修士学位論文
題 名
一時的な自尊心の変化が自己評価に及ぼす影響に関する一考察
―自我脅威状況における平均以上効果及び平均以下効果
頁 1~64
指導教員 長瀬 勝彦
2020年 1月 8日提出
首都大学東京大学院
経営学研究科(博士前期課程)経営学専攻
学修番号 18836312
氏 名
ふ り が な
本間 智治
ほ ん ま と も は る
目次
1.問題意識と本研究の目的 ... 3
1.1 問題意識 ... 3
1.2 本研究の目的 ... 3
2.先行研究のレビュー ... 5
2.1 自信過剰 ... 5
2.1.1 肯定的幻想 ... 5
2.1.2 自信過剰の類型 ... 6
2.2 平均以上効果 ... 7
2.2.1 平均以上効果の概要 ... 7
2.2.2 平均以上効果と関連する心理 ... 8
2.2.3 平均以上効果の測定方法 ... 13
2.2.4 平均以上効果の要因 ... 18
2.2.4.1 動機的説明(Motivational Accounts) ... 18
2.2.4.2 非動機的説明(Nonmotivational Accounts) ... 29
3.仮説 ... 39
3.1 先行研究の課題 ... 39
3.2 仮説 ... 40
4.実験 ... 41
4.1.教養テストの作成 ... 41
4.2.実験参加者の選定 ... 42
4.3 手続き ... 43
4.3.1 脅威の操作 ... 43
4.3.2 脅威操作の確認 ... 44
4.3.3 平均効果の測定 ... 45
4.3.4 ディブリーフィング ... 45
4.4 結果 ... 45
4.4.1 教養テストの結果 ... 45
4.4.2 操作確認 ... 45
4.4.3 直接法による測定(相対評価) ... 46
4.4.4 間接法による測定(絶対評価) ... 48
4.4.5 その他の分析 ... 51
5.考察 ... 52
5.1 本研究の貢献 ... 53
5.2 本研究の課題 ... 53
【謝辞】 ... 55
参考文献 ... 56
【付録】 ... 61
1.問題意識と本研究の目的
1.1 問題意識
経営は、意思決定の連続であり、経営における意思決定の多くの局面は、他者との競争 である。競争を優位に進めるために、競合他社のとる行動の予測や力量を推定し、自社の 力量を推定して意思決定を行う。このように他者と比べて自己を評価することは、市場参 入における意思決定だけでなく、日常的な場面でも多く見られる。たとえば、人事評価に おいては、職場における同僚のパフォーマンスと自己のパフォーマンスを推測し、自己の 査定を推定することがある。学業では自分の成績が良いかどうかを解釈するにあたって、
採点結果で評価するだけでは足りず、他人の採点結果がどうであったかを気にすることが ある。
自己を正しく評価することは意思決定において重要であるが、私達は正しく自己を測定 できていない事が多いことが分かっている。私達は自分の優位性を信じることを好む傾向 があり、実際よりも自己を過大に評価する事が多い。この傾向は、他者と比較して自己を 評価する際にも現れ、望ましい特性は、他人と比べて自分の方が優れていると思い、望ま しくない特性については他人よりも劣っていると思い込む傾向がある。(Alicke,1985)。
このように自己を実際よりも優位に評価することは、現実を正しく把握していないた め、失敗につながる可能性が高い。自己を適切に評価できない結果、自分は正当な評価を 得ていないと不満に感じたり、課題の抽出を見失ったり、一般的に危険な状況でも自分な ら大丈夫と考えたりして、多くの人が失敗することにも正しくリスクを認識できないまま 危険な意思決定を行ってしまう可能性がある。たとえば、株式投資などゼロサム・ゲーム であるにもかかわらず、また、相手がプロであったとしても、自分だけは勝つことができ ると思っている。雪山で入山が禁止されていても、多くの人にとっては危険だとしても自 分だけは大丈夫と思い込み、入山した結果遭難事故となることがある。Heck and Krueger
(2015)によると、不合理に不正確に自分自身を認識している人は、良くない決定を下し たり(Larrick, Burson,&Soll, 2007; Moore, Kurtzberg, Fox,&Bazerman, 1999)、仲間 から受け入れてもらえなかったりする(Hoorens, Pandelaere, Oldersma,&Sedikides, 2012; Paulhus, 1998; Robins&Beer, 2001)という負の側面を持つことを指摘している。
おり、Colvinら(1995)は、社会的現実アプローチを採用した研究結果をもとに自己高揚 は不適応であると主張した(Kurt&Paulhus, 2008)。
1.2 本研究の目的
多くの他者に比べて自分の方が優れていると思いこむ傾向を平均以上効果と呼ぶ。平均 以上効果の背景には、自尊感情があると当初は考えられていた。動機と感情が意思決定に 及ぼす影響は、行動意思決定論において重要なテーマである(Bazerman and Moore,
2009; 邦訳,p.137)。平均以上効果は、その後研究が進むに連れて、自己高揚動機が影響 しているのではなく人間の情報処理が不完全であるがゆえに生じると主張する研究が多く 表れるようになった。例えば、自己と他者を比較する際に、自分の情報に注意が向き、他 人の情報を十分に考慮できていないがゆえに、平均以上効果が表れたり、平均以下効果が 表れたりする、という説明である。これは、我々が日常でよく使うフレーム(「私は他の 人に比べてどれだけすぐれているか」)では、他者への注意が向きづらく自己に注意が向 きやすいため、バイアスが強くかかる可能性が高い。平均以上効果の説明として説得力の ある認知論的説明であるが、自尊感情の影響がないといえるほどの研究結果は出ていな い。個人の自尊状態の変化によって、平均以上効果および平均以下効果について、影響を 及ぼすかを調査した研究がいくつかある。本研究で、明らかにしたいリサーチクエスチョ ンは、認知論的フレームを採用しつつ、個人の自尊感情の変化に注目することで自己高揚 動機による影響を確認することである。自我脅威状況による自尊感情の一時的な変化によ って、絶対評価(「あなたはどれだけ優れていますか」、「平均的な人はどれだけ優れて いますか」と質問し、それぞれを評価させる)と相対評価(「あなたは平均的な人よりも どれだけ優れていますか」と質問し、相対的な自己評価をさせる)で異なる結果が現れる かどうかである。絶対評価と相対評価で真逆の結果がでた調査結果が複数あるため、この リサーチクエスチョンを確かめる意義があると考える。
2.先行研究のレビュー
2.1 自信過剰 2.1.1 肯定的幻想
