香 川 大 学 経 済 論 叢 第74巻 第4号 2002年 3月 283-308
アメリカ簿記会計教育の史的展開
一 一
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世紀初頭における大学での簿記会計学の普及一一
桑
原
正
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開題一問題提起一
今日我々が複式簿記を教える際に導入部分としてまず始めに説明すること は,複式簿記によって最終的に作成される貸借対照表と損益計算書であろう。 つまり,借方・貸方記入という仕訳の原理を説明する際には,はじめに勘定形 式での貸借対照表と損益計算書を示し,そして次に,借方に記入するのは資産 の増加,費用の発生といった説明を行うのである。特に,く資産=負債+資本〉 といった会計等式を用いて,初学者にとっても理解しやすい実物資産が計上さ れる貸借対照表の説明から行っているのが現状である。 一方,財務会計の説明においてもまず始めに会計の機能や役割を, さらには 商法や証券取引法との関係から論じられることが多い。そこでは,債権者や投 資家といった外部利害関係者が挙げられ,利害調整や情報提供といった機能を 説明している。アメリカに関していえば,株式会社の破綻などから会社法にお いて債権者保護という見解が生じ,その後の1929年の世界恐慌によって投資家 保護が強調されるようになったという歴史的な流れがある。 しかしながら,歴史的観点に立てばこのような外部利害関係者を意識した議 論はもちろん言及されてはいたが,今日の説明ほど明確にうち立てられていた ものではなかった。 簿記教示法に限定してみても,膨大な数の仕訳例を暗記するという煩雑さか ら, よりわかりやすい基本的原理のみを示そうと簿記教育の精撤化が図られて きたのである。仕訳帳アプローチ,元帳アプローチといった段階を経て, しだ284 香川大学経済論叢 996 いに会計等式が言及されるようになったのである。つまり,現在では自明のよ うに思われていることも,それは歴史的変遷をへて次第に形成されてきたので ある。 この歴史的考察という観点、をとるならば,このような簿記会計教育が発展す る要因は,その当時の時代的背景のなかに求めることができると考えられよう。 簡単に言い換えるならば,その必然性が高まる時期に,あるいは多くの人々の 関心が集まる時期に簿記会計教育の急速な発展がもたらされると推測すること ができるのである。その意味では,この簿記会計教育が急速に普及し始めた
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世紀初頭という時代を見逃すことはできない。 しかしながら,これまでの研究では世紀転換期における会計環境の特徴の1
つ(通説)として簿記会計教育の発展が挙げられているが,その特徴は単に会 計を教える学校数の増加,あるいは同一学校における会計関連科目の増加とい う説明に限られているのである。この簿記会計教育史をより詳細に研究・分析 している文献は,わが国においてはもちろんのこと,実学を重視するアメリカ においても極めてわずかでしかない。同時代の会計学説史や企業史研究が行わ れているのに比べると遥かに簿記会計教育に関する研究は少ないのである。 したがって,本稿は2
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世紀初頭のアメリカにおける簿記会計史研究という歴 史的アプローチから,当時どのような教育が行われたのか,また,どのような 教育目的のもとで簿記会計が教えられていたのかについて考察を行っている。 このような考察は非常に重要である。なぜなら,当時の簿記教育に対して会計 論者がどのように考えていたのかという,数字ではあらわされない,目に見え ない側面(思考)をも知ることができるからである。つまり,当時の会計学者 が執筆している文献・論文に,彼ら教育者の簿記会計観あるいは教育観が反映 されていた可能性もあるという点で,簿記会計理論史・学説史研究においても, このような簿記会計教育に対する当時の見解を知ることは重要なのである。285 アメリカ簿記会計教育の史的展開
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年代に至るまでの会計教育環境と
大学教育機関の分類
本章では, 1920年代に至るまでのアメリカにおける簿記会計教育に関する状 l i ι 寸t f L i t -} B i l l i F i i i p } l LI
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997 まず最初に,大学での簿記会計教育 況,あるいはその目的について考察する。 が普及する以前の18世 紀 及 び19世紀の簿記会計教育環境について説明した しミ。 イギリスで実践されてい 植民地時代におけるアメリカでの簿記会計教育は, た簿記会計教育を踏襲したものであり,個人教師あるいは徒弟制度(体験的学 そこで使用されるテキストはイギリスの簿記書 また当時の植民者(colonialplanter)や企業人の多くは, (I) 様々な取引の中での若干の勘定を記録するだけのものであった。 その後,独立戦争頃には実務に就こうとする若い商人や実務家に簿記会計を 含む商業教育の場を提供してきたのは,商人,特に都市の大商人のcounting によって教えられていた。 がほとんどであり, 習) houseと呼ばれる会計事務所であった。しかし,この会計事務所はその後の取引 量の増大等によって次第に教育の場としては適さなくなり,これに代わる商業 教育の機関として台頭してきたのが,商業地区の特定の場所で開設されるよう になった私的専門講座,そしてさらにはcommercialcol1egeあるいはbusiness (2) col1egeと呼ばれる商業専門学校・実業専門学校であった。これらの専門学校は ブライアント・ストラットン・スクー 1840年から 1890年の聞に急速に発展し, またこの年代 のほとんどの会計テキストはこれら専門学校の教師によって出版されていた が,その内容はルールと模写によって教えようと試みた反復練習(drillmanual) (3) にすぎないものであった。 1レ(Bryantand Stratton School)がその代表として挙げられる。 一方,大学の創立に関しては,1862年にモリル法がウィスコンシン,カリフォ ルニア,テキサスなどで州立大学を生むとともに,コーネノレ,スタンフォード, Sampson[1960Jp..460 Previts and Merino[1998Jp.48;中野 [1992J 195頁 (1) ( 2)OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ
l l p 寸 1 1 1 1 -286ー 香川大学経済論叢 998 シカゴなどの私立大学も実業家によって創設された。ただし, 19世紀において は高等教育機関で商業科目を教えることはふさわしくないという見解がアメリ カ国内の一般的見解であったために,せいぜい簿記のみが高等教育のカリキユ ラムに含まれているだけであった。したがって,会計関係の科目は大学の教育 課程にはすぐには導入されず,大学における会計教育はそれほど発展してはい (4) なかったのである。先に挙げた商業専門学校や実業専門学校が19世紀におい ては中心的役割を果たしていたといえるのである。 しかしながら, 19世紀末になると,大企業やその他の発展しつつある企業の 業務遂行を助ける人材を求める声が高まるにつれて,これに対応する形で高等 教育機関としての大学レベルにおける会計教育が初めて行われるようになっ た。ペンシルヴェニア大学は1881年にウオートン・スクーノレを設立し, 1883年 から継続的な会計教育を行うようになった。これが大学会計教育の始まりとい われている。 1893年には,ニューヨーク大学の管轄のもとで会計学校がアメリ カ協会(AmericanAssociation)によって創設された。さらに,その
