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糖の生体物質への保護機構の解明とその応用

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糖の生体物質への保護機構の解明とその応用

著者 長瀬 弘昌

雑誌名 星薬科大学紀要

号 47

ページ 1‑9

発行年 2005

URL http://id.nii.ac.jp/1240/00000117/

(2)

総  説

糖の生体物質への保護機構の解明とその応用

長 瀬 弘 昌

星薬科大学 薬品物理化学教室

Elucidation of stabilizing mecllanism of saccllarides on

        biomolecules and its apPlication

Hiromasa NAGASE

Depαr meη彦0∫Pみys CαZ Cんαηi8的, HOS腕σηjuers》砂,

1.はじめに

 20世紀になって極端な環境下で生育する生物が発見 され、Macelroyは、極端な環境を好むものを 極限環境 微生物 と名付けた )。これらの微生物は環境パラメーター に対応して、高温で生育する好熱菌、低温で生育する低 温菌、低いpHで生育する好酸菌、高いpHで生育する好 アルカリ菌、極端な圧力で生育する好圧菌、極端な塩分 下で生育する好塩菌、極端に低い湿度下で生き延びる乾 燥地生菌、などに分類される2}。これ以外にも放射線、

重金属、有機溶媒などに抵抗が強い放射線耐性菌、重金 属耐性菌、溶媒耐性菌などが見いだされている。

 極限環境微生物からの酵素として最初に公式に認めら れた例は好熱菌の一種丁λermμsαqμα紘μsから見いだ されたTaqポリメラーゼと呼ばれるDNAポリメラーゼ である。この酵素は遺伝子増幅技術であるポリメラーゼ 連鎖反応の中心となる酵素である。これ以外にも例えば、

好アルカリ菌から環化反応を触媒してシクロデキストリ ンを合成するシクロデキストリングルカノトランスフェ ラーゼなどの有用な酵素が見いだされている3)。乾燥地 生菌は乾燥に曝されるとほとんど細胞間に水がなく、代 謝活性を示さない状態として知られているクリプトバイ オシス(Cryptobiosis)に入る。このような生物には細 菌、酵母、菌類、植物、昆虫、緩歩動物、線虫、小エビ などの一部が含まれる㌔クリプトバイオシスを示す生 物は無代謝状態に入る前にトレハロースなどの糖類を蓄 積することが知られている。このような生物は他にフル クタン、アルブチン、アブシジン酸などを生産し、環境 ストレスに適応するものと考えられている。トレハロー スは乾燥だけでなく低温や酸化など種々のストレスに対

して生産されることが知られている。

 大腸菌では37℃から16℃へ温度が下降するとトレハ ロースを蓄積するが、これは成長には影響を与えない5}。

このトレハロースの蓄積はその後の更なる温度下降に対

する保護作用と考えられている5)。アフリカに棲むネム リユスリカの幼虫は、二日間掛けて乾燥させると乾燥重 量の約18%のトレハロースを蓄積してクリプトバイオ シスに入る6}。トレハロース生産がクリプトバイオシス に入るのに必要であることが知られている。クリプトバ イオシスにある乾燥した幼虫は一270℃の低温や106℃

の高温、100%エタノールにも耐え、水に戻せば蘇生す ることが知られている。トレハロースは他の多くの生物 で見いだされており7}、血リンパの主要糖であったり、

ハチの飛翔のエネルギー源であったり、糖脂質の構成要 素であったりといろいろな役割を演じている。

 トレハロースを生産せずにクリプトバイオシスに入る 生物も報告されている8)ことからトレハロース生産が必 ずしもクリプトバイオシスに入るための条件ではないと 思われるが、応用上トレハロースがリボソームなどの人 工膜の凍結乾燥時の内包物の漏出の防止やタンパク質な どの凍結乾燥時や保存中での変性抑制効果を有すること から、保護機構の解明に多くの研究がなされている。応 用の具体例としては、ガン治療薬であるハーセプチン9)

の凍結乾燥製剤への添加である。最近、ハンチントン病 を含むポリグルタミン病などの原因となるタンパク質の 凝集抑制に二糖類が効果を示すこと、特にトレハロース が最も強い効果を示すことが明らかとなった1%さらに、

トレハロースは、ドライアイなどの眼治療1uに効果があ る他、魚などの脂質腐敗臭発生抑制12)、柏餅など澱粉質 食品の澱粉老化抑制、クリームやローションの保湿効果 など数多くの特徴を有することから、医薬品をはじめ化 粧品、加工食品などの各分野において汎用されている。

