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見せかけのエンパワーメントの役割とそのメカニズム : 洗脳によるエンパワーメントを分析するためのフレームワークを用いて-香川大学学術情報リポジトリ

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見せかけのエンパワーメントの

役割とそのメカニズム

∼洗脳によるエンパワーメントを分析するための

フレームワークを用いて∼

宮 脇 秀 貴

Ⅰ は じ め に 私たちは,程度の差こそあれ,人に影響し,影響されて生きている。特段こ ちらから何か特別なことを働きかけていなくても,人に影響していることもあ れば,影響されていることもある。例えば,話し方やしぐさ,価値観や何かに 対して取り組む姿勢など,ふとした時に,他人を見て,あるいは自分を見て, 気づくことがある。 Mr. Children の「フェイク」という曲の中に,次のような歌詞がある。1) 大切に抱きしめてた宝物が ある日急に偽物と明かされても 世界中にすり込まれている嘘を信じていく すべてはフェイク それすら… 例えば,ある人にとって,今まで信じてきたものが嘘であったとしても,そ れに気づかなければ,その人にとっては,それが1つの真実であり現実なので ある。これを企業のマネジメントの場面に転換したとすると,組織や経営者な どの示す経営理念などが,組織成員にとって信じるに値するものであれば,そ 1) Mr.Children(2007),「フェイク」,『HOME』,TOY’S FACTORY。 ―95―

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れは組織成員にとって価値のあるものであり,現実の一部なのである。たと え,経営者や管理者などの一部の人の目的のために行われているような偽物の 理念であっても,それは,1つの信じるに値する価値のある現実を構成してい るのである。では,もし組織成員が企業や経営者などの掲げる経営理念などを 偽物と気づいてしまったら,どのような行動を取るのだろうか。また,騙し操 作しているつもりの企業や経営者などは,騙されている振りをしている組織成 員が彼らを騙していることに気づくことができるのだろうか。 宮脇(2009b)では,形式上は現場の組織成員に自律性を与えているように 見せながら,実質的には経営者や管理者のコントロールを強化するエンパワー メントを,「見せかけのエンパワーメント(pseudo-empowerment)」と定義した。 組織の方向性やベクトルの影響力が現場の自律性を遥かに凌ぐようになると, 現場の自律性の範囲は殆どなくなり,現場の組織成員が自律的から他律的に行 動せざるを得なくなるので,もはやエンパワーメントは,トップダウンコント ロールを推進する見えない心の鎖となるのである。このような見せかけのエン パワーメントは,実際の企業の中では,どのような形で現れてくるのだろう か。また,組織マネジメントの中でどのような機能を担っているのであろうか。 本稿では,洗脳によるエンパワーメントを分析するためのフレームワークを 用いて,Kunda(1992)の民族誌のケースを分析し,見せかけのエンパワーメ ントが組織成員に影響を与えるメカニズムを考察していく。なぜ Kunda(1992) の民俗誌のケースを分析対象にしたかと言うと,このケースの企業は,組織文 化によって組織成員の統制を行おうとしており,この組織文化による統制が, 自律性を与えるように見せながらコントロールを強化するという見せかけのエ ンパワーメントの主旨に沿うものであり,また,組織文化による統制そのもの が人を操作することであり,洗脳によるエンパワーメントの実行形態の1つで あると考えたからである。 以下では,まず,宮脇(2009b)で構築した,洗脳によるエンパワーメントの ケースを分析するためのフレームワークを再度,簡単に説明する。次に,Kunda (1992)がまとめたテック社の民族誌の中から,「見せかけのエンパワーメント」 に焦点を当てて,組織成員に影響を与える規範的統制の仕組みとそれを支える ―96― 香川大学経済学部 研究年報 49 2009

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・物理的現実世界 ・仮想世界 (イメージや空想) 脳内の 認知の風土 (思考や信念, 記憶など) 臨場感のあるフィードバック関係 神秘性 強化 組織文化の中身や伝播方法を整理していく。そして,Kunda(1992)の民族誌 のケースを,洗脳によるエンパワーメントを分析するためのフレームワークで 検証し,実務の中で,本来ボトムアップであるエンパワーメントがトップダウ ンコントロールの手段としていかに用いられているか,また,洗脳がどのよう に実行されているかを解明していく。最後に,宮脇(2009b)で方向性を示し た演出装置としての会計システムおよび会計情報が,実際に Kunda(1992)の ケースでどのように役割や機能を果たしているかを検証していきたい。 ! 洗脳によるエンパワーメントを分析するためのフレームワーク 本節では,宮脇(2009b)で構築した,洗脳によるエンパワーメントを分析 するためのフレームワークの概要を,本稿に必要な限りで説明していく。以下 では,まず,ホメオスタシスのフィードバック関係を活用した洗脳のメカニズ ムを説明し,次に,洗脳のメカニズムを用いて,洗脳による(見せかけの)エ ンパワーメントを分析するためのフレームワークを示していく。 1.ホメオスタシスのフィードバック関係に基づく洗脳のメカニズム 本稿では,洗脳のメカニズムを次の図1のように表すことにする。 (図1)ホメオスタシスのフィードバック関係を用いた洗脳のメカニズム 見せかけのエンパワーメントの役割とそのメカニズム ―97―

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この図1を説明すると,左側の楕円の部分が,組織成員の脳内で,思考や信 念,記憶(の記銘と想起)を形成しているニューロン2)(群)間の連結パター ンの総和である「認知の風土」3)である。右側の二重点線円が,例えば,現実 世界(物理的現実世界)や仮想世界などの脳を取り巻く環境4)を表している。 そして,認知の風土と脳を取り巻く環境は,ホメオスタシスのフィードバック 関係5)を結んでおり,例えば,現実世界ではなく,映画やTV ドラマなどの仮 想世界のことでも,現実に起こっていることであると脳は錯覚を起こすという 相互作用プロセスを表している。また,ホメオスタシスのフィードバック関係 を強化するには,仮想世界での出来事に神秘性を持たせることで,体験してい る出来事の臨場感を増し,脳に完全なる錯覚を起こさせることが重要となる。 2.洗脳によるエンパワーメントを分析するためのフレームワークの提示 上記の図1で示したホメオスタシスのフィードバック関係に基づく洗脳のメ カニズムを用いて構築された,洗脳によるエンパワーメントを分析するための 2) 脳を作る細胞は2種類あり,その1つをニューロン(神経細胞)という(富永2006, pp.138−139)。ニューロンは脳細胞の主役であり,その形状は,中心が星型で核を1つ 持っている神経細胞体であり,あちこちに枝を伸ばしている。伸びている枝は2種類あ り,1本だけある長いものが軸索(神経線維)と呼ばれ,他のニューロンに情報を伝達 するのに対して,上下左右に広がる短いものは樹状突起と呼ばれ,情報を受け取る役目 を果たしている。なお,ニューロン内の情報は,電気信号として伝わっていく。 大脳の中には,ニューロンが約140億個もあり,複雑に連結し合っている。1つのニュ ーロンの軸索(神経線維)が他のニューロンの樹状突起へと伸び,結合することで,情 報の受け渡しが行われる「場」が設定される。この結合部はシナプスと呼ばれるが,シ ナプスは1つのニューロンに平均1万個あると言われている。このようなニューロンの 複雑なネットワークは,脳の中で情報処理を行う最小単位となり,人の思考を支えてい る。詳しくは,宮脇(2009a,pp.174−177)を参照せよ。 3)「認知の風土」とは,思考の仕方や考え方の枠組みなどの,脳内のニューロン(群)の 連結パターンの総称のことである(Taylor2004,p.38,訳 p.61)。 4) 仮想世界とは,人の脳が想定することができる潜在的な存在としてのあらゆる仮想世 界のことである(苫米地2000,pp.20−21)。したがって,本稿で用いる仮想世界という 言葉が表す世界とは,Kripke(1972)が述べた「世界があり得たかもしれないあり方の 全体,あるいは世界全体の諸状態ないしは諸歴史のこと」という可能性世界(p.18,訳 p.20)に加えて,物理的現実世界ではその存在可能性を問うことのできない SF 的な意 味での仮想世界も含めたものとする(苫米地2000,p.21)。 ―98― 香川大学経済学部 研究年報 49 2009

