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子どもの社会認識とその発達

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子どもの社会認識とその発達

社会科教育研究室 片 上 宗 二

 1 はじめに

 子どもの社会認識とその発達というテーマを考えてみると,どうしても次のような問題が出てくる だろうと思います。

 子どもというものは,一体,どのような形で,「社会認識」を形作っているのだろうか。そしてそ れをどのように拡げまた深めてゆくものなρであろうか。そしてもしも,そのような営みを子どもの 社会認識活動と呼ぶことができるとすれば,子どもが生きている,あるいは生きてゆくということと,

子どもの社会認識活動とは一体どのようにかかわりあっているのだろうか。また現代の社会状況は,

子どもの社会認識活動にとって,どのようなものとなっているのだろうか。またさらに,子どもの社 会認識活動にとって,学校教育とりわけ社会科教育は,一体どのような役割を果たしているのだろう

か。

 あたりまえのことですが,子どもは「社会」の中で生きて生活しているわけですから,子どもが社 会認識をもつ,あるいはそれを発達させるということは,子どもがどんな風に生きているかというこ

とと切り離せられないし,また今の社会状況とも密接につながっているだろうと思うわけです。しか し,子どもが成長して小学校へ入ると,当然学校教育を受けるわけで,子どもの社会認識の育成を,

      ゆ   ゆ

集申的に担うはずの社会科といった教科も学ぶわけです。そうすると,やはり,学校教育とりわけ社 会科教育とも関係づけて子どもの社会認識の発達を把えないと,まずいような気がします。

 しかし,そんな風にいっても,一体子どもというのは何才から何才ぐらいをさしていっているのか,

この点をまえもってはっきりさせておかなければ問題にならないではないか,といわれそうです。と 同時に,一体社会認識とはどういうことなのか,きちんと定義しておかないと,それぞれのイメージ で社会認識なるものを把えてしまって,議論にならないではないかといわれるだろうと思います。

 それは全くその通りなのですが,前者の問題つまり,子どもとは何才から何才ぐらいまでをさして 呼べばいいか,あるいは何才から何才ぐらいまでに子どもの範囲をとって議論を進めるか,という問 題についてはあまり厳密に考えないことにさせていただきたいと思っています。

 というのも,ここで私が考えてみたいと思っているのは,もう一方の悶題である「社会認識」の方

についてであるからです。きちんとした論文にまとめられなくなり,エッセイ風にしか考えられなく

て申し訳ないのですが,ここでの論点は,r子ども」の社会認識を把えられる最も有効な枠組とはど

のようなものであるか,ということなのです。私なりにそのような方法的枠組を提示してみたい。そ

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してその枠組によると,子どもの社会認識なるものがどのようにすくい取れるかを一できれば社会状 況や社会科教育とも関係づけて示してみたい。そしてそこから,果たして,私の用いた方法的枠組が,

どれほどの有効性をもつものなのかを批判的検討の場にさらしてみたい,と思っているわけです。そ のためには,対象としての子どもの範囲を,きちっと規定しておくという風にしない方が都合がよい ものですから,問題が残ることを覚悟の上で,そこはフレッキシブルに考えたいと思っているわけで

す。

 2 先行研究の批判的検討

 いよいよ問題の入口に近づいてきたわけですが,ここで,今までになされてきた子どもの社会認識 とその発達に関する先行研究を,ざっとみておきたいと思います。子どもの社会認識とその発達にひ っかかる研究というと,量的には,実は相当膨大なことになるわけです。またその研究主体も,社会

科鞘研究ぜ(小隊滴の鞭ももちろ給む)はいうまでも醜いわゆる教群裁嵯学暑)

やさらには瀦学幽、も及んでいるわけです.しかし馴し注臨くみてみますと鷲ざまなそれ

らの研究も,結局は二つの大きな流れに分けられると思います。その一方の流れは,子どもの社会認 識をトータルにというか体系的にというか,そういう風な形で把えようとする研究です。もう一方の 流れは,子どもの社会認識を形作っ.ていると思われるある側面を,限定的に把えていこうとする研究 です。量的には後者が圧倒的に多く,前者はごくごく少ない形になっています。

