だろうと思われる。

 第5段落 鉄人のからだが浜辺に散乱していく第4段落の描写が上に引用した冒頭部分のヤマ場 だろうと思われる。第5段落はそのようなできごとのあったあとの浜辺の情景をひと刷毛で描いて みせる。従って,この段落はあまり思い入れをおこなわずに,全体としてはさらりとした口調で読 むのがよい。最初のパラグラフは全体をおさえた感じで速めに読むが, silent and unmoving の

ところでテンポをおとす。 Silent の前後で充分に間(ま)をとり, silent の[aiコ, 血nmov−

ing の[u:]の長母音に頼って単語全体を引きのばしぎみにゆっくり発音する。

 次のパラグラフでは,鉄人の片手が「すっかり海水に洗われ,砂が棒のようにぎっしりつまった 古い漁夫の長靴」と並置して描かれる。その長靴のそばで鉄人の手指が,ちょっとの間,あおむけ

になったカニの足のように動き,やがて動かなくなるのである。その指の動きの静止はまるで鉄人 の死を意味するようである。鉄人のからだはバラバラになり,しかもその動きも止まってしまった。

漁夫の長靴と同じように鉄人もこの浜辺で波に洗われて朽ちるかのように描かれている。このよう な鉄人の「死」め暗示は,物語の闘き手に基本的な疑問一「この先,われらが主人公の鉄人はど うなるのか」という疑問一を抱かせる。サスペンスというのが言いすぎであれば,そのような疑 問を聞き手に抱かせるのが作者のここでのねらいのようである。

 最後のパラグラフでは,星が天球をめぐり,風が崖の上の草を引きちぎるように吹き,海が荒れ 狂ってとどろく自然の様子が描かれる。天の悠久のすがたはsti塑s, wh堕ling, thrgggh, sk1の ゆるやかな長母音の中に,自然の荒々しさは壁一の強いひびきとboiling,亙oomingの打ちつけ るような頭韻の中に感じとれるかもしれない。その自然が不変のすがたを誇示すればするほど,そ の中に埋没しかかっている鉄人の運命が思いやられるということである。第4段落での鉄人のすさ まじい分解のさまと対照的に,第5段落では自然の不変のすがたが何気ない語りの中で表現できれ ばよい。

(2)詩一 Annabel Lee

 詩は中学校や高等学校の教科書ではそれほど重い扱いはうけていない上,実際の授業での扱いも おざなりなもののようであるが,そのような事情とは別に,教師が発音訓練のプログラムの一部と して詩のオーラル・インタープリテーションをおこなう意味はある。音声訓練の2年目といっても,

多くの日本人の場合,日本語の音節拍リズム(syllable−timed rhythm)から英語の強勢拍リズム

(stress−timed rhythm)に切りかわっていないのがふつうである。そこで,この時期にリズムの

構造の明確な詩をオーラル・インタープリテーションの題材にするのは英語のリズムを習得する上

(11)

で有効な手段だと思われるのである。ここでとりあげるのはEdgar Allan Poe作の Annabel Lee であるが,詩の解釈にはいる前に,オーラル・インタープリテーション上の一 般的な留意点にふれておきたいと思う。

 ことばというものが,ふつう,ある特定の状況のもとで話されるものだと考えた場合,オーラル・

インタープリテーションをおこなう場合もこのことに留意する必要があると思われる。つまり,あ ることばが話されるとき,そのことばは

誰が話しているのか。

誰に話しているのか。

どこで,いつ話されているのか。

どのような目的で話されているのか。

どのような形式で語られているのか5)。

オーラル゜インタープリテーションの素材によっては,これらの点について吟味することが,その 作品をより深く・より豊かに解釈することにつながる場合がある。そして,この詩・Annabel Lee の場合もそれなのである。

Annabel Lee It was many and many a year ago,

  In a kingdom by the sea,

That a maiden there lived whom you may know   By the name of Annabel Lee;

And this maiden she lived with no other thought   Than to love and be loved by me.

5

Iwas a child and she was a child,

  In this kingdom by the sea,

But we loved with a love that was more than love   Iand my Annabel Lee;

With a love that the winged seraphs of Heaven   Coveted her and me.

