英語スピーチ・コミュニケーションの展開(その2)
オーラル・インタープリテーションとスピーチの訓練
長澤 邦紘*
(1988年9月12日受理)
Developing Teaching Strategies for
Speech Communication Activities in the Classroom(Part 2):
Designing a Course in Oral Interpretation and Public Speaking in the Teacher Training Curriculum
Kunihiro NAGAsAwA*
(Received September 12,1988)
Abstract
In this second instalment of a five−part serial of papers, the present writer proposes a programme for oral interpretation and public speaking as an advanced course in pronunciation training in the teacher training curriculum. The aim and significance of oral interpretation and public speak−
i。g i・discussed and th・i・p・a・tice in th・university・1ass i・d・・c・ib・d・
Materials for discussion are a passage from a Ted Hughes story, an Edgar Allan Poe poem, and a speech by a university student.
は じ め に
本稿は本シリーズ「英語スピーチ・コミュニケーションの展開」の第2回目として,英語発音訓 練の上級の段階を扱う。本シリーズの第1回目(長澤 1986)では,日本の英語授業におけるスピー チ・コミュニケーション活動の不活発さの原因として次の理由が確認された。
1 授業時間数が不足している。
*茨城大学教育学部英文研究室(Department of English, Faculty of Education, Ibaraki University,
Mito, Ibaraki 310 Japan).
教師が自分の英語に対して自信をもっていない。
教師の英語教育目的論の中に「コミュニケーション」の概念が欠落している。
教師がスピーチ・コミュニケーション活動をおこなうための方法論をもっていない。
スピーチ・コミュニケーション活動は「受験英語」にとって無用であると考えられている。
そして,これらの問題の中で教員養成学部のカリキュラムが対応すべき(つまり,本シリーズがと り扱うべき)問題として2,3,4が選択された。本シリーズの目的はこれら3つの問題領域に対 して回答となる授業プログラムを提示することである。問題2に対しては,教室英語の基盤となる 発音技能開発のためのプログラム(本稿扱い)と英語の運用力開発のためのプログラム(次稿扱い)
が示される。問題3と4に対しては,本シリーズの4回目以降,外国語教育におけるスピーチ・コ ミュニケーションの意義を原理的,歴史的に考察し,近年発展してきたコミュニケーションのため の言語教育の方法論を実際の教室での応用の立場から検討することになる。
前稿(長澤 1986)では,問題2にかかわる英語発音訓練のうち基礎的訓練のためのシラバスが 示された。本稿ではそれを引き継ぐ上級の発音訓練を扱う。すなわち,その内容はオーラル・イン タープリテーションとスピーチ(public speaking)である。オーラル・インタープリテーション は前稿の基礎的発音訓練のシラバスにも含められた項目であるが,本稿ではより高度のオーラル・
インタープリテーションを扱う。前稿で扱ったオーラル・インタープリテーションの題材は対話文,
説明文,詩,物語,英語ニュースなどであった。しかし,前稿では発音訓練のためのシラバスを書 くことに力点がおかれたため,オーラル・インタープリテーションの実際面についてはくわしくふ れることはできなかった1)。本稿における実際的分析を参考にしていただければ幸いである。
前稿で扱った英語発音訓練のたあのシラバスが英語教師の自主サークル・ACROSS(旧発音 研究会)のそれに触発して書かれたことは前稿の「序論」でも述べたとおりである。本稿で扱うオー
ラル・インタープリテーションとスピーチの訓練の内容・方法についても同サークルの実践から大 きな示唆をうけていることを記さなければならない2)。
1 オーラル・インタープリデーション
1 オーラル・インタープリテーションの意義と目的
前稿で英語発音訓練のシラバスを示したとき,われわれはその中に基礎的なオーラル・インター プリテーションも含めた。しかし,そこで意図されていたのはきわめて初歩的な対話文,説明文,
