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戦時体制下におけるわが国の職業指導
職業指導研究室 山 下 恒 男
黶@ (昭和49年10月11日受理)
しかし,戦時体指『ドの職業指導は典型例としてのみ意
● ● o ● ■
味があるのではない。
1.問題の所在 現在のわが国が全体主義国家と言い得ないとしても,
はじめに,「戦時体劉下」という,現在のわが国にと それはある日突然出現するものでない以上.今の私たち
r チては過ぎ去ってしまった時代の職業指導というものを, の生活と連続している。けっして切り離されてはいない 今日あらためて問題にすることの意味について少し考え のである。また,国家的要請と個人的要求とは,ユート てみたい。戦争中(ここでは昭和6年の「満州事変」開 ピアならぬ現在の世界に澄いては,ことごとく対立せざ 始から,昭和20年の太平洋戦争における日本の敗北まで るを得ない状況にあると言えるだろう。
の約15年を考える)の職業指導については,それが極限 それゆえ,一つの極端な例ともみえながら,同時に今 まで進められた国家的統制のもとで行われたということ 日の職業指導とけっしてつながっていないことはない,
もあって,わが国の職業指導の歴史における恥部とみる 戦時体制下の職業指導というものの実態を私たちはみて もの,あるいは,この時代には職業指導は「存在しなか 知く必要があるだろう。
った」とみなしたいものまで,たんに否定的というより もうひとつ,私たちは「国家」というやや抽象的なコ は,そうした歴史と無関係でありたいとする暗黙の了解 トバを用いてきたが,現実にはもっと身近で(?),具
が関係者の問に存在してきたようである。 体的な法律であり,行政機構であり,そこに於ける人間ところで,職業指導そのものの歴史は浅いにもかかわ であるのである。法律は廃止することが出来るし,行政 らず,さまざまな職業指導が存在して来たし,現に存在 機構は改革すればよい。しかし,人間というものは,容 している(アメリカの職業指導,ソビエトの職業指導)。 易に変わるものではないし,変えられるものでもない。
そしてどのような職業指導のあり方であるかはまたその 戦争中の職業指導を含むさまざまな国策を支えたのは(し
時々の社会的状況に規定されてきている。 ぱしば言われるように),ひとにぎりのファナティック「どのような職業指導」ということを考える場合,そ な人間というよりは,どこにでもいるごくあたりまえの れは国家と個人のそれぞれに対して,どのように役立つ 多数の人々なのである。そして,日本の敗戦と共に,再 か,という視点から考察することも可能であろう(もち びあらたなる国策,価値につかえているにすぎないので うん,何らかの制度的裏付けがあって初めて現実に機能 ある。
し得る職業指導というものが,個人の側には決して立ち もちろん,とりわけファナティックな人間も,先頭に 得ないとみる立場もあるであろうが,ここではそれをと 立って国民を抑圧した人間もいるし,彼等のうちのある
りあえず無視することにしよう)。その場合に,国家が ものば敗戦後そのまま「民主的な」職業指導のリーダ 個人の上に絶対的権力をもって君臨し,支配したところ 一の一人へと変身し得たりもしている。そして一方では,
で存在した戦時体制下の職業指導というものは,「国家 若干の「抵抗」の姿勢を示そうとした人もいる。
優位」の一つの典型例を与えてくれるであろう。とりわ だから,私たちは彼等一人一人の「評価」を誤っては
け,昭和10年代のあいつぐ制度的改変の過程(後述)に, ならないのであるが,そうした人たちを過去の入々とみ 職業指導が平時には身につけているところの多面性と曖 るのではなく,現在私たちの周囲にもおり,場合によっ
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昧さというぜい肉が澄とされて.文字どおり露骨な国家 ては私たち自身かもしれないという視点からもみすえる
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的要請というものが,どのようにして貫徹されて行くか 必要があるだろう。
を,私たちはみることができる。 なお,本稿では職業指導といっても,特に「学校職業
一
12を 茨城大学教育学部紀要 第24号
指導」を考察の対象としている。そして,雑誌「職業指 家の統制に依るものに移行せねばならなくなったのであ 導」(文部省構内大日本職業指導協会より昭和3年以来 る。
毎月発行されている。昭和39年以来は「進路指導」と改 ここでいう,国家の統制による労務者の配置は,例え 題されている)のパツク・ナンバーを主たる資料源とし ば昭和14年の「労務動員計画」などによって実質化され て,戦時体制下の職業指導の体制,理念,内容の三方面 ているが,この計画も「生産力拡充計画」「物資動員計 について考察を加えている。 画」「交通電力動員計画」「資金統制計画」等と並行し
て出来て澄り,あらゆる側面から臨戦体制を支える国力
