社会科教育 と憲法学習
一最高法規性 と基本原理一
社会科教育教室ナ
││ ― 、 社 会 科 にお け る憲 法 学 き の位 置 づ け 憲法学習 は社会科 において極 めて重要な地位,役
割 を有 していると考 えるものであるが,そ
の理 由は,お
よそ次の如 きものが考 えられ る。 まず,憲
法学習 は主 として社会科の公民的分野の学習の中で行なわれ るものであるが,(勿
論,歴
史 。地理分野の学習の中で も行なわれ る面 はあるにして も)そ
の公民的分野 は社会科 においては, 社会科の究極的総括的 目標である「公民的資質の育成」 という点か ら考 え,最
も重要 な地位 を占め るもの と考 えるものであ り,し
かるが故 に中学校社会科学習指導要領 では公民的分野の教育 を中学3年
の最終学年 に位置づけ,いわゆるπ型構造 として地理・歴史両分野の基礎の上 に,公
民的分野 の 総合的学習 を展開 し,義
務教育 における社会科学習 をしめ くくっているのである。 ちなみに小・ 中 ・ 高の社会科の目標 を学習指導要領 の文言で見 ると,そ
れぞれ次の ような ものである。すなわ ち, (小学校〉 社会生活 についての基礎的理解 を図 り,我
が国の国土 と歴史 に対 する理解 と愛情 を育 て,民
主的, 平和的な国家・ 社会の形成者 として必要な公民的資質の基礎 を養 う。 (中学校〉 広い視野 に立 って,我
が国の国土 と歴史 に対す る理解 を深め,公
民 としての基礎的教養 を培 い, 民主的,平
和的な国家・社会の形成者 として必要 な公民的資質の基礎 を養 う。 〈高等学校〉 広 い視野 に立 って,社
会 と人間についての理解 と認識 を深め,民
主的,平
和的な国家 。社会の有 為な形成者 として必要 な公民的資質 を養 う。 か くして「公民的資質の育成」が小 。中・ 高 を一貫 した社会科の究極的目標であることは明 白で あ り,社
会科公民的分野の学習 はこの「公民的資質の育成」に直接かかわ るもの として社会科 にお ける重要な地位 をしめることになる。ただ「公民的資質」 はその表現が抽象的であるが為 にその具 体的内容 については各種の考 え方が有 るにして も,戦
前の公民教育 における「公民」 と混同 されな いためには,「公民的資質」における公民 は憲法の明示 する国民主権主義下 における公民 とい う意味 が充分 に理解 されねばな らず,そ
の為 に公民的分野 における憲法学習が極 めて重要 とな り,従
って 憲法学習 は社会科 において極 めて重要な地位 を占めることになるのである。 さらに社会科で重要 な 地位 を占める公民的分野の学習の基礎的基本的概念 は,「民主・平和 。人権 。自由・平等」 と考 える 哲 糸田ものであるが
,
これ らの基本的概念 は憲法の基本理念であ り,こ
れが,家
庭・ 学校 。職場 。地域・ 農村 。社会 。国家 。世界 に如何 に応用,適
用 してい くかを学習 し,ま
たかか る精神や態度 を身 につ けるのが,公
民的分野の学習の基本 と考 える。 さすれば憲法学習 は公民的分野の学習の基本 をなす ものであ り,憲
法の精神,理
念 を学び,身
につけることは公民的分野 においては最 も重要であ り, しかるが故 に社会科 において も重要 な地位 を占めることになる。 次に教育基本法前文 に「・…ここに,日
本国憲法の精神 に則 り,教
育の目的 を明示 して,新
しい日 本の教育の基本 を確立 す るため,…
Jと
して,教
育 その ものが,基
本的には憲法の精神 をふ まえて 行 なわれ るべ きと宣言 している点か らも,憲
法学習の重要性が分 るのであるが,な
お憲法学習が社 会科において重要 な理 由を二、三付 け加 えてお きたい。 社会科では「正 しい社会認識 の育成」 も社会科の 目標 であるが,何
が「正 しい」んゝとい うことに ついては,社
会事象に関する評価,判
断は容易 に得がたい面がある。特 に現実具体 の社会現象は, 政治現象は勿論の こと,経
済 。社会・労働・ 農村・ 文化等あ らゆるものに政治の影響 を払拭 し得な い面がある為 に,
また現代がす ぐれて政治的時代であるが為 に,一
方が他方 を絶対的 に拒否出来 る ほど「唯―の正 しい」立場や解釈 は容易 に無い ものであ り,い
ずれ も一面の真理があ り,又
全面的 に真理でない とい う関係が多いのであるが,そ
れに して も,「よ り正 しい」ものを模索する為 に,よ
りどころになるの は,憲
法であ り憲法の精神である。すなわち,憲
法は我が国の最高法規・根本法 規 として,国
民共通 の法的社会的理解の基礎であ り,充
分 な憲法学習 を通 じて憲法の精神 。理念 を 理解 し身 につけることによ り社会事象についてのよ り正 しい認識が育成 されるもの と考 える。か く して社会科 において憲法学習 は極 めて重要 となる。 さらに社会科では「 ものの見方,考
え方」 も育成 し,
この面では,他
教科 と異な り,極
めて価値 関係的であ り,価
値の問題 を避 けて通れず価値観養成 とい う面がある。民主主義価値観 に立 って, 価値観の多様性 を許容 するに して も,「より望 ましい」見方,考
え方 を追求する必要 はあるであろう。 その為 には,戦
後 の我が国 。社会の価値観の基盤 になっている憲法の学習が極 めて重要 となる。 また,社
会科 は,単
なる知識・ 理解のみな らず国家 。社会・ 公共の一員 として,如
何 なる態度や 行動が望 ましいか も,学
習するものである。 そ して,そ
の望 ましい態度,行
動の尺度・基準になる の も憲法である。すなわち日本国憲法 は人類普偏の原理 (a universal principle of mankind)を 確 認 し,人
間尊重の基本精神で全体 を貫いてお り,国
民主権主義,人
権尊重主義お よび平和主義の三 原則 を掲 げている。 この憲法の原則 は国政の運用のすべてに具現 されるものであ り,憲
法の精神 は 国民生活のあ らゆる面 に展開 され るべ きものである!従って憲法は政治批判の尺度で もあ り,ま た国 民行動の基準 として,そ
の学習が重要 となる。 また日本国民 は日本国憲法の制定者 として,憲
法 を 尊重 し擁護す る義務 を持 っているのであ り,憲
法第99条が憲法尊重擁護義務者 として国民 を掲 げて いないのは,憲
法制定者 は当然の義務 として,強
いて掲 げてない までの ことである。か くして国民 として憲法 を尊重擁護す る為 には,学
校教育 で,
とりわ け社会科で憲法 をよ く知 り理解す ることが 必要 とな り,
ここで も憲法学習が重要な意味 を持 って来 るのである。 また教育基本法第8条に「良 識 ある公民たるに必要な政治的教養 は教育上尊重 しなけれ ばな らない」 とあるが,こ
こでいう「公 民たるに必要な政治的教養」については憲法学習がその中核 をなす もの と考 える。 以上の如 く,憲
法学習が社会科で重要な地位 を占めることになるのであるが,憲
法学習の意義 に ついては広義・ 狭義の ものがあるとして も,本
小論 は,主
として中学校社会科公民的分野 における 憲法学習 を想定 して,そ
の際の教材論,指
