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山村における同族結合と親族関係 : 鳥取県における農山漁村の総合的研究 : 鳥取県八頭郡若桜町吉川調査報告 (3)

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(1)

山 村 に お け る 同 族 結 合 と 親 戚 関 係

鳥 取 県 に お け る農 山 漁 村 の 総 合 的 研 究

―鳥取県八頭郡若桜町吉川 調査報告―

(3)

社会学研究室

(昭和49年10月 31日受理) 序

1.吉

川部落の概況および産業構造

2.吉

川部落の社会的構成

3.同

族構造 と親戚関係 一――

formanty

informanty一

―― 序 これまでわが国において、日本の親族構造を全体 として明 らかにせんとする研究は十分になされ ていないように思 う。たしかに、日本社会学のなかでは、同族組織の研究は十分に行なわれてお り、 有賀、及川、喜多野、福武などの輝かしい成果 については改めて述べ るまで もない。 しかし、同時 にこのことは、わが国の農村社会学のアプローチが主 として村落共同体の構造分析 ― 「同族結合 による村落」 と「講組結合による村落」 といったように ― に向けられ、同族構造の把握イコール 村落構造の把握へ と進めていったように も思 える。たしかに、最近、同族 を親族組織 との関連 にお いて取 りあげんとする研究が、光吉、正岡 らによって行われてきている。しかし、末だまだ、同族 研究に比ぶればその数は限 られている。とい うのは、やは り、この問題の検討は理論的にかつ実証 的に研究が累積 されてはじめてなしうるものであるゆえ、時が必要であ り、具体的に実証 されるべ き例が必要だか らであろう。 この小論においては、鳥取県の一山村において行なった調査により、同族関係 と親族関係が、現実 にいかに展開 しているかを、親戚関係のformalityと infOrmalitメ の分析 によって検討 してみたい。 (注)

1.光

吉利之「同族組織 と親類関係」社会学評論第65号、頁63∼ 69 正岡寛司「山村における同族 と親族」社会学評論第74号、頁22∼ 41

2.木

原健太郎「親戚関係のformalityと infOrmality」社会学評論第15号、頁37∼55、 の方法を 参考にし、「親戚付合い」の面か ら見て、同族組織 と姻戚関連 について、検討 してみたい。

'II部

落の概況 お よび産 業構造

臣 ︺具 枝村、江波。戸数86軒。氏神柏大明神 (祭日 9月 9日)。 同岡大明神 (祭日9月10日)。 窟堂村 よ り

(2)

132国

歳 買 臣 一里20町南の谷奥 にあ り。御制礼場 あ り馬駅 な り。谷の流れ一節なれ ども東西 に峯岐有て三度渡 り す。怪石、祠 として急流也。 ―・中略 …・村 よ り道両谷 に分れて辰己へ越れば幡磨へ通 し、末申は 美作道也。当捌杉 多 く松一本 もな し、村民第一財木 を製す るを業 とす。或 は挽板、葺板、木地引等 有て種々の器物 を仕出せ り。 上記の文章 は因幡誌 よ りの抜粋である。 この文章か らも明白なよ うに、鳥取県八頭郡若桜町吉チ││ は県東部の八東川最上流 に位置 し、家数 114戸、人 口 455人 (昭和49年8月 現在

)の

谷FR3にしては

・ 比較的大 きな山村部落 である。吉ナ│1川に沿 って3とm余 り下れば国道29号線沿いに若桜町岩屋堂部落 があ り、南 は峠 を越 えれば兵庫県、岡山県 に至 り、地理的に も隣接県 との関係が緊密であったこと

υ を示 している。吉ナ│1部落 は、吉ナ│1川の左岸 を中心 に次第 に発達 した集落のよ うであるが、右岸 の山 すそのあた りは水 の便 が悪 く畑作 に利用 されてい るよ うである。そ して、水田面積 は、約19ヘ クタ ールで、経営耕地は各戸平均約 3.1反であ り、ほとん どが

3反

未満の零細経営農家である。そのた めに、専業農家 はわずか

4戸

しか存在せず、大部分が第

2種

兼業農家 である。そこで、次 に簡単 に、 吉ナ│1部落の産業構造 について検討 してみたい。 ― 先づ吉チ│1部落 を全国・ 山陰・鳥取県 。若桜町のなかに位置づ けなが ら、その生産力の構成か らみ てい くことにす る。(第 1・ 1表参照)。 第

1,1表

吉川部落生産力構成 (昭和45年)

I農

家 数 Ⅱ 耕 地 条 件 Ⅲ 耕 私 機 所 有 台 数 Ⅳ労働力 V農 産物販売額 象 数 農 総 戸 専 業 農 家 率 1戸 当り 耕 地 面 積 小 作 地 率 水 田 率 1戸 当り トラクター 耕 絃 機 飼養農宏 1戸 当り 役肉用牛 飼 養 農 家1戸当 り 豚 飼 養 農 荻1戸当 り えe 1戸当 り 農家従事者数

蛎 

農 家

販売ナシ 及び5万円 未満 農 家 率 総数 主 数 業 者 農 体 全 国 5341844 2o 頭 89.2頭 ︿ 9 ハ 9 山 陰 145180 112 7 164 2,9 176 鳥 取 県 798 671 22 155 19 203 若 桜 町 3. 566 13 1.5 12.9 池 田 村 2. 70 3 734.2 2.7 1 1 ナ││ 955 42 45 24 1.5 9.5 (注

) 1970年

、世界農林業センサスによる。「小作地率」は「市町別統計

Jに

その項を欠 く ため「貸付土地」の比率をだした。 鳥取県 は、全国平均 に くらべて一戸曽 り経営耕地面積ではややめ ぐまれないが、山陰の中では、

(3)

山村 における同族結 合 と親戚関係 ややめ ぐまれ約

8反

に達す る。所が、若桜町では、一戸当 り経営耕地面積 は約 5.6反とめ ぐまれず、 更 に吉川 に至 っては、約 3.3反と極 めて零細な耕地面積 しか存在 しない ことが分 る。 この吉川 に も、 戦前数人 の地主がいた と言 われ るが、吉サキ│の地主の特徴 は、一つには山林地主 と田・畑地主 とを兼 ねていた とい うことと、他の一つ は非常 に零細地主であった とい うことである。 この ことか らも吉 川 の農業がいかに零細 な ものであるかが分 ろ う。同時 に、 これは大部分農業専 業者ではな く兼業農 家であった ことを物語 ってい る。そ して このよ うな耕地条件 が耕転過程 の再編

=機

械化 を規制 して い る。1970年セ ンサス時点 において、

100戸

当 り耕祗機所有台数 は、山陰の60台、若桜町全体の53 台 を下廻 り、吉チ│1部落では34台であ り、鳥取県全体の約半分である。そ して、対照 的に役肉用牛の 飼育頭数 は、鳥取県全体 の

2倍

以上 も高 い。 もちろん、 この数字 は、耕私過程 としての意味 を示 し ているわけではないが。ただ、 この昭和45年のセ ンサスに対 して、今年 の聴取結果でみると、

100

戸当 り耕絃機所有台数 は64.6台になってお り、畜力依存 か らの転換 は急速 に進行 した といえよ う。 その推移 をうかがえば、それは第1・

2表

の ごと くである。 第1・ 2表 動力耕運機導入台数 と家畜飼養頭数の推移 45     年 農家数 トラクター 耕転 機 台 _狂 自動車 所 有 台 数 家 畜 飼 養 頭 数 49       年 農家数 トラクター 耕報機 数 自動車 所 有 台 数 家 畜 飼 養 頭 数

経 営 耕 地 面 積 3反末満 7 2 19/95 15/15,0 49/163 18/18( 3∼ 5反 2 27/9.5

1/95

60/8.6 64/64( 5∼7反 8 5 ユ 27/45 8 7

Ю

9/27.2 7反 ∼1町 6 4 3 19/63 12/120 6 5 6 84/42メ

4/40

1町以上 3 3 ユ 19/6.3 14/157. 3 3 7″3.〔 670/335, 経 営 山 林 面 積 1町未満 3 0

.8 10 13/4. 1∼3町 14 ] 24/48 51/17.0 47/11. 229/114 3∼5町 17 2 19/3.2 22/110 9 88/17.6 68/34.( 5∼10町 4 2 2 9/4.5 4 3 6 20/20.8 lo∼ 20町 5 5 2 3労 8

7/287.( 5 7 5 164/32.8 59/4591 20∼ 30町 1 1 1/10 1 2 ユ 30∼ 50町 2 1 1 1カ.0 2 2 2 40/40.( 50町 以上 1 0 0 1 0 副 9

1/4.4 360/60( 371/19 756/151 (注`45年 は1970年 農林業センサスによ り、49年 は本年 8月 の聴取調査による。

(4)