10

And this was the reason that, long ago,

  In this kingdom by the sea,

Awind blew out of a cloud, chilling   My beautiful Annabel Lee;

So that her highborn kinsmen came   And bore her away from me,

To shut her up in a sepulchre

15

(12)

In this kingdom by the sea. 20

The angels, not half so hapPy in heaven・

  Went envy ing her and me;

Yes!that was the reason(as all men know,

  In this kingdom by the sea)

That the wind came out of the cloud by night,

  Chilling and killing my Annabe}Lee.

25

But our love it was stronger by far than the love   Of those who were older than we−

  Of many far wiser than we−

And neither the angels in heaven above,

  Nor the demons down under the sea,

Can ever dissever my soul from the soul   Of the beautiful Annabel Lee.

30

For the moon never beams, without bringing me dreams   Of the beatiful Annabel I.ee;

And the stars never rise, but I feel the bright eyes   Of the beautiful Annabel Lee;

And so, all the night−tide, I lie down by the side Of my darling, my darling, my life and my bride,

  In the sepulchre there by the sea,

  In her tomb by the sounding sea.

Edgar Allan Poe

35

40

 まず,この詩の語り手は老人(男性)である。(聞き手は不特定多数と考えてもよいし,老人の 国人(くにびと)と考えてもよい。)彼は少年の頃にアナベル・リーという少女を愛したが,少女 は天使の手によって殺されてしまった。しかし,老人は今でも自分とアナベル・リーの魂がひとつ に結びつけられているように感じ,毎夜,今は白骨となった最愛の人のそばに身を横たえるのであ る。このように,この詩の語り手は老人となった現在の時点から自分の少年時代のできごとを語っ ているのである。

 第1連(stanza)から第3連までは時間軸にそった語りになっているが,第4連は時間的には第

2連と第3連にもどる。つまり,アナベル・リーの命を奪った天使たちへのうらみの気持がむしか

えして述べられるのである。あとでくわしくみるが,この天使に対する語り手のいきどおりの気持

が老人にこの話をさせる動機のひとつになっている。最後の連は現時点のことを述べている。37行

(13)

       の  の 目まで読み進んできた読者は,詩人の意図が恋人の死後もその魂と結ばれている語り手の老人の愛 の深さを語ることにあるのかと思っている。しかし,最後の4行でわれわれがのぞき見る世界は怪 奇の世界である。藷ら羊自身1まこのどんでん返し的な展開を意識してはいない。彼にとっては(第 三者には奇怪この上ない状況での)アナベル・リーとの魂の融合のよろこびを語るのが目的なので

ある。

 詩の形式の上で注意すべきことは,まず,基本的な韻律は弱強調と弱弱強調の組み合わせだとい うことである。(ついでに言えば,この作品の場合,語り手がとっている表現形式は詩の形式とい うことになる。それも,あとでみるように,バラッド的特徴をもった詩の形式である。)1行目を 例にとれば,その韻律は次のようになる。

      Lノ    −lしノ U      −ロ  Lノ  −   N−ノ −

     It was many and many a year ago

縦線で区切ったユニットを foot (詩脚または音歩)とよぶ。最初の3つの詩脚は))一(弱弱強)

で,最後の詩脚が)一(弱強)である。6)しかし,詩がこのような韻律をもつということは,すべ ての弱音節を同じ程度の弱強勢で発音し,すべての強音節を同じ程度の強勢で読むことを意味するわ けではない。そこにはおのずから,英語がことばとしてもつ自然の強弱のバランスが保持される。

たとえば,2行目では

    )  」  − 1)    −1)  一      In a kingdom by the sea

のように, by は詩の形式の要請から強音節になるが,実際には他の強音節( king− や sea ) のような強勢をうけるわけではない。

 次に,脚韻は第5連をのぞいて偶数行が韻をふんでいる。しかも,この場合,すべての連の押韻 は同じ[i:]の音である。(例:第1連 sea∵Lee∵me )第5連のみ2,3,5,7行目が押韻して いる。あとは不規則に1行目と3行目( ago と know ),27行目と30行目Clove と above ),