 トレハロースを含めた糖類の生体物質(タンパク質、

生体膜)の安定化の機構に関して少なくとも3つの仮説 が報告されている。一つは、膜413 14)やタンパク質へ直 接作用し、あたかも水が存在するかのような状態を作る という仮説で、water replacement hypothesis(水置 換仮説)と呼ばれている。もう一つは、糖のガラス状態

(3)

Proc. Hoshi Univ. No.47,2005

の生成でありこの状態が生体物質を機械的な破壊から保 護するというものでvitrification hypothesis(ガラス状 態仮説)15 17 と呼ばれている。Croweらは安定化にはこの 2つの条件が必要であることを示している 8 。最後は、

糖がタンパク質表面から排除され、タンパク質表面に水 が残り、この水によりタンパク質が安定化されるという 仮説である191。水溶液中では糖はタンパク質の表面から 排除されることでタンパク質の安定化に寄与するという 熱力学的効果が理論的に説明される2°・21)。この水溶液で の排除効果を乾燥状態まで拡張させた仮説がwater en−

trapment hypothesis(水捕獲仮説)と呼ばれている仮 説である。

 この総説では最初にトレハロースの物理的性質、多形 間の転移、最近特徴付けを行ったトレハロースの無水物 の性質とそのタンパク質の安定化への応用を述べる。次 にトレハロースの人工膜への相互作用が化学量論的な関 係があること、この相互作用によって膜のゲルー液晶転 移温度が低下し、通常の温度では膜は液晶様の状態にあ

ることを示す。

 2.トレハロース

2.1トレハロースの物理化学的性質

 トレハロース(α,α一トレハロース、α一D−glucopyra nosylα一D−glucopyranoside)はマイコース、マッシュ ルームシュガーとも呼ばれるグルコースのα,α一1,1結 合から成る非還元二糖である。分子式と分子量はそれぞ れC12H2201、と342.31であり、高い旋光性(1α]賀+178°)

が特徴である。酸でも容易に加水分解されず、グルコシ ド結合はα一グルコシダーゼによって分解されない。ト レハロースには他に2つのアノマー、β,β一トレハロー ス(イソトレハロース)とα,β一トレハロース(ネオト

レハロース)、が存在するが、生物からはα,α一トレハ ロースのみが見いだされている22)。β,β一、α,β一トレハ ロースは通常の温度、湿度の条件下で、それぞれ4水和 物23 と1水和物として存在する。α,α一トレハロースの 結晶は、通常の温度、湿度の条件下では2水和物として 存在する25・261。この2水和物は室温では相対湿度約92%

まで安定のままである27㌧トレハロースはマルトースに 似た溶解度と浸透圧の面を持つ27)。80℃以上でトレハロー スは他の糖と比較して僅かに水に解けやすくなる27 。ト レハロースの粘度は40%の溶液で比較的低く、約5.7セ ンチボアズである。トレハロースの甘味度はスクロース

の約45%である27)。

2.2トレハロースの結晶多形

 トレハロースは通常の状態では2水和物として存在し、

市販品の形状である。2水和物はトレハロース水溶液か ら容易に結晶化させることができ、結晶構造は既に報告

されている24125)。Reisenerらは、2水和物から作製され る2つの無水物を報告した28b一つは融点が130−138℃、

もう一つは融点が213−218℃であった28)。sussichらは Reisenerらが作製した方法で2つの無水物を作製し、 T。

(融点:130−138℃の無水物)、Tβ(融点:213−218℃の 無水物)と略記し、粉末X線回折(XRD)と示差走査熱量 計(DSC)によりその特徴付けを行った2⑨311。 Sussichら は、2水和物を12〜40℃/minで加熱するときにのみ出現 する無水物T,3° を報告したが、後にSussichら自身がT,

はTβと2水和物の混合物であることを示した32)。この無 水物は2水和物やTβと異なる相とは考えられない33)。

 Gilらも、2水和物から無水物を作製し、 FT−Raman、

FT−IR、13C NMR、粉末X線回折によりその特徴付け

を行ない、fbrm IIと命名した34)。 T、とfbrm IIの粉末X 線回折パターンは異なっていたが、最近、T.とfbrm II が一致することを示した35)。Furukiらは2水和物を湿っ た窒素気流下、一定速度で加熱した場合、新しい無水物 T,が存在することを示唆した36)。融点が213−218℃の 無水物Tβの結晶構造は報告されている37 が、もう一方の 無水物丁。の構造は未知である。

