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バリ島の現地男性と結婚した日本人女性の子育てをめぐる生活体験

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山口県立大学看護栄養学部(Yamaguchi Prefectural University Faculty of Nursing and Nutrition)

2013年6月4日受付 2013年11月28日採用

資  料

バリ島の現地男性と結婚した日本人女性の子育てをめぐる生活体験

—ヒンドゥー教の思想が子育てに及ぼす影響に焦点を当てて—

The parenting experiences of Japanese women married to Balinese men:

Foucus on the effects of Hinduism on child-raising

田 中 和 子(Kazuko TANAKA)

* 抄  録 目 的  インドネシアバリ島の現地男性と結婚した日本人女性が,バリ=ヒンドゥー教の思想と子育てとの関 係をどのように捉え,子育てをめぐりどのような生活体験をしているのかを明らかにする。 対象と方法  研究者はインドネシア,バリ島に約3ヶ月間滞在し,ヒンドゥー教の思想をもつ男性と結婚した日本 人女性11名を対象に,バリ=ヒンドゥー教の思想に関連した生活体験がどのように子育てに影響を与 えているか,半構造的面接を行い,帰納的に分析し検討した。 結 果  分析の結果,12個のカテゴリーと39個のサブカテゴリーが抽出された。  【バリの生活に馴染む努力】を積極的にする女性たちは,【ヒンドゥー教を受容】することが容易であり, 【子どもに民間療法を取り入れる】ことも受容的であった。一方,ヒンドゥー教の受容が難しい場合,【子 どもに民間療法を取り入れない】傾向があった。女性たちは,【ヒンドゥー教受容の難しさ】を感じなが らも,【みんなで子どもを育てる】バリは日本よりも【子育てに適した環境】と捉えていた。また,女性 たちは肯定的に【ヒンドゥー教と子どもの健康は関係する】と考えており,【大家族の生活に戸惑い】な がらも,【みんなで子どもを育てる】ことに感謝していた。女性たちは,【男児尊重の思想を否定】し,か つ思想に関して【子どもに選択肢を与えたい】という思いが,【ヒンドゥー教受容の難しさ】の要因とし て考えられた。ヒンドゥー教の受容の程度はさまざまであったが,女性たちは【バリで子どもを育てる 覚悟】があった。 結 論  バリ島で現地男性と結婚し,そこで暮らす日本人女性にとって,バリ=ヒンドゥー教の思想が子育て に大きく影響していた。 キーワード:インドネシアバリ島,バリ=ヒンドゥー教,子育て,日本人女性,国際結婚

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Abstract Purpose

The purpose of this study is to describe how Japanese women who are married to Balinese men and reside in Bali perceive their child-raising within the context of Bali-Hindu philosophy and their experience in child-raising. Method

The researcher spent three months in Bali, Indonesia. The data were collected using semi-structured inter-views with 11 Japanese women, then qualitatively analyzed and sorted into categories. Interinter-views included how Bali-Hindu philosophy affects the Japanese women's child-raising practices.

Results

Twelve categories and 39 subcategories were extracted from the data in this study. The Japanese women who settled into Balinese life gradually accepted Bali-Hinduism and they openly used folk therapy for their children. On the other hand, folk therapy was not used by the women who were less easily influenced by Hinduism. To accept Hinduism was difficult for Japanese women, even though they thought that Bali was a more appropriate environ-ment for raising children when compared to Japan because everybody participated in child-raising. In addition, they thought that Hinduism influenced child health. Most Japanese women appreciated the Balinese family’s assistance with raising their children. At the same time they felt discomfort living with Balinese extended families.A cause of the difficulty in accepting Hinduism is the idea of domination of the women by the men. Furthermore, there is a link between perceptions about how to provide a better life options to their children and challenge of having to accept Hinduism. Although the depth of acceptance was variable, they prepared themselves for bringing up their children in Bali.

Conclusion

For Japanese women who married Balinese men residing in Bali, the Bali-Hindu philosophy had a significant impact on their attitudes and on their child rearing practices.

Key words: Bali Indonesia, Bali Hinduism, child-raising, Japanese women, international marriage

Ⅰ.諸   言

 インドネシア,バリ島はオランダ植民地時代の 1930年代から「最後の楽園」として欧米人のあいだで 観光地として知られるようになり,また,「神々の島」 ともいわれ,観光地として発展してきた(山下,1999)。 インドネシア政府の観光開発事業の推進に伴い,1980 年代後半から在留邦人数は急増しはじめた。日本人 永住者数は,1987年の17人(在留邦人総計43人)から, 1997年には,350人とほぼ20倍になり,2001年には600 人を突破した。永住者のほとんどは,インドネシア人 と結婚した日本人女性と推定されている(鈴木,2003)。 在留邦人数はその後も増加し,2006年には永住者620 人(男225人,女395人),長期滞在者1135人(男517人, 女618人)の総計1700名に達した(外務省,2013)。  インドネシア共和国は世界最大のイスラム人口を もつが,バリの住民の93.1%はヒンドゥー教徒である。 バリ島民は古来のバリ=ヒンドゥー教を維持し,固有 の社会生活,宗教生活を行ってきた。インドのように 厳格ではないが,今も4つのカーストが存在する。貴 族層のブラーフマナ,サトリア,ウェシア,平民層 のスードラである(吉田・河野・中村他,2006, p.1-3)。 また,バリの伝統的な住居は,塀に囲まれた広い敷地 に数棟の独立した棟があり,代々同じ土地に大家族で 暮らしている。バリ島のヒンドゥー教徒の男性と現地 で結婚する際,外国人女性もヒンドゥー教徒に改宗し なければならず,現地で暮らす日本人女性は形式上ヒ ンドゥー教徒である。  インドネシアでは健康保険未加入者が多く,2011年 時点で全国民の37%が保険制度に未加入である(江上, 安川,廣田他,2012)。医療費が高額となるためバリ では,バリアンとよばれる宗教的職能者や伝統的施療 師が,憑依状態になって神からの指示を受けて治療し たり(吉田・河野・中村,2006,用語解説p.5),ドゥ クンとよばれる呪術や薬草を用いて病気を治す呪術師 が現在でも活躍している(金沢,2005)。  在留邦人に関する母子保健の先行研究において,一 般衛生環境,一般医療をはじめとして,予防接種,健 康診断,緊急医療制度に至るまで,開発途上国に問題 が多いことや(中村・長谷川・北島他,1993;北島・ 中村・久保,1993;折戸・小島・中村,2001),言葉に よる生活の問題や子育て環境としての治安などの不安 があることが明らかにされている(清水,2004)。従来, 在留邦人の多くは日本の企業から派遣された長期滞在

