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佛教学研究 第70号 003石川, 知彦「三宝荒神像の種々相 序説」

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三宝荒神像の種々相序説

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はじめに

三宝荒神像の種々栴11事滋 中世後期以降、絵画を中心に比較的多くの遺品を見ることができる三宝荒神像。コニ宝﹂とい、フ言葉を冠しな がらも﹃神﹂とするその呼称はもとより、像脊も一一作ではなく、日本の噂抽怖の小でも理解しづらい像の一つであ ろう。また同じ可荒神﹂であっても、﹃如来荒神 L や﹁子島荒神 L はまったく異なる像谷であり、多様な凶像が 理解をより一一層幽雛にしているかと忠われる。

- 1

こうした中、出揃悠介氏の一連の論考は恥要で、荒川信仰の形成を縁起や然配とともに解明され、またその凶 ① 像についても﹃如来荒神﹂を中心に論述されている。そこで本小稿では高橋氏の成果を踏まえつつ、荒神像のう ち怠怒相に表される﹁三宝荒神﹂齢を取り上げ、これまで筆者が展覧会で拝借・実見することができた作品に加 え、それ以降に管見に及んだ山中欧に遡る遺品を中心に一一特しておきたい。 この芯怒相の三宝荒神像は、肉身を朱色とする多而多情の鬼神形であるが、愛染明王はもとよリ、肉身青緑色 の多而多障問像で、智証大師請来とも伝える鬼神形の﹃背面金剛﹂像と混同されやすい。そこで中世以前の三宝荒 神像を彫刻、単独絵像、白揃凶像、以文茶縦等に分け、その歴史的な変遷を辿りつつ闘像の多様性を再硝越してみ 、 , 、 。 & 人 L

(2)

一 、 彫 刻 ・ 工 芸 に 表 さ れ た 三 宝 荒 神 彫刻 ・ 工 去に表された三宝 荒 神 保 は 、 八 符 抽 出 か ら 概 側 臥 し て お ‘ ﹂ う 。 八 附 川 ぬ と ﹂ ハ 昨 川 像に大別さ れ 、 それぞれに 三 而 除 と 八 回 山 怖 が あ る 。まず は 川 三面三目 八管像 現存する最古 の三宝荒 神の遺品が、金峯山経塚出土ロ聞のうち、縦十二センチほどの金銅製の扉金具に線刻され 念 た三面三目八時同立像の姿(持図

1

)

で 、 現在は奈良国立博物館の所蔵になる 。 本白川では荒神が総を膝上までたく し上げて宕座上に立ち、上半身には粂'陥と天衣を着ける。ほぽ同じ大きさの三両はいずれも頭髪を焔髪とし、三 弁宝珠形の宝冠をおける。三而とちに さ 一 H H を 市 し、府而のみ凶円、本而と左而は閉口し、回

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を 円 山 り上げて念総 の 脳 防 相 を H K す 。 八 附 け を 引 し .配布第 一 手は ・ ド 引 下 が 施 仰 山 川 . A 印、山子 が冷印かと川むわれる 印 を結び、余下は庄が

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り ・ 輪主 ・ 宝 剣 、 ト 仰 が ん 示 問 川 ・ 京 株 ・ 似 を 机 る 。 背後は天地点前の U 仰を除き、け念に九戦で九 川 山 子 を打 っ て 地肌峨 と し、足元在ホに綻転する.大衣の 仲 ぴやかな表引ともども、 平安時代に遡る流毘な表現が宕取される 。 小 品 と は い え 、 三 富荒川仰を表した品・宵の遺品として宥過できない行盗で ある。以下

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尊の持物等に聞しては、随時ボ

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こ の 後 、 昨実に 一 二 京批 判 といえる彫刻符の造 品 は ね荒川の泣け川が伝わっていることは忘れてはなる乏い。 道 法 神 な 出 陣 五 組 室 町 則 まで 凡 ることはできないが 鎌合前期の作になる了 それは 泉 川 守米 迎 院の荒神伐に刷られる木造坑 仲坐像 保山 六 八 ・ 二センチ 現状で 一

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一 鈷 杵 ・ -鮎 鈴 ・ 宝俗の 持物が雌認できる 。 子島荒神についてち で 、荒川 は山装の堂々たる四川同州像であり 少なくとち鎌倉前期にはその図像が成立していたことが雌 ( 軍 文 ) 認 で き る 。

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八面三目八管像 現存 最古の紀年 ・ 銘作例となるのが 、 三重 県鳥羽市の 真言宗寺院、障蔵土守の 所蔵になる ぐi[員~I中俗的f重々輔l 序説 三宝荒 神 の彫 像 の う ち 、 J.l(Jii時JrI桜 厨子入り木造 三笠 荒神 坐 像 ( 慌 抑 制

2

)

である 。 木像は 、 木 製の府下 内 に 取 り 付 けられた岩佐に釆る荷楽座に結 釧以坐し、火焔付 きの 一 肌 光 を備える 。 肉 身 ル ホ 色 と す る

-5

ー 彩 色保 で 、 ・ 八 削 三 け のうち以 L L 段 の 如 米而 三 日 向 を除く そして本 耐 の 一 一 一 円 に . 1 h 似 を 似人 す A N U 怨 耐凶 川 の 二 日 合 同 f る 。 木造三宝荒神 "I~f象 本而と脇而 二 而 は 附口 、 一 服上而の芯 怨而 ニ 而と如 米 一 印は削 U と し、念 怒両 五面はともに焔髭を左右に立 ち上 げる。八肺 門 を 備 え 、 左右第一手は五 鈷杵と五鈷鈴 ( 現 状 で は ず れ る ) 、 第 四 手は主弓と宝箭、余手は左 挿図 2 が 輪 宝 と ん み 棒 、 右はともに欠失するが、第 二 手に肢を 持 っ ていたかと想定さ れる 。 本像には 胎内 腹部 と背而

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に品計銘があり、制作年と作者、願主の名前が記されている。それによると本像は、出郎蔵寺の法印政覚(興福寺 大乗院の大僧正政党とは別人)が願主となり、享禄五年(一五三二)に庫蔵寺の﹁荒神﹂として﹃仰師小将口康 口﹂が造立したことが知られる。この仏師が﹁康﹂字を冠すること、次に述べる小房観音の三宝荒神を京都七条 仏師の成正が制作していることからも、七条仏所に辿なる仏師が制作したことが想像されよう。作者については 断言できないが、線維な像容を破綻なくまとめており、室町後期における優れた遺品として特筆されよ、九八両 三日八腎像は、後述する絵画作例では一般的な像容であるが、中世に遡る彫刻の作例としては現存唯一の遺品と な る 。 三宝荒神像の積々相F芋誕 ただし寺島典人氏からのご教示によると、彦根市の荒神山神社には、八両二目八骨の木造三宝荒神坐像が配ら れ て い る と い 、 7 。左足を踏みおろして坐す二の像は、五鈷杵や五鈷鈴などを持ち、制作は平安末期にまで遡る可 能性があるようで、この像の詳制な調査等は今後の課題とし、稿を改め論ずることとしたい.

- 6

、一 間三面三目六管像 六腎とする三宝荒神像は、彫刻としては一般的かと思われる像容で、管見の限りで中世に遡る遺品が三例、近 世前期の在銘像一件が確認できる。このうち・中軟に遡る六円像三例はすべて三而三日とする立像で、八両三日六 時間像一件は次節で述べることにする。 三而三日六瞥立像のうち、まず鎌倉市の臨済宗寺院、浄妙寺に伝わった像は、南北朝期から室町前期の制作か @ と忠われる秀作で、三而ともに二日に玉眼を俄入している。本而のみ聞いし、本耐の孤上に別に小ぷりな如来耐 三面をのせる。ただしこの如来両三面を加えると、浄妙・ 4 V 像は六面三目六骨像となるが、他に六両六瞥の作例が 見当たらず、ここでは三面六肺門像と見なしておきたい。持物は五鈷鈴と五鈷杵のほか、弓矢と日輪・月輪を執る

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三次官\:N仰のi'~ 々..fll rj説 が 、こ の日韓 ・ 月輪は他 に 類例に乏しく、後寧での 挿図3 木 造三宝 荒

1

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集 OJIllsi陥I.r主 考 察に 際 、し注患を 裂す る 。 戸 川 ハ 昨 川 肘 三 木 市 の 本山 修験宗寺 院 、 伽耶 院の 本立 に は 、室 町前期 頃 の 作と考えら 記られる像(挿凶

3

)

