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Vol.35 , No.2(1987)031務台 孝尚「吉蔵教学における如来蔵思想の受容について」

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Academic year: 2021

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全文

(1)

吉 蔵 教 学 に お け る 如 来 蔵 思 想 の 受 容 に つ い て ( 務 台) 一 三 二

(

身)

調

身 を 隠 す が 故 に 如 来 蔵 と 名 づ け 、 如 来 蔵 を 顕 わ す が 故 に 法 身 と 名 つ く 。 ( T 37 ・ P 68 b) と 述 べ 、 如 来 蔵 の 定 義 の 仕 方 に は 別 段 変 わ り は な く 、 従 来 の 説 を 認 容 し て い る の で あ る 。 い わ ゆ る 隠 ・ 顕 の 説 で あ る 。 し か し な が ら 一 方 に お い て は 、 般 若 空 観 の 立 場 に 立 脚 し た 吉 蔵 独 自 の 解 釈 が 窮 わ れ る 。 こ れ は 既 に 先 学 の 指 摘 す る 所 で あ り 、 ﹃ 浬 葉 経 遊 意 ﹄ ( T 38 ・ P 蹴 c) に 端 的 に 表 わ れ て い る 。 こ れ を ﹃ 勝 覧 宝 窟 ﹄ で は 二 つ の 理 由 に 依 っ て 論 じ ら れ て い る 。 即 ち 、 蔵 の 義 は 則 ち 隠 な り 。 法 身 は 是 れ 顕 な り 。 蔵 の 義 は 既 に 隠 な り 、 此 れ 則 ち 明 ら め 難 し 。 法 身 は 顕 に 居 す 、 斯 れ 則 ち 弁 じ 易 し 。 出 纒 易 顕 の 身 を 以 て 、 彼 の 隠 時 難 明 の 蔵 を 顕 わ さ ん と 欲 す 。 此 れ 則 ち 蔵 の 義 を 成 ぜ ん が 為 の 故 に 法 身 を 弁 ず る な り 。 二 つ に は 正 道 に 就 い て 之 を 論 ぜ ば 、 言 亡 慮 絶 、 身 は 未 だ 曽 て 隠 顕 な ら ず 。 但 だ 、 顛 倒 の 衆 生 了 せ ざ る に 於 い て 、 是 の 故 に 隠 と 名 づ け 、 縁 了 悟 す る に 約 し て 、 所 以 に 顕 と 言 う の み 。 ⋮中略⋮斯れ 則

(2)