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年後の 1898年にはシカゴ大学とカリフォルニア大学が経営学部を設立し, 1900年には ニューヨーク大学,夕、ートマス大学,ヴァーモント大学,ウィスコンシン大学 (5) がそれに続いた。 その後,大学における簿記会計教育はさらに急速に普及していったのである が,第一次世界大戦の始まりから第二次世界大戦の最初までの間,すなわち 1914年から 1940年までトは,ビジネススク}ルが拡大および多様化しており,ア ( 3) Sampson [1960J p.464 ;中野 [1992J 193-194頁 Sampsonによると, 19世紀後半は優れた会計文献が欠如していた時代であったと指摘 されている。その理由として,彼は,鉄道業や他業種の大規模な株式会社の急速な成長は 近代会計学の始まりをもたらしたが,この発展は会計テキストよりも裁判所や鉄道規制 団体の活動においてより反映されていた点を挙げている。 (4) Previts and Merino [1998J pp.. 151-152 ;中野・山地・高須 [1993J 100-103頁 (5) Previts and Merino [1998J pp..151-152; Sampson [1960J pp.465-466 1900年において会計科目 (courses)を有していた大学は以下の 13の大学であった。す なわち, Dartmouth College, Drake Univ, Harvard Univ, Louisiana State Univ,Univ of Missouri, New York Univ, Univ..of Pennsylvania, Temple College, Agri
-cultural College of Utah, Univ.of Utah, Univ of Vermont, West Virginia Univ,
Univ. of Wisconsinである (CfAllen [1927J p. 151)。
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-999 アメリカ簿記会計教育の史的展開 287 -メリカにおけるほとんどすべての重要な州立大学がこの時期にビジネススクー /レを設立させていた。たとえば,オハイオ州立大学(1916),アラパマ大学,ミ ネソタ大学,そしてノースカロライナ大学(1919),ヴァージニア大学(1920), インディアナ大学 (1921)そしてカンザス大学およびミシガン大学 (1924)を 含む,州立大学のほとんどがこの期間の初期 (1910・
20年代)に学校を設置し, 一 流 私 立 大 学 で あ る コ ロ ン ビ ア 大 学 ( 1916)お よ び ス タ ン フ ォ ー ド 大 学 (1925)もこの時期にビジネススクールを開設していた。大都市地域にある公私 立大学の多くも同様のプログラムを開始したが,それらは幾分州立学校よりは (6) 遅かったようである。 このように, 1920年代に至るまでには多くの大学で会計が教えられるように なっていたが,各大学の環境あるいは創設理由等によってその目的とするもの は異なっていた。 1910年代後半における会計教育に関する論文では,大学の一 般的な分類が挙げられていたのである。たとえば, McKinsey [1920Jは大学に おける課程を3つに分類しており, Treleven [1917Jは教育機関を4つに分類 している。また, Pierson [1959Jも設立背景を3つに分類していた。これらの 分類は一見すmると対象が異なるように思われるが,その内容について共通の見 解が見られる。 McKinseyは大学における課程を3つに分類している。まず第1に,会計士に よって組織されており,会計士のための学生の養成を目的としたものである。 このような課程では,会計記録の構築,そしてこの記録の監査に重点が置かれ ていて,一般には夜間学校で教育されており,受講生は主に簿記係あるいは会 計士補(junioraccountant)として通常働いているものであった。第2に,経済 学に対する補足的な教練を与えるものがある。この場合には,会計の利用を社 会的統制(socialcontrol)の手段として強調し,主要な科目を,社債や株式の割 引とプレミアム,資本的支出と収益的支出との区別,利息の処理等,評価のさ まざまな理論および問題に向けている。そして最後に,第1と若干の第2を含 ( 6) Cf Pierson[1959] pp..42-43288 香川大学経済論議‘ 1000 んだ説明できないその他のグループがある。 一方, Trelevenは次の 4つに分類している。つまり,①会計に対する専門的 な教練 (professionaltraining)が行われている機関,②経営 (business)に対す る教練は非常に行われているが,会計における専門的な教練は与えられていな い機関,③専門的な会計教育も,経営に対する特別の教練のどちらも行われて いない機関,そして④ビジネス以外の教練された専門家における適用のための (8) 機関である。 そして,もっともシンプルに分類しているのが Piersonの分類である。彼は, 大学の設立背景を①経済学,②会計,そして,③複合的なもので,経済学や会 計あるいは事務技能 (officeskills)に限定することのできない学校,の 3つに分 類している。彼の挙げる②の会計は,ニューヨーク大学などの実務家養成を目 的とするものであり,③については,社会科学を特に強調したカリキュラムで あったが,漠然としており教育プログラムはかなり変化していたようである。 このような説明から,最も簡単な分類として2つの性質に分けることができ る。すなわち, (19世紀の実務専門学校でみられる)実務目的である (1)簿記係・ 職業会計士といった専門職を目指す学生を対象にしている実務教育と,
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その 他広く一般的な経営学部・経済学部に在籍している学生を対象にした経営的視 点、からのビジネス教育,が挙げられる。なぜなら, Trelevenの挙げる①と④は 同じ領域であれそれ以外に挙げるグループは,(1)と(
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の両者を含む区別でき (7) 第3における課程の教師は,もともとは高等学校の簿記講師であり,このような場合 に,①学生が大学課程の終了に対してそのような仕事をする準備をするもの,あるいは② このような詳細および技術の理解は,上級課程で示される会計原理を理解するために必 要である,というどちらかの見解によって,簿記実務および作業における広範囲の教練を しばしば主張している(CfMcKinsey [1920] pp. 53-54)。 (8) Treleven [1917] p 9 ②の機関における会計教育の主要な目的は,学生に,企業記録の理解を通じて経営事実 および経営プロセス(businessfacts and processes)を判断する経営能力(businessabil・ ity)を身につけさせ,彼らが,自分たちの企業状況の現象をできるだけ完全に理解させる ことである。また,③での学校カリキュラムに会計が含まれるのは,一般に,経済および 政府の問題の研究において生じる問題を会計が有し,そして経営実用性(businessappli -cation)があるからといわれている。1001 アメリカ簿記会計教育の史的展開 289-ないものだからである。さらに,これらの教育は同時並行的に行われていたと いうよりは,まず始めに,実務教育として簿記会計が教えられ,その後ビジネ ス教育という考え方が次第に普及してきたといえることができるのである。以 下では,この2つの簿記会計教育について具体的に示すことにしたい。
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実務教育としての簿記会計