2職業指導の統制化の過程と背景 の増強,・効率化〃を図っていることがわかる。まこと2−L 「人的資源」の開発による高度国防国家の建設 に近代戦は 総力戦〃であることを示しているものであ もともと日本における職業紹介は 社会事業的色彩 る。とりわけ,各種資源に恵まれず,経済封鎖の中で国 をもっていたといわれている。そして,職業紹介あるい 際的孤立を深めていた日本にとって,「人的資源」の開 は職業指導の法令による規定もゆるやかで,「職業紹介 発は緊要事であり,それはたんに直接的戦斗要員として 所」も原則として市町村によって経営されていたのであ だけではなく,軍需産業を始めとする各種産業の労働力,
る。また学校職業指導も(文部省は昭和2年「児童生徒 日本が侵略していた中国大陸や「南方圏」への各種移民 ノ個性尊重及職業指導二関スル件」という訓令を発して の要員としてもいくらでも必要であったのである。
いるが)それほど明確な位置づけが与えられていなかっ だから,昭和16年8月29日の閣議でも労務緊急対策が たといってよいだろう。 決定し,軟戦時体制下の国家は,国民中一人の不労者,
それが,昭和13年になると大正10年制定の職業紹介法 有閑者,無職者なきことを要請するQ−一億国民は宜しく を改正して,「労務の適正なる配置を計る目的」を以っ 勤労の国家的重要性を認識し,勤労報国の誠を致されん て,職業紹介所の国営移管が行なわれた。そして,昭和 ことを望む とされたのである。
16年2月からは名称も「国民職業指導所」という,より統 そして,かつては労働力としては二義的にしかみなさ 制色の強いものに変っていったのである。さらに,昭和 れていなかった,新規国民学校修了者が,重要左労働力
15年には「青少年雇入制限令」が制定されている。また, の供給源として重視されるようになり,ここで学校職業 学校職業指導も昭和16年に始まる国民学校制度の実施に 指導そのものが,国家的要請のもとに枠をはめられたの
より,法令的に明確な位置づけがなされると同時に,国 である。また,女子も「代替労働力」として男子の穴う 家本位の職分奉公教育(後述)という役割が課せられた め的に求められ,婦女子の労務管理も職業指導の大きな
のである。 テーマの一つとなって行くのである。本稿では詳しくは述べないが,上にその一端をみたよ
2−2 職業行政の機構うに,昭和6年のいわゆる満州事変以後,年を追って職
業紹介及び指導に対する統制は強められ,いわばゆるや 昭和13年までは内務省社会局の職業課が職業行政を担 かな網をキリリとしめあげるようにして,国民一入一人 当しているにすぎなかったのが,戦時色の深まりととも の職業的行動が制約を受けてゆくのである。 に厚生省職業局が誕生し,この厚生省の委任を受けて各 職業的行動の国家による統制こそ,戦時体制下の職業 道府県の職業課が管内の国民職業指導所の監督指導に当
指導の最大の特色であることは言うまでもない。鈴籍 るようになっていった。次に参考までに,昭和16年当時(昭和17年)によれば,u然るに我が国は今や満州事変 の職業局の機構とその業務内容をあげておく。1)4 に次ぐ支那事変,更らに世界各国の経済封鎖の中に立ち, ←う総務課
¶伸
V東亜建設目的に遭進しなくてはならず,高度国防国家 α)国民職業指導所の監理及び監査に関する事項(・)国民
の体制を自給自足の内に樹てて行かねばならなくなった。 職業指導所職員の養成に関する事項創職業紹介委員会 国防国家を樹立するためには先づ金属機械工業或は化学 に関する事項(二)職業適性の調査に関する事項爾労務
資源の調査に関する事項←)他課の主管に属せざる事項工業等の工業部面を振興しなければならぬ。此処に国全
仁)業務課
体を通じて産業の大変革が必須となり,経済機構も在来 (イ)労務要員の斡施充足に関する事項(・)職業指導に関す ・ ・ . o ・ 璽 ●
フ自由主義的体制を改廃して,国家全体主義の統制経済 る事項の入営者職業保障法の施行に関する事項(二)労
● . ■
とし,これに伴う労務者の配置もイ臥の自由就職から国 務者の募集,労務供給事業及私営職業紹介事業に関する
山下:戦時体制下におけるわが国の職業指導 125
事項爾労務者の使用及雇入の規則に関する事項の其 所及国民学校二対シ予メ其ノ方針並二実施方法等ヲ指示 の他職業紹介事業に関する事項 シ,国民学校ハ国民職業指導所ト緊密ナル協力ヲ保チ之
∈)登録課 ヲ実施スル・ト
α)国民職業能力の登録に関する事項(口)国民徴用に関す 二 道府県ハ国民学校ヲ修rスベキモノノ中厚生省ヨリ割 、
る事項の労働手帳制及従業者移動防止に関する事項 当テラレタル労務動員産業二就職セシムベキ員数及農業
四技能課 二従事セシムベキ員数ヲ国民職業指導所二割当テ,国民
α)技能者の養成に関する事項(口)幹部機械工の養成に関 職業指導所ハ更二之ヲ管轄区域内ノ国民学校二割当テ通 する事項の技能者検定に関する事項←)技能検査の施 知スルコト
行に関する事項体)学校卒業者使用制限に関する事項 右割当二付テハ特二各地方二於アル農業生産二必要ナル 伍)転職課 労働力ノ過不足ヲ考慮シ農業生産二支障ヲ来サシメザル
α)職業転換の指導に関する事項(の国民勤労訓練に関す 様留意スルコト
る事項を・)職業輔導に関する事項(二)授産及内職の施設 三 国民学校ハ同校ヲ修rスベキモノノ中ヨリ右割当数ヲ 、
に関する事項㈱其の他失業対策に関する事項 確保スルコトヲ目標トシテ労務動員産業二就職セシムベ キモノ及農業二従事セシムベキモノノ候補者ヲ予定スル
2−a 国民学校における職業指導 コト
