敗北 の抱 き しめ方
― /4η И″ 'sι げ 肋 FJOα崩=79/JIrの
オ ノ の 場 合 ―長
柄
裕
美
*How to Embracc Dcfcat
― Thc Case of Ono
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NACARA,Hiroml
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肋?FJ9″力=″
br″ (1986)は Kazuo lshtturO(195牛)の
第2作
目の長編 小説 で あ る。処女作 刀 脆 た/iθνげFri′ム (1982)に 続 いて評価 は高 く,Bookcr Pttzcの 最終選考 に残 った後 に 1986 年の
w
tbrcad Book of thc Ycar Awardを 受賞 した。И 肋 ′θみη げFri/Jsが舞台 を 日本 とイ ギ リス双方 にお き
,1980年
前後 のイ ングラン ドに生 き る一女性 が,1950年
前後 の長 崎で の 自 らの人 生 を悔 恨 を込 めて 回想 す る姿 を描 いたの に対 して ,И ヵИrrigrげ 力¢FJ9所弩 乃r″で は,日
本 の架空 の一 都市 を舞台 に,同
じく第二次世界大戦後 間 もない時代 を生 きる一老画家 の,自
らの 「過去」 の解釈 を巡 る心理 的混乱が描かれ る。主人公本 ノ・ マスジ (Mastti onO)は,戦
後 日本 の急速な 自由主 義化 の波の中で,戦
争 プ ロパ ガ ンデ ィス トと して の過去 の画 家活動 を振 り返 りつつ,自
己 の人生 の意 味 の再建 に苦悩す る。表層的 には次女 ノ リコ(No ko)の 縁談 とい うプ ロッ トが主軸 を成 し,そ
の 成 り 行 きに不安 と動揺 を隠せないオ ノの心理告 白が,過
去 の問片 的追憶 を絡 めつつ進行 す る。 ノ リコの 縁談 とい う出来事 は,い
わ ばオ ノの深層心理 を映 し出す鏡 としての役割 を果 た して いる。 刀ヵИ′rれげ 肪θF′οαriIEg乃/″は4つ
の章 か ら成 り,そ
れぞれ数 ヶ月の間隔 をお きつつ1948年
lo 月か ら1950年
6月 に至 る20ケ月の時 間経過 を追 って いる。主人公オ ノによる一人称 の語 りで構成 され るため に,物
語 は極 めて主観的な色調 を帯びる。4つ
の章 の各時点でのオ ノの心理 には微 妙 な 変化が見 られ るが,そ
れ と平行 して ノリコの縁談 は段階 を追 って進行 し,最
終章 で は結婚後 出産 を 控 える ノ リコの現在が語 られ るに至 る。 本稿で は,第
二次世界大戦後 の 日本の変化 を背景 に,Ishiguroが入念 に表現 した主人公 の心 理 の 微妙 な変化 を分析 す る。そ して,戦
後 を生 き る一市 民が,抗
いつつ もその価値 の転換 を受 け入れ, 自分 の過去 と折 り合 い をつ けて い こうとす る プ ロセ ス を描 くことによ って,Ishiguroが どの よ うな 普遍 的意 味 を表 現 しよ うとして いた のか を考察す る。 オ ノの人物像Barry Lcwisが
指摘す るように(1),オノの人物像 に関 しては,2つ
の明確な源泉を辿 ることがで きる。一つは4年
前 に書かれたИ 駒 力 距θ″げHiι 'Sの オガタ・セイジ(setti Ogata)であ り,い
ま一つは
2年
前 に書かれた短編Wttc Summcr attcrthc Wa∬ (1984)のイチ ロウ(Ich o)の祖父(oii)である。И鯰 た 跨ι″げ打胎 は
,主
人公エツコ(Etsuko)が,自
分の過去の人生の選択が長女ケイコ(Kciko)の自殺 を招 いたのではないか という苦い後悔 に捕 らわれつつ
,自
らの人生 を遠い昔の知 り合いの母子の人生に重ね合わせなが ら回想 していく物語であ り
,そ
の意味では過去 を巡るオノとエツコの立606 長柄裕美 :敗 北の抱 きしめ方 場 の類似 は 自明で ある。 しか し
,サ
ブ プ ロ ッ トとして夫 ジ ロウ( rO)の 父,オ
ガ タの過去 の 問題 が 組 み込 まれてお り,
ここにも同質 の類似性が存在す る。(2)実際,オ
ガ タ とオ ノには人物設定 上の重 複 が多 々認 め られ る。オ ガタ は美術教師か ら校長職 を経て退職 した と思われ る老人で あ り,オ
ノと 同様 戦前 。戦 中に人生の社会的評価 の頂点 を経験す るが,戦
後 の急速な価値 の転換 に伴 い,そ
の影 響 力 は大 き く下落 している。 当時世代間 に存在 した価値観 のギ ャップを示す べ く,オ
ガタは息子 ジ ロウ との意見衝突 を 日常的 に経験 し,か
つて 目をか けて世話 をしてや った はず の後輩教 師マ ツダ・ シゲオ (shgCo Matsuda)か らは,公
式 の出版物 の中で戦犯紛 いの非難 を名指 しで浴び る。図書館で, 戦後 現れ た左翼 的な教育雑誌 貶 り βヵc″あη Dをι∫どを手 に したオガタは,自
身の名前 が「終 戦 と同 時 に追放 され るべ きだった」教師 の一人 として挙 げ られて いるマツダの記事 を目に して愕然 とす る。 それ に対す る抗 議 の手紙 を出す よ う息子 のジ ロウに求め るが,一
向 に動 く気配が無 く,あ
る 日つ い に自 ら偶然 を装 ってマツグの 自宅前へ赴 き,マ
ツダ と対面す る ことにな る。結果,オ
ガ タ はマ ツダ の謝罪 あるいは誤解 の釈 明 を期 待す るが,逆
に正面か ら次 のよ うな非難 を浴 びる。IIn your day,childrcn in Japan、 vcre taught tcrriblc things,Thcy wcrc taught lics of thc most danaging
kind. Worst of a11, thcy wcrc taught nOt tO sec, not to question. And thatis why the country was
plungcd into thc most cvil disastcr in hcr cntirc historyギ
マツダイま, IBut itjust so happcns that your cncrgics wcrc spcnt in a nisguidcd dirccdon,an c l dircction. You wcrcnt to know this._.iさ らイこ iAnd to be fair,you shouldnl bc blamcd for not rcalizing thc truc
conscqucnccs of your actions.Vcry fcw mcn could scc whcrc■ was a11 lcading at thc tine._.I(3)と 辺Eベ
て
,オ
ガ タ らの誠実 な努 力 とそ の結果 に対す る洞察 の時代的限界 は認 め る ものの,オ
ガ タが 1938 年 4月 に思想 的理 由で五人の教師 を密告 し,逮
捕へ と追 いや った こと,そ
う した人 々が今 で は釈放 されてマ ツダ達若 い世代 に 「新 しい夜明 け」 を教 え る リー ダー にな って いる現実 を明 らか にす る。 オ ガ タの置かれた以上のよ うな立場は,オ
ノのそれ に酷似 して いる。オガタが戦前 。戦 中,軍
国 主義 的教育 の先導者 として の名声 を得て いたよ うに,オ
ノもまた,軍
国主 義 的な国 の風潮 を喧伝す るプ ロパ ガ ンダ画家 として一時的な成功 を収めた。そ して,ォ
ガ タが仲 間の教師 を危険思想 ゆえ に 密告 した よ うに,オ
ノもまた,結
果 的 に一番弟子 の クロダ (Kuroda)を そ の非愛 国主義的画風 ゆえ に 密告 し裏切 る ことにな る。今や釈放 された教 師や クロダが時代 の先導役 を果 た し,評
価 の逆転 が起 こって いる点 も共通 して いる。 いわ ば,И 虎 ヵ 跨9″ げ rriJ/dのサ ブ プ ロ ッ トのアイデ ィアが,Иヵ Иrr げ r/D9FJ9,崩gレ
ケ″ で は メイ ンプ ロッ トとして独立 し,さ
らに充実 した形で表現 され た と考 え られ る。次 に短編 ‖Thc summcr aicr thc Wa∬ は
,タ
イ トル通 り終戦直後 と思われ るある夏,東
京 に住 む 7歳 の少年イチ ロウが鹿児島の祖父母 の家 を一人訪れた際 の
,祖
父 との心 の交流が語 られ る。イチ ロ ウが祖父母 の家 に滞在 して いる理 由につ いては触れ られな いが,東
京 で の厳 しい生活 を思わせ る言 葉(コ 'か ら,戦
後 の東京 の荒廃や食糧難 を逃れ て 日舎ヘー時的 に避難 して いる もの と考 え られ る。 ある いは,両
親 の ことが敢 えて一言 も触 れ られな い ことか ら推測す ると,両
親 を戦災で失 ったため に祖父母 の元 へ身 を寄せた と想定 して読む ことも可能で ある。祖父 は毎朝 欠か さず庭 で空手 の練 習 を し,体
を鍛 える ことを習慣 と して いるが,イ
チ ロウは古 い価値観 を代表す る この祖父 を慕 い,毎
朝ベ ランダか ら祖父 の鍛錬 を見学 しては祖父 の行動 をなぞ るよ うに真似 る。一方祖父 もそ んなイチ ロウを可愛 が り,「 ここを 自分 の家 だ と思 って いい」「一生 ここにいて もいいJと
繰 り返 し語 りか鳥取大学教育地域科学部紀要 教育 。人文科学 第
4巻
第2号 (2003) 607
│する ぐThis is your homc■ ow,Ichiro.No nccd to lcavc until youivc grown up.Evcn thcn,you may wantto
stay hcrc No■ ccd to worry.No nccd at all.'(う ))。
この短編 の祖 父 とオ ノとの類似 はオガタ以上 に明 白で あ り
,
この短編 を元 に,後
に長編 に書 き直 された と考 えた方が 自然で あろう。 まず二 人 ともイチ ロウとい う幼 い少年 の祖 父 と して設定 され, 作 品 中でイチ ロウの訪 問を受 ける。かつて は 「有名な画家」で戦意高揚 の プ ロパ ガ ンダポスターを 描 いたが,今
