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教師おこし委員会より 〜平成15年度の活動をふり返って〜

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Academic year: 2021

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教師おこし委員会より 〜平成15年度の活動をふり返って〜

平成9年度「子どもとの営みを教師の側から見っめてみる」という視点で再発足した「子どもおこ し委員会」から7年が過ぎようとしている。その間私たちは、子どもを理解する一方の主体者である 教師の存在を強く意識し、子ども理解は、教師という自分を知るところから始めなければならないと 考えた。そこで平成10年度より、活動に込める思いとともに名称を「教師おこし委員会」として取り 組んできた。その中で、教師が子どもとの営みを自己との対藷により見つめ直し、教師として人とし て自分自身の内面を探り、自らの存在価値と可能性を横車する「自分探し」を行うことを「教師おこ

し」と呼び、何よりも大切にしてきた。

本年度は、どこまでも「教師おこ′し」を貫いていくことを大切にし、仲間の存在に安住してしまう のではなく、共に切磋琢磨していく確固たる個の集まりとしての教師集団「厳しくも温かい教師集団」

であろうとすることを意識し、レポート・語り合いの活動を継承してきた。

私たちは、子どもとの営みを思い起こしレポートに何を綴ろうかと考えたり、綴ったりすることで 子どもとの営みをふり返ってきた。同僚のレポートを読んで互いの感じたことや、その時感じること を飾らずに語り合おうとしてきた。その都度私たちは自ら自分自身に問いかけ、子どもに対する自分 の見方や感じ方、考え方を顧みようとしてきた。私たちひとりひとり は、子どもの表れを鏡に自分自 身の内面を探り、自分の見方や感じ方、考え方を顧みることで自らの存在価値と可能性を模索する

「自分探し」を続けてきたのだ。つまり、私たちひとりひとりは「厳しくも温かい教師集団」」の一員 として、個として常に、どこまでも自分らしさを求め続けてきたのだ。

一年が過ぎた今、そんな私たちの中ではっきりしたことがある。それは、「教師おこし」とは、厳 しく終わりのない、個人的で個性的なものであるというこ、とだ。

活動を通して私たちは、温かさや歓びだけでなく苛立ちや戸惑いをも感じてきた。そう感じてもな お、自分は子どもを理解しようとしているのかと常に立ち止まり、自分自身を顧みてきた。それが、

子どもと同様に教師も成長することにつながると信じているからだ。だからこそ、どこまでも「教師 おこし」を貫くことが大切なのだ。子どもも、教師も、人として成長しようとする力があるはずだ。

それが発揮され、共に成長していくことに歓びが感じられる場が、学校の姿であると思えてならない。

1.教師おこし委員会の取り組みから見えてきたこと

(1)レポートについて

私たちは子どもとの営みを思い起こし、レポートに何を綴ろうかと子どもの表れを思い浮かべる。

あの時自分はこんなふうに考えていたと自分の内面を思い起こして綴り始める。綴るうちに、その子 らしい姿に気づき、魅力を感じ歓びを覚える。また、なぜ自分はあの時こう関わったのかと考えてい くうちに、自分が子どもの表れを懐深く受け止めていたことに気づく。そんな時には、自分に対する 驚きとともに、自分の見方や感じ方、考え方に幅や厚みが増してきたように感じ、歓びを覚える。

一方、自分は子どもの表れを自分の都合のいいように表面的にとらえ、自分のやりやすさを押しっ けていたと気づきもする。そんな時には、厳しいことだが変わらない自分に直面し、自分に無力さや 苛立ちを感じる。時に、変わらない自分に自分らしさを感じもする。

レポートが配られると何をおいても読みたくなってしまう私たちがいる。共に自分探しを続ける仲 間のレポートだからこそ、そこに自分のあるべき姿、子どもへの見方や感じ方、考え方の指針を求め てしまう。読み進めるうちに「自分も同じように感じるな」「自分とは違うな」「そんなふうに感じら れたら素敵だな」「自分ならどう感じるかな」と思いを巡らせる。仲間のレポートを読みながら、子 どもと自分との営みを重ね、今一度自ら自分に問いかけ、自分の内面を探っていく。

私たちはレポートを綴ること、読むことで子どもとの営みをふり返る。何気ないことにも立ち止ま り、自分の内面と対時していく。日々の生活の中で時間に追われ、つい流されてしまう私たちにとっ て、これらの活動があるからこそ立ち止まれ、自分自身を見つめていく契機としていける。

