日本助産学会誌 J. Jpn. Acad. Midwif., Vol. 26, No. 1, 16-27, 2012
*1茨城キリスト教大学(Ibaraki Christian University)
2010年12月27日受付 2012年1月30日採用
原 著
出生前診断で胎児異常の診断を受けた母親に
関わった助産師の体験
—倫理的ジレンマの構造—
The structure of ethical dilemmas of midwives involved
in the care of women who were diagnosed with fetal abnormality
during prenatal tests
渋 谷 え み(Emi SHIBUYA)
* 抄 録 目 的 出生前診断で胎児異常の診断を受けた母親に関わった助産師の体験から,倫理的ジレンマの構造を明 らかにする。 対象と方法 倫理的配慮を行った上で,上記の体験を有する助産師8名に非構造化面接を行い「思い・感じ方・考 え・考え方」の感情部分を抽出し,質的帰納的に分析した。 結 果 23の概念,6つのカテゴリーが抽出された。助産師は母親との関わりの中で,医療者間の板ばさみや, 介入が困難な生殖医療を実感し【組織における助産師の立場を再確認】していた。さらに,経験の浅い 助産師にとっては援助に自信が持てない上に自らの価値観,倫理観と対峙することになり【プライマリ として関わることの辛さ・困難さ】から,時には看護の限界も感じていた。しかし,人材不足や体制の 問題による負担を抱えながらも【母親と親密に関わることのやりがい・充実感】が支えとなり,妊娠期 からの関わりに意味を見出していた。また,家族のような視点から共感することもあり,感情レベルで 子供の生命力に期待を寄せていた。妊娠期からの時間の共有は【潜在的価値観から障害児と対峙するこ との困難さ】として自らの価値観と向き合う機会となり,助産師に改めて【出生前診断の意味を考える 機会】を与えていた。ジレンマを感じながらも母親との時間の共有は助産師としてのあり方を模索する 機会となり【子供の死を共有しながら続く関係】の中で助産師としての自分自身を成長させる機会とも なっていた。 結 論 助産師は母親との関係を深める中で,出生前診断や障害児に対する自己の価値観と対峙する困難さ, そして女性として同性であるがゆえのジェンダー役割期待に関連したジレンマを体験していた。頼られ る存在として得られる満足感から多忙業務を招き,ジレンマやバーンアウトに陥りやすい環境を自ら作り上げていた。また,生と死が隣接した生殖医療の職場環境では,感情規制を働かせ,倫理的感受性の 閾値を自ら下げることが自己防衛の手段となっていた。しかし,これらの助産師が体験しているジレン マは組織の中では一個人の問題として対処されており,臨床でしか経験できない倫理課題については検 討する場もなく悪循環を引き起こしていた。 キーワード:出生前診断,倫理的ジレンマ,ジレンマの構造,助産師の体験 Abstract Purpose
To elucidate the structure of ethical dilemmas on the basis of the experiences of midwives involved in the care of women who were diagnosed with fetal abnormality during prenatal tests.
Methods
After ethical considerations were made, unstructured interviews were conducted on 8 midwives who had the aforementioned experiences; their "feelings," "perception," "thoughts," and "way of thinking" were extracted and analyzed qualitatively and inductively.
Results
Twenty-three concepts and 6 categories were extracted. In their relation with pregnant women, the midwives experienced actual dilemmas faced by healthcare providers, realized the difficulty of interventions in reproductive health, and "reaffirmed the position of midwives in organizations." In addition, inexperienced midwives lacked self-confidence and were confronted with their own sense of values and sense of ethics, and because of "the hardship and difficulty of involvement as primary care providers," they occasionally felt the limitations of nursing care. How-ever, despite the burden caused by a shortage of human resources and problems within the system, the midwives found support in "the sense of satisfaction and sense of fulfillment that they get from being closely involved with mothers," and found a meaning in their involvement from the time of pregnancy. In addition, in some instances, they empathized with the pregnant women as if it were from the perspective of a family member, and built up, at an emotional level, the hopes regarding the vitality of the child. By starting to share time during pregnancy, the mid-wives were faced with "the difficulty of confronting a handicapped child because of their potentially biased sense of values," and therefore, doing so was an opportunity for them to confront their own sense of values. It also gave the midwives "an opportunity to reconsider the meaning of prenatal tests." Sharing time with pregnant women while ex-periencing dilemmas was an opportunity for them to explore the best ways to be helpful as midwives, and "continu-ing the relationship while shar"continu-ing the death of a child" gave them an opportunity to mature themselves as midwives. Conclusion
While deepening their relationship with pregnant women, the midwives experienced the difficulty to confront their own sense of values with issues such as the diagnosis of prenatal tests and handicapped children and experi-enced dilemmas associated with gender role expectations in consequence of the fact of belonging to the same sex as the pregnant women. Despite the feeling of satisfaction from being a reliable presence, the resulting hard and busy work created an environment prone to dilemmas and burnout. In addition, in their reproductive healthcare work environment, where life and death coexist side by side, they acted with self-defense by controlling their emo-tions and by lowering their sensibility to ethics. However, the dilemmas that the midwives experienced have been addressed as individual problems, and since there was no occasion to examine the ethical issues, which could only be experienced in clinical settings, this resulted in a vicious cycle.