昭和16年になると国民学校令が出され,それまでの小 右候補者ノ予定二当リテハ学籍簿記載事項等ヲ参酌スル
ト共二児童ノ個別的相談ヲ行ヒ必要二応ジ其ノ父兄ノ意学校という名称が用いられなくなった。それとともに,
見ヲ徴シテ児童及家庭ノ各種事情ヲ充分考慮スルコト
走ッ学校の卒業生が労働力の供給源としてあらためて位
uづけら姻民学校と職業指導の醗論じら鳩 四・.謙饗罐纏手τ鵡雛例えば山崎博2)は国民学校令同施行規則と職業指導の 身体検査及畑能検査ヲ実施スルコト
解釈 紹秘6年)幽いて・晦外発展の指導」「教 磯検査一集団髄.在,テ.、桐原式琳(信拭
育の具体化と職分奉公の指導」 「個性適応」等の職業指 淡路式又ハ田中式二依リ個人検査二在リテハ鈴木(治)
導で力説してきた項目が国民学校施行規則に明示された 式又ハ久保式二依リ之ヲ行フコト(以下略)
として,特に、、職業に対する観念を正しく国家に依って
示されたこと 職業陶冶と一般陶冶とを融合一体と見 次に,昭和17年11月2日の文部次官通牒「国民学校二 るに至ったこと 職業指導の国家的意義の強調が感ぜ 於ケル職業指導二関スル件」より,国民学校職業指導実 られること〃に意義をみいだしている。また第二十条三 施要綱の一部を抜き出してみる。
項の「職業指導二関シ必要ナル事項ヲ授クベシ」につい
ては, 即ち将来の職業生活に対して適切な指導をして・ 一、国民学校二於ヶル職業指導ハ児童二皇国民トシテ将来 職業を通して皇運を扶翼し奉り,国運の発展に貢献する 国家ノ要望二即応セル職業生活ヲ営ムニ切要ナル基魎 素地を培養するにあり,之れが事項内容とは,産業の状 修練ヲ為スヲ以テ主眼トス
勢時勢の進歩と社会の推移に照らして児童の性能,環 二、国民学校二於グル職業指導ハ其ノ目的達成ノ為左記事 境職業の種類に適応する必要なる事項を授けて,職業 項ノ実施二力ムルモノトス
に対する理解産業の国家的使命の自覚をあたへ,産業 イ・国体二対スル信念二透徹シ献身奉公ノ実践力ヲ有スル を通じて国に報ずるの信念等を酒養するのである〃と解 皇国民トシテ必要ナル職分精神ノ昂揚二力ムルコト
口.国民生活二必須ナル基礎的職業知識ノ啓培二力ムルコト 釈を加えている。
ハ.基礎的技能ヲ修練セシムルト共二職分完遂ノ為必要ナ
これ以後,国民学校修了者の職業指導に関しては,さ ル体力ノ錬磨二力ムルコト
まざまな指示が出されているが,その中から2つを資料 二.世界二於グル皇国ノ地位ト使命トヲ自覚セシメ海外発
として紹介しておく。一つは昭和16年9月20日厚生省 展ノ思想ノ酒養二力ムルコト
職業局長と文部省普通学務局長の連名の「国民学校修了 魂正シキ進学ノ理念ヲ把握セシメ進学指導ヲ適正ナラシ 者ノ職業指導二関スル件」で,次に示すのはその一部である。 ムルコト
へ.国家ノ要請ヲ認識セシムルト共二選職及就職ヲ適切ナ
国民学校修了者ノ職業相談実施要領 ラシムルコト
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グルコト 適職で我も興亜の一戦士
養成工明日の日本の土台石3戦時体制下の職業指導の理念 適職と努力で築け新東亜 3−1・雑誌「職業指導」にみるスローガンの変遷 職業へ民一億の赤裡
雑誌「職業指導」の表紙には,題字のかたわらにスロ 国の為子の為選べ先づ適業 一ガンともいうべきものが刷り込んである(年にょって 児童 生徒之部 特選(五名)
な暢合もある).いま,こころみにその変遷舷どっ 励め麟生み翠甑
戦時下の職業戦線赤たすきてみると,創刊の昭和3年から昭和8年までは「個性尊 銃後の職場は僕等の戦地
重」がかかげられている。それが昭和9年に消えて,以 職業に一億民の総動員
後昭和13年まで続く・そして昭和14年になると「長期建 建設東亜職業第_
設」が打ち出される。昭和15年は「新東亜建設」である。
ところが昭和18年の2月号から再びなくなり,20年3月 この特選五名の他,一般,児童・生徒之部それぞれ,
には休刊してしまう。そして,敗戦後の昭和21年には再 佳作十名,選外佳作二十名の標語が掲載されている。応 出発するのであるが,そこでは「個性完成」があらたな 募者の所属は一般では,教員,職業紹介所員,その他で スローガンとなっている。 ある。全体(佳作等を含めて)に頻出する言葉としては,
このようにみてくると,わが国の職業指導は 平時 国策,東亜,職業報国,聖戦,銃後,適職産業戦ぜ
には「個性尊重」をうたい,非常時にはそれが無視ある などがあげられる。
いは否定されていることがわかる。 この時点ではまだ「適職」という言葉が出てくるが,
上記のスローガンのうち,「長期建設」「新東亜建設」 敗戦に近づくにつれて,そうした 科学的 な言葉は使 は,「高度国防国家」あるいは「大東亜共栄圏」の完成 われなくなり,より情緒的な感情にうったえるような言 に寄与し得る職業指導というほどの意味である。昭和14 葉によって占められてゆくのである。
年の雑誌「職業指導」には長期建設をうたった論説が散
見されるが,その一つ 長期建設下に於ける職業指導者 3−3 r個性尊重」から「職分奉公」へ
と教育者 (谷野厳)3)に於ては,学校に於ける職業指 3−1,3−2でもみたように,戦時色が深まるとと
導は 国家の人的資源の強化の為の一指導に外ならないゲ もに,職業指導の理念は「値性尊重」から「職分奉公」
