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『 笑 の 王 國 』 拾 遺

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《研究レポート》 『笑の王國』拾遺 ─ 佐々木邦研究ノート2 ─ 藍 木 大 地

一.はじめに

『 笑 の 王 國 』 は、 佐 々 木 邦 が 大 正 十 五 年 に 京 文 社 か ら 発 刊 した短編集だ。収められている作品は十六作品で、全て大正 十四年から十五年に発表された。本稿は、前稿で触れること ができなかった九作品を扱う。そして、各作品の持つ魅力を 明らかにした上で、佐々木邦が『笑の王國』で表現したかっ た「笑」が何であったかを考察したい。

二.作品分析

イ. 「修身教科書編纂者」 「修身教科書編纂者」は、大正十五年一月、 『苦 楽

』一月特 別号に、 「蝙蝠傘」として発表された。その後、 『笑の王國』 に収められる際に「修身教科書編纂者」と改題され、昭和五 年 版『 佐 々 木 邦 全 集

』( 以 下、 全 集 ) の 第 十 巻 に も、 同 名 で 収められている。佐々木邦が「謹厳の君子人が駈落者の後援 を頼まれる話」とまとめている作 品

である。 こ の 作 品 の 中 心 人 物 は、 「 文 部 省 の 役 人 」 で「 修 身 教 科 書」の編纂に従事している正木君である。正木君はいつ雨に 降られてもいいように、蝙蝠傘を常に持ち歩いている。その ような几帳面な性格から、同僚に「直角」とあだ名を付けら れ、敬遠されていた。しかし、作品の冒頭では、自身の傘が 壊れており、家族のもの二本といっしょに修理に出してしま っていたため、手に持っていなかった。そのことをうっかり

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失念し、下車する際に、近くに置かれてあった婦人の蝙蝠傘 を自分のものだと勘違いして手に取ってしまい、周囲の人間 から「掻つ払ひ」と思われるのだった。それでも正木君は、 下車してから、傘屋で傘を購入し、親戚の出口君の長男のも とを訪れた。出口君の長男は、先日、芸者と駈け落ちしてお り、実家からは勘当されてしまっていた。だから、正木君に 結婚の証人になってほしいと頼むのだった。正木君は、最初 拒 否 す る の だ が、 出 口 君 の 長 男 に、 「 斯 う い ふ こ と を 仕 出 来 したものが良家の処女を求めるのは罪悪です」と言われ、考 えを改め、証人となることを了承する。その帰りに、修理が 終わった傘三本を受取り、電車に乗った。すると、冒頭で正 木君に傘を過って持って行かれそうになった婦人がまた乗っ ていた。婦人は、正木君が四本の傘を手にしているのを見て、 やっぱり泥棒なんだと思い、正木君から遠退く。しかし、正 木君はそうした周囲の状況には気づかず、目をつむって考え 込んでいた。 「道徳が人情に負けたのではない」と。 本作品の特長の一つとして、正木君の性格の設定が挙げら れる。正木君の性格については、以下のように説明される。

倫理学が専門で修身教科書の編纂を担当してゐるのだか ら、中身は甚だ堅い。寧ろ石橋を叩いて渡る部類に属す る。同僚も「直角」とあだ名をつけて敬遠してゐる。至 って几帳面だ。悪く云へば融通が利かない。 ここで羽鳥徹哉氏の文 章

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を引用したい。佐々木邦が目指し た「諧謔小 説

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」についての考察である。

彼の目指すのは、滑稽小説ではなく、諧謔小説だった。 人を笑わせて御機嫌を取るのが目的ではない。様々にぶ つかり合い苦しむ人々を見て、その対立を必要以上に際 立たせるのではなく、互いに相手の立場も思い測れば、 気の毒な滑稽な面も見えてこないわけはないのだから、 その点を理解して、最終的には受け入れ許していく道を 見出していく、それが彼の目指す諧謔小説、ユーモア小 説だった。

「様々にぶつかり合」うとは、羽鳥氏の論文中では、 「時代、 階級、国家などの対立問題」のことを指している。この作品 で「 対 立 」 し て い る の は、 正 木 君 と 周 囲 の 人 間 だ。 「 正 木 君」は、先述したように、周囲の人間たちとうまく付き合え

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ていないが、そうした環境に居心地の悪さを感じてはいない。 それよりも、 「不思議がる」ことが多くある。

大抵人は言論と実行の間に多少の開きを免れない。進む では矛盾のあるものもある。更にひどい奴になると、言 論は言論、実行は実行と最初から別々の箱に入れて置く。 然るに正木君は堅い。

修 身 教 科 書 を 編 纂 し て い る 人 間 で さ え も、 「 言 論 」 と「 実 行 」 に 差 が あ る と い う の だ。 こ れ は、 「 本 音 」 と「 建 前 」 と 言い換えてもいいだろう。両者に差がある人間は、修身教科 書 の 中 で 担 当 す る テ ー マ を 選 ぶ。 「 義 勇 奉 公 」 や「 富 国 強 兵」といった、自分たちには関係のないテーマである。そし て、禁酒や禁煙、 「勤倹貯蓄」といったテーマは、 「直角」で ある正木君に押しつけるのだ。この状況について、語り手は 以下のように述べている。

工場の製造品と同じく修身教科書も分業で行く。唯その 全般の実行を一手に引き受ける小中学生が忙しい思ひを する。 佐 々 木 邦 流 の 諷 刺 で あ る。 そ う し た「 世 相 の 矛 盾 」 を、 佐々木邦は「諧謔」の対象としたのではないだろうか。当時 の読者の大半は「小中学生」時に道徳を習っているわけだか ら、このような状況があるとわかったら、憤りすら感じるか もしれない。とはいえ、その道徳が、すべて正当になるとは 限 ら な い。 む し ろ、 人 間 は 道 徳 を 習 っ た と は い え、 「 言 論 」 と「実行」に差が生じてしまうものだ。その「矛 盾

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」こそが、 おかしみを生成していると、佐々木邦は考えたのだろう。 ま た、 こ の 作 品 に は、 「 矛 盾 」 が 他 に も み ら れ る。 そ れ は、 正木君が泥棒に間違えられてしまうということだ。正木君は、 「 言 論 」 と「 実 行 」 の 間 に 開 き が な い よ う に 努 め て い る。 だ から、泥棒などするはずがない。しかし、正木君と関わり合 いのない周囲の人間にはそれがわからない。その上、正木君 は、 「 修 身 」 の こ と を 考 え る 一 心 で、 身 な り に 気 を 遣 わ な い。 よ っ て、 外 見 や 行 動 で 判 断 す れ ば、 「 泥 棒 」 と な っ て し ま う。 佐々木邦は、そうした人間関係におけるコミュニケーション の実態を、ここで「諧謔」に昇華したのである。 ところで、この作品は三人称で語られている。そう設定す る こ と で、 語 り 手 が、 「 正 木 君 」 と 周 囲 の 人 間 と を 媒 介 す る 立場で物語を進行できるようになる。

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冒 頭 の 場 面 で は、 「 正 木 君 」 が 下 車 し た あ と、 く だ ん の 女 性 に、 「 真 向 い に 座 る 男 」 が 話 し か け て い る。 こ の 男 に つ い て、語り手はこう述べる。

電車の中で馴れ〳〵しく話しかける男も油断がならない。

こ の 言 葉 が な け れ ば、 「 男 」 は、 た だ 単 に 優 し く 声 を か け ているだけのように見える。だが、それも表面だけを見れば の話である。その心中は、わかるはずはない。だから、注意 を す べ き な の だ。 「 正 木 君 」 だ け が 特 異 で は な い と い う よ う な、立場の強弱を中和させる効力がこの一文にはある。語り 手 が「 正 木 君 」 の 実 情 を 説 明 す る こ と で、 「 正 木 君 」 な り の 世界を読者に疑似体験させる。そして、最後には「正木君」 が苦悩する問題を、読者にも同じく考えさせるように展開し ていく。読者が、実生活上で「敬遠」してしまうような人間 であったとしても、そこには小説になるようなドラマがある。 多くの読者は、これまで、そうしたドラマを見逃していたか も し れ な い の だ。 「 正 木 君 」 を 中 心 に 据 え る こ と で、 読 者 は そ の 見 逃 し を 理 解 す る。 読 後、 「 正 木 君 」 の よ う な 境 遇 に あ る人間に対して抱く感想が変わっているかもしれない。 さ て、 読 者 は、 「 正 木 君 」 が「 駈 落 ち 」 の 問 題 で 苦 悩 す る ことを知る。 「直角」と言われるような人間であっても、 「恋 愛」や「婚姻」の問題については、白黒はっきりすることが できなかったのだ。そうした、道徳的に何が正解か、大きく 捉 え れ ば、 「 正 義 」 と は 何 か と い う 問 題 を、 こ の 作 品 は 扱 っ ている。しかし、佐々木邦はその問題だけを際立たせること はしない。物語の最後で、正木君は、修理した傘を受け取り、 電車の車内でまた考え込む。