 これらの研究を細かく検討するのがここでの目的ではないのですが,二つの流れに大きくはパター ン化されるこれらの研究力㍉一体どのような社会認識の枠組を用いているかをみておくことは大切で すので,以下簡単にこの隠題を検討しておきたいと思います。

 まず最初に,後者の場合一子どもの社会認識を限定的に賄える研究の場合一をみてみ窪す。この研 究の流れも,細かくみれば,さらに二つの流れに分けられます。その一つは,主として社会科教育研 究者(小,中,高の教師を含む)によって推進されてきたもので,子どもの地理的意識や歴史的意識 等々の発達を把えようとする研究の流れであり,他の一つは,子どもの燭譲や公害認晶鍵を

把えるといった研究の流れです。紙数の関係で,ここでは社会科教育研究者らによる子どもの歴史的 意識等の発達を囲える研究の流れの場合について,検討することにします。

 この研究を主に進めてきた社会科教育研究者による場合,その研究のモチーフは,乱暴な言い方で すが一難に言ってしまうと,社会科で地理学習や歴史学習等々を進める場合にどんなことを考えなけ ればならないか,つまり,地理学習や歴史学習等々を進めるための子どもの側のレデdネスを得ると ころにあるわけです。このような研究は,戦前にはほとんどみられなかったことで,戦後になって急 速に進められてくるのですが,その成果はかなりなものになっている,つまり,子どもは何才学から どんな歴賄謙を芽ばえさせ・臓頃にはどんな搬臆識の状態燵するカ㍉といったことがか

なり明らかになってきているわけです。

 しかし,ここで考えてみたいと思うことは,研究の自的がもともと歴史的意識なら歴史的意識とい う風に限定して,その発達を謡えるように限られているのだから,当然といえば当然なのですが,こ の流れの研究では,子どもの社会認識を蓄える枠組をまえもって必要としない形になっている,とい

う点についてです。実際,子どもの社会認識を掬える枠組を明示した形での研究はないわけです。し

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かし,よく考えてみると,歴史的意識なら歴史的意識を把えるという風に問題を立てた瞬間に,実は すでに他の地理的意識や政治的意識等々をインプリシッ5な形にせよ前提として,認めているわけで す。そうしないと,当の歴史的意識それ自体が意味を持たなくなるはずだからです。

 だとするとこの流れの研究は,意識するとしないとにかかわらず,子どもの社会認識を,子どもの 歴史的意識や地理的意識や政治的意識等々を合わせたものとして把えている,ということにならない でしょうか。そう考えると,子どもの社会認識を把える枠組は,この流れの研究の場合にもやはり必 要だ,ということになってしまいます。そしてこの場合,子どもの社会認識を把える枠組としては,

当然歴史的意識(認識)や地理的意識(認識)等々の関連構造が問題になるわけで,その関連構造を はっきりさせておかないと,子どもの社会認識を個々バラバラな形でしか問題にしえないし,また仮 に個々的に問題としえても,いざそれを把えようとする段になると;そこには大きな制約がっきまとう だろうと思うわけです。そしてこれは私の予想ですが,歴史的意識や地理的意識等々を一つの関連構 造にまとめ上げ,さらにそれを子どもの社会認識を把えるための方法的枠組にまで具体化することは,

相当大変だと思っていますので,私としては,このような形での迫り方は斥けたいと考えるわけです。

 それではもう一方の,子どもの社会認識をトータルに論えようとする研究の流れはどうかみてみま す・私の縫爬のせいかもしれませんカs・・子ども i?鈎 トタルな形で正面きって把奪う

とした研究は,波多野完治氏と滝沢武久氏の共同研究を除いては,あまりないように思います。そこ でこの両者の共同研究の場合を,少し検討してみたいと思います。この共同研究は,幼働少年期の社 会認識の把握を目的になされているのですが,両氏は,r社会認識のための基本的カテゴリーである

『空間』 『時間』 『因果律』などの概念は,最初,どのようなかたちで存在し,どうやって高次の概 念に高められていくのだろうか。」という風に問題を立てて,主として外国文献によりながら,幼・・