導方法論及 びその問題点 について検討 を加 えてみたい。 そ して今回は特 に憲法の最高法規性 と憲法原則 を中心に考察 してい くことにする。鳥取大学教育学部研究報告 教育科学 第 28巻 第
1号 15
二 、 日標 と発 問 いずれの中学校社会科公民的分野の教科書 も憲法学習 に入 るところで,憲
法の意義,成
立,原
則 についての記述があるが,
そこでの本時 目標 とな り得 るものを,
一般的教科書の記述 をふ まえて (一一勿論,教
科書の記述の仕方,あ
るいは教師の姿勢,生
徒の関心,興
味,実
態等により,そ
の 目標の変 ることは当然の ことではあるが一―)主
な ものを例示 して見 る と次の如 きものがある。 本時 目標1,国
の最高法規 としての憲法の重要 さに気付かせ る。2,国
家の最高法規 としての憲法の意義 を理解 させ る。3,近
代憲法成立の歴史 を知 り,日
本国憲法の成立過程 を理解 させ る。4,近
代憲法 はどの ような性格 の ものか理解 させ る。5,憲
法の意義 を知 るとともに,日
本国憲法 を制定 した基本理念 をつかむ。6,近
代憲法 と日本国憲法の成立過程 を通 して,日
本国憲法の基本理念 を学 ばせ る。7,日
本国憲法の成立 した理 由を旧憲法 を考慮 して考 えさせ る。8,近
代憲法成立以前の社会 をとらえさせ,近
代憲法がなぜ成立 したか,そ
の特色 は何 かをとら えさせ る。9,大
日本帝国憲法 と日本国憲法のちがいを検討することを通 じて,日
本国憲法の特色 を把握 さ せる。10,近
代憲法 と日本国憲法の成立過程 と,そ
の特徴 を明確 に理解 させ る。11,国
民の どの様 な願 いか ら,今
日の 日本国憲法が生 まれたのかを,英
。米・ 仏 。日の歴史など か ら考 え,そ
れ を憲法の基本理念 に結 びつける。12,近
代憲法の精神 に基 いて,国
民主権・ 平和主義・ 基本的人権 の尊重 を基本理念 とする日本国 憲法が成立 した ことを理解 させ る。13,国
の最高法規である憲法 は,国
民の自由 と権利の保 障 を根本 に していることを理解す る。 14,イ ギ リス・ アメ リカ 。フランスにおける近代憲法の成立 をふ まえ,大
日本帝国憲法か ら日本 国憲法への移行 を歴史的背景 を基 に理解 させる。15,憲
法がなぜ,ど
のように制定 されたか を捉 まえさえ,そ
の必要性 を理解 させ る。 さらに日本 国憲法の存在 を身近 な もの としてつか ませ る。 16。 ,日 本国憲法 と大 日本帝国憲法 を比較 させ,大日本帝国憲法の非近代的内容 を指摘 で きるよう に し,さ
らに日本国憲法の成立過程 とその基本理念 を理解 させ る。17,今
日の様 な近代憲法が成立するには,人
類 の多年 にわたる自由獲得の努力があった ことを理 解す る。18,近
代憲法 は,国
民の基本的権利 を保障す るために成立 した ものであることを とらえさせ,日
本国憲法成立の背景 を知 り,基
本理念 について具体的事例 をあげて説明出来 るようにする。19,明
治憲法 と日本国憲法の違 いを明 らかにさせ,近
代憲法の成立するまでの過程 を追 ってい く ことにより,そ
の中に こめ られた人民 (国民)の
願 い と,基
本的理念 をつか ませ る。20,政
治の機構や働 き,国
民の基本的な権利 は,す
べて憲法 に基づいていることを理解 させ る。 以上の目標 に関連 し,目
標達成 にかかわ る生徒 に対す る教師の主 な発間事項,乃
至 は社会科教師として理解 していなければな らない主 な事項 を列挙 してみると, 発問事項 1, 憲法 とはイ可か。
2,最
高法規 とはどういうことか。3,国
家 とは如何 なるものか。4,現
在の 日本国憲法 は誰が作 つたか。5,日
本国憲法 は「与 えられた憲法」か。6,日
本国憲法 は何 をもとに作 られたか。7,日
本国憲法 を何故「改正憲法」 と云わず「新憲法」 と云 うのか。8,近
代憲法の特質 は何か。9,明
治憲法 は近代憲法 と云 えるか。10,新
・ 旧憲法の相違点 は何か。 ■,新
憲法の二つの原則 は何か。 12,日本国憲法の基本理念 は何 か。 13,日本国憲法の基本原理 は,私
たちの暮 しとどの ようなかかわ りがあるか。14,大
日本帝国憲法 は,ど
の ような背景で制定 された憲法か。15,な
ぜ憲法 というものが必要 なのだ ろう。 16,日本国憲法 は何 を契機 として作成 されたか。17,戦
時中に憲法の保障する自由・ 権利 は何 によって制限 されたか。 18,日本国憲法の基本理念 は現在の社会で守 られているか。 19,日本国憲法 を制定 した国民の願 いは何であったか。20,わ
た したちの生活 は,何
によって守 られているか。21,憲
法の基本原理 は,現
代社会の どの様 な場面 で見 られ るか。 また矛盾 を感 じるところはない か。 あるとした らどのような場面か。22,近
代憲法成立以前の社会 はどんな ものだったか。23,市
民革命 はなぜ行 なわれたか。何 をめざしていたのか。24,ア
メ リカの独立宣言 とフランスの人権宣言の共通点 はどこにあると思 うか。25,ア
メ リカの独立宣言やフランスの人権宣言の主 な内容 はどんな ことか。26,憲
法が国の最高法規であるとい うことは具体 的にどういうことか。27,ア
メ リカや フランスではどうい う背景の もとに独立宣言や人権宣言が発表 されたのか。また, それによって どういうことが明 らかになったか。28,大
日本帝国憲法の不充分なために,国
民 はどんな影響 を受 けることになったのか。29,大
日本帝国憲法の下 において,不
幸な戦争が くり返 されたのはなぜか。30,治
安維持法な どを説明 した うえで,基
本的人権 が,尊
重 されなければ,ど
の ようになるか。 31,「人類 の多年 にわたる自由獲得の努力の成果」 とは如何なる事実 をさしているのか。32,ア
メ リカの独立宣言の中の「生命,自
由お よび幸福 の追求Jと
同 じ文旬のある憲法の条文が 有 るか。33,憲
法の基本理念 と基本原理 と同 じか。34,何
故,国民主権,平和主義,基本的人権の尊重が憲法の基本原理 と云 えるのか。その根拠 は何 か。鳥取大学教育学部研究報告 教育科学 第28巻 第
1号
17
35,日
本 国憲 法 は,憲
法 の種 類 (性格)と
して,如
何 な る種類 (性格)に
属 す るか。 36,「 与 え られ た憲法 だか ら憲法 を改正 すべ きだ」 とい う説 を どう考 えるか。 三 、 発 問 事 項 の 検 討・ 考 察 と問 題 点 以上の発問事項等の主な ものにつ き,若
千の解説,論
評 をすると共に,そ
の問題点等 について検 討,考
察 を加 えることにする。 (I〕 憲法の最高法規性 について まず,発
問事項1, 2, 3,15,20,26等
に関 しては,憲
法の意義 を充分 に理解す ることが必要 である。すなわち,憲
法 とは「国の基本法」 とも「国の根本法」とも云われるが,「国家の最高法規」 と定義づけるのが適切 と考 える。最高法規 なるが故 に,根
本法 にも基本法にもなるか らである。 では最高法規 とは如何なることであるか といえば,読
んで字の如 く,国
家の最 も高い地位 にある 法規の ことであ り,憲
法がすべての国内法の諸形式の うちで最 も優越 した形式的効力 を有す ること を意味す る。従 って憲法 と他の法令 とが矛盾す るときは,矛
