大戰前に於けるフランスの國民貯蓄及び投資(一)-香川大学学術情報リポジトリ

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全文

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商工経済研究 /第十三食草嶺︵鍔記翫︶

一フ ラ ン ス 人の貯蓄心 周知の如くフラ㌢ス人は義に貯蓄心に富み、農民は背から毛寂の靴下︵ba研d㌻aine︶を財布の代りとして

大戦前に於け牒フランスの国民貯蓄及び投資⋮

川 東 太 郎

我国忙於ては戦時財政経圃の進行に伴ひ、裳大なる赤字公債の窺行が改定せられ、此の国債消化の必要と 一カには生産力撰尭の必要と忙依ってJ、国民貯蓄の檜大が痛感せられ、政府は大蔵省産貯寄奨励局戊設けて 年八十億跳を目槻として貯留の焚願に乗出すことになつた。此時に懲り、貯甫観と科せられるフランスの国 民貯静を捷る諮問旗、就中近年忙於ける其の朗政経酵の難局と観艮貯晋と J亡なすべきものがあらうと恩はれる。・只だ本稿は近年の問題忙入る迄の序説として調べ料る世界大戦前の状 \ 態に過ぎないのであるが、都合に依って此虞に載せることゝLたものである。 大磯前に於けるフランス.の国民貯蓄及び投資 ︵九こ

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第十二惑 第こ渋 ︵九二︶ こ 之れに金銭を入れてゐると冨はれてゐる。而してこのフランス人の貯蓄心に就いて芸害するものは、叫九〇八年 九月十九日ドイツ帝図試合に於いて時の宰相フォン・ビューローが述べに次の青菜で、之れはフランスの貯蓄に ︵1︺ 就いて論やる拳者の屡々引用するものである。﹁余はフランス及びフランス人を知ってゐる。企はフランスに於 七多年を過した。フランスの富は、其の土地の豊餞次いで固家及び住民の活動に挙∼ものであるが、然し問質著 するに足る其の節約に負ふところが多い。フランスの男女の各々が特徴とする此の貯蓄心に依って、フランスは 世界の銀行家と成ったのである。フランスは生産に依って得るところは我々よりも少いが、貯苫に依ってそれを 補ふのである。﹂此の言葉は簡潔にフランスの長桝及びフナンス人の貯蓄心を叙述してゐるが、フランスの中韓階 級或は小ブルジョアと呼ばれる階傲が、大塑肌に於て生餌の安定を目的として如何に貯蓄をするに熱心であつた へ2︶ かは、次のロリオの︸文に依って知ることが出来る。 ﹁山空四年以前忙成人期に逸した者、特忙田舎の小都合或は郡役所の所在地忙住んで居った恕であれば何人も、其の記憶 ランチエ一 に訴へて、昔時の中小の金利生晴着が如何なる状態にあつたふを容易に思ひ出すのである。商質から引退L泉南人、退職L た官公吏、姦列席の暮吏員、僅かな嚢塵を持っ寡婦や未婚の老女達は、節約七て曹へ或は遺産として受けた小褒本より得る 所得で生精して居つたのである。在政の官公史は儲かの俸給しか受けてゐないので、恥しくない地位を保ち猪立性を維持ナ るためには、白月の資産を侍ってゐる必繋があつ姦。幾代忙も草る貯曹に依って作られた財産の如何なるものであるかを知 らないドイツ人ヤアメリカ人は、我々を蛙蔑して﹁金側生措督国民﹂告ぢた。フランスでは、誰もがl最早働かなくても よいと考へられる収入を鉱山す竺足る資本阜持つ迄、貯留をした。斑幣は安定して居り、又人々は袋幣が不安定のものとな

