総 説
今シルクからみえること
-歴史有る価値の活用・将来像-
Utilization of the Value of Silk with History and Future Vision
連絡者 :稲木 敏男 E-mail :[email protected],[email protected]
稲木 敏男
東京理科大学客員教授 〒 278-8510 千葉県野田市山崎 2641 Toshio INAGIInvited Professor Tokyo University of Science 2641 Yamazaki, Noda-shi, Chiba 278-8510, Japan
論文要旨:日本においてシルクは,明治時代には生糸生産量が世界一となり日本近代化の足掛かりを作っ た。その後,変遷は有るものの第二次世界大戦後には養蚕業が日本の基幹産業へと成長した。しかし,昭和 40 年代以降,海外の安価な生糸の輸入,化学繊維の普及並びに需給構造の変化により衣料を中心としたシ ルク産業は後退している。しかしながら,シルクは繊維のみならず,UV 遮蔽効果を利用した化粧品,生体 電極などの医療機器,更には遺伝子組み換えを応用した医薬品など新しい観点からのアプローチが注目され ている。本稿では,シルクの歴史と新しい研究動向から見えるシルクの将来像について概説する。
Abstract: Silk in Japan became the world's largest production of raw silk in the Meiji era, making it
a foot starting point for Japan's modernization. After that, the sericulture industry grew into Japan's core industry after World War II, although there were some changes. However, since the 1965's, the silk industr y centered on clothing has receded due to the import of cheap raw silk overseas, the spread of chemical fibers, and changes in the supply and demand structure. However, silk is not only fibers, cosmetics using UV shielding effect, medical devices such as biological electrodes, further ap-proaches from a new viewpoint, such as pharmaceuticals that apply genetic recommissioning has at-tracted attention. In this paper, we outline the history of silk and the future image of silk as seen from new research trends.
Key words: silkworm, silk, textiles, regenerative medicine, DDS, medical devices
1 はじめに シルクは,「色つやが良い」,「肌触りが良い」,「吸・ 放湿性に優れた特性」,「天然」,「UV 遮蔽作用」,「静菌 作用」,「アトピー性皮膚炎に効果有り」とされているが 「高価」である。シルクは,多くの良好な特性を有し国 内においては一大産業として発展してきたが,1965 年 辺りから貿易自由化のあおりを受けシルクの生産は,他 の繊維と同じ様に減少している。 本当にシルク産業の再興はないのか。繊維の歴史は, 綿,シルク,羊毛を中心に発展し,特にシルクに関して はシルクロードと呼ばれる産業革命の中心的な役割を果 たしてきた歴史が有る。 現在の繊維産業は,天然繊維のシルク,綿,羊毛の風 合いを模倣した石油由来の製品開発でしのぎを削り発展 した。しかしながら,天然繊維と同一の繊維の開発は完 成していない。2014 年に富岡製糸場と絹産業遺産群の 世界文化遺産登録を機会として再びシルクに関する注目 は集まっているが,一時的なブームではなくグリーン材 料の素材としてシルクの有用性を検討する必要がある。 衣料用の素材として発展したシルクの歴史は 2000 年と 言われているが,今新たに領域を横断した新しい科学的 なアプローチを行うことが重要な時期になっていること について述べたい。