物語詩などの読みかたの訓練であった。それは,言ってみれば,英語発音の技術を身につけた者 が意味表現の手段として英語音声を使ってみる最初の試みであった。しかし,英語の発音法を知っ ていることがそのまま英語をことばとして話せることにつながらないのは言うまでもない。学生の 多くはそれまでに英語をことばとして使った経験があまりないので,ふつうの対話をするときでも,
発音は申し分ないが,棒読み調の英語になってしまうことが多い。英語を自然なイントネーション
で話せるようになるにはさらに多くの訓練を経なければならない。発音訓練2年目のための本プロ
グラムの目的は,1年目の訓練で英語発音の一定水準の技能を獲得した者に,与えられたテキスト
文の意味を有効に音声表現できる技能を獲得させることである。オーラル・インタープリテーショ
ンでは音声表現の対象となることばそのものはテキスト文としてあらかじめ与えられているので,
朗読者は何を言うかについては心をわずらわす必要はなく,それをどのように表現すればよいかと いうことだけを考えればよい。ここにオーラル・インタープリテーションが発音訓練として扱われ る理由がある。
ここで,教師のスピーチ・コミュニケーション能力を開発する手段としてオーラル・インタープ リテーションを用いるのは不適当だとする意見がおこるかもしれない。教師に求められるのはふつ うの話しことばとしての英語の運用力であり,発音もその目的が達せられる程度のものでよい。オー ラル・インタープリテーションにしばしば見受けられるやや芝居がかった朗唱法などは不要ではな いか,とする意見である。このような意見に対して,オーラル・インタープリテーションを発音訓 練の手段として用いる理由を,以下,3つの観点から述べてみる。
まず第一に,長澤(1986:66)でも規定したように,スピーチ・コミュニケーションというもの を「教室でおこりうるあらゆる種類の英語の言語事象のうち,伝達を目的として話されたもの」と 考えれば,教師がテキスト本文を表現読みするような行為もスピーチ・コミュニケーション活動の 一種と考えられる。そして,教師のこのような活動は実際の授業の中では避けて通ることのできな いものである。教師は教科書にある物語や詩などをオーラル・インタープリテーションの素材とし てこなさなければならない。このように,オーラル・インタープリテーションが授業の一要素とし て避けがたく存在するのであれば,教師によるオーラル・インタープリテーションは生徒にとって のモデルにならなければならない。この場合の教師の発音が「会話でなんとか意味が通じる」程度 のものでは充分とはいえない。一般の会話では発音が相当くずれても意味の疎通には支障をきたさ ないものである。しかし,そのような発音は現実のコミュニケーション場面で,意味の伝達を優先 させ,時間にせきたてられてしゃべることの結果なのであり,それがオーラル・インタープリテー ションのようなややあらたまった表現形態の場で許されると考えてはならない。生徒のモデルとし て聞くに耐える水準をもったオーラル・インタープリテーションが教師には求められるのである。
次に,オーラル・インタープリテーションが効果的な発音練習の一方法であることを指摘したい。
話しことばとしての英語の特徴を身につけるには2つのアプローチが考えられる。ひとつは,実際 のコミュニケーション場面で英語を聞き,話す経験をつみながら自然に身につけていく方法である。
(英会話の授業とかそれに似たプログラムもこの方法に入れてよい。)この方法は具体的な場面 の中で英語の音声的特徴を身につけていけるという利点をもっている。もうひとつは,オーラル・
インタープリテーションの訓練の中で意識的に英語の音声的特徴を身につけてゆく方法である。こ れは第一の方法とちがって,フィードバックできる点が有利である。実際的なコミュニケーション 場面では,ふつう,発話(聞きとり)は1回限りの体験で,話者(聞き手)は自分(相手)の音声
に分析的に耳をかたむけながら話す(聞く)ことはあまりない。他方,オーラル・インタープリテー ションでは,与えられたテキスト文を音声化するというやや不自然な状況のもとではあるが,音声 を意識的,分析的に学ぶことができる。まず,学習者はテキスト文に対する自分の解釈が妥当な音 声で表現できるようになるまで繰りかえし練習できる。必要があればテープ録音して聞きかえし,
問題点の検討をすることもできる。そして,練習の結果,満足のいく音声に到達したら,今度はそ
れを繰りかえしおこない,その自分の「最良の音声」が無意識的に出せるようになるまで反復練習
をするのである。実際問題としては,第一の方法と第二の方法は平行しておこなわれるのがよい。
第一の方法に偏すると,話しことばの自然な感じは身につくが,発音の細部において不明瞭になる。
第二の方法に偏りすぎると,発音は明瞭だが話しことばの自然さのない人工的な音声になる危険が あるからである。従って,記述の順序として,本稿では第一の方法をとりあげ,第二の方法は次稿 で扱うことになるが,授業プログラムとしては同時平行でおこなうのがよい。