少年期の子どもを対象に,空間概念と時間概念と因果概念の存在形態とその発達を追究しているわけです。

 この研究で注目すべきだなと思う点ca ,まず第一に,子どもの社会認識を把える枠組を,社会認識 の主要なカテゴリーという形で概念的に明示しているという点です。そして第二の点は,子どもの社 会認識の発達を謡える枠組を,「感性的認識」と「理性的認識」という二つのカテゴリーでもって示 したという点です。そしてさらに注養すべき点として,そのようなカテゴリーを使って,子どもの社 会認識の発達を把えっっ,そのような発達を促すための働きかけ一教育のあり方についても検討を加 えているという点があげられるだろうと思います。

 右のような諸点に大いなる示唆を受けたことは確かですが,しかしこの研究でもやはり物足りなく 思うことは,せっかく社会認識を把えるカテゴリーとして,「空間」「時間」「因果律」という概念 が示されながらも,それらは相互にどんな関係にあり,どんな構造に全体としてなっているのかが,

明らかにされていないという点です。そのため,幼・・少年期の社会認識が一応はト・・一一一タルな形で問題 にされながら,実際には,子どもの社会認識を空間認識や時間認識や因果認識にばらして,それぞれ の発達を個別的に究明するというところにとどまっているわけです。そして思うのですが,社会認識 を構造的に把えるところまでゆけなかったために,今度は社会認識の発達を把えるにあたっては,別 の観点から導き出された「感性的認識」と「理性的認識」というカテゴリーをもってこないと,その 発達を把えられなくなったのではないでしょうか。

 子どもの社会認識とその発達を別々のカテゴリーないしは,別々の枠組を使って把えるという考え

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方を,もう一歩進めてみるとどうなるか。子どもの社会認識の発達を把える場合にも使える,そのよ うな子どもの社会認識を把える方法的枠組を,案出できないであろうか。私は,そのような問題意識 に立って,子どもの社会認識を把えるための方法的枠組を考えてみたいと思うわけです。

  3 社会認識を把える方法的枠組について

 子どもの社会認識を耐える方法的枠組を考えるためには,社会認識とは何かをまず定義ないしは概 念規定して,そこからそれを把える枠組を考えるというのが,いわば普通の方法だろうと思います。

しかし,「認識jとは何かという問題はある意味では哲学上の大問題ですし,r社会認識」とは何か ということになるとこれはもう社会科学上の大変な問題になってしまって,とうてい私のような者の 手に負える問題ではない,ということになるわけです。そこで私は,そういう迫り方でないもう少し 別の迫り方を考えてみたいと思います。

 ではどう考えるのかということになりますが,一口でいえば,社会認識を社会認識活動というレベ ルで把えてみたらどうなるか,という迫り方です。社会認識を活動のレベルで考えてみると,ただち にひとつのおもしろい問題が出てきます。すなわち,生まれたばかりの赤ん坊は,果たして社会認識活 動を始めているのかいないのかという問題です。そしてもしも志ん坊なりに社会認識活動を始めてい

るとすれば,それはどのようなものであるか,という闘題です。

 この問題については後で少し触れることにしますが,私は赤ん坊といえども一斗ん坊なりにという 意味ですが一社会認識活動を始めているとみています。そしてそれを,人手が行なっているあるいは 行ないうる最もプリ ミテイブないわば極点として,措定できるだろうと考えています。そうすると今 度は逆に,社会認識活動を最も自覚的に行なっている,赤ん坊のそれとは逆の極点とは何か,という 問題が出てきます。この問題に対する解答は一義的には出ないだろうと思いますが,さしあたり,モ デルとしてのいわゆる社会科学者の活動を位置づけてもいいのではないかと考えます。

 右のように社会認識活動の両極点を赤ん坊のそれと社会科学者のそれという風に押えた上で,では,

社会科学者の社会認識活動はどうなっているかをみてみます。社会科学者は,一般的には,社会のあ る側面やある問題等々を研究の対象として設定し,さまざまな(科学的)方法でこれに迫り,その結 果として,社会についてのある知識や知見等々を獲得する,という営為を続けているという風にいっ ていいだろうと思います。そうだとすると,社会認識というものは,社会についての「対象」と「方 法」と「知識」とがセットになってはじめてひとつのまとまりをもつものとして成立する,と考えられ るわけです。その場合,「対象」は自覚的に据えられている方が,「方法」は科学的な方法の方が,