盾する法令の効力が否定 され ることに なる。 この ことは憲法第98条が「 この憲法 は,国
の最高法規であって,そ
の条規 に反す る法律,命
令,詔
勅及 び国務 に関す るその他の行為の全部又 は一部 は,そ
の効力 を有 しない」 と明記 している ところか らも明 らかである。 しか し,こ
こで問題 なのは,憲
法であ らゆる法規 に優先 し,真
に最高の法規範であるか というこ とである。すなわち,一
切の法律,命
令,規
則等 に優位す るにして も,条
約 との関係 は如何 とい う ことがある。 条約 と憲法 と,いずれが優先するか という問題 については,学説が対立 しているのが現状 である。 すなわち、条約優位説 と憲法優位説の対立であるが,そ
れぞれについての学説の主 な内容 は次の如 きものである。 また条約優位説であるが,次
の4つの点 を理由 として主張 されている。第一 に憲法 全体の精神,特
に前文が国際協調主義・恒久平和主義 を採用 してお り,従
ってわが憲法 は,条
約 を 誠実 に遵守す ることが即 ち憲法 を遵守す ることであるとい う建前 をとってお り,条
約 と憲法が矛盾 す る場合 には,国
際法の優位 において,国
内法 との関係 を調整す る趣 旨であること。第二 に憲法第 81条で法令審査権 の対象 として,一
切の法律,命
令,規
則又 は処分 をあげているのに,条
約が法令 審査権 の対象 としてあげられていないこと。第二 に本条第一項 は,憲
法が最高法規 であ る としてい るが,そ
れは,法
律,命
令,詔
勅及び国務 に関す るその他の行為 に対 して優越 す る旨を定 めている だけで,条
約 は意識的に除かれていて,第
一項 と並べて別 に第二項で条約の国内法的効力 を定 めて いることか らみれば,憲
法は条約 との関係 で必ず しも最高法規でないことを示 している とみ られ る こと。第四に憲法99条で国家機関が憲法 を遵守すべ き義務 を定 めているが,内
閣及 び国会 は,条
約 締結 に当って憲法 に定 めた権限・手続・ 方式 に従 うことを要 し,
この手続 に瑕庇があれ ば,条
約 の 効力が生 じないこともあ り,又
内容的に違憲 な条約 の成立 を回避又 は抑止す る義務 があ るが,一
度 適法な手続 によって条約 として成立すれば,憲
法がその限度で修正 され ることになって も,それは, む しろ条約の誠実な遵守 を要請す る憲法みずか らの予想す るところであることとして憲法 よ りも条 約の優位 を説明 している。 これに対 し憲法優位説 を採 るものは,そ
の理由 として次の3つ
の点 をあ げている。第一 に条約優位説 は,憲
法の基調 をなす国際協調主義 には合致するとして も,
これ と並 んでその基調 をなす国民主権主義 に矛盾 し,特
に憲法改正 には,各
議院の3分
の2の多数 で発議 しかつ国民投票 を要す るのに対 し (96条
),簡
易 な手続 で締結 される条約 (73条3号
・61条)で ,憲
法 が修正 され ることを憲法が承認 しているとは考 えられ ない こと。第二条約締結権が憲法 に基 いて与 え られ,そ
の制限 を受 けている以上,条
約が憲法 に優先することは背理であ り,特
に憲法第99条で 条約締結権 を有す る内閣及 び国会 に対 して憲法尊重義務 を課 し,裁
判所 に対 して も同様 な義務 を課 しているか ら,か
ような憲法上の制限に反す る条約の締結 ない し適用 は否認せ られ ること。第二 に 本項 は,む
しろ条約 の国内法的効力 を定 めた もので,そ
の形式的効力 を定 めた ものでな く,同
条 と 第81条が条約 について規定 しなかったのは,条
約 には,相
手方があることであるか ら,一
国だけで は どうに もな らない と考 えて,
これを解釈及び実際の運用 に任せたのであって,条
約 を必ず しも裁 判所の審査権 の対 象か ら除外 した と解すべ きでない こととして憲法が文字通 り最高法規であ り条約 よ りも憲法が優先 すると主張 していな部】ずれの説 も,それぞれ有力な根拠 を有 してはいるが,こ の 問題 は,窮
極的には,国
際協調主義 と国民主権主義 のいずれを重視するか問題 であ り,現
状 では国 際協議主義の成立 な くしては,国
内の国民主権主義 (乃至民主主義)は
成立 しない という憲法制定 の基本観念 をふ まえて,国
際協調主義 を重視 し,条
約優位説の方が有力のようである。 か くして,憲
法 は条約 に一歩譲 ることにな り,場
合 によっては条約 によ り憲法が改正 された と同 様の効果 を発揮す ることも考 えられるが,い
ずれに して も憲法が国の最高法規である ということに ついては,一
つの問題 を包含 していることになる。 つぎに,最
高法規である憲法 に矛盾,抵
触す る法律等 は,そ
の効力が否定 され る (無効 となる) とは如何 なることであるか。 この点について多 くの生徒 は,憲
法 に反す る法律,規
則等 は無効 なの で,こ
れ を守 る必要 はない と考 えやすい。問題 なの は各 自が「 この法 は憲法に反すか ら守 る必要 は ない」 と決 めることが出来 るか ということである。例 えば現在の税法 は憲法第25条の「健康で文化 的な最低限度の生活 を営む権利 を保障する」生存権 の規定 に反 し,無
効 であるか ら守 る必要 はな く, 従 って,重
い税金 を払 う必要 はない と考 えることが出来 るか ということである。答 えは否である。 すなわち「憲法 に反 して無効 であるJと
いう判断 は,国
民各 自が自由にな し得 るに して も,そ
の判 断には,何
らの法的効力 は発生 しないのである。法的効力の ともなわない判断は社会的拘束力 も発 生 しないのである。従 って,国
民各 目の自由な憲法解釈,憲
法判断によ り「税法 を違憲 として」納 税 を拒否す ることは許 されないのである。 現在の法治国家 においては法的拘束 を有する憲法判断 は最終的には裁判所 に専属 している。すな わち,裁
判所 でその法律等が憲法に反す ると判決 されて一― しか もその判決が確定 して,(従って公 訴 。上告 し得 る間 はい まだ確定 していない)は
じめてその法律等の効力が否定 され,そ
の法 を守 ら な くてもよい ことになるのである。 このことは,憲
法第81条の法令審査権 の規定する ところである。法令審査権 には,当
該法令が適 法 は手続 で成立 したか否かの形式的審査権 と,当
該法令 の内容が憲法 に違反するか否かの実質的審 査権 とがあ り,旧
憲法下 においては,形
式的審査権 は認 め られていたが,実
質的審査権 は認 め られ ていなかった。 このような制度の下では,違
憲の法律が成立 した場合,こ
れ を審査す る国家機関が 存在 しないため,実際上 は有効 な法律 とな り,正規 の憲法改正の手続による憲法の改正 (VerfaSSungs anderung)に よらず して,法
律 による憲法の変遷・ )(Verfassungswandelung)が 可能 になるといわ れる。従 って旧憲法下では,憲
法の最高法規性 は充分 には保障 されていないのであ り,そ