下車して蝙蝠傘屋から修繕済みの三本受け取つたら、自 分の持つてゐるのと共に四本になつた。蝙蝠傘に屈託の 多い男だ。郊外電車に乗り込むと、先刻の奥さんが矢張 り女中をつれて座つてゐた。銀座あたりへ買物に行つて 今家に帰るところと見えた。 「あら」 と女中は正木君に気がついて、 「 奥 さ ま、 あ の 人 矢 っ 張 り 泥 棒 ね。 四 本 取 つ て 来 ま し た わ」 と囁いた。 「もつと此方へ寄りませう」

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と奥さんは及ぶ限り遠退いて眺め入つた。

「正木君」は、 「正義」について考えていたのである。しか し、それは周囲の人間にはわかるはずもない。そのことを、 読者はまた思い出したわけである。この場面が書かれたのは、 こ の 小 説 の「 諧 謔 性 」 を 保 つ た め だ と 考 え ら れ る。 「 教 訓 」 が多ければ、それは社会諷刺だけを目的とした話になってし まう。たしかに、この作品が掲載されている『苦楽』の誌面 には「滑稽諷刺」と、タイトルの上に角書きされている。だ が、最後の場面を見れば、やはり「諧謔小説」なのだ。

私の書くものはユーモア小説だから、人が苦しんだり悶 えたりするところは余り出て来ない。人生を描く為めに は、そういう方面も必要だけれど、自然軽快な場面を心 掛けるようになる。読んで胸が重くなるようでは、ユー モア小説の目的が達しられない。軽い明るい方向へ引っ 張って行く努力をする。

こ の よ う に 佐 々 木 邦 は 述 べ て い る

。「 修 身 教 科 書 編 纂 者 」 は、 「 正 義 」 の 問 題 と い う「 胸 が 重 く な る よ う な 」 話 題 を 逸 ら す た め に、 「 蝙 蝠 傘 」 の こ と が 書 か れ た の だ。 と は い え 周 囲 の 人 間 の 特 長 も、 蝙 蝠 傘 に つ い て も、 全 て は「 正 木 君 」、 つまり「修身教科書編纂者」に帰結することになる。だから こそ、佐々木邦は作品「修身教科書編纂者」と改めたのでは ないだろうか。 職場では「敬遠」されている性格の持ち主を中心に据えた ことで、作品を通して、その人間を読者に理解させる。そし て、その人物と同じように悩ませることで、一体感を得させ る。もちろん、それだけではなく、読者を楽しませるような 「 諧 謔 」 性 も 忘 れ て は い な い。 三 人 称 と い う 語 り も 含 め、 構 成の上手さが目立つ作品なのである。

ロ. 「 堅

かた

じん

の話」 「堅人の話」は、大正十五年九月、 『講談倶楽 部

』誌上に発 表された。その後、昭和五年版全集第一巻に収められる際に、 「 堅 人 」 と 改 題 さ れ て い る。 佐 々 木 邦 は「 出 納 係 は 女 除 け の お守りになる顔をしてゐるから何万円の紙幣を扱つても火星 の伝票と見てゐられる話」とまとめている。 これまで見てきた佐々木邦の作品では、誰かが何か失敗を してしまう、ということが多かった。それでも、その失敗は

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誰からも咎められることがなく、反対に、周囲の人間は許容 していった。それが、佐々木邦の作品の持つ「温かみ」のひ とつの源泉であった。 で は、 「 堅 人 の 話 」 は ど う か と い う と、 誰 も 失 敗 を 犯 し て いない。出納係長に出世した小野君の「倹約」ぶりがわかる エ ピ ソ ー ド が、 同 僚 の「 僕 」( 手 塚 ) か ら 語 ら れ て い く の み だ。換言すれば、小野君がなぜ出納係長に抜擢されたのか、 「 僕 」 が そ の 理 由 を 自 分 な り に 了 解 す る と い う 作 品 な の だ。 そ こ で は、 「 僕 」 と 小 野 君 が 直 接 的 に 交 流 す る こ と が 大 き な 意味を持ってくる。 物語の序盤では、出納係長についての社内のイメージが語 ら れ る。 「 僕 」 は 小 野 君 と 同 期 な の だ が、 懇 意 で は な く、 人 となりを知らなかった。それが出納係長に抜擢されたのだか ら、余計に興味がわく。そこで、小野君という人間がどのよ うな性質か類推するために、出納係長の前任者である池上さ んという人物を回想する。 まず、池上さんは、お金に対して融通が利かなかった。目 の前に会社のお金が多く積まれていても、自分の俸給分以上 は お 金 と 認 識 し な い。 「 火 星 あ た り の 伝 票 」 と 思 う と い う の だ。 し た が っ て、 「 僕 」 は、 「 機 械 の 素 質 を 持 ち 合 わ せ て い る」のが、出納係長になる人物であるという考えに至る。 さ ら に、 「 僕 」 は、 性 格 だ け で な く、 容 姿 に つ い て も 言 及 する。 「僕」は出納課の人間について、 「気の所為か、恰好の 好くないのが揃つている」と述べる。池上さんも類に漏れる こ と な く、 そ れ ば か り か 頭 が 禿 げ て い る。 つ ま り、 女 性 に 「 可 愛 が ら れ な い 」 容 貌 を 池 上 さ ん は 備 え て い る の だ。 し か し、それを長所だと「僕」は思う。そうでなければ、女性に うつつを抜かし、魔が差して、大金を持ち出すに違いないと 分析するからだ。 こ れ ら の 記 述 に は、 「 僕 」 の 偏 見 が 多 分 に 含 ま れ て い る よ うに思われる。しかし、これらは紛う事なき社内一般のイメ ー ジ な の で あ っ た。 「 僕 」 が、 友 人 の 三 好 君 に「 小 野 君 つ て そ ん な 人 か ね?」 と 尋 ね た だ け で、 「 適 所 適 材 だ よ 」 と い う 答 え が 返 っ て く る と い う の が い い 証 拠 で、 社 内 で は、 「 僕 」 が言うように、出納係長に就く人間は「そんな人」で通じて しまうのだ。 そ の 後、 「 僕 」 が 三 好 君 の 家 を 訪 れ た と き、 偶 然 小 野 君 に 出会う。小野君は、郊外に住む三好君の近くに、早くも自分 の家を建てるという。出納係長に出世したからこそである。 そのすごさは、三好君の細君が、小野君とは対照的な「僕」

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や三好君を「お軟い人」と皮肉るほどだ。だが、小野君は、 三好君の家で食事を一緒にとることはしない。これには、三 好 君 の 細 君 も、 仕 度 を し て い た か ら か、 「 恨 め し く な 」 っ て しまう。三好君とは同窓生であるのに、あまり付き合いはよ くないのだ。小野君の特異さが、ここからも読み取れよう。 次 に「 僕 」 が 三 好 君 の 家 を 訪 れ た 時、 「 素 晴 ら し い 美 人 」 を見かける。それは、小野君の細君だったのだ。三好君曰く そ の 細 君 と「 ロ マ ン ス 」 の 末 の 結 婚 で あ っ た。 「 僕 」 は、 実 は小野君は「堅人」でないのかもしれないと疑問を抱くわけ だが、三好君に「女房だけに軟い」のだと否定される。 そ の 日 の 昼 に、 「 僕 」 と 三 好 君 は、 小 野 君 の 新 居 を 訪 れ る。 小野君は、洋服屋と話をしていた。その時、小野君はうまい 具 合 に 洋 服 屋 と 交 渉 し、 値 段 を 負 け さ せ る。 「 物 価 を 引 き 下 げ術を心得ている」と「僕」は感心する。そして、小野君は その「引き下げ術」の効用を、二人に教えてくれる。値段を 負けさせれば、安くなった分、俸給が減ることはない。した がって、俸給が増えた計算になるのだという。その話を聞き、 「僕」は、 「これぐらゐ出納係長に適任な男はいない」と悟る。 以上が、作品のあらましである。小野君という存在につい て、 「僕」は以下のように結論づける。 細君に首つ丈けなら他から魔の差す隙間はない。人の半 額で生活が出来れば俸給以外の百円札は優に火星の伝票 と見てゐられる。真に重役秘書の言つた通り重役連中は 目がある。 小 野 君 が い か に 出 納 係 長 に 相 応 し い の か、 「 僕 」 は 自 分 な りに得心したのだ。この結論は、感心しているようにも呆気 にとられているようにも見える。しかし、嫌味を言っている ようには見えない。要するに、小野君という人間の持つ特異 な 思 考 を、 「 僕 」 は 理 解 し 許 容 し た の で あ る。 出 納 係 長 と い う役職に就く人間のイメージから、どんな人間であるかを類 推したところ、実物はイメージ以上に徹底した「倹約」家だ った。それは実際に交流しなければ、わかることはないこと だ。 佐々木邦の作品は、そうした特異な存在との交流が、ひと つのドラマを造りあげている。ただし、そのとき、作者佐々 木邦は、その人間の存在自体を批判し、否定することをしな い。 対 象 の 価 値 を 貶 め る こ と な く、 「 お か し み 」 を 生 み だ そ うとする。それが、佐々木邦流のユーモアなのだ。