Key words: prenatal tests, ethical dilemma, structure of dilemmas, midwives' experiences
Ⅰ.緒 言
日本では1990年代から生殖医療の急速な進歩とと もに,超音波検査や母体血清マーカーをはじめとする 簡便な方法による出生前診断が可能となった。しか し,単に利用できる検査というだけでなく,その技術 が母性のあり方を方向づけ,さらにはそれ自体が目的 化するほどに妊婦のライフスタイルに大きな影響を与 えている(Rothenberg & Thoson, 1994/1996)。出生前 診断の目的は出生前に胎児の状態を診断することに他 ならないが,診断技術に比して治療技術が追いつか ず(堀田・櫻井,2010),胎児治療を要す妊婦というよ り人工妊娠中絶の対象をより早く,より正確に見つ け出すことを意味する(坂井,1999;佐藤,1999)。診む為の出発点として,出生前診断を取り扱う現場にお いて胎児異常を診断された母親に関わる助産師の体験 を焦点に据え,倫理的ジレンマの構造を明らかにする 作業が重要になる。本研究は,助産師が抱える倫理的 ジレンマが一個人の内面の問題にとどまるものではな く,組織の問題でもあるという立場から分析課題を設 定して取り組まれたものである。 【用語の定義】 ジレンマ:ある問題や事柄が複雑にもつれ合いながら 存在しており,選択や対応に迷い悩む状況。葛藤と 同様の意味として用いる。 助産師の体験の本質:ハイリスク児の母親とかかわる 助産師の体験の根底にあり,体験たらしめているも の。 母親:対象者から述べられる表現は,妊婦,産婦,褥 婦,ママ,母親など様々であるため,対象者の語り の表現はそのまま引用した。尚,研究者が論文中で 用いる表現はこれらの全て包括した「母親」とする。
Ⅱ.研 究 目 的
出生前診断で胎児異常の診断を受けた母親に関わっ た助産師の体験から,倫理的ジレンマの構造を明らか にする。Ⅲ.研 究 方 法
1.研究期間 2004年6月∼2005年1月。 2.研究対象 出生前診断を受けた母親に関わった体験を有する助 産師8名。 3.研究方法 協力が得られた助産師8名を対象に非構造化面接を 実施した。インタビュー方法は研究者が「出生前診断 で胎児異常の診断を受けた妊婦に関わった体験で貴方 が感じたこと思ったことを話して頂けますか」と問い かけ,協力者の語りを中断しないよう,自由に語れる よう配慮し「その時どのように思いましたか」,「感じ ていましたか」という感情の部分を掘り下げて問う形 を基本とした。 断後の対処も整備されておらず,母親にとっては妊娠 継続,中絶のどちらを選択しても,長く辛い時間であ ることに変わりはなく,自己決定後も希望と否定の感 情が常に交差しながら不安定な心情を抱えている(中 込,2000;安部,2003;上條,2003)。予後不良の胎児 異常を告げられた母親の心情は複雑で,多くの研究者 が引用するDrotar(1975)の「先天奇形をもつ子供の誕 生に対する正常な親の反応の継起を示す仮説的な図」 で示される段階的な承認の過程を経ているわけではな い(堀田・松下・種村他,2000;渡辺・小野・安部他, 2000)。そして従来の研究は,胎児異常の診断を受け た母親に寄り添う看護者が自分の価値観とは独立して 平常心で妊婦を見守り,看護することの重要性を指摘 している。 しかし,母親に寄り添う助産師の心情を安積・野尻 ・福島(1995)は,胎児治療を拒否した妊婦を看護す ることで,妊婦との価値観の相違に倫理的ジレンマに 陥ったと報告している。また工藤(2002)は,母性看 護領域に従事する看護師の約1/3が「生命の尊重」,「権 利の尊重」に関して臨床で起きている事実,自己の価 値観との相違で倫理的ジレンマに遭遇しており,対処 行動をとることができない現状を報告している。さら に井上・横尾・百田他(2001)は,出生前診断につい て患者から相談を受けた助産師の約16%しか「個室で じっくり相談を受ける」ことができず,半数以上は「医 師に相談するように」と患者を促す対応しかしていな い現実を浮き彫りにしている。これらの結果,患者側 は医療者の関わり方に期待を持てなくなっていること も事実である(中込,2000)。このような深刻な状況で あるにもかかわらず,助産師がその時々,どのような 思いを抱えながら自己の価値観と対峙し,看護をして いるのかといった内面を掘り下げた研究は殆ど見当た らない。木村(2009)がハイリスク児の母親にかかわ る助産師の体験として,思いを聴くことの難しさと時 間をかけて対象者に関わりたいという助産師が抱えて いる思いを報告しているに過ぎない。 助産師が自己の職責を認識していることは言うまで もない。しかし,助産師としてのアイデンティティと 自己の価値観との間で違和感を抱いていても,個人の 中で鬱積し,葛藤を繰り返している助産師が多いので はないだろか。小松(2002)はこれらの問題を解決す るにあたり,「ナースが倫理的問題があると考えたと き,それを取り上げ,解決に導くような体制づくりが 必要である」と述べている。このような課題に取り組4.分析方法 逐語録を作成し,個人毎に繰り返し語られる内容や 特別な意味を持つ内容に注目し,「思い・気持ち・考 え・考え方」の感情の部分を意味のとれる最小の文を 分析単位として8名個々に抽出した。個々のストーリー 性を見出し,概念を抽出した後,共通する概念を集め てカテゴリー名を付け関連性を検討した。信頼性の確 保として分析の全過程において看護,心理,社会学を 専門とするスーパービジョンを受けた。尚,分析方法 は木下(2003)が提唱する修正版グラウンデット・セ オリー・アプローチ(M-GTA)を参考にした。 【倫理的配慮】 研究趣旨,配慮(参加・途中辞退の自由,匿名性の 厳守,データは本研究以外では用いない)を文面化し て説明し,同意が得られた対象に実施した。尚,本研 究は国際医療福祉大学研究倫理審査会で承認を得てい る。
Ⅳ.研 究 結 果