2 シルクの歴史 数万年前,人類は環境から身を守る手段として衣服に も深い関心を示し,カイコの祖先である野生のクワコか ら糸を紡ぎ,織物(シルク繊維)を造った1)。文明の発 祥の地では,農耕・牧畜の開始とともにシルクを含め動 植物の衣料用天然素材を計画的に生産したと考えられて いる。家畜化されたカイコを用いた養蚕の始まりは,紀 元前 2000 から 3000 年頃の中国殷王朝とされ,その後, 東西文化の交流路であるシルクロードを通じ,絹製品及 び養蚕の技術がヨーロッパ或いは日本に伝わった2)。古 代よりシルクの優雅さは世界中の女性に注目され,邪馬 台国の卑弥呼,中国の楊貴妃,古代エジプトのクレオパ トラをも魅了し,それぞれの文化発展に貢献した3)。日 本には中国から稲作技術とともに養蚕技術が伝わり,『魏 志倭人伝』には,「菖桑繊績,出細絆・練・絲」(桑でカ イコを育て,糸を紡いで絹を作る)との記述があること から,3 世紀頃には日本でも養蚕が行なわれ,衣料素材 として使用されていたと思われる4)。やがて邪馬台国が 古代国家としての形を整えていく過程で,朝鮮半島から 渡って来た多くの渡来人によって,新しい養蚕技術と共 に生糸の生産体系が確立した。古墳時代に入ると,絹製 品は関東にまで広まり,更に平安時代には全国に広がっ た。江戸時代中期には,絢爛豪華な元禄文化の影響もあっ てシルクの需要は拡大し,1859 年横浜港の開港にとも ない生糸の輸出貿易が始まると,養蚕業は国の援助を受 けながら,巨大花形産業,伝統文化へと発展した。明治 になると,政府が富岡製糸場に養蚕先進国であったフラ ンスから製糸機械を導入したこともあり,わが国の生糸 生産量は世界一となり,日本近代化への足がかりを造っ た。昭和初期に関東大震災,昭和恐慌等の影響を受けた ものの,第二次世界大戦後には養蚕業は日本の基幹産業 へと成長していった。しかし,昭和 40 年代に入り,海 外服飾文化の影響による着物需要の減少,安価な生糸の 輸入,世界恐慌,養蚕農家の高齢化,化学繊維の普及等 で,国内の養蚕業は一気に衰退の一途を辿った。平成に 入ると,蛍光シルク,超極細シルク,クモ糸シルクなど の機能性シルクが続々と開発され,更には,シルクを利 用した新しいビジネスとして,カイコを用いた有用物質 の生産,シルクを利用したフィルム等の新素材が開発さ れた5)。この様にアパレル分野以外の異分野との連携, 融合による新たな市場の創生により養蚕業の復活が注目 されている。例えば,MIT メディアラボの Neri Oxman 教授は繭の生成パターンの研究を基に 3D プリンターを 使用してシルクで基本構造物を作成し,その上に 6,500 匹のカイコに糸を吐かせ,Fig. 1 に示すような巨大なシ ルクパビリオンを完成させた6)。最新テクノロジーと伝 統的な養蚕技術の融合により,新たな芸術作品の創生の 可能性を示している。 本法はいわゆる平面繭の延長上とも言えるが,工業的 に応用する事により効率的な養蚕への展開の可能性が考 えられる。シルクの歴史にはシルクロードが大きな役割 を果たしたことは上述した通りであるが,科学技術の発 展に伴い素材としてのシルクを研究する分野が広がり, 新たな産業上のシルクロード発展による『蚕業革命』が 起こっている。 3 シルクの構造 絹糸は天然繊維としては最も細い長繊維であり,強度・ 強靭性にも優れ,環境にも優しい生分解性素材である。 シルクの「風合いの良さ(優雅な光沢,肌触り,軽さ等)」, 「優れた吸・放湿性」,「紫外線遮蔽作用」,「静菌作用」,「ア トピー性皮膚炎の軽減」などの性質は,カイコの体内で 生産されたシルクの特異的な構造に由来している。シル ク独特の精密な構造から人工的に模倣する事は困難とさ れているが,構造解析に関する研究は進んでいる7)。 Fig. 2に示すように,シルクは非水溶性タンパク質で あるフィブロインと,二本のフィブロインを接着する水 溶性タンパク質セリシンからなる繊維である8)。 フィブロインは,シルクの約 75%を占めグリシン, アラニン,チロシンが主なアミノ酸であり,数百本の細 い繊維が集積して形成されたフィブリルから構成されて いる。更に,フィブリルはもっと細いミクロフィブリル が集まってできたものでフィブリル間の空気層には 10%程度の水分が存在している。シルクの三角形のフィ ブロインが撚れた部分は極めて細い(2~3 デニール) 繊維であり,その間隙に空気が存在することにより,繊 維に入射した光がプリズム効果を発揮し艶やかな光沢を 醸し出す。