れ 、 三而 とら に彫眼で附口し、表而は 現 状 で 士 門 色 を φ 弔する 。 持物は 一九鮎杵 と五鮎 鈴 の ほ か 、すべて 後補 な がら翻紫 と宝 珠、定剣 と 餓を執る 。 一 方 滋 賀県東 近江市(旧 湖 東 町 ) の聖徳 太 子 聞創 を 伝 え る 兵 一 一員 宗 道川神社1訟 地成 院の 本吃脇

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に岨ら れ る 像 は 、肉身を米 色 とする彩 色像で、本 一山 のみ三 岡 とする 悶 には す べ @ て . 主眼を山欣入する。室 町中 期 頃の作かと忠われ 、 水 ・

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7

-寺 院 、 聞と 在 聞 は開 円 、 右隔 の み 閉口し 、 六 陣 門 の 持物は百 一 鈷 杵 と 尺 鈷鈴のほ か 、 宏 司 と ん ポ 筒 、 山 一 点 珠 と 伐と する 。 本hÏ三官荒やjl~'(象 ところ で三宝 荒 神 と断 言さ れ て い な い が、鎌倉前 期に遡る三面 三 目六皆念怒相の 木彫 坐 ' 係 ( 挿 闘 4 ) が 、 秋田市 の道 川村 祉 に伝来 し て い る 。 針 葉樹 の寄 木造りで 阿はすべ て彫限 とし 、 表 而 は 現 状 で 十 川 色 を 挿図4 呈 す る が 、 下 地に当初 の朱の 彩 色 の痕 跡 がある と い ② ぅ 。三 而 はそれ ぞ九 三目を備 え 、 い ずれも 開門して

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激しい 訟怒 の形仰を巧み に 表す 。 一 向肘で 別 材を矧ぎ、配 布 の第 二 ・ 三子は後補にな り 、 持物むすべ て欠 失してい るが 、逆手にし て胸 前 に挙げた 右 第 一 手 は 金剛 杵、手 巾 を 垂直に して 眼 前に 挙 げた 友 第 一手は金 剛 鈴 を執 る の に ふさわし く 、 手勢や 肉身の色 から しても堪川 村 社像が 一 二 主 荒神 で あ っ た可 能性は高 い のでは ある まいか 0 ・b しそ うであれば 、 平安米 則 の 銅板 綿刻扉絵 に始 まり、鎌合 前 則 の米迎院下 向荒神 像、そ し て道 川 神社の 三 宝荒神かと 忠われる 作 例 を経て 、そ の後の鎌倉末 期 以降 の絵 同作 例 へと越なり 、荒 川 像 の 遣 問 聞 が 述 糾 と伐され て い ることに な る 。 そう し た 意 味 か らも道川神社 像 は 、 荒神 の造 像の歴史 に と っ て重要な 存 在となろう 。 また像高は八 六 ・ 五 現存 する荒村 像と しては最大 規般 になる 。 なお道 川 神社像は もと 愛 染 堂 小 女 間 と 伝え 、 平安 不 動 明 王 立 保 、 毘沙 門 天立 像 とともに・附られてきたとされる。 センチと ほ ぽ等身で 、 三'if涜神r~の fíi[々 tn)(;11見 末期の愛染 川 王坐 限 、 小日;:.m此やf)i校 仰 八面三目六膏像 近世に 入 ってからの造 品 で は あ る が 、 相原市 の兵言 宗寺院 、 小 研脱 出 同 の 三 官 荒 仲 立に犯られる 山知陶( 姉 ( 凶

5

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が 、 管 見 の 限 り 八而三目六 師 同 像 の 現存 唯 一 の作 例 に な る 。 小 房観 音像は 、 肉 ・身 を 朱 色とする彩 色 像 で 、

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-木造三 ~i;: 泌tlll~l~像 -本 前 と 左 ' む の脇 町 の み 三 日 で 一 点眼をほ 入 、 すべて関口 と す る 。 木而 の頭上に置 か れ た 小 ぶりな五 耐 はいずれ も彫限 で 、 うち 菩薩 相が二雨 、 残 る三 面 が 芯 怒 相 で 、 頂上面のみ 閉口 する。六 貯の 持物は五 鈷 杵 と 五鈷鈴の ほか、主 政 と鋭 、 定燃は 雌 犯 できるが 、 友第 二 予の持 帰 国5

(9)

三宮鋭llþ ft!の純々相'f.~1I. 物 は 欠 失 す る 。 本像には胎内背面に墨書銘があり、制作年と仏師名が知られる。それによると本像は、寛永二十年(一六四 一二}に﹁七条大偽師侍院康正﹂が制作したことがわかる。ただしこの﹁康・止﹂は、東寺大仏師職を勤めた七条中 仏所の法印山崎止(一五四三

1

一六二一)とは別人ながら、﹁じ粂大働側﹂を冠することから、法印康正の次世代 の七条仏所に属する仏師の一人と考えられよう。 以上を通覧すると、三宝荒神の彫像遺品は六骨像が主流であったと思われる。こうした遺品は、八師同の庫歳寺 像も合め、すべての像が持物として五鈷杵と五鈷鈴を執ることが注目される。この点は、六岬刊の如来能仲および 四時円の子向荒神とも共通しており、五鈷杵と五鈷鈴が荒神微を特徴付ける軍要な持物であったと考えられよう。

二、独尊の絵画遺品

9

-絵.向に表された三宝荒神像は、次章以降で述べる三部形式や量茶雛形式の絵同遺品を除くと、谷属の有無を問 わず、一件を除きすべてが八両像であることが注目される。その中でも八時同像が大半を占めるが、ここでは八時円 像と二皆像に分けて概観してみたい。また近世の白描図像についても触れておきたい。 川八面三目八骨像 絵画の三宝荒神の大半を占める八面三日八時間像は、宝亀三年(七七二)摂津勝尾寺に出現したと伝える﹃長一 ⑪ 丈除詐者、八両八腎鬼紳、引率敵千谷属来園﹂の姿を引き継ぐものと考えられる。現存遺品は坐像と立像に大別 されるが、まずは坐像の遺品から見ていこう。坐像では鎌倉時代十問附紀に遡る東京凶江間物館本のほか、室町

(10)

三宝荒神i龍のfill々相序 説 挿図6 三宝荒神 像 東京国立際物館ï~主 後期から桃山期の作になる岡山 ・ 大 賀 鳥 寺 本 と 、 絵巻や史茶山総(集会図)に拙かれた若干の逸品が ⑫ ある。鬼神形の二谷属を従えた束、枠本(挿悶

6

)

はすべて念怒相で肉身の色を描き分けた八而を 有 し、左手には 三 弁火焔宝珠 ・ 綿索・輪 宝 ・ 宝 剣 を 、 右手には古式の五鈷杵 ・ 戟 ・ 宝棒 ・ 一 ニ 鈷柄剣を執 る 。 二 春 闘 刷は、肉身貰白色で焔髪とする像が斡と 宝剣を執り 、もう 一 方の肉身朱色で針状の頭髪と する像が、小槌と肌に盛った岩石を執るが、これ ìßii安~f磁 A U らの持物は後述する諸 本 との比較で 留なしておき

、 - 、 。

& ム - v 3主而ミ~,秘術縁起巻上(部分) 一 方岡山県瀬戸内市(旧邑久町) の 大 賀 鳥 寺 は 、 ⑬ 報恩大師の同制を伝える天台宗の古利で、本闘は 鬼神形や夜叉形の八脊属を従える。荒神は窓怒相 の朱色の五而に加え 、 頭 市 ハ に 長 く 首を伸ばした如 米相三聞を布するのが特徴で、 火焔付 きの顕光に 加 えて円形の身光ま でをも耐えるのは 、三宝荒神 挿図7 の逃口問としては珍しい。持物は左手に蓮華・一ニ鈷 杵 ・ 長脈 ・ 独 鈷 杵 、 右手に三叉戟 ・ 宝棒 ・ 三鈷 柄

(11)

剣・五鈷杵としており、荒神像としては珍しい組み介わせとなろう。制作は桃山期と表記されるが、実際は袋町 中期頃までは遡るかと忠われる。 三宝荒神像の種々相l序説 そして絵巻や集会図に描かれる三例を見ていこう。まず江戸時代の作ながら大阪・瀧安寺本箕面守秘密縁起絵 @ 三巻のうち、巻上と巻小に一筒所ずつ三宝荒神が捕かれている。像容はいずれも八耐三日八肺門の坐像(挿凶

7

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で、肉身は朱色、やはり八面のうち三面が如来相に表わされる。持物としてはやはり蓮華を執り、三種の金剛杵 @ ( 独 ・ 三