研究協力者の助産師経験年数は9.3 6.7年,インタ ビュー時間は65 33.8分,8名中5名は胎児異常の診断 をされた妊娠期から受持ち助産師(以下プライマリと する)となり,出産後までの数ヶ月を共有していた。 8名の語りによるストーリーライン助産師の語りか ら23の概念が抽出され,以下【 】で示すジレンマを構 成する構成要因として6つのカテゴリーに分類された。 助産師は母親との関わりの中で,医療者間の板ばさみ や,介入が困難な生殖医療を実感し【組織における助 産師の立場を再確認】していた。さらに,経験の浅い 助産師にとっては知識不足や援助に自信が持てない上 に自らの価値観,倫理観と対峙することになり【プラ イマリとして関わることの辛さ・困難さ】から,時に は看護の限界も感じていた。しかし,人材不足や体制 の問題によるプライマリへの負担を抱えながらも【母 親と親密に関わることのやりがい・充実感】が支えと なり,妊娠期からの関わりに意味を見出していた。そ して家族のような視点から共感することもあり,感情 レベルで子供の生命力に期待を寄せていた。また,妊 娠期からの時間の共有は【潜在的価値観から障害児と 対峙することの困難さ】として自らの価値観と向き合 う機会となり,助産師に改めて【出生前診断の意味を 考える機会】を与えていた。ジレンマを感じながらも 母親との時間の共有は助産師としてのあり方を模索す ジレンマの構成要因としてのカテゴリー ジレンマの要因 バーンアウトを回避する為の 自己防衛による悪循環 感情抑制 域値の低下感受性 専門職に 徹した行動 生と死が隣接した 生殖医療の職場環境 組織における 助産師の立場を 再確認 出生前診断の意味を 考える機会 プライマリとして 関わることの 辛さ・困難さ 潜在的価値観から 障害児と対峙する ことの困難さ 同性としてのジェンダー役割期待 自ら多忙業務を招く 母親との親密な関係 子供の死を共有 しながら続く関係 母親と親密に関わることの やりがい・充実感 図1 胎児異常の診断を受けた母親を受け持った助産師のジレンマの構造る機会となり,【子供の死を共有しながら続く関係】の 中で,助産師として自分自身を成長させる機会ともな っていた。 以下,カテゴリーを中心に結果を述べる。【 】はカ テゴリー,〈 〉はカテゴリーを構成した概念,「 」は協 力者の語りを示す。尚,( )は文脈が理解できるよう に研究者が補足した部分である。 【組織における助産師の立場を再確認】 周産期医療において産科は母体,小児科は胎児側か らの視点で援助していく為,時には意見の食い違いも 否めない。その為,助産師は産科と小児科との間に入 り〈医療者間の板ばさみ状態〉を感じながらも,〈母親 の選択を肯定的に受け止める介添え人〉の役割を認識 していた。胎児異常の場合,中絶を選択することもあ るが繊細な問題なだけに本音を語ることができずに母 親一人で抱え込むことも少なくない。自分の思いを医 師に伝えることができずにいる場合,助産師が言葉に はできない母親の思いを伝え,同時に医師から母親へ の仲介を行っていた。「先生には看取って欲しいとか は本人は言わなかったし,本当にオペ(帝王切開術) に入る前まで『先生には何(蘇生)もしないでって言 っておいてね』って言われていたんです。陣発(陣痛 発来)していて苦しい最中に。」という語りがある。又, 医師との関係では「全部こう任されている感じがして。 で,色々バースプランとかやっても,任せるよ,任せ るよって言って。そこで(医師と母親とを)仲介する みたいな。」と語っていた。 本来,医師と協働しながら治療や看護を実施する助 産師であるが,助産師の弱い立場を物語るように〈助 産師の介入困難な医師中心の生殖医療〉であることも 語られていた。「やなのはって言ったらあれですけど, 医師のムンテラ次第で産婦の気持ちも変わっちゃうと ころがね。先生が(羊水検査等の結果を総合し)堕し たほうがいいってムンテラすればそうなっちゃうし。」 また,「亡くなるのを見ているのって。先生はいつ(児 の)心臓がとまったの?って。先生達は来ないので。 亡くなった時間だけお願いねみたいな。(看護を)やっ ているほうは辛いよって思ったけど。」等,医師主導 のもと子供の死亡までの過程を助産師に依頼し,死亡 時刻のみを知らせて欲しいといったことも語られて いた。これらの経験は病院組織の中で辛さ,やりきれ なさを覚えることもあるが,チーム内では〈同僚の協 力に支えられている安心感〉を実感することもあった。 「病院の中ではそういう(胎児異常の)ケアのこととか 色んなアドバイスとかはもらっていたりとか。この方 の存在を知っている人は『どう?』って声をかけてく れたりとかもあったし。」と語っていた。未熟児室の スタッフとの連携も「(双胎で)亡くなった子の出棺の 前にNICUにいる子供をスタッフが先生に掛け合って くれて,ちょっと病室に連れてきて4人(両親と亡く なった児とNICUにいる児)で過ごす時間を作ってく れたんですよ。すごい良かったです。」と語っていた。 【プライマリとして関わる上での辛さ・困難さ】 〈人材不足・体制の問題による負担〉は重要な要因 であった。「人がいないから。結構,上(先輩)の人が あんまりいないので,いないから何かやるしかなく て。やるしかないんですけど,よくわかんなくて。」と, 経験の少ない助産師は負担の大きさを語っていた。ま た,多くの場合,プライマリであっても受持ちの母親 の援助にかかりきりになれる人的余裕は期待できない。 全ての援助が同時進行で動いている臨床の状況を「輪 をかけてしんどかったのが,その人(胎児異常の診断 を受けた母親)を受け持っていて,その間に22週のプ ロム(前期破水)が来てそれも一緒にあってしんどか ったですね。(22週の胎児が)亡くなったのが午前中で, その午後にさっきのママのエコー外来があって(胎児 の外表と心臓に奇形がある)ムンテラがいったんです よ。その日はおかしくなりそうでした。」と語っていた。 プライマリの関係となると母親の抱える問題に助産 師自身も対峙することになる。母親からの質問も異常 と言われた子供のことに集約するが,自分自身の〈疾 患の知識不足〉を自覚し,母親と共に学習しながら対 応したことが語られていた。「病気自体が私が本当に わからなかったし,もちろん患者さん自身があんま りわからなかったから2人でこう,一緒に病気のこと を勉強しながら妊娠期間を過ごして。」と語っていた。 また,助産師は分娩進行を予測しながら分娩介助にあ たるが,胎児に異常がある場合,更に先を見越した予 測が必要となる。しかし助産師にとっても初めての 経験の場合,「私自身が想像できないんですよ。お産 の。どういうところでトラブルが起きるのかとか。ど ういうふうに子供が出てくるんだろうとか,自分の中 では。自分は自分でお産のイメージがつかなくって」 と不安であったことを語っていた。知識は学習により 補えても,看護に対しては〈援助に自信がもてないも どかしさ〉を感じていた。「先生の指示で動いていたか な。ラウンドしても聞くことがないっていうか,何を 聞いて良いのかわからなくて。本当は精神的な事を聞