更に,シルク表面は電子顕微鏡で見ても極め てなめらかで,うろこ状や節などが全く無い事が優雅で 肌に優しい低刺激性天然繊維となっている。 シルクの細さ,滑らかさだけであれば,おそらく合成 繊維でも再現可能と思われるが,現在のところ天然素材 であるシルクの様々な特徴を全て保有する合成繊維は再 現できていない。 このようなシルクの構造的特徴が,シルク特有の触感 を生み出し,更に,人の肌組成に近いアミノ酸組成を有 する事に起因した保湿作用,紫外線吸収能,抗酸化作用 などを備えている。それ等の組成によりアトピー性皮膚 炎の悪化防止,床ずれ防止等も報告され,健康衣料とし て見直されている。シルクを現代科学の水準で見直すこ とにより,シルクの更なる価値を見出し新しい分野への
展開が開けるものと思われる。 一方,シルクは優れた高級繊維ではある反面,摩擦に 弱く,洗濯しにくいという欠点を持っているため,衣料 素材としては,シルクの持つ高級感を活かしながら,合 成繊維の機能性,経済性等を併せ持たせたハイブリッド シルク9)への展開も進んでいる。しかしながら,化学 物質の使用は肌への負担,アレルギー性疾患への影響以 外にも,石油資源への依存,地球環境への影響が大きい ので,天然素材であるシルク本来の価値をもっと評価す べきである。 4 養蚕 カイコは昆虫網鱗麹目に属し,そのライフサイクルは, 卵から幼虫,蛹,成虫(蛾)の 4 期の完全変態する昆虫 である10)。 現在のシルクは,野生の近縁種クワコから家畜化され たと言われているが,5000 年以上前の人間が,どのよ うにしてクワコを飼い慣らし,カイコを誕生させたかは 定かではない。しかし,家畜化されたクワコを用いて絹 布を得るには,先ずカイコを育てる養蚕が必須である。 養蚕業は,昭和初期の最盛期には養蚕農家 220 万戸, 生糸・絹製品は総輸出の 44%にも達し,繭生産は世界 の約 8 割を占めた。1960 年代には労力削減,カイコ病 排除等を目的に人工飼料,無菌飼育の実用化に拍車がか かったが,この時期には既に化学繊維の普及や高度経済 成長における他産業に比べて養蚕収入が低く,養蚕農家 戸数は激減し,2018 年には養蚕農家はわずか 293 戸と なり,養蚕業は存亡の一途を辿っていった11)。養蚕業 の著しい衰退は蓄積された製糸技術の喪失ばかりで無 く,日本の伝統である着物文化にも影響を与えており, 新しい形での養蚕技術の承継,発展が望まれている。 1998 年に蚕糸業法が廃止されたことにより,これまで とは異なる工業的生産が可能になってきているものの, 養蚕業特有の産業構造や伝統文化としてのしがらみ等が 複雑に絡み合い,復活への道が厳しいのも事実である。 一般に使用する絹糸は,カイコから採取される生糸その ものを使用したものではなく,製糸,撚糸,織布,縫製 などの多くの技術の集合により完成したものである12)。 このような工程の複雑さ,分業過程が肌触りの良さ等 の高級感を生み出している一方,シルクの生産効率を妨 げ,更には価格の高騰に繋がった可能性は否定出来な い。わが国の養蚕業復活のためには,高付加価値を生み 出し海外シルクとの差別化,純国産高級シルクのブラン ド化への取り組みが重要と思われる。更に,従来の製糸 工程を抜本から見直すような新しい発想とともに新しい カイコビジネスモデルの構築も重要である。即ち,日本 の養蚕業復活には,養蚕技術の改良ばかりでなく桑生産 からシルクを用いた新素材までを一貫したトータルビジ ネスとして捉える必要がある。 5 桑の生産 養蚕には,桑の葉が必須であり,カイコの生育に必要 な桑の種を栽培する事は重要である。日本で栽培されて いる桑の品種は,約千種百種類と言われているが,その うち「一ノ瀬」が約半数を占め,「はやてさかり」,「し んいちのせ」,「みなみさかり」などが続く。桑園は純桑 園,間作農園,広畔畝式農園などがあり,稚カイコ用と 壮カイコ用に分けられ,壮カイコ用としては,春カイコ 用桑園,夏秋カイコ専用桑園,春秋カイコ兼用桑園があ る。カイコは自然界では,桑の葉しか食べないため,カ イコに有用な桑園の存在,規模が養蚕の規模を決定する 事となる。桑の生育に適した環境は,現在の桑の生産量 から推定できるが,工業的に展開している「京丹後市新 シルク産業創造館」,「あつまる山鹿シルク」,「着物ブレー ン」などは,人工飼料の開発を積極的に実施し,より効 率的なカイコの生産に着手している。 