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の男性と帯同する母子であったことから,開発途上国 の男性と国際結婚した日本人女性とその子どもを対象 とした研究は少なく,彼女らの子育ての現状は明らか になっていない。配偶者の祖国に滞在する場合,その 国の宗教的価値観が日本人女性の子育てに影響を及ぼ すと考えられる。本研究の目的は,バリ島の現地男性 と結婚した日本人女性が,母国と異なる生活環境の中 で,バリ=ヒンドゥー教の思想と子育てとの関係をど のように捉え,子育てをめぐりどのような体験をして いるかを明らかにすることである。近年,国際結婚が 増加し,文化・価値観を尊重した母子保健ニードに対 応しなければならない時代になった。そのような社会 の中で,文化的背景の異なる国の男性と結婚した日本 人女性の子育ての現状を明らかにすることは,子育て 支援を考える上で重要である。

Ⅱ.用語の操作的定義

バリ=ヒンドゥー教の思想:本研究では,Covarru-bias(1936/2006)を参考に次のように定義した。祖 先崇拝や自然力や悪霊に対するバリ土着の祭儀に, 呪術などが加わり,ヒンドゥー教に融合した思想と する。 子育てをめぐる生活体験:子育てに関係のある日常の 生活体験

Ⅲ.研 究 方 法

1.調査地と研究参加者 調査地:インドネシア共和国,バリ州A県A郡A村と その近郊である。A村は,バリ島の山間部に位置し, 日本をはじめ海外からの移住者が増加している。 調査対象:インドネシアバリ島A村またはその近郊に 暮らし,バリ人男性と結婚し子育てをしている日本人 女性11名。対象者の選択にあたっては,現地で子育 てをしている研究者の友人の日本人女性へ研究協力を 依頼し,対象者を紹介してもらい,雪玉式に抽出した。 また研究者の滞在中にできたインフォーマルなネット ワークを通じ該当する対象者を紹介してもらった。 2.調査期間  2007年4月1日∼6月30日の約3ヶ月間 3.調査方法と内容  調査対象となる現地の宗教行事や子どもの通過儀礼, 一般家庭・日本人女性の子育ての様子を見学させて頂 き,ネットワークを広げ,対象者を理解するための予 備的滞在期間を1か月とした。データ収集方法は半構 成的面接法である。インタビュー回数は1回または2 回で,1回のインタビューに要した時間は1時間から2 時間であった。面接ではインタビューガイドを使用し, 普段の子育ての様子,育児の協力体制,ヒンドゥー教 の思想が子育てに影響すると思うか,またそれはどの ようなことか,バリで子どもを育ててよかったと思う ことはどのようなことかなどの質問を投げかけ,自由 に語って頂き,本人の同意のもとにICレコーダーに 録音し,逐語録を作成した。 4.データ分析方法

 Miles & Huberman(1994)の分析方法を参考に以下 の手順で分析を行った。①対象者の体験が現実のもの として感じられるまで逐語録を繰り返し読み,ヒン ドゥー教に関連した子育ての体験に関係のある陳述を 抽出,②個々の陳述を本質的な意味内容を損なわな いように要約し,コード化,③類似したコードを集め て,ヒンドゥー教を基調としたバリ文化の中での子育 てをめぐる生活体験をサブカテゴリーに整理した。こ こまでの分析は対象者毎に行ったが,対象者が異なっ ても同じコードは同じサブカテゴリーになるようにし た。④全対象者のサブカテゴリーを比較検討し,内容 の共通性に基づいてカテゴリーに分類し,対象者がヒ ンドゥー教の思想と子育てとの関係をどのように捉え, 子育てをめぐりどのような生活体験をしているのかを 抽象化した。インタビュー内容や分析結果は,小児看 護学及び社会学の研究者と話し合い,スーパーバイズ を受け,信頼性の確保に努めた。 5.倫理的配慮  研究参加者には研究者の友人を通して研究の趣旨を 説明してもらい,事前に承諾を得た。研究参加者の自 宅を訪問し,ラポール形成に努め,研究参加者に研究 の趣旨を十分に説明し,納得してもらった上でインタ ビューを行った。インタビューの場所や日時は研究参 加者の希望を尊重し,研究参加者の自宅または研究参 加者が経営する店において行った。インタビューの時 間が長くなるような場合は,研究参加者の表情をよみ 取りながら,疲労はないか,育児やお供えの妨げには