くことが大切だというのはわかっていたんだけど。大 部屋だったっていうのもあって,話すきっかけがつか めないまま,いつも表面的だった。それはいけないっ てずっと思っていたんだけど」と語り,「何て(母親に) 言ったらいいのかずっともやもやしていた。でも解決 できなくて」と,今でも自分の中で解決できずにいた。 そして,プライマリとして母親に関わっている間は 〈看護の限界と無力さの実感〉をし,迷いを繰り返し ていた。母親に対しては「なかなかね。自分でこれで (行った看護が)良かったなんて思えることがなくて」, 児に対して「母親とは話をしたり色々したけど赤ちゃ んに対しては何もしてあげられなかった。私は何かの 役にたてたのかな」と語っていた。 助産師にとっても〈未来のない出産に関わるやりき れない感情〉は,母親に親密に関われば関わるほど助 産師としての無力と辛さを実感し,そこから逃れる為 に〈胎児異常の母親を看護するジレンマと対処の方法〉 を行うことで現実から逃れていた。「1年目は受持ちは しないけど自分もなるべく,もう関わらないようにと かナースコールが鳴ったとしても関わっている先輩が 行ってくれたりして,関わらないようにしていた。行 けないっていうのがあったんですね。行ってどうして いいのかわからなかったんですね」と,母親との関わ りをあえて避けることで対処していた。又,「お産が 終わるまでは9割方専門職に徹しているかもしれませ ん。感情はあまりないです。淡々と処置について説明 している自分がいます」,「普通のお産と違うから頑張 ってくださいねって言うのも何か変な感じですし。だ からこうって言うか本当にもう腰をさすったりとか, マッサージしたりとかに徹していました」と,感情移 入をせずに助産技術に徹することが対処方法であると 語っていた。さらに,子供の死を体験し,プライマリ として母親の辛さに身を置くことで「他のスタッフが 普通に勤務して楽しそうにというか平気そうにしてい る姿を見て,自分とのギャップというか,自分と他の 方にはそう接しなければいけないことなどにも辛さを 感じました」と述べ,〈同僚との感情的な距離感〉も自 覚していた。そして,退院という区切りが付くまでは 自分だけがその人の重荷を背負っているようで涙が止 まらなかったとも語っていた。 【妊婦と親密に関わる上でのやりがい・充実感】 継続的な関わりを必要とする母親を担当したいとい う気持ちが助産師の中で潜在的にあり,自らプライマ リを希望した場合,自分が〈母親に影響を与える自分 の存在〉となっていることを感じていた。「可能性があ ることはずっと言っていたんですよ。いつお腹の中で 亡くなってもおかしくないと言うことだけは覚えてい てくださいっていうのはそれはきっかけとして(生き ているうちに出産したいと思うようになったのは)あ ったかもしれない」,「(中絶可能な時期に致死性の胎 児異常と診断された場合も)そのまま妊娠継続してい ましたね。やっぱりある程度そういう方には助産師が 面接をすることが多いんですよ。そういう情報がわか った時にちょっと相談にのってあげる。それが(中絶 の)歯止めになっていたのかもしれませんね」等,母 親の置かれた状況を酌みながら,辛さや葛藤を共有し ていた。しかし,助産師がどのような援助をしたとし てもその瞬間に評価が得られることは少なく,「妊娠 中の関わりが一番難しいと思うんですけど,結果は出 産後に見えてきたかなと自分では思っているんですよ ね。(出産後に)初めて自分でも納得できる思いってい うか,自分を納得させているのかもしれないんですけ ど」と,〈出産後に見えてくる看護の評価〉として語ら れていた。 妊娠期間という長期に渡る母親との関係は,〈相互 作用が問題を解決していく関係〉であることも特記す べき点であった。助産師にとっても胎児異常の母親に 関わる中で様々なジレンマを体験する。それらを解決 していく為には母親とのコミュニケーションが最も有 効であった。「ママと話している中で自分の考えも振 り返れるし,自分も振り返ることで自分の中で消化で きるかなって思うようになったですね。妊婦と話す中 で自分の考えがまとまったりしますよね」と語ってい た。又,「相手だけがどんどん解決するんじゃなくて 私は私なりの価値観とか考え方が相手の,例え妊婦さ んであっても話を聞きながら,あー私はこういう風に 思っていて,そういう考えもあるんだっていうのを何 かもらっているような気がするね」というように母親 との関係が一方的な援助の関係ではなく,相互作用し ながら成立していた。 胎児が致死性の疾患の場合は,亡くなることを前提 として出産を迎えることもある。医学的には子供の死 期が迫っていることを理解しながらも感情のレベルで 〈母親に共感し子供の生命力に対する期待〉をしてい た。「(亡くなることは)わかっていたんですけど,本 当にもう……こう……お母さんと一緒に何とかならな いかなっていう気持ちが強くなっていっちゃって」と 語っていた。そして生きていた時間の思い出作りに