として, この人的資源の強化こそ今次の長期建設の基 へと移って行く。それは 個人本位の立身出世主義から 礎工作に対する答案 であると述べている。 国家本位の職分奉公主義への移行 4)86でもあった。こ
また,「職分教育」とは3−3でもみるごとく,各個 のことは職業指導の定義の推移にも明確にみることがで 人は職業生活を通じて勤労報国をすることが国民として きる。次に掲げるのは 改正職業紹介法が議会に上程さ
の義務であるという考え方を徹底させるものであった。 れた際,政府当局が職業指導の意味を解釈したも¢∫ 1)23
である。3−2.「時局下に於ける職業指導標語」
雑誌「職業指導」は昭和14年の9月号に於て,職業指 璽職業指導トハ,之ヲ略言スレハ個人ヲソノ適職二配置ス
導の標語を募集している。内容は璽璽職業報国を強調した ル為行フ計画的ナルー連ノ行為ヲ謂フ。何力適職ナルヤハもの となっていて,例として,イ.国策と職業選択← 個人ノ個性及国家的経済諸事情ヲ綜合シテ判断スヘキモノ 般,児童生徒),ロ.養成工への認識(一般,児童生徒), ニシテ単二臥ノ素質又ハ性向ノミニヨリテ定ムヘキモノ
二非ラス,而シテ適職二配置スル為ニハ個性ノ発見,職業ハ.児童の1>構に関するもの(児童),二。吾が子に対
的関心ノ誘導,職業知識ノ授与及職業分析(該当職業ノ精する父兄の理解を促すもの(一般),があげられている。 神的身体的所要性能ノ分析)等ヲ行フト共二,国家的,経
この標語の当選発表は同年の11月号誌上で行われてい 済的諸事情並労働事情ヲ斜酌シテ適職ノ選定ヲ助ヶ,且之
る。その一部を以下に紹介しておく(当選者氏名と所属 二就職セシムルヤウ斡旋スルコト必要ニシテ,之等ノ指導 は省略する)。 的行為ヲ総称シテ職業指導ト謂フ。・
一般之部 特選(五名) この定義を,昭和2年の文部省訓令第20号 児童生
屯
山下二戦時体制下におけるわが国の職業指導 12?
徒ノ個性尊重及職業指導二関スル件 における,「児童 戦時体制下には様々な領域で「日本精神」が叫ばれた
生徒ノ性行知能,趣味,特長学習情況身体ノ情況 が,ここにあげた「日本的職業観1も,その一つの例で 家庭其ノ他ノ環境等ヲ精密二調査シ教養指導上ノ重要ナ ある。そこでの主張ばまず米英とわが国の違いを強調ル資料トナスコト」「個性二基キテ其ノ長所ヲ進メ卒業 し,わが国では個人のうえに国家が優越していることを 後二於ケル職業ノ選択又ハ上級学校ノ選択等二関シテハ 説くのであるが,それは決して個人の「犠牲」のうえに 適切ナル指導ヲナスコト」にくらべてみた場合,その違 なりたっているのではなく,「国体」とか「大和心」と
いは明白であろう。 いった合理的分析を拒否するもののうえになりたっていここでは,何が適職かは個人の素質や性向だけできめ るということである。
るべきではなく,個性と「国家的経済諸事情」を綜合し しかし,さすがに「日本的職業観」を強調するのは,
て判断すべきであると言っているのである。そして,戦 女子の勤労の位置づけの場合をのぞいては(皇国女子勤 時色の深まりとともに個性は「国家的諸事情」の前には 労観),戦争末期の他にはあまりみられないようである。
無視されてゆくのである。イ臥は「職分」をつうじて国
@ 4.戦時体制下の職業指導の具体的内容家に奉仕することを強制されるようになるのである。 4−1. 国民学校修了者に対する職業指導の内容
3−4 日本的職業観 鈴木信1)30〜は,国民学校修了者に対する職業指導の
川崎搾)は, 決戦下の高等科修了生への期待 (昭 主要な事項として,←→個性の調査(ゴ職業精神の洒養 和19年)の中で「日本的職業観の樹立と実践」を論じ, (三)職業知識の啓培,(四)職業調査(職業分析を含む)・伍)
自己を空無と観じ,奉仕観に立つ職業の見方を,日本 職業相談(六)就職斡旋,(七)就職後の補導、をあげている。
的職業観といふのである と述べている。 このうち,「職業精神の酒養」以外は現在の職業指導で 彼ば米英の職業観を 個人主義自由主義の上に, もうたわれているものであるが,その内容をみた場合は
立てられたもので,職業は利益獲得の方便 とし,また かなり違っている。
独逸の職業観は その本質に於て,利益追求,闘争を根 ここでは,まず「個性の調査」の内容を鈴木からみて 抵とする職業観ではあるが,国民たるものは,国家興隆 みよう。彼は個性の調査には,(一)精神的方面・(ゴ身体的 のために,民族発展のために,すべてを忍ばねばなら認 方面,(三)社会的(家庭を含む)方面の三方面があると言
ところの腔犠牲的職業観 と言っている。 う。
そして,日本の職業観については, 精神的方面とは,イー般知能ロ.特殊性能へ情意及 性格,モ徳性,ホ言語へ容儀,ト趣味,チ悪癖,肱学
科成績であり,身体的方面は,イ.体格,ロ.力量及運動 然るに,我が国の職業観は,元来国体に淵深し,徹頭徹尾自
己を空無1こし,何等他に求むることなく,職業を以て,上 力,へ視力及色神・r聴力・ホ栄養・へ一般健康状態・
御_人に随順し,国家に奉仕するものであり,他との関係 L皮膚 を含んでいる。また・社会的方面は・柔家庭員 は「務」で結ばれ,「大和」の精神をその靱帯とすること 数旦家庭ノ経済状況・ご住居ノ環境交通関係r交