で はイチ ロウに どんな にせが まれて も 「片づ けて しまった」 と言 つて見せ よ うとはし な い。二 人が描 いたポスター も内容,構
図 ともに極 めて似通 つてお り,短
編 中のイ テ ロウは偶 然 に ポスター を見つ けるが,そ
の不安 を掻き立て るよ うな不気 味な色調 に嫌悪感 を感 じ,そ
れ が祖父の 作 品で ある ことへ の落胆 を表 明 して いる。 また,短
編で はイチ ロウの滞在 中 に祖 父 に来 客 が あ り, そ の客が祖父のかつての一番弟子 で あ り,今
は就職 のため に祖父 との過去 の関係 を否定す る手紙 を 書 いて欲 しい と頼 み に来 て い る ことが 明 らか にな る。 この人物 は長編 で は一番弟子 の ク ロダ と手紙 を依 頼す る シンタ ロウ(Shintaro)に分割 され,特
に クロダは,重
要 な役割 を担 う登 場 人物 と して発 展 的 に扱 われ る ことにな る。短編 の終わ り 'こ 祖 父 は病気 で寝込 んでイチ ロウ を心 配 させ るが,結
末 部 分で回復 した姿 で現れてイ チ ロウ と将来 につ いて語 り合 う。 これ につ いて も,本
ノが長編 の最終 章 で病気療養 を して いたが 回復 した ことに言及す る箇所 と符 合す る。以上 のよ うに
,短
編‖Thc Summcr ancr the wa「 と И々Иrおrげ
力θ Fr9αrivg肋
″ との間 には数多くの類似 が認め られ る。明 白な相違 として は
,短
編 で は祖母 が生 きて いる の に対 して,長
編 で はオ ノの妻 は長男 と同様戦争 のため に亡 くな ってお り,オ
ノの過去 の意 味づ け に一層皮 肉な影 を落 とし て いる。 さ らに,短
編で は ノ リコ とい う名 のお手 伝 いが いるが,長
編で は代 わ りに嫁 いだ長女 でイ チ ロウの母 で もあるセ ツコ (sctsuko)と 次女 ノ リコが登場 し,ノ
リコの縁談 は物語 の展 開上重 要な 役割 を果 たす ことにな る。 しか し,
これ らの相違 を越 えて印象的な のは,オ
ノと短編 の祖父双方か ら感 じられ る古 い価値観の衰退 に対 す る寂蓼感 で あ り,そ
こにイチ ロウ との関わ りが与 える温 かな 癒 しの要 素で あ る。長編 のイテ ロウは,新しい価値観 の影響 を受 けてよ り複雑化 して はいる ものの, や は リオ ノに とって心の避難 場所 と して の機能 を維持 してお り,同
じ癒 しの要素 を担 つて いる と言 え るだ ろ う。短編 のイチ ロウ像 は,IshigurOが長編 のイチ ロウに託そ うと した役割 の一つ を,よ
り 純粋 に表現 した もの と考 え られ る。(巧 ' 「信用 で きな い語 り手」И 乃 ′
9焔
η げFriJrdのオ ガタ及 びWThc summcr ahcrthc Wa∬の祖父 の人物像が,オ
ノの人物像 と強 い類似性 を示 して いる ことを確認 した。 しか し
,前
述 の二作 品 中,語
り手 の役割 を果 た して いる のはそれぞれエツ コとイチ ロウで あ り,語
り手 の 目で見たオガタ と祖父 の姿 が比較 的客観的 に描か れ る。エ ツコとイチ ロウには二人 を歪 めて回想 しな けれ ばな らな い必然的理 由はな く,読
者 は二人 の描写 に大方 の信頼 をおきつつ読 み進め る ことがで きる。一方,二
人 とオ ノ との間 の最 も大 きな違 いは,オ
ノがエ ツコや T/t9Rcれ,力sげ
肋?Dり
(1989)の ステ ィー ヴンス(Stcvcns)と 同様 に,作
品の 一 人称 の語 り手で ある点 にある。オ ノは 自分 自身の過去 を自分の解釈 に従 って語 るので あ り,作
品 中にそれ を客観 的 に検証す る術 は残 されて いな い。そ の意 味 にお いて,オ
ノの回想 は作 品の構造 と 同様 閉ざ された もので あ り,オ
ノは読者 に とって一貫 して 「信用 で きな い語 り手Jで
あ り続 ける。 しか し,Ishiguroが他 の作 品の主 人公 と同様 に,オ
ノを 「信用で きない語 り手 」 に仕 立てたのには 必然的理 由が あ る。客観 的事 実 と語 りとの間 の確認 し難 いズ レそ の ものが,IshigurOの作 品 の主要608 テ ー マ をな して い るか らで あ る。 長柄裕美 :敗北の抱 きしめ方 信用で きな い語 り手 を用 い る ことの意義 もまさに
,見
か けと現実 のずれ を興 味深 い形 で明 ら か にで きる とい う点 にある。人間が いか に現実 を歪めた り隠 した りす る存在 で あるか を,そ
の よ うな語 り手 は実演 してみせ るのだ。そ うした欲求 には,か
な らず しも本人 の 自覚や悪意が伴 って いる必要 はない。カズオ・ イ シグ ロの作 品の語 り手 に して も,決
して悪 人ではない。だが 彼 の人生は,自
分 と他 人 をめ ぐる真実 を抑圧 し回避す る ことに基 づ いて進 め られて きた のだ。 そ の語 りは一種 の告 白だが,そ
こには,欺
哺 に彩 られ た 自己 正 当化 や 言 い逃 れ が あふ れ て い る。(7) 自己 の過去 の行 為 をいか に解 釈 す るか によ って,現
時点のオ ノの存在 は大 き く意 味 を変 えるので あ り,今
後 の人生 のあ り方 も また左右 され る と考 え られ る。つ ま り,オ
ノに とって過去 の問題 とは 同時 に現在 と未 来 の問題 で もあ り,彼
が過去 の意味づ けに こだわ る理 由は,そ
れ が 明 らか に彼 自身 の存在論 的な問題 を卑んで いるか らなのである。 このため,外
見 的 には告 白の誠 実 さを装 いつつ, 彼 の語 りには絶 えず巧 み に羽 実 を歪 めよ うとす る操作が潜 んで いる。 しか も,彼
はそれ を半 ば無意 識 の うち に行 うので ある。Brian W.Shaffcrは
これ を 「,い理 的 防衛 メカニズム」 で ある と言 つて い る。Ono engagcs in a scries of defensc mcchanisms in ordor to avoid his past,In particular,hc cxhibits rcprcssion and proiectiOn tO thc cxtcnt that hc hes to himsclt ratiOnalizcs past activities,comments
upon hilnself(through othcrs),and sclectivcly altcrs thc past,(8)
実 際
,自
分 自身 の記憶 の暖 昧 さにつ いて,オ
ノ自 ら頻繁 に言及 して いる。例 えば,自
分 が言 った言 葉 を思 い出 した後 で,Iof course,thisね an a mattcr of many ycars ago now and l can■ot vouCh that those were my exact words hat morning」 (')とそ の不確か さを告 白した り,
hcsc, of coursc, may ■ot havc bccn thc prccisc words l uscd that aftcrnoon at thc Tamagawa
tcmple; fof l have had causc to recount this particular sccne many timcs bcforc, and it is incvitablc nat witt rcpeated tclling,such accounts bcgin to takc on a hfc of thcir own,(p.72)
と述べて
,記
憶 というものが,繰
り返 し語るうちに命を帯び,勝
手 に歩き始 める危険性があること を明かすのである。さらにオ ノは,知
人の言葉 を想起 した後で別の知人の言葉 と混 同している可能 性 をほのめかし,ま
た,自
分の言葉 と他人の言葉の区別 も定かでないことを再三暴露す る。 こうし た告白は,オ
ノの語 り全体 の信頼性 を大きく崩す ものであり,彼
が 自己正当化のためにあ らゆる記 憶の操作 を行 う可能性がある ことを自ら認めるものとなる。その意味において,オ
ノの語 りは自己 懐堤的であ り,語
り手 としての権限を放棄するものだとも言える。 では,オ
ノが自己欺購に陥つてで も守 りたいこととは何か。それは,自
分の過去 の名声が確固たるものであったこと
,そ
して愛国主義的なオカダ・ シンゲン協会(okada‐Shingen Sodcty)に 所属 して行 ったプロパガンダ画家 としての活動が間違いではなかった こと一― この二つをともに証明す る
鳥取大学教育地域科学部紀要 教育 ,大文科学 第
4巻
第2号
(2003) 609 先 の縁談が破談 にな ったのは父の過去 の活動 が障害 とな った可能性 が あ り,今
回 の縁談 にも同様 の 影 響 が及 ぶ可能性が ある とほのめかすセ ツ コの言葉 は,否
定 しが た い説 得 力 を持 って オ ノを責 め立 て る。一方,過
去 の 自分 の名声な ど取 り立てて言 うほ どの もので はなか った と認 めれ ば罪 は些細 な もの になるが,そ
れ は 自分が依 って立つ基盤 を崩す もので あ り,絶
対 に避 けね ばな らな い。 こうし たジ レンマの中で,オ
ノは気 ま ぐれ に見 え る追想 を断片 的 に散 りばめつつ,徐
々 に自 らの過去 のベ ール を剥が してい く。 オ ノの心理変化 前述 の通 り,И ヵヵ チ脱 げ 力ι ttοα肋=″
br"は
各 々数 ヶ月の間隔 をお いた4つ
の時点で のオ ノの 心理告 白か らな り,緩
や か に変化す る計20ケ
月の長期 的 「現在」が物語 の基盤 とな る。 この作 品 の構造理解 が単純で な いのは,こ
の 「現在 」 の時 間 の流れ の中で,12歳
か ら現時点 に至 る まで の オ ノの過去 の出来事 が,寸