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なっていないか,途中に何度か声かけを行い,中断し たり,日を改めたりした。プライバシーの保護遵守, 研究参加の自由意志と途中辞退の権利の保障,得られ た情報は研究目的以外には使用しないことを文書と口 頭で説明し同意を得た。本研究は2007年長野県看護 大学倫理委員会で承認を得た(審査承認番号#34)。

Ⅳ.結   果

1.研究参加者の概要(表1)  調査対象とした11名の日本人女性の概要を表1に 示した。研究参加者の平均年齢は40.8 5.1歳(最小35 歳,最大51歳),結婚年数は1年∼15年であった。す べての女性は結婚前にバリに長期滞在の経験があった。 学歴は,短大卒業以上が8名で,専門学校卒業が1名, 高校卒業が2名であった。職業は,民宿・レストラン を営むものが7名で専業主婦は4名であった。夫のカー ストはスードラが9名,サトリアが2名であった。現 在大家族で暮らしているのは3名,以前大家族で暮ら していたが,独立していたのは3名,夫の両親のみと 同居は1名,結婚当初から核家族は4名であった。子 どもの人数は,1人が6名,2人が5名であった。子ども の平均年齢は5.8 4.4歳(最小生後1か月,最大14歳) であった。子どもとの会話は日本語のみ6名,その他 5名,夫との会話は,日本語のみ4名,日本語以外7名 であった。 2.分析結果  得られたデータを分析した結果,12個のカテゴリー と39個のサブカテゴリーが見出された(表2参照)。カ テゴリーは【 】,サブカテゴリーは〔 〕,を示す。ま たインタビューの引用は「斜字」とし,( )は,補足説 明を示す。 カテゴリー①:【ヒンドゥー教を受容】  Gさんは宗教には従わざるを得ないほど大きな力が あると考え,日々お供えやお祈りを欠かさず行い,〔ヒ 表1 対象者の概要 ケース 学歴 滞在年数 夫のカースト 家族構成 子の人数 子の年齢 子との会話 年齢 職業 結婚年数 夫との会話 A 大学卒業 4年 スードラ* 現在核家族以前大家族 1人 4才 日本語 35才 専業主婦 5年 インドネシア語 B 短大卒業 6年 スードラ 結婚当初から核家族 1人 1才 日本語 35才 民宿経営 4年 日本語 C 高校卒業 5年 サトリア 大家族 1人 1才 日本語 36才 専業主婦 1年 日本語 D 大学卒業 5年 スードラ 大家族 2人 3才 バリ語 37才 専業主婦 5年 1か月 バリ語・インドネシア語 E 大学卒業 7年 スードラ 結婚当初から核家族 2人 6才 日本語 37才 民宿経営 7年 1才 インドネシア・日本語 F 専門学校卒 5年 スードラ 現在核家族以前大家族 1人 3才 日本語 40才 専業主婦 10年 日本語 G 高校卒業 17年 スードラ 大家族 2人 10才 第1子バリ語・第2子日本語 43才 レストラン経営 10年 4才 バリ語 H 大学卒業 15年 サトリア 現在核家族以前大家族 2人 14才 バリ語・インドネシア語・日本語 44才 民宿経営 15年 4才 バリ語・インドネシア語 I 短大卒業 12年 スードラ 結婚当初から核家族 1人 10才 日本語 44才 民宿経営 12年 日本語 J 大学卒業 15年 スードラ 結婚当初から核家族 2人 13才 日本語・インドネシア語・バリ語 47才 レストラン経営 13年 11才 日本語・英語・インドネシア語 K 大学卒業 13年 スードラ 夫の両親とのみ同居 1人 8才 日本語・インドネシア語 51才 自営業 13年 インドネシア語 *平民層  貴族層