-20世紀転換期頃までの簿記会計教育一
本章では,当時の会計教育についてできるだけ詳細に述べることにしたいが, この時代の大学のサンプルは論者によって違うし,各大学の講座名も多種多様 となっていたために,ここで挙げている授業科目名等はあくまでも一例にすぎ ない。 初めにも述べたように, 20世紀転換期における会計環境の特徴の1つとし て,大学における簿記会計教育の発展が挙げられているが,その特徴は単に会 計を教える学校数の増加,あるいは同一学校における会計関連科目の増加とい う説明に限られていた。当時の教育環境を示す上で最もよく引用されている文 献がAllen[1927Jであり,それを簡単にまとめたのが次の【図表1】である。 この【図表 1]から,どうしても簿記会計という科目だけに目をむけがちで あるが,簿記や会計は,当然ながら当時のアメリカの大学においては SchoolofBusinessあるいは Schoolof Commerceといった経営学部・商学部に該当する
学校・組織の中での科目であった。シカゴ大学やカリフォノレニア大学では
School of Businessであり,ウィスコンシン大学は Schoolof Commerceで
あった。 19世紀末から 20世紀初頭にかけては,当時設立された大学,ビジネススクー ( 9) Allen [1927J pp.. 150-165より作成。 1916年には, 116の教育機関のうちの48が公認会計士の資格を得るための特別に指定 された科目を与えていた(CfChatfield [1975J p 1 ; E五wards[1978J pp..80, 1口35め)。 (α10ω) ビジネススク一ルあるいは商学部を持たない教育機関では,会計科自は
Eεonomyγ “Historical and Political Science",“Eとonomicsand Lawぺ“E心onomics
and Social Science"といった名称のもとで存在しており,ほとんどの学校では教養学科
-290-1900年 1910年 1916年 1926年 香川大学経済論叢 (9) 【図表1]大学簿記会計教育の普及 会計科目を設置 上級会計学 原価会計 している学校数 13 5 2 52 29 ( 5) 116 ( 48) 35 335 (143) 147 1002 皿臣と 査 4 13 36 106 ルが学問的地位を勝ちとり, そして明白な役割を展開させるのには困難な時期 であった。経済学を原型とする学校, あるいは, さまざまな学術的背景を持つ た学校にとっては,何を教育するのかということは複雑で重要な問題であり課 題であったのである。 このような状況下における学校にとっては,学生を引き つけそして教師独自の組織を発展させる最も早くそして簡単な方法は,特定の 商業実務および実務的な経営技術に関する教育課程を提供することであった。 その意味では会計や事務処理(officeprocedures)を強調する学校,あるいは最 初から商工業の適応指導(atrade-industry orientation)を有していた学校に とっては, このような問題の解決はそれ以外の学校と比べると簡単であった。 実務指導を基盤としない学校さえ, さまざまな領域における多くの企業実務お よび関連する学科目を増加させていた。当初は経済学と密接であったヴ、アージ ニア大学のような学校も,すぐに会計に重点をおくようになり,大都市にある 学校はしばしば中心街の学生のために夜間課程を設置していた。 は,通常会計の他に実務的な事務技能もあった。 そこでの講義 前章で示したように, これらの商学部・経営学部あるいは経営学校といった 組織が大学で創設された起源は,経済学や社会科学分野から派生したものもあ るカま, 会計学から端を発しているものもあった。 このような中で,職業会計士 の養成を目的として設立された代表例がニューヨーク大学であり,当時会計学 が最も発展した大学の
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つであった。同大学は,職業会計士団体が自らの職域 (11) Pierson[1959]p.391003 アメリカ簿記会計教育の史的展開 291-の拡大を意図して大学に協力したという点で注目に値する。 このニューヨーク大学よりも前にアメリカ公会計士協会(AAPA)がニュー ヨーク会計学校(NewYork School of Accounts)を設置したのであるが,結 局は失敗に終わっていた。そのために,ニューヨーク州公認会計士協会 (NYS-SCPA)は,ニューヨーク大学と折衝を重ね,先の失敗に終わった先駆的経験を ふまえながら,会計士協会の側が財政的損失を負担し,必要な教職員の大部分 を提供するという条件で, 1900年に商業・会計・財務学部(学校)(School of
Commerce, Accounts and Finance)を設置することに成功したのである。この
学校の最初の学部長はHaskinsand Sellsという会計事務所のメンバーである
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れHaskinsで あ り , 銀 行 家 で あ る と と も に 公 認 会 計 士 で あ っ たC..E" Spragueも同学部の最初の教職員として「会計理論(Theoryof Accounts)J担 (13) 当の教授をつとめていた。 会計士団体自らが職業会計士育成のために大学における簿記会計学の普及に 大きな役割を果たしていたが,それと同時に多くの州で州公認会計士法が可決 されたことも簿記会計学の普及に大きな役割を与えていたのである。次の【図 表2】は,州公認会計士法の成立時期を示したものである。 州公認会計士法の成立にともない,各大学における会計カリキュラムはそれ を意識したものが多かったのである。ニューヨーク大学の最初の年度である 1900-1901年で開講された会計関連科目は,会計の原理・目的,単式記入と複式 (12) 公会計土のみで構成する全米初の会計職業団体として1887年に創設されたのが,この アメリカ公会計士協会、であった。この協会はメンバーになるのに何の資格も必要とせず, 正会員24名,準会員7名というたった31人で始まった。しかし,設立当初からAnyon等 のイギリス人主導により運営されていたため,アメリカ人会計士の幅広い支持は得られ ず,10年後も会員はたった45人であり,ほとんどがニューヨーク市内の会計士であった。 この団体の業績としては,全米初の公認会計士法を成立させたことが挙げられる (Edwards[1978]pp..83-84;千代田 [1984]37,
41頁)。 (13) Edwards[1978]pp.79-80;Miranti[1990]p..42;Pierson[1959]p 36-37;Previts and Merino[1998]p.201;千代田 [1984] 41-42貰;中野・山地・高須 [1993] 104頁 ニューヨーク大学でのビジネススクールは, 1914年には商業学で39科目,ジャーナリ ズムで18科目,財務(finance)で17科目,政府および公共問題で16科白,会計で14科 目を提供していた(Cf.Pierson[1959]p.39)。【図表 2
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州公認会計士 j去の成立時期 N r、 ヤ
琳二一日汁 AW論議即時議 THE SPREAD of ACCOUNTANCY LEGISLATION ]{()GAH 出典, Ectwards , J. D. , Histo η 01 Pub. lic Accountzng zn the United States , 1978 , p. 11 1.1005 アメリカ簿記会計教育の史的展開 -293
記入といった簿記に関するTheoryof Accounts,個人,パートナー,株式会社
の会計が議論されたPracticein AccountingそしてAuditingであった。これ