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臨場感のあるフィードバック関係 神秘性 強化 組織成員の 脳内の 認知の風土 (思考や信念,記憶 などのニューロ ン(群)のネッ トワーク) 臨場感のあるフィードバック関係 物理的現実世界 企業や経営者など が想い描く 仮想世界 ① ② ③ ④ 〈エンパワーメント〉 ・創造性 ・自発性(能動性) ・自律性 ・権限委譲 〈見せかけの エンパワーメント〉 ・模倣性 ・受動性 ・他律性 ・統制の強化 フレームワークは,図2のようになる。 この図2を説明すると,まず,企業や経営者などは,自分たちが想い描く仮 5) ホメオスタシスとは,生命体を維持する恒常機能のことである(苫米地2000,p.19)。 生命体と物理的環境の間にはフィードバック関係があり,例えば,気温が上がれば発汗 するなどの作用がある。このような生命体の恒常性を維持することで生命体の正常性を 保とうとする生物の自律的なメカニズムをホメオスタシスと言う(p.16,19)。 ホメオスタシス仮説とは,上記のようなホメオスタシスのメカニズムを用いて様々な 現象を説明できるという仮説のことである。特に,ホメオスタシスのフィードバック関 係の「環境」とは,現実の物理的な環境だけでなく,仮想的なイメージや空想の世界に まで広がった環境となっている。なぜ,環境の要因に現実の物理的な世界だけでなく仮 想の世界が含まれるようになったかと言うと,人は,脳機能の進化により,触ることの できない想像上の環境である仮想世界に臨場感を感じるようになり,恒常性維持のフィ ードバック関係を築くことができるようになったからである。そのため,脳の外部的な 環境が,本当の現実世界ではなく映画や小説,TV ドラマなどの仮想的な環境であって も,一度,臨場感のあるフィードバック関係を成立させれば,脳は仮想的な環境から送 られる情報を現実世界の情報であると錯覚を起こし,それらを記憶していくのである。 例えば,映画やTV ドラマを見ていて手に汗を握ったり,夏場にお墓のそばを通ると急 に体に寒気を覚えたりすることなどをあげることができ,人は,進化の過程で,仮想世 界に臨場感を感じることができる脳機能のメカニズムを持つようになったのである。詳 しくは,苫米地(2000)と宮脇(2009b)を参照のこと。 (図2)洗脳による見せかけのエンパワーメントを分析するための基本的なフレームワーク 見せかけのエンパワーメントの役割とそのメカニズム ―99―

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想世界を設定し,物理的現実世界と組織成員が結んでいるホメオスタシスの フィードバック関係を仮想世界と結ばせるために,上記1.で説明した洗脳の メカニズムを用いて,下記の!から"の働きかけを組織成員に行う。この働き かけによって,仮想世界に神秘性を与え,臨場感を増すことで,組織成員の認 知の風土と仮想世界のホメオスタシスのフィードバック関係を強化し,組織成 員の認知の風土を新しいものに書き換えていくのである。この仕組みの中で は,物理的現実世界で行われていた,権限が委譲され,創造性や自発性(能動 性),自律性を促進するためのエンパワーメントは,「権限委譲・創造性・自発 性(能動性)・自律性」を促進するはずが,仮想世界の中では,物理的現実世 界で行われていた通りに機能すればするほど,逆に,組織成員の「創造性・自 発性(能動性)・自律性」を奪うことになる。そうなると,組織成員は,仮想 世界が想定する理想像への模倣性を高め,組織や経営者などが描いた筋書き通 りの組織成員を演じることで受動的になり,自分で自分を律しているつもり が,仮想世界のルールに縛られ他律的になっていくのである。このように,エ ンパワーメントは,仮想世界とホメオスタシスのフィードバック関係を強化す るために用いられるようになるのである。 企業あるいは組織の外から見えるのは,組織成員と物理的現実世界なので, その関係の中では,組織成員の行動は,権限を委譲され,創造的に,自発的 に,そして,自律的に,活き活きと行動しているように見えるのである。しか し,仮想世界とホメオスタシスのフィードバック関係を築いた組織成員は,物 理的現実世界にいた時から見れば,明らかに,「統制され,創造性もなく,自 発性や自律性を失っている」のだが,当の本人たちは,以前にも増して,権限 を委譲され,創造性を求められ,自発的・自律的に行動していると錯覚してい るのである。仮想世界の中では,組織成員は,企業にとって,そして,自分に とって価値のある行動を行っていると思い込んでおり,それが評価され,自分 の生きがいとなり,活き活きと働いていると錯覚しているのである。 したがって,見せかけのエンパワーメントを分析するためには,洗脳のメカ ニズムを用いた下記の!から"までの働きかけを,組織成員に行っているか否 かを分析することが重要になるのである。 ―100― 香川大学経済学部 研究年報 49 2009

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!仮想世界の情報と脳内の認知の風土との間にホメオスタシスのフィード バック関係を結ぶ 認知の風土は,繰り返し強化されたニューロン(群)間の連結パターンの 総和であり,その殆どが単純・自動化されているので,容易に書き換えるこ とはできない。そこで,最初は,ほんの小さいことからでいいので,仮想世 界の情報を巧みに用いて,認知の風土に錯覚を起こさせることが必要とな る。既存のニューロン(群)間のネットワークと相違する情報を送り込んで, いきなり大きな違和感を引き起こすのではなく,それらのネットワークが現 実世界と結んでいるホメオスタシスのフィードバック関係を,現実世界と類 似する仮想世界の情報と結ばせることが重要となる。これにより,認知の風 土の中の狙いを定めた特定の,あるいは主要なネットワークとのホメオスタ シスのフィードバック関係を築き,他のネットワークに影響を与えるための 下地を作っていくのである。 "神秘性を用いた臨場感の増大とホメオスタシスのフィードバック関係の強化 仮想世界の出来事や情報に神秘性を持たせ,現実世界と同じかそれ以上の 「臨場感」を与えることによって,ホメオスタシスのフィードバック関係を 強化し,認知の風土の中の狙いを定めた特定の,あるいは主要なネットワー クとのホメオスタシスのフィードバック関係のパイプを太くする。そうする ことによって,脳は仮想世界との間で錯覚を起こし,いつでも組織成員を変 性意識状態6)へ導くことができるようになり,脳内の他のネットワークだけ でなく,認知の風土全体へ影響を及ぼすことができるようになるのである。 #変性意識状態でアンカー7)を埋め込む 上記!までのプロセスで,認知の風土を形成する主要なニューロン(群) 間のネットワークの一部とホメオスタシスのフィードバック関係を結んだ 後,現在,脳内を支配する認知の風土の主要な思考や信念,記憶などを形成 しているニューロン(群)間のネットワークとは異なる,洗脳者が望ましい と思える思考や信念,記憶の情報を,現実世界よりも圧倒的に現実に思える 見せかけのエンパワーメントの役割とそのメカニズム ―101―