2.3トレハロース2水和物の転移

 トレハロースの2水和物の脱水挙動は、粒径36・3θ4°}、昇 温速度3°32・39・41142)、DSC用パンのオルフィス径411、開放系 での窒素流量42;などに依存することが報告されており、

トレハロースの転移に関しては十分解明されていない。

2水和物の融点は97℃であることがよく知られている が43⑭、この融点はトレハロースの実際の融点ではなく、

2水和物の脱水が起こる温度であると報告されてい る3°・391。Lynneらは、45μm以下では80℃付近で2水和 物から非晶質へ転移し、425μm以上では2水和物から 無水物Tβへ転移が起こるとしている39)。Furukiらは、

粒子径が45μm以下でも高湿度の窒素気流下であれば、

2水和物から無水物Tβへの転移が起こることを示した36 。 Furukiらは、窒素気流の水蒸気分圧を変えることで、2 水和物が無水物T。やT,に転移することを示した。Tayl−

orらは2水和物の等温加熱による脱水挙動を検討し、40

60℃では、粒子サイズにより活性化エネルギー値は 異なり、アレニウスの関係を示すが、70℃付近で脱水 挙動が変化し、70〜90℃では非アレニウスとなること

を示した4°)。Linらは、窒素気流下、開放系で2水和物を 昇温すると65℃付近にベースラインが変化することを 報告している45)。この温度でFT−IRによるH−0−Hの変角 振動も変化していることから、65℃付近で2水和物の結 晶水が氷様の水から液体様の水へ変化すると結論し た45)。密封系でも若干転移温度は異なるが、同じ現象が 観測されている45}。Linらの結果は以前Akaoらが示した 結果と一致していた4㌔

(4)

 開放系のDSCでガスフローが無く、昇温速度が2℃/

min程度の場合、80℃付近から脱水が始まる351。しかし、

ガスフローすると、当然昇温速度に依存するが、40℃

以下からでも脱水が起こる42)。この結果は50℃以下で全 ての2水和物の結晶水が消失するというTaylorらの結果 と一致する39}。この脱水が80℃以前に終了すると97℃で の脱水は観測されない42〕。粉末X線回折の結果と合わせ ると80℃までの脱水は2水和物から無水物T、,への転移を 示し、80℃以降の脱水は2水和物から非晶質への転移と なる4㌔

2.4トレハロース非晶質の転移

 トレハロースの非晶質を得る方法は少なくとも2種類 あり、一つは2水和物を、例えば2℃/minで140℃まで、

加熱して作製する方法であり、もう一つはトレハロース 水溶液を凍結乾燥して作製する方法である。非晶質を一 定の湿度下に置くと水分が収着して非晶質の重量増加が 見られる。この水分重量増加に伴いガラス状態からラバー 状態への転移温度(ガラス転移温度:T,)が下降する㌧

相対湿度が0〜5%の範囲では1%増加すると大体10℃が 下降する⑱。実際は低水分含量ほどT、に対する水分含量 の影響は大きい。Chenらはトレハロースに関する30種 の相図を一つの図にプロットし、種々の論文の結果の比 較を容易にした49 。非晶質は25℃で相対湿度を変えたと

き、44%RH以上で2水和物に転移する〃7)。温度が上がる と非晶質から2水和物に転移する相対湿度は低下する狙)。

2.5トレハロース無水物(Tβ)

 Tβを得る方法は、2水和物を140℃で3時間加熱すると 得られる。Tβは、2水和物の室温からの昇温過程でも得 られる。通常の湿度下で2水和物を加熱していくと2水 和物から非晶質への転移が見られる。この非晶質を更に 加熱すると150℃での冷結晶化により高温で安定なTβに 転移する。Tβを更に加熱していくと210℃で融解する。

2.6トレハロース無水物(T。、fom II)

 T、もしくはfbm IIを得る方法は幾つか報告されてお り、いずれも2水和物から得る方法である。一つはReis−

enerらにより示された2水和物を80℃で4時間恒温乾燥 する方法である28[。Gi1らの方法(2水和物を50℃で48時 間減圧乾燥)3 )もWillertらの方法(2水和物を50℃で2時 間減圧乾燥)5°1も基本的にはReisenerらの方法と同じで ある。もう一つは、超臨界二酸化炭素を用いて結晶水を 抽出する方法である511。著者らはこの方法によりT。の 生産が実験室レベルから工業用レベルに引き上げられる