ら3つの会計区分は, 1896年から行われていたニューヨーク州公認会計士試験
の科目(Theoryof Accounts, Practical Accounting and in Auditing)と密接
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に関連していたのである。ニューヨーク大学以外の大学で開講されていた会計 科目も公認会計士試験の問題を反映しており,通常,会計原理,監査,上級会 計学および原価会計を含んできた。その後1920年代になると,信託会計,銀行ω
会計,公益法人会計といった特別な会計科目も開講されていた。 このように, 20世紀初頭の大学形成期においては,大学の起源および設立目 的に関係なく実務教育を推進させる傾向があれこのような傾向は急速に拡大 し,密接な関係を築こうと各学校が努力していたのである。しかしながら,会 計実務家を大学の教職員として採用したという点では,このビジネススクーノレ の存在意義を認めさせるのには有効であったが,逆に学問的社会(academic community)からは孤立する傾向にあった。I
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ビジネス教育としての簿記会計
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世紀以降の簿記会計教育一
第1項 大学簿記会計教育の社会的役割 20世紀初頭は大学における簿記会計教育の著しい普及(発展)時期であった が,このような教育はもともとは簿記係や職業会計士の育成等を目的とした極 めて実務的なものが中心であった。しかしながら,このような実務教育重視の 傾向は大学教育における会計学の普及に限界をもたらすようになっていた。ま (14) Lockwood[1938Jp 142 1896年に行われていたTheoryof Accountsの試験科目では 5つの必修問題とその 他の5つの選択問題に答えなければならなかった。最初の問題は単式簿記と対比される 複式簿記の本質的な原理に関するものであった。また,その他の問題では, revenue accountとtradeaccountを区別することを要求し,周定資産,貨幣性資産,株式,資本 金そして借入資本といった用語を定義づけることを要求していた(Edwards[1978Jpp 70-73)。
(15) Lockwood [1938Jp 1421006 た,各大学がさまざまな会計科目を設置することによって科目としての統一性 ( 16) がなくなり,大学の教育方針は多種多様となっていたのである。 香川大学経済論叢 294 このような状況の中で,ニューヨーク大学のJR. Wildman,テキサス大学の
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E..Trevelenなどの大学の会計学教師が集まって, 1916年にアメリカ大学会 計学教師協会(AmericanAssociation of University Instructors in Account -ing: AAUIA)を設立した。 このAAUIAの会員は大学の会計学教師に限定さ れ,大学の科目としての会計が十分に価値のあるものであるということを示す 会計学の地位をさらに向上させること し 善 改 宇 佐 究研
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び 自 た よ い お て 育 し 教 と 計 的 会 目 な 要 、 王を ために, この組織における最初の主題は会計教育の標準化に 関するものであり,大学における会計教育の実態がその目的,内容などの点かi
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これは,大学における会計教育のあり方を再検討させる契機と ら調査された。 その再検討の過程において会計教育の目的の多様性が指摘されたた なったが, 会計科目の標準化は結局断念されたのである。 めに, しかし,実務目的の教育といえども,実際の実務に完全に対応できるもので はないという認識から,大学の目的を再認識するという広い議論が当時のAAUIAのPaρersand Proじeedingsや TheJournal
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Accountancyにおいてそこでは一般的に次のような議論が行わ 多く見られるようになったのである。 れていた。 自分たちが従事する であろう特定業務において見られるような正確な簿記あるいは企業手続きを修 得することはできないと考えていた。言い換えれば,学校および教師たちは, Jacksonは,企業組織体が急速に成長しているために, 職場での日常業務のすべてを学校で学生に理解させることはできないと考えて したがって,経済学および商学の基本的な原理をよりよく理解させるこ いた。 (16) Pierson[1959Jpp.35-37 (17) AAUIAの設立年度は,文献によって1916年と1917年の2つに分かれているが, 1916 年12月28日が正しいと思われる。また, AAUIAの会員は1917年にはわずか17名で あったが, 1928年には600名にまで増加しており,同組織は1926年には TheAccount -仇:gReviewを発行し始めている(CfEdwards[1978Jp 136;Miranti[1990Jp.134 ; I資 本 [1993J 39-40頁)。
1007 アメリカ簿記会計教育の史的展開 295ー とによって,学生の観点を広げさせ,学生の教練を経験的な規則および商業技 術に限定するよりもむしろ,学生に前向きな姿勢を確立させようとする動きが, ( 18) 商業教育における最も重要な傾向であると述べている。 また, Tupyは,多種多様で無数の状況に依存している会計教育の目的は,社 会的目的と私的目的という
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つの主要な分類に分けられると述べ,社会的機能 を明らかにする社会的目的,すなわち,会計科目の教育的価値および規律的 (disciplinary)価値,そして倫理的あるいは道徳的価値を強調することのほうが 私的目的より重要であると考えている。しかしながら,私的目的が軽視されて いたわけではない。彼はその後に,職業的および専門的な目的に直接役立つと ; いう2
つの私的目的だけでなく,会計教育は,追加的な私的目的をもまた有し ているとして次のようなことを挙げている。つまり,商業学あるいは経営学に おけるいかなる課程においても会計教育は礎石であるために,商業課程に参加 し,企業人になろうと考えている人々はこの教育に参加し,それを将来自分自 身の個人的便益に使用することができると述べている。 また, Elwellは,会計はそれを職業とする学生の割合に関係なく,広く企業 社会によって認識され始めていると考えており,管理科学(administrativesci -ence)を決定する指針としては,過去の聞の有効な方針から生じる結果から判 断することが最もよしかっ最も安全であると考えている。このために,①事 業取引の単なる記録は,実際には会計のきわめて僅かな部分であるということ, そして②記録に含まれているデータを参照することによって,企業人が自分の 命令時に将来の方針を決定する最も確かで最も有益な手段の1
つを有している ω) ということ,この2
つを企業人に理解させなければならないと考えている。 このように,会計教育における技術的指導の限界を認識し,大学の社会的機 (18) Jackson[1926J p..5 (19) Tupy [1927J p. 48-50 (20) Elwell [1917J pp.. 21-22 このような見解から,会計教育科目としては,職業会計士や会計学教師を目指す学生の ための上級および特別な科目と,将来的な企業経営者のための,簿記,会計理論および分 析の科目の両者が与えられるべきであるということも論じられている。1008 香川大学経済論叢 296 そしてさらには,広く企業社会における会計の重 また,初期 要性を一般の企業人に理解させることを目指すようになっていた。 の大学教育がきわめて実務指向の強いものであり, 能の枠組みで会計を説明し, そこでの教育科目が多岐に さらには