に,特徴がある。今この三っの職業観を対照して,その根 友関係,である。, 本に於て,如何にその質を異にしているかに,深く思をい 鈴木によれば,電璽此の個性調査では身体的方面は医師 たすべきである。然るに,我が国は明治以来久しきに亘っ の協力が必要であるが,一の精神的方面と三の社会的方 惹米英の職業観に害せら札完全に国民各層の骨の髄ま 面は教師が主として行ふものである(勿論家庭との連絡 で浸透していたので今尚無意識ながら誤れる職業観に が重要である)。然し此の内一般知能及び特殊性能中の
立ちて,生活しているものが,皆無とは言われない。実に@ 目測以下の諸項目については特に心理学的知識を取り入
職業観の転向は,文字や言葉の上では容易であるが,実際@ れて客観的な心理検査を実施する必要がある。
カ活での転換は至難であると言はざるを得ない。併しこの
@ とにかく,現在とくらべて非常にこまかな基準をもう職業観の転回は,我が国の存立上絶対的の事柄であって,
けて個人を把握しようとしているが,特に「精神的方面」若し不可能であり,不徹底であるならば大東亜戦争の完
逐も,共栄圏の確立も一場の夢と化するであろう。今や決 に「徳性」「言語」「容儀」「悪癖」などを含んでいる
戦第三年に突入して,完勝への道は,一に懸ってこれの切 ことが注目される・替へに在ると言っても過言ではない。 次に,「職業知識の啓培」とも関係することであるが
L
128 i茨城大学教育学部紀要 第24号
戦時体制「ドにおいては,就職に関連して各種の法令が公 るが,めまぐるしいばかりの国家情勢の推移により,幾 布されており,これら(例えば,労務調整令に依る就職 多の補修すべき教材が存在するから,情勢に即応して適
退職の制限技能者養成令,国民職業能力申告令,臣民 切に改変深化させて取扱ふことを要する。例へば,L軍徴用令,賃銀統制令など)に関する知識を生徒に与える 需産業,わけても航空機増産への躍進的集中,2.男子従 ●ことも重要な仕事であった。 業禁止職種の指定(厚生省告示第556号),3,徴用範囲
また,後述のような「満蒙開拓青少年義勇軍」,ある の拡張強化,4。一般法文科専門教育の停止,即ち徴兵猶 いは,「陸軍少年兵」,「海軍少年兵」などの募集要綱 予の停止,5.女子の勤労動員の強化,等の国内必勝態勢 を周知させ,またそれに応募することの意義を説くこと の強化に即応して教材の補修を要する部分が数多くある。
も,国民学校職業指導の一環として行なわれたのである。 是等は勿論それに即して補修指導さるべきであるがそれ と共に積極的には,かくするを必要とするまでに至った
4−2.職業指導の教材 戦局の重大さに思ひを致さしめて職業入としてこの尊き次に職業指導の教材は国によってどのように準備さ 使命を自覚覚悟をより一層強化せしむべき極めて恰好な
れたのだろうか?ここでは,昭和17年11月2日発国1 教材と思准されるのである。 と述ぺている。号次官通牒「国民学校職業指導二関スル件」に基づいて もちろん,これ以前にも,昭和18年3月号より「職業 編集された,文部省検定の国民学校職業指導教科書をと 指導」誌上においては,「国民学校職業指導教材委員会1 りあげてみる。この教科書の作成経過については西垣実6) の名のもとに,毎月の職業指導の行事及教材についての
(昭和18年)に詳しいが,半年にみたない間に作られた 解説が行なわれている。これによって,学校における職 もので,その編集の主体は大日本職業指導協会である。 業指導の方向を具体的に導き,内容を徹底化させ,あわ 教科書は高等科第一学年用と二学年用の全二冊である。 せて時局の推移に即応させる役割を果そうとしたと思わ
次にその目次を示して澄く。 れる。そして,雑誌の記事中におけるこの種の資料の比重は,戦局の深刻化にともない増大していっている。
第一学年用 第二学年用 いま,こころみにその中から昭和19年12月の初等科
第一課 働くうれしさ 産業戦士 第六学年一月教材8)を取り出してみる。題目は「職分奉第二課 職業のさまざま 国民動員 公一護国神社の朝一」であるQ劇形式のこの教材の 第三課 わが住むところ 適材適所 内容は,卒業を目前にひかえた5人の六年生が護国神社 第四課 職業の大勢 進学の話
の境内を清掃しながら,卒業後の進路を語り合うという第五課 瑞穂の民 就職の話
ものである。まず,春男が「……学校を出て皆これから第六課 我は海の子 職業の体験
どういふ風にやっていく気か,今日おとうさんやにいさ第七課 地下の宝 女性の力
第八課 機械とともに 能率と人格 んのいらっしゃるお社の前で話しあはうじゃないか。」
第九課 物の配給 作業の安全 ときり出し,次郎が「それはいい考へだね。おとうさん 第十課 輸送と通信 職業と保健 やにいさんはお国のために職分をつくして神さまにおな 第±課 公務自由業 余暇の善用 りになった一その血すじをひいた僕たちが,自分たち
第圭課少年兵 晴れの門出 限噛か鮒れば,神さまは喜んでは下さらないよ.」
粘課国民のっとめ 徽為宇 と答える.そして,各自湘分の家庭の舗を説明し,それ
それの希望を語り,それについて若干の意見の交換がある。
ここに掲げた目次だけからも,戦時下の職業指導の雰 (春男)飛行兵志願へ一空へ征け征け,(道子)飛行
囲気をうかがうことができるが,これさえも「時局の進 機工場へ一前線へ航空機を,(花子)牧場の搾乳作業 展1により,修正あるいは増補をつねにせまられたので 員へ一牛乳は大切な兵器,(武夫)中学校へ一.科学,