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ような神秘性を持たせる仕掛けを施しながら,仮想世界の中の出来事や情報 として与えていく。そうすると,既に上記!までのプロセスで,新しい認知 の風土の味方となるニューロン(群)が増加していることからも,既存の認 知の風土の中の攻撃されたネットワークは,他のネットワークと整合性を保 つことができなくなり,認知の風土に嵐が吹き,認知の風土内に混乱が生ま れることになる。攻撃されたネットワークが主要であればあるほど,ネット ワーク間の不一致を解消しようとするメカニズムが強く働き,新しい思考や 信念,記憶を形成する情報に合わせて,脳内のネットワークが再構築される ことになり,いつの間にか,既存の認知の風土は書き換えられてしまうので ある。この新しい思考や信念,記憶を形成するニューロン(群)間の連結パ ターンがアンカーとなり,脳内に埋め込まれることになるのである。 !トリガー8)に触れることでアンカーを作動させ,無限の洗脳ループを作る 上記"によって,脳内には新しい思考や信念,記憶を形成するニューロン (群)間の連結パターンがアンカーとして埋め込まれると同時に,そのアン カーには,いくつものトリガーが設置されることになる。すなわち,トリガ 6) 変性意識状態とは,感覚が一切遮断された空間に長時間いた時に,意識が変形して, 夢を見たり,酩酊したような感覚に襲われたりする意識状態のことである(苫米地2004, pp.8−9)。いわゆるトランスに似た意識状態である。脳と現実世界や仮想世界の間にホ メオスタシスのフィードバック関係が作られると,人は誰でも変性意識状態となり,例 えば,映画の主人公になりきって仮想現実の世界に浸ってしまうなどのような状態とな る。人が変性意識状態になると,意識的な心的活動が抑えられ,無意識レベルにある心 的内部表現が外部化するので,他者は,心の奥底にアクセスしやすくなり,思考パター ンなどの情報を書き換えることが可能になるのである。 変性意識状態を経験した人にとっては,変性意識状態の世界には圧倒的なリアリティ があり,神秘的な体験となる(苫米地2000,pp.11−12)。このような神秘的な体験は, 仮想的な体験である。しかし,現実の物理的な世界よりも次元が高いと感じられるだけ でなく,現実のような立体感や匂いなどの感覚も持つことができ,恍惚とした快感が走 り,巨大な知識体系に一気に投げ込まれたような感覚となる。例えば,ランナーズハイ の状態でマラソンをしている選手に,その気持ち良さは脳が作り出した仮想の感覚であ ると伝えても走ることを止めないように,神秘的な体験は,人にとって神秘的かつ絶対 的なものとなるのである。そして,このような神秘体験の問題点は,その出来事を,人 に際限なく求め続けさせてしまうことである。 7) アンカーとは,脳に埋め込まれた記憶や情報のことである(苫米地2004,p.14)。 ―102― 香川大学経済学部 研究年報 49 2009

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ーによって,新しいネットワークをいつでもすぐに想起できるように,言い 換えると,組織成員がいつでも仮想世界の神秘的な出来事や情報を思い出 し,再体験できるようにするのである。なぜなら,トリガーに触れると,ホ メオスタシスのフィードバック関係によって,新しいネットワークが活性化 されることになり,この繰り返しが認知の風土を強化していくからである。 トリガーは,言葉や映像,匂いなど,どのようなものにも,そして,至る所 に設置されており,被洗脳者がそれに繰り返し触れることで,新しい認知の 風土は強化されていくのである。つまり,ニューロン(群)間の連結パター ンは,電気信号の強さや繰り返し使われることで強化され,単純化・自動化 していくことから,ホメオスタシスのフィードバックが無限に繰り返される ことで,認知の風土は固定化されていくのである。 以上のように,洗脳によるエンパワーメントを分析するためのフレームワー クで示されている!から"までのプロセスを経て,認知の風土が書き換えら れ,洗脳は深耕されていくのである。 次節以降では,このフレームワークを用いて,見せかけのエンパワーメント のメカニズムを解明していくことにする。そのために,まず,次節では, Kunda(1992)の民族誌のケースの中で,見せかけのエンパワーメントがどの ように活用されていたかを整理していくことにする。 # 見せかけのエンパワーメントと規範的統制9) 本節では,Kunda(1992)が民族誌としてまとめたアメリカ西海岸にあるハ 8) トリガーとは,引き金という意味であり,脳に埋め込まれた記憶や情報を引き出すきっ かけのことである(苫米地2004,p.14)。被洗脳者は,トリガーに接触することで,忘 れていた記憶を鮮明に思い出したり,脳内に埋め込まれた思考プロセスなどが作動し て,自動的に思いがけない行動に駆られてしまったりする。なぜなら,人は,記憶を想 起する際には,記憶を記銘した時に深く関連するきっかけを与えられると,臨場感を持っ て想起することができるからである(Zaltman2003,pp.174−177,訳 pp.209−212)。した がって,神秘体験の体感感覚を脳内にアンカーし,それに対応する言葉や合図などをト リガーとしておくと,トリガーを利用して,いつでも神秘体験を人に体験させることが できるようになるのである。 見せかけのエンパワーメントの役割とそのメカニズム ―103―

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イテクノロジーズ・コーポレーション(仮称:以下ではテック社と呼ぶ)のケ ースの中でも,特にテック社が「見せかけのエンパワーメントをいかに行って いたか」に焦点を当てて,ケースを整理していく。テック社は,エンパワーメ ントを謳い,組織成員に創造性,自発性および自律性を促すように見せなが ら,その裏で,組織成員の行動を規定する組織文化を用いて,組織成員の行動 をがんじがらめにしていたのである。つまり,組織成員の創造性,自発性およ び自律性を促すというエンパワーメントの表の顔とは別に,裏の顔として,組 織成員の心に鎖をかけ,行動を縛っていたのである。 以下では,まず,Kunda(1992)の調査目的,調査方法およびテック社の概 要を述べていく。次に,テック社が組織成員を管理するために用いていた規範 的統制システムの仕組みを説明し,最後に,テック社が規範的統制を行うため に用いたテック社の文化の中身やその伝播方法を考察していくことによって, テック社が行った見せかけのエンパワーメントが果たした役割や機能を明らか にしていく。 1.調査目的と調査方法 Kunda(1992)は,テック社で働くエンジニア,管理者,秘書および臨時雇 用者の組織内での日常生活を,1年間,エスノグラファーとして観察し,民族 誌にまとめあげた。彼の調査目的は,文化を管理する文化を記録し,解釈する ことであった(p.23,訳 p.47)。彼は,強い企業文化の評価を行うには,文化 を受け入れる人々をただ観察するだけでなく,価値観が形成され,提示され, 実行に移されていく日々の生活を見つめる必要があると考え,文脈や状況,調 査した規範的な交流の全てに影響する経営者の文化概念,その実現の仕方およ び組織成員の反応との関連性に焦点を当てて調査を行った(p.23,訳 p.47)。 このように,Kunda は,エスノグラファーとして,テック社内の日常をつぶ さに観察することで,テック社が,組織の統制のために文化を活用するしくみ 9) 規範的統制とは,規範的権力を用いて,組織成員から高い道徳的関与を引き出し,組 織成員を統制することである(Etzioni1961)。詳しくは,注10)を参照のこと。 ―104― 香川大学経済学部 研究年報 49 2009