の上 に皇 室 に関す る規定 である皇室典範が,憲
法 とな らぶ効力 を有する法令 として存在 し,憲
法の二元性 と いわれていたわ けである。 これに対 し,新
憲法では裁判所 の法令審査権 を明文 をも以 って規定 し, 憲法の最高法規性 をよ り完全 に保 障 している。(条約の審査権 は無い とすることが一般的見解であ る鳥取大学教育学部研究報告 教育科学 第 28巻 第
1号 19
にして も)こ
の法令審査権 の存在理由は,何
よ りも憲法の最高法規制 を保障 しようとするものであ るが,同
時 に権力分立 の原理 に基 き,司
法部の自主独立性 を貫 こうとす るものであ り,それによ り, 他の国家機関殊 に立法府 の専横 より,国
民の基本的人権 を守 り,裁
判所 をして「憲法の番人」た ら しめようとするものである。 さらにこの法令審査権の適用について注意すべ きは,裁
判所 は,具
体 的な事件 について,訴
訟か提起 され るのをまって,受
動的 に,当
該法令の合憲,違
憲 を審査決定す るのであって,裁
判所 が進 んで一般的に法令の合憲,違
憲 を審査決定するもので はない ということ である。 また違憲判決の効力 は,当
該法令 は違憲問題 の生 じた当該事件 に関する限 り無効 とされて 適用 を拒否 され るのみであるとする違憲判決の個別的効力説が有力である。 ただ,こ
の裁判所 の法令審査権 に も限界が有 るようである。その一つは条約であ り,い
ま一つは 統治行為理論 との関係 である。前者については,憲
法 と条約の関係 において も前述 したので,後
者 について若干,解
説検 討 を加 えてお く。 統治行為理論 の問題 が裁判 において争われた最初 の事件 は,衆
議院議員資格確保 と歳費請求 とを 求めた「苫米地訴訟」である。 この「苫米地訴訟」 において,原
告が衆議院の解散 は違憲である と 主張 したのに対 し,被
告である国は,衆
議院解散 とい うが ごときは統治行為 に属 し,司
法審査の範 囲外であると抗弁 した。第一審の東京地裁 は,「我が国法上 いわゆる統治イ子為又 は政治行為の観念 は 認 めることは出来ない」とし,「衆議院の解散 について も,そ
れが憲法所定の手続 に従 ってなされた かの法律的判断は可能」であるとし甲控訴審 も原審 に同調 して「衆議院の如 き政治色の濃厚な行為で あって も,そ
の効力如何が国民の権利 に直接影響 を及ぼす限 り審判 し得 るJもの と解 したのである伊 しか るに,そ
の後,「砂川訴訟」の判決 において,最
高裁 は「一見極 めて明 白に違憲無効であると認 められない限 り」との留保付 きで,「高度の政治性 を有する行為 は,裁判所の範囲外 である」とし「・…… かかる国家行為 は裁判所 の審査権の外 にあ り,そ
の判断は主権者たる国民に対 して,政
治的責任 を 負 うところの政府,国
会等の政治部門の判断に委 され,最
終的には国民の政治判断に委ね られてい るもの と解すべ きである。 この司法権 に対する制約 は,結
局三権分立の原理 に由来 し,司
法権の憲 法上の本質に内在 する制約 と解すべ きである」と判示 しているのである(Pこの判決 において統治行為 とい う呼称 は用 い られていないが,一
般 に「統治行為」の法理 を認 めた もの と解 されている。学説 にも,こ
の統治行為理論 を認 めるものがあるが,要
約すれば次の三 つに区分す ることが出来 る。す なわち,(1)法政策説 によれば,重
大な政治上の困難 を生 ずるような政治問題 と不可分 に結合 した法 律問題 は,そ
の政治上 の結果 と法律的判断の結果 とを調和 させ る必要上,法
律問題 を政治問題 に吸 収 して,あ
えて これ を審理 しない とする立場であ り,鬱
)三権分立根拠説 によれば,い
っさいの国家 作用 を,抑
制均衡原理 によ り相交渉 しあう三権 のいずれかに分属 させ,終
極的に割 り切 ることが, かえって三権分立の趣 旨に もとるような場合,国
民 に留保 された事項 として司法権 の限界 になる と するものであ り,0)司
法権 自制説 によれば,法
治主義 とともに国民主権,権
力分立,議
会民主政, 責任内閣制等の諸原理が交錯する現憲法下では,政
治的に重要 な意味 を有する行為の当否 は,独
立 の地位 を持 ち政治的責任のない裁判所の審査の限界になるとするものである。以上,統
治行為 を肯 定する三説 に対 して,こ れ を否定する説 は,「憲法第98条は憲法の条規 に反する国家行為 は政治的影 響 を顧慮せずに一律 に無効 とするものであ り,そ
の前提 としての第81条は肯定説のい う内在的制約 がすでに存在す るとして も,第
81条がそれ を意識 してあえて設 けられた規定であるか ぎり,こ
の内 在的限界 を排除するものであ り,内
容的に政治性の高い行為 も,そ
の手続 については法的拘束′性が あるか ら,そ
れ についての審査 は,政
治的領域 に踏み込 む ものではな く,政
治的行為 の決定が違憲 な りとの提訴 をまって関与 するものであれば,そ
れはすでになされた行為の審査 であ り,行
為の適法違法の判断は裁判所 の審査 に適す るものであって
,現
行法上統治行為 を認 める根拠がなNととする ものである。 しか し,統
治行為否定説が学説 として存在 していて も,法
律論 としては肯定説 に,よ
り理由があることを認 めざるを得 ないのである。 したがって,統
治行為理論 を肯定する立場か らは,憲
法の最高法規性 に も,条
約の ほかにまた一 つの限界 を認 めることになるのである。か くして,憲
法 は旧憲法 に比較 して,よ
リー層最高法規 と しての性格 を有するのは明確 な事実であるが,そ
れで もなお,最
高法規性 には二つの問題 と限界 を 有 しているのである。 つぎに,憲
法 は「国の最高法規 である」 とい う場合の国家 とは如何 なるものであるか とい うこと であるが,国
家の正体 を明確 につかむことは容易ではない。 まず国家の起源であるが,人
類 の共同生活が如何 にして国家 とい う生活形態 にまで進展 したかの 考察について説が分れ る。(1)契約説 は特 に17, 8世
紀の自然法学者 によって提唱 された もので,ホ
ッブス (英),ロ
ック (英),ブ
ッペ ン ドルフ (独),ル
ソー (仏)な
どその代表であ り,立
論 に差異 はあるが,い
ずれ も国家 は人民の契約 により成立す るとす る点 において一致 している。(2)実力説は 強者が弱者 を実力 を以て支配す るところに始 まるとする。 その中マル クス派 は経済上 の階級闘争 を 国家の起源 とする。(3)心理説 は人間の天性 に根拠 を求めるもので,人
は元来国家的動物 であるとす るもの (ア リス トテレス),民
族精神の発現 とするもの (歴史学派),理
性 の必然 とす る ものなどが ある。 さらに神が国家 を作 つた とする神意説,家
族が拡大 されて国家が出来た とする家族説,支
配 者の財産 として国家が出来 た とする家産説等々の説が有 る。国家の定義 については,「統治権 を固有 す る最高の地域団体」「統治組織 を もつ領土社会」「法秩序 をもつまでに発達 し組織化 された民族的 集団」「一定の土地 を基礎 として存在 し,総
般の人間 目的の達成のために,固