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ハ. 「損友」 「損友」は、大正十五年十一月、 『講談倶楽部』誌上に発表 され、その後、昭和五年版全集の第三巻に収められた作品で ある。あらすじは以下の通り。 「私」 (荘田小三郎)は、旧友の垂水君と省線電車の中で久 し ぶ り に 再 会 す る。 「 私 」 は 垂 水 君 と 出 会 っ た こ と で、 初 め て「損友」というものを経験したという。その経験の顛末が、 以降に「私」の視座から語られていく。 「 私 」 は、 大 阪 か ら 故 郷 で あ る 東 京 に 栄 転 し た ば か り で あ った。それが嬉しくて、拵えたばかりの名刺を垂水君に渡し た。対する垂水君からは「垂水商会主」と書かれた名刺を渡 さ れ る。 震 災 以 来 何 も し て お ら ず、 「 形 成 傍 観 」 を し て い る のだという。一方、垂水君の妻は、カッフェを開いていた。 「 私 」 は、 垂 水 君 に 誘 わ れ る が ま ま、 そ の カ ッ フ ェ に お 邪 魔 する。 珈琲を御馳走されながら、同級生の消息をいろいろと聞い ているうちに、だいぶ長居してしまった「私」は、西洋菓子 をお土産にもらい、急いで帰ることにする。それから家に帰 る 途 中、 垂 水 君 に つ い て 考 え て み る と、 垂 水 君 か ら は「 親 友」と言われたが、実際には、中学生時代のたった二年しか 一緒でなかったと気づく。 数 日 経 っ た 時、 「 私 」 の も と に 長 尾 君 が 訪 ね て く る。 長 尾 君とは五年間中学で同じだったから馴染みが深い。しかし、 長尾君にはまだ東京に帰ってきたことは通知していなかった。 実は、垂水君から「私」のことを訊いたのだという。久闊を 叙したあと、長尾君から「生命保険」と書かれた名刺をもら う。 実 は 勧 誘 に 来 た の で あ る。 結 局、 「 私 」 は 二 千 円 分 入 る 約束をする。満足に仕事を終えた長尾君は、垂水君の情報を 教えてくれた。食事にも困る程の生活をしていた垂水君は、 関東大震災をきっかけに生活ががらりと変わったという。被 災後すぐに「罹災証明書」をもらうと、軍艦に乗って故郷へ 帰り、多くの「復興資金」を借り集めたのち、また東京へ戻 ってきたのだ。東京に帰ってきてからの垂水君のもとには、 多くの人物が寄りつく。垂水君の顔の広さを利用するためだ。 そ の 後、 「 私 」 が お 土 産 の お 礼 に 再 度 垂 水 君 を 訪 問 す る と、 さ ま ざ ま な 会 社 の 人 間 を 紹 介 さ れ る。 そ れ 以 降 は、 「 私 」 の 家にも多くの人間が、垂水君の紹介で訪れるようになってい た。あまりに多くの人間が訪問してくるので、ある炭屋が上 がり込んできたときには、怒鳴りつけるほどだった。それで も、 「 私 」 が 留 守 の 時、 妻 が 拙 い 絵 を 買 わ さ れ て し ま う。

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「 私 」 は 妻 を 咎 め る が、 小 言 の 最 中 の 言 い 間 違 い を 指 摘 さ れ、 やり込められてしまう。そんな中、呉服店の洋服部長がやっ てくる。女中から渡された名刺を手に「私」は玄関へ駆けつ ける。そして、その名刺を「馬鹿野郎」と洋服部長にたたき つけてやったのだった。 この作品は、佐々木邦自身が「友達を一人残らず親友にし て利用する男の話」とまとめている。このことからもわかる ように、中心人物は垂水君である。その垂水君と、語り手で あ る「 私 」 と の 交 流 が、 「 損 友 」 と い う 物 語 を 造 り あ げ て い る。 端 的 に 言 っ て し ま え ば、 「 私 」 が 垂 水 君 や 彼 に 紹 介 さ れ た 人物たちに振り回される話なのだ。垂水君は、多くの人間に 「 私 」 と い う 人 物 を 勝 手 に 紹 介 し て し ま う。 紹 介 さ れ た 人 物 は、利益を得ようと「私」のもとを訪問する。その訪問客の あまりの多さに、 「私」は辟易し、 「紹介はもう控えてくれ」 と垂水君に郵便を送っている。それでも、紹介状を持った人 間の訪問は絶えない。結果的に、変な絵まで買わされてしま う。 「 私 」 に は 得 な ど な い。 垂 水 君 は ま さ に「 損 友 」 と い う わけだ。 そもそもが、垂水君と「私」は、親友といえるほどの間柄 ではない。それでも、垂水君は一方的に「親友」と言い、迷 惑とわかっていても「私」を誰かに紹介しつづける。その厚 顔無恥な振る舞いは、おかしみを生んでいるといえる。 ところで、なぜ垂水君は、そうした振る舞いをやめないの だろうか。 ここには、垂水君の過去の生活、つまり、困窮した生活を 経 験 し た こ と が、 大 い に 関 係 し て い る。 そ う し た 生 活 は、 「 関 東 大 震 災 」 が 発 生 し た お か げ で、 状 況 が 一 変 す る こ と に なる。この垂水君の状況の変わりぶりについて、長尾君は以 下のように話している。

下町で何十万何百万と持つてゐた人が皆垂水君と同じや うになつてしまつたんだから、此方は出世したようなも のさ。

「 関 東 大 震 災 」 と い う 大 災 害 が 起 き て も、 垂 水 君 は 生 き 残 り、そして、これは好機とばかりに「罹災証明書」をもらい に 急 ぐ。 さ ら に は、 故 郷 へ 帰 り、 「 復 興 費 用 」 ま で 集 め た と いうのだから、その行動力には驚かされる。その上、故郷へ 帰るにあたっては軍艦に乗ったというのだ。

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そ こ か ら 垂 水 君 は、 東 京 に 戻 り、 〈 仲 介 者 〉 と し て の 仕 事 をしていくことになる。その紹介を行う場は、妻が開いたと いうカッフェである。カッフェの収益も上がるわけだ。 つまり、垂水君という人間は、厚顔無恥であるというだけ でなく、しぶとさも兼ね備えた存在なのだ。災害があろうが、 友人から苦情を言われようが、生き抜き、生活をしていく。 そうした行動をしていくのは、垂水君に、もう困窮した生活 を送りたくないという気持ちが根底にあるからであろう。そ うした気持ちは、自分のことだけを考えたものではない。垂 水君には家族がある。その家族を苦しませないために、垂水 君は厚顔無恥になったのだ。 行 動 だ け を 見 て い け ば、 「 私 」 に と っ て 垂 水 君 は 単 な る 迷 惑 千 万 な 存 在、 「 損 友 」 だ。 し か し、 そ こ に は、 実 は 垂 水 君 の 家 族 に 対 す る 愛 情 も 見 え 隠 れ し て い る の で あ る。 「 私 」 が、 垂水君に直接怒ることなく、訪問してきた人間に怒っていた のは、その心情を察していたからにほかあるまい。そして何 よ り も、 「 損 友 」 と 言 い な が ら も、 や は り 友 人 で あ り、 〈 友 情〉があるのだ。だからこそ、強く拒絶できない。その懊悩 は、 「 私 」 が 優 し い 心 の 持 ち 主 と い え る 証 拠 だ。 こ の 作 品 に ある「温かみ」は、そこから生まれているといえるだろう。 ニ. 「母校復興」 「母校復興」は、大正十五年十月、 『現代』誌上に発表され た。昭和五年版全集では第八巻に収められている(昭和四十 九 年 版 全 集 で は『 補 巻