笥 され,時
間配列 を無視 して挿入 され るためで ある。各章で追想 され る 過去 の 「選択」 に着 目 しつつ, 4つ
の章 にお けるオ ノの微妙 な心理変化 を跡づ ける とともに,「 信 用 で きな い語 り手」 によ る曖昧な独 自表現 の効果 を考察す る。 まず ,全 体 の半分近 くを占める第一章「1948年
lo月 」での主な独 自内容 を時間順 に並 べ直す と,12歳 か ら
15歳
頃 の父 との講 い,1913年
頃 のタケダエ房(Takcda arm)でのカ メ(thc TOrtOise)こ とナカ ハ ラ・ヤスナ リ(Yasunari Nakahara)と の出会 い,15年
位前 に現在 の 自宅 を購入 した際 のエ ピソー ド, 1933,4年 頃の居酒屋 ミギ ヒダ リ(Migi_Hida )設立 と弟子達 との会話,1935,6年
頃 の シンタ ロウの弟 の就職 の世話 に対す るお礼 の訪 問,戦
後 の クログ との偶 然の出会 い,1946年
長男ケ ンジ (Kcnii) の葬儀 の際の娘婿スイテ (s clal)と の会話, 1年
余 り前 の ノ リコの先 の見 合 い相手 ミヤケ・ ジ ロ ウ (JirO Miyakc)と の会話,前
月長女セ ツコと孫 のイチ ロウが訪ねて きた際の会話 とイチ ロウ との映 画鑑賞,そ
の道 中でのサイ トウ博士 (Dr Snto)と の出会 い,最
近 のバ ー・ カ ワカ ミ(Mrs Kawakami`) で の平 山坊 や(Hirayama Boy)の
噂 と シ ンタ ロウ との会 話,そ
して前 日の旧友 マツ ダ・ チ シュ ウ (chtthu Matsuda)宅 の訪 問,と
続 く。全体 と して,物
語 の核 心部分 に関わ らない比較 的 当た り障 り のな い話,ま
た は,核
心 部分 に関係 して いるがそ の意味が未 だ明 らか にされて いない話が 目立 つ。 そ して,オ
ノは 自分が勝 ち得た過去 の栄光,社
会 的評価 の高 さを,様
々なエ ピソー ドに絡 めて強調 す る。 しか も,そ
れ は必ず思 いが けず耳 に した他 人 の評価 を引用す る形 で,客
観 的な情報 を装 つて 語 られ るのであ る。 例 え ば,物
語 の 冒頭 に語 られ る,現
在 の住居 を市 の実 力者 で あ った故 スギム ラ・ アキ ラ(Akira Sugimura)の 娘か ら破格 の値段で買い取 った ときの経緯 が挙 げ られ る。彼女 らはIt is Of thc nぉ
tilnportancc to us that the housc our father built should pass to onc hc、 vould havc approved of and dccmcd worthy of託 」(p.8)と述 べ ,「 人徳 のせ り」4n aucion of prcstigず (p.9)を行 うと宣言す る。オ ノは この
アイデ ィアに賛 同 し
,結
果 的 に自分が選 ばれた ときの満足感 を次 のよ うに語 つて いる。I can still rccall thc dcep satisfaction l fclt 、vhcn l learnt thc Sugimuras― attcr thc most thorough invcstigation― had dccmcd mc thc most worthy ofthc housc hcy so prizcd.(P,10)
オ ノに とって 自宅 は
,自
分 が求めたのではない評価 を思 いが けず他 人か ら得た結果で あ り,彼
の 自長柄裕美 :敗北の抱 きじめ方
人空 しくそ の修復 に向か つて いる ことは象徴 的で ある。
シンタ ロウが弟 の就職 の世話 のお礼 にオ ノを訪 れた際のエ ピソー ドも
,オ
ノが 自分で も気 づかぬうちに驚 くほ どの地位 に達 した ことを強調す るもう一つ のチ ャンスで ある。
This visit――I must admit it― ―lcft me、vith a ccrtain fccling of achicvcment. It was onc of thosc
momcnts, in thc ■lidst of a busy carccr a■ owing litnc chancc for stopping and taking stock, which
illuminatc suddcnly just how far one has come._.I had brought myself to such a position almost
without rcalizing it,(p.21)
そ して
,最
も典型的で直接 的なエ ピソー ドは,ミ
ギ ヒダ リで弟子 に囲 まれた 自分 に関す る ものである。画家 としての実 力 に劣 るシンタ ロウを嘲笑す る一番弟子達 に対 して
,名
声 を求 めず最 善 を尽くす者 に地位 は 自然 に備 わ るのだ と言 う持論 ぐ
my
cw on how in■ucncc and status can crcep up o■someonc who works busily, ■ot pursuing thcse ends in thcmselves, but for thc satisfaction of pcrforming
his tasks to the best of his abiliげ (pp・ 24-5))を語 つた際
,一
番弟子 の リー ダー格 で ある ク ロダ は,身
を乗 り出 して次 のよ うな賞賛 の言葉 を述 べた という。
I havc suspectcd for somc timc that Scnsci was unaware of thc high rcgard in which hc is hcld by
pcOple in this city.1■dced,as thc instance hc has just rclated amply lllustratcs,his rcputation has now sprcad bcyond thc world of art,to all、 valks of lifc, But how typical of Senscifs modcst naturc that hc
is unawarc of this. 1low typical that hc himsclf should bc thc most surpriscd by thc cstccm accordcd to him.Butto an of us hcre it comcs as no surprise,… 」(p.25)
自己の社会的評価 に関す る前述 のようなほのめか しは作品中に散在するが
,と
りわけ第一章 にお いて際だつている。あたか も不気味に迫るオノ自身の不安を掻き消すように,彼
は自分の影響力を 繰 り返 し確認する。 しか し皮肉にも,オ
フが脅迫観念的な執着を示せば示すほど,そ
の過去 の名声 が実は危 ういものであることを強 く印象づ ける結果 とな り,オ
ノの記憶 の信憑性は希薄なものにな らぎるを得ないのである。 オノを襲 っていた漢然 とした不安は,第
一章 中,様
々な形の伏線 として表現される。オノ自身, 実はその不安の実体 を知っているが,未
だそれに直面することができず核心 を避 けていると言 う方 が正確であろう。最 も明確な伏線は,ノ
リコの縁談 に関するものである。前回の縁談が ミヤケ家側 の急な辞退 のために破談 となった ことについて,セ
ツコはオノの責任 をほのめか し,今
回の縁談の 成功のためには,「過去」に対す る 「誤解」 を避 けるべ く何 らかの「予防策」を打つべきだ と主張 する。I mcrcly 、vishcd to say that it is pcrhaps wisc if Father would take ccrtain prccautionary stcps. ・「 o cnsurc misundcrstandings do not arise...F
'Misundcrstandings about what,Sctsuko?i
'About thc past」 (p.49)
鳥取大学教育地域科学部紀要 教育 。人文科学 第
4巻
第2号 (2003) 611
る ことを知 ると,サ
イ トウ家 の調査 が入 る前 に,ク
ロダを始め昔 の知 り合 いに手 を回 した方が いい と言 う(p.85)。 オ ノは,ミ
ヤ ケ家 の辞退 は,建
前通 リオ ノ家 の方が家柄 が高 い ことを気 に した ため で あると考 えよ うとして いるが (p.19),セ ツ コの この意見 は彼 の心 に しこ りとな って残 る。 この不安 をさ らに助長す るのが,辞 退直前 に出会 った際にミヤケが話題 に した社長 の 自殺 の話 と, セ ツコの夫 スイチが戦死 したオ ノの長男 ケ ンジの告別式で示 した激 しい怒 りであ る。 ミヤケは 自分 の会社の社長 の死 につ いて,関
連 会社 と社 員 を代 表 して戦時 中 に会社 が 関わ つた事業 に対 す る責任 を認 め,戦
死者 の遺族 に謝罪す るための崇高 な行為だ,と
肯 定 的 に語 る(p.55)。 そ して,謝
罪 のた めの 自殺 は無駄 で あると言 うオ ノに対 して,次
のよ うに述 べ る。iSomctimcs l think thcrc arc many who should bc giving thcir livcs in apology who are too coWardly
to facc up to thcir responsibilities. It is then lctt to thc likcs of our Presidcnt to carry out thc ■oble
gcsturcs, Thcrc are plcnty of mcn alrcady back in positions thcy hcld during the war.Somc of thcm
arc no bcttcr than war crilninals.Thcy should bc thc ones apologizing.'