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鈷杵)を持つ点が特徴である。次に京都・幽玄斎本存日薬師畳茶雑岡中に、通形の六帥円愛染明王山常 像と対の位指に、肉身朱色の八両三

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八皆坐像の三宝荒神が捕かれる。本凶は画面中央に薬師如来の坐像を大き く描き、上端の御蓋山の子前に薬師を除く四尊の春日本地仏が影向する様を表し、薬師の上下左右に様々な尊格 を配した﹃消尊集会開﹂の一例で、室町山中期頃の作になる。地維と十一両観背の影山のドに拙かれる三宝荒神は、 肉身朱色、八両はすべて詑怒相とし、円形の挙身光を負い岩座上に安坐するむそして尾道市の西国寺に伝わる諸 尊集会馳は、中世に信仰されていたありとあらゆる尊像計一四七尊を、縦長の画而に余白なくびっしりと描き込 んだ室町則の特異な作例で、文字通り﹁諸都集会図﹂の代表的な作例と言えよう。剛而向かって右方の下からこ 段目、八蹄円弁財天と対称の位置で、大黒天と章駄天に挟まれて描かれた三宝荒神は、肉身は朱色、円形の頭光を 負って獅子艦上に坐す。八耐はすべて窓怒相とするが、別に如来而一而を布する.持物は五鈷併と五鈷鈴のほか、 左子に三叉戟・払子・三鈷柄剣、布子にさ一弁火焔宝珠・宝棒・輪宝と、三宝荒神としては他の作例にも見受けら れる持物が多いが、払子は瀧安寺本に見られた程度の珍しい持物である。 さてこうした﹃諸噂集会図﹂は、中世に流布していた尊格を網縦する形で拙かれており、各々の尊像は標部的 な図像に描かれることが多く、いわば中世の図像集を見る感がある。そこで幽玄斎本と凶国寺本の持物を見比べ てみると、三弁火焔宝珠・三鈷柄剣・戟・輪宝・宝棒・金剛杵の六種が共通する。また前述した京博本八情坐像 一 日 一

(12)

=O'i: 17':11)'111 の同々~1) 1j':;JI. の限りでは単独の同幅で 中世に遡 る作例として七例を雌認できる 。 挿図8 三宝荒神保 龍谷ミュージアムl緩 ゃ、次に述べる大阪 ・ 叙 柿 寺 本 八 帥 日 立 仙 悼 の 持物と比較すると、東前川本 ・ 淑 一 制 寺本の持 物は幽玄斎木と西川同寺本にすべて合ま れて い る 。 この四本に見ら札る持 物が 、三宝荒 神の数ある持物の 中 でも棋派 的 な持物と考 えられよう。 一 方八面三日八時門の立像の逃口 聞は、管見 こうした像容の遺品は、 三 宝 荒 神と してもつ とら広く流布したようで‘ 今後 J U 際京を就ければ相当数の追口聞を確認できるかと忠われる。 単 独 の 削 一 川 七例 は多 間 @ このうち十四怜紀に辿る利秋山 ・ 北五院本と、和歌山 -H K 保 母 本 、 岐 山 小 ・ 川 心h

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品 、 d h N v f E ' H 大 口 れ 川 し 中 本 と

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に八 戸 川のうち 三 日 酬 が 如 米 相 に ぶ さ れ る 。

﹃ ト ハ 製作 ﹄ 本 が 八 作 M 刷 、 h H M 肝 山北 京院本が 二 作

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を従えるが、 大 11ぶ ま た 似 印 刷 谷 .-1';~þι を l A リ 日 ン む ア 仙 仙 の 川 本 は 仙 似 体 に 拙 か れ る 。 持物としては、 このグループで辿僚とづ矢を品川る例が特徴 的 で 、 州 中 H 院

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本 、 ﹃ ト H 裂 什 ﹄ ・ ぶ に 比 ることが 後 述 す る し 以 剛 山 ・ 制 人 必 本 、 州 中 h 院 A ト 小 に 、 組 山 小 は H 代 似 年 上 小 と け 矢は北京院本と民似 h 寸 本 、 できる 。 他の持物としては余 州れ に合 剛 仏 一 明 、 心 両 こ 川 氏 淵 吋 、 h ピ 札 A H 、 h・K K A 明 、 8 9 φ o v -, , , q ' 'tq v v i 円 判 附 な ど 、 とくに北市院本とみ口ふ本の持物が、完全に.欽する点は山目される 。 また作 川 に つ い て 、 他の泣品に JUa 般的にけ凡られる持物が多い 。 倫 h 氏 、 部谷ミ子 l ジアム本を例にと っ て概制しておくと、 執る 。 附口して髭を針状に去し、 向か っ て心側手前の似は肉九河川 叶 山 、 山手に 三 dA 伎を持ちれ子は不 印 と す る 。 向 かって 右奥の保は肉身を米兵とし、 た側手前の品開は肉身朱具、 焔髪として問円し、 左 手 に ん ぷ 珠 を 持 持 し 、 附援として 川川し 可欠を お子に枠状の杖を持つ。 左手拠の 像 は肉身

(13)

山県色、焔髪として閉口 し 、両手で三叉戟を執 る。こうした持物は三常荒 神 に通有のもので 挿図9 三~lì: 荒やIrf象 道除寺iI¥誕 主義 d と脊属との聞に、﹂とさら差異があるわけ ではなさそうである 。 山 八 面 三 目 二 管 像 絵画 ・ 彫 刻を含め二時 門 とする三 宝 荒村 は特 殊で 、中世 に 遡 る 出 午 叫 仰 の 絵 間 作 例 が 二 本航認できる。ょのう勾香川県多度津町の M A 尋 問 宗 寺 院 で 、四 日 間 m M 幼第七ト @ 6 七帯 札 所 の 道 除寺に伝 米 した曲師(挿図

9

)

は 、 後背 墨書に ﹁ 八 大 荒 神 ﹂と 記される。発色の良い朱色に 、 多用 される令泥が 川 町 、ぇ、制作は鎌倉朋に充分に遡りうる古本と見なされる。肉身朱色の荒神は如口本 印 を結 び 、 一 四光を 負 っ て岩座上に立つ 。三 段 に 重 ねた八両はす べ て 念怒相と し 、幽而 ド 方 に肉 身朱色の鬼神形八尊を配す。 空海 棋 とされる ﹃ 三主荒神祭 文 ﹄ には ﹁ 或現八大鬼 一 士治問造思﹂と記され 、 同 じく ﹃ 荒神式 ﹄ に は 、 ﹁ 咲 八 英 中 長 尊 材 、 白 山 眠八 大荒神大 川也 ﹂ ( 傍 点 談者)とあり、 本凶 は 二 腎 陥 憾 で あ っ て も 三 宝荒神と認識されていたことが想定できる。 なお下方の谷属はすべて肉身朱色の一回二狩立像で、上半身は線形とする 。 持物 は 戦 や 三 鈷 柄 剣 、 杖 、 弓矢など 、 三官JiUI.''!棋の段々判11;・1見 荒神保に通有の持物が多いが、阿手で鉢を掠持する次官 は 珍しい 。 ョ d もう 一 本 の 二斡像は 、 白山美濃馬場の故 地 、 岐阜県白鳥 町 の阿名院に伝わった画恥で、問 中 守 には前に 触 れた八 刷 三 日八 間 像 の 他、本 一 凶と拠形の八而 二 円 八 円 似 の 、 三 砲の 一 二 主荒 川 山 怖 が伝わる 。二 円の本図をここでは附名院

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本と 呼 ぶことにするが 、

A

本 と 同様に室町末期十六世紀の制作になる 。 こ の

8

本では 、 荒 神 は水流が表された れ段上の桁葉肢に、火焔 付 き の 川形 の 頭 光 をれ っ て安坐する 。 肉 h M 公色 の 荒 神 は刊務 印 を 結 び 、 粂 山 山 に 臼 の . 天 衣

(14)

と揖聞を着け、すべて念恕相の八而を三段にわたって去す。本聞には被背に卒保五年ご七ニ

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)

の修理温帯があ り、美濃馬場の拠点守院である長瀧寺の中之坊の什物であったことが知られる。なお八回二肺門像を主尊とする三 宝荒神三噂像が滋賀・石山寺に伝わるが、これについては後章にて触れたい。 三宝筑神像の種々相序誕