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認め凝ひミも持たなか貫から、橡好を立て←自分吟嶺む櫻豊治をするには、蔑干の政人を特ヨきかを知ると主が 出警。そして其の急造すて、働く㌢長めて隠退し、雷管か域・蒜讐せきとが出来な搾れば、故郷へ躍 って象族の家に居住したのである。斯かる欲望の制限と、後想外の事が無ければ欲薯を満足盲せ得る月能性とK依って、多 くの人々は看利なる結婚後、骨年時代より金利で生治し、叉兵役を終へて蹄って後無職で居るととが出爽たの 療普の噌好或は其の、熱愛は小ブルジョアの特性となつた。子供達が仙人前忙なるK就いて授助をした後、手を納れず忙被 等佐波さうと竃む登本を砿やすために、自分の出致を紛滅ナるといふととも屡々あった。勿論斯かる魚風は、若い企典心忙 富む藷幽の競争と戦はねばならぬフランスに取っては、経済上の︼つの弱鮎であつたかも知れぬ。然し此の気風は金融上の 大なるカであつた。即ち我囲.の経済的設備、疎通瀾の建設、戦前二十年間忙密生したる大工染の費遜、韓鍍の整備、砥民地 の開教K必■紫なる資本を提供し、久我囲の閑際収支の受取勘定超過忙依って外観忙封して借款を興へることを可能ならしめ だものば、此.の貯留であつ熟。﹂

こ 貯 蓄 力 の 原 因

︶スキ手ルは、フランス人が特に貯蓄心に富むことに就いで否定はしないが、フランスの貯背カに就いては 1︸J ︶︶ 他の深い原因が存するとなし、其の主要なるものとして一出生率の少きこと、二 財産の分割、三島柴の盛ん ︵ ︵ ︵ ヽノ なるこよ及び農兼恐慌の経規、凶 以前より背痛せられたる富を蓼げてゐる。然し此の四つの主要原閃に就いて ︵ は、彼れは軽重の差を付けてゐるので、フランスの貯蓄力の放も重要なる原因を何れに敬いてゐるかを知るため ︵3︶ に、彼れの逓、べてゐる.ものを要約補足して次に記することとする。 大磯節に於けるフランスの国民貯普及び投資 ︵九三︶ ≡

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第十≡令 弟二鶉 \ ︵九四︶ 四 鎗﹁に‖生率の少いことは貯蓄をするに都合よき鵬要素ではあるが、彼れは之れを過重硯してはならぬと述べ てゐる。即ち子供が少ければそれだけ多くの貯蓄がm氷る椋であるが、一面には子供の多い父は弼身宥や一人二 人の子供を持つ父よりも多く働き生活を質素にして後者に劣らぬ貯蓄をすることがある。叉子供が一人であると 之れを大切に育て費用を多く拗けるといふこともある。人間の生産には商品の生産と同じ様な鮎があつで、蕪産 費が生慮の増加に伴って減少する。鏑叉今日の子供は明月の生産者と成り貯蓄者と成るから、成年人口の多いこ とが貯蓄力の重蟄なる質素と成る。それ故にフランスの出産率の少いこと叉従つで人口の少いことを、其の貯蓄 力の詮明として過重硯してはならぬと言ふ。 第二に財産の分割に就いては、フランスは分割相続制鹿を探ってゐるので、之れが中産階級を多数ならしめる 〓帰国となるのでぁるが、レスキュールは中産階級の貯蓄力は確かに官有階級の貯蓄力よりも犬であり、且叉フ ォン・ビューp・1が述べた貯蓄心の最も磯達してゐるのは確かに中韓階級であ▼ると思はれると富ふ。之れに就い て絞れは、精確なる統計を挙げることは出来ないが、例へば紙筒法の収入を小都市或は田舎に住む四家族に各五 千法宛分割した壌合には、武萬法の収入が太郎市に住む∵家族に乱してゐる場合よりも、多くの貯蓄を生やるこ とは確かであると述べでゐる。然し彼れはフランスの貯蓄力の原因としで此の財産の分割をば、先の出鐘率の少 きこと以上に過重絶しではならぬと冨ふ。 ︵諌こ 彗一にフランスの農薬の盛んなることに就いては、職業人口納成中讐位を占めて居るもの

