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感の二つの感情が同時に喚起することになる 白木 五十嵐 (2016) は 架空のサクラからプレゼント をもらった参加者の感情反応の検討によって 感謝と負 債感の喚起要因の弁別を試みた 実験では プレゼント に伴う受け手にとっての価値と送り手にとってのコストが 操作された その結果 受け手の感謝はプレ

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制御焦点が間接互恵行為に与える影響

―価値・コストの認知的評価の弁別に着目した検討―

1

白木 優馬

(名古屋大学大学院教育発達科学研究科・日本学術振興会)

他者から受けた恩を別の第三者に返報する間接互恵行為は、親切行為の受け手の感謝によって促進され、負債感によって 抑制される。これまでの研究では、向社会的行動の価値・コストといった状況的な要因が、感情の喚起を通じて間接互恵行為 に与える影響を検討してきたが、受け手の要因に着目した検討はなかった。本研究は、受け手の制御焦点が、向社会的行動 の価値またはコストに対する焦点化を促し、感謝や負債感といった感情を喚起する結果として、間接互恵行為に与える影響に ついて検討した。大学生を対象とした質問紙実験の結果、制御焦点の操作は、価値・コストの認知的評価、感謝・負債感の感情、 間接互恵行為のいずれの指標に対しても影響を与えておらず、仮説は支持されなかった。一方で、従来の研究で観測されて いた価値・コストの認知的評価間の強い関連が、参加者の制御焦点を操作した条件においては確認されなかったことから、感 謝または負債感の感情を選択的に喚起させる受け手の要因として、制御焦点の操作が寄与する可能性が明らかとなった。 キーワード: 促進焦点、予防焦点、感謝、負債感、間接互恵行為

問題

先輩からよくしてもらった分、後輩によくしてやるという 例にみられるように、我々は他者から受けた恩をその本 人で は な く 別の 第三者に 返す こ と が あ る 。 こ れ は Pay-it-forward(PIF)や恩送りと呼ばれる。アメリカのコ ーヒーチェーン店のドライブスルーでは、気前のよい客 が次の客の代金を前払いしたことが契機となり、PIF の連 鎖が378 名も続いたという(BAY, 2014)。本研究では、こ うしたPIF を促進する要因を明らかにすることを目的とし、 向社会的行動の受け手の認知的評価、感情喚起に与え る制御焦点の影響について検討する。 間接互恵行為 他者に利益をもたらすために一定のコストを支払う行 動を向社会的行動と呼ぶ。集団で生活を営む人間の社 会において、向社会的行動は重要な役割を担う。心理学 をはじめとして、生物学や行動経済学などの多岐にわた る領域で、その進化的な説明原理が検討されてきた (Rand & Nowak, 2013)。その中でも、直接互恵行為と 間接互恵行為の重要さが特に強調されている。直接互恵 行為とは、向社会的行動の送り手と、その行為の返報の 対象が同じ二者間での 互恵性を指す(e.g, Trivers, 1971)。つまり、相手からの将来的な返報が予測される場 合、向社会的行動は適応的となりうる。対照的に、間接互 恵行為とは、向社会的行動の送り手と、その返報の対象 が異なる三者関係での互恵性を指す。例えば、A さんが B さんに向社会的行動をした後、C さんが A さんに向社 会的行動をする場合が該当する。この形態の間接互恵 行為は評判型と呼ばれる。そして、先述のPIF の例のよ うに、A さんが B さんに向社会的行動をした後、B さんが C さんに向社会的行動をする場合、恩送り型の間接互恵