134国

歳 買 臣 この表か ら明 らかなよ うに、トラクター耕絃機 の導入台数 は45年に比べ、現在 は約 1.9倍の普及

・ 率 を示 してい る。ただ、 この点 に二つの問題がある。一つは、 導入率 が高 くなったのは

7反

未満 の農家であ り、た しかに45年に比べれば

2倍

以上の伸 びを示 してい るが、それで もなお農家1戸当

、 りの台数 は0.30台か ら0.62台になったにす ぎず、 これに対 して

7反

以上 の農家 の場合 は、0.78台か ら0.89台、 これに5反以上 を合 めれば、

1.1台

にな るとい う事実である。即 ち、耕地7反 (または

5反

)以

上の農宏では耕絃機の普及

=機

械化 は、すでに45年以前か らは じまっていた とい うことで

` あ り、同時 に、少 くとも7反以上 がなければ生産力構造再編の過程 においては不利であることを示 してい るといえよう。 もう一つ は、特 に注 目すべ きことであるが、それはこのよ うな近年の耕絃機

Ⅲ 第1・ 3表 世帯 員の性 ,年 令・ 就業構成 農 家 戸 数 (一世帯当 り 常住世帯員刻 年 就 業 状 態 別(無就業 を除 く16歳以上) 農 業 の み 兼 業 他産業のみ 16∼ 29歳 (男 ・ 女)

上 歳 以 60 開 歳 ト 男 16∼29歳) 女 (16∼29歳) 晨業 主体 茉業主体 男 女 年 苦川部落 3反 未満 3∼5反 5∼ 7反 7反∼1向 1∼1,5m3 101 48 31 14 5 3 人 558(55) 286(4 9) 197(6 3) 72(5 1) 31(62) 22(7 3) % 17,9(16町19,0) 17.4(17.5,17.21 16.8(165,17.lll 19,4(189,20,Ol 226(118,35,7) 22,7(11.1,30,8) 13.8 12.3 13.2 15.3 12.9 0 9,3 10.6 9.6 6.9 6.5 45 11.3 12.3 8.1 15.3 97 18.2 142 140 152 139 22 6 91 % 93 5.6 119 12.0 0 33 3 57 4 57.8 57.6 52 0 45.5 85.7 :14.9 113.3 1121 124.0 127.3 1143 3,1 36 1.5 8C rf 千 全 区 鳥 取 炉 若 桜 陶 剖│1部語 3反 未浦 3∼ 5坂 5∼7辰 7反∼l l∼15町 5,341,844 56,66〔 567 95 45 33 8 6 3 26,681,780(5.α 274,776(4,3 2,699(4 8 442(4.7) 183(4.1) 156(4.7) 43(541 40(6,7) 20(6.7) 20,1(21,2,19,61 1θ.1(19,8,18.51 159(16町149) 11.8(155,81) 120(153れ2) 96(14.3,58) 16.3(23.乳91) 150(14.115,3) 10,0(11.1,9,1) 12.3 127 13.0 11.5 11.5 13 5 7.0 7.5 15.0 13.9 14,9 15.1 16.3 142 19,2 14.0 175 150 10,7 11.5 113 10.9 13.7 9.0 16.3 0 5,0 16.5 18.0 18.4 18.3 19.7 16.0 20,9 17.5 2o.o 30 4 31.4 19.1 41 15 4.3 0 0 42 9 54 5 51,8 40.2 28 5 27 7 28,0 27.8 25 0 50 0 112 │ 9 12. 8 4 6. 16. 27 14. 16.7 19.6 i13.5 1331 124.6 138.0 44.4 41.7 33.3 52.4 46.2 71,7 44,4 86.4 286 9.2 5.6 7.01 15,01 26.21 4.31 1111 9,11 0! 6.7 4.8 5,8 2.0 1.5 0 56 8.3 0 (注)35年は1960年 世界農林業センサスによる。 45年 は1970年 世界農林業センサスによ り集計 した ものである。

(5)

山村における同族結合 と親戚関係 135 の普及

=家

畜 の役畜 としての意義の喪失 が、土地基盤 の整備 とい うよ りは、家畜 を中心 とした商品 生産の発展 と平行 していることである。

1.2表

の牛及 び豚の飼育頭数 の飛躍的増大が これをよ く示 している。 しか も前者の問題 と関連 して、やは りここで も少 くとも経営耕地面積

5反

以上 または経 営 山林面積

5町

歩 ない し10町歩以上の上層部 に限 られてい るとい うことである。特 に現在利益 を も っともあげているといわれる豚の飼育状況 は、 この ことを顕著に物語 っている。それ ゆえに、 ここ にみ る家畜多頭化の過程 こそ、他方 に動力耕絃機 の急速 な普及 をともなった吉ナ│1部落農業 の特殊 な 生産力構造再編 を示 しているといえる。 しか も、 この多頭化 を可能 にした条件が、 “土地か ら離れ た

"技

術 によって もた らされた ものであ つて、「土地」 の制約が階層的に もその限界 を明確 にして い る。そ して、40年前後か ら展開 されだ した と思 えるこのよ うな営農 は、一般的に農業労働力の流 出・不足の激化の中でお こなわれてい った。そこで吉川地区の労働力構成 をみてい くことにしたい。 鳥取県 は第一次産業人 口の比率 の高い「農業県」 であるが、既 に第 1,1表で明 らかなよ うに一戸当 り農業従事者数 は全国平均 よ り高 くこの ことを証明 しているのであるが、農業主体者数 は全国平均 と同 じであ り、吉サ│1地区に至 ってははるか に低 い ことは何 を ものがた るのであろ うか。 そ こで、世帯員の構成 とその就業状態 をみてみたい (第1・ 3表)。 先づ、35年当時に比べ るとた しかに一世帯当 り世帯員数 は減少 してお り、 ここに も核家族化の波 がお しよせてい ることが分 る。 しか し、 これは全国的な ことである。そ こで、吉ナ││に特徴的な点 に ついてみてみたい。第一 には、16∼29才の世帯員が極 めて少 い ことである。35年に比べ ると、約6

%減

少 してお り、特 に女子は

10%以

上減少 してお り、全国平均や県平均 に比べて も極 だって少 い。 第二 には、農業専 従者がほとん どいない ことであ り、 もともと山村故少か ったのであ るが、45年の 場合、35年と比較 して特 に顕著 なのは女子 の専従者が減少 した ことである。そ して、それ と対比的 に兼業主体の女子が昭和35年の

7.6%か

ら昭和45年には

23.2%へ

と急激 に増加 していることである。 即 ち、30年代 には吉ナ││の農業 もいわゆる三チ ャン農業であったに違 いない。所が昭和45年以後 にな るとニチ ャンの内の主婦が農業 に従事す るよ りも兼業 に従事す る方が多 くなった ことを示 してい る。 また男子の農業従事者の専業者 は、吉チ││ではもともと少かったが、近年いよいよ減少 して きてい る。 た とえば 第

1,4表

をみてみよ う。 この表 か ら明白なよ うに、吉川では第

2種

兼業農家 が極 めて多い。 この表 にある専業農家

4戸

の 内

3戸

3反

未満農家で、年令的に も高 い老夫婦 だけの家族 であ り、残 る1戸は経営耕」4L面積

1町

歩以上 もち、畜産 を主体 にした家であ り純全た る農家 とはいい難 い ものである。同 じことは、

8.4

%し

かいない第

1種

兼業農家 に もいえる。即 ち、経営耕地5反以上 を所有す る農家 で、かつ山林所 有 も割合大 きな農家であ り、やは り生産 は畜産 を主体 に してお り厳密 な意味での農業 を行 な ってい るわけで もない。 しか も、 この畜産農家 こそが吉川地区では、20町歩以上所有の山林経営者 と共 に 経済的階層 の上位者であ り、政治的権力者 ともなってい るのである。 この後者の林業経営者 につい ては第

2種

兼業農家 をみてみ ると明白で ある。10町 歩以上の山林経営面積 を もつ農家 は、

2戸

が林

(6)

136国

歳 買 臣 第1・ 4表 専兼業別農家数およびその割合 (昭和45年) 総農 家数 専業 農家数 第

1種

兼 業 農 家 第

2種

兼 業 農 家

郷癬

鏃率

期癬

解率

計 世帯主 らとつ: 兼 業 世帯主 兼業 とつ 兼 業

如睡癬

陥摩鐸

世帯主 兼業 あとつ£ 兼業 その他υ 世 帯 ニ 兼 業 全

国 鳥 取 県 吉 川 転341,844 56,663 95 圏1351 6,79( 4 1,801,344 19,93C 8 241199 2,45乏 0 76t51℃ 7,97Z 7 51i21` 6,22] 1 281,896 3,294 0 471168( 29,934 83 “ は273 7,16G 9 1,側1,無 17,95〔 70 34q847 4,021 3 靴 3     1 % 33 7 35.2 8.4 % 50,7 52.8 87.4 経 営 耕 地 面 積 3反末 満 3∼5反 5∼7反 7反 ∼1町 1∼15町 45 33 8 6 3 2 1 0 0 1 1 0 3 2 2 0 0 0 0 0 1 0 2 2 2 0 0 1 0 0 0 0 0 0 0 42 32 5 4 0 3 5 1 0 0 37 26 3 4 0 1 1 1 0 0 1 0 0 0 0 2.2 0 37.5 33.3 66,7 93.3 97.0 62.5 66.7 0 饉 当 山 味 面 賛 5反未 満 5反 ∼ 1町 1∼3町 3∼5町 5∼10町 10∼20町 20町 以上 41 17 4 4 4 2 0 2 0 0 0 0 0 0 2 2 1 3 0 0 0 0 0 0 0 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 10 13 37 15 3 1 4 1 2 6 0 0 0 0 8 11 30 14 3 1 3 0 0 1 1 0 0 1 1 0 0 0 0 0 0 0 0 4,9 11.3 25.0 75.0 0 83.3 100.0 90.2 88.2 75.0 25,0 100.0 (注