の間を「斡旋」する。ただ、世間に疎いので、忙しいかどう 姿を見せない。老校長や教頭が会話に参加して、卒業生たち 業では料理屋、地主、何と言っても会社員が多く、失敗者は きから言うと、海軍少佐や営業課長などが出世頭で、自家営 のだ。皆四十面を下げており、働き盛り男盛りである。肩書 通となってしまう。それが今回、二十名近くが一堂に会した 時代の友人たちはあらゆる方面に散ってしまうため、音信不 息するものもあった。そのうち子供の数の詮索になる。中学 髪 が 薄 く な っ て い た の だ。 「 お 互 に 年 を 取 っ た ん だ ね 」 と 嘆 禿げた具合へと移る。紅顔の少年で別れて、再会してみると 室に集まってくる。挨拶を済ませたあとは、話題がお互いの の時間を記した。定刻を過ぎた頃、参加者が続々と校舎の一 た性質を見越した学校当局は、案内状に定刻よりも一時間前 卒業生は在学生と違い、時間を守る責任を感じない。そうし 舞台は私立中学の同窓生懇親会。学校側が主催したものだ。 の通りである。 5』 に 収 録 さ れ る )。 あ ら す じ は 以 下

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かしか訊かない。 煙草を吸いながら会話をしていると、学生時代に煙草で叱 られた話になる。その時、吸っていたのに叱られることがな かった狡い男は、裁判官になっていた。教頭が「狡いものが 成功しますよ」と言うのだった。それから海軍少佐になった 男が座の中心になる。欧州大戦以来軍人の評判が悪くなると 弱音を吐けば、校長が鼻を鳴らしながら「意気地のないこと では困る」と説く。鼻を鳴らすのは校長の昔ながらの癖であ った。次に学校のことに話が移る。八百人の生徒がいると聞 き、現在の学校には参加者の知っている教師は早川さんぐら いしかいないとわかる。その場は早川さんの思い出話に花が 咲いた。すると、そこへ早川さんが姿を見せる。早川さんは 学校の第一回卒業生であり、今回の幹事である。早川さんは 「 何 う し て 招 集 さ れ た の か 知 っ て る か 」 と 含 み を 以 て、 出 席 者に訊くが、誰もわからない。隣の教室に移動するよう指示 されると、そこには最寄の西洋料理屋が出張していた。参加 者は、尻の痛くなる腰掛や疵だらけの机を見て、過去のこと を思い出し、感慨無量になる。デザートコースに入ると、参 加者が全員順番に挨拶をしていくことに。一番手の松本君は、 割烹店の主人としては上出来な挨拶をする。続いて解剖学の 三浦君は、少し気味の悪い挨拶をする。製造業についた男は、 御入り用なら格安で引き受けると言って、大喝采を博した。 そして最後に校長の番になる。校長は、実は同窓会は連日行 われていると、鼻をプルプルさせながら話す。一同黙って聞 いていると、校長は、震災により学校が大破損を受けたので、 立て直したい、だから卒業生から寄付金を募っていると、こ の会の隠れた理由を明らかにする。教頭が詳しく話したあと、 参 加 者 は 各 々 寄 付 を し て い く。 「 洋 食 は 高 く つ く ね 」 と 冗 談 を言う者があったが、善いことをしたので心持ちが良い。目 も自然と高きを望み、一同は天の川のある星空を見上げたの であった。 この作品について、岡保生氏が以下のように述べてい る

母校を愛し、旧師を慕い、そして、ともかく母校のため に寄付ができるほど、日々の生活もまずまず満足できる。 そういう小市民の幸福を、邦は願い、求め、かつ共感し ている。すべてを善意に、明るく受けとめようというの が、市民作家佐々木邦の信条だった。

この岡氏の「解説」を参考に、この「母校復興」の魅力を

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考察していきたい。

「 母 校 復 興 」 の 持 つ 大 き な 魅 力 は、 筋 の 展 開 の 面 白 さ で あ る。同窓会だと言われて集まった卒業生たちは、そこが実は、 寄付を募る場でもあるという「隠れた理由」を知らされ、驚 愕する。校長や教頭といった旧師たちに、卒業生たちはまん まと一杯食わされたのだ。寄付金を十全に集めるためには、 同窓会という場は最適である。旧師たちの方が一枚上手で、 かつ用意周到だった。この旧師たちの抜け目のなさや意表を 突いた行動が、また更なるおかしみを生んでいる。こうした 筋 の 展 開 の 面 白 さ は、 「 貧 乏 な 母 校 か ら 会 費 不 要 の 晩 餐 招 待 があつたら警戒を要する話」という佐々木邦自身のまとめを 見ても明らかである。

ただ、ここで注目したいのは、寄付を半ば強要されても、 反対せずにすんなりと受け入れるという卒業生たちの態度・ 選択である。なぜ、卒業生たちは、寄付することを素直に受 け 入 れ た の で あ ろ う か。 こ こ に、 「 母 校 復 興 」 の も う 一 つ の 魅力が隠されていよう。もう一つの魅力とは、ずばり人間に おける〈変わらぬ関係〉の再認識である。 卒業生たちは、二十数年ぶりに再会してまもなく「スパロ ー」や「虎公」などと昔のあだ名で友の名を呼び合う。ここ で語り手は、

直ぐに十年でも二十年でも後戻りするところが昔馴染の 貴い所以である。

と述べる。ここには、友情という〈変わらぬ関係〉が描かれ て い る。 中 学 生 時 代 を 共 に 過 ご し た 友 人 た ち は、 「 直 ぐ に 十 年でも二十年でも後戻り」できる。なぜなら、そこには堅い 絆があるからだ。だからこそ、語り手は「貴い」と言うので あ る。 佐 々 木 邦 は、 「 友 達 の 有 難 さ

*1

」 と い う 随 筆 で、 以 下 の ように述べている。

この時代の(中学生時代のこと。 ─ 藍木註)同級生は 後日仕事の方面に共通点があると一生の親友になる。去 る も の は 日 に 疎 し。 意 味 も 何 も な い。 離 れ る と、 そ の まゝ疎遠になってしまう。しかし何かの機会で再び会え ば、地位が何んなに違っていても以前の通り君僕の間柄 で話せる。

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中学時代に培われた友情は、 「一生の親友」の間では、 「何 か機会」さえあれば、大人になってさまざまな職業に就き、 「 地 位 が 何 ん な に 違 っ て い て も 以 前 の 通 り 君 僕 の 間 柄 で 話 せ る 」 と い う の で あ る。 そ の 後、 「 地 位 」 が 高 く な っ た り、 反 対に低くなったりしても、友人たちはお互いに態度を変える ことはないのだ。これは、佐々木邦の考える理想の人間関係 であるといえよう。 〈 変 わ ら ぬ 関 係 〉 と い う の は、 卒 業 生 間 の 友 情 だ け で は な い。卒業生たちと旧師たちとの関係も変わってはいないのだ。 卒業生たちは旧師たちと同じように煙草を吸うほど齢を重 ねてはいるが、関係性までもが対等になったわけではない。 ここでも、友情同様、本人たちにとって、現在の「地位」と いうものは、関係ないことが読み取れる。 以 上 見 て き た よ う に、 「 母 校 復 興 」 に は、 筋 の 展 開 の 面 白 さだけでなく、友情や思慕といった人として大切な〈変わら ぬ関係〉が描かれていた。卒業生たちは、そうした関係が以 前と変わらないからこそ、中学時代を容易に回顧することが できる。そして、反対に、現在を知ることができる。こうし て 再 会 で き る 現 在 が あ る の は、 「 母 校 」 で 同 級 生 た ち や 旧 師 たちと過ごした日々があったからだと卒業生たちは理解した の だ。 そ の 理 解 こ そ が、 「 母 校 」 を「 復 興 」 さ せ る た め に 一 肌脱ぎたいという行動の動機となる。そうした「母校」への 感 謝、 「 母 校 愛 」 が あ る か ら こ そ、 旧 師 た ち に 出 し 抜 か れ た と し て も、 激 高 し な い の で あ る。 岡 氏 が「 解 説 」 で、 「 す べ て を 善 意 に、 明 る く 受 け と め よ う 」 と い う 佐 々 木 邦 の「 信 条 」 を 述 べ て い る が、 「 す べ て を 善 意 に、 明 る く 受 け と め 」 るためには、以前培われた関係を忘れてはならず、さらに、 現在があるのは、そうした〈変わらぬ関係〉があるからだと い う 感 謝 の 念 を 持 ち 続 け な け れ ば な ら な い。 「 母 校 復 興 」 に は、そうした佐々木邦の「信条」が書き込まれているのだ。 も ち ろ ん、 「 関 東 大 震 災 」 が あ っ た こ と も 卒 業 生 た ち に 大 き く 影 響 し て い よ う。 「 母 校 復 興 」 が 舞 台 と な っ て い る 年 代 は明記されてはいないが、発表年の大正十五年前後であると 考えて差し支えない。悲惨な災害を経ても、お互い健康で再 会 で き る 喜 び。 そ れ も ま た、 「 母 校 」 へ の 感 謝 を 強 く 感 じ る、 大 き な 要 因 で あ る。 加 え て 言 え ば、 「 母 校 復 興 」 と い う 題 名 には、帝都「復興」への強い祈りが込められているとも考え られないだろうか。 こ こ で、 「 早 川 」 と い う 人 物 の 存 在 に も 触 れ て お き た い。 「 早 川 」 は、 登 場 す る 卒 業 生 た ち の 先 輩 で も あ り、 教 師 で も