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標準化といった大学における会計教育が広く見直されるようになっていた。そ わたって統一性がとられていなかったというのが当時の状況であり, このような流れの中で,各大学は大学教育において中心的柱が必要であ して, すなわち機能的役割として経営者ある そこでの代表的な柱, ると認識し始め, いは企業といった広い意味での経営的視点が注目されるようになったと思われ る。 この時期までビジネスの諸問題の体系的分析は,経済学に限られていた。 かしながら,企業のいくつかの機能を必修の領域として抜き出すことによって, ビジネススクーノレでの教育に統一性と充実性を与えることになり,学問的研究 分野に明確な境界線を引いたのであった。このような教育傾向は,特に 1920年 また,教育プログラムを特定の機 しl
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-前後から見られるようになったようである。 能的領域に焦点を当てる動きは, どれか1
つの学校から起こったということで 、 、 、 シガン大学,およびタック大学であり,4
年制の大学レベノレでは,シカゴ大学, (22) コロンビア大学,そしてウオートン大学であった。この他にも, 20年代半ばま ビジネススクール協会(
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この主導にたっていたのが大学院レベルでは,ハーバード大学, はないが, でに,B
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に所属している3
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の学校の半数,あるいはそれ以上の学校が,すべ ての学生に,会計,会在法(
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の講義を受けるように要求していたのである。A
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も,1916年から 1926年に (21) 1917年にW
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は,会計教育者が会計学の「なぜ」ではなく「どのように」を教えて いたことを批判して,会計教育の方向に対する実務家の幻滅を示していた。彼は,実務的 なケース・スタディしか学ばない学生は,予測できない事象に適切に対処することはでき ないだろうと述べて,個人の判断のための批判的知性と能力を発達させるべきであると 主張していた。20年代を通じて,大学研究者および実務家は,会計教育におけるより概念 的な指導を要求していたようである(CfP
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[1998] pp..200-201, 257;W
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[1917] pp..279-282)。
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[1959] p 491009 アメリカ簿記会計教育の史的展開 -297 おいて,シンシナティ大学では企業経営者に対して意図された“Accounting
and Management"という科目,また,シカゴ大学では勺¥1anageria
lAccount-ing"というように,経営的視点あるいは管理会計といった科目が見られたと述 べている。このようなことから,大学教育において経営的視点が次第に導入さ (2~ れたと考えられる。 ただし,注意しなければならない点は,先に挙げた実学志向の簿記会計教育 が大学専攻科目,すなわち教養としての簿記会計に取って代わったのではなく, 新たな大学専攻科目(特に経営学・マネジメントの一領域)として簿記会計学 が認識され始めていたという点である。実学志向の簿記会計教育は依然として 各大学において重視されていたということは事実であるし,むしろビジネス教 育のー領域と考える見解は実学重視に対する反論として生じたものなのであ る。したがって,教育科目としては職業会計士や会計学教師を目指す学生のた めの上級及び特別な科目と,将来的な企業人・企業経営者のための簿記・会計 理論及び分析の科目の両者が与えられるべきであると論じられるようになって いたのである。 以下では具体例として,ハーバード大学のプログラムと,管理会計分野で著 名であったMcKinseyの論文の 2つを挙げることにしたい。 (23) ビジネススクール協会は,ビジネススクー1レ間の情報交換を促進し,その教育的基準を 改善するために1916年に設立された。したがって,協会は,それに加入するための最低 条件を定めていた。協会は,第一次世界大戦から第ご次世界大戦までの期聞においても, 意見交換の場として,また,基準設定の機関として重要な影響を及ぽしていたが,全般に およぶリーダーシップの役割をはたすことはできなかった。会員数は比較的少なし 1940 年までに53校が所属していたにすぎなかった(CfPierson[1959Jp..51)。 (24) Allen [1927] p. 162 このような流れに対して,公認会計士であるBelserは,会計学校(accountancy schools)の教師たちがあまりにも学問的となる傾向を懸念していた。初期においては,会 計の学校の教師たちは,実務的仕事から引き抜かれた人たちであり,教育に対して何の資 絡も有していなかった人たちであった。しかし,最近(1927年)においては,教育する能 力に強調がおかれ,相対的に若干の教師しか実務的経験を有していないとBelserは述 べ,理想の教師はこれら両方を兼ね備えた人であると考えていた(CfBelser[1927]p 40)
。
-298 香川大学経済論叢 第2項 経営学および企業経営者という認識・視点 ハーバード大学における教育プログラム 1010 1914年から 1940年の聞に,より素晴らしい内容と首尾一貫性を発展させる 最大の野心的な努力は,学校のプログラムに会社的な(company-wide)経 営 的 観点、を導入し始めたということであった。これと関連した発展は,ケース・メ ソッドによる教育を導入したことであった。多くの学校がこれらの
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つの発展 に貢献していたが,ハーバード大学は両者の主要な設計者であり,この点に関 (目) するハーバード大学の功績は,新しい時代を画するものとなっていた。新設の ノ¥ーバード大学ビジネススクールは,その関心が当初から大規模な複数事業単 位制企業の管理者の養成にあり,必修3科目として,商法と契約,アメリカ商 。国) 業に関する一般過程(generalcourse)とともに,会計が含まれていた。 ビジネススクールの創設のきわめて初期にも,企業における経営者あるいは 管理者の役割に注意が払われていた。しかし,そこでは,通常,経営組織論(busi -ness organization)あるいは経営政策 (businesspolicy)といった,単独の科目 で取り扱われていた。タック大学そしてその後のシカゴ大学で,一連の科目と してやや体系的に展開されるようになったが,広い経営的観点から企業活動の すべての局面をみようとする見解は,ハーバード大学でのw
.