38行目と39行目( side と bride )に押韻がみられる。すべての連にほぼ1行おきにみられる

[i:]の押韻はこの詩全体に一種の統一感を与えている。執拗にくりかえされるこの音韻の形式は,

その催眠的効果により,この話の内容に動かしがたい真実性を与える役割を果たすと同時に,この 詩のもつ基本的な雰囲気一人をあやすようなトーンを生み出している点,効果的だと思われる。

 では次に,連を追って音声表現上の問題を考えていくことにする。

 第1連 1行目から4行目まではふつうの物語の冒頭のような語りの口調でよい。ただ,1行目 の lt と3行目の That は文法上呼応しているので, That の前,つまり2行目の行 末で切ってはいけない。 (ここで「切る」とは問(ま)があくことではなく,イントネーションが        A 下降調になることである。)イントネーションは平行形(sea一)か飛び込み形(s魅)にし,休止

も最小限にする。まして,1行目の行末を下降調で終わってはならない。

        e        e     

     A9・・nak・ng鯉7)

のように連続感をもたせて読むべきである。(以下,同様に,行がかわっても意味が続く場合は行

末で切らないで続けて読む。)5行目の this maiden と she はバラッドなどに特有にみら

れる同格表現である。 Maiden と she の間はピッチ(音の高さ)をかえないで連続感を出

(14)

す。あいだにやや間(ま)があってもよい。6行目で読者(聞き手)はこの少女と語り手の関係を はじめて知らされる。いわば第1連の中での小さなヤマ場ということができる。従って,文末の

me ヘやや強調がおかれた読みかたになる。(下の音声表記参照)また,ここでは love me と be loved by me という対照的な表現が用いられているので,その能動態と受動態のコントラス トも音声的に明確にされる必要がある。以上2つの解釈をもりこんだ読みは次のようになると思わ

れる。

     e    ■     e  e      e

     love and be loved l)y me

      L

 第2連 第1連で明らかになったふたりの関係を受けて,1行目ではTと she に強勢が おかれている。Tは弱強調のリズムを破って強勢を受けている。2行目の ln this kingdom by the sea は第1連の同様の句にわずかの修正を加えただけのくりかえし的表現である。これ は第3連でもくりかえされる。この手法は同じくりかえし表現の中でもやや特殊なもので,よくバ ラッドで用いられる種類のものである。それは,ある物語の展開を語るのに,いわばストレートに 語らないで,話の展開とは一見無関係なくりかえしの文句をさしはさむことによってそこに間(ま)

をもたせ・一種のサスペンスを生み出そうというものである。この連でも,3行目以下の展開には いる前に,このくりかえし表現を使って効果的な間(ま)をつくり出している。そして次に「愛以上 の愛で愛し合った」というレトリックをもつ行がくる。・More than・は通常以上の強意を受けるべ きだろう。

     ● ●     ・  ● ●    ●   ■   ●    ●   ●

    we loved wlth a love that was more than love

5行目の With a love は3行目の with a love を受けたくりかえしなので,これらの行の 間に音声的な切れ目がくるのは避けなければならない。 Iand my Annabel Lee は前行の

we の言いかえ(同格表現)なので,その連続感を出すと同時に,一!L,,S,{eと軽くもちあげるよう なイントネーションで間(ま)をとり,次の行へと進むのがよい。この連のヤマ場は「われわれの 愛を天使たちですらうらやんだ」という最後の2行にみられる。天使たちのアナベル・リーを殺す 動機を述べたこの部分では,天使たちに対する語り手の憎悪あるいはにがい皮肉の気持が表現され なければならない。そのために, Heaven の[n]の鼻音を少し引っぱるように発音して,天使が 人間よりはるかに神性に近い存在であることを強調しておき,次に弱強のリズムを破ったC5v壱t冶 で皮肉にイントネーションをあげ,しかも,語頭の[k]を鋭く破裂させる。引きのばして発音した

Heaven のあとに若干の間(ま)をおけば coveted のもつインパクトが一層強いものになるだろ

う。

 第3連 語りおこしの1行目からすぐに事件の描写には続かないで, ln this kingdom...