Taylor and Brown(1988)は肯定的幻想という言葉を用いて、人は自己を実際よりも 肯定的に見ているとした。これは、実質的に自信過剰に関する概念として多くの論文で引 用されている。ここではTaylorら(1988)の肯定的幻想について紹介をする。
Taylor and Brown(1988)によると、多くの研究者は、自己関連的情報処理における バイアスを研究し、それらの類似した現象に異なる名前を付けているが、調査結果にはか なりの重複があるとし、これらをまとめて肯定的幻想(Positive Illusion)と呼んだ。ここ で、エラーとバイアスという言葉を幻想という言葉に置き換えている。これはエラーやバ イアスは、不注意による見落としやその他の一時的な過失によって引き起こされる可能性 のある短期的な間違いと歪みを意味する(cf. Funder, 1987)のに対して、幻想は、特定の 方向や形をとる、より一般的で永続的なエラー、バイアス、またはその両方のパターンを 含むとし、広範で、永続的で、体系的な概念として幻想という言葉を用いた。さらに、肯 定的幻想は非現実的に肯定的な自己観、誇張された個人的コントロールの認識、非現実的 な楽観主義の3つに分類できるとした。肯定的幻想を裏付ける証拠の多くは、実験的研究 と大学生の研究をもとにしているが、この3つの幻想は、非大学集団でも同様の結果が出 ている。性格に関するポジティブおよびネガティブな形容詞が自己をどの程度正確に表し ているかを回答するよう依頼された場合、普通の被験者はネガティブな属性よりもポジテ ィブな特徴が圧倒的に自己に当てはまると回答した(Alicke,1985; Brown,1986)。
非現実的に肯定的な自己観の例は、ほとんどの人は、成功よりも失敗に関連する情報を 忘れがちで(Silverman, 1964)、実際よりもポジティブであるように自分のタスクパフ ォーマンスを思い出す傾向がある(Crary, 1966)。さらに、人々は他人を評価するときに 自分に有利な特性を使う傾向があり、それによって実質的に好都合な自他比較をする
(Lewicki, 1983)。 個人的コントロールの認識の例は、他の誰かが自分のためにサイコ ロを振るよりも、個人的にサイコロを振るのであれば、より大きな支配権を持つと人々は 推論する(Fleming&Darley,1986; Langer,1975)。非現実的な楽観主義の例は、多くの 人が、現在は過去よりも良いと考え、未来はさらにもっと良くなると信じており
(Brickman, Coates, Janoff-Bulman, 1978)、さまざまな楽しいイベントを経験する可能 性は、他の人よりも高いと人々は推測している(Weinstein,1980)。
これらの肯定的幻想は、精神的健康に寄与している面があるという。Gibbons(1986)
は、他の自己高揚的な幻想(自己を他人よりも良く見る傾向)もまた、憂鬱な人々の気分 状態を改善するという証拠を見つけた。また、肯定的な気分が誘発されたとき、人々は一 般的に他人を助ける可能性が高いことが研究によって示されている(例:Batson, Coke,
Chard, Smith,&Taliaferro, 1979; 1982; Moore, Underwood, &Rosenhan, 1973)よう に、他人を気遣う能力も向上させる。
自己をより良く認識することは、仕事をより長く行うことと関連しており(Felson, 1984)、高い自尊心を持つ人々は、課題に対する過去の成績が悪い場合であっても、将来 の成績に対する自身の能力をより高く見積もり、将来の成績をより高く予測する
(McFarlin&Blascovich, 1981)。動機づけに関する研究は、個人的な有効性への信念
(コントロールに似た概念)が、より高い動機づけと成功へのより多くの努力と関連して いることを繰り返し示してきた(Bandura,1977; Brunstein&Olbrich,1985; Dweck&
Licht, 1980)。Beck(1967)は、悲観主義は鬱病の中心的な特質の1つであると主張し
ており、学習性無力感(learned helplessness)においても顕著である(Seligman,
1975)。うつ病の主な症状の1つは活動がないことであり、学習性無力感の研究者たち
は、この症候群における中心的な性質は動機づけの一般的な欠陥であると指摘している
(Seligman, 1975)。
人々の社会的・認知的環境は肯定的な幻想を弱めることができないだけでなく、様々な メカニズムを通して肯定的幻想を維持または強化する可能性がある。例えば、否定的なフ ィードバックは正しくなされないことが多く、時間の経過とともにより自己奉仕的になる
(Burger & Huntzinger,1985)ことが知られている。
このように、Taylor and Brown(1988)は、肯定的幻想のポジティブな側面を提示し たが、相川(2017)は、Kehneman(2011)の文献を引用し、肯定的幻想のネガティブな 側面を指摘している。Kehneman(2011)の文献ではデューク大学の調査事例として、
CFO(最高財務責任者)を対象とした投資に関する予測の調査が紹介されている。その調査 の中の一つに、CFOにS&P株価指数連動型投資信託のリターンを予測させる調査があ る。調査チームは 10,000 を超えるデータを集め、その正確性を評価した。その結果判明 した事実は、CFO は結果を全く予測できておらず、彼らの予測と実際の価格の相関係数 がマイナスとなるというものであった。ここで重要なのは、自分自身が全く予測できてい なかったことを、そのCFO達が全く自覚できていなかったという点である。肯定的幻想 は、現実の状況を自身の「レンズ」を通して人それぞれ異なった見方で解釈することによ り生じるものである。このように肯定的幻想は、無意識に致命的な意思決定の誤りを犯し てしまう危険性も合わせ持っている、という。
2.1.2 自信過剰の類型
続いて、自信過剰についてのレビューを行ったMoore and Healy(2008)の論文を紹介 する。Moore and Healy(2008)は、自信過剰(Overconfidence)という概念を 3 つの側面 に分類した。1つ目は、過大評価(overestimation)と呼ばれるもので、実際の能力、成 果、コントロールの水準、成功の機会などを過大に評価することである。2つ目は、高位 配置(overplacement)と呼ばれるもので、大多数の他者の中央値よりも自己を優れてい