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を解明しようとしたのである。 2.テック社の概要 テック社は,アメリカ西海岸にあり,数々のハイテク製品の設計,開発,製 造,販売およびサービスを行っていた大企業である(p.26,訳 p.53)。創業か ら30年で世界的な有名企業に成長した企業であり,その成功は他社のモデル とされていた企業である。また,テック社の製品は,最先端技術と見なされ, 収益率が高いだけでなく,高い市場占有率も誇っていた。 テック社の組織構造は,社長M をトップに,およそ40人の副社長が,エン ジニアリング,製造,営業とサービス,財務,人事,国際グループおよび製品 マーケティンググループなどの職能・職域部門を統括する,複雑で入れ替えの 激しいマトリックス組織である(p.29,訳 p.56)。管理職の大半はエンジニア リング部門の出身者であり,他部門や他社からの管理職が増えてきたのは,調 査当時(1990年前後)のことである。つまり,テック社では,エンジニアが 優位な組織なのである(pp.28−29,訳 p.55)。 このような組織の中でも,主要なエンジニアリング部門で働く組織成員の階 級は,賃金クラス4,賃金クラス2および臨時雇用者という3つに分かれてい る(p.38,訳 p.67)。まず,「賃金クラス4」の組織成員は,月給制であり, 具体的にはエンジニアと管理者から構成されている。彼らには給与体系を定め た全社共通の資格制度があり,フレックスタイムや希望すればパートタイムで 働く権利もある。次に,「賃金クラス2」の組織成員は,時間給であり,秘書 とサポート業務のスタッフで構成されている。最後に,臨時雇用者は,特定の 仕事のために雇われており,たとえ雇用期間が長く,フルタイムで働いていた としても,テック社の社員の一員とは見なされていない人たちである。なお, テック社では,テック社の文化を組織成員に浸透させるために,文化の浸透を 専門に担当するスタッフを作っている(pp.5−6,訳 p.23)。 テック社の労働環境は,テック社の文化が規定する「開放的」,「柔軟」およ び「形式ばらない」を反映している(p.46,訳 p.79)。例えば,開放的なオフィ ススペースは厳しく守られており,典型的なエンジニアリング施設では,組み 見せかけのエンパワーメントの役割とそのメカニズム ―105―

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立て式のブース型オフィスが広々としたホールの中央にまとめられ,セミナー ルームや会議室が周辺に配置されている。近くにはコンピュータなどのハイテ ク装置を備えた実験室と社内ライブラリーがある。また,殆どの施設には,美 味しい料理をビュッフェスタイルで提供する広く開放的なカフェテリアが,便 利なホール中央部にある。 3.テック社の規範的統制10)システム ここでは,次の4.以降の詳しい分析の前に,テック社が見せかけのエンパ ワーメントを行いつつ,組織文化を用いた規範的統制システムによって,組織 成員の行動をコントロールしていた仕組みの各要素とテック社の規範的統制の 結果として生み出されたものを整理しておく。 以下では,まず,"で,テック社が目指した会社像を示し,次に,それを実 現するために,エンパワーメントがどのように行われたかを#で,また,いか に組織成員の内面へ働きかけ,規範的統制を行おうとしたかを$で簡潔に説明 する。最後に,%で,見せかけのエンパワーメントによる規範的統制の結果と して,テック社がどのような組織成員を生み出したかを述べていく。 ! テック社が目指した会社像 テック社が目指したあるべき姿とは,賢明な利己心と雇用の安定に根ざし た,思いやりのある人間的な環境を提供する「人間中心の会社」であり,テッ ク社の経営陣は,この姿が組織成員の積極的な参加と努力を引き出し,創造力 も解き放つはずであると考えたのである(p.27,訳 p.53)。つまり,テック社 は,組織成員が積極的に行動し,他の組織成員と切磋琢磨して成長することが できる「人間味に!れた会社像」を,表の看板として掲げていたのである。 " エンパワーメント テック社は,上記"のあるべき姿を実現するために,フォーマルな統制シス テムを弱めるように見せることで,形式にこだわらない,柔軟性のある存在と して,また,経営陣を,要求は厳しいものの信頼できる存在として提示するこ ―106― 香川大学経済学部 研究年報 49 2009

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とを通して,組織という共同体は,ボトムアップで自由奔放な,そして,人間 的な社会として特徴づけるようにしたのである(p.90,訳 pp.138−139)。こう することで,見せかけではあるが,組織成員の創造性,自発性および自律性を 引き出そうとしたのである。このような見せかけのエンパワーメントは,テッ ク社の文化を反映した書面に表れ,至る所に貼り出されるだけでなく,様々な 伝播手段を用いて組織成員に影響を与えていたのである。 10) 規範的統制とは,規範的権力を用いて,組織成員から高い道徳的関与を引き出し,組 織成員を統制することである(Etzioni1961)。 まず,規範的組織とは,下級組織成員の大部分に対する統制の主たる源泉が規範的権 力であり,彼らの組織に対する関与の仕方が高度の帰属によって特徴づけられる組織で ある(p.40,訳 p.36)。すなわち,規範的組織では,規範的権力によって規範的統制が 行われているのである。 次に,規範的権力とは,象徴的報酬および損失の分配と操作によって成り立つ権力で あり,例えば,リーダーへの登用,マスメディアの操作,評価と威信の象徴の配分,儀 式の施行および受容や肯定的反応への影響力などがある(p.5,訳 p.13)。原則として, 規範的組織の服従関係は,正統的と受け入れられる指示の内面化に依存しているので, 例えば,リーダーシップ,儀式および社会的象徴や威信・威厳の操作などが統制の技術 の重要なものとなっている(p.40,訳 p.36)。 さらに,Etzioni(1961)は,3つの権力(強制的権力,報酬的権力および規範的権力) と3つの関与の仕方(疎外的,打算的および道徳的)を組み合わせて,企業と組織成員 の服従関係の9つの類型を示した(p.5,pp.9−10,訳 p.13,p.16)。3つの権力のうち, 強制的権力とは,苦痛・不具・死を課すこと,移動の制限による欲求不満の惹起および 食物・性・快適さなどの欲求の満足に対する統制などの,肉体的処罰の適用または適用 への脅迫によって成立するものである。報酬的権力とは,俸給,賃金,手数料,寄付, 役得,サービスおよび物品などの配分による物質的資源と報酬に基づくものである。規 範的権力とは,リーダーへの登用,マスメディアの操作,評価と威信の象徴の配分,儀 式の施行および受容や肯定的反応への影響力などを通じての象徴的報酬または損失の分 配と操作によって成り立つものである。 また,3種類の関与の仕方については,高度に疎外的な部分を疎外的,高度に帰属的 な部分を道徳的および疎外も帰属も軽度の部分を打算的とした上で,疎外的関与を強い 否定的な関与の仕方,打算的関与を否定的にせよ肯定的にせよ,関与の強度が弱いもの, そして,道徳的関与を強度に肯定的な関与の仕方としている。 この3つの権力と3つの関与の仕方の組み合わせのうち,強制的権力・疎外的関与, 報酬的権力・打算的関与および規範的権力・道徳的関与の3つの類型は,権力と関与の 仕方が適合しており,他の6つの類型よりもよく見られる類型となっている(p.12,訳 p.17)。 このような分類からも,規範的統制とは,規範的権力を用いて,組織成員から高い道 徳的関与を引き出すことで,組織成員を統制することであると言える。 見せかけのエンパワーメントの役割とそのメカニズム ―107―