-633-ち 顕 を 隠 す が 故 に 隠 と 明 か し 、 隠 を 顕 す が 故 に 顕 と 名 つ く な り 。 顕 を 隠 す が 故 に 隠 と 名 つ く 、 隠 実 に 所 隠 な し 。 隠 を 顕 わ す が 故 に 顕 と 名 つ く 、 顕 亦 た 所 顕 な し 。 故 に 正 道 に 就 け ば 、 未 だ 曽 て 隠 顕 な ら ず 。 縁 の 迷 悟 に 随 っ て の 故 に 隠 顕 と 称 す る の み 。 復 た 、 須 ら く 迷 悟 の 義 を 了 す べ し 。 縁 の 迷 に 随 っ て 隠 と 名 つ く と 錐 も 、 然 も 迷 、 実 に 所 迷 な し 。 縁 の 悟 に 随 っ て 顕 と 名 つ く と 錐 も 、 然 も 悟 、 実 に 所 悟 な し 。 ( T 37 . P 68 b) で あ る 。 い わ ゆ る 、 衆 生 の 顛 倒 し た 考 え 方 、 迷 い に 依 っ て 隠 ・ 顕 の 二 義 が 生 れ る の で あ り 、 隠 ・ 顕 の そ れ 自 体 に は 何 も 実 体 的 な も の は な い の で あ る が 、 衆 生 の 側 に そ れ を 実 体 視 す る 要 素 が 存 在 す る の で あ る 。 つ ま り 、 如 来 蔵 と は 衆 生 の 迷 い 、 あ る い は 顛 倒 し た 心 を 説 い て い る の で あ り 、 吉 蔵 は こ の 様 な 衆 生 の 見 解 を 破 折 し て い る の で あ る 。 即 ち 、 衆 生 の 邪 見 を 断 ず る こ と を 説 く の で あ る 。 そ れ で 、 こ の 様 な 解 釈 は 、 吉 蔵 の 初 期 の 作 で あ る ﹃ 法 華 玄 論 ﹄ の 中 に も 存 す る 。 そ こ で は 、 隠 は 則 ち 因 と 為 し 、 顕 は 則 ち 果 と 為 す 。 然 る に 仏 性 は 、 未 だ 曽 て 隠 顕 な ら ず 。 衆 生 の 不 了 に 約 す る が 故 に 、 名 づ け て 隠 と 為 す 。 若 し 了 悟 を 得 ば 、 自 つ か ら 顕 と 為 す 。 ( T 34 ・ P387 c) と あ り 、 先 の 論 旨 と 同 様 で あ る 。 そ し て 、 こ の 把 え 方 を 吉 蔵 は 、 法 身 を 明 か す は 即 ち 是 れ 実 相 真 如 の 法 な り 。 此 の 実 相 の 正 法 、 隠 れ た る を 如 来 蔵 と 名 づ け 、 此 の 実 相 の 法 、 顕 れ た る が 故 に 法 身 と 名 つ く 。 唯 だ 、 是 れ 一 実 相 の 法 、 隠 顕 に 約 し て 同 じ か ら ず 。 故 に 蔵 と 身 と あ る な り 。 ( T 37 . P 68 c) と 説 い て い る 。 即 ち 、 如 来 蔵 、 法 身 と い っ て も 何 ら 異 っ て い る の で は な く 、 同 一 の も の 、 い わ ゆ る 実 相 を 顕 し て い る に す ぎ な い の で あ り 、 一 つ の も の の 二 つ の 異 な っ た 顕 れ に す ぎ な い の で あ る 。 こ れ は 在 り 方 の 違 い だ け な の で あ る 。 こ の 様 な 実 相 と し て 捉 え る こ と は 、 ﹃ 法 華 玄 論 ﹄ 及 び ﹃ 法 華 義 疏 ﹄ の 中 に 於 い て も 見 い 出 さ れ 、 晩 に 法 華 論 を 見 る に 、 仏 性 の 義 に 七 文 有 る を 明 か す 。 今 略 し て 二 を 引 か ん 。 初 め に 、 方 便 品 を 釈 す る に 、 唯 仏 与 仏 は 究 寛 し て 諸 法 実 相 な り 。 諸 法 実 相 と は 、 謂 わ く 、 如 来 蔵 な り 、 法 身 の 体 不 変 な る が 故 に 。 仏 性 も 亦 た 如 来 蔵 と 名 つ く 。 故 に 云 わ く 、 隠 な る を 如 来 蔵 と 名 づ け 、 顕 な る を 名 づ け て 法 身 と 為 す 。 ( T 34 ・ P367) ま た 、 諸 法 実 相 と は 法 華 論 に 云 わ く 、 謂 わ く 、 如 来 蔵 法 身 の 体 は 不 変 な る が 故 に 、 此 れ 亦 た 実 相 と 名 づ け 、 亦 た 仏 性 正 法 と 名 つ く 。 正 観 の 異 名 な り 。 ( T 34 ・ P488 c) と 述 べ ら れ て い る 。 両 者 共 に ﹃ 法 華 論 ﹄ を 引 用 し て 論 証 し 、 如 来 蔵 を 仏 性 と も 言 い 換 え て 説 か れ て い る の で あ る 。 そ し て 、 こ こ で 言 わ れ て い る 仏 性 は 、 後 に 五 種 仏 性 、 あ る い は 中 道 仏 性 、 中 道 種 子 と 説 か れ る わ け で あ る が 、 吉 蔵 は 更 に 、 吉 蔵 教 学 に お け る 如 来 蔵 思 想 の 受 容 に つ い て ( 務 台) 一 三 三

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-634-吉 蔵 教 学 に お け る 如 来 蔵 思 想 の 受 容 に つ い て ( 務 台) 一 三 四

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T

37

P

67

b)

(

了)

参照

関連したドキュメント

②立正大学所蔵本のうち、現状で未比定のパーリ語(?)文献については先述の『請来資料目録』に 掲載されているが

Surveillance and Conversations in Plain View: Admitting Intercepted Communications Relating to Crimes Not Specified in the Surveillance Order. Id., at

を受けている保税蔵置場の名称及び所在地を、同法第 61 条の5第1項の承

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