最後に,オーラル・インタープリテーションの技能を身につけておけば,将来教師になったとき,
それを教育上の有効な手段として用いることができる。過度に認知的な文法面の学習だけでなく,
学習者の感性をも要求するオーラル・インタープリテーションを教室で実践すれば,その教師はよ り豊かな英語学習の機会と可能性を生徒に提供することになる。われわれは数多くの「表現読み」,
「群読」,「ドラマ」,「スピーチ」等の指導の実践を知っており,これらの領域における指導の 教育的意義は一般に認められていることだと思う3)。これらの可能性を開拓する上でも教師のオー
ラル・インタープリテーションの素養は大きな武器になるものと思われる。
以上,発音訓練としてのオーラル・インタープリテーションの意義と目的について述べたが,次 に,授業における実際の扱いについて述べることにする。
2 オーラル・インタープリテーションの訓練過程
オーラル・インタープリテーションは別名 interpretive reading と呼ばれるぐらいで,テキ スト文の音声表現をおこなう前に,まず,そのテキスト文の充分な意味解釈をおこなう必要がある。
それはことばのいわゆる知的意味の解釈だけではなく,ことばの感情的な意味合いまで含めた解釈 である。そして,その解釈全体を音声化して聞き手に伝えるというのがオーラル・インタープリテー
ションなのである。
授業の形態としては,学生にテキストを配布したら,まず1回か2回分の授業を費やして作品の 解釈・分析をおこなう。そして,その過程で必要があれば,その解釈を生かすにはどのような音声 表現にすればよいかを学生に考えさせたり,実演させたり,またはこちらが実演してみせたりする。
そして,最終的には,集団として到達した解釈を前提とした表現読みを課すのである。もちろん,
この「集団的解釈」は絶対的なものではなく,ひとつの目安にすぎない。実際には,表現読みの過 程でこの「標準解釈」とはちがう,しかもあながちしりぞけられない読みがおこなわれたり,「標 準解釈」をくつがえすような読みがおこなわれたりすることもある。次節「オーラル・インタープ リテーションの実際」で述べるような解釈は授業では音声表現に先だっておこなわれるものである。
オーラル・インタープリテーションの訓練過程も基礎的発音訓練の場合と基本的には同じである。
受講者ひとりひとりにテキストを読ませ,その音声上の問題点をふつう3点ぐらいにしぼってコメ ントする。たいていはその問題点の解決法も示唆する。この問題点を自宅にもち帰り,次の授業ま で1週間かけて矯正のための練習をする。ある程度練習した結果を必ずテープ録音し,それを自分 の耳で聞く。聞いてみて,問題点が解決されたかどうかを自分で判断する。(この時期になれば,
よほど微妙な問題でない限り,この種の判断力はついているのがふつうである。)結果が不満足な らば,また練習をやり直す。このことの繰りかえしである。そして,次の授業のときは,自分で満 足のいった形を発表する。まだ不満足な者はどこが不満足かを言ってから発表する。無反省にただ
「繰りかえし練習しました」という種類の「努力」は認めない。ましてや,自宅で上のような練習
の過程を経ずに,いきなり授業を練習の場に使おうとする者は授業への参加資格も認めない。
授業では,ふつう,受講生(15〜20人)は「ロ」の字形か円形にすわり,私は必要に応じてその 陣形の中にはいったり,そこから離れて教室の端までいって「声のターゲットをこの辺におくよう に」などと指示したりする。学生の発表がある程度まとまった音声になってきたら,この座席はや め,発表者は教壇に立って,広い教室の最後方にすわった聴衆に向かって発表する。声の届きを重 視する段階になっているからである。「ロ」の字形あるいは円形の座席をとるねらいは,発表者の 顔,とりわけその口を他の者によく見せるという点にある。また,この真近の聴衆の前での発表は 発表者にとっては,教壇での場合とはちがった緊張を与えるようである。学生は将来どのみち教師 になる者ばかりなので,この種の緊張になれておくことも必要なのである。日本人の音声表現のま ずさの大きな原因のひとつは,この人前でのプレッシャーに負けるということにあると思われる。
学生のオーラル・インタープリテーションの力量に差があり,授業の形態が上記のようであれば,
テキストの進度に個人差が出てくるのは当然である。大学生ぐらいになると,発音の技術というの は短期間で向上するものではないので,同じ問題で何回も足踏みすることがおこる。このような授 業を繰りかえしていると,受講生ひとりひとりがどんな問題点をかかえているか,すぐ全員にわかっ てしまう。
受講生はひとりひとり「コメント・ノート」というものをもっている。私から受けたコメントを 書き入れるものである。それにはコメントの内容だけでなく,いつそれを言われ,またその問題が
いつ解決されたかの日付けも書き入れるのである。
3 オーラル・インタープリテーションの実際