行為と呼ばれる(e.g., Rand & Nowak, 2013)。 これまで、評判型の間接互恵行為は利得に基づく認知 的計算によって駆動されることが明らかにされてきた (Watanabe et al, 2014)。つまり、自身の行動が第三者 に観測される状況において、自分の評判を良くして、別 の他者から向社会的行動を受ける見込みを高めるため に、他者に利他的に振る舞うのである。これとは対照的に、 恩送り型の間接互恵行為は幼児やチンパンジーにおい ても確認されることから、高度な認知処理ではなく、感情 に基づくメカニズムによって駆動されると考えられている (Leimgruber et al, 2014)。特に、人間においては感謝 の 感 情 が 重 要 な 役 割 を 果 た す 。Bartlett & DeSteno(2006) や DeSteno, Bartlett, Baumann, Williams, & Dickens(2010)は、サクラ(A)から援助を受 けた参加者が、その後、別のサクラ(B)に対して利他的に 振る舞うことを示し、この利他的な振る舞いの程度が、サ クラ(A)から受けた援助に対する感謝によって予測される ことを明らかにした。 感謝・負債感と価値・コスト ただし、向社会的行動の受け手には、感謝だけではな く負債感も同時に喚起する(Tsang, 2006; Watkins, Scheer, Ovnicek, & Kolts, 2006)。負債感とは、送り手 に返報の義務がある状態に伴うネガティブ感情を指す。 負債感が喚起した受け手は、このネガティブな感情状態 の解消を動機づけられることで、送り手への直接互恵行 為を促される。そのため、直接互恵行為と間接互恵行為 のいずれも促進する感謝とは異なり、負債感は見知らぬ 第三者への間接互恵行為を促進しない(e.g., 白木・五十 嵐, 2016)。ここから、向社会的行動の受け手には、間接 互恵行為の促進要因である感謝と、抑制要因である負債

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感の二つの感情が同時に喚起することになる。 白木・五十嵐 (2016) は、架空のサクラからプレゼント をもらった参加者の感情反応の検討によって、感謝と負 債感の喚起要因の弁別を試みた。実験では、プレゼント に伴う受け手にとっての価値と送り手にとってのコストが 操作された。その結果、受け手の感謝はプレゼントの価 値によって、負債感はコストによって、それぞれ強く喚起 されるという関係が明らかとなった。したがって、間接互 恵行為の促進には、向社会的行動のコストではなく、価 値に対する受け手の注目を促すことで感謝を喚起させる ことが重要となる。 制御焦点と感謝・負債感 このような受け手の向社会的行動の価値・コストに対す る注目を変化させる要因として、本研究では自己制御の 指針である制御焦点を取り上げる(Higgins, 1997)。制御 焦点理論では、利得追求を駆動する促進焦点と、損失回 避を駆動する予防焦点という二つの異なるモードが人間 に備わっているとされる。促進焦点はポジティブな結果 や利得の有無への敏感さを高める一方で、予防焦点は ネガティブな結果や損失の有無への敏感さを高める。 向社会的行動を受領する場面において制御焦点の影 響を考えると、促進焦点と予防焦点はそれぞれ、行動の 価値またはコストへの注目を促す可能性がある。つまり、 利得の存在に敏感な促進焦点を活性化された受け手は、 向社会的行動の価値への注目が促されるだろう。反対に、 損失の存在に敏感な予防焦点を活性化された場合、送り 手が向社会的行動のために支払ったコストへ注目すると 考えられる。その結果、促進焦点は感謝の喚起を介して 間接互恵行為を促進する一方、予防焦点は負債感の喚 起を介して間接互恵行為を抑制することが予測される。 実際に、制御焦点の操作によって感謝および負債感 の喚起に影響を及ぼすことや(Mathews & Shook, 2013)、促進焦点傾向が高い人は感謝を感じやすいパ ーソナリティを持つことがわかっている(白木・五十嵐, 2014)。しかし、これらの研究では、焦点の操作が感情喚 起に与える影響の詳細なプロセスについては明らかにな っていない。加えて、間接互恵行為までを含めた検討が されていないという問題点がある。そこで、本研究では以 下の仮説について検討する。 仮説1 促進焦点は、向社会的行動の価値への着目を促 し(仮説 1-1)、感謝感情を喚起することで(仮説 1-2)、間接互恵行為を促進する(仮説 1-3)。 仮説2 予防焦点は、向社会的行動のコストへの着目を 促し(仮説 2-1)、負債感を喚起することで(仮説 2-2)、間接互恵行為を抑制する(仮説 2-3)。