のくりかえしがきてひと息はいり,続く5行でアナベル・リーが殺される経過が語られる。アナベル・

リーを死なせた風の描写は次のようになっている。

         −        −   u      −       −   

    Awind blew out of a cloud, chilling

      t−       −       _

      My beautiful Annabel Lee;

Blew out では弱強のリズムを破って強弱調があらわれるので, Wind b1δ■と強拍が連続する

       −         −   ことになる。同じことはcloud, chillingにもみられる。最愛の人の死の場面を語るこの部分は

(15)

語り手のせつない怒りを伝えるように,1!ind,旦ew, gloud,些illingの子音をはげしく発音し,

次の行 My beautiful Annabel Lee のもつなめらかな長母音や[1]音と対比させる。5行目 以下で,聞き手は「風のつめたさ」がアナベル・リーを死に導いたことをはじめて知る。とりかえ

しようのない死の衝撃を語り手は To shut her up in a sepulchre の1行にこめている。ぞっ とするような shut の[∫],なにごとかを決定づけるようにくりかえされる,[A]( shut∵up ),

sepulchre のもつつめたいひびきが伝えられるべきだろう。

 第4連 前述したように,内容的には第2連と第3連で述べられたことをくりかえしている部分 である。事件の展開からいえばこの連はなんの新しい要素ももたない。しかし,次の連と合わせて 読むとき,この連がここにおかれた意味が合点されてくる。ここで,語り手は天使たちがアナベル・

リーと自分の愛をうらやんでアナベル・リーを殺したのだと駄目を押している。そして,その天使 の罪は誰もが知っている( all men know/ln this kingdom by the sea )という言いかたは痛烈 である。なぜならば,天使は人間とちがって罪をおかさない存在と考えられているからである。ま た,その天使たちがアナベル・リーと自分に比べれば半分ほども幸せではないという言いかたも皮 肉にみちている。なぜならば,天使は天にあって神の愛を一身にうけることのできる最も幸福な存 在であるからである。この皮肉な感じは,挿入句 not half so happy in heaven を[h]の頭 韻をきかせながらすばやく読むことでかなり表現できるかもしれない。5行目と6行目にも新しい 情報はなにもないが, killing ははじめて出てきたことばである上,あらためて語り手が天使た ちへのうらみの気持をかきたてているところなので, chilling と killing の語頭の子音の はげしさを充分にひびかせ, killing には最大のピッチと強勢を与えて読むのが妥当と思われる。

 第5連 第4連でみられた語り手の天使に対する皮肉な態度はこの連にも引きつがれる。時間軸 にそった語りの流れからいえば,この連も第4連同様動きのない部分で,回顧( our love it was stronger... )とコメント( neither the angels...ca11 ever dissever my souL.. ) から成っている。後者の意味するところは「天使も悪魔も自分たちふたりの魂を引き離すことはで きない」ということであるが,ここで語り手は天使と悪魔をいわば同列において扱っている。これ は天使を悪魔の位置まで引きさげてしまう効果をもつ表現で,語り手の天使に対する皮肉の表現と

して効果的である。そこで,この2行を読むときは,1行目は声全体をやや高めにし,しかも angels の[ein], heaven の[e], above の[A]をやや引っぱりあげるようにアクセン トをつけ,あたかも読み手の気持が天上にあるようにする。一方,2行目は全体を低いピッチで言 い,特に demons の[di:], down の[aun], under .の[An]を暗い音調で言う。こうして天 上と地下の対照をきわだたせるのである。また, ever と dissever の類韻(assonance), my

soul と the soul の中間韻(internal rhyme)も充分に共鳴させることによって神秘的な雰 囲気を盛りあげるのに役立てるようにする。

 第6連 この連は,死せるアルベル・リーと語り手の魂が永久に結ばれて離れることのない理由 を述べるところから始まる。その理由は,月の光が彼女との楽しい思い出を運び,星の輝きがその まま彼女の目の輝きと感じられるからだという。ここで,意味の上でひじょうに関連の深い beams と dreams , rise と eyes が中間韻をふんでいることに注意する。これらの語はお互い充分 にひびき合うように母音の長さを少し誇張して読んだ方がよい。この中間韻の効果に加えて,mgΩn,

beautiful, Lee, stars, feeL bright,そして再びbeautifuL Leeの長母音が重なり,静かで

(16)