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口が大都市に集中しで居ち豊ハの大部分は田舎或は中小郡市に存す諸ことに伐つで知られるが、、レスキ一ユールは フランスの貯蓄力の故も藍単なる原因を此虚根艇いでゐる。彼れは貯蓄の敵は替移であり、賓修は大都市に於で 行はれる、田舎や中小郡市に於では賓修は少く家賃や地代は安く生活費は少い、従つで貯蓄が机来る圭一己ふ。、更 に彼れは、農民が貯蓄をするにめには彼等が其の土地より収入を得ることを必要とし、且又其の蓄積する資本が 農村の開後に必要で無いことを要するのであるが、﹂九〇〇年頃即ち盛業恐慌が格規し葡萄栽増地の再興せられ 仁懲時に於て、フランスの貯蓄力及び廃分の自由なる資金が檜加した山原因は右の鮎に存するのであつて、之れ は一ル七〇年よトニふ八一凶年に至るフランスの経済敏速を研究する場合に、和もすれば充分に強調せられない寄 寓であると述べてゐる。︵詮二︶ 第四にフランスの富は約二世紀以前より有偶語券の形で蓄積せられ、それより生する収入及び公債赦債株式の 償還金が亦フランスの貯蓄力を増加せしめてゐる。要するに貯蓄が貯蓄を生むことである。 以上がレスキュールの貯蓄功の原因に就いでの説明であるが、前掲ロリオの言ふところと併せ考へるならば、 大戦前のフランスS虚蓄力は、尭として中産階級特に盛衰の蟹達と開聯して良民階級に存して居ったと確かに冨 ふことが出来る。 ︵証こ ︼八六六年、二八九﹂ハ年、劇九〇六年、及び劇九三ハ年の人口調査忙依るフランスの糀染人口の分布は次の如くで ︵4︶ ある0 大磯前に於け藩フランスの国民貯常及び投充 ︵九瓦︶ 五

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倫、マルクンも雪大岡真のことを述べて二フランスの有偶語券の檜加は袋の盛警相聞聯す⋮富ひ琴か﹂と ︵6︶

述べてゐる。

然ん其の急に於て、フランス人が貯蓄に依つて安泰慧生活を誉ことに専心するの飴り、保守退嬰的とな

︵竺︶﹁フランスの塵光は、一八八〇賃ヱ九〇五年忙葦古間に、其の嘉なる富を構成するこつの産物即ち小警葡 萄酒との激烈なる恐慌還って、非常冨娩審を要りた0︵即ち︶−八七三年より小謬の個格は殆んど止め庶なく下落 し、叉;八〇坤よヱ八九〇年に至る間葡萄患が葡萄栽培地を破壊した。ハ此の︶小警備櫓下落と葡萄栽培地の破拭 とに依って、フランスの農米収入は減退した。他方に於て葡萄我瑠他の後興に多くの資本が吸収せられた0之等の理由 還って讐自由な基本は︵常時︶フランスに於て少かつたのである。然し−莞七年よ牒小夢の憫格は上り葡萄我培 地笛登られ、葡萄酒の僧格は騰誉た。而して筋衆農幾枚入従って叉フランスの収入は檜大し、それ意にフラン へ 5︶ スの力はするにったのである。﹂

貯電増大至

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り、企業心の衰微、人口増加率の停滞或は減退を来すといふ紋鮎が存する。フランスの単著の申、此の快鮎を指 摘するものを蓼げると、例へばマルタンが■﹁二閥の完全なる経済的教法は、之等二つの性向︵貯蓄心と企発心︶ とが保海せられ満場され終るのでなければ、贋現せない。戯るに戦前に於ては、政治方面に於ても我が銀行制度 の一般的状態に於ても、貯蓄心が企発心よりも教連の可能性が多かつにことを認めなければならぬ。イギリス、 \ ドイツに於ては、銀行は金利生餌者よりも露巣家を多く満足させる様に憫意したに反して、フランスに於ては貯 蓄に封しで多数の礫闘釘付興し仁。⋮⋮⋮発慮心︵頂㌢○篭nCe︶及び貯蓄心が企発心及び創造の精神を後退させ た。又利己壷嚢が斯かる性向を強めることに伐つで、′国民はより多く貯蓄を確欝になし得る様に、子供を殖やす ︵ァ︶ ことを差終へる様になつた﹂と述べ、叉コルソンが﹁常人の意見セはフランスは貯背の嗜好の最も額達し、最も 普及してゐる閣の仙つである。只我観では他の何れの蒐よりも小額の貯蓄は多くでも、大資本家殊に中資本家は 企発心が少い、従って英・猫・米人はフーフンス人よりも髄約でないが、其の資本の犬臆なる使用に依って、叫世 へ8︶ 紀以前より富有となつてゐる。﹂と富へるが如きは之れである。 大戦前に於けるフランス貯蓄の性格、貯帯力の原田は上述の如くであり、叉それに伐つでフランス人の保守的 なる性質、フラ の諸囲に勝るものであるかは、容易に知る帝を得ない。ジードは此の鮎に放て衆ひを抱き、前掲のフォン・ビュ ーp−1の言葉を蓼げたる後攻の如く述べてゐる。 大磯前忙於けるフランスの国民貯詳及び投婁 ︵九七︶ 七