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! 組織イデオロギー11)による規範的統制 一般的に,エンパワーメントでは,経営理念や行動方針などの組織イデオロ ギーが示す大きいベクトルに沿って,組織成員の創造性や自発性,自律性を促 している。テック社の組織イデオロギーでは,テック社は,道徳的に健全で有 機的な同質の共同体として描かれており,また,組織成員の役割は,抽象的で やや曖昧な行動規定に加えて,しかるべき信念と感情の内面化に根ざしたもの として定められている(p.218,訳 p.332)。すなわち,組織成員の考えや行動 に影響を及ぼしているのは,組織イデオロギーによって導かれた,組織と深く 結び付いた組織成員の態度や自己の位置づけ,感情に現れる規律の内面化など と考えられているのである(p.90,訳 p.138)。 テック社では,経営者や管理者,文化担当のスタッフなどの経営陣側の代弁 者たちが,何度も果てしなく繰り返すことを原則にして,また,経営幹部の経 験や専門知識,あるいは科学やジャーナリズムの客観性などの権威を借りなが ら,様々な媒体,コミュニケーション方法および教育方法を利用して,組織イ デオロギーを組織成員に流布しているのである。一見すると,エンパワーメン トを確実に実行しようとする試みであると判断できそうだが,実はそうではな く,テック社の組織イデオロギーは,組織が向かう大きいベクトルとして組織 成員の内面に影響するのではなく,この組織イデオロギー自体が組織成員を直 11) Geertz(1973)によれば,イデオロギーとは,「社会秩序の概念的イメージ」である(p. 218,訳 p.41)。例えば,意識されない恐怖の投影,背後に秘められた動機の装い,およ び集団の団結の連帯的表現など,イデオロギーが政治的,道徳的,経済的および美学的 なものであっても,何よりもまずイデオロギーとは,「問題ある社会的現実の見取り図 であり,集合意識を創り出す母体」となるのである(p.220,訳 p.44)。このようなイデ オロギーを持つこと,あるいはイデオロギーがあることは,理解不能な社会状況を意味 あるものにし,その状況で目的を持って行為することが可能であると人に解釈させるこ ととなる(p.220,訳 p.44)。このことから,イデオロギーは,高度に比喩的な性格を持 つとともに,ひとたび受け入れられると,激しく保持・防衛されるものとなる。 Kunda(1992)は,Geertz(1973)のイデオロギーの定義を踏まえて,イデオロギーと いう言葉を,組織の社会的現実についてのイメージ,つまり,会社的視点の代弁者を標 榜する人々によって,体系的に表現され広められた,会社と組織成員の社会的なあり方 に関する,明確な言葉で公然と述べられ論理的にまとめられた現実の主張で構成された ものとしている(Kunda1992,p.52,訳 pp.87−88)。 ―108― 香川大学経済学部 研究年報 49 2009

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接支配しているのである。12) Kunda は,これを,組織成員の行為の根底にある経験や思考,感情を統制す ることによって,組織成員に求められる努力を引き出し,方向づけようとする 規範的統制と考えた(p.11,訳 pp.30−31)。このような規範的統制の下では, 会社のために組織成員が行う行為は,例えば,指示,評価,賞賛および罰など のような物理的に強制されて行われるものではなく,また,単に経済的な報酬 や賞罰を気にして行われるものでもなく,むしろ,内発的なコミットメント, 強い帰属意識および仕事からくる満足感によって突き動かされて行われるもの となる。 上記のような組織成員の行為は,経営側の様々なアピールや奨励,行為に よって引き出されることになる。組織成員は,組織への道徳的な順応と引き換 えに象徴的報酬13)を得るという経験を通して組織とつながり,この経験の交 流の過程で,組織成員には,行動の規則だけでなく明確な経験の指針も含めた 組織成員の役割が作られ,課せられることとなる。すなわち,組織成員は,組 織の一員として,組織が要請する考えや行動を取ることで,組織の役に立って いる,あるいは組織の一部分であると感じるような象徴的な報酬を得ることが できるようになるとともに,そのことが彼らの満足につながり,組織成員は組 織的自己14)を受け入れるようになるのである。 12) 宮脇(2009b)でも検討したように,組織の方向性やベクトルの影響力があまりにも 強すぎると,外からは,エンパワーメントによって組織成員の自律性を促進させようと しているように見えていたとしても,実際には,現場の自律性の範囲は殆どなく,現場 の組織成員は自律的から他律的に行動せざるを得なくなるので,形式上は現場の組織成 員に自律性を与えているように見せながら,実質的には組織成員のコントロールを強化 することにつながるのである(64−67ページ)。 13) Etzioni(1961)は,象徴的報酬として,例えば,リーダーへの登用,マスメディアの 操作,評価と威信の象徴の配分,儀式の施行および受容や肯定的反応への影響力をあげ ている。つまり,象徴的報酬とは,その組織の組織成員として評価されるという報酬で あり,また,組織内の他の組織成員に対して何らかの影響力を持つことができるような 報酬と考えられる。 見せかけのエンパワーメントの役割とそのメカニズム ―109―

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! 規範的統制の結果 Kunda は,テック社の調査から,テック社が文化を操作し,規範的統制を実 現することで組織成員の自己を規定しようとした試みは,まさにこの試み自体 がその前提を揺るがすことになったと結論づけている(p.216,訳 p.327)。テッ ク社の文化の操作者は,強い信念と感情,本物の忠誠心,コミットメント,そ して,働く喜びに駆られている組織成員を理想的な組織成員と見なしているに もかかわらず,現実には,曖昧さを内面化し,どんな信念や感情も偽りではな いかと疑いの目を向け,さらに,日々の支配的な存在のあり方を皮肉な目で見 るような組織成員を多く生み出しているのである。つまり,見せかけのエンパ ワーメントを用いた規範的統制では,組織成員の創造性,自発性および自律性 を促すことはできず,逆に,創造性に欠け,受動的で,他律的な組織成員を生 み出すことになったのである。 Kunda は,上述したテック社の操作された文化を,象徴的権力15)の行使に 基づいた,広く浸透する,包括的な,要求のきつい規範的統制システムである と結論づけた(p.219,訳 p.333)。テック社の文化の本質は,会社の中の現実 を規定する権力を独占し,組織成員の信念と感情を規定・統制することで,組 織成員を統制の代理人として協力させ,組織目標を達成しようとする経営者や 管理者のもくろみなのである。つまり,エンパワーメントを!に,組織成員の 行動だけでなく,考えや信念までもコントロールしようとしたのである。 4.規範的統制を促進させたテック社の文化の中身とは ここでは,テック社が規範的統制を組織成員に浸透させるために用いてい 14) 組織的自己とは,組織イデオロギーで規定された組織成員の役割と経験に対する要求 を処理する間に形成される組織内での自己のあり方のことである(Kunda1992,pp.213− 214,訳 p.324)。作為または不作為,思考,言葉および行動によって,組織成員は,意識 的に,あるいは無意識のうちに,組織内での立場を選び,組織と自分の個人的経験ある いは両者に関してどのように理解しているかを明らかにし,解釈し,表出するのである。 15) 象徴的権力とは,現実社会の解釈の仕方を人々に押し付ける力のことである(Bourdieu 1977,p.165)。つまり,テック社の例で言えば,一連の呈示儀礼(詳しくは本文123ペ ージ)や文章化された文言,繰り返される TV 映像などを通して,組織成員の物事の解 釈の仕方や行動の仕方を規定する力のことである。 ―110― 香川大学経済学部 研究年報 49 2009