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ンドゥー教徒としての強い自覚〕があった。  Hさんはお供えづくりを自分で行い,日本の親から 援助を受け,自宅に大きな社を建設し〔敬虔なヒンド ゥー教の信者になるための努力〕をしていた。Dさん は子どもを自宅に残してお寺の行事に参加していた。 近所の主婦たちと世間話や育児の情報交換し,〔宗教 行事に参加することで育児ストレス発散になる〕と捉 えていた。Hさんは,男子が家寺を守っていくという 〔男児優先の思想を理解〕し,男子が生まれるように, 有名なドゥクンのところで産み分け指導を受けていた。 カテゴリー②:【ヒンドゥー教と子どもの健康は関係 する】  Gさんは,〔お祈りなしでは子どもの健康はありえな い〕と考えていた。 「目に見えない,社会は,輪廻転生とか精霊とかまあ日 本,今の日本でそういうこといったらちょっとうさんく さいと思うようなことが,私,バリでは当たり前に絶対 存在していると思うし,子どもをとにかく安全で事故が なく,病気もなく健康に育って下さいって,私も本人に もお祈りさせるっていうのは,病院に健康診断に行くこ 表2 カテゴリー・サブカテゴリー一覧表 カテゴリー 対象者 サブカテゴリー ①ヒンドゥー教を受容 GI 〔ヒンドゥー教徒としての強い自覚〕 H 〔敬虔なヒンドゥー教の信者になるための努力〕 D 〔宗教行事に参加することで育児ストレス発散になる〕 HJ 〔男児優先の思想を理解〕 ②ヒンドゥー教と子どもの健康は関係する G 〔お祈りなしでは子どもの健康はありえない〕 H 〔僧侶のお払いで暴れる子どもが落ち着く〕 E 〔お供えをすることで家の隅々まで点検〕 C 〔ヒンドゥー教は子どもの健康に悪い影響を与えない〕 CDEFGHK 〔子どもの健康を願うバリの風習に従う〕 ③みんなで子どもを育てる ACFGHIJ 〔家族や周囲の育児サポートに感謝〕 G 〔大家族は子どもが育つ環境〕 D 〔バリだから母親になる決心をした〕 ④バリの生活に馴染む努力 DG 〔バリの家族や地域に溶け込んでいる〕 I 〔夫の家族との関係に満足〕 I 〔バリの生活に馴染む努力〕 ⑤子どもに民間療法を取り入れる CGFHK 〔民間療法を取り入れる〕 HK 〔バリには呪術が存在する〕 ⑥子育てに適した環境 ABCFHK 〔自然が多く子ども同士が安全に遊べるバリ〕 JI 〔誰もが子どもに優しいバリ〕 H 〔助け合い精神の強いバリ〕 ⑦バリで子どもを育てる覚悟 ACFGHJK 〔生涯バリで暮らしていく覚悟〕 I 〔ダブルアイデンティティを持った子どもとして育てる〕 D 〔子どもはバリ人として育てていく〕 ⑧ヒンドゥー教受容の難しさ D 〔子どもが優先だが宗教行事には参加せざるをえない〕 AE 〔お供えや宗教行事は姑に任せる〕 E 〔排他的なバリ人の中で宗教行事へ参加することがストレス〕 A 〔罪悪感を感じながらもヒンドゥー教に違和感〕 B 〔自分も嫌なのに子どもが疲れる宗教行事に連れて行きたくない〕 J 〔ヒンドゥー教徒にはなれない〕 J 〔カースト制度が子育てに影響する〕 ⑨大家族の生活に戸惑い ACFGH 〔大家族の生活に戸惑い〕 D 〔親戚との関係がストレス〕 C 〔気が強い姑に自己主張ができない〕 ⑩男児尊重の思想を否定 BCDII 〔周囲から男子を望む圧力を感じる〕〔男児尊重の思想を乗り超えるまでに葛藤〕 ⑪子どもに民間療法を取り入れない A 〔最初に民間療法はおかしい〕 J 〔民間療法を否定〕 ⑫子どもに選択肢を与えたい ABCFIJKA 〔子どもに選択肢を与えたい〕〔子どもに他の宗教をみせる〕

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とよりも大事なことじゃあないかと私は思いますね。そ れなくしては,多分健康は維持できないんじゃないです か。」(G)  Hさんは〔僧侶のお払いで暴れる子どもが落ち着く〕 と信じており,第1子,第2子とも,東部のカランガ ッサム県の僧侶のところまで行き,子どものお払いを してもらい,泣き叫び暴れる子どもが落ち着いたとい う。  Eさんは〔お供えをすることで家の隅々まで点検〕し ていると考え,日々のお供えの意義を見出していた。 「毎日,毎日お母さんがそこの決まった場所に行って, 気持ちを込めてお願いをすると,例えばここ汚いなとか, ああなんかここ壊れてるとか,ああ,なんかここ崩れそ うとか,全然普段行かない場所っていうのが,できない ようにうまくそういう風にできてるのかなーって。(中 略)意外と(お供えは)利にかなってのかもしれない。意 味があると思います。」(E)  Cさんは,イスラム教と違い,子どもは今のところ 食べ物の制限もないので〔ヒンドゥー教は子どもの健 康に悪い影響を与えない〕と捉えていた。  また,11名中7名の日本人女性たちは,〔子どもの健 康を願うバリの風習に従う〕ようにし,ヒンドゥー教 の通過儀礼を行っていた。  Dさん,Eさんは,カジュン・クリオンという悪霊 が災いをもたらしやすい日には魔よけのため子どもに 赤玉ねぎを刻んだものを塗っていた。  バリでは,胎盤・臍帯・羊水・血液は,4人の兄/ 姉であり,人間は死ぬまで4人の兄/姉と共生してい ると考えられ,寝室の前に埋められる。Dさん,Eさ んは埋葬した胎盤を大切に扱い,お守りとして,乾燥 した本人の臍帯を入れた銀の筒をネックレスにし,子 どもに身につけさせていた。 「そこの庭に胎盤を埋めるんですよね。まあ,それもこ の子のお姉さんだか,お兄さんだか,守ってくれる存 在みたいで。胎盤を大事にしないとこの子もだめにな る。でかけるときは,ちゃんと胎盤のところの土をつけ てあげるんですよね,一緒に出かけるっていうんで。あ と,お風呂のお湯をかけてあげるとか。まあ上の子のと きは,泣きやまないときに土をつけてあげたりとかする とほんとにそれは不思議なんですけど,泣き止むんです ね。」(E) カテゴリー③:【みんなで子どもを育てる】  大家族の生活に戸惑いながらも,11名中7名の女性 が〔家族や周囲の育児サポートに感謝〕していた。 「私の子どもは2人とも彼のお母さんなしでは育たなか った。それは私もわかってるし,うちの子どももわかっ てる。……彼も子育て,あと,お義父さんもそうですけ どね,みんなで4人ですけどしてくれたのよ。子育てに 関してさー,いとわないのよ。これが日本で1人だった らどうかな。だんなの助けがなく,姑さんの助けがなく, 1人で泣いてたら子どもの首に手が伸びることも否めな いかもしれないって思ったの。だから私はここに来てよ かった。」(J)  Gさんは,〔大家族は子どもが育つ環境〕と実感して いた。 「子どもが育つ環境だと思います,大家族のバリの昔な がらのおうちって。家から間違って(子どもが)出ちゃ ったことがあっても,常に近所の人がその辺にいるので, 危ないよー って言ってくれたり,その辺は社会と大 家族に入った利点ですよね。」(G)  Dさんは,子どもが苦手であったが,〔バリだから母 親になる決心をした〕。 「ここやったから,産もうかなって思ったし,なんか, 育てていけるかなーって思ったのはやっぱり,バリやっ たからっていうのも,ありますよね。家族全体で子ども をみるっていうのと,あと,男の人もすごい育児をして くれるし,っていうか普通にしますよね……日本のお母 さんたちみたいな育児はできへんし,絶対虐待じゃない けど,叩いたりとか,絶対してしまってたと思うし,一 人で,誰の目もなく,核家族で,一日中ずっと子どもと 一緒にいたら,もう絶対叩いてたと思う。」(D) カテゴリー④:【バリの生活に馴染む努力】  Dさん,Gさんは,大家族で暮らし,バリ語ができ, 宗教行事をこなし,子どもを近所に頻繁に行き来させ, 〔バリの家族や地域に溶け込んでいる〕。Iさんは大家 族で暮らしていなかったが,〔夫の家族との関係に満 足〕しており,頼りにしてくれる姑に答えたいと,一 生懸命お供えづくりをしていた。Iさんは,敬虔なヒ ンドゥー教徒の夫や夫の両親を尊敬しており,良好な 家族関係であった。そして〔バリの生活に馴染む努力〕 をしていた。 カテゴリー⑤:【子どもに民間療法を取り入れる】  半数の女性は,子どもに〔民間療法を取り入れる〕 ようにしていた。子どもが病気のときに受診してもよ くならなければ,バリアンところに行くなど,なんら