6 分野から見た展開性 6・1 繊維での展開 シルクは,古くから,その特徴(前述)により,最高 の衣料素材として,着物,ドレス,シャツ,ブラウス,セー ター・カーディガン,パンツ,T シャツ,ストッキング, インナー(下着),寝装品など,幅広い用途に利用され てきた。また,シルクを他の繊維と混合したハイブリッ ド素材として洋服や肌着生地にすることも行われてい る。このようにシルク繊維は,十分に展開された感があ るが,今後の展開としては,二つの方向が考えられる。 一つは,既存のシルクを,より効率的に安価で高品質な 製品として生産することである。ブラジルで生産される 最高品質 6A のシルクは,エルメスの商品として使われ ているが,シルクの中でも最高品質の 6A グレードのシ ルクはその量が非常に少ない。これを,周年無菌飼育に より高品質なシルクが安価に大量に生産できるようにな れば新たなビジネスチャンスとなる。もう一つは,蛍光 シルク及び超極細シルク,ナノ化シルクなどの機能性シ ルクの活用により,新たな衣料を提供できる可能性があ る。更には,鳥光慶一等が研究している導電性のフレキ シブルシルク電極13)は,直接皮膚に接着することなく 衣服に印刷するだけで心電図などの心身状態を監視でき るので,スマートウェアへの展開が期待されている。 また,シルクは元来,生物が生産するタンパク質であ り,カイコ以外にクモ14),ハチ15),ミノムシ16)などの
他種からのシルクに着目した研究も進んでいる。 新しい種では,強靭力のタフネスに注目され,スポー ツウェア,防弾チョッキ,防災関係への応用も考えられ ている。しかし,開発の重要なポイントは,タフネス以 外に使用感並びに UV 遮蔽効果などの他の機能が求めら れるので,一つの繊維に執着するのではなく求める機能 を明確として最も目的に合致した繊維を選択すべきであ る。 6・2 化粧品での展開 シルクには,保湿作用17),UV 遮蔽効果18)があるので, その効果を期待したシルク化粧品は多くのメーカーから 販売されている。各種のシルク入り化粧品には,大きく 分けて 2 つに大別できる。ひとつは,繭・シルク抽出液 を配合したもので,これらにはフィブロインに加えセリ シンが含まれると考えられ,セリシンの保湿作用19)及 び抗炎症作用20)が期待されている。もうひとつは,絹 糸としてのフィブロインのみを配合したもので,加水分 解しペプチドにしたフィブロインあるいは分解すること なくフィブロインそのものを使っているものがある。こ の他にも,界面活性剤不使用やフィブロネクチン配合, オーガニックシルク使用などのキャッチフレーズは多々 あるものの,それぞれの効果をきちんと証明したものは 少ない。その中でも,馬場らは,マウスを用いてシルク フィブロインの創傷治癒作用を証明している21)。なお, 本来のシルクの成分ではないが,遺伝子組換えカイコに ヒトコラーゲンを含んだ繭を生産させ,そこから得られ たヒトコラーゲンを配合しているシルク化粧品もある。 シルクの持つイメージは高級化粧品として結びつきやす く,長年にわたり使用されてきた実績もあり,広く展開 されると考えられるが,今後は,実証実験によるデータ に基づいた効果を謳う事が求められる。また,遺伝子組 み換えにより得られるカラードシルクは,化粧品分野で は皮膚刺激性の観点から顔料,色素に代わる物質として 大いに発展する事が予想される。 6・3 医療機器での展開 シルク(フィブロイン)は,その柔軟性や強靭性から, 手術時の縫合糸として古くから用いられている。フィブ ロインは体内でゆっくりと吸収されるため,生体組織と の親和性が高く,審美性に富み,成形が可能であると共 に,生体安全性も高いことから再生医療の材料や医療機 器の原料として期待されている。現在までに,マイクロ 流体形成技術や小口径人工血管材料,軟骨再生材料,角 膜再生材料,神経再生材料など広範囲での研究が進んで いる22)。一方,既に米国 FDA により,シルクフィブロ インが医療機器として承認されている。これは,タフツ 大 学 の Dr. David Kaplan が 商 品 化(SERI® Surgical
Scaffold)したもので,2013 年に許可を受け Sofregen Medical Inc. が販売している。この商品は,軟部組織再 建の外科手術時に軟部組織支持と修復のために一時的な 足場として使われるものである。最近では,2019 年に SilkVoice® Injectable Implant として声帯増強のための
Fig. 1 The silk pavilion created by silkworm6).