「知識」はまちがいの少ない,説明力の大きい知識の方が,そしてこれら三者は,社会認識を構成す る三要素として,バラバラであるよりは連関的・構造的であった方がよいにきまっています。そして そういうことをめざして行なわれている社会認識活動があるとすれば,そのような社会認識活動を,

自覚的という風に呼んでもいいと思いますし,モデル的には社会科学者の社会認識活動をそのような ものとして位置づけられると思うわけです。

 ただここで注意しておきたいと思うことは,自覚的であるということから最も遠い地点にあると思 われる赤ん坊も,実は赤ん坊なりに社会を意識しようとし,社会を知ろうとし,社会についての知識 をもちはじめようとしているのではないかという点です。いうまでもなくそこでの「社会」はきわめ

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て狭く,「方法」は本能的ですし,「知識」は言語化などされていないけれども,社会認識を成立さ せる三要素をもとうとしている点では社会科学者の場合と決定的にはちがわないのではないか,とい

う気がします。つまり赤ん坊といえども立派に社会認識活動を始めていると思うわけです。

 もしもそのように把えることができるとすれば,私たちはここから逆に,r対象」「方法」「知識」

の三要素とその結びつき方という枠組を使って,赤ん坊から社会科学者にいたるすべての者のさまざ まな社会認識を,いわば連続的に把えることができるのではないでしょうか。

 こんな風にいいますと,しかしすぐに,そのような枠組では,これまで子どもの社会認識の調査研・

究の主流を占めていた子どもの地理的意識や歴史的意識のような側面が抜け落ちるのではないか,と いわれそうです。しかし,たとえば地理的意識を例にとれば,そ麹は「対象」としての社会がどのよ うな拡がりのもとで意識されているかという問題として考えることもできますし,地理的な「知識」

をどれほど獲得しており,それらを獲得するどのような「方法」をもっているかという問題として見 直すこともできますし,全体としてこれら三者(対象,方法,知識)がどんなつながりのもとに成り 立っているかという問題として把え直すこともできるだろうと思うわけです。そしてそれは子どもの 歴史的意識についても同様にいえることではないでしょうか。地理的意識や歴史的意識も,上に示し たような枠組で把え直さないと,個々的にしか問題にしえなくなってしまうような気がします。

 以上のことをまとめてみますと,子どもなら子どもの社会認識を算えるということは,まず第一に,

社会という「対象」と社会を知る「方法」と社会についての「知識」の三要素を,子どもはどんな形 やレベルで獲得したり満たしたりしているかをつかむことであり,第二には,これら三要素がどんな 風につながってどんなまとまりをもつものになっているかを把握することだ,といっていいように思 います。以下私は,「対象一一方法一知識」を,子どもの社会認識を迎えるための方法的枠組とするこ とにいたします。

 4 子どもの社会認識とその発達

 それではここで,右のような枠組を使って,赤ん坊がどんな形で社会認識を獲得し,それをどんな 風に発達させてゆくのかをみておきたいと思います。

 赤ん坊は,生まれ落ちた瞬間から,生得的な力で泣くことができるわけですが,その泣くという一一 種の本能的な「行為」は,やがて生理現象として基本的にはたとえば腹がへったとかオムツが汚れた とかを知らせるサインとして出されることになってきます・腹がへる場合が最も基本的でしようからゴ これを例にとりますとs重ん坊が腹がへって泣くとどうするかといえば,母親が母乳を与えるかミ ルクをもってゆくわけです。腹がへって泣く一ミルクをもってくる,という行為が繰り返されてゆく 中で,赤ん坊は自分の外に,ミルクをくれる人がいる一つまり他者をいっとはなしに意識してゆくこ とになるだろうと思います。赤ん坊は,泣くといういわば生得的な「方法」によって,他者の世界