ると評価することである。この研究では、必ずしも自信過剰という言葉は使われておら ず、平均以上(better-than-average)という用語が使われている事が多い。3つ目は、過 剰確信(excessive precision)と呼ばれるもので、自己が信じる正確さに関する過剰な確 信を持つことである。Moore and Healy(2008)は、自信過剰における研究の不一致と問 題の多くは、3種類の過信をすべて同じであるかのように扱うことに起因していると指摘 している。
Mooreら(2008)はここで相対楽観主義(comparative optimism)について触れていな
いが、相対楽観主義も平均以上効果と類似する概念で、高位配置に位置づけられると考え られる。相対楽観主義とは、ネガティブなイベントについては自己を他者よりも遭遇しに くいと考え,逆にポジティブなイベントについては自己を他者よりも遭遇しやすいと考え る傾向のことであり、"unrealistic optimism","optimistic bias"などの名称が与えられて 研究が進められている(長瀬, 2015)。
過大評価の分析をしたZell and Krizan (2014)によると、客観的なプロセスは主観的なプロ セスよりも正しく自己認識でき、馴染みの無いタスクよりも馴染みのあるタスクの方が正 しく予測でき、複雑度が低いものは正しく認識しやすいという。能力のドメインごとに自 己認識の精度には、ばらつきがあり、言語能力では正しく自己認識しやすく非言語能力で は最も自己認識を誤りやすかった。また、自己評価のタイミングの違いはほとんどなく、
タスクの実行前後で自己認識の精度はほとんど上がらなかったという。
2.2 平均以上効果
2.2.1 平均以上効果の概要
先述の通り、自信過剰の下位概念として、平均以上効果が存在する。平均以上効果
(Better Than Average Effect)とは、望ましい特性は平均的他者より自己にあてはま り、望ましくない特性は自己より平均的他者にあてはまるというように、自己を平均より もよいものととらえる傾向のことである。平均以上効果は、"平均点以上効果"や"Above- Average Effect"と称されることもあり、この事象は様々な側面で確認されている。例え ば、Svenson(1981)は、ほとんどの人が平均よりも優れたドライバーだと考えているこ とを報告しており、Dunning and Kruger(1999)によると、高校生はリーダーシップ、
他人との付き合い、文章による表現力において自己を他者より高いと見なしがちであり
(大学委員会、1976-1977)、ビジネスマネージャーは自己を典型的なマネージャーより も有能と捉えており(Larwood &Whittaker, 1977)、また、サッカー選手は自分たちを チームメイトよりもサッカーセンスが優れていると考えて(Felson、1981)おり、ほぼす べての大学教授は同僚よりも優れた教師だと考えている(Dunning, 2012)という。全員 が平均以上であることは論理的に説明がつかず、平均以上効果は認知バイアスと言える。
Kruger(1999)によると、平均以上効果は多くの実験で認識されている現象で、カナ ダ、フランス、オランダ、オーストラリア、米国などの個人主義的な文化だけでなく、謙
虚さが称賛されている日本や中国などの集団主義的な文化においても観察されている
(Heine&Lehman,1997; Myers,1996)という。また、スキルや特性だけでなく関係性に ついても平均以上効果は現れることが報告されている。親友関係や夫婦関係といった自己 と他者の関係性においても、ポジティブな側面は、それを認める反応が強く、ネガティブ 側面はそれを認めない反応が強かった(遠藤, 1997)。
2.2.2 平均以上効果と関連する心理
ここで、平均以上効果を論じる上で重要な前提知識となる平均以上効果と関連する心理 的概念を説明する。
社会的比較理論
平均以上効果と関連する理論に社会的比較理論がある。外山(2009)によると、社会的 比較 (social comparison) は「自己と他者とを比較することの総称」(Festinger, 1954) と 定義される。Festinger (1954) は、個人にとって自分の能力がどのようなものであり、何 ができ何ができないのかを知ることは重要であると考え、特に物理的・客観的手段がない 時に、他者との比較を通して自己評価を行うことを指摘した。当初の理論的枠組みの妥当 性を裏づける研究が蓄積されている一方、近年では、社会的比較が自己査定や自己高揚な ど、様々な機能に役立つことを示す研究も行われており (e.g., Butler, 1992; Frey &
Ruble, 1985; Wood, Giordano-Beech, Taylor, Michela, & Gaus, 1994)、これまでの社会的 比較に関する研究の多くは、比較(上方比較、下方比較、並行比較)の選択に影響を及ぼす 状況の要因に焦点を当ててきたという。
Heck and Krueger(2015)によると、自己高揚に関する最も一般的な理論的視点は、
社会比較の理論に基づいており(Festinger, 1954)、この観点によれば、自己高揚は、自 他比較の積極的なプロセスから生じるものである、とする。比較される他者は、通常、平 均的な人が選ばれ、自己高揚の証拠は、平均以上効果の形を取る(Alicke, 1985; Brown, 1986)という。
自己奉仕バイアス
平均以上効果に関連する概念として自己奉仕バイアスがある。自己奉仕バイアスについ ては、相川(2017)がよくまとめているため相川の記載を引用する。相川(2017)による と、自己奉仕バイアス(Self-serving bias)とは、個々人の理解の差により同じ状況への認知 に対して差が生まれるバイアスである。人は同じ情報を与えられた場合でも、それぞれの 人は自身の立場によって、全く異なった方法でその状況を理解する。その理解の差によっ て生まれるバイアスが自己奉仕バイアスであり、一般的に人は知覚や将来の予測において その自己奉仕バイアスの影響を受けていると言われている(Babcock & Loewenstein, 1997)。そして、人は一般的に独立した第三者が妥当と認める程度を超えて自分の取り分
を多くすることが全く持って公正であると信じ込んでしまう (Bazerman, 2008;Ross, 1981; Ross & Sicoly, 1979)。自己奉仕バイアスは、benefectance (Greenwald, 1980)や egotistical attributions (Stephan, Rosenfield, & Stephan, 1976)と呼ばれることもある が、Miller and Ross(1975)の自己奉仕バイアス(Self-serving bias)の記述が最も一般的な呼 称である(Shepperd, 2008)。