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あ っ た。 語 り 手 は、 「 白 シ ャ ツ が 面 倒 だ と 言 っ て、 烏 賊 の 甲 という胸丈けの奴をつけている」と早川の服装について説明 する。他の人間とは違った服装であり、違った考えの持ち主 であることがわかる。そうした人間もあえて登場させる。そ し て、 「 早 川 」 が 同 窓 会 に 登 場 し た 際、 卒 業 生 た ち は 温 か く 迎 え 入 れ る。 「 修 身 教 科 書 編 纂 者 」 に も 見 ら れ た よ う な ど ん な 他 者 で も 温 か く 認 め 受 け 入 れ る、 と い う 佐 々 木 邦 の「 信 条」も描きこまれているといえよう。いわば、人として人を 受け入れる許容量の大きさだ。 最後に、佐々木邦が「母校」に注目した点について言及し ておく。佐々木邦は、高校時代に在籍した明治学院について、 「 世 間 に 学 校 は 沢 山 あ る け れ ど、 私 は 一 度 と し て 他 の 学 校 で 学んだらよかったろうと思ったことがない」と述べ、さらに、 「 学 校 を 卒 業 し て 社 会 へ 出 た も の は、 ど う い う 地 位 に い て も、 その来た道筋を後に辿ると、母校の門に達する」と見解を述 べ る

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。 こ の 発 言 は 作 品 の 後 に さ れ た も の だ が、 「 母 校 復 興 」 を見る限り、大正十五年からそうした考えをもっていたとい うことができるだろう。佐々木邦は、まさに人材を育む点に お い て、 「 学 校 」 と は「 母 」 な る 存 在 で あ る と い う 意 味 で、 「母校」という言葉を好んでいたのではあるまいか。 ホ. 「禁煙の一生」 「禁煙の一生」は、大正十五年十一月、 『雄弁』誌上に発表 さ れ た。 『 笑 の 王 國 』 に 収 め ら れ た の ち、 昭 和 五 年 版 の 『佐々木邦全集』第九巻に収録された。 佐 々 木 邦 は こ の 作 品 を、 「 種 々 の 禁 煙 法 を 試 み な が ら 結 局 一 生 吸 い 続 け る 煙 草 好 き の 話 」 と ま と め て い る。 こ の「 荒 筋」にある「会社で一番の煙草好き」というのは、別府課長 のことだ。別府課長は、生命保険会社に勤めているが、契約 はしていない。家族のために保険に入りたいと考えていても、 会社が別府課長の身体を信用せずに、容認をしないのである。 さらに、自分の性格上、喫煙という「悪習慣に超越したい」 と考えていることも、禁煙を計画するのに関係している。そ れでも、幾度となく禁煙に失敗してしまう。そして、家の中 でしか吸わないだとか一日一本にするだとか、いくつもの節 煙の方法を考えるのだが、それも長続きはしない。そうした 生活が「十数年」も続いている。 この小説は、別府が課長を務めている「現在」から始まり、 過去の禁煙・節煙の経歴紹介を挟んで、終盤でまた「現在」 に戻ってくる構成になっている。まず、別府課長が「毎食後 葉巻一本」という節煙が一週間もったという場面から始まる。

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しかし、終盤では、隠れて吸っていたのが部下たちにばれて しまい、その部下たちに御馳走をする場面となる。またも、 別府課長は節煙に失敗したのだ。しかし、終盤になると話題 が、なぜ別府課長が煙草を吸い始めたのか、に移っていく。 別府課長曰く、喫煙を始めたには「ロマンスがあった」と いう。別府課長が中学三年のときだった。下宿先の近くに小 さな煙草屋があり、そこには「お仙さん」という看板娘がい た。そのお仙さんと交流を持とうと、別府課長は煙草を買い 始めたというのである。その後、煙草だけでなく、パイプも 購入し、吸うようになったのであった。だが、そのお仙さん は 間 も な く 姿 を 消 し て し ま う。 「 金 持 の と こ ろ へ 妾 奉 公 に 行 っ た 」 の だ っ た。 部 下 た ち は、 そ れ を 聞 き、 「 呆 気 な い ロ マ ンスですな?」と物足りなそうな感想を漏らす。そこで、別 府 課 長 は 以 下 の よ う に 述 べ る。 「 ロ マ ン ス と し て は 呆 気 な い が、影響は今日に及んでゐる。僕が煙草をやめようとして一 生 苦 む の も、 皆 お 仙 さ ん の お 陰 さ 」。 禁 煙 を す る た め に は、 煙 草 を 吸 っ て い な け れ ば な ら な い。 そ の 喫 煙 の 発 端 に は、 「 お 仙 さ ん 」 と い う 女 性 を 好 き に な っ た と い う 甘 酸 っ ぱ い 思 い出があったのである。別府課長は、煙草をやめようとする たびに、この「お仙さん」のことを思い出すのではあるまい か。換言すれば、この「ロマンス」を大切にしているからこ そ、煙草を吸い続けているのだと考えられはしないだろうか。 実は、この小説には、佐々木邦自身のとある体験が投影さ れている。佐々木邦は、喫煙者であったため、煙草に関する エッセイをいくつか残している。 「煙草の思い 出

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」では、 「私 も幾度禁煙して幾度破ったか知れない」と述べ、

ニコチンの影響する局所は個人々々の体質によって違う のらしい。私の場合は心臓に利く。煙草をすっていると 脈搏が速くなる。若い頃生命保険の診査を受けて、脈が 速い為めに断られたことがある

と、過去に保険を断られたことを明らかにしている。これは、 別府課長と同じだ。つまり、別府課長のモデルには、佐々木 邦自身が含まれていると考えられよう。 さ ら に、 「 カ ン バ ン 娘 」 と 題 の つ い た エ ッ セ イ

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で は、 過 去 に出会った「綺麗な看板娘」について語られている。小学生 だった佐々木邦は、家の近くにある西洋小物問屋で店番を務 める女性に好意を持った。幾度となく買い物をしに店を訪れ る と、 「 な ぜ こ ん な に も の を 買 い に 来 る の か 」 と 看 板 娘 に 訊

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か れ る。 佐 々 木 邦 は、 返 事 に 窮 し、 「 あ な た が 好 き だ か ら 」 と い っ て 苦 し 紛 れ に 返 す。 す る と、 看 板 娘 は、 「 そ れ な ら 嫌 いにして上げます」と、佐々木邦の胸の辺りをつねったとい うのだ。その後、看板娘は「お妾さん」になって、姿を消し たという。 小学生と中学生で、別府課長の思い出とは時期は違うが、 近い内容である。自身の思い出を、当時急増したサラリーマ ンを主人公にしたあたり、佐々木邦作品らしさが出ていると いえよう。もし、佐々木邦と同様、作家を主人公としたなら ば、 「 佐 々 木 邦 の 話 」 と 見 ら れ て し ま う。 そ こ を サ ラ リ ー マ ンを主人公にすれば、読者の立場と近く、別府課長に感情移 入もしやすい。読者の世界と作品の世界を近づけることを、 佐々木邦は意識していたことが、この作品からは読み取れる のである。