(社会)を発見し,この世界(社会)にはミルクをくれる人がいるという「知識」を,それこそ本能 的に得てゆくのではないでしょうか。このことを確かめるすべはありませんカ㍉そのように解釈とし ては成り立つだろうと思います。赤ん坊の社会認識は,こうしてその活動が始められてゆくのでしょ うが,その活動は,赤ん坊が生きてゆくことと切り離せられない関係になっていることを見落とさな いことが大切だと思います。      一

 やがて赤ん坊は,眼でものを見ることができる段階に進みます。そうすると赤ん坊は,こ

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の世界(社会)にはやさしそうな人から何か恐ろしそうな人まで,いろいろな入がいること

       り   ゆ   の

を知ることになります。 あやしにいろいろな人が近づいてくるからです。赤ん坊は,泣くという 本能的な「方法」でこの世界(社会)を発見したのですが,この段階に進むと,自分の眼という「方 法」を使うことによって,この社会がさまざまな人から成り立っているより大きな世界であることに 気づき,同時にこの社会を構成する入々を一やさしそうな入とか恐ろしそうな人とかがいるという風 に,ある意味では分析的に把えることができるようになる,といっていいのではないでしょうか。赤 ん坊は,自分の外にミルクをくれる人がいるといった形で獲得した「知識」を、この世界(社会)に はいろいろな人がいるという風にその「知識」を拡げたり,修正したりしてゆくことになっているの ではないかと考えられるわけです。赤ん坊はこのように,徐々に社会認識活動を強めてゆくのですが,

しかしその活動は,いまだ生得的な力の発現過程の枠内につなぎとめられているような気がします。

 ところが赤ん坊も2才頃ともなりますと一立派に幼児の段階なのでしょうが一これ何?あれ何?と それはもうしっこく聞くということが起こってきます。短気ものの大人など,ほとほと困ってしまう ことにもなるわけです。しかし,幼児のこの行為を社会認識活動の観点からみてみますと,これはす ごいことなのではないかという気がします。いうならば,生得的な力の発現過程の枠内で社会認識活 動を進めていた赤ん坊が,言葉という社会的磯文化的な道異を使って,この世界(社会)を構成する 諸要素のひとつひとつを確認する自覚的な「方法」を獲得し,また実際にその作業を始めたことを 意味しているからです。

 幼児は,言葉を媒介とした問うという「方法」の使い手になることによって,「社会」を対象とし て意識的に拡げはじめると同時に,社会についての「知識」を確実にふやしているといえないでしょ

うか。この段階にいたり,幼児の社会認識活動は,多分に生得的なカによりながらも,自己の意志に よって操作しうる活動の1つとして営むことができるようになり始めると考えられます。幼児は,不 充分ながらも自力で,ようやく自らのものとして,その社会認識を形成しはじめるのではないでしょ

うか。それゆえにこのあたりから,子どもの社会認識は,年令段階だけでは一律にくくれない種々の 姿をとり始めるのだと私は考えています。

 ところで幼児は,5才頃ともなると,どうして?なぜ?という問いを連発するようになってきます。

(無論そのように問わない幼児もいるわけで爵それは上にみたように,社会認識活動が生得的な力の 発現過程から相対的に独立してくるからだと思います。)さて幼児は,同じ問うという「方法」によ りながら,これは何か?から,これはなぜそうなのか?という風にその「方法」を深めてくるわけで すが,このようにその「方法」を深めることで,この世界(社会)のできごとを説明できる「知識」

を,つまりは説明力の大きいr知識」を得ることになるのだと考えられます。だから,情報源として 問われるにふさわしいとみなしている大入の側から納得できる「知識」を得られないかぎり,つまり 彼らにとって説明力の大きい「知識」を得られないかぎり どこまでも問うことを止めないという事       摯

態が起こるわけです。幼児は,まさしく自力で,説明力の大きい「知識」を獲得していっているよう に思われます。

 紙数の関係で大雑把にしかみれなかったのですが,子どもは赤ん坊から5・・6才頃までに,こうし て社会認識活動の1つのサイクルをさまざまな形で不充分ながらもたどり終わるのだと私は考えてい ます。社会を「対象」として意識し,社会に迫る「方法」を駆使し,社会についての「知識」を獲得 するという活動のサイクルをです。だから,6才から,今麗は意図的な社会認識教育を,計画的にし つらえた学校教育の場の中で行なうということは,時期的にもかなり当を得たことになっているのだ