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然し、ジード自身も認めてゐるが如く、﹁各観の諸事情の相違、郵便貯金や麿蓄銀行の毀金以外の詐称の投資

方法、特に土地の買入、預金受入の=琴限度等﹂を考旛に入れなければならぬから、右の如き数字のみに伐って

春闘の貯蓄力の大小を示す狩擦と甘なし難いのである。只だジードが右の数字を蓼げることに依つで、﹁フラン

スが貯蓄観であるといふ評判は非常に誇張であり、フナンスはもつと詭遽すべきである﹂と城中でゐることは注

︵9︶

普せればならぬ。

三 園 民 貯 蓄 の 推 算

一国民の国民所得の申幾干が貯蓄せられ、幾干が諸方面の滑費に向けられるかゞ蹄碓に知ら得るならば、其の

利用償借は極めて大なるものとなり、例へば我固現下の問題たる園債の油化力、壷産撰充資金の多寡、叉滑費節

約の故地或は限度等を精確に知ることが出来るであらうし、又凝視政賃豊纂欒動其他の研究上に於ける東野な

1、⊇篭芦fl︼︼ 割判ヨ 革十≡巻 弟こ駅 ︵九八︺ 八 ﹁統計は斯かる御世辞的なる意見を璧帆せないっ敢其の指標は、各閲に於ける預金者の板金の甲均綿を採らず妃、住民天 ヽ ヽ ヽ ヽ ヽヽ 懲りの預金の平均額を採るととである。フランス・フラン︵州九二九年の︶に換算したる其の数字は次の如くである0 デ ン マ ー ク 北米合衆園 イ ギ リ ス ド イ ツ 三、九九〇 二、脚00 仙、00〇 八≡七 フ ラ ン ス イ ク り ー・ ベ ル ギ ー ス ペ イ ン 八こ〇 八〇〇 四七八 雲入O﹂

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る資料となることは容易に想像せられる。然るに其の計算は非常に網赦であり、資料の紋乏或は不充分のために、 遺漏や重複の無い正確は容易に求協得られない。 フランス五於ても、銀行其他の預金額、保険料彿込覇、有償詮索庖行額等の如き貯蓄の存春或は其の投資を示 す若干の層料は所在して居ても、之等を避雷に綜合取持して問民貯蓄の多年に常る椎訝を試みた者は少い株であ って 推算よ 大戦前のフランスに於ける年々の閥民貯蓄に放ては、英的のベイシnは二億傍即ち常時の五十憶法徐に見秩 ︵用︶ り、ジードは﹁官有なる国民に於では貯蓄は金筋の所得の劇割乃至二割の間で欒化する様に風はれる。此の割合 に従へばフランスの年々の貯蓄は仝鰻の所得三百倍乃至三庁五十億法︵金フラン︶に対して四五十億放と見積るこ ︵〓︶ とが出来る﹂と言ってゐるが、推算の根接を示してゐないので、其の根腺を比較的明瞭に知ることの出来るレス キュールに依れば、約囚十倍法と見積ってゐる。此の見積を如何にして出したかと言へば、ネーマルク、ルP ︵謹≡︶ ア・ポーリユーの如き此の方面の槽威者の推算しにるフランスの年々の偶人貯蓄額約二十憶法の上に、ネーマル ︵謹四︶ クの推算しに年々償還せられる債務額を十年債法と見て之れを加へ、更に株式合計の年々の利谷積立金を数億法 ︵12︶ ︵謹五︶ と虜、孝二者の合計を約四十億建としたものである。 従って此の掴十億法といふ金融は、年々の新貯蓄と見るべき偶人貯蓄と法人貯蓄との合計の上に、管貯蓄の投 大磯前元於けるフランスの閲民貯苗及び投資 ︵・九九︶ 九