としている。他の方法は2水和物を熱風で加熱する方法 である。この方法による2水和物の粉末X線回折パター ンの経時変化を図1に示す⑮。この図は、2水和物を熱風

で加熱すると2水和物に特徴的な2θが23.9°のピーク強 度が減少し、それに伴い2θが16.1°と17.9°のピーク強 度が増加していることを示している。この作製方法の利 点は直接2水和物から無水物への転移を示していること であるが、完全に2水和物から無水物への転移を示さな いという欠点がある。ReisenerらやGilらの方法とは異 なり恒温での減圧乾燥ではない方法は、2水和物を減圧 下で加熱していく方法である35)。この作製方法は非常に 良い再現性を示した。また、乾燥による重量減少から無 水物の状態にあることを確認している。この方法で作製 した無水物の典型的な粉末X線回折パターンを図2に示 す。同時に2水和物、無水物(Tβ)、非晶質の回折パター ンを示す。図中のAとCは図1と同じ回折位置を示してい る。図中Cで示した2水和物に特徴的なピークがT、にお いては観測されていない。また、他の結晶形では現れて いないAで示したピークが無水物に特徴的なピークと考 えられる。他の無水物の特徴は、ピークが他の多形より

台旨︒三

A  B C

8  10 15      20

  2θ(°)

25

四』。。、⑳g 30

Fig.1. Di丘アaction pattems obtained at various time inter−

   vals dur㎞g heating of the d血ydrate at 120℃.A, B    and C indicate dif廿action peaks at 16.1°,17.9°and    23.9°,respectively. Ten皿血utes is required jbr a sin.

   gle meaSUrement.

﹂↑一切属心一口

A C

3 10 20

2θ(°)

30

Tr

Th

 T日40

Fig.2. Powder X−ray di缶action pattems of the dihydrate    (T』),two polymorphic forms(T. and Tβ)and an    amOrpOU8 phaSe(T,)Of trehalOSe. T。 waS prepared by    heating Th to 100℃and fUrther heatmg at this tem−

   perature fbr 30皿in under vacuum. A and C indicate    di缶action peaks at 16.1°and 23.9°,resp㏄tively.

(5)

Proc. Hoshi Univ. No.47,2005

もブロードであること、非晶質に特徴的なハローパター ンが見られることである。T。の結晶化度は多重ピーク 分離法とルーラント法で求め、約30%が非晶質である

ことが示された35)。

2.7トレハロース無水物(T.、form II)の配向性の検   討

 配向性を持つ結晶(結晶の配列がランダムになってい ない結晶)では、その結晶からの回折強度にムラができ、

カウンターで測定する場合同じ結晶でも全く異なった粉 末X線回折パターンを示すことがある。トレハロースの 2水和物は比較的配向性を示す例である。T.の配向性に 関しては異なる配向性を持った2水和物から作製した試 料の配向性を用いて検討した。2水和物は比較的配向性 を示すことから、異なった配向性を持った2種の2水和 物を作製し、これからT。へ転移させてT。の配向性を検 討したが、2水和物の配向性に因らずT。は配向性を示さ なかった3㌧

2.8トレハロース無水物(T。、飾m11)の吸湿性  T。とfbrm IIの吸湿性に関しては幾つかの報告がある。

SussichらはT。が温度25℃、相対湿度50%下で24時間 以内に完全に2水和物に転移することを報告している52,。

Fo㎜IIでは温度25℃、相対湿度40%下で一週間以内 に2水和物に転移することを報告している53)。実際はもっ と早く2水和物へ転移すると考えられる351。T。を温度25

℃、相対湿度43%に放置したときのT,、の重量変化とそ の試料の1時間後の粉末X線回折パターンを図3に示す。

T。の回折パターンは図2と比較すると2水和物に転移し たことを示している。同じ条件で放置したときのTβと 非晶質の重量変化と1時間後の粉末X線回折パターンも 示す。Tβと非晶質いずれも重量は増加したが他の多形 への転移は認められなかった。非晶質の重量の経時変化 はラングミュアの吸着速度式を用いて近似することがで きた。その結果T、、の試料重量の増加が約80%で飽和し ていた。これはこの方法で作製したT。は約20%の非晶 質を含むことを示唆している。