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近世の白描図像に見る三宝荒神像 密教尊像の図像を収録した中世までの各種図像集に、三宝荒神像が載せられない中、近世に編集された図像集 は見逃すことはできない。まずは天明三年(一七八一ニ)に刊行された﹃仏像図葉増補諸為﹄五巻を見ると、三 宝荒神の図像が如来荒神、子烏荒神とともに掲載されている。荒神は頭光を負って岩座上に立つ三面三目六腎像 に表され、持物は金剛鈴と金剛杵、弓矢、三叉載に宝剣とする。この持物は、次に述べる六角堂能満院伝来の三 面三日六脅立像の持物と、宝剣・宝棒を除いた五種が一致しており、後述するように金剛鈴と金剛杵、そして弓 矢が、三面三目六腎像の標準的な持物と考えられる。 @ 次に幕末の制作ながら、京都・六角堂能満院に伝来した荒神像の複数の図像は貴重な存在と言えよう。この中 には知米荒神ニ点・子向荒神一↑以とともに、三宝荒神のれ捕凶像三楠が合まれる。その内訳は三而三日六将の立 像と、八両三日八特のや一像・立像の各一都ずつになる。三種ともに﹁鉱山(充)普口蔵﹂と墨書され、能渦院におけ の準になることがわかるが、制作年代については記

-

14-る図像制作活動を主宰した画僧大願こ七九八

1

一 八 六 四 ) 載 さ れ な い 。 まず﹃荒神﹂と注記される三面三百六膏立像から見ていこう。荒神は肉身に﹃赤色﹂と注記され、火焔付きの 頭光を負って岩座上に立つ。持物は左右第一手に五鈷杵と五鈷鈴を執るほか、弓矢と宝棒・三叉戟とする。前章 で述べたように、持物の五鈷杵と五鈷鈴は如来荒神・子島荒神も含めて重要な持物であり、この図像は滋賀・地

(15)

主官能神像の何々相1序説 蔵院木彫立像の持物と、宝珠・宝棒を除く五種が一致している。すなわち前述した﹃仏像図葉﹄およびこの三両 三

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六符立像は彫像写しと考えられ、その持物は木彫の六肺門像の棋準的な持物と考えてよさそうである。 次は﹁三賀荒神 L と注記される八面三日八腎坐像で、鬼神形の二容属が左右に配される。この荒神は﹁八面 朱﹂と注担され、八両すべて窓怒相とし、火焔付きの蝋光と身光を負って海上のれ陸上に安供する。持物は皮右 第一手が智拳印、第二子に五鈷杵と五鈷鈴とするほか、左手に宝珠と輪宝、右手に蓮華と宝塔を執る。この持物 は龍谷ミュ

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ジアム本八両三日八腎立像の持物と、輪宝・掲磨を除く七子が一致しており、八耐一二口八肺門像の持 物の一つの棟地中形を表していると考えられよう.また下方の二拘付属は、一一郎が宝剣と三叉戟、もう一一尊が小他と 肌上の岩を執っており、両尊の像容が前述した東博本とほぼ一致する点も留意すべきであろう。 @ もう一尊が﹃清荒川仰﹂と花記される八而三日八榊円のル仏像である。この像でも肉身に﹃赤色﹂と比記され、八耐 はすべて怠怒相とし、火焔付きの顕光を負って岩座上に立つ。持物は左右第一手が施無畏印・蓮華とし、左お第 凶子に弓矢を持つほか、左手に掲磨と三叉戟を、右子に輪宝と宝棒を執る。こうした持物は八而三日八肺門の立像 の 中 で も 、 H K保守本と阿名院

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本とすべて一致している。民保守本と阿名院

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本の両本とも、-八耐のうち三而を 如来相とする点は異なるが、両本は島付属を従えない独尊像であり、これもやはリ八面三目八腎像の一つの標準形 を表していると見なすことができよ、九 p h u また滋賀・市神神社に所蔵される近世の摺物についても触れておきたい。市神神社本では八耐三日八肺門の坐像 @ に表しており、可沙門

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央印施﹂﹁弘法大師虞華之窮﹂と注記される。持物は左手が三弁火焔宝珠・罰索・輪宝-t

剣、右手は三鈷特・三叉戟・

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・三鈷制剣としており、これは京博本および叡制ぷ本とほとんど一致してい る。これも八両三目八皆保の一つの標準形と言えよう。 以上これまで見てきた三宝荒神の諸作例から、三宝荒神の像容に共通する特徴をまとめておきたい。すなわち

(16)

①肉身の色は朱 色 系 、 ②焔援として 牙を有する念怒相、 ③ 保容は 多 而 多 肺 門 と す る 、 @上半 身は株形に近く 、聞 は 膝上までたくし上げ、葉山必とする 、 ⑤必 似 の 胡令は以必せ ず安坐することが多い、@光 山 け は 火焔付 き の 一 政 光のみ の場合が多い、⑦白血は 山 石庄のみとする 例が 多 い 、 ③ 持物 は 一 定しないが、五鈷件に五鈷鈴、弓矢、 戦、剣とす と い っ た仙大公約数 的 な 特徴を 川山 することができる 。 、 , d " " ' f , , 、 、

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一 尊 形 式 の 三 宝 荒 神 と そ の 変 容 こ れまで三宝荒神の彫刻の遺 品と、諸谷印刷を除いて 三 宝荒 神 が一一帽に一尊のみ拙かれた絵画遺品と図 像 の 作 例 を概観してきた 。 こ こ では 一 一 帽 に複数の 三宝 荒 神 が柿かれる遺品 三作例を紹介するとともに 、異 形 の 三 宝 荒神像 二点を 概観し 、 三宝 荒神の図像の広 がりを確認しておきたい 。 三笠予定i中i阜の極々納序説

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太山寺本如来荒神三尊像 挿図10 古11*荒神三尊i象 大山手ij海 - 16ー 神 戸 市西区の天台宗の名刺 、 大山寺に伝 来した加来荒神三 一 尊像(挿図叩)は 、 如米 荒神 の下方左右に三宝 荒神と想定される こ 尊を配した特異な作例で 、 十五世 紀 室 町後 期の制作と考えられ旬。本 図は 一 而六将の 泌形の如来荒神の坐 像 を 岡市 上方 に拙 き 、 ド 方左布に念怒形 二 琢を利付属のように配し

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三宝荒神憾の極々相!f-III. @ た作例で、奈良・吉祥苧寺本如米荒神像の、下方左右の八島付属を二尊で置き換えた図様になる。まず警陸相の如 来荒神は、肉身は赤昧の強い肌色とし、五仏宝冠を被り、火焔付きの円形の頭光・身光を負って蓮講座上に結蜘 政坐する。持物は左右第-子に独鈷杵と孔鈷鈴を執るほか、左手に三弁火焔宝珠と拘磨、右手に蓮華と宝熔を執 @ る。この持物は、高橋氏が翻刻・紹介された﹃荒神縁起﹄中の 2 ハ 、 一 面 六 肺 門 尊 形 事 L 、 1 七 、 六 時 円 各 々 所 持 事 ﹂ に詳述される持物と一致し、如米荒神の棋惟的な凶保に則っている。,またこの持物は、﹃点俗仏心事制﹄が引く ﹃鷲峰山竹林寺記﹂に記される役一打者感得の笠山荒神像と一致することも注目され旬。 同面左ド方には肉身朱色、八両三日八併の怠怒形が、頭光を負って有座

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に安坐する。八日間は肉身の色を変え つつもすべて盆怒相とし、上半身には粂出を着けず天衣のみを一一肘に懸ける。持物は左手に絹京・輪宝・宝剣・三 弁火焔宝珠、右手が宝棒・三鈷杵・三鈷制剣・三更怯とするが、これは東博本および叡福寺本、そして幽玄斎本 布日薬師持茶維、阿川寺本諸相集会問中の三宝荒神の持物とほぽ一致し、この像を三宝荒神と見なして川越ない と思われる。また右下には、やはり肉身朱色とする八面三日二腎の窓怒尊が描かれ、頭光を負って岩座上に践坐 する。三段からなる八而はやはり肉身の色を変えつつすべて盆怒相とし、上半身に製嗣衣を背けて智拳印を結ぶ。 こうした像答は道隆寺本および阿名院

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本と同一と見なされ、こちらも三宝荒神として間違いあるまい。すると 太山寺本は、当時流布していた荒神像三種を同一同商に描いた作例と見なすことができ、地の作例を理解する上 でも看過できない遺品と考えられる。

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17-ω

遍照院本三宝荒神三噂像 ここに紹介する遍照院本も荒神像かと思われる三尊を配した特異な遺品で、この度同寺御住職、杉山浩義師の ご高配により熟覧する機会を頂戴できた。遍照院は京都府南部の宇治田原町の東部、滋賀県信楽町(現甲賀市)