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た,テック社の文化の中身を整理し,なぜ規範的統制を促進させる源となり得 たかを探っていきたい。 以下では,まず,!で,テック社の経営陣が持っているテック社の文化観を 示し,次に,"で,テック社が伝えようとしている文化の具体的な内容を検討 していく。 ! テック社の経営陣が持つ文化観 テック社は,「文化」という言葉を用いて,テック社自身の説明,組織成員 の行動指針とその正当性,賞罰と評価の根拠および他の産業ともライバルのハ イテク企業とも違う特性を説明しようとしている(p.3,訳 p.20)。例えば, エンジニアリングガイドには,経営理念のすぐ後に,企業文化の本質を明示し た表現があり,そこには,会社は「形式ばらない自由な雰囲気」と「信頼」を, 組織成員は「成熟」と「自律」を特徴とすると記載されている(p.56,訳 p.92)。 また,テック文化の記述として,次のようなものがある(p.56,訳 pp.92−93)。 ハイテクノロジーズは人間中心の会社である。組織成員は手厚い,公正かつ公平な 処遇を受ける…。 会社は組織成員に勤勉と高いレベルの業績を求める…。組織成員には,仕事に精一 杯の努力を注いでくれるものと大きな信頼が寄せられている…。組織成員はどんな時 も分別を持って振る舞うことが求められる。マトリックス組織は目的志向であり,信 頼,コミュニケーションおよびチームワークを拠り所とする。その結果,殆どの組織 成員は業務の遂行に必要な多くの分野と連携しながら,あらゆるレベルで独立したコ ンサルタントとして機能する。 誠実,勤勉,道徳的かつ倫理的な振る舞い,高いレベルの専門性,そして,チーム ワークは,ハイテクノロジーズの仕事に欠かせない特徴である。これらの特徴はテッ ク文化の一部と考えられている。組織成員は形式に囚われずに伸び伸びと振る舞い, あらゆるレベルで誰とでもファーストネームで呼び合う間柄である…。自律と自己決 定の機会は常にある。 ここには,テック社がいかにも組織成員を大切にする人間中心の組織であ 見せかけのエンパワーメントの役割とそのメカニズム ―111―

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り,組織成員を信頼し,階級の壁を低くして組織成員同士のコミュニケーショ ンの向上をはかり,伸び伸びと自律的に行動することを推奨するとともに,各 組織成員には,誠実さや勤勉さ,道徳的かつ倫理的な態度を求め,専門性を深 めることを期待している。 さらに,テック社の文化に関して,エンジニアリング部門の幹部の一人は, 「テック文化の最たる特徴は,フォーマルな組織構造からは何も分からないこ とである。」や「力づくではうまくいきません。無理強いはダメなんです。自 分からしたいと思わせないと。だから文化を浸透させなければならない。気づ かれずに教育するのがミソなんです。自分でも気づかないうちに宗教を信じる ようになっていた。それが大事なんです!」と述べている(pp.4−5,訳 pp.21 −22)。 以上のように,テック社の経営陣が持つ文化観とは,文化そのものを統制の 仕組みと捉える考え方なのである(p.7,訳 p.26)。16)善く解釈すれば,会社に 貢献したいと思わせるように組織成員の創造性と行動力を引き出し,方向づ け,誘導するものである。この実現のためには,テック社の文化を,自らの意 識の重要な一部として取り込むことが組織成員に期待されているのである。し たがって,テック社の経営者だけでなく全ての組織成員にとって,テック社の 文化に対する考え方,すなわち,「文化観」とは,意欲,価値観,感情,何を なぜしようとしているのかに関して,会社が当然示すべき拠り所であると同時 に,日々の仕事を解説してくれる当たり前の環境を描くものなのである(p.52, 訳 p.87)。つまり,テック社の文化は,組織成員にとって,組織に深く浸透し た組織イデオロギーとなっているのである。 ! テック社が伝える文化の内容 ここでは,公式文章として記載されているテック社の文化の内容を例示し, 16) Kunda(1992)は,テック社の調査から,文化とは,企業目標の達成を促すために, 研究,設計,開発および維持できる対象であり,操作すべきものであると捉えるように なったのである(p.7,訳 p.25)。すなわち,組織文化とは,組織成員の行動や経験に意 図的に影響を及ぼすための手段として考えられるものなのである。 ―112― 香川大学経済学部 研究年報 49 2009

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その公式文章に込めたテック社の経営陣の狙いを考えていく。 以下では,テック社の経営理念や価値観,組織成員の責任と自由,組織成員 に求められる属性,文化に対する記述およびテック社の文化の前提などの項目 から,テック社が伝えようとしている文化の内容を検討していく。 !テック社の経営理念 テック社の経営理念は,次のとおりである(pp.54−55,訳 pp.90−93)。 テックの経営理念 誠実 我々は技術的・専門的な面で誠実なだけでなく,話す言葉も,人に与える印象 も,嘘のない正しいものにしなくてはならない。顧客と約束を交わす時は,その 約束を果たせるように努力する義務がある。 利益 我が社は株式公開企業である。株主は利益を得るために我が社に投資している。 成功は利益によって評価される。成功してこそ,成長の機会,優れた人材を雇う 能力および目標達成によって得られる満足感がもたらされる。利益とは決して社 会的な目標と矛盾するものではない。 質の高さ 成長は我々の主たる目的ではない。我々の目標は質の高い組織であること,そ して,質の高い仕事をすることにある。すなわち,将来に渡って我々の製品に誇 りを持つことである…。 顧客 我々は顧客に対して誠実かつ率直でなければならない。そして,顧客には事実 を話すだけでなく,事実を理解してもらうこと…。我々は会社を売り込んでいる のだから,全てのコミットメントを果たすように努力しなければならない。 このように,テック社は,組織成員に,顧客,自分の周りの人および自分 が関わっている仕事に対して,誠実かつ質の高い対応を求めているのであ る。そして,その成果が会社の利益につながると示唆しているのである。 見せかけのエンパワーメントの役割とそのメカニズム ―113―

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!テック社の価値観 テック社の価値観に関しては,次のような記述がある(pp.71−72,訳 p. 114)。 正しい行いをする この言葉はハイテクノロジーズのあらゆることに当てはまる。それは,会社,あ なたが働いている組織およびあなた自身にとって正しい行いとは何かを決め,その 正しい行いをすることを誓い,実践することを意味する。これは恐らく最もよく使 われている言葉だろう。 個人の自由 社員には自分自身である自由や最適な仕事の仕方を見つける自由がある。時には 個人の自由が他人の自由や組織と対立することもある。話し合いが発生するのはそ ういう時だ。「個人の自由」とは,自らに責任を負う個人であることも意味している。 起業家 これは文化の基本要素である。自由企業システムのハイテクノロジーズでは,個 人は,製品を生産する小事業を経営することで会社のために個々の力を発揮する起 業家である。 以上のように,テック社の組織成員が持つべき価値観とは,1人の起業家 としてオーナーシップを持つこと,「正しい行い」を行うこと,および自ら に責任を負える人のみが個人の自由を与えられることとなる。 "組織成員の責任と自由 組織成員の責任と行動の自由については,次のように述べられている(p. 55,訳pp.91−92)。 責任 事業計画は個人やチームによって提案される。これらの計画は会社の目標に合致 するまで却下されることもある…が,承認されれば,提案者の責任で実施される…。 経営 我々は特に経営の仕事をはっきりと明確に述べておきたい…。財務面の成果は, ―114― 香川大学経済学部 研究年報 49 2009