.
B. Donham学 部 長とその同僚たちが十分に展開させるまでは,まったく形式的で空虚なものの (27) ままであったようである。 1919年にハーバード大学の学部長となった Donhamは,ハーバード・ロース クールの卒業生で一時期銀行家であったので,彼は学問的研究における関心を (25) Pierson [1959J p. 48 (26) Chandler [1977]pp 466-467 (鳥羽他訳 [1995J799-800頁) 選択科目は,輸送,産業会計等の管理(management)に関するものであった。また, 1914 年までに,アメリカの商業活動における必須科目は,マーケティングにおいて,特定の取 引や商品よりも管理に焦点をおくものとなっていた。 (27) ハーバード・ビジネススクールは, 1911年に経営政策の科目を開設した。この科目の自 的は, トップ・マネジメントの視点から経営問題に接近する方法を開発することにあり, この科目やその他の科目でも,ハーバード・ロースクールで開発された方法に類似した, ケース・メソッドによる教授法が用いられた(CfChander [1977J pp..467-468 (鳥羽他訳 [1995J 801頁))。1011 アメリカ簿記会計教育の史的展開 -299 ビジネス諸問題に対する実務的理解力 (feel)と結びつけた。つまり,企業人の仕 事は,大部分,多様な状況において意思決定を行うものであるというのが彼の 見解であった。これを出発点として,ハーバード大学でのプログラムは,次の (却) ような原則を基礎にして展開されたのである。 (1) 学生の丸 2年聞は,上級経営者がしなければならないような種類の意思 決定に集中されるべきである。
(
2
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企業の意思決定には,たとえば,物理学あるいは数学の原理とは異なり, 教室で教えることのできる意思決定の原理はまったくないので,企業の意 思決定は科学よりもはるかに技術である。したがって,リーディングを割 り当てた講義による伝統的な教育方法は,まったく害があるとはいわない までも,きわめて不適切である。(
3
)
企業管理者?の,特に上級経営者の段階での,独特の貢献は,企業の各種 活動を適切な均衡において維持し,また複雑で,急激に変化しつつある環 境の中で,意思決定を行うのに必要な判断力を持つのに十分な,企業運営 (製造,販売,財務,人事等)の主要な側面について十分に知ることであ る。(
4
)
この能力が,学問的研究によって発展させられたり,強化されたりでき るような知的能力である程度までは,それは,複雑な諸問題あるいは諸状 況から推論する能力に依存している。したがって,この能力を発展させる もっとも効果的な教育計画は,学生に彼ら自身企業意思決定を行う経験を 得させることである。(
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企業状況を模擬実験(
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するのにもっとも近い研究方法は,学 生を,各種の慎重に作られたケースに直面させることであり,そのケース において,学生はそこに述べられている事実を,十分に一人で分析した後 に,特定の問題についてある立場をとり,集団で討議させることである。 このハーバード大学のプログラムは大学院だけのものであったが,この例は, (28) Pierson [1959J pp..48-49-300- 香川!大学経済論叢 1012 1914年から 1940年におけるほとんどすべてのビジネススクールに重要な影響 を及ぼした。たとえば,大学院のレベルではスタンフォード大学が
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年制大 学のレベルではノースウエスタン大学が全くこの型にしたがっていた。ほとん どのスクールが,経営的なケース分析の観点、を導入しようとしてある程度の努 力をし,経営政策の諸科目はしばしば中心的な教育プログラムの1つであった。 そして,学生は 1つの独立した専攻領域として,マネジメントを選ぶことさ ω) えもできるようになった。 このようなケース・メソッドによる教育は,当然ながら会計においても行わ れていた。ただし, 1910年頃までに既に会計において採用されていたケース・ メソッドは,経営者養成というよりも職業会計士の育成を目的とする科目で採 用されていたものであるように思われる。それは, 1910年前後における,ビジ ネススクールのほとんどの教授陣が,実務に携わる会計士から構成されており, ( ゆ 同時代の法律学校における発展に影響されていたと考えられるからである。し かしながら,これまで見てきたように,たとえケース・メソッドという教授法 ではないとしても,経営学における一分野として会計が認識されており,経営 学において 10年代後半以降ますます経営者に対する意識が高まるにつれて,会 計学においても同様に経営者を意識するようになってきたことは当然であろつ
。
2.. McKinseyにおける企業経営者の視点 McKinseyは会計を内部と外部にわけでおり,これは今でいう管理会計と財 務会計の分類に該当する。一般的には管理会計の成立時期を 1924年の彼の著書 であるM
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と見る見解が主流であり,さまざまな文献から もこの成立時期が 1920年代であるように思われる。それ以前はというと,財務 会計と管理会計という分類は明白ではなく, Hatfie!dやDickinsonの文献にも 確かに原価会計(costaccounting)という用語は存在していたが,管理会計の分 (29) Pierson[1959]pp 49-50;桜井 [1964] 31頁 (30) Previts and Merino[1998]p.2001013 アメリカ簿記会計教育の史的展開 301-野はもっぱらエンジ、ニアの問題と考えられていた。しかしながら,たとえば製 造間接費の配分や投下資本利子の原価算入といった個別的な問題に対する関心
は,
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世紀初頭から既に存在しており,経営内部における会計目的の認識も1
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年代には見られていたのである。この例の1
つが, McKinseyの1
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年の“Accounting Courses in Preparation for Business Management"という論文
である。以下では簡単にその内容を説明することにしたい。 McKinseyは,大学カリキュラムの一部として会計科目が最初に創設された ときには,企業における管理的立場を目的として学生への教育を行う商業学校 は存在していなかったが,