 T。が2水和物へ1次反応に従って転移すると仮定し、

T,、と共存する非晶質も非晶質単独の場合と同様に吸湿 性を示すと仮定して図3の重量変化を解析した⑮。その 結果は、共存する非晶質の量は20.2%と見積もられ、

T,,と共存する非晶質は単独で存在するよりも吸湿速度 が10倍程度遅くなった。これは生体物質の保存時の保 護作用のためにトレハロースの非晶質を単独で用いるよ

りT。との共存下で用いるときの方が吸湿速度は遅くガ ラス転移温度の低下が遅くなり保護効果に有効と考えら れる。

 トレハロースの生体物質の保護効果に有用な一つの理

|oo

80  ω  ω  加

芸︒o︹︒≧︒昼ε5ヨむ詔巴呂一

3A  〆◎oeo6レo一玉G

 ξ

 φ

          ρ、声一゜甲=

∫目

 ◇◇◇◇〈×〉◇◇◇◇◇ ◇Tβ 0

3B

  l

ξ一肌1⊥!却

」」四蕊認

60        20   30   40      2θ(°)

O  lO 20 30 40    Time(mln)

50   3  10

Fig.3. Changes in sample weight with time of an amo叩hous    phaSe(T,), Tβand T. at 25℃at 43%relatiVe hUmid−

   ity(A)and X−ray(五缶action pattem of these samples    after lh(B)、

由としてトレハロースの非晶質から2水和物への転移が 報告されているぷ)。これは、非晶質のトレハロースに 少量の水が加えられた場合、この水により非晶質のガラ ス転移温度が低下するのではなく、非晶質の一部が2水 和物に転移して残りの非晶質のガラス転移温度の低下を 阻止するという保護機構である。しかし、非晶質への水 の収着の報告47鵡品)から、非晶質から2水和物へ転移を 引き起こすためには例えば30℃では相対湿度40%以上 必要である。

2.9トレハロース無水物(T.、fbml II)のタンパク   質安定化効果

 モデルタンパク質としてホタル由来のルシフェラーゼ を用いた。ルシフェリンはATPやマグネシウムイオン などの共存下でルシフェラーゼにより酸化され、励起状 態となる。これが基底状態に戻るときに蛍光を出す。図

70 一

ー1−−﹂

60

50

40

0032

ξ2︒き︒匡

0 1

0

B

\㌔

 ー° \ \

・\

   \

   一1%50 500 550 600 650 700

       Wave length(nm}

Fig.4. Emission spectra of d亘ed lucifbrase(A)and d亘ed    luc輌fbrase with trehalose(B). Sample was prepared    by heating lucifbrase with and without trehalose    dihydrate to 100℃at 4.5℃ノmin under vacuum and    血rther heatmg at thi8 temperature fbr 30 min under

   vacuum.

(6)

4にルシフェラーゼ単独の試料とトレハロース2水和物 との混合物を2水和物からT,、を作製する乾燥方法を用い て試料を作製し、その蛍光を測定した結果を示した。2 水和物はルシフェラーゼ共存下でも上記乾燥条件下では T.に転移した。これは試料が完全な乾燥状態にあるこ とを意味している。さらに、トレハロースの一部分は非 晶質であるが、T.は結晶状態であることから、この安 定化効果はT、、のタンパク質への直接的な作用によると 考えられる。

 3.糖類のリン脂質への効果

 リボソームなどの人工膜の安定化は数種類の2糖が凍 結乾燥の際のべシクル間の融合やベシクルに内包した物 質の漏出を防ぐ作用があることが報告されている57 59}。

L一α一ジパルミトイルポスファチジルコリン(DPPC)の ゲルー液晶転移温度(Tm)に対するトレハロースの効果 は凍結乾燥系571肌62)、空気乾燥系63)、加熱乾燥系與)で調べ られているが、71mの降下の程度は乾燥法間で異なって いる。Tmの違いは試料調製の違いもしくは熱履歴の違 いに依るのかも知れない。Croweらは熱履歴の違いが Tmの違いを引き起こすことを示した6°)。 DPPC/糖系の Tmの降下はDPPCの極性基と糖の水酸基間の水素結合形

成によると考えられている65)。

 単糖は膜ベシクルの融合は阻害するが漏出に対しては 2糖ほどの効果は無い58・59)。Sunらは2糖存在下での乾燥 リボソームについて検討し、2糖のガラス転移温度(Tg)

以上ではリボソームからの溶質の漏出とリボソームの融 合が起こるが、71,以下ではこれらの程度が非常に小さい ことを示した66}。単糖は十分水和したDPPCの欠,とほぼ 同じ温度までDPPCのTmを下げるが、2糖は水和したDP