'It's a cowardicc that thcsc men refusc to admit to their mistakcs,And whcn those mistakes wcrc madc on bchalf of the wholc country,why thcn it rnust be thc grcatcst cowardicc of an.:(p.56)
この言葉 を想氾 した後
,オ
ノは 自分 と対 照的な同様 の考 えの持 ち主 として,ミ
ヤ ケ とスイチ の言葉 を混 同す る。上記 の激 しい言葉 が ミヤ ケ の ものだ った のか
,そ
れ ともス イチ の ものだったのか,暖味 にな るので ある。オ ノは
,ケ
ンジの告別式 の 日にスイチが語 つたそ つ く りの言葉 を連想す る。i勁ose who scnt thc■ kcs of Kcnii out thCre to dic thesc bravc deaths,where arc they today?
Theytrc carrying on with their livcs, much thc samc as evcr, Many arc more succcssful han beforc,
bchaving so wcll in front of the Arncricans,thc very oncs who lcd us to disastcr.And yct itis thc likcs
of Kcnii wC havc to mourn.This is what makcs mc angry.Bravc young mcn die for stupid causcs,
and thc rcal culprits arc still 、vith us. Afraid to show thcmsclvcs for what they arc, to admit thcir responsibility.To my mind,thars he greatcst coWardice of allF(p.58)
ミヤケ とスイチが 「最 も卑劣 な者」 と呼んで非難す る対 象 とオ ノ自身 の立場 の類似が
,無
意識 の うち にオ ノの良心 を苛 む。 しか しそれ を認 めた くな い彼 は,戦
時 中,国
民 は戦争遂行 のために全力 を尽 くすべ きだ し,そ
れ を恥 じる理 由もな い,ま
して死 んで詫 びる必要 な どな い(p.55)と主張 して この批判 を退 ける。オ ノの過去 の活動 に対す るスイチの批判 は,オ
ノは 「有 名な画家だつたが,敗
戦 によってや めな けれ ばな らな くな った」 と父 スイチが言 って いた と話す イ チ ロウの言葉 か らも察 す る ことが で き る(p.32)。 さ らに,セ
ツ コ とノ リコは,オ
ノの居な い と ころでひそひそ と父 の批判 を して いるよ うに も思われ,オ
ノは周囲の新 しい大 きな流れの中で,た
だ一 人流 れ に逆 らっている よ うな孤独感 に襲 われる。一方,自
分が過 去 を どう解釈 しよ う と縁談 は相手 の考 え方 に左右 され る ので あ り,世
間一般 の考 え方 に従 つて対 応 すべ き こともまた否定 しが た い事 実 で あつた。 第 一章 の最後 に,前
日のマ ツダ家訪 間が語 られ る。 これ は,オ
ノが 自分 の過去 の行為 をノ リコの 縁談 の障害 にな りうるもの と認 めた ことを表す最初 の行動で ある。 マツダは縁談 に関す る問い合わ せ に慎重 に対応 して欲 しい とい うオ ノの依頼 の真意 を理解 し,最
善 を尽 くす ことを約束 す るが,半
長柄裕美 :敗 北の抱 きじめ方 ツコ と同様
,過
去 の問題 へ の対策 のためな らクロダにも会 うべ きだ と勧 め る。 この忠告 を受 けて, オ ノは徐 々に重 い腰 を上 げ始 めたよ うに思われ る。 続 いて,第
二章 「1949年
4月
」 は,短
いなが らも重要な出来事 を含 む章で ある。主 な独 自内容 を時 間順 に並べ る と,1948年
の末 頃のク ロダ家訪問 と,弟
子 エ ンチ(Ench)のオ ノに対す る激 しい 非難,12月の ノ リコ とサイ トウ・ タ ロウ との見 合いの実現 と,オ ノの過去 の過 ちを認 める発言,1949 年 1月,就
職 のため にオ ノとの過去 の関係 を否定す る釈 明文 を求 めて きた シンタ ロウとの決裂,最
近 のバー ・カ ワカ ミでの シンタ ロウ批判 であ り,第
一章 の1948年
lo月か ら第二章 の1949年
4月 の間の半年間の出来事 に限定 されて いる ことが分か る。第一章 の回想が一般論 としての漠然 とした 対 象 に対す る批判が主で あったの に対 して,第 二章 のエ ンチの言葉や シンタ ロウの釈 明文 の内容 は, 明 らか にオ ノ自身 を名指 しに した もので あ り,回
想 内容 はオ ノにとって さ らに厳 しいもの となる。 そ して,見
合 いの場で のオ ノ自身 の発言 は,そ
うした時代 の逆風 を察 して の彼 な りの(おそ らくは 自意識過剰 な)反 応 であった。 見 合い を待つ数週 間の間 に,障
害 にな る と思 われ る ことを一 つで も解 消 してお きた いとい う気持 か ら,オ
ノはクログ を訪ね る。 しか し,オ
ノが留守番 をす るエ ンチ と交 わす会話 には,ク
ロダ との 問題 は仕 方 のない過 ぎた ことで あ り,い
つ まで もそれ に こだわるべ きで はな い と考 える加害者側 の 鈍感 な姿勢が窺 われ る。一方,被
害 を受 けた者 がそ の記憶 を失 う ことはな いので あ り,オ
ノの正体 を知 った途端 に著 しく態度 を変 えるエ ンチの言葉 には,オ
ノの裏切 りによって クロダが負 った傷 の 深 さを読 み取 る ことがで きる。'It is clearly you who arc ignorant of thc full dctails.Or clsc how would you darc comc hcrc likc this? For instancc,sir, I take it you ncvcr knc、v about Mr Kurodais shouldcr? Hc、 vas in grcat pain,but thc
wardcrs convc cntly forgot to rcport thc iniury and it was not attcndcd to until thc cnd of thc war.
But of coursc, they remcmbcrcd it well cnough whcncvcr they dccidcd to givc him anothcr bcating.