夢見るような雰囲気が生まれる。この静寂は次の4行にもそのままもちこまれるが,そこでは静寂 の意味がちがってくる。前半の4行が夜空のもとでのふたつの魂の結合がもたらす至福の静けさで あるならば,後半の4行は墓の中の死の静寂である。しかも,その墓の中で語り手は白骨化したも との恋人のそばに横たわっているのである。物語の手法からいえば,詩人は前半の4行でなにくわ ぬ顔で「夜空のもとでの魂の結合」という美しい情景を描いておき,一転して,そのことがらの実 体一白骨化した死体のそばを離れないという狂気と紙一重の怪奇の世界を明かしてみせるのであ る。しかし,前半の4行と後半の4行は別のことがらの描写ではない。第三者にとってグロテスク にみえる(後半の)情景も,語り手にとっては至福の時間なのである。従って,後半の4行もこと さらおどろおどうしくは読まず,あくまでよろこばしく夢みるような調子で読むのがよい。All,

屯ght一趣de,1並dg里n, th塵, s鐙, tgmb, sg}tLnding s盤などの長母音の効果を充分に生かすべき である。情景のぶきみさはその中から自然に浮かびあがるのにまかせるのである。

皿 ス ピ ー チ

1 スピーチ訓練の意義と目的

 教員養成課程における発音訓練プログラムの中にスピーチ訓練をいれる場合の目的は2つある。

ひとつは,英語を自分の考えを述べる手段として使ってみるところにある。オーラル・インタープ リテーションでは,あくまでも与えられたテキスト文をいかに読むかというところに訓練のねらい があった。音声によって意味を表現ずるといっても,その意味は他人が考えたことばの意味である。

スピーチ訓練では受講者が自分で原稿を書き,それをもとに話すのである。そこには物語や詩を朗 読しているときの調子とはちがう,ふつうの話しことばの調子がなければならない。第二に,オー ラル・インタープリテーションの「読む」行為から,スピーチの「話す」行為にかわっても,発音 がくずれないようにすることである。スピーチで言うべきことの内容に気持が奪われるためか,オー ラル・インタープリテーションではみられなかった発音のくずれをみせることがままあるからで

ある。

 では,スピーチ訓練におけるこのような目的が達せられた場合,教師にとってはどのような利点

が生ずるのだろうか。ひとつは,教室英語の基盤となるべき発音の明瞭さが獲得できるということ

である。第二に,英語の運用能力をつけるための訓練(次稿扱い)との橋渡し的な意味をもつこと

である。つまり,スピーチ訓練に QandA の時間を設けることによって,場面に即応できる

英語の運用力をつける練習の場とするのである。ひとりのスピーチを聞いたあと,必ずひとりがひ

とつの質問を英語でするのである。質問がない場合は簡単なコメントでもよい。要するに,人の話

を聞いて何も反応しない態度をなくさせる訓練をするのである。第三は,当然のことながら,学生

が将来教師になったときスピーチの指導ができるということである。近年,コミュニケーションの

ための英語教育ということがさけばれるにつれ,話しことばの練習としてのスピーチの教育が注目

され始めている。

(17)

2 スピーチの訓練過程

以下,授業でのスピーチ訓練の過程を原稿作成の段階,発表の順に記し,最後に学生によるスピー チ文例をひとつとりあげ,若干,実際上の問題を検討する。

(1)原稿の作成

 スピーチの原稿を書かせるにあたっては,まず,話したいトピックを複数(ふつう3つ以上)提 出させる。学生はひとつのトピックだけもってきて,ぜひそれについて話したいということもある が,その内容を聞きただしてゆくと,案外底の浅いものだったりすることが多い。そして,むしろ 2番手,3番手に候補としてあげているものにおもしろいものがあったりするので,上の複数提出 方式はぜひ守りたい。トピックを提出させたあとは,面談で内容をきき,トピックを1本にしぼる 作業をおこなう。

 トピックが1本にしぼられたならば,次に,そのスピーチで伝えたいことをひとつの文で言わせ る。次のような作文の枠組みを与えて,下線のところに伝えたいメッセージを書かせるのである。