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かの民間療法を取り入れていた。お腹の中が熱くなる という現地の病気の対処として,ジャムゥとよばれて いる植物の根・葉などからつくったインドネシア風の 漢方薬などを取り入れる女性もみられた。〔バリには 呪術が存在する〕と信じ,子どもの病気の対応に使う 女性たちもいた。Kさんは,人を呪い,陥れるための 陰性の呪術であるブラック・マジックが原因である子 どもの病気は聖水とお供えで治ると語っていた。 カテゴリー⑥:【子育てに適した環境】  11名中8名の女性は,〔自然が多く子ども同士が安 全に遊べるバリ〕,〔誰もが子どもに優しいバリ〕で子 育てをしたいと考えていた。 「親戚の子とかがみんな一緒に遊んでるし,家の前とか でも遊べるし,あのオゴオゴ1があったり,なんか子ど もが楽しめるイベントがあって,バラガンジュール2 かちょっとずつ楽器やったり,踊りもできたりとか,そ ういうのがすごい多いから,私はできたらこっちで育て たい。日本やったらどうしても,外に出ないと,公園デ ビューしないといけない,とか友達の子どもとか遊ばせ に行かないと遊べなかったりするけど,こっちは,もう そういう面では楽しめることも多いし。」(C) 「人の愛をちゃんと受けた子ってどんなに甘やかされて も,いい人間に育つんですね。それで,また自分の子ど もや人の子どもに愛情を持って接せられるいい循環です ね。それを私は見習いたいと思いました。」(G)  また,Hさんは,親戚の絆の強い,〔助け合い精神の 強いバリ〕で子どもを育てていきたいと考えていた。 カテゴリー⑦:【バリで子どもを育てる覚悟】  11名中7名の女性は,〔生涯バリで暮らしていく覚 悟〕をし,Gさんはすでにインドネシア国籍に変更し, 万一子どもがバリで治療困難な重篤な疾患を患ったと しても,日本や外国に行ってまで治療をしない覚悟を していた。 「(子どもの病気の治療のために)無理をして日本国籍の ままでいたりとか,シンガポールに飛んだりとか,まあ, できるだけのことはするけれども,まあそれでだめなら, 運命だと思って,思うようにしようって(笑)。うーん, なんかそういうことを年々思うようになりましたね。意 地でも日本に帰って治すんだとか,そういうことが,だ んだん気持ちが薄れてきたような気がします。」(G)  I さんは子どもにはバリ食も日本食も食べられるよ うにし,日本語は教えてもバリ人であることも意識さ せ,はじめから〔ダブルアイデンティティを持った子 どもとして育てる〕努力をしていた。Dさんは,〔子ど もはバリ人として育てていく〕覚悟があり,母親が日 本人であることを子どもにどの程度認識させるか迷っ ていた。 カテゴリー⑧:【ヒンドゥー教受容の難しさ】  Dさんは,子どもの病気をおしてまでは宗教行事に 参加しないが,参加しないと世間体が悪く,ペナルテ ィもあるため〔子どもが優先だが宗教行事には参加せ ざるをえない〕と考えていた。Aさん,Eさんは,〔お 供えや宗教行事は姑に任せる〕ようにし,無理をして お供え作りや宗教行事への参加をしていなかった。E さんは,〔排他的なバリ人の中で宗教行事へ参加する ことがストレス〕だった。 「(お寺の行事で)お供えをつくるのがあったんで行った んですけど,やっぱり声かけてくれないんですよ。なん か無視されるって一番つらいじゃないですか。(お寺に) 行くたびにつらい思いをして帰るから,無理にバリ人と 同じようにしなくてもいいかなって。」(E)  Aさんは,子どもが生まれたときからはじまるヒン ドゥー教の儀式を複雑な思いでみていた。姑が宗教行 事に多額の費用をかけ,最優先にすることに違和感が あった。Aさんは,一生懸命に子どもの通過儀礼をや ってくれる姑に対して〔罪悪感を感じながらもヒンド ゥー教に違和感〕を持っていた。 「ヒンドゥー教は尊重するし,それはそれで美しいと思 うけれど,自分はやっぱり無理だなって思うんですね。」 (A)  Bさんは,バリでは子どもよりも宗教行事が優先さ れると感じており,〔自分も嫌なのに子どもが疲れる 宗教行事に連れて行きたくない〕と思っていた。 「夕方とかにちょっと(子どもをお寺に)連れて行って, じゃあそれで終わりってできるのであればいいんですけ ど,そうじゃない日もあるし,夜遅くまでみんなお祈り するためにずっと3時間とか待ってるとかいうのも結構 ざらなんで,そういうのとか考えるとなんかいやですね, なんか。(中略)わたしも嫌なのに子どもって眠いし,疲 れるだろうなって思うと連れて行きたくないと思います ね。」(B) 1 サカ歴新年の前日の夜に悪魔を象徴するオゴオゴと呼ば れる山車が町中を練り歩く 2 行進用のガムラン 葬儀の行列の先導などで頻繁に演奏 される