PCのTm(42℃)より約18℃下げる59・6° 65;。 KOSterらは脂 質1糖混合系において脂質のTmを下げるためには糖のガ ラス転移温度がその脂質の71mより高くならなけらばな らないことを示した17)。しかし、Croweらは脂質/糖混合 系において脂質のTmを下げるためには糖のガラス形成

と糖と脂質の直接的な相互作用の両方が必要であること を主張している6η。糖は乾燥状態で脂質2重膜を安定化 することが知られている。この安定化はリン脂質のTm の増加の抑制と関係している68)。しかし、乾燥のどの段 階で糖の効果が現れ、水分含量の減少に伴いどの様に転 移温度が変化するのかは明らかにされていなかった。N MRとX線回折の研究から、有機溶媒で調製した凍結乾 燥DPPC/トレハロース混合系ではL一相とL一相の存在

が明らかにされた14)。このLκ一相は通常のゲル相(Lβ)69)

の特徴を有し、L一相は、通常の液晶相(L.)に類似し ているが、無秩序なアシル鎖とDPPCのみのときに比べ ての抑制されたコリン基の運動がその特徴である。著者

らは、L、一相はゲル相(Lβ)であるがL、一相は通常の液晶

相(L。)とは異なるとしている。Quinnらは、リアルタ イムのX線回折を用い、水和状態から調製した凍結乾燥 DPPC/糖混合系のTmが典型的なゲル(Lβ)一液晶(L。)転 移温度であることを示し7°)、凍結乾燥で調製したDPPC/

糖系のパッキング様式を検討した14 7旬。因みに、ゲル相

(Lβ)は炭化水素鎖が六方晶系にパックし炭化水素鎖間 の距離が4.2Aであり、液晶相(L。)は炭化水素鎖がゲ ル相と同じ六方晶系にパックするが液体に近い状態にな るためゲル相に比べパッキングが緩み炭化水素鎖間の距 離も4.6Aとなった状態である。以下では加熱乾燥で調 製したDPPC!糖系の相図とDPPC分子のパッキング様式 を求め、加熱乾燥したDPPC/トレハロース系で化学量 論関係が存在することを示し、その化学量論比を求める。

3.1DPPCのTmへの単糖(グルコース)の影響

 異なる水の量を含むDPPCとグルコースのモル比2.6

(Gl(ゾDPPC)のDPPC/グルコース/水系のDSCを図5Bに、

DPPC/水系のDSCを図5Aに示す。糖を含まない系では 水分含量の減少とともに71mが上昇した。グルコースを 含む系では水分含量が減少しても71mはほぼ一定であっ た。DSCのピークトップ温度から得たTmと水分含量の 関係を図6に示す。DPPC/水系のTm(黒丸)の熱挙動は 文献に報告されているもの71}とほぼ一致した。DPPC/

水系では水分含量が20%程度までは7 mはほぼ一定であ るが10%以下では水分含量の減少とともに急速な欠mの

9一∈﹂⑪工一〇匂⊂山 1;

17 25 10 24

﹃;:1芸1㌃

161〜

  20    幻    60    90    100   120      20    ④     ω    80    100

     (A)       (B)

    Temperature(℃)       Tem阿alure(℃)

Fig.5. DSC thermograms of DPPC/water system(A)and    glucose!DPPC/water system(B)with 2.6 molar ratio    (glucose!DPPC). Water content(mol water!mol    DPPC)is indicated at the亘ght side of each curve.

120

 loo ε8。§

§・・

已 40

     20

      0   10   20   30   40   50   60   70   80

      Water content(wt%)

Fig.6. The phase diagrams of DPPC!water system with and    without glucose.○, Glucose/DPPC/water system.●,

   DPPC!water system.

(7)

Proc. Hoshi Univ. No.47,2005

怠︒︒6三

10 20

20(°)

(A)

      竃

      70℃

 30    40 10 20

O︶

ぽ但

2

30

23。C 29°C 34°C 37°C 40°C 43°C45°C 48°C54°C 60°C

40

Fig.7. XRD of(A)DPPC system containing 7.4wt.%water,(B)Glucose/DPPC system with 5.6 wt.%water at various tempera−

   tures.

l       l

10     20    40     60     80

    Temperature(°C)

      (A)

10.1 18.4

455

61.8

loo

120

 ≡

          ●

            砂

          已

●°〜・巳

 8︒ ω ω 2︒

 ︵O°︶︒﹂ヨ巴a巨⑪↑

70 80 50 ω

30 20 0 10

W

Fig.8. DSC thermograms(A)and phase diagrams(B)of maltose/DPPC/water system with 2.6 molar ratio(maltose/DPPC)

