日本認知・行動療法学会 第44回大会 一般演題 P2-49 394
-前立腺がん患者における抑うつ、不安、PTGの関連要因の検討
○畑 琴音1)、小野 はるか1)、小川 祐子1,2)、竹下 若那1)、鈴木 伸一2) 1 )早稲田大学人間科学研究科、 2 )早稲田大学人間科学学術院 【背景と目的】 前立腺がんと診断された男性の多くが心理的苦痛を 経験することが示されている(Howlader et al., 2010)。前立腺がん罹患後のネガティブな心理的アウ トカムが報告される一方で、がん経験後に患者がポジ テ ィ ブ な 変 化 を 経 験 す る こ と も 報 告 さ れ て お り (Cordova et al., 2001)、その代表的な変数として心 的外傷後成長(Post-traumatic growth;以下PTG)が あげられる(Tedeschi & Calhoun., 1995)。PTGを経 験することが心理的適応につながることが示唆されて いる一方で(Katz et al., 2001)、がん患者における PTGとその他心理的アウトカムとの関連は明らかに なっていない。また、乳がん患者におけるPTG研究は 進んでいるが、その他がん種や男性がん患者を対象と したPTG研究はまだ少ない(Thornton et al., 2006)。 前立腺がん患者が経験し得る心理的アウトカムの関 連要因として、ホルモン治療の有無などの医学的背景 や、 婚 姻 状 況 な ど の 基 本 的 属 性 が あ げ ら れ て い る (Sharpley et al., 2014)。また、がん患者の心理的 アウトカムに関連する認知的な要因として報酬知覚が ある(Armento & Hopko., 2007)。報酬知覚とは、個 人が生活環境のなかで経験する強化子が多いか少ない か、どのくらい自分の行動に対して正の強化子が随伴 しているかの知覚のことを指し、抑うつや不安との間 には負の相関が見られている。しかし、報酬知覚と PTGの関連を検討した研究はまだ行われていない。そ こで本研究では、前立腺がん患者における心理的アウ トカムの関連要因として、がんの治療法と報酬知覚を 検討することを目的とする。 【方法】 調査手続き 対象者に調査の概要を口頭および書面にて説明し、 自己記入式の質問紙調査を実施した。質問紙の提出を もって、同意が得られたものとした。 調査対象者 がん患者団体に所属している18歳以上の前立腺がん 患者を対象とした。 調査項目 ( 1 )フェイスデータ 年齢、性別、家族構成、職種、学歴、治療法、がん 種、がんステージ、再発・転移の有無、がんの罹患か らの年数について回答を得た。 ( 2 ) 報 酬 知 覚(E R O S;E n v i r o n m e n t a l R e w a r d Observation Scale) EROSは10項目、 4 件法で構成されており、個人が生 活する環境で経験する強化子が多いのか少ないのか、 どれくらい自分の行動に対して正の強化子が随伴して いるかどうかについて、主観的かつ全体的に評価をす る。 ( 3 ) 抑うつ・不安症状(HADS;Hospital Anxiety and Depression Scale)日本語版HADSは、不安と抑うつを各 7 項目、 4 件法 から測定する尺度である。各因子ともに、 0 〜 7 点は 「不安または抑うつなし」、 8 〜10点は「疑診」、11点
以上は「確診」と分類される。
( 4 ) 心的外傷後成長(PTGI-SF-J;Posttraumatic Growth Inventory Short Form-Japanese) PTGI-SF- J では、危機的な出来事の結果どの程度心 理的な成長が生じたかについて、「他者との関係」「新 たな可能性」「人間としての強さ」「精神的変容」「人 生に対する感謝」の 5 つの領域から測定する。10項 目、 6 件法である。 倫理的配慮 本研究は早稲田大学「人を対象とする研究に関する 倫理審査委員会」の承認を得て実施された(承認番号: 2018-006)。 【結果】 調査対象者の特徴 本研究の対象となった前立腺がん患者は31名(男性 のみ)であった。対象者の特徴をTable 1に示す。年 齢は60歳代が15名(48.4%)と約半数であった。がん のステージII期のものが 8 名(25.8%)と最も多かっ た。現在も常勤、または非常勤の職についていると回 答した患者は15名(48.4%)であった。これまで受け てきたがんの治療法としては、放射線治療が最も多 く、21名(67.7%)であった。次に多かった治療法は、 ホルモン治療であった(12名;38.7%)。 各治療法と心理的アウトカムとの関連 ホルモン治療の有無と前立腺がん患者の心理的アウ トカムとの関連を検討するために、ホルモン治療の有 無を独立変数、抑うつ、不安、PTGを従属変数とした t 検定を行った。その結果、ホルモン治療の有無によ る抑うつの違いはみられなかった(t(29) = 0.47, n.s.)。一方で、不安には有意な差が見られた(t(29)
日本認知・行動療法学会 第44回大会 一般演題 P2-49 395 -= 2.12, p <0.05)。さらに、放射線治療の有無を独立 変数としたt 検定を行ったところ、抑うつに有意な差 が認められた(t(29) = -0.97, p <0.05)。外科的治 療を独立変数とした場合も、抑うつとの有意な差が見 られた(t(29) = -2.45, p <0.05)。各治療法とPTGに は有意な差がみられなかった。 報酬知覚と心理的アウトカムの関連 報酬知覚、抑うつ、不安、PTGとの関連を検討する ために、Pearsonの積率相関係数を求めた。相関分析 の結果をTable 2に示す。相関分析の結果、報酬知覚 と抑うつには、中程度の負の相関がみられた(p < 0.01)。また,報酬知覚とPTGの下位尺度のうち、「新 たな可能性」と中程度の正の相関がみられていた(p <0.05)。抑うつとPTGの合計得点には中程度の有意な 負の相関がみられた(p <0.05)。不安は、他の変数と の有意な関連が見られなかった。 【考察】 本研究の目的は、前立腺がん患者における心理的ア ウトカムの関連要因として、がんの治療法と報酬知覚 を検討することであった。検討の結果、ホルモン治療 の有無によって、不安に有意な差が見られたが、抑う つとは有意な差がみられなかった。ホルモン治療と不 安 と の 関 連 に つ い て は、 先 行 研 究 と 一 致 す る が (Howlader et al., 2010)、抑うつについては先行研 究とは異なる結果となった。一方で、本研究の対象者 における抑うつの平均は10.68、不安の平均が13.61で あり、抑うつにおいては「疑診」、不安においては「確 診」にあたる得点となっている。つまり、対象者全体 として、抑うつ・不安が高い傾向が見られており、治 療法による差が見られにくいことが考えられる。 報酬知覚と抑うつには負の相関が見られ、先行研究 と一致する結果となった(国里他、2011)。抑うつと PTGの間には、負の相関が見られ、Katz et al. (2001) のPTGが心理的適応につながるという知見を支持し た。また、報酬知覚とPTGとの関連については、下位 尺度である「新たな可能性」と有意な正の相関がみら れていた。つまり、報酬知覚の程度が高ければ、PTG をより経験できる可能性が示唆された。 本研究の限界点として、対象者の人数が十分でない ことが挙げられる。今後もデータ収集の継続を行い、 前立腺がん患者の心理的アウトカムに各変数がどのよ うな影響を与えるのか、また他のがん患者でも同じよ うな変数の関連が見られるかなどについて引き続き検 討する。