(18)

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序説 米がわかる 。 と の 山 川 山 崎 に 近 い 耐 火 山 川 の 山 川に 立 つ 兵 一 軒 宗 の 寺 院 で 、 本移として .i1!!照院厳 秘仏の不動明王を 叩る 。 本図(挿図日)は 絹 本 計 色 、 刷 一 舗で縦六五 ・ 八 、繊 三六 ・ 二 センチを測る 。 戸 川 而 の 制

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や衣装 三宝荒神三崎t(象 の損傷が著しかったた め 、 二

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九年度に京都・肘の助成に よ り修 復 挿図11 が行われ 商 問を 一 新した 。 ての被官邸刈 い が切り 取られ の い い ぷ共に貼付けられて い るため伝 とされるこの コ ニ 資荒神﹂は、﹁一泌川院什物 L 呪 校 で 2U それによると ﹁ 弘 法 大 師点 都 ﹂ として 明 治ト 二 年 年に 一 度 、 近在のい徒宅で行わ札る﹁荒 川 刊 供 ﹂ に持ち出され 少なく ともそ九。以前から遍照院に伝米していたことが知られる。 ( 紙本 的 引 色 、 ( 一 八七九)に﹁修補﹂されており 同じく寺政の近世求の問問不動明主 出 附めの賦彩に全泌を多 川 する技 法から

11 "; とともに懸けられているという。 本阿 は

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の粗い 例制や 市町後則 Ju l百 . 附 紀 ぶ . 凶 か ら ト し ハ 附 紀 前中 と 必 忘される 。 本岡は両而上五に荒川刊かと忠われる念 総形 三部を配し 川 川 恥 十 + 品 川 叶 川 町 , 4

u ド ド 刀 に 鬼 神 形の脊

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十 尊 を 配 す 。 問削上 端 の主 祢 が通 常 と は 罪 、 な る 山 以 内 令 に 拙 か れ る こ と か ら 、 主 尊 の左下の念怒形から見ていきたい。肉身朱色とするこの 前 ザ 像 は 、 合で紘取られた頭光を負い、山石庄上に安坐する八面三目二符像で、

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半身には覆 一周 衣 と 附 円 釧 の み を 着 け て智拳印 か

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18-~I 在 切

(19)

三宮低ド'If量の磁々相Ij':i足 金で縁取られた顕光をれい 、 ム を 結 ぶ 。 肉身 の 色 を ル ホ ・ 茶 制色 肌色に控り分けた八而は 三 段に 且 ね ら れ 、 以

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段の ニ 而 は不分 明 な が ら 如米相に表されて い るようで あ る 。 こうした像容は道隆寺本や 逗照院本右目易侍

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象 阿名院

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本 、 そして大 山 寺本 三 、 服 のうちの 右下の坐像と共通 し 、 三 宝荒神と見て差 し 支えな い と判断 さ 札 る 。

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19-一 方 主 ぃ 専 の 右下には、肉身を赤 挿図12 仰向色とするこ 間 三 目 二 仰の窓怒必 が 州かれる 。や はり切 ( 押 岡 ロ ) 川 初 出 上 に 蹴坐し、閉口 して斜め左下方を見据える。上半身には 槌叫衣 と 門釧の み を 着け、両 手 は制持して

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輪と 日輸 を時 げ持 つ 。 日輪 と日輸を持物とする念怒琢として牛矧究明が 想起され 句 が 、 一 点前述した鎌倉 ・ 浄妙守六町立 像が 、 後 納 ながら

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輪と月輪を持物とすることは創出立すべきであろう。本図で はこの 一 両 二 間像が顕光を負い、消血 付 属 は

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一 卜方に明快に 区別して配されていることから、この 保も 三 ハ 以 前 村 の特殊な 一 類砲と 一 応凡なしておきた い 。 それでは 主 尊はいかがであろう か 。こ の像は肉身を朱色 と し 、 やはり切金による蝋光を負って 知県上に安小 一 す る 五 商 工 一 目 十 時 同 像 ( 挿 図日 ) で あ る 。 上半身には 金泥による胸飾りと皆釧を若けるのみで 、本而の 左右に脇回を

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三主流伸織の極々III序 説 ニ 而ずつ配す 。 脇而は朱 ・ 締官 相 同 色 ・ 臼に色分けられ それぞれ 念怒相で三口を有し、本而と肉・身 白色の而は開口する。持物は左・必 選I!音院本主尊 第一手に経品 川 と命、第五手が弓矢 とするほ か 、 左手は三鈷柄剣 ・ 三 弁宝珠 ・ 三叉戟 、 右手は宝珠 ・ 経 巻 ・ 水瓶と す る。五百 十 時 円 と す る 荒神的怖はきわめて特殊ではあるが 、 @ 京都 ・ 個人の所蔵になる 一 本 、 及 び後に 触れ る滋賀 ・ 石 山 中 守 本 三 郎

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ー 挿図 13 似のうち向かって左下の倣が陥認 でき、この例入成本と

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⋮院本の持物がほぼ 一 致 し 、

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院本セ停は肉身の色や小法からも、やはり 三 京 北 川 仰 の 作妹な 一 知 刑 h として認められるかと忠わ札る。この 仰が五刷卜 附けにぶされた迫閃として、やはり修験で刷 ら れた 人身蛇副の 宅 耐ト汁弁別 a 火 山 は や 、 ド 札 口 を 訂 する法起汗脱出限とい っ た他の将向からの w 砂押らあるのではなかろうか 。 な お ド ト 刈 の ト 肉 付 同 に つ い て

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に 触れ ておこう 。 卜 作

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は 山 中 央 仙 献 を 快 ん で

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尊ずつ向き A H うようにぶされ、 一 耐 二 円仰が問州にわた っ て配される 。 向 か っ て主 端 の州には こ 与が配さ札、

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は附史として聞 け 、肉 h 好 を ぷ 制色とし、ホ下は f 小川ながら山下には金制の約を祁持する 。 下五は 三 日をわ仰し、的安として問

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、 向 山 材 を公色と し、問手で杖を突く 。 中 央 在 列には 三 味が配され、上々は 三 け を わ 仰 し 、 抑 制 史 と し て 附 円 、 肉 れ 封 を紘行とし、右手

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三官筑神像の極々輔I,y.a且 は不明ながら左手に宝珠を執る。その下方は焔髪として閉口、肉身を赤褐色とし、左手に三叉戟、右手に宝剣を 持つ。中央二列下端の二尊はともに肉身黄白色で晴を有する鬼神形で、山石座上に向かい合って安坐する。向かっ て左側は焔髪として問川、左手は拳印とし、右手は杖を執る。右側は赤い頭巾を被って附Hし、三叉帆と独鈷杵 を持つ。その上方、すなわち中央右列の中段は、三目を有し焔髪として閉口、肉身を緑青とし、左手に家形、右 手に三叉戟を執る。中央右列上方は、肉身は群青、焔髪として閉口、左手に水瓶、右手に宝剣を執る。お端列に はニ却を配し、上万は肉身を赤禍色とし、焔髪として聞川、両手で軌を執る。右下端は肉身が緑育、附髪とする が口は不明、左手に持った金泥による皿上の岩を、右子に持った小槌で打とうとする姿に表される。以上、諸島廿 胤の像容と持物は、次市で述べる量茶組織諸尊の検討に際して有益かと忠われる。 もう一本の三尊像が室町末期の作になる石山寺本(表

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参照)で、八回二日ニ骨の坐像を主尊とし、下方左右 に八面二日八腎立像と五面三目十肺門坐像を配す。石山寺本の詳細については、刷稿に期したい。

-

21-間変貌する三宝荒神像 以上見てきたように、三宝荒神には三面六肺門、八而八腎以外にも、いくつかの発展形のあることが確認できた。 ここではさらに、三宝荒神が他の噂傑と智令した結果、像容を変えて変貌した姿を兄ておきたい。 まず指摘したいのが、奈良・談山神社の所蔵になる可心経金本尊﹂図中に描かれた荒神像(挿図

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)

で あ る 。 本闘は金剛界大日加来像の下方左右に牛頭天王と荒神を配した特異な遺品で、上級の金泥による願文から、嘉吉 三年二四四三一)に南都芝座の絵師と推定される﹁瞳摩公観永 L が描いたことが知られる貴重な遺品である。肉 身を肌色とする荒神は、火焔付きの二重円光背を負い、水中から突き出た岩座の荷葉座上に扶坐する。八面八腎 で本面のみ二円の菩薩相とするが、本画以外の七面は窓怒相で三段に去され、脇而ニ而のみ三日とする。八肺門の