増加が観測される。この急速な上昇はラメラ層内の結合 水の脱水によると考えられる。

 図7Aと7BにDPPC/水系とDPPC/グルコース/水系の 粉末X線回折図を示した。7AのDPPC!水系については、

70℃以下で2θが21°である1本の回折線を示し、典型的 なゲル相の粉末X線回折図となった。これは、リン脂質 の炭化水素鎖が六方晶系でパックされ、その脂質問の距 離が42Aであることを示している。70℃の回折図はゲ ル相に比べてかなりブロードとなり、2θが19°である1 本の回折線を示す典型的な液晶相の回折図となった。こ れは、リン脂質の炭化水素鎖が六方晶系でパックされ、

その脂質間の距離が4.6Aであることを示している。

 水分含量20重量%以下まで結合水が取り除かれると IRスペクトルから示されるように6°1、グルコースはこの 結合水と置換し水素結合を介してDPPCのリン酸基と相 互作用すると考えられる。Tmがグルコースを含まない 系に比べ低下していることから、この相互作用はDPPC の炭化水素鎖のパッキングを緩めている。水分含量が 20重量%以下のときグルコースを含む系の丁皿はおおよ

そ一定(44℃)であった。この意味において、糖の DPPCに対する効果は結合水がDPPCに対する効果と類 似している。この結果は、Croweらによって提案された

水置換仮説 を支持する。ラムノースのような他の単 糖でも水分含量に因らず一定のTmを示した。

3.2DPPCのTmへの二糖(マルトース)の影響  異なる水の量を含むDPPC対糖のモル比2.6のDPPC/

マルトース/水系のDSCを図8Aに、7〔mの水分含量に対す る変化を図8Bに白丸で示す72)。黒丸は糖を含まない系 を示している。水分含量が18%以上では7 。はマルトー スを含まない系に比べ若干上昇している。逆に18%以 下では丁皿が水分含量の減少に伴い下降した。水分含量 が18%以上でのTmの増加は糖の浸透効果であると考え

られている。水分含量が18%以下でのTmの下降はリン 脂質の親水基との相互作用によると考えられる。また、

水分含量が18%以下では高温側に弱い吸熱ピークが観 測され、この吸熱ピークは水分含量の減少と共に上昇し

た。

(8)

CCCCCCCCCCCCC

2230 35 53 57 ω

         7040         6778

40 0

2  2 0  θ 3

0

1

宣巴8旦O≧苫﹇O匡

Fig.9. Temperature change in XRD of maltose!DPPC system.

 水分含量7.7%のDPPC/マルトース系の温度変化に伴 うX線回折パターンを図9に示す。図7AのDPPC系の回 折ピークは24℃で20.9°(2θ)の対称な回折ピークを示

した。これはゲル相(Lβ相)にあること、このピーク は70℃(Tm:66℃以上)で、19.2°(2θ)の対称でブロー ドなピークになることは既に述べた。しかし、22℃で のDPPCノマルトース系では、その回折パターンは低角 側にブロードなピークを持つ21.0°(2θ)の非対称な回 折ピークを示した。DPPC/マルトース系では温度が上 がると高角側のピークの強度が減少し、低角側ヘシフト

した。低角側のピークは温度が上がると強度が増大した。

更に、高温側の転移温度(57.8℃)以上で、19°(2θ)

の対称でブロードなピークを示した。これらのピークは 本質的に液晶相(L。相)の回折パターンと一致した。

 他のトレハロース、スクロース、メリビオースなどの 二糖でもマルトースと同様の結果が得られた。この粉末 X線回折図の一つの解釈としては、室温付近ではゲル相 と液晶相が共存し、温度の上昇と共にゲル相の炭化水素 鎖の長さが徐々に増加する。この場合は、ゲル相も液晶 相も炭化水素鎖のパッキングが六方晶形である。更に、

液晶相への転移が連続的に起こることが考えられる。も う一つの解釈としては、室温付近では液晶相に近い非六 方晶形の相と六方晶形の液晶相が共存し、温度の上昇と 共に液晶様の相から液晶相へ連続的に転移が起こり、高 温側の温度以上ではすべて液晶相に転移するので通常の 液晶相(L。相)の回折パターンを示すという解釈であ る。現在後者の解釈で説明されると考えている73)。この 関係は単糖を含む系では見られない。糖を含まない系を 例えば50℃で水分を蒸発させていくと図5Aから分かる ように液晶相からゲル相へ転移する。しかし、糖を含ん だ系では図8Aから分かるように液晶相から液晶様の相 へ転移するがはっきりとした転移を示さない。これはリ ボソームなどの人工膜では内包物の漏出が起きないこと が期待される。実際、単糖を含む系ではリボソームの融 合は阻止するが内包物の漏出は起こり、二糖を含む系で はリボソームの融合と内包物の漏出の両方を阻止するこ