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 Jさんは,〔ヒンドゥー教徒にはなれない〕と思って いた。Jさんはいやいや作ったお供えには意味がない ので人に頼んだ方が賢明であると考え,お寺の奉仕活 動にも参加していなかった。また,〔カースト制度が 子育てに影響する〕と考えていた。 「うちは一番下よ,スードラなのよ。そいでも2番目ぐ らいか一番上と結婚すると,偉そうなわけだ。バリはね, それをいまだにカサにきてる人もいるし,実際問題,上 のカーストの人はさ,日本人と結婚したって,偉そうに 日本人の嫁の子どもなんか抱けないわよ,みたいな姑が いるわけだよ。」(J) カテゴリー⑨:【大家族の生活に戸惑い】  日本人女性たちは,家族みんなで子育てをしてくれ ることに感謝していたが,同時に〔大家族の生活に戸 惑い〕があった。特におむつをしない育児や台所の衛 生状態,鶏や犬が敷地内で放し飼いされたりすること などの衛生観念の違いがストレス源になっていた。 「インドネシアは(おむつの)習慣がないからそのまま垂 れ流し,私から見るとほとんど垂れ流し状態。で結構平 気なんだよね。(中略)それは大変だったよ。だから大喧 嘩もしたことあるし。」(H)  7人家族のDさん宅には,夫のきょうだいたちが頻 繁に子連れで里帰りしてくるため,〔親戚との関係が ストレス〕だった。  Cさんの姑は勝手に子どもに民間療法をすることが よくある。しかしCさんは〔気が強い姑に自己主張が できない〕でいた。 「どこまでを受け入れて,どこまでを断っていいかって いうのが,私まだ難しいんで。」(C) カテゴリー⑩:【男児尊重の思想を否定】  11名中4名の女性たちは,〔周囲から男子を望む圧 力を感じる〕体験をしていた。 「今回男でよかったんですけど。最初,今はもう男の子 やから,余計かわいがってもらえるみたいなのは。例え ば,○○ちゃんが生まれた時とか, ○○ちゃん生まれ たよー って家で話してたら, どっちやった,男のや った?女の子やった?(女の子だったら)カシヤーン(か わいそう),とかになるんですよね,こっちの人。」(C)  I さんは,〔男児尊重の思想を乗り超えるまでに葛 藤〕してきた。自分たちが一生懸命築いてきた財産が 女子に相続権がないということを知り,納得できず長 い期間苦しんできた。 カテゴリー⑪:【子どもに民間療法を取り入れない】  Aさんは,子どもが病気のときにまず民間療法をす る姑に対し,〔最初に民間療法はおかしい〕と感じてい た。 「全く信じないわけではないですけれど,順番が違うか なって。何もしてもだめだったときに,わたしだったら, 何を尽くしてもだめなときに,お祈りとか,お供えに走 るっていうのならわかるけど,まずそこに行くっていう のは……。否定するわけではないですけれど,子どもの ことを思ってやってくれているわけですから」(A)  Jさんはドゥクンやバリアンなどの〔民間療法を否 定〕していた。 「はっきり言います。自分が効きゃあいいよ。気持ちの 問題で,それが効くと思ったらそれは否定しないの。そ れも効くっていう気持ちになるでしょ。あたしが信用し ないから,私には効かないし,うちの子どもにも効かな い。」(J) カテゴリー⑫【子どもに選択肢を与えたい】  11名中7名の女性たちが,子どもがバリでヒンド ゥー教徒として生きていくだけでなく,〔子どもに選 択肢を与えたい〕と考えていた。女性たちは子どもに 将来自分で国籍を選ばせたるために,現地で出産し, 宗教は子どもに自由に選択させたい,バリの狭い世界 だけでなく,外国の世界を見て欲しいと考えていた。 Aさんは,夫の同意のもと子どもをキリスト教の行事 に参加させ,〔子どもに他の宗教をみせる〕ようにして いた。 「なんか私がバリの女性を見てて,あのー尊敬をするし, こういう生き方もあるんだなっていうのはあるけれども, 自分がそうかっていうと違う。お供え,それはそれで美 しいなって,すごいことだなって思うんですけど,自分 ができるかというと違うし,娘には選択肢を持ってもら いたい。」(A) 3.カテゴリー間の関係(図1)  【バリの生活に馴染む努力】を積極的にする女性た ちは,【ヒンドゥー教を受容】することが容易であり, 【子どもに民間療法を取り入れる】ことも受容的であ った。一方,ヒンドゥー教の受容が難しい場合,【子 どもに民間療法を取り入れない】傾向があった。女性 たちは,【ヒンドゥー教受容の難しさ】を感じながらも, 【みんなで子どもを育てる】バリは日本よりも【子育て