?驕B の勝利のために,(次郎)農夫ヘー一日土の顔を見な
例えば,山内平7)は 補充教材による教科書の活用 いと気がめいる。こうして,最後に全員が覚悟と信念を
(昭和19年)に澄いて, 該教科書は(中略),昭和18 語り,武夫「どんな時でも,自分の仕事は天皇陛下の御
年度より新しく使用されるに至ったばかりのものではあ ため,御国のためになるのだといふ信念をかたく持って
山下:戦時体箭Fに詮けるわが国の職業指導 12g
行きませう。世界に類のない萬世一糸の皇室をいただく 未婚の女子に対しては「女らしさを失はしめない配慮」
国民の一人として,いつもその御稜の大御光に輝らされ も無視することは出来ず,それが当時にあっては解決せ ているにふさはしい覚悟を持って生きていきませう。」 ねばならぬ矛盾としてあったと思われる。
としめくくられている。 次に,前節で出てきた国民学校職業指導教材委員会に ここで,「教材観」としての注釈に「『国家諸般のこ よる高等科一学年二月教材「女子と職業」9)から,その とを分担して天皇に奉仕するつとめ』が我が国の職業の 間の指導をどのようにしているかをみてみよう。
本義であり,ここに分与されたものが即ち職分である。 教材では「時代の要求と女子の使命について次の事柄 この職分に徹して御奉公し国運の進展に寄与することが を説く」として,
職分奉公である。本教材はこの趣旨を劇形式によって巧 (1)従来,我が国の女子は専ら家庭の入として,良妻 みに表現し,読了の間に自然に会得させるやうに仕組ん 賢母たることを使命としてきたので,家の外に出て一定 である。殊にすべてが護国神社の社前に展開されて行く の職業に従事することは稀であったこと。
ところに作者の意図が如何に軍国の隆盛を祈り職分奉公 (2)然し近年産業の発達や職業の分化等によって女子 ・
の意識昂揚にあるかを把握する必要がある。随って理論 に可能な職業が著しく増したこと。
的に職分奉公を取扱ふのではなく,情意的感激を通じて (3)特に支那事変を契機として,出征入営等による
職分奉公を了得させるべきであらう」と述べられている。 男子勤労の不足を補ひ,且生産増強のために殆んどあら
ここでは二つの点に注意する必要があると思う。第一 ゆる産業分野に女子勤労が要求されるようになったこと。
は,戦争という目的の為に,職業が他の諸行為と混同さ (4)国家も女子の勤労については十分に意を用ひ,女 れてしまっている。あるいは「職業」という概念がすで 子本来の使命を阻害せぬやうに努めているから,進んで に喪失してしまっていて,すべて天皇に対する奉仕の諸 時局の要請に応じて就職すべきこと。
形態にすぎなくなってしまっている,ということである。 の4点をあけている。このようにして「良妻賢母」たる 第二の点は,職業指導が「理論的」にではなく「情意的 ことと「時局の要請」にこたえることの両立をはかろう 感激を通じて」行なわれているということで,この教材 としているのである。
の「取扱上の注意」にも 飽くまでも情意的に取扱ひ,
4−4 満蒙開拓青少年義勇軍について理屈っぽい説明は避けることと強調されている。これ
らの点は戦時下の職業指導の特色としてあげることがで ここでとりあげる「満蒙開拓青少年義勇軍」(以下「義
きるだろう。 勇軍」と略称)とは,昭和13年以降具体化された「満州国」への青少年武装移民である。その詳細については,
4−a 女子の職業指導 塑笙_郎lo)の「満蒙開拓青少年義勇軍」(中公新書)に
とりわけ女性に焦点をあててその職業指導が強調され よって知ることができる。
かみ
スのも,戦時体制下の一つの特色である。それは,もち 「義勇軍」は敗戦によって崩壊し,上によれば24200
うん男子労動の不足の代替として求めら嫉ものであ 名の雛者を出して終っている.同じく笠よれば・そって,「男子は戦線に,女子は生産に」であった。 の悲劇の本質は,少年たちが中国人への加害者でもある
その場合の問題点としては二つあったようでP第一は と同時に被害者でもあり,さらにいえば加害者兼被害
女子が就職すべき職種の選択であり,第二は一般婦女子 者に強制的に仕立てられた ところにあった。
の中から,特に就職させるものをいかなる基準で選ぶべ ここでは,この「義勇軍」の募集がいわば学校職業指 きか,という問題であった。これらの点が問題になった 導の一環としてなされた点に注目してみたい。
のは,「女子の特性」という観念が強くあったためと, 雑誌「職業指導」をみると,すでに昭和11年に「満
それと関連して,他方においては母性として又家庭の主 蒙」への少年の就職に関する記事11)・12)が散見される。
婦としての役割を果すようにという国家的要請もあった 昭和13年になるとはじめて 「義勇軍」関係の記事1のが
が為に,それとの調和をもはからねばならなかったから 出現する。そして,昭和14年には中国大陸に関する記 であろう。 事が次第に増加し,一方では 内原訓練所見学記④ のつまり,女性としての独自の任務が「よき子女を産む ようなものも掲載されている。これは「義勇軍」の少年
ことと之をよき子女に育てること」と考えられていたし, たちの内地訓練所で茨城県東茨城郡下中妻村字内原に130 茨城大学教育学部紀要 第24号