方法

実験参加者 大学生92 名(男性 22 名、女性 70 名)を対象にオンラ インアンケートQualtrics を用いた質問紙実験を行った。 平均年齢は19.85 歳(SD = 5.32)であった。参加者は促 進焦点群(30名)、予防焦点群(33名)、統制群(29名)のい ずれかにランダムに割り当てられた。 手続き 個人差の測定 個人差としての制御焦点を測定するた め、尾崎・唐沢(2011)の PPFS 尺度の利得接近志向8 項 目(促進焦点; = .780)、損失回避志向 8 項目 (予防焦 点;  = .732)についての回答を求めた。これらの項目 は全て7 件法で測定された。 制御焦点の操作 尾崎・唐沢(2011)の手続きによって 参加者の制御焦点を操作した。促進焦点群の参加者に は、中学高校のころ・現在・大学卒業後に分けて、自分が こうありたいと思う「理想」について具体的に記述するよう に求めた。同様にして、予防焦点群の参加者には、自分 がこうあるべきであるという「義務」について記述を求めた。 統制群の参加は、過去に通っていた小学校・中学校・高 校それぞれの周辺の地理的特徴について思い出して記 述するように求めた。 シナリオの呈示 制御焦点を操作した後、参加者が見 知らぬ他者から向社会的行動を受ける内容の仮想シナリ オを提示した。具体的には、大学へ向かう途中、電車の 中で寝過ごしそうになった参加者(受け手)が、慌てて電 車を降りた際に、車内に置き忘れた財布を見知らぬ他者 (送り手)が届けてくれたという場面を設定した。シナリオ では、財布の中にはキャッシュカードや免許証が入って いたことと、また、次の電車が来るまでに 20 分以上待た ねばならないことを教示し、この向社会的行動には受け 手にとっての価値と送り手にとってのコストが伴うことを強 調した。参加者は、自分自身がこの場面に遭遇した場合 を想像して、続く質問に回答するように求められた。 向社会的行動の価値とコストに対する認知的評価 送 り手に対する印象評定と称して、受け手が認知した向社 会的行動の価値とコストを測定した。価値評価2項目(e.g., 「私がその人から受けた行為は価値のあるものだったと 思う」:  = .430) およびコスト評価2項目(e.g.,「私は、そ の人に負担をかけたと思う」: = .687) への回答を求め た。回答はいずれも7 件法であった。 現在の感情 シナリオの場面に遭遇した参加者の感情 を測定するために、感謝感情3 項目(e.g.,「私は、その人 に感謝している」:  = .830)、負債感情 3 項目(e.g.,「私 は、その人に対してお返しの義務を負っていると思う」  = .848)への回答を求めた。なお、欧米において感謝感 情はポジティブ感情として扱われる一方、日本ではすま

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Table 1.本研究で用いた変数の記述統計 Mean (SD) 7 1.Promotion focus 4.79 (0.80) 2.Prevention focus 4.73 (0.85) .106 3.Value 6.47 (0.55) -.125 .059 4.Cost 6.21 (0.88) -.132 .021 .317** 5.Gratitude 6.74 (0.42) -.080 .094 .515** .420** 6.Indebtedness 5.00 (1.21) .195† .058 -.024 .076 .016 7.Sorry 6.00 (0.87) .098 .062 .273** .607** .491** .140 -8.PIF 1.74 (0.44) .005 -.115 .057 -.132 -.075 .002 .000 注)** p < .01, * p < .05, † p < .10 1 -2 3 4 5 6 -Table 2. 条件別に見る間接互恵行為の生起数

Promotion

Privention

Control

Total

Yes

8

5

10

23

No

22

28

19

69

Total

30

33

29

92

PIF

Conditions

なさというネガティブ感情としての側面も含むことがわか っている(一言・松見・新谷, 2008)。こうした日米差を考慮 すると、本研究における感謝感情の分析に際して、すま なさ感情を統制して概念的同一性を担保する必要がある (白木・五十嵐, 2016)。そこで、現在の感情の測定に際し て、すまなさ感情2 項目(e.g.,「私は、その人にすまなさを 感じる」:  = .321)についても回答を求めた。すべての 項目は7 件法で回答が求められた。 間接互恵行為(PIF) 以上の測定の後に、偽のデブリ ーフィングを行った。この中で、本研究とは別の責任者が、 研究プロジェクトの調査参加者を募集していると教示し、 もしも参加者がこのプロジェクトの調査に協力する意思が ある場合、「参加」のチェックボックスを選択して回答を送 信するように求めた。参加を選択した参加者には、後日、 システムを通じた調査協力の依頼が送られることと、この 調査協力には一切の報酬(e.g., 授業への加点、金銭的 報酬)が発生しないことを強調した。この依頼への「参加」 の回答を間接互恵行為の指標とした。 間接互恵行為の測定の後に真のデブリーフィングを行 った。別プロジェクトは架空のものであり、参加を選択し た場合にも調査協力の依頼は送られないことを明らかに して調査を終了した。