     Iwant my audience to know that       . That 以下が文になっているところが重要である。たとえば I want my audience to know that English teaching should be abolished from Japanese middle schools. というよう に書かせる。スピーチ・コミュニケーションの分野ではこのメッセージのことを residual message とよぶこともあるようだが,要するにスピーチのキー・センテンスである。これを,たとえば,

Iwant to talk about English teaching in Japanese middle schools. のように句(下線 部)で書かせてはだめである。言いたいことの焦点化がおこなわれにくいからである。

 トピックを決めてからキー・センテンスを決めるまでの間に,自分がおこなおうとするスピーチ の種類を考えさせるのも有効である。つまり,スピーチの種類を大まかに(1)人を楽しませるこ

とを目的としたスピーチ(speeches to entertain),(2)人に情報を与えることを目的としたスピー チ(speeches to inform),(3)人を説得することを目的としたスピーチ(speeches to persuade)

に分け,自分のスピーチがこれらのうちのどれにあたるかを考えさせる。この分類はそれほど厳密 なものではなく,ひとつのスピーチがたとえば(1)と(2)の2つの性格をもつことはありうる。

しかし,ここで重要なのは,これからしようとするスピーチが主としてどれを目的にしたものかと いうことを意識することなのである。その目的意識がないと,話の焦点が分散しすぎて,何を言い たいスピーチなのかがわからなくなってしまうことが多いからである。.

 キー・センテンスが決まったならば,次はスピーチのアウトラインを書かせる。これは日本語で

も英語でもどちらでもよい。すぐに原稿を書かせると,話の筋がわからなくなるようなものを書く

ことが多いので,まず話のアウトラインをつかませるところから始めるのである。骨組みができれ

ば,あとは肉付けをするだけで,これはさほどむずかしい作業ではない。トピックの選定からアウ

トラインを書くところまでは学生と一一一一一対一の面談でおこなう。それは授業時間を使っておこなうこ

ともあるし,課外の作業とすることもある。そしていよいよ原稿を書く段階になり,最後に英文の

チェックをして終わりである。

(18)

② スピーチの発表

 スピーチの原稿は用意するが,それを見ながら話す(つまり読む)ことは厳禁する。原稿を暗記 できない者には Read and Look up and Say の方式をとる。つまり,要所だけ原稿を見させ,

次に原稿から完全に目を離して聴衆に顔を向けて話すことを要求するのである。目で原稿の文字を 追うとどうしても読む調子から抜け出せないからである。スピーチの訓練では,あくまで自然な話        しことばの特徴をつかませるのが目的なので,読むことを厳禁するのである。

 スピーチを昔風な演説調にしないで,ふつうの談話の延長線上で話させるようにするためには,

はじめから大教室の前に出して話させないで,小グループの中で話をさせる。5〜7人ぐらいの小 グループで交互にスピーチをさせるのである。グループの中でも,立ったりしないで,,椅子にかけ たまま話すようにさせると,より一層親密な雰囲気が生まれ,あまり四角ばった話しかたになら ないですむ。このようにして少しでもふつうの談話的な話しかたに慣らしておき,そのあと小グ ループの中で立って話したり,教室の前でクラス全体に向かって話したりするようにもっそいけば

よい。

 グループの中で話させることにはもうひとつのねらいがある。それは「相互コメント」をさせる ためである。ひとりが話し終わったら,残りの者が,原則として全員,なにかひとつ発音上の問題 点を指摘するのである。発音訓練を始めてから1年以上経過している現時点では,発音の技術がい かに未熟な者でも,人の発音の良し悪しを判断する耳はできているので,この活動はそれほど困難 なものではない。こうして他人の音声に耳を傾けることは,人のふりみてわがふりを直すことにも 通じるし,また,将来の教師としての音声指導の予行演習をしている気味もある。さらに,学生ど うしの相互コメントは教師のコメントよりも効果的であることが多い。学生は自分の発音上の問題 点を教師に指摘されるよりも仲間に指摘される方がこたえるようで,その後もより真剣に発音矯正 にとりくむようである。相互コメントをしている時の教師の役割は,スピーチの発表者よりはむし ろ聴衆のコメントの出しかたをモニターし,あとで必要があればそのコメントの出しかたに対して コメントをするためのメモをとることである。