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0
年代後半では中規模な大学でさえこのような教育 がカリキュラムの一部となるようになったと認識している。さらに,その他の 人と同様に,さまざまな企業の種類,あるいは異なる企業聞において見られる 多様な組織形態すべてを学習することは不可能であると考えている。しかしな がら,すべての企業に共通の機能,およひ克E
織の一般的な原理を習得すること は可能であり,特定の企業あるいは専門職の技術を強調するよりもむしろ,そ のような教練を与えること,具体的には,営利企業の活動に伴うさまざまな要 因に対する「企業経営者 (businessmanager) Jの関係を示すことを商業におけ る大学課程の機能と認識している。 (3)> 彼は,シカゴ大学でのカリキュラムの例を次のように示している。 [シカゴ大学でのカリキュラム例] 企業区分(businessdivision) 科目名(courses) 1. 物的環境および技術に対する経営者の関係 Physics and Chemistry desirable 2 財務に対する経営者の関係 Manager's Administration of Finan白 3 人に対する経営者の関係 Manager's Administration of Labor 4 リスクに対する経営者の関係 Riは andRisk Bearing 5 市場に対する経営者の関係 Commercial Organization 6 社会的コントロールに対する経営者の関係 Business Law 7 管理的コントロールに対する経営者の関係 Statistics, Accounting 1, 11, 111 上記からもわかるように,管理的コントロールとして会計の科目が設定され (31) McKinsey [1920J pp 55-561014 会計を管理的コントロールとして認識していた それ以外の機能である,学生が専門的会計職に就 のだろうか。言い換えれば, あるいは会計を社会的コントロー/レとして使用するこ くように教練すること, 香 川 大 学 経 済 論 叢 302-ていたのである。では何故に, さらには簿記技術が熟達するように教練することをその目的としなかった のだろうか。 と, McKinseyは,当時の会計教育の状況からこのような見解をとったと思われ このような学校に入学する学生の中で,実務的な会計を望む学生 る。つまり, ましてや,社会的コントロールの道具として 会計に興味を持つ学生は
5%
もいないと彼は認識していたのである。逆に,す べての企業人は自分たちの企業と社会的コントロールの代理人との関係に興味 があるので,非常に大多数の学生も,多くのさまざまな分野における企業管理 に関心があり,技術的な方法ではなく管理的な目的として会計に興味を持って は10%にも満たないであろうし, そして,企業を中心とした外部と内部の関係を いると考えていたからである。 次のような【図表3]で説明している。 (担) 【図表3] McKinseyにおける企業外部と内部の関係 EXTERNAL 1 株 主 2 社 債 権 者 3 銀 行 家 4 商品債権者 5.. 政府機関 A A 一 品 計 企業の トップ経営者 (Exec山 eHead) of Business 一 般 監 査 人 INTERNAL l 販 売 2 広告 3 仕入 4“ 管理 5 財 務 6 信 用 お よ び 回 収 7 営 業 8. 会計 9 その他 士 上記の【図表3]から,企業のトップ経営者は,内部と外部という 2つの種 類の関係におけるコントロールを行わなければならないということが理解でき McKinsey [1920]p 56 る。 (32)1015 アメリカ簿記会計教育の史的展開 303 職業会計士は主に,企業の内的経営においてよりもむしろ,企業外部の人々 と企業との関係に関心を持っている。そのために,会計士によって開設されて いるほとんどの科目,および彼らによって作成されるほとんどのテキストは, 会計を,企業の外部者であるが,その経営に関心のある集団と企業との関係に おけるコントロールの手段として取り扱っている。一方,先に示したように, 企業の管理的立場・状況として会計を認識する学校は少なからず、存在していた が, McKinseyが知っている限り,企業内部の人々と企業のトップ経営者との関 係におけるコントロール手段として会計を示す目的で開設された課程は存在し ていなかったという。 このコントロールの基礎として有用となりうる情報の多くは正確な会計記録 を使用することによってのみ可能であり,会計記録は,多くの場合において内 部と外部という 2つの目的に適う。しかしながら, McKinseyは,会計システム は,貸借対照表あるいは損益計算書の基礎として使用されるべき情報を提供す る手段としては満足いくかもしれないが,企業の内的経営において必要とされ る報告書の作成のための基礎としては役立たないと考えている。その理由とし て,彼は,企業外部の人々は主に過去の結果に関心があるのに対して,企業の 内的経営に対して責任のある人々は,過去の結果と同様に将来の結果にも関心 があるということを挙げている。言い換えれば,企業経営者は何が起きている かを知ることのみに関心があるのではなく,起こるべきことが生じるように, 将来の経営方針を計画することにもまた関心があるのである。将来の経営計画 は,将来結果の見積もりを行うことを、必要とし,それらは正確な会計的統計に 基づくときにのみ,信用できる見積もりを行うことができると考えている。 このような会計概念は,多かれ少なかれ有力な観点と対立しており,公衆の 実務家の観点からは,何が将来生じるかに関して検証できないという態度が主 に正当化されていた。しかしながら,もし将来の経営の基礎として使用するこ とのできる見積もりを準備しないのであれば,会計の主要な目的である機能を (33) McKinsey [1920] pp..57島58
1016 香川大学経済論叢 304 遂行しないことになる。McKinseyは,会計記録および報告書は,過去において よりも,将来の管理および統制においてより価値ある手助けとなると考えてい (刈 た。 彼の主張を最もよく示しているのが,次のような文章であると思われる。つ まり r学生が会計士になろうと,あるいは企業の会計部門で仕事をしようと意 あるいは企業のさまざまなその他の部門で採用されようと,学 図していても, 生は最初に,企業経営者の視点から会計を考察しなければならないと思われる この視点から会計を考察することによってのみ,学生は記録を構成す あるいは企業経営者にとってもっとも価値があるであろう報 自 由 告書を作成することができる」 だろう。 ることができる, ということである。 このように, McKinseyは,従来,企業とその外部にある利害関係者との関係 のみが考察されてきていると認識し,企業あるいは企業経営者を中心とした企 業内部における会計の有用性を主張している。先にも挙げたように,