結果

記述統計 本研究で使用した変数の記述統計をTable 1 に示す。 仮説の検討 焦点操作が価値・コストの認知的評価に与える影響 促進焦点が向社会的行動の価値に対する認知的評価を 高め、予防焦点がコストに対する認知的評価を高めるか について検討するため、焦点操作を独立変数、価値とコ ストの認知的評価それぞれを従属変数とした分散分析を 行った。結果、条件操作は価値評価得点(F (2,89) = 0.117, p = .889)とコスト評価得点(F (2,89) = 1.381, p = .257)のいずれに対しても影響していなかった。以上か ら仮説1-1、2-1 は支持されなかった。 焦点操作が感謝・負債感の喚起に与える影響 焦点 操作が感情喚起に及ぼす直接的な影響を確認した。す まなさ感情を共変量として投入した共分散分析の結果、 焦点操作は感謝感情の喚起に対して直接的な影響を持 っていなかった(F (2,88) = 0.057 p = .945)。また、焦点 操作が負債感に与える影響も同様に有意ではなかった (F (2,89) = 1.319, p = .273)。以上から、焦点操作が感 謝 と 負 債 感 に 与 え る 影 響 を 検 討 し た 先 行 研 究 (Mathews & Shook, 2013) の結果は、本研究におい ては再現されず、仮説1-2、2-2 は支持されなかった。 焦点操作が間接互恵行為に与える影響 焦点操作と 間接互恵行為との関連を検定によって確認したところ (Table 2)、有意な関連は確認されなかった( (2) = 3.143, p = .208)。したがって、仮説 1-3、2-3 は支持され なかった。 各群内での相関分析 補足的な分析として、各群内に おける変数間の相関を確認した(Table 3~5)。ここでは特 に注目すべき関連について報告する。なお、感謝感情と 他の変数との相関係数は、すまなさ感情を統制した偏相 関係数を記載している。まず、いくつかの変数間の関連

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Table 3. 促進焦点条件における記述統計 n = 30 Mean (SD ) 1.Promotion focus 4.73 (0.77) .169 -.090 -.292 -.039 .097 -.101 2.Prevention focus 4.64 (0.81) .299 .016 .112 -.143 -.070 3.Value 6.47 (0.51) .176 .345† .016 .186 4.Cost 6.02 (0.97) .231 -.016 -.069 5.Gratitude 6.76 (0.36) .113 -.065 6.Indebtedness 4.90 (0.98) .147 7.PIF 1.73 (0.45) 注)** p < .01, * p < .05, † p < .10 -2 3 4 5 6 7 Table 4. 予防焦点条件における記述統計 n = 33 Mean (SD ) 1.Promotion focus 4.91 (0.74) .312 † -.338-.003 -.168 .573** -.096 2.Prevention focus 4.90 (0.86) .046 .061 .243 -.095 -.001 3.Value 6.50 (0.54) .127 .581** -.181 .236 4.Cost 6.23 (0.90) .165 .083 -.225 5.Gratitude 6.75 (0.43) -.351* .091 6.Indebtedness 5.27 (1.16) -.137 7.PIF 1.85 (0.36) 注)** p < .01, * p < .05, † p < .10 -7 6 5 4 3 2 Table 5. 統制条件における記述統計 n = 29 Mean (SD ) 1.Promotion focus 4.71 (0.90) -.186 .011 -.109 -.322† -.065 .112 2.Prevention focus 4.63 (0.86) -.138 -.027 -.133 .269 -.342† 3.Value 6.43 (0.62) .750** .445** .057 -.200 4.Cost 6.40 (0.75) .286 .177 -.102 5.Gratitude 6.72 (0.48) .034 -.204 6.Indebtedness 4.80 (1.46) -.015 7.PIF 1.66 (0.48) 注)** p < .01, * p < .05, † p < .10 -3 4 5 6 7 2 について各群間で異なる傾向が確認された。価値評価 得点とコスト評価得点との相関は、統制群においては有 意だったものの (r = .750, p < .001)、促進焦点群と予防 焦点群では有意ではなかった (rs = .127 ~ .176, ps < .351)。次に、すべての群に一貫して確認された関連に ついて報告する。感謝感情について、すべての群内で 価値評価得点との有意または有意な傾向の相関が確認 された (rs = .345 ~ .581, ps < .067)。一方で、コスト評 価得点と感謝感情との相関はいずれの群においても有 意ではなかった (rs = .165 ~ .286, ps < .139)。負債感 については、いずれの群内においても価値評価得点 (rs = -.181 ~ .057, ps > .312) およびコスト評価得点との 相関は有意ではなかった (rs = -.016 ~ .177, ps > .359)。