また、自己奉仕バイアスに関する別の表現としてShepperd(2008)は、「自己奉仕バ イアスは望ましい結果に対する自身の責任を主張し、望ましくない結果に対する責任は外 部に求めるという傾向」であるとしている。この傾向を説明する事例としてShepperd は、事故にあったときの自動車のドライバーの認知に関する事例を挙げている(De Michele, Gansneder, & Solomon, 1998; Stewart, 2005)。ドライバーが事故にあったと き、つまり望ましくない結果てであったときは、その事故の原因は外部の要因である天気 や車のコンディションであると考える傾向が強まる。しかしドライバーが事故を回避でき たとき、つまり望ましい結果であったときは、その回避の原因は内部の要因である自身の ドライビングテクニックであったと主張する傾向が強まる。このように成功などの望まし い結果の原因は自身の内的要因に帰属させ、失敗などの望ましくない要因は自身以外の 外 的な要因に帰属させる。これは本質的には、Babcockらの「人は同じ情報を与えられた場 合でも、それぞれの人は自身の立場によって、全く異なった方法でその状況を理解する」
と同じことを言っているが、具体的にイメージしやすいため、こちらの定義を用いること も多い。 そしてこの自己奉仕バイアスは、様々なコンテキストで確認されている。多くの レビューにおいても、「自己奉仕帰属バイアスは、人間の認知において頑健でよく証明さ れた現象である」と結論付けられている(Anderson, Krull, & Weiner, 1996; Bradley, 1978; W. K. Campbell & Sedikides, 1999; Greenberg, Pyszczynski, & Solomon, 1982;
Heider, 1958; D. T. Miller, 1976; D. T. Miller & Ross, 1975) 。
このように自己に都合の良いように解釈しようとする傾向として現れるとも言える点 で、自己奉仕バイアスは平均以上効果とかなり近い概念である。
自尊心(自尊感情)
肯定的幻想で言及した自己高揚(self-enhancement)動機とは、自尊心(自尊感情)に 基づいて肯定的な自己観を得ようとして事象を自己にとって都合よく解釈したり、肯定的 な意味を持つ情報を収集したりする個人の傾向のことである。否定的な経験をした際に自 己観を守ろうとする自己防御(self-protection)とセットで論じられることが多く、自己 防御も含めて自己高揚という言葉が使用されることもある。自信過剰の議論において自尊 心に関する理解は極めて重要であるため、ここで自尊心についての先行研究をレビューす る。
自尊感情または自尊心(Self Esteem)とは、自尊、自己受容などを含め、人が自分自身 についてどのように感じているのか、その感じ方のことであり、自己の価値と能力に関す
る感覚および感情である(内田・上埜, 2010)。この自尊心(自尊感情)は、これまでの 研究の中で、特性自尊心(特性自尊感情)と状態自尊心(状態自尊感情)の2つの概念が あることが分かった。状態自尊心は後から認識された概念で、この状態自尊心が見つかる までの経緯をレビューした箕浦・成田(2015)の論文を紹介する。
箕浦・成田(2015)によると、このように捉えられてきた自尊感情は、心理学や教育 学、社会学を始めとする社会科学のあらゆる学問分野において、基礎・応用を問わず多く の注目を集めているという。多くの場合、自尊感情を持つことは望ましいこととされ、ポ ジティブな心理的特徴とみなされており、かつては高い自尊感情は、社会の問題や病理の 全てを改善する万能薬であるかのような風潮さえあったと言われている。しかし、自尊感 情の高低と適応や健康の間にあまりにも単純で固定的な関係性を想定することは危険であ り、近年はそうした安易な見方に異を唱える研究も少なくない。たとえば、自尊感情が脅 かされるような状況に置かれた時、他者への攻撃性が高まったり、自分を律することに失 敗したり、といった不適応行動が見られるという指摘があり、この不適応行動と自尊感情 の短期的な変化が関連すると指摘されているという。こうした研究感の齟齬の問題は、自 尊感情の特性に関する研究と自尊心の状態に関する研究と捉え直すことができる。
心理的構成概念に対し、“状態−特性”という枠組みを想定したのは、Spielbergerの不 安の研究である。不安とは“不幸、大災害の遭遇、身体への緊張、心配などの特徴を持つ 気分状態(VandenBos, 2007 繁桝・四本監訳 2013)”や“自我の危機として経験する心理 的反応(岡村・津田,2013)”を意味する。1950年から1960年の不安研究において、質問 紙形式の自己報告による測定結果と、整理・行動的反応による測定結果の間に、結果の不 一致や混乱が見られるという問題が指摘されるようになった。本来、質問紙であれ生理・
行動的反応であれ、不安という心理的構成概念を測定できているのであれば両者は一貫し た結果が見られるはずである。この問題について、Spielberger(1996)は、生理的測定 は情動状態としての不安の強度を反映するものであるのに対して、質問紙による方法は人 格特性としての不安を測定すると考えた。そして、状況依存的に生じる一時的な情動状態 を“状態不安”と呼び、不安の感じやすさについての比較的安定した個人差を特性不安と 呼んだ。それまでの不安研究における結果の不一致は、状態不安と特性不安を区別してい なかったことが原因であると明らかになった。おそらく、Spielbergerの不安研究におけ る“状態−特性”という枠組みをうまく活用したことの影響を受けて、その後自尊感情の研 究にも“状態−特性”という枠組みが持ち込まれていったと考えられる。特性自尊感情 (trait self-esteem)は、パーソナリティ特性のような個人の安定的な特徴としての自尊感情 である。これは時間や状況を超えて比較的持続して、自己全体をどのように見ているかを 意味する(Brown & Marshall, 2006)。一方、状態自尊感情(state self-esteem)は、個人の経 験や認知によって状態的に変化する自尊感情である。これは経験した出来事に随伴した自 己価値の感覚であり、瞬間的な感情的反応を意味する。したがって状態自尊感情は経験し た出来事に応じて変動する。
村上・中原(2016)によると、近年になって状態自尊心としての側面に注目する研究が 増加しているという。例えば、Leary& Baumeister(2000)やLeary,Tamber,Terdel,&