ついて,「1日とかで亡くなっちゃう子もいるけど,で もすぐと1日とでは思い出の数が違うじゃないですか。 頑張ってもらえるなら頑張ってもらいたいなって思い ますよね」と語っていた。そして,母親に〈体験を共 有できたことに対する感謝の気持ち〉を,「本当にこの 子にとってはすごい大きなこう一生……そこに一緒に いさせてもらえて本当によかったなって思う」,「正直 あの子が育ってくれたおかげであの家族に出会えたと 思うし,あのお産があってから本当に普通に生まれる のがすごいありがたいことなんだなっていうのが本当 に思って」という語りで述べていた。 【潜在的価値観から障害児と対峙することの困難さ】 出生前診断に関わることで自らの価値観を〈作られ た価値観への呪縛〉があることを感じていた。「(命は 大切という価値観は)それは何か作られた価値観て気 もするね。経験が浅い時って自分の価値観て言うんじ ゃなくて,こう看護師さんっていい人が多いから」と 語っていた。そして,組織が目指す目標との違和感を 「うちの病院はNICUがあるから,建前としてはその まま見放すわけにはいかなくて。やっぱり何か処置を するじゃないですか。生まれてそういうこと(蘇生) はして欲しくないということを言っても」と指摘して いた。 障害児が第3者の子供であるから受容できても,我 が子として考えると〈障害児を受け入れられない自己 の価値観〉があることも事実であった。「本当は私の中 にある障害児とかが受け入れられないものがあるのか もしれないな。もし自分の子供が障害児だったらやっ ぱり大変だと思う。そういうことに潔白になれない自 分がいるのかな。」と語っていた。又,出産経験のあ る助産師は「自分で産む時すごい不安でした。何かあ ったらどうしよう,人には言っていたけど。自分でち ょっと異常な子が生まれたら,私ちょっとおかしくな っちゃうなって。(妊娠中に)どんな子が生まれても育 てなきゃいけないって思う気持ちがあると結構辛か ったっていうか。」と語っていた。さらに「妊婦である うちは自分の子供が障害児という選択はないでしょう。 そんなこと考えないよ。ある意味,自己中心的な考え になるもの。自分のことや赤ちゃんのことで精一杯だ し,自分の子供が障害児である可能性を考えるとい うのは酷だもんね。」という語りからもわかるように, 助産師である以前に一女性としての思いを語っていた。 【出生前診断の意味を考える機会】 施設勤務であればその施設の考え方にある程度,自 己の価値観を譲歩しながら気持ちの折り合いをつけて いるが,自らは〈パーフェクトベビー志向の生殖医療 への批判〉を語っていた。また,胎児治療という名目 で出生前診断が実施されることもあるが,殆どの疾 患は治療できないのが現実である為,〈意味を見出せ ない出生前診断〉を感じていた。「わかっているのに産 まなければいけないとか,その先をわかっているのに, それで産んでからも色んなことが待ち受けているのを 産む前から知って,受け入れなきゃいけないっていう のはどうなんだろうって,わかんなきゃわかんないほ うがいいんじゃないかみたいな気持ちがすごくあっ て」と語っていた。また,母親は胎児の段階で異常を 告げられても実感を伴わないことが多い。その経験を 「ダウン症とかでわかってても妊娠中には皆さんどう することもできないし,こういうサークルがあるよっ て紹介してもいたんですけど,やっぱり生まれてから じゃないとピンとこないんですよね。私たちでもそう ですけど,産んで育てていく中でじゃあこういうふう なんだとかっていうのは初めてわかるんだなっていう のは思いました」と語っていた。とはいえ,一方では 〈心の準備と生きている時間を無駄にしない為の告知〉 という見方もあった。「もしそれが致命的だとか早く に診断されていたらそれなりのこう……出産の時から 準備が早めにできたかもしれないけど」,「ただ(出生) 直後に亡くなってしまうような,もしくは胎内死亡し てしまうようなときにはそれは言わないとその本当に 短い大切な時間を無駄にしてしまうと思うので,それ は絶対に言ったほうがいい」と語っていた。 【子供の死を共有しながら続く関係】 勤務助産師として,母親との個人的な関係に疑問を 持ちながらも子供の死亡後も〈母親への気持ちを引き ずる切れない関係〉として感じていた。「何か病院だけ の付き合いになっちゃうとその時だけだと寂しいなと 思って。その人が一番困った時にちょっとしたメール があればいいのかなって思って。」と語っていた。第1 子の胎児異常の出産に関わったこともあった助産師が その後,第2子,第3子の出産時にもプライマリとし ての関係を続けていることもあった。一方ではこの関 係を批判的にとらえて,「縁が切れないんだと思いま す。でも私は,はたから見てて,いやこれ,縁が切れ ないのがいいのか悪いのかって見ちゃう時がふっとあ るけど。だってうまく縁が切れないと(母親が)自立 していないってことですもんね。助産師のこの人がい ないと次にいけないみたいな」,「産婦が自立しないん
ですよね。それっていい時もあるけど,悪い時もある じゃないですか。頼られちゃってっていうか。熱心な のはあるかもしれないけど」と語る助産師もいた。し かし,引きずる気持ちを抱えながらも,一方では〈自 分なりの気持ちの区切り〉となるように気持ちの整理 をしていた。「(自宅に行き)安心しました。自宅イコー ルその人の空間みたいな感じがして,本心を聴けてい ると思えました」,「私は家庭訪問というより,自分が お焼香したかったんですよ」,「本当に辛くて本当に亡 くなった後にこの方が退院ていう区切りがつくまでの 間,すごい泣いたし」等,子供の死亡後,家庭訪問を 行い,家庭での様子を垣間見たり,亡くなった子供の お焼香をさせて頂く等,自分なりの方法で自分自身を 納得させていた。
Ⅴ.考 察
助産師は出生前診断で胎児異常の診断を受けた母親 との関わりを通して,自己を見つめ直す体験をしてお り,この体験そのものは渋谷(2005)や赤羽・上条・ 黒田他(2006)の報告でもあるように助産師としての 成長につながる機会となっていた。本稿では助産師が 感じたジレンマに焦点を当てその構造を分析する。 1.生殖医療の職場環境と組織の体制におけるジレンマ 組織に所属していると個人では解決できない悩みや, やり切れなさが助産師を取り巻く背景に存在している。 特に助産師の場合,パートナーとなる医師との関係は 産科と小児科の両者が間に入る為,より複雑である。 今回の語りからも「バースプランは任せるよ」という 医師から助産師への発言は,助産師の役割を意識した 発言とは言い難く,致死性の疾患を持った新生児の死 亡時刻のみ知らせてくれればよいと言った医師に対し て返す言葉をなくす助産師の気持ちは,はかり知れな い。このような助産師の置かれた状況は,Chambliss (1996/2002)が指摘する看護師の病院組織内での一般 的状況としてまずは理解することができるだろう。つ まり,「ナースは少なくとも三つの困難,かつ,時に 矛盾する使命を課せられた,病院職員の中でも特殊な 存在である。病院ナースは, (1)思いやりのある(car-ing)人間であり,(2)専門的職業人であり,(3)組織内 では比較的従属的な立場のメンバーである,というこ とを同時に満たすことを期待されているし,大抵は本 人もそうあるべきだと思っている」。