Fig. 2 Internal structure of silk8).
製品が許可されている。この様にアイデア,ニーズが有 ればシルクフィブロインは広い範囲で使用される状況と なっている。 6・4 医薬品での展開 医薬品として展開する方法として,①カイコをスク リーニング系として考える,②カイコに医薬品たんぱく 質を作らせる,③シルクタンパク質を医薬品にする 3 方 法が考えられる。関水らは,カイコが人の臓器に相当す る器官を保有していることから,カイコを用いて糖尿病 及び肝障害モデルの構築を行った。更に,カイコ感染症 モデルを利用してカイコとヒトの有効量(ED50)が一 致する事を見出し,ライソシン E を発見している23-25)。 現在,化粧品の開発に動物を使用する事は,動物愛護の 観点から禁じられている。薬物の研究開発においても, 動物の使用を少なくする動きが顕著となり代替試験法の 開発が重要になっている。その様な状況から,薬物の探 索・評価においてカイコを用いての研究は重要であり, 試験コストもマウスの 100 分の 1 になると言われており 倫理的なハードルも低い。カイコを種々の目的に利用す るには,均質なカイコの大量飼育が必須となる。例えば, 滋養強壮剤として著名な冬虫夏草は子嚢菌類バッカクキ ン科のキノコで,コウモリ蛾の幼虫に寄生し,特に,日 本冬虫夏草には独特のペプチドが含有されている。この Fig. 4 Penetration of 40 nm fibroin nanoparticles through
the skin29).
Fig. 5 Application example of fibroin nanoparticles for cancer treatment.
ペプチドは,免疫機能を選択的に(Th1 優位)増強す る事で腫瘍細胞を壊死させる腫瘍壊死因子の産生を促進 する26)。冬虫夏草は,大量生産出来なかったが,熊本 の「峰樹木園」では大量に生産するために無菌カイコを 利用して販売に至っている。 また,遺伝子組換えカイコにより医薬品用組換えたん ぱく質を製造することが現実的に進められており,例え ばアステラス製薬と免疫生物研究所は,ヒト・フィブリ ノーゲン(医薬品)を生産するための研究開発が進んで いた。医薬品として承認されるためには承認基準を満た す必要があり,GMP 基準の生産施設整備など課題もあ るが,エンドトキシン混入の問題がないこと,糖鎖構造 が比較的ヒトに近いこと及び生産されたタンパク質の抽 出・精製が容易であることなどのメリットがあるので有 望視されている。また,シルクタンパク質をそのまま医 薬品にすることに関しては,シルクを成形することで, 診断薬やドラッグデリバリー薬剤となる可能性がある。 即ち,農研機構が開発した 1 本鎖抗体を結合させること ができるアフィニティーシルクに各種の疾患マーカー抗 体を結合させることで,診断薬になりうる27)。また,フィ ブロインを溶解することは困難であるが,種々の方法が 考えられており,フィブロインの持つ凝集能を制御する ことでナノパーティクルを作製することもできる28)。 フィブロインの生体安全性並びに生分解性に基づき薬 物と結合したフィブロインナノパーティクルを作成し, 薬物を標的組織に選択的に運搬する DDS の研究も進ん でいる。竹内ら29)は,Fig. 3 に示す様にフィブロイン を LiBr 溶液で溶解した後,フィブロインにとって貧溶 媒の 50%アセトン水溶液に滴下してナノパーティクル を晶析させ,得られたナノパーティクルを透析して有機 溶媒を除去する事によりフィブロインナノパーティクル が得られた。 