あった。昭和15年の二月号の特集は〈大陸発展〉で, 四 右各項実施二当リテハ勤労報国ノ精神ヲ基調トシ内地 、
「論説」とともに「義勇軍」等の「大陸視察報告」が載 農山村二於ケル寡少農ノ絶滅ヲ目的トシ明朗新日本農村 せられている。 ノ建設及大陸日本ノ創造ハ児童ノ将来二於ケル重大ナル
責務ナルコトヲ自覚セシムル様訓育スルコトところが,昭和16年12月に太平洋戦争を開始し,緒
戦に勝利したあとは,「南方圏」にも目が向けられるよ 五、青少年義勇軍応募希望者二付テづ充員計画二重大ナル
支障ナキ限リ他種産業二志望ヲ転換セシメザル様指導ス、になる。昭和17年の二月号の特集は「共栄圏と職業
鷲籍騰騰驚器麓嘉驚六騨不適儲一体強一聯一
ルコトから翌18年の噸までは,中国大陸に関する記事より 七糠紹介所一4・轍・連携略郡・・一個刈・隊(・・
も,むしろ「南方事情」のようなものの方が多いようで 落)ヲ選出スル様措置スノレコト ある。しかし,18年後半はまた「大陸」関係の記事が優
位になり,昭和19年になるとそれもほとんどみられな これらの資料からも明らかなように,「義勇軍」は「海 9
ュなっている。戦局の推移がそのまま雑誌の編集に反映 外発展」という職業指導の事項にもうたわれた「国策」
しているのをはっきりと読みとることができる。 にそって,日本帝国主義の中国侵略の一員であったとい ここで,政府より出された通牒から「義勇軍」の性格 う性格と同時に,いわゆる貧農の次,3男対策としても をみてみよう。次に示すのは,昭和14年10月19日づけ 期待されたことがわかる。事実,上掲の通牒iの別記1「青 で,拓務省拓務局長,文部省普通学務局長の連名で出さ 少年義勇軍二対スル職業指導要項」の十四には,哩電左記
れた拓亜2第1551号「小学校卒業者ノ職業指導二関ス ノ者ハ積極的二応募スル必要アルコトヲ強調スルコト ル件」である。 として,その第一に「寡少農,余剰労力多キ家庭ノ次三男以下ノ者」があげられている。応募資格は.数え年十 小学校卒業期二於ヶル児童ノ職業指導二於テハ昭租3年 六歳から十九歳までの者で,尋常小学校を卒業した者な 10月26日附職発第343号厚生省職業部民文部省普通学 ら身体強健でさえあれば誰でもよいという方針であった。
務局長通牒二依リ実施セラレツツアル庭国民ノ海外発展特 かくて,ささやかな「自分の土地を持つ」という望み 二満州国ノ生成発展二貢献セシムル満蒙開拓青少年義勇軍 を満たしてくれるだろうという期待をもって,少年たち ノ送出ハ大陸二於ケル長期建設及日満一体不可分ノ実質的 は次々と「義勇軍」に応募したのである。しかし,現実
関係ヲ強化スル方途ニシテ現下我国ノ重要ナル国策ナルヲ には厳しい訓練,劣悪な環境条件等もあって,次第に応
以テ小学校二於ヶル職業指導二当リテハ満蒙開拓青少年義
@ 募者が減少するようになった。聡そうなると困ったのは
勇軍ノ趣旨ノ普及徹底ヲ図リ児童拉二父兄ヲ指導シテ適格拓務省で,文部省をと診して地方長官や学務部長に通達者ヲ多数応募セシメ以テ満州開拓ノ重要国策逐行二寄与セ
を出し,小学校・青年学校などから志願を勧誘させたのシムル様格別ノ御配意相成度依命通牒候也
である。岩手県や長野県では,校長をとおして一校に何 また,拓務省拓務局東亜第二課長の名による県学務部 名と義勇軍志願者の割当てがおこなわれ・教師は毎晩の
長あての拓亜2第1551号(昭和14年10月31日)の別 ように部落を歩き・義勇軍応募を説得しなければならな記2に澄いては.「青少年義勇軍職業指導方法」が具体 かった・こうして教師が説得・勧誘して義勇軍に志願さ
的に述べられている。 せたため・渡満して辛い生活に直面したとき・少年たちが教師を恨むというようなことにもなったのである。
(上笙一郎)
鴫、小学校二於テハ高等小学校在学児童拉二尋常小学校第
@ 一方で「教学奉仕隊」などと称して,現地を視察した
五,六学年在学児童二対シ青少年義勇軍二関シ十分徹底@ りしている教員16)も,割当数の消化のみを心がけていたスル様訓話スルコト
教員もいる。しかし,年端も行かない少年たちを「国策上二、父兄会ノ開催二当リテハ青少年義勇軍二関スル関心ヲ
昂揚スル様説明スルコト とはいえ・彼等の貧しさゆえに遠い「満州」の地に送り 三、職業紹介所二於テ映写会,父兄会等ヲ開催シ又ハ小学 出さざるを得なかったことに,責任や不安を感じた教師
校ノ要求二基キテ職業指導二関スル事業ヲ行フトキハ必 もいたことと思われる。次に示す詩17)にもそうした教師
ズ義勇軍関係ノ指導ヲ行フコト の屈折した心情の一端が読みとれるだろう。しかし,こ
山下:戦時体制下に論けるわが国の職業指導 131
うして送り出された少年たちのうち何人が生きて再び故 たぞ,そらえっさえっさとエプロンを揺すり 紺のモン 郷の土を踏むことが出来たのだろうか。 ぺに波うたせてせいいっぱい。
ちびの中井イ その顔は悲痛だぞQ
詩 西村宗一郎 あ繊藩謙禦、,シモとなり馳く
蕩歯傅∵島由娚 二 佐催薗区∵輯楽二 i そ・で励まくるぞ。
塩椁ヨ開拓少犠勇軍畷ず i _作者は兵庫県嫡郡清滝国民学矧導一
二.………・・・… …・…。・………・……・・…・…・
からだ 引 用 文 献 新村長大崎六左衛門氏のちひさい体躯からいま挨拶が
出るぞ 1)鈴木信 Sl7.職業指導(現代〔♪理学第九巻産業心理 ようく聞いとけよ,ふだんとちがふぞ。なんぼ下手く 学皿),河出書房.