また,勝原(2003) は,「モラル・ディレンマや倫理課題にぶつかったと きに,『何を言ってもよくはならない』ということを一 度学習してしまうと,次に同じような問題に出くわし てもふたを閉じてしまう。倫理的感受性の閾値を自ら 下げることで辛さに対処し,組織にとどまろうとする のである。そうしなければ燃え尽きてしまうからだ。」 と述べている。確かに,助産師自身も,組織内では医 師の従属的な周産期メンバーの一員としての意識を暗 黙のうちに形成している可能性は否定できず,勝原が 述べるような自己防衛としての感受性の閾値低下とい う問題もあるだろう。しかし助産師は,胎児異常を告 知された母親のケアに関しては医師から独立した部分 で,且つ,思いやりや優しさといった感情レベルの看 護に終始することなく,十分に専門的役割を発揮でき ると考える。にもかかわらず,助産師が組織内におい て消極的になってしまうのは,助産師自身も指摘して いるように,胎児異常や治療についての知識不足が根 底にあり,自分が関わることが困難な部分では,助産 師自身も医師にケアを依存している可能性があるので はないだろうか。また,胎児異常の場合,胎児の管理 や治療が必要となり母親と医師の関係は治療依存関係 が深まっていく為,時として助産師が介入困難な立場 を自覚することもある。村上・平澤・滝沢他(2002) の看護の実践能力に関する調査でも,助産師は出生前 診断と診断後の対応に関する能力の必要性についての 認識が低く,中には実践能力を「できない」と認識し ている者もいることが指摘されている。しかし,母親 への説明や相談に乗るなどの医療者側の関わりにおい て,医師が全ての面において適認というわけではなく, 助産師がより積極的な役割を果たすべき場合も当然あ る。しかし,その見極めを助産師自身できないでいる と考える。 今回の結果からも,多忙を極める臨床ではプライマ リだからといって,胎児異常と診断された母親にかか りきりになれる状況ではないことは明らかである。産 婦人科の臨床はスタッフにとって,限られた時間とマ ンパワーの中で援助を提供しなければならない制約に 加え,およそ対極にある「出産」と「人工妊娠中絶」を 同じ空間で,時を同じくして援助しなければならない 矛盾を抱えた職場でもある。「生かす」ことと「殺す」 ことのせめぎ合いの中で,時として「命」の捉え方も 「生かす」ことだけに意味を見いだせなくなってくる 場合もあるであろう。このような状況の中,助産師自 らバーンアウトしない為の自己防衛として,問題意識 や追求心を放棄してしまうことは,臨床でしか経験できない倫理課題について検討する場も失うことに繋が り,悪循環を引き起こしている。 2.複数のアイデンティティに関連した倫理観,価値 観に関するジレンマ 助産師が母親に関わる際に生じるジレンマは,当事 者とは違った視点から,助産師として,女性として, 場合によっては母親としてといった複数のアイデンテ ィティから生じる複雑なものである。一個人が複数の アイデンティティを持つことは珍しくはないが,立場 を変えれば答えも一変するような生命倫理に関する難 題を様々な立場から想像し,思いを巡らせることは辛 い作業でもある。日本における助産師は全て女性であ る為,産む側の立場から共感できる性を備えていると 思われ,さらにはジェンダー役割の期待をされやすい。 「自分が母親になった時のことを考えても,それ(障 害児を受け入れられない自分)は否めないんだよね。」 という語りは,女性として,また,母親として社会か ら求められるジェンダー役割と自己の障害児に対する 価値観との間に生じるジレンマと言えよう。また,「2 年目で経験も浅く,プライマリとしても初めてで独身 の私でいいのだろうか」という語りからは同性として の経験値と助産師としての自信の乏しさから消極的に なっている状況も見てとれる。 出生前診断では選択的人工妊娠中絶が問題となる が,これらの女性を看護する看護者の悩みや葛藤につ いて大久保(2003)は,看護者個人に解決がゆだねら れ,看護者自身も癒されぬまま看護を続けている状況 にあると指摘している。「(母親の)そばで一緒にいて, 感情に押しつぶされたような感じがしました」といっ た,母親とある種の一体感のような感覚を覚える一方 で,助産師としての自分ではどうすることもできない 辛さや憤りを経験している。胎児異常を診断された母 親に関わる助産師も,このような解決できないジレン マを抱え,癒されぬままの状況にあることは今回の語 りからも十分考えられ,生殖医療に携わる助産師,看 護師が共通に感じるジレンマとも言えるのではないだ ろうか。 また,看護者は感情表出を抑制する教育を受けてお り,看護者自身の感情規制が働く為,感情が無理に自 己の中に留められ,消化できずにジレンマとなって いく。これらのジレンマの対処として,助産師は母親 の辛い体験を共有する中で,家庭訪問をする,亡くな った子供のお焼香をする等,自己の感情を正直に表 出し,行動を起こした結果,自分の中での区切りをつ けることが可能になったのではないだろうか。しかし, 母親から頼られ退院後も関係を続けていることに対し, 「プライマリを持つと入り込んじゃうんですよね。」と いう語りからは,助産師自ら多忙の業務をさらに忙 しくし,バーンアウトやジレンマに陥りやすい環境を 作り上げていることを意味している。自分の時間を割 いてまでも母親との関係を築き,頼られる存在として 自覚することが,一種の自己満足となってはいないか。 Chambliss(1996/2002)はナースが用いる「ケア」とい う言葉の意味を,「業務範囲が明確でなく状況次第で あること,そしてナース個人の仕事への献身的参加で ある。(中略)それ以上に,自分たちがなすべきである とナースが思っていることを表している」と指摘して いる。このように,助産師は母親から頼られていると いう心地良さや,助産師としての自信を感じる為,頼 ってくる人には業務範囲を超えていつまでも献身的に ケアを提供し続けることが良いことであると自ら思い 込んでいるのではないだろうか。特に今回のようにプ ライマリの関係が,よりその思いを深めているのであ ろう。