Downs(1995)のソシオメーター理論では、自尊心を自分が他者から受容されている程度 を示す主観的な指標(ソシオメーター)として捉えている。ここで、他者からの受容や拒 否は安定的なものではなく、状況によって変動するものと想定されている。また、近年検 討が進んできているIAT(the Implicit Asociation Test;Grenwald,McGhe,&
Schwartz,1998)などで測定される潜在的自尊心についても、状況的影響によって変動する ことが明らかになっている。ただし、IATで測定される潜在的自尊心は複数回の測定の相 関が高いことから、潜在的自尊心が状態自尊心そのものであるとは結論付けられないが、
状態自尊心の要素も含んでいると考えられているという。
特性自尊心の尺度
内田・上埜(2010)によると、Rosenberg(1965)は、自尊感情は2つの異なった側面 があることを指摘しているという。一つは個人が自分のことを「とてもよい(very good)」と感じる側面であり、もう一つは、自分は「これでよい(good enough)」と感 じる側面であるという。Rosenbergの自尊心尺度(Rosenberg Self Esteem Scale;
RSES)は、後者のこれで良いと感じる程度である。
日本においても、RSESはしばしば用いられているが、多くの日本語訳が存在してい る。並川(2018)は、日本におけるRosenberg自尊感情尺度の使用状況について調査を 行い次のようにまとめている。並川(2010)以降に出版された61本の論文を対象とする と、山本他(1982)の訳を使用したものが44本と最も多く使われていることがわかっ た。Rosenberg(1965)のオリジナル版は4件法であり、櫻井(2000)、星野(1970)、Mimura
& Griffiths(2007) は、いずれもそれに従って4件法を用いている。そのため、それらの訳
については4件法が採用されることが多くなっていた。一方、山本他(1982)では、5 件法 が採用されているため、それを利用した論文でも5件法が採用されるケースが最も多くな っていた。また、7件法などが用いられるケースもあり、同じRosenbergの尺度であって も、採用される選択肢数は一貫していなかった(図表2−1)。
訳 4件法 5件法 7件法 総計
山本他 2 40 2 44
櫻井 7 1 0 8
Mimura & Griffiths 5 0 0 5
星野 1 1 0 2
他 0 0 2 2
総計 15 42 4 61
図表2−1 Rosenberg(1965)の訳と選択肢の使用件数 (出典)並川(2018)
状態自尊心の尺度
特性自尊心も状態自尊心も心理尺度を用いた測定がもっとも頻繁に用いられている代表 的な方法である。特性自尊心の測定尺度は数多く作成されてきたが、Rosenberg(1965)の 10項目の尺度を代表として、いくつかに限られている。一方、状態自尊心の測定尺度につ いては、特性自尊心に比べると一貫して広く使用されている状態自尊心の測定尺度は少な い。村上・中原(2016)によると、状態自尊心の測定尺度として現時点で利用可能なの は、Heatherton and Polivy(1991)と、阿部・今野(2007)によって作成されたものであると いう。舘・宇野(2000)は、Heatherton and Polivy(1991)の尺度を参考に日本版状態セル フ・エスティーム尺度を作成しているが、邦訳版作成を目的としていたのではなく、この 尺度を「参考にした」尺度作成を目的としていたため、オリジナルの因子構造が確認され るかを確認的因子分析で検討していない。探索的因子分析は行われているものの、オリジ ナルとは異なる5因子を抽出している。阿部・今野(2007)の尺度は、Rosenberg(1965)の 自尊心尺度をベースに、各質問項目に「いま、…」を冒頭に付け加えて改変したものであ る。村上・中原(2016)の状態自尊心尺度は、Heatherton and Polivy(1991)の日本語版 を作成したものである。総合得点については、高い内的一貫性を有することが確認された 一方で、下位尺度については3因子構造で概ね一致するが、一部の項目はオリジナルと異 なる因子に振り分けられた。この不一致の原因について、村上らは文化差、あるいはオリ ジナルの因子構造の脆弱性を挙げている。
自己を構成する諸側面
自尊心と自己に関する認識は関係が深いと考えられており、これらを併せて測定する研 究が多い。山本・松井・山成(1982)によると、自己概念は、自己全体への評価(感情成 分)と自己を構成する諸側面(認知成分)に分けられ、自己全体への評価は特性自尊心で 測ることができるという。
日本における自己の側面に関する研究としては、山本ら(1982)の研究が有名で、この 研究に基づく心理尺度は多くの研究で使われている。山本ら(1982)は、自己を構成する 諸側面を明らかにするために、78項目の質問を作成した。この項目を作成するにあたり、
山本らを含めた心理学先行者が大学生30名に対して面接をし、自己認知の側面に関連す る表現や文章を収集した。次に、加藤・高木(1979)などこれまでの研究で使用されてい る自己認知の領域や使用された質問項目を収集した。こうして作成した78項目の質問と
併せてRosenberg(1965)の自尊心尺度の質問を、4大学644名の大学生に対して実施し
た。自己評価と自己認知の各側面の関連を調べるために、自己認知の側面を因子分析した 結果、11の因子(社交、スポーツ能力、知性、優しさ、性、容貌、生き方、経済力、趣味 や特技、まじめさ、学校の評判)が確認された。この研究の結果は、心理尺度集としてま とめられており、日本では多くの研究で使用されている。
田端・池上(2011)によると、自己認知における諸側面は、一般に、 能力次元と社会 性次元の二つの基本次元に大別され、前者には有能性や知性など課題の達成にかかわる諸 特性が含まれ、後者は協調性、利他性、道徳性など他者との良好な関係維持にかかわる諸 特性が含まれる (Tafarodi & Milne, 2002; Wojciszke, 2005)という。
2.2.3 平均以上効果の測定方法
平均以上効果を検証する研究方法の多くは、質問紙調査によって行われている。調査対 象者への質問の仕方には主に直接法と間接法と呼ばれている2つの方法がある(Alicke &
Govorun, 2005)。直接法は、対象者に“あなたは平均的な人よりもどれだけ優れていま すか”と尋ねる方法である。回答方法としては、リッカート尺度上で評定値を選択する方 法と、パーセンタイルによる方法がある。パーセンタイルによる回答とは、全体を100と して点数が低い方から順に並べた場合に、何番目に位置するかを回答させる方法である。