ナノパーティクルに NHS-Rhodamine を結合し,マウ スの皮膚上に投与した。その結果,Fig. 4 に示す様に 40 nm のフィブロインナノパーティクルが皮膚から浸透 する事が示された。 この様な基本的な考え方の基に薬物或いは検査マー カーを含有した適切なナノパーティクルを作成すれば腫 瘍の治療にも応用できると考えられる(Fig. 5)。 6・5 その他の展開 従来シルクは,繊維としての取り扱いが主流であった が,Fig. 6 に示す様にパウダー,シート,ナノファイバー などの種々の形態に成形できるようになった現在ではそ の応用範囲は計り知れない。 また,カイコの遺伝子改変によるカラードシルクの登 場により衣服ばかりでなく検査薬マーカー等の医療への 応用も考えられる。 シルクフィブロインは,そのままでは,経口摂取によ り,分解,吸収されないので,ファイバーの効果を期待 して健康食品として販売されている。また,桑葉も健康 食品として販売されているが,含有成分であるデオキシ ノジリマイシンは,ブドウ糖類似構造を持つため,消化 管からのブドウ糖の吸収を阻害することで血糖低下作用 を示すことが知られている。しかし,デオキシノジリマ イシンは専らの医薬品として厚生労働省により登録され ているため,桑葉のデオキシノジリマイシンを前面に出 して血糖低下効果を示すようなことになれば薬機法違反 となる。 以上述べたように,シルクの可能性を広げる要素は多 くあるが,サイエンスベースでの展開を基本に新しい発 想から領域を乗り越えて製品開発に向けての具体的な流 れを創ることが重要と考える。例えば,昨今の環境問題 のクローズアップにより天然素材への復帰(ポリ袋,ス トロー,ナノセルロースの開発など)が進んでいるが, 現有の素材に適した形態(形状など)を模倣するだけで は展開に限界がある。新規原料として発展するには,過 去の良い点を認めた中から生まれる新しい企画を発展す る過程で過去の難点は勇気を持って改良し,本来の求め るものを研究開発する事が重要である。 7 まとめ 歴史あるシルクは,繊維から始まりその存在は現在で も続いている。シルクそれ自身,桑の葉の応用,ハイブ リッド繊維,代替試験法などのカイコの応用,カイコを 使用して新素材を生産するビジネスとして繋げるなど極 めて広い応用領域が考えられる。それらを具現化するに は,遺伝子改変カイコを考慮した養蚕システム,低コス トの人工飼料の開発など大きな課題を乗り越える必要が 有るが,生産体制,研究開発プロジェクト,養蚕農家か ら養蚕企業などのお互いに情報共有出来る相互乗り入れ の組織の構築が重要である。特に,ビジネスにおいては, 従来の企業目標である「株主価値の最大化など財務的な 利益を追求する」ことから「環境や文化など社会的な利 益を追求する」ことへのパラダイムシフトが求められて いる30)。シルクは環境,文化のキーワードにピタリと 合致する素材で有り,今後広い領域で大いに発展する事 が期待される。 本稿を執筆する機会を頂いた東京理科大学の牧野公子 教授,竹内一成講師並びにご協力頂いた新潟薬科大学の 寺田弘 前学長,興和株式会社の奥村睦男氏,浅沼章宗氏, 田中雅弘氏,片山公人氏,佐々博紀氏,白井浩幸氏,小 崎雅人氏,服部慶一郎氏に感謝します。
文 献
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