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三官荒紳{色の

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々制I'f.l見 持物は友省第一手が知回数'印を結び 第二手に五鈷杵と五鈷鈴とするほ 談111や1 '圭l政 か、左下は 三 弁火焔主 昧 と鈎 ・ 鵬 、 希子に室搭と選挙を持つ 。 この持 物は龍谷ミュ

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ジア ムホ のそれと 光全に 一 欽し、この似を 三宝 荒 神 心総会本尊

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き│ と見なす 、﹂とができる 。 ところが 肉身の色と肴衣、本商の相貌は 如 介

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米 氏 物 荒 ち 館 や1 ' 指 の を 摘 図 )(;'f さ 録

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れ の し て停じ て い 説@お る お り と よ お び 奈 り@合J;

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椅 │主│ こ:悠 J't:

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-挿図14 の 似 は如米荒 村 と 三 山 一 点 荒村の合体形と 判 断 す る ζ と がで きる。この 曲師を本尊と した ト ︿ 心 経会は、総出氏氏名の 諸制成就や天下太平、国土安砲などを 祈 願 する多武峯 妙楽 寺の法会で、 如米荒神と 三宝 荒神双方の効用を期待し たため 、 こう し た新たなる像容が生み出されたのであろう 。 @ もう 一 私 桁 摘し ておきた いのが、白 山 提出馬場の阿名院に伝米した一 本(阿名 院

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本 、 抑凶 日)である 。 本聞 は 礼 盤上で右足を蹴上げて立つ八回二目八骨 二 足の拡怒尊を主尊とし、下方左右に械を 持 つ僧形と 、 一 身双体の 道家風の勢神形を配す 。 顕光を負い肉・身を朱色とする主診は 、本 而を合めた八百ともに念怒相で 、水 而以外は閉 口し、上半身には天衣 と 州 飾 り等の装身具を者ける。持物は出りヒげた右手に法州明 日 を 付 けた 三 叉悦を執り、服 に当てた左手 を 拳印とするほか、左手は宝棒 ・ 五鈷杵 ・ 独鈷杵と し 、右手は三鈷杵 ・火焔 宝珠 ・ 三 鈷柄剣を執る 。

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_:.'j(鋭l 'tf血のf{r々1111許説 叶 一 紀 下 ば を 降 ら な い 制作 かと考 え ら れ る 。 、 ﹂ の段附で 三 ん. K 此 川 仰 は 修 般 の に 五 郎 で あ る 雌 ・

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綿引とも門人 い を進げ 新 た な る 像 山 内 n を 川 み 山 し て い た のである 。 四 、 曇 茶 羅 に 表 さ れ た 三 宝 荒 神 前立まで彫 刻 ・ 絵画に表された三広荒神像につ い て 、 こうした持物は 三 友荒神には通布 で、八四八帥円とする図像と肉身の [111[::'(::,1;知軍 色か ら判断すると、片足を蹴上げ た三宝荒神の異形像かと想定され 三 ~:I~~)i討1[111ft る 。有賀件降氏による図版解説の とお り、必王権現の姿態を借りた 荒 川 刊 の 問 中 ( 形 像 と 判断するのが穏 当 であろう。本図は阿名院に伝わっ 摘図15 た 三 本 の 三 宝 山 汎 神 保 の 巾 ではもっ

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-作州 J U 本給的で レ ﹂ JU i TH f

ー百 三商 三 百 六 帥 同 像 と八 蘭三目八符像を中心に、その銀(形像 ら含めて概観してきた。最 後に水 草 で は 、 荒神像を主怒と する国交茶線形式の二点を取り上 げ 、 主尊の周囲に 表さ れた多種 多段な邸像を一瞥 し 、 そこから 三宝 荒神とその異形像、変 化 身を拾い

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げ 、 三主荒神像の種 々相を多少 なりと -b 明らかにし た い 。 ( 表 2 参照)

(24)

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:公茶総}彰式に淡された三宝荒神像 割 問 L 狩1W 所J醍・i1i,'.'才,, 時代 法J¥i i主容 ~Hf; 正/i 日/2 li.3 1王4 ぷi 右2 右3 お4 点目,.偶人JI:宮本司f何時代93,OX50.4八面三目八¥>:f立像{うち3面は如米相) 1'?111ai(布噌像 f通~~ 百.t.1約 ll.子 組l鈷│午 総 支持 三銘柄剣 ニ鈴1'¥"' ~ífhd中fit 3.;J.'i:li.側:八街三日二符立証l(肉身朱具} 2t!:をfr,む)f守き ~,・.flFP / / / tI'~Ell / / / i:尊右側;ー磁三日ニ\\t立傑(肉身~") 給'主 / / / 鎗2主 / / / 主導左下:一面二IJ二腎1Lft(肉.tl'朱具} 'i;I1'i / / / 銭 / / / 主穆才;f:ー曲i~fl ニI'f ~f量{肉身元ミ呉} tk / / / 主'伺 / / / 右1'111'.:-蔚二回二符立橡{肉身朱具) 事印 / / / ](鋳 / / / 右~'I':一面三臼二ff立i量{肉身群脊} 'ii:i!l / / / 玄.~ / / / .{i列f:ー萌二日二腎立像{肉身朱具} 阻l二のYJ / / / 小健 / / / b'列よ:ー函二Uこ符立像{肉身緑青} :主Q; / / / 定鎖 / / / 左列中:一前二円二湾立{主{肉身銭背} 7Hd申 / / / lf;向,' / / / 反抗]下;一面三回二r~立[~(肉身米兵) 段 / / /

/ / / 三lf(. i色濃存本 道陣f時代98.0X53.8(j:{1, :ー蘭二回大ifk日米荒衿金ft) Z時北町I時五鈷鈴 1品照 / 五銘作 ;卓苓 実際 / 事~llll~占HIi (J:)r.:ー商二目六間知米i\t'l中形~像) ('1'よ191) (不明} 抑i)1'昔 / :i(持5 tt、子? ::fll!< / U:中:ー而二目問符?如来荒:t,t形金保) (不明) (不明} / / {不明) (不明} / / LI二泊.一商工日六貯知米議1'1'形~f'草} 巡1,t (不明} {不'9日 / {不明) (不明) (不明} / 右上:八面i三目八符坐1主 t'l1~I:I' .i:弓 倫'在 三台北自主語 :gJ~喰印 誕百奇 支持 戦 右中:一関二日ニ\\t~i量 tit骨l / / / 三叉~~ / / / 治下:ー而二目ニl才坐像 fi / / / 小│追 / / / 下;(ï: 八商1ニ阿八f~iM'< (不191) 7i品W'I 9H ~~!鈷件 ;f.~ 評i習2 三銭作 五)¥'j鈴 下'1" ・八関三悶ニ',W~f車 1!1lf;1:11 / / / tJ'幣C:IJ / / /

下li'.:八聞こ目八管室長f~(本iüiなし I員一列) J北 軒│封J '.i~ 弓 般 杖 E 宝飾 :î.(~1

tf.f: -面二日ニi寄~f争 ~l女神 / / / 市骨l / / / B:''Iー蘭二Idニ符袋{最 f¥t / / / 総 / / / 1rJ-一国三目二時有拠金ま{ 栄町i / / / 安部l / / / 司 <:'l 戸 ヰ 守 山 お 円 、 山 抽 } 骨 骨 緑川相川

(25)

ケilJ'iLtl.lt仰の,10ft>!,111 J(:.l!/.

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下 総 H H唱 し 川 -m ﹄谷 p .

J ﹄リ ふ 1 、 MH n イ E -a ‘. ミ c a t ノ a , e t 背後 の総汗の岩 山 伐ともども昨 川 な 印象 を 与 え 、 d H H , ; . t 守 ﹄ h F ﹀ 、 . .