50であればちょうど平均となり、50未満であれば平均以下となり、50より大きければ平 均以上となる。これは別の言い方をすると自己の相対評価を尋ねた質問方法である。一 方、間接法は、対象者に“あなたはどれだけ優れていますか”と“平均的な人はどれだけ 優れていますか”という2つの質問をし、それぞれについてリッカート尺度で回答させ、
自己と平均的他者の得点差を計算することで、平均以上と認識しているか平均以下と認識 しているかを測定する方法である。これは別の言い方をすると自己と他者に対しての絶対 評価を尋ねた質問方法である。
平均以上効果に関する多くの研究では、これらの測定方法による違いには注意が払われ ておらず、直接法と間接法による結果には差がほとんど無いとする見解がある(外山・桜 井,2001)一方で、Price, Pentecost and Voth(2002)やChambers and Windschitl
(2004)は、この2つの比較過程は異なるという見解をしている。Priceら(2002)は実 験をもとに直接法と間接法の違いを主張しており、Chambersら(2004)は膨大なレビュ ーをもとに理論的にこの2つを区別している。Priceらの実験では、発生確率の異なる 様々なネガティブなライフイベント(自殺をする、癌になる、離婚をする等)が自己に起 こる確率について、発生しうる確率を直接法と間接法を使って参加者に尋ねた。この実験 では、絶対評価グループと相対評価グループを作って、両者の違いを測定した。実験の結 果、絶対評価グループでは、発生確率が高くなるにつれて楽観度が高くなる傾向が見ら れ、相対評価グループでは、発生確率が高くなるにつれて楽観度が低くなる傾向が見られ
た(図表2−2)。
図2−2 イベントの知覚頻度と楽観主義の関係における相対評価と絶対評価の違い
(出典)Price, Pentecost and Voth(2002)改変
遠藤(2006)は、相対比較判断過程を探るための研究として、8つの領域(PC設定、
英語能力、指導力、成績優秀、ゲーム、読書、親友、携帯電話機能)について絶対評価と 相対評価を測定した。具体的には、80名の参加者に対し、自己に対する評価および平均的 他者に対する評価(絶対評価)を9段階で回答させた。同時に平均的他者と比較した時の 自己評価をパーセンタイル(相対評価)で回答させた。評定順序および項目の順序はカウ ンタバランスした。その結果、多くの領域で直接比較と間接比較で同様の結果が現れた が、一部の領域(携帯電話機能)では間接比較にすると平均以下効果(自己6.36<他者 7.65)が有意に現れているにも関わらず、直接比較では平均以上効果(59.05>50.0)が有 意に現れた(図表2−3)。
重みづけ 自己 他者 相対比較 自己 他者
PC設定 1.88 4.26 ** 18.26 ** 0.76 ** -0.06
英語能力 2.48 4.28 ** 26.33 ** 0.85 ** -0.19 *
指導力 3.11 4.21 ** 29.88 ** 0.92 ** -0.01
成績優秀 4.03 4.76 ** 40.23 ** 0.90 ** -0.08
ゲーム 4.53 5.78 ** 40.34 ** 0.91 ** -0.02
読書 4.83 5.10 45.35 0.94 ** -0.17 *
親友 5.21 6.25 ** 48.59 0.99 ** -0.17 *
携帯電話機能 6.36 7.65 ** 59.05 ** 0.85 ** -0.01
*p<0.05. **p<0.01
図表2−3 自己、他者、相対比較判断の平均値および判断の重み付け
(出典)遠藤(2006)改変
相対比較判断を行う際に自己と平均的他者をどのように比較しているかを検討するため に、自己と他者を独立変数とし、相対評価を従属変数として、タスクごとに重回帰分析を 行った。この結果、相対評価を行うにあたり、自己と平均的他者の双方に重きを置きつつ も、自己に対する重みが極めて強いことが分かった(図表2−3)。これは、相対比較判断 をする際に、判断者は平均的他者と自己を同等に考慮して比較判断することをしていない 可能性があることを示している。
また、外山ら(2001)の考察では、2つの測定方法に違いについて「結果にさほどの違 いはなく」と両者の違いを見出していないが、外山らの実験結果自体には真逆の評価とな る項目が存在する(25項目の内、絶対評価と間接評価の結果が一致するものが16件、絶 対評価と間接評価の結果が異なるものが2件)(図表2−4)。この絶対評価と間接評価の 結果が不一致となった2つの項目(「明るい」、「自分に厳しい」)についても、自己の 絶対評価の影響によって、絶対評価と相対評価の結果が変わっていることが確認できる。
study1(絶対評価) study2(相対評価)
自己 他者 DC t(df=414) DC t(df=359)
同性の間で人気がある 3.83 4.14 -0.26 3.60** -0.29 4.70**
異性の間で人気がある 2.97 4.04 -1.07 12.38** -0.95 14.08**
明るい (※) 5.02 5.28 -0.27 3.40* 0.57 7.89**
積極的である 4.02 4.52 -0.50 5.28** -0.22 2.98†
知的である 3.51 3.75 -0.24 2.81† -0.29 4.23**
思いやりがある 4.80 4.11 0.69 8.84** 0.63 10.04**
親切である 4.63 4.38 9.25 3.22* 0.54 8.13**
おおらかである 4.55 4.24 0.31 3.87** 0.48 6.60**
まじめである 4.76 3.85 0.91 9.56** 0.56 7.04**
きちょうめんである 4.22 3.76 0.46 4.76** 0.23 2.81†
責任感がある 4.64 3.86 0.78 8.07** 0.56 7.28**
誠実である 4.64 3.94 0.70 8.75** 0.61 9.04**
自分に厳しい (※) 3.56 3.22 0.34 3.63** -0.34 4.24**
容姿がよい 3.13 4.15 -1.03 10.65** -0.70 10.54**
魅力的である 3.44 4.00 -0.56 6.04** -0.46 6.61**
スタイルがよい 2.52 4.32 -1.81 18.34** -1.16 15.61**
健康的に見える 5.22 4.97 0.26 2.86† 0.66 7.45**
ファッションセンスがよい 3.43 4.23 -0.80 7.65 -0.56 8.37**
†p<0.1. *p<0.05. **p<0.01