考察

本研究は、受け手の制御焦点を操作することで、向社 会的行動の価値またはコストに対する認知的評価が促さ れ、感謝および負債感の感情が喚起される結果として PIF型の間接互恵行為が促進・抑制される可能性につい て検討した。実験の結果、促進焦点操作および予防焦点 操作のいずれも、認知的評価、感情、行動に対して影響 を与えておらず、仮説はいずれも支持されなかった。 まず、制御焦点の操作が価値・コストに対する焦点化 に対して影響を及ぼさなかった原因として、シナリオの状 況設定が挙げられる。本研究では、シナリオの向社会的 行動に伴う価値とコストに一定の強度を持たせた。具体 的には、キャッシュカードが入った財布を送り届けてもら ったという教示によって行為の価値を、そのために送り手 には20分以上の時間を無駄にしたという情報によって行 為のコストをそれぞれ操作した。こうした操作は、行為に 伴う価値とコストを担保したものの、その強度が強すぎた 可能性がある。実際に、各条件において価値とコストの認

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知的評価得点の平均値は、7件法中6点以上に分布して おり、非常に高い値を示していた。デフォルト値が高い状 況において制御焦点を操作したとしても、わずかな効果 しか持たなかった可能性がある。この結果、制御焦点の 操作によって価値・コストに対する焦点化の効果が検出 できなかったと考えらえられる。したがって、今後は価値・ コストが中程度に認知される向社会的行動場面を設定し たうえで制御焦点操作の影響について検討する必要が あるだろう。 さらに、制御焦点の操作が感謝・負債感の喚起に対し ても影響を持たなかった原因として、実験状況の制約が 考えられる。先行研究では、実験室実験によって制御焦 点を操作し、過去に受けた向社会的行動の想起に伴う感 謝・負債感に与える影響を確認していた。本研究では、 オンラインによる質問紙実験を用いた。近年、オンライン 実験による感情喚起の手続きの有効性について議論さ れており、そこでは、一般的なポジティブ感情、ネガティ ブ感情、恐れ、嫌悪、怒り、悲しみ、罪悪感の喚起には一 定の効果があるものの、幸福感のような感情の喚起には 適当ではない可能性が指摘されている(Ferrer, Grenen, & Taber, 2015)。感謝を扱った本研究においても、こうし たオンライン実験に特有の問題が影響したと考えられる。 したがって、実験室実験によって制御焦点が感情に与え る影響について再度検討すべきである。 このように、本研究の仮説は全て支持されなかった一 方で、いくらか興味深い知見が得られた。1 つ目は、条件 を問わず、感謝と向社会的行動の価値との関連が確認さ れたことである。白木・五十嵐(2016)は、実験室実験によ って、向社会的行動の価値が感謝を喚起することを明ら かにしている。本研究では、同様の関連がシナリオ実験 によっても支持された。このことは、両者の関連が研究手 法に依存しない頑健なものである可能性を示したと考え られる。 そして2 つ目は、制御焦点の操作が、価値・コストに対 する認知的評価同士の共変関係を断ち切る可能性を示 唆した点である。統制条件において、向社会的行動の価 値・コストに対する認知的評価はお互いに強く関連して いたものの (r = .750, p < .001)、制御焦点を操作した促 進焦点条件および予防焦点条件において、その関連は 有意ではなかった (rs = .127 ~ .176, ps < .351)。先行 研究は、本研究の統制条件と同様に、価値・コスト間の強 い共変関係を確認している。向社会的行動の価値および コストが、それぞれ感謝と負債感を喚起する要因だという 指摘に基づけば(白木・五十嵐,2016)、必然的に感情レ ベルにおいても共変関係を持つことになる。こうした共変 関係は、間接互恵行為の促進と抑制を同時に生じさせる という帰結をもたらす。本研究の結果から、間接互恵行為 の促進効果を選択的に高めるために、制御焦点の操作 が有効性を持つ可能性が明らかとなった。ただし、先にも 述べた通り、本研究の実験状況の設定は適当でなかっ た可能性もある。今後は、本研究の問題点を解消したうえ で精緻に追試を行うことが望まれる。 最後に本研究の限界を述べる。まず、本研究で用いた 尺度の信頼性の低さがあげられる。本研究は先行研究で 一定の信頼性が確認されている項目を用いて、向社会 的行動に対する価値・コストの認知的評価およびすまな さ感情を測定した(白木・五十嵐, 2016)。それにもかかわ らず、本研究においては著しく低い信頼性が確認された。 同一の項目を使用している以上、この低い信頼性の原因 は先行研究との実験状況の違いに起因すると考えられる。 白木・五十嵐(2016)においては、サクラの行為に対する 認知的評価および感情を測定していたのに対して、本研 究ではシナリオ上の架空の他者を対象としていた。こうし た違いが、項目に対する参加者の解釈を変容させた結 果、項目の低い信頼性に繋がったのかもしれない。した がって、今後は、本研究の実験状況においても高い信頼 性を持つ項目を選定して再度仮説を検証する必要があ る。次に、操作の有効性が確認できていないことがあげら れる。本研究は、先行研究の手続きを踏襲し、制御焦点 の操作後に操作チェックを設定しなかった(Mathews & Shook, 2013)。しかし、その結果として、本研究で見られ た条件別の相関構造の相違が、制御焦点の操作に起因 するかについて解釈を一意に定めることが難しくなったと 考えられる。今後は操作チェックによって操作の有効性 を担保する必要があるだろう。最後に、本研究は必ずしも 十分なサンプルサイズを確保できていないという問題が ある。したがって、将来的には上記の問題点を含めて、 十分なサンプルサイズを確保して再度仮説を検討するこ とが求められる。