) 1970年

世界農林業センサスによ り集計 した ものである。 業 中心であ り、残 り2戸は林業 を主体 に、 しか もそ こか ら出る利益 を畜産 にふ り向 けなが らいよい よ階層的に他 を引 き離 していっている農家 である。結局、 この表か ら分 るように、経営耕地面積5 反以下、経営山林面積3町歩以下の農家が第

2種

兼業の主体であ り、 この基幹労働力 が農業 に確保 されず、他の産業 に志向 されていっているのであ る。そ して、 この事実が土地所有の零細性 に もと

`

づ くことを考 えれば農業労働力の流出を くい とめることは不可能のように も思 える。そのことは、 経営耕地面積

5反

未満、経営 山林面積

3町

歩未満 の第

2種

兼業農家率が

90%以

上 を示 してい ること か らも明白である。 この ことは次表1・

5表

か らも証明 され うる。

(7)

第1・ 5表 家 としての主な兼業種類別農家数 第

1種

兼業農家 一 層 用 兼 業 農 家 自 営 兼 業 農 家 数 計 家 農 合 恒 常 的 職員勤務 的 働 務 常 労 恒 賃 勤 出 稼 夫 雇 人 日 数 計 家 農 合 そ の 他 鳥 取 県 吉

川 1研519 3 23,7 % 34.3 66.7 4,8 33.3 9/・ 37.2 1,420 5 29.6 100.0 % 経 営 耕 地 面 積

5反

未 満 5∼

7反

7反∼ 1町 1町∼1,5町 1 2 100.0 100.0 1 2 2 100,0 100.0 100,0 経 営 山 林 面 積 1∼

3町

3∼

5町

5∼ 10町 10∼ 20町 2 1 50 0 100.0 50.0 1 1 3 100.0 100.0 100.0 山村 における同族結合 と親戚関係

137

2種

兼業農家 雇 用 兼 業 農 家 自 営 兼 業 農 家 数 計 家 些 康 ︿ 口 恒 常 的職員勤務 的 働 務 常 労 恒 賃 勤 出 稼 夫 雇 入 日 数 計 家 農 合 そ の 他 鳥 取 県 吉

川 25,563 72 34.1 8_3 % 39,9 33.3 % 3.4 11.1 22.6 47.2 4,371 11 5.4 81.8 % % 87.7 18.2 経 営 耕 地 面 積

3反

未 満

3∼ 5反

5∼

7反

7反∼1町 40 29 2 1 7.5 10.3 37.5 27.6 100.0 12.5 10。3 42.5 51.8 100,0 3 2 3 3 100.0 100.o 100.0 100.0 経 営 山 林 面 積

5反

未 満 5反∼1町

1∼ 3町

3∼ 5町 5∼ 10町 10町以 上 8 11 36 13 2 1 9.1 2.8 15.4 50.0 50.0 45.5 25.0 30.8 50.0 100.0 9.1 19。4 50.0 36.3 52.8 53,8 1 1 1 2 1 5 100.0 100.0 100 0 100,0 100,0 100.0 (注

)昭

和45年世界農林業センサスによる。 この第1・ 5表の第

1種

兼業農家 の内で 自営兼業農家5戸が全て林業であ り、 しか も経営耕地 は ほとん ど

7反

以上でかつ経営 山林面積 が10町歩以上 とい う点 が、 〔うした事実 をよ く物語 ってい る。 これ と対象的なのは、第

2種

兼業農家の内で雇用兼業農家 の場合、鳥取県全体 と比較 してみて も、

(8)

歳 買 出稼・人夫 。日雇の率が著 しく高い ことである。特 に出稼 は、経営耕地面積 が5反未満の農家 に限 られている点 に古ナ││の出稼問題の根 があるよ うに思 える。即 ち出稼 ぎは 日本 においては、必 らず し も新 しい現象ではない。 この吉川 において も戦前 に も見 られた現象である。ただその場合 には出稼 ざは下層農家の ものであった と思 われ る。そ して昭和30年代 の後半か ら増加 した出稼 ぎの場合には、 就職先 が大部分大都市の建設事業に向 うよ うになった ことと出稼 ざにゆ くものの層 が拡大す るとと もにむ しろ、兼業に重点 にお くわけにはいかないよ うな 中層 ない し上層 が出稼 ぎ者の主体 をなすに いたったことな ど、戦前の場合 とはことな る点が 日本全国的な点 としてあ らわれて きている。 これ に対 して吉川の場合 には、出稼 ざ日雇層 は拡大せず、依然 として下層農家が主体であ り、上層農家 は畜産 。林業 を中心 としていよいよ経営 を拡大 していってい る所 に特徴がある。 この点 を人 を中心 にみてみ ると第1・ 6表のよ うになる。 第1・ 6表 兼業種類別従事者数および出稼 。人夫 。日雇率 雇用兼業 兼 業 従 事者実数 主に恒 常的職 員勤務 主に恒常 的賃労 働勤務 主 に 出 稼 に 上 仝 足 主 人 日 自 営 兼 業

従事者 実 数 林 業 漁 業 その他 島 取 県 吉

川 100,063 181 21,992 8 33,957 57 2,797 9 30,642 76 12,444 32 1,956 3C 9,707 2 37 4 56.7 男 鳥 取 県 吉

川 59,147 112 14,383 8 19,893 37 2,319 9 15,996 38 7,852 21 1,359 19 687 5,869 2 34.8 51,7 経 営 耕 地 面 積 3反未 満 3∼ 5反 5∼ 7反 7反 ∼1町 1町以上 53 38 12 9 16 15 5 1 6 3 22 14 2 3 3 5 7 3 58 3 48.6 28.6 0 0 女 鳥 取 県 吉

川 40,916 69 7,609 14,064 20 14,646 38 4,592 11 597 11 3,838 411 65 5 経 営 耕 地 面 積 3反未満 3∼ 5反 5∼ 7反 7反∼1町 1町以上 34 23 4 6 2 13 6 1 20 16 2 1 1 3 4 2 l l 3 4 2 60.6 72 7 0 (注)1970年世 界農林業 セ ンサスによ り集計 した もので あ る。

(9)

山村における同族結合 と親戚関係 即 ち、昭和45年頃には、吉ナ│1地区の場合、鳥取県の平均に比べて もはるかに高い「出稼 。人夫・ 日雇率」 を示 してお り、雇用兼業従事者の内約半数以上の ものが従事 していることを示 している。 しか し、この吉川 にもこの

4年

間の内に変化がお きて きている。それは男性の場合、「恒常的賃労 働勤務」力ゞ増加 し、出稼 ぎ者が減少 したことである。すなわら、今年の聴取調査によれば、「 2.3 年前迄は出稼 ぎに行って いたが近頃は行かな くなった」 と答 えた人が何人かいた。ただ、女性の場 合には日雇の率は高 くなっている。特 に男性の場合、45年当時58.3%の 高率 を示 していた「出稼・ 人夫・ 日雇」従事者が、今年の調査では、わずか

5人

になっている。その点を少 しくわしく明 らか にした ものが、次表1・ 7で ある。 第1・ 7表 兼業従事者・種類・雇用形態・勤務先・収入別 兼 業 の 種 類 雇 用 形 態 勤 務 先 所 在 地 月 収 入 (税 込 ) 兼 業 従 事 者

林建製商覇公農

設造

業業業業震務協

常 臨 日 時 屋 雇 躍 吉 若 鳥 鳥 他 桜 取 取 府 川 町 市 県 県 十 五 万 円 以 上 十 一 ∼ 十 五 万 円 七 ∼ 十 万 円 五 ∼ 七 万 円 三 ∼ 五 万 円 三 万 円 未 満 イ 明 実     数 男 26 7 21 9 10 7 5 74 6 5 24 31 16 11 3 1 3 9 38 23 6 5 女 2 0 55 2 3 1 3 ユ 51 10 4 1 0 3 46 11 0 1 0 5 計 28 7 76 11 13 92 7 52 75 41 20 12 3 4 49 20 38 24 6 比     率 男 3068224.710,611,88.25,9 87.17.05.9 28236.518.812193.6 1.23.610,644,727.070 女 3.083.33.0 4.51.64.5 27.31.571.2 77.315.26.11.5 4.569,716.70 1.5 0 計 18.54.650.37.38.65,35.3 60.94.634.5 49.727.213.2 7.92.0 2.630.513.225.215.94,0 (注

)昭

和49年 8月 に行なった聴取調査 による。 先づ兼業の種類でみると、男子の場合林業 を別 とすれば製造業及 び運輸 。通信業が多い。又女子 の場合 は圧倒的に製造業が多い。また、雇用形態 としては、男子の場合 は上記 したよ うに、昭和45 年 とは違 って圧倒的に常雇が増加 してい る。 これに対 し、女子の場合 は日雇率 が昭和45年に比べ増 加 しているが、 これはいわゆるパー トタイマー としての勤務時間が多 くなった ことを示 してい る。 すなわち、農林業以外の産業の存在 しなか った吉チ│1部落 に、昭和47年操業 を開始 した吉チ│1電気 をは じめ、一宮電気、 さらには鳥取安泰、鳥取把柳 といった鳥取市 に本社 を もつ企業が小会社 を設立 し た ことによるのである。それゆえに、 この女子 の 日雇71.2%と い う数字 は、ほ とん どこの