本節では筆者がこれまで授業で扱ったオーラル・インタープリテーションの教材の中から2つを とりあげ,オーラル・インタープリテーションの実際について述べてみたい。作品のジャンルは物 語と詩である。
(1)物語一The lronル1∂n
物語は中学校,高等学校ともに教科書を占める重要な題材である。そして多くの場合,中学校,
高等学校の生徒は物語教材が好きである。その物語教材の読みを一層深め,たのしいものにするた めにも,教師のオーラル・インタープリテーションの素養は必須のものとなる。
ここでとりあげるのはTed Hughes作The lron Manの冒頭の数節である。以下,取 り扱いの便宜上,原作にはない段落番号を付けて引用する。なお,この段落は原著のパラグラフと は一致しない。
①The lron Man came to the top of the cliff.
How far had he walked?Nobody knows. Where had he come from?Nobody knows.
How was he made? Nobody knows.
②Taller than a house, the Iron Man stood at the top of the cliff, on the very
brink, in the darkness.
The wind sang through his iron fingers. His great iron head, shaped like a dustbin but as big as a bedroom, slowly tur ned to the right, slowly turned to the left.
His iron ears turned, this way, that way. He was hearing the sea. His eyes, like headlamps, glowed white, then red, then infra−red, searching the sea. Never before had the Iron Man seen the sea.
③He swayed in the strong wind that pressed against his back. He swayed forward,
on the brink of the high cliff.
And his right foot, his enormous iron right foot, lifted up, out, into space,
and. the Iron Man stepped forward, off the cliff, into nothingness.
④CRRRAAAASSSSSSH!
Down the cliff the Iron Man came topPling, head over heels.
CRASH!
CRASH!
CRASH!
From rock to rock, snag to snag, tumbling slowly. And as he crashed and crashed and crashed
His iron legs fell off.
His iron arms broke off, and the hands broke off the arms.
His great iron ears fell off and his eyes fell out.
His great iron head fell off.
All the separate pi㏄es tumbled, scattered, crashing, bumping, clanging, down on to the rocky beach far below.
Afew rocks tumbled with him.
Then Silence.
⑤Only the sound of the sea, chewing away at the edge of the rocky beach, where the bits and pieces of the Iron Man lay scattered far and wide, silent and unmoving.
Only one of the iron hands, lying beside an old, sand−logged』washed−up seaman s boot, waved its fingers for a minute, like a crab on its back. Then it lay still.
While the stars went on wheeling through the sky and the wind went on tugging at the grass on the cliff−top and the sea went on boiling and booming.