引用文献

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1) 本研究は、平成26年度日本社会心理学会若手研究者奨 励賞の助成を受けた。

The effect of regulatory focus on indirect reciprocity:

Mediation effects of gratitude and indebtedness

Yuma SHIRAKI (Graduate School of Education and Human Development, Nagoya University;

Japan Society for Promotion of Science)

Indirect reciprocity, repaying the favor for the third person but benefactor, is promoted by gratitude and inhibited by indebtedness. Although previous studies examined the effect of situational factors such as value and cost on indirect reciprocity via evoking gratitude and indebtedness, they ignored factors related to the beneficiary. The current study investigated the effect of the regulatory focus of beneficiaries on (1) their evaluation of value and cost, (2) emotions of gratitude and indebtedness, and (3) indirect reciprocity. Results showed that manipulation of regulatory focus had no effect on any indices and did not support the hypotheses. However, correlation analysis in each condition found that relationships between value and cost evaluation are significant only in the control condition. In other words, manipulation of the regulatory focus can reduce the covariance of these evaluations and make it possible to evoke gratitude or indebtedness selectively.

Table 1.本研究で用いた変数の記述統計  Mean ( SD ) 7 1.Promotion focus 4.79 (0.80) 2.Prevention focus 4.73 (0.85) .106 3.Value 6.47 (0.55) -.125 .059 4.Cost 6.21 (0.88) -.132 .021 .317 ** 5.Gratitude 6.74 (0.42) -.080 .094 .515 ** .420 ** 6.Indebtedness 5.00 (1.21) .195
Table 3.  促進焦点条件における記述統計  n  = 30 Mean (SD ) 1.Promotion focus 4.73 (0.77) .169 -.090 -.292 -.039 .097 -.101 2.Prevention focus 4.64 (0.81) .299 .016 .112 -.143 -.070 3.Value 6.47 (0.51) .176 .345 † .016 .186 4.Cost 6.02 (0.97) .231 -.016 -.069 5.Gratitude

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