ヘ. 「髪の毛」 「髪の毛」は、大正一五年九月、 『面白倶楽部』誌上に発表 された。昭和五年版全集では、第七巻に収録されている(昭 和四十九年版全集では『補巻

5』に収録されている)

。 佐 々 木 邦 は、 「 荒 筋 」 と し て、 こ の 作 品 を 以 下 の よ う に ま と め て い る。 「 何 ん な 家 庭 へ で も 風 波 を 起 さ せ る 秘 法 伝 授 の 話」 。「秘法」とは、一体何を指すのであろうか。まずは簡単 にあらすじを述べたい。 物語は、井口君の家庭のとある朝の出来事から始まる。井 口君の細君が、井口君のズボンに入っている蟇口や札入れを 調 べ、 い く ら 使 っ て い る か を 確 認 し て い た の だ。 こ の「 検 査」をすることで、井口君が本当に飲みに行ったのか、嘘を ついていたのかがわかる。この「秘伝」を授けたのは、中川 君の細君である文子さんだった。文子さんは、妻が夫を支配 するものと考えている。それでも、夫婦仲は悪くなかった。 ここで場面が変わる。井口君と中川君が勤める会社にいる、 「 い た ず ら も の 」 の 総 領 で あ る 秋 月 君 が 中 心 と な る。 秋 月 君 は独身であるが故に、夫婦者を貶す。そして、数々の悪戯を 仕掛ける。そのうちの一つである「秘訣」を、仲間に話す。 「 秘 訣 」 と は、 芸 者 の 髪 の 毛 を 二・ 三 本、 標 的 と す る 人 物 の 白シャツのボタンに絡ませるというものだった。それを聞い た仲間は早速実践する。標的となったのは中川君と井口君の 両名だった。そして、最後の場面は、そのいたずらを仕掛け られた、翌朝の中川君の家庭にうつる。寝ている中川君を文 子さんが叩き起こしたのだ。文子さんは当然気が動転してい

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る。中川君は事情を聞いて、それは同僚のいたずらだと釈明 する。文子さんは、それを聞いて、すぐに機嫌を直す。する と、中川君は、井口君が心配となり、すぐさま井口君の家に 出掛ける。しかし、二十分ほどして帰宅する。まだ、井口君 夫婦は寝ていたのだった。以上があらすじである。 こ の 作 品 は、 佐 々 木 邦 が「 荒 筋 」 で 述 べ て い る「 秘 法 伝 授」が二つ行われている。ひとつは、妻が夫の財布を検める というものだ。これも「風波を起させる」ものといえる。も うひとつは、秋月君のいたずらである。これが、この小説の 中心であるといえる。題名も「髪の毛」であることも関係す る。 こ の い た ず ら の 大 き な 理 由 は、 未 婚 者 で あ る 秋 月 君 の 「 丘 焼 き 」 で あ る。 既 婚 者 の 面 々 は、 秋 月 君 の い た ず ら に 困 ってはいるものの、その理由を知っている分、寛容だ。その 秋月君も、いたずらをする際には、相手を見極める。中川君 にいたずらを仕掛けたのは、秋月君ではなく、秋月君の仲間 なのだ。秋月君は、中川君にその「秘伝」をすれば、命が危 ないと消極的だったのである。いたずらする側にも、流儀と いうものがあった。いたずらする側とされる側の関係が、う まく保たれているわけなのだ。ここで、ひとつ目の「秘法」 に目を向けたい。なぜ文子さんは、そのような「秘伝」の技 をするのだろうか。それは、家庭を円満にするためだ。なぜ、 家庭を円満にしたいかといえば、中川君のことを好きだから だ。表面上は、妻が夫を支配しているわけだが、その根底に は、 「 夫 婦 愛 」 が あ る の で あ る。 秋 月 君 の「 秘 訣 」 を 仕 掛 け られた中川君は、すぐに文子さんに責められる。しかし、す ぐに解決する。これは、互いに信頼しあっているからに他な らない。井口君の家庭は、妻があまり口を出さずにいて、夫 婦仲も悪くない。対して、中川君の家庭は、妻が口を絶えず 出す。けれども、夫婦仲は悪くない。一見すると、中川君の 家庭のほうが、夫婦仲は悪くなりそうに思える。しかし、中 川君が文子さんの行動を、受け入れているのである。ここに も、登場人物の「寛容さ」が見て取れる。なぜ、そのような 行動をするのか、中川君は理解しているのだ。いくら、いた ず ら を さ れ よ う と も、 「 風 波 」 は 立 つ が、 大 事 に は 至 ら な い。 この小説には、家庭の中にある「信頼関係」のあり方が、見 事に表されている。

ト. 「社長秘書の話」 「社長秘書の話」は、大正一五年八月、 『面白倶楽部』誌上 に 発 表 さ れ、 『 笑 の 王 國 』 に 同 名 で 収 め ら れ た。 そ の 後、

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佐 々 木 邦 は、 昭 和 五 年 版『 佐 々 木 邦 全 集 』 に 収 録 す る 際、 「社長秘書」と改題している(昭和四十九年版全集でも、 「社 長秘書」の題で、 『補巻

5』に収録されている)

。 こ の 作 品 を 佐 々 木 邦 は、 「 社 長 が 諧 謔 家 を も つ て 任 じ て ゐ ると下役は是非とも笑はなければならない話」とまとめてい る。この「荒筋」からもわかるように、この作品は、会社が 舞 台 と な っ て い る。 「 諧 謔 家 を も つ て 任 じ て 」 い る 社 長 は、 話すことが大好きだ。他人の話にも「それについては面白い 話があるよ」と、その会話に割って入り、自分の話をしてし ま う。 そ の せ い で、 「 尻 馬 居 士 」 と の あ だ 名 が つ い て い る。 その社長の話を読者に紹介するのは、語り手である「私」の 仕 事 で あ る。 「 私 」 は、 最 近 社 長 秘 書 に 抜 擢 さ れ た ば か り で、 数名いる同僚と机を並べて仕事をこなしていた。社長秘書に なる前は、社長の話を聞くことを光栄に感じていたが、あま りにも社長の話が長く、また、話をされることが多いので、 段々と辟易してくる。そんな中、社長秘書の塚本さんが社長 に、夜中の頻尿でよく眠れないが故に、体調を悪くしている と 相 談 を す る。 社 長 は、 溲

びん

を 使 う よ う に 回 答 す る。 「 長 々 と寝ていてウトウトしながら用を足す時の心持は王侯貴人だ ね」とも社長は話す。しかし、数日経ってから、塚本さんが 「王侯貴人」で「大失策」をしたと話し出す。 「火傷」をした と 言 う の だ。 「 は ゝ あ 」 と、 社 長 が 初 め て 聴 き 役 と な る。 塚 本さんが話すには、溲瓶を取ろうとして、間違えて「豚の蚊 燻し」を引き寄せてしまったのだった。用を足そうとして痛 さのあまりに吃驚したので、最初は溲瓶に「百足」が紛れ込 んでいたのかと思ったと、塚本さんは真面目に話す。それを 聞 い て、 「 私 」 と 社 長 は 腹 を 抱 え て 笑 う の だ っ た。 以 上 が あ らすじであり、社長の話す小話の紹介が主となっている。こ の作品の面白さは、まずは社長と社長秘書たちの会話にある。 社長は、話をしている際、聴き役に「はゝあ」という相づち を要求する。だから、聴き役は「はゝあ」と相づちを打つ。 しかし、時に適当になってしまうことがある。そこを社長は 見逃さない。このような場面がある。