EE ' H 川 γ 川 川 川 , 、 巾 山山川ト h J r 4 J 川 刊 ト骨 化 川 の 一 肌 光 を 負 う 。 出 州 前 ゅ は 肉 身の色を朱や米具、 肉身 や折衣に施さ札た賦彩は発色がよく、 附紀後 半から十五世紀 初 回一助と考えられよう 。 さて主 掠は肉身 を朱 色と し 上半 身 に は 刊 の糸 出 と緑 吋 の天衣を懸け 立する。本 而 を 除く七四 は 、 長い焔髪に援もれるかのように 三 段にわたって配され 、 礼 川 具 色 の 怖 を 脱 ト し までたくし 卜 ‘ げ て 佐 川京 都・個人蔵本三宝荒神像 @ ・本図は縦長の画凶の中央上五に 八回三円八皆の 三宝 荒 神 立 像 を い み 11羽人減 し、その下方に 三 段凹列にわたっ て 荒 村 の 川 北(形像や間作胤を 配 す ( 押 一凶日) 。諸尊 は紘背で賦彩さ 三宝荒神 保 れ た 山 有 住 を ム 臼 雌 と し 帥町下方の 明を有する鬼 神 山 形 二 郎が 岩随 に安 航するほかは、 ヒ尊を合めた十 一 挿図16 前 ゅ は h 仏 像 に表され 、 ト エ 前 刊 の み 川 形 装身共や 持物 等 に は 令 一 泌 が 川 市 か れ る 。 上段の 三 而 が 如 米 相 、 仙 の 凹聞は念怒相で、現状で閉口す る本 而 の み 三 日が認められる 。 持物は左手に連帯 ・ 五鮎杵 ・ 払子 ・ 独 鈷杵 を 、右 手に戟 ・ 宝棒 ・ 三鈷 柄剣 ・ 三鮎杵を執り、払予を長崎に 代えれば大賀品 寺本坐 像と同 じ持 物 になる。すなわち 水 図の主尊は、通形 の三宝荒神 像と見 て問題ない 。 次 に 主 前 悼 の左脇に立つ 像を見 ると 、 肉身を朱具とする八 前 三 日 二 時 同 の 立 像 で 、 智朱印を絡んで立つ。 肉身の色

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ー │九│

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三'if古t1'1'1障の何々 ~IIJi':,t~, を塗り分けた八 而 はすべて念 悠相で │羽 日する本町と脇聞を合む少なくとも六耐 は 三 日を訂する 。 上 半身に桜

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衣 のみを 着ける 版制 からも、この 像が 叩 降 守本 や 阿名院

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木 、 そして訂 山 守 本 の主総 、 小 λ 例入成本;(i脇{奇{侠 山寺本 ・ 泌閉院本の脇作 付 巾 怖 と 同 一 の 郎 桁 と り な さ れ 、 これら 三 宝抗 神 と 見 て 川 述 いないと判断される。するとこの 伐 と 対 称の位置に 拙か れる主的めホ脇 像 も 、 三 宝荒 神 である可 能 性が 日 ぃ 。 この念総尊

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ー 挿図17 は肉 身 朱 色 と す る こ 間 一 一 一 目 二 将像(抑制 の付いた 胸飾 りを首に 懸 け 、 げ )で、三 目 を耐えて 閉口し 、両手を回押して本上に輪山況を載せる 。 それに加えて姶宗 付 きの宝冠を被り 、輪 山 五 大 ぶりな輪宝の 上 に立つという、輪宝尽くしの特異な像と言える。ただしょの 陥 悼 の 持物の輪山誌を日輪 ・ 月給に換え ると 、前 立でみた い 必開院本右脇侍像に近い仙陣容と見なせる。ちしこの像ち三主荒 判 と 捉 えることができる のなら 、木図 は三宝荒 神 三 裁の 下方に、十谷属を配 した鱗成になり 、先 の遍

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院本と 一 同 じ柿成 となろう。この 十特同 に、怖を有する鬼神形二尊が合まれる点 -b 同様である 。 ただし本凶ではい地問院木と は異なり 、 主尊以 外 は組光を付けてお らず 、他 の十尊がすべて品付属と断言できるわけではあるまい。そ こで残る 十尊についても 、それぞれの像容と持物を簡単に確認しておきたい。 上段 向か っ て 布 端は肉身 朱具で焔髪、右手に宝剣を持ち左手は叫が印とする。上段向かって左端 ( 将 一凶げ ) は 肉

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身 総 代 け で 附 握 、 花 子 に 山 氏 叫 、 ト 山 下 に 山 H . 釧 を似る 。 小段 は向か っ て ト れ 端 が 肉 身 昨 川 け で J 一 日 を 訂 し 、 総促で、川川下で川叫状の公を持ち、版には彪広の次を打ける 。 そ の 布陣は肉身糸川パで的安とし、山下に ん 氏 は 川 、 ぷ 下に制を持つ 。 小段点より 二 州日も肉 h 対 米

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で附 MX と し 、 一 ニ けを作 し 皮 下 に 俄 、 わ れ 下 に ん 五 剣 を 執 る 。 小 ・ 段 々 端 は 肉身紋 A M で 巻 髭 と し 、 介 一

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に山女川仰を減せ、ト相手は不明附ながら眼で挙印を結ぶか 。 故ド段々蹴は肉身朱川村で陥 授とし 、 三 日をれし、在予に朱の袋を持つが、中山手は胸前に当てるかのようである 。 故ド段れ端は附身米共、間 口して焔髪とし、左手に減せる阻上の岩を、有平に持つ小槌で打とうとする様を去す 。 この姿は来防本八前三川 八 師 同 点 ℃ 像 下 方 の 品 付 属 等 に も 登 場 し て い る 。 段下段中・央二尊は併を有する鬼神形で、向かって右側が肉身昨すで焔 髪、附口し治手に級、左手に棒 状のものを執る 。向か っ て左側は肉身肌色で焔髪、閉口し、耐子で枝分かれした -:_.i~ J記i1'1"恨の['[!',.flfJrl!l. 部 桂 川 次 と す る 杖状のちのを持つ。以上すべて一而ニ腎の 十 部は三宝荒神とも符属とる明言できないが、次の徳楽守本を一一砕し h ﹄ ゐ 吋 qA 内 ﹄ J i i - 27-改めて検討を加えたい e 1怠3泉寺I滋 山 一 一 一 重 ・ 徳 楽 寺 本 荒 神 間 安 茶羅 徳楽寺本は如来旋仙 仰 を主将とした 二 院 川 附 成 を と る 川 川 A 茶縦形式の泣 u m で、前述し j討III~~長級 た京都 ・ 何 人 政 ・ 4 の似州を設けない情凶 に比べると まさに公茶維と林するに、ふ ( 挿 凶 児 ) 。 本凶のやや附めの さわしい 挿図 18 色調は、鎌 A H 仏画の伝統を引き継ぐとも 考えられるが、 不動 ・ 愛染両明正のやや

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稚拙な表情や、 話似の祈ぷに純さ札た硬めの令制文様から判断して、制作は室町 中則 、 ト 五 叶 一 紀 に 昨 ると与えた 品 川 ぃ 。 本間 の概要と 内 院 を ・ 巾 心 と した分 析は、すでにお柿悠介氏によ ってと されているので 、 ここでは 外院 に ' さ れた十二専を小心に若干の検討を加えてみたい。 本間 の 内院に配された 三 尊は、如米荒神と左手に姶宝を執る不動、そして天弓愛染の阿 川 王 か らなる 特妹 な 削 み A n わせで、これが 三 尊 A u 行法における宝 味(舎利) を荒神に近き出問えた こ とがお 前氏によ っ て 明 ら かに された 。 加えて木図で は 、外院に計十 二単の坐 像が円相 内 に表されており、そのうち上紙の三尊は 如米荒神と 同 職 に 山 内 身 を臼 色と し 、 一 面多ほの菩薩 相に 表さ札ている 。 ただ残念ながら、とくに上級 中 央の像は顔 料や回紺の制孫が目 立ち、保谷や持物が判然としない 。 上綜 左端と治端の二路は一前六円 、中 央の保は一而山内 け のようで 、持物は左 端の像の制限と主格、宝珠、そして前端の似の巡市が辛うじて判別できる 。 いずれにせよ 脇 手の 位同や持物 は 、 セ尊の

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米荒神とは山内なるようで ある。するとこの 三Î, )~~IIII織の締々WIJ';~札 -ニ 与 は -28ー 如 米 抗 川 仰 の 仰 げ

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と 凡 なす より むしろその 変化 h M と担えた五がよさそうである。 見 る . 1 官 ・ 4 に ま ド a u n η 十 し 浮 1 1 b n F れ 人 出 J P

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J j t ' r i ff d J 1 4 j E Y LJ 巾 m r 的よ く すべて 附 九 討 を公 色 とする 芯怒 川 にぶさ れ 持 物 相 y e u 肱川附することができる 。 九ぷ はすべて 切 余 で制収られた れ 色 の 川相内 に やは リ切令 で帥 取 ら れ た 円 形 の 一 肌 光 ・ れ 珂 光 を れ っ て 悦純山上に交供 す る 。 それでは向かって右 側 の三坊 か ら け ん で いきたい 。 向か っ て 布緑上方には真正而を 向 く 八而 三 円八円