4会

社 に 縫製工 または電気器具組立工 として従事 してい る数字 を示 している。そして月収入 として も大体4 万円 (月収

)を

得てお り、主婦の良 き収入 日となっている。そして、男子の場合 には、 こうした会 社 に常雇 として受 け入れ られている場合が多い。特 に男子の場合には、月収10万以上が34%も存在

(10)

歳 員 してお り、農業従事者がいよいよ減少す ることにな りそ うで ある。

(

た しかに吉川 においては、農業だけで、 あるいは林業 だけでや っていける農家 は限定 され る。 次の二つの表 第1・

8表

、第1・

9表

を見てみれば、 この ことは明白である。 第1・ 8表 経営耕地面積別・ 農作物販売金額別農家数 ナ シ 5万円 未満 5∼20 万 円 20∼ 50 万 円 50∼ 70 万 円 0-100 万 円 00-15( 万 円 50-2o0 万円 200万円 以上 計

3反

未 満 1 2 1 3∼ 5反 8 6 3 2 5∼

7反

1 5 1 7 7反∼ 1.0町 3 l 1 7 1.0町 ∼ 1.5町 l ] 1 3

1零

7 2 3 2 ] 1 1_1 1_1 100.0 若 桜 町 23.6 28.0 22.3 5.7 100.0 鳥 取 県 7.1 2,7 100.0 全 国 100.0 (注

)昭

和45年世界農林業センサスによる。 先 づ、農産物の販売金額が50万円以上 あ る家 は、全国では33.3%、 鳥取県では38.5%と い うふ う に本県 は全国水準の生産力 を もっているのであ る。所が吉川の場合には、わ ずか

12.9%し

か存在せず、 ユ00万円以上 になると

3.8%に

な り、それ も

7反

以上の農家 とい うことになる。そ して、 この 3.8

%の

農家 は全て畜産農家である。 これに対 して、農産物販売額 ナシとい う農家が全国14.5%、 鳥取

13,P%に

対 し吉ナ│1地区では

40%の

高率 を示 してい る。同様な ことは、経営山林面積別で林業販売 金額 移みてみた場合 に もいえる。 更 に第1・ 9表か らも明白なように、林業で食べていける農家 も

4.2%程

度 しかいないのが現状 である。戦後の 日本農業 にあ らわれた諸傾向は、零細化、自作化、兼業化であるといわれた。 この うち零細化 は、昭和25年頃を さかい として、いわゅる「中農標準化」傾向に向 いなが ら、なお全体 としては零細化 した段階にとどまっている。 この吉ナ││の場合 も、 この零細 な耕地 によ る「中農標準 化傾 向」 力ゞ兼業化 と結 びつ き、 さらに兼業的就職機会の増大 の結果、いよいよ現象的には兼業化 を 主軸 として働いて いる。 このことは、基本的には国家独 占資本主義段階における日本農業の発展の

(11)

山村における同族結合 と親戚関係 第1・ 9表 経営 山林面積別・林産物販売金額別農家数十

川部落 ナ シ 5万円 未満

5-20

万 円 20…ヤ50 万 円 50-100 万 円 100-200 万 円 以 上 円 00 万 10a未 2 10∼30a 2 30∼50a 7 l 50-100a 100-300a 2 1 300-500a 9 4 1 500∼1000a 3 1 1000-2000a l 3 1 2000-3000a 1 3000^ヤ5000a 5000a以J二 1

1琴

2 5 7 3 1 2_1 1.0 (注

)昭

和45年‖I界農林業センサスによる 不均等性

=相

対的停滞 に もとず くものであろ う。 とくに日本 の資本主義 は明治以来、小農維持政策 を唯― の農業政策 として一 貫して維持 して きた。 この小農 の存続 は、二つには地主制支配の結果で あったが、農地改革後の山村で問題 にされ るべ きものは山林 が解放 されなからた ことにあらたとい える。特 に吉チ│1部落の場合 は山林 による林業村落 であるはづなのにぐごく少数 の ものに保有 されて いる状態である「 )その結果、大多数 の村民 は小農 として存続せ ざるを得ない状態 にある。そ して、 この ことが同時 に農民家族か らの低賃金労働の収吸・ 収奪 をめざす資本の利益 に合致 したのである。 それ故 に、わが国の農家兼業化 は「家」 を単位 とした農民層分解であ り、中田実が指摘 したよ うに 「家族的小農経営 を基盤 とする家が、その単位性を維持 しつつ資本主義の滲透に対象 しようとす る もの」である。このことか ら言えば、吉川の兼業化は家族的小農経営に帰属 されえな くなって きて いる段階にあるといえよう。農業兼業化 を家族的小農経営が資本主義体制にまきこまれることによ って生ず る農家労働力の農業外への流出であるとす るな らば、吉川部落の場合、家族的小農経営の 構造、特に今迄見て きた土地所有の性格 とその経営をめ ぐる資本主義の構造、とりわけ労働市場の 壮況 と畜産化志向の作用を検討す る時、兼業化は進展 してい くであろう。この点については、吉川 住民に対 して行なった意識調査において も明白に現われて きている。

(12)

歳 真 臣 第

1

・ 10表 農業経営に対する志向率 経 営 耕 地 面 積 経 営 山 林 面 積 全 体

3∼ 5反 5∼ 7反 7反∼ 1町 1町 以上 5反 未満 5反 ∼ 1町 1∼ 3町 3∼ 5町 5∼ 10町 10町 以上 1.自立拡大経営ヘ 11.1 7.7 2.兼 業 農 家 ヘ 74.0 3.完 全 離 農 ヘ 8,7 4.離村 → 都 市 ヘ 8,7 7,7 5.林 業

1本

ヘ 7.1 7.7 計 100.0 (注

)昭

和49年10月 に行なった意識調査による。 この表か らも、やは り農業 を「自立拡大経営」せん とす る家 は全体の

10%し

か存在せず、それ も 経営耕地面積

1町

以上、経営山林面積10町以上が中心であ り、約

7割

の家 は兼業農家 としてや って い くと答 えている。更 に離農 を志向す るものが 8.3%も い る点 を考 えて も、上記の ことが明白とな る。それゆえに、吉チ│1部落の場合は、中田実が農家兼業化の最終的段階 として挙 げている。「通勤型 農家兼業化段階」 にあ り、吉チ│1地区の兼業 は、出稼 ぎ型 よ り密接 に農家 につな ぎとめ られなが ら、 なおIEl々 の家成員の労働力が家業の内部で 自立化す ることに貢献す ることになる。 この ことが家 お よび村落社会の伝統的支配 を解体 させてゆ くことも事実 である。 しか し兼業化 自体 は階層的性格 を もってい るので、一定 の限界 を もった革新 として しか役割 を果せない。すなわち、吉サ││の場合、 こ れまで見て きた ことか らも明白なよ うに、大多数 の者の兼業化 と同時 に、一部上層農 の地位、特 に 経済的地位 は増 々増大す るであろ うし、山村 における生産手段 を集中化 を招 くことは明白であ る。 以上のよ うな農業経済状況 にある吉川 山村部落 において、親戚構造および同族構造の分析 を行な っ てみる。 (注) (1).因 幡誌

(2}吉

サ│1部落の経営耕地面積 が、 どのよ うに変化 して きたか を表 に してみると、次表のよ うにな り、常 に

1戸

平均3反弱であることが明白になる。 (3拡 大内力「戦後における農家経済 と農民層の分解」(「現代 日本資本主義大系」Ⅲ

)176頁

14}こ

の点 を実証するものとして、次の階級帰属意識層Uに行なった所得状態についての意識調査 を挙 げてお く。 この調査は、今年10月に吉ナ│1部落において行なった ものである。 (5】 中田実「兼業農家の社会的構造」社会学評論第42号、35頁

(6}山

林の存立基盤 は勇働対象 としての土地であ り、それは耕地 と山林原野 とに大別出来 る。そ

(13)

昭和 274F 35年 44年 45年 474F 3反未満 65。

47子 48.す 47.F 49.子 3∼5反 5∼7反 11.7 7∼10反 7.4 10反以上 0 0 1.1 平 均 2.∫ 3.∫ 3,1 家 数 農 総 戸 山村における同族結合 と親戚関係

143

〔注 (2)〕 の表 「経営耕地面積の 変化」 (注) 昭和 27年 は「 吉川人 口台帖 」 t乙よ る 昭和 35年・45年 は「世 界農 林業 セ ンサ ス」 によ る 昭和 44年 ・47年 は「農家調 査」I乙よ る