「君、何うしたと思う?」 「はゝあ」 「はゝあじゃないよ」 「さあ、何うしましたろう?」

この場面では、社長秘書のぞんざいな対応がおかしみを生

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んでいる。その一方で、社長のほうに目を向ければ、きちん と聴き役の社長秘書たちのことを見ていると言うこともでき る。聴き役の側から見れば、社長は、ただ単に無駄話をして いるように見える。しかし、社長はといえば、聴き役たちを 喜ばせようとして、面白いと思った話を披瀝しているのだ。 好意なのである。だからこそ、社長秘書たちは時に適当な対 応をとろうとも、陰では「尻馬居士」というあだ名をつけて いようとも、決して社長の悪口を心から言うようなことはな いし、反感を持つこともない。社長と社長秘書の信頼関係と いうものを、作中にある会話から読み取ることができるのだ。 その「信頼関係」を読み取ったとき、読者は安心感を得て、 微笑むのである。 佐々木邦は、その後、同じく豪快な社長をたびたび作品の 中 心 人 物 と し て 描 い て い く こ と と な る。 代 表 作 と し て、 「 ガ ラマサどん」が挙げられる。ワンマンでありながら、決して 独りよがりの行動ばかりをせず、常に下役たちのことを気に かけている。どのような間違いを犯そうとも、その失策をし た人物を解雇せず、教え諭していく。そうした度量の大きさ というのは、佐々木邦作品の特徴の一つであるといえる。度 量があれば、余裕が生まれる。その余裕がユーモアを生むわ けである。

チ. 「運」 「運」は、大正十五年六月、 『苦楽』誌上に発表された。昭 和五年版全集では、第二巻に収められている(昭和四十九年 版全集では第二巻に収録される) 。「高等学校を卒業し損ねた ばかりに大事業家になつた話」と佐々木邦がまとめている作 品である。 こ の 作 品 の 中 心 人 物 は、 「 将 軍 」 と あ だ 名 の つ い た 横 田 君 で あ る。 横 田 君 は、 「 僕 」 が 高 等 学 校 に 入 学 し た 時、 一 年 上 の先輩であった。しかし、実は一年生で一回、二年生で一回、 計二回留年しているため、四歳年上であった。結局、僕が卒 業するときには同級生になっていた。その横田君は、僕と同 時に卒業するはずだったが、ドイツ語で落第してしまい、成 業の見込みがないとして、退学を命じられてしまう。多くの 生徒たちが、その裁定に反対したものの、学校側の意向は変 わらず、横田君は退学となる。そして、多くの人間に見送ら れながら、横田君は故郷へと帰っていく。それから三年後、 東京で大学生活を送る僕の元へ、横田君が突然やってくる。 な ぜ 東 京 へ 来 た の か と 僕 が 問 う と、 「 金 儲 け の た め 」 だ と 言

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う。 横 田 君 の 故 郷 は、 「 湯 田 」 と い う 場 所 だ っ た。 そ の 名 前 の由来は温泉が湧いていたからではないかと、横田君は推測 し た の だ。 だ か ら、 上 京 し、 「 穿 鑿 会 社 」 に 仕 事 の 依 頼 を し に来たのだという。しかし、それからというもの、温泉は湧 かずにいた。反対に、僕は大学を卒業できても、今年度中の 就職口がなかった。来年度に就職口を見つけることにすると、 僕は時間が空いたので、横田君の故郷を訪れた。夜になり、 僕と横田君は、枕を並べて寝ることにした。横田君の家には、 電鈴がついており、湯が沸くと、すぐに「穿鑿会社」が知ら せ て く れ る と い う。 横 田 君 は、 「 母 に 知 ら せ る 為 め さ 」 と、 親孝行が理由であると話し、僕をしみじみとさせる。翌朝、 その電鈴が鳴り響いた。横田君と僕は跳ね起きて現場へ向か う。現場に近づくと、作業員が「横田さあん!」と大声で呼 んだ。なんと、温泉ではなく、石油が湧いていたのである。 石油は凄まじい勢いで湧き出ていた。それを見ると、横田君 と僕は抱き合って泣くのだった。 この作品は、メッセージ性が高い作品である。冒頭で僕が 述 べ て い る 通 り、 「 要 す る に 世 の 中 は 運 だ。 焦 っ た と こ ろ で 成るようにしかならない」というメッセージだ。ここで言う 「 運 」 と い う の は、 横 田 君 の 行 動 に つ い て 見 ら れ る。 横 田 君 は、高校を退学させられてしまった。結果として、そのとき 退学させられたから、故郷へ帰ることになり、温泉を掘り当 て よ う と い う 気 に な っ た の だ。 こ の 横 田 君 は、 「 東 日 本 石 油 株 式 会 社 」 を 起 業 す る。 「 僕 」 は、 作 品 の 最 後 で こ の よ う に も 述 べ て い る。 「 唯 僕 は 今 で も 時 々 疑 問 が 起 こ る。 そ れ は 若 しあの折横田将軍が僕達と一緒に高等学校を卒業してしまっ たらということである」 。 佐 々 木 邦 の 作 品 で、 「 運 」 と い う 要 素 は、 大 き な 意 味 合 い を持っている。高校を卒業できないような男が、結果的に大 企業の社長となる。この矛盾が、一種のおかしみを生む。そ れ と 同 時 に、 「 成 る よ う に し か な ら な い 」 と い う メ ッ セ ー ジ は、楽天的であるというのではなく、ここは「人事を尽くし て天命を待つ」という意味であろう。何が人生を良い方向に 持って行くかわからないのである。 これには、佐々木邦自身の体験が大きく影響していよう。 佐々木邦は、慶應義塾大学予科を退学したのち、青山学院に 入学しようとした。しかし、その手続きをしようと学校に向 かっていた途中、突如雨が降ってきたので、雨宿りをしよう と、近くの建物に駆け込んだ。その場所が、明治学院であっ た。そして、佐々木邦は明治学院と深い関わりをもつことに

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なり、そこでの思い出を、作品としたりあるいはエッセイの 題材としたりし た

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。まさに偶然と呼ぶべき「運」があったわ けである。もともと佐々木邦は、人間という存在を越えた、 何か大きな存在を信じていたフシがある。その存在を、ひと りの男の成功談として表現したのが本作なのである。佐々木 邦は、さまざまな形で、おかしみやメッセージを作品に盛り 込んでいたのだ。

リ. 「夫婦愛」 「 夫 婦 愛

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」 は、 昭 和 五 年 版 全 集 の 第 五 巻 に 収 録 さ れ て お り、 大正十五年十月・十一月と二回にわたって同名で『面白倶楽 部 』 誌 上 に 発 表 さ れ た 作 品 で あ る。 十 月 分 は「 良 人 の 進 化 」、 十一月分は「妻女の進化」と章題が付されている。この点か ら考えて、確かに連載と見ることもできようが、ひとつの短 編作品を二回にわたって発表したと見たほうが良いだろう。 二回共に、倉橋君夫婦が作品の中心に据えられている。この 「 夫 婦 愛 」 と い う 作 品 を、 佐 々 木 邦 は、 「 新 夫 婦 が ダ ン 〴〵 世帯染みて行く話」とまとめている。まずは、各話のあらす じを示しておこう。 「良人の進化」は、 「倉橋君は長谷場君と殆んど同時に結婚 した」の一文から始まる。同僚は、結婚が同時だったために、 どちらが先に子供を産むだろうか、という話題で盛り上がり、 賭け事にまで発展してしまう。そのような同僚の関心も七十 五日で鎮まるかと思われたが、長谷場君の細君が、大株主の 娘で、さらには雑誌の口絵を飾るような美人だったため、い つまでも長谷場君夫婦に関する話題だけは続いた。あまりに 長谷場君の細君に関する良い評判ばかり聞かされるので、倉 橋君の細君は気分が良くなかった。長谷場君の細君が載って いる雑誌の口絵を見ても、化粧のことや服装のことについて 言及し、容易に美人だと認めようとはしなかった。そんなな か、ある日曜日、倉橋君夫婦と長谷場君夫婦は偶然三越で出 くわした。食事をいっしょにとることになると、細君同士は 会話が弾んだようで、仲が良くなったようだった。しかし、 その後、長谷場君の細君は体調を崩してしまう。そして、転 地療養など最善を尽くしたが、ついに亡くなってしまう。そ れから五ヶ月後、倉橋君の細君が、無事に子供を出産した。 倉橋君の細君は、子供の物を買いに行くので、三越に連れて 行って欲しいと倉橋君に頼む。だが、細君の買い物は長く、 退屈であるので、倉橋君は同伴することを拒否する。それで も細君は、いっしょに行って欲しいと食い下がるのだが、倉