とが報告されている。

3.31〕PPCとトレハロースの化学量論的関係

 トレハロースを減圧で120℃程度の温度で乾燥すると 非晶質になる。これに水を加えて60℃で一定時間放置 すると非晶質が2水和物にほぼ100%転移する。この関 係は他の物質が入っていても保存される。この関係を用 いてDPPC/トレハロース系におけるリン脂質とトレハ ロースの化学量論的関係を導くことができる64)。図10は DPPCノトレハロース系のモル比を変えて測定した結果 を示した。横軸は全試料中のトレハロースのモル比r妬、

(トレハロース!DPPC)の逆数、縦軸』Xsは脂質のラメ ラ構造に入らず、トレハロースの2水和物として結晶化 してきたトレハロースの総トレハロース量に対するモル 比であり、次式の関係を満たす。

  4Xsニ(rωt−r|㎜)/rt。tニ1−rl。m(1/r㎞t)

ここで、rl皿はラメラ構造中のトレハロースのモル比

(トレハロース!DPPC)である。図中の直線は1を通り、

傾きが1/2の直線を示している。この直線へのフィッティ ングは相関係数ρ一〇.999を示した。この結果から、

トレハロースは加えたトレハロースの量には無関係に一 定のモル比(トレハロースノDPPC=1/2)でリン脂質の 層間に挿入され、このトレハロースは水を加えても結晶 化しないことが示された64)。

 これらの結果は、ラメラ層間に挿入されたトレハロー ス分子がガラス状態を形成してリン脂質膜を安定化させ るというより、トレハロース分子が直接膜と相互作用す るという機構を支持すると考えられる。

 1.0  0.9  0.8  0.7

。乃 0層6

 0,5

 0.4:::

1:1

0.0 0.2 0.4 0.6 0.8 1.0 1.2  1.4

         1/乙。、

L6  1.8  2.0 2、2

Fig.10. Relationship between saturation value△Xs. and in−

   verse of the molar ratio rω,(trehalose/DPPC)in the    samples. The solid line indicates 1:2 molar ratio r」。m    (trehalose/DPPC)in the lamellar complex.

 謝辞

 本研究に対し、平成16年度星薬科大学大谷記念研究 助成金を賜りましたこと衷心より感謝申し上げます。ま た、本研究の遂行に当たり終始ご指導頂きました薬品物 理化学教室上田晴久教授に深く感謝申し上げます。研

(9)

Proc. Hoshi Univ、 No.47,2005

究の実験、理論両面のご指導を頂きました前々教授 山 口良二先生並びに前教授 中垣正幸先生に心より感謝申 し上げます。本研究にご協力頂きました遠藤朋宏講師に

深謝申し上げます。最後に実験に関してご協力頂きまし た歴代の卒論生の各氏に感謝申し上げます。

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Elucidation of stabilizing mechanism of saccharides on biomolecules and its application

Hiromasa NAGASE

Department of Physical Chemistry, Hoshi University

    α,α一Trehalose(trehalose)is a nonreducing disaccharide of glucose and is a usefhl cryoprotectant fbr liposomes. An anhy−

drous poly皿orphic fbrm of trehalose, T,、,was prepared f士om trehalose dihydrate and was characterized by powder X−ray dif二 臼action analysis and dif【brential scanning calorimetry(DSC). T。 was fbund to be hygroscopic. When an amorphous phase co−

existed with T,、,the rate of water adsorption to the amorphous phase was slower than that to the amorphous phase alone.

T、、may be usefhl tor additive to an amorphous pkase of trehalose. T,、 stabilized lucifbrase under heating at lOO℃fbr 30 mil1.

In L一α一dipalmitoylphosphatidylcholine(DPPC)/trehalose/water system, trehalose intercalated between lipid bilayers and R)rmed complexes, and the excess trehalose crystallized as its d血ydrate by the addition of water. The amount of the d也ydrate was estimated f㌔om the peak area in DSC. The experimental values of the molar ratio(Tre/DPPC)of the complexes thus deter−

mined were 1:2.

参照

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