一一T・dH・gh… Th・・lr・π惚4)
ここで扱うのは物語の冒頭の数節であるが,この鉄でできた巨人はその後人間と友だちにな
り,宇宙からやってきた巨竜天使( space−bat−angel−dragon )とたたかうことになる。そして結 局は彼をこらしめ,地球に永遠の平和をもたらすのである。鉄人は物語の冒頭にあらわれて,すぐ に崖から落ちてからだがバラバラになり,浜辺にちらばってしまう。このあと間もなく,からだの 各部分がひとりでに動き出してもとの場所に接着し,鉄人は生きかえるのであるが,上記引用部分 は鉄人のからだが解体する経過を描いている。
この物語は話の内容とその語りロからいって,明らかに子ども向けのサイエンス・フィクション である。従って,この物語を表現読みする場合,まず,聞き手が子どもだという前提でおこなうの がよい。これはおとな相手の読みものの場合よりもその音声表現上多少の誇張は認められるという ことである。また,当然のことながら,話すスピードも全体的におとな相手の場合よりもおそめに
なる。
次に,段落(番号を付けた区分)を追ってオーラル・インタープリテーションの問題を考えて
ゆく。
第1段落 冒頭の1行はふつうの叙述の口調で読んでよいが, Iron Man ということばはや やゆっくり,特に明瞭に発音する。 lron Man ということば自体この物語では初出であり,し かもそのようなことばは一般の聞き手にとってはなじみのうすいものだからである。次に同様のパ ターンが3回出てくる。鉄人に関する問いとそれへの答え( Nobody knows )というパターンで ある。これらを3回とも同じ調子で読むとしたら全く単調な表現になってしまうだろう。そこで,
改めてテキスト文の3つの疑問文をみてみると,その問いにいわば質的なちがいがあることに気づ く。聞き手の立場から考えると,今物語に導入されたばかりの「鉄人」なるものについて知りたい ことは,それが「どれだけの道のりを歩いてきたか」(第1の問い)ということよりも,それが「ど のようにしてつくられたのか」(第3の問い)ということだと思われるのである。このようにみると,
第1の問いよりは第2の問い(「彼はどこからやってきたのか」),第2よりは第3の問いの方が聞 き手の興味を引きつけるように用意されていることがわかる。それゆえ,これらの疑問文を読む場 合,それらの問いへの語り手の思いいれは第1よりは第2,第2よりは第3の疑問文に強く出なけ ればならない。いわば,その問いに対する切迫感が次第に強まってくるのである。このような疑問 の強さは,その文の中核となる語(下の例では made )の前の弱音節(群)を1番低いピッチ(音 程)までさげ,次いで中核の語の強勢部のピッチを最高部まであげることで表現するのがふつうで あろう。
e .
H・ww・・h・m鮭?
次に・ Nobody knows. と3回繰りかえされる答えの方も同じ調子で読まれるべきではないだろう。
「誰も知らない」ということへの語り手のあきらめの気持がだんだん増大してゆく様子がことばっ きにあらわれるべきである。声の調子はだんだん落ちてきた方がよい。そして,最も切迫した第3 の問いのあとの間(ま)を長めにとって緊張感を出すのだが,それに答える声は対照的に沈んでい
くのである。
第2段落鉄人のすがた形,断崖の上に立っている様子が描かれる。 On the very brink は
at the top of the cliff を言いかえてさらに場所を限定した言いかたなので,当然,読みかた
にも強調がはいる。 その強調は cliff のあとのコンマで間(ま)をおくことでよりきわだっ
てくる。この「崖っぷちに」ということばで声もやや切迫し,次のコンマでまた間(ま)があって,
in the darkness で声はやや弛緩し,暗くなる。
鉄人の指の間を吹き抜ける風の音の感じはwigd, saLg, irog, fi1Lgerの鼻音をひびかせること で一層描写力が増すかもしれない。次の「頭」の描写は,まず., great iron head を一語一語強勢 をかけてややおそめに言い,・shaped 以下の挿入句はhig, bedroomの頭韻を充分ひびかせながら
も速めに読み,slowly, turnedなどの長母音をことさらにゆっくり発音する。この部分はslowly turned to the right and(to)the leftというように文法的な意味では経済的に書かれていなく て, slowly turned がことさらに繰りかえされている。[ou]と[e:]の長母音のくりかえし の効果を生かすべきところである。鉄人のこのゆっくりした動作は次のF耳」の描写にももちこさ れる。動きはゆっくりなのであるから, this way のあとの休止は充分とるべきである。 This