Traitor.Tha『 s what thcy cancd him.Traitor.Evcry minute of cvcry day.But now wc all k■
ow who
thc real traitors were.I(p.113)
この 「裏切 り者(国賊)」 は
,ミ
ヤ ケ とスイチが言 う「最 も卑劣な者」 と同一 の ものであるが,そ
れ が特 にオ ノに向け られた言葉で ある ことが さ らにその刃 の先端 を鋭 くして いる。オ ノは,
この一件 が,きに影 を投 げか け,縁
談 に関す る彼 の楽観 的見通 しを傷 つ けた と述 べ て いる(p.114)。 そ して , だか らこそオ ノは,見
合 いの場で交 わ され るあ らゆる言葉 に敏感 に反応 せ ざるを得 ないので ある。 まずオ ノは,同
席 して いた タ ロウの弟 ミツオの存在 に不安 をか き立て られ る。 目つきにも しぐさ に も自分 に対す る敵意 と非難 が こもって いると映 るミツオ を,最
初 か らオ ノはエ ンチ と重ね 合わせ て見て いる。そ して,ミ
ツオが若 さゆえ にサイ トウ家の考 え を不器用 に晒 して しまって いるに過 ぎ ず,サ
イ トウ家全員が実 は同 じ目で 自分 を見 て いるので はな いか と疑 うので ある(p.117)。 この不 安 は,ミ
ツオが ク ログが就職 した大学 の学生であ り,ク
ロダ とオ ノが過去 の知 り合 いで ある ことを 知 って いる とい う情報 によって頂点 に達す る。結果,オ
ノは思わず次のよ うな告 白を興 奮気 味 に語 る ことになる。i恥ere arc somc who would say it is pcoplc likc mysclf who arc rcsponsiblc for thc tcrriblc things
鳥取大学教育地域科学部紀要 教育・人文科学 第
4巻
第2号
(2003)aCCCPt that much of what l did Was ultimatcly harmful to our natiOn, that minc waS part of an
influencc that rcsultcd in untold suffcring for our oヽvn pcople.I admit thiS,You scc, Dr Saito, I admit this quitc rcadilyr(p. 123)
皮 肉な ことに
,オ
ノの この切実 な言 葉 は,場
違 いな喜劇 性 を伴 つて響 くと言わ ざる を得 な い。 オ ノの懸命 な主張 に も関わ らず,彼
の過去 の名声が実 は彼が思 つて いるほ ど高 いものでな い ことを, すで に読者 は感 じ取 つて いるか らで ある。 したが つて,こ
の大上段 に振 りかぶ つた尊大 な表現 に対 す る違和感 が読者 の笑 い を誘 うので あ る。 しか し一方,ブ
ライ ドに執着す るオ ノが過 去 の過 ち を潔 く認めよ うとす る姿 には敗北戦士 の孤独 な哀感が滲み,読
者 の同情 を誘 う こともまた事 実 で あ る。 主 人公 に対す る批判 と共感 の入 り交 じつた この複雑な印象 は,多
くのlshguro作品 に共通 す る もの で ある。 ノ リコの見合 いの場で交 され る会話 を分析す る と,タ
ロウの役割 の重要性が認識 され る。 タ ロウ は,会
話 の途 中で オ ノが 自意識過剰 に反応 して行 き詰 まるた び に,助
け船 を出 して いる。 まず,デ
モで けが人が 出る ことを巡 って,「 残 念な ことだ」 と弱気 に批判す るオ ノに対 して,サ
イ トウはそ うした活動 がで き る こと自体 「健康 的な ことだ」 と反論す る。 この小 さな対立 に対して も,タ
ロウ は巧 み に仲裁 をし,話
題 を変 えて い く。続 いて,
ミツオがオ ノとク ログの関係 を聞いた ことが ある と話 し,オ
ノが 身構 える場面で も,タ
ロウは素早 く話題 を転換 して いる。 さ らに,オ
ノの前述 の告 白の場面 で も,タ
ロウは 「自分に厳 しす ぎる」 と繰 り返 し日を挟 み,最
終 的 には ノ リコの滑稽 な反 応 を引き出 してそ の場 を和 ませ る ことに成功 す る。 タ ロウの こう した働 きがな ければ見合 いは失敗 に終わ つた可能性 も高 く,こ
れ らのや り取 りは,タ
ロウのバ ランスの取れた感性 と的確 な状況判 断 能 力 を示す根 拠 の一つ と言 える。一方,サ
イ トウ家 のオ ノに対す る認識 につ いて は最後 まで 暖 昧な ままで あ り,第
二章 はそ の点 を巡 って語 られ る ことにな る。 シンタ ロウの釈 明文 の依頼 は,こ
の見 合 いのわずか2, 3週
間後 の ことで あ り,オ
ノの頑 な さは 見 合いで の前述 の発言 が影 響 して いる ことは明 らか で ある。高校教 師 の職 を得るため に,過
去 に描 いた 日中戦争 (1937)の ポスター につ いて,自
分が オ ノ と意見 を異 に した ことを理 由 に二 人 の関係 を 否定 して欲 しい とい うシ ンタ ロウの依頼 に対 して,オ
ノは次 のよ うに言 つて突 き放 す 。iShintaro,I said,why dontt you simply facc up to thc past?You gaincd much crcdit at thc tilnc for
your poster campaign.Much credit and much praisc.Thc world may now havc a diffcrcnt opinion of
yojr wo』(,but thcrcis no■ccd to lic about yourself」 (pp.103‐4)
これは
,会
話 の成 り行 き上,精
神 的 に追 いつ め られて思 わず 口に して しまった とも思 え る見 合 いの席で の発言 を巡 つて
,オ
ノが次 のよ うな新 たな 自己正 当化 を し始 めて いる ことと見 事 に符 合 す る。. . .1=nust say l ind it hard to undcrstand how any man who valucs his sclf‐ respcct would wish for long to avoid rcspo■ siblity for his past dccds, it may ■ot always bc an casy thing, but thCrc is
ccrtainly a satisfaction and dignity to be gaincd in coming to tcrmsヽ vith thc mistakes onc has made in thc coursc of onc's lifc. In any casc, thcre is surcly no grcat shame l■ mistakes madc in thc bcst of
faith,It is surcly a hing far morc shamcful to bc unablc or unwilling to acknowlcdge thcm.(pp.
長柄裕美 :敗北の抱 きじめ方 つま り
,過
去の過ちを認めることが今やオノの新 しい正義 とな り,そ
れができない者 こそが 「恥知 らず」なのだ と考える論理である。オノは,認
めざるを得な くなった過去の責任 を認める代わ りに, 今度は認めるという行為そのものによって,己
の尊厳を守っていこうとする。 しか も,冒
した過ち の責任が重 ければ重いほど,彼
の過去の影響力の大きさが証明されるのであるか ら,
この新 しい正 義はなおさ ら魅力的に映ったはずである。一方,結
果的にはシンタロウがオノの釈明文な しに教師 の職 を得た ことに対 して,「きっと偽善的行為に走 ったのだろう,昔
か らずる賢 い面があった」 と 述べ,足
が不 自由なために免除 された兵役 を 「巧妙 に戦争 を逃れた」(p.125)と 非難す る場面 は, オノの人格的狭量 さを示 して余 りあるものである。 次に第二章「1949年
11月 」の主な独 自内容を時間順に列挙す ると,191o年
代以降のモ リヤマ画 塾所属時代の退廃的生活 とマツダとの出会 い,画
塾か らの離脱,オ
カダ・ シンゲン協会所属時代の プロパガンダポスター作成 と名声の確立,16年
前のサイ トウ博士 との初めての出会 い,開
戦前年 冬のクログ家の取 り調べ,前
月のセツコとの朝の散歩 とイチ ロウとのデパー ト散策,ノ
リコの新居 での夕食 と会話,で
ある。 この章では,オ
ノの過去の経歴や名声をサイ トウ博士が知っていたか ど うか という点がオ ノの独 自の中心 を成す。第二章で過去の活動の過ちを認めて しまったオ ノにとっ て,残
された砦は過去の社会的評価の確かさである。彼はこの最後の砦を守るべ く,孤
独な論理武 装に努めるとともに,問
題 となる過去の出来事の核心部分をよ うや く明 らかにする ことになる。 オノは前月セツコと久 しぶ りに散歩をしなが ら話 した ことを,苛立ちを感 じつつ思い出している。 セツコが言 った 「縁談が起 こるまでサイ トウ博士 はオノの素性 を知 らなかった」 という言葉 にこだ わ り,こ
れは真実ではないとオノは主張す る。なぜな ら,第
二章の冒頭 に語 られるように,今
の自宅に越 してきた翌 日に家の前でサイ トウ博士 に会い
,オ
ノの作品や経歴にも触れて,'A Brcat hOnourto havc an arOst of your staturc in our ncighbourhood,Mr Ono.I(p.131)と 繰 り返 し言った と記憶 してい
るか らである。オノはノリコの新居での食事 の際にこの点をタロウに確認するが
,タ
ロウは巧みに 暖昧な返事 をして明言を避 けるにもかかわ らず,オ
ノはそれがセツコの誤解を証明するものだ と解 釈する。 ここで もオノの独断は発揮 され,一
方タロウの配慮は効果的に働いていると思われ る。オ ノとサイ トウ博士 との関係について,真
実が どち らであるかは,結
局最後まで明確 にされない。 セツコの言葉の中でオノの苛立ちを生むものは他 にも多々ある。セツコはまず,縁
談 をまとめる ために 「予防策」 を打つべきだと言 った というオ ノの記憶 に対 して,そ