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資よりあ解雪見るべ是々の償諾意完へたものであつて、レスキ;ル喜へるが如く、年芸魔笛 ヽ l ヽ ▼ ヽ ︳ :、、、 ︵用︶ 由なる資本であるが、絞れは叉此の約凶十億法を以て大型別に於ける貯蓄の年々の後生額と見てゐるのである。 ︵彗︶子マルクは大君のフランスの富違いて詳管長警1たが、其の莞﹁フランスの肝腎概竿蒜カ ︵14︶ 至二十億法有償渡歩忙投資せられ或は保留せられる﹂とし、其の内謬を次の如ぐ示してゐる。

合計 十≡億二千商法力奄十五億二千こ甘四十萬八千三甘六十九法

︵慧︶ レス三−ルは、フランスの機雷紅は其の利霊晶立金とtて捷顔す至とが賛しいから、之れを以て無璃す ︵託四︶ ネーマルクの推算したる年々慣渡せられ 劇、各種の債券及び陀葦の年債鍍金 二、フランス及び外囲詮券の割増金 ニ﹁フランス年賦償澄公債 四、外 囲 々 倍 五、無後約の外囲詮券の慣遮金 六、在外外囲証券の償遼金

倫、・サーマルクは此の数字が少しも過大ではなく、寧ろ控え目であつて賃際より鬼少いと述べてゐる。

合計 十七億五千謁法力葦十九億二千五官前法 仙億五千琉港井草︼健二千五官商法 約仙億法乃至二億法 十五億法 第十≡巻 第こ渋

フランスに於て資質せられる、フランス及び外囲の有償詑券への投資年額

請銀行の預金の年噂加額にして翌年以後に於て結局投資せられろもの

大小貯蓄者の金庫或は毛談の靴下申に不利用の億保持せられる眞の保留貯嘗

る倍捗額の内謬は次の如くである○ 十億力至十二億法 こ二、五七九、ニ〓ハ九法 四九、入二九、000法 こ五〇、000、000法 ︵15し ︵劇00︶ 山○

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と信することは、堅剛の私人所得の合計は三石二十憶と川百億との間に合まれてゐる︰︰⊥と並べでゐる。

更にデュゲ・ド・ベルノンゲイルの大戦後のフランス図民所得統計に依れば、 ︵18︶ 次表の如く三空ハ十倍法となつでゐる。︵単位十億法︶。 芝との出水ない貯蓄の源泉としてゐる0而して数億法といふ見積は、極めて粗布なる仕方ではあるが、凡ての株式曾 紋の年々の積立金妄知り得ないがため忙、九大冶金工米食祉の完〇四年よヱ九〇入年迄の吾年間の横芝.の年苧 ︵ 16︶ \

均硯二千三百八十商法より推測したものである。

次に大戦前のフ一㌃スの囲民所得−私人所得の総額卜に就い守は、コルソンが次の如き推算を碑表しでゐる。 ︵盟位十億法︶

然し彼れは之等の数字を飴り正確なるものと考へると却つで誤りであることを望息しで、

大戦前忙於けるフランスの国民貯啓及び投資 一九;一年の私人所得の絶額は ︵二︺ニー一 ﹁確かに断言し得る ︵1・7︶

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右の如く∴九=毒のフラン晶属所得を約言六十億法と見ることは、他の革者︵フランリア・マルサル、 ︵19︶ テリー、セリグマン︶に於ても大鰐姦してゐる鮎である。又、ロンドン・エコノミストは完三年のフラン ス観民貯蓄妄五十憶警し、それが国民桝怨の七分の叫に嘗と讐てゐるから、固民所得を三宮吾憶管見 へ∞︶