(4)〕

の表

「階層帰属意識と所得の関係」

上の上 上 の中 上 の下 中の上 中 の中 中の下 下 の上 下 の中 下の下 副・ 満 足 % Q ∪ % つ る 大 体 満 足 100.0 22.2 不 満 足 77.8 解   決   策 考 え ず 14.3 14.3 な し 100.0 66.7 71,4 57.1 農業の拡大 畜 産 業 ヘ 71 良い勤め口を 7.1 25.0 そ の 他 (注)1974年 9月に行なった調査による。 して、 この土地は自然的存在 としての地表 としてあるのではな く、土地所有 とい う一定の特 殊的歴史的な体制の うちに包摂 された もの として存在 してい るのである。従 って、村落構造 の分析 にとっては、土地への視角が必要で あ り、生産手段の所有状態 を明 らかにしなければ な らない。特 に、山村 の場合、耕地以上 に重要 なのは林野所有の実態 である。従 って、利用 形態 と結 びついた部落有林野 の展開過程 をた どることは必須 の条件であった。 しか し、今回 め吉ナ││の調査では時間的な制約のために、 この点 には触れ ることが出来 なか った。具体的 に は、部落共有林の形成・分解 およびその管理主体の変容 についてであるが、次国にこれ を行 い,こい。

17}中

田実「前記論文」36頁c

(14)

歳 員

2.吉

'II部 落 の社 会 的 構 成 この項では、吉ナ││の同族構造 と親族構造 を明 らかにするための前提 としての吉サ││の社会構成 を示 す ことにす る。特に、吉チ││の人口推移および小字組織、呉組組織等についてみていきたい。 先づ、人口の推移 を第2・ 1図 によってみてみよう。 ・1図 吉ナ││の人 口移雑 42 43 44 丁度20年前か ら今年までを図式化 した ものである。すなわち、20年前の昭和29年には吉川の人 口 は 72うへ、であったのに、現在 455人となってお り、その減少率 は36.9%と い う高 い数字 を示 してい る。 一方戸数 は昭和29年には 130戸であ り、現在 114戸であ り、減少率だけみ るな らば12.3%と な り、 20年間であることを考 えればそれほ どの減少 で もな く過疎村 ともいえないようである。 しか し、 こ の図か らも明白なよ うに、人 口の減少率36.9%、 しか も年々着実 に減少 してい く事実 を見 る時、 こ れは過疎現象以外の何 もので もない。 とノか も、過疎 を「人口の減少によ り従来の生活水準 を維持す ることが因難 となった状態」 とみるか、あるいは「人 国の減少 と同時に共同体 とくに共同体意識の 崩壊 によるムラの解株」 とみるかいずれにせ よ、吉川 の場合は過疎に向 って進んでいっている状態 であることは間違 いない。例 えば、今年行な った調査 において、ア トトリが吉川で世帯主 とともに 従来の仕事 に従事 している数が非常 に少 い こと、 また息子夫婦はすでに鳥取市内で家 を持 ってお り 総事の時な ど囚 るとなげいた老夫婦 の存在 、更 に近年大学へ行 く者が多 くなったが、彼等が将来吉 川へ もどることは期待出来 ない と答 えた人 々等々を思 う時、10年20年後の吉川 の人 口は さらに減 (年) ″ 40 ″ 39 ″ 38 ″ 37 ″ 49 ″ 47 ″ 45

(15)

山村 における同族結合 と親戚関係 少 し、現在 の村 として の姿 は解体 して しま うに違 い ない 。 この点 につ いて は次表 をみれ ば明 白で あ る。 この表 は、昨年

1年

間すなわち昭和 48年 8月 か ら昭和49年7月 まで、吉ナ││ 部落 の住民が農業 に従事 した日数 につ いて聴取調査 をした結果 を集計 した も のである。集計 の さい、年令別・男女 別、従事 日数別 に集計 した ものであ り、 吉サ│1部落 114戸の うち98戸の16才以上 の ものである。 この表か ら明白なよ う に、年間 150日以上従事 した ものは76 人 と割合多いが、それを性別、年令別 でみ るとほ とん どが50才以上で あ り女 子 が

2倍

近 くであるとい うことである! 特 に16才か ら29才の青年層 においては 年間60日以上従事 した ものがいない と い う結果 が出ている。 しか も (150日 以上農業従事者 における

)60才

以上の 割合が55.3%と約半数以上 も占めてお り、そのあ ととり達が多分 もう吉川 に は住 みつかないのではないか とい うこ とを考 える時、農林業 を中心 とした吉 川共 同体 の崩壊 は目に見 えているとい って もよい。 次 に村の構成 についてみてみよ う。 幕藩体制下、八頭郡若桜郷は池田藩によって統治 されていた。現在 の八東町、若桜町近辺 を「八東 奥博 え」 と称 し大庄屋 1人 、その補佐役 として宗旨庄屋

1人

、町庄屋数人がいた。そして因幡誌 に よれぱ若桜の郷27ケ村の各々の村に村庄屋が

1人

いた とい う。明治維新の廃藩置県以降、各村の庄 屋は区長 と改名 され若桜郷の村々は旧池山村に統括 されたが、現在八頭郡八東町、同郡若桜町に合 併 されている。先づ、村 を統轄す るものとして区長が

1人

お り、(現在は⑪

)区

長は寄 り合いの召 集、総事(部落の共同作業)の指揮 をとる。区長は以前 は資産に余裕があるもの即ちブゲン者であ り 旧家であることが対象 とされていたが、現在では輪番制に近 くなっているようである。そして、 こ の区長の下に班長が存在す ることになる。現在12既あ りその結果12人の班長がいるが、吉チ││の場合 第2・ 1表 年令別・ 性別・農業従事 日数 農 業 従 事 日 数 自家農林業実数 1∼29 日 30∼ 59 日 60-149 日 日 上 50 以 家 業 自 農 家 業 自 林 男   女   計 男 16∼ 19 歳 20∼ 29 歳 30-39 歳 40-49 歳 50-59 歳 60歳 以上 女 16-19 歳 20-29 歳 30-39 歳 40∼ 49 歳 50-ヤ59 歳 60歳 以上

(16)

歳 買 は、部落有林や同族 の問題 を考 える時 には呉組の方 が強 い組織 として残 っているので、それについ てふれてみたい。 吉川部落 には現在小字名が残 ってい る。(第 2・

2図

吉ナ│1部落配置図参照)この図よ り明 らかなよ うに、吉ナ││には11の上居が存在 し、戸数別 にみると上土居35戸、下土居27戸、植 田土居5戸、小林 土居3戸、竹足土居3戸、上浦土居5戸、蔵 の田土居

1戸

、 コロガイテ土居5戸、向上居5戸、岡 田土居6戸、三百田土居18戸となっている。そしてその上 に号組 (ゴウグ ミ)力 ゞ存在 していたので ある。すなわち昭和12・ 3年頃まで、

8組

のゴウク ミがあった とい う。 もともとこの号組 は江戸時 代の

5人

組が分家な どによって増加拡大 した もの らしい

oそ

して この号組 には字名のよ うな ものが ついていた。そ して この字名 は号組の中で有力な家 (例えば本家筋

)の

古字 をつ けた。すなわち1 号組 は

SG組

(現在の⑩

)と

称 し、

2号

組 は

I組

または

Na組

(現在 の⑩ または⑩)、

3号

組 は

T組

(現在の④)、

4号

組 は

OT組

(⑭)、 5号組 は

SM組

(⑪)、

6号

組 は

H組

または

Y組

あるいは

Ni

組 (②または⑫ あるいは⑩)、

7号

組 は

SA組

(⑩)、

8号

組 は

0組

(⑪

)と

称せ られた。(カ ッコ内 の番号 は調査世帯番号であ り、それぞれ昭和12・

3年

まではその号組の親方 であった家である。)号 組の具体的配置図は第2・ 3図 の通 りである。 この号組 は一種 の同族的勢力集団であるが、 さらに 重要 なのは山林所有の点 についてである。すなわち号組 にはそれぞれ ク ミヤマ (組山

)と

称す る共 有 山があ り組 に加入 してカプ仰 を分与 される。組 山の株 は もともとは平均一戸 ひと株で、例 えば分 家す る場合、株 は分 けないが号組 は、本家 と同 じ組 に加入す る。(第 2・

3図

参照)また株は売買す ることが出来、現在では一人で数 株 も所有 してい る場合 が生 じて きている。そ して株 を売 って しま った組員 も、それ以後号組に加入 し続 け、対精神 的関係 は保 ってい くことになる。また新 しく入 っ て来 た人 は、 もし住居 を構 えた場合、その場所の号組 に入れて もらった り、知人の加入 している号 組 に参加 させて もらうが株 は分与 されない。 さらに号組 を統括す る組長がソウゴ トを命 じると戸家 株数 に比例 して手間を出す とい うことなども行われていた らしい。株 を持 っていない場合で も、車 刈 り、 タキギ程度 な ら組山の入会 は認 め られた。組長 は共有地、すなわち組山の一切の責任 を持 ち、 村の財産 の処分、年間の行事の問題の時は組 を代表 して総寄 り合 いに出席 した とい う。そ して現在 は、 この号組 を一応解散 して、新たに12組の組織 を作 った。 さらに昭和29年に旧池田村 と若桜町が 合併 されたが、その時、旧池田村の共有林 を各部落 に分割 した。吉川では各戸