んな ことを言った覚えがな いと言 う。そ して,見
合いの席でのオノの発言はノリコにとって もサイ トウ家にとって も驚 きであ り,皆
意味がよく分か らなかった と言 う。さ らに,オ
ノは平凡な一画家に過ぎないのであ り,彼
の 仕事 と戦争 とはほとん ど関係がないし,そ
れが縁談 を左右することも,そ
のためにオノを非難 した がる人 もいないと言 う。 もしセツコのこうした言葉が全て真実な らば,オ
ノの語 る物語全体が,名
もない画家の滑稽な独 り相撲にすぎないということになる。例えば,ノ
リコの縁談のために 「予防 策」 を打つべきだ というセツコの言葉そのものがなかった,と
いう前提を受け入れるな らば,オ
ノ の語 りそれ 自体が冒頭か ら意味を失 うことにもな りかねない。 しか し,前
述のエンチの非難 の言葉 が事実であるな らば,オ
ノの過去の行為が他人の激 しい怨みをかい,場
合によっては縁談 に影響 を 及ぼす可能性があることは確かである。 また,シ
ンタロウの教員就職 に際 して,
日中戦争 中のオノ との思想的関係が障害になっていることか らも,オ
ノの過去がある程度公的な問題 として認識 され ていることは確かであろう。 したがって,「予防策」 に関するセツコの言葉にはある程度の必然性 があ り,
これを否定するセツコの言葉 には優 しい嘘が含 まれている可能性がある。一方,オ
ノの社鳥取大学教育地域科学部紀要 教育 。人文科学 第
4巻
第2号 (2003) 615
会的名声 の程度 に関す る判 断 は,次
章 のマ ツ ダの言葉 とも符 合す るため,逆
に信 憑性が高 いとも言 える。 しか し,誰
が,
ど こまで正 しい真実 を語 つて いるのか とい う問題 は厳密 には確認不可能であ り,読
者 もオ ノ とともに暖味な認識 世界 を漂わ ざるを得な いので ある。(10) 真偽 は別 として も,セ
ツ コが こうした ことを強調 してわ ざわ ざオ ノに言 うのには理 由が あった。 見合 いの席 で の発言 に加 えて,ナ
グチ・ ユ キ オ(Yumo Naguchi)と
い う作 曲家が国民の戦意高揚 の ための曲 を作 つた ことに対 す る自責 の念か ら自殺 を し,オ
ノがそれ に 自分 を重ね るかのよ うに関心 を示 した ことに心 を痛 めて いたか らである。 ノ リコの新居 に滞在 中のセ ツ コは,ノ
リコ夫婦 ととも にオ ノに関す る心配事 を話 し合 い,彼
の恩考 の方向修正 を しよ うとして いる もの と判断 され る。 ノ リコの結婚以来広 い一軒 家 に一人で暮 らし,か
つて の父 としての威厳 も失 って,元
気な く塞 ぎが ち なオ ノの行 く末 を,セ
ツ コ達親族 は心か ら案 じて いるので ある。 この ことは,い
つ も身近 に大人 の会話 を聞 いているイチ ロウの言動 にも表れて いる。オ ノとの昼 食 の際,イ
チ ロウは大 人 の会話か ら聞き知 ったナグチの 自殺 を話題 に して いる。オ ノが 「率直 に間 違 いを認 め死んでお詫び した人で,勇
気 の ある立派 な人だ」 とナ グチの弁 護 をす る と,お
そ らくオ ノが ナ グチ の よ うに行 動 しよ うと思 うので はな いか と心 配 して,イ
チ ロウは黙 り込 んで しま う (p.155)。 また この とき,オ
ノはイチ ロウに男 として夕食時 に酒 を飲 ませ てや る と約束 をす るが, 娘達 の反対 のため に この約束 を守 る ことがで きな い。イチ ロウ と二 人 き りになった機会 を捉 えて彼 に言 い訳 を しよ うとす るオ ノに対 して,イ
チ ロウは 「′心配す る と眠れな くな って,病
気 にな る とい けな いか ら,心
配 しな いで」 と言 い,「 時 にはお父 さん もお母 さん にかなわな い ことが あるか ら, 心 配 しな くて い い よ 」 と言 って,逆
に 落 胆 した オ ノ の 気 持 ち を繰 り返 し慰 め よ う とす る 。 (pp.187-9)(11)た った一年 で大 き く見違 えるよ うに成長 したイチ ロウは,祖
父 の弱体化 を意識 し, いたわ りた いとい う気持 ちを強 めて いるよ うに思われ る。 セ ツコの言葉が父 を案 じた結果 である ことは,そ
れ らが全 てオ ノの責任 を軽減 または否定す るも のである ことか らも明 らかで ある。 しか し,責
任 を回避 す る ことは 同時 に名声 を否定す る ことをも 意 味す るので あ り,オ
ノ に とって これ は承伏 し難 い ことで あった。親族 の心配 にも関わ らず,オ
ノ 自身は 自殺 の意志 は皆 目な く,ひ
たす ら保 身のための 自己弁護 を繰 り返す 。第二章 には,表
面 的 に は他人の経歴 に対す る弁 明 を装 いつつ行 われ るオ ノの自己正 当化 の努 力が散在 して いる。 セ ツコとカ ワベ公 園 を散歩 しなが ら,オ
ノは20数
年前,こ
の公 園の改造計画 を立てなが ら,財
政上の問題 のため にそ の実現 を噺念せ ぎる を得なか ったスギム ラ・ アキ ラの ことを思 い出す。オ ノ の 自宅のかつて の持 ち主 で あった この建築家 は,こ
の時 の挫折 によ って 巨額 の財産 を失 い,か
つ て の影響 力を永遠 に失 うことにな った という。オ ノは,こ のスギム ラの経歴 に強 い共感 を示 している。_.I confcss l an bcginning to fccl a ccrtain admiration for thc man[i.eo sugimura].For indccd,a man who aspircs to rise abovc thc mcdiocre, to bc soncthing more than ordinary, surcly dcscrves
admiration,cvcn if in hc cnd hc fails and loscs a fortunc on account of his ambitions,It is my beliet furthcrmore, that Sugilnura did ■ot dic an unhappy man. For his failurc was quite unlike thc
undignificd failurcs of most ordinary livcs, and a man likc Sugiinura would havc known this. If onc
has failcd o■ ly 、vhcrc others havc not had thc courage or will to try,thcrc is a consolation― indccd,
a dccp satisttction― to bc gaincd fron this obscrvation whcn looking back ovcr oncる hfc。 (p.134)
616 長柄裕美 :敗北の抱 きしめ方 して い る。そ して
,
この 「凡 人 にで きな い果 敢 な拶[戦 を した 人 は,た
とえ挫 折 した と して も賞 賛 に 値 す る」とい う考 え方 は,前述 の 自殺 した作 曲家 ナ グチ に対 す る擁 護 の言 葉 に も共 通 す る もの だが, 同様 に,今で は 名 声 を失 った か つ て の師 匠 モ リヤ マ に対 す るオ ノの態 度 に も頻 繁 に現 れ る。例 え ば, 弟 子 の忠 誠 を絶 対 視 す る モ リヤ マ の方 針 へ の批 判 に対 して,オ
ノは,自
らの壮 大 な 目標 の た め に人 生 を捧 げ た モ リヤ マ を擁 護 して 次 の よ うに述 べ て い る。. . . anyonc who has hcld ambitions on a grand scalc,anyonc who has bccn in a position to achicvc somcthing large and has fclt thc nccd to ilnpart his idcas as thoroughly as possiblc, will havc somc sympathy for thc、vay Mori‐san conductcd things. For though it may sccm a litdc foolish now in thc
light of what bccamc of his carccr, it was Mori‐ sanis wish at that timc to do nothing lcss than changc fundamentaly thc idcntity of painting as practiscd in our city.It、 vas with no lcss a goal in mind that
he devotcd so much of his timc and wcalth to thc nurturing of pup1ls, and it is pcrhaps iコnportant to
rcmcmbcr this whcn making judgcmcnts conccrning my former tcachcr.(p.144)
さらにオノは
,若
い頃には迷いがあつたが,今
では浮世の美の追究 に捧 げた自分の人生に満足 しているというモ リヤマの次のような言葉を
,自
分 自身の言葉 と重ねつつ肯定的に想起 している。'Whcn l am an old man, when I Iook back ovcr my life and scc X havc devotcd it to thc task of
capturing thc unique beauty of that world,I bclicvc l win bc wcn satisficd.And■ o man will makc mc believc lttve wasted my timc.子 (pp.150-1)
こうしてオ ノは
,一
貫 して過去 に高 い名声 を得なが らそれ を失 った人物 の勇気 と偉大 さを称 え, そ の人生 の意味 を擁 護す る。 これ は,自
分 も彼 らと同類で あるとい う認識 が前提 となってお り,そ
の認識 の反復 的な確認作業 で ある と言える。(12) 一方,第
三章 は,オ