てゐることになる。

望の如く、フランスの大戦前の桶屋苔及び図民所得に就いては、有力なる単著の研究に依って晶大富

数字を蓼げ待合過ぎだのであり、夏各々の誓が同義る穿の方法、材料に依ったものでもだから、

闘民貯蓄が囲民所得に対してノ幾川の割合を占めでゐるかに就ても、勿碧確空ことは判らだのであるが、図

霹得を三富五十億或は≡票十億警して観民貯蓄を禿十億管すれば、要は雷の二型四分飴或は警常

り、国民貯蓄を由f億警すれば、それは誓の叫割蒜飴に常ることに誉。従って大戦前のフランスの閥民

芸は讐乍ら賢所得に封して壱妄乃至郵四分位のもの喜ふことが出来畠で雷う。︵歪︶

︵1︶J・訂e弓e二し意毒ee昌anc2・N賢一眉P=合古家iニしesprOb−か宗duc藍te昌an至芸.ワ ぶ声Gide盲一−−Sd.小c言mi2pO茸一三○軍→○邑=畢2日冨−10−2こし・ロ2−anne竿訂︶きF介計s邑eu−・Ⅵ lnObi夢2苗字ane2二琵P﹂⋮○−e・亀崎善之戚、彿騎西の銀行霊融︵大豊年︶〒買 ︵2︶J・ど阜ぎ2きmedes−星空p邑房≡骨管2ぎn嘗︵J喜aldeをn邑s−es妄昌仙c・“盃♪ 吋句 ・譜○−∽竺︶ ︵3︶ J∴訂営uぷOp.Cit.憎P”拐−措 ︵4︶ J・ト験2詔︸Ibid.憎.会n象e. ′ 第十≡巻 策士戟 ︵﹁〇二︶ tこ

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︵与︶ J・訂s2re︼bid憎い望 ︵6︶ ¢・試鴛tin︼Op eit・勺●∽旧 ︵7︶ ︵叫.ぎ邑n.〇p.eiナ.罵⋮詠√1温 ︵8︶ P C01s呂uCO彗Sd、訂OnO邑epO−itiqu2・巳∃e∽e小一譜♪七日金一 ︵9︶ ︵芦Gi計−Op●Cit・憎‖望ひnOte・ ︵10︶ 盛時蕃之助、前瑞琴 五四七貫 へ11︶ CF●Gide●Op・eit・勺り望叩nOte ︵12︶.J.1L琶ureもp・註・P什思 ︵13︶ J.Fesc焉e・〇p・Cit・憎憎巾のゆ13 ︵14︶ A.穿︶貞胃ek、ト﹀肯鴛習e許n巾ai諾etSOn詠邑Oppement賀≡e−・ ︵JO∃n已de−a許ci監de Sta課it宅e計謬象二等∽−勺り時∽∽1N望︶ へ15︶ A・慧竃a岩打■卜2SamOr−i鷲莞n訂e−re邑OurSem2n訂danslegulSdusi芝e・

︵JOur−︸已de−p SO款tかde Statistique de謬ris二竺○、P⋮NNO︶

′\ /ヽ ′\ 181716 \J ) \J ′《ヽ ( 2019 \ノ ) J・卜escure Op・已・ヤ∴岩 P C01sO芦Op・eit●吋P⋮合印−ム塁 PDl温計野nOn垂e︼訂箋e≡pri諾S六Reくu2d孟⋮、○≡1e苫1−iqlle︰邑音n二琶︶ ︵訂ヨ⋮2 許On2風一leann鼓repOu∵計の︶ 惰り竺¢ 0ロH.G.已Ou誉nandP訂一碁︸The句蒜nCh∵ebt耳。r訂m二結び“輝烏串 芦e穿OnO冒isニThe穿ti?L已IneO宮○巧守pnce賀d→h2ぎ乙2nO﹃Tp邑ぎ︶mraeミひ二塁−句㌫謡 大戦前忙於けるフランスの国民貯啓及び投資 ︵叫〇三︶ 二ニ

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