ー134−

(2)

(2)語り合いについて

語り合いはレポートの内容を中心に進められるが、話題はそこに縛られるものではない。綴ったり 読んだりした時の思いを語らなければならないものでもない。その時、その瞬間、自分の感じたまま を飾らない言葉で語り合う。語り合いは、互いの見方や感じ方、考え方が表出する場なのだ。

私たちは、委員会内を三つに分けたり、全教官を五つに分けりする語り合いを通して多くの仲間と 語り合ってきた。時に、まったく異業種の方と語り合うこともあった。こうして私たちは、自分とは 違う見方や感じ方、考え方に接することができる。時に、確固たる個の集まりである仲間から自分に 対する厳しい言葉や温かい言葉もあるが、その言葉をきっかけに私たちは立ち止ま.れる。

語り合いが終わり、自分の感性に響いたことを今一度紡ぐことで私たちは気づく。それは、新たな 自分に気づくことによる歓びだったり、変わらない自分に対する苛立ちや変われない自分に対する無 力さだったりする。それでも私たちは互いの成長を信じ、さらに子どもと正面から向き合おう、わか ろうとしていく。私たちは、自分の思いを飾らずに語り合うことで、その時、その後、仲間のその人 らしさを感じる。自分らしさを感じていく。仲間の言葉に立ち止まり、それをきっかけに自分に対す る驚きや歓び、苛立ち、無力さをも感じていくのは、厳しいことだが自分自身でしかない。

だからこそ語り合いの価値は、語り合いの後にもある。自分が語ったことに対する仲間の言葉には、

共感や反発がある。勿論、仲間の言葉に対して自分がいだく共感や反発、戸惑いもある。それがなぜ なのか今一度噛みしめることが、子どもと自分との営みを再度見っめ直すことになるのだ。

私たちは、確固たる個の集まりとしての集団として場を共にすることで、自分とは違う、互いに自 分らしさを追い求めてやまない仲間と語り合え、私たちひとりひとりの心が開かれていく。自身の感 性に響く見方や感じ方、考え方に出会える。語り合うという活動があるから、自分をどこまでも見っ めていく契機となっているのだ。

2.これからの「教師おこし」

子どもをどこまでも理解しようとする姿勢は変わるものではない。子どもの表れを鏡として教師自 身、いや、人として自分をどこまでも見っめようとすることは変わるものではない。どこまでも「教 師おこし」を貫くしかないのだ。そして、それは、自ら立ち止まり、どこまでも「自分探し」を続け る内なるものである以上、個人的で個性的な活動であっていい。他から変わることを強要されるもの でもない。

そんな私たちが忘れてはならないことは、厳しく終わりのないものだということに、個として、集 団としてどこまでも真筆に向き合おうとすることだ。子どもの表れを鏡に、自ら自分に問い直し続け ようとする。解決したい、解決したと安易に考えてしまったり、仲間の言葉をわかったっもりになり、

自分を見っめずに流されてしまったりする自分に気づこうとする。立ち止まれるきっかけを作り合え るよう、集団として互いが、自分の言葉に責任をもとうとしていきたい。

また、教師である私たち自身は、子どもとの自らの営みを通してその子らしさが発揮され、自ちの 関わりが子どもの成長に還っているのか立ち止まろうとすることも忘れてはならない。見守ること、

表れを懐深く受け止めることを安易に考えず、自分は子どもたちとどんな営みを築き上げてきたのか、

していこうとしているのか常に意識したい。とらえも暖味なまま手をこまねいて何でもありではいけ ないのだ。学校は、ひとりひとりの子どもたちの集まりである以上、個々が響き合いながら個々の成 長する機会を大切にしなければならな′いということなのだ。

子どもと同様に教師も、今を精一杯生きている。だからこそその時、その瞬間、自分が感じたこと に立ち止まりたい。立ち止まりふり返ることを積み重ねることで、きっと、自分らしさではないかと 感じられる自分が見えてくる。頑なになるのではなく、子どもを、自分を、わかったっもりにならず にどこまでもわかろうとする、子ども理解の理念に基づく「自分探し」の姿勢が何よりも大切なのだ。

私たちの目指している学校の姿は理想なのかもしれない。しかし、理想を追い求めるからこそ、子 どもや教師自身の人としての成長もあるはずだ。

ー135−

参照

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