─ 92 ─ 権守仁紀 平野多恵著『コレクション日本歌人選 おみくじの歌』 旅行の先々で寺社を巡ると、多くの人々がおみくじを引いている。 その表情は、結果はどうであれ、皆嬉々とした表情である。その後、 写真を撮ったり、財布にしまったり、おみくじを結んだりするわけ だが、その人々の目に、おみくじに記載されている和歌はどのよう に映っているのだろうか。平野氏から歌占について直接学び、現在 は高校で古文を教える身である私にとって、これは大きな問題意識 のひとつとなっている。 このたび、平野多恵氏によって『おみくじの歌』が刊行された。 平野氏は近年、和歌みくじの魅力を精力的に発信している。例えば、 『歌占カード 猫づくし』 (夜間飛行 二〇一六)では、実際に歌占 で用いられた和歌三十二首を平野氏が厳選し、自分で歌占の体験が で き る カ ー ド タ イ プ の 書 物 を 著 し た。 ま た、 『 神 さ ま の 声 を き く お み く じ の ヒ ミ ツ 』( 河 出 書 房 新 社 二 〇 一 七 ) で は、 お み く じ の 歴史やおみくじの和歌をどう読み解くかなど、その奥深さを再発見 させてくれる著書である。また、本大学院のプロジェクト型授業の 一環として、東京都板橋区にある天祖神社と協同で歌占を創作した り( 天 祖 神 社 歌 占 二 〇 一 五 か ら )、 T B S 系 列 の『 マ ツ コ の 知 ら ない世界』に出演したりと、多方面で活躍している。 そして本書は、和歌みくじに用いられる和歌の魅力に迫った一冊 である。 笠間書院の 「コレクション日本歌人選」 は、 幅広い年代層の 方が和歌に親しみが持てるように配慮されたシリーズだが、本書は 中 で も 和 歌 に つ い て 全 く 学 ん だ こ と が な い 方 に お す す め で き る 、 最 良 の入門書と言える。その理由を挙げつつ、内容を紹介していきたい。 まず、おみくじやおみくじの和歌の歴史的変遷がわかる点である。 和歌みくじのルーツは、スサノオノミコトの「八雲立つ出雲八重垣 つまごみに八重垣つくるその八重垣を」から始まる神の和歌であり、 両者の関係は切ってもきれない関係にある。平安時代には、神のお 告げを本人が直接受け取る託宣歌が勅撰和歌集に入集され、鎌倉時 代の説話には巫女を通して神のお告げを受ける歌占が行われたとい う。そして室町時代には、くじ形式の歌占が行われ、室町末期には 既に書物として歌占用の歌が纏められていたというから驚きである。 この流れは江戸期の出版文化とともに発展し、安倍晴明や百人一首 なども歌占として登場するようになったという。ここで注目すべき は、出版物という形で人々に受容されていた歌占が、幕末の尊皇攘 夷運動や明治維新の神仏分離令を契機として、神社による和歌みく じとして発達したことである。これが現在の和歌みくじのルーツで あり、その歴史的展開がわかりやすく説明されている。 次に、和歌みくじの多様性と個性の面白さである。本書では、お み く じ の 和 歌 を『 古 事 記 』『 日 本 書 紀 』 か ら 現 在 の 社 寺 独 自 の 創 作 和歌に至るまで、系統性と多様性に留意して編集されている。例え ば、 京 都 府 宇 治 市 に あ る 三 室 戸 寺 は、 『 源 氏 物 語 』 に 収 め ら れ て い
紹
介
平野多恵著
『
コ レ ク シ ョ ン 日本歌人選おみくじの歌』
権
守
仁
紀
─ 93 ─ 成蹊國文 第五十三号 (2020) る恋の歌を和歌みくじとして採用している。解説によると、このお みくじの小項目にも『源氏物語』の世界を踏まえて書かれていると いう。これを契機に『源氏物語』を学ぶということも期待できるだ ろう。また、京都府伏見区にある長建寺には、中国伝来の漢詩みく じを、わかりやすく和歌にしたおみくじがあるという。その和歌の 文言には、現代的な表現が使われており、解釈を助ける工夫がして ある。このように、社寺がそれぞれの個性を発揮しつつ工夫してい ることがわかるのも本書の魅力である。 最後は、おみくじの歌を通して、自分の心を見つめることに気付 かされる点である。例えば、鎌倉宮のおみくじ歌「おしなべて物を 思 は ぬ 人 に さ へ 心 を 作 る 秋 の 初 風 」( 本 書 二 十 番 ) は『 新 古 今 和 歌 集 』 の 西 行 歌 で あ る。 お み く じ に 記 載 さ れ て い る 運 勢 は「 向 大 吉 」 であるが、この歌の解説はなく、なぜ「向大吉」なのかはわからな い。 平 野 氏 は 本 書 で、 「 理 由 は 自 分 で 考 え る し か な い が( 中 略 ) お みくじで大切なのは吉凶などの運勢の表示ではなく、神さまのお告 げ の 内 容 で あ る。 」 と は っ き り 述 べ て い る。 同 様 に、 巻 末 の「 お み くじの歌概観」にも、 和歌は三十一文字という短さの中に重層的な意味が含まれて いるため、さまざまな角度から読み解くにふさわしい象徴的な 言語として自立している。多様な読みが可能だからこそ、和歌 は千年以上もの時を超えて脈々と生き続け、いまもおみくじの お告げとして示唆を与えてくれるのである。 と解説されている。これはつまり、おみくじの和歌を受け取った者 が、自分の心に照らし合わせてどのように解釈するかが大切だとい うことを示唆している。一首の和歌を、多様な読みの可能性の中で 読み解いてみること。これが和歌を解釈する醍醐味であり、和歌に 触れる心構えとして最も大切なことだと改めて気付かされる。 本書には上記以外にも、おみくじの歌を通して和歌の面白さを伝 える工夫が詰まっている。平野氏による一首一首の解説も面白く、 読み応えがある。本書は、おみくじを手に取った時、心静かに和歌 を見つめる人が増えるきっかけとなるはずである。 最後に余談になるが、本書を読んだ後、勤務先の高校で歌占を扱 おうと心に決めた。相手は高校二年生である。部活動では中心学年 で あ り、 来 年 に は 受 験 が 迫 っ て い る。 恋 愛 も 悩 み の 種 で あ ろ う。 「 大 切 な の は 吉 凶 で は な く、 そ れ ぞ れ が こ の 和 歌 に 対 し て ど う 解 釈 し、 そ こ か ら ど う 生 き て い く か で す。 」 と 本 書 の 言 葉 を 頂 戴 し て 授 業を締めくくった。授業後、古典の苦手な生徒が「この歌は〇〇の ような解釈ですか。 」と不安そうな表情で近づいてきた。どうやら、 どう考えても悪いようにしか解釈できなかった様である。私は巫女 になった気持ちで、その生徒にアドバイスをした。生徒は納得した よ う で、 「 な る ほ ど、 和 歌 っ て 面 白 い 」 と 目 を 輝 か せ て い た。 本 書 と、和歌の素晴らしさを早速実感した瞬間だった。 ( 二 〇 一 九 年 五 月 八 日 発 行 四 六 判 一 一 五 頁 一 三 〇 〇 円 + 税 笠間書院) (ごんもり・まさのり 平成二十五年度大学院博士前期課程修了)