ノの過去 の秘密が 明 らか にされ る という点で も重要 な意味 を持 つて いる。過 去 の問題 の中で もオ ノが最 も触 れ た くなか った と思われ る こと,す
なわ ち クログの逮捕 への 自分 自 身 の関与が,初
めて告 白され るの もこの章で ある。オ ノは開戦前年 の冬,警
察 によ って ク ロダ家が 取 り調べ を受 けて いる場面 を詳細 に思 い出すが,こ
の記憶 のなかで,彼
は取 り調べ 中の警察官 に対 して 自分 の立場 を次 のよ うに表 明 して いる。I am thc man on whose information you have bccn brought hcrc.I am Masuii OnO,血e a st and
mcmbcr of the Cultural Committee of hc lntcrior Dcpartmcnt,Indeed,I am an official adviscr to thc
Committcc of Unpatriotic Activities」 (p.182)
つ ま り
,非
愛 国主義 的活動 を取 り締 まる委員 会 の審 議委員 で あるオ ノ 自身が流 した情報 によ って,この取 り調べが行われて いる ことが明 らか にされ るので ある。オ ノは,こ の取 り調べ は何 らか の「誤 解 」に基 づ いて いる と して抗 議す るが
,結
局 聞き入れ られず,I had nO idca somcthing like this would happen.I Inerely suggcstcd to the cominittcc sOmCOne comc round and give Mr】 くuroda a talking‐ to for hisown goodr(p.183)と 言 い訳 め いた弁解 をす る。実質 的 には密告 と して機 能 した行 為 を,「 ク ロダ本
鳥取大学教育地域科学部紀要 教育 。人文科学 第
4巻
第2号
(2003) 第二章 で は,さ
らに,オ
ノがモ リヤマ画塾 か らオ カダ・ シンゲ ン協会 に席 を移 す 決 断 をす る経緯 と,彼
が描 いたプ ロパ ガ ンダポス ターの内容が初 めて明 らか にされ る。 こうして よ うや く,物
語 の 冒頭 か ら問題 とされてきたオ ノの過去 の行動 の重要な欠落部分が埋 め られ,そ
の全体 像 が輪郭 を成 す に至 る。(この詳細な内容 につ いて は,後
述す る。) 一方,前
述 のセ ツ コの言葉 によ って,オ
ノが死守 した い と願 つた過去 の名声は暖昧な ままに放置 され る結果 とな り,そ
れ を証 明 した い とい う彼の願望 は叶わな い。オ ノは挫折感 と苛立 ち の中で, ひたす らセ ツコの言葉 の誤 りを指 摘 し続 ける こと しかで きな いので ある。 最後 の第 四章 「1950年 6月
」 は,非
常 に短 いなが らも,オ
ノの今後 に対す る示唆 に富 んだ章で ある。主 な回想 内容 を時間順 に並べ ると,1938年
5月
の シゲタ財団賞 の受賞 とお祝 い,数
日後 の モ リヤマの別荘再訪 の試み とその断念,1950年
早 々の ノ リコの結婚 とオ ノの病気,5月
のマ ツダ家 再訪 問,前
日の旧歓 楽街 の散歩,本
日午前 のマツダ死亡 の知 らせ,で
ある。 マツ ダ の死 の知 らせ を 受 けたオ ノは,マ
ツダ との最後 の会話 と自己 の画家 として の最盛期,さ
らに前 日探訪 した新 しく生 まれ変わ った町の様子 を回想す る。全体 として,時
代 の明 らかな変化 と,そ
れ を容認 し次世代 の未 来 を信 じよ うとす るオ ノの心境 が 印象的 に描 かれ る。第二章 にお いて はセ ツ コの言 葉 に苛 立 ち を禁 じ得なか ったオ ノが,マ
ツダ との再会 と彼 の死 の意味 を考 える過程で,徐
々にあ りの ままの 自分 を 受 け入れ る覚悟 を固めてい くので ある。 前 月の再会場面で,死
を前 にして ある諦観 に達 していた と思われ るマツダは,昔
はよ く「芸術家 の視野 の狭 さ」 を指摘 してオ ノをい じめた ものだが,「 結 局二 人 とも充分 に広 い視野 な ど持 ち合わ せて いなか った らしい」 と言 う。 さ らにマ ツダは,次
のよ うに述 べて二人 の人生 を要約す る。iBut thcrcis ■o nccd to blamc oursclvcs undulyデ hC Said, IWe at least actcd on what we bclicvcd
and did our utmost.1ど s iuSt that in thc cnd wc turncd out to bc ordinary mcno Ordinary mcn with no spccial gifts of insight. It was simply our misfortune to havc bccn ordinary men during such times」
(p.199_200)
この言葉 の前半部分 はオ ノが繰 り返 し述 べて きた主張 の反復 で あるが
,自
分た ちが 「平凡 な人間」に過 ぎなか った とい う後半部分 こそ
,オ
ノに とって受 け入れ難 く,最
後 まで抵抗 し続 けて きた事実で あった。マツダは この事実 をさ らに正確 に確認すべ く
,本
物 の戦 犯 と自分 たち との差 異 を語 る。ツゝrmy officcrs, politicians, busincssmcnデ MatSuda said, iThcyivc all been blamed for what happcncd to this country. But as for thc likcs of us, Ono, Our contribution was always marginal. No onc cares now whatthc likcs of you and mc once did.Thcy look at us and scc only two old men with
thcir sticks.I・・・ IWCirc thc o■ly oncs who care now. Thc likcs of you and me, Ono, whcn ve look
back over our l cs and scc thcy wcrc flavcd,wcre he Only oncs who carc now」 (p.201)
「自分たちの影響 は周縁的な ものに過 ぎず
,誰
もそれ を気 に して いる者 はいない」 とい うマツダの指摘 は
,死
を前 に した 自分 自身 に対す る確認である とともに,オ
ノの無意味 に張 りつめた頑 なな意識 をほ ぐし
,病
み上が りで気弱 にな った彼 に安 らぎを与 えるためのマツダの思 いや りだ ったのか も知 れな い。一方
,マ
ツダの死 の知 らせ を受 けて この会話 を思 い出 したオ ノは,マ
ツ ダ の人生 を通 し618 長柄裕美 :敗北の抱 きしめ方
But even as hc uttcrcd such words, thcrc rcmaincd somcthing in Matsudals manner that aftcrnoon to suggcst hc was anything but a disillusioncd man. And surcly thcrc、 vas no rcason for hittt to havc
dicd disinusioncd.He may indccd have lookcd back ovcr his life and sccn certain flaws,but surcly hc would havc rccognized also those aspccts he could fccl proud of. FoL as hc pointcd out hilnsclt the likcs of him and mc,wc havc thc satisfaction of knowing that whatcvcr wc did,we did at thc timc in
the bcst of iaith.(pp.201‐ 2) マツダの人生 の最期 を肯定的 に捉 える ことは
,オ
ノに とって,や
がて訪れ る 自分 自身の人生 の終わ り方 を語 る ことを意味 して いた。つ ま り,洞
察 力 に欠 けるため に人生 に「傷」を残す「平凡 な人間」 に過 ぎな い自分たちが,意
味 ある人生 を生 きた とい う確信 を どこに見 いだ し得 るのか とい う問題 で ある。オ ノは,1938年
,プ
ロパ ガ ンダ画家 としての成功 によ って シゲタ財 団賞 (shigcta Foundation Award)を受賞 した数 日後,モ
リヤマの別荘 を16年
ぶ りに訪ね よ うとした ときの経験 を思 い出す。 これ は,か
つて の師 匠モ リヤマ との地位 の逆転 を見せつ けるための訪間で あったが,高
い峠 の上か ら別 荘 を見下 ろ したオ ノは,「 深 い勝利感 と満足感 」が こみ上 げ,も
はや モ リヤマ に会 う必 要がな い ことを感 じる。It was a profound scnsc of happincss dcriving from the conviction that oncis cfforts havc bccn justincd;that thc hard work undcrtakcn,thc doubts overcome,have an bcen wOrthwhilc;hat onc has
achicvcd somcthing of rcal valuc and distinction.I did not go any furthcr towards thc villa that day―
it sccncd quitc poindcss,(p.204)
オ ノは
,人
が人生 の意味 を感 じるのは こうい う瞬間であ り,マ
ツダ もきっ と こうした瞬 間 を持 っていた に違 いな い と考 える。
For however onc may comC in latcr ycars to reasscss oncts achicvcmcnts,it is always a consolation to know that oncis lifc has containcd a moment or two of rcal satisfaction such as l cxpcricnccd that day