2反

の山林 を分配 さ れたが、各班 ではそれを集 めク ミヤマにした。結局 ク ミヤマ とは吉ナ│1部落 の共有 山を各斑 に分割 し た もので、共有か ら私有化の過渡的な ものであるといえよ う。 以上 のよ うに、吉ナ││では

8号

組 と12肌は重複 しているが、

8号

組 は血縁的な色彩が強 く、現在の 12肌は戦争中の隣保斑 の系統 を引 くもので、 きわめて便宜的である。 さらに、

8号

組では株数 は極 めて不均等であ り、組山の所有 も多い。12班は株 は一般的平等 で、組 山の面積 も狭い。それゆえに 吉チ│1部落の経済構造、権力構造、同族構造等 を検討す る場合 には、 この

8号

組の分析 は欠 くべか ら ざる ものといえよ う。

(17)

山村における同族結合 と親戚関係 この頂 のまとめとして、か っこの度 の調査結果か ら各調査世帯番号 ごとの号組、班 、屋印、講加 入等 をま とめて表 に してお く。 この表2・ 2と 図2・ 2、 2・ 3を 基礎 に して吉川 にお ける同族 関係 と親戚関係 および権力・権 威構造 を次 にみてみたい。 (注)

(1}今

井幸彦「 日本の過疎地帯」10頁

(2}例

えば米山俊直の「過疎社会」 (3】 ク ミヤマの資料 として「縁故特売地台帳」 を10月の末頃入手 したが、 この度の分析 には間に 会 わなかった。 第2・

2表

調査対象の号組・ 班別表 大 講 大 講 大 講 大 講 大 講 古 講 大 講 、雑 木 師 大 講 酵 大 講 、雑 木 師 大 講 吉 講 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 上 土 井 小 林 土 居 植 田 土 居 上 土 居 植 田 土 居 上 土 井 植 田 土 井 上 土 居 岡 田 土 井 上 土 井 211 214 217 22ユ 231 仝l②131″ l Fttf≒

g

古 講 大 講 古 講 大 講 12 12 12 12 12 12 11 11 11 11 11 11 11 11 11 10 10 10 10 10 10 9 9 9 9 9 9 9 9 9 8 8 大 熱 太 子 講 大 講 大 講 大 講 大 講 古 講 吉 講 古 講 古 講 大 講 古講 古 講 大 講 古講 大講 114 115 116 101 111 121 124 131 134 135 136 137 三 百 田土 居 三 百 田土 居 岡 田 土 居 三 百 田土 居 上 土 居 三 百 田土 居 下 土 居 竹 足 土 居 上 浦 土 居 上 浦 上 居 6 6 6 6 6 6 6 6 6 6 6 4 4 5 5 5 5 5 5 5 4 6 4 7 7 7 7 7 7 10 7 7 7 7 8 8 8 8 下 土 井 下 土 居 向 い 土 居 コロガイナJ唇 向 い 土 居 上 浦 土 居 蔵の田土居 コロガィ折ェ

(18)

歳 貫 第2・ 2図 吉 川 部`落 配 置 図

杉 乃

P′

ノメ

諒 易

\\ 下 土 居 第2o3図 古 サ十1部 落 号 組 図 □

/ 口 \、、

◇ 堅

組 境(現) A 写‖神tl 小 字 境 B 兵 育 戸 小 字 名 C 出 日 数 字 世帯番号 D 農 絋 1 ^-12 組番号(現) E バス車庫 道 路 F 鯖 ぽ G 幸 8

tさ

____岡

C)

三 百 田 土 居

も\

世帯 番 号 号 荘 5 8 5 3 6 3 2 3 世 帯 番 号 白〓 3

攀珍

(19)

山村 における同族結合 と親戚関係

3.吉

'IIの 同族 構 造 と親 威 関係 《吉チ││の同族組織》 吉川の現住家族 114戸は12班または8つ の号組に分属 し、 さらに27の集団に再分属 される。すな わち、吉川には27の本家分家関係が存在す ることになる。吉チ││では本家分家の集団をカジい、カブ ウチ (株内

)な

どといい、親戚 とは一般に、 3∼

4親

等位 までを言 うが、仏事あるいは本家の戸主 の還暦等にはもっと遠い関係の者 も親戚 として呼ぶ。 さて吉チ││のカブウチの系譜関係の主な ものは第3・

1表

に示 したとお りである。分家の正確な年 代や分出時の状況および家産分与の内容について知 ることは出来ないが、系譜関係の認知について はかな り明瞭である。吉川では一般 に分家の際、耕地や山林の分与は余 りみ られず、家を建ててや る程度がほとん どである。ただ山林所有の大なる本家 は、分家に山林労務の職 を与えるということ 第3・ 1表

川の系譜分属関係 昭 和 大 正 明 治 家 番 号 経 営 耕 地 面 積 経 営 山林 面 積 世 帯 主 職 業 層 属 識 階 帰 意 主 な 親 族 号 組 社 会 的 地 位 S G カ ブ 尿 0 町 刊 農 林 業 中の上 131,122,201,104 ①

Й

会 社 員 中の上 ① U カ ブ lo.3 農 ・ 畜 中の上 ① 元農協組合長、農翔理事現町会議員、氏子総代 林 業 下の上 1,40,131,7,124 ① 父→昭17∼29 村会議員 G カ     プ 中の下 ① 1_6 工 員 下の上 ① 50 下の中 ① NA ヵ ブ 233 10 地方団体職員 中の中 ② 公 務 員 中の上 211、Zlo.2争 6215,138.5 ② TA カ ブ 7.7 林 業 経 営 上 の下 27,2 ③ 勒 貰農協 農 業 中 の 中 2.27 ③ 元民生委員 0.7 林 業 中の中 112,12,2,232 ③ 1.0 農 林 業 下 の下 2 ③ 農 ・ 畜 中の下 225,236,129 ③

0長

1.5 大 工 上 の 中 120,129 ③ 縫 製 工 ③ 工 員 下の中 236,218,133 ③ 237,209, ③ 元村会議員

(20)

i50国

歳 貫 臣 5. 会社員・畜 中の上 131,232 元農協理事 Te ヵ   、 フ 4 201,227,222,225,22` 210 ③ 財産区委員 ¨ ” ” 中 一 一 一一 4. 1,0 ]: 員 中の中 25,12 ― 農 業 234,123,210 ③ SM カ ブ 200 畜 林 中の上 ③ 財産区委員、祖父→大2∼7迄村会議員 10 建築業・ 畜 下 の上 201,221,113 ③ 2 20 1.3 教育指導員 下 の上 ③ OT カ ブ 128 7.1 農 。林 。畜 中の中 ④ 議員父←区長、祖父→村会 1.0 山 林 労 務 中の中 ④ 説 力     、フ 農 ・ 林 業 中 の 上 山 林 労 務 中 の中 133.215 ③ 地方公務員 中 の下 131,207,123 父→昭26∼29村会議員 h ヵ     プ 農 畜 中の 中 222,lo7,201,227218,209,lo9,225,38 ⑥ 父→ Fg22∼29年村会議 07 1.0 農 業 22,12 236 1.0 下 の上 218,126,225 元 晨 協理 事 N i カ       ブ 7.0 33 0 農 畜 106,38

農 業 中の下 ⑥ ノし辰 助 理 手 、 ん 氏 生 会 219 農 畜 下の中 224,38,217 農 畜 中の中 ⑥ 父→明議員、元区長31∼大 4年 村会 H カ ブ 1.3 9,221,236,222,4,34 227,107,201,16 ⑥ 製 材 業 中の下 222,16,104,201,2274,31 ⑥ Y 力     、 フ 養 豚 上 の 中 201,lol,40,lo8221,227,225,224

議 ヽ 差 13 1.2 運 輸 中の中 4,25,137,232 ⑥ 207 2.2 会 社 中の中 r カ   ブ 食 料 品 店 中の中 ⑦ :― 56 素 材 製 産 中の上 16,207,123,29 区長、農協理事 ⑦ S A カ ブ 会 社 社 長 中の中 ⑦

豊養こ嬰量薯員、家

無 職 下 の下 2ol,39,40,222,221 公民館長 カ フ 2o,o 農 林 209,214,216,33213,237 財産区委員 山 林 労 務 下の上 225,7,22,221 OK カ ブ 父→明40∼HB 4まで4 期村会議員 10 林業・畜産 上の中 227,4,222,228,16225,221,209,39,101

l 蜜翠覇卜財甚長妾貰

(21)

山村における同族結合 と親戚関係

151

は行 われているようである(例えば 121の場合な ど兆 次 に、各 カブウチについて、それぞれの系譜 関係 と集団的特徴 について述べ ることにす る。

(SGカ

ブ〉

このカブウチは現在 2戸 で構成されている。

29が

分家 したのは明治の半ばである。

そして現在

16の

姉妹を

29が

嫁 にしてお り、お互いがイ トコ同志でかつ義理の兄弟の関係になってい

る。

Scカ

ブは①号組の親方であった家であり、村会議員名薄をみても、現世帯主の三代前が村議

会成立 当初か ら議員 をつ とめてお り、特 に16の父親 も村議員 をつ とめた とい う勢力家である。現在 16も農協組合長 、町会議員、氏子総代、財産区委員等 を兼ねてお り、吉川 で も有数の権力者の一人 であるといってよい。特 に母親 の実家 は