 小グループによる活動の一変形として「問題別練習」とよぶものがある。あるグループが上記の ような相互コメント活動をしている一方で,別の集団は大教室のそこごこで単独の発音矯正練習に 取り組むのである。同様の問題点をもつ者どうしをグルーピングする場合もある。問題点の少ない 者はスピーチの練習の中で発音の矯正につとめるよう指示する。もちろん,教師はこの時間中は,

発音矯正の練習をしている者の間をも巡回し,適宜アドヴァィスをおこなう。

③ スピーチ文例

以下,実際の授業の中で学生がおこなったスピーチの中からひとつを選び,その全文をかかげる。

そして,その発表を聞いたあとで私がおこなったコメントを当時のメモをもとに記すことにする。

  In America・some wives of statesmen protested against rockmusic, saying it is harm−

ful to children because it has violent words very often. And they established an organ一

(19)

ization called PMRC, that is, the Parents Music Resource Center. PMRC strongly requested Recording Industry Association of America(which is usually called RIAA)not to advertize the rock musicians who sing of violence. Then RIAA proposed to put some warning to the records including violent songs.

  But PMRC thought that RIAA s response was quite unsatisfactory. And eventuaUy・

PMRC succeeded in holding a public hearing. Some rock musicians attended it, too. A statesman on PMRC s side said that violent songs would not disapPear unless we had certain limitations against them. On the other hand, rock musicians claimed that it is dangerous to limit the freedom of expression.

  After this public hearing, both sides continued activities for a few months. But now we hear nothing of this problem.

【授業者のコメント】

1 全体的に声が小さい。小さな口の開きで速く話そうとするからそうなるので,教室全体を見わ たすつもりで,特に教室の最後部にいる人を視野にいれてゆっくり話すようにする。

2 スピーチ全体を通じて同じ速さで話している。聴衆ははじめて聞く話し手の話しかたの個人的 な癖に慣れるまで時間がかかるものなので,特にはじめのうちはゆっくり話すようにする。

3 目がきょろきょろして落ちつきなく感じる。目線はゆっくり動かし,聴衆をまんべんなく見る のが理想。

4 原稿は机の上に置かないで,左手にもち(ふつう,右ききの人は左手にもつでしょう?),左胸 のところに位置させる。そして,原稿を見るときは大きく顔を動かさないで,なるべく目だけ動 かして見るようにする。

5 全体としてリズムとイントネーションは安定している。

6 第1パラグラフで,冒頭の protested は重要なことばなのにアクセントがなく平板すぎる。

第2音節の最初の[t]を思いきって破裂させる。 Violent の発音が不明瞭。特に[v],[ai]

 を明瞭に発音すること。 Words が[wo:rdz]になっている。 Recording Industry Asso−

ciation of America は印象づけるようにもっとゆっくり言う。次からはイニシャルでしか出 てこないので,ここではっきりとその名前を知らせておく。

7 第2パラグラフ。 Said that... とか claimed that... というときの that の発 音が重すぎる。[60t]か[δe]ぐらいにする。 Limitations もしっかりと伝えたいことばで ある。第1音節にかかる2次アクセントをもっと強くしてはっきりと発音する。

お わ り に

本稿では教員養成課程において扱われるべき英語発音訓練のうち,オーラル・インタープリテー

ションとスピーチ(public speaking)を主として授業における実際の面から扱った。これで本シリー

ズのテーマである「スピーチ・コミュニケーション」の分野のうち,発音訓練のためのプログラム

参照

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と言っても、事例ごとに意味がかなり異なるのは、子どもの性格が異なることと同じである。その

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熱が異品である場合(?)それの働きがあるから展体性にとっては遅充の破壊があることに基づいて妥当とさ  

【こだわり】 ある わからない ない 留意点 道順にこだわる.

に至ったことである︒

これからはしっかりかもうと 思います。かむことは、そこ まで大事じゃないと思って いたけど、毒消し効果があ

ある架空のまちに見たてた地図があります。この地図には 10 ㎝角で区画があります。20