有 の支配意思 によ り活 動する永久的団体」等,説
く人 により定義 も異 るが,国
家 には,国
民,領
土,統
治組織 の三要素が あることには異論 はな く,こ
れ はいわば国家の外部的要素であるが,国
家の本質如何 については学 説 は多岐 に分れる。 国家の本質 とは,換
言せば統治組織の本質 は何 か,国
家の支配の実力 はどこに根拠 をもつか,ど
こに正当性 を有するかの問題 である。(1)実力説 は力 を以 って国家の本質 と考 えるもので,殊
に唯物 史観においては経済変動,就
中生産手段の変化 によって人類の歴史 は決定 されるとし,法
や国家 は ただ階級的支配の手段 にす ぎない と考 える。共産主義的国家観 はここか ら生ずる。併 し単 なる力 は 多数国民の意思 を支配す ることはで きないか ら,そ
こは必ず一定の不変の価値 を必要 とす る筈であ る。その価値 をどこに求めるかについて,人
格主義の世界観 に立 つ者 は(劾国家契約説 を とる。 自由 主義民主主義 はここに源 を発する。同 じく国家契約説の中にも説 は分れ るが,要
す るに国家 は理性 の必然 として認 め られ るもので,各
人 は原始的契約 によって自然の自由を放棄 して国家の一員 とな りこれに代 る契約上の自由を取得する。 そして正 しい国家 は各人の左右 し得 ない客観的正義 によっ て保障 され るとし,国
家 を以て一種の利益社会 と考 え,国
家生活 において全体 は部分 のために存す ると主張す る。 その外,人
体 の如 く国家生活 において も部分 は全体 のために存在す るとす る有機体 説,国
家 に個人の人格 を超越せ る道徳的価値 を認 める道徳説,国
家 は団体 であつて,統
治の力 は団 体たる国家が固有するもの とする団体説があるが,
この団体説 は,国
家 は単 に現在 の国民のみなら ず,遠
い祖先 よ り生命 をうけて これを子孫 に伝 える国民の全体の結合 よ り成 る単一体 であつて,そ
の分子なる国民各 自の生命 とは別 に永久的の生活体 をな し,そ
れ 自身 目的を もち意思力 を もつ もの で,その統治の力 はこの団体的単一体 に固有するものであるというにある。結局国家 は(1)永続的(2)単 一体(3)目的,意
思の主体(4)組織体 などの如 き団体共通の性質の外 に,特
性 としてはll地域団体 たる鳥取大学教育学部研究報告 教育科学 第 28巻 第
1号 21
ことl_l統治権 を固有すること口最高の団体 たることの三点であるといい得 る。 さ らに,国
家 は法律 上の人格 を有す る団体 (法人)で
あるとする説であるが,そ
の概念 は二段 に区別 して考 える必要が ある。即 ち,国
家 は現行実定法上の内容 に照 らして権利の主体,殊
に財産権 の主体 とな り得 る能力 を有する法人た る資格 あるばか りでな く,本
質上 か ら見て も,国
家 は法規範 の統一的複合体 たる法 人であ り,従
って統治権 も国家 自身が もつ とい うのが国家法人説の概念である。 国家が権利 の主体 とな り得 る能力 をもつか否かは諸国の実定法の定 めるところで,大
陸系の諸国 はいずれ もこの意味 の法人格 を国家 に認 め,日
本の現行法 もこれ を認 めている。(例 民法36条,民
訴4条
等)併し国家 が本質上法人であるかの点については異論があ り,反
対説 は国家を法人 とす るのは単 に一 つの擬制 にす ぎない とする。国家法人説 は ドイツにおいて主張 されて以来各国家に普及 したが,
これは統治 権の主体 を具体的な人でな く,法
人たる国家 にあるとすることによって,家
産説や絶対君主制 に対 抗す る一方,抽
象的な国家が統治権者であると説 くことによって,国
民の支配 を主張す る民主的勢 力 を阻止 しようとする要請 にも応 えた もので,政
治的に見れば立憲君主制の理念 に適合す るもので あった ところに普及の理由があった とされ る伊 国家の本質 を生徒に明確 に理解 させ ることは困難であ り,ま
たその必要 も無い と考 えるが,多
く の生徒 は,各
種 の生活体験 を通 して,わ
が国の国家 を経験的に把握 し理解 してい る と考 える。ただ 憲法がわが国の最高法規 という場合のわが国は,戦
前 と戦後,大
きく国家 に対 す る考 え方,国
家観 が変貌 していることを注意する必要がある。すなわち,戦
前 は国家主義,全
体主義 の名 の下 に国家 の前 には個人の権利 自由が とか く抑圧 され勝 ちであ り,個
人が,い
わゆる全体 (国家)の
分肢 とし ての地位においてはじめてその価値が認められるという超個人主義的観念 (むberindi dualistishe ldeologie)であったが,戦
後は憲法第13条により個人の尊重を国家の基体にすえ,個
人価値 を一切 の国家社会生活 の基体 とす る趣 旨を明示 し,い
わ ゆ る個人主義 的国家観 (indiVidualistねhe Staatsanffassung)を 取っているのであ りP国 家観において戦前 と戦後は180度の転換 をなしている 点は注意すべ きことである。 (H〕 憲法の根拠 と性格 前記発間事項の中には, 5, 6, 7,14,16,19,25,35,36等
の発問事項をはじめとして,現
憲法の成立や根拠,性
格等に関するものがあるので,こ
れ らについて論述,検
討 してみることにす る。 まず,い
ずれの中学校社会科の教科書 も,戦
後 日本国憲法が如何 なる過程で,何
を契機 として作 成,成
立 した ものであるかについては記述 しているところであ り,そ
の際の国民 の願 いは何であつ たかにもふれているものが多 く,さ
らに戦後の新憲法 を極 めて民主的,平
和的憲法 として高 く評価 している記述 は当然の こととはいえ,重
要な ことであ り,そ
こに憲法の基本的性格 も見 いだされ る ことになる。 ただ,教
科書が,憲
法制定当時の新聞紙面の見出 しである「民主憲法成立す」の写真や,日
本国 憲法公布記念の国民の盛大な祝賀大会の写真 をのせ,民
主憲法が同時 とこ国民の作 った憲法であると 位置づけるが如 き教科書 も有 るが,こ
の点 についての評価 は問題のあるところである。 なるほど,憲
法の前文の冒頭 には「 日本国民 は……… ここに主権が国民 に存す ることを宣言 し, この憲法 を確定するJと
,明
主 している。 これは日本国憲法の制定者が国民主権 主義 による国民で あることを明確 に した ものであるといえよう。 したが って,こ
の憲法の規定の上 か らは,わ
が国の 憲法 は民定憲法であ り,日
本国憲法 を民主憲法 として特徴づけるためにも,ま
た 日本 国憲法の名誉のために も
,日
本国憲法 を民定憲法 とするのが よい ことは当然である。教科書の記述で,一
例 を揚 げると,「不幸 な戦争 を三度 とくり返 してはな らない とい う,国
民の心か らの願 いをこめて,日本国 憲法を制定 したのである」 というように,民
定憲法 として位置づ けているものがあるの を,間
違 っ た記述であるとはいえない面 はある。 しか し日本国憲法が敗戦の所産であ り,占
領 とい う特殊 な事情の下において,か
つ,物