プライマリー・ナーシングはたしかに個々の看 護婦に専門職としての責任と満足とを与えるもの(武 井,2004)ではあるが,これらの点をきちんと理解し た上でプライマリを進めるべきである。 3.倫理的問題への対応 1 ) 助産師としての充実感と仲間同士のケアリング 仲間同士のケアリングは助産師のジレンマへの対処 法として有効であった。福田(2002)が,悲しみにく れる人々へケアするにあたっての自身の気持ちや考え をみなで共有していくことは,自分自身がケアされる ことでもあると述べているように,今回の結果からも, 同僚間でのディスカッションや母親との語らいが助産 師にとっての癒しとなり,自分の気持ちを整理するこ とに繋がっていた。宮脇(2003)は「ケアリングは1人 の優秀な看護師だけでは実践することは困難であり, チームにいる看護スタッフの支援を必要とする。この ように,限られた時間や資源の中で仕事をしている看 護の現場では,看護師がお互いに支え合っているとい うケアリング関係が重要な意味をもつ。それは,患者 をケアする看護師を安心させ,自信をもたせることに つながる」と述べている。特にこのような倫理的問題 を包括する状況での看護は,仲間に支えられ,自己の 看護に対するコンセンサスを得ている安心感が必要で
ある。そして,悲しみにくれる人々へケアするにあた っての自身の気持ちや考えをみなで共有していくこと は,自分自身がケアされることでもある(福田,2002)。 個人の努力に依存するだけのチーム医療では助産師の 意欲も質も向上することはない。助産師同士が問題や 状況を語り合える場を持ち,時にはケアリングを行う ことが必要であり,チーム医療を担うスタッフがスタ ッフを支えあうこと,それが胎児異常を診断された母 親をケアすることに繋がると考える。 また,加藤(2003)は,助産師の自己効力感および 仕事の満足感を高める因子の一つに助産師としての業 務が遂行できることを挙げている。助産師自身で判断, 対処し,その不安や責任に対する重圧を乗り越えた時 に得られる達成感や満足感は自分自身にしか体験でき ない。責任は重いがこのような母親に関わる中で構築 される関係そのものが助産師としての支えとなり,看 護のあり方を再認識し,看護に対する自信や達成感, 助産師としての自立に繋がると言えよう。 2 ) 組織で取り組む倫理的課題への対応 近年では病院内に倫理委員会を設置している施設が 増えているが,そこで検討される内容は,治療や研 究に関する内容が多く,個別の倫理的問題を検討す るには至っていないのが現実である(中尾・藤村・中 村,2004)。木山(2003)も,組織の中で倫理的問題を 話し合う機会がないと回答した看護師が7割いると報 告している。病院組織は幾重にも重なった権限構造で 組織されている為,倫理委員会があったとしても,助 産師個人が参加できる機会は殆どないに等しい。長谷 川(1999)は,障害を持つ人達の家族の気持ちや生活 について,専門家にとっても初めてであれば,急に適 切に対応するのは難しいので,何も起こらないときに こそ学んでおくこと,いつも考えていること,そして 広く社会的な体験をしておくことが義務であると述べ ている。しかし,臨床はそのような時間的猶予を与え ない忙しさがあること,また,ケースバイケースが非 常に多く,「この人の場合をどう考えるか」といった切 り口から医療も看護も始まる為,抽象論で検討してい ても解決した実感が持てない。それならどのように対 処すればよいのか。長谷川の意見に加え,抽象的な概 念としての倫理や原理などの知識を臨床でおこる倫理 問題と具体的に関連付けて学習するような工夫が必要 である(中尾,2004)。臨床で問題が起きているその時 に,短時間でも母親に関与する医療チームという組織 の中で,経過報告に留まらずに個別のケースが抱える 倫理的問題まで踏み込んで,誰もが公平な立場で意見 交換が行われることが望ましい。医療者全員の価値観, 倫理観が一致することはないにせよ,検討の場がある ということがまずはスタートラインであろう。 今回のインタビューでも,障害児として生まれる子 供の蘇生を希望しなかった母親は,そのことを医師に 直接伝えることができず,陣痛で苦しむ最中に医師へ の代弁を助産師に懇願していた語りがある。助産師は 妊娠中からの関わりで,母親の意思は確認できていた にもかかわらず,倫理的問題を検討する場がなく自己 の中で蘇生をするか否かといったジレンマと闘ってい た。母親と過ごす時間が医療者の中でも最も長い助産 師は,母親の意見や抱えている問題も把握しやすい立 場にある。それらをチームの中で,母親のために代弁 すると同時に,助産師自身の抱えるジレンマもディス カッションしながら,解決していくことが必要である。 日々の中で時間を割くことや,倫理的視点で物事を判 断することは困難なことが予測されるが,倫理的問題 の解決に向けての取り組みが,一足飛びにはいかなく とも,助産師個人からチームへ,そして病院全体へと ボトムアップで広がって行くことが望ましい。これら の過程を踏むことは,自分と他者との考えを確認でき, 自分の中では解決できないジレンマについて考えるき っかけとなるし,チームの中で助産師の役割を確認で き,助産師としての自信に繋がるであろう。我部山・ 岡島(2010)は,助産師の卒後教育では年齢が高くな るにつれて,職業倫理の教育を望んでいることを明ら かにしている。また,水澤(2010)の報告では,看護 基礎教育での既存の倫理教育が道徳的感性に影響を与 えていないこと明らかにしている。つまり,臨床でジ レンマを感じながらも倫理的問題と対峙しているこの 時期の取り組みが助産師としての自信と自立に寄与す ることが期待できると考える。
Ⅵ.本研究の限界と今後の課題
今回は研究協力者の背景を限定しなかった為,体験 の内容は様々であり一般化は不可能である。しかし, 現在も出生前診断後の対処は法律,医療ともに整備さ れているとはいえず,その中で看護を展開する困難さ はあるが,対峙しているからこそ生じるジレンマは助 産師の倫理的感受性にも影響することを鑑み,以下を 提言する。 1 .個別のケースが抱える倫理的課題の検討と並行しながら,医師,コメディカルを含めたサポートチー ム内で,自身が抱えるジレンマもディスカッション する場の構築が必要である。 2 .施設の特性や助産師がこれまでに受けてきた教育 経験などの背景とも関連させ,このような倫理的課 題におかれた母親の思いの現状を臨床の倫理教育に 反映する必要がある。