8号

組の親方である

OKカ

ブの本家の出である。権力対象 としての16については後述す る。 (Uカ ブ〉 このカブウチ も現在吉ナ││に在住 しているのは

2戸

だけである。 しか も24は昭和にな ってか ら分家 した家である。 しか し、そのために本家分家関係はかえって強 く、後述する格付けに おいては厳 しく位置づけられている。このカブは先代あた りか ら力 をもつようになった家 らしく、 先代は昭和17年か ら昭和29年まで村会議員をつ とめ、現在の当主27も農協組合長をつ とめた後、

SG

の本家16と共に昭和37年以来若桜町議会議員を兼ねている。そして27の現在の妻 は吉川―の山林所 有者121の妹である。 (IGカ ブ〉 このカブウチは昨年 まで吉川に

4戸

在住 していたが、現在 は

3戸

である。階層帰属 意識 として中の下か ら下の中をもつように吉ナ││では現在 中か ら中の下にあたるカブであ り、本未の 系譜上の位置 についての認識はあるが、経済的に もそれぞれ独立 していることか らも現在では、分 家 とはいえ独立 した家同志 とい う認識が強いカブウチである。明治時代には

SGカ

ブと並んで①号 組の一方の旗頭であったようであるが、主な親族が吉川内に少いことで も分 る通 り、現世代および 各家の先代達が全て他町村の もの と婚姻 を結んだ結果、有力な姻戚関係 を もたないカブウチとなっ て しまったようである。

(NAカ

)

このカブウチ も現在吉サ││には

2戸

しか在住 していない。特にこの

2家

が本家分家 の関係をもつようになったのは比較的新 しい ものであ り、ただ一つの家が分害Jされただけのような

本家分家であり、いわゆるカブウチとは異なるものである。ただ、この両家は②号組の親方の家で

あったので表 にかかげておいた。

(Taカ

ブ〉 これは吉サ│1最大のカブウチである。 この本家 121は

SAカ

ブ本家 109とな らんで 吉川 では江戸時代か ら苗字 を もっていた家 であ り、共 に庄屋 をしていた名家 である。後述 す る吉川 の権力対象の第一位 にあげ られてい るのが 121であ り、吉サ│1部落 では抜 きんでた山林地主 である。 そ して戦前か ら数少 い耕作地主で もあった。その山林所有 は 150町歩 ともいわれた り300町歩 とも いわれている。 この カブウチは他 のカブウチの場合 よ りも本家分家 としての結 びつ きがかな り強 く、 互助関係 もかな り強 くみ られ る。明治維新前後 に分家 した

3軒

の内

2戸

(132と 113)と 113か 分家 した 123の場合 には本未の系譜 の認識 はあるが、実際の親せ きとしての付 き合いをそれぞれの

(22)

歳 貫 臣 姻戚 の下 においている点 をみると序 々に このカブウチ も解体 に向 っているよ うに も思 える。 しか し、 同時 に他 の分家の場合には未 だ未 だ 121を 自家 の親 と見 る考 え方 をしてお り、実際 121の山林労務 を行 うことによ り生活 している分家 も多い。特 に「格付 け」 の順位 においては圧倒的に 121上位 で あ り、やは り吉ナ││では一番結束の堅 いカブウチ といえよ う。ただ姻戚関係 を見 る時(121の場合父親 の兄弟

6人

さらに現当主の兄弟姉妹 中

1人

をのぞ く

8人 (1人

は27の)ん全て他町村の もの と結 婚 し他 出 している点 が問題 であろ う。結局 「カタガナラバナイ」 とい うことで、すなわち株が強 す ぎたために親戚関係が弱 くなった典型的例 ともいえる。ただ現在で も121の山の仕事 をす るもの が12.3人は存在 してお り、やは り権力 を持 ったカブであるといえよ う。

(Tcカ

ブ〉 このカブウチ も現在 3戸 しか在住 していない。 もともとは③号組であり、

TAカ

ブに所属 していたらしいが、現在では

8号

組の

OKカ

ブとの結 びつ きが強い。やは り「格付け」 に おいては本家上位のカブウテ関係であるが、やはり経済的恩恵を伴なった相互扶助関係がないこ と か ら、それぞれ独立の家同志 といった傾向が強 く、本家である4自 体 も201、 222を中心 とした姻戚 関係の方が強いようであるぉ

(SMカ

ブ〉 このカブウチは比較的新 しいカブである。というのは、 もともとこの村の家では な く明治以後在住するようになった家だか らである。 とくに39の

3代

前に吉ナ││に在住するようにな り、その

3代

前の当主が

6号

組の有力な家であった 218から名前を買取 り出来たカブであるか らで もある。そして現戸主の祖父が 非 常な政治権力をもっていた らしく、 彼は大正

2年

か ら昭和

7年

まで村会議員をつ とめる一方、吉チ││の名門である109と も姻戚関係 を結び、 さらに

8号

組の

OKカ

ブより長男の嫁をとるといった具合に吉ナ││における地位 を確立 していった。そして彼は同時に209 を分家させ、その嫁にやは り

OKカ

ブよ り嫁を取 ることによって

OKカ

ブとの姻戚関係 を強 めてい ったのである。現在 このカブウチは、分家

2が

121と姻戚関係 にあ り、分家 209が 201、221と姻戚 関係を もつ というように経済的上位者 と結 びつ き、他方本家39の姻戚は名門 101と

109に

結びつ く とい う見事な親族・ 同族構造をもつ ものとして存在 しているのである。

(OTカ

)

このカブウチ も現在

2戸

しか在住 していない。やは り

4号

組の親方のカブであ り、 特に現戸主の

2代

前、

3代

前は相当な力 をもっていたカブのようである。 しか し、このカブウチ も 姻戚関係が吉サ││において少いために弱 くなったカブの一例であるといえよう。特に調査 して気付い た興味あることとしては、本家 128が 31才の若 さであ り、本家分家関係をわず らわしきものとして 拒否 しているのに対 し、41才である分家 239が本家は「親代わ りの もの」 として認めているとい う 事実である。 ここに系譜関係に対す る世代の認識の相違が表出しているといえよう。

(SKカ

ブ〉 このカブウチ も現在

3戸

しか在住 していない。このカブも

C号

組の親方の家であ ったが現在はそれほど力 を持たないカブウチである。このカブウチもそれぞれ系譜上の位置に対す る認識は持 ってお り、「格付け」は本家上位であるが、それ以外は普通の親戚関係 しか存在 してい ないカブであ り、これか らの山村のカブの典型的型になるのではないかと思える。 国

(23)

山村における同族結合 と親戚関係

(Tuカ

ブ〉 このカブウチ も

Teカ

ブと非常 に似たカブウチである。すなわち本家 221は本未 の系譜関係は認めるが、あくまで も姻戚関係 を中心にしての生活志向であ り、カブウチ自体 をわず らわしきもの とす巨否 している。この 221については後述する。

(Ntカ

ブ〉 このカブウチは、吉川においては

Ta株

とな らんで結束の堅いカブである。同時 に経済的に も政治的にも吉川ではそろって上位のカブで もある。本家 216は祖父が昭和

4年

か ら12 年にかけて村会議員をつ とめ、吉川では有数の山林所有主であ り、現在

Yカ

ブの 222とな らんで畜 産経営で も若手の先頭 にたっている。分家 214は農協の理事、良生委員などをつ とめた。 さらに分 家 206は、父が明治31年か ら大正

4年

まで村会議員をつ とめ、現在 219と共に畜産を行なっている。 またこのカブの姻戚 には 121についで経営山林面積の多い38がいる。ただ、この割合強固な

Ntカ

ブウチの中に も本家分家関係は「格付 け」上位的意味にとどめるべ きだとの考え方が強 くなってい ることは確である。 (Hカ ブ とYカ ブ) こ の 二 つ の カ ブ は も と も と 一 つ の カ ブ で あ っ た よ う で あ る 。 特 に 現 在 Yカ ブの本家 の戸主 222は

Hカ

ブ 225から養子 に行 った者 であ り、 さらにそれをよ りくわ しく検討すれ

Hカ

ブと

OKカ

ブと

SAカ

ブとO tuカ ブとが婚姻 関係 を複雑 にとり結 んだカブウチ といってよい。

そ して興味深 い ことには、現在 さほど力 を持 っていない

Hカ

ブを中心 に吉川の一大勢力である

OK

201、

Y222 Sc16、

Tu 221、 227、

Te4、

O tu 38等が全て義理兄弟 に近 い関係 において結合 して いることである。 この関係 は吉サ││の親族構造 の理解す る上 に極 めて興味ぶかい ものであるので図式 化 して後述す る。その時 にO tuカ ブと