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ろうと思います。しかし問題は,意図的に計画されねばならないはずの学校教育としての社会科教育 が,果たして新しい社会認識活動のための新しいサイクルをたどらせるような形で準備されているか どうかということになってきます。この問題を無視しては,これ以後の子どもの社会認識の発達を十 分に究明することはできないだろうと思うわけです。

 しかしそのまえに,ここで少し考えておきたい問題は,小学校に入学するまでにあるいは入学して からも,上にみたような日常的な生活の中での基本的な社会認識活動のサイクルをたどらない,たど りきらない子どもがふえているのではないか,という悶題です。その結果子どもは,社会についての 情報やザ知識」は多くもっているにもかかわらず,それらを獲得する「方法」をそれらにみあう形で 身につけれないようなことになっている気がします。データに基づかない以上,再び私の断定にすぎ ないのですが,社会認識を構成する「対象」とr方法」と「知識」の三要素がバラバラの形になって        軸 しまっている気がします。そしてこの事態は,子どもの社会認識の発達という点からいうと,非常に

問題ではないかと思うわけです。

 ではどうして,社会認識活動のサイクルをたどらない子どもがふえているのでしょうか。ここでの ポイントは.社会認識活動のサイクルを子どもがたどりきらないという点で,たどれないということ ではないという点です。つまり今の子どもたちは,社会認識活動のサイクルをたどらなくてもいいよ うになっているのではないか。そのため,そ:のようなサイクルをたどろうとするエネルギーが噴出し てこないのではないか,と思うのです。そしてその原因は今の社会状況と深くかかわっているように 思われます。

 子どもにとって,社会はいま,どのようなものとして存在しているのでしょうか。お金を出せば何 でもできあがったものを与えてくれる社会ですし,いろんな情報をさまざまな形で提供してくれる社 会ですし,もはや家事や労働を要求しない社会ですし,……。ここで問題にしたい点は,今の社会が,

      ゆ   ゆ      

子どもにとって,ものを作ったりことがらを知るといったプロセスをとても見えにくくさせている 社会であり,もっといえばそのようなプ貨セスをぶつ飛ばして最終の姿をr知識」や「もの」という 形で簡単に示してくれる社会になっているという点にあるわけです。

 子どもはわざわざ他者に問わなくても,納得できるまで問いつづけなくても,ものを作ったり育て たりするプロセスに参加する体験をもたなくても,調べる努力をつづけなくても,わけなく情報や

「知識」を獲得できるために,また一・方では,社会を知る「方法」を深めなくとも「対象」としての 社会を一挙に世界にまで鉱大して見せてくれるテレビなどのために,社会認識活動のサイクルをたど るエネルギーが噴出してこないのではないか,と私は考えています。

 実はもう少し追究すべき点が残されているのですが,紙数の関係で省略せざるをえません。最後に 少しだけ考えておきたいと思うことは,子どもの社会認識の発達と社会科教育をめぐる閥題について です。一体社会科教育は,臼常的な生活空間の場合とはちがった形で,新しい社会認識活動のサイク ルをどのようにしつらえることができ,またどうずれば,新しい社会認識活動のためのエネルギ〜を 墳畠させてやることができるのでしょうか。そして両者はどのように関係しあえるものでしょうか。

 いま私が考えていることは,子どもの社会認識が,その「方法」と関係なく「対象」の側面のみを 一挙に世界にまで拡大させてしまったり,「知識」の側面のみを断片的な形で肥大化させてしまった