心 ともに, いちじるしく混乱 した国民生活の環境の真 っただ中において制定 された ということは明 らかである。 また この憲法の制定が,当
時のわが国をめ ぐる微妙 な,
しか も峻厳 な国際情勢の中において行 なわ れた ものであること,す
なわち,昭
和20年末か ら昭和21年頭初の時期 におけるあわただ しい一連の で きごとは,憲
法制定手続 としてはきわめて異常 な ものであ り,
この憲法の制定手続 きは,特
殊, 異常,複
雑であ り,か
つ矛盾 を持 った ものであ り,か
か る歴史的事実 を子細 に検討すれば新憲法 を 「民定憲法」 と簡単 に位置づ けることについては問題 のあるところである。 この点 について,な
お 若干の検討 を加 えてお く。 戦後,日
本国憲法制定の契機 は,日
本の敗戦 によるポツダム宣言の受諾であることは明 白な事実 である。 この ことは,松
本国務相案,す
なわち「憲法改正要綱」 には憲法改正の根本精神が ポツグ ム宣言第十項「民主主義的傾向の復活強化 に対す る一切の障凝 を除去すべ し。言論及思想の 自由虹 に基本的人権 の尊重 は確立せ らるべ し」の 目的 を達成 しようとした ことにある旨,明
らかに してい ることか らもうかが えるところであるよ° このポツダム宣言の車案 はアメ リカの陸軍長官 ステムソン(H.L,Stinson)に
よって書 かれた と いわれているが,こ
の宣言の受諸に当っては,「天皇制J「国体護持」の問題で,可
成 り紆余 曲折 を 重ねている。すなわち 8月10日 に政府 は「帝国政府 は1975年 7月26日『ポツダム』において米,英
, 支,三
国政府首脳者 に依 り発表せ られ爾後 ソ運政府 の参加 を見たる共同宣言に挙 げ られた る条件 を 右宣言は天皇の国家統治の大権 を変更するの要求 を包合 し居 らざることの了解の下 に受諸す」,「帝 国政府 は右了解 にして誤 りなきを信 じ本件 に関す る明確なる意向が速かに表示せ らることを切望すJ ることを連合国側 に申 し入れている。 しか し連合国側 の これに対する回答 は「降伏 の時 よ り天皇及 び日本国政府の国家統治の権限は降伏条項の実施 の為其の必要 と認 むる措置 を執 る連合軍最高司令 官 (the supreme Comnlander for the Allied Powers)の 制限の下 に (subject tO)置 か るるもの とす」ること,お
よび「最終的の日本国の政府の形態(The ultimate form of goverttment of」apan)はポッダム宣言 に遵 ひ日本国民の自由に表明せ る意思 によ り決定せ られるべ きもの とす」 ること, なお「連合国軍隊はポツダム宣言に掲 げ られた る諸 目的が完遂せ らるるまで 日本国内に留 まる
Jべ
きことを示 した もので,天
皇の大権 に関する日本側 の解了事項 に対 しては直接 に答 えた ものではな く!ユ従 って「天皇の大権」「天皇制」 については多 くの疑問を残 した まま終戦 を迎 えたのである。 いずれに して も,戦
後の日本 は軍国主義や超 国家主義 を排除 して西欧的な意味 にお ける民主主義 の復活強化 を基調 とすべ きものであることが,ポ
ツダム宣言によ り強 く要請 され ることになった。 この ことは当然,占
領当初 において,日
本の憲法改正問題が論議せ られることにな り,そ
の際, 「天皇制」の存廃がアメ リカばか りでな く連合国 において も日本側 において も重大 な問題 になった わけで,憲
法改正 もこの ことを中軸 として発展 していった といえよう。 か くして,ポ
ツダム宣言の受諾 は,戦
後,わ
が国の憲法改正の動困 となったのであるが,
このポ ツダム宣言の性格 については,「ポツダム宣言 は,いわば無条件降伏の条件 を日本 に提示す ることに よって日本 に降伏 の機会 を与 えようという意図に基づいた ものであ り,同
時に対 日戦後処理政策の 基本 目的 を最終的に確立 した もの」 とみることが出来 る。要するに,連
合国が一方的に提示 した降鳥取大学教育学部研究報告 教育科学 第 28巻 第
1号 23
伏条件 を日本が何 ら他の選択の可能性 を認 め られ ることな くその ままに承諸するという形 を無条件 降伏 というとすれ ば,日
本の降伏 は無条件降伏 であつた と云 うことになる。 しか し,ポ
ツダム宣言 には「無条件降伏」の語 はただ一箇所で,第
13項に「吾等は日本国政府が 直 に全 日本軍隊の無条件降伏 を宣言 し且右行動 にお ける同政府の……」 と示 されているのみであっ て,こ
の文面か らは「無条件降伏」の対象は「 日本国軍隊」であつて「 日本国」ではない とも読 み 取れ るのであ り,
この面か らは「 日本国の無条件降伏」 と云 うことは考 えられないことになる。 さ らに「無条件降伏」の解釈 については,ポ
ツダム宣言は日本国の降伏 の条件 を具体的に提示 した も のであると考 えれ ば,ポ
ツダム宣言 は契約的性質の降伏 を想定 した もの とも取 りうるので,こ
の面 か らは,ポ
ツダム宣言の条項 は法的意味 をもち,連
合国 と日本 とは権利義務の関係で結 びつけられ ることになる。 したが って また占領中の日本国憲法の改正 に対 して,連
合国 は,そ
れがポツダム宣 言の諸条項 に合致す ることを要求する権利 をもち,日
本 には同条項 に従 って憲法 を改正す る義務が あると解せ られ ることになる。かかる見地か らはポツダム宣言の受諸 は「条件付 き降伏」 と見 るこ とが出来 る。 ただポツダム宣言の受諾 を「無条件降伏」 とみるか「条件付 き降伏」 とみるかは,少
な くとも同 宣言 と日本国憲法制定 についての国民の意思 との関連 については,さほど違 いはない もの と考 える。 すなわち,「無条件降伏」であれば,占
領軍の「完全なる征服的併合」であ り,占
領軍司令官 とし てのマ ッカーサーの権 限は絶対無制限であ り,連
合国の 日本 占領 は,日
本国の全面支配 を目的 とす る絶対的軍事独裁制であ り,か
かる絶対的軍事独裁制の制定が,憲
法改正の起源であるな らば,そ
の起源 に日本国民の意思が入 り込 む余地 は絶対 に微塵 も無 い ことは明 らかである。 さらに「条件付 き降伏Jと
みれば,そ
の条件 はポツダム宣言 によって「一方的Jに
「条件づけられ」 日本 は同宣言 の示す ところに従 って憲法改正 を義務づけられ ることになるのであるか ら,
これ また国民の意思の 入 り込 む余地 は無 い ことになる。 いずれにして も,戦
後,憲
法改正の動囚,契
機 が,日
本国民の意思 と全 く関係の無い ところで他 律的に始め られた とい うことは,日
本国憲法の基本的性格 を考 える上で重要 な点 と考 えるものであ る。 さらに,戦
後,日
本 占領管理政 についての,ア
メ リカの「初期対 日方針」 は,ポ
ツダム宣言同様 に,直
接 日本の憲本改正 を明示 した ものではないが,
しか しこの文書が明治憲法の改正の必要 はな い もの としていた とは解 されず,む
しろ,連
合国,特
にアメ リカは,日
本管理政策 は当然に明治憲 法の改正 を包含 し,
これを予想するものであった と解すべ きものである。 この ことはボー トン (H.Borton)の
いう「 日本 占領史の特徴 は,根