そで高遠すぎて食べられん演説もようく聞いとけよ・ 2)山崎博 S16. 国民学校令同施行規則と職業指導の
解釈 「職業指導」⑳L14,No.7, P 68〜70.入学以来見せたことのない一装用の顔つきをわしはほ 3)谷野厳 S14. 長期建設下に於ける職業指導者と教 れぼれと見てをる。 育者 「職業指導」vd.12, N。.2. P 19〜24.
ちびの中井イ ふらふらふらつくない,文男ナ 詮前 4)増田幸一S17.学校職業指導(現代心理学第十一巻教 の眼えは赤うなっとるぞ,活弁仕込で答辞を上々出来に 育心理学皿),河出書房.
読みあげる博イ 長身白哲眉目秀麗の佐伯イ お前の尋 5)川崎幹 S19.般決戦下の高等科修了生への期待 うつきはまるっきりええ若い衆だ。 「職業指導」vd.17.No.2, P 27〜31.
■ 9 ■
6)西垣実 S18.曜 文部省指導国民学校職業指導教科書
たつたの今あふげぱたふとしをうたった君等がはやこ 逐に完成・「職業指導」vol,16,No.1, P 27〜31.
ラス,外では田こなしのをつさんをぱさんがしわくちゃ 8)国民学校職業指導教材研究委員会S19〆国民学校職
に動き、天井の白壁はやっぱり汚れとる。 業指導行事及教材研究資料(10) 「職業指導」v・1.17,一新東亜共栄圏ガ確立スルマデ僕等ハ死ンデモ帰リ N。.12,p17〜20.
マセン
@ とをとを 9)国民学校職業指導教材委員会S19・鷲国民学校職業
@あ\どうぞ十が十迄これが口移しの鳥まねでありませ 指導二月行事及教材解説 「職業指導」▽Ql.17.No.1
んやうに,寸分も隙なく見事護り逐げ果し終へてくれよ。 p50〜57. γ
一年児童もだまってしまった。ベビーオルガンの前で 10)上笙一郎S48.満蒙開拓青少年義勇軍(中公新書)中 もうわしはむつむつしてしまふ。 央公論社.
君等のやることに間違ひあれへんぞ・言うとくそ ほ 11)川野温興S11. 満蒙の新天地へ少年戦士を送る 「職
んてえ間違ひあれへんぞ。 業指導」vol.9,No.6,P48〜52.12)佐藤正一S11.璽哩青森県に於ける満州少年商業移動団
新村長の鼻声はよからうが・ 「職業指導」v。1.9.N。.10,P66〜67.
建制順の要人衆は 13)東宮七男S13.覗少年移民と職業指導一満蒙開拓青少
蕪ξ難曇赫 磯嚇灘轡繍i魚
収入役の田里さん おも 15)小尾範治Sl7∫南方経営と職業指導 「職業指導」
いずれもまことに神妙なる面もち,けふはちがはうが, ⑳1.15.No.2. p 2〜8.
みんなよ。 16)伊藤祐時S18. 満州開拓青年義勇隊教学奉仕雑感
「職業指導」vol.16, N o.11, P 47〜49.
一われらはわかきぎゅうぐんそこくのためぞくはと 17)西村宗一郎Sl6鯉詩 「職業指導」v。1.14,No.9,
犠搬りはてなきのにたたん… ° ご ・・6・鼻湧汁をす\りあげす\りあげ一年児童もうたひ出し
132 茨城大学教育学部紀要 第24号
Voごatio皿al Guidance during the Second World War in Japan
Tsuneo Yamashita
Abstract
One of the most striking features on vocational guidance during the Second World War in Japan is its strict control over the vocational behavior of individuals by the national govern一 ment.
In the present paper vocational guidance from the mid・1930s to the end of the War 1945 is discussed from the three viewpoints as follows;
(1) systems of vocational guidance
』(2)id・・1・倒・f…ati・n・l g・id・nce
(3) contents of vocational guidance
臨