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の 坐 像 ( 挿図 印)が捕 かれる。八両はす べて窓怒相で焔髪と し 、少なく とも本 聞と 脇面の三 而は 三百 を街し 、 本 而は 問

n

する 。 上半身 には条 市と 桜肩衣を 懸け 、緒は膝上までたくし上げ 、 腕釧 ・ 情 釧 ・ 是 釧 を者ける。八将の 持 物 はた布部 一 手を智糸印とし 、 第四手に弓矢を持つほ か 、 左手に 輪 宝と 三 弁火焔宝珠、右手に宏伸と仙 怖 を執る 。 この持物 の組み合 わせは二立で児た古裂ゐ岡本に近く、この像を三 宝 荒神 と見な して問 題ない と考え られ る 。 そ の 一 卜 方 には 一 而 二 日 二腎の坐 像が表 される 。 焔 髭として 附け し 、 上半身には縦 一 胴衣のみを着け、左手に 三 叉 税 、 右 手に京 剣 を執る 。 ょの持物は 三 んぶ荒神と しては通 有 な が ら 、 二 岬 同 像で は知例は 見当た ら ず 、前節で見た佃人成本 4・iifi記神ま{の締々

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It:説 の 中 段 の # 付 属 や 、 東 附 川 本 左脇 侍像 および一地問院本最 下段の 谷属と同 じ 持物にな り 、 容属と考 えた方 がよ さそう で ある 。 務総下方にはやはり只向きの一面 二

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二円の坐 像 が表され、巻髭として 閉口 する 。 ト . 半 身 は 装身具 以外何 も 抑 制 け ず、左手は 回併 して岩を、右手は版 辺 で小槌を 執 る 。 こ の 小槌 と 川 が を 持 物 と す る 像 は 、 前 述した京 都 ・ 例 人成 本や遍 照院本、束縛木、 近世の図像 の脊 属 にも 見られ、この像も荒 神 の 北 付 属 と 見 なすべきであろう。 ド紬には 多 而 多 川 川 の 三 与が府 並 ぶ。向か っ てれ下 隅に は 、 兵向きの 八蘭二 日八肺門の坐像(挿図 却 ) が

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楽寺本外│涜古I1分(下総ホ) - 29 -拙かれる。この像は 八前 の配置 が特紫 で 、 本 一 と左 ト れ の 脇 町 の副上から は の長い小 而 が 仲 び

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り ニ 而 は 両胸上に表され、この二面と木町が口髭と顎績を 伸ばした老相に表される。持物は友治第 一 手に 戟 と 先端に主 昧 の付いた 納状 のものを 持 ち、その 他 山 氏 乎 挿図20 には五鈷杵 ・ 戟 状のもの ・ 独鈷 杵 を 、 右手に は 罰

(30)

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申像的純々担J1(.;見 持図21 索 ・ 三 鈷杵 ・ 五鈷鈴を執る 。 こうした保容はこれま で 凡 てきた作

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咋にも矧例はなく 、きわめて必泌性 の 強 い 岡 山 ほ と古え よう 。 下林 中央 にはこれまで -け 附 官

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決寺本外院苦J)分(下縁左) れてきた八面 一 二 円 二 時 円 像 が 、 斜 め 右 を 向 い て 小 一 す 。 八 而 は す べ て 念 怒 川 刊 で 、 少なくとも木而と忠治脇而 は三目を有し、上半身に桜 一 前 一 衣 の み を 強 引 け て 皆 殺 ' 印 を結ぶ 。 こうした像容は道隆寺本や阿名 院

C

本 をは じめ 、石山 寺本の主尊 、 太 山 十 寸 木 ・ 遍照 院本 三 尊 陥 悼 の脇 侍とち一致し、これを 三宝 荒判と見なすことは 問題なかろう 。 続いて 下 縁左 下隅の八百 二 目八皆像 も蹴例のない 、きわめて特災な似(伸凶幻)であ る 。 この倣では本而がなく八而が杭 一 一 州 に 並 び 、 八 芯 怒 川 刊 で 陥 安 とする左右各凶而が 外側 一 卜 卜 刀 を 向 く 。政数の 而 が械 一 列に表される例として、一必開院本主悼の 一 九而 三 目十皆像があり、こうした像を参与にして成立したかとも忠われ る。持物は庇布部

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が杖 状の仰 を 峠ら、部 三 下に サ 欠を、その他点下は制京と校、布

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は 叫 と ん 氏 剣 を 執 る 。 向か って左特 には、まず下万に 一 前 二 円 の 胤 出 品 川 が 机 か れ る 。 附 回 以 と す る 念 怒 川 刊 で 削 円 、 約 千 に ん 日 一 剣、点乎 に 山 女神が絞る器を持げ持つ 。 この引火紳は、前述した京都 ・ 例入蔵本下万 の緑青 身 の谷踊や 、同じく例入版本冗而 卜門限 の緑 山身の作凶が持っていたことが刊なされる。花川柑・中央にはやはり 一 刷 二 日 -一 円の 山 川保が配される 。 仁 平身には装身共以外はわ似を請けず、船援とする念怒 川 で削

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、両手で般を執る 。 この仮谷は遍閉院本や道陣守本、

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内 叫 υ 龍谷ミュ

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ジアム本の符属にも見られ た 。左縁上方の一而三目二腎像む特異な姿で、翼を左右に広げ 、右手に 宝

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三1主事E神像の栂々軒1斥:説 剣を持ち、左手は腰上で拳印とする。高橋氏もすでに指摘されているように、有翼の式神に通じる点が注目され るが、子勢と持物は京都・側人蔵本の一品付属と一致している。 以上左右および下縁の怠怒形九尊を概観すると、明らかに三宝荒神とみなせる像が二尊描かれていた。一方で 矧例のない異形像も日立つが、川刷版院本のド

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静岡や、京都・伽人蔵本下方にも見られた特殊な持物、すなわち 小槌と岩、男女神とする二腎像もあった。また他のニ肺門像についても、その持物は遍照院本等の血管属が持つ通常 のものであった。複数の馳付属を併同する独尊像や、遍照院本および個人雌本に描かれた諸島廿属がすべて一面二腎 像であることを考えると、徳楽寺本に掛かれたで耐二円の芯怒尊は荒神の異形像、すなわち変化身ではなく、谷 属と捉えた・万がよさそうである。すると本図に描かれた特異な像容とする多面多腎の窓怒形二尊は、遍照院本の 下一尊とその右脇侍、阿名院

C

本の場合と川様に、荒神の興形像・変化身と側、えるのが砲当ではなかろうか。この ように考えると、徳楽寺本の外院十二尊は加来荒神の変化身三尊と、三宝荒神の通形像および変化身各二尊(多 面多肺門像)、荒神の谷属五尊ご両二腎像)から構成される、と呪時点では考えておきたい。そもそも三宝荒神 保には、像山作を規定する俄軌等はなく、その変化身と馳付属との附の境界線は睡昧であったと想像される。その結 果として、穂楽寺本の外院にこうした数種の尊格が混在してしまったのであろう。 ふりかえって京都・制人蔵本を見ると、下方のト尊はすべて一両二符像であり、この十噂を秤胤とみなすと、 やはリ前節で推定してみたとおり、変化身を含む三宝荒神三尊に血管属十尊を併画した作例、すなわち遍照院本と 同じ構成を有する遺品となり、品又茶緩とは呼ばない方がいいかもしれない。この両本には晴を有する鬼神形が二 郎ずつ合まれるが、これを除くと符属は八杉となり、山崎氏も検討を加えた奈良・市神草寺本如米荒神像や、道 隆寺本の血管属数と一致し、まさに﹁八大鬼王﹂と符合することになる。これらの遺品を通覧すると、荒神像の独 尊、あるいはこれに変化身二聴を加えた三尊に、島付属八尊を併附する、というのが荒神画像の一つの定型であっ - 31

表 2 : 公茶総}彰式に淡 された三宝荒神像 割 問 L 狩 1 W所J醍・i1i,'.'才,,時代法J¥ii主容~Hf; 正/i日/2li.3 1王4 ぷ i 右 2 右 3 お 4点目,.偶人JI:宮本司f何時代93,OX50.4八面三目八¥&gt;:f立像{うち3面は如米相)1'?111ai(布噌像f通~~百.t.1約ll.子組l鈷│午総支持三銘柄剣ニ鈴 1 ' ¥ &#34; '~ífhd中fit3.;J.'i:li.側:八街三日二符立証l(肉身朱具}2t!:をfr,む)f守き~,・.flFP/

参照

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