本的にちがった文化的背景 をもった征服者が,被
征服者 の基本的な価値,観
念および制度 (fttndamental values,concepts,and institutions)を 変革 しよ うとしたその企 ての歴史であった」かと述べているが,
この言葉 は日本の占領管理の性格 を特徴的に 表わ した もの といえよう。 か くして,日
本 占領管理の性格 を以上の ような もの として把握するかぎ り,日
本の政治の方向性 は,占
領管理政策の基本的方針 に反することを得ず,従
って また,こ
の方針 に従 って憲法改正が必 然の結果 として生 ずることになるのであ り,こ
の面か らは,憲
法の基本的内容 もアメ リカの「対 日 方針」の線 に従 って他律的に決 まることになった と考 えざるを得ないのではあるまいか。従 って, 日本 占領 当初 において,す
でに憲法の基本的内容 についての方向づけが,日
本国民の好 まざるとに かかわ らず他律的,潜
在的に決定せ られていた とも考 え得 るのである。わが国憲法の基本的内容の 方向づけが,国
民の意思 とは全 く無関係 に形成 されていた ことは,こ
れ またわが国憲法の重大 な特性 と考 えざるを得 ないのである。 戦後
,東
久通宮内閣が成立す るが,こ
の時期 においては,当
時の 日本側の事情 として新聞論調な どにおいて も,憲
法改正問題 はほ とん どとりあげてお らず,ま
た消極的な態度 が示 されている。特 に政府 としては,こ
の時期 においては,占
領政策その もの を十分 に適確 に予測す ることができず, 憲法改正問題 については何 らかの方針 を決定するまでにいたっていないよ働 すなわち,降
伏文書 において「 ポッダム宣言の条項 を誠実 に履行することJが
正式 に約束 された 以上,そ
こに示 されている日本の非軍事化,民
主主義の強化,基
本的人権 の確立 な どの要請 を実現 するについて,明
治憲法 をそのままに しておいていいか どうか, とい うことが,問
題 として当然 に 浮かびあが って くるべ きはずであったのに,こ
の問題 は,東
久適内閣 としてはついに取 りあげられ ることな くして終 っているのである。これはポツダム宣言や,アメ リカの対 日方針の文面 において, 憲法改正の要求が明言 されていなかった ということに もあるであろうが,そ
れに関連 していえるこ とは,当
時の政府首脳部 には,特
に憲法 を改正 しな くて も,明
治憲法の運用 を改善す ることによっ てその要請 を実現で きるのではないか,
とい う意識が潜在 していた とみ られ ることである。 さらに 一方において,政
府 は占領軍か らつ ぎつぎと発せ られ る指令の処理,あ
るいは国民生活安定のため の処置な ど終戦 に伴 う目前の事務 に忙殺 されて,憲
法問題 について,ふ
か く考慮 をめ ぐらす余裕 も なかった ことが指摘 されているよ° 以上の如 く,東
久適 内閣が憲法改正 について積極的でなかった ことは明 らかであるが,一
方,一
般国民の側 として も,当
時 は敗戦 とい う大 きな衝撃 による虚脱状態 と,衣
食住全般 にわたる深刻な 生活不安のなかにあって,憲
法問題 どころではな く,日
々の生活 に追われていた とい うのが事情 の ようである。 しかるに,当
事の占領軍総司令部側の態度 としては,日
本 占領管理の目標達成のためには,憲
法 のすみやかな改正の必要のあること,そ
してその必要 について日本政府の注意 を喚起 す る必要があ るという態度 を示 している。 か くして,昭
和20年10月 4日 マ ッカーサーが当時の国務大臣近衛公 に対 し憲法改正の必要を示唆 したことにはじま り,10月
8日 のアチ ソン大使の改正要点12項目の指示 とな り,
これ によ り近衛公 が佐々木惣一博士 とともに内大臣府 において,憲
法改正調査 に着手 しているのである。 これ らの経過で分 る如 く,憲
法改正問題が現実に展開せ られる端緒 において も,そ
れは全 く,ア
メ リカの意思 によ り開始せ られた ものであ り,そ
こに全 く日本国民の意思 との関係 を見 い出す こと は出来ないのである。(政府首打凶です ら憲法改正問題 を考慮 していなかったのであるか ら当然のこと) しか も,ア
チソン大使が,近
衛公 との会談 において12項目にわたっての憲法改正要点 を指示 してい ることは,日 本国民の意思 どころか,日 本国の主体性 す ら隅 に押 しや られた感 を受 けるものであ り, これ また日本国憲法成立過程 における,
したがって 日本国憲法の重大 なる問題 として注 目すべ き点 と考 えるものである。 東久適宮内閣につづ く幣原内閣に対 して,マ
ッカーサーは,明
治憲法の改正 を示唆 しているが, これは単 なる示唆程度の ものでな く,指
命 と解するのが妥 当であろう,こ
こに も憲法制定過程 にお ける他律性が明確 によみ とれるのである。幣原内閣 としては,こ
のマ ッカーサーの指令 に もとづい て内閣に松本蒸治国務相 を委員長 とする「憲法問題調査会」 を設 け,憲
法調査の仕事が内閣におい てすすめ られ ることになる。 この憲法問題調査委員会の案 (こ とに松本案)は ,の
ちのマ ッカーサー車案 に くらべると,き
わめて現状維持的であり
,とくに天皇に対する態度においてそうであった。じかしこのような態度も
,鳥取大学教育 学部研究報告 教育科学 第 28巻 第
1号
当時の社会的環境 に照 してみると,必
ず しも一般国民感情 か らそれほ どはずれた ものではなかった といわれる。要す るに,松
本委員 その他,憲
法問題調査委員会 における主流的 な考 え方 は,ポ
ツダ ム宣言および 8月11日のバー ンズ回答 について「 日本国民の自由意思」を幅ひろ く解 し,
これ と当 時の国民感情 に対する関係者の認識 を結びつけた上 に立 った もの と見 ることがで き,この点か らは, 松本案 はむ しろ国民感情,国
民意思 をかな り尊重 し,日
本政府の自主性の上 に立 った改正案 と云 う ことが出来 るであろう。 しかるに,総
司令部 としては,こ
の「憲法改正要綱」 に満足せず,松
本案 を拒否 して,昭
和21年 2月13日,い
わゆる「マ ッカーサー草案」 を日本政府 に提示 して,こ
の案の原則 に立 って,新
しい 改正案 をつ くるように指示 している。 これはマクネ リーの云 う如 く「松本案 は,日
本憲法の理論的 基礎 を少 しも民主化 していなかった (did nOt in the slightest democratize)」 の批判 にみ られ るよ うに,総
司令部が「松本案の内容が 日本の民主化のために不充分である」 と判断 したか らであると されている!9 しか し,松
本案 は当時 としては,可
成 り進歩的な案であつたのであるが,総
司令部が このように 不当に悪 く評価 を下 したのは,あ
るいはのちに日本政府 に提示せ られ る総司令部案 を正 当化 し,そ
の実現 を迫 る為の口実 にす ぎなか ったのではないか とさえ考 えられ るのである。 さらに,天
皇の問題 については,松
本案が,現
状維持的にな らざるを得なか ったのは立法的には 当然の ことで,明
治憲法 を「改正」 という形で修正す る限 りは,改