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に適した環境】と捉えていた。また,女性たちは肯定 的に【ヒンドゥー教と子どもの健康は関係する】と考 えており,【大家族の生活に戸惑い】ながらも,【みん なで子どもを育てる】ことに感謝していた。女性たち は,【男児尊重の思想を否定】し,思想に関して【子ど もに選択肢を与えたい】という思いが,【ヒンドゥー教 受容の難しさ】の要因として考えられた。ヒンドゥー 教の受容の程度は,さまざまであったが,女性たちは 【バリで子どもを育てる覚悟】があった。

Ⅴ.考   察

1.ヒンドゥー教受容の難しさ  日本人女性自身のヒンドゥー教の信仰の深さは,さ まざまであると考えられる。バリでは,女性がお供え を作り,一日に何度も自宅の様々な場所にお供えをす る。また,日常的な宗教行事,お寺の奉仕活動などは, 結婚や祝い事,火葬の際の相互扶助を行う村の協同組 織のバンジャール内で行われることが多い(Covarru-bias, 1936/2006, p.94)。それらはバリの女性たちの義 務であるが,バリ語ができないことや,血縁を重んじ, よそ者をなかなか受け入れないバリの女性の中に入っ て一緒に奉仕活動をすることは,日本人女性たちにと って負担になる。また,お祈りのために夜遅くまで子 どもと一緒に何時間も待ったり,日中暑い中作業する ことは,女性にとっても子どもにとっても負担であり, このような活動が強いられるヒンドゥー教に意義を見 出すのは難しいと考えられる。宗教の信仰の深さは必 ずしも,在住期間に比例しているとはいえず,コミュ ニティに馴染めるか,バリ語ができるかどうかなどに 関係していると考えられた。  バリは,父系社会であり,バリ人はみなできれば 男の子ができるようにと望みをかける(Covarrubias, 1936/2006, p.135)。日本人女性たちはそれを男児尊重 の思想として受け止めていた。柏木(2001a, p.17-19) によると,日本ではかつての男児尊重の時代から1980 年代に入り,男児よりも女児の方が望まれるようにな り,「女児の方が価値大」になってきた。日本で暮らし てきた女性たちにとって,バリの男児尊重の考えは理 解し難いと考えられた。また,男児尊重の現地におい ては,父系社会で女子に財産権がないことが問題とな るが,その思想も日本人女性には理解し難いといえる。 さらに,カースト制度がヒンドゥー教の受容の難しさ に影響を与えていると考えられた。 2.ヒンドゥー教と子どもの健康管理  女性たちの宗教心の強さは,日本と違う生活環境で の子育てに関連があると考えられた。恵まれていると は言い難い医療環境で子どもがなんとか無事に育つよ うにと願い,あるいはさまざまな子育てのストレスへ の対処行動として宗教に依存し,意味づけすることは, なんら不思議ではない。また,民間療法は宗教と深く 20 に適した 環境 サイズ 1/4 図1 カテゴリー関連図 ・○はカテゴリーを示す ・矢印はカテゴリー間の関連性を示す ・太い線の大きい丸枠はヒンドゥー教を受容することに関連するカテゴリー集団 ・点線の大きい丸枠ヒンドゥー教の受容の難しさに関連するカテゴリー集団 ・○はカテゴリーを示す。 ・矢印はカテゴリー間の関連性を示す。 ・太い線の大きい丸枠はヒンドゥー教を受容することに関連するカテゴリー集団 ・点線の大きい丸枠ヒンドゥー教の受容の難しさに関連するカテゴリー集団 図1 カテゴリー関連図