DC:プラス値は平均以上効果を意味する。マイナス値は平均以下効果を意味する。
図表2−4 自己の平均(標準偏差)およびt検定の結果
(出典)外山、櫻井(2001)一部抜粋
直接的または間接的な方法を用いた研究では、研究者が回答者の真実または実際の地位 を評価することはまれである。そのため、特定の参加者が楽観的であるかどうかは判断で きず、本当に平均以上である人もいれば、実際は平均以下であるにも関わらず平均以上と 思い込んでいる人もいる。それでも、バイアスがなければ全体として平均になるはずであ るため、グループレベルで評価することで、平均以上効果という概念を認識している。
平均以上効果のこれまでの研究は、グループで比較することにより、平均以上効果およ び平均以下効果を測定している。Heck and Krueger(2015)は、このグループ単位にお ける比較では不合理な判断をした人と自己を正しく評価した人が混在するため、新たな2 つの測定方法を提案した。以下、Heck and Krueger(2015)が主張する、これまでの測 定方法の欠点と新たな測定方法を紹介する。
Heck and Krueger(2015)は、先述の直接法および間接法を社会比較アプローチ
(social comparison approach)と呼び、それぞれの欠点を指摘した。直接的な比較は、
判断をする個人が潜在的に不合理であるため、自己と他者を別々に判断した上でそれを1 つの次元に確実に統合(compress)して測定すると仮定することに疑問を呈した。2つの 次元を統合する際に、自己および他者の構成要素の認識が失われるため、直接的な測定は 重要な情報を無視するという。一方、間接的な測定は、回答者が自己[S]と平均的な他者 [O]を別々に判断することを要求し、調査者はそれを差スコア[S-O]として変換する(Klar
&Giladi, 1999)。自己が他者よりも肯定的な属性で高く評価され、否定的な属性で低く 評価されていれば、自己高揚の証拠といえる。しかし、この差スコアの尺度はバイアスと エラーを区別しておらず、実際に平均よりも優れていると正しく主張している人と間違っ て平均よりも優れていると主張している人が混在する。前者のタイプの人は自己高揚者と 見なせるが、実際は後者のタイプだけがエラーといえる。
これらの問題を考慮して、社会現実アプローチ(social reality approach)が開発された
(Colvin, Block,&Funder, 1995; John&Robins, 1994)。研究者達は、基準スコアとし て、テストスコアや複数のオブザーバー判断などを使い、真のスコア[T]の推定値を導入し た。[S>T]の場合、回答者は自分のパフォーマンスを過大評価したといえる(Moore&
Healy, 2008)。これによって、自己判断[S]と基準[T]の間の相関を推定できるため、調査 者はグループデータを超えて個人を評価できる。
人格判断の領域においては、社会的現実のアプローチには、対象者に関する一連の判断 が必要となる(Funder, 1995)。この判断は通常、仲間、同輩、または「エキスパートオ ブザーバー」などの知識のある他の人によって提供される。対象に対するオブザーバーの 判断を集計し、自己判断から差し引く。複数人の判断を集計することによって信頼性は高 まるが、妥当性が高まることは保証できない。群衆の知恵(wisdom-of-the-crowd)の効 果が生まれる可能性はあるが、確実とは言い難い(Krueger&Chen, 2014; Mannes,Soll,
&Larrick, 2014)。Moore and Smallのパターンを見てみると、社会的比較スコア[S-O]
が社会的現実スコア[S-T]と負の相関関係にあることが示唆される場合があるが、2つの差 異スコア測定は、共通の変数を1つ持っているため、ほとんどのデータセットで正の相関 がある(Krueger&Wright, 2011)。
以上が、Heck and Krueger(2015)が主張するこれまでの手法に対する批判である。
続いてHeckらが考案した新たな2つの指標を紹介する。
1つ目の指標は、投影基準指標というもので、人格領域での測定に適しているという。
経験的に、自己判断[S]と他者判断[O]との間には強い正の相関関係がある。これは社会的 投影(social projection)と呼ばれ、ほとんどの人が他者を自分に似ていると感じる結果 と、この結果を生み出すプロセスのことを指す(Krueger, 2007)。予測は、社会的判断 が部分的に自己中心的(egocentric)であり、最も強く表れるのは、他者が不明確または 非人格化されている場合である。Hoch(1987)は、想定される類似性(投影)が実際の 類似性と同じか確かめること、つまり、個人の自己判断とグループ内の平均自己判断の間 の相関を見ることを推奨した。 Hochのルールを合理的なベンチマークとして採用し、予 測される他者判断[P]を計算する(Krueger et al., 2013)。具体的には、個々の回答者自身 の自己判断を平均することである。
特性については、ほとんどの人の自己判断[S]は、他者に対する判断[O]よりも、特性の 望ましさ[D]とより強く正の相関があると予想される(Moore & Small, 2007)。予測他 者判断[P]は、[S]に関して回帰的である(つまり、完全に相関していない)ため、特性の 望ましさとはあまり関連しない。ポジティブな自己イメージを持つ人は、グループに自分 の特性を不完全に投影すると、このバイアスを示すことが期待できる。対照的に、自己高 揚エラーの問題は、他者に対する判断[O]とそれぞれの予測値[P]との関連性を比較するこ とによって扱えるようになる。[O]の判断が[P]の推定よりも特性の望ましさにあまり強く 関連していない場合、自己高揚エラーがあるといえる。
2つ目の指標は、決定論的指標である。Heckらは、自己高揚エラーを、平均的な人より も有能であるという誤った信念と定義する。この定義では、平均よりも優れていると正し く主張している人は、自己高揚エラーと責めるには値しない。 エラーを特定するには、3 セットのデータが必要となる。基準を表す指標[T]を生成するためにパフォーマンスデータ をスコアリングする。 次に、回答者は、社会比較の考えと同様に、[S]と[O]の推定値を提 供する。 これらのデータを使用して、回答者を4つのグループに分類する。1つ目は、平 均(中央値)より優れたパフォーマンスを示すと思い(S>O)、実際そうであった(T>
平均T)回答者を、Hit、Hとする。2つ目は、平均より良い得点を取ったと思っている