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年代 が管理会計の成立時点と一般に認識されていることを考えると,1
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年代は管 理会計の萌芽ということができる。つまり,標準原価計算あるいは予算統制と いった個別特殊的な問題は一般に言及されていなかったが,製造間接費の配賦 問題あるいは製造原価の算定に関わる投下資本利子といった若干の問題である が,企業とその内部におげる管理的手段としての会計が株式会社会計において も認識されるようになっていたということである。 器 開結
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本稿はこれまで2
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世紀初頭を中心にアメリカ簿記会計教育について考察を ここで言えることは,大学での簿記会計教育は簿記係や職業会計 行二ってきた。 言い換えればビ 士といった実学中心の教育から始まり,次第に学問としての, ジネス教育におけるー領域としての簿記会計という位置づけが当時の論者に おいて認識され始めていたということである。ただし,実務教育からビジネス McKinsey [1920]pp..58-59 McKinsey [1920]p.59 (34) (35)1017 アメリカ簿記会計教育の史的展開 -305 教育に完全に移行したということではない。それまでの実学中心としての技術 的側面だけでなく,大学専攻科目,ビジネス教育の一科目として簿記会計が位 置づけられるようになっていたのが,
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年代後半から1
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年代にかけてで あるといえる。 さらに強調したい点は,個人商人やパートナーシップといった小規模な会担 とは異なる,大企業(株式会社)あるいは企業経営者に対する認識・視点、が簿 記会計学において明確に意識され始めていたということである。そもそもこの 企業あるいは企業経営者に対する視点はあまりにも抽象的な概念であり,これ まで我々の当時の時代的・歴史的評価においても簿記・財務会計という領域か らは明確に示されてはいなかった。その理由は,今日の財務会計が企業外部報 告という機能を中心に考察されてきたことによって,現代では管理会計として 認識してあまり目を向けることのなかった企業内部報告というものを見逃して いたことによる。言い換えれば,外部利害関係者としての債権者及び投資家・ 株主を意識するあまり,内部利用者である経営者あるいは管理者を意識してい なかったということである。さらに,今日会計は管理会計と財務会計という 2つ の領域に明確に区分されているが,1
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世紀から2
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世紀初頭においては,エンジ ニアと(職業)会計士という観点から減価償却をともなう固定資産の評価等に ついて区別されることはあっても,企業内部と外部という区分はそもそも意識 されていなかったのである。 歴史的にいえば, (複式)簿記は個人資本主あるいは簿記係にとっての財産管 理を目的とした内部記録という役割を果たしていた。しかしながら,実学中心 の大学簿記会計教育では,職業会計士の養成あるいは会計係の指導という目的 から,実際の簿記処理といった技術的側面のみを強調していたために,複式簿 記の役割・意義といった本質的な議論がなされていなかったように思われる。 しかしながら,大規模な株式会社が成立し発展するにつれて,企業における 管理的立場(
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のための学生の訓練という教育目的を 持つことによって,初めて企業内部における簿記・会計の意義が浮き彫りとなっ たのである。また,会計学の教師達が簿記会計教育における技術的指導の限界306 香川大学経済論叢 1018 を認識し,広く企業社会における会計の重要性を一般の企業人にもアピールす ることを目指すようになっていたのである。その意味では, McKinseyの主張は 非常に重要である。彼は今日管理会計学者と認識されているが,企業あるいは 企業経営者に対する認識そのものが簿記・財務会計にあるいは会計論者に影響 を与えていたと考えられるのである。 では,企業あるいは企業経営者に対する認識・視点が見られるにつれて,簿 記会計理論史・学説史の点からはどのようなことが論じられるのかについて最 後に簡単に触れておきたい。ここでは,大きく分けて3つの問題に関連してい ると解釈している。ただ,これら3点 は そ れ ぞ れ が 独 立 し て い る の で は な し 企業あるいは企業経営者という点からは
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つのことといえる。まず第I
に資本 等式と貸借対照表等式の意義に関して,第2に第lと関連した利益概念の相違 について,そして第3に資本主理論と企業実体理論, という問題である。これ らの点については別稿にて論じることにしたい。 参 考 文 献 桑原正行 [1997J'アメリカ会計思想史序説ー1920年前後におけるぺイトン学説についてー」 六甲台論集経営学編,第 44巻第 1号, 121叩143頁。 一一一一 [2000J'複式簿記における費用・収益概念の展開 20世紀初頭におけるアメリカ会 計学説においてー」簿記理論研究部会『複式簿記システムの拡張可能性とその限界[最終 報告JJ第4'1,ii 32-39頁。 一一一一一 [2001],アメリカ会計学における利益概念の史的展開 20世紀初頭に見られる配当 可能利益から営業利益への移行ー」経済論議(香川大学),第 73巻第 4号, 181-221頁。 桜井信行 [1964J'アメリカにおけるビズネススクールの歴史」青山経済論集,第 16巻第 2号, 1 -38頁。 千代田邦夫 [1984JIアメリカ監査制度発達史』中央経済社。 中野常男 [1992J r会計理論生成史』中央経済社。 一一一一・山地秀俊・高須教夫著 [1993JIアメリカ現代会計成立史』神戸大学経済経営研究 所研究叢書。 鹿本敏郎 [1993J r米国管理会計論発達史』森山書底。Allen, C E. [1927J“The Growth of Accounting Instruction since 1900,"The Aιじounting
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