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関連しており,ヒンドゥー教を肯定的に捉える女性は, バリアンなどの呪術的な民間療法を積極的に取り入れ ていたことから,信仰が深くなるに従い,次第に西洋 医学だけに依存しなくなると考えられた。  バリではヒンドゥー教の誕生儀礼から始まる多くの 通過儀礼がある。現在でも,魔除けとして赤玉ねぎを 子どもにつけたり,胎盤を埋葬する風習はバリ特有の ものであるが,日本にも臍脱したときの臍帯を木箱に 入れ,大切に保管する風習がある。また,バリのよう に頻繁にはないが,お宮参りや七五三などの通過儀礼 がある。子どもの健康を願うのは万国共通の母親の願 いであり,宗教に違いはあっても,似ている部分もあ ることから受け入れやすいと考えられた。 3.大家族での生活に戸惑いを感じつつも,育児サ ポートに感謝  日本人女性たちは,大家族で暮らした経験があり, 家族環境が女性たちの育児に影響を及ぼしていると考 えられた。女性たちは,衛生観念や子育ての習慣,住 居環境,生活スタイルが全く違うバリの大勢の夫の家 族・親戚と一緒に暮らすのは難しく,戸惑いやストレ スを抱えていたが,その反面,家族の誰もが深い愛情 を持って子どもを育てていくという,バリの子育てに 感謝していたというのも事実であった。大日向(2000) は,子育て中の母親が子育てに悩み,いらだってい る実態を明らかにしている。「乳幼児をもつ母親を対 象にした調査において,子どもが可愛く思えないこ とがある」という母親は78.4%,「子育てがつらく逃げ 出したくなる」という母親は91.8%であったことを報 告している。また,日本の母親は高学歴層で専業主 婦に育児不安が強いことが明らかにされている(柏木, 2001a, p.149-154)。A村の女性たちは,高学歴の女性 が多かったが,彼女らは育児の孤立化が深刻な日本と 比較し,男女問わず誰もが子ども好きで,子どもの世 話をよくする環境(吉田・河野・中村,2006, p.22)に いる自分たちのほうがはるかに恵まれていると感じて おり,感謝していたといえる。近年,母親だけでなく, 複数の人による保育が子どもの発達にプラスとなり, 幼少期からの母親以外の多様な人間関係が子どもの成 長・発達に必要なことがわかっており(柏木,2001b), 彼女らの子育てをめぐる人的環境は理想的であったと いえる。日本では失われつつある環境がそこにはあっ た。本研究において,バリ島の男性と結婚し,そこに 暮らす日本人女性の子育てには,宗教的価値観が大き く影響していることが明らかになった。今後,国際化 が進む社会の中で,多文化共生を考慮した子育て支援 の必要性が示唆された。 4.ヒンドゥー教だけでなく,子どもに選択肢を与え ようとする日本人女性  バリでは子どもは生まれたときからヒンドゥー教徒 として育っていくが,11名中7名の女性が子どもには 宗教を自由に選択させたいと考えていた。近代的な日 本で生まれ育った彼女らは,自らの意思でバリに嫁ぎ, 結婚を機にヒンドゥー教徒として暮らすことになった。 もともとヒンドゥー教徒でない女性たちが,子どもに 宗教の選択肢を与えたいと考えるのはごく自然なこ とである。子どもにヒンドゥー教以外の選択肢を与え るということは,子どもがバリ以外で暮らすことを意 味する。たとえ子どもと離れることになっても,子ど もには広い世界を見せたいという願いが強く,子ども といえども別の個人として意識していると考えられた。 Aさんのようにヒンドゥー教の受容が難しい場合,そ の思いがより強く,宗教の受容の難しさと子どもの選 択肢を与えたいという思いには関連があると考えられ た。

Ⅵ.研究の限界と今後の課題

 本研究の対象者は,A村の日本人女性のみで,研究 者の友人を介したものであり,サンプリングに偏りが ある可能性がある。対象者の子どもの年齢にばらつき があり,学童以上の子どもを持つ母親には子どもが乳 幼児期のときのことを思い出して語ってもらったため, それぞれの日本人女性の体験に時代による影響が考え られる。今後はさらに対象を拡大し,量的研究も行い, 同じような特性を持った地域において研究を継続的し ていく必要がある。

Ⅶ.結   論

 日本人女性たちのヒンドゥー教の受容の程度はさま ざまであったが,彼女らはヒンドゥー教の思想にもと づいた生活をしており,それらが子育てに大きく影響 していた。彼女らは,ヒンドゥー教の思想に基づく生 活をするバリを安全で,子育てに適した環境であると 捉えていた。男児尊重の思想は,日本人女性にとって プレッシャーや違和感となり,ヒンドゥー教受容の難

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しさに影響を与えていたが,信仰深い女性たちは,お 祈りやお供えと子どもの健康を関連づけて考える傾向 が強く,呪術的な民間療法を積極的に取り入れていた。 信仰の深さにかかわらず,女性たちにとってヒンド ゥー教の通過儀礼などの子どもの健康を願う風習は受 け入れやすいものであった。女性たちは,バリで子ど もを育てる覚悟があったが,一方では子どもにはヒン ドゥー教徒として暮らす生活だけでなく,違う世界を 知ってほしいと願い,将来に選択肢を与えたいと考え ていた。 謝 辞  本研究にご協力いただいた研究協力者の皆様に心よ り感謝申し上げます。  また,ご指導下さいました長野県看護大学内田雅代 教授,多賀谷昭教授に深く感謝いたします。なお,本 研究は平成20年度長野県看護大学大学院看護学研究 科修士論文の一部に加筆・修正したものである。 引用文献 Covarrubias Miguel (1936)/関本紀美子訳(2006).バリ島 Island of BALI.東京:平凡社. 江上由里子,安川孝志,廣田光恵,村越英治郎,垣本和宏 (2012).インドネシア共和国の保健医療の現状.国際 保健医療,27(2),171-181. 外務省 http://www.mofa.go.jp/mofaj/toko/page22_000043. html [2013-04-25] 金沢泰子(2005).ダーリンはバリ人.34-37,東京:三修社. 柏木惠子(2001a).子どもという価値.東京:中央公論新書. 柏木惠子(2001b).子育て支援を考える 変わる家族の時 代に.45-50,東京:岩波書店. 北島晴夫,中村安秀,久保政勝(1993).海外在留邦人の 母子保健における地域格差について.小児保健研究, 52(6),568-572.

Miles, M.B., & Huberman, A.M. (1994). Qualitative data analysis: An expanded sourcebook (pp.10-12). Thousand Oaks, CA: SAGE publications.

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参照

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