正 には「停止」や「廃止」 と違 い,修
正 におのずか ら限界があ り,
したがって明治憲法の基本的原則である「天皇の性格」 を憲法 改正手続 によ り改正す るのは不可能で,改
正憲法 を明法憲法 との法的関連性,連
続性 を保 たせ しめ る必要のある改正 とい う限界内での明治憲法の修正 を意図す るなら,の
ちに出 され る総司令部案の ような ものはでてこないはずであ り,松
本案の方が,法
的に正 しい憲法改正 の方向であった という べ きであろう。 いずれに して も,日
本政府の松本委員会が,ポ
ツダム宣言の「 自由に表明せ る意思」 を善意 に額 面通 りに解釈 して,日
本政府 としての主体性 を堅持 して一般の国民感情 も考慮の上,民
主化の情勢 に対応 しようとして作成 した松本案 を,占
領軍総司令部が一方的に拒否 した とい う事実 は,わ
が国 憲法の成立過程 における重大 なる瑕疵欠陥 と云わなければな らない。 前述の総司令部 による松本案の拒否 によって,憲
法改正の方向づけは,完
全 に日本政府の手 をは なれて総司令部 に移った といい得 ると思 うのであるが,総
司令部が,松
本案 を拒否 した理 由は,要
約すれば,「憲法改正 に対するアメ リカ政府の方針」か ら考 えて,
とうてい受 け入れ られない とい う 判断 をした為 と考 えられ る。すなわち,当
時すでに総司令部 には,日
本の憲法改正 に対 するアメ リ カ政府の方針 を示 したいわゆるSWNCC-288(国
務 。陸軍・ 海軍三省調整委員会文書288号)が
送付 されてお り,総司令部 はこのSWNCC-2881こ
照 らして松本案が到底承認 しえない ものである と考 えたのであった し,ま
た総司令部が,い
わゆるマ ッカーサー車案 をみずか ら起草 す るにあたっ てもこの文書が,最
も重要な指針 とされたのである。従 って,こ
の文書の内容が,わ
が国憲法 に重 大な影響 を与 えることになるのであるが,こ
の文書の主要論点 は天皇制 に関す る ものである。すな わち,そ
の「結論Jの
部分 で,天
皇制 をいかにすべ きかは日本国民の自由に表明 された意思 によっ て決せ らるべ きもの とされているが, しか し,現
在の形態の ままで天皇制 を維持 す ることは, この 文書の一般的な目的に合致 しない と考 えられ るとし,天
皇制 を廃止す るか,あ
るいはよ り民主主義 的な方向において改革 を加 えた上で維持するかが奨励支持 されなければな らない,
といい,そ
して もしも日本国民が天皇制 を維持す る場合 には,そ
の民主的な天皇制の保障のために必要 な規定 を設けなければな らない として
,そ
れ らの要点 をあげているのである。 次に憲法改正 その ものに対するアメ リカ政府 の基本的立場 は,この文書 によると,「憲法改正が必 要であ り,総
司令官 は日本政府 に対 して,そ
れ を要求 しうるのであるが,そ
の要求が 『強制』 ない し『命令』 としてなされることは,そ
の結果た る憲法改正 その ものを失敗せ しめる危険性があると し,し
たがって日本国民が,憲
法改正 を容易 に受諸で きる方法 をとるべ きであ り,総
司令部の『命 令』 は『最後の手段』 としての場合 に限 られなけれ ばな らない」 とする趣 旨を明 らか に している。 次に,マッカーサーが,松本案を拒否するとともに急いで憲法草案の起草をホイッ トニイ(C.Whitnay) 民政局長 に命 じ,そ
れ を日本政府 に渡す とい う処置 をとるに至 ったのは,極
東委員会 (Far EasternCommisson)0に
よ り,日本の憲法改正 に関す る最高司令官の権限が制約 され ることとな ることを予 想 し, 2月
26日に発足することを予定 されていた同委員会の発足の前 に,憲
法改正の既成事実 を作 り,そ
の主導権 を,に
ぎってお こうとした結果であった と解 され る。 この極東委員会 は,東
京 にあ るアメ リカ,イ
ギ リス,中
国,ソ
連 の四ケ国で構成せ られた対 日理事会 (Allied counci1 0f Japan)に命令 を伝達 し
,あ
る意味ではマ ッカーサー を監督 で きる立場 にあったか ら,日
本の憲法改正 につ いて も政策決定がで きることになる。 そ うなるとアメ リカ政府の希望す る憲法改正 は きわめて困難 であるので,マ
ッカーサーは,そ
の制約か ら脱す るために,み
ずか らの権限によって急 いで憲法改 正 に着手す ることになった といわれている!D 以上の ことと関連 して,憲
法改正 に関す るマ ッカーサーの権限 その ものが問題 になる。すなわち, 特 に1月 30日,マ
ッカーサーは,折
か ら来 日していた極東諮問委員会の委員 との内談 において,い
まや憲法改正の権限 は極東委員会の手 をとりあげ られた という趣 旨を語 り,か
つ,同
時 に憲法改正 問題 は,日
本国民がみずか ら行 うべ きものであ り,総
司令部 は何 らのはた らきかけに出てはいけな い という趣 旨を述べているよ°しか るに委員の離 日後,マ
ッカーサーは,急
きょマ ッカーサー草案の 起案 を命ず るのであって,こ
の間の経緯 はいわば劇的な急変の一場面である。 したがって,マ
ッカーサーの行動 ない し措置 は,越
権 ない し,脱
法行為であるとす る考 え方 もあ るが '9法 的には,と
もか くとして,政
治的,道
義的 には問題のある行動 と云 うべ きであ らう。 いずれにせ よ,こ
のマ ッカーサーの措置 によ り,極
東委員会の活動開始前 に,憲
法改正の重要 な 段階についての既成事実が作 り上 げられた ことは否定で きない事実である。 ただ,こ
のマ ッカーサーの措置 は,連
合国の うちにソ連,オ
ース トラ リア,フ
ィ リピン,ニ
ュー ジーラン ド等 に強い天皇制廃止論?のがあ り,
これ らの国が,極
東委員会 において共和制 を主張す る であらうことを予想 して,そ
れにし`わば先手 を打 とうとしたのがマ ッカーサーの急 いだ理 由であっ た と解 されている。 この点か らは,マ
ッカーサーの措置 は日本 のために,主
として 日本 に天皇制 を存続 せ しめるため に,極
東委員会 をだ し抜いて,既
成事実を作 ろうとした もので,そ
の動機 は善意であ り「 日本のた め」 とも考 えられ る。のちに,こ
のマ ッカーサー原案 をもとに作成 された日本政府 の憲法改正草案 が議会の審議 にかけられるに際 して,マ ッカーサーは,「今議会 に提出 された政府草案 は日本人 によ る文書であ り,日
本国民のための ものであな」という声明 を発表 しているが,「日本国民 のための も の」という点 については,以上の経過 を考 えればある程度云 いうるか も知れないが,「日本人 による」 という点 については,そ
もそ も原案が総司令部か ら出ているという面か ら考 えれば,事
実 と相違 し た声明 と云わ ざるを得ないのである。 次 に総司令部案 を日本政府 に交付す るに当っての総司令部の態度,姿
勢 を問題 にしなけれ ばな ら ない。 この場合,特
に重要な問題 は,い
わゆる「天皇の身体の保 障」の問題である。 すなわ ち,交
鳥取大学教育学部研究報告 教育科学 第 28巻 第