Ⅶ.結 論
助産師は母親との関係を深める中で,出生前診断や 障害児に対する自己の価値観と対峙する困難さ,そし て女性として同性であるがゆえのジェンダー役割期待 に関連したジレンマを体験していた。頼られる存在と して得られる満足感から多忙業務を招き,ジレンマや バーンアウトに陥りやすい環境を自ら作り上げていた。 また,生と死が隣接した生殖医療の職場環境では,感 情規制を働かせ,倫理的感受性の閾値を自ら下げるこ とが自己防衛の手段となっていた。しかし,これらの 助産師が体験しているジレンマは組織の中では一個人 の問題として対処されており,臨床でしか経験できな い倫理課題については検討する場もなく悪循環を引き 起こしていた。 謝 辞 本研究を進めるにあたり,丁寧に過去の体験を語っ て下さった助産師の皆様に深く感謝いたします。尚, 本研究は国際医療福祉大学大学院の修士論文,2006年 度日本助産学会学術集会で発表した内容に一部,加筆 修正したものである。 文 献 安部いずみ(2003).胎児異常を告知された女性の妊娠期 の体験に関する研究.母性衛生,44(4),481-487. 赤羽洋子,上条陽子,黒田裕子,吉沢豊子,跡上富美,平 石皆子他(2006).胎児異常を診断された妊婦をケア する看護者が援助を通して大切にしていること.長野 県看護大学紀要,8,21-28. 安積陽子,野尻雅子,福島洋子(1995).出生前診断を受 けた妊婦・家族への看護児の生存を拒否した事例を通 して.助産婦雑誌,49(5),373-379. Chambliss, Daniel, F. (1996)/浅野祐子訳(2002).ケアの 向こう側 看護職が直面する道徳的・倫理的矛盾.83-121,東京:日本看護協会出版会.Droter, D., Baskiewicz, A., Irvin, N., et al (1975). The adapta-tion of parents to the birth of an infant with a congenti-tal malformation; A hypothetical model, Pediatrics, 56, 710-717. 我部山キヨ子,岡島文恵(2010).助産師の卒後教育に関 する研究 助産師の卒後教育への必要性・時期・内容 など.母性衛生,55(1),198-206. 長谷川知子(1999).障害をもつ子の受け止め方 基本は 普通の子.助産婦雑誌,53(5),386-391. 福田紀子(2002).援助者である助産師・看護師をケアす る大切さ.助産婦雑誌,56(9),741-745. 堀田法子,松下美恵,種村光代,鈴森薫(2000).胎児異 常の告知を受けた母親の悲嘆反応.母性衛生,41(4), 382-287. 堀田義太郎,櫻井浩子(2010).母体胎児外科手術の倫理 問題.生命倫理,20(1),140-148. 井上雅子,横尾京子,百田由紀子,岡田浩佑,高田法子, 野口恭子(2001).出生前診断に関する助産婦の相談 活動.母性衛生,42(1),29-33. 上條陽子(2003).妊娠中期以降に胎児異常を診断された 妊産婦の体験.日本助産学会誌,17(2),16-26. 加藤尚美(2003).助産師の自己効力感(Self-Efficacy)およ び仕事の満足感に関する研究.母性衛生,44(1),134-140. 勝原裕美子(2003).モラル・ディレンマと看護専門職の 組織内キャリア.一橋ビジネスレビュー,51,50-64. 木村晶子(2009).ハイリスク児の母親とかかわる助産師 の体験.日本助産学会誌,23(1),72-82. 木下康仁(2003).グラウンデット・セオリー・アプロー チの実践.東京:弘文堂. 木山幹恵(2003).医療の高度化にともなう看護の倫理と 教育.創価大学紀要14年度,191-207. 小松美穂子(2002).母子看護学原論.165-185,東京:廣 川書店. 工藤ちい子(2002).母性看護実践で看護師が出会う倫 理的問題とその対応に関する調査.生命倫理,12(1), 124-131. 宮脇美保子(2003).ケアする看護師を支援するのは誰か. Quality Nursing 9(12),1051-1054. 水澤久恵(2010).看護職者に対する倫理教育と倫理的判 断や行動に関わる能力評価における課題 倫理教育の 現状と道徳的感性に関連する定量的調査を踏まえて. 生命倫理,20(1),129-139. 村上明美,平澤恵美子,滝沢美津子,新田真弓,村上睦子
(2002).「妊娠期のケアとその責任範囲」「分娩期のケ アとその責任範囲」に関する認識の実態.助産婦雑誌, 56(10),844-850. 中込さと子(2000).妊娠中に胎児の異常を知った中で 出産を選んだ̶女性の体験.日本助産学会誌,13(2), 5-19. 中尾久子(2004).看護専門職の特性を踏まえて 倫理問 題の対応に向けて.看護管理,14(3),221-226. 中尾久子,藤村孝枝,中村仁志(2004).倫理問題に関す る看護職(臨床看護師と保健師)の認識の比較.生命 倫理,14(1),107-113. 大久保美保(2003).中絶ケア 看護者は人工妊娠中絶ケア にどうかかわっているのか 中絶看護に対する態度 (attitude)の調査から.助産雑誌,57,200-206.
Rothenberg, Caren, H., Thoson, Elizabeth, J. (1994)/堀内
成子,飯沼和三監訳(1996).女性と出生前検査 安 心という名の幻想.24-61,東京:日本アクセル・シュ プリンガー出版. 坂井律子(1999).ルポルタージュ出生前診断.6-16,東京: NHK出版. 佐藤孝道(1999).出生前診断.230-273,東京:有斐閣選書. 渋谷えみ(2005).出生前診断で胎児異常を告知された妊 婦に関わった助産師の体験 ポジティブ体験としての 受け止めを中心に.茨城県母性衛生学会誌,25号,26-34. 武井麻子(2004).感情と看護.220-249,東京:医学書院. 渡辺千枝,小野美可,安部いずみ,島田紀美,三ヶ尻かお る,田中恵子他(2000).予後不良の胎児異常を告げ たら混乱をきたした妊産婦の看護.助産婦雑誌,54(5), 438-445.