up On that high mountain path.(p.204)
確 か に
,当
時 峠の上か ら別荘 を見下 ろ しつつオ ノが感 じた 「勝利感 と満足感」が,自
己 満足的で 一時 的価値 に基 づ くもので あった ことは否定で きな い。 しか し,「 平凡な人間」が永続 的で普遍 的 な価値 によって物事 を判 断す る ことの困難 を知 った今,オ
ノは,他
人 の賞賛 とも競争相手 の反応 と も無 関係 に,人
が 自分 の業績 に対 して純粋 な達成感 に満 た され る前述 のよ うな瞬間 こそ が,人
生 の 貴重 な支 え とな る ことを実感 して いる。 こう して オ ノは,実
物大 の 自己像 をよ うや く受 け入 れ始 め るので ある。 物 語 の終 わ りに,オ
フィス街 に姿 を変 えたかつて の歓楽街 を歩 くオ ノは,「 まぶ しいほ ど白い ワ イ シャツ を着たサ ラ リー マ ン達 」の「溢 れ るほ どの楽天性 と情熱」と,日 差 しの 中で笑 う彼 らの「子 供 の よ うに開放 的 な無邪気 さ」 に出会 って,戦
前 の時代 へ の 「ノスタル ジア」 を感 じる と と もに, 新 しい時代 の可 能 性 を信 じ,心
か ら祈 りた い気持 ちにな る(p.206)。 老後 のオ ノの人生 が,一
市 民 としての これ までの人生 の意義 を信 じ,か
つ次世代 の繁栄 を温か く見守 る平安な もので ある ことを鳥取大学教育地域科学部紀要 教育・人文科学 第
4巻
第2号
(2CX13) 予感 させ つ つ,物
語 は幕 を閉 じる。(13) 以上, 4つ
の章で語 られ るオ ノの意識 の変化 を詳細 にた どった。 自己 の過去の名声 に執着す る第 一章か ら,突
然過去 の過 ちを認め,そ
れ と引き換 えに過去 の名声 を死守 しよ うとす る第二章,そ
し て最後 の砦で ある過去 の名声 を揺 るがす発言 に苛立つ第二章 を経て,友
人 の死 を契機 に実物大 の 自 分 と現実 を受 け入れて い くに至 る第 四章 へ と,オ
ノが戦後 の価値激変 の時代 を生 き抜 き,そ
の 中で 自分の生 き る意 味 を再 構築 しよ う と苦 しむ過程 を読 み取 る ことがで きた。IshgurOが
,各
章 で オ ノ が想起す る 「過去」 を注意深 く選択 し,無
難 な出来事 か ら最 も触 れ た くな い出来事 へ と物語 の展 開 を巧み に導 いて いる ことが 明 らか にな った。 また,「 信用 できな い語 り手」で あるオ ノの独 白が多 くの歪 んだ記憶 を呼び出 し,そ
れ と現実 との間の絶 え問な い緊張 が,作
品 の持 つ豊 かな コ ンテ クス トを生み 出 して いる ことも確認で きた。 ShaffcrとLcwisは
,オ
ノが独 白を輸 め,終
わ る場所で あ り,か
つ第一,二
,四
章 の冒頭 に言 及 され るlhc B dgc of Hetttationiと い う橋 の象徴性 につ いて論 じて いる。(14)これ は長 崎市 にもある「思 案橋」を思 わせ る名称 で あ るが,オ
ノによれ ば,それ を渡る と歓 楽街へ出たため,tonsdencc―troublcd me∬が夜 の楽 しみ にふ けるか,そ
れ とも妻 の待つ家 に帰 るか決 めかねて,う
ろ うろ して いた ことからそ う呼 ばれて いた とい う。 しか し同時 に この名称 は
,も
う一 人 の ℃Onsdcncc― troublcd ma∬で ある オ ノ自身の揺れ動 く意識 を巧 みに表現す るもの ともな って いる。It is also a rccurring icon of Onois own troublcd conscicnce and hcsitation, caught as hc is bctwccn shamc and Built,giory and ignominy,his homc and a homclessncss of thc mind.(15)
橋はオ ノの揺 れ る心 の起 点 と して
,象
徴 的意 味 を担 って いる。 オ ノは必 ず 一 人橋 を訪れ,無
意識 に 自らの不安 を見つ めて は,ま
た立 ち去 つて い く。 しか し,物
語 の 冒頭 で橋 を渡 ったオ ノ と,結
末部 分で橋 にたたず む オ ノ との間 には,微
妙 な,し
か し大きな精神 的変化が起 こつて いたので ある。 「焦げ臭さ」の連鎖 Ishiguroは,同
質 シー ンの反復 を利用 して読者 にある種の既視感 を覚えさせることによって,無
言のうちに物語が卑む皮肉な余韻 を表現することに巧みである。И Prr虎 跨ι"げ
rrilJsにおいては, 東京の女性の子殺 しと長崎の連続子供殺害事件,さ
らにはサチコの子猫殺 しという 「子殺 し」のシ ーンの連鎖 によって,ケ
イコの自殺がエツコの子殺 しに等 しいという連想 を誘 うことに成功 してい る。(1。 '同様 にИヵИ′ris・サげ 力θ FJ9,肋=レ
ケ″では,絵
を燃やす場面及びそれを暗示する 「臭い」の 連鎖によって,被害者か ら加害者 に逆転するオノの立場の皮肉が強烈に印象づけられることになる。 オノの画家 としての二つの段階を辿 りつつ,こ
の連鎖の効果 を考察する。 まず最初 に絵 を焼 くという行為がなされるのは,オ
ノが15歳
のときの自宅の客間である。 自家 の商売を継がせたいと考える父は,オノが密かに画家を志 して絵 を描きためていることに激怒す る。 今まで描 いた絵 を残 らず持 って くるようにと命 じられて持って行 くが,「もう1, 2枚
残 つている ものがあるのではないか,し かもそれがお前の最 も誇 りにしているものなのではないか」(p.43)と, 問いただされ,さ
らに追加 して持 って行 く。退席を求め られて後 しばらくして,廊
下で母 と会 った オノは次のような会話を交わ している。長柄裕美 :敗北の抱 きしめ方 Thcrづs,s胞9〃
げう
'′れ
'μ=around thc houscデ I rCmarkcd,iβ,rttipg?I My mothcr was silcnt for a whilc,thcn shc said:iNo l dont think so.It must bc your imagination,MasuiiF
II dP/JιJrう,/ヵ肋g,II said Thcrc,I just caught it again.Is Fathcr still in thc rcception loom″
iYcs.He〔 working on somcthingr
iWhatcvcr hcis doing in thcrcデ I said,Iit docsalt bothcr lnc in thc lcast.
My mothcr madc no sound, so l addcd: !Thc only thing Fathcris succccdcd in たテヵ′′ 'ヵ
g is my ambition.I[Italics:minc](p.47)
オ ノは 自分の絵 が焼かれ た場面 を 目撃 して いない。 またそれ を知 って いるはず の母 は一言 も説 明 を
しよ うとしない。それ にもかかわ らず,la smcn Of bur nごとkindl ゴとい う言葉 の暗示 によ ってj
明 らか にオ ノの絵 が焼かれ た ことが表現 され るのである。 や がて画家 にな るべ く家 を出たオ ノは
,苦
労 の末,第
一 の段階で あるタケダエ房 での職 を得 る。 この工房 は外 国か らの注文 に応 じて,「 芸者,桜 ,鯉 ,寺
院」 な ど,外
国 人 の 目に 「日本 らしく」 見 え る もの を描 く ことを専 門 と して お り(p.69),絵の質 よ りも,「 短時間 に多数 の絵 を制作す る能 力」 を誇 って いた とい う(p.66)。 オ ノは この工房で の画家 として の活動 に限界 を感 じ,同
僚 のカ メ を誘 って第二 の段階 で あるモ リヤマ画塾 に所属 を変える。師 匠モ リヤマは,「 現代 の歌麿」(p.140) と呼ばれ る耽美主義 的な画家であ り,歌
麿以来 の伝統 的女性画 と ヨー ロ ッパ絵 画 の手 法 の融 合 をそ の特徴 として いる。塾生 はモ リヤマの別荘 に暮 らして いるが,こ
の別荘が外 界か ら遮断 され,荒
れ 果 てた状態 にある ことが,彼
の追求す る芸術 の閉塞性 と退廃性 を象徴 して いる。作 品タイ トル にも 使 われたiユoal■g worIどとは,lhc night― timc wond of plcasurc,cntertttnmcnt and drink whた h formcd thc
backdrop for all our pttntingぎ (p.145)と定義 され
,い
わ ゆる 「浮世」 を意味 しているが,モ
リヤマ画塾 の メンバー達 は
,師
匠の流儀 に従 い毎夜花柳界で の酒 と官能 の時 間 を過 ごして は,は
かな い美 の探究 に勤 しんで いる。一番弟子ササキは師 匠の意見 の代弁者 で あ り
,塾
生 の間では絵 に対す る彼 の評価が絶対 的な意 味 を持 つ。
Although as l havc said, somc argumcnts could gO on a long tilnc, o■ cC SaSaki finally madc up his mind on a mattcr,that、 vould usually mark thc cnd of thc disputc,Simila』 y,if Sasaki wcrc to suggest a pcrsonls painting 、vas in any 、vay idisloyali to our tcachcr, this would almost always lcad to iinmediatc capitulation on the part of thc offcnder――who would then abandon thc painting, or in somc cases,う″脇 it along win the refusc.[Itahcsi mine](P,140)
ここでさりげな く用 い られる一語bur∬が