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橋 君 は 応 じ ず、 こ の よ う に 言 い 放 つ。 「 他 の と こ ろ な ら 何 処 へでもついて行くが三越丈けは堪忍して貰う」と。そして、 作 品 は そ の よ う な 倉 橋 君 の 様 子 に つ い て、 「 も う 一 人 前 の 良 人になつてゐた」と語り手が述べ、終わる。 続 い て、 「 妻 女 の 進 化 」 で あ る。 倉 橋 君 夫 婦 の「 赤 ん 坊 」 についての話題から始まる。倉橋君夫婦は、隣家の赤ん坊と 見比べて、自分たちの赤ん坊を「器量が好い」などと絶賛し て い る。 こ こ で 語 り 手 は、 「 夫 婦 の 愛 は お 互 か ら 子 供 の 上 に 移つた」と説明する。このあと、話題はまた夫婦間の会話が 中心となっていく。倉橋君の勤める会社は大きな会社で、同 僚が沢山いる。したがって、訃報がよく入る。かと思えば、 誰かが再婚するなどといった吉報もよく舞い込んでくる。そ んな中、倉橋君は、会社が不景気の煽りを受け、年末に「淘 汰」があるとの噂を耳にする。倉橋君の所属する課でも、三 人ほど「首」が出るという。倉橋君の細君は、倉橋君のこと を心配し、そして、家計のことも心配になり出した。そこへ 大阪の姉から手紙が来た。心細かったので、倉橋君の細君は、 返 事 の 中 に、 「 淘 汰 」 の 心 配 に つ い て を 認 め た。 す る と、 姉 から返事が来て、毎月給料から三十円ほどは「くすね」て貯 蓄し、そして、保険に入るように助言が書かれていた。結局、 倉橋君は「淘汰」されることはなかった。細君は、安心した ものの、行く末が心配なので、貯蓄や保険について倉橋君に 提案をした。しかし、倉橋君は応じなかった。翌年の正月、 長谷場君が再婚するとの知らせが届く。倉橋君は驚喜したも のの、細君は、再婚することに納得がいかなかった。それか ら数年経ち、倉橋君夫婦の「坊や」が歩き始めた頃、倉橋君 が風邪をひいてしまう。五日ばかりで治癒したが、細君はや はり心配であった。そしてある日、倉橋君に「健康診断」を 提案する。あまりにしつこく言われたので、倉橋君は「そん なに言ふなら見て貰つてやる」と、了承してしまう。実は、 その「健康診断」は「保険会社」のものだったのだ。倉橋君 は「おや〳〵」と退っ引きならないのであった。 以上が二話のあらすじである。 この作品は、夫婦の考え方の変化について描かれていると いってよい。だから、作品は倉橋君夫婦が結婚したばかりの 時期から始まるのだ。夫婦生活を送っていくうちに考え方は 変化し、そして、夫婦の付き合い方も変化する。その変化の 様子を、訃報や吉報を織り交ぜながら展開していく。倉橋君 は三越に行きたくないと、細君に強く主張するようになるし、 細君は細君で保険会社の健康診断を内々に計画するなど策略

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を巡らすようになる。その変化を「進化」と言っているので ある。一見すると、それは「進化」とはいえないかもしれな いが、夫婦が自分の意見を言えるようになったというのは、 遠 慮 が な く な っ た と い う こ と も で き よ う。 佐 々 木 邦 は、 「 荒 筋 」 で「 世 帯 染 み て 行 く 」 と 表 現 し て い る が、 そ れ を「 進 化」といっているのである。 また、進化の順番についても触れておきたい。先に夫のほ うが、自分の意見を通すようになるというのは、細君よりも 優位に立とうという意識の表れである。しかし、その後に、 細君がその夫を策を弄して上回るのである。つまり、夫婦の 力関係は、細君の方が常に上になるということである。佐々 木邦の作品には、そのような図式が多く見られる。佐々木邦 は「夫婦愛」を保つには、その力関係が実はよく機能してい ると見ているのであろう。 と こ ろ で、 大 正 十 五 年 と い う の は、 「 夫 婦 愛 」 と い う 言 葉 が 注 目 さ れ て い た よ う だ。 九 月 に、 人 生 随 筆 社 が、 『 人 生 随 筆選集第二編   夫婦愛の創造』を発行している。そのような 時 期 に、 夫 婦 の 作 品 を 多 く 描 い て い た 佐 々 木 邦 が、 同 名 の 「 夫 婦 愛 」 と い う 作 品 を 発 表 し た の は、 と て も 興 味 深 い。 そ の選集には、佐々木邦の発言は載っていない。だからこそ、 自分なりの考えを、小説という形で表そうとしていたのだ。

三.おわりに

佐 々 木 邦 は、 『 笑 の 王 國 』 の「 は し が き 」 で 以 下 の よ う に 述べている。

著者は日本の文学に笑の領土を拡張する為めに、及ばず ながら二十余年努力を続けてゐる。笑といふことはお互 いの生活と関係が深い。泣いてゐる人は滅多に見受けな いが、笑つてゐる人は毎日見る。泣く時は隠れて泣くだ らうが、それにしても人間の一生は泣くことよりも笑ふ ことが確かに多い。笑は現在よりも、もつと重い価値を 文学に持つ資格がある。 笑は涙ほど深刻でない。その代り涙よりも広汎である。 随つて笑の文学は浅薄皮相に流れ易い。しかしこれは初 めから道化た心持ちで筆を起すからだと思ふ。笑も涙と 共に厳然たる人生の事実である。真面目な態度で取扱つ て宜しい。

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佐々木邦が、マーク・トウェインのユーモア小説に触れた のは、慶應義塾大学予科に通学していた十九歳のころだ。そ れ か ら、 「 二 十 余 年 」、 「 日 本 の 文 学 に 笑 の 領 土 を 拡 張 す る 」 こ と を 目 的 に、 「 努 力 を 続 け て 」 い た。 な ぜ な ら、 佐 々 木 邦 の希求してた「笑い」が、日本の文学にはなかったからであ る。 佐 々 木 邦 は、 当 時 の 日 本 の 文 学 に あ っ た「 笑 」 は、 「 浅 薄皮相」なものだと感じていた。その理由を、佐々木邦は、 「 道 化 た 心 持 ち 」 で 作 品 が 書 か れ た か ら だ と 分 析 す る。 し た がって、日本の文学で「笑」に「重い価値」を持たせるため、 「 真 面 目 な 態 度 」 で 取 り 組 も う と 考 え て い た の だ。 こ の よ う な発言や態度からもわかるように、佐々木邦は「浅薄皮相」 ではない「笑」を取り扱った小説を描こうとしていた。その 佐々木邦が目指した「笑」のふんだんに盛り込まれた作品集 が、この『笑の王國』なのである。 『 笑 の 王 國 』 で は、 全 て の 作 品 が、 都 会 や そ の 周 辺 に 住 む 人々が中心人物として据えられていた。その中心人物たちは、 道徳について忠誠を誓っていたり、誰かを楽しませようと無 駄な話ばかりしたりと、多種多様な性格を持っていた。また、 設定された舞台においては、会社や家庭であったり、同窓会 という特別な場であったりと、こちらもさまざまだった。し かし、それらは全て、庶民の生活と著しく乖離したものでは な か っ た。 な ぜ な ら、 佐 々 木 邦 は、 「 笑 」 は「 お 互 い の 生 活 と関係が深い」と考えていたからだ。特殊な空間を拵える必 要はないのである。 さ ら に、 こ の『 笑 の 王 國 』 に 収 め ら れ た 作 品 に は、 「 笑 」 を生み出すであろう、多くの「おかしみ」が存在していた。 その「おかしみ」を生み出す要素として、前稿では「不完全 な も の 」 や「 無 器 用( ク ラ ム ジ ー) 」 を 取 り 上 げ た。 そ し て、 本 稿 で は、 「 矛 盾 」 や「 寛 容 さ 」 と い っ た 要 素 を 抽 出 し た。 そ の「 矛 盾 」 の 現 れ 方 も、 一 辺 倒 で は な か っ た。 「 母 校 復 興」では、教師でありながら人を騙すという、職種の持つイ メージを倒錯させて、 「矛盾」を生み出した。また、 「修身教 科書編纂者」では、道徳観を重んずる男を中心人物に据え、 道徳というものを習いながら、人々はそれを全て実行に移さ な い こ と を 指 摘 し、 「 世 相 の 矛 盾 」 を 明 ら か に し た。 し か し、 それらの「矛盾」を佐々木邦は批判することがなかった。そ れらの「矛盾」を受け入れようという思想を持っていたから だ。 そ の 思 想 こ そ、 「 寛 容 さ 」 と し て、 作 品 に 表 現 さ れ て い る。騙されたとしても、その一点だけを見れば、憤りすら覚 えてしまうだろう。だが、登場人物たちは、その出来事の過

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