OKカ

ブについて も述べたい。 《吉川 にお ける同族関係 と親族関係》 従来 、わが国の社会学 においては、村落構造分析 の際その中核 をなす もの として「系譜関係 を基 礎 とした」 同族結合 をとりあつか って きた。 そ して親族関係 はそのわ き役的研究 を受 けて きたよ う に思 える。そ して歴史的存在 としての同族結合 の解体の事実が、同族関係か ら親族関係への変化 と い う主張 を生 み出 して きたのである。た しか に、祖先 中心的な同族結合が恒久的かつ上下的 なコー ポレーシ ョンを形成す るのに対 し、親族 は個人 的中心、一時的かつ分散 的なネ ットワークを形成 し オケージ ョナルな結合であることが多い とい えると しか し、外部 との接触の少 い山村においての家 族形態 としての家集団は、同族結合 と親族結合の同時的展開 を行 うことは可能であったに違いない。 そ こで両者の共存的状況 における親族関係の構造 について検討 してみたい。その際、私 は木原健太 郎が桝豆 山村で用いた「格付 け」 と「親密度」 とい う指標 を用 いて「同族結合」 と「親族結合」ヘ の二面志向性 について分析 してみる。 分析 に当 っての調査の概要は次の通 りである。

(1)被

調査者 の選定 被調査者 は便宜的に世帯主 とす る。 この前提 には家の主権者 が世帯主であるとい う調査者 の推則 が あ る。

(24)

154国

歳 買 臣

(2)世

帯主の分数 世帯主 を次の四種類 に通婚圏によって分類 した。

A.世

帯主及 びその配偶者、及 び夫 々の父母の何れ もが、現在部落で出生 した家・……53世

B.配

偶者が若桜町で出生 した家・……

9世

C.配

偶者が若桜町以外の八頭郡内で出生 した家・……

8世

D.配

偶者が八頭郡以外の場所で出生 した家・……

4世

(3)調

査 内容 調査内容 は大略次の通 り。

(1}あ

なたの家、親戚付合 い しているもの全てを、次の中か ら選 び出 して○印をつ けよ。

あなたの兄さんの家

あなたの弟さんの家

あなたの姉または妹さんの家

あなたのお母さんの実家

⑤ 奥さんの実家

奥さんの兄または弟さんの家

奥さんの姉または妹さんの家

娘さんの嫁ざ先

あなたの家の本家先

あなたの家の分家先

① その他

(な

お、比等①∼①は集計表にそのまま用いる。

) (2)。 あなたの家で親族会議のような正式の集 りをす る時、次の家の人の中で、誰に良い席 ″あげ ますか。一番良 い席か らllk番をつ けて下 さい。 (①

―①は

(1)に

準ず

)

(3}次

の中か ら、あなたの家 として最 も濃 く付合 っている家か ら、あま り濃 くない家 まで順番 を つ けて下 さい。 (①

―①は

(1)に

準ず

)

(4)集

計のメルクマール

(1}質

問(1)の① ―①の各カテゴリーに対す るマークの分布状況を家毎に整理する。

(2}親

戚関係を、血族的なものと姻族的な もの とに大別 し、質問(2)の席次の決め方が何れに偏 し ているかをみ、比較的に血族関係者に上席 を与 える傾向のある家を以て、その家の「格付け」 は血族的であるとする。 (3〉 質問(3)により「親密度」 として、付合っている相手方をランキングする。

(25)

山村における同族結合 と親戚関係

155

第3・ 2表 血族的親交 と姻族的親交 通 婚 圏 い 親交の分類 (口) 付 合 っ て い る 数 (ハ) 世帯数 (=) ① ② ③ ④ ⑤ ⑥ ⑦ ③ ③ ⑩ ① 計 A ︵ 5 3 世 帯 ︶ 血族的親交

(a)

姻族的親交

(b)

(c)

沖 封 15 10 25 0.52 0.41 0.47 20 14 34 0,69 0,58 0,64 22 19 41 0.76 0,79 0.77 15 19 34 0.51 0,79 0.64 23 21 44 0.79 0,87 0,33 17 15 32 0.58 0.62 0.60 16 18 34 0.55 0.75 0.64 7 14 21 0.24 0,58 0.39 19 18 37 0.65 0,75 0,70 10 12 22 0.34 0.50 0.41 2 10 12 0.07 0.41 0,22 166 170 336 5,72 7.08 6.33 B ︵ 9 世 帯 ︶ 血族的親交

(a)

姻族的親交

(b)

計 (c) 神 引 4 4 0.44 0.44 6 6 0,66 0.66 7 7 0,77 0,77 7 7 0,77 0.77 7 7 0,77 0 77 6 6 0.66 0.66 3 3 0,33 0,33 6 6 0.66 0.66 7 7 0.77 0。77 l 1 63 63 7.00 7.00 9 9 C ︵ 8 世 帯 ︶ 血族的親交

(a)

姻族的親交

(b)

(c)

沖 引 1 1 2 0,25 0.25 0.25 2 1 3 0.50 0.25 0,37 3 2 5 0。75 0.50 0.62 4 3 7 1,00 0,75 0,37 3 2 5 0,75 0.50 0,62 2 1 3 0.50 0.25 0.37 3 3 6 0,75 0,75 0,75 1 1 2 o,25 o.25 0.25 1 1 2 0.25 0.25 0.25 4 1 5 1.00 0.25 0.62 0 1 1 0 0,25 0.12 24 17 41 6.00 4.25 5.12 D ︵ 4 世 帯 ︶ 血族的親交 姻族的親交 計 通 一世帯平均 (a) (b) (c) (a′) (bウ (c′) 2 0 2 0,66 0 0.50 2 0 2 0,66 0 0.50 3 1 4 1.00 1,00 1 00 3 1 4 1.00 1.00 1.00 3 1 4 1,00 1.00 1,00 2 0 2 0.66 0 0.50 2 0 2 0.66 0 0.50 3 0 3 1,00 0 0,75 3 0 3 1.00 0 0.75 2 1 3 0,66 1.00 0。75 25 4 29 8,33 4,00 7.25 3・ 3表 格付 けと親密度 による分類の対応関係 通 婚 圏

A

B C 格付 けによる分類 親密度 による分類

a b c d

血族 血族 姻族 姻族 血族 姻族 血族 姻族 25 17 4 7

9000

5300

計 53 9 8 計 39 20 4 7

(26)

歳 買

14)親

密度 と格付 け、および事実的な親戚結合の傾向 を血族 的な もの と姻族的な もの との二者 の 中何れかに判定す る。 これ らの ものを各 カテゴ リー毎 に世帯平均値 を算 出 し、結合の傾向、過婚圏の広狭 の差 、生計別 階層差等 をメル クマール として比較検討す る。 以上のよ うな手続 きを経て出来 たのが、第3・

2表

である。 この表の結果 に基 いて若子 の分析 を加 えてみ る。通婚圏の種 目別毎 に世帯数 を集計 し格付 けによ る血族的・姻族的 と、親密度 の比重 による血族的・姻族的の対応値 をみてみたい。第3・ 3表はそ れを示 した ものである。 この第3・

3表

によると、正式 の席で上位 にあるもの として格付 けた もの と、濃 い親密性 と一致 す る もの(a・

d)の

計 は48戸 となろ う。また格付 けと親密性 とが一致 しない もの (b・

c)の

計 は 24戸であって、a・

dの

和 と

bocの

和 を比較す ると46対 24となる。 これを計算す ると(xtt Σ〔°売ン) x2-6.8880、

故に

x2>xる

となり有意性をもつ。それゆえに、格付けと親密性と一致しないもの

はも

2.2%存

在することになる。すなわち、「格付け」的には血族とくに同族志向の面があるものと、

硼 族志向」の面があるものが半数以上も存在することになるも

:ま た格付けと親密性の対比 をatt b、 d tt cと して、2×

2分

割 として、

x2=ぎ

路髭鵠裳皇各響石) どい う公式を適用す る時

P>0.05と

な り有意性は認め難い。すなわら、計数的処理の結果だけか ら 言 えば、す致す るものと一致 しない ものとの対比が、格付けが血族の場合 と姻後の場合 とで差があ る│か否かについては、明確な推定は出来ないとい うことになる。 更に血族的な親交が格付けにおいて果 して一般的か どうかをみてみよう。すなわち、公的な もの としてみる場合には、

aobの

和 とc・ bの和の対比は、x2=32.9と な り、格付けが血族の もの と姻族 の ものとの比、59対 11は有意的である。すなわら、格付けにおいては、同族的機能は極めて高いこ とを示 してお り、公的関係において姻族を優位に置 く家は、同族を優位に置 く家の

18%し

か存在 し ないことになる。

'

1以上よ り明白になったことは、第■に、親せ き付合いの面で見た血縁集団内で同族を中心 とした 血族に公的な優位を置 く同族志向が、たしかに吉川では多 く、姻族に優位 を置 く者は

18%し

かいな いこと。第二には、血縁集団内での相手に対する格付けの仕方 と、現実の親密度 との間にはずれが あって、このずれt洋

=告

下=0・34すなわち

34%に

及ぶこと。の

2点

である。 「48付け」によって親戚関係 を同族 を中心 とした血族 または姻族の何れかへの傾 きと見 るならば、 此れは親戚関係の公的面に着 目した ものであ り、また「親密度」によってみる時、これは「現実的」 面に着 目した ものと言 えよう。そして、この限 りにおいて、親戚関係の「公的面」 と「現実的面」 にはギャップがあることが分る。すなわち、吉川においては、一応公的面において家は同族結合を 重んじるが、日常の生活においては、むしろ姻族結合に重 きを置いているともいえよう。 次に第3・

2表

の?蝙十の各例 を検討 してみると、血族的親交の場合において も、姻族的親交の場合

参照

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