りする傾向にあるとすれば,これら三者の間に存在するズレや矛盾を自覚させるような授業をつくり

出す必要があるのではないかという点です。また一方では,「対象」としての社会が一挙に世界にま

で拡大したり,社会についての「知識」が肥大化するということは,子どもたちにとって社会なるも

のが,心理的には既知の世界に転化することを意味するだろうと思います。しかしいうまでもなく社

会は,論理的にはそんなに簡単に既知の世界に転化できないわけで,そうだとすると,子どもに既知

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 とみなされているこの社会のことがらを逆に未知のことがらにさせる必要があると思います。その上  で改めて発見させてゆく,つまり疑以的に既知と化したこの社会を再発見させてやれるような授業を  つくり出す必要があるのではないでしょうか。思えば子どもは,生まれ落ちた瞬間からひたすら未知  の世界の発見をめざして,社会認識活動を進めてきているような気がします。そうだとすると社会科教育は,

 意図的な社会認識教育の中核として,これとは逆の方向が考えられていいのではないかと思うわけです。

  ところで,「知識」の量の増大や「対象」の拡がりが子どもをして社会なるものを既知に化すとい  うことであるなちば,その時社会は,眼に見える世界のことをさして言っていることになるのだと思  います。しかし社会は,いうまでもなく直接手にとって見ることのできない世界であるばかりでなく,

 構造的にも直接的には見えない世界であるわけです。それは実にさまざまなことがらが関係しあって  成り立っている世界だからです。先に示した二番目の点とかかわりますが,私は授業という形で,子 getどもに,この社会が見えない社会でもあることを気づかせてやる必要があると考えています。と同時  に,直接的には見えないこの社会も,類的経験としての共有財産とでも呼ぶべき科学の概念や方法な  どによれば見ることができることを,実際に経験させてやることが必要ではないかと思っています。

 この社会なるものが子どもたちが見ていた一あるいは見えていると思っていた世界とはちがった新し  い姿をもつものとして登場してくる時,その時,新しい社会認識活動に向けての新しいエネルギーが  子どもの側に帯出してくるのではないか,そんな風に思ったりしているわけです。

  最初窪窪では冷酪地で試みられてし る社会科のユンクな実践  f・とえば「土器をつく礫 を煮る」といった小学校高学年の歴史の授業や父母から田んぼを鞄警ち実際1こ米づくりをさせる  中でX粒の米が千粒にもなることを発見させた低学年の社会科の授業や,「働く人」と「道具」と  「原料」の三つの要素を「仕事」の中に見つけ出し,仕事の秘密を解いてゆかせる申学年の社会科の  授業など一から異体的な実例を示しっっ,上のような考え方を打ち出すつもりでしたが,結論を述べ  るにとどめざるをえなくなりました。他の機会にゆずりたいと思います。

 〔注〕

9)詳しくは,田中史郎「歴史意識の研究」『社会認識教育の理論と実践』葵書房1971,や朝倉  隆太郎「地理意識の発達過程と教育jr地理教育の理論と技術』明治図書1968,などを参照されたい、

2)たとえば,吉田昇「社会科における用語の使用概念の発達」 『教育心理学研究』Nの4,1959。

3)たとえば,倉石精一r社会認識の発達」 『教育学全集第8巻一社会の認識』小学館,1968。

4)たとえば9e YNagai,e£al.,eqPolitica五Soc重&lizati◎n of Japanese】ゐoPle漣、 Bulletin   of the To kyo lns t i tut e of TechRo・g ogy,Na 87,1968.

5)たとえば,佐島群已「児童生徒の環境に対する意識調査」 『倉本社会科講究会発表資料』,197&

6)たとえば,天野清「労働概念の発達」1,羅,Pt,『N本教育心理学会発表抄録』1963e 64,65。

7)日本社会科教育研究会編『歴史意識の研究』第一学習社,1971。

8)「幼⑳小年期の社会認識」『現代教育学第13巻一社会科学と画集II』岩波書店,1961。

9)短大生レベルのものとしては,藤岡信勝「高校生・・短大生の社会認識」 『北海道大学教育学部紀  要』 第二五号,1975がある。

10)久津見宣子「土器をつくり,栗を煮る」 『ひと』第59号,1977。

91)近藤貞巳「一粒から千粒へ」¢人聞とはなにか一ものをつくる授業』太郎次郎社,1975。

12)鈴木正気ll川口港から外港へ一小学校社会科教育の創造』革土文化,197&

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参照

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