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計画の成否を測る1つの尺度にすぎない。他の尺度は,顧客満足,人材育成,会社 の長期的ニーズヘの対応,新製品の開発,新規市場の開拓および社員へのコミット メントを果たすことである。我々が責任を持って計画を果たすことが行動の自由を 保証することになるのである。 ここでは,規律を守り目標を達成することで自由が与えられ,そのバラン スの上に会社の社会組織が築かれていると述べられている。 !組織成員に求められる属性 テック社が組織成員に求める属性に関しては,次のような記述がある(p. 55,訳p.92)。 人事 個人は自発的に自己を律するべきである。…我々は社員を業績に応じて,すなわ ち,専門能力だけでなく,仕事をやり遂げる能力や仕事への責任能力に応じて昇進 させる。能力は過去の成果だけでなく,成功したいという姿勢と願望によっても評 価される。 第1のルール 顧客やサプライヤー,組織成員と接する時は,それぞれの状況で「正しい行い」を すること。 理念上は,組織成員の望ましい属性が「自制心」と「正しい心構え」に根 ざしたものとして描かれており,組織成員は状況に応じて,積極的に,適切 な行動を取ることが望まれているのである。 "テック社の文化そのものに対する記述 上記4.の!でも示したテック社の文化に関する記述は,次のように記載 されている(p.56,訳 pp.92−93)。 テック文化 見せかけのエンパワーメントの役割とそのメカニズム ―115―

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ハイテクノロジーズは,人間中心の会社である。組織成員は手厚い,公正かつ公 平な処遇を受ける…。 会社は組織成員に勤勉と高いレベルの業績を求める…。組織成員には,仕事に精 一杯の努力を注いでくれるものと大きな信頼が寄せられている…。組織成員はどん な時も分別を持って振る舞うことが求められる。マトリックス組織は目的志向で, 信頼,コミュニケーションおよびチームワークを拠り所とする。その結果,殆どの 組織成員は業務の遂行に必要な多くの分野と連携しながら,あらゆるレベルで独立 したコンサルタントとして機能する。 誠実,勤勉,道徳的かつ倫理的な振る舞い,高いレベルの専門性,そして,チー ムワークはハイテクノロジーズの仕事に欠かせない特徴である。これらの特徴はテッ ク文化の一部と考えられている。組織成員は形式に囚われず伸び伸びと振る舞い, あらゆるレベルで誰とでもファーストネームで呼び合う間柄である…。自律と自己 決定の機会は常にある。 このようなテック社の文化が組織成員に求める行動は,漠然と表現されて おり,例えば,「創造性」,「自主性」,「勤勉」,「コミットメントを果たすこ と」および「正しく行うこと」などは,組織成員に内面化された価値観,信 念および感情が反映されたものであり,「自発的な規律」,「成功したいとい う姿勢と願望」,「気づかい」および「忠誠心」は,組織成員個人の「成長」 と「成熟」の証しであると見なされているのである。 したがって,テック社が示した組織成員としてのあり方や行動方針は,細 かく規定された記述で表されるのではなく,抽象的な概念やキーワード, キャッチフレーズで柔らかく表現されることで,組織成員の行動が彼らに依 存していることを暗示しているのである。つまり,何が求められている行動 かを判断することを組織成員に委ねることで,「テック社の組織成員として のあるべき姿」という鎖で,組織成員自身に自分の心を縛らせているのであ る。 !テック社の文化の前提 上記!のような抽象的に表される行動を組織成員に求めることは,テック 社の文化の前提の記述にその秘密が隠されている(p.71,訳 p.113)。 ―116― 香川大学経済学部 研究年報 49 2009

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我々はみな1つの家族である …サブカルチャー的な違いが奨励され,メンバーの失敗はある程度大目に見られ る…社員は自分の感情を表現し,率直に意見を述べることが奨励されている…全て の門戸は開かれ,形式ばらないことや人とうまく折り合うことが奨励されている。 社員は創造的で,仕事熱心で,自立心があり,学ぶ力を持つ 社員は経験から学ぶことを奨励されている…若干の支援を受けて一か八かの方法 によって,自分から行動する人になりなさい…自分の立場からシステムを動かし(ボ トムアップ),自分と他人の違いを尊重し,仕事を楽しむ方法を見つけ,オーナー シップを持ち,正しい行いをしなさい。 真実と質の高さは,多角的な見方や自由企業から生まれる 社員は会社を助けて優れた製品を生産し,利益を上げるために働いている。仕事 の進め方について個々人の考え方は違う。これを対立と見る人もいる。実際,多少 の対立はある。だが基本的には,我々はみな勝つためにこのビジネスをやっている。 それには重要な分野から支援を取りつける必要があると考えるべきだ。支援を得る ためにアイデアを売り込み,成果が見込めそうもないアイデアに対抗し,リスクを 負い,失敗(大きなものでない)を大目に見て,これは駆け引きの世界であること を受け入れるのだ。経営陣は,自分たちには全ての詳細を把握するだけの余力はな いと思っている。経営陣ができるのはアイデアを選り分けることだ。 テック社の文化の前提とは,組織は家族であり,組織と組織成員は離れら れない存在であるということである。Kunda は,テック社の公式文章では, 組織を「家族」と同一視する記述が中心となっており,組織成員が会社とは 「切っても切れないつながりがある」と思うほどに,テック社と強い情緒的 な絆で結ばれていると述べている(p.79,訳 p.124)。この「家族」という 言葉は,組織成員がある社会集団と切っても切れないつながりで結ばれ,集 団のまとまりを維持するように方向づけられていることを示唆するものであ る。それゆえ,集団の維持が個人の動機や願望に取って代わるようになり, そこで生まれた強い情緒的な絆が「家族」を団結させることにつながるので ある。つまり,組織成員はテック社の家族の一員であり,家族であるなら 見せかけのエンパワーメントの役割とそのメカニズム ―117―

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ば,家族がうまくいくように行動することは当たり前という前提こそが,組 織成員の行動を規定する心の鎖となっているのである。家族だから,形式ば らなくてもよく,ファーストネームで呼び合ったり,責任を持って自由に行 動でき,積極的な失敗なら許容してもらえる雰囲気があるという反面,いろ いろな人が集まった家族だからこそ,経営幹部などの家族の長が示す道徳観 や倫理観を尊重し,受け入れることも必要になるとともに,それらの考えの 下で,正しい行いをすることも求められることになるのである。 Kunda は,上記!から"のようなテック社の公式文書の目的が,経営陣全 体の好みを公然と教育し,組織成員に影響を及ぼすことにあり,また,その 文面が抽象的な理念やキャッチフレーズ,キーワードを用いて表現されてい ることから,このような文章の中には,次の3つのテーマがあるとした(p. 58,訳 p.95)。 ・世界に対して掲げている道徳的な姿勢を反映した目標が全員に共有され ている有機体として,テック社を描くこと。 ・テック社は,温情主義的な気づかい,形式ばらない自由な雰囲気への信 頼および責任を伴う行動の自由を兼ね備えた「人間中心」の社会組織で あること。 ・組織成員の望ましい属性を詳しく述べること。 以上のように,テック社の組織文化の中身自体は,理想的な組織成員像を 示し,組織成員としてのあるべき行動を描いた,まさに,心の鎖なのである。 では,テック社は,上記のようなテック社の文化の内容をどのように組織成 員に伝え,浸透させていたのだろうか。以下では,テック社の巧妙な文化の 伝播方法を検討していく。 5.テック社が用いた文化の伝播方法とは ここでは,テック社が,どのように規範的統制を組織成員に浸透させていっ ―118― 香川大学経済学部 研究年報 49 2009