が、そうではなかった回答者を、False Alarms、FAとする。 3つ目は、平均的な人と同 じか平均より悪い得点だと思ったが、そうではなかった回答者を、Misses、Mとする。4 つ目は、平均的な人と同じか平均より悪い得点したと予測し、実際に平均以下の得点であ った回答者を、Correct Rejections、CRとする。決定論的指標の分類をまとめると、FA
が自己高揚エラーで、Mが自己卑下エラーとなり、HとCRは正しく自己評価をしている 人である(図表2−5)。
この新たな指標は、試みとしては面白いが、まだ一般的な測定方法とはなっていない。
決定論的指標は、HとCRに分類されたグループは正しく自己評価をできていると結論付 けているが、予測と結果が偶然一致しただけで、ほとんどの人にバイアスがかかっている という主張(Burson, Larrick&Klayman, 2006)には、答えることができていない。
T>T"(平均以上の出来) T<T"(平均以下の出来)
S>O(平均以上と予測) H:正しい予測 FA:自己高揚エラー
S<O(平均以下と予測) M:自己卑下エラー CR:正しい予測
図表2−5 決定論的指標の4グループ
(出典)Heck and Krueger(2015)から筆者作成
2.2.4 平均以上効果の要因
平均以上効果が生じる原因については、大きく2つの視点から論じられてきた。1つ目 は動機的考え方を重視したもので、平均以上効果は自己高揚動機の表れであるとする立場 である。2つ目は、情報処理論的考え方を重視したもので、社会的認知のアプローチによ って説明する立場である。以下、それぞれの立場を支持できる要因に注目して説明する。
しかし、この 2 つの理論は、排他的なものではないとする意見があることも付け加えてお く。Alicke and Sedikides(2009)によると、様々な非動機づけメカニズムが平均以上効 果に寄与しているが、その効果は少なくとも部分的には好ましい自己観を維持したいとい う欲求によるものであり、動機づけの自己高揚と自己防御の主張は、他の動機づけと非動 機づけのメカニズムが同時に機能する可能性を排除するものではない、という。
2.2.4.1 動機的説明(Motivational Accounts)
Taylor and Brown(1988)によると、人々は自分の優位性を信じることを好むとい う。その理由として、肯定的な幻想が、人生の多くのフラストレーションに直面しても克 服することを助け、メンタルヘルスを促進することさえあると主張している。
伝統的に、自己を肯定的に見る現象は動機付けによる推論の証拠としてとられてきた。
簡単に言えば、人々は自尊心を高めるなどの重要な心理的ニーズを満たすためのスキル、
特性、能力を誇張している(Alicke,1985)。AlickeやTaylor and Brownの見解をまとめ ると、平均以上効果の根底にあると一般的に考えられている動機は自己高揚、または自尊 心を肯定的に捉え続けようとする動機である(Chambers & Windschitl, 2004)。
Chambers and Windschitl(2004)によると、平均以上効果の動機的説明は、長期的で あれ短期的であれ、何らかの形の動機付けが根底にあると仮定している。平均以上効果の
根底にあると一般的に考えられている動機は自己高揚、または自尊心の前向きな感覚を維 持する動機である(Alicke,1985; Brown、1986; Campbell,1986; Kunda,1990; SE Taylor
&Brown,1988)例えば、参加者が望ましい特性を他のものよりも自分自身を説明するも のとして報告していることを発見した上で、参加者は一般的な自己概念を強化しようとし ていると結論付け、そのような好ましい自己記述は、自己概念にとって有害となる好まし くない行動や出来事(e.g.,社会的スキルのテストで低いスコアを受け取ること)から自己 概念を守ると主張した(Alicke,1985)。平均以上効果と類似する相対楽観主義的効果の根 底にあると一般に考えられる動機は、望ましくない事象に関する恐怖および不安に適応す るか、またはそれを軽減したいという欲求である(Gerrard,Gibbons&Warner,1991;
Hoorens,1995; W. M. Klein & Weinstein, 1997; S. E. Taylor & Armor, 1996; S. E. Taylor et al., 1993; Weinstein, 1980)。例えば、喫煙している人は、肺がんについての不安を軽 減するために特に動機付けられている可能性があり、他の喫煙者と比べて肺がんにかかり やすいかについての自らの信念を歪めることによって喫煙しようとすることが考えられ る。
平均以上ヒューリスティック
Chambers and Windschitl(2004)が平均以上ヒューリスティックについて丹念にまと めているため、以下に引用して紹介する。
動機的説明の1つのタイプは、人々は比較判断で「平均以上ヒューリスティック」を使 うと主張する(Alicke, 2000; Alicke et al., 1995)。Alickeら(1995)によると、人が行 動的または特性の次元に沿って他者と比較して自己を評価するとき、自己と他者の実際の レベルと能力を精巧に調査することなく自己の能力レベルが他人より上回ると自動的に推 測すると主張した。個人が最小限または不十分な自己および他者の情報しか持っていない 特性および能力については、この平均以上ヒューリスティックは、その個人がその特性ま たは能力に関して実際と異なって平均を超えていると推定するように導く。実際、上記の 平均以上効果は他者との特別な比較なしに生じると主張する人もいる(Alicke, 2000;
Alicke, Vredenburg, Hiatt, &Govorun, 2001)。この見解と一致して、個人が短期間で多 数の比較判断を行うことを要求される場合(Alicke, 1985)と、これらの判断が認知的負 荷の下で行われる場合(Alicke et al., 1995)の両方で平均効果が見出された。これらの状 況のそれぞれは、特定の比較対象に対して自分を比較する能力を阻害する可能性がある。
平均以上ヒューリスティックの説明と一致して、Codol(1975)は、人々が同僚よりも 特定の道徳的価値観を支持し順守する可能性が高いと信じる傾向があることを見出した。
Codolはまた、人は自己を同輩よりもほんの少しだけ上手く見ているという動機を持って
いると主張した。この点で、人は他者を必ずしも欺瞞的に見ているのではなく、自己を他 者よりも少し前向きに見ていると主張した。人は他者を劣っているとみなし、他者と自己 を区別するよう動機付けられているという見解とは対照的に(Brown, 1986)、人は他者