way の前のコンマは間(ま)をとってもとらなくてもよいところだろう。
He was hearing the sea. は上の「耳」の描写と次の「目」の描写の間にはさまった,吾っ てみるなら,作者のコメントである。鉄人があんなふうに頭や耳を動かしていたのは海の音を聞い ていたからなのだ,というわけである。この部分の読みかたはいろいろ考えられるだろうが,「実 をいうと海の音を聞いていたんだ」というニュアンスで,語り手が,多少の驚きをこめて,聞き手 になにかを打ちあけるようなひびきがあってもよい。声を少しひそめるか,あるいはこの文全体を ささやき声に近い声で言うのもよいかもしれない。次の「目」の描写では,そのかがやきが白色か ら赤色,そして赤外色に変化していくさまが描かれている。 White よりは red , red より は infra−red に強勢とピッチの高まりによるアクセントをかけ,また,読むスピードも次第に速
くした方がよい。 サして, searchifig the sea という作者のコメントで,再び声を落としぎみに する。次の Never before 以下は鉄人がなぜこのように熱心に海に見入り,聞き入っているの かの理由を述べた部分で,この部分も上の He was hearing the sea. に似た,なにか秘密でも 打ちあけるようなひそめた感じの声で言った方がよい。
第3段落 His right foot をわざわざ his enormous iron right foot と言い直してい るわけだから,当然,新しく追加された部分 enormous iron に強調がかかる。(下の文例記号表 示参照)2回目の right foot は1日情報なのでもはや強勢はもたない。 Lifted の次のダッシュ は作者が今次のことばをさがしているという表示なので, 1ifted の終わりを下降調イントネーショ
ンとせず,平行調ぐらいにしてピッチを維持しておく。 Up, out, into space の部分はごく散 文的に言うつもりならば,2つのコンマを and でおきかえてもよいところであるが,コンマで 間(ま)をとることによって一種の緊張感を生んでいる。従って,ここではやや長めの間(ま)が ほしい。 lnto space は「(こともあろうに)宙に(足を踏み出した)」という意味なので,ふ つうよりも強い強勢と高いピッチが space にかかる。
A。d hls rlght fさ匹雌盟』郵・6・・ight fδ・t,1樋一起1壱副1・t6・亟
次の文はこの宙に浮かせた足を前に踏み出すところを描いた部分である。ここでも off the cliff と into nothingness の間に省略的なコンマが使われている。 Off the cliff の前後の
コンマの部分は多少の緊迫感をもって読まれるべきである。特に off the cliff のあとでは,声
をやや宙づりにして止め,そのあとの into nothingness で巨体がまっさかさまに落ちる感じを
出す。 Nothingness の最初の[n]の音をややオーバーに強く長く発音して,あとは一気に下 降調イントネーションにのせて声を引きさげるのである。
第4段階 最初の℃RRRAAAASSSSSSH! は crash を擬i音語ふつうに読めという指示である。
すべて大文字で表記されているのは音声の大きさを示しているしJt ッじ文字が重ねられているのは それらのあらわす音が極端に引きのばされて発音されることを示している。次に℃RASH!CRASH!
CRASH! と反復されているのは,鉄人のからだが落ちながら崖のそこごこにぶつかるさま を描いているからである。これをすべて
e UtR]AsH!
L
という下降調の読みかたでくりかえすのは単調にすぎるだろう。これら3つの擬音は,切れ目はあ るであろうが,ひと続きの音と考えるべきで,そのためには,はじめの2つの℃RASH! は 下降調にせず・ピッチを中程度に保持しておいて,3つ目の・CRASH!,ではじめて思いきって 下げるというのがよいと思われる。
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CR緬 i5iRIAsH! (}RAsH !
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