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たかという,規範的統制の伝播の仕組みを解明していく。 以下では,まず,!で,テック社の文化の伝え方を,特に手段に焦点を当て て分析していく。次に,"で,テック社の組織成員としての役割観を示し,最 後に#で,見せかけのエンパワーメントが果たした役割とその機能を検証する ことで,テック社の基盤となる文化の中身とその伝播の方法,そして,見せか けのエンパワーメントによる規範的統制の仕組みを明らかにしていく。 " テック社の文化の伝え方 テック社は,例えば,ある幹部が「この文化では,講演などのプレゼンテー ションが重要です。あちこちに顔を出し,宗教に走らせ,メッセージを発信す る。それが文化を伝える仕組みなんです。」と述べているように,「メッセージ」 の発信と解釈が文化を有効に機能させる鍵と考えている(p.5,訳 p.22)。そ して,メッセージの発信と解釈の手段としては,例えば,講演やプレゼンテー ション,ワークショップ,ブートキャンプの運営,資料の作成と配布,テック ネット上での掲示,スピーチ,ルールの作成と発表,さらには運営マニュアル の提供などがある(p.7,訳 p.26)。これらの手段が,会社の求める組織成員 像を,組織成員に受け入れさせるための操作手段となっているのである。 上記のような操作手段を大きく2つに分けるとすると,1つは,資料作成と 配布,テックネット上での掲示,スピーチ(録画された映像),ルールの作成 と発表および運営マニュアルの提供などの,経営側から組織成員への一方向的 なメッセージの発信手段であり,もう1つは,講演,プレゼンテーション,研 修,ワークショップ,ブートキャンプおよびスピーチ(集会)などの,経営側 と組織成員の双方向のコミュニケーションをはかるものに分類できる。17)以下 では,まず,1つ目の経営側からの一方向的なメッセージの発信手段の意図 を,6つの具体例をあげながら考えていく。その後,2つ目の双方向のメッセ ージの発信・解釈の手段の意図を検討する。 !経営側から組織成員への一方向的なメッセージの発信手段 資料作成と配布,テックネット上での掲示,スピーチ(録画された映像), 見せかけのエンパワーメントの役割とそのメカニズム ―119―

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ルールの作成と発表および運営マニュアルの提供などが,具体的にどのよう に利用されているかというと,次のような6つの例をあげることができる (pp.50−51, 53−54, 58−59,訳 pp.85−86, 89−90,p.96)。 ・建物に入って,警備デスクの直ぐ先に大型テレビモニターがあり,最近 の経営者のスピーチがビデオで流されており,「我々の目標,我々の価 値,我々の仕事の仕方」を説く,『我らは一つ』という社長のスピーチ が聞こえてくる。 ・社内ライブラリーの隣の壁にある大きな掲示板の前には,経営理念が貼 り出されている。 ・カフェテリアのそばでは,幹部の講演(内容はビデオに収録されている) やワークショップなどの解説図の貼り紙が目を引くように貼り出されて おり,近くの人事部の前には,テーブルの上に山積みのパンフレットが 置かれている。 ・エンジニアリング部門で広く配布され,利用されている「エンジニアリ ングガイド」には,会社から公式に配布される組織図に最も近い内容, すなわち,グループ名,その管理者名,業務内容,住所および所在地の リストが含まれており,殆どの管理者と多くのエンジニアは自分のオ 17) Etzioni(1961)は,伝達されるコミュニケーションの性質によって,組織のコミュニ ケーション体系を,道具的コミュニケーションと表出的コミュニケーションの2つに分 類している(pp.232−234,p.242,訳 pp.95−97,p.102)。まず,道具的コミュニケーショ ンとは,情報や知識を分布し,認知的志向に影響を与えるものであり,例えば,青写真 や専門書,専門家の指令などである。この道具的コミュニケーションは,主に,組織成 員が用いる手段や方法,彼らの認知的展望に関する合意に関して影響するものである。 次に,表出的コミュニケーションとは,態度や規範,価値を変化または補強させるもの であり,例えば,説教,賞賛および受容の明示などである。この表出的コミュニケーショ ンは,主に,組織成員が持つ一般的価値,組織目標,組織への参加および責任(履行義 務)に関する合意や異なる地位集団間の合意にも影響している。この2つのコミュニケ ーションの中でも,規範的組織の効果的活動に不可欠なものは,表出的コミュニケーショ ンである(p.244,訳 p.103)。なぜなら,組織目標を達成するためには,下級組織成員 を指導し,下向きの表出的コミュニケーションの強い流れを保つことで,途中で起こる 障害を取り除き,彼らの間にインフォーマルリーダーが生まれてくる可能性を減少させ る必要があるからである(p.167,訳 p.78)。 ―120― 香川大学経済学部 研究年報 49 2009

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フィスにこれを一冊置いている。このような文書に見られる公式声明 は,短く,包括的・抽象的であり,会社の定義づけに重要と見なされる 理念を極めて規定的にまとめ,表現している。 ・インタビューやスピーチの転載,時々ある署名記事などを通じて,経営 幹部の個人的な見方を広める最も一般的な媒体として,ニューズレター が用いられている。発行点数は部門によって異なるが,エンジニアリン グ部門では平均200種類もあり,大半が会社の経費で作成されている。 中には幹部向け,職種別および特定の組織向けなどのように対象が限定 されているものもある。毎週または毎月,組織成員の郵便ボックスや自 宅に配送されるものもあれば,関心のある人だけが手に取ったり,テッ クネット上に突然発表されたりするものもある。どれも社内ライブラリ ーの本棚に置かれ,重要な内容は決まって切り抜きが貼り出される。 ・経営幹部のスピーチ,講演およびインタビューは決まってビデオに収録 される。編集ビデオは社内ライブラリーに置かれ,教育研修や広報のた めに利用される。一部のビデオはワークショップやセミナーで使用され るが,経営者の「我らは一つ」というスピーチなどは,昼食時間を狙っ て,あるいは人目に付く場所で1日中流されることもある。 Kunda は,上記のような,経営陣,社内スタッフ専門家および外部の観察 者の名において作成・流布される文章が,組織成員に組織イデオロギーを はっきりと意識させるための手段であると考えた(p.88,訳 pp.136−137)。 テック社の経営陣が語るテック社内での社会的現実は,キーワードと強力な イメージを中心に形成されており,各担当者は互いの表現を用いて,決まり 文句やレトリックを利用し合いながら,組織成員に対して繰り返し強調して いるのである。彼らが描くこうしたイメージは,組織成員の視野に絶えず 入ってくるように,網の目のように張り巡らされ,組織の日常的な背景を作 ることとなる。経営陣のイメージを代弁した資料は,テックネットで回覧さ れ,公共の場に貼り出され,郵送され,ワークショップで手渡され,そして, 組織内の装飾品として使われるなど,組織内の至る所で反復されているので 見せかけのエンパワーメントの役割とそのメカニズム ―121―

参照

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